お題で習作《日常編》  財布

「あっ、鞍馬さん!」  呼びかけると、鞍馬さんは仕事の手を止めて不思議そうに私を振り返った。  確かに私が彼の仕事場に入るのは珍しいことだ。でも、こうでもしなければ彼は今日は仕事場から出てこないはずだった。  別に喧嘩をしたわけではない。仕事が滞っているわけでもない。  でもたまにあるのだ。彼が「向こう側」へと引き摺られているかのように、仕事に向かい合い続けてしまう。そんな日が。 「なんだ? 何か用か?」 「そのですね、いつも頑張ってる鞍馬さんにご褒美を差し上げたくて……」 「ご褒美?」  私はふっふっふっと含み笑いをしてから、手のひらを組んで鞍馬さんを見上げる。 「夕食、私が奢りますから、中華料理でも食べにいきませんか?」
小野セージ
小野セージ
ちなみにセージは男性名ではなくハーブの名前のほうです。修行のためにお題を使った短編を不定期に投稿してみようかなと。登場人物はいつものうちの子です。