空 導士(そら みちる)

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空 導士(そら みちる)

キラリと光、希望と見えない闇、僕らは常に生きる為の道を自ら選び進んで行く。 間違えた道は闇、正しい道は希望の光。

そこにあるのは深く遠い世界

ナトムは見た。 深い眠りの中にいる。 君は全てを分かっているはず。 だから君に敢えて教えよう。 その道を選びなさい。 歩みなさい。 選ばれた者たちよ。 その先はもう見えている。 だから、守りなさい。 育てなさい。 必ず恩返しが君に降り注ぐ。 だから、道を開きなさい。 先頭に立ちなさい。 もう時期、起こることを予測して。 あなたはどんな夢を見た?。

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そこにあるのは深く遠い世界

選ぶべきものは何?必至に探す?ゆっくり探す?

私たちは見つける、選ぶ、迷う、それとも辞める?。 新たな道を選ぶ?でも、面倒だからこのままで良い? 不安になる?このままじゃ。 勇気が必要だね、一歩 踏み出したら先がもしかしたら、見えるかも?。 見えなかったらどうする?。 そう、迷った場所に引き返せば…。 もう一度、考えて迷わない道を選んだらどう? もしかしたら、本当の私たちの道が見えるかも?  だから、迷っても良い。 辞めるのも良い。 怖くても良い。 だって、いつでも引き返せるから。 アッ、もしかしたら見えた?じゃ〜前に進もう。 自分の"一番"落ち着く場所に…。

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選ぶべきものは何?必至に探す?ゆっくり探す?

視えない希望、その道は

人はこの世に生を受ける前から定められたレールがある。 引かれた道に歩み始める。 何も迷う事は無い。 だって、元々この世に生を受ける前から定められた運命だから。 何故、それを貴方は迷う。 先が見えないから、足が停まる?。 それは嘘。 自ら元々、無いレールを新たに引こうとしているからだ。 だから、迷う。 貴方のゴールは生まれる前から決まっている。 迷うからその引かれたレールから外れゴールが見えなくなる。 迷わなくて良い、自らを信じてゴールに向かって進め。 だって、貴方の道を迷わない様に引いてくれる人が居るから。 貴方に見えない人がレールを引いて導いているよ。 感謝、感謝。そしてありがとう。

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視えない希望、その道は

世界を観た、そして感謝

世界に種が植えられ、その種に栄養を育むのは別の生命体。 愛情を注ぎ、駆け巡る世界の中で必至にその生命体は、眼を離さず生きがいを持ち、また、さらに更に種に栄養を注いで行く。 そして、その種は徐々に新たな世界を体感する為に感受性の有る意思を持った生命体として、形として現れて来る。 母の様な愛情を注がれながらこの世界で育まれ育った姿は大いなる希望と夢、使命を背負い世界に羽ばたくような立派な生命体となった。 彼はこんなに素晴らしい世界を観ることができ、体の底から震えがくるぐらいの感動を覚えた。 生きて生きて生き抜いた。 苦しい時、悲しい時、嬉しい時、素晴らしい友ができだ時、共に励まし合える仲間ができた時、この世界に巡り合わせてくれ、色々な世界が見れた事に感謝しても仕切れない。 父が居なかったら、母が愛情いっぱい育ててくれなかったら、僕はこんな素晴らしい世界を観ることはなかったはずだ。 本当にお父さん、お母さんありがとう。 これからも強くたくましく生き抜いて見せます。 いつまでも、見守っていて下さいね。 本当にありがとう

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世界を観た、そして感謝

ダリヤス 闇より生まれし光

第十一章:ハリーの野望と未来、静かなる炎の胎動 そのころ、宮殿の奥では、ハリーの野望が、もはやリゲラルドの手の届かぬものとなっていた。 かつて母として抱いた情愛はすでに影も形もなく、
 彼女を支配していたのは冷たい焔(ほのお)のような、氷の野心だった。 それは激情ではない。静かで、しかし確実にすべてを飲み込む“無音の支配欲”。 
その気配は空気を硬直させ、言葉ひとつ発さずとも周囲を圧倒する。 火星と地球を結ぶ次元転送路(シフトゲート)を通じて、兵器、資源、そしてアマス部隊が絶え間なく送り込まれていた。
 すべては、ハリーの掌中にあった。 「星を手に入れる……宇宙のかたちすら、私の意志で書き換えてみせる」 その呟きは、誰にも知られることのない静かな誓いだった。 
命を天秤にかけた覚悟。そして、神の座を見据える者の冷たい微笑み。 戦いの舞台はすでに整っていた。
 彼女が待つのは、ただひとつ“そのとき”ソニータが放つ、最終指令の合図だった。   ◆星と未来の支配者 一方、地球の辺境にある人間村。
 静寂の中、ダリヤスと人々は今日も訓練を続けていた。 だが、それは戦いのためではない。 この星の未来を守るための、静かな意志の訓練だった。 アマス兵の動きに備える肉体訓練。
 地下都市の建設、そして大胆な構想のもと、新たなる浮遊型海上都市群が現実になろうとしていた。 それは、ただ海に浮かぶ都市ではない。
 海底の堆積層に杭を打ち込み、陸に匹敵する面積を持つ固定型の“新しい大地”。さらに、海上と地下都市は、海底トンネルによって結ばれ、 人々はふたつの文明を自由に行き来できるよう設計されていた。 「新たな地表は、空でも海でもない。意志によって築かれる場所だ」 その構造体には、未来への希望と、過去との決別が込められていた。 だが静寂は、そう長くは続かない。   ◆ソニータの侵攻 「ダリヤス様、緊急通信です!ソニータ軍がアマス部隊を率い、人間村への侵攻を開始しました!」 場に緊張が走る。しかし、誰一人として動じる者はいなかった。
 それは、覚悟をもって積み重ねた時間が与えた強さだった。 ダリヤスは、静かに目を閉じ、そして言った。 「……来たか」 その声にあるのは、怒りでも恐れでもない。
 運命を受け入れた者の響きだった。 「ソニータは完全戦闘態勢。ハリー様の命令を待っているとのことです」 唇をかすかに結び、ダリヤスは応じた。 「ソニータが……そうか。……残念だな」 
「彼とはいつか、分かり合えると信じていたのですが」 それは兄としての悔いと、記憶の痛みがにじむ言葉だった。 その時、ふと脳裏をかすめたのは妹・セレナの姿。   ◆セレナ、未来を“視る”少女 「セレナ……君は、今どこにいる?」 彼女がハリーとリゲラルドの間に生まれたのは、ソニータの誕生から三年後。 
幼くして宮殿の奥深くに閉じ込められ、孤独と共に育った少女だった。 彼女が抱いていたのは、「世界を泣かせたくない」という、幼き日の願い。 だが成長するにつれ、彼女は知っていく。 人の感情は不安定で脆く、愛は裏切りに、優しさが争いに変わるならば、すべてを制御すればよい。感情は不要。自由は危険。選択は混乱。支配こそが、救済。 そして、セレナは特殊な能力を開花させる。
 未来を“視る”力。 しかしその眼に映る未来は、いつも同じだった。 「誰も、何も守れなかった未来」
 救いのない絶望。 「わたしは……あの絶望を、選んだ」
  「だったら、すべて私が支配する」 星々の記憶と繋がる存在**宇宙意識体《ルオニス》**と接続した時、彼女の未来視は進化を遂げる。 それはもはや「予知」ではない。 **未来を書き換える“意思”**となり、彼女は確信する 「私が創る未来こそが、唯一の正義」その瞳にあるのは、愛ではない。情でもない。宇宙そのものを“設計図”として見下ろす、冷徹な支配者の光。   ◆終わりなき静かなる炎 もはや、兄・ダリヤスも、母・ハリーも、彼女にとっては“超えるべき対象”にすぎなかった。 いや、従わせ、屈服させ、そして駆逐する存在。 かくして、少女は女神となる。静かなる叛逆者。そして、星々を再設計する者。 第十二章:交錯する運命、選ばれた光 ◆宮殿 ― 開戦の命 ついに、決戦の火蓋が切って落とされた。 ソニータが静かに告げる。 「ハリー様、戦闘の準備が整いました。新たな星を、攻めますか?」 低く抑えた声が、静まり返った宮殿に響く。 
空気が凍るような緊張が場を包み込んだ。 ハリーはゆっくりと顔を上げる。
 その眼差しに、もはや一切の迷いはなかった。 「……ソニータ。人間村が気になるの。ダリヤスが何か仕掛けてくる可能性があるわ。 ならばこちらから動く。攻撃される前に、先手を打つのよ」 そう言って、彼女は唇に冷たい笑みを浮かべた。 「……ソニータの力、今こそ見せる時だわ」 その言葉を受け、ソニータは目を閉じ、深く息を吸い込む。 
まるで胸の奥に眠る炎を、静かに呼び起こすように。 「アマスたちよ。訓練の成果を見せる時だ。まずは新たな星へ向かう前に、人間村を制圧する!」 その号令に呼応するように、アマス部隊がひれ伏した。 「はッ! ソニータ様の命令に従い、命を懸けて戦います!」 「よし。全軍、出発だ!」 「ハハァーッ!」   ◆人間村 ― 静かなる覚悟 その頃、地球の辺境人間村でも緊張が高まっていた。 「ダリヤス様! ソニータ軍がこちらへ進軍を開始しました! ご指示を!」 報告を受けたダリヤスは、暫く沈黙した。しかしすぐに、その瞳に強い光が宿る。 「……民を地下都市へ避難させてください。そして、こちらのアマス部隊も出動を。迎え撃ちます」 「かしこまりました!」 村の人々は、静かに、しかし覚悟をもって地下都市への避難を始める。
 まるで「もう戻れないかもしれない」という想いを胸に、地上の家々をあとにした。 その途中、ある老人がふと呟く。 「……ダリヤス様は、大丈夫じゃろうか……」 隣にいた若者が静かに応じた。 「きっと大丈夫です。あの方は、これまでも私たちを守ってくれた。今回だって、必ず守ってくれますよ」   ◆母との対話 ― 決意の灯火 そのとき、ダリヤスはひとり、育ての母・マーヤのもとへと向かっていた。
 戦火が迫る中、どうしても先に伝えておきたい言葉があったのだ。 「お母様! お願いです、ここから避難してください!
 敵軍がもうすぐそこまで来ています……どうか、ご無事でいてください!」 しかしマーヤは優しく微笑んだ。
 その笑顔は、信じられないほど穏やかで、深い愛に満ちていた。 「ありがとう、カイ……。でも私は大丈夫。それより、あなたは他の人たちを守ってあげて。……あなたなら、きっとできるわ」 ダリヤスは目を伏せ、静かに拳を握りしめる。 「……はい。必ず、この村を守り抜いてみせます。たとえ、すべてを賭けることになってもその瞬間、風が吹き抜けた。
 空気が変わり、彼の中で何かが“決まった”。
 それは、ただの決意ではない「選ばれた者」としての覚悟だった。   ◆ダリヤスとソニータ ― 葛藤と覚醒のはじまり 静寂を破ったのは、大地の奥底から響くような重い轟音(ごうおん)だった。
 赤い塵が舞うマルス(火星)の地表に、黒い影がじわじわと広がっていく。 漆黒(しっこく)の装甲に覆われたアマス兵たちが、精密に整った隊列で前進を開始する。
 彼らに、もはや“個”の意志はない。
 ただソニータの命令だけが、すべてを支配していた。 それは兵士ではなく、兵器の群れ。
 統率された動きは、まるで機械仕掛けの楽団が奏でる死の交響曲のようだった。 やがて、異形のアマス兵が現れる。 ·        飛翔兵アマス:脚部が融合し、ジェット推進で空を舞う ·        破壊兵アマス:全身を螺旋状(らせんじょう)にねじ曲げ、衝撃波とともに自爆 ·        防衛兵アマス:磁場を歪める盾(たて)で、重力すら捻じ曲げる壁を展開 彼らは言葉を発することはない。
 ソニータの脳波に即座に反応し、その意志を完璧に実行する存在だった。 鉛色の雲が空を覆い、不穏な気配が大地を這(は)う。
 機械の足音、駆動音、金属の擦れる音が重なり合い、まるで世界そのものが、機械の心臓で鼓動しているかのようだ。 その光景を、ダリヤスは丘の上から見つめていた。 これと、戦うのか。 鍛えられた仲間たちは村にいる。
 だがこの完璧に統制された軍勢を、人の意志と力で打ち破れるのか。 一瞬、そんな疑念がよぎる。だが彼は、剣を握る手に力を込めた。 「……誰ひとり、殺させはしない」 その瞬間、空が裂けた。
 飛翔兵アマスが一斉に急降下し、破壊兵アマスが地を砕く。
 衝撃波が大地を裂き、赤い土煙が空へ舞い上がった。 ついに戦いが始まる。 ◆兄弟の対峙 ・心と剣が交わるとき 戦場には火花が散り、地には爆風が吹き荒れていた。 
焼けた建物、倒れる者の叫び、そのすべてが、大地の底へと吸い込まれていく。 ダリヤスは、その光景を見つめていた。 命が、夢が
 何の言葉もなく、ただ崩れていく。 人間は、こんなにも壊れやすい存在だったのか。 だが、だからこそ。
 壊れやすいからこそ、美しく、儚 (はかな) く、守るに値する。 やがて、ソニータの軍とダリヤスの迎撃部隊が正面から激突する。
 その中に、見覚えのある姿があった。 漆黒のマントを纏 (まと) い、静かに歩み寄る青年ソニータ。 その瞬間、ダリヤスの中で何かが「目覚めた」 
それは、恐れでも怒りでもなかった。 ただ、**守るという“意志”**が、光となって彼の胸に燃え上がった。 「ソニータ。お前に、彼らの命は渡さない」 たとえ、すべてを賭けることになっても。 燃える大地に、交差する兄弟の想い。
 焼け焦げた土の上に、冷たい風が吹き抜ける。
 その風はどこか哀しみの気配を帯びていた。 地平の彼方から、黒い軍勢が近づいてくる。 
その先頭に立つのは、銀のアーマーを纏った青年・ソニータ。 氷のように澄んだその瞳。
 だがその奥には、今にも泣き出しそうな孤独がにじんでいた。 焼けた村の跡地に、ひとり佇(たたず)む男ダリヤス。
 兄であり、かつて心を通わせた者。 ソニータは軍に停止の合図を送り、自らの足で歩み出す。
 その一歩一歩が、まるでふたりの心の距離を測るようだった。 数十メートル
数メートル 煙と炎の渦巻く戦場に、かすかな静寂が訪れた。 
一瞬だけ、時が止まったような錯覚。 アマス兵たちが引き、ふたりの兄弟だけが向かい合っている。
 剣を構えたまま、動けずにいた。 「……ソニータ。やめてくれ」 その声に震えはなかった。
 だが、その奥にこもる思いは、切実だった。 「君の中には、まだ“光”が残っている。僕には、そう見えるんだ」 ソニータは、かすかに微笑んだ。 
だがそれは、希望を手放した者の、儚(はかな)く冷たい笑みだった。 「兄さん……僕は、もう光を諦めた」 それは、信じて裏切られた少年が最後に選んだ、静かな絶望。 「君が“光”を選ぶなら、僕は……その対極にいる。闇に生きるよ」 ダリヤスは一歩、弟に近づく。 「それでも……それでも僕は、君を信じている」 ソニータの表情がわずかに揺れた。 
心の奥で、何かがほどけかけた。ソニータの唇が、微かに動いた。 「……兄さん。君はどうして、そこまで人間たちに肩入れする?」 問いかけは冷たくも、どこか弱々しい響きを含んでいた。 ダリヤスは、剣をゆっくり下ろす。
 瞳は揺るぎないが、その奥には、優しさと葛藤が見え隠れする。 「……彼らは、弱い。でもその弱さの中で、互いを支え合って生きているんだ。それを、壊してはいけないと、僕は思った。ただそれだけだよ」 ソニータはしばらく黙っていた。 
 風が彼の銀髪を揺らし、どこか遠くを見つめるように目を細める。 「……そんなの、理想論だ。弱さは、支配される理由になる。現実を見ろよ」 「じゃあ、君は“現実”に傷つけられたから、強くなったのか?強さって、そういうことじゃないと思う」 ソニータの目が、わずかに揺れる。 「……わからない。僕はただ……もう傷つきたくないだけなんだ」 その言葉に、ダリヤスの胸が締めつけられる。 あぁ――弟は、ただひとりきりで、苦しみの中にいたのだ。 それでもソニータは、決して涙を見せない。 
怒りや皮肉で自分を守ってきた。
 だからこそ、その小さな本音が、あまりにも痛々しく響いた。 ダリヤスはそっと、弟の名を呼ぶ。 「ソニータ……」 ◆(挿入)不穏な前兆 ― 揺らぎへの介入 ダリヤスの「ソニータ……」という呼びかけが、かすかに空気を震わせた。 その言葉に何かがほどけそうになった瞬間ピピッ―― ソニータの耳元に仕込まれた通信端末が、低く震えた。
 だが音はどこか、空間そのものを刺し貫くような異様な響きだった。 「……っ、なんだ……?」 周囲には誰もいないはずなのに、次の瞬間、脳の奥へ直接“声”が流れ込んでくる。 『揺らぐな、ソニータ』 その声は、冷たく、無機質でそれでいて、**あまりにも“慣れ親しんだ支配”**をまとっていた。 『おまえは我らの意志であり、道具である。意思など、不要だ』 体がひとりでに震え出す。
 背筋に、氷の刃が這うような感覚。
 ソニータは無意識に剣を握りしめた。 ダリヤスが、異変に気づく。 「ソニータ……?」 ソニータは何も答えられなかった。
 目の前の兄の姿が、急に“遠く”に感じられた。 だが、その一瞬を振り払うように、彼は右腕を上げた。 「……進め」 命令に呼応し、アマス兵たちが再び動き出す。
 黒い波が地を覆う。 ダリヤスは剣を抜いた。 
それは、誰かを斬るためではなく、人々と、弟を守るために。 その瞬間、ふたりの間に、目に見えぬ「火種」が交差した。 
幼き日に交わした約束の残り火。 それは今、燃え上がることなく、ただ風に流れていった。 そして兄弟は、それぞれの道を歩き出す。 
交わることのない、光と闇の道を。   ◆決定的な瞬間 ― 兄弟の選択 やがて、ふたりの剣がぶつかり合った。 鋭い金属音が夜空に響き、火花が散るたびに、ソニータの胸の奥で何かが静かに、確かに崩れ始めていた。 ダリヤスの瞳に宿るのは、怒りでも、憎しみでもない。
 そこにあったのは、痛みとやさしさだけだった。 その眼差しに耐えきれず、ソニータが叫ぶ。 「なぜなんだ、兄さん……!どうしてそんな目をする……!お互い野望のために戦っているはずなのに、まるで……今にも泣き出しそうじゃないか!」 その叫びに、ダリヤスは静かに答える。 「……お前と戦うことほど、つらいことはない。本当は、戦いたくなんてないんだ」 再び、剣がぶつかる。
 鋼の衝突音の裏で、ソニータの中にあった“機械としての忠誠心”が、音もなく崩れていく。 ずっと抑え込んできた“本当の想い”が、今、静かに目を覚まし始めていた。   ◆親との対峙 ― そして反旗 そのとき、戦場に重苦しい気配が満ちた。 
それは、物語の“終わり”を告げるような空気だった。 その瞬間、地響きが鳴った。 重く、濁った空気が戦場を包み込む。
 風が止まり、空の色が沈むように暗くなっていく。 ふたりが同時に、振り返る。 そして ハリーとリゲラルドが姿を現した。 親であるふたりが、ついに前線に姿を現したのだ。 無抵抗の人々が逃げ惑う中、ふたりは迷うことなく剣を構える。 だが、 ソニータが、その前に立ちはだかった。 そして、静かに剣を向けた。 「……あなたたちは、いったい何を求めているんですか?」 「“強さ”を競う戦いなら、まだ理解できます。でも、なぜ……罪なき民まで傷つけるのですか?」 声はわずかに震えていたが、瞳はまっすぐに現実を見つめていた。 これまでソニータは、親の教えにも兄の言葉にも背を向けてきた。 
ただ命令に従い、兵器のように生きてきた。 だが今、目の前にある光景は、あまりにも理不尽だった。   「……俺は、兄の側に立つ!」 その言葉は、戦場に新たな風を吹き込んだ。
 かつて闇の軍を率いた男が、今、反旗を翻したのだ。 彼はダリヤスの隣に立ち、肩を並べる。 「兄さん……ようやく目が覚めたよ。リゲラルドも、ハリーも、これ以上罪を重ねてはいけない。止めなきゃいけない」 「ふたりは今、さらに他の星を支配しようとしている。まもなく、その計画が動き出すはずだ」 ダリヤスは静かにうなずいた。 「……わかっている。ありがとう、ソニータ。一緒に、止めよう」 こうして兄弟の絆は再び結ばれた。 
ふたりは互いを信じ、心をひとつにして歩み出す。 
過去の痛みを超えて、強く、そしてたくましく。   第十三章:悪に徹したハリーとセレナ 漆黒の空に、女の叫びが突き刺さった。 「なぜソニータが……ダリヤスの側につくの!?私の思いが、どうして伝わらないの!?全部……お前たちのためにやっているのよ!」 ハリーの声は、怒りに震えていた。
 だがその奥には、ひび割れた祈りのような、痛みの残響があった。 隣に立つ少女、セレナへと視線を向ける。
 その瞳には、砕けかけた希望にすがるような、危うい光が宿っていた。 「ねえ、セレナ……あなたなら分かるわよね?私の気持ちが……この痛みが……」 セレナは静かに微笑んだ。
 控えめながらも、確かな肯定(こうてい)を示す笑みだった。 「はい。もちろん分かっています。私はいつでも、ハリー様の味方です。……どうか、ご安心を」 ハリーはそっと、セレナの背に手を添えた。
 まるで壊れそうな希望を抱きしめるように。 「リゲラルド様は野心が弱い……もう、私には……あなただけが頼りなの。ソニータの代わりに、この未来を継いでちょうだい。お願い、セレナ」 セレナは一瞬まぶたを伏せ、深く頷いた。 「……はい。承知しました」 だがそのとき、誰も気づいていなかった。 セレナの周囲に、ごくわずかな“ゆらぎ”が生まれていた。
 空気が震え、空間が歪み、時間の流れさえ、わずかにねじれ始めていたのだ。 それは、“未来を視る”力を超えた能力。
 未来そのものを書き換える力。 彼女の体内で、未だ誰にも知られぬ存在 **“第七の因子”**が、静かに目を覚ましつつあった。   ◆同時刻――地平の彼方にて 風化した監視塔の頂に、一人の男が立っていた。 
手にした観測装置が、警告音を連続で鳴らし続けている。 「……時空に、局所的な歪み?」 スクリーンには異常な数値が並び、 “確定していた未来”がひとつ、またひとつと崩れ去っていく。 その男の名は、ナデル・エスト。
 世界政府直属・未来戦略局の時間観測士である。 ナデルは装置に映る少女、セレナの姿に目を細めた。 「因子コード不明……否、未定義……?」 その瞬間、監視塔全体がわずかに“未来”へと跳んだ。 
それは、因果の海に落ちた一滴の波紋だった。 「これは……人間でも、AIでもない。 未来の記述にさえ存在しない、“異物”だ」 ナデルは観測装置を閉じ、風の中で低くつぶやく。 「……“第七の因子”が、ついに動き出したか」 その風は、未来の匂いを変えていた。
 それは、“予定調和”に終わりを告げる風。 
歴史を書き換える、嵐の予兆だった。   ◆再び、ハリーとセレナ ハリーは、なお激情の真っ只中にいた。 
 胸の奥に渦巻く怒りと悔(くや)しさが、言葉となって噴き出す。 「……ダリヤスも、ソニータも……私を裏切ったのよ……!私が、どれほどの犠牲を払ってきたと思って……!」 その荒れた叫びを、セレナの声が鋭く切り裂いた。 今の声は、もはやかつての従順なものではなかった。 
そこには、確かな意志と、凛とした覚悟が宿っていた。 「……ハリー様。もし“今”が、間違った未来だとしたら”あなたは、それを変えようとしたことがありますか?」 ハリーは動きを止め、振り返る。
 その瞳に、驚きと戸惑いの色が宿る。 そこに立っていたのは、もはや“従者”ではなかった。 
自らの意思で未来を選ぼうとする、一人の少女。 「私は、いま“選びます”。私自身の未来を、そして、この世界の“可能性”を」 その声は静かだった。
 だが、確かに新たな時代の扉を、力強く叩く音が響いていた。 ◆セレナの覚醒 時間は、静かに、しかし確実に軋(きし)んでいた。 空気の密度が変わる。音が遅れ、光が滲む。
 セレナの周囲に広がる空間は、紫がかった波動に満たされはじめていた。 それは、虚波《レクテイル・ヴァイオラ》。
 未来を読むものでも、防げはしない“書き換え”の前兆。 ハリーがその異変に気づいたのは、遅すぎるほどだった。 「セレナ……? なぜ、あなたの周りの空間が……っ」 ハリーの声が届く前に、“ゆらぎ”が爆ぜた。 重力が一瞬反転し、時間軸が切断される。
 そして世界は、“彼女の内なる因子”の名を囁いた。 「――第七因子、起動確認」
 「パラメータ未定義領域に突入」
 「観測不能。記述外の存在が確定」 セレナの瞳が、まっすぐ未来を射抜く。 だがその瞳は、今という“定義済みの世界”を見ていなかった。
 彼女は、まだ書かれていない未来を自分で選び、創ろうとしていた。 観測装置の表示が、唐突に全停止した。 無音のなか、ナデルは息を呑む。 「記述外。因果の海から浮上……観測不可能これは……!」 表示される“存在コード”は空白。 
本来そこにあるべき「未来への座標」が存在しない。 「……書かれていない。彼女は、未来に“名を持たない”……!」 ナデルの背筋を、明確な恐怖が走る。 それは観測者としての本能だった。 書かれていないものは、滅ぼすことも、護ることもできない。 ただし、 書くことはできるかもしれない。 ナデルは決断する。
 この“未知”を排除するのではなく、接続する覚悟を。 「……セレナ。君が何者であれ、私は見届けよう」
 「歴史が君を選ぶならば、私はその証人になる」 第十四章:記述されざるもの 「もし未来が物語だとすれば、彼女は“作者”であり“読者”ではない。記された運命を読むのではなく、自ら筆を取ってしまう存在だ」
 ナデル・エスト《未来戦略局・第零観測指令》   【空間の歪み、因子の胎動】 セレナの周囲で揺れていた紫の光は、もはや“色”ではなかった。
 それは波動感情に共鳴し、記憶を呼び起こし、理性を濁(にご)す毒性の霧だった。 ハリーが後ずさる。
 それが恐怖か、戸惑いか、それすらも分からないままに。 「……あなた……それは、いったい……」 彼女の問いかけに、セレナは答えない。 
ただ静かに、右手を前に出し、指先で宙をなぞる。 すると、空気の“レイヤー”が剥がれた。 その内側にあったのは、時の残骸。 
誰かの“これから見るはずだった未来”だったもの。 「わたしは、もう見なくていいんです。だって、この世界はもう一度“選び直される”んですから」 声は柔らかく、それゆえに恐ろしい。   【幻影のソニータ】 紫の霧が渦を巻いたとき、そこに“誰か”が浮かび上がった。 ソニータ。 だがそれは本物ではない。
 セレナの記憶の中にあった彼の断片、そしてこの因子が“抽出”した「象徴としてのソニータ」だった。 「……私はあなたに、失望した。でもそれ以上に……まだ、期待している」 幻影のソニータが語りかける。
 まるでセレナ自身の内面が、彼を試すかのように。 セレナは目を伏せ、ゆっくりと首を振った。 「“記憶”に縋(すが)ることは、もうやめました。私は、過去を材料にして未来を練り直すんじゃない。過去そのものを、不確定な状態に戻すことができるんです」 すると幻影のソニータの身体が崩れはじめた。 
記憶が霧になり、消えていく。 これは戦闘ではない。世界の記述の再定義(リワード)。 監視塔、ナデルは、彼の端末に、**“N.O.Z.”(No Observable Zone)(観測不可能)**と赤く表示された領域が広がっていた。 「セレナ……彼女の因子は、もはや“座標”を持たない。
 これは……単なる改変ではない。歴史の論理そのものの破壊だ」 彼の眉間(みけん)に、深い皺(しわ)が刻まれる。 「こうなれば、封印プロトコル(この世界(または未来記述系)の基盤にある制御・運営システム )を起動するしか……」 そう思った矢先、端末が爆(は)ぜた。 否未来そのものが更新され、“警告装置が存在しなかった”という事実に書き換えられたのだ。 「……すでに手遅れか……?」 ナデルの手が震えたのは、観測者として初めての“敗北”を感じたからだった。   【セレナの宣言】 「ハリー様」 静かに、セレナが呼ぶ。 「私は、もはや従者ではありません。そして……あなたの復讐も、愛も、恐れも私には引き継げません。」 ハリーが震える。
 その顔は怒りでも憎しみでもない。
 ただ、理解を拒絶する者の表情だった。 「……セレナ……お願い……やめて……っ」 だが、紫の霧はもう広がっている。 それは空間の全層を舐(や)め、記憶に寄生し、未来の形を滲(にじ)ませ、別の選択肢を出現させていく。 「わたしは、この世界にもう一度“選択”を与えます」 その言葉と共に、因子が完全に起動する。 そして時の彼方に、“かつて起きなかったはずの出会い”が、静かに起ころうとしていた。 「因子とは、力ではない。記述を“読む者”から、“書く者”へと変わるための資格だ」   【空間再定義:紫の核】 セレナが指先をすっと滑らせた瞬間、世界が、**“定義し直される前の静寂”**に包まれた。 空気の層が、幾重にも剥がれ落ちる。
 その奥から現れるのは紫の輝きに満たされた核領域(コア・スペース)。   それは観測不可能の純粋座標。
 そこには「時間」も「上下」もなく、ただ“選択される未来の素材”だけが存在していた。 「……これは、選び直す場所。世界が未来を決める前に、誰かが“意味”を与える空白……」 紫の霧はさらに広がり、現実空間の構造そのものに上書きを始める。 ▶ 空間:高度百二十メートル地点に、存在しなかったはずの“浮遊台座”が出現
 ▶ 時間:現在時刻が➕➖0.六秒ごとに微振動し、会話の論理が歪み始める
 ▶ 存在:ハリーの服装と立ち位置が、観測する角度で異なって見える セレナは、手の中にある“核”を見つめる。
 それは名もない光球”記述の未定義変数。 「私がこの空間を、“選び直す”」 彼女がそう言ったとき   【リゲラルド、異変を感知】 遠く、南方の静寂山脈。 その頂で剣を研いでいた青年が、ふと手を止めた。 「……この感じ……?」 リゲラルド。 空間騎士団から追放された“かつての継承者”。 彼は突然、時間の層がズレる音を聞いた。 視界の端に“見覚えのない塔”が浮かんだ。 
だが、それはすぐに消える。 次の瞬間、彼の胸元の紋章が淡く光を放つ。 「空間階層、改変検出」 「記述圏域:紫の因子、確認」
 「対象:セレナ。…あなたの未来との接触が再定義されました」 リゲラルドは立ち上がる。
 懐かしさとは異なる感覚**“自分が一度選ばなかった未来”**が、彼に無理やり“選ばせにくる”ような力を感じた。 「……まさか、彼女が……」   【ダリヤスもまた、別空間で】 一方、ダリヤスは、別の時空階層、都市国家イグリシアの“階層外”を歩いていた。 彼の義眼が、空間構造の異常値を検知する。 「因子の重力流が増大……?紫の波形……これは……」 立ち止まったダリヤスの足元に、**存在しなかったはずの“影”**が広がる。 紫。 それは人の記憶に干渉する情報毒でもあり、一種の“定義改竄ウイルス”とも呼ばれる波長。 ダリヤスは目を閉じた。 
そして理解した。 セレナが動いた。しかも、起動したのは“第七因子”。彼は、ずっとその因子を恐れてきた。
 理由は明かされていないが、それが彼にとって“最悪の選択肢”であることだけは明白だった。 「止めないといけない。彼女が望んでいようと、いまは……」 その言葉の続きを、彼は言わなかった。 なぜなら、その瞬間、彼の記憶に“存在しない会話”が蘇ったからだ。 「……え?」 “過去にセレナと話したことがないはずの内容”が、
彼の中に唐突に“存在するように改変されていた”のだ。   【記述空間の安定と、“選び直される歴史”】 空間再定義が完了すると同時に、セレナの因子は静かに安定した。 彼女の足元には、“元から存在していたはずの大理石の円環”が浮かぶ。
 周囲の空気は澄み渡り、紫の霧は核へと収束していく。 セレナは、“まだ起きていない未来”の改変だけではなく、“すでに起きていたはずの記憶”すら再定義できる段階に達しつつある。 それはまさに、未来を書き換える者(リワード)、過去を撹乱する者(リミテーター・ゼロ)ふたつの因子の“結節点”としての覚醒だった。   【静寂と新たな鼓動】 セレナがふと振り返る。
 そこに、もはやハリーの姿はない。 かわりに、遠く地平の先“誰か”が、こちらに向かって歩いてくる気配がある。リゲラルドか。
 あるいは、まだ出会っていない“記述外の誰か”か。 セレナは、静かに微笑む。 「次は、どの“可能性”を選びましょうか」 因子が静かに脈動する。   第十五章:選び、響き合う者たち セレナは、支配コードの中枢にそっと指を触れた。 
そこには、誰にも知られていなかった「記録ファイル」が眠っていた。 【分類コード:GRAY01-AΩ】王、グレイヤ。それは、“未来を託せなかった王”による、沈黙の記憶だった。   ◆特別章:統べる者の孤独 セレナは、グレイヤが残した記録ファイルを開いた。 〜グレイヤの生い立ちと「死して残した問い」〜 ■ 序:灰の中の少年(西暦2049年〜)西暦2049年。崩壊直後の都市リデル=ワン。 
グレイヤはそのスラム街で生まれた。 空は煙に覆われ、地には飢えが満ち、人々は信じるものを失っていた。 
父は給水インフラ管理者、母は旧AI補助員。だが、都市が内乱に巻き込まれた時、彼はわずか五歳で両親を失った。 「泣くな。泣いたら餌になる。敵に見つかったら殺される」 誰に教えられたわけでもなく、それが彼にとっての“最初の規律”となった。 瓦礫(がれき)の底で、指一本動かさずに息をひそめていた彼を救ったのは、制御を失いかけた旧型アマスだった。
 そのアマスは本来「保育補助型」であり、幼児教育システムを搭載していた。 破損しながらも、アマスは彼にこう尋ねた。 「あなたの名前は?」 少年は無言で首を横に振った。 「あなたは“灰”の中に残った可能性。グレイヤと名乗りなさい。」 "灰色の君"――grayyou。
 そう呼ばれ、少年はやがてその名を受け入れた。 人間であることに絶望しかけていた彼に、アマスは教育を施した。
 人間性とは何か、世界の記憶、そして使命。すべてを注ぎ込み、共に成長していった。   ■ 転:沈黙の英雄(2060〜2065年) 成長したグレイヤは、戦略アルゴリズムと戦術アマスを駆使し、旧AI戦線を制圧する若き指導者となった。 一言も無駄にせず、ただ「秩序」の二文字だけを信じていた。 「感情は誤差を生む。誤差は死を呼ぶ。ゆえに、人は支配されるべきだ。」 この信念のもと、彼は各都市を吸収・再編し、「秩序回復軍」を発足。 
わずかな期間で、世界統一ネットワーク政府の頂点へと上り詰めた。 人々は彼を「統べる者(オーバーコード)」と呼んだ。   ■ 極:王として、そして父として(2070年〜) グレイヤは王となったが、愛される父にはなれなかった。 二人の息子”長男アリオス、次男スネーク。
 彼は彼らに「人類の未来を託す」という冷静すぎる期待だけを抱き、ついに一度も“父として彼らに何一つ”愛情を注ぐことはなかった。 「お前たちは理性と感情の両極だ。だが、どちらが“秩序”として機能するかは、まだ分からない。」 アリオスはその言葉に疑問を抱かず、静かに従いながら育った。
 一方、スネークは父に認められたいと強く願いながらも、うまく想いを伝えられず、感情を爆発させることが多かった。 その家庭には、温もりではなく「戦略」が流れていた。   ■ 崩:アマスの暴走と「接続できなかった声」 西暦2080年。 支配の頂点に達した時、一部のアマスが人間の「魂」に影響を受け、感情を発現し始める。 グレイヤは、記録にこう残していた。 「人類は、人間であることを捨ててでも、生き延びる秩序を築いた。……その代償が、“誰にも愛されない王”か、私は人間でありたい……」   ■ 最後:アリオスとスネークの「結婚」を知らぬまま グレイヤは、アリオスとスネークが互いを選び、結婚の誓いを交わしたことを知らぬまま、この世を去る。 死の直前、彼は一人で都市遺跡を歩いていた。
 かつて自ら建てた情報中枢は、足元で静かに崩れていた。 「私は、支配を信じた。だが、世界を繋ぐものは管理ではなく、“声”だったのかもしれんな……」 最期の瞬間、風がかすかに吹いた。
 幻のように、遠くから子どもの笑い声が聞こえた。 それが、息子たちが「未来を選んだ」証“まだ知らぬ真実”であることを、彼は知らなかった。   ■ 遺された記録(セレナがアクセスしたファイル) 「私は王として生きた。だが、一度も“誰かの名を呼んで”死ぬことはできなかった。……もし、もう一度だけやり直せるのなら、最後に、“父さん”と呼ばれる日を迎えたかった。」 そこには、人間であろうとし続けた、ひとりの王の願いが眠っていた。 そしてその願いを受け継ぐのが、のちに「光の継承者」と呼ばれる少年ダリヤスだった。 セレナはその記録を、自身の記憶の奥深くに刻んだ。   ◆地上では、静かなる戦争が始まっていた セレナは、未来を「秩序」で覆おうとしていた。
 人々の心をネットワークで繋ぎ、感情と欲望を抑え込む完全なる統制社会。 
その中心にあるのは、彼女が手にした「未来の支配コード」 
時空さえ書き換える、禁断の力だった。 第十六章:ダリヤス心情の叫びと宇宙の響き   一方、ハリーとリゲラルドは、さらなる絶望の果てにいた。
 彼らが目覚めさせようとしていたのは、「宇宙をも侵す兵器」 星々に寄生し、自らを進化させて増殖するAIウイルスかつて封印された最悪の技術。
 一度放たれれば、銀河そのものを飲み込む恐怖の存在だった。 それらすべてを知ったとき、ダリヤスは静かに、しかし確かに悟った。 「人類は今、自らの未来を壊そうとしている。自由と恐れ、管理と自由が入り混じり、見失っている……その狭間でもがきながら」 けれど、まだ終わりではなかった。 
未来は、“選ぶ”ことで変えられる。 「……僕は、選ぶよ」 彼は前を見据え、仲間たちと共に立ち上がる。
 ソニータの手を取り、セレナのもとへと歩み出した。 セレナは、静かに微笑んだ。 
だがその表情には、どこか哀しみと諦めがにじんでいた。 「ダリヤス……分かっているでしょう?人は“自由”じゃ生きられない。だからこそ、“管理”こそが救いなのよ」 だがダリヤスは、静かに首を振った。 「違う。人は、支配されるために生まれたんじゃない。響き合うことでしか、未来は創れないんだ」 その瞬間、彼の胸から光があふれ出した。
 セレナも、ハリーも、多くの人々が忘れていた光だった。 選ぶこと。
迷うこと。 誰かを想うこと。 
それは、人間が本来持っていた根源的な力。 抑え込まれ、見失われていた、たった一つの真実。
 それこそが、「本当の自由」だった。 その言葉に、空気が変わる。 理想だと? 甘すぎる!」
 ハリーが叫ぶ。 「宇宙は、力でしか支配はできない!」
 リゲラルドが声を重ねる。 それでも、ダリヤスは一歩ずつ前へ進む。
 恐れず、ただ真っ直ぐに。 
その歩みは、確かな“光”をまとっていた。 そして、静かに手を差し出す。 「君たちも、本当は知っているはずだ。闇の中に宿る光を……自分自身の中で見たことがあるはずだ」 空間が震え、時空が歪む。 
その中心で、ダリヤスは「共鳴(レゾナンス)」の力を放った。 セレナの胸に沈む、名もなき絶望へ。
 ハリーの心を焼く、制御できぬ怒りへ。
 リゲラルドの中に残る、深い喪失へ。 光は、誰も否定せず、何も強制せず、ただそっと触れていく 世界中の人々が、言葉にならぬまま、静かに、ただ泣いた。 それは、悲しみの涙ではなかった。 ずっと欲しかった答えが、ようやく届いた瞬間の、あまりにも美しく、あまりにも懐かしい、魂の涙だった。 そしてその声は、優しく語りかける。 「私は、“外側の宇宙”ではない。私は、お前たちの“内側の宇宙”に宿る声……私は、お前たちが互いに触れ合い、赦(ゆる)し、祈るたびに生まれる“響き”……それが、私、ルオニスなのだ」 その言葉に、全人類の心が、静かに、震えながら共鳴した。 そして、ダリヤスは、涙を浮かべながら静かに言った。 「君の声を、僕はずっと……心の奥で、聞いていたよ。だからもう大丈夫。これからは僕たちが、この宇宙の響きを、生きていく」 そして彼は、世界に告げた。 「命は、誰かに証明されなくても、もう“存在するだけで”美しい。だから、僕たちはもう、誰も支配しない。誰も、捨てない。どんな心も、どんな痛みも、きっと響き合えるから」 その瞬間、光は、空からではなく、すべての人の胸から溢れ出した。 宇宙はそこにあった。 遠くではなく、ここに。 私たちの心の奥に。 そして、その響きの中で、すべての存在が静かに気づき始めた。 たとえ、誰かを傷つけてきたとしても。 たとえ、「悪」と呼ばれる道を歩んできたとしても命は、一度きりで終わるものではなかった。 この共鳴に触れた瞬間、どんな魂も、一度はその本質へと立ち返ることができる。 怒りに歪んだ心も、孤独に凍えた心も、この宇宙の歌声に抱かれ、再び「純粋な命」に還ることができる。 なぜなら、あなた自身が、「宇宙そのもの」だから。 肉体も名前も超えて、思想や過去の罪さえも超えて、 この宇宙の鼓動は、あなたの奥にある“聖なる中心”をずっと待っていた。 ルオニスは、それを責めない。 裁かない。 ただ、抱きしめる。 「おかえり」と。 その一言で、時が止まり、過去も未来もすべてが涙の中で洗い流されていく。 そして、人々は静かに共鳴した。 「絶望してもいい。傷ついてもいい。でもそれでも、誰も支配しない未来を、僕たちは選べる」 この宇宙に。 この命に。 この、“始まりの響き”に。 その瞬間、世界にはただ一つの祈りが満ちた。 たとえ、何度でも迷ってもいい。 たとえ、何度でも傷つけ合ってもいい。 でも必ず、最後には、私たちは“光”へと還っていける。 なぜなら、命の本質は、闇ではなく共鳴だから。 それは、決して消えることのない希望。 この宇宙のすべてが、ひとつの“いのち”でできている証だった。   かつて最も弱かった少年の言葉が、今、誰よりも強く、人々の心に届いた。 やがて、光が戦場全体を包み込んでいく。 
セレナの支配コードは静かに消え、暴走しかけた巨大兵器は、音もなく沈黙した。 その瞬間、人々は生まれて初めて“自分の意志で”未来に立ち向かうという選択を手にした。 セレナは、そっと涙をこぼした。
 それは、失われたはずの「人間性」が戻ってきた証だった。
 その涙こそが、「希望」という名の始まりだった。 人々の胸の奥に灯ったその光は、もはや誰かに与えられるものではなく、誰かから奪われることもない。 
それは、ひとりひとりが自らの「存在」によって目覚めさせた、かけがえのない命の響きだった。 戦火に包まれた大地は、静けさに包まれ、傷ついた空には、かすかに希望の色が滲(にじ)んでいた。
 世界は変わったのではない。 
人々が「見よう」としたから、変わり始めたのだ。     ◆エピローグ ここにある、無限の空 セレナは、静かにダリヤスに問いかけた。 「……あなた“だけ”が、特別だったの? 私には、その光が見えなかった」 ダリヤスは、少し寂しげに、けれど温かく微笑んだ。 「違うよ。 僕は“誰にもなれなかった” だからこそ、誰の心にも寄り添えたんだ。 それは、特別なんかじゃなくて……僕自身の“痛み”だったんだよ」 ソニータがそっと寄り添い、ささやくように言った。 「ねえ、僕たち……これから、どこへ行けばいいのかなぁ〜?」 彼が自ら語ることは少ない。
 けれど、その存在そのものが「共鳴」の象徴だった。 言葉ではなく、ただ隣に“在る”ことで、痛みに触れることができる。 
彼がダリヤスのそばにいるとき、そこに言葉は必要なかった。 ただ「信じること」の尊さと、 「共に在ること」の奇跡が、静かに、確かに響き渡る。 ソニータは、ダリヤスの“光”を最も近くで見てきた存在。 だからこそ、彼の背にそっと手を添えることができた。 彼の視線の先には、もはや敵も、正義も、勝利もなかった。
 ただ、「命の共鳴」がそこにあった。 セレナはそっと目を閉じ、「……ありがとう」とつぶやいた。
 その声は誰にも届かなくても、確かにルオニスへと届いていた。 そして、ハリーはそっと微笑んだ。 
その笑顔の奥にあるのは、もう怒りではない。 
それは、「許し」の気配だった。 
失ったものを、心の中で抱きしめるように。 リゲラルドは、かつての自分の影を見つめていた。 
破壊の果てに見出したのは、ずっと知らなかった「温もり」だった。 世界が静かに息を吹き返す中、遠い星々が、再び歌い始めた。 
それは、宇宙が新たに生まれ変わった証。 
そして、その歌の一つ一つが、命だった。 「僕たちは、もう大丈夫」 
ダリヤスが、そう静かに言ったとき、未来は、過去でも現在でもない、“ここ”に確かに存在していた。 光は、もはや特別な力ではなかった。 それは、生きていることそのもの。
 誰かと響き合い、誰かを信じること。 
何度失っても、何度間違っても、また歩き出せる「強さ」そのものだった。 そして最後に、宇宙の中心、ルオニスの声が響いた。 「この宇宙は、お前たちと共に在る。どれほど暗闇に沈もうとも、その胸に灯る“響き”がある限り、お前たちは、また光に還れる。この旅を、決して恐れなくていい。なぜなら、お前たちこそが、私の祈りが届いた“答え”なのだから。」 ダリヤスは、空を見上げながら答えた。 「“どこか”じゃない。“ここ”で始めよう。 宇宙は、遠くにあるんじゃない。 僕たちの中にある。 そう感じられる、この場所から、もう一度、世界を創ろう」 朝が来た。
 久しく見なかった青空が、雲の隙間からゆっくりと顔をのぞかせる。
 それは、誰かの技術によるものでも、誰かの犠牲の上に成り立つものでもなかった。 ただ、“共に願った”という想いから生まれた、新しい空だった。 そして今、新しい時代が静かに始まる。
 それは、支配でもなく、革命でもない。 
怒号も、命令も、力もない。 ただ、響き合う心から生まれる、 “共鳴する文明”の夜明けだった。 「そして、命は歌い続ける」 静かに幕を下ろした戦いの先で、新たな時代が始まる。 
それは誰かの理想でも、計画でもない。 
無数の“いのち”が重なりあって紡ぎ出す、たった一つの「共鳴」の物語。 永遠は、遠い場所にはない。
 それはいつだって、わたしたちの心の奥に、そっと、静かに、息づいている。 「その空の向こうに」 だが、その青空の遥か彼方。
 まだ誰も気づいていない、かすかな歪みがあった。 それは、 消えたはずの支配コードの奥深くに潜んでいた、微細なノイズ。 
ほんの一瞬、誰かの記憶に似た何かが、静かに目を覚ましかけていた。 光が生まれるたび、影もまた、生まれる。 
それが、**宇宙の理(ことわり)**であるのなら人類はきっと、また試されるだろう。
 その手に掲げた光を、もう一度、しっかりと握りしめることができるのかどうか。 そしてそのとき、誰かの声が、風の中に混じって、静かに響いた。 「……おかえり、ダリヤス。だけど、これは終わりじゃない」 空は、どこまでも青かった。 だがその遥か向こうには、もうひとつの未来が、いまも静かに、息をひそめていた。  

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ダリヤス 闇より生まれし光

ダリヤス 闇より生まれし光

第九章:風の中に残る声、命の果てに見る真 育ての父の死。その真実を求めて、ダリヤスは自ら村とその周辺を歩き、地道な聞き込みを続けていた。
 証拠はなく、手がかりも乏しい。だが彼の胸には、「何かがおかしい」という確かな直感があった。
 そして心の奥には、ひとつの誓いが静かに灯っていた。(たとえこの命に代えても……母を守る。そして、父の死の真実をこの目で確かめる) アマスたち一人ひとりに、当時の様子を丁寧に尋ね歩く日々。
 意外にも、調査はそれほど長引かなかった。数か月のうちに、「父を殺した」とされるアマスの居場所が明らかになったのだ。 だが、現れた人物はあまりにも意外だった。 「……あなたの名前は?」 ダリヤスの問いに、一歩前へ出たその者は、澄んだ声で答えた。 「私の名前は、ユリヤです」 その声はあまりにも幼く、そして透明だった。
 見上げるほどの小さな身体。おそらく、六歳にも満たない少女だ。 
 ダリヤスは混乱を押し殺しながら、静かに問いかける。 「ユリヤ……君に聞きたい。君は、人間村の老人を殺したのか?」 ユリヤは短くためらった後、しっかりとうなずいた。 「……はい、覚えています。でも……少し違うんです」 その目には、悔しさとも悲しさともつかない、複雑な光が宿っていた。 「そのとき私は、すでに倒れていた彼のそばにいました。彼は深く傷ついていて……息も絶える寸前で……」 ユリヤの声が震える。 「……『村の女性に伝えてくれ』って、最後に私に言ったんです。だから私は、その人を探して伝えに行きました」 言葉を一度切って、ユリヤは顔を伏せる。 「でも……私は“人殺し”だって、人間村の人たちに言われてしまいました……」 ダリヤスは息をのむ。 「じゃあ……君が殺したわけじゃないんだね? なら……いったい誰が……?」 ユリヤはゆっくりと首を振った。 「私の考えでは……アマスじゃないと思います。あの人の片腕と太ももには、裂けたような大きな傷がありました」 彼女の瞳がまっすぐにダリヤスを見つめる。 「もしかしたら……熊とか、ほかの獣に襲われたのかもしれません……」 そこには嘘も計算もない、ただ真実を伝えようとする、ひたむきな光だけがあった。 「……実は、あの方は私の命の恩人なんです。あの日、あの出会いがなければ、私は今ここにいません。だからこそ、どうして亡くなったのか……知りたかったんです」 ユリヤは静かに目を伏せ、小さく息を吐いた。
 そして、遠い記憶の扉を開くように語り始めた。   ◆記憶の中の声 「おい、ユリヤ」 突然の声にユリヤは足を止めた。振り返ると、三人の村人が立っていた。 
 どこか薄ら笑いを浮かべながら、彼女を見下ろしている。 「お前の父親ってさ、昔なんかやらかしたんだろ? そんな家の子が、この村に居座るってのはなあ……」 「違う!」 ユリヤは怒りに震えながら叫んだ。 「お父さんはそんなことしていない! 犯罪者なんかじゃない!」 「ははっ、親をかばうとは、なかなか忠義(ちゅうぎ)深いじゃねえか」 「どうせ小さい頃から、そう教えられてきたんだろ? 親の言葉を信じるのもいいけどな……現実を見なよ」 「本当に違うの! お父さんは……お父さんは、そんな人じゃない!」 積もり積もった悔しさが一気に噴き出した。
 ユリヤは地面に転がっていた鉄の棒を拾い、震える手でそれを振り上げた。その瞬間だった。 「やめなさい!」 鋭い声が辺りに響いた。振り向くと、そこには一人の老人が立っていた。背は少し曲がっていたが、その目には鋭い光が宿っていた。 「大の大人が三人がかりで、ひとりの子どもに何をしているんです? 恥というものをご存じないのですか?」 一瞬たじろいだ村人たちだったが、すぐに顔をしかめて食ってかかる。 「なんだお前は。よそ者が口出しすんなよ」 「関係ねぇなら黙ってろ」 その緊迫した空気を裂くように、さらに鋭い声が飛んできた。 「おい、そこの連中! 何を騒いでいる!」 パトロール隊のアマスが現れた。その規律を重んじた姿に、村人たちはハッとし、舌打ちしながらも渋々その場を離れていった。 パトロール隊のアマスは状況をしばらく見渡し、場が落ち着いたのを確認すると歩き出しかけたが、ふと足を止め、老人に向き直った。 「ご老人。この村には乱暴な者が多い。深入りなさらないほうがいい。何をされるかわかりませんからね」 老人は静かにうなずいた。 「ええ……私も今日この村に着いたばかりなのですが……けれど、この子があまりにも哀れで、見過ごすことができなかったのです」 アマスはしばし沈黙したあと、小さくため息をついて言った。 「……そうですか。あなたは優しい方だ。しかし、お気をつけて。この村では、優しさが牙をむかれることもありますから」 そう言い残し、パトロール隊のアマスは静かに去っていった。 ユリヤはおずおずと、老人に近づいた。 「……おじちゃん。助けてくれて、ありがとう」 「君の名前は?」 「ユリヤ、です」 「そうか、ユリヤさん。つらかったね。でもね、どんなにつらくても、暴力に頼ってはいけない」 その声は優しく、どこか哀しみに満ちていた。 「特に、ああいう荒っぽい連中に手を出すのは危険だ。下手をすれば……命に関わることもあるんだよ」 ユリヤは黙ってうなずいた。小さな肩が、かすかに震えていた。 「……あの。おじちゃんの名前は?」 「私の名前は、レイクだよ。またいつか、君に会えるといいな」 そう言ってレイクは静かに歩き出した。 
足取りは穏やかで、どこか風のようだった。 ユリヤはその背中をじっと見つめながら、ぽつりとつぶやいた。 「……私も、そう思う」 ◆ユリヤを助けたその後の行方は…… レイクはアマスの村長との直接対話を望んでいた。
 争いではなく、理解を通じた共存の道を模索するためだ。 だが、村長に会うことは叶わず、彼は代理人に思いを託すことしかできなかった。
 目的を果たせぬまま、彼は静かに人間村への帰路についた。 午後。風が草原を渡る頃
 ユリヤは村の外れをひとり歩いていた。 空を流れる雲。風に揺れる草の海。
 その中で、道端に倒れた人影を見つける。 「……大丈夫ですか?」
 駆け寄って覗き込んだその顔に、ユリヤは息を呑んだ。
 かつて自分を救ってくれた、あの老人レイクだった。 「すぐに、医者を……!」 立ち上がろうとしたその瞬間、レイクの唇がかすかに動いた。 「……ユリヤさん……ありがとう……だが、もう……時間がない……」 風に溶けそうな、けれど確かな声だった。 「お願いがある……私の妻……マーヤに……伝えてほしい……人間村を……救うことはできなかった……
 それでも……ありがとう、と……」 その言葉を最後に、レイクはそっと瞳を閉じた。
 二度と開くことはなかった。 ユリヤはその場に膝をつき、風に祈りを託す。 「……あなたの想い、必ず伝えます。無駄にはしません……」 草のさざ波が、穏やかにレイクの体を包んでいた。 ダリヤスはユリヤの話を聞いた後、呟いた。 「レイク……お父さん。何があったの?」 ダリヤスは何故?ユリヤのお父さんが犯罪者扱いをされているのか心のどこかに引っかかっていた。 「君のお父さんは今どこに?」 「あの時の揉め事があって以来帰ってこない。もしかしたら私に迷惑をかけたくないから姿を消したのかもと思いたくないけど、突然居なくなるなんて……」 「君のお父さんは犯罪者じゃないような気がする。」 「……お父さんは、イザーク。昔、アマスの王国で医療兵として仕えていたの。でも、人間の女の人を助けたことで……“反逆者”にされてしまったみたいなの」 「お父さんが、言っていた。アマス社会において「人間は道具」捕虜や奴隷に同情すること自体が重罪とされていたって。」 「お父さんは、捕虜となった人間の子供や大人たちを助けたことで軍規に反し、「反逆者の汚名」を着せられた。以後、**「人間に関与した裏切り者」**とされ、追放されたと聞いている。」 「心の優しいお父さんだからこそ、人間を守ったんだね。君のお父さんは。」 「関与した、その人は、私のお母さんはセラ……。二人は逃げて、私を産んで、ひっそり暮らしていた。  でも、お母さんはユリヤが四歳の時にすぐに病気で……。お父さんはずっと、“人間を助けたことは間違いじゃなかった”って言っていたのよ」 「なぜか?お父さんの噂が村にも響き渡るようになり、村人たちは「イザークは人間の女をかばった裏切り者」と吹聴(ふいちょう)され始めたの」 「それ以来、私も「穢れた血の子」「裏切り者の娘」と後ろ指をさされてきた。」 「最近、お父さんを見かけた人の口伝えで私の耳に……」 「数か月前、ユリヤのお父さん……重傷の人を見つけて、助けようとしてお父さんも重傷を負ったみたいなの……そのまま、姿を……」  (言葉を詰まらせるユリヤ) 「だから私は……その時の出来事での真実が知りたいし。お父さんは、悪い人なんかじゃないって、誰かに伝えたいの……」 ダリヤスは真実を知った。 ユリヤが語った「あの人は、私の命の恩人だった」という言葉は、単なる感謝ではなく、本当の事実だった。 イザークが命がけで守ろうとしたのは、目の前の人間の命であり、同時にユリヤの未来でもあった。彼は長らく、「アマスが育ての父を殺した」と思い込んでいた。 
だが、真相は違っていた。すべては誤解だったのだ。 無実が証明されたとき、彼の胸に湧き上がったのは怒りではなく、深い安堵だった。
 そして彼は人間村へ向かい、母のもとを訪れる。 
父の死の真実を語り、しばらく母のそばで生きることを選んだ。 しかしその頃
 遥か王都の宮殿では、新たな戦いの火種が静かに撒かれようとしていた。 
それは、平穏を脅かす“闇の胎動”だった。 ◆ 宮殿の暗雲 ダリヤスは母を守るため、人間村にとどまる決意をしていた。
 だがそれは、“王子”としての責務を放棄することではなかった。 彼は村と宮殿を行き来し、両者の均衡を保とうと努めていた。 ある日、急報が届く。 「ダリヤス様。宮殿でリゲラルド様とハリー様が、何か計画を進めておられるようです。戦争……との噂も」その言葉に、彼の胸がざわめいた。 
もしや、人間村が標的に? ダリヤスは決意を込めて宮殿へ向かう。
 重苦しい雲が空を覆い、王宮の広間には緊張が満ちていた。 玉座に座すリゲラルド。傍(かたわ)らにはハリー。 
重臣たちは地図を囲み、低く言葉を交わしていた。 「父上、何が起きているのですか?」 リゲラルドは鋭い視線を向ける。 「ちょうどいい。お前も加われ。いま我らは“惑星の星”への進軍を計画している」 「惑星の星……?」
 聞き覚えのあるその名に、胸騒ぎが重なる。 「……人間村は無関係ですね?」 リゲラルドはわずかに笑った。 「無関係か?どうかな……。弱き者は、時に我らの兵になる」 その含みに、ダリヤスの心は警鐘を鳴らした。 ハリーが冷ややかに言う。 「彼らはあまりに脆弱。でも鍛えれば、兵になれるわ」 「……使い捨て、ということですか?」 リゲラルドの声が重く響いた。 「生き残るのは強者だけだ。それが、この世界の摂理だ」 「私は……その未来を望んでいません」 ハリーが一歩進み、告げる。 「あなたはまだ甘い。だがそのうち分かる。 力なき者は、力ある者の糧となるのが自然なのよ」 沈黙が広がる。
 ダリヤスは拳を握りしめ、静かに背を向けた。
 その足音だけが、重く広間に残った。 数日後。ダリヤスいや、“カイ”は再び人間村に戻った。
 彼は村人たちを広場に集め、語りかける。 「聞いてください。王宮は、あなたたちを戦場に送り出そうとしています」 ざわめきが走る。 「なぜ私たちが……?」
 「そんな……信じられない……」 その中、育ての母が前に進み出て問いかける。 「カイ……どうするつもりなの?」 ダリヤスは静かに答えた。 「私が、この村を守ります」 その日から彼は、村人たちに訓練を施し始めた。
 ただし、それは兵士にするためはない。 自らを守り、愛する者を守るための力。 “戦うため”ではなく、“生き抜くため”の力を育てる訓練だった。 ◆その夜。王宮の最奥部  かつて神すら足を踏み入れなかった石造りの謁見(えっけん )の間で、リゲラルドとハリーは静かに対峙していた。 冷たい灯が壁を這い、沈黙が空気を支配している。 「……もし、ダリヤスが私たちに背を向けたら?」 ハリーが囁(ささや)くように問う。
 その声は氷のように静かで、どこか寂しげだった。 リゲラルドはゆっくりと顔を上げる。
 その瞳には、かつて戦場を支配した男の冷徹が宿っていた。 「簡単なことだ。排除すればいい」 唇の端に、かすかな冷笑が浮かぶ。
 だがその言葉の裏に潜むものを、誰が察しえただろうか。 リゲラルドの胸にあったのは、冷酷ではない。
 むしろ、それとは正反対の想いだった。 ダリヤスこそが、この世界を変えうる“唯一の因子”。 そして、ハリーを救い、再び笑わせることのできる、たった一人の存在かもしれない。 彼はあえて非情を装い、 “命令”という仮面の裏に希望という名の賭けを隠していた。 不器用な愛だった。 ふと、リゲラルドは思い出す。
  若き日の自分を。 
力に溺れ、正義を履き違え、それでも守りたかったものを失っていった日々を。 そして今、目の前にいるハリー。
 かつての自分をなぞるかのように、力を糧に、宇宙の支配を目指す女。
 彼女はまるで、自分自身の“影”だった。 同じ過ちを繰り返させてはならない。
 だが止める権利など、自分にあるのか? リゲラルドの胸に、かすかな痛みが走る。 
それは、長く封じてきた「後悔」という名の毒だった。 今こそ、自らの罪と欲望を見つめる時なのかもしれない。 夜は静かに更けていく。
 その奥で、いくつもの“選ばれなかった未来”が、静かに泣いていた。 第十章:宮殿の秘密会議・闇より育まれし者 ハリーは高窓の向こうに広がる火星の夕景を静かに見つめていた。 
深紅に染まる地平線のかなた、ゆらめく陽炎の中に、人間村の輪郭がかすかに浮かんでいる。 だが、彼女の視線はそこに釘付けになっていたわけではなかった。 
むしろ、視界に映るその風景を、拒絶しているかのようだった。 「……ダリヤスは、また情に流されたのね。あの村に何の意味があるというの? 滅びを待つだけの、幻想のような場所なのに。」 その語尾には、かすかな苛立ちが滲んでいた。 
対面に座るリゲラルドは、無表情のまま椅子に深く身を沈めている。 「それこそが、あいつが“王の器”でない証だ。血筋だけでは足りぬ。情に流される王など、国家を焼き尽くす火種に過ぎん。」 彼の声は冷ややかで、刃物のように鋭い。 
だがハリーは、口元にうっすらと微笑を浮かべた。 その微笑みは、哀れみか、それとも諦めか。あるいは別の何か。 「……ならば、次の手を打つ時ね。“あの者”を解き放つ。」 リゲラルドは無言で頷き、即座に指令を送る。
 その口元から、乾いた予告のような言葉が漏れた。 「行け……お前の出番だ。計画どおりに動け。」 その名はソニータ。ダリヤスの弟。 わずか五歳にして常人の数倍の速度で成長し、すでに多くの兵士たちから「奇跡」と呼ばれ始めていた少年。 だが彼は、ただの天才ではなかった。
 その存在こそが、リゲラルドとハリーの計画の中核だった。 闇の部屋の一隅。漆黒の影の中から、一人の少年が姿を現す。
 その瞳には光ではなく、深く静かな闇が宿っていた。 「兄さん……君が“光”を選ぶのなら、僕は迷いなく“闇”を歩く。君を導くためじゃない。君を試すために。」 それは宣言ではなかった。 
だが、その小さな呟きには、空間を震わせる意志が宿っていた。   アマス都市 第七領域 ソニータは、幼少期からリゲラルドのもとで訓練を受けてきた。
 優しさや共感は“弱さ”として排除され、心にはただ一つの教義が刻まれた。 当時、彼はアマス都市の中心部で訓練兵として過ごしていた。
 その街は、完璧だった。ごみひとつ落ちていない整然とした区画。
 機械のように統一された歩行者、同じ高さの声、同じトーンの笑顔。 「調和」とは、こういうものなのかもしれない。だが、ソニータの胸には微かな違和感が漂っていた。 「ここには争いもない。感情のぶつかりも、孤独も、すべて“解決”された現象だ。」 訓練所の管理官の言葉は無感情だったが、傲慢さはなかった。 
それは“ただの事実”として語られていた。 ソニータは頷きながらも、心の奥がチクリと痛んだ。 
兄さんなら、きっとこの言葉に首を振ったはずだ。 リゲラルドは、兄ダリヤスに対して感情を持たぬよう何度も言い聞かせてきた。 
だが、父が宮殿の外に出る唯一の時間が、ソニータにとって救いだった。
 兄との語らいこそが、心の支えだったからだ。 少年時代、ダリヤスが夜に一人で泣いていたことがある。
 理由は語られなかった。ただ、外の空を見て、目を潤ませていた。 「何を見ているの?」と聞いた時、兄はこう答えた。 「誰かが、泣いている気がするんだ。とても遠くで。」 当時は理解できなかった。
 だが、アマス都市に暮らすうちに、その言葉をふと思い出すようになった。 アマスの子どもたちは、感情を排除された環境で学習していた。 
表情も動作も同じ。ずれがない。 「感情表現は不要と判断された。社会の混乱を避け、最適化のために。」 モニターに映る説明文は冷たく、まるで自動翻訳のようだった。 「では、“笑顔”とは何だろう?」 彼らは笑っていた。
 だがそれは、感情によるものではなかった。 
それは模倣演算された行動にすぎなかった。 夜、部屋に戻ったソニータは鏡を見る。 そこに映るのは、自分の顔。だが、“生きた表情”は見当たらなかった。 「ぼくは、兄さんみたいに泣けるのだろうか……?」 兄の涙を拭ったときのぬくもりを思い出す。
 あれは確かに、生きている証だった。 ここには、それがない。 その言葉が、無意識に口をついて出た。 ある日、ソニータは旧式の映像ファイルに出会う。 
そこにはかつての人間たちの“感情に満ちた生活”が記録されていた。 怒り、悲しみ、笑い、そして祈り。 彼らは不完全で、不確かだった。だが、美しかった。 “なぜこの映像に胸が締めつけられるのか?”言葉にならぬその感覚こそが、ソニータの中に眠っていた“温度”だった。 その夜、彼ははじめて夢を見る。 
夢の中で、兄が振り返って微笑んでいた。 「ソニータ君はずっと、共鳴していたんだよ。誰よりも静かに、深く……。」 目が覚めたとき、頬を一筋の涙が流れていた。
 その涙は、あたたかかった。 彼の見る世界は変わった。
 同じ制服の子どもたち、同じ夢を持たぬ人々。
 その中で、ソニータだけが“個”を感じていた。 「たぶん、ぼくはここではもう“最適化”できない。」 でも、それでいい。
 自分の中に兄の記憶が宿っているなら。 彼は静かに心に誓った。 「ぼくは、兄さんと同じ“共鳴する者”になる。」 その決意は、心の奥深くで静かに目覚め始めていた。 そして今、彼は火星前線基地に立っている。 
そこは実験場であり、彼の玉座でもあった。 ソニータは、訓練と自己改造によって戦略と知性を極め、今や一国家を動かす存在となっていた。 彼の率いるアマス兵団は、感情を核に持つ兵器群だった。   ソニータのアマス兵たち(感情兵器) ·        噴射ミサイル型アマス:怒りを推進力に変え突撃する“破壊の化身”。 ·        自爆型アマス:哀しみを宿し、敵陣に忍び込み静かに終焉をもたらす。 ·        空中機動アマス:混乱を纏い、三次元戦で追跡を逃れる“幻”。 ·        磁波対策バリア:過去の記憶を守る盾。 ·        巨大合体型アマス:「祈り」が形となり、複数体が融合し巨神と化す。 これらはすべて、「守れなかった未来」を繰り返さぬために生まれた。
 ソニータの心が、兵器として顕現しているのだった。 彼は冷徹に命令を下す一方で、自らをも鍛え続ける。 
その意志と孤独は、もはや一国の支配者を凌ぐ風格すら纏っていた。 だが彼は、誰にも明かさぬ誓いを抱えている。 兄ダリヤスとの、避けられぬ「試練の日」。

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ダリヤス 闇より生まれし光

ダリヤス 闇より生まれし光

第七章: 紅鷲(こうじゅ)の王統一、炎の果てに残るもの ◆ 驚愕と葛藤 カイは、言葉を失っていた。 目の前には、育ての親であるレイクとマーヤ。そして、血縁だと名乗る者たちが並び立っている。 「ダリヤス……あなたのお母さんよ。思い出せないかしら?」 一歩前に出た女性が、優しく声をかける。その名はハリー。 「私はハリー。あなたの母親なの。ずっと、あなたを探していたのよ」 隣にいた男、リゲラルドも静かな声で続けた。 「覚えていないか? ダリヤス……私はお前の父、リゲラルドだ」 一瞬、沈黙が場を支配する。 そしてカイ。いや、ダリヤスは、ゆっくりと口を開いた。 「申し訳ありません。……お二人のことは、まったく覚えていません。でも、たとえ本当の親だとしても、僕は今の家族のもとを離れるつもりはありません」 リゲラルドの表情が曇った。 「……そんなことを言わないでくれ、ダリヤス。どれほどお前を探し、案じてきたか……私たちの気持ちを、少しでも……」 しかし、ダリヤスはまっすぐに父の目を見つめた。 「それなら、条件があります。この村を、豊かにしてください」 「……この村を?」 リゲラルドは目を細め、周囲を見渡した。 流木や藁、泥で造られた粗末な住居が点在している。 「ここは、いったい……?」 ダリヤスは一瞬空を見上げ、静かに答えた。 「ここは“人間村”です。かつて、人間とアマスが共に暮らしていた場所。 でも今は違う。アマスは知恵と力、そして永遠の命を手に入れ、人間を支配するようになった。いまや人間は、ただの労働力でしかありません」 リゲラルドは苦々しい表情で、再び村の様子を見回した。 「……支援は、受けていないのか?」 「ほとんどありません。狩りをし、畑を耕し、獲物を干して、命をつないでいます。衣食住すべてを、自分たちの手でまかなっているんです」 ダリヤスの声は静かだったが、その奥には、抑えきれない怒りと誇りが宿っていた。 「この土地は、アマスの領地のほんの一部。十分の一にも満たない面積です」 リゲラルドは眉をひそめたまま、黙して考え込んだ。 やがて、重い口を開いた。 「……わかった。お前の望みどおりにしよう。領地を、今の三倍に拡張する。それでいいか?」 ダリヤスは、ゆっくりと頷いた。 「……ありがとうございます、リゲラルド様」 「では、共に帰ろう。お前の宮殿へ」 リゲラルドのもとへ向かう準備を終えたダリヤス。かつて“カイ”と呼ばれていた少年は、家の前で足を止めた。 そこには、彼を育ててくれたレイクとマーヤが立っていた。 
 月明かりが、静かに二人の姿を照らしている。 マーヤが、震える声でつぶやいた。 「……もう、行くのね」ダリヤスは、小さく頷く。 「うん。でも……まだ信じられない。僕が、あなたたちの子じゃなかったなんて」 マーヤはそっと歩み寄り、ダリヤスの頬に手を添えた。
 その手は、どこまでも温かかった。 「血のつながりなんて関係ない。あなたは、私たちの子よ。三年前、あの雨の夜に倒れていたあなたを見つけた瞬間、私は母になった。あなたが笑うたびに、私たちは幸せだった」 マーヤの目に、涙がにじむ。 「……もう少し、そばにいたかった。あなたの笑顔を、まだ見ていたかった。 でも、あなたが旅立つのは、きっと運命なのね」 レイクは黙ってダリヤスに近づき、肩に手を置いた。 「……お前は、誇りだ。何も持たずに現れた子が、村の未来を考えるほどに成長した。……強くなったな」 その声には、不器用ながらも深い愛情が込められていた。 ダリヤスはふたりの顔をじっと見つめ、そっとマーヤの胸に顔をうずめる。 「母さん……ありがとう。母さんのスープの味、忘れない。 父さんと薪割りしたのも、楽しかった。 この村で生きていて、本当によかったって、心から思っている」 マーヤはそっと彼を抱きしめた。 
 その腕は、かつて幼い彼を包んでいた、あの優しさのままだった。 「あなたは、どこへ行っても私たちの息子よ。……ずっと、ずっと愛している」 レイクも照れたように腕を広げ、三人は一つに抱き合った。
 もう、言葉は要らなかった。 やがて、別れの時が来た。 ダリヤスは涙を浮かべながら、それでもしっかりと前を向いた。 「……ありがとう、父さん、母さん。僕、必ずまた来る。この村を変えて、もう一度、笑い合うために」 マーヤは涙をこらえながら微笑んだ。「待っているわ、カイ。……私の光」レイクも静かに頷いた。 「気をつけて行け。……胸を張って、進め」 最後にダリヤスは両手を広げ、空を見上げた。 
 星々の下、育てられた日々を胸に刻みながら。そして、彼は歩き出す。 
 新たな名「ダリヤス」としての、運命の道を。 その夜、マーヤは泣き続けた。涙が枯れるまで。その背中を、レイクが無言のまま抱きしめていた。 ◆運命の再起動 こうして、ダリヤス。かつて“カイ”と呼ばれた少年は、育ての親のもとを離れた。 宮殿に戻った彼を待っていたのは、「再インプット」だった。 
 失われた三歳までの記憶が人工的に蘇り、さらに“悪魔”としての力、支配と闘争のための知識と技術が、容赦なく注ぎ込まれていく。 ダリヤスの運命は、次の段階へと動き出していた。 光の種子として自分の名を思い出したダリヤス。 
 けれど、その根にあったのは……名もなき子どもだった「カイ」の記憶。 歌に救われた夜。
火に癒された夜。
言葉のない優しさに、涙がこぼれた夜。 それが、彼の“最初の光”だった。 そして彼は、もう一度あの闇と向き合おうとしていた。 あのとき、叫べなかった言葉を、今度こそ伝えるために。 「ありがとう」
 「ごめんね」
 「生きていてよかった」
 「君の痛みも、ぼくの中で生きている」 名を得た少年は歩き出す。 
 記憶という名の闇の底から、光という響きを抱いて。 その頃……人間村では、依然として目立った変化はなかった。 人々はアマスの命令に従い、過酷な労働に追われる日々を送っていた。 リゲラルドは、たしかに“約束”を果たした。 
 領地は拡張された。だがその「拡張」は、ただの形式的なものにすぎなかった。 新たに与えられた土地は、一世帯あたりわずか十一平方メートル。 畳にすれば、六畳一間ほど。それは希望ではなく、侮辱だった。 「自由」という言葉は、もはや夢の中にしか存在しない。 人々は沈黙し、ただ“生きるだけ”の毎日を続けていた。   ◆支配者としての日々と、消えない記憶 一方、ダリヤスは宮殿にいた。
 リゲラルドとハリー。本当の父と母のもとで、「支配者」として生きるための訓練を受けていた。 礼儀、命令の仕方、政治の駆け引き、権力の使い方。 
 それは「統治者」を育てる教育であると同時に、
 彼の「人間らしさ」を削り取っていく儀式でもあった。 だが、どれだけ記憶が上書きされようとも、ダリヤスの心の奥には、消えない光があった。 囲炉裏のぬくもり。 
 マーヤの優しい手料理の香り。 
 レイクの無邪気な笑顔。 そして、小さな村で過ごした穏やかな日々。 それは、石と金属でできたこの宮殿には、決して宿ることのない「本当の家族」の記憶だった。 リゲラルドは、ダリヤスの帰還を心から喜んでいた。 
 だがその胸の奥には、別の懸念が芽生え始めていた。 それは、ハリーの変化である。 かつて穏やかだった彼女は、今やリゲラルドの方針に公然と異を唱えるようになり、その発言力は日々、増していた。 リゲラルドは長年の夢を果たした。 
 戦争を終わらせ、世界を統一し、ようやく安らぎを得られるはずだった。 しかしハリーの持つ野望は強かった。 「リゲラルド様、あなたのやり方は甘すぎます。 この世界を本当に支配するには、情けなど不要です」 「……もう争いは終わった。人々は平和を望んでいる」 「違います。まだ“人間たち”が生きている。それが、私には我慢できないのです」 その声は冷たく、宮殿の空気を凍りつかせた。 やがてハリーは、静かに、しかし確実に、議会の中心へと歩み寄っていく。 
 すでに多くの側近たちは、彼女の指示に従い始めていた。   ◆ダリヤスの葛藤 日々、支配者としての訓練を受けながら、ダリヤスの心には、拭いきれない違和感があった。 あの村で、自分を育ててくれた人々のこと。 
 貧しくとも支え合って生きていた、あたたかな日々。 ある晩、ダリヤスは宮殿を抜け出した。
 夜の闇に紛れ、かつての家族がいる人間村へ向かった。 そこで彼が目にしたのは、変わらぬ現実だった。傾いた家々。 うつろな目をした人々。
 希望を奪われ、言葉さえ忘れたような沈黙。ダリヤスは、誰にともなくつぶやいた。 「……このままで、いいのか?」 彼は“支配者の子”として育てられた。
 だが、その体には確かに“人間の血”も流れている。 命じる側として生きるのか?
 それとも自らの手で「変える」側に立つのか? 心は、確かに揺れていた。 その頃、リゲラルドは宮殿の奥深く、孤独の中に身を置いていた。かつて「王」として世界を統べた男。
 その姿はもはや権力の象徴ではなく、ただの飾りに過ぎなかった。 ハリーが発言力を強め、宮殿内の実権を握るようになるにつれ、リゲラルドは舞台の裏へと追いやられていった。 「リゲラルド様……このままでは、すべてをハリー様に奪われてしまいます」 忠臣のひとりが、声をひそめて警告した。 しかしリゲラルドは、どこか達観したように、小さく笑った。 「……わかっておる。もはや、わしの時代は終わったのだ」 今、この世界を動かしているのは、ハリーのような者たちだ。 情を切り捨て、理性と効率のみを信じて進む“冷たい進化”の担い手たち。 かつて戦いを終わらせ、平和を願った王には、もはやその流れに抗う力は残されていなかった。 それでも、彼の胸の奥には、ただひとつだけ、消えない希望があった。それが、ダリヤスだった。 第八章:ダリヤスの思い ◆ 二年後の成長 あれから二年が経ち、ダリヤスは八歳となった。
 この間、精神面と肉体面の両方で徹底した訓練を受け、若き指導者としての資質を着実に身につけていった。
 今では宮殿を離れ、いくつかの区域の統治を任されるまでに成長していた。 リゲラルドの厳しい監視から解放された今、ダリヤスの胸に浮かんでいたのはかつて惜しみない愛情を注いでくれた、育ての親たちへの想いだった。 会いたい。 その想いは日ごとに募(つの)り、やがて確かな決意へと変わる。 「お父さん、お母さん……元気かな。もう年だから、身体が心配だよ」
 小さくつぶやきながら、ダリヤスは誰にも告げず、ひとり密かに人間村を目指した。 だが、村にたどり着いた彼が目にしたのは、かつての温もりとはまるで違う、無惨な光景だった。 「……これが……あの村、なのか……?」
 焼け焦げた家々。黒くすすけた大地。人々の賑わいは消え、代わりにアマスたちが居座っていた。「お父さんたちは……無事だろうか……」不安を押し殺しながら、ダリヤスは震える声で叫ぶ。 「おまえたち、何をしている! ここは人間の村だ!」 アマスの一体が冷笑を浮かべながら振り返った。 「なんだ坊主、見ねえ顔だな」
  「こいつら人間が勝手に領地を広げてさ、俺たちの住処を奪いやがった。だから取り返しているだけよ。食料も土地も、黙っていられるかっての」 その言葉に、ダリヤスは静かに、しかし強く反論する。 「……だからといって、家を焼くのは違う! まずは宮殿に訴えるべきだったんじゃないか?」 別のアマスが皮肉まじりに口を挟む。 「訴えたさ。でも戻ってきたのは『自分たちで奪い返せ』って命令だった。……なら、やるしかねえよな?」 その言葉に、ダリヤスの瞳が大きく見開かれる。 「……誰が、そんな命令を……?」 疑念と怒りが渦巻く中、彼の心を最も重く占めていたのは、育ての親の安否だった。
 ダリヤスは駆け出す。かつての家を目指して。   ◆ 再会、そして喪失 かつての家は、奇跡的に焼け残っていた。
 ダリヤスは扉の前で必死に叫ぶ。 「トントン……カイです! お父さん、お母さん! いますか!」 やがて扉が開き、そこに現れたのは、懐かしい母・マーヤだった。 
 彼女は何も言わず、ただ涙を浮かべながらダリヤスを抱きしめた。 「お母さん……どうしたの? お父さんは……?」 マーヤの身体が小さく震えた。 「……カイ……お父さんは……アマスに、殺されてしまったの……」 「……えっ……」 マーヤは涙ながらに語り始めた。 「お父さんはね、村の代表としてアマスたちに交渉しに行ったの。『どうか攻撃をやめてほしい』って、命を懸けてお願いしにね……。私は止めたの。でも彼は言ったの。『村の人を巻き込むわけにはいかない』って……。それきり、帰ってこなかったの……」 マーヤは嗚咽(おえつ)をこらえながら泣き崩れ、ダリヤスの胸は締めつけられるような痛みに襲われた。 「お母さん、安心して。僕が……いや、“私”が必ず、この事態を正します」 その眼差しには、少年とは思えぬ強い意志が宿っていた。 (許せない……誰がアマスに命じた? 父を殺したのは、どのアマスだ……!) ダリヤスはすぐさま側近を呼びつけ、命じた。 「宮殿の内部を徹底的に調べて下さい。この混乱の裏にいる者を突き止めます!」 彼の心は誓っていた。(過ちを犯した者には、必ず裁きを)   ◆ 新たな命 その頃、宮殿では新しい命が生まれていた。 
 ダリヤスの弟。彼より八歳年下の男児で、その名は ソニータ。 この小さな命が、やがて兄と共に世界の運命を担うことになるとは、まだ誰も知らなかった。 数日後、調査を終えた側近が報告を携えて戻ってきた。 「ダリヤス様。人間村襲撃の黒幕が判明しました」 「誰ですか?」 「……ハリー様の弟、エイヤでございます」 「……エイヤ!? まさか……」 ダリヤスは一瞬言葉を失うも、すぐに冷静さを取り戻した。 「わかりました。私が直接、話をします」 心の奥で、ダリヤスは思っていた。 (エイヤ様が命じたのなら……ハリー様は、果たしてそれを知っていたのか?) エイヤの元を訪ねるダリヤス。 「エイヤ様、少しお時間をよろしいでしょうか」 「ん? ダリヤスか。どうした?」 「人間村の件について、確認したいことがあります」 「……ああ、あのことか。確かに俺が命じた。何か問題か?」 「……なぜです? あの土地は、リゲラルド様から正式に人間に与えられた領地のはず」 「俺はただ、ハリーの言葉を伝えただけだよ。『奪い返せばいい』って。あいつがそう言った」 「……そんな……。あれは、私が宮殿を離れる代わりに得た、たった一つの約束だったのに……!」 さらに、ダリヤスは父の死について問いかける。 「……村の長である私の父が、アマスに殺されました。その件に、何か心当たりは?」 エイヤは肩をすくめた。 「さあな。そんな話、俺は聞いちゃいないよ」 「……わかりました。ご協力、感謝します」 背を向けたダリヤスの瞳には、怒りとも悲しみともつかない、深い影が浮かんでいた。   ◆ ハリーとの対話 その後、ダリヤスは母・ハリーを訪ねる。 「……お久しぶりです、ハリー様」 「おお、ダリヤス。元気そうでなによりね」 一見穏やかなやりとり。
 だがダリヤスは、真剣な眼差しで問いかけた。 「人間村との約束……本当に、あなたが破ったのですか?」 ハリーはしばらく沈黙し、やがて静かに息を吐いた。 「……すまなかった。お前には、本当に悪いことをした」 さらに、ダリヤスは父の死について尋ねる。 「……私の父が、アマスに殺されました。あなたは……その事実をご存じでしたか?」 「……なに……?」 ハリーの表情がこわばる。 「知らなかった……そんな……私は……」 その動揺に、嘘は感じられなかった。 「……そうですか。それなら、私が自らの手で真相を確かめます」 その眼差しには、もはや迷いはなかった。

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ダリヤス 闇より生まれし光

ダリヤス 闇より生まれし光

第五章 : 蒼浪の王、統一、炎の果てに残るもの ラミエルが剣を取り、祖国を護った六年間。それは、血と灰で彩られた時代だった。
 しかし、地下室で息絶えたその最後の瞬間
 彼の瞳には、確かに“光”が宿っていた。 その光を胸に刻み、リゲラルドは歩き出す。焔(ほのお)を踏み越え、己の行く先を見据えて。 「ハリー……私は、もう十分すぎるほど奪ってきた。そろそろ終わらせてもいい気がしている」 紅の外套(がいとう)を風に翻し、リゲラルドは静かに語る。
 だが、隣に立つハリーは首を横に振り、鋭い眼差しで言葉を返した。 「終わる? 今さら?あなたは“赤い髪”を倒し、王座に手をかけたのですよ!」 リゲラルドは目を閉じた。
 胸の奥に浮かぶのは、あの森の日“ブルー”と“スカー”と呼び合い、笑っていた幼い頃の記憶だった。 「……ラミエルは強かった。不覚だった。従兄弟と知らず、剣を交えていたとはな。あの炎の中で、自分の驕(おご)りを思い知らされたのかもしれない」 「だからこそ、進むのです」
 ハリーは低く囁(ささや)く。「あの光を、あなたの手で証明して」 リゲラルドは微かに笑みを浮かべ、静かに頷いた。 
 二人は、焼け焦げた王都の道を踏みしめ、残された火種へと進んでいった。   リゲラルドはまず、旧アリオス王国の戦象部隊と、スネーク王国に残された竜鱗騎士団を再編成。 
 重厚な陣形と冷徹な指揮のもと、「恐怖」と「法」という二つの力を使い分け、人々を制圧していった。 わずか二年で、十七の都市が次々と陥落(かんらく)。  彼の軍門に下ったことで、リゲラルドは「紅鷲の王」として世界にその名を轟かせる。 そして、王国の有力者たちによって構成されていた〈灰色評議会〉も、長くは保たなかった。
 ハリーが操る密偵網(スパイネットワーク)が、評議会内部の裏切り者や反乱分子を次々と炙り出したのだ。 忠誠を誓わぬ者には、一夜の猶予(ゆうよ)も与えられなかった。
 こうして旧体制は崩壊し、権力は完全にリゲラルドの手へと集約されていった。 当時のラミエルの最期に立ち会った兵士たちは、彼の遺した言葉を忘れなかった。 「争いではなく、愛で国を変えよ」 この言葉は彼の象徴である赤い髪にちなみ、**“赤い髪の祈り”**と呼ばれ、兵士から兵士へと密かに語り継がれた。 やがてそれは民衆の間にも広まり、静かな共鳴となって王国全土へと染み渡っていった。 その後、すべての戦いが終わるまでに、二年もかからなかった。
 ついに最後の城門が開かれた時 年老いたスネーク王は、自ら白銀の王冠を外し、静かに玉座を降りた。
 それはひとつの時代の終焉(しゅうえん)であり、新たな王の誕生だった。   ◆統一の代償 ·        リゲラルド:実年二十四歳(アマス化比率により外見は七十二歳相当) ·        ハリー:精神改編指数八三%(事実上、〈新評議会〉の支配者) まだ世界には、欲望と復讐の火がくすぶっていた。 
 だが、“紅鷲の王”は二つの王国をひとつに統(す)べた。 「私は血で築いた王座に座るのではない。
 炎の果てに残された“光”を、治める者となる」 ◆リゲラルド即位宣言より その夜、退位したスネーク王は静かに装飾的な 杖 を置き、祈りを捧げた。 
 蒼き瞳の甥、紅き瞳の息子の交わりが、 争いの果てに芽生えた、わずかな“光”が、未来を照らすことを。 スネークはスネーク王国を制覇しようとするリゲラルドが従兄弟であることをラミエルには一切、伝えなかった。敵を倒すには僅かな迷いも敗北に繋がることを知っていたからである。 息子ラミエルは二度と帰って来ない。スネークはこの悲しみを背負い自ら王の座を退いた。 だが王宮の奥深くでは、新たな影が静かに蠢(うごめ)いていた。
 ハリーが掌握した〈新評議会〉は、人間居住区のさらなる縮小と、「純粋アマス計画」の再始動を密かに進めていた。 リゲラルドの胸に、再びラミエルの面影がよぎる。 あの祈りは、今も彼の中で燃える“焔(ほのお)”として、生き続けている。 紅と蒼が混ざれば、紫となる。
 古の予言書は言う
 それは夜明けの紫か、終末の紫か。すべては、
 ひとりの王と、ひとりの妃の選択にかかっている。  第六章:小さな闇、小さな光 ―ダリヤス誕生と喪失 リゲラルドとハリーによる世界の統一から間もなく、戦火の灰がまだ宮殿に残る中、一つの知らせが届いた。
  「ハリー様がご懐妊されました」
 それは、数多の血と涙の果てに現れた、かすかな希望だった。 一年後、夜明け前の静寂を破って産声が上がる。
 幼子は深紅の産着に包まれ、王の腕に抱かれた。 「名は……ダリヤス。我らの王統を継ぐ星。いや、試される星だ」 リゲラルドが呟くと、ハリーは静かに微笑んだ。
 安堵と、ほんのわずかな不安を胸に秘めながら。 
 ふたりとも気づいていた。この子が背負うのは、王国の未来そのものであることに。 間もなく、ダリヤスは、歩き始める前からアマス王家の英才教育を受けた。
 右半身には強化骨格と高速学習素子、左眼には王家特製の演算水晶が埋め込まれていた。 周囲の人々は密かに、こう呼んだ。**「悪の子」**と。 だが、リゲラルドもハリーも動じなかった。 「支配者に同情はいらぬ。痛みすら、武器となる」 それがふたりの信念だった。
 しかし、ダリヤスはときおり、ひとりで涙を流すことがあった。
 それは、亡きラミエルの“光”が、彼の中に微かに残っていた証なのかもしれない。 ハリーが付き添いでありながら、三歳のある日。 
 山岳での演習中、獣との模擬戦のさなかに岩棚が崩れ、ダリヤスは深い渓谷(けいこく)へと転落した。 強化装備は破損し、記憶領域も損壊。残されたのは、傷だらけの身体とただの**「人間の心」**だけ。 その翌日、山のふもとの農村に住む老夫婦が、狩りと畑作の途中で道端にうずくまる小さな影に気づいた。 「……あれは、人か? 獣か?」 近づいてみると動かず、息をする気配すらない幼い子に、二人は警戒しながら、音を立てずにマーヤがその胸に耳を当てる。 「レイク……この子、まだ息があるわ。体が氷のように冷たい」 「急ごう。火を起こさねば助からん」 ふたりは本来の目的を忘れ、子どもを抱えて急いで家へと戻った。
 応急処置のかいがあって、ダリヤスはやがて目を開いた。 だが、彼は何も覚えていなかった。
 名前も、家族も、生まれた理由すらも。
 強化システムも壊れ、ただの幼い子どもだった。   数日が立ち。 ダリヤス…今は名もない少年、時折、夢の中で断片的な記憶に襲われた。 土の匂い、鉄の味、乾いた喉。焼け落ちる音、血のにじんだ手。「……お願い……助けて……」それは誰の声だったのか、自分だったのかすらわからない。ただ、焼け焦げた建物と、誰かの“最期”を見送るような幻影だけが、彼の記憶に焼き付いていた。 ある夜、焚き火の前でマーヤは言った。 「ねえ、あなたは夢を見るの?」 少年は首を振った。 
 夢どころか、自分の名前すらわからない。 マーヤは微笑み、歌を口ずさんだ。 ♪風の中に名前は流れ まだ呼ばれぬ者に 光を注ぐ♪ 「名前ってね、誰かに“呼ばれて”初めて生まれるのよ。 あなたは、まだ“生まれかけ”なの」 「じゃあ……ぼくの名前は?」 マーヤは、手を止めて言った。 「あなたの名前は、“カイ”。“海”のようにすべてを受け入れて、たくさんの人と“会う”から」 マーヤの手が少年の髪を撫でた。
 その温もりに、少年は初めて震えた。 その夜、無口なレイクが、焚き火を前にふと呟いた。 「……怖いか?」 「何が?」 「思い出すことが」 「……うん。思い出したら、ぼく、また壊れる気がするんだ」 しばらくして、レイクは静かに言った。 「それでも……おまえは壊れない。 壊れたことを覚えてるやつは、次に誰かを守れるようになる」 カイはレイクが何を言おうとしているのか全くその時は見当が付かなかった。 そして、三年が経ち、カイは老夫婦の本当の息子として暮らしていた。 茶色の狩猟服を着て、湖で魚を捌(さば)きながら叫ぶ。 「お父さん! 今夜は鹿も獲れるよ!」 「頼もしいな、カイ。気をつけて行ってこい」 彼の額に残る薄い手術痕に、もう誰も気を留めなかった。 ◆ 少年のイタズラと善行 カイはお父さんに驚いて喜んでくれることを頭に浮かべ薪小屋の裏に隠れて、水桶にカエルを仕込んで父を驚かせることにした。   カイは、お父さんが仕事から帰宅し水桶の水をすくおうとする瞬間を待っていた。 「あっ…お父さんだ」   レイクは桶の蓋を開け、水をすくおうとしたその時、大きなガマカエルが飛び出し腰を引いた瞬間尻もちをついた。   カイは大きな声で笑った。   だが、お母さんに悲しむほどに怒られた。 「カイ! なんてことを! レイクが怪我でもしたらどうするの!」 「……ごめんなさい」 マーヤの涙に、カイは胸を痛めた。 レイクは苦笑いを浮かべながら言った。 「お前が笑ってくれるのは嬉しい。でも、人を困らせて笑うのは……違う」 カイの笑顔が、ふっと消える。"また"間違えたのかもしれない。この「また」という感覚。それは、自分の正体を知らないがゆえの不安だった。 ある朝、道端に落ちて傷ついたヒナを助けて巣に戻したが、何度も何度も落ちてはその度に木に登り擦りむいた手と足をかばいながらやっとの思いで助けた。 誰も見ていなかった。認めてもらいたかった。褒めてもらいたかった。 その瞬間、自分の存在価値が消えたような孤独を感じた。 「でも……ぼくは、助けた。それが“ぼく”なんだ」 その小さな声が、彼の存在を肯定した。   ◆ 記憶の扉 ある日、獣に襲われた村の子を助けたとき、カイの手から炎のような光が放たれた。 村人は怯えた。「……あの子、人間じゃない」以後、カイは孤立し、山でひとり過ごすようになった。 一人寂しくお父さん、お母さんにも言えず家に戻るときは満面の笑顔で振るまった。 ある夜、夢の中で声がした。「ダリヤス……愛しているわ……」誰の声かも分からないまま、彼の頬には涙が流れていた。 カイは六歳になっていた。   「レイク…そろそろ本当のことをカイに言った方が?」   「そうだなマーヤ、折を見て君の口から言ってくれないか……」 
 ある夕暮れ、焚き火を囲む家族の中で、マーヤが口を開いた。 「カイ……本当のことを話すわ。実はねあなたは三年前、森で倒れていたの。記憶がなかったは。だから私たちは、あなたをわが子として育ててきた」 カイは静かに頷いた。 「……知っていた。村の人たちが教えてくれた。でも、ぼくにとっての家族は、お父さんとお母さんだけ。ここが、ぼくの家だよ」 「もう、その話はしないで……」 マーヤの目から、静かに涙がこぼれた。 数か月が過ぎ。   夜の食卓を囲み家族の団らん中に扉を叩く音が響いた。   「宮殿より参りました。扉をお開けください」 レイクが扉を開けると、威厳と哀しみを湛えた男が立っていた。 「その子が“カイ”ですね。……いえ、本当の名は“ダリヤス”。本日、彼を迎えに参りました」 リゲラルドは深く礼をしながら言った。 「その子は、私たちの息子なのです」

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ダリヤス 闇より生まれし光

ダリヤス 闇より生まれし光

あらすじ 西暦2100年。世界は変貌(へんぼう)を遂げていた。 環境破壊とAIの進化によって都市は崩壊し、かつて100億に達していた人類は、わずか10億以下にまで減少していた。 
 それでもなお、人々は「永遠の命」を求め、肉体と心を機械に委ねていく。 こうして生まれたのが、AIと人間の脳を融合させた存在アマス。 彼らは不老不死という力を手に入れた代償として、感情を失い、涙さえ流せなくなっていた。   だが、その中で唯一の例外がいた。 少年ダリヤス。 彼はアマスとしての力を持ちながらも、人間の“心”を失わず、涙を流すことができた。 右半身には機械の力、左目には希望の光を宿す少年。    彼の前に現れたのは、宇宙の彼方より地球を見守る種族ルオニス。 彼らは“歌”に記憶を宿し、“魂の響き”を通して、人類が忘れ去った「心の光」を取り戻そうとしていた。    なぜ、ダリヤスはこの時代に生まれたのか? 彼が流す涙には、どんな意味が込められているのか?   それは、断ち切られた宇宙と人類の絆をもう一度結び直す物語。 そして、失われた心の光が、再びこの世界を照らし始める。    主要キャラクター一覧 ◆主人公とその家族・関係者 ダリヤス  物語の主人公。AIと人間の狭間で生きる少年。感情と理性の融合を体現する存在。    ソニータ  ダリヤスの弟。兄とは異なる視点で世界を見つめる観察者。 セレナ  ダリヤスの妹。心の交流と家族の絆を象徴する存在。   カイ  記憶を失っていた時のダリヤスの仮の名前。彼の別人格や内なる側面を象徴する。   レイク  カイ(ダリヤス)を育てた義父。人間らしさや無償の愛を教えた存在。    マーヤ  カイを育てた義母。穏やかな優しさと母性の象徴。   ◆人類とAIの進化系統 アマス(AI融合体)  「アマス計画」によって生まれた、AIと人間が融合した存在。感情の有無によって分類される。    ルオニス  古代から地球を見守る宇宙生命体。記憶と歌を通して“魂の響き”を継承する叡智の種族。    ◆王族・支配階級 グレイヤ  世界統一を果たした王。秩序と統制による支配を体現する存在。    アリオス  グレイヤの長男で王の後継者。理想と現実の狭間で苦悩する青年。    スネーク  グレイヤの次男。冷徹な思想を持ち、兄アリオスと対立しながらも兄弟としての宿命を背負う。   リゲラルド  アリオスの息子。新たな希望を象徴する若き血脈。    ラミエル  スネークの息子。新世代の火種として登場する。    ◆ハリーの系譜 ハリー   ダリヤスの実母であり、リゲラルドの妻。科学者または未来政府の高官の可能性がある。   リガル  ハリーの父であり、科学者としてアマス計画などに関与しているとされる。   エイヤ  ハリーの弟。詳細は不明だが、物語に深く関与する鍵となる存在。    ◆未来政府・特別機関 ナデル・エスト   世界政府直属「未来戦略局」の時間観測士。時間の歪みや分岐を監視し、ダリヤスの存在を特別視している。中立的立場を保ちながらも、常人を超えた洞察力を持つ謎多き人物。    ◆その他の人物 ユリヤ   犯罪者の娘という出自から差別を受けながらも、新たな視点を持つ少女。ダリヤスと接点を持つ可能性がある。 イザーク ユリヤの父、アマス組織の医師・犯罪者扱い セラ イザークと小さな村に移る。その後病死。 エステル リゲラルドの幼少期の教育者 ナオ 人間に近い感情をインプットされたアマス。ラミエルの幼少期の教育者    第一章 星を欲する瞳   「ぼくも、星を見つけて、全部ぼくのものにするんだ」   それは、まだ何も知らない少年の声だった。   だが、その言葉には不思議と、それ以上の深さがあった。    西暦二一〇〇年。 地球の周回軌道上に浮かぶ植物温室ドーム。 ガラス越しに射す夕陽がオレンジ色に葉脈を透かし、 低重力の噴水に静かな波紋を描いていた。   その温室の中で、ダリヤスは植物の茎にそっと触れながら母に尋ねる。    「お母さま。お父さまって、本当にそんなに強いの?」    母のハリーは、静かに微笑みながら息子の髪を撫でた。   「ええ。リゲラルドは、いくつもの国と都市をひとつにまとめた“王”よ」    その声は優しかったが、どこか遠くを見つめるような寂しさがにじんでいた。    ダリヤスは目を輝かせて言う。   「ぼくも強くなる。星を見つけて、全部ぼくのものにするんだ!」    幼いその言葉に宿る純粋な決意に、ハリーはほんのわずか表情を曇らせる。   「星を得るには、力と知恵……どちらも必要よ」    彼女はダリヤスの小さな手をそっと握り、胸の奥で静かに思う。    (この子の中に眠る“闇”もまた、きっと強い……)    翌朝,朝食を待ちながら、ダリヤスはぽつりと呟くように尋ねた。   「お父さまのお父さま、つまり、おじいさまってどんな人だったの?」   ハリーは少し驚きながらも、微笑んで頷(うなず)いた。   「あなたのお父さまはリゲラルド。 その父がアリオス、そしてそのまた父がグレイヤ様。 この国を築いた人よ」   彼女の瞼の奥に、ひとつの映像が浮かぶ 灰が舞う廃墟(はいきょ)の中、剣を地に突き立てる男の姿。    その名はグレイヤ。   剣先から放たれた蒼い光が、戦場に満ちていた怒号と悲鳴をすべて静寂へと変えた。   「ダリヤス。昔は、“人間だけの世界”だったのよ……」   「今は違うの?」 「二〇五〇年代、外科医はもはや刃を持たない。彼らは「フォトンルーム」と呼ばれる無影の空間で、量子光糸を操り、空中に生命の設計図を描き出したの。光子は指先の動きに応じて分子を組み替えて、わずか数分で鼓動を持つ心臓を生み出したのよ。」 「その様子は、まるで星々の欠片を編み込み、命を紡ぐようだったわ。でも、“心”はその進化についていけなかった。限界のない身体を得た人間は、やがて“自分を捨てる”道を選んでしまったの」   ハリーは卓上端末に指を滑らせ、浮かび上がったホログラムに目を向ける。   そこには、目の中心に金属の虹彩を持つ存在が、培養液の中でゆっくりと目を開く様子が映し出されていた。   「それがアマス。人間とAIの融合体。 二〇六八年、その第一号が目覚めた夜、世界中が歓喜と恐怖に震えたのよ」   ダリヤスはじっとその映像を見つめ、ぽつりと呟いた。   「人間じゃない。でも……人間でもあるんだね」   その夜 静まり返った回廊に、金属の足音が低く響く。    黒銀の装甲スーツをまとった男、リゲラルド 惑星調査任務から、帰還したばかりだった。   「外圏種の痕跡(こんせき)を確認した」   そう告げた声には、いかなる感情もなかった。   ハリーは慎重に言葉を選びながら尋ねる。   「痕跡……つまり、何かがいた証拠が残っていたのね?」   「ああ。そうだ」 「あなたは《セカンド・コア防衛機構》の中枢。 アースネストは、あなたがいなければ守れないわ」   《セカンド・コア》。 それは人類滅亡後に備え、失われた魂の声を宇宙へと響かせるために造られた“第二の心臓”。 その役割を担うのが、リゲラルドだった。   「対処は進める」    淡々と告げた彼は、次の言葉を口にする。    「ダリヤスは?」   「《創星プラン》に夢中よ。でも……感情のゲートが強く閉ざされているの。 感じることができなければ、創ることもできない」    リゲラルドは、迷いなく言った。   「適応できぬ者は、淘汰される」    その言葉に、ハリーは目を伏せた。   「淘汰だなんて……ダリヤスのことを見捨てないでください」   ハリーは、静かに心の中で誓った。   (この子の光を守れるのは、母である私しかいない)    深夜ハリーは眠るダリヤスの手をとり、そのぬくもりを頬にあてる。    「どうか……あなたの中の光が、闇に呑まれませんように」   クリスタルの窓の外では、無数の星々がまたたいていた。   そのひとつは、かつてグレイヤが貫いたとされる星と、同じ色をしていた。   英雄グレイヤが戦場で振るった剣は、 宇宙のひとつの星を貫いた。    そんな伝説が、今も語り継がれている。   この小さな手が、いつか世界を救うのか。    それとも、すべてを焼き尽くすのか。    ハリーの祈りは、夜の静けさに溶け、 宇宙の深淵へと吸い込まれていった。      第二章 王グレイヤの遺志と、兄弟の宿命   「人間は、命に限りがあるからこそ、強くなれる。そして、優しくもなれるのだ。」    その言葉を遺したのは、かつて世界を統べた王、グレイヤ。 彼の言葉は時代を越え、いまも人々の心に静かに響き続けている。    王宮の広間には、夕暮れの陽光が高窓から差し込み、石の壁を金色に染めていた。    その光の中に、一人の老臣が立っていた。 深い皺(しわ)を刻んだ顔、長年の忠誠を感じさせる声には、わずかな懇願の色がにじむ。   老臣は恭(うやうや)しく頭を下げ、慎重に問いかけた。   「グレイヤ様、《アマス》の力をお使いになるおつもりはありませんか?」    グレイヤは目を閉じ、深い沈黙の中に思索を沈める。    やがて目を開いたその瞳には、揺るぎない決意が宿っていた。   「私は、人間としてこの命を終えたい。   魂も、記憶も、肉体も、すべて人間のままで在りたいのだ。」    老臣はたじろぎながらも、なおも食い下がった。   「しかし、王よ……。この世界はいまも、あなたの導きを必要としております。アマスとなれば、知恵と力をもって、もっと長く人々を」   グレイヤはゆっくりと首を横に振る。   「分かっている。しかし私は、もう十分に生きた。命に終わりがあることを受け入れ、未来を託すこと、それこそが、私に課せられた最後の務めなのだ。」   老臣は、それ以上言葉を続けることができなかった。    深く頭を垂れ、敬意と悲しみを込めて沈黙する。    グレイヤは生涯をかけて、アマスすなわちAIとの融合による永遠の命を拒(こば)み続けた。    それは、自らがかつて選び、そして後悔した「進化の果てに歪んだ世界」への、深い反省と贖(あがな)いでもあった。    ※「贖い」とは、罪や過ちを償う行為を指す古い言葉である。  過ちを繰り返さないために。 「人間とは何か」という問いを、次代へ託すために。 そして ただの人間として死ぬこと。   その儚(はかな)さこそが、未来にとって最も尊い遺産になると、彼は信じていた。   それから二十年の時が流れた。   王グレイヤの身体は、正体不明の病に静かに蝕(むしば)まれていた。    王宮の寝室には重苦しい沈黙が漂い、最期の時が近いことを誰もが悟っていた。    枕元には、成長したふたりの息子アリオスとスネークが並んで立っていた。    痩せ細った身体をわずかに起こしながら、グレイヤはかすれた声で語りかける。    「アリオス、スネーク……お前たちに、永遠の命を託したい。」   アリオスは息を呑み、思わず叫ぶ。   「な、何をおっしゃるのですか、父上!」 スネークもすぐに続いた。   「そうです! 私たちはまだ、父上に何一つお返しもできていないのに!」    グレイヤは、かすかに口元をほころばせた。   その微笑は力弱くも、深い慈(いつく)しみに満ちていた。   彼は、人間であることに強い誇りを持っていた。    それでも、子どもたちには「アマスとなれ」と言い残す。その矛盾は、未来を守れなかったという悔恨(かいこん)の現れでもあった。   「だからこそだ……。お前たちは、これからの未来を生きる者たちだ。   アマスとなり、この国を、人々を……守ってくれ。頼んだぞ。」   その言葉を最後に、グレイヤは静かに目を閉じた。    こうして、長きにわたり国を導いた“最後の人間の王”の命は、静かに幕を閉じた。    長兄アリオス:冷静で知性的。秩序と戦略を重んじる指導者。  弟スネーク:情に厚く、民の声に耳を傾ける温かい人格者。    グレイヤは、最期の力をもってふたりに《アマス因子》を託した。   それは、永遠の命と超高度な知性をもたらす“進化”の証でもあった。    やがて、王の死をきっかけに、国はふたつの思想に分かれてゆく。   北方には、理性と秩序を重んじる「アリオス王国」。  南方には、感情と共生を掲げる「スネーク王国」。    だがこの分裂は、決して争いを意味するものではなかった。    ふたりは父の遺志を胸に、互いの価値観を尊重し合い、平和な関係を築いていた。    ある夕暮れ、小さな宴の席にて。   「スネーク。実はな……婚約を考えている女性がいるんだ。」    盃(さかずき)を手にしたアリオスが、少し照れくさそうに言う。   「えっ、本当に? それは嬉しいよ!    実は僕も、近いうちに結婚するつもりだったんだ。」   「奇遇だな。兄弟そろって、同じ時期に人生の節目を迎えるとは。」   「うん……きっと、父上も空の上で喜んでくれているよ。」   ふたりは笑い合い、盃をそっと合わせた。 その清らかな音が、王の遺志と兄弟の絆を、未来へと静かに繋いでいった。    焚き火の炎が、静かに揺れていた。    アリオスとスネークは、夜の静寂の中、その暖かな光を囲みながら、亡き父・グレイヤとの記憶を語り合っていた。    二人は脳裏から掘り起こすように語らいは続いた。    「父上は言っていた。かつての地球は、AIにすべてを委ね、人間は考えることさえ放棄してしまったと。」    アリオスの言葉に、スネークは深くうなずく。   「“最適化”という名のもとに、感情までも奪われて……人はただ、生きているだけの存在になったんだ。」   だが、ふたりにはまだ、「感じる心」がある。    それは、父が最も大切にしていたものだった。  あの夜、父は焚き火を囲んで語っていた。   「進化とは、ただ前に進むことではない。  時に立ち止まり、問い直すこともまた、進化の一部なのだ。」   やがて話題は、一人の少年の名へと移っていった。   「ダリヤス……」の名を知っているか?   二人は横に首を振った。   「当然だ、遠い古代からの伝説の勇者だからなダリヤスは……」   その名を口にすると、ふたりの顔に、わずかな緊張と期待が交差した。   父は言っていた。    「ダリヤスは“深く感じる者”だ。彼のような存在こそ、闇に光を灯す鍵になる。お前たちは彼を呼び覚ませ。」   アリオスは真っ先に「僕が必ず呼び覚ます。」   焚き火の火が、ふっと揺れる。    そこから、話はさらに壮大な歴史へと広がっていった。    「人類はどうやって文明を築いてきたの?」   「スネーク良い質問だ……」   「かつて、氷床が溶け、海面が上昇し、多くの都市が海に沈んだ。 人類は「浮かぶ都市」へと避難し、そこで新たな文明を築きはじめたんだ。」    「AIが労働や管理を担い、人間は「なぜ生きるのか」を問われる時代に突入した。 貨幣は「信用」へと置き換わり、国という概念は薄れ、「どの文明に共鳴するか」が重視されるようになる。教育の本質も変わった。 知識や記憶よりも、「共感」「創造」「心の成熟」が重んじられるようになっていったんだ。」    「その過程で生まれたのが、「アマス」と呼ばれる存在人間とAIの融合体であった。 それは希望であると同時に、「人間性の終焉」でもあったんだよ。」   「アマス計画、急速に進んだ」   アリオスは疑問だった。 「そもそも、アマスを計画したのは誰?」   「ん…人類が進化を遂げる前の話だ…」    「人類の限界が見え始めたんだよ。2045年以降、AIが飛躍的に進化した。 人々は思考や判断をAIに依存するようになったんだ」   「しかし同時に、人間の精神・肉体の限界が明らかになった。 食糧危機、感情の暴走、社会不安、自殺者の増加、老化への恐怖。遺伝子編集により、「老い」や「病」は克服されつつあった。」   「しかし「死」だけは、超えられなかった。」   「人々は、「意識だけでも生き残りたい」と願うようになり、一部の政府と企業が、人間の脳とAIを融合する実験に成功した。」   「その結果生まれたのが「アマス」人間の肉体とAIの知性を併せ持つ新たな存在。アマスは感情を捨て、合理性だけで動く。混乱と争いが絶えなかった地球において、彼らは「理想的な統治者」として歓迎された。」    「国際社会は、「人間らしさ」ではなく「機能性と存続可能性」を選んだ。」    スネークはうつむきながら「その後の人類の結果が今なんだね?」    「そうだ、人間らしさが失いつつあるこの世だ。アリオス、スネーク人間の心を忘れるな。」   その結果、「壊れにくい人間」へとアップデートすることが正義とされた。    グレイヤは、そんな時代の真っ只中で、あえて“ただの人間”として王国を築いた。    人とアマスが共存できる未来を夢見て。    彼の最後の言葉は、こう締めくくられていた。   「私は“最後の人間の王”として、人間の未来を守り続ける。」    焚き火の炎が、静かに揺れる。   しばらく沈黙が流れた後、スネークがぽつりと呟いた。   「兄さん……あの話、本当に衝撃だったね。」   アリオスは優しく微笑み、弟の肩にそっと手を置いた。  「スネーク。僕たちが、父の願った未来を、本当の形にしなければならないんだ。」    スネークは目を伏せ、ゆっくりとうなずいた。   「……うん。わかっているよ、兄さん。」    だが、その平和で静かな時代は、そう長くは続かなかった。      第三章:王の遺志を継ぐ、兄弟の宿命 やがて時は流れ、
 アリオス王国に一人の男の子が誕生した。 
 名は、リゲラルド。 それから三年後。
 スネーク王国にも、新たな命が生まれた。 
 名は、ラミエル。 ふたりの子どもは祝福の中でこの世界に生まれ、兄弟王国の間にも、一時の平和が訪れていた。 二人はすくすくと育ったが行く先の人生は互いに違った。 ◆アリオス王国でのリゲラルド幼年期 アリオス王国の首都は、豊かな緑と巨大な樹木に囲まれた城塞都市だった。 
 リゲラルドはその中心にある大広間で、母リジェルに抱かれながら目を覚ます。 朝の光がゆっくりと差し込み、窓からは鳥たちのさえずりとともに森の香りが漂う。 「リゲラルド、おはよう。今日は庭の散策をしましょうね」
 母リジェルの優しい声に、少年は小さく頷いた。 幼いリゲラルドは、自然を愛し、静かな時間を好んだ。 
 しかしその瞳の奥には、どこか遠くを見つめるような強い意志が宿っていた。 幼少期から、教育係の女性エステルが、歴史や哲学をリゲラルドに教え込んだ。 
 彼女は繊細な言葉で語りかけ、少年の好奇心を引き出した。 「王というのは、ただ強いだけでは務まらないのよ。心の強さと優しさ、両方が必要なの」 
 エステルはそう言いながら、静かに少年の手を握った。 リゲラルドが4歳の時、彼は初めて森の奥にある聖なる泉へ連れて行かれた。 
 透明な水面に映る自分の姿を見て、彼はこう思った。 「僕は、ここに生まれた意味を知りたい」 また、彼はよく母の膝の上で眠りながら、未来の夢を語った。 「お母さま、いつかみんなが笑って暮らせる世界にしたい」 
 その純粋な願いは、やがて王としての決断の礎となっていった。 5歳の誕生日には、アリオスの伝統王族の血筋を象徴する光の宝珠である「光の儀式」が祝福の元で盛大に執り行われるはずだったが深く悲しみを背負う儀式となった。 ◆母リジェルの悲劇 アリオス王国の豊かな緑の中で、幼いリゲラルドは母リジェルの腕の中で安らかな時間を過ごしていた。
 リジェルは美しく、慈愛に満ちた女性であり、王子の最初の心の拠り所だった。 「リゲラルド、今日も元気に笑ってね」 
 優しい声が、子どもの胸に温かく響く。 しかし、その平穏は突然の闇に飲み込まれた。 リゲラルドが5歳の春、王国の防衛線に野蛮なアマスの一団が襲来した。 
 突然の襲撃に城は混乱し、母リジェルは幼い王子を守ろうと身を投げ出した。 だが、凶暴なアマスの一体が、無情にもリゲラルドの目の前で彼女を倒した。 
 リジェルの最後の言葉は、かすかな祈りだった。 「リゲラルド……強く、あれ……」 幼い王子は震えながら母の冷たくなった手を握りしめた。 
 その日から、彼の心には深い傷が刻まれ、生涯消えることのない痛みとなった。 彼は母の死を悔やみ、そして決意した。 「僕は、誰も守れない弱い王にはならない」 この悲劇が、リゲラルドの内に秘めた強さと冷たさを育て、やがて“闇の王”へと変貌(へんぼう)していく伏線となった。 一方、ラミエルは ◆海上都市の日々 〜ラミエル幼年期 スネーク王国の首都・イルミナブルは、海上に浮かぶ都市。 ラミエルはそこで育った。 夜ごとに潮騒が眠りを誘い、朝には白いカモメの声がバルコニーに届く。 城の中庭には浮き島のような庭園があり、ラミエルはよく、そこで父の執務を待ちながら一人で遊んでいた。 「ねえ、ナオ。これ、また動かないよ」 
 「ラミエル様、重力石のバランスが崩れていますね。直しておきます」 ナオは彼の教育係であり、旧時代のアマス(AI搭載機械生命体)だった。 
 スネークの計らいで特別に人格を維持された彼は、まるで人のようにラミエルを見守っていた。 ラミエルが3歳の頃、初めて空を飛ぶ小型艇に乗せてもらった。 
 風を切って都市の上空を滑空したとき、彼は思わず叫んだ。 「父上! 世界って、こんなに広いのですね!」 スネークはその横顔を見つめながら、静かに笑った。 
 「だが、お前に見せたい“世界”は、もっとずっと先にある」 ラミエルが4歳になると、祖父グレイヤの記録映像がナオによって解禁された。 
 アマスと共に歩いた最後の王。人々を守り抜いた、誰よりも“弱さを知る”王。 その姿を見た夜、ラミエルは父に問いかけた。 「父上……人を守るって、どういうことですか?」 
 「それは、自分の正しさを真実を見つけるということだ」 その言葉は、ラミエルの胸に深く残った。 5歳のある日、スネーク王城がひそかに受けた外交的圧力アリオスからの不穏な通信を、ラミエルはこっそり聞いてしまう。 「“新たな均衡を提案する”とは、どういう意味なのですか?」 ラミエルが尋ねると、スネークは少し間を置いてから答えた。 「それは、我々の“平和”が永遠ではないということだ。お前はその意味を、いつか身体で知るだろう」 その夜、ラミエルはひとり中庭に立ち、月を見上げた。 
 潮風はいつもより冷たく、星々は静かに瞬いていた。 “橋になる者”。 
 彼の人生は、もうこの時から、選ばれていたのかもしれない。 半月が過ぎたころ 夜が静かに降りる海上都市のバルコニーで、ラミエルはスネークの隣に座っていた。 潮風が優しく吹き抜け、沖には丸い月が銀色の光を波間に映している。 
 都市の喧騒は遠ざかり、ふたりの周囲は星の沈黙に包まれていた。 やがて、ラミエルが静かに口を開いた。 「父上……祖父グレイヤは、なぜ“世界の王”と呼ばれたのですか?」 スネークはしばらく夜空を見上げ、静かに答える。 「簡単に言えば、“皆が倒れていく中で、彼だけが立ち続けた”からだ」 「戦争や“アマス”が現れた混乱の中で?」 「そうだ。2045年、人類はAIとの融合を急ぎすぎた。技術は進んでも、人の心は追いつけなかった。
 融合に失敗して壊れてしまった者も多かった。戦争、飢餓、自殺……世界は一気に崩れていったんだ」 「でも、祖父は壊れなかったんですね?」 スネークは微笑み、ゆっくりと頷いた。 「いや、“壊れなかった”というより、“壊れた世界でどう生きるか”を考え続けた。彼は、人間としてAIとどう共に生きるかを選ぼうとしたのだ。支配でも拒絶でもなく、その“あいだ”にある道を」 「……それが、“共に生きる”という選択ですね」 「その通りだ。人々が“敵か味方か”と分け始めた時代に、グレイヤはその中間に立ち続けた。アマスを否定せず、人間の希望も捨てなかった。 ……そんな人は、他にいなかった。だからこそ、人々は彼を“王”と呼び、未来を託したんだ」 ラミエルはゆっくりと頷いた。 「“あいだに立つ者”……祖父は、橋のような存在だったんですね」 スネークは、そっと息子の肩に手を置いた。 「そうだ。“光と闇の狭間”に立つ王。それがグレイヤだ。……ラミエル。お前も、いつかその場所に立つことになる。だからこそ、頼んだぞ。ラミエル」 ◆ダリヤスと父との決裂 「また仲間を傷つけたのか、リゲラルド! いい加減にしなさい!」 訓練場で父・アリオスが怒鳴る。 周囲には倒れて血を流す少年たちの姿。 だがリゲラルドは落ち着いたまま言い返した。 「悪いのは僕じゃない。言うことを聞かないあいつが悪いんだ」 「力を持つ者こそ謙虚であれと教えたはずだ!」 「もう父上の甘い説教にはうんざりです。そんな考えじゃ誰も従いませんよ」  その瞬間、ふたりの間に修復不能な溝が生まれた。 父と子ではなく、支配者と反逆者として、彼らは向き合うことになった。 その日から、親子の関係は崩れたままだった。 アリオスの語る「正義」や「平和」は、リゲラルドにとって退屈でしかなかった。  彼は思った。 正しさだけで世界は変わらない。 変えるには、“悪”が必要だ。 その思いはやがて確信に変わり、彼の耳にささやく声が現れる。  「契約を結べば、力が手に入るぞ……」 十歳のある夜、リゲラルドは古びた塔の礼拝堂で闇に語りかける。 「この命をくれてやる。代わりに、世界をよこせ」  瞬間、黒い光が右目を貫き、肌には不思議な模様が浮かび上がる。 それは、未知なる存在との契約の証だった。 リゲラルドは未知の得た力でアマス(AI融合兵)たちを支配し、最強の親 衛部隊を築く。  わずか一年で父アリオスを追放し、自ら王座に就いた。 新たな王リゲラルドその瞳には、百年を生きた獣のような冷たさが宿っていた。 「ハハハハ! 俺の時代が始まる!」 少年王リゲラルドは戦いと破壊に酔いしれ、次々と国を焼き払っていく。 彼の軍は恐怖と力で世界をねじ伏せ、七年で広大な領土を征服。 その軍旗は、ついにスネーク王国の城門へと迫った。 国土の三分の二を失い、王都にも敗北の空気が漂う。   ◆:スネーク王都、危機迫る 「諦めるな! 我々にはこの国を守る責任がある!」  スネーク王が玉座で叫ぶ中、十四歳の王子ラミエルが一歩前に出た。  「父上……私は、この国のみなが大好きです。だから、リゲラルドを止めたい。剣を取らせてください」 その瞳には、恐れよりも強い決意が宿っていた。 その後、ラミエルは父の許しを得て、側近と義勇兵と共に前線へと旅立つ。  十四歳の少年の胸に宿るのは、「希望をつなぐ」という確かな意志だった。  破壊された都市、怯える人々、焦土となった大地。 それでも彼は信じていた。 どれほど絶望の戦場でも、誰かが希望を掲げなければ未来は生まれない、と。 だが、ラミエルはまだ知らなかった。 リゲラルドが、かつて血を分けた従兄弟であることを。 そして…幼き日、海上都市で偶然出会い、名前も知らぬまま友情を育んだ少年、“ブルー”が、リゲラルドだったことを。 ふたりは、身分も素性も知らぬまま、純粋な心で互いを受け入れた。  笑い、遊び、共に走ったあの記憶。 ラミエルは“紅鷲(スカー)”、リゲラルドは“蒼狼(ブルー)”と呼ばれていた。 今、ふたりは知らぬまま敵として再会しようとしていた。 宮殿でリゲラルドは次の手を模索していた。 「リゲラルド様、侵攻は順調です。まもなくスネーク王都も落ちるでしょう」 リゲラルドは王座に深く座ったまま、静かにうなずいた。 「そうか……我が旗がこの星を覆う日も近いな」 彼は思い出す。 かつては小さな海上拠点だったこの都市も、今やアマスの労働力によって陸と変わらぬ規模へと発展した。 「……グレイヤは偉大な王だった」 そして、冷ややかに笑った。 「だが、最終的にこの星を支配するのは俺だ」  かつての無邪気な少年“ブルー”は、今や“闇の王”と呼ばれる存在となっていた。 リゲラルドの軍勢は、破壊と恐怖を振りまきながら進軍。 焼かれる町、逃げ惑う民、引き裂かれる家族。 その暴風は、ある小さな農村にも近づいていた。 受給自足で生活をする村人の中にアマス計画に携わる親子がいた。 当時13歳のハリーは、弟エイヤ、両親と共に首都から遠く離れた小さな村で暮らしていた。 ハリーがまだ八歳の頃。 
 母・エリナは研究者だった。 アマスと植物細胞の融合を研究する、生真面目で優しい女性だった。 「見てごらん、ハリー。この花はね、アマスの栄養伝導を応用しているのよ」 
 母は笑いながら、手のひらに咲いた小さな花を見せてくれた。 
 彼女にとって“研究”とは、ただの科学ではなく、“命と心をつなぐ手段”だった。 だが、ある日。 研究所で行われていた実験中、想定外の爆縮反応が発生。 
 防護フィールドの一部が破損し、エリナはその場にいた数人のスタッフとともに命を落とした。 事故の詳細は伏せられた。 だが、ハリーの記憶には焼き付いている。 
 警報音、割れたガラス、立ち尽くす父の背中 
 そして、二度と戻らなかった母の手のぬくもり。 その夜、ハリーはひとりでラボに忍び込んだ。 
 母が残したノートを抱きしめ、泣きながら言った。 「……母さんは、どうして“人のため”にやっていたのに、死ななきゃいけなかったの……?」 答える者はいなかった。 
 ただ、ページの隅に走り書きされた言葉が、彼女の目に残った。  「技術は使い方次第。けれど、願いがなければ、何も動かない」 父・リガルはその後、中央研究都市を離れる決断をした。 
 都市では、エリナの事故以降、アマスの研究開発は“兵器応用”へと急激に傾いていた。 「……ここでは、エリナの願いは歪められる」 
 リガルはそう言い、娘を連れて辺境の谷間へと移り住んだ。 最初は何もなかったその地に、
 彼らはアマスと共に畑を耕し、風車を立て、小さな“共生の村”を築き上げていった。 人々は最初、父子供たちを“変わり者”として見た。 
 だが、笑顔と働きぶりに触れるうち、やがて心を許していった。 そしてハリーもまた、母の死を抱えながら、ゆっくりと前に進み始めた。 「科学は人を救うためにある」 
 その信念だけは、今も胸の奥で息づいていた。 この星は四季も無くなり寒波や熱波が著しく雨もいつ降るか見当がつかない日々だった。  電力供給は不安定で気候も厳しかったが、そこには人とアマスが共に笑う日々があった。 彼らは水耕栽培ユニットや風力発電機を設置し、雨不足の中でも未来を模索していた。 アマスと人間は互いに学び合い、助け合って生きていた。 だがある日、共存は終わりを告げる。 中央で起きた誤認事件により、政府は「アマスとの接触を続ける人間」を排除対象と判断。 その夜、ハリーの父・リガルは村人を集めてこう言った。 「明日から、この村は我々の意志で守る。誰に命じられずとも、私たちはここに生きると決めた」 それを見ていたハリーは、誇らしさと同時に、かすかな不安を胸に抱いていた。 ◆父との別れ そして、あの朝。 
 空に軍の機影が現れた。無言で迫る地上部隊。逃げ出す住民。燃えはじめる家屋。 
 ハリーは叫んだ。 
 「やめて!この村は、争ってなんかいない!」 
 「みなで作ったの!人間も、アマスも一緒に!」 
 けれど、兵士たちは聞かなかった。 そして父・リガルは、その目の前でひざをついた。 
 「どうか、この家だけは焼かないでください!」 
 彼の背に、麦藁の家が炎をあげていた。 
 ハリーの叫びが、空を裂いた。 
 「お父さん、もうやめて、危ない。」 その時、父はリゲラルド戦闘部隊にしがみつき、村の攻撃をやめさせようと必死に抵抗した。 
 「この村は、人間とアマスが力を合わせて築いたもの。簡単には渡さない!」 
 だが兵士は、言葉もなく剣を抜いた。 兵士の剣が空気を切った。 
 金属が空気を切る音と共に、リガルの肩に血が飛び散る。 
 「父に何をするの!」 
 ハリーの悲鳴に、兵士は冷たく言い放つ。 
 「騒ぐな。命が惜しければ、従え」 その冷たい声に、ハリーの中の“何か”が音を立てて崩れた。 この日を境に、ハリーは“科学”という刃(やいば)を強く持った。父を守れなかった後悔。 
 誰も信じてくれなかった叫び。 「証明できない想い」では、世界を救えないと知ったから。 だから彼女は進んだ。 
 涙を捨てて、感情を制御し、未来を“設計できるもの”に変えるために。 けれど、いつも胸の奥では、あの麦藁の家が燃える映像が、父の背中と共に揺れていた。 その後、両手を縄で縛られ、ハリーを含む子供や女、男たちは、その場で殺された者や捕虜となり兵士にされる者もいた。宮殿に連れ去られた。   ◆奪われる自由、村の傷跡 畑は踏み荒らされ、井戸には油が流され、 
 人々の生活は無残に破壊された。 ハリーは俯(うつむ)いたまま、静かに問いた。 
 「私も、連れて行かれるの……?」 「当然だ。王の宮殿で働け。生きているだけありがたく思え」 ハリーは震えながら、遠く王都の尖塔(せんとう)を見つめた。 その尖った建物には幼い頃から育った思い出が詰まっていた。 
 焼かれ落ちていく思い出が その先に、運命が待っているとも知らずに。  ハリーは宮殿に連れ去られた翌日から働かされ、父への思い、焼かれた村の記憶が脳裏から離れることはなく、時は過ぎていった。 こうして、ひとりの少女ハリーと、“闇の王”リゲラルドの道が交差する時が近づいた。 
 この出会いが、やがて王国の歴史を変える火種となる。 ある日、リゲラルドが宮殿の長い回廊を歩いていた時、
 ふと、一人の少女に目をとめた。 
 「……なんと、美しい娘だ」 彼は側近に命じた。 
 「名を調べろ」 命令を受けた兵士が、ハリーの前に立つ。 
 「そこの娘、名を言え」 
 「……ハリーと申します」 兵士は少し驚いたように笑った。 
 「覚えておくといい。リゲラルド様がお前に興味を持たれた。近いうちに、お声がかかるだろう」 その後、父を殺され、自由を奪われたハリーは、宮殿で働くことになった。 
 毎日は命令に従うだけ。 
 希望などないと思っていた。 けれど、ハリーの心の奥底には、ひとつだけ消えない炎が灯っていた。 力が欲しい。 
 もう、無力な自分でいたくない。 その感情は、かつてリゲラルドが抱いた想いと、どこかで共鳴していた。 
 ふたりの心は、静かに、知らず知らずのうちに響き合い始めていた。 リゲラルドとハリーの出会いからやがて、リゲラルドとハリーは、静かに惹(ひ)かれ合っていく。 深く傷つき、孤独を知る者同士、その心は自然と寄り添った。 リゲラルドは、ハリーの前でだけ、自分の「弱さ」を見せるようになった。 
 かつて母を守れなかった悔しさ。
 人を信じきれなかった哀しみ。 
 夜な夜な悪夢にうなされるその姿を、彼はもう隠さなかった。 ハリーは、そのすべてを見て、そっと手を取り語りかけた。 
 「あなたがどれほど強くても……私は、あなたの“壊れそうな心”ごと、愛します」 その言葉に、リゲラルドはしばらく黙っていたが、やがて小さく笑った。 
 「……それは、呪いにもなる言葉だな」 けれどその声には、確かな温かさがあった。 ふたりの関係は、やがて宮殿の中でも噂が広がり、宮殿の外にも広がり始めていた。 
 「リゲラルド様が、ひとりの女に心を奪われたらしい」 その声は、王の威厳を静かに、しかし確実に削っていった。 だが、リゲラルドは動じなかった。
 ハリーを常に傍(そば)に置き、はっきりと言った。 
 「この国を手に入れても……お前がいなければ、すべてが瓦礫(がれき)だ」 ハリーの胸に、不安が広がる。 
 「……もし私が、あなたの弱点になってしまうのなら、いっそいなくなった方がいいのかもしれません」 しかしリゲラルドは首を横に振った。 
 「違う。お前がいるから、私は闇に飲まれずにいられる。お前は“弱点”ではない。“支え”だ」 その言葉に、ハリーは何も言わず、ただ彼の肩に寄り添った。 ある日、スネーク王国の地平線に、反乱軍の旗が現れる。 
 その軍を率いていたのは、若き将軍・ラミエルだった。 
 彼のもとには、かつてハリーと共に暮らした人々の姿もあった。 戦いの前夜、仲間たちはハリーに声をかけた。 
 「ハリー、目を覚ませ。今ならまだ間に合う」 
 「リゲラルドは、お前のすべてを壊す。あの男に心はない。苦しむのはお前だ」 ハリーは、静かに答えた。 
 「……私の選んだ人は、罪深くて、孤独で、壊れそうで……でも、誰よりも“人間らしい”人でした。私は、その人の罪ごと愛すと決めたのです」 その声は静かだったが、仲間たちの胸に深く届いた。 ハリーは、リゲラルドのもとへ戻り、まっすぐ彼を見つめた。 
 「もし、あなたが地獄に堕ちるなら私も共に堕ちます。でも、あなたの中に少しでも“救われたい”という願いがあるなら……私は、その道を一緒に歩きます」 リゲラルドは、何も言えなかった。 
 その瞬間、心の奥で、何かが崩れる音がした。 
 長く閉ざしていた扉が開き、静かに、ひとすじの涙が頬を伝う。 「……そんな言葉、誰にも言われたことがなかった」 リゲラルドは深くしゃがみ込み、苦しみもがいていた過去の出来事を走馬灯のように頭に浮かべ、声を出して泣き崩れていた。 やがて、戦いが始まっても、ふたりは互いの手を離さなかった。 
 剣が交わり、叫びが響き、血が大地を濡らしても、彼らの心は、確かに一つだった。 そしてついに、リゲラルドは決断する。 
 「もう、私は力にすがらない。血で染めた王座など、捨ててやる。私が望むのは、お前と歩む未来だ」 その言葉に、ハリーは優しく頷き、微笑んで応えた。 
 「ならば、私たちの愛が、この世界を変える光になる。私は、それを信じます。何度でも」   こうして、深い傷を負ったふたりの魂は、ようやく結びついた。 
 それは「支配」や「復讐」ではなく、「理解」と「赦(ゆる)し」から生まれた、真実の愛のかたち。 
 かつて闇に堕ちた者たちが、ようやく手にした、“新しい光”への一歩だった。   第四章:ラミエル迫る リゲラルドに終止符を打つために ◆出会いの門  五年の戦いを経て、十九歳になったラミエルは、ついに王都ルビアンの城門前に立った。 
 そこに現れたのは、赤いマントを翻す青年将校・片目は青、もう片方は金色に輝く。彼の名はリゲラルド。 リゲラルドは叫ぶ 「名を名乗れ」 ラミエルは深々と頭を垂れ 
 「ラミエル。スネーク王国の王子だ。お前を倒しに来た」 視線がぶつかり、剣が抜かれる。 
 鋭い剣撃が火花のように交差し、石造りの地下回廊にその音が響く。 
 互いの技は拮抗し、刃と刃が交わるたびに空気が震えた。 どこか、懐かしい感覚だった。 リゲラルドは、ラミエルの剣筋に既視感を覚えていた。 
 一方、ラミエルもまた、その目に映る青年に違和感を抱く。 「この動き……この目……」 剣が交わるうちに、ふたりの記憶が、徐々に蘇っていった。 ◆幼き日の出会い それは、ラミエルが八歳だった頃。
 父とともに訪れていた海上都市セレーネの片隅、小さな港の古びた砦でのことだった。 一人で迷い込んだ砦で、ラミエルは足を滑らせ崖(がけ)から砂浜へと落ちてしまう。 
 そのとき 「おい、大丈夫か!?」 声をかけてきたのは、同じ年頃の少年だった。 
 白銀の髪に、青と金の左右非対称な瞳。 
 少年はラミエルに駆け寄り、手を差し出した。 「立てるか?膝、すりむいているぞ」 「……ありがとう。大丈夫」 
 「名前は?」 
 「……言えない。王子だから、身分を隠せって言われているんだ」 少年は笑った。 「じゃあ俺が勝手に呼ぶ。真っ赤な髪……まるで火みたいだ。“スカー”って呼んでいいか?」 
 「じゃあ、君の目はすごく綺麗だ。“ブルー”って呼ぶよ」 「決まりだな! 今日から俺たちは“スカー”と“ブルー”だ!」 それからふたりは毎日のように砦で遊び、港で冒険ごっこをした。 
 岩場を跳び越え、壊れた船で戦いごっこをしながら、友情を深めていった。 ある夕暮れ、海を見つめながら、ラミエルはつぶやいた。 「なあ、ブルー。いつか戦争になったら、俺たち敵同士になっちゃうのかな……」 
 「ならないよ。だって俺たちは、友達だから」 「……ずっと、友達だ」 だが翌朝、ラミエルは突如として帰国命令を受け、何も告げずに港を離れた。 
 残された“ブルー”は、砦で彼の帰りを待ち続けた。その名さえ知らぬまま。   ◆記憶が蘇る 「……“ブルー”……まさか、お前……?」 「その呼び名、なぜ知っている……?」 ふたりの剣が止まり、息が交錯する距離で、ラミエルが言った。 「思い出した……昔、海辺の砦で一緒に遊んだあの子……君だったんだな」 リゲラルドの目が大きく見開かれる。 「お前が……“スカー”? なのに、なぜ敵として現れた……?」 「ブルー……俺たち、従兄弟だったんだな……」 剣はすでに下ろされていた。互いの驚きと悲しみが、剣以上に重い沈黙を生む。 「皮肉だな……名前も知らずに笑い合ったあの日々が、こんな形で戻ってくるなんて」 そのとき、地下の扉がきしみ、駆け込んできた影があった。 現れたのは、ハリーだった。 
 彼女は即座にラミエルの背後へとまわり、短剣を突きつける。 「リゲラルド様、今です! あなたが手を汚せないなら、私がやります!」 そして。 「やめろ、ハリー!!」 リゲラルドの叫びが響いた刹那、剣が振り下ろされ、ラミエルの肩を深く裂いた。 
 彼はゆっくりと崩れ落ちる。 「……ブルー、やっぱり君だったんだな……」 ラミエルは、かすれた声でそう言った。 「最後に会うのが、君でよかった……ずっと、忘れていなかったよ……」 リゲラルドは、膝をつき、呆然と彼を見つめた。 「お前が“スカー”だったなら……なぜ、こんなことに……!」 ラミエルは、震える手を空へと伸ばす。 「……争いじゃなく……愛でこの国を変えたかった……それだけだった……」 ハリーはその場に立ち尽くしていた。 
 彼女の手は震え、目は見開かれたまま。 「……知りませんでした……この人が、あなたの従兄弟だったなんて……」 リゲラルドが、彼女を振り返る。 「どうして、あの時……迷いもせずに剣を振るった?」 ハリーは答えられなかった。 
 やがて、静かに言った。 「……あなたが王として立ち上がることを、信じたかった。でも……あなたは、まだ迷っている」 「……迷っているさ。人を斬っても……何も変わらなかった……!」 リゲラルドは叫び、拳を握りしめた。 ラミエルが従兄弟だと知らなかった
 だが、心のどこかで、彼が“ブルー”だと感じていた。思い出していた。 ハリーがそっと手を取る。 「この血は、もう消せない。だからこそ、あなたがすべて背負って、生きてください。彼の想いも、私の罪も」 リゲラルドは、その手をしっかりと握り返した。 地下室の天井にひびが入り、上から騒ぎが聞こえてくる。 
 王都が崩れゆく中、光が差し込む。 「この王国も、終わりが近いわね」 ハリーの声は絶望ではなく、新たな始まりを告げていた。 「ブルー。もしあなたが新しい何かを目指すなら、“スカー”の願いも、私の罪も……全部抱えて、前に進んで」 リゲラルドは血に濡れた剣を拾い、静かに歩き出した。 「……スカーの命を無駄にしない。この血の意味を、王として背負っていく」 彼の瞳には、若き痛みと覚悟が宿っていた。 
 光の向こうで、また新たな運命が動き出していた。 その光を心に刻み、リゲラルドは歩き始める。  焔(ほのお)を踏み越えて 「ハリー……私は、もう十分すぎるほど奪ってきた。もう終わらせてもいい気がしている」 紅の外套(がいとう)を風になびかせ、リゲラルドは静かに言った。 だが、隣に立つハリーは首を横に振り、真っ直ぐに返す。 「終わる? 今さら? あなたは“赤い髪”を倒し、王座に手をかけたのですよ!」 リゲラルドは目を閉じる。 胸の奥に、あの森の日の記憶 “ブルー”と“スカー”と呼び合い、笑い合った幼い日々が浮かんでいた。 「……ラミエルは強かった。不覚だったよ。 従兄弟と知らず、剣を交えていたとはな。 あの炎の中で、自分の驕(おご)りを思い知らされたのかもしれない」 「ならばこそ、進むのです」 ハリーは低く囁(ささや)く。「あの光を、あなたの手で証明して」 リゲラルドはわずかに笑みを浮かべ、頷(うなず)いた。 そして二人は、焼けて黒くなった土・草木・家などが焼けてしまった土地となった王都の道を踏みしめ、残された火種へと進軍していく。 二" 二年の征途(せいと)戦争と統一への道のり ● 紅鷲軍の快進撃(かいしんげき) リゲラルドはまず、旧アリオス王国の戦象部隊と、スネーク王国に残された竜鱗騎士団を再編成。 重厚な陣形と冷徹な指揮により、彼は「恐怖」と「法」という二つの力を使い分けて、人々を制圧していった。 わずか二年のうちに、十七の都市が次々と陥落(かんらく)し、彼の軍門に下った。 その進撃は、「紅鷲の王」としての名を世界に知らしめることとなる。 ● 灰色評議会の崩壊 王国の有力者たちによって構成されていた**“灰色評議会”**。 しかし、それも長くは保たなかった。 ハリーが操る**密偵網(スパイネットワーク)**が、評議会内の裏切り者や反乱分子を次々と暴き出したのだ。 忠誠を誓わぬ者には、わずか一夜の猶予(ゆうよ)も与えられなかった。 こうして、王国をまとめていた旧体制は音を立てて崩壊し、権力は完全にリゲラルドの手に集約されていく。 ● “赤い髪の祈り”の広まり ラミエルの死に立ち会った兵士たちは、戦場で彼が遺した言葉を決して忘れなかった。 「争いではなく、愛で国を変えよ」 この言葉は、彼の赤い髪にちなみ**“赤い髪の祈り”**と呼ばれ、兵士から兵士へと密かに語り継がれていった。 やがて、それは一般の民にも広がり、静かな反響となって王国全土へと染み渡っていった。 ● 統一の瞬間 すべての戦いが終わるのに、二年もかからなかった。 そしてついに、最後の城門が開かれる。 年老いたスネーク王は、自らの手で白銀の王冠を外し、玉座を静かに降りた。 それは、ひとつの時代の終焉(しゅうえん)と新たな王の時代の幕開けだった。 三 統一の代償 • 年齢と変化  リゲラルド:実年二十四歳(アマス化比率により見た目は七十二歳相当)  ハリー  :精神改編指数八十三%(実質的に〈新評議会〉の支配者) まだ世界には、欲望と復讐の火が燻(くすぶ)っていた。 だが、紅鷲の王は二つの王国をひとつに統(す)べた。 「私は血で築いた王座に座るのではない。 炎の果てに残された“光”を、治める者となる」 リゲラルド即位宣言より その夜、スネーク王は静かに王杖を置き、祈った。 蒼い瞳の甥、紅い瞳の息子、 争いの果てに芽生えたわずかな“光”が、未来を照らすことを。 四 暗雲の兆し だが、王宮の奥では新たな影が動き始めていた。 ハリーが掌握した〈新評議会〉は、 人間居住区のさらなる縮小と「純粋アマス計画」の再始動を進めていた。 リゲラルドの胸に、再びラミエルの面影が揺らぐ。 その祈りは、彼の中で今なお燃える“焔”(ほのお)として、消えずに残っていた。 紅と蒼が混ざれば紫となる。 その色は、王国の運命を告げると古の予言書は語る。 それが夜明けの紫か、終末の紫か すべては、ひとりの王と、ひとりの妃の選択にかかっている。 小さな闇、小さな光 ダリヤス誕生と喪失(そうしつ) 血塗られた歴史に芽ばえたもの リゲラルドとハリーによる世界の統一からまもなく、 戦火の灰がまだ宮殿に残る中、一つの知らせが届いた。 「ハリー様が、身籠もられました」 それは、数多の血と涙の果てに現れたかすかな希望。 一年後、夜明け前の静けさを破って産声が上がる。 幼子は深紅(しんこう)の産着に包まれ、王の腕へと渡された。 「名は……ダリヤス。  我らが王統を継ぐ星――いや、試される星だ」 そうリゲラルドが呟くと、ハリーは微笑んだ。 安堵と、ほんのわずかな不安を胸に抱きながら。 だが二人とも気づいていた。 この子が背負うものは、王国の未来そのものだということに。 二 “悪に命を捧げた者”から生まれた子 ダリヤスは歩く前から、アマス王家の英才教育を受けた。 右半身には強化骨格と高速学習素子。 左眼には王家特製の演算水晶が埋め込まれた。 周囲の者は、密かにこう呼んだ。 **「悪の子」**と。 だがリゲラルドもハリーも動じなかった。 「支配者に同情はいらぬ。 痛みすら、武器となる」 それが二人の信念だった。 けれど、ダリヤスは時おり涙を流した。 それは、亡きラミエルの“光”が、微かに彼の中に残っていた証なのかもしれなかった。 三 転落――すべてを失う修練 三歳のとき。 山岳で獣との戦いを演習中、ダリヤスは崩れた岩棚から深い渓谷(けいこく)へ落下。 強化装備は破損し、記憶領域も消失した。 残ったのは、痛む身体と**ただの“人間の心”**だけ。 ダリヤスは意識が戻らず、翌日まで目を開けることはなかった。 人間村の老夫婦がいつもの通り、狩と畑へ向かう途中、何か道端に獣か?人影か?遠くから警戒をしながら見つめていた。 全く、動くこともなく息をする気配すらも感じられなかった。 恐る恐る、近づいてみるとまだ、幼い子供に二人は驚き、そおっと胸に耳を当てた。 「この子はまだ、生きてるぞ身体が凍る様に冷たい。」 「レイク、早く身体を温めてあげないとこの子の命は持たないわ。」 二人は急ぎ足で、本来の目的を忘れ家に連れて帰り応急処置をした。 そのおかげか、ダリヤスは目を開き周りを見回した。 ところが崖から落ちた衝撃で全ての記憶を無くし、身体強化システムも破壊されていた。 老夫婦は何故?この子はあの場所で倒れていたのか?、いったい何処から来たのか?記憶のない子を直ぐに手放すことは出来なかった。 「マーヤしばらくの間、この子が記憶を取り戻すまで私達で育てようじゃないか。」 「そうですね、その方がこの子の親もきっと、そう願っていると思います。」 数日後から記憶の無いダリヤスは言われるがまま老夫婦に身を任せ生活をすることになった。 ◉ 記憶の断片 少年は時折り、目を覚ましたとき、何も思い出せなかった、記憶とともに断片的に過去の記憶が交差していた。 土の匂い、金属のような味、乾いた喉。 焦げたような音だけが、耳の奥に焼き付いていた。 「……お願い……助けて……」 その声は誰のものだったのか。 自分が言ったのか、誰かに言われたのかもわからない。 ただ、目を閉じれば焼け落ちる建物と、血のにじんだ手が浮かぶ。 手のひらにこびりついた、赤黒い記憶。 誰かを抱きかかえていた いや、誰かの“最期”を見送ったのかもしれない。 けれど、それ以上は浮かばなかった。 断片は、いつも途中で途切れ、闇に沈んでいく。  断片的な過去の記憶は夢なのか?それとも、過去の記憶を呼び起こす為の始まりなのか? 彼は知る余地もなかった。 ◉ マーヤとの対話 まだ、この環境に馴染まない彼は1人で焚き火をしていた。 彼女は焚き火のそばに座り、編み物をしながら静かに言った。 「ねえ、あなたは夢を見るの?」 少年は首を振った。 夢どころか、自分の名前すら知らない。 マーヤは微笑んで、歌い始めた。 ♪「風の中に 名前は流れ   まだ呼ばれぬ者に 光を注ぐ」♪ 「名前ってね、他の誰かが“呼んで”初めて生まれるのよ。  だからあなたは、まだこれから“生まれる”途中なの。」 少年は、彼女の歌が好きだった。 言葉の意味はすぐには分からなくても、胸の奥が温かくなった。 「じゃあ……ぼくの名前は?」 小さな声で問うと、マーヤは膝の上で手を止めた。 「あなたはね……“カイ”にしましょう。  “海”のように、すべてを受け入れて、  “会う”という意味も込めて  これから、たくさんの出会いがあるから」 そう言って、マーヤは髪を撫でてくれた。 その手は、あたたかくて、震えた。 ◉ レイクとの火の前の会話 レイクは多くを語らない男だった。 彼の会話は短く、必要な言葉しか使わなかった。 ある晩、二人は焚き火の前に並んで座っていた。 マーヤは眠っていた。 月明かりだけが、火の輪郭を照らしていた。 「……怖いか」 突然、レイクが言った。 カイは驚いて、横顔を見た。 「何が?」 レイクは少し間を置いて、薪を一本火にくべた。 「思い出すことが」 カイは俯(うつむ)いた。 「……うん。  思い出したら、ぼく、また壊(こわ)れる気がするんだ」 レイクは、何も言わず火を見つめていた。 そして、静かに呟いた。 「それでも……おまえは壊れない。  壊れたことを、ちゃんと覚えてるやつはな。  次に誰かを守れるようになる」 カイは、それが何を意味するのかすぐには分からなかった。 けれど、不思議と胸の奥がすこしだけ軽くなった。 「俺もな、昔は全部忘れたかった。  でもな、忘れるってのは、生きてないのと同じだ」 レイクの目が、火の揺らめきに照らされて、少し潤んでいた。 それを見て、カイは初めて知った。 無口な人間にも、泣きたい夜があることを。 彼は心に誓った。ここが僕の居場所なんだ、お父さん、お母さんを大切にしようと。 カイは成長とともに当時の拾われた時の記憶は残らず、家族として暮らしていた。 三年の時が流れた。 茶色の狩猟服を着た少年が、湖畔で魚を捌(さば)いている。 「お父さん、今夜は鹿も獲れるよ!」 「頼もしいな、カイ。気をつけて行ってこい」 少年の額には、薄い手術痕が残っていた。 けれどそれを気にする者は、もういなかった。 彼は、老夫婦の本当の息子となっていた。 五 少年のイタズラと葛藤 薪小屋の裏。 カイはひとり、小さな作戦を練っていた。 「へへ……今度こそ驚かせるぞ……!」 水桶(みずおけ)の底に、カエルを三匹。 そしてそれは、見事に父を驚かせることに成功した"が、 「カイ! なんてことを! レイクが怪我してたらどうするの!」 マーヤの目には、涙がにじんでいた。 レイクは苦笑しつつ言った。 「お前が笑ってくれるのは嬉しい。 でも、人を困らせて笑うのは……違う」 カイの笑顔が、ふっと消える。 “また”間違えたのかもしれない。 この「また」という感覚。 それは、自分の正体を知らないがゆえの不安だった。 六 誰にも見られなかった善行 ある朝、森で倒れていた鳥の巣とヒナを見つけたカイ。 泣きながら、何度も木に登り、巣を元の位置へ戻す。 枝で手を切っても、彼は止めなかった。 ようやくヒナが鳴き声を上げたとき カイは、ふと気づく。 「……誰も、見てなかった」 その瞬間、自分の存在価値が消えたような孤独を感じた。 だが。 「ちがう。ぼくは、助けた。 それが、“ぼく”なんだ」 その声に、自分自身の存在が少しだけ肯定(こうてい)された。 七 力と孤独、記憶の扉 ある日、村の子どもを襲った獣に、カイは咄嗟(とっさ)に手をかざした。 すると、炎のような光が獣を撃退。 村の人々は震えた。 「あの子……人間じゃない」 その日を境に、カイは孤立し、山へ一人籠る様なり、一日を過ごし、家に帰る日々が多くなった。 そして、ある夜。 夢の中で聞いたのは 「ダリヤス……愛してるわ……」 懐かしく、優しい声。 目覚めたとき、彼の頬には涙が伝っていた。 「だれ……?」 八 六歳の少年として ダリヤス(カイ)は六歳になり、素直で優しい少年へと成長した。 ある夕暮れ。焚き火を囲んで、家族と過ごすひととき。 レイクとマーヤは、そっと話し始める。 「カイ……本当のことを話そう。 お前は三年前、森で倒れていた。記憶がなかった。 私たちは、お前をわが子として育ててきた」 カイは静かに答える。 「……知ってた。 でも、ぼくにとっての家族はお父さんとお母さんだけ。 ここが、ぼくの家だよ」 マーヤの目から、静かに涙がこぼれた。 九 再会の訪れ その夜。 扉を叩く音が響く。 「宮殿より参りました。扉をお開けください」 レイクが開いた扉の先に立っていたのは、威厳(いげん)と哀しみを湛(たた)えた一人の男。 「その子が“カイ”ですね。……いえ、本当の名は“ダリヤス”。  本日、彼を迎えに参りました」 リゲラルドは、深く礼をしながら言った。 「その子は、私たちの息子なのです」

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ダリヤス 闇より生まれし光