ぽんとりんご
17 件の小説永遠の涙
少女は泣いていました。 少年は見ていました。 少年は何もできませんでした。 少女は今日も泣いていましたが、 少年は何もできませんでした。 少年は泣いてみました。 少年は彼女の気持ちがわかったような気がしました。 少年はわかったような気がしましたが、何もできないような気もしました。 少年は怒りました。 その反発が彼に壁を壊させました。 彼女は泣いていました。 動揺していました。 彼女がいつも震えて居た、小さな家が壊れました。 少女は何も望んではいませんでした。 いませんでしたが、何も言えませんでした。 彼の行動が彼の正義によって行われていることがわかっていたからです。 涙が誰かの心を揺らすことをわかっていたからです。 彼の心は見えませんが、少女は少年が彼女の寂しさをわかってくれるような気がしました。 理不尽にも少年は彼女を守ることにしました。 彼女は新たな家で息をします。 少年は大切に彼女を守り、しばらくすぎて息絶えました。 幸せな二人の日々が終わりました。 理不尽にも、 新たな少年が、 少女を攫いました。 少女はもう何も望んではいませんでした。 いませんでしたが、何も言えませんでした。 彼の行動も彼の正義によって行われていることがわかっていたからです。 涙が誰かの心を揺らすことをわかっていたからです。 彼の心は見えませんが、少女はこの少年も彼女の寂しさをわかってくれるような気がしました。
クリスマス
なにかの癖を書こうとしていたはずなのに、 なんか、筆者が眠くなったのかすごい平和な感じになっていってしまった。 まあ、いいかな。 長い文なんですけど、よかったら。駄文なのであれって思ったら、自分で解釈入れて読んでいただければ幸いです。 みなさんおやすみなさい。 クリスマスの夜、冷たい空気が木造りの家に溶け込み、オルゴールから流れる讃美歌に目を閉じ始める時間。不思議な巡り合わせをした二人も、それまでを穏やかに過ごしていた。 「狼さん、向こう側のリボンとってもらえますか。」 「…いや、嘘だろお姉さん。それは明日でもいいんじゃない。」 狼はびっくりとした様子で、オルゴールから目線を外した。どうやら赤ずきんは、もみの木のクリスマスツリーを解体し始めようとしている。 「いえ、去年朝まで置いておいてちっちゃな枯れ木やらの掃除で大変でしたから。今年は夜のうちに外に出します。」 「いや、今年は大丈夫だよ。」 「…どういうことです?」 ツリーのリボンに手をかけたまま若干不服そうな顔をする赤ずきん。 対してこたつからそれを収めようとする狼は、カーペットに手を置いて、 「いや、確かに俺もそれは考えたよ。だから、朝できる限り振り回しながら持ってきて。ほら、カーペットにもそんなついてない。こんな寒い時にしなくても、朝でも大丈夫だよ。」 と主張する。赤ずきんはぽんぽんと主張される赤いカーペットを見つめる。 「…確かに、そうですね。」 と言うものの、責任感が強いのでその場を動かない。狼もそれはわかるようで、 「ほら、あったかいよ。」 と言って、こたつの毛布を少し開ける。 「いえ、客人ですから。寒いですし、閉めて結構ですよ。」 赤ずきんは遠慮をするが、それが彼女の性格からくる条件反射であるというのも狼は知っている。 「おいで。ほら。」 ので、絶対引かない。 結局彼女がその隙間に入り込んだ。 彼女は言葉通り押しに弱いのである。 「今夜は、どうしましょうか。」 「ん?」 彼らがクリスマスを過ごすのは二回目だ。 去年は、出会ってすぐのクリスマスだった。二人には当たり前のように客人と主人の線引きがはっきりとあった。 しかし、それから一年。狼が頻繁に彼女の家に現れては手土産をし、彼女は狼に手伝いをさせ、二人は森の中にありながら、隣人のような、友人のような関係になっている。 「去年は、確か夕飯ごろには帰っていたはずですよね。ですが今日はずっと一緒にいますから、泊まるのかと。」 一瞬、どう言えばいいかわからなくなった狼。 「、うん。そうだね。」 特にそれを顔に出すことはなかったが、少し口がどもった。 「え?どうしました?」 この赤ずきんは観察眼が強い方だ。 「眠れるところがあるか考えていなかったなと思って。大丈夫?」 「あ、確かに。ベッド一個分を一緒に眠るのは無理がありますかね。」 「うん。そうだね。」 が、何もないように振る舞えば割と気にしない。というか天然だ。 しっかり者なのは赤ずきんだが、狼の方が人との生活の都合は分かっている。 「余裕空けるでいうなら、狼さんって完全に人になれたりしませんか。」 「え、それで一緒にってこと?」 「できますか?」 狼の反応から解決の可能性を見出してしまったようである。 純粋な紅い瞳。 対峙する狼。自分の発言に後悔しながら、考えるフリをして頭を動かす。 断れば、絶対に客人を優先するのが彼女だ。それは駄目だ。 でもそれを言い訳にしたら俺が駄目だ。それは駄目だ。 「出来なさそうかな。」 「どういうことですか?」 「いや、よくない。倫理的に。」 「鈴リ的に。」 結果落ち着いてしまった結論に、狼は諦めの境地である。 「あったかいですね。」 「そうだね。」 現状、狼は一応の倫理観で、いつも通りの姿で赤ずきんと一つのベットを共有している。 赤ずきんはふわふわな毛に埋もれている。彼女はあまり狭いことを気にしていないようだ。 あの後、狼は、こたつで寝るという案を出していた。 しかし赤ずきんは反対した。 なぜならそれは冬の床で寝るということだからだ。朝起きたら床と体の霜ができてしまうことさえある。それに薪を燃やしたまま寝てしまうのも危ない。 狼は反論した。 狼の姿ならふわふわの毛があって、それで洞窟の中で寝ることもある。 熱源がなくてもこたつの中で寝るだけでむしろ温かいぐらいだ、と。 赤ずきんは反論した。 ここは木造りの家であり隙間風もあるので、洞窟とは違う。赤ずきん自身は冬に床で寝た時、ひどい風邪をひいたことがある。自分は狼では確かにないが、クリスマスの日に限ってそんな危ないことを友人にさせたくない、と。 そこからは押し問答であった。 大丈夫じゃない。大丈夫。大丈夫じゃない。大丈夫。大丈夫じゃない。… お互いがお互いを押し合っていたが、まっすぐな思いに押し負けたのは狼の方だった。 外に逃げるという手もあった。 しかし、今日は彼女にとって、そして俺にとっても大事な日だ。 この彼女の純粋さをもって自分自身も夜を乗り越えよう、そう思わされたのである。 ただ自分が耐えねばならないというわけではない。いつかこの子がこの状態の意味を知るとき、彼女に手を出さないでいた自分の存在に安心してもらえるように、とかなんとか。 そう思いながら、彼女の湯たんぽとしての役割を果たそうと瞼を閉じた。 あったかいな。 でも、これは完全に負けず嫌いだったな。 狼さんのふわふわの毛に頬をくすぐられながら、彼女は反省していた。 元々この家は彼女のおばあちゃんの家だったが、そのおばあちゃんは彼女が暖炉の上のレンガにギリギリ手が届きはじめたと喜んでいた、小さい頃にいなくなってしまった。 おばあちゃんのお話、手帳で残された生活の知恵で今まで一人で暮らしていた。 そんな彼女にとって狼さんは友人でもあり、そして兄弟のような親しさを感じるような存在だった。 例えば親がおばあちゃんだとすれば、兄弟が狼さん。言葉にすると、少しへんだけど、面白い。 実際はもっと仲良くなれるかもしれないし、仮にいつかどこかに消えてしまうとしても、思い出が消えないということは日々思っている。 今日のこともまた思い出に残しておこう。 冬の小さな木の家では 目を瞑り楽しそうにしている赤ずきんと、 複雑な心境こそあるものの、ただ穏やかな顔つきで赤ずきんを包む狼が、 静かに寝息を立てていましたとさ。 ちゃんちゃん。 ここまで読んでくれてありがとうございます。 去年ってなんだ?とか思いましたよね、もしかしたら。 想&像だよ⭐︎お願い⭐︎ 今度こそ、おやすみなさい。
なんかプロローグ的なやーつ 男子生徒?
石ころと遊ぶのは日常だ。 友達とじゃれる代わりにこうやってめぼしいのを見つけて蹴っていく。 自分が蹴っているといえばそうなのだけど、自分の先をコロコロと進むのを見ていると、何となくそいつの子分になっているような気になる。 「おい、そこ穴ボコあるぞ!落ちるんだから、そっちに蹴るなよ!」 言われなくてもわかってるって。 お前の子分は俺だけで、俺の師匠はお前だよ。 「今のところはな!」…いや、メタいメタい。これは間違えた。 「お前はこの地面並みに熱いやつだ。気に入った!子分にしてやる!」 もう子分だけど。まぁいいか、さすが師匠。 「お前も子分である以上、周りを見る目を養わなくちゃな。」 それはどういう意味ですか、師匠。 「そりゃ、危険を察知するためだ!社会の常識だぞ!」 社会の常識ですか。なんか、師匠っぽくないワードセンスですね。 あ、俺か。 …なんか今日は上手くいかない。 今日は日の照りがいつもより強い気がする。 想像という名の師匠の具現化、には向かない日のようだ。 師匠はコロコロと転がる石ころになりきっている。 可愛いやつめ。 なんか、クラスの女子のワードセンスが俺に移っているような気がする。 「めろくーん!」 反射的に右足の靴の側面で師匠を弾き飛ばしてしまった。 草むらで息をしてるからセーフ判定だろう。というか、噂をすればすぎる。 「何?石蹴りしてたん?」 「いや。」 嘘です師匠許してください。 「ほーん。可愛いね。」 「はあ。」 「はは、じゃあね!」 「うん。じゃあ。」 俺が返事の言葉を言うやいなや、ツインテールの長い髪がグルンと眼前を回って、すぐに駆け出していった。手を振りながら、こちらに視線をおくって走っている。 陽キャ怖いよ。 怖いよ、陽キャ。転びそうなのも怖いし。 振りかえす手の平の冷たさで、若干冷や汗をかいていることに気づいた。 身体の方も怖がってたみたいだ。 でも向こうが前向くまでは拭うことは許されない。憲法とかで。 年頃だからみたいなのは、あんま考えたくないな。年頃だからな、うん。 いいじろ はじめ (飯白 一)
春の雨
少し早く家を出ると、霧雨が降っていた。 一瞬出るか迷ったが、手ぶらもまた良いかと思うことにした。 人はびっくりするほど少ない。 どこぞのお嬢様のような女性が傘を持って歩いていたり、 なるほど計画性の高そうな、どこかピシッと歩く学生がいたり。 同じ道なのにこんなにも違うものかと、気の抜けたようなことを思った。 左に曲がると地面に転がる桜の殻が湿っていて、空気にほのかな甘さと酸っぱさが混じっている。 いつぞやの桜の塩漬けの香りに似ている。 少し踏んでみたが、濡れてしぼんだ殻は特に何も変わらない。 そういえば朝食を何も食べていないと思い出した。 コンビニはありきたりだ。 もっとそう、手に塩な感じの朝食なんていいんじゃないだろうか。 塩おにぎりとか。 あーでも、それならコンビニで百円で買える。 タイパか、いや、風情か、いやいや。 しかしコンビニは目の前だ。 そこで、ああ手ぶらだったと思い返した。 しょうがない、戻るとしよう。
マフラーを外した帰り道
風が心なしか温い。日の色も春らしくなった。 和も洋もないただのダウンコートに顎を埋めたり伸ばしたりしていると、さながら日光浴をしている気分だ。足はテンポ良く地面を叩き、上ではのんびり日にあたる。 身を縮こませない散歩とはこんなにも幸せだったのか。行幸だ。 影に入ると信じられないほど寒いので、日に照らされているところを探しながら歩く。 身は軽い。 バレンタインはいつのまにか終わってしまった。 恵方巻きもまだ食べていない。 イベントはあっという間に過ぎていく。風の子かな。 売れ残ったチョコの安売りセールとかやってたらと期待してスーパーに寄ってみたけど、端っこのコーナーに子供向けの小さいチョコセット達が無情にも正規価格で体育座りしていた。 何故千円もするんだ。 もうあれポーチに材料費吸われてるよ。持ってみた時軽すぎて本当にチョコ入ってるのか疑っちゃったよ。可愛かったから買おうか迷いはしたけれども。四桁て。 しかし春と気づいてしまったからには、散財を楽しみたい。お腹が空いたので、パンを買うことにした。 名前はショコラなんとかベリーなんとかだ。見ればわかる。美味しいやつやん。 表面はパリッとしていて、噛んだ瞬間、いちごとショコラとパイ生地とバターの黄金比が口いっぱいに広がる。 美味い! もちろん外にもぱりっと飛んでいく。 やべっ。 もちろん見失った。 これが地面をつつく鳥さんたちの嬉しいおやつになるのかな。 じゃあいいか。 風も、日も、穏やかに馴染んでいく。 これからまた四季が一巡していくのだと思うとなんだか心がぽかぽかしてくる。ひとときの楽しみだ。 ちなみにこの後も寄り道買いをしていたら、いつもおやつで使ってる一ヶ月分のお金を半月で使っていることに気づきました。 パン屋さんも高いね。 桜が咲いたら、もっと飛んでくんだろうなあ。 お金貯めとこ。
ゆるゆり
修了式の一日が終わった。 冷たい風に頬を乾かされないようマフラーを持ち上げると、後ろから熱の塊が包み込んでくる。笑いながら私の手を握ってくるのは、アキだ。 「ユミの手ってちっちゃくて冷たくて可愛いよね」 「そう?」 そうだよ、と溶けるように笑って頭をのしてくる。 私はわざとらしく白い息を吐いて首に力を込めるが、アキはじゃれるように扱って、決して離れようとはしない。 「んっふふ。」 「んだーもう。この後は。どうするの?」 「そうだねー。ユミん家に泊まる。」 喉に何かつまった。こういうときの咳払いはもはや定番だ。 「呆れた。急にはむりだよ。」 「アキ、だけに?」 「そっちじゃない。」 「んー?」 アキが動くと、リンゴみたいな洗髪料の匂いが鼻をくすぐる。 「もう。知らないよ。」 「やったね〜。じゃあさ、行く前にお弁当屋さん寄ってこ。」 「・・・お腹空いたしね。」 「そうそう。」 いつのまにか握られた左手が引き寄せられ、歩き出す。 アキは得意げに校歌を鼻で響かせている。 ああ、もう、私は。 アキはもう分かってて聞いてくるんだ。 私だって断ろうと思えば、断れるけど。 私は友達には弱いんだ。友達は貴重なのだ。 そう、意味のわからない言い訳をする。
適応
遠くでバスが通っている。 目の前に車が走った。 目を閉じれば、外の情景ははっきりと目に浮かぶ。 暖かい毛布に身を落として、空を気ままに飛ぶようになってから、どれほど経っただろうか。 初めは海を越え山を越え見たこともない景色をみて感動したこともあった。 時にはその風を感じて、頬を涙が伝うことを知った。 ただ、もう見尽くしてしまったから、近頃は暇だ。 意識を凝らさなければ分からない程の風がくるくると身体を撫でる。 静かに目を開ける。 視界は変わらない。 静かに目を閉じる。 今は夜のようだ。
スポンジ
「好きな色教えて。」 「好きな色?」 好きな色は、 「青かな。」 「そっか〜いいね。ありがと!」 返す間もなく彼女は弾かれるように輪に戻っていった。 青、いいね。やっぱり、青が良いのか。 視界の端から、だんだんと僕を染めていく色。 僕の好きな色は、青。 景色が染まっている。 初めは違和感だけど、ずっとそうしていれば、馴染む。 「日下部ってモテるよなー」 「僕が?」 「は?自覚ない振りとかキモッ。」 「嫉妬してるの?」 「はぁー?」 「祐希なら僕のこと好きになってもいいよ?」 「絶対確信犯だコイツ!」 僕はモテるようだ。多少のくだらないことを言っても許される。 でも、いつか許されなくなるなら、また変えなければならない。 そうだ。 僕は、男が好きだ。 ・・・これは安直だっただろうか。僕には分からない。 その日から、僕は不安になった。 「そういう視点」に立ってから、あまりに周りが無防備すぎると感じた。ドキドキした。 加えて、よくくっつき合う。 そのノリに乗ってしまうか、誠意をもって距離を保つか。 その選択で言えば僕は後者だったが、実際は単純に、心臓の音を聞かれるのが怖かった。 少しずつ、僕は絡みづらい奴になった。 まだ、絡んでくれるのはいる。宗田とか色々。 でも、教室の色はズリズリと滲みを引いて気ままに外へ伸ばしている。 今なら、まだ戻せるだろうか。 そうだ。これは一旦、やめにしよう。 ただの気まぐれだ。 また、平凡な日々になった。 ちょっとした冒険だったなと思った。 まだまだ、僕は子供だ。 まだ、好きなようにできる。
台風
ごう。ごう。 雨がうねりをもってあっちこっちに体当たりをする。 その勢いに、教室の意識も窓の外へと向いた。 先生の腕だけが意識をもって授業に臨んでいるが、口は、 「こりゃあ・・・大変だあ。」 なんて言ってるから、締まりもない。 どさくさに紛れて教科書を取りに行っているのもいる。 非日常に校舎が包まれている。 遅延証明書をもって神妙な顔で登場してくるのを笑いを抑えながら迎えたり、外を見てやばいやばいって言い合ったり。 この空気が好きだから、台風も好きだ。 ぜひとも月いち安全コースダイナミック仕様で来ていただきたい。
僕の優しいロボット(1)
僕の母の代わりに、ロボットが来た。 どこからか調理実習の時の匂いが漂ってくる。 シャッとカーテンを開く音がした。 何事かと目を開いて、窓にいるなにかにピントを合わせた瞬間、それは優しい声で「おはようございます。」と言った。 「もう朝ごはんの時間ですよ。」 機体は僕の近くまで近づいてきた。 いやな冷や汗が出てきて、触れてほしくないなと思った。 ロボットはまだ起き上がれない僕を横からのぞきこんで止まった。 笑顔でじっとこちらを見た状態で。 いや、瞼を孤にしてこちらを向けているだけだな。 この間が、寝ぼけた頭を少し冷静にさせた。 ロボットから遠ざかるように僕は起き上がった。 布団をのけるようにして、こっそり冷や汗を拭った。 これはバレているだろうか。 「どうぞ、こちらです。」 ロボットは優雅に、僕を導く仕草をした。まるでこの家を知り尽くす者かのように。 「あぁ。」 ありがとうというのは何か違うよな、と思った。 母は、昨日消えていった。 「私の代わりが朝には来ます。元気に大人になってね。」と。 まるで軽いノリで、荷物も特に持たず、力のない目で僕を見て、扉を開けて外に出た。 開けられた扉を意味もなく支えていると、母はそのまま一定の速さで遠のいていった。 そういえば、こうやって目を見て話したのは久々だなとか、なんかあっという間だなと思っていた。 湿った風をしばらく受けていると、虫が入ってくることを思い出して扉を引いた。 ボワん、ガチャ。 無機質な音が響いた。 もう一度、寂しげに扉を開けるという気もわかなくて、ぱちぱちと電気を消しながらそのまま寝室に向かった。 僕にしては珍しく、布団に入っても目が冴えていた。 そうだ、これは夢かもしれない。 いや、夢じゃないな。 少しは感傷にも浸ってみたいのに、寂しいという気持ちが湧かないほど、なんだかぼーっとする。 親を惜しむ気持ちに反発したい、きっと今はそういう状態なのだと思いつつ、そっと目を閉じた。 そんな夜だった。 リビングがいつもより少し暖かい気がする。ここで料理をしたのだろうか。 机には焼き魚と、味噌汁の入ったお椀と、白米があった。 導かれるまま椅子に座る。 「これは?」 「朝食です。どうぞお召し上がりください。」 「ぁ、はい。」 湯気だ。朝食だ。 感動というか、どちらかといえば、もの珍しいというか。 なれないもので少し怖くもある。 「これは、米、ですね。」 「はい。そうですね。」 「ここにある朝食は安全なものですか?」 「はい。安全です。」 「そうですか。」 「はい。」 それなら、食べるか。 食べれそうではある。 食べよう。うん。 「朝食はお気に召しましたか?」 「はい。」 「それは嬉しいです。」 ロボットは瞼を弧にした。 僕も咄嗟に口の端を上げて笑顔をつくった。顔の右側が少しつった。 普通に朝食は美味しかった。 温かいものを食べたからぽかぽかしている。 これからの生活はこんな感じなのか。 なんか、至れり尽くせりだな。