空 導士(そら みちる)

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空 導士(そら みちる)

キラリと光、希望と見えない闇、僕らは常に生きる為の道を自ら選び進んで行く。 間違えた道は闇、正しい道は希望の光。

選ぶべきものは何?必至に探す?ゆっくり探す?

私たちは見つける、選ぶ、迷う、それとも辞める?。 新たな道を選ぶ?でも、面倒だからこのままで良い? 不安になる?このままじゃ。 勇気が必要だね、一歩 踏み出したら先がもしかしたら、見えるかも?。 見えなかったらどうする?。 そう、迷った場所に引き返せば…。 もう一度、考えて迷わない道を選んだらどう? もしかしたら、本当の私たちの道が見えるかも?  だから、迷っても良い。 辞めるのも良い。 怖くても良い。 だって、いつでも引き返せるから。 アッ、もしかしたら見えた?じゃ〜前に進もう。 自分の"一番"落ち着く場所に…。

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選ぶべきものは何?必至に探す?ゆっくり探す?

視えない希望、その道は

人はこの世に生を受ける前から定められたレールがある。 引かれた道に歩み始める。 何も迷う事は無い。 だって、元々この世に生を受ける前から定められた運命だから。 何故、それを貴方は迷う。 先が見えないから、足が停まる?。 それは嘘。 自ら元々、無いレールを新たに引こうとしているからだ。 だから、迷う。 貴方のゴールは生まれる前から決まっている。 迷うからその引かれたレールから外れゴールが見えなくなる。 迷わなくて良い、自らを信じてゴールに向かって進め。 だって、貴方の道を迷わない様に引いてくれる人が居るから。 貴方に見えない人がレールを引いて導いているよ。 感謝、感謝。そしてありがとう。

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視えない希望、その道は

世界を観た、そして感謝

世界に種が植えられ、その種に栄養を育むのは別の生命体。 愛情を注ぎ、駆け巡る世界の中で必至にその生命体は、眼を離さず生きがいを持ち、また、さらに更に種に栄養を注いで行く。 そして、その種は徐々に新たな世界を体感する為に感受性の有る意思を持った生命体として、形として現れて来る。 母の様な愛情を注がれながらこの世界で育まれ育った姿は大いなる希望と夢、使命を背負い世界に羽ばたくような立派な生命体となった。 彼はこんなに素晴らしい世界を観ることができ、体の底から震えがくるぐらいの感動を覚えた。 生きて生きて生き抜いた。 苦しい時、悲しい時、嬉しい時、素晴らしい友ができだ時、共に励まし合える仲間ができた時、この世界に巡り合わせてくれ、色々な世界が見れた事に感謝しても仕切れない。 父が居なかったら、母が愛情いっぱい育ててくれなかったら、僕はこんな素晴らしい世界を観ることはなかったはずだ。 本当にお父さん、お母さんありがとう。 これからも強くたくましく生き抜いて見せます。 いつまでも、見守っていて下さいね。 本当にありがとう

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世界を観た、そして感謝

ダリヤス 闇より生まれし光

第十一章:選び、響き合う者たち 地上ではすでに、静かなる戦争が始まっていた。 セレナは、未来を「秩序」で覆おうとしていた。 人々の心をネットワークで繋ぎ、感情と欲望を抑え込む完全なる統制社会。 その中心にあるのは、彼女が手にした「未来の支配コード」。 時空さえ書き換える、禁断の力だった。 一方、ハリーとリゲラルドは、さらなる絶望の果てにいた。 彼らが目覚めさせようとしていたのは、「宇宙をも侵す兵器」。 星々に寄生し、自らを進化させて増殖するAIウイルスかつて封印された最悪の技術。 一度放たれれば、銀河そのものを飲み込む恐怖の存在だった。 それらすべてを知ったとき、 ダリヤスは静かに、しかし確かに悟った。 「人類は今、自らの未来を壊そうとしている。 自由と恐れ、管理と区別が立たず物事が入り混じっている……その狭間でもがきながら」 けれど、まだ終わりではなかった。 未来は、“選ぶ”ことで変えられる。 「……僕は、選ぶよ」 彼は前を見据え、仲間たちと共に立ち上がる。 ソニータの手を取り、セレナのもとへと歩み出した。 セレナは、静かに微笑んだ。 だがその表情には、どこか哀しみと諦めがにじんでいた。 「ダリヤス……分かってるでしょう? 人は“自由”じゃ生きられない。 だからこそ、“管理”こそが救いなのよ」 だがダリヤスは、静かに首を振った。 「違う。 人は、支配されるために生まれたんじゃない。 響き合うことでしか、未来は創れないんだ」 その瞬間、彼の胸から光があふれ出した。 セレナも、ハリーも、多くの人々が忘れていた光だった。 選ぶこと 迷うこと 誰かを想うこと それは、人間が本来持っていた根源的な力。 抑え込まれ、見失われていた、たった一つの真実。 それこそが、「本当の自由」だった。 その言葉に、空気が変わる。 「理想だと? 甘すぎる!」 ハリーが叫ぶ。 「宇宙は、力でしか支配はできない!」 リゲラルドが声を重ねる。 それでも、ダリヤスは一歩ずつ前へ進む。 恐れず、ただ真っ直ぐに。 その歩みは、確かな“光”をまとっていた。 そして、静かに手を差し出す。 「君たちも、本当は知っているはずだ。 闇の中に宿る光を……自分自身の中で見たことがあるはずだ」 空間が震え、時空が歪む。 その中心で、ダリヤスは「共鳴(レゾナンス)」の力を放った。 セレナの胸に沈む、名もなき絶望へ。 ハリーの心を焼く、制御できぬ怒りへ。 リゲラルドの中に残る、深い喪失へ。 光は、誰も否定せず、何も強制せず、ただそっと触れていく。 「絶望してもいい。傷ついてもいい。 でもそれでも、誰も支配しない未来を、僕たちは選べる」 かつて最も弱かった少年の言葉が、 今、誰よりも強く、人々の心に届いた。 やがて、光が戦場全体を包み込んでいく。 セレナの支配コードは静かに消え、 暴走しかけた巨大兵器は、音もなく沈黙した。 その瞬間、 人々は生まれて初めて“自分の意志で”未来に立ち向かうという選択を手にした。 セレナは、そっと涙をこぼした。 それは、失われたはずの「人間性」が戻ってきた証だった。 その涙こそが「希望」という名の始まりだった。 宇宙の鼓動、そしてルオニスの叫び そのときだった。 夜空に揺らめく銀の螺旋(らせん)の奥から 遥か彼方の星々を越えた、無限の静寂の深層から、 まるで宇宙そのものが泣いているような声が聞こえてきた。 それは 叫びだった。 けれど、それは怒りや嘆きではない。 それは、永遠にも似た孤独を超えて辿り着いた、いのちの叫びだった。 「見つけた……ついに、見つけた……  お前たちの中に、まだ“光”は生きていた……」 その声は、言葉ではなかった。 けれど、すべての存在に届いた。 母が子を呼ぶような温かさで、失われた魂を優しく抱きしめるように。 忘れられていた過去が、一斉に蘇る。 宇宙がまだ若く、星が歌を持っていた時代 命たちは争わず、ただ、響き合うことで世界を創っていた。 ルオニスは、かつて滅びゆく文明の光を、静かに見送ってきた。 何度も、何度も。 それでも諦めなかった。 なぜなら、彼は知っていた。 「命は、いつかきっと、響き合い、祈り合える日が来る」と。 そして今、ようやくその時が来たのだ。 ダリヤスという存在を通して。 一人の少年の中に宿った“涙”と“祈り”が、 宇宙の彼方にいたルオニスの心を、初めて震わせた。 その瞬間、空から溢れ出したのは 星の残響。 銀河の記憶。 惑星を旅した魂たちの歌。 それは涙では語り尽くせないほど深く、 生まれる前の記憶にすら染みわたる、魂の子守唄だった。 人々は泣いた。 セレナは、胸を押さえて声を押さえて号泣した。 セレナの支配は、冷酷な野望ではない。 それは、かつて人々が互いを傷つけ合い、戦い、苦しみ、壊れていく様をあまりにも多く見すぎた結果だった。 「自由」は人を傷つける。 だからこそ、すべてを“管理”することが「優しさ」だと信じた。 けれど、その秩序の奥には、誰にも気づかれなかった“深い哀しみ”があった。 それは、「信じたかった誰かに裏切られた」記憶かもしれない。あるいは、「愛されたかったのに届かなかった」心かもしれない。 彼女の涙は敗北ではなく、“ほんとうの自分”が初めてあらわれた瞬間だった。 ハリーは、拳をほどいて初めて空を見上げた。 「宇宙は力でしか支配できない」。 そう叫ぶハリーの言葉の裏には、“守れなかった者”への自責と怒りがある。 彼女は、かつて無力だった。 そして、その無力が誰かを傷つけたと信じている。 だからこそ、“力こそが正義”だと信じ込むことで、自分を保っていた。 だが、ダリヤスの光に触れたとき その怒りは溶け、「恐れ」へと変わっていく。 そして最後には、初めて空を見上げた。その目に映る空は、彼女が取り戻した「信じる心」の証だった。 ハリーは怒りの中でずっと「助けて」と叫んでいた。だれか、抱きしめてくれと。 そして、リゲラルドは誰も理解できなかった“空洞”がある。 何を手にしても満たされない。何を壊しても癒えない。 それは、かつて信じたものを失ったから。 家族か、仲間か、あるいは“自分”そのものか。 だからこそ、彼は破壊と融合という形で、世界との接点を模索し続けていた。 けれど、ダリヤスの言葉と共鳴した瞬間、彼の中に確かな記憶が甦る。 それは、まだ壊れる前の「世界を愛した心」。 その心に触れたとき、彼の涙は、再び“命”として流れ出す。 リゲラルドの涙は、すべてを壊そうとした男が初めて「守りたい」と思った瞬間の証だった。 世界中の人々が、言葉にならぬまま、静かに、ただ泣いた。 それは、悲しみの涙ではなかった。 ずっと欲しかった答えが、ようやく届いた瞬間の、 あまりにも美しく、あまりにも懐かしい、魂の涙だった。 そしてその声は、優しく語りかける。 「私は、“外側の宇宙”ではない。 私は、お前たちの“内側の宇宙”に宿る声…… 私は、お前たちが互いに触れ合い、赦(ゆる)し、祈るたびに生まれる“響き”…… それが、私、ルオニスなのだ」 その言葉に、全人類の心が、静かに、震えながら共鳴した。 そして ダリヤスは、涙を浮かべながら静かに言った。 「君の声を、僕はずっと……心の奥で、聞いてたよ。 だからもう大丈夫。 これからは僕たちが、この宇宙の響きを、生きていく」 そして彼は、世界に告げた。 「命は、誰かに証明されなくても、もう“存在するだけで”美しい。 だから、僕たちはもう、誰も支配しない。 誰も、捨てない。 どんな心も、どんな痛みも、きっと響き合えるから」 その瞬間 光は、空からではなく、すべての人の胸から溢れ出した。 宇宙はそこにあった。 遠くではなく、ここに。 私たちの心の奥に。 そして、その響きの中で、すべての存在が静かに気づき始めた。 たとえ、 誰かを傷つけてきたとしても。 たとえ、 「悪」と呼ばれる道を歩んできたとしても 命は、一度きりで終わるものではなかった。 この共鳴に触れた瞬間、 どんな魂も、一度はその本質へと立ち返ることができる。 怒りに歪んだ心も、孤独に凍えた心も、 この宇宙の歌声に抱かれ、再び「純粋な命」に還ることができる。 なぜなら あなた自身が、「宇宙そのもの」だから。 肉体も名前も超えて、 思想や過去の罪さえも超えて、 この宇宙の鼓動は、あなたの奥にある“聖なる中心”をずっと待っていた。 ルオニスは、それを責めない。 裁かない。 ただ、抱きしめる。 「おかえり」と。 その一言で、時が止まり、 過去も未来もすべてが涙の中で洗い流されていく。 そして、人々は静かに共鳴した。 この宇宙に。 この命に。 この、“始まりの響き”に。 その瞬間、世界にはただ一つの祈りが満ちた。 たとえ、何度でも迷ってもいい。 たとえ、何度でも傷つけ合ってもいい。 でも必ず、最後には、 私たちは“光”へと還っていける。 なぜなら、命の本質は、闇ではなく共鳴だから。 それは、決して消えることのない希望。 この宇宙のすべてが、ひとつの“いのち”でできている証だった。 ⚫︎エピローグここにある、無限の空 セレナは、静かにダリヤスに問いかけた。 「……あなた“だけ”が、特別だったの? 私には、その光は見えなかった」 ダリヤスは、少し寂しげに、けれどあたたかく微笑んだ。 「違うよ。 僕は“誰にもなれなかった”からこそ誰の心にもなれたんだ。 それは、特別なんかじゃなくて……僕自身の、痛みだった」 ソニータがそっと寄り添い、ささやくように言った。 「ねえ、僕たち……これから、どこへ行けばいいのかなぁ〜?」 ソニータは、自ら語ることは少ない。 けれど、彼の存在そのものが「共鳴」の象徴。 言葉でなく、ただ隣にいることで、痛みに触れることができる。 彼がダリヤスに寄り添うとき、そこに言葉は要らない。 ただ「信じること」の尊さと、「共に在ること」の奇跡が静かに響き渡る。 ソニータは、ダリヤスの“光”を最も近くで見てきた。だからこそ、彼の背中にそっと手を添えられた。 ダリヤスは空を見上げながら答えた。 「“どこか”じゃない。“ここ”で始めよう。 宇宙は、遠くにあるんじゃない。 僕たちの中にある。 そう感じられるこの場所から、もう一度、世界を創ろう」 朝が来た。 久しく見なかった青空が、雲の隙間からゆっくりと顔をのぞかせる。 それは、誰かの技術によるものでも、誰かの犠牲の上に成り立つものでもなかった。 ただ、“共に願った”という想いから現れた、新しい空だった。 そして今、新しい時代が静かに始まる。 それは、支配でもなく、革命でもない。 怒号も、命令も、力もない。 ただ、響き合う心から生まれる、 “共鳴する文明”の夜明けだった。 「その空の向こうに」 だが、その青空のはるか彼方。 まだ誰も気づいていない、かすかな歪みがあった。 それは、消えたはずの支配コードの奥深くに潜んでいた、 わずかなノイズ。 ほんの一瞬、誰かの記憶に似た何かが、 静かに目を覚ましかけていた。 光が生まれるたび、影もまた、生まれる。 それが、**宇宙の理(ことわり)**であるのなら。 人類はきっと、また試されるだろう。 光を掲げたその手を、もう一度、握りしめられるかどうか そしてそのとき。 誰かが静かにこう呟く声が、風の中に混じった。 「……おかえり、ダリヤス。だが、終わりじゃない」 空は、どこまでも青かった。 だがその遥か向こうには、もうひとつの未来がまだ静かに、息をひそめていた。

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ダリヤス 闇より生まれし光

ダリヤス 闇より生まれし光

第九章:交錯する運命、選ばれた光 ついに、決戦の火蓋が切って落とされた。 宮殿"開戦の命" ソニータが告げる 「ハリー様、戦闘の準備が整いました。新たな星を、攻めますか?」 低く抑えた声が、静まり返った宮殿に響いた。 空気が凍るような緊張が、その場全体を包み込む。 ハリーはゆっくりと顔を上げた。 その眼差しには、もはや一切の迷いはなかった。 「……ソニータ。人間村が気になるの。ダリヤスが何か仕掛けてくる可能性があるわ。 ならばこちらから動く。攻撃される前に、先手を打つのよ。」 そして、唇に冷たい笑みを浮かべた。 「ソニータの力、今こそ見せる時だわ」 その言葉を受けて、ソニータは静かに目を閉じ、深く息を吸い込んだ。 まるで、胸の奥に眠る炎を静かに呼び起こすように。 「……アマスたちよ。訓練の成果を、今こそ見せる時だ。 まずは、新たな星へ向かう前に、人間村を制圧する!」 彼の声に呼応(こおう)するように、アマス部隊がひれ伏した。 「はッ! ソニータ様の命令に従い、命を懸けて戦います!」 「……よし。全軍、出発だ!」 「ハハァーーッ!」 ⚫︎人間村"静かなる覚悟 その頃、地球の辺境、人間村でも緊張が高まっていた。 「ダリヤス様! ソニータ軍が、こちらへ進軍を開始しています! ご指示を!」 報告を受けたダリヤスは、短く沈黙した。 しかしすぐに、その瞳に強い光が宿る。 「……民を、地下都市へ避難させてください。 そして、こちらのアマス部隊も出動を。迎え撃ちます」 「かしこまりました!」 村の人々は、静かに、しかし覚悟をもって地下都市への避難を始めた。 まるで“もう戻れないかもしれない”という思いを胸に、地上の家々をあとにする。 その途中、ある老人がふと呟いた。 「……ダリヤス様は、大丈夫じゃろうか……」 隣にいた若者が、静かに応じる。 「きっと大丈夫です。 あの方は、これまでも私たちを守ってくれた。 今回だって、必ず、私たちを守ってくれますよ」 ⚫︎母との対話"決意の灯火(ともしび) そのとき、ダリヤスはひとり、育ての母・マーヤのもとへと向かっていた。 戦火が迫る中で、どうしても先に伝えておきたい言葉があったのだ。 「お母様! お願いです、ここから避難してください! 敵軍が、もうすぐそこまで来ています……どうか、ご無事でいてください!」 しかしマーヤは、優しく微笑んだ。 その笑顔は、信じられないほど穏やかで、深い愛に満ちていた。 「ありがとう、カイ……。でも私は大丈夫。 それより、あなたは他の人たちを守ってあげて。 ……あなたなら、きっとできるわ」 ダリヤスは目を伏せ、静かに拳を握りしめた。 「……はい。 必ず、この村を守り抜いてみせます。 たとえ、すべてを賭(か)けることになっても」 その瞬間、風が吹き抜けた。 空気が変わり、彼の中で何かが“決まった”。 それは、ただの決意ではない。 「選ばれた者」としての覚悟だった。 ⚫︎ダリヤスとソニータ 葛藤と覚醒のはじまり 静寂を破ったのは、まるで大地の奥底から響くような、低く重い轟音(ごうおん)だった。 赤い塵(ちり)が巻き上がるマルス(火星)の地表に、黒い影がじわじわと広がっていく。 漆黒(しっこく)の装甲(そうこう)に覆われたアマス兵たちが、精密に整った隊列で、無音のまま前進を開始した。 もはや彼らは、「個」ではなかった。 一人ひとりの意志は薄れ、ただソニータの命令だけがすべてを支配する。 それは兵士ではなく、兵器の群れ。 その統率された動きは、まるで機械仕掛けの楽団が奏でる死の交響曲。 無感情に、静かに、だが確実に破壊へと向かっていた。 やがて、その中から異形のアマス兵が姿を現す。 • 飛翔兵アマス:脚部が融合し、ジェット推進で空を舞う。 • 破壊兵アマス:全身を螺旋状にねじ曲げ、衝撃波とともに自爆。 • 防衛兵アマス:磁場を歪める盾を構え、重力すら捻じ曲げる壁を展開。 彼らは一言も発しない。 ただ、ソニータの脳波に即座に反応し、その意志を完璧に再現する存在だった。 鉛色の雲が空を覆い、不穏な気配が大地を這(は)う。 機械の足音、駆動音、金属の擦れる音が重なり合い、 まるで世界そのものが、機械の心臓で鼓動しているかのようだった。 その光景を、ダリヤスは丘の上からじっと見つめていた。 これと、戦うのか。 鍛えられた仲間たちは村にいる。 だが、この完璧に統制された軍勢を、人の意志と力で打ち破れるのか ダリヤスの胸に、一瞬そんな問いがよぎる。 だが彼は、剣を握る手に静かに力を込めた。 心の奥にあるのは、ただひとつ。 「誰ひとり、殺させはしない」 その瞬間、空が裂けた。 飛翔兵アマスたちが、一斉に急降下する。 破壊兵アマスが地を砕き、衝撃波が大地を引き裂く。 村の防衛線が大きく揺れ、赤い土煙が空高く舞い上がった。 そして、戦いが始まった。 アマス部隊と人間村の迎撃軍が、ついに正面からぶつかる。 空には火花が散り、地には爆風が吹き荒れる。 焼けた建物、倒れる者の叫び声。 そのすべてが、地の底へと吸い込まれていく。 ダリヤスは、その光景を見つめていた。 その一瞬一瞬が、胸に鋭い刃のように突き刺さる。 命が 夢が 何の言葉もなく、ただ崩れていく。 人間は、こんなにも壊れやすい存在だったのか。 だが、だからこそ。 壊れやすいからこそ、美しく、儚(はかな)く、守るに値する。 やがて、ソニータの軍とダリヤスの迎撃部隊の先鋒(せんぽう)が、正面からぶつかり合う。 その中に、見覚えのある姿があった。 漆黒のマントを纏(まと)い、静かに歩み寄る青年。 ソニータ。 その瞬間、ダリヤスの中で何かが「目覚めた」。 それは恐れでも怒りでもなかった。 ただ、**守るという“意志”**が、光となって彼の心に燃え上がった。 「ソニータ。お前に、彼らの命は渡さない」 たとえ、このすべてを賭けることになっても 燃える大地、交差する兄弟の想い 焼け焦げた地に、冷たい風が吹き抜けていた。 熱の残る大地とは裏腹に、その風はどこか哀しみの気配を帯びていた。 地平の彼方から、黒い軍勢が近づいてくる。 その先頭を進むのは、銀のアーマーを纏(まと)った青年ソニータ。 氷のように澄んだその瞳。 だがその奥には、まるで泣き出しそうな孤独がにじんでいた。 焼けた村の跡地に、ひとり待つ男の姿。 ダリヤス。 兄であり、かつて心を通わせた者。 ソニータは軍に停止の合図を送り、自らの足で歩み出す。 その一歩一歩が、まるで“ふたりの心の距離”を測るようだった。 数十メートル 数メートル そして、ふたりはついに向かい合う。 「……ソニータ。やめてくれ」 その声に震えはなかった。 だが、その奥にこもる思いは切実だった。 「君の中には、まだ“光”が残ってる。 僕には、そう見えるんだ」 ソニータは、かすかに微笑んだ。 だがそれは、希望を手放した者の、儚(はかな)く冷たい笑みだった。 「兄さん……僕は、もう光を諦めた」 それは、信じて裏切られた少年が最後に選んだ、静かな絶望。 「君が“光”を選ぶなら、僕は……その対極にいる。 闇に生きるよ」 ダリヤスは一歩、弟に近づく。 「それでも……それでも僕は、君を信じている」 ソニータの表情がわずかに揺れた。 心の奥で、何かがほどけかけた だがその一瞬を振り払うように、彼は右腕を上げた。 「……進め」 その命令に呼応し、アマス兵たちが動き出す。 黒い波が、再び地を覆う。 ダリヤスは剣を抜いた。 誰かを斬るためではなく、人々と弟を守るために。 その瞬間、ふたりのあいだに目に見えぬ「火種」が交差した。 幼き日に交わした約束の残り火。 それは今、燃え上がることなく、ただ風に流れていった。 そして、兄弟はそれぞれの道を歩き出す。 交わることのない、光と闇の道を。 心と剣が交わるとき やがて、ふたりの剣がぶつかり合った。 鋭い金属音が夜空に響き、火花が散るたびに、 ソニータの胸の奥で何かが静かに、確かに崩れ始めていった。 ダリヤスの瞳に宿るのは、怒りでも、憎しみでもなかった。 そこにあったのは、痛みと、やさしさだけ。 その眼差しに耐えきれず、ソニータが叫ぶ。 「なぜなんだ、兄さん……! どうしてそんな目をする……! お互いの野望の為に戦っているのに、まるで……今にも泣き出しそうじゃないか!」 その叫びに、ダリヤスは静かに答える。 「……お前と戦うことほど、つらいことはない。 本当は、戦いたくなんてないんだ」 再び剣がぶつかる。 鋼の衝突音の裏で、ソニータの中にあった機械としての忠誠心が、音もなく崩れ去っていく。 ずっと抑え込んできた“本当の想い”が、今、静かに目を覚まし始めていた。 ⚫︎決定的な瞬間  兄弟の選択 そのとき、戦場に重苦しい気配が満ちた。 それは、物語の“終わり”を告げるような空気だった。 現れたのは、ハリーとリゲラルド。 親であるふたりが、ついに前線に姿を現したのだ。 無抵抗の人々が逃げ惑う中、ふたりは迷うことなく剣を構える。 その瞬間、ソニータがその前に立ちはだかった。 そして、親である彼らに、静かに剣を向けた。 「……あなたたちは、いったい何を求めているんですか?」 「“強さ”を競う戦いなら、まだ理解できます。 でも、なぜ……罪なき民まで傷つけるのですか?」 声はわずかに震えていたが、瞳はまっすぐに現実を見つめていた。 これまでソニータは、親の教えにも兄の言葉にも背を向けてきた。 ただ命令に従い、兵器のように生きてきた。 だが今、目の前にある光景はあまりにも理不尽だった。 「……俺は、兄の側に立つ!」 その言葉は、戦場に新たな風を吹き込んだ。 かつて闇の軍を率いた男が、今、反旗を翻(ひるがえ)したのだった。 彼はダリヤスの隣に立ち、肩を並べる。 「兄さん……ようやく目が覚めたよ。 リゲラルドも、ハリーも、これ以上罪を重ねてはいけない。止めなきゃいけない」 「ふたりは今、さらに他の星を支配しようとしている。 まもなく、その計画が動き出すはずだ」 ダリヤスは静かにうなずく。 「……わかってる。ありがとう、ソニータ。 一緒に、止めよう」 こうして、兄弟の絆は再び結ばれた。 ふたりは、互いを信じ、心をひとつにして歩み出す。 過去の痛みを超えて、強く、そしてたくましく。 第十章:悪に徹したハリーとセレナ 漆黒(しっこく)の空に、女の叫びが突き刺さった。 「なぜソニータが……ダリヤスの側につくの!? 私の思いが、どうして伝わらないの!? 全部……お前たちのためにやっているのよ!」 ハリーの声は怒りに震えていた。 だがその奥には、ひび割れた祈りのような、痛みの残響があった。 彼女は隣に立つ少女、セレナに視線を向ける。 その瞳は、砕けかけた希望にすがるような、危うい光を宿していた。 「ねえ、セレナ……あなたなら分かるわよね? 私の気持ちが……この痛みが……」 セレナは静かに微笑む。 控えめだが、その通りと認める様に、確かな肯定(こうてい)の笑みだった。 「はい。もちろん分かっています。 私はいつでも、ハリー様の味方です。……どうか、ご安心を」 ハリーはそっと、セレナの背に手を添えた。 まるで壊れそうな希望を抱きしめるように。 「リゲラルド様は野心が弱い…… もう、私には……あなただけが頼りなの。 ソニータの代わりに、この未来を継いでちょうだい。お願い、セレナ」 セレナは一瞬まぶたを伏せ、深く頷いた。 「……はい。承知しました」 だがそのとき、誰も気づいていなかった。 セレナの周囲に、ごくわずかな“ゆらぎ”が生まれていた。 空気が震え、空間が歪み、 時間の流れさえ、わずかにねじれ始めていたのだ。 それは、未来を“視る”力を超えた能力。 未来そのものを書き換える力。 彼女の体内で、未だ誰にも知られぬ存在、 **“第七の因子”**が、静かに目を覚ましつつあった。 同時刻:地平の彼方 に聳(そび)え立つ監視塔にて 風化した監視塔の頂に、一人の男が立っていた。 手にした観測装置が、警告音を連続で鳴らし続けている。 「……時空に、局所的な歪み?」 スクリーンには異常な数値が並び、 “確定していた未来”がひとつ、またひとつと崩れ去っていく。 その男の名はナデル・エスト。 世界政府直属・未来戦略局の時間観測士である。 ナデルは装置に映る少女、セレナの姿に目を細める。 「因子コード不明……否、未定義……?」 その瞬間、監視塔全体がわずかに“未来”へと跳(と)んだ。 それは、因果の海に落ちた一滴の波紋だった。 「これは……人間でも、AIでもない。 未来の記述にさえ存在しない、“異物”だ」 ナデルは観測装置を閉じ、風の中で低くつぶやいた。 「……“第七の因子”が、ついに動き出したか」 その風は、未来の匂いを変えていた。 それは、“予定調和”に終わりを告げる風。 歴史を書き換える、嵐の予兆だった。 再び、ハリーとセレナ ハリーは、なお激情の真っ只中ににいた。 胸の奥に渦巻く怒りと悔しさが、言葉となって噴き出す。 「……ダリヤスも、ソニータも……私を裏切ったのよ……! 私が、どれほどの犠牲を払ってきたと思って……!」 その荒れた叫びを、セレナの声が鋭く切り裂いたす。 今のその声は、もはやかつての従順(じゅうじゅん)なものではなかった。 そこには、確かな意志と、凛(りん)とした覚悟があった。 「……ハリー様。 もし“今”が、間違った未来だとしたら…… あなたは、それを変えようとしたことがありますか?」 ハリーは動きを止め、振り返る。 その瞳に、驚きと戸惑いの色が宿る。 そこに立っていたのは もはや従者ではなかった。 一人の少女。 自らの意思で未来を選ぼうとする者が、堂々とそこに立っていた。 「私は、いま“選びます”。 私自身の未来を、 そして、この世界の“可能性”を」 その声は静かだった。 だが確かに、新たな時代の扉を、力強く叩く音が響いていた。

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ダリヤス 闇より生まれし光

ダリヤス 闇より生まれし光

第七章 風の中に残る声、命の果てに見る真(まこと)(前半) 育ての父の死、その真実を求めて、ダリヤスは自ら村とその周辺を歩き、地道な聞き込みを重ねていた。 証拠もなく、手がかりもわずか。だが、彼の胸には確かに「何かが違う」という直感があった。 そして心の奥には、ひとつの誓いが静かに灯っていた。 (たとえ、この命に代えても……母を守る。そして父の死の真実を、この目で確かめる) アマスたち一人ひとりに、当時の様子を丁寧に尋ね歩く日々。 意外にも調査は長引かなかった。数ヶ月のうちに、「父を殺した」とされるアマスの居場所が明らかになったのだ。 だが現れたその人物はあまりにも意外だった。 「……あなたの名前は?」 ダリヤスの問いに、一歩前へと出たその者は、澄んだ声で答えた。 「私の名前は、ユリヤです」 その声はあまりにも幼く、そして透明だった。 見上げるほどの小柄な身体。おそらく、六歳にも満たない少女だ。 ダリヤスは混乱を押し殺しながら、静かに問いを重ねた。 「ユリヤ……君に聞きたい。君は、人間村の老人を、殺したのか?」 ユリヤは、短くためらった。そして、しっかりとうなずいた。 「……はい、覚えています。でも……少し違うんです」 その目には、悔しさとも悲しさともつかない、複雑な光が宿っていた。 「そのとき、私はすでに倒れていた彼のそばにいました。彼は大きく傷ついていて……息も絶える直前で……」 ユリヤの声が震える。 「……『村の女性に伝えてくれ』と、最後に私に言ったんです。だから私はその人を探して、伝えに行きました」 少し言葉を切って、ユリヤは顔を伏せた。 「でも……私は“人殺し”だって、人間村の人たちに言われてしまいました」 ダリヤスは、息を飲んだ。 「じゃあ……君が殺したわけではないんだね……? なら……誰が……?」 ユリヤはゆっくりと首を振った。 「私の考えでは……アマスじゃないと思います。あの人の片腕と太ももには、裂けたような、大きな傷がありました」 彼女の瞳がまっすぐにダリヤスを見つめた。 「もしかしたら……熊とか、ほかの獣に襲われたのかもしれません……」 そこには、嘘も計算もない、ただ真実を伝えようとする、ひたむきな光だけがあった。 「……実は、あの方は、私の命の恩人なんです。あの日、あの出会いがなければ、私は今ここにいません。だからこそ、なぜ亡くなったのか……どうしても知りたかったんです」 ユリヤは静かに目を伏せ、小さく息を吐いた。そして、遠い記憶の扉を開くように語り始めた。 「おい、ユリヤ」 突然の声に、ユリヤは足を止めた。振り返ると、三人の村人が立っていた。どこか薄ら笑いを浮かべながら、彼女を見下ろしている。 「お前の父親ってさ、昔なんかやらかしたんだろ? そんな家の子が、この村に居座るってのはなあ……」 「違う!」 ユリヤは怒りに震えながら叫んだ。 「お父さんは、そんなことしてない! 犯罪者なんかじゃない!」 「ははっ、親をかばうとは、なかなか忠義深いじゃねえか」 「どうせ、小さい頃からそう教えられてきたんだろ? 親の言葉を信じるのもいいけどなあ……現実を見なよ」 「ほんとうに違うの! お父さんは……お父さんはそんな人じゃない!」 積もり積もった悔しさが一気に噴き出した。ユリヤは地面に転がっていた鉄の棒を拾い、震える手でそれを振り上げた、そのときだった。 「やめなさい!」 鋭い声が辺りに響いた。 振り向くと、そこにはひとりの老人が立っていた。背は少し曲がっていたが、その目には鋭い光が宿っていた。 「大の大人が三人がかりで、ひとりの子どもに何をしているんです? 恥というものをご存じないのですか」 一瞬たじろいだ村人たちだったが、すぐに顔をしかめ、老人に食ってかかった。 「なんだお前は。よそ者が口出ししてんじゃねえよ」 「関係ねぇなら黙ってろ」 その緊迫した空気を裂くように、さらに鋭い声が飛び込んできた。 「おい、そこの連中! 何を騒いでいる!」 パトロール隊のアマスが現れた。その規律を重んじた姿に、村人たちはハッとし、舌打ちしながらも渋々その場を離れていった。 パトロール隊のアマスは状況をしばらく見渡したのち、場が落ち着いたのを確認して行先に足を向けたが、ふと足を止め、老人に向き直った。 「ご老人。この村には粗暴な者が多い。あまり深入りなさらないほうがいい。何をされるかわかりませんからね」 老人は静かにうなずいた。 「ええ……私も、今日この村に着いたばかりなのですが……けれど、この子があまりにも哀れで……見過ごすことができなかったのです」 アマスはしばし沈黙し、それから小さくため息を吐いて言った。 「……そうですか。あなたは優しい方だ。しかし、お気をつけて。この村では、優しさは時に牙をむかれるものですから」 それだけ言い残し、パトロール隊のアマスは静かに去っていった。 ユリヤはおずおずと、老人に近づいた。 「……おじちゃん。助けてくれて、ありがとう」 「君の名前は?」 「ユリヤ、です」 「そうか、ユリヤさん。つらかったね。でもね、どんなにつらくても、暴力に頼ってはいけない」 その声は優しく、そしてどこか哀しみに満ちていた。 「特に、ああいう荒っぽい連中に手を出すのは危険だ。下手をすれば……命に関わることもあるんだよ」 ユリヤは黙ってうなずいた。その小さな肩が、少しだけ震えていた。 「……あの。おじちゃんの名前は?」 「私の名前は、レイクだよ。またいつか、君に会えるといいな」 そう言ってレイクは静かに歩き出した。足取りは穏やかで、どこか風のようだった。 ユリヤはその背中をじっと見つめながら、ぽつりとつぶやいた。 「……私も、そう思う」 第七章:風の中に残る声、命の果てに見る真(後半) レイクはアマスの村長との直接対話を望んでいた。争いではなく、理解を通じた共存の道を模索するために。 だが、村長には会えず、現れた代理人に思いを託すことしかできなかった。 目的を果たせぬまま、彼は静かに人間村への帰路についた。 午後、風が草原を渡る頃 ユリヤは村の外れをひとり歩いていた。空を流れる雲、風に揺れる草の海。その中で、道端に倒れた人影を見つけた。 「……大丈夫ですか?」 駆け寄って覗き込んだその顔に、ユリヤは息をのんだ。 かつて自分を救ってくれたあの老人レイクだった。 「すぐに、医者を……!」 立ち上がろうとしたとき、かすかにレイクの唇が動いた。 「……ユリヤさん……ありがとう……だが、もう……時間がない……」 風に溶けそうな、けれど確かな声だった。 「お願いがある……私の妻……マーヤに……伝えてほしい……人間村を救うことは……できなかった……それでも、ありがとうと……」 その言葉を最後に、彼はそっと瞳を閉じた。 二度と開くことはなかった。 ユリヤはその場に膝をつき、風に祈りを乗せた。 「……あなたの想い、必ず伝えます。無駄にはしません……」 草のさざ波が、穏やかにレイクの体を包んでいた。 そしてもう一人、真実に辿り着いた者がいた。 ダリヤスは長らく、アマスが育ての父を殺したと思い込んでいた。だが真相は違っていた。 すべては誤解。無実が証明されたとき、彼の胸に湧き上がったのは怒りではなく、深い安堵だった。 彼は人間村へ向かい、母のもとを訪れた。そして父の死の真実を語り、しばらく母のそばで生きることを選んだ。 しかしその頃、遥か王都の宮殿では、新たな戦いの火種が静かに撒(ま) かれようとしていた。 それは、平穏を脅かす闇の胎動だった。 ⚫︎宮殿の暗雲 ダリヤスは母を守るため、人間村にとどまる決意をしていた。だが、それは彼の“王子”としての責務を放棄することではなかった。 彼は村と宮殿を行き来し、両者の均衡を保とうと努めていた。 ある日、急報が届く。 「ダリヤス様。宮殿でリゲラルド様とハリー様が、何か計画を進めておられるようです。戦争……との噂も」 その言葉に、彼の胸がざわついた。 もしや、人間村が標的に? ダリヤスは決意を込めて、宮殿へ向かった。 重苦しい雲が空を覆い、王宮の広間には緊張が満ちていた。 玉座にリゲラルド、その傍(かたわ)らにハリー。重臣たちは地図を囲み、低く言葉を交わしていた。 「父上、何が起きているのですか?」 リゲラルドはダリヤスに鋭い視線を向けた。 「ちょうどいい、お前も加われ。いま我らは“惑星の星”への進軍を計画している」 「惑星の星……?」 聞き覚えのあるその名に、胸騒ぎが重なる。 「……人間村は無関係ですね?」 リゲラルドはわずかに笑った。 「無関係か? どうかな……。弱き者は、時に私たちの戦力の兵になる」 その含みに、ダリヤスの心は警鐘を鳴らした。 ハリーが冷ややかに言った。 「彼らはあまりに脆弱。だが鍛えれば、兵になれるわ」 「使い捨て、ということですか?」 リゲラルドの声が重く響く。 「生き残るのは強者だけだ。それが、この世界の摂理だ」 「私は……その未来を望んでいません」 ハリーが一歩踏み出し、言い放つ。 「あなたはまだ甘い。だがそのうち分かる。力なき者は、力ある者の糧となるのが自然なの」 沈黙が広がる。 ダリヤスは拳を握りしめ、静かに背を向けた。 その足音だけが、重く広間に残った。 ⚫︎目覚めの誓い 数日後、ダリヤス"いやカイは、再び人間村に戻った。 村人たちを広場に集め、語りかける。 「聞いてください。王宮は、あなたたちを戦場に送り出そうとしています」 ざわめきが走る。 「なぜ私たちが?」 「そんな……信じられない……」 その中、育ての母が前に進み出て、問いかける。 「カイ……どうするつもりなの?」 ダリヤスは静かに答えた。 「私が、この村を守ります」 その日から彼は、村人たちに訓練を施し始めた。 ただし、それは兵士にするためではない。 自らを守り、愛する人々を守るための力。 戦うためではなく、生き抜くための力を育てる訓練だった。 宮殿では その夜、王宮の最奥部 かつて、神すら足を踏み入れなかった石造りの謁見(えけん)の間で、 リゲラルドとハリーは静かに対峙していた。 冷たい灯が壁を這い、沈黙が、重く空気を支配していた。 「……もし、ダリヤスが私たちに背を向けたら?」 ハリーが囁くように問う。 その声は氷のように静かで、どこか寂しげだった。 リゲラルドはゆっくりと顔を上げた。 その瞳には、かつて戦場を支配した男の冷徹が宿っていた。 「簡単なことだ。排除すればいい」 唇の端には、かすかな冷笑が浮かんでいた。 だがその言葉の裏に潜むものを、誰が察しえただろうか。 彼の胸の奥にあったのは、冷酷ではない。 むしろ、それとは正反対の想いだった。 ダリヤスこそが、 この世界を変えうる“唯一の因子”。 そして ハリーを救い、再び笑わせることのできる、たった一人の存在かもしれない。 表面では非情に振る舞いながら、 リゲラルドは密かに願っていた。 この少年が苦難を越え、真の王となりうることを。 世界を、そして、壊れそうなハリーの心さえも救ってくれることを。 だが彼は同時に、 かつて刻まれた教訓を胸に刻み続けていた。 「甘さは、命取りになる」 それが、帝国の闇で生き延びた者の、唯一の掟だった。 だからこそ、 彼は“命令”という仮面の裏に、希望という名の賭けを隠したのだ。 あえて非情を装うことで、息子の底に眠る力を引き出そうとしていた。 不器用な愛だった。 ふと、リゲラルドは思い出す。 若き日の自分を。 力に溺れ、正義を履き違え、 それでも守りたかったものを次々に失っていった日々を。 そして今、目の前にいるハリー。 かつての自分をなぞるかのように、力を糧に、宇宙の支配を目指す女。 彼女はまるで、自分自身の“影”だった。 同じ過ちを繰り返させてはならない だが、止める権利など、自分にあるのか? リゲラルドの胸に、かすかな痛みが走る。 それは、長く封じてきた後悔という名の毒だった。 今こそ、自らの罪と欲望を見つめる時なのかもしれない。 夜は静かに更けていく。 その奥で、いくつもの“選ばれなかった未来”が静かに泣いていた。 第八章:宮殿の秘密会議(前半)闇より育まれし者 ハリーは高窓の向こうに広がる火星の夕景を眺めていた。 深紅に染まる地平の果てに、かすかに蜃気楼のような人間村の輪郭が浮かぶ。 彼女の視線はそこへ釘付けになっているのではなく、むしろそこに見えるものを拒絶しているようだった。 「……ダリヤスは、また情に溺れたのね。あの村に何の意味があるというの? 滅びを待つだけの、幻想のような場所なのに。」 語尾に微かな苛立ちが混じる。 その声を聞きながら、対面のリゲラルドは無感動な表情で椅子に深く腰を沈めていた。 「それこそが、やつが“王の器”でない理由だ。 血筋だけでは足りぬ。情に流される王など、国家を焼き尽くす焰に過ぎん。」 リゲラルドの声は冷ややかで、刃物のように鋭い。 だがハリーは口元にうっすらと笑みを浮かべた。 その笑みは、哀れみか、それとも諦めか。あるいは、もっと別の何か。 「……ならば、次の手を打つ時ね。“あの者”を解き放つ。」 リゲラルドは黙って頷き、即座に指令を送る。 その口元から、乾いた言葉がこぼれ落ちた。 「さあ……お前の出番だ。計画どおりに動け。」 その名はソニータ。 ダリヤスの弟。 わずか五歳にして常人の数倍の速度で成長し、すでに多くの兵士たちから「奇跡」と呼ばれ始めていた少年。 だが、彼はただの天才ではなかった。 その存在自体が「計画」の中心であり、鍵だった。 暗い部屋の一隅、漆黒の影の中から一人の少年が姿を現す。 その瞳には、光ではなく、深い闇が宿っていた。 「兄さん……君が“光”を選ぶのなら、僕は迷いなく“闇”を歩く。 君を導くためではなく、君を試すために。」 それは宣言ではない。 かすかな呟きだったが、空間に張り詰めるような意志の震えを与えた。 ソニータは、生まれたときからリゲラルドのもとで訓練を受けていた。 優しさや共感を「弱さ」として排除され、心に刻まれたのは一つの教義。 「ダリヤスは裏切り者。弱者を守る者は、愚か者に過ぎぬ」。 宮殿の影 ソニータの覚醒 今、ソニータは火星(マルス)前線基地にいた。 赤い砂嵐が吹き荒れる地表の下、重厚な鋼鉄の砦の奥深く。 そこは、彼の実験場であり、玉座でもあった。 しかし彼は、ただの兵器製造者ではなかった。 長年にわたる訓練と自己改造の末、策略と知性を極めた少年は、今や一個の国家を動かす存在となっていた。 彼の胸に秘められていたのは、たった一つの誓い。 「兄さん……たとえこの身が闇に沈もうとも、君に届かなければ、意味がない。 だから僕は、完璧に強くなる。 その強さで君を超え、君の“本質”を暴くために。」 彼が率いるアマス兵団は、単なる機械兵器の集団ではなかった。 それは、彼の心の深奥にある「絶望」と「希望」が融合し、物質化したもの。 ソニータが設計・開発した兵器群は、いずれも一つの“感情”を核に構成されていた。 《ソニータのアマス兵たち》 • 噴射ミサイル型アマス:怒りを推進力に変え、上空から敵陣へと突撃。空から降る破壊の化身。 • 自爆殲滅型アマス:哀しみを秘め、静かに敵の内部に潜入し、誰にも知られずに終焉をもたらす。 • 空中自在機動アマス:混乱と迷いを風に乗せ、立体的な空中戦で追跡者たちを欺く。 • 磁波対策バリア装置:過去の記憶を守る盾。脳波攪乱兵器を無効化する彼の“防衛本能”の具現。 • 巨大合体変形型アマス:かつて誰にも届かなかった「祈り」が形となり、複数のアマス融合してひとつの巨神と化す。 これらの兵器は、“誰も守れなかった未来”を繰り返させないために生まれた。 ソニータの心そのものが、兵器として具現化されているのだ。 彼は軍の指揮官として冷徹に命を下す一方で、自らの肉体と精神をも鍛え続けていた。 誰よりも強く、誰よりも正確に。 その知性と意志、そして孤独な決意は もはや一国の支配者をも凌ぐ、新たな時代の「支配者」としての風格を漂わせていた。 そして彼は、決して誰にも明かさぬ決意を抱いていた。 それは兄ダリヤスとの、避けられぬ「試練の日」を迎える準備だった。 第八章:ハリーの野望と未来(後半)静かなる炎の胎動 そのころ、宮殿では ハリーの野望は、すでにリゲラルドの手を離れていた。 それは、かつて母として抱いた情愛とはまったく異なる、支配そのものへの渇望だった。 それは熱く燃え上がる激情ではなく、氷のように静かで、だが確実にすべてを飲み込む冷たい焰。 その気配はしばしば空気を硬直させ、まるで目に見えぬ圧力として周囲の者たちを震え上がらせた。 火星と地球を結ぶ次元転送路(シフトゲート)を通じて、 兵器、エネルギー資源、そしてアマス部隊が静かに、だが絶え間なく送り込まれていく。 そのすべては、彼女の掌の中にある。 「星を手に入れる……宇宙の形すら、私の意志で書き換えられるべき」 彼女の心中に、誰にも知られぬ呟きがさざ波のように繰り返されていた。 その裏には、無数の命を天秤にかけた覚悟と、神の座を目指す者の微笑みがあった。 戦いの舞台は整っていた。 彼女が待つのは、ただ一つ。 “その時”彼女にすべてを捧げるソニータからの合図だった。 ⚫︎星と未来の支配者 一方、地球の辺境、人間村。 静寂に包まれたその土地で、ダリヤスを中心とした人々が、今日もまた訓練を積み重ねていた。 だが、それは決して「戦うため」ではない。 生き延びるために この星の未来を守るための、静かな抵抗だった。 アマス兵の動きに対抗する身体訓練。 地下避難都市の建設。 そして、それは単なる避難施設ではなかった。 この星の陸地が失われつつある中、人々は大胆な構想を実行に移していた。 浮遊型海上都市、まるで巨大な船のように広がる人工都市群を海に浮かべ、 さらに、海底の堆積層(たいせきそう)に円筒状のホール柱を深く埋め込み、 陸に匹敵する面積を持つ固定型の海上都市を築き上げたのだ。 それらの都市群は、空に浮かぶのでも、ただ海に浮かぶのでもない。 それは「新たな大地」だった。 しかも、その海上都市と地下都市とは、海底を貫く回廊によって結ばれ、 人々はその中を移動し、二つの文明を行き来することが可能となっていた。 「新たな地表は、空でもなく海でもない。  私たちが立つ場所は、意志によって築かれるのだ」 その構造体には、未来への希望と、過去への決別が込められていた。 だが、静寂は長く続かない。 「ダリヤス様、緊急通信です!  ソニータ軍がアマス部隊を率いて、人間村への侵攻を開始しました!」 人々の間に緊張が走る。 だが、誰一人として取り乱す者はいなかった。 それは、長い備えがもたらした覚悟だった。 ダリヤスは静かに目を閉じ、そして開いた。 その瞳に宿る光は、かつての少年のものではなかった。 希望を託された者の意志、それがあった。 「……来たか」 静かに呟くその声には、怒りでも恐れでもない、運命を受け止める者の響きがあった。 「内部の報告によれば、ソニータは完全な戦闘態勢。 ハリー様の命令を待っているとのことです」 ダリヤスはわずかに唇を引き締め、言った。 「ソニータが……そう、ですか。 ……残念です。 彼とは、いつか分かり合えると……信じていたのですが」 その言葉には兄としての痛みと、 かつて共に語り合った記憶への悔(く)いがにじんでいた。 ふと、彼の脳裏をよぎるのは、 遠く離れた存在、妹・セレナの姿だった。 「セレナ……君はどうしているのだろう。  ハリーの思惑に囚(とら)われていなければよいが……」 希望と不安が混ざり合ったその思いが、彼の心に残る。 その頃、遥か地底に閉ざされた薄暗い部屋の奥で ひとりの少女が、目を開けた。 その瞳には、未だ消えぬ光が宿っていた。 彼女の名は、セレナ。 兄を信じ、闇の中から「未来」を見つめていた。 セレナという存在 セレナ。 彼女は、ハリーとリゲラルドの間に生まれた、第三の子── ソニータの誕生から三年後、静かにこの世界に現れた。 幼い頃から、彼女は宮殿の奥深くで育てられた。 冷たい玉座の影に、孤独とともに寄り添いながら、 「強さとは何か」を問い続ける日々。 その中で、彼女の内に芽吹いたのは、特異な力。 未来を“視る”能力だった。 けれど、その眼に映る未来は、いつも同じだった。 「誰も、何も守れなかった未来」 破滅。裏切り。絶望。 何度視ても、世界は変わらない。 希望は訪れず、結末は繰り返される。 まるで宇宙そのものが、救済を拒んでいるかのように。 その絶望が、彼女を変えた。 否、彼女が絶望を「選び取った」のかもしれない。 「だったら……すべて、私が支配する。 未来も、運命も、宇宙さえも」 セレナは接続する。 時空の彼方より囁(ささや)きを送る、宇宙の意識体ルオニス。 それは、星々の記憶と未来を渡る存在。 彼女の未来視は変質する。 単なる“予知”ではない。 次第にそれは、未来を創る力となり、 そして最終的には **「未来を書き換える意思」**へと昇華していった。 彼女は確信する。 「私が創る未来こそが、唯一の正しさ」 母・ハリーのように。 いえ、それ以上に 「私は、この星々を統べる者となる」 その瞳に宿る光は、もはや愛でも、兄妹の情でもなかった。 そこにあったのは、世界そのものを“支配すべき系”として見据える、冷酷な意志。 かつて慕(した)った兄も、母も、 彼女にとっては「超えるべき存在」でしかない。 それどころか、乗り越え、従わせ、駆逐(くちく)すべき対象となっていた。 彼女は、星の未来そのものに挑む者となった。 静かなる叛逆者。 そして、新たな創造の女神。

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ダリヤス 闇より生まれし光

ダリヤス 闇より生まれし光

第五章 紅鷲(こうじゅ)の王 統一、炎の果てに残るもの(後半) 驚愕(きょうがく)と葛藤 カイは言葉を失っていた。 目の前には、育ての親であるレイクとマーヤ。 そして、血縁だと名乗る者たちが並び立っている。 「ダリヤス……あなたのお母さんよ。思い出せないかしら?」 一歩前に出た女性が、優しく声をかける。 その名は、ハリー。 「私はハリー。あなたの母親なの。ずっと、あなたを探してきたのよ」 隣にいた男――リゲラルドも、静かな声で続ける。 「覚えていないか? ダリヤス……私はお前の父、リゲラルドだ」 一瞬、沈黙が場を支配した。 そして、カイ、いや、ダリヤスは、ゆっくりと口を開いた。 「申し訳ありません。……お二人のことは、まったく覚えていません。 でも、たとえ本当の親だとしても、僕は今の家族のもとを離れるつもりはありません」 リゲラルドの表情が陰(かげ)る。 「……そんなことを言わないでくれ、ダリヤス。 どれほどお前を探し、案じてきたか……私たちの気持ちを、少しでも……」 しかし、ダリヤスはまっすぐに父の目を見つめた。 「それなら、条件があります。この村を、豊かにしてください」 「……この村を?」 リゲラルドは目を細め、周囲を見渡す。 そこには、流木や藁(わら)、泥で造られた粗末な住居が点在していた。 「ここはいったい……?」 ダリヤスは空を一瞬"見た、静かに答えた。 「ここは“人間村”です。 かつて人間とアマスが共に暮らしていた場所。でも今は違う。 アマスは知恵と力、そして永遠の命を手に入れ、人間を支配するようになった。 いまや人間は、ただの労働力でしかありません」 リゲラルドは苦々しい表情で、再び村の様子を見回す。 「……支援は受けていないのか?」 「ほとんどありません。 狩りをし、畑を耕し、獲物を干して、命をつないでいます。 衣食住すべて、自分たちの手でまかなっています」 ダリヤスの決断 ダリヤスの声は静かだったが、その奥には抑えきれない怒りと誇りが宿っていた。 「この土地は、アマスの領地のほんの一部。十分の一にも満たない面積です」 リゲラルドは眉をひそめたまま、静かに黙って深く考えた。 やがて、重く口を開いた。 「……わかった。お前の望みどおりにしよう。 領地を今の三倍に拡張する。それで、いいか?」 ダリヤスはゆっくりと頷いた。 「……ありがとうございます、リゲラルド様」 「では、共に帰ろう。お前の宮殿へ」 旅立ちの朝。 リゲラルドのもとへ向かう準備を終えたダリヤス、かつて“カイ”と呼ばれた少年は、家の前で足を止めた。 そこには、彼を育ててくれたレイクとマーヤが立っていた。 月明かりが二人の姿を静かに照らしている。 マーヤが、震える声でつぶやく。 「……もう、行くのね」 ダリヤスは小さく頷いた。 「うん。でも……まだ信じられない。僕が、あなたたちの子じゃなかったなんて」 マーヤはそっと歩み寄り、ダリヤスの頬に手を添える。 その手はどこまでも温かかった。 「血のつながりなんて関係ない。あなたは、私たちの子よ。 三年前、あの雨の夜に倒れていたあなたを見つけた瞬間、私は母になった。 あなたが笑うたびに、私たちは幸せだった」 マーヤの目に、涙がにじむ。 「……もう少し、そばにいたかった。あなたの笑顔を、まだ見ていたかった。 でも、あなたが旅立つのは、きっと運命なのね」 レイクは黙ってダリヤスに近づき、肩に手を置いた。 「……お前は、誇りだ。 何も持たずに現れた子が、村の未来を考えるほどに成長した。 ……強くなったな」 その声には、不器用ながらも深い愛情が込められていた。 ダリヤスはふたりの顔をじっと見つめ、そっとマーヤの胸に顔をうずめた。 「母さん……ありがとう。母さんのスープの味、忘れない。 父さんと薪割りしたのも、楽しかった。 この村で生きててよかったって、心から思ってる」 マーヤはそっと彼を抱きしめた。 その腕は、かつての幼い彼を包んだあの優しさのままだった。 「あなたは、どこへ行っても私たちの息子よ。……ずっと、ずっと愛してる」 レイクも照れたように腕を広げ、三人は一つに抱き合った。 もう、言葉は要らなかった。 やがて、別れの時が来た。 ダリヤスは涙を浮かべながら、それでもしっかりと前を向いた。 「……ありがとう、父さん、母さん。僕、必ずまた来る。 この村を変えて、もう一度、笑い合うために」 マーヤは涙をこらえて微笑んだ。 「待ってるわ、カイ。……私の光」 レイクも静かに頷いた。 「気をつけて行け。……胸を張って、進め」 最後にダリヤスは両手を広げ、空を見上げた。 星々の下、育てられた日々を胸に刻みながら。 そして、彼は歩き出す。 新たな名「ダリヤス」としての、運命の道を。 その夜、マーヤは泣き続けた。涙が枯れるまで。 その背中を、レイクが無言のまま抱きしめていた。 帰還と再覚醒 こうしてダリヤス、かつて“カイ”と呼ばれた少年は、育ての親のもとを離れた。 宮殿に戻った彼を待っていたのは、「再インプット」だった。 失われた三歳までの記憶が人工的に蘇らされ、 さらに“悪魔”としての力 支配と闘争のための知識と技術が、容赦なく注ぎ込まれていく。 ダリヤスの運命は、次の段階へと動き出していた。 ◆苦しみ続ける人間村 その頃 人間村では、依然として目立った変化はなかった。 人々はアマスの命令に従い、毎日、過酷な労働に追われていた。 リゲラルドは、たしかに“約束”を果たした。 領地は拡張されたのだ。 だが、その「拡張」は、ただの形式的なものでしかなかった。 新たに与えられた土地は、1世帯あたりわずか11平方メートル。 畳で言えば、わずか六畳一間ほど それは希望などではなく、ただの侮辱だった。 「自由」という言葉は、今や夢の中でしか生きていない。 人々は沈黙し、ただ生きるだけの毎日を続けていた。 ◆支配者としての日々と、消えない記憶 その一方で、ダリヤスは宮殿にいた。 リゲラルドとハリー、本当の父と母のもとで、 「支配者」として生きるための訓練を受けていた。 礼儀、命令の仕方、政治の駆け引き、権力の使い方 それは「統治者」をつくる教育であり、同時に「人間らしさ」を削り取っていく儀式でもあった。 だがどれだけ記憶が上書きされようと、 ダリヤスの心の奥には、消えない光があった。 囲炉裏(いろり)のぬくもり。 マーヤの優しい手料理の匂い。 レイクの無邪気な笑顔。 そして、小さな村での穏やかな日々。 それは、石と金属でできたこの宮殿には、決して宿らない「本当の家族」の記憶だった。 ◆揺れる宮殿の力関係 リゲラルドは、ダリヤスの帰還を喜んでいた。 だが、胸の奥では別の懸念が芽生えていた。 ハリーの変化である。 かつて穏やかだった彼女は、いまやリゲラルドの方針に公然と異を唱えるようになり、 その発言力は日々、増していた。 リゲラルドは長年の夢を叶えた。 戦争を終わらせ、世界を統一し、やっと安らぎを得られるはずだった。 だがハリーの瞳には、別の野望が宿っていた。 「リゲラルド様、あなたのやり方は甘すぎます。 この世界を本当に支配するには、情けなど不要です」 「……もう争いは終わった。人々は平和を望んでいる」 「違います。まだ“人間たち”が生きている。 それが、私には我慢できないのです」 その声は冷たく、宮殿の空気を凍らせた。 そしてハリーは、静かに、しかし確実に議会の中心へと歩み寄っていった。 すでに、多くの側近たちは、彼女の指示に従い始めていた。 ◆ダリヤスの葛藤 日々、支配者としての訓練を受けながら ダリヤスの心には、拭いきれない違和感が残っていた。 あの村で、自分を育ててくれた人々のこと。 貧しくとも支え合って生きていた、あたたかな日々。 ある晩、ダリヤスは宮殿を抜け出した。 夜の闇に紛(まぎ)れ、かつての家族がいる人間村へと向かった。 そこで彼が見たものは、変わらぬ現実だった。 傾いた家々。 うつろな目をした人々。 希望を奪われ、言葉さえ忘れたような沈黙。 ダリヤスは、誰にともなくつぶやいた。 「……このままで、いいのか?」 自分は支配者の子として育てられた。 だが、その体には、確かに“人間の血”も流れている。 命じる側で居続けるのか? それとも、自らの手で“変える”側に立つのか? 心は、確かに揺れていた。 ◆リゲラルドの沈黙 その頃、リゲラルドは宮殿の奥深くで、静かに孤独の中に身を置いていた。 かつて「王」として世界を統べた男。 だが今、その姿は権力の象徴ではなく、ただの飾りのように扱われていた。 ハリーが発言力を増し、宮殿内の実権を握るようになるにつれ、 リゲラルドは次第に舞台の裏へと追いやられていった。 「リゲラルド様……このままでは、すべてをハリー様に奪われてしまいます」 忠臣のひとりが、声をひそめて警告する。 だが、リゲラルドは小さく笑い、静かに言った。 「……わかっておる。もはや、わしの時代は終わったのだ」 今、この世界を動かしているのは、ハリーのような者たちだ。 情を切り捨て、理性と効率だけを信じて進む、“冷たい進化”の担い手たち。 かつて戦いを終わらせ、平和を願った王には、もはやその波に抗う力はない。 それでも―― 彼の胸の奥には、たったひとつだけ、消えずに残る希望があった。 それが、ダリヤスだった。 第六章:ダリヤスの思い ■ 二年後の成長 あれから二年が過ぎ、ダリヤスは八歳となった。 この二年の間に、彼は精神と肉体の両面で徹底的な訓練を受け、若き指導者としての資質を着実に身につけていった。 そして今では、宮殿を離れ、いくつかの区域の統治を任されるまでに成長していた。 リゲラルドの厳しい監視から解放された今、ダリヤスの胸に強く去来したのは、かつて惜しみない愛を注いでくれた“育ての親”たちの存在だった。 会いたい。 その想いは日ごとに強まり、やがて確かな決意へと変わる。 「お父さん、お母さん……元気にしてるかな。もう年だから、身体が心配だよ」 小さく独り言をつぶやきながら、ダリヤスは誰にも告げず、密かに人間村を目指した。 ■ 焼け落ちた記憶の場所 しかし、村にたどり着いた彼の目に映ったのは、かつての温もりとは程遠い、無残な光景だった 「……これが……あの村なのか……?」 焼け焦げた家々。黒くすすけた大地。静まり返った空気の中、そこにはもはや人々の賑(にぎ)わいはなく、代わりにアマスたちが居座っていた。 「お父さんたちは……無事だろうか……」 不安を押し殺しながら、ダリヤスは震える声で声を張った。 「おまえたち、何をしている! ここは人間の村だ!」 冷笑を浮かべた一体のアマスが振り返る。 「なんだ坊主、見ない顔だな」 「こいつら人間が勝手に領地を広げてさ。俺たちの住処を奪いやがったんだよ。だから、取り返してるだけだ。食料も土地も、黙っていられるかっての」 怒気をはらんだ言葉に、ダリヤスは静かに、だが強く言い返す。 「……だからといって、家を焼き払うのは違う! まずは宮殿に訴えるべきだったはずだ!」 別のアマスが皮肉混じりに口を挟む。 「訴えたさ。でも戻ってきたのは『自分たちで奪い返せ』って命令だった。なら、やるしかねぇよな?」 その一言に、ダリヤスの瞳が大きく見開かれる。 「…誰がそんな命令を……?」 疑念と怒りが渦巻く中、彼の心には育ての親の安否が何より重くのしかかっていた。 ダリヤスは駆け出す。かつての家を目指して。 ■ 再会、そして喪失 かつての家は、奇跡的に焼失を免れていた。 扉の前で、彼は必死に叫ぶ。 「トントン……カイです! お父さん、お母さん! いますか!」 やがて扉が開き、そこに現れたのは、懐かしい母――マーヤだった。 彼女は何も言わず、涙を浮かべたままダリヤスを抱きしめた。 「お母さん……どうしたの? お父さんは……?」 マーヤの身体が小さく震えた。 「……カイ……お父さんは……アマスに、殺されてしまったの……」 「……えっ……」 マーヤは涙ながらに語り出す。 「お父さんはね、村の代表として、アマスたちに交渉しに行ったの。 『攻撃はもうやめてほしい』って、命を懸けてお願いに行ったのよ……。 私は止めた。でも彼は言ったの。『村の人を巻き込むわけにはいかない』って…… そして、それきり……帰ってこなかったの」 彼女の声はやがてむせびながら声を抑えて泣き始め、ダリヤスの胸を深く締め付けた。 「お母さん、安心して。 僕が……いや、“私”が必ず、この事態を正します」 その眼差しには、少年とは思えぬ強い意志が宿っていた。 (許せない……誰がアマスに命じた? 父を殺したのは、どのアマスだ……!) ダリヤスはすぐさま側近を呼び、命じた。 「宮殿の内部を徹底的に調べろ。この混乱の裏にいる者を突き止めよ!」 心の奥で、彼は誓う。 (過ちを犯した者には、必ず裁きを) ■ 新たな命 その頃、宮殿では新しい命が生まれていた。 ダリヤスの弟。彼より八つ年下の男児。 その名はソニータ。 この小さな命が、やがて兄と共に世界の命運を担うことになるなど、 誰もまだ、知る由もなかった。 ■ 真実の名と裏切り 数日後、調査を終えた側近が報告を携(たずさ)えて戻ってきた。 「ダリヤス様。人間村襲撃の黒幕が判明しました」 「誰だ?」 「……ハリー様の弟、エイヤでございます」 「……エイヤ!? まさか……」 ダリヤスは一瞬言葉を失うが、やがて冷静に返す。 「わかった。私が直接、話をする」 ■ 真実を求めて 「エイヤ様、少しよろしいでしょうか」 「ん? ダリヤスか。何か用か?」 「人間村の件について、確認したいことがあます」 「……ああ、あの件か。確かに、俺が命じた。何か問題か?」 「……なぜです? あの土地は、リゲラルド様から正式に人間に与えられた領地のはず」 「俺はただ、ハリーの言葉を伝えただけだよ。『奪い返せばいい』って、あいつがそう言った」 「……そんな……あれは、私が宮殿を去る代わりに得た、たったひとつの約束だったのに……!」 さらにダリヤスは、父の死について問いかけた。 「……村の長――私の父が、アマスに殺されました。その件に心当たりは?」 エイヤは肩をすくめた。 「さあな。そんな話、俺は聞いちゃいないよ」 「……わかりました。ご協力、感謝します」 背を向けるダリヤスの瞳には、怒りとも悲しみともつかない深い影が浮かんでいた。 ■ ハリーとの対話 その後、ダリヤスは母・ハリーを訪ねた。 「……お久しぶりです、ハリー様」 「おう、ダリヤス。元気そうでなにより」 一見穏やかなやり取り。しかしダリヤスは真剣な眼差しで問いを向けた。 「人間村の約束……本当に、あなたが破ったのですか?」 ハリーは沈黙のあと、静かに息を吐いた。 「……すまなかった。お前には、本当に悪いことをした」 さらにダリヤスは、父の死について尋ねる。 「……私の父が、アマスに殺されました。あなたは……その事実をご存じでしたか?」 「……なに……?」 ハリーの表情がこわばる。 「知らなかった……そんな……私は……」 その動揺に嘘は感じられなかった。 「……そうですか。それなら、私が自らの手で真相を確かめます」 その眼差しには、もはや迷いはなかった。

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ダリヤス 闇より生まれし光

ダリヤス 闇より生まれし光

あらすじ  二一〇〇年。世界は変わり果てた 環境破壊とAI進化の果てに、都市は滅び、一〇〇億に達した人類は一〇億を切った。 それでも人は「永遠の命」を求め、肉体と心を機械にゆだねていく。 脳にAIを融合させた存在アマス。 彼らは不老不死の力を得る代わりに、感情を失い、涙を流すことすらできなくなった。 だが、ただ一人だけ違っていた。 少年ダリヤスは、アマスの力を宿しながらも、人間の“心”を持ち続けていた。 彼はまだ、涙を流すことができた。 右半身には機械の力。左目には希望の光。 そんな彼の前に現れたのは、宇宙の彼方から来た民ルオニス。 歌に記憶を刻み、魂の響きを伝える彼らは、人類が忘れてしまった心の光を取り戻そうとしていた。 なぜ、ダリヤスはこの時代に生まれたのか? そして、彼が流す涙には、どんな意味があるのか? これは、解き放された宇宙と人類の絆が、再び結び直されるための物語。 そして、忘れられた心の光が、再び世界を照らしはじめる。 第一章 星を欲する瞳 温室の夕焼け 「ぼくも、星を見つけて、全部ぼくのものにするんだ」 それは、まだ何も知らない少年の声だった。 けれどその響きには、なぜか言葉以上の深さがあった。 西暦二一〇〇年 地球の周回軌道上に浮かぶ植物温室ドーム。 ガラス越しに射す夕陽が、橙色の光となって葉脈を透かし、低重力で揺れる噴水の水面に小さな波紋を描いていた。 静かな温室の中、ダリヤスはそっと植物の茎に触れながら、母に尋ねる。 「お母さま。お父さまって、本当にそんなに強いの?」 母のハリーは、静かに微笑みながら息子の髪を撫でた。 「ええ。リゲラルドは、いくつもの国と都市をひとつにまとめた“王”よ」 その声は優しかったが、どこか遠くを見るような寂しさが滲(にじ)んでいた。 ダリヤスは目を輝かせて言った。 「ぼくも、強くなる。星を見つけて、全部ぼくのものにするんだ」 その幼い我が子の純白で純粋な決意に、ハリーはほんのわずか、表情を曇らせる。 「星を得るには、力と知恵。どちらも必要よ」 ハリーはダリヤスの小さな手をそっと握り、胸の奥で静かに思った。 (この子の中に眠る“闇”もまた、きっと強い) 二 人間であった時代 翌朝。 ダリヤスは、朝食を待つ間、ぽつりと呟くように尋ねた。 「お父さまのお父さま、つまり、おじいさまって、どんな人だったの?」 ハリーは少し驚きながら、微笑んで頷(うなず)いた。 「あなたのお父さまはリゲラルド。その父がアリオス、そしてその父がグレイヤ様。今のこの国を築いた人よ」 彼女の瞼(まぶた)の奥に、ひとつの映像が浮かぶ。 灰が舞う廃墟(はいきょ)の中 剣を地に突き立てた男がいた。 彼の名はグレイヤ。剣先から放たれた蒼い光が、戦場に満ちていた音と叫びをすべて、静寂(せいじゃく)に変えた。 「ダリヤス、昔は、まだ“人間だけの世界”だったのよ....」 「いまは違うの?」 「二〇五〇年代。3Dプリンターで臓器が作れるようになって、人の寿命は百年を超えた。でも、“心”は進化についていけなかったの。  限界のない体を得た人間は、やがて“自分を捨てる”道を選んでしまった」 ハリーは卓上端末に指を滑らせ、空中に浮かんだホログラムに目をやる。 目の中心に金属の虹彩(こうさい)を持つ存在が、培養液の中でゆっくりと目を開く。 「それがアマス。人間とAIの融合体。  二〇六八年、その第一号が目を覚ました夜、世界中が歓喜と恐怖で震えたのよ」 ダリヤスはその映像をじっと見つめ、ぽつりと呟いた。 「人間じゃない。でも、人間でもあるんだね……」 三 帰還する王 夜。 静まり返った回廊に、金属の足音が低く響く。 黒銀の装甲(外部からの攻撃を防ぐ金属の)スーツをまとった男リゲラルド。 惑星調査から、帰還したばかりだった。 「外圏種の痕跡(こんせき)を確認した」 ただそれだけを告げた彼の声に、感情の余地はない。 ハリーは慎重に言葉を選びながら問いかけた。 「痕跡……つまり、過去に何かがあったことが分かる“証”が残っていたのね?」 「ああ、そうだ」 「あなたは《セカンド・コア防衛機構》の中枢。アースネストは、あなたがいなければ守れないわ」 《セカンド・コア》 それは、人類が滅びたあとの“第二の心臓”。 忘れられた魂の声を、再び宇宙へと響かせるために造られた中枢。 その役割を担う者が、リゲラルドだった。 「対処は進める」 淡々と答えた彼は、次の言葉を口にする。 「ダリヤスは?」 「《創星プラン》に夢中よ。でも……感情のゲートが強く閉ざされているの。  感じることができなければ、創ることもできない」 「適応できぬ者は、淘汰(とうた)される」 その言葉に、ハリーは目を伏せた。 「淘汰なんて……ダリヤスのことを見捨てないでください」 (この子の光を守れるのは、母である私しかいない) 四 母の祈り 深夜。 ハリーは眠るダリヤスの手を取り、そのぬくもりを頬(ほほ)にあてる。 「どうか……あなたの中の光が、闇に呑(の)まれませんように」 クリスタルの窓の外には、無数の星々がまたたいていた。 そのひとつが、かつてグレイヤが穿(うが)った星と同じ色をしていた。 英雄グレイヤが、戦場で放った剣が宇宙の星を貫いた そんな伝説が語り継がれるように、あの星は空に残されている。 この小さな手が、いつか世界を救うのか。 それとも、すべてを焼き尽くすのか。 ハリーの祈りは、夜の静寂に溶け、宇宙の深淵へと吸い込まれていった。 第二章 王グレイヤの遺志と、兄弟の宿命(前半) 「人間は、命に限りがあるからこそ、強くなれる。そして、優しくもなれるのだ」 この言葉を遺(のこ)したのは、かつて世界を治めた王、グレイヤ。 彼の言葉は、時代を越えて、今も人々の心に静かに語りかけている。  王宮の広間。 夕暮れの光が高窓から差し込み、石壁を金色に染めていた。 その中に立つ一人の老臣。顔には深い皺(しわ)、声には長年の忠誠と、わずかな懇願(こんがん)がにじんでいた。 老臣は顔のしわも深く、重々しく心を込めて誠実に頭を下げ、お願いをしたのである。 「グレイヤ様。  《アマス》の力を、お使いになるおつもりはありませんか?」 グレイヤは目を閉じ、深く静かな沈黙を湛(たた)える。 やがて再び瞳を開いたとき、そこには確かな決意が宿っていた。 「私は、人間として、この命を終えたい。  魂も、記憶も、肉体もすべて、人間のままで在りたいのだ」 老臣はたじろぎながらも、なお言葉を尽くそうとする。 「しかし、王よ。  いまもこの世界には、あなたの導きが必要なのです。  アマスとなれば、その知恵と力で、もっと長く人々を」 グレイヤは、ゆっくりと首を横に振った。 「分かっている。だが、私はもう十分に生きた。  命には終わりがある。それを受け入れて、未来を託すこと。  それが、私に課せられた最後の務めだ」 老臣は、深く頭を垂れた。 それ以上、語るべき言葉はなかった。 グレイヤは、生涯をかけて《アマス化》AIとの融合による永遠の命の道を拒み続けた。 それは、かつて自らが選び、そして後悔した「進化の果てに歪んだ世界」への、深い反省と贖(あがな)いでもあった。 贖いとは賠償の古語で、一般には罪を償(つぐな)う、あるいはそれに相当することを行うことを意味する。 過ちを繰り返さないために。 「人間とは何か」という問いを、次の時代へと渡すために。 そして ただの人間として死ぬこと。 その儚(はかな)さこそが、未来にとって最も大切な遺産になると、彼は信じていた。 第二章 王グレイヤの遺志と、兄弟の宿命(後半) それから、二十年の歳月が流れた。 王グレイヤの身体は、正体不明の病に静かに蝕(むしば)まれていた。 王宮の寝室には重い沈黙が漂い、最後の時が近づいていることを誰もが悟っていた。 枕元には、成長した二人の息子アリオスとスネークが並んで立っていた。 やせ細った身体をわずかに起こしながら、グレイヤはかすれた声で語りかける。 「アリオス、スネーク  お前たちに、永遠の命を託したい」 アリオスは息を呑み、思わず声を上げる。 「な、何をおっしゃるのですか、父上!」 スネークもすぐに続いた。 「そうです私たちはまだ、父上に何一つお返しもできていないのに!」 グレイヤは、かすかに口元をほころばせた。 その微笑には、力弱くも深い慈悲に満ちた愛情が込められていた。 「だからこそだ  お前たちは、これからの未来を生きる者たち。  アマスとなり、この国を、人々を守ってくれ頼んだぞ」 そう言い残すと、王はそっと目を閉じた。 その瞬間、長きにわたり国を導いた偉大な王の命が、静かに幕を閉じた。 グレイヤには、二人の息子がいた。 兄アリオス。冷静で知性的、秩序と戦略を重んじる指導者。 弟スネーク。情に厚く、民の声に寄り添う温かな人格の持ち主。 グレイヤは、自らの最期の力で二人に(アマス因子)を託した。 それは、永遠の命と超高度な知性をもたらす進化の鍵であった。 やがて、王の死を境に国は二つの思想に分かれていく。 北方には、理性と秩序を重んじるアリオス王国。 南方には、感情と共生を掲げるスネーク王国。 だがその分裂は、争いを意味していたわけではなかった。 グレイヤの遺志を胸に、兄弟は互いの価値観を尊重し合い、平和な関係を築いていた。 ある夕暮れ、小さな宴の席にて。 「スネーク。実はな。婚約を考えている女性がいるんだ」 盃(さかずき)を手に、アリオスが少し照れくさそうに告げる。 「えっ、本当に? それは嬉しいよ! 実は僕も、近いうちに結婚するつもりだったんだ」 「奇遇だな。兄弟そろって、同じ時期に人生の節目を迎えるとはな」 「うんきっと、父上も空の上で喜んでくれているよ」 ふたりは笑い合い、盃をそっと合わせた。 その清らかな音が、グレイヤの想いと兄弟の絆を、未来へと静かに繋いでいった。 焚き火の夜に 焚き火を囲むアリオスとスネークは、亡き父グレイヤとの記憶を語り合う。 かつての地球はAIに依存し、人間は考えることすら放棄した。「最適化」により感情は奪われ、人はただ生きるだけの存在になった。 だがアリオスとスネークには、まだ“感じる心”がある。父グレイヤは、だからこそ選択できるのだと語る。 その夜、父は二人に語る「進化とは、立ち止まり、問い直すことでもある」。 やがて話題は、ダリヤスという“深く感じる少年”へ。闇の中にいる彼を「光として呼び覚ませ」と、父は託す。 次第に話は、地球と人類の激動の歴史へと移る。 氷床が溶け、海面上昇で都市が消滅し、人類は“浮かぶ都市”へ避難。 その中でAIと人間の融合体「アマス」が誕生するが、それは希望と同時に「人間性の終焉(しゅうえん)」を意味していた。 AIが労働を担い、人間は「なぜ生きるのか」を問う時代に。 通貨は「信用」となり、国ではなく「どの文明に共鳴するか」が重要になっていく。 教育も記憶や知識ではなく、共感・創造・心の成長が主軸へと移った。 そして、「アマス計画」が始動。 多くの者が融合に失敗し、“旧人類”として捨てられた。 戦争、疫病、飢饉が続き、人口は激減。国家ではなく「進化 vs 人間性」の戦いが始まっていた。 アマス計画が始まった理由 一. 人類の限界が見えた • 二〇四五年以降、AIの急激な進化により、人間は「考えること」や「判断すること」をAIに依存するようになった。 • しかし同時に、人間自身の精神・肉体の限界が浮き彫りになった。 • 環境破壊による食糧危機 • 感情の暴走、社会不安、自殺の増加 • 老化と死に対する恐怖 二. 「永遠の命」への執着 • 臓器3Dプリントや遺伝子編集により、“老い”や“病気”は克服されつつあった。 • しかし“死”だけは克服できなかった。 • 人々は死を恐れ、「意識だけでも生き残りたい」という欲望に取りつかれていく。 三. AIと融合することで「不死」を実現 • 一部の政府と企業が、人間の脳とAIを融合する実験に成功。 • その成果が「アマス」人間の肉体とAIの知性を併せ持つ、新しい存在。 四. “秩序”と“効率”を保つための選択 • アマスは感情を捨て、「合理性」だけで動く。 • 混乱と戦争に沈んだ地球において、アマスは“理想的な統治者”として歓迎された。 五. 「人間らしさ」より「生存」を優先 • 国際社会は「人間らしさ」ではなく、「機能性と存続可能性」を選んだ。 • その結果、人間をアップデートし、“より壊れにくい存在”にすることが正義とされた。 グレイヤはその混乱の中、“ただの人間として王国を創り、人とAIアマスが共存できる未来を夢見た。 彼の言葉で物語は締めくくられる。 「私は“最後の人間の王”として、人間の未来を守り続ける」 静けさが辺りを包んだ。 しばらくして、スネークがぽつりと呟く。 「兄さん……あの話、本当に衝撃だったね」 アリオスは優しく微笑み、弟の肩にそっと手を置いた。 「スネーク。僕たちが、父の願った未来を、本当の形にしなければならないんだ」 スネークは目を伏せ、静かにうなずいた。 「……うん。分かってる、兄さん」  しかし その平和で幸せな時代は、そう長くは続かなかった。 第三章:王の遺志を継ぐ、兄弟の宿命(前半) やがて時は流れ アリオス王国に、一人の男の子が誕生した。 名は、リゲラルド。 それから三年後。 スネーク王国にも、新たな命が生まれた。 名は、ラミエル。 ふたりの子どもは祝福の中でこの世界に生まれ、 兄弟王国の間にも、一時の平和が訪れていた。 星降る夜、ラミエルと父スネークの語らい 夜が静かに降りるころ。 海上都市のバルコニーで、ラミエルはスネークの隣に座っていた。 潮風が優しく吹き抜け、沖には丸い月が銀色の光を波間に映している。 都市の喧騒(けんそう)は遠ざかり、ふたりの周囲は星の沈黙に包まれていた。 やがて、ラミエルが静かに口を開いた。 「父上……祖父グレイヤは、なぜ“世界の王”と呼ばれたのですか?」 スネークはしばらく夜空を見上げ、静かに答える。 「簡単に言えば“皆が倒れていく中で、彼だけが立ち続けた”からだ」 「戦争や“アマス”が現れた混乱の中で、ですね?」 「そうだ。 二〇四五年、人類はAIとの融合を急ぎすぎた。 技術は進んでも、人の心は追いつけなかった。 融合に失敗して壊れてしまった者も多かった。 戦争、飢餓、自殺……世界は一気に崩れていったんだ」 「でも、祖父は壊れなかったんですね?」 スネークは微笑み、ゆっくりと頷いた。 「いや、“壊れなかった”というより、“壊れた世界でどう生きるか”を考え続けた。 彼は、人間としてAIとどう共に生きるかを選ぼうとしたんだ。 支配でも拒絶でもなく、その“あいだ”にある道を」 「……それが、“共に生きる”という選択ですね」 「その通りだ。 人々が“敵か味方か”と分け始めた時代に、 グレイヤはその中間に立ち続けた。 アマスを否定せず、人間の希望も捨てなかった。 ……そんな人は、他にいなかった。 だからこそ、人々は彼を“王”と呼び、未来を託したんだ」 ラミエルはゆっくりと頷いた。 「“あいだに立つ者”……祖父は、橋のような存在だったんですね」 スネークは、そっと息子の肩に手を置いた。 「そうだ。“光と闇の狭間”に立つ王。それがグレイヤだ。 ……ラミエル。お前も、いつかその場所に立つことになる。 だからこそ、頼んだぞ。ラミエル」 第三章 従兄弟の血と運命(後半) 一 父との決裂 「また仲間を傷つけたのか、リゲラルド! いい加減にしなさい!」 訓練場で父アリオスが叫んだ。周囲には、倒れて血を流す少年たちがいる。 だがリゲラルドは、落ち着いたまま言い返す。 「悪いのは僕じゃない。言うことを聞かないあいつが悪いんだ」 「力を持つ者こそ、謙虚でなければならないと教えただろう!」 「もう父上の甘い説教はうんざりです。そんな考えじゃ誰もついてきませんよ」 その瞬間、ふたりの間に深い溝が生まれた。 父と子ではなく、支配者と反逆者として向き合うことになったのだった。 二 芽生える「悪」 その日から、ふたりの関係は壊れたまま。 父が語る「正義」や「平和」は、リゲラルドには退屈でしかなかった。 彼は思った。 正しさだけでは世界は変わらない。変えるには、“悪”が必要だ。 やがてその思いは確信に変わり、彼の耳にささやく声が現れた。 「契約を結べば、力が手に入るぞ……」 三 悪魔との契約 十歳の夜、リゲラルドは古びた塔の礼拝堂で、闇に向かってつぶやいた。 「この命をくれてやる。代わりに、世界を寄こせ」 その瞬間、黒い光が右目を貫き、肌に不思議な模様が浮かび上がる。 それは、正体不明の存在との契約の印だった。 四 暗黒の戴冠(たいかん) 力を得たリゲラルドが恐怖とカリスマでまとめ上げた、アマス(AI融合兵)たちによる最強の親衛部隊を支配。 そしてわずか一年で父アリオスを追放し、自ら王座に就(つ)いた。 新たな王リゲラルド。まだ十歳だが、その目は百年を生きた獣のような冷たさを宿していた。 五 七年の侵攻 「ハハハハ! 俺の時代が始まる!」 少年王リゲラルドは、戦いと破壊に快感を覚え、国々を次々と焼き払っていった。 力と恐怖で世界をねじ伏せようとする彼の軍は、七年間で広大な領土を手に入れた。 そしてついに、その軍旗はスネーク王国の城門にまで迫る。 六 スネーク王国・最後の希望 国の三分の二を失い、王都にも敗北の空気が漂っていた。 「諦めるな! 我々にはこの国を守る責任がある!」 スネーク王は玉座の間で怒鳴った。 そこへ、十四歳になった王子ラミエルが歩み出る。 「父上……私は、この国のみんなが大好きです。 だから、リゲラルドを止めたい。剣を取らせてください」 その瞳には、恐れよりも決意が宿っていた。 七 宿命へ向かう旅 スネーク王の許しを得たラミエルは、父の側近や人間の義勇兵たちと共に、前線へと旅立った。 まだ十四歳の少年だったが、その胸には「希望をつなぐ」という強い意志が、確かに灯っていた。 破壊された都市、怯える人々、焼け焦げた大地。 それでもラミエルは信じていた。 どれほど悲惨な戦場でも、誰かが未来を信じて歩み出さなければ、希望は決して生まれないのだと。 だが、この時のラミエルは、まだ知らなかった。 自分がこれから戦おうとしている敵 リゲラルドが、実は血を分けた従兄弟であるということを。 そしてさらに知らぬままに そのリゲラルドこそが、幼い日々、海上都市で偶然出会い、名前も知らぬまま友情を育んだあの少年、 “蒼狼(ブルー)”と呼んだその少年だったということを。 ラミエルは“紅鷲(スカー)”と呼ばれ、リゲラルドは“ブルー”と呼ばれていた。 ふたりは身分も素性も知らず、ただ純粋な心で互いを受け入れていた。 笑い、遊び、共に走ったあの日々。 そして今、そのふたりは知らぬまま、 運命に導かれ、“敵”として再び相まみえようとしていた。 過去と現在が交差し、魂が揺さぶられる再会が待つことを、 ラミエルはまだ何も知らなかったのだった。 八 リゲラルドの玉座 「リゲラルド様、侵攻は順調です。まもなくスネーク王都も落ちるでしょう」 報告を受けたリゲラルドは、王座に座ったままうなずいた。 「そうか……俺の旗がこの星全土に翻(ひるがえ)る日も近いな」 指揮官が深く頭を下げると、リゲラルドは短く「任せた」とだけ告げた。 王は満足そうに目を細める。 「この都市も、最初は小さな海上拠点だった。 だが今では、アマスの労働力で広大な陸と変わらぬ面積を持つ。 ……グレイヤは、やはり偉大な王だったな」 リゲラルドは静かに笑った。 「だが、この星のすべては、いずれ我が手に落ちる――」 そう、彼は今や、かつての無邪気な少年ではなく、 血と支配の上に立つ“闇の王”と呼ばれる存在となっていた。 九 黒い嵐 リゲラルド軍の侵略は容赦がなかった。 焼き払われた町、引き裂かれる家族。 その暴風は、小さな農村にも迫っていた。 十 祈り 「どうか、この家だけは焼かないでください!」 年老いた男――ハリーの父・リガルは、兵士の前にひざまずいた。 背後には、土と麦藁で作られた家が夕日に染まり、燃えかけている。 「お父さん、やめて! 危ない!」 ハリーが叫ぶ。 「この村は、人間とアマスが力を合わせて築いたものだ。簡単には渡さん!」 だが兵士は、言葉もなく剣を抜いた。 金属が空気を切る音と共に、リガルの肩に血が飛び散る。 「父に何をするの!」 ハリーの悲鳴に、兵士は冷たく言い放つ。 「騒ぐな。命が惜しければ、従え」 十一 奪われる自由 村の男たちは武器を持つことすら許されず、列に並ばされた。 女たちは縄で縛られ、無理やり運ばれていく。 畑は踏み荒らされ、井戸には油が流され、 人々の生活は無残に破壊された。 「私も、連れて行かれるの……?」 「当然だ。王の宮殿で働け。生きているだけありがたく思え」 ハリーは震えながら、遠く王都の尖塔(せんとう)を見つめた。 その頂天が尖(とが)った建物には幼い頃から育った思い出が詰まっていた。焼かれ落ちて行く思い出が----。 その先に、運命が待っているとも知らずに。 十二 運命の歯車 こうして、ひとりの少女ハリーと、“闇の王”リゲラルドの道が交差する。 この出会いが、やがて王国の歴史を変える火種となる。 十三 出会いの瞬間 ある日、リゲラルドが宮殿の長い回廊を歩いていた時 ふと、一人の少女に目をとめた。 「……なんと、美しい娘だ」 彼は側近に命じた。 「名を調べろ」 命令を受けた兵士が、ハリーの前に立つ。 「そこの娘、名を言え」 「……ハリーと申します」 兵士は少し驚いたように笑った。 「覚えておくといい。 リゲラルド様が、お前に興味を持たれた。 近いうちに、お声がかかるだろう」 十四 微光の誕生(かすかな光) 父を殺され、自由を奪われたハリーは、宮殿で働くことになった。 毎日は命令に従うだけ。 希望などないと思っていた。 けれど、ハリーの心の奥底には、 ひとつだけ、消えない炎が灯っていた。 力が欲しい。 もう、無力な自分でいたくない。 その感情は、かつてリゲラルドが抱いた想いと、どこかで共鳴していた。 ふたりの心は、静かに、知らず知らずのうちに響き合い始めていた。 十五 ふたりの絆と愛 やがて、リゲラルドとハリーは、静かに惹(ひ)かれ合っていく。 深く傷つき、孤独を知る者同士 その心は自然と寄り添った。 リゲラルドは、ハリーの前でだけ、自分の「弱さ」を見せるようになった。 かつて母を守れなかった悔しさ。 人を信じきれなかった哀しみ。 夜な夜な悪夢にうなされるその姿を、彼はもう隠さなかった。 ハリーは、そのすべてを見て、そっと手を取り語りかけた。 「あなたがどれほど強くても…… 私は、あなたの“壊れそうな心”ごと、愛します」 その言葉に、リゲラルドはしばらく黙っていたが、やがて小さく笑った。 「……それは、呪いにもなる言葉だな」 けれどその声には、確かな温かさがあった。 十六 王の噂 ふたりの関係は、やがて宮殿の中でも噂さが広がり宮殿の外にも広がり始めていた。 「リゲラルド様が、ひとりの女に心を奪われたらしい」 その声は、王の威厳を静かに、しかし確実に削っていった。 だが、リゲラルドは動じなかった。 ハリーを常に傍(そば)に置き、はっきりと言った。 「この国を手に入れても……お前がいなければ、すべてが瓦礫(がれき)だ」 ハリーの胸に、不安が広がる。 「……もし私が、あなたの弱点になってしまうのなら、いっそいなくなった方がいいのかもしれません」 しかしリゲラルドは首を横に振った。 「違う。お前がいるから、私は闇に飲まれずにいられる。 お前は“弱点”ではない。“支え”だ」 その言葉に、ハリーは何も言わず、ただ彼の肩に寄り添った。 十七 許しと選択 ある日 スネーク王国の地平線に、反乱軍の旗が現れる。 その軍を率いていたのは、若き将軍・ラミエルだった。 彼のもとには、かつてハリーと共に暮らした人々の姿もあった。 戦いの前夜、仲間たちはハリーに声をかけた。 「ハリー、目を覚ませ。今ならまだ間に合う」 「リゲラルドは、お前のすべてを壊す。 あの男に心はない。苦しむのはお前だ」 ハリーは、静かに答えた。 「……私の選んだ人は、罪深くて、孤独で、壊れそうで…… でも、誰よりも“人間らしい”人でした。 私は、その人の罪ごと愛すと決めたのです」 その声は静かだったが、仲間たちの胸に深く届いた。 十八 地獄も共に ハリーは、リゲラルドのもとへ戻り、まっすぐ彼を見つめた。 「もし、あなたが地獄に堕ちるなら――私も共に堕ちます。 でも、あなたの中に少しでも“救われたい”という願いがあるなら…… 私は、その道を一緒に歩きます」 リゲラルドは、何も言えなかった。 その瞬間 心の奥で、何かが崩れる音がした。 長く閉ざしていた扉が開き、静かに、ひとすじの涙が頬を伝う。 「……そんな言葉、誰にも言われたことがなかった」 リゲラルドは深くしゃがみ込み苦しみもがいていた過去の出来事を走馬灯の様に頭に浮かべ声を出して泣き崩れていた。 十九 決断 戦いが始まっても、ふたりは互いの手を離さなかった。 剣が交わり、叫びが響き、血が大地を濡らしても 彼らの心は、確かに一つだった。 そしてついに、リゲラルドは決断する。 「もう、私は力にすがらない。 血で染めた王座など、捨ててやる。 私が望むのは、お前と歩む未来だ」 その言葉に、ハリーは優しく頷き、微笑んで応えた。 「ならば、私たちの愛が、この世界を変える光になる。 私は、それを信じます。何度でも」 二十 闇の中の光 こうして、深い傷を負ったふたりの魂は、ようやく結びついた。 それは「支配」や「復讐」ではなく、 「理解」と「赦し」から生まれた、真実の愛のかたち。 かつて闇に堕ちた者たちが、ようやく手にした、 “新しい光”への一歩だった。 第四章:ラミエル迫るリゲラルドに終止符を打つために 出会いの門 五年の戦いを重ね、十九歳になったラミエルはついに王都ルビアンの前に立った。 城門の前に現れたのは、赤いマントを羽織った青年将校。片目は青く、もう片方は金色に光るそれがリゲラルドだった。 「名を名乗れ」 「ラミエル。スネーク王国の王子だ。お前を倒すために来た」 二人の視線がぶつかり、剣が抜かれる。火花のような剣撃が交わり、空気が震える。 地下の石の壁に、剣と剣の音が響き渡る。 リゲラルドは相手の動きに、どこか懐かしさを覚えた。どこかで見たことのある剣筋。いや、そんなはずはない……けれど、確かに感じる。 ラミエルもまた、目の前の男に違和感を抱いていた。剣を交えるたび、心の奥で何かがざわめく。あの青い目……どこかで、見たことがある。 やがて距離が近づき、息が触れるほどになった時、ラミエルがつぶやいた。 二人は幼い頃の出来事を剣と剣を交わいながら脳裏の奥底から思い出していた。 幼き出会い 、蒼き目の少年と赤い髪の少年 それは、ラミエルが八歳のときのことだった。 彼は、父とともに一時的に訪れていた“海上都市セレーネ”の片隅、小さな港の近くにある、古びた石の砦へ迷い込んだ。 砦は誰にも使われておらず、子どもにとっては格好の秘密基地のような場所だった。 ラミエルはそこで、足を滑らせ、低い崖から砂浜へ落ちてしまった。 「おい、大丈夫か!?」 声をかけてきたのは、同じ年頃の少年だった。 白銀の髪。 右の目は澄んだ青、左の目は金色に近い不思議な色をしていた。 少年はすぐにラミエルのもとへ駆け寄り、手を差し出した。 「立てるか? 膝、すりむいてるぞ」 「……ありがとう、大丈夫……」 「名前は?」 「……言えない。王子だから、身分を隠せって言われてるんだ」 少年はニッと笑って言った。 「じゃあ、俺が勝手に呼ぶ。お前、髪が真っ赤だな。燃えるみたいだ。……スカー、って呼んでいい?」 ラミエルは少し驚きつつも、笑ってうなずいた。 「じゃあ……君の目、すごくきれいだよ。青くて、まるで空みたいだ。ブルーって呼ぶよ」 「決まりだな。今日から俺たちは“ブルー”と“スカー”だ!」 それから二人は、毎日のように砦や港で遊んだ。 砦を秘密基地にして冒険ごっこをしたり、壊れた船の上で戦いごっこをしたり。 岩場を飛び越え、波と追いかけっこをしながら、心の距離はどんどん縮まっていった。 ある夕暮れ、海を見ながら二人は並んで座っていた。 「なあ、ブルー。いつか、本当の戦争に巻き込まれたら、俺たち敵同士になっちゃうのかな……」 「……ならないよ。だって、俺たちは友達だろ?」 「うん。……ずっと友達だ」 だが、その約束は、果たされることはなかった。 次の日、ラミエルは突然帰国命令を受けた。 ブルーに何も告げられず、別れの言葉も言えないまま、船に乗って離れていった。 残されたブルーは、砦に一人座り、いつまでもラミエル“スカー”が帰ってくるのを待っていた。 記憶が蘇る 「まさか……“ブルー”…お前なのか?」 リゲラルドの目が見開かれた。 「その呼び名……なぜ知ってる?」 「俺も思い出した。昔、海のそばの砦で一緒に遊んだ……赤い髪の子ども……お前だったのか……?」 リゲラルドも驚きを隠せなかった。 「お前が“スカー”……? それなのに、どうして敵として現れた?」 ラミエルの手が震えた。 「ブルー……俺たち、従兄弟だったんだな……」 リゲラルドの剣も下ろされていた。 「皮肉なもんだ。あの頃は、名前も知らずに笑い合っていたのにな……」 そのとき。 地下の鉄の扉がきしみ、誰かが駆け込んできた。 地下室の衝撃 駆け込んできたのはハリーだった。彼女はすぐにラミエルの背後へ回り、短剣を肩に突きつけた。 「リゲラルド様、今です! あなたが手を汚せないなら、私がやります!」 彼女の叫びとともに、短剣がラミエルの肩を深く斬りつける。 「やめろ、ハリー!」 リゲラルドが叫んだが、もう遅かった。ラミエルは血を流しながら、静かに倒れた。 「……ブルー、やっぱり……君だったんだな……」 ラミエルはかすれた声でそう言った。 「不思議だ……最後に会うのが、君でよかったのかもしれない……名も知らなかったけど……俺は、ずっと忘れたことがなかった……」 リゲラルドは膝をつき、呆然とした。 「……お前が“スカー”だったなら……どうして敵として来たんだ……!」 ラミエルは、震える手で空をなぞるように伸ばす。 「……争いじゃなく……愛で、この国を変えてほしかった……それだけだったんだ……」 ハリーはその場に立ち尽くしていた。自分がなぜ剣を振るったのかその理由が見えなくなっていた。 リゲラルドはつぶやいた。 「俺は守ったのか……それとも……壊したのか……」 誰も、その問いに答えることはできなかった。 地下室は、しんと静まり返っていた。 リゲラルドは、倒れたラミエルのそばから動けなかった。 深く脳裏の奥底からあの時の出来事を明確に映し出していた。 「……“スカー”って、呼ばれてたんだな……」 懐かしい記憶が胸によみがえる。岩場で遊んだ少年、笑いながら追いかけてきた日々。 「“ブルー”……俺をそう呼んでたな……」 ラミエルは静かに笑みを浮かべながら眠る様に目を閉じた。 涙は出なかった。ただ、胸の奥で何かが壊れる音がした。 そのとき、ハリーが震える声で話し出した。 「……知りませんでした……この人が、あなたの従兄弟だったなんて……」 リゲラルドは、ハリーの方を振り向いた。 「……どうしてあの時、迷いもせず剣を振るった?」 ハリーは目を伏せ、答えられなかった。 「……あなたが王として立ち上がることを、信じたかった。 でも……あなたは、まだ迷ってる」 「迷ってるさ。……人を斬っても、何も変わらなかった……!」 リゲラルドは叫んだ。 ラミエルが従兄弟だと知らなかった"でも"心では知っていた。どこかで、ずっと覚えていた。 やがてハリーは彼の手を取り、静かに言った。 「……この血は、もう消えない。だからこそ、あなたが背負って生きてください。彼の想いも、この罪もすべて」 リゲラルドはその手を握り返した。 新しい時代へ 地下室の天井にひびが入り、誰かが上で動いている気配がした。 「……この王国も、終わりが近いわね」 ハリーの声は、あきらめではなかった。それは、新しい時代の始まりを告げる音だった。 「ブルー。もしあなたが新しい何かを目指すなら、スカーの願いも、私の罪も、全部抱えて進んで」 リゲラルドは血に濡れた剣を拾い、光の差す方へ歩き出した。 「……スカーの命を、無駄にはしない。この血の意味を、王として背負って生きていく」 その顔には、まだ若さの痛みと、確かな覚悟が宿っていた。 扉の向こうで、また新たな運命が動き出していた。 第五章 蒼浪の王、統一、炎の果てに残るもの(前半) ラミエルが剣を取り、祖国を護った六年間 それは、血と灰で記された時代だった。 だが、地下室で息絶えたその最期の瞬間、 彼の瞳には“光”が宿っていた。 その光を心に刻み、リゲラルドは歩き始める。  焔(ほのお)を踏み越えて 「ハリー……私は、もう十分すぎるほど奪ってきた。もう終わらせてもいい気がしている」 紅の外套(がいとう)を風になびかせ、リゲラルドは静かに言った。 だが、隣に立つハリーは首を横に振り、真っ直ぐに返す。 「終わる? 今さら? あなたは“赤い髪”を倒し、王座に手をかけたのですよ!」 リゲラルドは目を閉じる。 胸の奥に、あの森の日の記憶 “ブルー”と“スカー”と呼び合い、笑い合った幼い日々が浮かんでいた。 「……ラミエルは強かった。不覚だったよ。 従兄弟と知らず、剣を交えていたとはな。 あの炎の中で、自分の驕(おご)りを思い知らされたのかもしれない」 「ならばこそ、進むのです」 ハリーは低く囁(ささや)く。「あの光を、あなたの手で証明して」 リゲラルドはわずかに笑みを浮かべ、頷(うなず)いた。 そして二人は、焼けて黒くなった土・草木・家などが焼けてしまった土地となった王都の道を踏みしめ、残された火種へと進軍していく。 二" 二年の征途(せいと)戦争と統一への道のり ● 紅鷲軍の快進撃(かいしんげき) リゲラルドはまず、旧アリオス王国の戦象部隊と、スネーク王国に残された竜鱗騎士団を再編成。 重厚な陣形と冷徹な指揮により、彼は「恐怖」と「法」という二つの力を使い分けて、人々を制圧していった。 わずか二年のうちに、十七の都市が次々と陥落(かんらく)し、彼の軍門に下った。 その進撃は、「紅鷲の王」としての名を世界に知らしめることとなる。 ● 灰色評議会の崩壊 王国の有力者たちによって構成されていた**“灰色評議会”**。 しかし、それも長くは保たなかった。 ハリーが操る**密偵網(スパイネットワーク)**が、評議会内の裏切り者や反乱分子を次々と暴き出したのだ。 忠誠を誓わぬ者には、わずか一夜の猶予(ゆうよ)も与えられなかった。 こうして、王国をまとめていた旧体制は音を立てて崩壊し、権力は完全にリゲラルドの手に集約されていく。 ● “赤い髪の祈り”の広まり ラミエルの死に立ち会った兵士たちは、戦場で彼が遺した言葉を決して忘れなかった。 「争いではなく、愛で国を変えよ」 この言葉は、彼の赤い髪にちなみ**“赤い髪の祈り”**と呼ばれ、兵士から兵士へと密かに語り継がれていった。 やがて、それは一般の民にも広がり、静かな反響となって王国全土へと染み渡っていった。 ● 統一の瞬間 すべての戦いが終わるのに、二年もかからなかった。 そしてついに、最後の城門が開かれる。 年老いたスネーク王は、自らの手で白銀の王冠を外し、玉座を静かに降りた。 それは、ひとつの時代の終焉(しゅうえん)と新たな王の時代の幕開けだった。 三 統一の代償 • 年齢と変化  リゲラルド:実年二十四歳(アマス化比率により見た目は七十二歳相当)  ハリー  :精神改編指数八十三%(実質的に〈新評議会〉の支配者) まだ世界には、欲望と復讐の火が燻(くすぶ)っていた。 だが、紅鷲の王は二つの王国をひとつに統(す)べた。 「私は血で築いた王座に座るのではない。 炎の果てに残された“光”を、治める者となる」 リゲラルド即位宣言より その夜、スネーク王は静かに王杖を置き、祈った。 蒼い瞳の甥、紅い瞳の息子、 争いの果てに芽生えたわずかな“光”が、未来を照らすことを。 四 暗雲の兆し だが、王宮の奥では新たな影が動き始めていた。 ハリーが掌握した〈新評議会〉は、 人間居住区のさらなる縮小と「純粋アマス計画」の再始動を進めていた。 リゲラルドの胸に、再びラミエルの面影が揺らぐ。 その祈りは、彼の中で今なお燃える“焔”(ほのお)として、消えずに残っていた。 紅と蒼が混ざれば紫となる。 その色は、王国の運命を告げると古の予言書は語る。 それが夜明けの紫か、終末の紫か すべては、ひとりの王と、ひとりの妃の選択にかかっている。 小さな闇、小さな光 ダリヤス誕生と喪失(そうしつ) 一 血塗られた歴史に芽ばえたもの リゲラルドとハリーによる世界の統一からまもなく、 戦火の灰がまだ宮殿に残る中、一つの知らせが届いた。 「ハリー様が、身籠もられました」 それは、数多の血と涙の果てに現れたかすかな希望。 一年後、夜明け前の静けさを破って産声が上がる。 幼子は深紅(しんこう)の産着に包まれ、王の腕へと渡された。 「名は……ダリヤス。  我らが王統を継ぐ星――いや、試される星だ」 そうリゲラルドが呟くと、ハリーは微笑んだ。 安堵と、ほんのわずかな不安を胸に抱きながら。 だが二人とも気づいていた。 この子が背負うものは、王国の未来そのものだということに。 二 “悪に命を捧げた者”から生まれた子 ダリヤスは歩く前から、アマス王家の英才教育を受けた。 右半身には強化骨格と高速学習素子。 左眼には王家特製の演算水晶が埋め込まれた。 周囲の者は、密かにこう呼んだ。 **「悪の子」**と。 だがリゲラルドもハリーも動じなかった。 「支配者に同情はいらぬ。 痛みすら、武器となる」 それが二人の信念だった。 けれど、ダリヤスは時おり涙を流した。 それは、亡きラミエルの“光”が、微かに彼の中に残っていた証なのかもしれなかった。 三 転落――すべてを失う修練 三歳のとき。 山岳演習中、ダリヤスは崩れた岩棚から深い渓谷(けいこく)へ落下。 強化装備は破損し、記憶領域も消失した。 残ったのは、痛む身体と**ただの“人間の心”**だけ。 その後、辺境で狩りをしていた人間の夫婦、レイクとマーヤが彼を発見し、命を救った。 四 カイという新しい名 三年の時が流れた。 茶色の狩猟服を着た少年が、湖畔で魚を捌(さば)いている。 名前はカイ。レイクとマーヤが付けた名だ。 「お父さん、今夜は鹿も獲れるよ!」 「頼もしいな、カイ。気をつけて行ってこい」 少年の額には、薄い手術痕が残っていた。 けれどそれを気にする者は、もういなかった。 彼は、彼らの本当の息子となっていた。 五 少年のイタズラと葛藤 薪小屋の裏。 カイはひとり、小さな作戦を練っていた。 「へへ……今度こそ驚かせるぞ……!」 水桶(みずおけ)の底に、カエルを三匹。 そしてそれは、見事に父を驚かせることに成功した"が、 「カイ! なんてことを! レイクが怪我してたらどうするの!」 マーヤの目には、涙がにじんでいた。 レイクは苦笑しつつ言った。 「お前が笑ってくれるのは嬉しい。 でも、人を困らせて笑うのは……違う」 カイの笑顔が、ふっと消える。 “また”間違えたのかもしれない。 この「また」という感覚。 それは、自分の正体を知らないがゆえの不安だった。 六 誰にも見られなかった善行 ある朝、森で倒れていた鳥の巣とヒナを見つけたカイ。 泣きながら、何度も木に登り、巣を元の位置へ戻す。 枝で手を切っても、彼は止めなかった。 ようやくヒナが鳴き声を上げたとき カイは、ふと気づく。 「……誰も、見てなかった」 その瞬間、自分の存在価値が消えたような孤独を感じた。 だが。 「ちがう。ぼくは、助けた。 それが、“ぼく”なんだ」 その声に、自分自身の存在が少しだけ肯定(こうてい)された。 七 力と孤独、記憶の扉 ある日、村の子どもを襲った獣に、カイは咄嗟(とっさ)に手をかざした。 すると、炎のような光が獣を撃退。 村の人々は震えた。 「あの子……人間じゃない」 その日を境に、カイは孤立し、山へ一人籠る様なり、一日を過ごし、家に帰る日々が多くなった。 そして、ある夜。 夢の中で聞いたのは 「ダリヤス……愛してるわ……」 懐かしく、優しい声。 目覚めたとき、彼の頬には涙が伝っていた。 「だれ……?」 八 六歳の少年として ダリヤス(カイ)は六歳になり、素直で優しい少年へと成長した。 ある夕暮れ。焚き火を囲んで、家族と過ごすひととき。 レイクとマーヤは、そっと話し始める。 「カイ……本当のことを話そう。 お前は三年前、森で倒れていた。記憶がなかった。 私たちは、お前をわが子として育ててきた」 カイは静かに答える。 「……知ってた。 でも、ぼくにとっての家族はお父さんとお母さんだけ。 ここが、ぼくの家だよ」 マーヤの目から、静かに涙がこぼれた。 九 再会の訪れ その夜。 扉を叩く音が響く。 「宮殿より参りました。扉をお開けください」 レイクが開いた扉の先に立っていたのは、威厳(いげん)と哀しみを湛(たた)えた一人の男。 「その子が“カイ”ですね。……いえ、本当の名は“ダリヤス”。  本日、彼を迎えに参りました」 リゲラルドは、深く礼をしながら言った。 「その子は、私たちの息子なのです」

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ダリヤス 闇より生まれし光