歩道橋
25 件の小説させ
ふれふれふれ。 。 。 。 。 。 あめよ。 。 。 。 。 。 ふれ。 。 。 。 。 。 ふれふれふれ。 さちよ。 ふれ。 ちれちれちれ。 はなよ。 ちれ。 なけなけなけ。 。。。。。。 ひとよ。 なけ。 。。。。。。。
ミミズで返事になったと思うなよ
みよこは、東くんが好きである。 名簿番号二番の東くんが好きである。 好きったら、好きである。 みよこの苗字は鹿島だ。鹿島みよこ。あいにくと下の名前はひらがなである。そのおかげで順位表などでは比較的名前が見つけやすい。順位が上であるとか、思いきってワーストであるとか、そういう理由で見つけやすい方がよかったと、ひそかに思っている。 鹿島という苗字は名簿番号でいうと大体一桁から二桁に乗っかる位置に鎮座している。基本的に高校にもなると、席は名簿番号順に縦に決まっていくので、だいたいは二列目の前から二つ目くらいである。しかし、だ。東という苗字は浅田やら足立といったやつらに負けて、名簿番号二番などを獲得することが多い。 何が言いたいかと言うと、わたしの席の隣に東くんがいるということだ。こんなに長ったらしく苗字について語らなくいいと思う皆さまよ、どうか許してくれ。華の女子高校生の恋愛話とはこうも中身もなく、長いものなのだ。 これは大事なことである。高校生にとって。席とは。とてつもなく大事なことなのだ。繰り返して言う。大事なことなのだ。 わたしが東くんを好きになったきっかけは、リュックからはみ出した霧吹きである。なぜ学校に霧吹き。彼は別に少女マンガに出てくるような美化委員様ではございませぬ。 なんでやねん!!! まあ、ツッコんでしまったよね。彼曰く、「みみず」だそうだ。 分かるかボケェぇ! 学校のなんかで、ミミズを飼っているのだろう。たぶん。別に生物部とかないけれども。サイエンス部とか園芸部とかないけれどもっ。そもそも、学校の授業に飼育授業なんてないけれどもッ! 次の日の朝のことである。うだるような暑さの中、瀕死の状態で登校していた。学校の門をくぐって、木が立ち並ぶところに、しゃがみこんだ、丸い背中を見つけた。 なるほど、ヤツはやはり幻のサイエンス部……。 そんなわけもないので、声をかけてみた。 「なにしてるん?」 突然かけられた声にびっくりしたようだった。 「……鹿島さん」 驚いて固まったままの東くんの隣に私もしゃがみこんだ。そこには何の変哲もない土しかない。少し湿ってるくらいだ。 「なーにしとるん?」 見ろ、このきゅるきゅるなおめめ。 さぁ、吐くんだ東。 「……一週間前くらいに、ミミズがアスファルトに出てきとってん。暑そうやなと思って土に返したったけど、土もカラッカラに乾いとるやん」 ふむふむ。 「やから、水かけといたろと思って」 「でも、なんで霧吹き?ダバーってもう水筒のお茶とか湿らしたらええやん」 そう言うと、東くんは少し困ったように笑った。 おのれ、わたしの無知加減を知らぬな。 「鹿島さん、そんなんしたらミミズ窒息しちゃうよ。土の中に、酸素残しといたらな」 シュッ、シュッとまた同じように霧吹きで水をかけ始めた。 「……ねぇ、それ毎日やってるん?」 一週間ずっと? 東くんは照れたように頬をかいた。 「始めたらさ、なんかやめられんくなって。明日、水かけんかったらアイツまた干からびんのかなとか考えちゃってさ。そうしたら、とりあえず他の土も水かけとこうかなって……。収拾がもうつかんよ」 東くんの首筋に汗が浮かんでいた。 「もうどっか行ってるかもしれないのに?」 つい意地悪なことを聞いてしまう。 「それでも別にええよ。この霧吹きの水がなくなるまで俺がやってるだけなんやから」 また、こまったように笑う。 あかん。これ、あかんやつや。 「東くんって、そんなにいっぱい喋るんや」 ぽろんと、滑り出した。 「えー、今ごろそれ言うんだ」 けらけらと、少し低い声で笑う。 暑い。暑い、あつい。 体の奥まで燃えあがるように熱い。夏だ。なつのせいだ。 東くん。それはちょっとずるいと、笑う彼を小突いた。 あれ以降、東くんとペアワークと堪えきれないツッコミ以外でも喋るようになった。ちなみに霧吹きは堪えきれないツッコミの方である。 ねぇねぇ、今日なんかテストあるかな。次の授業なに。待って、裁縫セットいる??なんてベラベラ聞き続けていると、俺、予定表ちゃうでと言われてしまった。その通りである。 だって!!だって、それ以外喋ることが思いつかないのだ。自分はこんなに意気地なしだったのかと少し驚いた。 テストは英語だけ、次は歴史、裁縫セットは要らんと一個、一個東くんは返してくれた。好き。 最近の趣味は、授業中に彼が一番深く眠りについているときに話しかけることである。我ながら性格が悪い。 喋りかけると、かならず起きてくれるし、……なんて?と聞き返してくれる。眠すぎて顔を上げないときもあるけれど、体はほんの少し私のほうへ寄せて聞いてくれる。 教科書を忘れて見せてもらうときなんて、私を何だと思っているのかは知らないが、わざわざ先生が読み上げるところを指で追ってくれたりもする。いや、東くん最高かよ。きみ、最高かよ。 夏も終わって、秋になりかけた少し肌寒い朝のことである。短いけれど十数年間生きてきた中で、とても苦手なものを見た。 雀だ。車にひかれた雀。 ぐっと涙を堪える。泣いてはダメだ。もう高校生なんだから。心の中で手を合わせて、できるだけそのことを考えずに登校した。門をくぐると、見慣れた背中をみつけた。また、しゃがみこんでいる。 「おはよう」 「鹿島さん、おはよう」 のんびりとした声に、また泣きそうになった。 「今日で霧吹きはおしまいにする。もう、涼しいし、ゲリラ豪雨みたいなのもないしね」 少し俯いたまま、うん、と返した。もう、干からびないといいなと付け加える。 「鹿島さん」 「なぁに?」 「どうしたん?」 なんかあったん?と首を傾げる。 ひゅっと息が漏れた。 「すずめがね」 「すずめが」 「すずめが、車に轢かれててん」 鼻が赤くならないように。 声が震えないように。 そっか、と彼が頷いて、どこ?と聞いてきた。 「駅の公園の前」 彼は立ち上がって、ごそごそとリュックをさぐり始めた。 「なに探してるん?」 「新聞紙〜」 あった、と少しぐしゃぐしゃな新聞紙を取り出した。 「ちょっと行ってくる」 そのまま、すたすたと歩き始めた彼をぽかんと見つめて、慌ててその後を追った。 東くんに追いついたときには、あの雀を丁寧に新聞紙で掬ったあとだった。 「……どうするん?」 東くんは私の質問に答えずに、新聞紙をとても大切そうに持ちながら、公園に入っていった。 ツツジが並ぶところへ行き、おもむろに土を掘りはじめた。私も東くんの側へ行き、一緒に土を掘った。 爪にこれでもかと土が入りこむ。それでも少しかたい土を掘って、雀を埋葬した。 その間に私と東くんは何も喋らなかった。 隙間に生えていた名前もわからない花をすこし摘んで、そのお墓に供える。東くんが目を伏せて、手を合わせていたので、私も手を合わせた。 わたしたちのせいで、ごめんなさい。もっと自由に、秋の澄んだ空を飛んでいくはずだったのに。どうか、どうか死んじゃったあとだけでも、幸せに幸せに過ごしていけますように。 ぽた、と涙が溢れた。悲しくて、悲しくてたまらなかった。 「鹿島さん、行こっか」 衣替えしたての長袖のシャツで、すっと涙をぬぐって、頷く。 「ありがとう」 泣いたのは黙っていてください。 「慰めにも、ならないかもしれんけど。雀だって、死んじゃったあとに、誰か悲しんでくれるひとがいたのは、きっとほんの少しだけも嬉しかったとおもう」 澄んだ、いまの空のような目を見た。 「鹿島さんは、見ないふりをしないで、うんと悲しんだんやから」 だから、泣いても別にええと言った。 見ないふりをしなくても。 悲しんでいないふりをしなくても。 受け入れられないからと、目を逸らさなくてええと。 そう、彼は言った。 幼いころのわたしが。 車に轢かれた猫を見て、泣きじゃくっているわたしが。 救われた気がした。 中学生になっても、また泣いてるのかと。 あまりにも、心が弱いと言われたあの頃のわたしを。 あたりまえのように、救いにきてくれる。 遠くで、予鈴の音がした。 顔を見合わせて、全速力で走る。 彼のリュックから霧吹きが鼻を出した。 方角じゃないと拗ねて、 授業なんてまるで聞いてなくて、 出席番号が二番の東くんが好きである。 好きったら好きなのである。
ぴよーん
笹をさーとさいて、 おなかのまわりに巻いてみた。 ぼこんぼこんと溢れだしてくるのを止めたかったが、 ひんやり、つるつるの腹巻きは、 なんども、葉脈を走り、走って、さけてしまって、 ぜんぶ出てきて、てんぷく、てんぷく。 おなかの外でも中でも、おなじ重さのはずなのに、 外に出ると、とたんに重くなるのだ。 知ってる、知ってる。 じぶんの重さを誰も知らないよ。 小鳥が飛び立つときに、 一つ小さな枝を落としていった それを拾って、櫂にしてみる これはなるほど、よくすすむ 川岸で、すーゆ、すーゆと流れていく 川と岸のあいだを笹舟がはさみのように切っていった 入りこんだのは、少し入り組んだ川岸 松のツンツンした葉で丁寧に岸と大きな葉を結び、 その上にジャム瓶のような入れものが三つ、 ぷやーん、ぷやーんと浮いている。 ためしに、ぜんぶの瓶に水を入れてみた。 水が入っていないものはない。 ふむ。ふむ。ふむむ。 ある、ことは、ない、ことで言えるのか。 それでは、と、水が入っているものはある、とつぶやいた。 ない、ことは、ある、ことでは決まってはくれない。 ふむ。ふむ。ふむむ。 ある、ものが、ない、ことを寂しいと言うのではなく、 ある、ものが、ある、ことを寂しいと、 そう、言うのか だから、わたしは、いるのに、さびしいのね 胸に、ひとつ。 さびしさを抱えて、また舟ですすんでいく。 ぐるぐる、ぐるぐると回る大きな木の枝にぶつかって、 すとん、と岸に上がってしまった とほほ、とほほよ 舟は全く使えないのやら しかたない、しかたないと舟を引っ張っていく 櫂よ、お前は杖になるのね 川へと戻りたくてそちらの方へ向くけれど、 舟が水で地面にはりついて、動けない まぁ、いいかねと、 まっすぐ進んでみることにした。 歩いて、歩いて、水辺の草がなくなって、 ぽつり、ぽつりと地面がひび割れていった。 ここはなんだ、どこだと見渡しても、 なにも、なにも、ないばかりで、 後ろの草たちが、 さやさやと風に揺れているのだけが届く しあわせ、しあわせと、 掠れた声がきこえてくる。 おい、おぬしはあほうか、そうかと誰かにきくと、 答えたのは、ひび割れた地面。 おぬしが通れば、舟も通って、 舟の底の水で、私たちは水が吸えるのだ。 しあわせ、しあわせとくしゃくしゃになって笑う。 しあわせ。満ち足りぬ中に満ちるしあわせ。 胸に、二つ。 寂しさとしあわせを抱えて進んでいく。 杖の櫂が擦り切れたころ、 ひとつ、小さな湖に出会った。 これはよきかな、と舟を出す。 あの鹿の足跡だろう。 よく日に照らされて、今にも干からびてしまいそうな湖だ。 これは嫉妬だと、通りすぎの蟻が言う。 なにが、ときく前に、 まるいお尻をえっせ、こいせと揺らして行ってしまった。 うんうんと考えているうちに、 水もだんだん干からびていって、ついに水がなくなって、 とん、と舟が動かなくなった。 少し深い底にとどまって、じっと日に焼かれていく。 なるほど、これは確かに嫉妬だとわかる。 日が照らして、いつの間にか舟を止めて、 水が欲しいと日を恨む。 嫉妬は日の当たらない、むんとした湿気の水辺かと思ったけれど、 どうやらちがうらしい。 そうか、そうかと、胸に三つ。 寂しさと幸せと、嫉妬を抱えて舟をすすめていく。 胸に四つめ、悲しさと。 胸に五つめ、よろこびと。 胸に六つめ、はずかしさを。 抱えたころに、川に戻れた。 舟を水につけると、 お尻がなんだか、冷たくて。 濡れたか、濡れたかと見てみても、 なんとも、なんとも濡れてはおらぬ。 じゃあ、じゃあ、と安心して、漕いでゆくと、 ドゥルルと渦に巻き込まれた。 たいへんだ、たいへんだと思っていると、 あらま、あらまとてんぷく、てんぷく。 ひっしに、必死にしがみついていると、 渦に乗って、水面に上がる と、びっくりびっくり。 舟が水面にあがった勢いで、 ぴよーんとわたしは岸へとひとっとび。 わたしは、こんなに軽かったのか。
未熟
まだ青いびわの苦みが舌をすべる。 野に生えたものを、石で落としたのだ。 美味しいものだと思って頬張った苦さで、 うんと顔をしかめた私をあの人は笑った。 「おまえはわたくしの目を河原の石のようだともうすのか!」 記憶にあるかぎり、一度も出したことのないような大きな声を出し、唇を噛みしめて、目の前の乳兄弟を見つめた。乳母が慌てふためいているのが、横目に見えた。 当の乳兄弟はと言うと、すこし驚いたような顔をしているだけで、なにも申し訳なさそうな様子も見せない。乳兄弟のその態度に、はらわたが煮えくり返りそうだった。 「わたくしは!わたくしは、いやしくなどない!」 みな、わたくしを下賤のものの子、下賤ののものの子と隠れた場所で言っているのを知っている。歳が七つのわたくしであっても、その意味くらい知っているのだ。 体の奥から涙がせり上がってくる。それでも乳兄弟は謝ることもせずに、じっとこちらを見つめてきた。 「春麻呂!出ていきなさい!」 乳母が金切り声をあげて、乳兄弟を追い出した。出ていく背中は、ずっとわたくしの方を向いたままだった。 さむい。さむくて、静かだ。 乳母はどこだろう。起きるときにはいつも火がついているのに。 乳母にまで、捨てられたのだろうか。あの人の子どもに、八つ当たりをしてしまったから。だから、みかぎられたのだろうか。 ごめんなさい。さむい。こわいよ。なんで、こんな静かなの。 「失礼しまする」 音を殺して、部屋の中へと入ってくる足音がする。さむくて潜り込んだ衾の隙間から、誰なのかを覗いた。 「はるまろ」 足が、止まった。 「姫様、起きていらしたのですか」 春麻呂はわたくしのすぐ側に座った。 「さむくて、おきたの」 衾から顔を出して、その顔を見つめる。 「母上が風邪を引いて、わたしが来ることになりました。この時間は、みな寝ていますから」 「乳母はだいじょうぶなの?」 「大丈夫でしょう」 「春麻呂」 「はい」 「……やつあたりして、ごめんなさい」 ありがとう、とつぶやいた声も春麻呂は拾っていた。 「姫様、火をつける時を見たことはありますか」 突然、何を言い出すのだろう。 「ない」 懐から石のようなものと、鉄のかけらを取り出す。 「こうやってっ」 カチッ、カチッと音が鳴った、 「二つを、叩き合わせるんです」 火花が、すこしだけれどあった。 「この石は、火打ち石というんです。河原によく落ちていますよ。姫様、その水差しの水を少しもらっても?」 わたくしの横に置いてあった水差しを渡す。 「よく見ててください。水に濡らすとね」 ほら、と見せられた石は変哲のない河原の石ではなく、色鮮やかな宝石のようになっていた。 「宝石みたい」 そう言うと、春麻呂の顔が少し柔らかくなった。 「姫様の目のようです」 なにをいっているの。 「姫様、泣いていいんですよ。感情が溢れ出したとき、あなたの目はほんとうに綺麗だから」 「それでは、ふだんのわたくしの目が河原の石であることに変わりはないのでは?」 「そうですね」 しれっと辛辣なことを言う。 「おまえが、そんな性格だとは知らなかった」 わたくしの側にいる時は春麻呂はあまり喋らなくて、けれど、ともにいる時間だけが長く、春麻呂を知っているようで、なにも知らない。 こんなに春麻呂が喋るなんてしらなかった。 「春麻呂」 「なんです?」 何歳なの。何が好きなの。どんな本を読むの。いつも何時に起きているの。わたくしのために早く起きてくれたの。 「姫様、そこから聞くの」 少し肌寒い、春風がふく。 「姫様、おめでとうございます」 お互いに成人してからというもの、顔を合わせなかった人がそこにいた。 「春麻呂」 「姫様、春麻呂はもう昔ですよ。今は春嗣ですから」 「それなら、わたくしを姫様と呼ぶのはもういい加減におよし」 身分の高い人と結婚がしたかった。馬鹿にされないほど。正妻ではないけれど、わたくしを愛してくれる人に出会った。本当ならわたくしでは釣り合わないような人だ。 「幸せでいて」 くしゃりと、また、笑う。 年に数回程度交わしていた文の代わりに届いたのは訃報だった。寒い、北の国の方で、彼は亡くなったらしい。 わたくしももう歳である。夫にも先立たれた。我が子も手を離れ、今はただ静かに暮らしていた。 「火を」 侍女にに声をかけると、驚いたように目を丸くした。 「奥様は寒がりでいらっしゃいますね。もう、春だというのに」 カチッ、カチッと変わらぬ音がする。 熱いものが、せり上がってくる。 「奥様!あぁ、奥様!」 侍女に抱きしめられて、声を殺して泣いた。 あの人は、妻を一人しかとらなかったらしい。あたりまえだ。彼は三人も、四人も愛するほど器用ではない。あの人の娘にも会ったことがある。よく笑って、目がこぼれ落ちんばかりに美味しいものを美味しそうに食べる子だ。きっと、彼が慈しんだのだろう。 そんな彼女達がほんのすこしだけ、 ほんのすこしだけ羨ましかった。 夫を愛していた。心の底から愛していた。穏やかな声、優しくわたくしに触れる手つき。泥がつくことも構わず、子どもと遊ぶ姿。愛していた。愛していたのだ。 ただ、時々それがあの人に重なる。親情とうまく見分けられずに、熟れることなく捨ておかれた恋が、いまさらになって苦く、苦く胸をかすめる。
ほたる
粒の大きい砂が、汗でふくらはぎに張りつく。 慣れないサンダルを履いてきたからだ。 太ももの裏側が蚊に刺されて、燃えるように熱い。 少し背の高い草が足をくすぐって、 蛍を探すどころではないのだ。 いつのまにか先を行っていて、 慣れたようにさくさくと歩いていく背中を慌てて追う。 足裏の汗でサンダルが脱げそうになるのを、 何度も堪えて走っていると、 少しぬかるんだ土に足をとられてついにサンダルが脱げた。 けれど、前の背中は気づかずに先に行ってしまう。 このまま置いていかれたどうしよう。 私がいないから帰ったのだろうと思って、 あの人が帰ってしまったらどうしよう。 帰り道がわからない。 あぜみちを越え、家と家の間の道を通ってきたから、 ここに住んでいない私には帰り道がわからない。 不安がぐっとこみ上げてくる。 こんなことじゃ私は泣かない。 そう強がっても涙がぽろぽろと溢れてきて、 必死に堪えると、喉が熱くなった。 あぁ、かゆい。 汗ではりつく砂が気になる。 よけいなものが、不安をかんたんにあおる。 「なんで泣いてるん」 まえの背中はいつの間にか私の方を向いていた。 「泣いてないもん」 強がって、手探りでサンダルを探す。 「うそつけ、泣いてるやろ。ほら」 その人の方が早くに私のサンダルをみつけしまって、 服で拭って渡してくれた。 「ありがとう。あの、服……」 「別に。どうせ汚すから」 そしてその人は少しだけ首を傾けると、 すいとサンダルを脱いだ。 「裸足の方が、気持ちええな」 汗がぬるぬる気持ち悪いわ。 そう言い切って、にわか雨で濡れた草の上を歩いている。 ごつごつとした足の指の隙間から、にゅっと草が顔を出した。 「ふじくん、ばい菌入っちゃう」 彼がぬかるみにも入ろうとしたので、慌てて止める。 「大丈夫や。どこも怪我しとらん」 「そいゆう問題とちゃうやん」 思わず言ってしまった。 見上げると、 不思議と夜と混じらない黒い目がこちらを見ている。 「めいこ。おまえ、それどういう顔や」 この人、私の名前呼ぶんや、と少し外れた驚きが走った。 「不安そうやのに、腹立ってて、なんか拍子抜けた顔しとる」 そう言われて、少しムッとしてしまう。 「してへんもん」 「そうでっか」 軽く笑って、彼はサンダルを履き直した。 「泥とか汗とかついて気持ち悪うないの?」 ごつごつした足がアイスリンクの上のように、サンダルの上で滑っている。 「気持ち悪いし、すぐ脱げる」 私もサンダルをもう一度履き直した。 「はよ、蛍いる川いこ。足洗いたいし」 足もともろくに見えないところを歩き続けた。 一度躓きかけると、少し汗ばんだ手が私の手を握った。 「慣れてへんやろ」 リーリーともジージーとも言えないような、 夜の夏の虫の声がやけに響く。 離れた道路で、車が近づいては遠のく、 少し寂しさをくすぐる音が、 サンダルのペタペタ鳴らした音のあいだにうまく挟まった。 そこに小さな水の音も加わって、 私たちはようやく蛍の場所へ辿り着いた。 「そんなに、多いわけでもないねん。蛍」 きれいやな、とありふれた言葉しか出てこなかった。 蛍よりも、やはり蚊に刺されたかゆみが気になる。 足もとの草が足首をくすぐる。 それよりも。 離されない汗ばんだ大きな手が気になった。 はなれかけては、何度も握りなおされた手が、 気になって仕方がない。 だからか、帰って蛍どうやったと聞かれても、 うんと答えることしかできなかった。
ぽいっ
こ ー ば 一 か ー ら なにもはいらない、からばこ。 砂つぶをおとす、からばこ。 とじてあけられない、からばこ。 ここにいっとう、たいせつなものをいれた。 とじこめられない、からばこ。 はねの軽さでとべない、からばこ。 たんぽぽわたげののようにはね。 かぜにも乗れず、あしもとにおりた、からばこ。 めぶけ、芽ぶけ。 なかみもしらず、その種。 足のゆびさき、かいた線は細く、 とまって、流れるりんかくを。 そのすきまから、芽ぶけ。 上にのびなくともよいのだから。 芽ぶけ。めぶけ。 あさつゆに包まれて、まぶたよひらけ。
おひれ
よあけの、にし。 ゆふぐれの、ひがし。 それは美しいおひれ。 光の粉をふりまいて、 ひらり、ひらりと潜ってゆく魚のおひれ。 ちろちろと木漏れびが瞼のうえをすべった 筆先で撫でられるように、やわらかに 小鳥の揺らす枝に、瑞々しい青葉がしなやかに茂っている 手をかざせば、指のすきまから光が溢れ、 少しくしゃみをしたくなるような風がふいた キビタキの歌が、こころを洗うようだ うつくしい小川のような声を、 しっとりと染みこませる午後 あれを、 お前がうつくしいと言ったらよいのに 貝の滑らかな肌のような雲を、 お前が見上げたらよいのに ゆふぐれの、ひがし。 よあけの、にし。 それは美しいおひれ。 光の粉をふりまいて、 ひらり、ひらりと水面へゆく魚のおひれ。
ぶかつのはなし
わたしの近況報告。 部活のおはなしです。 私は陸上部に入っています。とても大きな大会があって見事惨敗。泣きに泣いて、けろっと立ち直りました。相手のいるゲーム型の部活と違って、陸上は泣いても笑っても自分次第。 私はしんどいことが嫌いです。辛いことが嫌いです。頑張ることがほんとうに嫌いですが、陸上部に入りました。中学で懲りたので、文芸部にでも入ろうと思ったんです。でも陸上というのは中毒性のある薬のように、もうしんどい、やめてしまいたいと思った次の日に、ぽろんと特大のやりがいを落としていったりするのです。 坂で地獄のような補強をした後、髪ごと水に浴びるのはとてつもなく最高の気分です。仲間が走り高跳びのバーを跳び越えたとき、差していた日傘を投げ捨て、奇声をあけながら拍手をします。コンマ一秒の差で負けた友だちのリュックを持って、学校のテントに戻り、二人でじめじめと泣いたりもします。 リレーや駅伝でない限り、誰かと一緒に記録を作ることはできません。ただ、練習を、喜びを、悲しみを、苦しさを、共にした仲間たちとの時間を積み重ねて、スタートラインに立つのです。 走る、跳ぶ、投げる。私たちはこんな単純な動きに泣き叫びます。 バカみたいだと思います。 けれど、バカみたいに最高なんですから、 仕方がないのです。
ジコショウカイ
まるいち ノベリーを始めてどれくらい? 色々なアカウントを渡り歩いたので、3年ほどです。 まるに ノベリーを始めたきっかけは? たまたま授業で詩を書くというものがあって、書くということに魅了されたからです。いろいろ調べていると、ノベリーに辿り着き試してみたら、居心地がよくて居座りました。 コタツムリならぬノベツムリですね。 まるさん 読むジャンルは? 特にないですね。ただ、読む本を選ぶとき、まず作者さんを見ます。どんな人が何を書いたのかがとても気になるんです。 最近、本を読んでいなくて、そろそろ活字中毒の発作が出そう。一ヶ月ほど前に読んでとても好きだったのは「雲を紡ぐ」です。 ひとことでいいます。好きすぎる。 まるよん 書くジャンルは? ほんとうにこれ、いつも自分でもわからない。書きながら、全くお前は何を書いてるんだよと自分にツッコんでいます。なので、私の作品にメッセージ性はかけらもありません。深い意図もありませんので、読む時に頭を使わなくても大丈夫です。影響されやすい性格なので、きっと幼少期に観たアニメや映画に引っ張られているのでしょう。 ただ、古文が好きで結構引用させていただいたりしています。ありがとう、平安のひとよ。著作権は切れている。なにしろ千年経ったからね。 あと恋愛でそんなに死なないで。感動で袖を濡らしすぎじゃないかな。 ときどき、現実とは違う世界線のものを書いたりしますが、それはわたくしめの発作です。お気になさらず。 まるご 名前の由来 「歩道橋」→ 「あゆむみちのはし」 私の上は、トンカチで叩いて渡ってくださいね。 活動について 投稿は不定期です。毎日、みなさまの作品を読ませていただいています。どちらかというと、読む専のひとかもしれません。大量通知は本当にすみません。これからもよろしくお願いします。
みかいしゅうのさき
こちらは、はじまりを書きました。 さきはあります。 ただ、いまのわたしには書けませんでしたので、 いま書けるだけを書きました。 しんと静かな、落ち着いた香りがした。鉛筆を削ったあとの少し酸っぱくて、香ばしい匂いが後から鼻をかすめる。ペン先はインク壺にゆっくりとひたされ、紙の上へすとりと下りる柔らかな音は、耳のなかで色鮮やかに響いた。 父さんに連れられたのは、日の光しかないような、散らかった薄暗い工房だった。一歩、歩くたび、かかとからつま先までが小さなゆりかごになったような気分で、古い床の音を転がす。その音がとても好きで、手を繋いだままの父をぐるりと一周歩いて巻いた。動くたびに、さらさらと舞う埃が日の光に透けてとても綺麗だったから、口酸っぱく掃除しろなんて言わなくていいのにとぽつりと思った。 しばらく飛び跳ねたり、はんたいにじっとしてみたりしていると、父さんが「帰るぞ」と僕の手をぐっと握り込んだ。てっきり父さんは自慢の革の手袋を買いに来たんだと思っていたから、少し拍子抜けをしたような気分だった。何も買ってはいないのに、用を済ましたように帰ると言うのだから、やっぱり大人はよく分からない。そうとは思いつつ、素直に父さんに手を引かれて扉のほうへ歩き、ぐるりと工房を見渡した。 誰もいない、静かな工房だ。飛び跳ねていた時に、なにか物音がしたのはきっと建物のきしみだったのだろう。 工房を後にして、父さんと手を繋ぎながら、何も話さず石畳の道を歩いた。父さんの靴の先を目で追いながら、すぐにすり抜けてしまいそうなほど大きな父さんの手を、ぐっと握っていた。 あと少しで家に着くというところで、父さんが口を開いた。 「トロォウ。三年後だ。三年後の今日に、また受け取りに行ってくれるか」 三年後というのは、ずっと先のことで、どうしてそれを僕に頼むのかも、そもそもあそこで何も注文なんてしていないのに何を受け取るのかも検討もつかなかったけれど、うんと頷いた。 それを聞き返すには、お腹がとても空いていたのだ。 「じゃあ、飯にするか」 それにもまた、うんと頷いて家に入った。やっぱり父さんの野菜スープはおいしかった。 「ごめんくださぁい」 小さくつぶやきながら、工房の中へと入った。三年という時間は思っていたよりもずっと長かった。後ろ手で扉を閉めながら見たのは、吹き抜けの天井で飛びまわる小鳥だ。青い羽も美しい尾もないけれど、とてもきれいな鳥だった。 「おまえ、外へお行きよ。空のしたを飛んでおいで」 くるくると自分を回って飛ぶ小鳥へ、話しかけた。ほら、と扉を開けてみせる。それでもその鳥は外へ出ようとはせず、くるり、くるりと癖のついた紙が積まれた机に降りた。 「そこはだめだよ。大切なものが置いてあるかもしれないんだから」 少し焦って、小鳥のいる机へ近づく。一段上がった床は、弦のような音を出した。 「気にするな。こいつはうちで飼っているからな」 少ししわがれて掠れた声が聞こえた。体がびくんと跳ねる。声が聞こえた紙の山の隙間をのぞいてみると、大きな岩のような男がいた。 「あぁ、あの時来ていた坊か。これはまた、でかくなったな」 少し待て、と紙の山をごそごそとあさり、その紙を無造作に四つ折りにして僕に渡した。 「これ、なんですか」 あの日、父さんから渡された代金を手渡して、聞いた。 「人によって何のかは変わるからな、なんとも言えねぇが。……そうだな。音のスケッチとかデッサンとでも思っておいてくれ」 よくわからなかった。 「音って、紙には描けないとおもいます。できなかったもの」 むかし学校の帰り道に聴いた、楽器の音を父さんに聴いてほしくて、線を引いたり、丸を描いたり、楽器そのものを描いたりして見せたことがあったけれど、父さんは困ったように眉を下げて、わからないと言った。 「そうか。そうだな。とくべつに見せてやろう」 大きな男の人がそう言うと、心得たというように小鳥が鳴きだした。きれいとか、うつくしいとかだけでは言い表せないような声だった。男の人は薄いさらさらとした紙を取り出して、何かの毛を煙突の形にしたようなものを黒い液につけた。 「おめぇさん、この声をどう言ったってもいいから、表現してみろ」 じっくりと、耳を澄ませた。どう言葉にすればいいのかを迷いながら、答えた。 「舌を巻いた時の空洞に、少しだけ水を入れて、そのままルルルって声を出すと同じじゃないけれど、似た音は出ると思います」 そう言うと、少しその男の人は笑った。 「いい耳をしてやがる。お前、今いくつだ」 「十歳です」 「んじゃあ、理科だっけか。そういうのはやったな」 「はい」 「植物とか、虫のスケッチは習ったか」 「はい」 「スケッチの大事なことはなんだ」 「目的のものだけを描く、一本の線で描く、色やかげをつけたりしない、言葉を使って表現する、です」 「よく覚えてるな」 「今日、その試験があったんです」 じゃあ、目的のものだけを描くってのだ。よくみとけよ。このふさふさした先のものが筆で、この紙は和紙だ。まず、目的のものを描くところから始める。植物とか、虫っていうものは大体形があるものだが、音っていうものは、形がねぇからな。目的のものだけを描かずに、周りのものを描くんだよ。詳しいことを言い過ぎるといけねぇからこれぐらいしか話してやれねぇが。 説明をしながら、彼が見せてくれた魔法のような作業を食い入るように見つめていた。筆というものが、紙の上でさらさらと流れたり、別の紙に鉛筆で書き、それを和紙に貼り付けたりする音が何度も頭の中で弾け、あまりにも魅力的なのでくらくらと目眩がしそうだった。 「ありがとうございます。家に帰って大切に聴きます」 「おうよ。そんで、お前の父ちゃんはどうした」 「二年前から、出稼ぎに行きました。いつ帰ってくるかはわからないけれど」 「そうか。困ったらまた来い。茶くらいなら出してやれる」 もう一度、お礼を言ってから工房を後にした。急ぎ足で家に帰り、おそるおそる紙を開いてみる。 聴こえたのは、飛び跳ねる子供の足音と、床が軋む音と、小さな子供の笑い声だ。 ぽたり、と涙が落ちる。父さんからの想いに胸がきゅっと詰まった。 その日の夜、涙も尽きたころ、僕はあの人に弟子入りすることを決めた。あの魔法に心が食われてしまったのだ。