いずさや
45 件の小説いずさや
Twitterで140字小説を毎日更新しています。 こんな話が読みたい!というリクエストがあれば出来るだけお応えしてみたいので、コメント等に書いて頂けると嬉しいです。 好きな作家:桜庭一樹、星新一、伊坂幸太郎、滝本竜彦 Twitter: https://mobile.twitter.com/saya_works
砂時計
時間が無い、もう後が無いと思っていた。足がすくんで動けないままでいる私を置き去りして、砂は落ちていく。 足りない、間に合わない。 カタン、と砂時計が倒れて、天地が分からなくなった。ふと悪戯心が働いて、砂の多い方を上にした。 なんだ、こんなことで。 肩が軽くなった。
コップ
コップに溜まる水は、放っておくと腐るから捨てなくちゃならない。だけど滴る水が止まらないときは、受け止める必要があるから、中身を捨てる暇がない。 あとどれだけくらいの水が入るのか、気を配れる人はあまりいない。いつか溢れてから初めて、もう入る余地が無かったんだってことが分かるんだ。 無限に入るコップなんて無いって、そんな当たり前に気付けない。 中身の腐ったコップや、割れたコップを持て余して、だけど捨てることもできなくて、つぎはぎだらけで歪なまま、溢れそうになる水をなんとか受け止めようとする。 痛々しい努力をしながら、なるべく取りこぼしたくないもの必死集めて、なんとか生きている。 ゴミ捨て場の砕けたコップを見かけて、そんなことを考えた。
好き、嫌い、君への感情
歪んだギターの音が好き。 細く揺れる煙草の煙が好き。 コーヒーメーカーから立ち昇る蒸気の香りが好き。 春の始めの咽せるような風が嫌い。 地下鉄のトンネルに残響するホイッスルが嫌い。 カーボン紙を滑るペンの感触が嫌い。 好きと、嫌いと、君へ感情で日常ができている。
いつか持っていたもの
家族と、友達と、特別な人との記憶。 暗い空に点在する星みたいに輝く大切な瞬間を重ねてゆけば、いつか夜空を描けるようになると、本気で信じていた。 どれも、手の中には残っていない。 過ぎた時間は、今の私の物じゃないのに、辛い時に思い出すのは、いつもそれなんだ。
好きもの全部 嫌いなもの全部
君の好きなもの全部と嫌いなもの全部、私の好きなもの全部と嫌いなもの全部、燃やして空に飛ばしてちゃおうか。 ごみ捨て場を煌々と照らす焚き火の前で、あなたは言った。 それも良いなと思ったけど、それだと、あなたはいなくなって、僕だけが残ってしまうから、やめときますと笑った。
試験
これって何の試験なんだっけ、と夢の中の自分が考える。 夢だって気付いても、焦燥感だけは本物で、気持ちは少しも楽にならない。湿った手のひらの感触も、口の中の渇きも、鮮明に思い出せる。 失敗したくないと強く思う。 結果はどうなったんだっけ。 独りの部屋で目が覚めた。望んでなかった未来の先にも世界は続いていて、何も終わってはくれない。そんな当たり前をいつか受け入れられたら、もう昔の夢を見なくなるだろうか。
個と網
無数に張り巡らされた回線と、基地局の間を飛び交う電波で編み上げられたバーチャルの海には、利害と愛憎と嘘とホント、その他色々が絶え間なく交差する。 そこに放り投げた個人的な郷愁は、多分君には届かないけど、それで構わない。 人は未だに少しも繋がっていないのだ。
憂鬱
いつから一緒にいるのか分からない。 たまに忘れてしまっても、気がつくとピタリと寄り添っている。 気怠い意識で迎える朝や、重い手足を引きずって寝床に潜る夜には殊更近くに感じる。 最も誠実な言葉と、切実な感情を引き出してくれる友人。 君は、そんな存在だ。
フラッシュライト
あ、嫌だなと思うと、頭の中のフラッシュライトが瞬く。 今、受けとめられないな。チカチカ。 でも、大人なので急に逃げ出せない。辛いな苦しいな。 表情が固くなる。こんな時でも冷静なんだね、と言われて、どう答えていいか分からず、そうかな、と言う。 チカチカ、瞬く。
不協の和音
何かを諦めるとき、コードを鳴らし損ねたギターの音が真空管を通る。 きっちり押さえないから、不協な和音が響く。押さえる指が分からないから、テンポについていけない。 居心地の悪さが拡張された音になって流れる。 ああ、これが失敗の感触だと、その度々に思い出す。