虹色のシャボン玉
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玄関の鍵は昨夜確かに閉めたはずだ。 それなのにAちゃんはそこに立っていて、手には僕の部屋の合鍵が握られている。
短編 「最後の迎え」
港町の夜は、いつも海の匂いがする。 潮が濃くて、喉に水を含んだような息苦しさが残る。 残業を終えて歩く道は、街灯の下だけがぼんやり明るく、その外は海の闇と変わらない。 海沿いのバス停に、彼女はいつもいた。 肩までの黒髪、淡いピンクのコート。 袖口から覗く白い手首は細く、濡れた髪が頬に貼り付いている。 雨でも傘を差さない人だ。 「こんばんは」 声は柔らかく、指先で撫でられるように低い。 名前は沙耶。 僕より少し年上に見えるけれど、笑ったときの目元は不思議なほど幼い。 「この町ではね、夜の終バスに乗っちゃだめ」 初めてそう言われたのは梅雨の終わりだった。 「戻ってこれなくなるから」 冗談かと思って笑うと、彼女は少しだけ黙り、海を見た。 何度も顔を合わせるうちに、少しずつ会話が増えた。 古い喫茶店の話、今はもう閉まった本屋の話。 「よく知ってるね」と言うと、「昔、少しだけ住んでたの」と答える。 それでも、彼女の話には時々つじつまが合わないところがあった。 「こっちに来てまだ間もない」と言った翌日に、町の昔話を詳しく語ったり。 そして、いつ見ても同じ淡いピンクのコート。 雨の夜には濡れて重く沈み、乾くことがない。 八月の夜。 残業で遅くなり、時計は二十二時を回っていた。 海鳴りが強く、空は鉛色の雲に覆われている。 最終バスまで、あと数分。 バス停には、やはり沙耶がいた。 髪は濡れ、コートは波しぶきを吸いこんで色を変えている。 その姿を見た瞬間、なぜか胸の奥が痛んだ。理由はわからない。 「乗っちゃだめだよ」 「でも、歩いたら遠い」 「戻ってこれなくなる」 彼女の指が、僕の手首を掴む。氷のように冷たい。 一瞬、その手を振りほどこうとしたのに、なぜか逆に握り返してしまった。 「……じゃあ、一緒に行こう」 口にした瞬間、自分でも驚くほど胸が軽くなった。 沙耶の指が、掴んだ腕からそっと僕の手へ滑り込む。 冷たいのに、不思議と温かみがあった。 彼女はじっと僕の目を見つめ、微かな震えを含んだ声で言った。 「……やっと、気づいてくれたんだね」 しばらく沈黙が続いた。 僕にはわからなかった。 でも、その目に映るものが、遠くにあったはずの記憶のかけらだと、 その時、なんとなくわかった気がした。 遠くから、バスのライトが近づいてくる。 海鳴りと混ざったエンジン音が、胸の奥を震わせた。 その瞬間、頭の中に映像が流れ込む。 雨で濡れた山道。夜のカーブを曲がりきれず、ハンドルが空を切る フロントガラス越しに、冷たい海水が一気に押し寄せる。 助手席に座る沙耶。必死に僕の名前を呼びながら、手を伸ばして そこまでで、記憶はぷつりと途切れた。 「覚えてないの? あの夜のこと」 沙耶の声が、耳ではなく胸の奥に届く。 「あなたは先に行っちゃった。置いていかれた私は、ずっと探してた」 バスが止まり、ドアが開く。 ガラスに映る僕は、全身びしょ濡れで、泥と海藻にまみれ、半年前の事故の日と同じ服を着ていた。 その横で、沙耶も同じ姿。頬を伝う水滴が、涙かどうかはわからない。 「さあ、帰ろう」 その言葉に抗う理由は、もうどこにもなかった。 最終バスは、海沿いの道を離れ、灯りのない方へと静かに進んでいった。
短編「風の向こうの影」
梅雨明けの昼下がり、蝉の声が耳を塞ぎたくなるほど降り注ぐ頃、私は家の前に停まった軽トラックを見送った。宅配便の運転手が置いていったのは、小さな段ボール箱。 差出人の欄には、おばあちゃんの名前がある。 封を切ると、涼しげな水色のハンディファンが現れた。 「熱中症に気をつけなさい」と手紙には丸い字で書かれている。私は笑って、机のUSBケーブルにつなぎ、スイッチを入れた。 ふ、と視界が揺れた気がした。 生ぬるい風が頬を撫でる。窓の外、庭の柿の木の根元に、誰かが立っている。 麦わら帽子を深くかぶった小柄な人影。けれど、帽子の下は影になっていて、顔は見えない。 「……誰?」 つぶやいた瞬間、父の呼ぶ声がして振り返った。再び外を見ると、その人影は消えていた。 しばらくは気のせいだと思っていた。けれど翌日も、そのまた翌日も、ハンディファンを回すたびに、誰かが視界の端に現れた。 庭の片隅、道端の電柱の陰、夕暮れの神社の鳥居の奥。必ずこちらを向いて立っているのに、近づくといなくなる。 おかしいのは、それが見えるのはファンが回っている間だけだということ。 充電が切れると、何も見えなくなる。逆に言えば、電源を入れた瞬間に必ず現れる。 ある晩、蒸し暑さに耐えきれずベッドでファンを回していると、カーテンの向こうで何かが擦れる音がした。 そっと見やると、薄い布越しに、背の高い人影が立っているのがわかった。 足元からじわじわと、布が湿っていく。水ではない、もっと生臭いもの。 息を呑んだ瞬間、ファンの羽根が止まった。 暗闇と蝉時雨だけが残る。 怖くなって布団を被ったまま朝を迎えた。 次の日、充電器に繋いでみると、バッテリーはほとんど減っていなかった。 燃費が悪いのは、電池じゃなくて、私のほうだったのかもしれない。 風に攫われて、何かを少しずつ、持っていかれているような。 おばあちゃんに電話をした。受話器の向こうで、あの優しい声が言う。 「よかった。もう、見えるようになったのね」 蝉が鳴く音が、急に遠ざかっていった。
怨嗟(えんさ)の箱
午後の薄曇り。狭いアパートの一室に4人が集まった。 YouTube心霊探索チャンネル「ナイトウォーカーズ」のメンバーである。 リーダーのケンジは画面を見つめ、低く呟く。 「最近、視聴数が落ちている。次は伝説級の場所に行く。廃病院だ」 ミカは冷めた目でコーヒーをすすりながら、 「正直、あそこは行きたくない。事故や変死が多いって聞くし」 タクヤはスマホを弄りながら言う。 「霊感の強い人は近づかないって話だよ」 ユリは震える声で尋ねる。 「4人で本当に行くの?何かあったらどうするの?」 ケンジはカメラを握りしめ、静かに決意を語った。 「怖がっても仕方ない。動画を撮って、みんなを驚かせる。これが俺たちの仕事だ」 夜、湿気を帯びた空気の中、4人は車に乗り込んだ。 ケンジが運転席で呟く。 「これからが本物の肝試しだ」 ミカはライトを点け、周囲を見回す。 「空気が重い…」 タクヤは地図を見つめ、言った。 「もうすぐだ。道が荒れてるから気をつけて」 ユリは窓の外の闇を見つめ、息を呑んだ。 錆びた鉄の門が軋みながら開く。 雑草が足元を覆い、冷たい風が身体を揺らす。 ケンジは小さく息を吐く。 「これが、あの廃病院か」 誰も口を開かず、暗闇に飲み込まれるように歩き出した。 廊下は湿気とカビ臭さに満ち、壁は剥がれ、ガラス片が散乱している。 ケンジはカメラを回しながら呟く。 「ここで何か撮れたら伝説だ」 ミカは震える声で言う。 「聞こえる?足音…」 遠くからかすかな足音が響き、誰も返事しなかった。 ユリは壁に貼られた古い患者写真に目を奪われ、 「ずっと見られてる気がする」 埃に埋もれた木箱が彼らを誘うように置かれていた。 タクヤが拾い上げると、冷気が周囲を包む。 箱の中には黒焦げの手の一部と焼け焦げた紙切れが詰まっていた。 カメラが揺れ、映像が乱れた。 ケンジは震えながら言った。 「これは持って帰るしかない」 帰宅翌日、ミカの目は遠くを彷徨い、言葉は途切れ途切れだった。 「帰せ…帰せ…」 部屋は荒れ果て、壁には奇妙な落書きが走っていた。 ケンジは電話をかけるが、応答はなかった。 夜、ミカの部屋の窓から誰かが覗いている気配を感じ、震えが止まらなかった。 ミカが入院すると、タクヤも異変を見せ始めた。 仕事中に意識を失い、車を軽くぶつけてしまう。 「頭が割れそうだ」 ユリは深夜、一人泣きながら電話をかけてきた。 「助けて…もう耐えられない」 ケンジは恐怖に押しつぶされそうになりながらも、仲間の異変に立ち向かった。 ユリは幻覚に苛まれ、毎晩誰かに追われる夢を見るようになった。 部屋の壁には引っ掻き傷が増え、物音が響き渡る。 タクヤは仕事を辞め、引きこもりがちになる。 「あの木箱を返さなきゃ…」 ケンジは廃病院の過去を調べ、呪いの正体に迫る。 ある夜、ケンジのスマホが震えた。 非通知番号からの着信。 ノイズ混じりの声が低く繰り返す。 「かえせ…かえせ…」 ケンジは震えながら画面を見つめた。 追い詰められたケンジは、木箱を持ち帰った病室へ戻る決意を固めた。 廃病院は静かに、だが確実に彼を飲み込もうとしていた。 暗闇に響く足音、壁を這う影、遠くから聞こえる叫び声。 ケンジは最後の映像を回しながら、呪いの真実と向き合う。 エピローグ 廃病院は昭和30年代に開設され、多くの精神疾患患者が収容された。 だがその歴史は決して平穏ではなかった。 密室での過酷な治療、薬物実験、管理体制の崩壊。 ある夜、大規模な火災が起こり、多くの患者が閉じ込められ、命を落とした。 その後も異常死や精神崩壊が報告され、やがて閉鎖された。 噂では、犠牲者たちの怨念が木箱に宿り、持ち帰った者たちに呪いを落としたという。 ケンジの映像は途切れ、消息は絶えた。 だが廃病院の影は今も誰かを見つめている――。
猟友会戦記
プロローグ 黒い足音 標津町、夜明け前。 海霧が港町を覆い、外灯の明かりがぼんやりと滲む。 犬が吠えたかと思えば、急に声が途切れた。 網元の古川は、不安に駆られて玄関を開けた。 「なんだ……?」 視界を覆ったのは黒い毛並みと濡れた息。 次の瞬間、ドアが破られ、古川の叫びが霧の中に消えた。 現場に駆けつけた地元猟友会の男たちは裏庭で三頭のヒグマと交戦、一頭を仕留めたが、残りは悠々と暗闇へ消えていった。 足跡は、札幌の方角を指していた。 第一章 道東の闇 釧路川沿い。 古参猟師・伊達政義は無線機を叩きながら軽トラを飛ばしていた。 「政さん! 納屋がやられてる、急いでくれ!」 現場に着くと、納屋の扉は半分食い破られ、穀物が辺りに散らばっている。 伊達は散弾銃を構え、仲間に目配せした。 「……一発で仕留めろ。群れだ」 暗闇から低い唸り声が返ってきた。 第二章 山の女猟師 旭川郊外。 罠猟師・白川智恵は、自分の仕掛けた罠が三つも破られているのを見て顔をしかめた。 「……どうやって外した? しかも餌だけ持っていくなんて」 助手の青年が震えた声で言う。 「足跡、見てください。まっすぐ……まるで、道を知ってるみたいです」 白川は無言で頷き、ライフルの安全装置を外した。 第三章 連絡網 道内各地で同時多発的にヒグマ襲撃が発生。 函館、網走、帯広――。 無線はひっきりなしに悲鳴と銃声を伝えてくる。 伊達と白川はそれぞれ別の場所から札幌の旧陸軍倉庫跡へ呼び出される。 彼らはそこで初めて顔を合わせた。 伊達「女が猟友会とは珍しいな」 白川「女でも、熊の弾の通し方くらいは知ってますよ」 第四章 招集命令 倉庫跡に集まったのは、全道の猟友会員3000人以上。 壇上の長谷川巌総司令が地図を広げる。 「やつらは札幌を狙っている。全方位からだ。これは害獣駆除じゃない、戦争だ」 各地の代表が即席の作戦会議を行い、部隊が編成される。 • 道東先遣隊(伊達政義) • 道央防衛隊(白川智恵) • 道南封鎖隊(松浦克己) • 機動増援隊(高城隼人) 第五章 夕張山地の試練 道東先遣隊は夕張山地で進軍する群れと遭遇。 濃霧の中、伊達が声を上げる。 「距離、40! 撃て!」 散弾の閃光が霧を裂き、ヒグマが転げる。 だが、残りは逃げず、一直線に突撃してきた。 仲間の一人が倒れ、伊達は叫んだ。 「撤退じゃない、押し返すぞ!」 第六章 市民避難線 札幌北区。 白川率いる道央防衛隊は避難列を守っていた。 老人ホームのバスが発進しかけた瞬間、路地から2頭の熊が飛び出す。 狙撃班「右、抜ける!」 白川「待て、こっちは私がやる!」 一発で頭部を撃ち抜き、もう一頭は狙撃班が仕留めた。 第七章 三方面同時侵攻 8月15日夜、ヒグマ群は小樽・江別・北広島から同時侵攻。 松浦の道南封鎖隊は国道で防衛成功。 しかし江別方面は突破され、高城隼人の機動増援隊が急行。 高城「前輪浮かせてでも突っ込むぞ!」 ATVが唸りを上げ、先頭の熊に散弾を浴びせた。 第八章 札幌市街戦 8月16日早朝。 すすきの・大通に群れが侵入。 伊達「右から回り込む! 白川、屋上援護!」 白川「了解!」 屋上からの銃撃が路地を守り、伊達は至近距離で二頭を仕留めた。 しかし数の優位は依然としてヒグマ側にあった。 第九章 空からの援護 午前9時12分。 時計台前の防衛線が崩壊寸前、上空からUH-1が飛来。 ガガガガッ! 機関銃の連射が群れを削る。 長谷川「全隊、総攻撃だ!」 地上と空からの挟撃が始まり、松浦隊が北区へ突入、伊達と白川が中央突破。 第十章 最後の雄 すすきの交差点。 体長3メートルの大雄が仲間を庇うように立ちはだかる。 伊達は無言で距離を詰め、至近距離で一発。 大雄は咆哮を上げて倒れた。 伊達「……終わったか」 白川「いいえ、始まりかもしれません」 エピローグ 静かな空 午後1時半、札幌奪還。 道路は血と瓦礫で覆われたが、市民は多くが無事だった。 白川は空を見上げる。 旋回しながら遠ざかるヘリが、小さくなっていく。 伊達「まだ……北海道は、人の土地だ」 仲間たちは無言で頷いた。
「帰れない階」
深夜1時過ぎ。 疲れ果てたれいなは、やっとの思いで自宅のマンションに戻った。 25階建てのこのビルの自分の部屋は18階。いつもならエレベーターのボタンを押せば、数分で部屋の前まで辿り着く。 だが今夜は、なにかがおかしかった。 薄暗いエレベーターの中、れいなが押した18階のボタンは確かに光っている。 それなのに、金属の箱は不自然にゆっくり上下を繰り返し、まるで嫌がるみたいに揺れていた。 「なんで…止まってくれないの?」 声は震え、胸がぎゅっと締めつけられた。 すると、押してもいない階で、静かに扉が開いた。 冷たい空気が隙間からすうっと入り込んで、背筋がぞくりとした。 扉の向こうには、白く冷たい蛍光灯がぼんやりと照らす長い廊下。 誰もいない。音も、気配も、まるで無。 れいなは小さく震えながら、手を伸ばして扉を閉めようとした。 だが、扉はゆっくり閉じきらず、冷たい風が隙間からさらさらと入り込む。 「ちがう…ちがうよ、そんなの…」 必死に心の中で唱えながら、目をぎゅっと閉じた。 暗闇の奥に、無数の影がゆらゆら揺れているのが見えた。 それはまるで、目に見えないものを纏い、じっと彼女を見つめているようだった。 冷たくて、重たい空気に胸が押しつぶされそうになる。 れいなは小さな声で、震えながら自分に言い聞かせた。 「お願い、18階に…ちゃんと、着いて」 「わたし、帰れるよね…?」 エレベーターは苦しそうに揺れ、重い音をたててやっと止まった。 金属の扉がゆっくりと開く。 慌てて足を踏み出し、外に出る。 振り返ったその瞬間だった。 最後に見たのは、静かに手を振る黒い影だった。
硝子の囁き
法廷は緊張に満ちていた。 被告席に座る彼は、薄く痩せた体を小さく丸めていた。周囲の視線は冷たく、重くのしかかる。 証言台の上に立つ彼女は、被害者の妹だった。彼女の声は震え、時折涙が頬を伝った。 彼女は被告を睨みつけるようにして、裁判官に向けて事実を語った。 言葉は時に鋭く、時に切実で、そのすべてが彼の運命を決定づけるものだった。 彼と彼女は直接言葉を交わすことはなかった。だが、目が合った瞬間、彼らの間に何かが走った。 それは憎しみか、戸惑いか、あるいは違う感情か。 どちらもその正体を理解できずにいた。 幾度も繰り返される面会の時間。 透明な壁は冷たく、二つの魂は言葉なき対話を続ける。 最初のうちは、鋭い刃のような視線が交わされ、無音の怒りが部屋を満たしていた。 だが、時の軋みと共にその刃は鈍り、凍った心の表面に微かな温度が差し込む。 互いに背負った孤独が重なり合い、無言の隙間にわずかな光がこぼれ落ちる。 執行の朝は静かに訪れた。 薄明かりの中、彼は白い布に包まれ、淡い光の中へと歩を進めていく。 最後の足音が廊下に響き渡り、時間は重く、遅く流れた。 面会室に残された彼女は、冷たい電話の向こうから知らせを受ける。 その声は震えていて、世界のすべてが一瞬で変わった。 彼女は静かに涙を流しながら、しかしどこか穏やかな笑みを浮かべて、歩き出した。
それでも
夜の街は静かに沈み、部屋の中には彼女のため息だけが響いていた。 スマホの画面には、またも「忙しい、ごめん」という短いメッセージ。 彼はいつもそう言う。 仕事に追われ、連絡は簡単で、すれ違いばかりが積み重なっていく。 「もう少しだけ、話がしたいのに」彼女は呟いた。 一方、彼はデスクの明かりの下でキーボードを叩きながら、ふと彼女の声を思い出す。 温かくて、少しだけ怒ったあの声。 でも、今は目の前の仕事が優先だ。 「すまない、今日は本当に無理だ」 画面越しに送る言葉は、どこか冷たく響いた。 彼女はスマホを置き、窓の外を見つめる。 都会の灯りは美しいのに、二人の心は遠く離れていた。 それでも、彼女は諦めない。 「また、明日」そう呟いて、ほんの少しだけ微笑んだ。
絆織のレグナティス
第一章:旅立ちの時 — 風が告げる異変 朝霧が立ち込めるリュエル村。辺り一面に淡い紫の霞がかかり、朝日に照らされた草木が露をまとって輝いていた。小川のせせらぎと鳥のさえずりが静かに響くこの村は、世間の喧騒とは無縁の、まるで時間が止まったかのような場所だった。 レイは朝早くに目を覚まし、畑仕事に取り掛かっていた。鍬を握る手はまだぎこちないが、その瞳は遠くの遺跡に向けられていた。遺跡は、村の東の丘陵にひっそりと佇む古代文明の残骸で、長い間村人たちの畏怖の対象だった。 「レイ、朝ご飯よ。今日は特別な日だから、しっかり食べてね」 母の声に、彼は振り返る。優しい笑顔がそこにあったが、レイの心は何かざわついていた。何かが違う——遺跡の方から、不穏な気配が漂っていたのだ。 その時、遠くから地鳴りのような轟音が聞こえ、足元が微かに揺れる。鳥たちが一斉に空へ飛び立ち、村は騒然とした。 「魔物が来る!」叫び声が響き渡り、村人たちは慌てて家の中に駆け込む者、武器を手に立ち上がる者に分かれた。 レイは即座に父から譲り受けた剣を抜き、幼馴染のケンと合流。二人は互いにうなずき合い、遺跡へと向かう。 道中、レイの胸には恐怖と好奇心が入り混じっていた。遺跡に秘められた謎、そしてこの異変の正体。 戦闘は激烈を極めた。魔物の牙が空を裂き、刃が交錯する。レイは全神経を集中させ、初めての戦いに必死で対応した。 その最中、遺跡から漏れ出す淡い青い光が闇を照らし、不気味な気配が辺りを包んだ。 「これは、始まりに過ぎない」レイは心に誓った。 第二章:仲間と絆 — 心の絆が道を拓く リュエル村を離れたレイは、広大な平原を越え、繁栄を誇る都市国家アルディアへと辿り着いた。街は人と魔法の匂いに満ち溢れ、多様な文化が混ざり合う活気にあふれていた。 街角でレイは冷静な魔法使いセリーナと出会う。彼女の瞳は深い闇を湛えつつも、強い意志が感じられた。 「この街は複雑よ。表向きの顔の裏に、見えない闇が潜んでいる」 セリーナの言葉は鋭く、しかしどこか温かみもあった。 旅の仲間は増え続けた。豪快な剣士ユアン、狩人ミラ、そして謎多き錬金術師ゼノン。個性豊かな彼らはそれぞれに秘密を抱え、目的を胸に秘めていた。 焚き火の灯りの下で繰り広げられる会話は時に笑い、時に涙を誘った。 「どうしてこの旅に?」ミラの問いに、ゼノンは静かに語る。 「古代の知識を解き明かし、この世界を変えたい」 セリーナは静かに口を開く。 「私は過去の呪縛から逃れるために」 ユアンは拳を固く握りしめ、力強く言った。 「仲間を守るため、どんな敵でも倒す」 レイは彼らの言葉に心を動かされ、強く結ばれる絆を感じた。 しかし、そんな彼らの背後には暗い陰謀が忍び寄っていた——。 第三章:陰謀と真実 — 世界の影を暴く旅 都市国家アルディアの闇は深く、レイたちはその中心に迫っていた。古代遺産を狙う謎の組織「ヴェリオス」の存在が明らかになると共に、彼らの間に緊張と疑念が生まれ始める。 セリーナの過去も次第に暴かれていく。彼女が背負う呪縛は、単なる過去の悲劇ではなく、世界の根幹を揺るがす秘密に繋がっていた。 情報戦、裏切り、葛藤。レイは仲間とともに真実を追い求めるが、敵の罠は巧妙で、幾度も試練に立ち向かうことになる。 遺跡の真実、そして古代文明が遺した力とは何か。彼らの旅は、単なる冒険から世界の未来を決める大いなる戦いへと変貌していった。 第四章:試練と決意 — 絆が試される時 迫り来る黒幕との決戦を前に、仲間たちの間に亀裂が生じる。過去の秘密や誤解が浮き彫りになり、彼らの絆は試されることになる。 捕らわれた仲間の救出、苦渋の選択、そして互いへの信頼の再構築。激しい戦闘の中でレイはリーダーとしての成長を遂げ、仲間たちの心の結びつきをより強固にする。 この章は激しい戦闘と深い心情描写が交錯し、物語のクライマックスへと繋がる重要な局面だ。 第五章:決戦の地 — 運命を紡ぐ刻 全ての謎と運命が交錯する最終決戦の地。レイと仲間たちは、世界の未来を賭けて巨大な敵に立ち向かう。 激しい戦いの中、犠牲と勝利が交錯し、真実がついに明かされる。レイは旅の中で得た絆と成長を武器に、最後の一撃を放つ。 そして、戦いの終わりに新たな旅立ちの兆しが見え始める——。 エピローグ:新たなる絆 — 物語は続く 世界は一時の平和を取り戻した。仲間たちはそれぞれの道を歩み、レイは遠い地平線を見つめていた。 「まだ終わりじゃない」 そう呟き、彼は新たな冒険へと歩み始める。
踏切の向こう側
町外れの廃線跡は、夏でも空気が乾いている。線路はもう錆び切り、アスファルトに埋もれかけた枕木だけが、そこに鉄道があった証を残していた。 その踏切は、柵も遮断機も外され、赤錆びた警報機が首を傾げたまま動かない。地元では「幽霊踏切」と呼ばれ、夜中に渡ると“あっち側”から誰かが戻ってくる、と噂されていた。 美紀は、そんな話を信じていなかった。 ただ、昨日死んだ兄のスマホの位置情報が、この踏切で止まっていたから、夜になって一人で来ただけだ。 虫の声が濃くなり、川の湿った匂いが背中に貼りつく。ふと、錆びた警報機の赤いレンズが、月明かりの中で一瞬だけ点滅した気がした そんなはずはない。 だが次の瞬間、遠くから電車の走る音が聞こえた。枕木の上を車輪が刻む、あの乾いたリズム。もう十年以上、列車なんて通っていないのに。 音は近づいてくる。踏切の向こう側、暗闇の中に、兄が立っていた。 白いTシャツは泥に汚れ、口元はゆがんでいる。 「……迎えに来たよ、美紀」 その声は確かに兄のものだったが、言葉の終わりが妙に長く、湿っていた。 足が勝手に前へ進む。線路に足をかけた瞬間、冷たい風が頬を撫でた。 耳元で、何十人もの囁きが重なったような声がする。 渡れ。渡れば、会える。 兄の後ろには、知らない人たちがずらりと並んでいた。皆、口元が裂け、目が闇に沈んでいる。 次に気づいたとき、美紀は自宅の布団に横たわっていた。 母が泣きながら、背中をさすっている。 「昨日、どこに行ってたの……」 美紀は答えられなかった。足元の床には、泥だらけの枕木の欠片が落ちていた。 それが“こっち側”のものなのか、“あっち側”のものなのか、美紀にはもう分からなかった。