しらたき

58 件の小説
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しらたき

しらたきです。普段は鍋の具としてぐつぐつ煮られています。ほどほどによろしくお願いします。

死体だらけの島国に

 これは、日本が滅びかけて約5年後の話。とある科学者が試験的に作っていたウイルスが拡散され、いわば生物兵器によって日本は壊滅的な被害を受けたのである。  ……?では、何故今、私は生きているのか…って?それには大きく二つの理由がある。 一つは日本が島国で、早々に外国との物理的関係を断ち切れた事によって世界の支援を受けれた事。 そしてもう一つはその“とある科学者”が解毒薬の開発に成功した事だ。  そのウイルス、というのも人間の脳を作り変え、空気中から摂取したエネルギーで急速な再生を行う体へと変貌させる…いわばゾンビウイルスだったのである。その為、致死率は100%なのに感染力も高いという物が出来上がってしまったのだ。  結果として、日本の人口は3/1程度まで縮小した。約7000万人。それがその“科学者”が間接的に殺した人間の数だ。  ……?何故私がここに呼ばれているのか、って?そうだね。まだその説明をしていなかった。  君はいわば「人間の代表」。私が作り出した、人間のイデアそのものだ。人間自身の倫理観、価値観を君は有している。そして、君が呼ばれた理由は… 「それでは、[検閲]被告の裁判を始める。」 そう、彼に適切な裁きを与える為の判官の一人だからだ。  ……あぁ、そうだね。確かに君はこの物事をとても重く捉えているはずだ。なんせ、この選択によってこれからの日本、及び世界は大きく変わるのだから。でも安心してくれ。前述の通り君には道徳的な判断の一部を任せたいだけなんだ。一つの意見として、君の判断を私は提出する。それだけだ。  君の為に私が話をまとめよう。検察側…というか彼に死刑を求刑している側の意見から述べていこう。  まず、彼は意図しているしていないに関わらず、7000万人もの人間を殺した。日本では死刑を採用する一つの基準として「二人以上」という物がある。勿論、それの3500万倍もの人間を殺したのだ。これは殺人、そして国家転覆にも当たる。  次に、弁護側の意見だ。彼曰く、流出の原因は「ウイルスの特性を把握しきれていなかった事」らしい。つまり過失なのである。そしてもう一つ。彼が7000万人を殺したように、彼は残りの日本国民である4000万人を救ったのである。彼が作った解毒薬が無ければ不死の軍勢の歩みを止める事は不可能だっただろう。  これらを持って、検察側は死刑を求刑し、弁護側はその高い能力を国へ生かすように進言している。一体、どちらの考えが正しいのだろうか。  ……なるほど、確かにいくら君であろうと即決は出来ないだろう。だが、これで判断材料は全てだ。大丈夫、時間なら無制限にある。君の正しいと思う事を慎重に、ゆっくりと考えてくれ。 さぁ、開廷だ。 あとがき ゆ っ く り 裁 い て い っ て ね ! コメ欄で是非、有罪無罪だけでも良いので書いてって下さい。

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ある繁栄した惑星国家の書店での採取物

 終末世界、だなんて陳腐で見飽きたテーマ。特に「世界最後の1日」なんてくればもう擦られ過ぎる余り摩耗しきっている事だろう。もしも私が小説家であるならば絶対に使いたく無い、ありふれた単語。だが、残念な事にこの世界の主はそのテーマを選んだらしい。  下位世界でも勿論、幾多もその考えは生まれ、そして日常の話題の一つとして消化され続けていた。だが実際、その最適解を過ごせている人はどれほどいるか分からない。最後くらい犯罪を犯したいと言っていた友人は家から出てこないし、皆と讃美歌でも歌うと言った彼女は既に数日前に首吊り死体で発見されている。何が最善だったのか、何が最適なのか。後悔と懺悔に思考を割くのは来世でも十分遅く無いだろう。  そんな中、自分でも分かるほどに異様なのが私である。そもそも世界が滅ぶ原因というのがこれまた既視感のある隕石衝突。そして私はこれを阻止しようと思っている。馬鹿げた、小説の題名に抗う行為。でも、私は不可能だとしても努力する。今記しているこれも、英雄になってから売ろうとでも思っている。  まあ、今更ではあるけれどこれには遺書的側面もある。失敗した場合は塵と化すので保存する意味は無いが、そもそも今やっている事も意味が無いと言われればそれまでだ。今までの人生で一体どれだけの意味を残せただろうか。…いや、後悔と懺悔は後回しにしよう。地獄が天国かでそんな事はいくらでも出来るはずだ。  仕事の合間合間に記していたが、そろそろこの辺りで締め括ろうと思う。忙しいというのもあるが、あまり時間が無いというのが本音だ。持ってあと3時間。既に目に見える距離に終末は近づいている。もしも私が暇ならカメラを持ち出して撮影し、そのまま詩でも綴ろうと思う。それくらいには綺麗で、それで恐怖を帯びた光景だ。街の外の阿鼻叫喚も逆に静まり返ってきた気がする。この静寂だけでも録音しておきたい。 あぁ、随分と美しい。

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ある繁栄した惑星国家の書店での採取物

むりぽ

 どーも、しらたきです。 [noveleeの novel全部読む]通称novelnoveでしたが、とりあえず一旦休止とさせて頂きます。理由としては 1,夏休みが終わり、宿題等々で忙しくなるから 2,執筆時間を増やしたいなぁ…と思ったから 3,前々からたまに読み切れていない時があったから の3つですね。 いやほんと、出来るだけ読んではいたんですけどやっぱり厳しいかなって。  それと、【好きなnovel紹介】ですね。こちらは今8個あるので、10個になったらまとめて出そうと思います。今見返して見ると、好きな作品を見た瞬間の衝動で書いているので頭がおかしいですね。一部訂正しておきました。一応全部文字数がぴったりになるように頑張ってました。  それと、もう一つご報告が。先日よりアルファポリスにて投稿を開始しました。よければ覗いて行って貰えると助かります。こちらとは内容が異なっておりますので。今はあやかし研究部だけ投稿していますが、そのうち氷の兎と非日常も書き直してあっちに出したいと思ってます。 それじゃあ眠いので寝ます。おやすみ。

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むりぽ

機械仕掛けの日々と

「んむぅ…」 ベットから上半身を起こし、瞳を擦る。欠伸と悪夢を窓に捨て、その分のビタミンDを日光から直に摂取する。目覚まし時計はやっぱり、示した針の2目盛前を示している。崩れぬ予定調和に沿って歯を磨き、ルーティーン通りに服を着る。そして昨日とコンマ2秒のみのズレでパンをトースターから取り出して食べる。 「もぐもぐ…」 ふと、スマホに通知が映る。メッセージの送り主は君。『昨日のカレーがばちくそに美味い』だなんて、おかしな投稿。 「…ふふっ」 いつもより3分遅れて食器を片し、玄関の戸を開ける。鍵を閉めるともう一通。『あ、今朝は雨が降るってテレビで言ってたよ!』あぁ、それなら安心出来る。私は常備している折りたたみ傘を玄関に預け、メールに既読を付けないまま歩く。  君の所為で私は狂わされる。一寸すら違わぬ歯車も錆びつき、もうその時すら刻めない。でも、きっと。 「どうしよう。朝メール見忘れて傘置いて来ちゃった。ね、帰り相合傘しよ?」 「君が傘なんか忘れるなんて、もしかしてわざと置いて来たの?」 でもきっと、もう整った日常には戻れない。常に私の予想を裏切ってくれる、そんな特異点が必要なのだろう。 「えへへ…内緒、だよ?」 私は君が好きだ。

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機械仕掛けの日々と

ただ安息を願い、祈って

・注 初見でも楽しめるように努力しました 「あやかし研究部」の作品です。 過去作を読むとより楽しめます お題は『祈り』です 7000字オーバーなので、時間に余裕がある際にどうぞ 人の思考というのは、その人が思う以上に力がある物だ。大凡の死霊もその「生きたい」もしくは「殺したい」という思いが纏まった結果である。では、生者の思考はどのように働くのだろうか。その体に縛られる程度の力しか持たない彼等は、どれほどこの世界に干渉出来るのだろうか。…実際にそれを観測出来ない体になってしまったのはただただ心残りだ。 ―「あやかし研究部蔵書『ろ』」67行目より 「それで、どうして響野まで着いてきたのじゃ?」 電車に揺られながら、隣に座る部長が耳打つ。頭には猫耳、腰には3本の尻尾。それでいて中学生にもバカにされそうな小さな容姿とそれに見合わない口調と明晰な頭脳の持ち主。 「なんでって、部長が一人で行くのが少し心配だからですよ。それに、私も数をこなす必要があるですからね。」 少し自慢げに私は答える。私はこの部長に救われた人間だ。あの幼女が一体どれだけの年月を生きてきたのか、私にも分からない。…部長の返事を待つも、聞こえる音は電車の揺れの音だけだった。 「…」 それと、隣から聞こえる寝息。私も仕方が無いので瞼を閉じる事にした。珍しく大人しい尻尾を見ずに部長の尊厳を守らせる為に。これは、私達二人の旅の記録の一つ。これは、あやかし研究部が部室すら持って居なかった時の回顧録の一頁。そしてこれは、不可思議な,現象を辿る我々の日常の一節である。 「うぅ…。疲れたのですぅ…。」 額を汗がまた伝う。悲痛な声を数時間前から顔一つ変えず歩き続ける部長へ届けるも、届かない。 「部長ぉ、あの空間跳躍の札使いましょうよぉ…」 部長は霊力の込めた札を作る事が出来る。この猫又、一体どんな事まで出来るのだろうか。 「え、いやじゃ。あれ作るの疲れるし。それに、歩く方が楽じゃろ?それに…」 鼻歌を歌い、尻尾をぶんぶんと振りながらスキップをし続ける部長を横目に、なんとか追いつこうと両足を動かす。 「それに、折角の旅なんじゃから、景色も楽しまないと損じゃろ?」 にこやかに笑う、楽しそうな幼女を見ると不思議な事に少しばかり元気が出てくるような気がする。勿論、気のせいなのかもしれないが、それでも今は騙されていたいと思った。 「…なあ、響野。少しばかり小腹が空いた頃じゃろう?」 言われてみれば、確かに。なんならかなり歩いたから、足も疲れている。棒になる、というほどではないが。 「確かに、ちょっとお腹は空いたですね…。」 「と、言うことで!あそこの集落に行こうと思うのじゃが…。どうじゃろうか?」 そう言い、彼女は崖下の村を指差す。さほど距離は無く、それでいて“村”と呼ぶのに相応しい木造建築の連なる集落だった。 「別に。私は部長に着いていくだけですから。」 その返答を聞き、嬉しそうに部長は方向を定める。彼女の目には私には見えない道筋すらも見えているのだろう。その明晰な頭脳に一抹の不安すら抱くべきでは無いのだろう。その浮かれた尻尾を眺めながら、私達は坂を下っていった。 村の入り口であろう門を潜ると、一人の子供がいつの間にか私の裾を引いていた。未就学児だろうか。幼い風貌に違わぬ柔らかな声で話す 「ねね、お姉さん。少しお願いがあるんだけど」 その突然の出来事に一瞬戸惑っていると、部長が腰を屈め、その子供と同じ目線に立って話す。 「どうしたんだ、少女よ。その悩み、わしに聞かせてみないか?」 そう語ると嬉しそうにその少女は笑い、一つの依頼を出した。 「あのね、私と遊んで欲しいの。出来る?」 「あぁ、勿論じゃ。任せろ。」 …部長が子守が得意だとは知らなかった。軽く脳の片隅に書き留める。 「いいか、響野。子供というのは一番霊に触れやすい存在なのじゃ。純真無垢な子供も、悩みを抱える子供も、また守るべき存在なのじゃよ。」 と、部長は鞄から独楽や面子、骨牌札など少しばかり懐かしげを感じる方々もいるようなおもちゃを取り出す。まあこの村にはきっと電気も通っていないだろうし、退屈する事は無いだろう。あの少女は部長に任せて、私は少し村を回る事にした。 「ぐうぅぅ…」 …空腹を満たす為に。 「ん、美味しいですね…」 村で買った団子を頬張る。どうやらあまり貨幣経済が発達していないようだ。隣の爺さんが年だの、次の豪雨が心配だの、予想通り情報が外界と隔離されているらしい。暫く菓子を食していると、どちらが子供なのか分からない程はしゃいで、二人の幼女が駆けて来る。 「はぁ…。おい、響野!この少女は随分足が速いようじゃ!…っ。」 「はぁ、はぁ…。お姉ちゃん、次は負けないよ!」 ぱん、と手を叩き、二人の目をこちらに向ける。 「部長も、君も。一度休憩するですよ。ほら、私が全部食べちゃうですよ?」 二人は飛びつくようにやってきて、お盆の上の団子を手に取る。その幸せそうな表情を見ると、こちらまで笑みが移る。たまにはこんな平和な日常なんて物もあってもいいかもしれない、と思えるほどに優しい空間が広がっていた。  それから村の食事所で新鮮な魚料理を頂き、そらから宿へ向かった。何でも、大嵐の前だから本来なら貴重な魚を客人だからと私達に振る舞ってくれたそうだ。人からの良い感情は受け取って困る事は無い。明日、朝食だけ取ってからこの村を立つ事となった。 「ね、部長。おやすみ。」 「あぁ、響野。また明日なのじゃ。」  背中の辺りに嫌な雰囲気が届いて、ふと目が覚める。外の暗さを見るに、今は壱時頃だろう。横を見ると、部長が札に文字を書いていた。その険しい表情は私にも伝わり、少しばかり緊張する。 「あ、響野。やっぱり起きたのか。お主にも分かるじゃろ?この空気に満ちる怪しげな力が。」 確かに、さっきからこの悪寒が少しずつ強くなっている。 「部長、一体何が起きてるですか?」 描き終わったのか、筆を置くとその札が紫色に一瞬光り、そして力を持つ霊符へと変わる。部長はこちらを向いて、まるで待っていたかのように答える。 「一つの神が生まれようとしているのじゃ。」  現在時刻は1時50分。恐らく恐らく丑三つ時、つまり2時に最も力が集まるのだろう。鞄からお祓い棒を取り出し、部長の指示に従って走る。 「今は極力、霊力消費を抑えたいのじゃ。身体強化など使っている暇は無い。わしを抱えて走るのじゃ。」 と言われ、今は部長を抱き抱えている。人形のように軽く、普段ならこれはこれで愛おしい気持ちになれそうだったが、この尻尾から伝わる緊張が体を楽にさせてくれない。 「ほら、あそこの小屋じゃ。よし、一気に突入し―」 刹那、前から衝撃波が飛ぶ。私の手から部長が離れ、宙に舞う。前を見ると、青白い光を纏う高校生程の少女が3m程浮いたまま現れる。 「…!」 顔を見ると、今朝の子と同じだった。しかしあの子供は4,5歳程だったはず。恐らくこれも神的存在化の過程の一つなのだろう。お祓い棒を構え、睨む。 「なあ、少女よ。わしを覚えておるか?」 その神はぽつり、 「否。我は守護者である。」 と答える。 「ねえ、部長。私達はどうするですか?」 部長は冷酷に、しかし真実を告げる。 「霊力がある限り、神化が収まる事は無いのじゃ。対象の死を除いては。奴はまだ完全には神的存在になっていない、いわば『仮初の神』なのじゃ。完全に神化する前にぶちのめす。そうするしか無いのじゃ。」 あぁ、そうか。悪寒というのはこれの事でもあったのかもしれない。制服の上に巫女服を降ろし、戦闘準備を整える。 「さあ、ぶちかます、ですよ!」  私は過去にとある神を封じる「鎮め物」であるお祓い棒を手にし、それの力の一部を継承した。実際、あれから1年経ったが、背は1cmも伸びなかった。この力は神力に似ていながら、神力とは相反する性質を持っている。奴を覆う分厚いエネルギーも、私の砲撃で対消滅させれば削れるかもしれない。 「一体、どんな硬さ何でしょうか…。〈スプレッド〉っ!」 数センチ程の紫色弾が、ニ、三十個ほど直線軌道を描いて放たれる。その弾丸は少女の30cm程手前で弾けて消える。 「響野、注意を引きつつ牽制して欲しいのじゃが、出来るか?」 「勿論出来るですよ!〈バウンド〉!」 宙を跳ねる赤色弾を放ち続けながら、背後に回る。少しずつ弾きながら、視線をこちらに誘導して、部長から離す。この調子なら― スパッ 風を切るような音、ふと体を見ると左腕が切り落とされていた。 「え、え…?」 思考が止まる。瞬きの間に相手に切られたのか?よく見ると、その少女は自らの身よりも大きな剣を握りしめていた。2発目が来る…。 「切れる前に倒せればいいのですが…。」 携帯していた麻痺の霊符を左の肩へ貼り付け、そのまま目の前に霊力場を展開する。 「〈バリア〉!」 キン、という衝突音で力場が剣を弾くが、その一瞬で力場が消滅する。対して剣は刃こぼれすらしていないようだ。このままじゃまずい。 「くっ…〈フラッシュ〉!」 閃光弾を地面に射出し、複数の知覚を潰している間に少し距離を置く。 「弾けるのです、〈ナパーム〉っ!」 目の前で弾けたその弾は周囲を狐火で焼き尽くす。恐らく神力場も大きく抉れただろう、私は部長に指示を出す。 「響野、ナイスなのじゃ!」 部長は一枚の札を取り出し、力を込める。 「〝札式/拘束光条・紫電〟!」 瞬間、少女の周囲から鎖が現れ、その四肢を縛り付ける。抵抗するように激しく腕を動かすが、その拘束は解けない。 「…あれ、てっきりいつものように爆ぜると思ってたですが…」 部長は裾から一つの容器を取り出す。緋色に金色が縁取られた、美しいガラス細工のような瓶だ。 「さっき言ったじゃろ?霊力が抜ければ人に戻ると。」 「でも、確か霊力の操作は不可能なはず…」 部長は少女の胸に腕を突っ込み、そしてもう片方の手をびんに触れる。 「響野、少し離れておるのじゃ、一丈程で良いから。」 言われた通り、ちょこんと後ろの方に座る。すると、目の前の二人を鬼火が照らし、部長の髪色が少しずつ明度を増してゆく。 「くっ…」 すると、かつて神であった彼女はみるみる縮んでゆき、髪の色も黒へと戻っていた。そして部長も力を瓶に注ぎ始める。苦痛に顔を歪めたその表情を避ける為、私は背を向けて悲痛な声だけを聞いた。  数分ほどして、げっそりとした部長が4分の1ほど溜まった瓶と一緒に帰ってきた。勿論、容姿も戻っていた。 「で、部長。結局この出来事はなんだったんですか?」 安らかな表情で眠る子の頭を撫でながら、疑問をぶつける。部長は一瞬戸惑うような表情を見せるが、ゆっくりと、この出来事の真相を語ってくれた。 「今回の事象は大凡、村人の信仰が集まった結果じゃ。原因は恐らく台風。その大嵐から村を守る存在が望まれたのじゃろう。」 珍しい神妙な表情の部長を見ながら、話に耳を傾ける。 「でも、この地域には前から台風は来ていたですよ?」 「この村が壊滅的な被害を受けていない事からして、今までは個々のバラバラな『守護者』のイメージに沿って生まれた何かが守ってくれていたのじゃろう。皆の想像が一つに集中していない故、あまり協力な神とはなり得なかったのじゃ。」 寝ている件の少女を指差し、続ける。 「この少女は恐らく、贄とされたのじゃ。村の誰か、もしくは旅人かもしれない。想いの力、祈りの力を知る誰かが唆したのであろう。一人にその守護者の像が重なってしまい、その結果として彼女は神と化してしまっのじゃ。」 部長は一枚の青白い光を纏う羽を取り出す。半透明な、それでいて淡く輝くそれは何処か今日の出来事を思い出す。 「こいつはあの守護者の身体の一部じゃ。祈りというのは、連なり、重なる事で良くも悪くもここまで現実に影響を及ぼすのじゃ。」 まるで遠い何処かを見つめるように、部長は悲しげに告げる。 「ん、んんぅ…」 眠っていた、一人の少女が目覚める。真っ黒な髪に幼い容姿、ごく普通の少女である。 「あ、部長。この子が起きたですよ。」 すると、少し驚いたように声が飛んでくる。 「え?あぁ、そうか。」 部長はその少女の額に手を当て、そして手帳を数頁程繰ってから、重々しく結論を告げる。 「この子は一切の霊力を持っていないのじゃ。原因は推測するに、この瓶じゃろう。」 そこでやっと思い出す。どうして私たちはこの少女の目覚めをすぐに感知できなかったのだろうか。霊力が無いのであればこの違和感も説明できる。しかし、霊力が一切無いなどあり得るのであろうか。 「この子は霊的存在との一切の干渉能力を有していないのじゃ。つまり、わしの猫耳としっぽを見えぬし…」 そこで一瞬、言葉を詰まらせてから続ける。 「響野の霊力織の服も見えぬ…、つまり、裸に見えている事じゃろう。」 「えっ」 ふと少女の方を見ると、顔を赤らめて恥ずかしそうに視線を背けていた。 「えと、その…私は見てない…です。」 「…」 困惑から焦燥、そして困惑と諦め、無。目まぐるしく変化した私は考える事をやめ、死んだ魚の目をしたまま、そそくさと制服に着替える。 「それでこの子、どうするですか?」 きっとこの儀式が失敗した事を知れば、そのヘイトはこの少女に向くに違いない。だが、この村から逃がした所で生きていける保証も無いだろう。勿論、我々は今旅をしている。ここに追従するのはより面倒だろう。 「やっぱり無視して―」 「入部させるのじゃ。」 「…?」 「あやかし研究部に、入部させるのじゃ。」  それから日が昇り。私はこの少女を担ぎながらこの村を出た。いつも通り徒歩。でも昨日とは見える景色が違うようにも思える。 「にしても、部長は一体この出来事に何処で気づいたですか?」 「軽い気配は2日前の方向を変えた時、確信したのは村を見た瞬間じゃな。」 「じゃあ、この子とはしゃいでいたあの時も?」 「いや、あれは私を『旅人』から『友人』へ関係性を上げる為に遊んだんじゃ。それだけあの術の成功率は低かったからの。」 ふぅ、と今更ながらため息を吐く部長。部長にとっても困難な事があるというのは日記に留めるべきかもしれない。 「って事は、あの時成功したのはたまたまって事ですか?」 ふん、と鼻で笑い、部長は答える。 「まさか。成功するように祈ったのじゃ。」 …これから偶発的な出来事で目が悪くなりそうな気がしてきた。取り敢えず、部長が石にでもつまずくように祈り、まだ歩を進める。 「部長、この子の名前はなんていうですか?」 「いや、そいつは名前を持っていない。…よし、折角だし名付けるとしようかの。」 部長は鞄から短冊と筆を取り出し、ぱらぱらといくつかの名前を決める。 「『さや』『すずめ』『さくら』『はれ』…。あれ、苗字は決めないですか?」 「じゃ、苗字は響野が決めてくれ。わしは名前を考えるのじゃ。」 「佐藤」「田中」「伊藤」…。いや、違う。もっと特別な名前にしないと。えーっと…。 「わしは決めた。」 「じゃ、私も。」 一つの短冊に、二人で名前を書く。 『祈』『御霊』 …きっとこれから、さまざまな事がある。その全てにおいて幸せだけを祈れるように、幸せだけを祈られるように。 ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 「…って経緯で、むかしこの研究部で幼い女の子を保護してた時期があったのです。」 休憩の合間、壮大な物語を響野先輩が語ってくれた。その顔は誇らしげで、まるで本当の出来事のように…いや、この部活ならきっと本当の出来事なのだろう。 「へぇ、先輩達が旅をしていた時期もあったんだ。それで、その子…祈ちゃん、はどうなったの?」 「あぁ、確か今は修学旅行に…」 バン、と大きな音を立てて部室の扉が開かれる。その先には見たこの無い、しかしついさっきその特徴を聞いたような少女が立っていた。 「あ、響野!ただいまっ!」 勢いよく少女は響野先輩へ抱きつく。見た所小学生だろうか?でもあの制服は月橋中学校と同じような… 「あれ、この人は?」 「この人は真白滝乃さん、今年の新入部員ですよ。」 「そっか!よろしくね、真白さん!」 元気よく握手を求められ、そのままぶんぶんと手を振られる。 「私は祈御霊、あやかし研究部員だよ!」 「…よろしくお願いします。」 なんだか、社会の授業が終わってから聖徳太子に会ったような気分になった。〝あぁ、本当に居たんだな。〟って。もしかしたら口にも出ていたかもしれない。ふと無意識にその少女の頭を撫でると、嬉しそうに微笑んでくれた。これで、部活に行ける理由がまた一つ増えてしまったな、なんて。  どーも、しらたきです。 お題が終わってから2日程経って作品を提出した馬鹿は誰でしょう?そう、私です。実は私ハワイアンズに行ってまして、今帰りのバスで執筆している所なんですね。結構混んでたんですが、時たま空いている時を狙ってプールに行ったりしました。ばちくそ楽しかったです。  で、本題なんですけど。まず音乃さんに謝っておきます。今回雪さんは登場しませんでした。今回のは前述していた〝霊力が0の人〟の登場回となりました。次回真白ちゃんが雪さんと会うと思うので、その時まで待ってて下さい。  あと、次回のお題の夏フェスは多分投稿しません。あんまりそーゆーのに行く暇が無かったので。実はハワイアンズに行く前1週間くらいずっと微熱が続いてました。つらいでした。多分しばらく題名の種シリーズを何話か書いたりすると思います。ありがとう詩雨さん!  それじゃ、みなさんも夏は風邪と宿題に気をつけましょう!それでは。

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ただ安息を願い、祈って

けっか

どーも、しらたきです。 緻密では無い審査の結果、優勝者が決まりました!優勝者は〜 音乃和音さんの、「音乃 雪」に決定しました! 予想以上に沢山の応募、ありがとうございます。よければその設定、名前等を他で使ってもいいか、コメントで教えてくれると幸いです。 それでは!

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けっか

不楽本座に成れず儘

「ふぅ…」 椅子に座ったまま、15もの液晶パネルを男は同時に見る。その内12個はエラーを報告していて、そして3つはエラーを起こしている。 「…全く、どこで間違ったというのだろうか。」 ガラス張りの本棚から、一冊の本を抜き出す。その男の日記だ。しかしこの部屋に伝わる振動で、その本棚も砕け散ってしまう。 「そろそろ潮時だろうか。すまない。」 そう男は告げて、クローゼットからパラシュートを取り出す。砕け散ったガラス張りの床から地上を眺め、天空要塞から飛び降りる。 「まさか人生初のスカイダイビングがこんなタイミングですることになるとは。」  日頃から鍛え上げていた体のおかげでなんとか鉄屑にならずに着地した。その男は、空を見上げる。幾つもの金属片が落下し、そしてこの世界を滅ぼした不可思議な力によって塵となる。その何処か儚い様子をも男は緻密に記帳に記した。 「…おや。」 男が落ちた先はなだらかな平原と、花畑。そしてそこに1本だけ生えている木の側には椅子があった。少しばかり悩んでから男は座り、そして今までの日記を一人、振り返った。 『核融合発電の草案が完成した』 『第3段階実験でも成功。この調子なら実用化出来るかもしれない』 『軍事転用されたくは無い。どうすれば良いのだろうか』 『そうだ、私たちが最も強い武力を掲げよう』 『空中要塞の建造が一部終了した』 『地球を覆うリング上の要塞、死角なんて無いな。』 『優秀な部下たちが次々と成果を挙げている。勿論私も』 『何故だろう、最近胸騒ぎが止まらない…』 その時、男の視界の端にとある女性が見える。 「やあ、こんにちは。」 「こんにちは…って、所長じゃないですか⁉︎」 それから少しばかり話すと、彼女は非常にユニークなアイデアを彼に渡した。 「墜つる鉄塊 消えゆ日常 ただそこに満ちゆ 雄大な自然 花は歌唱し 蝶は舞ゆく そして佇む 一介の人と」 男は感動したのか、椅子から立ち上がり賛美を述べる。 「いやいや、十分素晴らしいよ。ここには詩人もそのファンも居ない。私しかその詩を鑑賞できないのが悲しいよ。」 それから、彼女が旅に出てから男は詩を書こうと、今までの自伝から言葉を探し始める。残念ながらスマートフォンも電子辞書も全て鉄屑となってしまっていた。 「…よし」 男は自伝のページに、一つの句を書く。 『堕ちどなお  獄樂苦椅子から  立てずまま』 「…いや、違うな。」 男はそのページの次を開き、新たな詩を描き続けた。 1時間、1日、或いは2、3分かもしれない。とにかく暫く経った時、男は哀しげに 「さっきのが一番良かったな」 と、呟く。 鋼でできた男の指は既に錆びついてしまい、金で出来た男の追加記憶メモリはもうあの作品を思い出す事は出来ない。その風化しかけている両足は椅子から立ち上がる事をも許さない。 「こんな事なら…」 男の後悔の念はノイズ混じりの声として出力される。そう永くない、男はそう悟りとっとと遺言をこの花畑に遺す事にした。 「ありがとう」 ざらついたスピーカーはその5文字を風と共に飛ばし、役割を終えた。胸の辺りは既に空洞となっていて、音と共に自らの体も塵となって吹かれる。その言葉はまるで鉄塊のように朽ちゆいていった。 subject seeds Ⅳ :『獄樂苦』

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不楽本座に成れず儘

液晶を挟まずに

「私は研究者だ。それも天才と言われるタイプの。25才にして既にジジイとババアで構成された研究室で活動を共にしていたくらいにはすごいの。」 ギギギ…と嫌な音を立てて鉄の扉である天井が開き、そして錆びついた脆さ故に自重で崩れ落ちる。煙が収まった頃、またぼそりと独り言を呟く。 「だから、そんな私が驚いているという事はとても凄い事態なの、これは。」  私は研究者だ。昨日はたまたま採取が必要だった昆虫の羽を採取する為、地上へ降りて作業をしていたのだ。しかし、そこで緊急アラームが鳴った為地下シェルターに避難。その扉が腐り落ちて開き今に至るという訳だ。 「にしても、こんな事になるなら空中要塞にいたままにしとけば…いや、恐らく上に居たら地に堕ちて終わりか…。」 周りを見渡すと、壁やら天井やらが腐食している。まるで何かの菌に汚染されて居るかのように。手元の翻訳機も煙を上げるだけで正常に動作しない。 「多分、バイオ科の誰かがやったんだろうか。…はぁ。」 今まで人生を掛けて描いて来た物、創った物がただの鉄屑に…いや、それ以外の塵と化して仕舞う瞬間を見て、ただただ悲壮感に覆われる。ここで悲しみながら俯いて居ても仕方が無い。心当たりも無い何かを探す為、或いはただ気を紛らわせる為かもしれない。とにかく、私は当てもなくその草原を歩き進める。  ひゅん、と風を切る様な音がして上空を見上げるとソーラーパネルが要塞から落ちてきていた。 「えぇ、嘘でしょ…?」 慌てて逃げようと足を踏み出し、それでも間に合わないと上を見上げると空中で塵となっていた。手に青い粉末がまるで雪の様に乗る。 「私も制作手伝ったのになぁ…」 溜め息を吐き、はらはらと地面に撒く。もしかしたらこの土地も数日後には真っ青に染まって居るのだろうか。そう思うとこの景色はそう長く見れないかもしれない。じっくりと網膜に焼き付け、また歩みを進める。 「これ…は…。」 丘を登り切ると、雄大な花畑が広がって居た。鳥や蝶が羽ばたき、ただただ自然が広がる。少し周りを見渡すともう一人、人が居た。 「やあ、こんにちは。」 「こんにちは…って、所長じゃないですか⁉︎」 広葉樹の側の木製の椅子に座り、ゆったりと声を掛ける一人の男性が居た。この世界の上空に巣喰らう、空中要塞の主。その卓越した化学技術の一端を誰でも感じ得る要因となった存在。そんな人物がこんな自然溢れる空間に居るというだけで既に違和感を感じる。 「…私もここに居ていいですか?」 聞きたい事は山ほどある。上がどうなって居るのか。他はどうなって居るのか。この現象の発端も終末も全てを知らない私に今要らない情報なんてないはずだった。でも、この美しい情景を前にそんな話をするのは無作法という物なのかもしれない。 「あぁ、好きなだけ眺めるといい。」 その時、上からひらひらと紙が舞い降りてくる。恐らく空からプリンターで印刷されたのだろう。 「死を悟り  ただ懐かしさを  胸に抱き  暮れない紅  瞳焼き付け」 あぁ、きっとこの人もこの災禍に巻き込まれたのだろう。だがどことなく清々しさを感じる。今の私の心と同じ様に、凪いでいるような…あ、そうだ。軽く咳をして、一つの詩を作り、読み上げる。 「墜つる鉄塊 消えゆ日常 ただそこに満ちゆ 雄大な自然 花は歌唱し 蝶は舞ゆく そして佇む 一介の人と」 ふぅ、とまたため息を吐く。 「…今まで機械しか作ってこなかった事を初めて後悔したかもしれない。」 呟くと、男は椅子から立ち上がり、軽く拍手をする。 「いやいや、十分素晴らしいよ。ここには詩人もそのファンも居ない。私しかその詩を鑑賞できないのが悲しいよ。」 あぁ、そうかもしれない。もうこんな世界になってしまったんだ。 「それじゃ、私はもっと旅をするよ。機械以外にこんなに魅了されたのは初めてだから。」 もう一度花畑を眺めてから、靴を確認する。 「あぁ、いってらっしゃい」 「それじゃ―」 男に、あるいは男を含めたここの風景に手を振って別れを告げ、背を向け歩みを進める。 「いってきます」 その言葉だけがこの空間に残され、そしてまるで塵のように、まるでこの世界に残存する鉄塊のように消えゆく。でももう、私は朽ちない。 subject seeds Ⅲ :『花は歌い、蝶は舞う』

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液晶を挟まずに

非現実的量子の海の中で

「ふぅ…」 テラスで日を望み、口にミルクティーを流し込む。贅沢な時間を過ごしていた私は、その出来事が起こっても尚冷静さを維持する事ができなかったのである。 「え…」 9.80m/sの加速度に従い、私の手から滑り落ちたティーカップは地面に衝突する。勿論、その時にパリンと鳴った音が私の耳に届く事は無い。 「何…あれ…」 だって、目の前の暮れかけた太陽が止まり、そしてまるでエラーを起こしたかのように点滅しているのだから。  ―状況を整理しよう。今私が居るのは電脳世界。いわば仮想現実である。動かない身体を脱ぎ捨てて此処に来たと言うのはしっかりと覚えている。で、あるならば。あれは恐らくこの世界を管理するサーバーの演算処理が間に合わない事態が起こり、まも無く崩壊を迎えるのであろう。  大凡外部で誰かがこの機械に覆われた世界を嫌ったのだろう。即ちこの世界が消える事は回避出来ないだろう。説明書によれば予備電源の残量は30分。それが私の余命となったのだ。 「今見ると、ここも懐かしいな…」 海沿いのテラスを歩き、そこで割れたティーカップを見つける。海面の方を見ると沈みかけた太陽が止まり、そしてやはりバグっている。スマホのタイマーを25分にセットした。 オレンジ色の日光を浴びながら、海へ泳ぐ。データの中から水着を生み出し、一度も潜らなかった事を後悔しながらゆっくりと進む。まだ潮汐機能は残っているようで、波を受けながらその心地よさを肌に感じる。そしてそのまま― 「おぼぼぼぼぼ…」 海へと沈む。意識のある間に浮き輪を取り出し、水面へ顔を出す。 「…ぷはーっ!」 …泳げなくて何か悪いか?  テラスに座り、沈む夕日を見ながら食事を取り出す。胃袋の数値設定を0にして、大量の料理を出す。大トロの寿司、松坂牛のハンバーグ、味わい深く一つ一つ口へと運ぶ。途中でテーブルが物質を透過して初めて残り時間が5分だと気づいた。  自室の中に入り、本を読む。部屋の幾つかの物質には物理法則が適用されずに動き、壁も床もバグってしまっている。この本は友人の科学者から貰った詩集である。 「命の灯りは消えど尚 その火を再び燃やすだろう」 残念ながら、この詩通りに私の火が再び燃える事は無い。何故なら、その火種はとっくのとうに燃え尽きて居るから。…そういえば、彼女は今どうして居るのだろうか。止まった日を眺めて、一つ思いつく。虚無から一枚の紙と筆を取り出し、この情景を眺めながら一句。 「死を悟り  ただ懐かしさを  胸に抱き  暮れない紅  瞳焼き付け」  あぁ、私は才能が無かったのだとつくづく思うが、もうそんな事はどうでもいい。どうせ故障したのだからとこの文字列を印刷し、私は崩れ始める自らの両手を眺める。良い人生だった、とは言えないかもしれないが満足はしている。悔いは無い。その沈まない夕暮れも私も再び動く事はないのだろう。この中に閉じ込められたまま。 「おやすみ」 そう言い遺し、私は0と1に帰したのである。 subject seeds Ⅱ :『沈まない夕暮れ』

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非現実的量子の海の中で

揺らぐ灯火

 身体に熱い風が吹きかかる。歯車の音を物惜しげに耳に刻み、それでも足早に駆ける。後悔も葛藤も躊躇も、全て昨日の内に済ませた。今私にあるのは意志と勇気だけ、それらに従い動くだけだ。 「そこの女、止まりなさい。」 あぁ、やっぱりお前は私に反対するのか。右手に掴んだシャーレを閉じたまま、その声に振り返る。 「もうお前は国際的なテロリストだ、今すぐそのシャーレを渡し、投降しろ。」 「やだね、私は止まらないよ。例え君の言葉でも。」 自分の薬指から指輪を取り出し、すでに夫では無くなった彼に投げつける。 「悪いね、ゆう君。もう君の寝顔も見れないと思うと胸が少し痛むよ。」 前を向いて、一歩ずつ歩く。だから後ろで覚悟を決めた顔の彼が居ることも、そしてその拳銃を構える腕が震えてる事も私には知り得ないのだ。 「今からこの菌を換気扇にぶち込み、世界中に送る。鉄を腐食させ、精密機械に潜り込み、この延命処置を続ける地球を救うんだ。」 手だけで無く言葉も震えて止まらないのか、揺らいだ声で精一杯私に話す。 「それでどれだけの死者が出ると思ってる!それでどれだけの文明が失われると思う!我々は…」 「我々は?核戦争はもう止まらない。なら全部壊すしか無いでしょ。」 脳裏に今までの議論が浮かぶ。最後まで食い違った私たちはきっと相容れないのだろう。 一度感染症によって滅んだかと思われた世界は、その全てを鉄で覆う事で滅亡を防いだ。しかし、そのあまりにも発達した技術はとても人類に扱い切れる物では無かった。 「技術には技術。今僕が開発してる防衛システムなら―」 「負ける。あの数のミサイルを捌き切れる?捌いたとして地上にはどれくらいの被害が出る?」 狼狽える彼を見捨て、その換気扇の前へ佇む。 「この菌が繁殖し切れば、2度と人類は機械を作れない。そうすれば、2度と世界は滅亡しない。これは一つの投資だよ、ゆう君。」 後ろから聞こえる叫び声。だがその意味を測る必要はもはやない。シャーレを開き、換気扇に構える。 「ありがとう、さようなら、ごめんなさい。これが私の取れる最善の策だから。」 そう言い遺し、シャーレを開いて菌を放出する。  さあ、全てを埋め尽くせ。大地の怒りの化身となって。まるでバベルの塔を壊す神のように。まるでノアの箱舟の外を飲み込む波のように。どうせたった一度しか見れない出来事だ、この身が朽ちるまで見届けよう。 「ね、ゆう君。一つお願いしても良い?」 「…」 「その銃で私を貫いてよ。出来るなら最高のコンディションで死んでおきたい。」 「あぁ、分かったよアリシア。君のその笑顔も今日で最後か。」 弾を込めていなかったのか、リロードをして構える。 「それじゃ、よろしく。」 もう未練は無い。果たすべき事はこなした。 ―バン。 その哀しげであろう発砲音を聞く前に死んでしまったのが唯一の心残りである。 「世界の終わりをもう一度 命の灯りは消えど尚 火種が継がれるならば又 その火を再び燃やすだろう。」 subject seeds I :『世界の終わりをもう一度』

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揺らぐ灯火