星影 累

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星影 累

勢いと思いつきで書いてます。 文才とかないです。 小説家とかを目指してるわけじゃないのでクオリティは求めないでね…笑 アイコンは自分絵

羨望の先

夏。今は夏だ。そして、中間テストが返却されている。なるほど、そうか。寝てたな、これは。 休み時間を睡眠に費やしてしまったらしい僕は、名前を呼ばれてみんなが前に行く光景が理解出来なかった。少し考えて、何故か季節から始まって理解した。これは、また面倒だな、と思った。 「横田〜横田蒼〜!」 先生が面倒くさそうに名前を呼んでいる。僕は立ち上がって前に出た。 「また学年1位だな!みんなも横田を見習えよ〜!特に杉吉とかな!はははは」 杉吉は、クラスで1番おちゃらけた、所謂ムードメーカー。出来ない子、出来なくても許される子。 テストを受け取って机に置いた。周りの友達が 「やっぱ蒼はすげーなぁ!天才だろ、97点とか」 「いやほんと、俺なんか70点でお祭りだぜ」 と、口々に言う。この時間も苦痛だ。 「そんな事ないよ〜、ちゃんと勉強頑張ってるからね、僕!」 冗談めいた口調で言う僕自身に少し嫌気がさした。ふと自分が影の内に居た。前を見ると、杉吉が立っていた。杉吉は 「お前、勉強もちゃんとしてるんだな!!すげー!」 と、目をキラキラさせていた。驚く程に素直なのだ。これだから僕はこいつが嫌いだ。 僕も出来なくても許される子なら、よかったのに。

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羨望の先

泡沫のチューインガム

いつものように道端に座っていると、1人の少年がぼんやりと歩いていた。前を見てるんだか下を見てるんだか分からない目は、ふと脇道に向けられた。なんだか騒々しい音がそちらからしていたので、僕もそちらを見てみた。 古びた駄菓子屋が、そこにあった。ああいう店は店主が年寄りと相場が決まっている。少年はリュックを前にやり、ガサガサやったあと駄菓子屋に歩き出したので、僕もついて行くことにした。 木造平屋で、紺色の暖簾をくぐった先には棚に並んだたくさんの駄菓子がある。そんな絵に描いたような駄菓子屋だった。レジには白に近い灰色の髪をまとめたおばあさんが座っていた。 おばあさんは僕を見て 「おやおや、可愛いお客さんだねぇ」 と言って笑い、少年にいらっしゃい、と微笑んだ。少年はぺこりと頭を下げ、店の中をゆっくりと見て回りはじめた。僕はおばあさんの元へ行き、小さな煮干と牛乳をもらった。年寄りの駄菓子屋の店主はやはり何かしらをくれるものだ。 少年はしばらく見て回ったあと、チューインガムと小さなチョコレート、それから缶ジュースを持ってレジにやってきた。おばあさんはレジを打ち、少年に値段を伝えて、少し世間話をしていた。少年はどうも無口なタイプらしく、僕が今まで見てきたような人間とは少し違っていた。なにかとオドオドしているのだ。おばあさんはそんな少年をニコニコと見ていた。しばらくすると少年は店を出たので、僕は家に向かった。 家に着いて周りを見ると、ベンチに少年が座っていた。少年は少し暗い空を見てぼんやりとしていた。僕は、少年の魂が抜けているのでは無いかと少し心配になったが、どうも少年の口にはチューインガムが入っているようだった。なるほど、夕暮れの公園のベンチでガムを噛んでいたらぼんやりするのも仕方ないのかもしれない。少年はしばらく口をモグモグさせて、銀色の紙にガムを吐き出した。そして、次のガムを取り出して口に放り込んだ。そのガムはちょうど今の空のような淡い藍色をしていた。少年は小さな声で 「泡沫味」 と、呟いた。そういう名前の味のガムなのか、少年がポエマーなのかは分からないが、少年の目は少し潤んでいた。やけに悲しそうなその目は、だんだん暗くなる藍色の空を映していた。僕はただ何となく、少年の傍に座った。少年は僕には目もくれず、ただガムを吐いては食べることを繰り返していた。 空に一番星と三日月が並び始めた。少年のガムもついに最後の1つになったようだった。少年はそれを口に入れると、おもむろにチョコレートと缶ジュースを取りだした。そして、その2つも口に入れると少年は急に笑いだした。少年の口の中には何も入っていなかった。風がブランコを揺らし、木々を揺らした。少年はひとしきり笑ったあと、僕に向かって 「やぁ、黒猫くん。最初で最後のさよなら、だ!」 と叫ぶと、車の行き交う大通りに走っていった。少年は、泡沫であった。クラクションが鳴り響き、人の騒ぐ声と救急車、パトカーのサイレンの音が近づいてきた。どうやら僕は、少年の最期の挨拶を受けたようだった。 ベンチには少年のリュックと、泡沫のチューインガムが遺されていた。

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泡沫のチューインガム

俺の懺悔

あぁ、今日も空は綺麗で、俺は死にたい。 開けたままのカーテンから空が見えた。 外からは人の明るい声がした。 別の部屋からは家族の笑い声がした。 動きたくない、動けない。 全身に重りが詰められたような、怠さと息苦しさ。 俺は俺自身に、怠惰だと怒った。 俺自身は俺に、わかってると怒った。 時計を見なくとも、今日も確実に遅刻だ。 高校2年生、春。 今まで上手く付き合えていた自分の感情が、体調にまで影響し始めていた。 最初は、朝の課外に間に合わなくなった。 だんだん、朝のSHRにも間に合わなくなった。 それから、一限にも間に合わなくなった。 日によっては、午前全部間に合わなくなった。 たまに、親に言わずに学校を休んだ。 そんな自分が嫌で嫌でたまらなかった。 学校は好きだし、授業も出たい。 心配してくれる友達の優しさが、俺を刺す。 俺は、本当に本当にダメな人間なんだ。 死にたいと言いながら17年も生きている。 俺はきっと、怠け癖が着いたんだ。 みんなの優しさを悪く捉える癖が着いたんだ。 俺が悪いんだ。 俺が全部悪いんだ。 それくらい分かってるんだ。 俺なんかよりずっと大変で辛い思いをしている人は沢山いるのに。 この程度に耐えられない俺が悪いんだ。 母親に何度殺されかけたって本当に殺された子だってこの世には沢山いるんだ。 何度殴られたって蹴られたって暴言吐かれたって、もっと辛いことをされてる人だっているんだ。 家族の代わりに家事をやってるからって、1人で暮らさざるを得ない子だって沢山いるんだ。 家族がみんな俺の敵でも、もっとしんどい子がいるんだ。 いじめられたことがあるからって、それで自殺してしまうような子だっているんだ。 わかってるんだ、俺が弱いだけだって。 逃げられないし、逃げる努力もしない。 俺が俺だからいけないんだ。 朝は身体が元気がないだけなんだ。 夜は自己嫌悪の暗闇が俺を侵略してくるだけなんだ。 全部を受け止められない俺が悪いんだ。 俺が死んだら、誰かに迷惑をかけるだろうか。 誰かが喜んでくれるだろうか。 誰かが俺を覚えていてくれるだろうか。 包丁を手に取り、片付けた。 また俺は、死ねずに布団に入るしか無かった。

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俺の懺悔

遺書

僕は交流が苦手です 自分以外はどう頑張ったって他人だから 分かり合えない部分って必ずあって 分かり合える部分を求めて交流しても 上手くいかなかったら駄目なんです でも交流が苦手と言っても それは逃げだと それは恥だと それは愚かだと 否定意見が多いのも否めません だから僕は逃げます 恥でも愚かでもいいです 正直な話かまちょは嫌いです 口語で文章を書くのも嫌です 好き嫌いで言えば嫌いなものが多いです 僕は本当に面倒な人です 苦手でも交流が欲しいと思ってしまう 嫌いでも読みたいと思ってしまう 僕は愚かで恥の塊で逃げ癖があります でもきっと、人間だから仕方ないんです だから 一緒に逃げて 恥を抱えて 愚かさを大事に 生きてくれる人を探したい それが僕が苦手な交流ってことなんだと思います 君だけが苦しいんじゃないけど その苦しみは君だけのものだから 誰かと共有するんじゃなくて 君の糧にして人生を描いてください 僕からの最後のメッセージです 仲良くしてくれたみんな 僕の本当の姿を最後まで知らなかったみんな そして君へ。

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遺書

夏のみずいろ

ジリジリと焼け付くような夏の太陽は、無慈悲にも僕らの頭上からまるで蟻でも見るかのように眺めている。 少しぐらい雲がかかってくれてもいいと思うのだが、生憎今日は雲ひとつない晴天だ。 少しでも涼しい場所を探して僕は友人と近くの山の小川を目指して歩いている。家が一番涼しいと言えば涼しいのだが、夏休みは家族が揃っていて少し居づらい。自分の部屋を持っていない僕は同じ思いをしているであろう友人に声をかけたのだ。 アブラゼミの鳴く声があたりの熱気と共に僕らを撫ぜていく。この声を聞くだけでも暑い。滴り落ちる汗は少し湿った地面に落ちて消えていく。 「まだ着かねぇの?」 暑さに耐えかねた友人が僕に尋ねた。 「あと少しで着くさ。それよりラムネ、どっかに落っことしたりしてないだろうな」 と答えた。 山に入る前に、麓の駄菓子屋で1本ずつ買った夏の風物詩とも言えるラムネは、僕らと同じように汗をかいていた。首に当てるとひんやりしているが、少しぬるくなってしまったようだった。 小川に着くと、さっきまでのアブラゼミの声は嘘のように小さくなり、川のせせらぎが耳を擽った。川の近くはひんやりと涼しい。影の中に少し大きめの岩を見つけたので、僕らはそこで涼むことにした。 ぬるいラムネは、川にさらして冷やすことにした。 ただ静かに時間が流れていた。冷えたラムネを飲みながら、僕らは2人でくだらない話をしていた。気付けば、5時だった。 僕らの門限は6時半だから、そろそろ帰らなければならない。座っていた岩からひょいと降りると、ポツポツと雨が降ってきた。夕立だ。強くなる前に帰ろう、と友人に伝えようと振り返ると、友人は何故か小川の向こうを見ていた。 「何してんだよ、強くなる前に帰ろうぜ」 声をかけるが、聞こえていないようだった。友人の元へ駆け寄り、肩を掴んで「行くぞ!」 と言うと、 「うん、早く帰らないとやばそうだね」 と僕の方を見て微笑んだ。友人はそそくさと空になったラムネ瓶を持った。なんだか友人らしくないしおらしい態度だったが、そんなことより雨が気がかりで急いで山を降りた。 山を降りると雷が鳴り始めたので、ラムネを買った駄菓子屋で雨宿りをさせてもらうことにした。 駄菓子屋のおばちゃんに頼むと、店の黒電話を貸してくれた。 「もしもし、母さん?夕立が酷くて帰れないんだ。雨がやんだら帰るから、うん、ごめんね、うん、じゃあ」 僕の母さんは融通が効くので正当な理由があれば普通に許してくれる。 「も、もしもし…お母さん、あの、夕立が酷くて帰れそうになくて、いや、でも、雨がやんだら、すぐ帰ります、ごめんなさい、あ、いや、違くて、はい、ごめんなさい…」 友人の母親はかなり厳しい、というかおかしいくらいに友人を縛る。電話を持つ友人の手は右手を左手で支えている。声は揺れている。 しばらくして電話を置いた友人は少し疲れたように僕の方に笑った。 1時間すると雨はやんで、空は少し赤みがかったみずいろに虹がかかっていた。道端の紫陽花には雨の子どもが輝いている。 僕は途中まで友人を送り、帰路に着いた。 数日後、夏休みの宿題を教えてもらおうと友人宅を訪ねた。 すると、友人の母親が出てきて 「あの子は昨日から帰ってきてないよ。この間遊びに誘ったのもあんた?うちの子に変なことさせないでよ。今後うちの子に関わらないで頂戴。」 と早口で捲し立ててドアをバタンと閉めた。 あまりにも強烈で僕は呆然と立ち尽くすしかなかった。だが、ふと思い出した。 “昨日から帰ってきてない”…? それはつまり、家出したということだろうか。それであの態度ならあの母親は随分人間離れした肝の座り方をしている。友人の為とでも言いたげなことを言っていたが、我が子が1日帰ってこなかったなら警察に連絡をいれるだろうに。 あの日の小川の向こうを見つめる友人の姿を思い出す。 まさかとは思うが…いや、否定しきれない。 幸運なことに今はあの日のように爽やかなまでの晴れだ。 僕は念の為、仕事の休みだった母さんを連れてあの小川へ向かった。母さんが車を出してくれたので、車の中で事情を話した。 母は、「そう…ひとまず、無事であることを祈るわ」と、神妙な顔をしていた。 しばらくして、小川に着いた。あの大岩の上に友人は座って空を見上げていた。 僕は友人に向かって 「おい、お前なぁ…僕も誘えよ〜」 と声をかけた。友人は僕を見て目を見開き、「なんで…」と呟いた。後ろに立つ僕の母を見て、大岩から降りてペコリと頭を下げた友人からは困惑の色が見てとれた。 僕の母は友人の手を取り、 「とりあえずウチに来なさい!話はそれからしましょう」 とにっこり笑った。友人は混乱したまま車に乗った。 そして今、友人と僕と母さんは目の前にそれぞれ飲み物を置いて話をしている。 友人が言うには、我慢の限界だったそうだ。だから数日あそこで過ごし、僕にお礼を言ってから入水自殺しようとしていたのだ、と。そして、僕の中で1番驚いたのが家には3日帰ってないということだ。 母親からは1日としか聞いていなかった。まさか、知らなかったのだろうか。 友人に尋ねると、まぁそういう人だから。と笑っていた。 とりあえず夏休み中は僕の家に泊めることになった。友人の父親は話が出来る人なので、そちらに伝えておいた。 友人は夜になると凄く荒れていた。突然泣き出したり、寝ていても泣きながら起きたりと、今までの悲惨さを思わせた。僕は自分の友人が今までこんなに苦しんでいたのに、手を差し伸べされなかったことに強い憤りを感じながら、友人の背をさすったり一緒に起きていたりしながら夏を過ごした。僕の、家に居づらいなんて、贅沢な悩みだと思った。 昼は2人でアイスを食べながら宿題をしたり、 僕の妹も混ざってゲームをしたりしていた。 夏休みも終わりに近づく頃、友人の父親から連絡が来た。 友人の父親はトラック運転手なので友人を引き取ることが出来ないという事、 母親は雲隠れしてしまった事。 明日にでも友人の荷物が送られてきて、生活費として毎月3万、学校に払うお金として1万渡すので、友人を住まわせて欲しい という内容だった。 友人は凄くほっとした顔をしていた。 僕の母さんは、「そういう訳だから!」と軽く伝えてきたが、母さんも相当考えたことだろう。 20年経っても僕は、あの日友人が夏のみずいろに還らなくて本当に良かったと思う。 友人はそのまま僕の家で過ごし、傷は完全に癒えた訳ではないが、命の灯火を消すことなく今も強く生きている。 あの夏のみずいろは、強く僕の中に残り続ける。

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夏のみずいろ

近況(中身の人間の話です)

ふと気付いたら、鼻血がよく出るようになった。 量はそこそこ、止まるまでは10分程度。 頻度は1日2、3回が毎日…… 思い当たる節は全くない。別に乾燥してるわけでもストレスがあるわけでもそういう病気だと診断されたこともない。 もちろん触ってない。 昼寝していて目を覚ますとカーペットに小さな血溜まりが出来ていて、顔の半分が血で濡れていた。 殺人現場のようだった。 今日は4回以上鼻血が出ている。 左右両方から鼻血は出る。 おちおち寝てもいられない。宿題していても急に出てくるので血がついていたりする。 たまったもんじゃない。 ペットの犬すら異変を感じているようで離れてくれない。 もしかして、死ぬんか?と思っている。 じっと見てくるその愛くるしい顔とは裏腹に自身の不安は溜まる。 学校でめっちゃ鼻血出たらどうしよう、と不安が募る。 病院行った時に一緒に聞いてみようと思う。 サムネは最近描いた中でめちゃくちゃ気に入ってる落書き

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近況(中身の人間の話です)

戦うツインテール

揺れるピアスに、タレ目のメイク。 ピンク基調の服に黒のリボンを落とし込んで 姫カットを整え、重めの前髪を作る。 最後に少し高めのツインテールを結んだ 武装はこれでおしまいだ 黒基調にピンクの装飾が可愛いカバンに 推しの缶バを飾ってつけて 中には櫛、ハンカチ、マスクに手鏡 メイク直し用ポーチも入れて 武器の準備も万端 今日も自分の可愛いを自分に纏って戦う 社会なんかに 大人なんかに 弱い私なんかに 負けてたまるか

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戦うツインテール

思い出

仕事帰り、街中を歩いていた。ふと、柔らかな香りが僕の鼻を触れた。 初恋の人の香りだった。 当時僕は中学1年生だった。初恋の人は1つ年上の先輩で、誰にでも優しく笑いかける人だった。近くを通ると、必ずふわりと優しい香りが教えてくれた。 僕と先輩はほんの少しだけ接点があった。だから、その香りの正体が先輩の使っているシャンプーの香りだと知ることが出来た。 今も鮮明に思い出すその記憶は、ただただ美しい思い出として存在する。もう、10年も経ったのだ。 僕は今も昔も弱いままで、結局先輩に想いを伝えていない。 それでも先輩はそばにいてくれる。その笑顔は、もう僕にしか向けられていない。 家に帰れば僕の鎖で繋がれた可愛い可愛い先輩が待っている。シャンプーはあの日知ったものを。服はあの時の制服を。髪型もあの時のままで。 僕の大好きな先輩とシャンプーの香りはいつまでも僕の周りをふわりと踊っている。 最近は少し鉄の匂いが混じっていたりするけれど、ほんの少し変わってしまったけれどこれが先輩の匂いだ。 僕の先輩は僕の記憶と僕の部屋で僕と一緒に死ぬんだ。なんて、ドラマチックなんだろうか。 僕の思い出の中の先輩と今の先輩は少し違うけれど、いつまでも僕の中の先輩は可憐で素敵なままだ。 そう思っていた。 ある日家に帰ると先輩のシャンプーよりも鉄の匂いが強かった。僕が思っていたより傷が深かったようだ。 先輩は可憐な人間から、憐れな天使になっていた。 なんてことだ、僕の先輩が、そんな、、! 僕は狼狽えたが、ふと思った。僕の生き甲斐は先輩だった。 僕が思い出の中の先輩になればいいじゃないか。 翌日僕は辞表を出し、仕事を辞めた。そのまま家を引っ越し、思い出の中の先輩を再現しながらずっと遠い田舎で暮らしている。僕ではなく、先輩として。

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思い出

別れ

「俺、引っ越すことになった」 3歳からの親友から、唐突に別れを押し付けられた、高二の夏。今日で夏期講習も終わって、明日から夏休みだ。 夏のぬるい風が教室のカーテンを揺らす。俺とあいつの沈黙は、セミの鳴き声で掻き消される。 「…そっか」 蚊の鳴くような声で呟く俺の言葉は届いただろうか。あいつは、成月は、俺の顔を見て笑った。 「なっさけねぇ顔!別に今生の別れじゃねぇんだから、な?」 …そんなに情けない顔をしてるだろうか。 「まぁまだ2ヶ月先の話だし、とりあえず帰ろうぜ」 不貞腐れる俺を見て笑いをこらえる成月も、もう見られなくなるんだなと思うと今この瞬間全てを切り抜いておきたくなる。 「…おう。アイスでも食って帰ろうか」 「いいな!」 夏の陽射しに負けない明るい笑顔で俺を照らす。 「なぁ冬輝、高校の編入試験ってムズいかな?」 「さぁ?お前バカだもんな」 「失礼だなおい…まぁ否定は出来ないけど!」 アイスを買いに近くのスーパーに寄って、他愛もない会話だが、確実に別れを感じさせる会話。心の整理がつかない俺は、もう少し成月と居たいと思った。 「海、行かね?」 帰り道からは少し離れるが、まだ昼前だ。 「おー!いいじゃん!海かぁ〜!」 ノリノリな成月は鼻歌を歌っている。こいつにとって俺との別れなんて大した事じゃないのかもしれないな、と思う。 ジリジリと俺の背中と心と目頭を熱が蝕む。ゆっくり、成月がいなくなることを受け入れていく。 ーカンカンカンカン 踏切が力強く鳴り響く。セミの鳴き声、踏切の音、海のさざめく音、風が木の葉を揺らす音。 夏は騒がしい。 俺にとっていちばん騒がしい夏は、来年は隣にはいない。夏が終わればもう居なくなる。 置いて行かれる。 踏切が黙り、道を作る。成月は振り向いて 「海入れっかな!?」 と俺に言った。気がつけば海には着いていた。 女々しいことを考えていた俺は今更ながら恥ずかしくなって、でも、この気持ちを忘れたくはなくて。 ふと、今捕まえないと、本当に今生の別れになる気がした。 「俺を置いて行くなよ!」 海に片足浸かりかけている成月に俺は叫んだ。伝わらなくてもいいから、言っておきたかった。成月は物憂げに微笑むと 「お前、やっと言ったな」 と俺を見つめた。成月は、ちゃんと気づいていた。そして、待っていた。 気づけば俺の目からは大粒の海が流れていた。溢れて、溢れて止まらない。俺の、たった1人の幼馴染で親友。 置いて行かないで 一緒にいて 1人にしないで 重苦しく成月にのしかかるような願いしか生み出せない俺は成月の負担になるだろう。悔しくて、寂しくて、たまらない。 「冬輝」 名前を呼ばれて顔を上げると、成月の顔があった。 「そんなに泣くなよ。言ってくれて嬉しかったぜ?」 困ったように俺を撫でる成月はまるで俺の兄であるかのように自然だった。俺と違って、大人になっていた。俺は幼いまま歳を重ねたが、成月はちゃんと大人になっていたんだ。悔しい。気付けなかっただけで、俺と成月の間にはずっと差があったんだ。 俺も、成月を笑って送り出そう。そう心に決めた。 2ヶ月なんて、風が吹く間に過ぎていった。暑い日差しにぬるく吹き抜ける風から、いつの間にか少しひんやりとした風に変わっていた。成月は、本当に引っ越してしまった。嘘だと疑っていたわけでも無ければ、今生の別れでもない。でもあの後、成月は俺に言った。 「寂しいって言ってくれなかったら、もう会えねぇなって思ってたよ」 と。ちゃんと伝えられて良かったと、本当に思った。 あの日の海は、今日も静かにさざめいている。ふと、生い茂る緑の匂いがした。振り返ると踏切が力強く、どこか寂しげに鳴り始めた。

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別れ

進行方向

私の目の前には、沢山の分かれ道がある。さて、私は何処に進むべきだろうか。 道の横には友人や親や先生がいる。彼等は私に「好きな道を選びなさい」と言うが、進もうとすれば「本当にそこでいいのか?」「後悔しないか?」と問いかけてくる。 私は方向音痴だから、街灯がたくさんあって綺麗に整備されたつまらない道を進んだ方がいいだろう。そっちの方が皆も心配しないだろう。 でも、道の向こうに微かに輝く何かがある道が気になって仕方がない。何かが私を誘うようで目が離せない。今ここで、この道を選ばなければ二度とその道を歩くことはできないだろう。 その道は、歩くことさえ難しそうで、危険で複雑で、面白い道だ。 私のコンパスは迷うことなくこの道を指し示している。迷っているのは、私だけだ。 気がつくとその道の前にはさっきまで道の横にいた彼等が立っていた。 「こんな道を通るの?」 「貴方は耐え切れるの?」 今断言することができない私は、弱い。 わかっているけれど、この時にはもう私の中で進む道は決まっていた。私のコンパスに素直に従う。 きっと皆に迷惑をかける。その光は水面に揺れる泡沫のようなものかもしれない。それでも、私は私のコンパスが指し示す方に進みたい。後悔しないために。 ようやく決心の着いた私は、彼等に「ごめんね。頑張るよ」と言い、軽くなった足を前に進めた。 もしも途中で断念しても、この道を選ばなかった後悔をしない為に、私の心に素直に生きる為に私は全力で前を向いていく。

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