peach
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Peachです🍑♡ 小説を書くことが趣味の学生です✍🏻🤍 学園ものを載せていくから興味があれば読んでみてね🍀📗 漢字が苦手なので、文字のミスは暖かい目で見逃してくださいww
紡希(つむぎ)が紡ぐ出会いの物語 6章 夢の星影に触れたくて
私のクラスでは、志望校を決めおえた人が少しずつ増えてきていた。そのせいか、みんな係決めの立候補を進んでしようとしなくなった。道が決まっていない人たちだけで回すような感じになってしまったのだ・・・。もちろん、私もその一人だ。でも、何もやりたくない・・・。 「今度、留学生に来てもらうことになったので、交流会をしたいと考えています。進行を男女一人ずつ、誰かやってもらえませんか?」 クラス活動の時間にそんな連絡があった。留学生は英語圏の人らしく、日本の大学で少しの間、日本語を学んでいるのだと教えてもらった。私は、英語は得意とは言えないが、好きな方ではあった。ここでやってみるのもありかもしれない。 「推薦でもいいので、今お願いします。」 先生は少し困った顔をしていた。今日は、新しい学級委員が決まっていないため、連絡は全て担任がしているのだ。 「じゃあ、やります。」 後ろの方で声が聞こえた。 聞き覚えのない男の子の声だった。後ろの実に小声で名前を聞くと、わからないと言われてしまった。これは手を上げにくい・・・。 「私、雪野紡希さんを推薦します。」 実がそう言って立ち上がり、私を軽く指差した。その後は、何も変わることはなかった。私とあの男の子でやっていくのだ。何もかもが心配だ。 休み時間になり、私は教室を出ようと席から離れて廊下へ向かった。出口まできた時、不意に誰かの気配を感じた。さっきの男の子が近くまで来ていたのだ。 「図書館行きたいんだけど。」 「だったら、一緒に行ってもいい?交流会まであまり時間ないから、いろいろ話しておきたくて。」 「うん、いいけど。」 彼の名前は桜井望夢(さくらいのぞむ)だった。陸上部に所属していると言っていた。長距離走が得意らしい。英語は英検純2級までは持っていると教えてくれた。私は何を話せばいいかわからなかった。 「雪野って読書好き?」 「うーん、嫌いじゃないけど、好きでもないかな。」 「そっか。紡希って名前珍しいし、なんかいいね。」 「ありがとう。」 会話が全然続けられない。実の時の方がもっと話せていたはずだ。慣れてないことに気づかれていたらどうしよう・・・。 会話が続けられないまま、図書室に着いてしまった。男の子と話すのは難しい。好きな本も好きな食べ物も色も・・・どれもあまり重なることがない。話を合わせるのは、たぶん私になってしまう・・・。やっぱり誘いに乗るんじゃなかった。実はどうして私を選んだのだろう。ちょっとした悪戯だろうか・・・。変わっていく実が怖い・・・。 「ねえ、俺と話すの苦手?」 「そういうわけじゃないけど・・・。私、女の子としか友達になったことないから、距離の縮め方がわからないの。」 「そうか。でも、俺も同じような感じだよ。女友達は一人もいないんだ。関わることはあったけど。」 「そうだったの?」 「うん。だから、今回の交流会をきっかけに、自分の世界を広げてみようかなって。だから、雪野のこともっと教えてほしい。」 「いいよ。交流会の時英語しか使えないから、名前で呼び合うのに慣れておかない?」 「うん、いいよ。じゃあ、・・・つむぎ。」 「の・・・のぞむ。」 「なんで緊張してるの?呼べって言ったのそっちだろ?」 「ごめん・・・。」 なぜか一瞬心引かれそうになってしまった。今の時期は、恋愛なんか毒にしか思えないのに。私馬鹿みたいだ・・・。自分で自分を困らせるなんて。うまくやりきればいい。交流会を成功させることだけに集中すれば、きっと忘れて乗り超えられる。 「紡希は英語得意?」 「得意ってわけじゃないけど好きかな。」 「そうなんだ。将来の夢は?」 「まだ悩み中かな。望夢は?」 「俺は、親が歌手とシェフだから・・・。」 「すごいね。」 「みんなはそう言うけど、俺はプレッシャーをかけられてるようにしか思えないよ。二人ともこの学校では有名人だからね。」 「そうなんだ。」 悩みを抱えているのは私だけじゃなかった。望夢の両親は、世界の国々でも注目されているらしい。だから、家にいないことの方が多いと言っていた。そう考えると、私は彼よりも恵まれた環境で育てられているかもしれない。彼はどうやってここまで歩いてきたのだろう。彼の歩いた道を知りたい・・・。 「今は望夢一人なの?」 「同じ時に海外へ行くわけじゃないから、どっちかが一緒にいてくれることが多いかな。でも、夏休みとかはほとんど一人だよ。夏は、フェスとかライブが多いから。2人ともそこを狙っていかないと波に乗れないから。」 「そっか。」 「そろそろ時間だし戻らない?」 「そうだね。」 環境が違う望夢とどう友達になればいいんだろう。ただ話を聞くだけで満足してくれるのだろうか。もし、私にできることがあれば、力になりたいと思う。今は恋愛感情よりもそっちの方が何倍も強い。交流会をきっかけに、私も新しい出会いに触れてみよう。きっと、また何かが私を成長させてくれる。 教室に戻り、小論の授業を受ける。今日のテーマは『働くこと』についてだった。私たちはまだ体験くらいしかしていない。でも、そんな状態でも、今の社会を見つめたり、周りから情報を得たりすることはできる。もちろん、自分の力で情報を得ることも・・・。それらで感じたことや疑問などを文章という形に作り変えていくのだ。私にはすごく強い味方が4人もいる。人との違いについても考えたら、5人いや6人だ。少しずつ文が頭の中で作られていく。ノートを見つめ、鉛筆を手にとってみる。これなら、きっといくらでも書ける。私のたくさんの人たちとの出会いに着いて書こう・・・。 「紡希、今日のテーマ難しくなかった?」 「うん、少しね。でも、書きやすかったかも。」 「何か書けることあったの?」 「実には言いたくない。」 「何それ!教えてくれたっていいでしょ?」 「やだよ。」 実は笑いながら口を尖らせた。このことを話したら、彼女はきっと笑顔で涙を流すかもしれない。でも、これを話すのは私にとっては、どこかくすぐったいような恥ずかしいようなものに感じてしまい、うまく言葉にできない。『ありがとう』っていう気持ちは溢れるほどあるのに。だけど、いつかはちゃんと言葉を紡いで・・・。紡希の言葉を紡いで伝えたい! 帰り道。私は望夢と帰ることにした。彼ともう少し話してみたかったのだ。違いの良さを学んだからこそ、彼を知りたいと思った。もちろん、土足で彼の心を汚すつもりはない。彼がこぼす言葉を紡ぎ、新しくて暖かいものに作り変えてあげたいのだ。寂しい気持ちは新しい『よろしく』を見つける鍵へ、手の届かないところにいる鳥への震える気持ちは新たな成長に繋がる1歩に・・・。それぞれ明るくて前向きな言葉に変えたい。私がたくさんの出会いから強い気持ちを学んだように、今度は私が彼の一つの結び目に・・・。 「どうして陸上部に入ったの?やっぱり世界を目指すため?」 「違うよ。父さんも母さんも最善を尽くして戦っている。だから、俺も自分の限界を超えられるくらいまでもがいてみたいんだ。今は陸上でだけど、将来はもっといろんなことに立ち向かっていきたいって思ってる。」 「そうなんだ。望夢も『負けない強さ』の持ち主なんだね。」 「どういうこと?」 「自分の弱点を知っていて、それと向き合う強さを持っているねってことだよ。」 私は彼に母が教えてくれたことを話した。彼はそれを聞いて、大きく頷いてくれた。人との違いや自分の弱点と向き合うことは簡単なことじゃないかもしれない。でも、それを受け止めて歩いた先には、強くなった自分が笑顔で手を振り待っている。 「交流会って来週だったよね。」 「そうだよ。進行用の英文作ったから明日渡すね。」 「ありがとう。私、見せられるような文章書けないんだよね。望夢がちょっと羨ましい。」 「俺だって見せたくないよ。でも、もうやって一緒に組んで、紡希なら信じられるって思ったんだ。」 「え?」 「君がさっき話してくれたみたいに、俺も中学の頃からずっと自分の名前にプレッシャーをかけられてるように感じてるんだ。夢を望むって、なんか何でもできるやつだって思わない?」 「私は思わなかったよ。」 「ありがとう。他のやつらにはいろいろ言われてきたんだ。『部活よりも勉強の方がお前には合ってる』とか、『何でもできるやつなら怖くないだろ?』とか、不安な気持ちを理解してもらえなかった。だから、自分の名前がすごく怖かった。でも、父さんと母さんは『自分の夢とまっすぐ向き合える』って意味を込めてることを俺に教えてくれた。まだ百%自分に自信を持てるようになったわけじゃないけど、前より少しは強くなれたと思う。自分の名前や弱点と向き合えたから。」 「うん・・・。」 彼の世界は半透明に見える。色がつきそうでつかない微妙な感じ。いつ彼らしい色がつくのかも予想できない。そんな星影の彼だからこそ、いろんな夢や出会いに触れることができるのだ。全部がブラックホールに吸い込まれてしまうことはない。いちばん大切にしたいと思えるものは、きっと最後までその手の中にあるから・・・。夢がぼんやりとしたものでも歩いて行ける。私も望夢もまだまだ色づけるチャンスがたくさんあるのだ。 次の日。望夢は進行文を席まで持ってきてくれた。綺麗な文字が並ぶ文章だった。父がこれを見たら、きっと『望夢にしか書けない文章だね』って言って笑顔で頷くだろうか。私はそんなことを考えながら、彼の文章を読み始めた。相手を思う温かい気持ちが込められている文章。それは、選ぶ言語が違っても、雰囲気からすぐにわかる。言葉が変わっても、その人がそこに込める思いそのものは変わらずちゃんと残っているのだ。 次はいよいよ最後の世界になる。望夢、私と出会って、あなたの世界を教えてくれてありがとう。違いはあっても、私たちはどこか重なっているような気がした。私は次・・・と言っても最後の、目指していた場所へと歩き出すよ。
紡希(つむぎ)が紡ぐ出会いの物語 5章 紡ぐものは言葉じゃない
2か月が経ち、進路に関するプリントが次から次へと配られるようになった。いろいろ周りからは学んできたが、やりたいことはずっと見つけられないままだった。実はあの福餅をきっかけに、心理学に興味を持ったらしい。梅野さんとは違う道で、誰かの幸せを見守りたいんだと言っていた。私にできることって何だろう・・・。 家に帰り、また自分の部屋にこもってしまった。私だけが遅れている・・・。そう思ってしまったのだ。どうしてみんなには特別な瞬間が訪れるんだろう。 「紡希、おかえり。」 姉がそう言いながら部屋に入ってきて、私のベッドに座った。私のベッドは客用じゃないのだが、一人部屋になってから、家族はみんな来るたびにそこを使うのだ。嫌ではないが、寝落ちしないかが少し心配だった。でも、最近は誰もあまり来ない。仕事や勉強、一人暮らしで忙しいからなのか。昨日父との会話で久しぶりだったなと感じた。前と同じように小論の相談をして、アドバイスをもらったのだ。 「お姉ちゃん、今日はこっちにいるの?」 「うん。紡希を悩みの海から救うためにね。」 「ありがとう。でも、誰から聞いたの?」 「秘密!」 姉とは少しの間会えてなかった。サークル活動やボランティア活動、学部内での行事などがあったらしく、なかなか時間が作れないと言っていたのだ。 「今日はどうしたの?」 「みんなはどんどん進路関係のプリント書いて提出してるけど、私まだ何も決められなくて。実ももう進路決め始めてるって言ってるし、私どうしよう・・・。」 「私もプリントめちゃあったよ。毎週何かいろいろ渡された気がする。でも、パンフレットとかもらっても、悩み中の自分には夢のかけらじゃなくて、ただの紙にしか見えないんだよね。今の紡希は紙の束しかもらってないってことなんだよ。悩む必要なんてない。かけらが多くて困ってる人は、すごく追い詰められてるかもしれないけど。今のあなたは、その紙の束をどういうふうにも扱うことができる。自分のヒントにすることも、それを捨てて存在しなかったものにすることもね。紡希はどうやって夢を勝ち取りたいの?」 この疑問は何度も頭をよぎった。姉の思い出や父の体験を聞いて違いの良さを知って・・・私は何を得たのだろう。自分の夢の見つけ方はどんなものだろう。 「周りに決められた道は歩きたくない!自分のやりたいことをちゃんと目指したい!」 「紡希らしい答えだと思うよ。あとはそのやりたいことを見つけることね。」 「うーん、何だろう・・・。」 「じゃあ、ある方法からヒントを得てみる?」 「ある方法って何?」 「ちょっとお母さん呼んでくるから待ってて。きっと何か浮かんでくるよ。」 姉はそう言うと勢いよく立ち上がり、部屋を出て行った。お母さんは、補習時間を作っていることもあり、夜はいつも遅かった。私が夕食を食べ終える頃に、疲れた様子で帰ってくることがほとんどなのだ。でも、今日はいつもとは違うらしい。 「紡希、入るよ。」 母はそう言って中に入ってきた。私の顔を見て、納得したように小さく頷いた。 「陽から聞いたよ。進路のことで悩んでるんだよね。プレッシャーになるかヒントになるかはわからないけど、あなたの名前のこと教えてあげる。まず一つ聞きたいんだけど、紡希はよく自分の名前のこと、周りから何て言われる?」 「『文系だね』とか『文章に関することだったら完璧じゃない?』って言われる。発表の時も必ず代表の候補に入れられるの・・・。」 「そっか。みんなは紡希のほんとの名前の由来をとり間違えてあなたを苦しめていたんだね。」 「どういうこと?」 「あなたの『紡希』って名前の由来は、私やお父さんが文系で、文章に関わる仕事をしてるからじゃないの。『言葉を紡ぐ』ってよく言うけど、そこからつけたんじゃないんだよ。あなたの名前に込めたのは、『夢を紡ぐ』ってことなの。将来の夢だけじゃなくて、紡希が紡いでいきたい夢全て。まあ、それは言いすぎかもしれないけど。でも、文章に縛られるような名前にはしてないよ。人との出会いだって気持ちだって、いろんな言葉に置き換えることができるでしょ?私とお父さんはそれをヒントに、あなたに『紡希』って名前をつけたの。文章が好きとか趣味は読書だけとか、そんな思いは込めてないよ。だから、私たちと同じ道を進まなくてもいい。紡希がこれだって思える瞬間に、夢はきっとその手の中に生まれるよ。大丈夫。」 私は溢れそうな涙に耐えきれなかった。ずっと自分の名前を嫌っていた自分が許せなくなった。どうして大切な繋がりの宝の言葉を嫌いになってしまったんだろう。周りの人たち、特に私を悩ませたり、困らせたりした人たちは、その言葉の暖かさや私に向けられた優しさを知らないのに。負けちゃいけない相手。言い返せるくらいの強さを持っていたかった・・・。 「ごめんね・・・。私、ずっとこの名前に悩んでた。それで、嫌いになってた。ほんとにごめんね。」 「陽にも相談されたことあったんだ。みんなは周りの人の名前はすごくちゃんと見てるのに、自分の名前の良さは見えてないんだよきっと。だから、二人が傷ついたように、いくつもの物語に傷がつけられる。でも、その傷を受けた人は、絶対に強くなれる。辛い気持ちや苦しみの弱点を知ってるから。夢を勝ちとる諦めない強さを武器にして、弱い自分と向き合えるの。」 「私も強くなれるの?」 「うん。なれるっていうか・・・紡希にはもうその武器が隠れてるかな。自分と向き合おうともがく強さ。私はあなたにあると思うよ。」 母はそう言って私の髪に触れた。暖かい手だった。母の言葉は、いろんな色に輝く宝石が入った宝石箱のようだ。暖かいものから鋭く強いものまである。母の作る世界もキラキラしている。でも、今やっと気づいた。みんながそれぞれ選んだ道は、重なりかけることはあっても同じ方向に同じ長さで伸びているわけじゃない。私もきっと全く同じ道を歩くことはないんだ。 「お母さん、ありがとう。なんか少し気持ちが落ち着いて、軽くなった気がする。」 「よかった。私はずっとあなたの一つ目の結び目だから。」 母は私の名前に少しだけかけてそう言ってくれた。その優しさも嬉しかった・・・。 「国語はどんな感じなの?」 「今小論が中心かな。」 「そうなんだ。お父さんから聞いたけど、前に『読書の意義』っていうテーマあったでしょ?私、あのテーマで書くのがいちばん好きだった。それに、今思うと、読書の良さを伝えようとすることで、新たな発見があるかもしれないからいいなって思う。」 読書の良さ・・・。父からいろんな話を聞いて、本について言葉を選ぶことは少しできるようになった。新しい世界に出会うことができる・・・これが私の答えだ。父は『出会いの鍵』と言っていたが、私にとっては、本は『一つの世界』なのだ。いろんな人がたくさんの考え方や気持ちと出会える小さな世界。私はそう思い始めた・・・。 「読書の力ってすごいね。」 今の私はこうやって言える気がする。たくさんの言葉と出会う夢と結ばれたから。二人とも暖かい名前をありがとう・・・。私は次の夢を見つけに行くよ。
紡希(つむぎ)が紡ぐ出会いの宝物 4章 七色の物語
次の日。父の図書館では話があった通り、見学者が来ていたようだ。私はもちろん学校だったが、父が成功したという連絡をしてくれた。私は実に父の頼みを話した。彼女は少し不安そうな顔をしていた。 「私が司書のアシスタントになるってことでしょ?経験不足の私がそんなことできるわけないよ。読書は好きだけど、そんなすごい能力なんか持ってないよ・・・。」 「うーん・・・。私も最初聞いた時はびっくりしたよ。でも、実期待されてるんじゃない?ほら、あの、スカウトみたいなやつ。」 「無理だよ。文章に関することなんて。どうして娘の紡希を選ばなかったの?紡希の方が話しやすいと思うし、企画とか進めるとしたらスムーズにできるんじゃない?」 実はいつも以上に後ろ向きの言葉を吐き出していた。私だって急に有名な人や憧れている人に声をかけられたら、全力で断るかもしれない。その人の足を引っ張りたくないし、その人が作り上げてきた世界を壊したくないのだ。もし、何か大きな失敗をしたら、被害者になるのは自分だけじゃない。だから、簡単に話に乗れない・・・。 「足を引っ張っちゃうかもしれないって思うのは、実だけじゃないと思うよ。誰だってそうじゃないかな。憧れの人は憧れのままの方がちょうどいいんだよ。隣に立つと、不安以外のいろんなものまで見えてきちゃうし抱え込んじゃうから。」 「そうだね・・・。」 憧れは憧れのままがちょうどいい・・・。父や姉の話を聞いて出た答えはこれかもしれない。同じような道を同じ歩幅で間違えることなく歩くなんて、できすぎててどこかやばいやつにしか向いてないんだって思った。違うものを持っているから普通でいられるのだ。だから、自分を限界まで苦しめて憧れそのものを手にする必要はない。やりたければ生まれた時からその力が隠れているはず。才能とかいうやつだろうか・・・。私はもうそんなものはいらない。自分のやりたいようにやればいいと思う。二人の影がそうだったように・・・。 「私やっぱり無理。誘いはすごく嬉しかったけど、ごめんなさいって伝えてくれない?」 「はー?何言ってるの?」 「え?」 実の諦め方と私の諦め方は全然違うものだと思った。彼女の諦め方が、相手に流されて何もなかったことにするというもの。差し出されたものに触れてもないのに押し戻そうとしているのだ。滅多にないチャンスなのに・・・。小さなことに触れない彼女は今までずっとみてきた。でも、大きなものまで手放すなんて信じられない。私も確かに今まではそうしてきたかもしれない。周りに合わせて、光るチャンスはいつも奪われていた。だから、今すごく悩んでいる。だから少しでもと思い、父と姉の夢に触れ、自分を変えようともがき始めた。何も得ずに進んだ先の悩みや苦しい気持ちを知ったのだ。彼女に押し付ける気はない。でも、このチャンスは彼女の何かを見つけ出すヒントになるような気がする。だからこそ逃げないでほしかった・・・。 「私の言葉なんかに流されないでよ!私が言ってることが全て実の悩みの答えになるわけじゃないんだよ!だから、もう自分だけの答え探し出してよ!」 ほんとに伝えたかったことはこれじゃない。こういう時、言葉を選ぶのが上手な父や姉は何て言っただろう。相手を傷つけるような棘を一つもつけずに伝えられるだろうか。私にはそれができなかった。自分のことが嫌いになっていく。どうしてまだ変われない。少しの間で得たものはたくさんあるのに。 「わかった。私もう頼らないよ。じゃあ、この繋がりも終わりってことだよね・・・。」 「それは違うから!」 「何それ!意味わかんないって。じゃあね。」 彼女はその場を去っていった。いつも落ち着いた雰囲気の彼女とは真逆だった。あんなに冷たく言葉を吐き捨てられたのは初めてだ。やっぱり言葉を選ぶって難しい。特に、思いが溢れ出しそうになっている時は・・・。あの時どう言えば良かったのかわからない。確かに、強いっ言葉や気持ちをぶつけて傷つけてしまったと思う。だけど、わからない・・・。 帰り道。私は一人で幸福カフェに行った。なんとか気持ちを落ち着かせたかった。前と同じセットを頼み、カモミールティーの香りに癒される。花で生まれていたら、周りの人を傷つけることなく生きられたのだろうか。花じゃなくても、植物だったら空気を綺麗にすることだってできる。自然の方が優しいと思ってしまう。私たちは言葉が使えるからそれを自由に並べ、喜ばせたり傷つけたり、いろんなことができてしまうから怖い・・・。 「あなた、陽(ひまり)ちゃんの妹?初めまして、私このカフェの店長の梅野(うめの)です。」 「初めまして。雪野紡希です。」 「すてきな名前ね。この間は来てくれてありがとう。今日はなんか元気なさそうだけど何かあったの?」 「何でもないです。気にしないで・・・。」 気を使わなくてもいいよ。ここは幸福に溢れたカフェ。幸せそうな笑顔で帰ってもらいたいから。何かあれば、良かったら私に話して?」 梅野さんは私の向かい側の席に座った。彼女はポケットから二つの福餅を出した。一つは、ケーキ生地をモチっとした食感に仕上げたハート型のもの。もう一つは、見た目が大福そっくりでリボンの形をしているものだった。 「好きな方を選んで。これが今日話すことのヒントになるから。」 私はケーキ生地の福餅を選んだ。梅野さんは予想通りと言うように小さく頷いて笑った。これに何の意味があるのだろう・・・。 「ありがとう。それで、悩みは?」 「友達に諦めないでって気持ちを伝えようとしたら、強い言葉になっちゃって。すれ違いの原因を作っちゃったんです。」 「そっか。私が今紡希ちゃんに福餅を選んでって渡したよね。それはこの店であえて真逆に見えるように作ったものなの。ケーキみたいな福餅が意味するのは、『粘るところは粘って、いらないものまで大事にする』、『違いを受け入れようとする力がある』、『相手を思う気持ちが強い』だよ。」 「どういうことですか?」 「ケーキ生地を使っていても餅の食感は残っているから、餅の種類に含まれるって言うのには変わりないよね?でも、普通に考えたら、和菓子は和菓子らしく、洋菓子は洋菓子らしく作られる。あなたの選んだそれは両方を持ち合わせている。つまり、和菓子でいればいいはずなのに、洋菓子にも協力の手を貸したり、普通は持たないような甘さを持つようになったりしている。そんなタイプだからこそ周りとの違いを受け入れたり、相手を思う強い気持ちを持つことができたりする。だけど、それができる分、抱え込みすぎたりいきすぎたりしちゃうのよね・・・。これが、意味が持つことよ。」 「大福の方は?」 「こっちが意味するのは、『人の正解だけを求める』、『いろんなことに向かったり、離れたりを繰り返す』、『気づかれないように小さな弱さも隠して頑張る』だよ。」 「これらの意味は?」 「この大福の福餅は、さっきのものと違って百%和菓子だよね?ケーキ生地のような洋菓子の持つものは何も持っていない。つまり、ぶれないものや現実的でほとんど変わりのないものを求めてる。だからこそ、一瞬いろんなものに目は向けてみるけど、自分が違うって思うものにはそれ以上近づいて触れようとしても意味がないって考える。でも、やっぱり周りには負けたくないから、餡子のような小さな粒に見立てられる悩みや不安を中に隠し込んで、綺麗を保とうと化粧のような粉で自分を守ろうとする。頑張る力も持ってはいるんだけど、心はあまり強くないのかもね・・・。って感じかな。」 「あの子に少し似てるかも・・・。」 「つまり、あなたとその友達は真逆に近い性格なのね。でも、すれ違いになった時って、どっちかだけがずれているってことはないんじゃないかな。お互い合わない部分を持っているからずれちゃうんだと思うよ。それがだめだってわけじゃないけどね。」 梅野さんの話は、姉の時と同じように癒しのメロディーだった。そして、一つの疑問に辿り着いた。どうしてわざわざ真逆の福餅を作って出しているんだろう。しかも、他のスイーツではそれをしないなんて不思議だ。 「どうして真逆の福餅作ったんですか?」 「説明したいことはたくさんあるんだけど、今の紡希ちゃんの幸せに変えられるような話をするね。 福餅はこの二つ以外にもいろんな味や形があるの。もちろんこの間、陽ちゃんが買ってくれた四葉のクローバーもその一つだよ。カフェだから、もちろん紅茶やコーヒー、ケーキ、簡単に食べられる料理を出すのは当たり前だって思われる。でもね、私はここでカフェをやる時に、自分にしかできないサービスを考えたいって思ったの。それで、時間をかけて生まれたのがこの福餅。形や味は人の性格をイメージしたの。必ずそれと同じような人と出会えるとは限らないんだけどね。だから、もう1度考え直してみた。そして、性格を意味する福餅は、この二つだけになったの。残りの福持ちは、花と同じように贈る言葉を意味する『福言葉』を添えることにしたの。」 「例えば?」 「うーん、そうね・・・。あの四葉のクローバーだったら、意味するのは『幸せ』。幸せって言っても大きなものじゃなくて小さなものよ。その時その人が求めるものが一口の中に含まれてるといいなって。簡単に言えば、隠し味みたいなものかな。」 「なるほど・・・。」 「人にはそれぞれいろんな色の物語があるから。私もそこに幸せの栞を隠したいんだ。辛い時ばかりじゃないよってね。」 梅野さんの甘くて優しい世界もすごく暖かい。自分にしかできない小さなプレゼント。実にだって自分の世界があるかもしれない。私と実は居場所は隣だけど、きっと描く世界は別世界なのだ。 「じゃあ、どうしてこれテイクアウトだけのメニューなんですか?」 「幸せを持ち帰ってほしいからだよ。幸せな時間は、幸福カフェを出た後でも続くって、前向きな笑顔で新しい世界に踏み出してほしいから。」 彼女の幸せに溢れた笑顔が私の涙を誘う。心に刺さっていた棘がとれ、暖かくなっていく。また魔法にかけられた。幸せになれる魔法だ。私は福餅を一口食べてみた。モチっとしたケーキ生地の甘さとビターチョコの苦さが口いっぱいに幸せを広げていく。幸せというものを大切にしている彼女にしか作れない味であり、特別な1品だと思う。 「やっぱりこれ私みたい。」 「仲間がいて幸せね。」 「はい!あっ、でも似てるからちょっと恥ずかしいかも・・・。」 「さっき話してくれた友達って何て名前?」 「実です。」 「じゃあ、このもう一つの福餅渡して。実ちゃんに似てるなら、彼女に食べてもらいたい。それで、また二人で来て?笑顔の二人に会いたいから。」 「はい!ありがとうございます。」 私はリボンの福餅を受けとりカフェを出た。明日、必ず学校で渡して、ちゃんと話そう。そう心に決め、家へと歩き出した。今考えれば、花になりたいなんて馬鹿すぎると思ってしまう。踏み躙られたら終わりの命を羨ましく思っていたなんて、私どうかしている。今がいちばん幸せだよね?って花の方から羨ましがられるはずなのに・・・。 次の日。私は実に話をした。ほんとの気持ちを伝えようと思ったが、それは少し重いかなと考え、半分くらいにまとめた。そして、彼女にあの福餅を渡した。彼女はいつものふんわりとした笑顔に戻っていた。違いを受け入れることは、梅野さんと実の二人からも教えてもらった気がする。私は次の幸せを掴みにいくよ。
紡希(つむぎ)が紡ぐ出会いの宝物 3章 もう一つの世界に出会いたくて
次の日の朝。私は姉に学校まで送ってもらった。慣れない道はやっぱり歩きにくいし不安だ。でも、幸福カフェは間違いなく目印になってくれる。私が姉の家から通うとしたら絶対に通る場所なのだ。だから、姉はたくさんの出会いがあるかもしれない。カフェの常連客や学生のグループと会うことが多いはずだ。 「じゃあ、今日もがんば!」 「ありがとう。お姉ちゃんは時間今日は大丈夫なの?」 「うん。時間いつもより遅めだから。それに最悪間に合わなくても、友達にメモるのお願いしてあるからなんとかなるんだよね。」 「そっか。お姉ちゃんは友達たくさんいていいよね。」 「そうかな。私の付き合い何か付き合い方間違ってる気がするけど。まあ、たくさんいるのは得かもね。」 「あっ、そろそろ行かなきゃ。じゃあ、行くね。」 「うん。」 姉は適当なところもあるが、それがまたうまく人を引きつけるのだ。私にはない特別な長所だと思う。姉のことだから伝えたとしても、ありえないって否定するだろうな・・・。私にとってはすごく羨ましいことなのに。実にだってない長所だ。やっぱり人の力になりたいって強く思っている人は考え方も相手に寄り添うような感じになっていくのだろうか。暖かな気持ちやふんわりと優しく包み込むような言葉を姉はいくつも知っているだろう。もしかしたら、司書の父よりももっと。たくさんの人だけじゃなくて、言葉や気持ちとも出会っているかもしれない。 「おはよう。今日って小論の提出日?私自信ないんだけど。」 教室に入ると、実が走ってきて耳元に囁いた。小論は確か今日の2時間目に提出だ。テーマは『読書の意義』。基本のテーマとしてやることになったもので、簡単なようで難しいテーマの一つだ。なぜ読書をすべきなのか、読書のどこに良いところがあるのかを自分の言葉で一つの文章にまとめるのだ。 「そう、今日だよ。書けたの?」 「うん。でも、なんかぐちゃぐちゃになったかもしれない。私読書は嫌いじゃないけど、語るようなことはできないから・・・。」 「そっか。」 「紡希はどんな感じ?」 「私も自信ないよ。」 嘘ではない。でも、彼女には負けたくないって少し思う。別に自慢してやりたいとか一緒にされたくないからとかじゃない。自分のことをほんの少しだけ攻めているだけなのだ。姉は力になろうとしてくれている。それはすごく嬉しいし、ありがたいって思っている。でも、小論みたいな文章に関することだけは自分で乗り越えたいのだ。親が文系の仕事をしているからこそ比べられたくない。私は私で頑張っているんだっていう証拠を残してやりたい。そうすれば、きっと新たな私に出会える。自分らしさってものを見つけたい・・・。少しずつでもいい。何かをきっかけにヒントを見つけてやりたい! 2時間目になってしまった。私も実も不安そうな顔しかできなかった。先生は代表者を1列につき一人選び、発表してほしいと言った。私と実は列が違うから一緒に困ることはない。譲り合うなんていうめんどうなことはないのだ。 「ねえ、やっぱ私たちのグループっていうか列だったら、紡希しかありえなくない?」 「うんうん。紡希国語得意そうだし、親は二人とも文系なんでしょ?めちゃ強い味方いていいな。」 「じゃあ、紡希よろしくね。」 「うん、わかった。」 やっぱり断れなかった。相手の思いどおりに動くのはよくあることだから大体のことは許せるが、今回は少し困った。苦手でみんなが避けたがることを引き受けたのだから・・・。こういう時の失敗は許されない。責任をとれとみんなが口を揃えて言うはずだ。その時に集まる視線と表情はうまく言葉にはできないが、とにかく怖い・・・。発表の後に何が待っているのか。みんなはそれを気にして前に進もうとしない。私も怖いとは思っている。でも、こうなってしまったのだからやるしかない。これはみんなとの勝負じゃない。私自身の力試しだ。 発表はなんとか終わり、列の雰囲気は思っていたよりも落ち着いていた。実もなんとか逃げきれたようだ。あの笑顔を見ればすぐにわかる・・・。でも、私は自分の書いた小論に納得できなかった。何かが足りないような気がする。だけど、それが何なのか全然わからない。 家に帰ってからも今日のことが頭から離れなかった。私らしい文章じゃない。ただ思いつきで並べた透明な言葉のように思えるのだ。感情がこもってないのとはまた違うが、簡単に言えばそれに近いことかもしれない。こういう時司書の父だったら、国語の先生の母だったらどうやって答えを見つけるのだろう。ずっと一人で考えていたが、何も浮かばなかった。これは相談して力を借りるべきなのだろうか。でも、それだと弱い自分に負けるような気がして・・・。 「紡希、ご飯食べないの?」 部屋で一人になり考え込んでいると、父が入ってきた。家に帰ってからかなり時間が経っていたらしい。私は大きな波に呑まれそうになっていた。父は私のそばにきて、手元のプリントを見つめた。私が書いた小論だ。いつもなら見られないようにとすぐに隠すが、今日はそんな気にはなれなかった。助けてほしかった・・・。 「小論文か。『読書の意義』ってなんか興味深いね。これもう提出したやつなの?」 「今日発表があったの。それで、これを読んだんだけど・・・。なんかうまく書けてない気がするの。」 父は私の言葉を聞いてため息をついた。呆れたようなすごく深いため息だった。私の愚かさに呆れたのだろうか。自分の娘がこんなに小さなことに悩んでいて困ったやつだと思っているかもしれない。ほんとにごめんね・・・。 「紡希は何を伝えたいの?」 「え?どういうこと?」 「小論文の中で紡希がみんなにいちばん伝えたいことは何?」 「わからないよ・・・。」 「じゃあ、そうだな・・・。自分が書くのが得意っていうのを伝えたいのか読書の良さを伝えたいのかどっちだと思う?」 「読書の良さかな。」 「考えちゃんと書けてるじゃないか。みんなの前で発表するってなったとしても、知らない人の文章を感情を込めて読めって言われてるわけじゃない。紡希の書いた意見や体験を紡希の言葉で伝えてほしいって言われてるんだよ。だから、誰かよりうまくなろうとか自分は苦手だからここまでしかできないんだとか思わなくていい。紡希の文章は紡希にしか書けないから。」 「うん・・・。」 父がこうやって向き合ってくれたのはすごく久しぶりだ。彼の優しさも姉と一緒で暖かかった。親子だからじゃなく、彼自身が持っている優しさだ。私はずっと父を見上げることしかしていなかった。でも、今やっと気づけた。司書の父は遠くても、家族の父はちゃんとそばで私を見守ってくれている。勝手に離れようとしてたのは私の方だった。進路のことだって話せば力になってくれるかもしれない。どうしてもっと早くに気づいて動けなかったんだろう・・・。そうすれば、姉を困らせることもなかったのに・・・。 「お父さんは読書好き?」 「好きだよってほんとは言いたい。でもね・・・幼い頃からずっと好きってわけじゃないんだ。」 「そうなの?」 「うん。読者としてきてくれる人たちには絶対話さないけどね。紡希には話すよ。参考になるかはわからないけど。」 「いいの?」 「うん。紡希なら誰にも話さないって信じてるから。」 「うん。」 父は私のベットに腰を下ろし、私と向かい合わせで話を始めた。父が中学生の頃に体験したこと・・・。 「僕は中学生の頃、読書は女の子が持つ趣味だって思ってたんだ。教室で本のページをめくるのはいつも女の子ばかりだった。僕たち男の子は、教室にいることが少なかったかもしれない。先生を困らせたり、仲間同士で他のクラスに絡みに行ったりしたかな。だから、本に触れるのは授業で教科書を読む時くらいだったんだ。でも、そんな僕を変えてくれた人がいた。」 父の話し方は1冊の物語を読んでいるようだった。耳に触れる言葉の波が心地良い。さすが司書だ・・・。 「誰なの?」 「僕の母さん、つまり紡希のおばあちゃん。母さんは幼い頃の僕にたくさんの絵本を読んでくれた。1日に何冊もね・・・。僕もその頃は本が好きって思ってた。でも、全部が好きってわけじゃなかった。だって僕が読んでもらってたのは絵本で、クラスの女の子が読んでたのは漫画や小説だったからね。だから、絵本と小説は別物だって思い込んでた。母さんは僕にたくさんのことを教えてくれた。読書の良さや男女なんて関係ないことだということ、本の世界の楽しさ・・・。そして、読書はたくさんの人たちと出会う『出会いの鍵』になってくれるんだということもね。それで、僕は高校卒業後に図書館司書の資格をとることを決めたんだ。僕も『出会いの鍵』の良さを伝えたいって思ったんだ。」 「それって小説家や作家でもできることなんじゃないの?」 「そうだと思う。でも、小説家や作家って離れたところからしか出会いの鍵の良さ伝えられないんじゃないかなって。僕は『出会いの鍵』と『小説家』と『読者』を繋ぐ一つの世界を作りたかったんだよ。その世界の中で読書の良さを、出会いの鍵の良さを伝えていきたいって思う。読者に寄り添える司書になりたいっていうのもあるんだけどね。何からも離れたくないって言えばいいのかな。なんかそんな感じ・・・。だから、今の僕は本が好きで、司書をやれてるんだって思うよ。」 父の書く世界はキラキラしている。いろんな性格の人たちがたくさんの新しい出会いを見つけるためページをめくっていく。新しい世界の中へと飛び込んでいく。父はその手伝いをしているのだ。出会いがあるのは現実の世界だけじゃないんだってことを言葉だけじゃなくて、一つの世界の中で伝える。父の夢にはたくさんの出会いがあると思う。おばあちゃんの話や大学での出会い、図書館の仲間・・・。数えきれないほどの出会いの鍵を持っているだろう・・・。彼にもあったのだ・・・私には持てないものが。だけど、これは奇跡なんかじゃない。父の積み重ねてきた努力の結果だ。きっかけを自分の武器に変えて狭い世界の中で最後まで諦めずに戦った。そして、自分の手で夢を掴みに行ったのだ。 「教えてくれてありがとう。私、じつはずっと進路で悩んでて・・・。」 「そうか。じゃあ、今の話ちょっと紡希には重く感じちゃったかな・・・。」 「そんなことないよ。」 「だったらいいんだけど。司書の時の僕は君から見たら遠い人かもしれない。そう感じさせちゃってるかもしれない。でも、場所や雰囲気は変わっても、紡希の父であることは変わらないから。ずっと見守ってるよ。司書として読者の君と話すときも、家族としてそばにいる時も。」 「ありがとう・・・。」 普段父はそういうことを口にしない。二人の会話が少ないっていうのもあるが、こんなに話せたのは初めてだ。父からストレートに送られてきた暖かい言葉もきっと・・・。 「僕が悩んでいた時にずっと読んでた小説が1冊あるんだけど読む?」 「何ていう本?」 「『出会』っていう小説。タイトルはすごくシンプルだけど、話の中身は高級なチョコみたいに濃厚なんだよ。」 「何その例え。」 思わず吹き出してしまった。父はほっとしたのか私を笑顔で見つめた。私もやっと顔を上げることができた。読書好きの魔法にかかったみたいだ。さっきまでもやもやしていたことがどうでもよくなってきた。私にしか書けない文章がある。父にだって父にしか書けない世界がある。それでいいんだ。 「私やっぱりいいよ。」 「どうして?」 「答えは自分の手と心で見つけたい!」 「紡希らしい考えだね。わかった。じゃあ、また何かあったらいつでも言ってね。」 「うん。でも、本からじゃなくてお父さんの言葉から救われたいな。」 「考えとくよ・・・。」 本の世界と誰かからのストレートなメッセージ。どちらも確かに暖かい。でも、どこか違うのだ。私にはストレートなメッセージの方が何倍も暖かく感じる・・・。そばで受け取る言葉だから! 「あっ、ご飯もう冷めちゃってるよ。温めてくるから涙拭いてよ!」 「もう泣いてないって・・・。」 そう言いかけた瞬間、また熱いものが溜まってきたような気がした。強い紡希にならないといけない・・・。父の言葉も姉の優しさもきっと私の強さの1部になってくれる・・・。 夕食は父が作ってくれていた。母は受験生のクラスを持っていて、国語限定の補習時間を作っているらしい。塾に通えない人でも、自分のやり方を見つける力を持っているから協力できる時間をつくらせてほしいと、学校を何度も説得したのだ。母は家の中でも強い。私も姉もよく母と言い合いになるが、必ず母が勝つ。親だからかもしれないが、たぶんそれだけじゃない。お互いボロボロになるまですることはない。1歩手前で止まるのだが、その時の最後をとりに行くのが母なのだ。でも、母に対しては負けたくないとは思わない。私がまだ知らない世界をたくさん持っていて勝てそうにないから。父と同じように出会いの鍵もたくさん持っているだろう・・・。 「明日図書館に中学生が見学にくるんだ。それで、女の子20人くらいって聞いたんだけど、最近の中学生がはまってる本て何だと思う?」 「うーん、何だろう。私最近読書してないから・・・。あっ、でも私の友達の実ならわかるかも。」 「その子と会わせてくれない?」 「いいよ。でも、見学は明日なんでしょ?」 「うん。これからのためになんだ。見学者の中に読書好きで本に関わる仕事がしたいって言ってる人がいるらしいから。何かできることがあればっておもったんだ。」 「わかった。」 父も新たな夢を見つけたらしい。小さな種は大きく成長していくだろうか・・・。私も進まないといけない。実が奇跡を掴む前にあたらしい世界との出会いの旅へ。次の世界はどんな世界なのだろう。きっとまた、私を輝かせるヒントをくれる・・・。もう一つの出会いの世界を教えてくれてありがとう。お父さん、私は次の世界へと歩き出すよ。
紡希(つむぎ)が紡ぐ出会いの宝物 2章 「楽しい!」を奏るために
「私は中学1年の時の音楽の先生の授業が好きだったんだ。うまく説明できないんだけど、優しいだけじゃないって感じの先生なの。」 姉がこうやってスラスラと話してくれたのは今日が初めてかもしれない。自分の過去を誰かに話すって何故か少し緊張するし、その場の雰囲気を暗くしがちだと思う。でも、姉が並べる言葉は、ふんわりとした雲のようなものばかりで、周りを同情させることはない。癒しの音楽のようにずっと聴いていられるのだ。 「だから音大を目指したの?」 「憧れてたけど入る時の理由は違う。あの先生も音大を卒業してたんだけどね。吹奏楽部でキーボードやったのが一番関係してるかも。部活で先生や先輩、後輩とたくさん練習して成功させたスクールフェスの『ミュージックライブ』。あれはずっと忘れられない。あとはそうね・・・。コンクールにダメもとで応募して、優秀賞をとれたことかな。」 姉は幼い頃から奇跡を掴むラッキーガールだ。コンクールではオリジナル曲の作詞・作曲全てを自分でしていた。徹夜で考えていたこともあったし、外出する時は貴重品のようにノートとカラーペンを必ず持っていた。あの時の私は、やりすぎじゃないかと姉の体や心の心配ばかりをしていたと思う。でも、今は少しだけ姉の気持ちがわかる気がする。本気で勝ちとりにいきたかったんだと・・・。本気でぶつかりに行ったのはミュージックライブもだ。私は小学生だったから見に行くことはできなかったが、今までで一番熱いライブだったという噂は聞いた。姉は部長にはならなかったが、グループ練習の時はいつもリーダー的存在。みんなを成功へと導く翼だったらしい。 「中2までだったんだ。何もかもがうまくいくっていうのが当たり前じゃないんだって気づいたのは中3だった。高校受験の志望校選択ですごく悩んだの。しかも、進路で悩んだのは中学の時だけじゃない。高校ではもっといろいろ抱え込んでた。」 「どうして?自由に決めれたんじゃないの?」 「確かにお父さんもお母さんもやりたいことをやればいいよって言ってくれたよ。でもね、私にはそれが難しく感じたの。お父さんとお母さんは夢を叶えてるからそう言えるかもしれない。でも、私はまだ自分の力で未来を予想して動くことができない。それなのに、自由でいいよなんてって思った。周りに相談したくても、誰ならわかってくれるだろうって考えるだけで、自分の殻に閉じこもってばかりいたの。紡希みたいに夢を手にする瞬間を見るってことができなかったし。」 姉の抱えていた悩みは私のとは違っていた。前を歩いてくれる人がいないという不安・・・。私が知ることのなかったこと。姉妹で上になったからこそ思うことなのかもしれない。私の前には進路が違っていたとしても姉の足跡がある。姉の前にはどういう世界や道があったのだろう。ずうっと前にはお父さんやお母さんの足跡があるかもしれないが、1歩踏み出した先はどうなっているだろう。 「音大に行くんだって決めたのは高2。中学の頃の幾つもの奇跡を思い出して、それらを活かせることがしたいって思ったの。私が出会った奇跡は全て音楽から。だから、音楽を専門的に学んで、奇跡を奇跡以上のものにしてみたいって思って選んだんだ。歌じゃなくて楽器を選んだのは、もちろん吹奏楽部での活動の影響だよ。コース選択で真っ先にこれだって思った。」 「高2の時に中学の頃のことを引っ張り出すなんて何かあったの?」 「私中学卒業して高校に入ってから、1どあの音楽の先生にカフェで会ったんだ。偶然だったからすごく驚いたけど。その時の私は高2になったばかりで、進路希望調査のプリントで悩んでたの。進級していきなり渡されたから。それで、ずっと決められなくて・・・。カフェで先生に相談したんだ。今悩んでることや進路の選択のこと、周りとの関わり方、自分との向き合い方・・・。他にもたくさん話した。そしたら、中学生の頃の私のことを教えてくれた。どういう生徒として見ていたのか教えてくれた。」 「恥ずかしくなかったの?」 「もちろん落ち着かなかったよ。でもね、その気持ちより気づかせてくれてありがとうっていう気持ちの方が何倍も強かったかな。そのおかげで今の私がいるんだって思ってるから、ずっと。」 姉の世界はカモミールティーのように優しく温かいものだった。先生との偶然の再会が彼女の心を動かした。そして、夢の1歩、一つの音符を手にして今を歩いているのだ。彼女は軌跡に救われているだけのラッキーガールなんかじゃない。軌跡を勝ち取りに行く勇者だ。 「じゃあ、今はどんなことを目標にしてる?」 「まだ具体的には決まってないけど。音楽の先生になりたいっていうのはずっと変わってないよ。音楽っていう漢字の並びどおり楽しい音を伝えたり、奏たりして、みんなに寄り添えるような先生が今の理想かな。」 姉らしい答えだし、目標だと思う。私には持つことができなかった前を歩いて行く力や自分で切り開いていきたいという強い気持ち。彼女は妹で生まれたかったと言っていたけど、私は彼女を尊敬している。自分の力で切り開くだけじゃない。時には誰かと足跡を並べて歩いて、ヒントの道を探して、見つけたらまた一人で先へと進んで・・・。私にはそんな力あるだろうか・・・。 「時間遅くなっちゃったよね。話し聞いてくれてありがとう。」 「私も嬉しかったよ。いい勉強になったかはわからないけどね。」 「えー!そこはなったって言ってよ。まあ、私も自信持って話せるわけじゃないけど。」 私たちは残っていたケーキを食べきり、レジのカウンターへと移動した。今日は姉が二人ぶん出してくれた。彼女は福餅を二つ買い、私にお礼だとさしだした。手に乗っていたのは四葉のクローバーの形をした福餅だった。洋菓子を出しているのに和菓子も置いているなんてはじめは不思議なカフェだと思っていた。でも、なんかわかるような気がする。この和菓子が姉のように見えるから。 店を出た後は図書館に戻った。姉が父に差し入れを持って行きたいと言ったのだ。姉が買ったもう一つの福餅は桜の葉の形をしていた。きっとこの形の違いや姉の選び方には理由がある。でもこれを聞く相手は姉じゃない。いつかもう1度あのカフェに行きたい。そして、直接聞いてみたい。なぜ和菓子も置いているのか、どうしていろんな形を作っているのか・・・。 父は、ちょうど休憩時間だった。私たちは父の部屋に入らせてもらった。中は広めで棚が並び、たくさんの本屋資料が置かれている。ここも一つの図書室のようだ。 「二人ともきてくれてありがとう。最近、なかなかちゃんと話せてなかったけど、それぞれうまく行ってる?」 私はすぐに答えられなかった。言葉がうまくまとまらない。姉の顔を何度も見てしまう。彼女なら話せることがあるだろうと思った。彼女の過去はわかったけど、今の顔は少し輝いて見える。私とは少し離れた場所、てが届かない場所にいるような気がする。父はもっと先にいる。私の姿は小さく薄く写っているだけかもしれない。 「私は一人暮らしに慣れてきたかな。不安になることもあるけど、友達に相談したり、近所の人と繋がったりできてるからなんとかなってるよ。」 「そうか。進路はもう変わらない感じ?」 「うーん、今は音楽の先生を目指そうて思ってるけど・・・。もしかしたらどこかで変わることもあるかもしれない。」 「そっか。音楽関係の本は今あまり並べてないから何か必要だったらいつでも探すよ。」 「ありがとう。」 「紡希は?」 「私は・・・。」 どう話せばいいかわからない。父と二人の時はいつも家の中だった。姉も入って話すのも久しぶりかもしれない。なぜか少し緊張している。面接を受けにきたわけじゃないのに・・・。学年が上がっていくと、こうなってしまうのはしょうがないことなのだろうか。幼い頃はよく話して、よく遊んでいたのに。距離を置こうとしているのはどっちなんだろう。 「友達は作れた?」 「一人いるよ。実っていう子。」 それ以上は何も話せなかった。姉は笑っていたが、たぶん雰囲気を壊さないようにするため。私のためか父のためかはわからないが、気を使ってくれているのだろう。親とのちょうどいい距離感がわからない・・・。父とは中学に入ってからあまり話せなくなった。仕事が急に忙しくなったのもあるかもしれないが、私が父から離れるようになったのだ。友達がいなかったとしても、一人の時間は欲しいし、ないと落ち着かなかった。それが治った頃には、もう父とも母とも話しにくくなっていたのだ。あの頃の私は、それでいいって思っていた。自由が自分を支えてくれる。勉強以外の楽しみはそれだけって思い込んでいたのだ。でも、今は後悔している。将来のことを簡単な言葉で話せたかもしれないのに・・・。今からでも遅くないのはわかっている。でも、1歩の踏み出し方がわからない。どうして姉はあんなに普通に話せるんだろう。やっぱり歩いてきた世界の色が違うからだろうか。 「ごめん。そろそろ時間だから仕事に戻るね。また話そう。」 「うん。あっ、お父さん。これ、よかったら食べて。この近くにある幸福カフェで買った福餅っていう和菓子。」 「ありがとう。」 父は姉から福餅を受け取り、嬉しそうに笑っていた。私は何も父にあげられなかった。最近の出来事の話も悩みの種の半分も・・・。何かを差し出していたら、今の姉とのやりとりのように優しく受け止めてくれただろうか。父が誰かの言葉をぐちゃぐちゃにするような人じゃないのは知っている。でも、読者として話す私と家族として話す私はやっぱり違う。それは父もそうだと思う。だけど、何かが引っかかって言葉が選べないのだ。 結局、最後の最後まで打ち明けられずに時間は流れてしまった。図書館を出た後、姉は私の顔を何度も覗き込んできた。すごく気持ちが悪いが、これは姉が心配してくれている証拠だ。何も言えなくなった私。言葉を紡げなくなっている・・・。このまま誰にも話さずに姉だけに頼るなんてことはできない。でも、どうして姉は隠すことなく、優しい言葉で過去を話してくれたんだろう・・・。私だったらいいことだとしても、自慢になってしまうからと話さないのに。 「ねえ、なんで話してくれたの?お姉ちゃんの過去のこと。恥ずかしいとか嫌とか思わないの?」 「あなたの力になりたいからだよ。先を歩く足跡としてじゃなくて、妹の一部になれる姉として。お母さんやお父さんは私から見てもすごい人だよ。自分の好きなことを仕事にするのはたくさんの努力がいるから。でも、すごい人たちがそばにいるからって私は同じような道は選びたくない。お父さんもお母さんも、きっと私たちが娘だから近くで寄り添ってくれている。でも、もし違ったら、見てる世界が全然違うかもしれない。私にはそれが怖いことなの。期待されるっていう目に囲まれながら生きることになるから。だからね、うまく言えないんだけど・・・。一緒に悩んで解決策を見つけられる関係の人たちの中で私は生きたいなって思う。だから、紡希の1枚の羽にもなりたいんだ。あなたのそばであなたを支えていたい。」 姉の言葉が私の弱っていた心を温めていく。姉はきっと『一人じゃない』と言ってくれたのだ。彼女の言葉にあるのは優しさだけじゃない。暖かくてどこかホッとする甘さが眠っているように感じる。 「ありがとう。」 「うん。だから、いつでも聞くよ。それに、お父さんとのことは少しずつでいいんじゃない?急に自分を変えるなんて簡単なことじゃないし、いきなりそれをしたら、自分自身が疲れちゃうから。」 「そうだよね・・・。」 やっぱり姉には気づかれていた。でも、心のどこかでは気づいてほしいって思っている自分がいたかもしれない。ありがとう・・・。 「今日、私の家泊まっていく?」 「いいよ。明日また学校あるし。」 「じゃあ、わがまま言わせてよ。」 「えー!何言うつもり?」 「私が紡希といたいから今日は泊まりにきて。」 「明日送ってくれるならいいよ。」 「それはもちろんするよ。」 「だったら・・・うん。」 「やった!ありがとう!」 こう言う姉は久しぶりに見た。っていうか前よりも甘え上手になっている気がする。これからどんなわがままを言われるのか心配だ。姉の彼氏になる人も大変そうだ。でも、姉はいつもそうってわけじゃないから大丈夫。たくさんの人に好かれる彼女にはそういう1面がないとなんか足りない気がしてくる。私はどんな大学生になっているだろう。いや、その前にどんな道を選んでいくだろう。周りに合わせることが多いから、将来のことも影響を受けて進むことになるのだろうか・・・。それだけは絶対に望まない。夢だけは自分の力で見つけて叶えたい。 姉の家は幸福カフェから少し歩いたところだった。家の中は机が二つ、テレビ、調理場、冷蔵庫、トイレ、お風呂があった。あと棚も三つほど置かれていた。少し広い部屋を並べたくらいの大きさだ。机のそばにはハート型のクッションが置かれている。友達からもらったものらしい。窓の方には白に水色の水玉模様が付いたカーテンがあり、閉まっていた。普段外にいることの方が多いから閉めたままなのだと彼女は言った。 「夜はミルクスープと買ってきたパンと簡単なサラダにするね。紡希も手伝ってよね。」 「わかった。」 姉は料理をする時必ずサラダを作る。野菜がないと気持ちが落ち着かないらしいのだ。ミルクスープにもほうれん草やにんじん、コーンなど色とりどりの野菜を入れていた。サラダももちろんカラフルだった。私はフランスパンを切りきるので精一杯で、それ以外のことは全て姉がやってくれた。彼女は手作業がすごく早い。私は姉ほど器用じゃないから時間がかかってしまう。ほんの少しだけうらやましいと思う。 完成したスープとサラダは姉の言葉と同じ優しくて温かい味だった。私もこんな料理が作れるようになりたい。誰かを優しい音で癒すような幸せを呼ぶ料理。姉の奏でる音は夢だけじゃなくて、生活にも響いていると思う。私の憧れの人。暖かな夢への1歩というかけらをくれてありがとう・・・。私は次のかけらを集めに出会いの旅を続けるね・・・。
紡希(つむぎ)が紡ぐ出会いの宝物 1章 できたての香り
何度書き始めようとしても、1文書くだけで手が止まってしまう。もうこれで何回試して時間を無駄にしただろう。もう諦めるべきなのか・・・。言葉を並べて1冊の本という世界を作り出す。父は図書館司書で、母は中学校の国語の先生。そんな二人の間に私は生まれた。【紡希(つむぎ)】という文系らしい名前をつけてもらい、今こんなふうに紙に向かってため息をついてばかり。二人が見たらなんて言うだろう。文章と向き合うことが多い二人と一緒に生きてきたのに、何も学んでいかなかったように見えてしまいそうだ。だからか、最近の私は少し自分の名前が苦手になり始めているのだ。キラキラネームとは少し違う意味になるが、プレッシャーをかけられているように感じることは一緒だと思う。関係している名前だから、そのことについては全て完璧。人の思い込みってどうしてこんなにめんどうなものなんだろう・・・。 「紡希、ちょっと手伝ってほしいんだけど。」 一人で悩んでいると、隣の席の涼川実(すずかわみのり)が声をかけてきた。彼女は国語が苦手だっていうのがわかりやすいくらい自信なさげに話しかけてくる。いつものことだからもう慣れたが、最初は少し苦手で避けていた。でも、わざとじゃなくて元々彼女が持っているものだったんだと気づけるある出来事があり、お互い距離を縮めることができた。彼女が持ってくる悩み事は、もちろん文章に関係すること。小論文の書き方やメモの取り方、読書感想文の感想の書き方などがほとんどだった。書くことが苦手な私は、たいした答えを出すことはできない。思いつきで答えるしか方法がないのだ。でも、いつかは適当に答えていたことがばれてしまう。私の場合それだけじゃ終われない。友達というものも同時に失うことになる・・・。嘘をつけば自分自身は守れるが、相手を傷つけて手放さないといけない。ほんとのことを言えば彼女との仲は悪くならないが、自分の心が不安定になってしまう・・・。 「図書室で本借りたいんだけど、一人じゃ行きにくいから付き合ってくれない?」 今日は相談じゃなかった。でも、なんでわざわざ付き合わないといけないんだろう。たぶん彼女と私の好きなジャンルは違う。好きなものが同じなら力になることはできるが、違っていたらおすすめの本を紹介することはできない。興味を持ってもらえないものを勧めても相手の心には響かないから意味がないし言葉の無駄遣いだ。私は相手に合わせながらじゃないと言葉を選べない。過去にもいろんなことがあったのだ。気を使いすぎて利用されたり、遠慮しすぎだってグループ内で避けられたりしていた・・・。それらが重なってから自分らしく生きるということがよくわからなくなった。自分を押さえて周りに押されるように合わせていく。これが今は私の安全ルートだと思う。実と話す時だって自分の考えはあまり口にしない。彼女の思うように私を動かせばそれでいい。使われているからって後悔することはない。私は私自身を守っていきたいだけなのだ。 図書館では、何人かの女子がファンタジー小説を読んでいた。私たちはそっと中に入り、棚と棚の間を進んでいく。もちろん私はついてきただけだから後ろを歩いていくだけ。彼女が止まれば私も止まる。彼女が進めば私も同じように進み後を追っていく。周りから見たら完全にストーカーだ。でも、付き合ってほしいって言ったのは実の方だ。何か言われた時は彼女を盾にすればいい・・・。 結局、私は何も借りずに図書室を後にした。実は片手に7冊くらいの本を抱えている。読書好きなのか勉強好きかわからないが、一目見ただけだと優等生と間違えられそうなくらい真面目な人に見える。彼女は真面目だとは思うが、優等生ではない。ボロボロの教科書は見てないと思う。彼女と出会ったのは去年だった。初めて話した時も相談からだった気がする。名前で不満を持っているのはクラスでたぶん自分だけ。でも、一つだけありがたいと思うことがある。それは、担任の先生の言葉だ。言葉といっても口で伝えるものではない。その時の私に向ける表情なのだ。先生には1度相談したことがあった。去年たまたま国語の授業を持ってもらい、今年担任になった。去年の担任の先生とはうまくいかなかった。優等生ばかりを贔屓する少し不思議な先生だったのだ。私はもちろん冷たく言われる組にいた。点数をへんに気にしすぎたり、先生の様子を伺いながら生活したりと、毎日それだけで疲れていた。たぶんそれは私だけじゃなかったと思う。だってあんなに荒れたクラス初めてだったから・・・。いつ思い出しても怖い。もう2度と当たりたくないと思う。 「ねえ、紡希。お父さんが図書館司書って本当なの?」 実が目を輝かせながら聞いてくる。私は話した覚えがない。でも、父はこの学校では有名人だ。知らないうちに知られていてもおかしくない。誰かが噂を流せば、伝言ゲームのようにすぐに周りへと伝わっていく。私は家族のことは絶対に話さない。聞かれれば答えるが自分からは何も。後悔するのは私。最初からそんなのもうわかっている。両親は文章と共にそれぞれの世界を作って今を生きる。私は文章の方からふられてばかりいるし、何も手に入れられていない・・・。小学生の時は、小説家や漫画家、作家などの本に関わる職業に憧れていた。もちろん、父がしている図書館司書だってそこにあった。でも、今は違う。夢を見すぎていたんだと後悔している。どの道も誰もがもがきながら掴むものだと知ったから。父だって簡単に司書になったわけじゃない。母だって職業は違うが、道の厳しさは同じだと思う。ほんとにやりたいことを仕事にする・・・。その難しさを近くで見てから怖くなった。未来を自由に変えるなんて、描き帳(えがきちょう)とは全然違うんだってことをわかりたくなかった。でも、これが現実という世界。見たくないものや得たくないものも見つけ出せてしまう。私は私自身とどう向き合うべきなんだ。何が私を変えてくれるんだろう・・・。 「そうだけど。」 「そうなんだ。図書館に行くことある?」 「あるけど、いつもじゃない。家族だけど、あそこでは司書と読者だから。」 「そっか・・・。」 父は誰かを贔屓するということを嫌っている。だから、いくら私が娘で、彼の図書館によく顔を出しても、読書好きの高校生としか見てくれない。丁寧な言葉で話、優しく微笑む司書の父。小学生高学年くらいまではまだ子供だからと、名前を呼んで話してくれた。今はもうそんなことはないが、寂しくはない。理由をちゃんと話してくれたから。私だって贔屓することは嫌いだ。だから、父の気持ちもストレートに受け止めることができた。母の方は、学校が被ることがないから何も変化はない。私は高校で母は中学校。私が卒業した中学校ではない。だから、後輩ではあるが、誰も私のことを知らない。でも、その方が私も母も気を使わずに会話ができるからいい。もし知っている子がいれば、母はその子のことを少し気にするだろう。それで、休み時間や帰りに私の話をするかもしれない。怖い・・・。ラッキーなことに、そんなことはないが。父も母も、たくさんの人や文章に出会いながら生きている。文章や言葉に溢れた名前を持つ私の未来は、二人のように輝いているだろうか・・・。 「私いつか司書の仕事見てみたいな。」 実の言葉に少し驚いた。文章が苦手な彼女が司書に興味を持っているのが意外すぎだったのだ・・・。 「文章苦手なのに気になるの?」 「うーん、なりたいってわけじゃないんだけど・・・。参考にしようかなって。」 「進路の?」 「うん。まだよくわからないけど、何かには触れておきたいなって。」 「そっか。でも、やっぱそれなら好きなものと向き合ったほうがモチベ上がるんじゃない?」 「そうなのかな・・・。」 彼女にも後悔だけはしてほしくないと思う。なかなか自信を持って前に進めないからこそ、安全ルートを伝えたいと思ってしまう。彼女がそれをどう受け取ってくれるのかはわからない。でも、たった一人の友達だから、やれることは最後まで尽くしたい。そして、一緒にそれぞれの夢を叶えて笑い合いたい。実がいたからだよって思いたい・・・。 「来年はもう受験なんだよね。紡希は楽勝でしょ?」 「そんなことないから。環境変わるのも友達作りを1から始めるのもストレスになるだけだし、目標が見つけられないから受けて合格したとしても意味がないよ。2年間か4年間かわからないけど、どっちだとしても時間の無駄遣いするだけだよ。」 「そうなの?私紡希はそんなことないと思うけど。」 「ありがとう。」 両親を見上げて自分の名前を嫌っている私に何が残るっていうんだろう。今の私は、友達の優しさも捨てて一人になろうとしている。これじゃだめだってわかっているはずなのに、いろんなものが遠くに見えてくる。私、何してるんだろう・・・。 「ごめん。私、ちょっと一人になりたい。」 「いいよ。」 彼女はそう言ってその場を離れた。いろんな気持ちが頭の中でぐちゃぐちゃになって絡み合っている。これを解く(ほどく)には時間がかかりそうだ。実が1歩先を歩いているように感じる。夢は決まっていないと言っていた。でも、選択肢をなんとか見つけようともがいているのが彼女の言葉からわかる。私また一人になるんだ・・・。中学3年の時もそうだったのだ。友達がいても、進路の話をするときはどこか距離があるように感じていた。私はどうしてこの高校を選んでいたのだろう。今はもう思い出せない。でも、きっとそれが私の未来への鍵になってくれる。見つけ出してもう1度あの時の気持ちの強さに触れたい・・・。 気分転換に寄り道した。父のいる図書館だ。今日は会話をしたいわけじゃない。いろんな職業について書かれている本に出会いたかったのだ。そうすれば、何かはきっと今の私と結びつく。小学生の時とは違う新たな夢と出会えるような気がする。 「こんにちは。どんな本をお探しですか?」 「職業についての本てありますか?」 「はい、こちらです。」 親に対して敬語を使うことにももう慣れた。でも、今の私の状態お探られそうで怖いという気持ちも少しある。将来のことで悩んでいるなんて言いにくい。自分で決めて進まないといけないし、父も母もそれを乗り越えてきた。私ができないなんて言っちゃいけない・・・。頼っちゃ意味がないんだ・・・。できるだけ自分の力で・・・。 棚に案内してもらい、何冊かの本を手にとってみる。それぞれの職業についての紹介が書かれている本や専門用語についての本、有名人の記録をまとめた本などが置かれている。紹介の本を1冊抱え、机のあるフロアに向かった。そこには中高生が10人ほどいて、ノートや参考書を広げていた。私は離れた席を選び本を開く。写真と文章が混じっているものだった。写真は有名人ではなく、仕事内容の例だ。どの写真も絵本の絵のように見えてすごく綺麗だった。でも、肝心なヒントは何も見つけられない。初めから簡単に物事が進むなんてありえなかったのだ。 「紡希だよね?」 聞き覚えのある声が近くで聞こえた。お姉ちゃんだ・・・。大学1年になったばかりの姉、陽(ひまり)だった。彼女は最近一人暮らしを始めて、一緒にいる時間が一気に少なくなってしまっていたのだ。姉は音大に通っている。幼い頃からピアノを習っていて、音楽の先生を目指して頑張り中だ。 「どうしてお姉ちゃんがここにいるの?」 「え?だめだったの?」 「そういうわけじゃないけど。」 「紡希が難しい本手にするなんて珍しくない?何かあった?私でよければ聞くよ。」 「お姉ちゃんには頼りたくない。私よりもなんでもできて、進路もすぐに決まって・・・。私の悩みなんてわからないでしょ?」 「まあ、そうかもね。私は運だけでうまく進めちゃったから。これでも正直に言うと、いろいろ後悔してるんだよ。」 「そっか・・・。」 「うん。ねえ、ちょっと私に付き合って。」 「どこ行くつもり?」 「『幸福カフェ』っていうカフェ。久しぶりに紡希とティータイムしたくて。」 「いいけど、これだけ借りてくる。」 「今日の紡希には合ってないよ。それ借りちゃったら荷物だけじゃなくて、気持ちまで重くなっちゃうんじゃない?」 「私の勝手でしょ!」 「じゃあ、好きにすれば?」 「そうするよ!」 一緒にいても離れて再会しても、二人の会話の流れは何も変わっていない。これがいちばん落ち着くのか私にはよくわからない。 幸福カフェは図書館から3分ほど歩いたところにあった。小さなカフェだが、メルヘンチックでおしゃれなカフェだった。メニューは3種類から選ぶようで、セットで分けられていた。一つはシフォンケーキとカモミールティー。二つ目はフルーツタルトとダージリンティーまたはコーヒー。三つ目は甘さ控えめでくるみが入っているフィナンシェ二つとキャラメルラテ。セットは以上だが、テイクアウト用のメニューもあり、そこにはこのカフェ限定の『福餅』というのが載っていた。ハートや花、四葉のクローバーなどの形をしている和菓子らしい。 私たちは一つ目のセットをそれぞれ注文した。姉がカモミールティーをめんどくさいくらい勧めてきたから仕方なくそれにしたのだ。 「紡希は私のこと『なんでもできる』そう言ってくれたよね。でも、私そんなんじゃないんだ。逆に紡希のことがうらやましい。私も紡希みたいに妹で生まれたかった。」 「プレッシャーばかりだし、何もいいことないよ。」 「そんなことないよ。」 そう話していると、注文していたセットが運ばれてきた。カモミールティーの落ち着いた香りとケーキのふんわりとした甘い香りが重なり、不思議な気持ちになる。カモミールティーを少し飲んでみる。癒しの香りと味が心を優しく包み込んでいく。これはたぶん暖かいからじゃない。カモミールティーが持つ癒しという力だと思う。癒される・・・。ケーキの方は、ふわふわで口に入れると、シュワッと溶けていくような優しい甘さのケーキだった。添えてあるホイップクリームがなくても十分なくらい満足できる味だ。 「ねえ、紡希。お父さんとお母さんには話してないし、秘密にしてほしいことなんだけど・・・。私の話ちょっと聞いてくれない?」 「うん・・・。」 「ありがとう。」 姉はそう言って私とまっすぐ向き合った。そして、彼女の心の鍵を開け、私に話してくれた。彼女色の世界を・・・。