颯兎ちり
23 件の小説別れはいつも謝罪とともに ⑩
その言葉に、やはり誰でも先生を魔法使いだと思えるのだろう、と思う。笑みをこぼしつつ同意の意を告げる。 「わかるよ。先生と話すと自然と心が楽になる。そういう意味で魔法使いだなって思える」 そう、先生は2つの意味でも魔法使い。 「それもそうだけど…、先生は魔法が使える。本物の魔法使い」 「…ひよりさん、あなたはここに来る途中に“人の性質を見抜く力”を与えられたのね」 ふふ、と笑いながら先生が発する言葉にハッとする。 「ひより、初めて会ったとき、なんでキョンシーじゃないってわかったの? 私の存在に気づいた瞬間こっち来たよね」 そう問うと、ひよりは「んー」と少し考えてからこう言った。 「なんか、直感でこの人はキョンシーじゃないって思ったの。さっきの獄卒も獄卒だって思ったし、先生も」 「ここに来たのも、他のキョンシーに傷をつけてもらってもキョンシーになれなかったから?」 「そうです!」 そう。彼女の「どうしてもキョンシーになりたいの」という言葉に私が負けて、麻依のもとにひよりを連れていった。だけど、麻依がどれだけ傷をつけてもひよりはキョンシーになれなかったのだ。 「稀にいるのよね、そういう子。力を与えられてキョンシーになれない子。その子は生まれ変わりの扉を探すか地獄にいくかしかないんだけど…。なりたいのよね」 「はい」 未だにひよりがなぜキョンシーになりたいのか理解できない。だけど、ひよりからはまるでキョンシーになるために死んだかのような本気を感じる。…さすがにそれはないと思うけど…。 「まあ、結論から言うと…」 先生はそこで止めて、じっとひよりの目を見つめる。 「言うと…⁉︎」 ひよりはそれに合わせて、ずいっと顔を先生の顔に近づける。 「ふふ」 「⁉︎ ゆうちゃん何⁉︎ この笑顔は何⁉︎」 「無理なんじゃないの」 「え‼︎」 私もつい笑みを溢す。朝比奈先生はこういう人だ。もう先生から出る言葉は確信できている。ひよりは素直だ。 「なれるわよ、キョンシーには。多分、傷はつけられても傷から毒が回らないの。それなら注射で毒を直接入れればいいでしょ? 待っててね」 かたん、と先生は席を立ち、棚の方へ向かった。ひよりはきらきらと目を輝かせてこちらを見ている。 「…ひよりさんは、優香さんの話は聞いたの? どうしてキョンシーをやめたのか」 その声が聞こえると、ひよりは一旦笑顔をやめて先生の方へ目を向ける。 「聞きました。でも、私はキョンシーになりたいです」 そっか、と言った先生は薬の入った注射を持ってこちらに向かってくる。すとん、とひよりの前に座った。 「さっきも言ったけど、あなたは人の性質を見抜く力を与えられた。だから注射を選んでも力は弱いかもしれない。そこは我慢してね。でもちゃんと歯と爪に毒は宿るから、傷をつけるなら強めにね」 「はい!」 「ふふ、いい返事」 「先生は、魔法使いですね」 ひよりが「ちょっとココア買ってくる〜」と保健室から姿を消した後の、静かな空間。ぽつりと溢した。 「そんなことないわ、あなただって魔法使いよ」 そんなわけないのに。人間というのは、いつも良いように根拠のないことを言う。
その音楽はきっと、これからもずっと。
美しい和音がゆったりとしたテンポに揺られるそれは、似つかわしくなくも帰宅を促す我が町の音楽だ。 幼い頃から公園で遊ぶことが大好きだった。そんな私は、その音楽が流れたら自然に足が家に向かって動き出すまでになっていた。 ブランコをキィと鳴らして、その音楽を背に家の方角へと目を向ける。私の未来を否定してきた人の場所になんて行きたくない。 美術について学ぶことの出来る偏差値、就職率の低い学校。そこを受験することに反対意見を述べるのは、私のことなんて想ってくれていない。 なんてそんなことないのはわかってる。本当は、私より私の将来を見据えて考えてくれているのはわかってる。 優しくて、お人形遊びにいつも付き合ってくれたお母さん。 音楽を流し、一緒に歌いながらドライブをしてくれるお父さん。 誰にも言いたくないような不満を聞いてくれるお姉ちゃん。 きっと気のせいなのに、今日の夕飯であるビーフシチューの香りがする。 昔、迷子になった私を見つけたお母さんと一緒に帰った時にも感じた香り。「今日のご飯はビーフシチューだよ」と言われ、「確かにビーフシチューの匂いがする!」だなんて、するわけないのに。 いつだって大切に思ってくれている家族を思い出して、じわりと涙が目に浮かぶ。 ブランコから手を離して、一歩踏み出す。 先ほどまでの気持ちが嘘のように、体が家に向かい、その速度は少しずつ早くなる。早く帰ってみんなとビーフシチューが食べたい。進路の話はそのあとでいい。 帰宅を促すには似つかわしくないこの音楽は、いつだって私たちの気持ちに寄り添ってくれる。 その音楽の余韻は、 「ただいま」と私が声に出した時まで残っていた。
聞こえないその声が聴きたい
あなたのその綺麗な声が聞けるあの子が羨ましい。 決して私には聞こえない声。 聴くことが許されない声。 声を聴くために一生懸命作戦を考えて、 よしいくぞって気合いを入れて、 …でも勇気が出ないからって道を戻って。 あー、どうにかしてその声が聴きたい。 そんな感情は歩を進めるごとに大きくなって、 その気持ちは靴下の湿り具合に比例して、 「どうせできないよ」って雨の音がそれをかき消す。 雨天時の傘の中では、人間の声が1番綺麗に響くらしい。 つまり、“あなた”と傘を共有している“あの子”は “あなた”の1番綺麗な声を聞いているわけで。 あー、私もどうにかしてその声が聴きたい。 なんなら聴けるのは私だけで良い。 自身の1番綺麗な声を1人で聞いて、帰路を辿った。
別れはいつも謝罪とともに ⑨
どこまで行っただろう、合流できるかな、と思いつつ走っていると、彼女の声が聞こえた。 「ゆうちゃん!」 声が聞こえたのは私の後ろだった。彼女は公園の遊具に身を潜めていたようだ。公園はがらんとしていて、逃げるにはぴったりか。 「手痛いよね!? 大丈夫…じゃないよね、ごめん絆創膏持ってなくて…あっいやこの傷じゃ絆創膏とか意味ないし…」 「…大丈夫だよ、だって今から行く場所って保健室でしょ」 「そうだけど〜、応急処置は命に関わるって習ったよ!」 「キョンシーは獄卒に傷つけられても命に関わらないから大丈夫。さ、行くよ」 本気でひよりは私を心配しているみたいだ。心配、か。お姉ちゃんもしてくれてたな…。それなのに「人間は解決できない」なんて思って、誰も信用しなくて、誰にも頼らなかった。そんな私がなんで人を信用できているのか。ひよりとも警戒せず話せているのはなぜか。 その理由は、私が人を信用できるようになったのは、朝比奈先生の“魔法”に触れたから。 …だと、思う。 がらりと保健室の扉を開けると、扉に背を向けていた先生が振り返った。 「優香さん。あら、その子は?」 「た、高槻ひよりです! 私をキョンシーにしてください!」 ばっと勢いよくお辞儀をするひよりに先生は目を見開き、そのあと微笑んだ。きっと「優香さんとは真逆ね」とでも思ったのだろう。 「キョンシーになりたいなら、お隣の優香さんに食べてもらえばいいじゃない」 「ゆうちゃんはその力ないので」 「力?」 「あっ…度胸のことです!」 「なるほどね、優香さん優しいからね」 「ひより、この人私が人間なの知ってるから。早く要件伝えな」 「そうだった!」と言ったひよりは、「彼氏を食べるためにキョンシーになりたいんです!」と思いを晒す。そんな歪んだ愛に対して先生はとても優しい返答をして、ひよりはとびっきりの笑顔でこう言った。 「ゆうちゃん! この人魔法使いだよ!」
別れはいつも謝罪とともに ⑧
「ゆか」 「叶斗」 朝比奈先生のいる保健室に向かうには、キョンシーたちの住む寮のそばを通る必要がある。そんな場所をひよりに歩かせては窒息死するだろうと思い、黒暗の森の周りを一周して保健室に向かう。 …かなりの迂回となるのだが。 黒暗の森の周りには泥濘門があるので、叶斗に会うのは予測済みだった。 「えっ、獄卒??」 叶斗を見たひよりは驚く。理解の早いことだ。 「人間じゃん。ゆか、こいつ地獄送りの人間? そーだよなぁ、なーんか問題起こしてそうだわ〜」 「叶斗、そういうこと言わない。ほんと精神年齢が幼い。私より年上とは思えない…」 はあ、とため息をつく。私は高校2年生で死んだので、一応高校2年生ということになっている。叶斗は大学2年生。…まあ、年代が違うんだからあまり当てにはならないのだけど。 「え、ゆうちゃんいくつなの??」 ひよりは私より年下だろう。見た目も小さいし、中身も幼いし。 「高2」 「え! 私大学1年! ゆうちゃん私より下だったんだー!」 「え」 さ、最年少…?? 「ふーん、俺最年長か〜。ゆかが1番年下なのね〜?」 によによと叶斗がこちらを見てくる。ついでひよりもそんな顔でこちらを見つめてきた。嫌なところで気が合うようだ。 「……いくよ、ひより」 「え!! ゆうちゃんが名前呼んでくれた!」 「“ひより先輩”が正しいんだけどな」 「うるさい、いいから行くよ!」 にこにことするひよりの腕を掴んで、泥濘門を後にする。…はずだった。 肩に、ひんやりとしたものが触れる。ぞわっとして勢いよく振り返るが、そこには私の肩に手を置いた叶斗がいるだけだ。 「いつもはこんなことしないんだけどさぁ、 ちょーどうちも労働者が足りなかったんだよねえ。てことで、こいつもらってってもいい?」 “こいつ”とは言うまでもない。ひよりだ。ひよりは「え?え?」と言いたげな様子で、私と叶斗を交互に見ている。 「はは、何その信じらんないみたいな顔。ここは天使と獄卒とキョンシーの、人間の取り合いの場所だ。俺だって人間を見たら連れ込むに決まってんだろ」 ぎり、と彼の手に力が入る。 「痛っ………さっさと離しなさいよ」 彼の腕を持ち上げる。彼は少し驚いた様子を見せた。ここで問題がある、私にはキョンシーの力がない。爪で傷つけるのも、噛むのも…彼には鎌があるけれど、私には何もない。 「ゆか、馬鹿だなあ。俺のこと信用しちゃってた??」 にこ、と彼は笑って鎌をこちらに向けた。まずはこちらを排除させると言うことか。 この世界には天使、獄卒、キョンシーがいる。“生まれ変わりの扉”へ導く、または扉へ向かわせるために誘導する者。地獄へ連れていく者。傷をつけてキョンシーにさせる者。天使には魔法があり、獄卒には鎌があり、キョンシーには毒の宿る爪と歯がある。それらは天使・獄卒・キョンシーに攻撃したとしても、5分ほどで完治する。 だけど、明らかに泥濘門の目の前であるため獄卒の方が有利。5分私が倒れていれば十分だ。 「ゆーか、なにぼーっとしてんの」 はっとした頃には遅く、私の方には鎌が向かってきていて、即座に手で刃を抑える。ぐっと手に入り込んでいく。 「ひより、早くあっち行って」 彼女の方を見てそう言うと、彼女はぱたぱたと先へ走っていった。 「考え込むと周りが見えなくなるの、ゆかの悪い癖だよね」 にこ、と彼はまた笑う。 「叶斗、速いものはなかなか認識できないよね」 「!」 彼の背後へ回る。私の爪は短いし、毒の宿った歯もない。そして手も今は力が入らない。残された手段は足…! 思い切り彼の背中を蹴り飛ばす。この程度じゃ彼はすぐ立ち上がる、そう思って少し申し訳なく思いつつも彼の背中を踏みつける。 「…叶斗の言う通り、私叶斗のこと信用してた。なんでだろうね、生前はあんなにも誰のことも信用できない人間だったのに」 ぽつりと呟く。でもきっと、その原因…理由はわかってる。 ぐっと足に力をこめると、叶斗は「うっ」と声を出し、瞼が重力に従っていっている。大丈夫、死ぬことはない。 「…はは、ごめん、忘れて。じゃあね」 倒れこむ叶斗に背を向けて、ひよりを追うように走った。
別れはいつも謝罪とともに ⑦
「あなたを人間に戻すことは出来ない、それはこの世界のルール。…でも、あなたからキョンシーの力を奪うことは出来るかも」 「…え?」 私の話を一通り聞き終えた先生による思いもしなかった返答に、耳を疑う。 「“人間を食べる”というキョンシーの力を奪うの。あなたたちは人間を見かけた時、食べるまで人間を追いかけるでしょ? あなたもわかると思うけど、どれだけ食べたくないと思っても体は動く。それを自我を失われた状態と言うとすると、あなたを“常に自我を失わない”キョンシーにする」 「まあ、もっと細かく話すわね」と先生は言う。こくりと頷くと、先生はまた柔らかい笑みを浮かべて話を続けた。 「あなたの髪は生前の時に戻る。爪も戻る。人間は食べれない。人間を見ても食欲は湧かず、追おうとしない。嗅覚の鋭さは衰えるけど、目は見える。でもあなたはそうなっても一応“キョンシー”なの。だから、こんな状態になってもキョンシーだと認識される。人間になって襲われることはない」 こんな感じで、どう? と先生は私に問う。もう結論は出ているのに、それが揺らぐことはないのに、声が出なくなる。 でも、もう大切な人を見かけても食べないで済むのなら。 「キョンシーでいるのは…いやです…」 「わかった。…これだけ守ってくれる? キョンシーに、あなたがキョンシーの力を失っていることを気づかれてはいけない。魔法が解けて、あなたは失ったキョンシーの力を取り戻す。そして私は上司に怒られて、殺されちゃうかも♡」 何やら最後の文章は恐ろしい。先生って過酷なところで生きてるのかな…? すう、と深呼吸をして覚悟を決める。泣き腫らした目を開ける。長い髪が揺れた。 「…わかりました」 あんなに長かった髪が短くなり、爪も短くなった。これで、もう大切な人を私の手で傷つけることはない。私の手で失うことはない。…まあ、それほど大切な人も家族以外にいないけれど。 「…先生」 「ん?」 「先生ってやっぱり、魔法使いだったんですね」 2つの意味で。 きっと、悩みを解決してくれる優しい人だから魔法使いだと言っていたんだろうけど、本当に魔法使いだったなんて。そんな私の笑顔を見た先生もまた、笑ってこう言った。 「内緒よ? 殺されちゃうんだから」 余談だけど、魔法の力で私はこの世界に来てから髪の毛の長さはボブ、ということにしてもらった。麻依が「シュシュ持ってきたのに髪切ったの!?」と言うような事態は免れた。 その帰り道、私は1人の人に出逢った。 「キョンシーだ。よ」 鎌を持った少年。この服装は、黒暗の森を超えた先にある分かれ道を右に進むと見えてくる、地獄への門…“泥濘門”の向こうに住む人の服装。赤黒い服は、返り血が目立たないようにするため…という噂。 「獄卒」 「そ。初めて見る顔だ。名前何?」 門の上に座っていた彼はひょいと降り、私の前に立つ。逃すまいと私の目をじっと見つめる。 「ああ、自分から名乗れってよく言うよね。俺は橋寺叶斗。怪しい奴じゃないよ」 怪しい奴に怪しい奴じゃないと言われても…。と思うが、別に地獄を連れていかれるわけでもないしいいか、と名乗る。 「…初見優香」 「へえ。それじゃ」 「えっ」 言葉通り、彼は門から降りて地獄へと帰って行った。名前だけ聞いてどこかに行くなんて、目的は一体何だったんだろうか。変な人だ。 地獄へ繋がる道であるにも関わらず、柔らかくて暖かい風が吹いて、なんだか心地よかった。
次会う時は .7(完)
彼女と出会って、1週間が経った。 次は会えるかな、と言っていた彼女と、無事に再会を果たす。105号室のベッドに彼女がいることに安堵する。 「私、明日生きてるかわからないって」 「…」 「なんなら今日意識がなくなるかもしれないって。ごめんね、こんな状態なのに仲良くなっちゃって。酷いよね…君は別れを惜しむほど私のこと大好きじゃないか」 彼女は乾いた笑みを漏らす。 「そんなことない。君との別れは惜しい…でも、酷いなんて思わないよ」 寂しかったんだ、僕も君も。 「自分の寂しさを自分で解決しようとした君を、 酷いなんて思わないよ」 決して人を信用しきってはならない。自分のことは常に自分でやりきらなければならない。それは本当に大変なことだけれど、全て他人が解決してくれるわけではない。自分が変わらなければ、何も変わらない。 「変わる勇気を持ってるんだ、むしろ誇りに思え。それに、君との時間は母さんを失った僕を救ってくれたんだ。誰がそんな奴に酷いと言える」 「…ねえ、君はなんて名前なの? 名前って素晴らしいと思うの。ありふれた名前でも、“その人”を呼ぶ名前はこの世に一つしかないんだよ」 「名乗る必要はない。僕らの関係に名前なんて必要ないよ」 「…気が合わないね」 目尻に涙を浮かべた彼女は、ふわりと笑う。 向日葵が風にふわりと煽られる。 次会う時は、天国で。
次会う時は .6
彼女とは6日前に出会った。 そう言葉を残して去っていった彼女に指定されたのは、病院の105号室。ここには何度もお世話になっている。 家を早く出て、105号室になんとか辿り着くが、扉を開けることはできない。 …105号室、亡くなったお母さんが過ごした病室。 何度も来た病室。 いや、まだ彼女がいなくなると決まったわけではない。そう思って扉を開けるが、僕を呼んだのはベッドに横になる彼女だった。 僕は知らなかった。ずっと彼女といれると、理由もなく安心していた。いつものように待ち合わせ場所が指定されて、いつものように先にいたり、遅れてきたり。探して見つけて、気づけばいつものように雑談を交わして。別れには、いつか来るとわかる別れだけでなく、唐突に訪れる別れがあるのだと。 病名はうまく聞き取れなかったけれど、彼女は今の状態を説明してくれた。 「走るのは好きだったんだけどね。心臓がもう…あんまりよくなくて、走っちゃダメだったの。遅刻ばっかりでごめんね? 学校にも行けなくて、もう誰にも会いたくなくて、スマホも捨てた」 あ、でも遅刻したのはお母さんに外出を反対されたからって時もあるんだよ。と付け加えられる。昨日寝たいと言ったのも、症状の進行が速くなってきているからだと。 「次…は…会えるかな」 こう言って、僕は病室を後にする。 「次会う時はこの病室で。だから待ってて」
次会う時は .5
彼女とは5日前に出会った。 そう言葉を残して去っていった彼女と会うのは、この前と同じ 公園だ。 彼女は大幅に遅刻してきたにも関わらず、ゆったりと日傘を差して歩いてくる。随分と気を許されているものだ。 「やっぱりここが1番落ち着くよ。カフェとか慣れないとこは行くもんじゃないねー、人が多い…」 「それは3時に行くからじゃないの? ご飯の時間とか、おやつの時間は混むでしょ」 「あー…。確かに」 そうだね、あのパンケーキはおやつに食べたいよねぇ。と彼女は言う。僕にあのパンケーキはしんどかった。彼女が「しんどい」と押し付けてきたパンケーキもあったから余計に。 「そうだね…僕もこういう場所のほうがいいよ」 「うん…なんか今日は眠いから寝るね」 「え? じゃあ今日は」 「ここで寝たいの。でも女の子1人で寝るのは危ないでしょ」 彼女に対する疑問は日に日に増えていく。あまり物は知らないし、最近よく遅刻してくるし……多分バカなんだろうとは思う。聞いてもはぐらかされるので何も聞けない。 しばらくするとカラスが鳴き始め、彼女を起こす。またね。と言って去ろうとする彼女に僕は声をかける。 「次会う時は?」 「…話したいことがあるんだ。あの病院の105号室に来てくれる?」 嫌な予感がした。きっと彼女の身内が怪我でもしたのだろう。聞いてもはぐらかされるのだ、そう思うことしかできなかった。
次会う時は .4
彼女とは4日前に出会った。 そう言葉を残して去っていった彼女と、今日は本屋で会う。 本屋内は冷房設備が整っていて、とても涼しい。中に入って、 ふう、と息を吐く。彼女はどこにいるのだろうか。 本屋は小さいのですぐ見つかるはず。ぶらりと回ってみるけれど、彼女は見当たらない。しばらく待つと、彼女は本屋の中に入ってきた。 「ごめんごめん…! なかなか逃げ出せなくて」 いつもと同じ笑顔を浮かべているが、僕と同様に汗をかいている。だが全く息切れをしていないところは、彼女の遠慮のなさとマイペースさを感じる。 「いいよ。で、今日の目的は?」 「好きな小説の最新刊が欲しいんだ!」 彼女は小説コーナーの道を進む。黙って僕はついていく。本の題名を訊くと、『掬い羽』という言葉が返ってくる。どうやら、悩んでいて踏み出す勇気が出ない…羽の折れた人間たちを掬う話だそう。 「ちなみに題名はすごく小さく書かれてて見つけにくいから、よろしく」 「それで僕を呼んだわけか。 …本が好きなら、今度僕の好きな本を貸すよ」 彼女は考えた素振りを見せると、また笑った。 「ううん。私、本の好き嫌い激しいから」 何度も歩いてやっと見つけたけれど、彼女の言った通り題名は小さく表記されていた。普通に見つかるほどだが。 本を購入した彼女は、お決まりのセリフを吐いて去る。 「次会う時は、またあの公園で」