小野セージ

8 件の小説
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小野セージ

ちなみにセージは男性名ではなくハーブの名前のほうです。修行のためにお題を使った短編を不定期に投稿してみようかなと。登場人物はいつものうちの子です。

お題で習作《日常編》 熱伝導

 彬が季節の変わり目の風邪を引いた。  とにかく熱が高くて、意識も朦朧としている様子だ。  兼友にはどうしても外せない仕事が入っていた。ひよりもそれに同行することになっていたから、必然的に俺が彬の看病をすることになる。  しかし、苦しそうに浅い呼吸を繰り返しながらベッドに沈み込む彬の前で、俺はオロオロすることしかできなかった。 (こういうときはどうすればいいんだろう……)  圧倒的経験不足。俺には荷が重かった。 (とりあえず、濡れタオルで額を冷やすか)  何となく看病という言葉に対するイメージでそう決めた俺は、タオルを手にして洗面台へ向かおうとした。だがその時、くんと腰のあたりに引っ張られるような力が掛かり、行動が制限される。 「……?」  よく見ると、伏せったままの彬が布団から手を出して俺のシャツの裾を握っているではないか。 「どうした? 何かして欲しいのか?」  訊ねても彬から明確な答えはない。熱に浮かされたまま何かを探すように俺のシャツの裾を握る両手をもぞもぞと蠢かせ、言葉にならない言葉を呟く。  俺はそれが高熱の上のうわごとであることを理解しながらも、できる限り彬の心を汲みとろうと彼女の口元に耳を寄せた。  しかしやはりそれは殆ど意味をなさない音の羅列で。俺は少しだけ心配な気持ちで苦しそうな彬の表情を見て、その白い額に汗で張り付いてしまった前髪を払ってやる。 「……ない……で……」 「ん?」  その時、急に彬の口から意味のある言葉が出た。俺は思わず耳をすませて、その言葉に聞き入る。 「おねが……、いか、……いで、……くださ……」  それは懇願だった。苦しそうにゼエゼエと浅い呼吸をしながら、いかないでくれと言っている。  俺は手にしたタオルと彬の顔と彼女が握りしめている俺のシャツの裾を見比べてから、はあとため息をひとつついた。そして、彬の横になっているベッドの端に腰掛ける。  実際、この言葉に意味があるかなんて解らない。単なるうわごとの延長かもしれない。だけど、なんとなく一人にさせておくのは忍びないと感じたから。 「単に、人として見捨てておけないだけだからな!」  ツンデレヒロインよろしく彬の鼻面をびしっと指さして宣言した俺。  だが、その言葉が終わるやいなや、俺の視界がぐるんと回った。 「……んがっ!?」  遠心力で、軽く脳が浮く感覚を覚える。気持ちが良いとは決して言えないその感覚の後に、俺の体はぼふっと背中から布団に沈み込んだ。  何が起きたのか解らずに目を見開いた俺が見たのは、部屋の天井。そしてひっくり返すように布団に押し倒した俺の体を横抱きに抱き枕状態にしてくれている彬のつむじ。 「なっ!?」  びっくりして藻掻こうとするが、彬は思わぬ怪力を発揮して俺を抑えつけると容赦なくすりすりと俺の胸に頬を寄せてくる。どうやら、俺の低い体温が高熱の彼女には気持ちいいらしい。他意はなく、無意識の所業だろう。 (仕方がないな。すぐに暑くなってやめるだろ)  そうタカをくくって深くため息。  仕方なくこちらも彬の肩を支えるように抱いてじっとしていると、彬の熱が服越しにじわじわと俺の肌を浸食してくるのが感じられた。熱を分け合うかのようなその感覚に、俺は安堵するような気持ちよさを覚えていた。 (すぐに、やめるはず……。すぐに……)  昨夜は仕事が残っていて十分に眠れていなかったのを今更ながら思い出す。彬の熱い体の温度に引き摺られるように、俺はゆっくりと眠りに落ちていった。  結局、俺は夕方になってしっかりと目を覚ました彬によってベッド下に突き落とされるまでそこで眠ってしまっていたのだった。

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お題で習作《日常編》 エビチリ

☆昆虫食表現があります。 ☆全体的に失敗した気がしますが、復帰第一弾ということで大目に見て下さい。 「いい匂いですね。今日の夕食はエビチリですか?」 「わわっ……!」  急に掛けられた言葉に、僕はびっくりして熱々に熱されたフライパンを足の上に落としそうになる。慌ててしっかりとフライパンの柄を握り直し、事なきを得たのを確認してから声の主を振り返ると、彼女も驚いたように口元に手を当てて僕を見ていた。 「……彬」 「ご、ごめんなさい」  僕が安堵の息を吐くのと同時にその名前を呼ぶ。彬は小さく両手の指先を合わせた。眉尻を下げたその表情は本気で申し訳なさそうだ。だけど彬といったらそんな様子も可愛らしくて僕は毒気を抜かれてしまう。  ふふと思わず笑う様子を不思議そうに見上げてきた彼女に、僕は小さく肩を竦めて安心させるような声音で語りかけた。 「大丈夫だよ。幸い、僕もエビチリも無事だったしね」  僕がそう言うと彬はパッと顔色を明るくして、それでも控え目に微笑んだ。 「すみません、ありがとうございます。兼友さんは本当に優しいですね」 「……!」  密かに心を寄せる女性に「優しい人」なんて言われるのは男として見られていないようでツラいものではある。だけど僕はその彬の笑顔を見てにやける口元を隠すために、無理矢理フライパンに顔を向けて集中するように努めなければならなかった。 (くぅー、彬ぐうかわ!! 天使か!? ああ、心がわっしょいするー!!)  愛しさと切なさとその他の色々な感情が心に溢れてどうにもならなくなった僕は、それを表に出さないようにしながら、調理を続けようとする。 「そうだ、兼友さん。『海士(あま)の屋は 小海老にまじる いとど哉』って知ってます?」  僕がなるべく心のわっしょいを悟られないように装っていると、彬はふと思いついたようにそんな質問をしてきた。 「あまのや……? それは……俳句?」 「芭蕉の句です。粗末な海士の小屋に行ったら小海老の籠に『いとど』が混じっていたっていう句なんですが……」 「いとど……」 「翅がなくて後ろ足の長いコオロギみたいな恰好をしている虫です。現代ではカマドウマとか便所コオロギとか呼ばれてますね」 「うげ……」  自慢じゃないが僕は虫が苦手だ。食べ物……しかも目の前で調理しているエビにそれが混じっているところを想像するだけで気持ち悪さを感じる。なんで彬はそんなことを言うのだろう。  彬をちらりと見ると、彼女は薄らと照れたように微笑みながらフライパンの中のエビチリを見つめている。 「この句を知った時から思うのですけれど、確かにカマドウマって、殻を剥いたらぷりっと身が詰まってそうで、エビみたいな食感がありそうですよねぇ」 「ぐ……ぅ……」  感慨深そうに言う彬。その感覚に僕は若干共感できてしまった。……出来てしまったからこそ、僕は吐き気に見舞われる。 「……ごめん、ちょっと……、フライパン見ててくれるかな?」 「……?」  不思議そうに僕を見る彬。だけど僕には余裕なんてなくて、押しつけるようにフライパンを彬に託すと、そそくさと逃げるようにしてキッチンを出た。  廊下の窓を全開にして、ぐったりと窓枠にもたれながら新鮮な冷たい外気を胸いっぱいに吸って吐く。そうすることでようやく吐き気は遠のいた。  空は青かった。僕はその青さが目にしみたかのように、涙目で空を見上げるしかなかった。  結局、その晩僕は自分で作ったエビチリを一口も食べなかった。  美味しそうにエビチリを頬張る彬を見てその日の僕が感じたのが、いつものような愛しさだったのかそれとも吐き気だったのかは、皆さんの想像にお任せしたいと思う。

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お題で習作《BL編》 ハロウィン

⭐︎この作品はBLになります。 ⭐︎《日常編》とは別の世界です。 ⭐︎《日常編》の登場人物と名前は同じなのに性別や性格や設定が異なる人物が出てきますのでご注意下さい。 《鞍馬 Side》  夜、家に帰ると、出迎えてくれた彬の腕に包帯が痛々しく巻かれていた。 「怪我をしたのか!?」  驚いて詰め寄るように確認すると、彬はその包帯に手を添えてバツが悪そうに呟く。 「いやその、これは……」  彬は何か言おうとしたようだったが、俺はその言葉を遮って腕に巻かれた包帯に手を触れた。 《彬 Side》 「痛くはないか……?」  確認するように訊ねてくる鞍馬の顔は真剣そのものだ。鞍馬の整った顔が近づいてきて、俺は直視しないようにあさっての方向を見ながら困り果てていた。  だが、これ以上鞍馬に無用の心配をかけるのも心苦しくて、俺は覚悟を決める。息を大きく吸って、それにしては小さな声量で呟いた。 《鞍馬 Side》 「トリック、オアトリート……」  なんだか恥ずかしそうにしながら呟いた彬。  Trick or Treat、ハロウィンの合言葉だ。  俺ははっとして携帯で今日の日付を確かめる。11月1日。ハロウィンの夜はもう終わっていた。  俺が不思議そうにしていたからだろうか、彬はむきになったように唇を尖らせる。 《彬 Side》 「昨日はその、気付かなくてだな。別にハロウィンなんて無視したっていいんだが、せっかくだから出来る範囲で雰囲気だけでも味わえたらいいと思ったまでで……」  言い訳がましいのは解っている。だけど、このままみすみす見逃してしまうのも寂しかったのだ。  せっかく、鞍馬との初めてのハロウィンなのだから。 《鞍馬 Side》 「ふふ……」  彬のその拗ねた様子が可愛くて小さく笑うと、鋭く睨まれてしまった。 「気乗りしないなら、いいぞ。いい年した男二人でわざわざやるものでもないしな」  そのまま機嫌を損ねてしまいそうな様子の彬に、俺は少し考えた末に作業着のポケットに入っていた小さな飴を取り出した。 《彬 Side》 「彬……」  名前を呼ばれて顔を上げると、鞍馬の顔が近づいてきておもむろにキスをされた。そのキスはどうしてだろうか。とても甘かった。  混乱する俺の口の中に、ころんと何かが転がり込む。それは小さな飴のようだ。  小さな音を立てて離れていった鞍馬の唇は笑っていた。 《鞍馬 Side》 「これじゃあ、トリックアンドトリートじゃないか」  真っ赤になった彬がそうぼやく。 「いいんじゃないか、どうせ今日はハロウィンじゃないんだし。俺は彬が楽しめてるなら形には拘らないよ」  俺がそう言うと、彬は少し考え込むような仕草をしてから、口の中の飴を軽く転がして頷いて見せたのだった。

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お題で習作《日常編》  ダイエット

(どうして……。どうしてこんなことになったのだろう……)  私は握った手のひらに力を込めて、呆然とその容赦のない四角い悪魔と対峙していた。  祈るように過ごしたこの数日間のことを思い出して、私はぶるりと身震いをする。予感は当たってしまった。全て、悪い方へ。 「ぜんぶ、鞍馬さんのせいだ……。あの時、鞍馬さんが無理矢理に……」  その私の目に仄暗い絶望と一方的な怨嗟の念が宿る。  そうだ。全部あの人が悪いのだ。  あの人が話題のスイーツビュッフェのタダ券なんか貰ってこなければ、あの人が一人じゃ恥ずかしいから一緒に行ってくれなんて私に頼み込んで来なければ、私の……私の体重は……!  解ってる。鞍馬さんには非はない。だけど、この気持ちと増えてしまった体重は、誰かのせいにしないと心が折れてしまいそうだった。 (ダイエット、しなきゃなぁ……)  涙が溢れてきて、私は目の下をぐしぐしと乱暴に拭った。  その時だった。 「彬……」  聞こえた呼び声に、私は反射的に振り返る。そこに佇んでいたのは目を大きく見開いて信じられないものを見たかのように立ち尽くすひよりだった。 「ひより……」 「借りてた本、返しにきたの。ごめんね、聞く気はなかったんだけど……」  口に出したつもりはなかったのだけれど、どうやらどこかで声が漏れていたらしい。太ってしまったことをひよりに知られた。私は恥ずかしさに真っ赤になってしまった。 「あの……お願いだから、誰にも言わないで下さい……。特に、鞍馬さんには……」  祈りを捧げるように胸の前で手を組んでお願いする私に、ひよりは戸惑ったようだった。 「で、でも。あいつのせいなんでしょう!?」 「いえ、全ては受け入れてしまった私の責任なんです。だから……」  また涙がこぼれる。鞍馬さんに私の甘い自己管理が知られてしまうのが怖かった。鞍馬さんはあんなにお菓子をたくさん食べていても太る様子もないのに。きっと彼はそれ以外のところで厳しい自己管理をしているに違いないのだ。  ひよりはしばらく、私の肩を抱いて慰めるようにしてくれた。  だけどすぐに表情を険しくする。 「彬の気持ちは解ったわ。でも私は彬の気持ちを弄んだあいつを許せそうにないの。私は私の意志で私のために、あいつをブッコロがしてくる……」 「……ひより?」  なんだか不穏なひよりの言葉に、私はようやく少し不安になってくる。もしかして、何か誤解されているのだろうか。 「ひより、あの……」  私が説明をしようと声を掛けるが、ひよりはその私の言葉を遮ってにっこりと美しく微笑みかけてくれた。 「全部終わったら……二人でウォーキングにいきましょ?」 「あ、誤解はされてなかったみたいですね……」 「自己管理? ああ、俺、甘い物食べても太らない体質だから」 「……ひよりー、この人コロがしちゃってもいいですかー?」

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お題で習作《日常編》  スケルトン

「ねぇねぇ、彬。彬は私のことどう思ってる?」  何気ない会話の尻尾に持たせた、何気ない私の言葉。  唐突だったにもかかわらず、ソファの隣に座った彬は少し照れたように頬を染めて答えてくれた。 「勿論、大好きですよ。だってひよりは私の友達、唯一の幼なじみなんですから」  当たり前じゃないですか、と彬は言う。私は腹の底を悟られないように微笑んだ。 「あの頃は楽しかったよね。鬼ごっこで野原を駆け回ったり、あやとりをしたり、禁止されてたけどトランプもしたっけ……」 「懐かしいですね! あの頃の私は、ひよりしか遊んでくれる人もいませんでしたから、何でもひよりと一緒にしましたよね」  そう、でもそれは遠い昔のお話。おとぎ話の世界のように美しく甘やかな日々だ。  私は小さく息を吐いてから、また彬に訊ねる。 「じゃあ、兼友のことはどう思ってるの?」 「兼友さんですか? そうですね……。兼友さんはなんというか、お兄ちゃん、みたいな感じですよね」  兼友がこの場にいたら、唇を噛み締めすぎて流血しかねないような発言だ。日頃の彼が、彬と兄妹のように見られてしまうのが悔しいと我が身に流れる血を呪っているのを彬は知らないのだ。 「じゃあ、鞍馬のことは?」  私は覚悟を決めて核心に触れてみた。 「鞍馬さんは、ですねぇ……」  彬はそこまで言うと、少しだけ考えてからにこりと笑って見せた。 「あの人はつくづくお坊ちゃん育ちですよね。育ちが良いというか、格好つけたがりの癖にどこか一般常識が抜けてたり。お金にも頓着しないですし。というかですね、あの強烈な甘党具合は絶対将来的に体に悪いのでどうにかした方がいいと思うのです。いや、鞍馬さんの将来なんて私には関係ないですけど? でもとりあえずみんなの大家さんなわけですから、健康には気をつけて頂きたくてですね……」  微笑んだまま、彬はそれはもうマシンガンのようにペラペラと鞍馬の愚痴やら欠点やらを吐き出し続けた。私は面食らったようにぱちぱちと瞬きをしてそれを最後まで拝聴してしまう。 「……というわけで、鞍馬さんとはですね、どこか合わないといいましょうか」  しかし、息を切らせてそんなことを言い切った彬の耳は、熟れたトマトみたいに真っ赤だった。  こんなの、誰が見ても嘘に決まっている。本心が透け透けのスケルトンだ。  でも私はそれを指摘することはない。にっこり笑って、うんうんと頷き共感を示した。女の子同士の愚痴なんて、得てしてそんなものなのだ。  でも、一方で私は悔しさを滲ませて密かに親指を噛んだ。 (彬は変わった……嘘つきになってしまった……)  昔の彬は嘘なんてつかなかったのに。変えられてしまったのだ。あの鞍馬という男に。  彬を変えたのが自分ではないことが、とても悔しかった。 (腹いせに、今度、鞍馬×兼友の小説でも書いて本人たちの前で朗読してやろうっと)

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お題で習作《日常編》  線香花火

「みんなで、花火しませんか?」  夏の終わり、四人で花火をすることになった。彬の提案だ。  彬がディスカウントショップで買ってきたという色とりどりの花火。ゆっくり時間をかけてそれらを楽しんだ僕たちは、程よく心地よい疲れと共に最後の花火に手を伸ばした。 「やっぱり〆は線香花火よねぇ」 「そうですねー」  花火なんか初めてするはずなのに、どこから知識を得てきたのだろうか。ひよりが隣の彬に向かってしたり顔で言うと、彬は易く微笑んで頷いていた。  相変わらず彬はひよりに対しては距離感が近い。複雑な事情はあれどひよりが彬にとって大切な幼なじみであることは僕も理解していた。  だが、あれを見よ! 同性であるという強みを笠に着て、彬といちゃいちゃベタベタするひよりのだらしない顔を! なんてうらやまし……ごほんごほん! その……このままでは彬が危険だ!  僕はぐっと手の中の線香花火を握ると、彬とひよりの間に割って入るように彬に声をかけようとした。 「「彬!」」  だが、僕の声に被さるように別の男の耳障りな声も聞こえて、僕はキッとその声のした方を睨み付ける。そこにいたのは僕にとって不倶戴天の敵、鞍馬。奴も苛ついたような目でこちらを見てくる。 「あ、鞍馬さん、それに兼友さんも」  彬は無邪気に僕たちの顔を見比べた。そして、最後に隣のひよりの顔を見ると、いいことを思いついたようにぱっと顔色を明るくする。 「そうだ、誰が一番線香花火を長持ちさせられるか、競争してみましょうよ! 私、一緒に花火が出来るような友達がずっといなかったから、憧れてたんです!」 「「「………………」」」  その彬の嬉しそうな顔を見て、無惨に断れる輩がいようか。  僕と、鞍馬と、ひよりは生ぬるくお互いの顔を見比べると、そのまま小さく頷く。今は一時休戦だ。 「じゃあ、いきますよ! よーい……ドンッ!」  はしゃぐ彬の声を聞きながら、彬が幸せでいてくれるのなら、こんな関係も悪くはないのかな、と僕は思った。  因みにその後、僕の線香花火は真っ先に燃え落ちてしまい、後片付けを全部押しつけられたことをここにご報告する。

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お題で習作《日常編》  財布

「あっ、鞍馬さん!」  呼びかけると、鞍馬さんは仕事の手を止めて不思議そうに私を振り返った。  確かに私が彼の仕事場に入るのは珍しいことだ。でも、こうでもしなければ彼は今日は仕事場から出てこないはずだった。  別に喧嘩をしたわけではない。仕事が滞っているわけでもない。  でもたまにあるのだ。彼が「向こう側」へと引き摺られているかのように、仕事に向かい合い続けてしまう。そんな日が。 「なんだ? 何か用か?」 「そのですね、いつも頑張ってる鞍馬さんにご褒美を差し上げたくて……」 「ご褒美?」  私はふっふっふっと含み笑いをしてから、手のひらを組んで鞍馬さんを見上げる。 「夕食、私が奢りますから、中華料理でも食べにいきませんか?」  その私の言葉に鞍馬さんはしばらくの間きょとんとしていた。しかし、すぐに彼はふふと笑って頷いてくれる。 「いいぞ。何処に行く? ××飯店とか〇〇酒家か?」 「ちょっと、それ超高級な有名店じゃないですか! 私を破産させるつもりですか! まったくお金持ってる人はこれだから……」  鞍馬さんにこれっぽっちも悪気がないことは解ってる。だけどそれにいちいち付き合っていたら本当に破産してしまう。 「じゃあ、どこに……?」 「町中華ですよ、町中華。地域に根差したリーズナブルで美味しい中華を食べにいくんです」  私が腰に手を当てて自慢げに言うと、鞍馬さんは更に首を傾げた。どうやらお坊ちゃん育ちの彼には町中華という概念が解らないようだ。いや、私も詳しいわけじゃないんだけれど……。 「まあいいや、奢ってくれるんだろう? じゃあ彬の行きたい所に行くのがいいよ」 「まっかせて下さい! 今日は仕事のお金が入ったのでお財布パンパンにしておきましたからね!」  そう言って、私は傍らに持っていたトートバッグから財布を取り出して広げてみせた。バリバリというマジックテープの音が誇らしく響き渡る。  鞍馬さんは何故か私の財布を見て目を眇めていたのだけれど、私は上機嫌で財布を元に戻して鞍馬さんの手を取った。 「ほら、早くしましょう! 人気のお店はすぐ席が埋まっちゃうんですからね!」  私はそうやって、鞍馬さんを仕事場から引きずり出すことに成功したのだった。 「まぁ、何というか、一周回ってたくましいよなぁ……」 「え、何か言いましたか?」 「いいや? じゃあ行こうか」

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お題で習作《日常編》  シガレット

「そういえば、鞍馬さんは煙草は吸わないんですね?」  休日の昼下がり。二人で煎餅をぼりぼりとやりながら何をするでもなく見ていた昔の刑事ドラマの再放送。主役の刑事が事件解決の余韻に浸って美味そうに煙草を吸うシーンを見て、彬がぼそりと呟いた。  あまりに急な質問だったため、俺は不意に吸い込んだ煎餅のかすが気管へとダイレクトアタックするのを易々と許してしまった。 「げぇほ、げほ……っ!」  むせて咳き込む俺から煎餅を山盛り盛り付けた菓子皿を守るように引き寄せた彬は、指先を唇にあてて考え込んだ。 「鞍馬さん、そういうの好きそうなのに。大人だけの特権、シブさの象徴、かっこいい! みたいに思ってそうだし……」 「……俺のことバカにしてんのか?……げほっ」  やっと誤嚥から立ち直った俺が彬の手から奪うように菓子皿を取り戻す。その俺の目はひどく据わっていたと思うが、彬は特に気にすることもなく言葉を続けた。 「だって、鞍馬さん下戸でお酒も飲めないし、あと手っ取り早く大人感をマンキツできることっていったら、煙草と選挙と公営ギャンブルぐらいのものじゃないですか」 「だから、なんで俺が大人感に飢えてる設定なんだよ!」 「飢えてないんですか?」 「ネェよ!」  勢い込んでそういいながら菓子皿から新しい煎餅を取り上げると、俺はばりぼりとわざと音をたてて噛み砕いた。彬は疑わしそうにこちらを見ている。仕方なく俺はごくんと口の中のものを呑み込んで、言い聞かせるように呟いた。 「煙草なんて幼児のおしゃぶりとおなじようなものだろ。そんなものに大人感なんて感じないね」 「そうですか……。で、本心は?」  彬の手によってスティック状の煎餅が俺の口元に突きつけられる。俺はそれを咥え煙草ならぬ咥え煎餅にしてキメ顔を作ると、堂々と言い放つ。 「煙草なんて吸ったら味覚が落ちる。折角のお菓子も台無しだ」 「鞍馬さん、本当にブレませんね。ある意味、かっこいいです」

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