Tentomushi

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Tentomushi

初めまして。Tentomushiと申します。 学生です。よろしく。

にわか雨

 滝のように降る雨。  時折り吹く強風。  ザワザワ揺れる木々。  雨。  雨の時間。  バラバラと窓に落ちる雨粒。  心地良い音。 「あっ小雨になってきた!」  明るくなっていく空。  大地を照らしていく光。  雨が止んだ。  ポタッ、ポタッ、と落ちる雫。  濡れた黄緑色の芝生。  濡れた庭。  濡れた世界。 「あっ、鳥たちが、鳴き出した!」

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にわか雨

仏さま

「わたしね、お空って、水面だと思うの。」  ある日の学校帰り、突然、みゆちゃんが言った。 「水面?」  私が聞き返すと、みゆちゃんは頷く。 「そう。大きな大きな水面。その上から、仏さまたちが世界を見下ろしているんじゃないかって。」  みゆちゃんは、不思議な子だ。ふんわりしていて、たまに、こんな風に不思議なことを言う。 「ほら、極楽浄土には、ハスのお池があるっていうでしょう?」  でも、それが面白い。 「なんでそう思うの?」  聞いてみると、みゆちゃんは、 「こんなに空は澄んでいるんだもの。」 と、青くて今日は雲一つ浮かんでいない空を指差した。  ……確かに、縦横に走る黒い電線を除けば、空は気持ちのいいぐらい澄み渡っていた。 「でも、曇ってたり、雨の降る時もあるよ。」 「雨は、この世を浄化して、わたしたちに生きる力をあたえてくれる、仏さまと観音さまたちの、やさしい愛しみの涙なんだよ。」 「じゃぁ、梅雨とかは仏さま達、その愛し泣き?いっぱいしてるんだね。」  そう言うと、みゆちゃんは、 「ほんとだね、大泣きだ!」 と、あは、と笑った。 「じゃぁ、雲は?」  ちょっとして、聞いてみた。 「雲は、その愛しい気持ち。」 「灰色なのに?」 「雲は、灰色じゃないよ。いろんな色が、まざっているよ。」 「そうなの?」 「うん、そう。」  今度、じっくり見よう。私は心に決めた。曇りって、案外憂鬱な天気じゃないのかもしれない。 「だから、雨上がりの世界は、きらきら輝いているでしょう?」  ああ、確かに。  でも、 「でも、惑星は?太陽とか月とかは?」  疑問に思う。それなら太陽が後ろにあって、仏さま達は、熱くないんだろうか?火傷しないんだろうか? 「太陽も月も、お星さまたちも、仏さまたちの後光なんじゃないかなぁ。」  雨がしとしと降ってきた。空を見上げると、晴れていた。 「あ、狐の嫁入り…。」  呟くと、 「おめでとさん、だね。」 と、みゆちゃんが笑った。 「ほんとだ、末永くお幸せに………お狐さん。」  二人して手を合わせて、顔を見合わせて笑いあった。  その時、 「あっ虹だ!」  近いように見えて遠い、深い緑の山の方に、大きな虹が、かかっていた。  薄い、やさしい、赤、オレンジ、黄色、黄緑、青、紫の虹色。  きれい……優しい色だ……  ぽつり と、優しく、みゆちゃんが言った。 「きっと仏さまも、お祝いしてるんだね、お狐さんたちのこと。」        ☀︎ ☀︎ ☀︎

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仏さま

マフィン

 マフィンの焼ける、いい匂いがする。  香ばしい、美味しい匂い。 「いい匂いだね、お母さん。なに作ってるの?」  学校から帰って来たばっかりの、七歳の息子の孝哉が、オーブンの前に座り込む私に抱きついてきた。  甘えん坊さんだな、とポンポン、と頭を撫でる。 「マフィンだよ。紅茶のマフィン。」  答えると、 「えー!今日のおやつ?おやつなの?やった、楽しみだな、はーやく食ーべたーいな!」 と、孝哉が踊り始めた。 「さっき焼き始めたから、あとだいたい20分ぐらいだよ。」  そう言っても、 「マ、フィン、マ、フイン。」  と、聞いているのか聞いていないのか……  全くもう……昔っからこうなんだから………  いつも、ことあるごとに踊りだす孝哉を楽しく眺めながら、思う。そして、笑ってしまう。  そんな私を見て、孝哉はますます嬉しくなったらしく、くるくる回り始めた。 「コウ、目回してオーブンに当たんないようにね。」 「うん、おっけおっけ」  一応返事は返ってくるが、本当に聞いているんだか聞いていないんだか……いつもこんな様子なので、毎回ばあばには、コウちゃんは落ち着きがないねぇと言われている。  うむ、心配だ……火傷でもしちゃったらどうしよう。 「ね、コウ、落ち着いて。やっぱお母さん、見てて怖い。」 「大丈夫だって。」  こう大丈夫、が、怖い。………のだが、やっぱり心配しすぎなのだろうか?旦那にも、上の息子にも、心配しすぎだとよく言われる。まぁ、確かに、昔の私はこんなに心配ばかりしなかった気がする。  心配する、というのは、親になった者の性なのだろうか。  その時、ガチャリ、とドアが開く音がして、 「あっ、お兄ちゃん!」 とすぐさま孝哉がたたた、と走って行った。  上の息子が帰ってきたようだ。私も続いて玄関へと向かう。 「おっかえりー!」 「おかえりー。」 「おう、ただいま。」 「今日、ずいぶん早いね、いつもより。」  いつもなら、この時間はまだ普通に学校なのに。 「なんか、数学の土井、熱当たりで倒れちゃって。ほら、最近暑いじゃん?で、なんかもう帰っていいって言われてさ。」  上の息子−−空哉は、玄関上がりかまちに座って靴を脱ぎながら言った。向けられた汗だくの背中が、ずいぶん大きく見える。  大きくなったなぁ。最近、そればかり思う。 「え、じゃ、部活は……」 「今日は部活じゃないもん。」 「あ、そっか!そうだったね。」  すっかり忘れていた。私ももう年なのだろうか、という思考がよぎったが、いやいや、まだだまだだと打ち消した。まだまだぼけちゃぁ、いられない。 「お兄ちゃん、今日ね、マフィンがあるんだよ。焼きたてほかほかの、紅茶マフィン!」  横から、孝哉が興奮して言った。 「まだ焼いてるとこだけどね。」  私も口を挟む。 「お、どうりでいい匂いがすると思った。楽しみだな!」  空哉が孝哉の頭をぐしゃぐしゃぐしゃっと撫で回した。 「お兄ちゃん汗くさいね。」 「まぁ、暑い中、学校から家まで、歩いてきたからなー。」  なんでもないふうに言いながら、空哉は少し恥ずかしそうだ。  お、思春期なのかな?もう高一だもんねぇ〜。  嬉しいような、寂しいような気持ちになる。もう近いうちに家を出て行くのだろうな。  少し、微笑ましい気持ちでいると、 「ま、じゃ、俺、荷物置いて、着替えてくるわ。」 「僕も行く!」 と、兄弟二人で階段を登って、二階の空哉の部屋へ行ってしまった。 「ね、ね、僕がお兄ちゃんの服選んでいい?」 「えー、どうしようかなー。」 高い声と低い声の、楽しそうな会話が聞こえてきた。 「お母さん、マフィン焼けたっ?」  しばらくたって、着替えが終わったらしい空哉と孝哉が、どどどどっと音を立てて階段を降りてきた。 「あとちょっとよ、さっき見たら、いい感じに焼けてたから。」 「まだかー」 「まだかー」  それを聞いた二人は、ゴロンッと一緒にソファーに寝っ転がる。仲良しだ。 「あー腹へったー。」  そうぼやいた空哉に、 「お兄ちゃん食べざかりだもんね。」 と孝哉が言う。 「ねーお母さんもういいんじゃない?」  空哉が急かしてきた。 「そうねー。」  私も早く食べたい。 「見てみようか。」  そう言うと、 「僕も見る、僕も見る!」 と孝哉がやって来た。 「じゃあ俺もー。」 と空哉もやってくる。  オーブンの扉を開ける。開けた途端、香ばしいいい香りが広がった。  両側からの視線を感じながら、マフィンの一つに竹串をそっと刺して、ずっと引き抜く。  ベタベタ…………して、いない。  マフィンが、焼けた。

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マフィン

サイダー

 口に含むと、しゅわっと弾ける。  甘い  味がする……  飲み物。  暑い暑い真夏。そんな日には、サイダーにかぎる。ので、僕は、いつものカフェに入った。 「チリンチリン」  どっしりとした、鈍色の重い扉を開くとともに、上の方に取り付けられた、小振りのドアベルがなる。  店内に入ると、一気にクーラーの冷たい空気がこちらへと押し寄せて来た。外のジリジリする焼け付くような暑さの中で、熱った僕の体には、それが心地良い。 「いらっしゃいませー」  顔見知りの店員−−というか今日は店長じゃないか−−が、こちらに顔を向けた。おっ、という顔をして、こちらへと手を振って来たので、僕も手を振りかえして、そのままレジへと向かう。ここは、先にレジで注文して、お金を払う、先払い制だ。 「今日は、何にされます?」  店長は、黒黒した短い髭の、なかなかダンディーないい男だ。  モテそうだな、といつも思う。既婚者だけど。 「やっぱり、暑いですから、カフェAlagonia特製、ふわふわかき氷ですか??」  お、店長の一押しは、かき氷らしい。  だが、今日の僕の目当ては………… 「かき氷もいいんですが、今日は、ここの『しゅわしゅわサイダー』が飲みたいと思ってるんですよ。」 「おっ、カフェAlagonia特製、『しゅわしゅわサイダー』ですか。こんな暑い日には、それもいいですねぇ。  では、何味にされます?」 「そうですねぇ。」 と、僕はメニューに目を落とした。    【しゅわしゅわサイダー】 レモン:日の光のようにつやつやの、無農薬有機レモンを使用した、ほのかな酸味が心地よいサイダー スイカ:夕焼けのような、暖かさの赤が、心も身体も癒すでしょう ミント:飲むと吹き抜ける、涼しい風。甘味は高知産の有機ハチミツ トマト:無農薬トマトを使用した、他ではなかなか味わえない味 マンゴー:一口飲むと、南国の風が吹き抜ける ザクロ:ルビーのような色が美しいサイダー。ザクロには、美肌効果もあるとか マロウ:呼吸器や胃腸の炎症を軽減するマロウ。目にもあざやかな、青いサイダー レモングラス:グラスから匂い立つ、さわやかな香り。レモングラスは、殺菌効果や、消化促身などの作用を持つハーブです      * * * 「はい、おまちどうさまでーす。」  お盆にのせた、サイダーを片手に、店長がルンルンとやって来た。 「なんか今日、店長、ルンルンしてますね。」  思わず問いかけると、 「えーっ、そう見えます?やっぱりわかります?」 と、店長は、なんだか照れたように笑いながら、テーブルにコースターを置き、その上にコトリとサイダーとグラスを置いた。  その話しながらでもの手際の良さ、やはりプロだ。 「いえね、昨日、うちの子が、初めて喋ったんですよ。ママって。で、その後に今度はパパって!その様子がいつ思い出しても可愛くて可愛くて……」  おお、それはそれは 「おめでとうございます。」  そういうと、店長は嬉しそうに、顔をほころばせて、 「ありがとうございますー。そろそろ、カフェにも連れて来たりするでしょうから、その時はよろしくお願いします。」 と頭を下げた。そして、 「あ、すいませんね、つい……では、当店の、『ザクロしゅわしゅわサイダー』です。ごゆっくりどうぞ〜。」 と、行ってしまった。  その姿を見送って、店長、親バカだな、と微笑みながら、僕はサイダーに改めて向き合った。  サイダーは、冷たいはずなのに、まるで、炎天下の下で汗水垂らして働く青年のように見えた。  僕は、その熱い佇まいにはっとした。    曲線を描いたグラスについた水滴。  グラスの中には、氷とともに、赤と透明の液体が入っている。  底にたゆたう赤いザクロシロップの上に、しゅわしゅわと泡立つ炭酸水。  それを銀色のストローでクルクルと混ぜ合わせると、しゅわしゅわぁ、という音とともに、綺麗な赤い飲み物ができる。  底に沈んでいた、ザクロの粒が、クルクルとその赤の中で舞った。    ストローに口をつける。  ひんやりした冷たさが気持ちいい。  と、同時に、甘くてさわやかな味が、しゅわっっとともに、広がった。  熱血漢。  そんな言葉が浮かんできた。    夏。  暑い夏には、やっぱりサイダーだろうか。  

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サイダー