みお
11 件の小説なんとなく企画です。
大切な人に宛てた手紙を書いてください。 文字数制限や、構成の制限はありません。 ただ、自分が思う一番大切な人への想いを手紙のように綴ってください。 期限は8月末まで。 参加する場合はコメントにてお願いします。 わかりやすいようにタイトルに 𑁍 をつけてください。 コメント欄にコピペ用を貼っておきます。 たくさんの方のご応募待っております。
お弁当
いつからだろう。1人になったのは。 周りから人が居なくなったのは。 また今日も、一人でお弁当を食べる。 勉強も運動もそこそこ。人付き合いは苦手。 人の顔色を窺って生きるのは本当に難しい。 人の機嫌を損ねれば避けられる。 かと言って、機嫌を取り続ければ媚びていると言われ嫌われる。 人付き合いの正解を教えて欲しい。 私はどこで間違えた? 人に合わせて。自分を押し殺して。 それで嫌われて。 自分を優先して。自分を出して。 それでも嫌われるなら。 私はどうすればいいの? 高校に入ると給食はお弁当に変わった。給食だった時は自分の席に座って、決められた場所で食べなければいけなかったから1人にはならなかった。 けれどお弁当になった今、一緒に食べてくれる人はいなかった。 教室で一人でいれば浮く。他のところで食べようとしても人はいた。だから、人目につかない外階段でお弁当を食べるようになった。私に相応しい、日の当たらない階段の1番下。 お弁当はいつも父さんが作ってくれる。温かい気持ちがこもってるお弁当。一人ぼっちの学校はお弁当だけを楽しみに行っているようなものだった。 ある日、父さんが唐突に言った。 「学校は楽しいか?友達はいるのか?」 疑問形ではあったけれど、全てを見透かされているような、嘘をついたらバレてしまうような雰囲気があった。 「楽しいし、友達もいるよ」平然を保ってそう言い返すのが精一杯だった。動悸が激しくなり、自分がどんな表情をしていたのかも分からない。父さんの顔も見れなかった。見たら隠してきたものが全て無駄になるような気がした。 男手1つで高校にまで行かせてくれた父さん。そんな父さんに嘘をつくのは、苦労をかけるよりは心が楽だった。 「そうか。ならいいんだ。何かあったらいつでも言いなさい。」 そんなことを言われて話は終わった。それ以降はなんの追求もしてこない。それは親の愛というものなのだろうか。 本当は一人ぼっちなんだ。毎日辛い。 そんなことを言ったら父さんは私を気遣ってくれるだろう。それでまた父さんに迷惑をかけてしまう。苦労をかけさせてしまう。今までたくさんの迷惑と苦労ををかけてきた父さんにこれ以上の迷惑をかける。それだけは嫌だった。 私は誰かに迷惑をかけるという重荷を背負いたくない。けど。 いつものようになんの根拠もない憶測が飛び交っている教室に入ると私に視線が集中する。 最初こそいちいち身構えていたが毎日この視線を受けていれば自ずと慣れていった。 いつものように誰とも視線を合わせないよう自分の席へと向かう。 私が席に座ると視線は私から外れていく。そして今日も私の空気のような学校生活が始まる。 ペアを組む授業では当然のように余り、話しかけられるのは事務連絡だけ。 放課後クラスみんなで集まって遊ぶというものには誘われすらしない。 そんなものに行かなくたって死にはしない。そう分かってはいるものの、やはりどこか堪えていた。父さんは、そんな私の雰囲気を察していたのだろうか。 翌日、いつもの階段で開いたお弁当にはメモ書きが入っていた。 「辛くなったらいつでもいいなさい。父さんはまだ娘に遠慮されるような歳じゃないからな」 それを読んだ瞬間、涙が溢れた。声を押し殺して。それでも嗚咽が溢れて。 そんな父さんの愛に触れていた時だった。 「おい」 後ろから苛立ったような声が聞こえた。 その声に弾かれたように振り向くと、階段の1番上に黄金色に輝く髪をした男の子が座っていた。その髪の綺麗さに見惚れていると 「聞いてんの?」 と更に苛立ったような声が聞こえた。顔を合わせると鋭い目付きで睨まれ怯んでしまった。 私のような人間でも知っている有名な男の子。あの男の子は不良と呼ばれる人種だ。 その鋭い視線に耐えながら 「なんですか」 震える声を出した。我ながら情けない声だ。でも男の子にはきちんと届いていたようだった。 「てめぇの泣く声がうるせぇの。せめてもうちょい静かに泣けや。」 初対面でそこまで言わなくても…と心の中で軽く反抗しながら 「すみません。もう行きますから」 そう答えて出ていこうとしたが、彼は行かせてくれなかった。 「俺お前に出てけとか言ってなくね?泣くなら静かに泣けって言っただけだろ。」 「でも、邪魔になるから」 「あーもう、いいや。じゃあ行けよ。」 男の子を怒らせてしまったのか、帰れと言われてしまった。 そんなことがあっても教室内での私の立ち位置は変わらないわけで。翌日もやっぱりお昼ご飯は階段下で食べることになる。そして、階段の上の方には男の子。 若干の気まずさを抱えながらいつものように階段下でお弁当を広げる。いつも通り美味しそうなお弁当。こんな環境じゃなければきっと楽しくなんの気兼ねもなく食べられたのだろう。 「何食ってんの?」 唐突に声が聞こえた。恐る恐る後ろを振り返ると無表情の男の子。 「な、なにとは…。」無表情の怖さに耐えながらしどろもどろに口を開く。 「飯!何食ってんだって」 男の子の語気が荒くなっていく。これは、誤魔化したり会話を打ち切ったりすると怒るな。 「父さんが作ってくれたお弁当、です。」 正直に答える。けれど、 「俺が聞いてんのは中身。誰が作ったかとかどうでもいい」 男の子にそう言われて己の察しの悪さに嫌気がさした。そして自分の失敗への羞恥心が芽生え、それを誤魔化そうと躍起になって言う。 「き、今日は白ご飯にふりかけ、それから…。」 なんとか全部品名を言い終わる前に 「じゃあウインナーと卵焼き、くれ。俺飯ねぇから腹減ってんの」 なんだ。そういうこと。つまりこの男の子は私のお弁当のおかずが欲しかったと。 たこさんウィンナーと卵焼きを選ぶとは中々可愛らしいところもあるなと思ったが、あげるかは別だ。 流石に父さんがせっかく作ってくれたお弁当を誰かに渡すのは気が引ける。けれど、渡さなければまた何か言われるかもしれない。そんな逡巡をしていた時だった。 軽やかな足音がして後ろから手が伸びてきたと思ったらたこさんウィンナーがひとつ無くなっていた。 反射で後ろを向くとごく近い距離に男の子がいた。その綺麗な顔と髪は太陽光に反射しとても綺麗に見え、不本意ながら少し心臓が高鳴った。 男の子はきっと驚いた顔をしているであろう私に構うことなくウインナーや他のおかずもさも当たり前のような顔をして口に入れていく。 我に返り男の子を制止したときにはお弁当は元の半分ほどしか残っていなかった。 「美味かった。」 目を細めて言う彼。 高校生には相応しくない、けれど彼には相応しい、いたずらっ子のような顔が彼の中には潜んでいた。 「綺麗。」 純粋にそう思った。同時に何故か笑いが込み上げてきてつい吹き出してしまった。 いきなり笑いだした私に彼は困惑の表情を向ける。 「いきなり何笑い出してんの?」 また前のような厳しい言い方。慌てて「何も無いです。」と言い繕ったが男の子の硬い表情は崩れなかった。佇まいを直し男の子に告げる。 「勝手に私の大切なたこさんウインナーを食べないでください。」 今度は男の子が吹き出した。 それを見ていると、また無性に笑いが込み上げてきて声を上げて笑ってしまった。 こんなふうに声を上げて笑うなんていつぶりだろう。中学校、下手したら小学校以来かもしれない。何気ないことに笑えるほど自分のツボが浅かったことに驚いた。 笑いが一段落ついたあと、男の子が口を開く。 「あのさ。」 少し笑い涙が滲んでいる目を軽く手で擦りながら「なんですか?」と聞く。 「この間のことなんだけど。」 その一言で私の背筋はもう一度凍りついた。しかし、その後に続いた言葉は予想外だった。 「その、すまん。お前になんか事情があったなら俺が言ったことは勿論なんていうか、無礼だし、えっと、」 まだもごもごと弁明を続ける彼を見ているとなんだか馬鹿らしくなってきた。今日何度目か分からない私の忍び笑いを彼は少し不貞腐れたような表情で眺めていた。 「何笑ってんだよ」 前のようにぶっきらぼうな言い方だったけれどそこにはちゃんと優しさがあることは分かる。 「なんでもないです」 「その敬語やめろや。気持ちわりぃ」 「分かった。ねぇ」 「あ?」 「私の話、聞いてくれる?」 勇気を振り絞って聞いた。彼の返答を待つ。 「おう。なんでも聞いてやるよ。」 その返事に身を委ね、色んなことを話した。 教室内でのこと、父さんとのこと、勉強のこと、心配なこと。不思議と、彼にはなんでも話せた。チャイムが鳴る少し前に聞いてみた。 「これからも昼休み話せる?」 「あー、おう。」 「ありがとう」 「別に。」 何か言われる訳でもない教室にいるよりもここに彼といる方が落ち着けたし、何より楽しかった。 そんな気分のままだったからだろうか。彼と別れ教室に入っていくと、また皆の視線が自然な流れでこちらに向き、ざわめきがすっと消えた。いつもなら気にならない視線や沈黙が、今日は浮かれた気分でいる私の事を鋭い視線で咎めているような気がして罪悪感が胸に酷くこびりついた。 少し気分は下がったけれど、彼とお弁当を食べた楽しさのお陰でなんとか帰りまで持ち堪えられた。 そのままいつものように家に帰り、父さんの帰りを待ちながら課題をこなす。「ただいまー」父さんの声が聞こえた。「おかえり。」そんな言葉を返しながら玄関まで行く。いつものようにくたびれた様子の父さんに今日のことを話そうか迷った。そんな私の様子を察してなのか「どうした?何かあったか?」と父さんが聞いてきた。「あのね、実は今日ね、」そこまで話して言葉は切れた。父さんが私の目の前から居なくなった。否、父さんが倒れた。 パニックになった私はとりあえず父さんに電話をかける。しかし父さんの電話はここにある。当然発信音は父さんのポケットから鳴り響いた。当たり前のことにも気づかなかった。救急車、救急車って何番?何か聞いたことのある番号、110?何も考えられなくなって110に電話をかける。「はい110番緊急電話です。事件ですか?事故ですか?」その問いかけを聞きながら、あぁこれは警察か。と思ったが切る気にはなれなかった。「と、父さんが倒れました。すぐ来てください!」ヒステリックに叫びながら自分が何を言っているのかも分からず支離滅裂に言葉を連ねる。問われていることに正確に答えられているかすらも分からない。とりあえず早く来てとばかり願った。やがて、分かりました。直ぐに救急車を手配します。という力強い返事とともに電話が切られた。電話が切られると何も出来ない自分の無力さを実感させられた。目の前で大切な人が倒れているのに何も出来ない自分に嫌気がさす。しばらく呆然としていると聞きなれたサイレンの音が聞こえた。うちの近くまでくるとサイレンが止まり、車がとまったのがわかった。救急隊の、大丈夫ですか?開けられますか?という問いかけに満足に返答もしないままふらふらと玄関口まで向かい戸を開ける。救急隊の人は私の奥で倒れている父さんの元へ直ぐに向かい意識があるかの確認をする。それを傍観しながら保健の授業でやったそのままだ。と関係ないことを思い出す。俗に言う現実逃避というやつだろうか。 そのまま父さんは病院に運ばれていき、私はそれに付き添った。 呼吸器を付けられた父さんは私の知っている父さんじゃない気がしてとても怖かった。 父さんは疲労が祟って体調を崩したらしく、1ヶ月の入院を言い渡された。 目が覚めた父さんには生活の心配をされたが、大丈夫だと言い張って家に帰った。電気を付けることさえも億劫で、暗い部屋の中、1人で考える。父さんは過度なストレスと疲労によって倒れたと言われた。 私の事で心配をかけてしまっていたのだろうか。いつも私よりも遅くに帰ってくる父さん。それでも弱音のひとつさえ吐かずに私の話を聞こうとしてくれた父さん。 不意にベッドに寝かされた父さんの生気のない顔を思い出した。温かい手だけが父さんが生きていることを証明してくれる唯一の証拠だった。 握った骨ばった父さんの手を思い出すと、自然と涙が流れた。ごめんなさい。そればかりが脳裏に渦を巻いた。重荷を背負わせてごめんなさい。迷惑をかけてごめんなさい。心配をかけてごめんなさい。 暗い部屋で1人膝を抱えて泣いた。どうか太陽が昇りませんように。この涙が枯れるまで光がさすことはありませんように。子供のように願った。 どれだけ泣いても、どれだけ来るなと願っても朝陽は昇る。学校へ向かう時間もやってくる。 いつ寝たかも分からないが、泣いた時と同じように膝を抱えたままの体勢で目が覚めた。 重い身体を無理に動かして学校へと向かう支度を始めた。支度を終え、暫く家でぼんやりとしてから玄関を出た。 外に出た瞬間に太陽が照りつけ、余りの眩しさを目が眩んだ。 登校し、教室に入るといつものように集まるみんなの視線と静けさ。今日はこの静けさが丁度良かった。 次第に教室にざわめきが戻ってくる。名前も覚えていないクラスメイトの笑い声を聞くと無性に苛ついた。私の父さんは倒れたのに。私のせいで倒れたのに。私を心配したせいで倒れたのに。私はあんた達のせいで父さんに心配をかけたのに。思ってもしょうがないことばかりが心に浮かんだ。 早く彼に会いたい。なんでも話せる彼に。 4限目終了のチャイムが鳴り響き、お弁当を食べる生徒達。そんな人達の間をすり抜けて私は外階段へと向かった。彼に会うために。彼に話をするために。 彼は初めて会った時のように階段の1番上に座り込んでいた。 少し躊躇いながら近づいていくと、ようやく彼は耳に付けたイヤホンを外し、視線を私に向けた。 「どうした?」男の子特有の低い声。その声は父さんのようで、少し安心した。 「聞いてくれる?」そう問うと彼は「おう。」と答えてくれた。その言葉に甘え、抱えていた不安を全て吐露する。 彼は私のお弁当のおかずをつまみながら静かに耳を傾けてくれた。また勝手に…と少し不快になりながらも、聞いてくれているのだから。と自分に言い聞かせた。 全てを言い終えると彼は一言「大変だったな。」と言ってくれた。その一言は涙腺がすごく弱まっていた私を泣かせるには充分だった。 チャイムが鳴り、泣き腫らした目のままで教室に戻る。待っていたのは心配の声、等ではなくいつも通りの孤独だった。 今だけは何も聞かずに放っておいてくれるその環境に感謝した。 翌日も学校へ行き彼に会う。昨日彼の前で幼い子供のように泣いてしまったことで少し羞恥心がうまれたが、かといって他の行き場もなかった。会うとやはりお弁当が半分程食べられる。 内心怒りながらもその日は受け入れた。 学校が終わったあと父さんのお見舞いに行った。父さんは病院に運ばれ、私の生活の心配をしてからずっと目が覚めていないと言う。 心臓も臓器も問題なく動いていると言うが、やはり心配で、不安だった。 その翌日、学校に行き、昼休みには外階段へ向かった。また彼に不安を吐き出したかった。 けれど、私の期待は裏切られた。彼は、そこにはいなかった。 愚痴や弱音ばかり吐く私に呆れてしまったのだろうか。それとも、嫌いになってしまったのだろうか。嫌な想像ばかりをしてしまう。 彼は、もう来てくれないのだろうか。 お弁当を広げようとしたその手をはたと止めた。今日はお弁当がないんだ。 購買まで行くことも面倒くさくて結局何も食べないまま昼休みを終えた。 家に帰って、いつものように課題をこなして、なにも考えないようにした。 けれど、少し手が止まると直ぐに彼や父さんのことが頭に浮かんでしまい、すぐには離れてくれなかった。 翌日も彼は学校に来なかった。私は父さんの様子を見に病院に向かったが、父さんは起きていなかった。呼吸器こそ外れたものの、点滴の注射痕は痛々しく残っていた。 目が覚めていないのをいい事に思う存分弱音をぶちまけた。辛い。学校に行きたくない。話せる人がいないの。もうやだよ。なんで私ばっかり。言っている最中で何故か涙が溢れてきた。自分勝手な涙は凄く汚く思えて、何度も何度も目を擦った。家に戻りまた1人。 その翌日もまた彼はいなかった。少し喋ったことがあるだけの彼に何を期待していたんだろう。私のことを嫌いになっても、呆れても、仕方がない。私は嫌われ役だから。 こんな気分のまま父さんに会いに行っても行けないと思ってその日は行かなかった。 翌日も、そのまた翌日も彼は来なかったし、父さんは目覚めなかったし、クラスメイトは沈黙し、凝視してきた。 心の拠り所だった父さんが倒れた。辛さを話せた男の子はいなくなった。そんな中でクラスメイトの冷たい監視に耐えるのはキツかった。 男の子は依然として姿を見せず、父さんはまだ目が覚めていない。正確に言うと、目が覚めたことはあるらしいけれど私がお見舞いに行く時はずっと寝ている。 だから、悩みや辛さを打ち明けられる人がいなかった。 この世界に生きているのが嫌になった。 もういっその事、死んでもいいかなとも思った。 1人で居ても誰かが周りにいても必ず孤独は付きまとった。 昼休み、いつものように外階段へと向かう。もしこの階段の1番上から落ちたら死ねるんだろうか。 この孤独から開放されるのだろうか。 もしそうならば喜んでこの身を投げ出そう。 なんて、どうせ出来もしないことを考える。 でも、もし本当に孤独から逃れることができるなら死ぬのも悪くないのかもしれない。 それからも彼は学校に来ることも、外階段に来ることもなかった。父さんの目が覚めている時に会うことも出来なかった。父さんはまだ生きている。彼もきっと生きている。 それでも、やっぱり1人は辛かった。誰かといる幸せに気づいてからは前よりも辛かった。 もう日課になった外階段のチェック。彼はやっぱり居なかった。 日々死への渇望が高まってゆく。 けれど、死にたいんじゃない。消えてしまいたいんだ。 苦しむことなく、誰かに嘲笑されることなく、消えてしまいたい。最初からいなかったことになりたい。 父さんに迷惑をかける子じゃなくて、生まれる時に母さんを殺すような子じゃなくて。友達付き合いが苦手な子じゃなくて、メンタルが弱い子じゃなかったら。私はもう少し強く生きられたのかな? 病院へ向かう。父さんはまだ目を覚ましてくれなかった。家に帰る。課題をするのも、お風呂に入るのも億劫だった。そのままベッドに入って眠る。 朝日が昇る。のろのろと学校へ行く。お昼休みに外階段へ向かう。 やっぱり男の子はいなかった。 その足取りのまま階段の1番上へゆったりとした足取りで向かう。 苦しいのかな?辛いのかな?痛いだろうな。孤独よりは苦しくないのかな。 そんなことを考えながら1番上に辿り着く。 目を閉じて。階段に背を向けて。靴の爪先でほんの少し階段を蹴る。ほら。落ちる。 浮遊感。少しだけ気持ちのいい、ふわっとした感覚。すぐあとに圧迫感。と同時に鋭い痛みが私を襲う。息ができない。死ぬのかな? 口の中に鉄の味が広がる。死にたいな。 視界が歪む。誰かの足音が聞こえる。おかしいな。普段ここには誰も来ないのに。 痛みに身を任せ、顔を歪ませたまま目を閉じる。 次に目が覚めた時、目に入ってきたのは白い天井だった。 あぁ。死ねなかった。消えることができなかった。出来損ないが。落ちこぼれが。生き残ってしまった。 独りでに出てきた涙を拭おうとして手を動かそうとすると激しい痛みが起こった。あまりの痛みに悲鳴こそでてこなかったが、指の1本さえ動かせなかった。 腕に視線をやってようやく気づく。ここは病院なのか。経験したことがないから確かでは無いが、腕は折れているのではないだろうか。 よく考えたら痛みがあるのは腕だけでは無い。脚も頭も全身が凄く痛い。 コンクリートの上に重量のある物体が勢いよく落ちたんだから当然だが。 扉がノックされる。先の痛みの余韻でまだ声の出せない私は無言でそのノックを受け入れた。 ノックの主は看護師さんだった。私の目が覚めているのを見るなり先生!と叫び、持っていたものを放って部屋を飛び出していった。 ものの3分程で先程の看護師さんが、おそらく医者と一緒に帰ってきた。先生と呼んでいた人だろうか。眼鏡をかけた優しそうな男の人が、目が覚めたんですね。良かったです。と言った。看護師さんは目に涙までためていた。 時計を見ていないから分からないが、私が階段から落ちてから何日か経っているんだろう。 「自己紹介、まだしていませんよね?私は貴女の担当医です。」そこまで聞いてあとは流した。看護婦さんも何か言っていたが聞きはしなかった。 どうせ少ししか合わない人なんだから名前なんか覚えても意味が無いだろう。 とりあえず名前を知らない医者に聞く。私は今どんな状態なんですか?担当医は全身打撲で腕と足を骨折していると言った。 道理で体が痛いわけだ。看護師に聞き、ここが父さんも入院している病院だということを知った。 私はまだかなり体に負荷がかかっている状態らしく、暫くは安静にしているようにと言われた。つまりは入院を命じられた。 暫く学校を休める。しかも、合法的に。それはとても楽だった。他人の冷たい視線を浴びることも、孤独を感じることもない。 死の代わりにすこしの安寧が得られた。 数日、男の子や父さんに思いを馳せた。 クラスのことを考えなくていい生活はとても幸せだった。 けれどそれはクラスメイトからのお見舞いで破られた。 担任を筆頭にぞろぞろと病室に入ってくるクラスメイト達。 ある人は涙を、ある人は沈痛な面持ちを、ある人は同情を顔に貼り付けていた。 その涙の裏には笑いが隠れされているんでしょう? その同情の裏には嘲笑が隠れているんでしょう? 担任が取ってつけたようなうざったらしいほど重苦しい顔でどこかで聞いたような言葉を重ねていく。 足を踏み外すだなんて災難だった。みんなあなたのことを待っている。早く良くなって。 煩い。どうせそんなこと思ってもいないくせに。その悲痛な顔。その顔をやめろ。 自分が惨めになる。その言葉もきっと義務感から発しているんでしょう? 私にとって苦痛でしかない言葉を言い終えた担任は、持ってきていたのであろう仰々しい花束とテンプレの言葉ばかりが書かれた色紙を残して全員が帰った。否、体調が悪いと言って帰らせた。 嘘では無い。本当に体調が悪い。最も、それは担任を始めとした学校の人達のせいだが。 そのあと部屋にやってきた看護師さんと話をした。階段から落ちた私が聞いた足音。あれは幻聴ではなかったらしい。 その正体は、ずっと行方を眩ませていた男の子だった。 私が眠っていた時に1度病院に来て看護師さんに名前だけを告げて帰ったらしい。せっかく彼が来ていたのに私は呑気に眠っていたのだ。 言いたいことも話したいこともいっぱいある彼は来ず、言いたいことも話したいことも一切ないクラスメイトが来る。 どうして会いたい人には会えないのだろう。 父さんとも話せていない。私とは病棟が違うらしい。 誰かと話したい。父さん。いつも笑顔で話を聞いてくれた父さん。男の子。ぶっきらぼうな言葉で少し怖いけれど、それでも決して突き放したりはしなかった彼。 あれだけ辛かった学校から出たはずなのにどうしてだろう。今の方がよっぽど寂しい。 学校に行きたい訳では無いけれど。 学校に戻りたい訳でもないけれど。 私は、どうしたいのだろう。 死ねなかった私はどうすればいいのだろう。 また自殺を図ろうか。でもまた死ねなかったら心配されて終わるだけ。 でも、生きていても誰かに迷惑をかける。 だったら死んだ方がいい。 死にたいな。でも、痛いのは嫌だな。 痛みの続く腕に視線を向ける。まだ動かす度に酷く痛む腕。 最初より幾分かマシではあるけれど、痛みは着いてまわるから未だに前のような日常生活を送ることは困難で、早く元のような生活をしたいと思うこともある。 けれど、学校に戻りたくはないからずっと良くないままでいたいとも思う。 矛盾を重ねる自分が嫌だ。気持ち悪い。 彼と話したいけれど、面と向かって否定されるのが怖くて話したくない。 父さんに会いたいけれど、怒られるのが怖くて会いたくない。 日常に戻りたいけれど、またクラスの中で孤立することが怖くて戻りたくない。 こんなに臆病で矛盾ばかりの自分は自分じゃないようで気持ち悪くて、怖くて。 感情が自分への苛立ちと嫌悪感で埋め尽くされる。 そんな逡巡を繰り返した数週間。 リハビリを何度か重ね、傷も骨折もだいぶよくなり、過度に動かさなければ日常生活に支障がないくらいにまで回復した。 父さんも体調がよくなり退院した。退院してからはほぼ毎日のように私の病室にまでお見舞いに来てくれた。それでも私は父さんに何か言われることが怖くて父さんとは話すことは愚か、顔を合わせてすらいない。本当に、親不孝の臆病者だ。また、自分が嫌になる。 ある日、担当医が病室にやってきて告げた。 随分良くなったね。そろそろ退院しようか。 退院。その後に続く担当医の話を聞くふりをしながら頭をゆっくりと回転させる。 退院をしたらまた学校に戻らなくては行けなくなる。また、孤立する。それよりも、家に帰らなくては行けなくなる。嫌でも父さんと顔を合わせることになる。嫌だ。怖い。嫌だ嫌だ嫌だ でも、臆病な私にその申し出を断るほどの勇気もなくて。結局1週間後に退院することに決まった。 それからの1週間はずっと震えて、怯えて過ごした。学校に行きたくない。それでもこれからの人生を考えれば高校くらいは出ておかないと生きていけない。学校に行かなければ成績は下がる。今までの自分が乗り越えてきた日常のハードルがぐっと高くなったように感じた。 泣いて喚いても退院の時はやってくる。 約2ヶ月ぶりに会った父さんはとてもやつれていた。父さんは私の顔を見るなり何も言わずに顔を歪ませて私の肩を抱き寄せ泣き出した。父さんが泣くところを見たのは初めてだった。 自然とごめんなさいという言葉が飛び出した。自分の中では初めての、本心からの謝罪の言葉だった。骨折していない方の手で父さんの肩を抱きしめ返し、久しぶりに声を出して泣いた。 父さんの車に乗って久しぶりに我が家に帰った。 学校へは明日から行くことになっている。苦痛でしかない学校へ向かう。考えただけで心臓が煩く響く。 嫌だ。ただそれだけが脳に残る。 夜が明け、朝がやってきた。 一睡も出来ないまま迎えた朝日は目に染みた。 いつもより重い動作で制服の袖に腕を通し父さんにボタンを止めてもらう。 父さんがボタンを止めながら私に話しかける。 「大丈夫か?休んでもいいんだぞ?」 私は笑って半ば自分に言い聞かせるようにして答える。 「大丈夫だって。父さん心配しすぎ」 父さんの不安そうな表情は最後まで変わらなかったが、私自身の気持ちは揺らぎながらもなんとか教室に向かうことが出来るくらいまでに固まった。 震える手で教室の戸を引き、2ヶ月ぶりに教室内の喧騒を聞く。松葉杖をついているからなのか、前となんら変わっていないのか、自然と一同の視線が私に集まり教室内も静まり返ったが、視線はすぐに散り、静けさはまた喧騒へと変わった。 私が自殺を図ったからと言って何か変わるわけもなかった。いつも通り、孤立する。 何となく担任やほかの先生に気を遣われて半日を過ごし、昼休みを迎えた。 慣れない松葉杖をついたまま外階段へ向かう。久しぶりに行った外階段は2ヶ月前と全然変わっていなかった。強いて言えば落ちている落ち葉の数がほんの少し増えたことだろうか。 階段を見上げる。すると、1人の男の子と目が合った。私が待ち望んでいた彼がそこにいた。 言葉にならない言葉を最近よく出るようになった涙に変え、松葉杖を手放して最大限に急ぎ走って彼の元へ向かう。足が鈍く痛んだが、そんな事も構わずに彼の元へとにかく急いだ。 息を切らし彼の前に立った。 彼は少し微笑んで言った。 「退院おめでとう。遅くなってすまんな。」 その低い声とぶっきらぼうな言い方はずっと焦がれていた彼そのもので、少し残っていた理性は全て吹き飛んだ。 声を上げて泣き、彼に思いつく限りの罵詈雑言を浴びせる。彼は私の本気の訴えにもまるで小さい子を相手にするかのようにいなした。 今までどこにいたのかという問いにも、どうしてお見舞いに来てくれなかったのかという問いにもしっかりとは答えてくれなかったけれど、ただ彼に会えたと言うだけでとても幸せだと感じるのは、何故だろうか。 一頻り泣き、私が落ち着いた頃、彼が言った。 「弁当持ってる?」 正直に持っていると言うと、 「くれ。」 と一言だけ言って勝手にお弁当を広げ食べ始めた。私のお弁当なのに。いつもなら不快になるこの場面も、今日は何故か安心した。 いつもの彼が、私の日常が戻ってきたようで、とても心地よかった。 家に帰り、父さんの帰りを待ちながら課題をこなす。「ただいまー」父さんの声がする。倒れる前よりも帰るのが随分早くなり、声にも張りが生まれた。 私は「おかえり。」と言いながら今日あったことを話すために玄関に急いだ。自分ではそんなに表情が変わっているとは思わなかったが、父さんに「どうした?なんかあったのか?凄く嬉しそうじゃないか」と言われた。「あのね、実は今日ね、」父さんはにこにこしながら聞いてくれた。あの時できなかった話をしていると私の顔は自然と綻んだ。 朝。父さんと話す。学校に向かう。教室の戸を引く。授業を受ける。外階段に向かう。彼がいる。 クラスメイトからの冷たい視線さえも気にならない程、その日常が今はとても愛おしかった。 また今日もひとつのお弁当を二人で食べる。 笑顔でお弁当をねだる彼の横顔は幼い少年のようでとても眩しかった。
花と君
紫陽花。 その姿は惚れ惚れするほど気高くて。 君に重なって見えたのは、僕のエゴだろうか。 桜。 その姿は泣いてしまうほど優しくて。 君に似ていると思うのは僕の勘違いだろうか。 向日葵。 その姿は笑ってしまうほど明るくて。 君のようだと感じるのは僕の思い込みだろうか。 牡丹。 その姿は妖艶なほど優美で。 君にそっくりだと思うのは僕の気のせいだろうか。 霞草。 その姿は眩しすぎるほどに無垢で。 君の眼差しによく似ていると思ったのは僕の独りよがりだろうか。 彼岸花。 その姿は消えてしまいそうなほど儚くて。 君と同じだと思うのはきっと誤解ではない。
「別れたい」そんな夢にも耐えられず今宵も貴方に愛を求める
別れよう。 そういう貴方の顔には いつものような優しい微笑みの欠片もなくて。 そういうあなたの声には いつものような温かい温度は氷のように冷えきっていた。 私が何をしたかもわからず一方的に告げられる別れ。 待って。 ただそれだけを壊れたように叫び続ける 声は涸れ、その声に嗚咽が混じろうとも 声の限りに呼び止め続けた。 それでも貴方は1度も立ち止まることはなく、 いつものようなゆったりとした歩みではなく 独りよがりな早さで歩いていった。 今すぐにでも追いかけたいのに、立ち上がれない。 涙で視界が歪む。貴方の後ろ姿さえも満足に眺めることが出来ない。 これで終わりなのだと分かっているのに。 最後はきちんとした形で貴方のことを記憶に刻み付けておきたいのに。 何度袖口で拭おうとも水は何度も何度も意志とは関係なく頬を伝い顔を濡らす。 貴方が離れてゆく。 あぁ、これで終わりなんだわ。 そうやって冷静に受け止めた。 否、受け止めようとした。 そうしなければ私は、ただ貴方という1人の男に捨てられた哀れな女に落ちぶれてしまいそうだから。 貴方に褒められた芯の強さだけは保っていたくて。 貴方が惚れた私の信念だけは捨てたくなくて。 こうして貴方に置いていかれても私は貴方を中心に世界を創る。 いつの間にか自由に動くようになった足を使いふらふらと歩き、いつの間にか慣れ親しんだ我が家に帰ってきていた。 この扉を開けたら貴方がいつものように おかえり と言ってくれるような気がして。少しの期待に胸をふくらませながら戸を開く。 そして、がらんとした部屋に1人 ただいま の声が響く。いつも温かい美味しそうな香りが漂ってきていたキッチン 明るい笑い声を響かせていたリビング 貴方と幾度となく愛し合っていたベッドルーム どこを探しても貴方はいなくて。 やり場のなくなったこの期待はどこに捨てればいいのだろう。 あげる人がいなくなったこの愛情はどこに捨てるべきなのだろう。 貴方の居ない空間はあまりにも淋しくて。苦しくて。 いなくなって初めて私は、 貴方の偉大さに気づいた。 ベッドルームまで向かい、そのまま倒れ込む。 すべて夢であって欲しい。そのまま瞳を瞑れば脳裏には貴方の少し困ったような微笑みが変わらずに浮かぶ。 もう一度その顔が見たい。私の愛した貴方の微笑みが。 微笑みが段々ぼやけ、そして私の意識も薄れた。 目を開ける。そこにあったのは寒々しい空間。 貴方がいるなんてある訳もなくて。 無意識のうちに開いていたLINEのメッセージ。新着の所には当然のように貴方からのメールは入っていなかった。 ほんの数時間前までは途切れることも知らずにしていたやり取りを見返しながら1人嗚咽を漏らす。 私は何が間違っていたのだろう。 愛情が薄れてきてしまっていたのだろうか。忙しさを理由に彼に構えていなかっただろうか。それとも、渡すお金が少なくなっていたのだろうか。足りなくなったのだろうか。 正解も分からない問いを延々と考える。 全てが正解な気もするし1つとして的を得ていない気もする。 分からない。 だから、貴方にLINEを送る。 ごめんなさい。 いつもはこれで許して貰えた。きっと今回も許してもらえるはず。 だって彼は、私を愛しているもの。私が貴方を愛するように ねぇ。精一杯の愛情は伝わっていましたか?私の愛は、貴方にきちんと届いていましたか?私の好きは貴方には少し重かったのでしょうか。 何時間スマホの前で待機しても貴方の既読がつくことはなくて。 温かい声が聞きたい。その一心で震える手で発信ボタンを押し、貴方に電話をかける。 いつもの温かい声は聞こえなかった。代わりに冷たい、とても冷たい声が聞こえた。 何? 回らない舌で一生懸命考えて言語を発する。 あの、あのね。ごめんなさい。本当に。私が悪かったから。ごめんなさい。私が悪かった。お金、足りなかった?気づかなくてごめんなさい。違うの。貴方に構えなかったのはあなたが嫌いになったからじゃない。忙しかったからなの!貴方のこと嫌いになんてならないから。もう、蔑ろになんてしないから…。だから、だからどうか、戻ってきて…。 1度喋ると堰を切ったように言いたい言葉がつらつらと出てきた。 彼は終始無言で聞いていた。やがて、無機質な声が聞こえる。 だから、お前とはもう終わりなんだって。理解しろよ。 終わり。おわり。オワリ。その単語の意味が理解できなくて。 な、なん、 ねぇねぇ!今この子お腹蹴ったよ! 若い女の声がする。 え?ほんと?あ、ほんとだ! 続いてあなたの声。私に対するそれとは違う、幸せそうな、愛情深い声。 ねぇ。今のは誰? 貴方に問うた。 俺の次期嫁とその子供。 その言葉と冷たい声が心に刺さる。 子供。嫁。予想だにしなかった言葉に意識が飛びかける。 じゃ。そーゆー事だから。 一方的に切られ、電話のツーツーという音が虚しく響いた。 私は、何を間違えたのだろう。
お人形さん
鼻を啜る。咳をする。感情を表に出す。 排泄をする。表情を変える。瞬きをする。 喋る。寝る。身体を動かす。穢れる。 呼吸をする。内臓が動く。 人間というのは本当に気持ちが悪い。 「人間」を表に出したままで近づくな。 どれだけ好きだったあの子も。どれだけ信頼していたあの子も。どれだけ人間味を殺していたあの子も。 いつかは人間になった。 でも、私だって人間だ。生きていれば抗いようもなく。 だからそんな自分が嫌いだ。嫌悪感を抱く。 吐きそうになる。吐けばまた人間を感じて気持ち悪くなる。 ずっとループしている。 何も考えず、何も食べず、何も感じずに生きていたい。 あぁ、いっそのこと死んでしまいたい。 けれど、死ぬということには苦しみが生まれる。それは人間を感じる。だから、しねない。 私は人間が嫌い。生きているから。 例えば、紙で手が切れる。 驚いて「あ」と声を上げる。血が皮膚の上を滑り机上に落ちる。 紙で切れる肉体を持ったこと。驚くという感情を持ったこと。「あ」という言葉を発すること。血が流れること。 全てが人間らしくて大っ嫌いだ。 苦痛の塊である学校が終われば帰路に着く。 家に着くと待ち受けているのは数十体の日本人形やフランス人形達。可愛らしい我が子だ。 この子達は感情を表に出すことがなく、人間らしさを感じることが一切ない。 ほんと「完璧」。私の理想だ。 全部全部人形になっちゃえばいいのに。
大好きな貴女へ
可愛いなぁ。 最初はたったそれだけだった。それがいつしか 「好き」に変わっていた。 これは私が恋をするまで、そして気持ちを伝えるまでの話である。 その人の第一印象は「よく分からない人」だった。その人の自己紹介を聞きながら、これからこの人と1年を過ごすのか。漠然とそう思った。 その時はただそれだけだった。 進学して新しいクラスメイトや慣れない先生と共に過ごす不安の方が大きく、その環境に慣れるので精一杯だった。 そして月日は流れ1年生が終わる頃、その人の印象は可愛い人。綺麗な人。かっこいい人。そう変わった。 1年間その人の考え、感性、意識に触れたことで私のその人への心象はすごく変わった。そして、その人を頭の中だけでIちゃんと呼ぶようになった。 進級し、2年生になった。慣れたクラスや担任を一新して、また人間関係を構築し直さなくてはいけないことはすごく嫌だった。 そしてなによりIちゃんと離れたことにとても違和感を覚えた。前のクラスから一緒の人もいるはずなのにIちゃんが居ないだけで穴が空いたような物足りなさに包まれた。 けれど、Iちゃんはもちろんまだ学校にいるから私が学校にいる限り嫌でも顔を合わせることになる。 そして会うと、いつもより早い鼓動が脳を震わす。心臓がいつにも増して活発に働いているのを感じる。どうしてなのかは分からない。 けど、これがよく聞く恋に近いものなのか? Iちゃんが目の前から歩いてくる。 あ。まただ。 やっぱり胸が高鳴る。これはなんなんだろう。 抱いたことのない気持ちに戸惑った。 自分は女の人が恋愛対象なのだろうか。でもそれはおかしい。きっと一時の気の迷い。大丈夫。私は「普通」だから。 胸打つ心臓を必死に押しとどめ、温度の上がった頬を俯いて隠し、早く通り過ぎてくれと願った。 その望みは叶った。しかし、目前から居なくなれば喪失感に襲われた。 目の前にいれば動悸が激しくなり、かといって居なくなれば喪失感に襲われる。 意味がわからない。もしかして自分は本当にIちゃんが好きなのだろうか。 悩み、苦しみ、戸惑った。 そんな日常の中で自分の胸の内を明かせる人がいない辛さを知った。 誰かに相談したい。この気持ちは一体何なのか誰かに教えて欲しい。 今の時代同性を好きになっても変な目で見られないことも、温かく受け止めてくれることも分かっている。それでもやっぱり怖かった。表面上では優しくしてくれても陰で気持ち悪いとか厨二病だとか言われたらどうしよう。「普通」から外れてしまうのが怖い。 そんな時だった。 ある日、Iちゃんに呼ばれた。そして言われた。 「大丈夫?」 なんの事だろう。と思っていたが、すぐに思い出した。この人は察するのが上手かった。 大丈夫です。 そんな言葉を返してはみたものの、Iちゃんの心配そうな表情は変わらなかった。 Iちゃんのその表情を見ているとIちゃんを騙しているような不安に駆られ、どうにか場の空気を変えなければと思い話題を振った。 そういえば、私の友達に彼氏ができたようですよ。 「へ〜。そうなんだ。」 友達、可愛いですからね〜。 そんなことを話していたら、Iちゃんが言った。 「陽だまりは?」 え? 「好きな子いないの?」 なんて答えようか迷った。この頃になると自分はIちゃんのことが好きなんだと自覚していたが本人に言う勇気はないに等しかった。 けれど、今この瞬間を逃せばもう伝えるチャンスはないのかもしれない。そう思った。 はい。います。 緊張で声が震える。 どうかIちゃんに気づかれませんように。そう思った。 そして、案の定聞かれる。 「誰?」 私はその時、一世一代の勇気を振り絞って言った。 今、目の前にいる人です。
空白の世界に彩をつけた
ねぇ、死んでよ そう言われないよう、見捨てられないよう、私はずっと人の顔色を窺って生きてきた。 親の言う通りに視界から彩を拒絶して何彩にも染まらないようにしていると、小さい頃は彩鮮やかに見えた世界にはほんの少しの彩しか無くなった。 それは、僕の記憶にある中で一番古い言葉。そして、1番傷ついた言葉。 幼心にそれが両親の本音だと悟った。 僕は親が大好きだ。だから昔から親に嫌われないよう必死だった。辛そうにすると怒鳴られることを知ってからは常に笑顔でいる癖がついた。たまに優しくなって褒めてくれる親。そんな親が声を荒らげずに済むよう日々努力した。 親は暴言を吐くことはあるけれど、手を挙げたことは無い。それは僕を愛しているからなのだろう。本当に愛していないのならば手を上げることも躊躇わないだろうから。子供に手を上げる親に比べれば、高校に行かせてくれる親を持った僕はとても恵まれていて だから僕が屋上から飛び降りようとしているのは親のせいじゃない。ただ疲れたから。 けど、だめだ。足が竦んでしまう。覚悟を決めたつもりではあったけれど、本能が抵抗していた。 それからも何度も挑戦したがやはり死ねなかった。それでもいつか死ねるかもという淡い期待を持って毎日屋上を訪れ続けている。 私は一昨年高校受験に失敗し滑り止めに入学した。 望む賢さを持たなかった私を両親は入学時に絶縁した。 それによって私の心の枷は外れ、瞳は世界を彩鮮やかに映し出した。そして、私の中の醜い部分を露わにした。 友達は醜い私から離れていった。 先生はどれだけ叱っても問題行動を起こす私をいつしか叱らなくなった。 やがて悪評は学校中に広まり誰もが私を見ては陰で何かを囁いた。 ネットに逃げ込んでも避けられた。 また世界がモノクロに染まっていく。人々が絶賛する彩が気持ち悪く感じた。 リアルでもネットでも嫌われるのなら私はどこに行けばいい? そうだ。地獄に行こう。親不孝者の私には妥当だ。死後の世界がないならそれでいい。もう離れていく背中を見たくない。 「両親へ 私は死んで地獄に行くことにしました。学校もあなた達も関係ありません。 これまでずっと無駄なお金をかけさせてしまったので、葬儀や仏壇、墓は望みません。 最後まで理想の子になれなくてごめんなさい。こんな落ちこぼれを17年間育ててくれてありがとう。」 短い遺書を書き、ポストに投函した。 死に方はもう決めた。学校の屋上からの転落死だ。 首吊りやリスカも考えたが、やはり飛び降りが一番楽で確実に死ねる。 屋上はそこそこ高いところにあり、転落防止柵もそこまで高くはなかったはずだ。 静かに、けれど途切れることなく降り続く雪を見ながら覚悟を決めた。 あるときから、屋上に一人の女の子が現れ始めた。学校では悪い意味で有名な女の子。 薬物をしている。先生を殴った。いじめをしている。人を殺したことがある。 彼女を取り巻く噂をあげればキリがない。 記憶の中の彼女は芯の強そうな顔をしていて、孤独や悪口にも臆さないイメージがあったが、今の彼女には前の面影はなく、酷くやつれていて触れたら壊れてしまいそうな雰囲気があった。 それからも彼女は屋上に来ていた。虚ろな目をした彼女は今日もふらふらとフェンスに近づくとその場にしゃがみ込んだ。 彼女が今にも死にそうだったからだろうか。気がついたら同じようにしゃがみこんで声をかけてしまっていた。 「最近よくいるけど、どうしたの?」 彼女は目を伏せたまま 「別に」 とか細い声で返事をした。 「死にたいとか思ってない?」 唐突に言い当てられた私はつい 「関係ないでしょ」と口走ってしまった。その後慌てて「そんなこと思ってない」と付け足した。すると、男の子は興味を無くしたように 「ならいいや。じゃーね。」 と言って立ち上がった。 これ以上会話を続けられない。そう思って立ったが、言いたいことが見つかってしまった。 「明日も来る?」 私はなんでそんなことを聞くのかと尋ねた。 そんなの、「明日も生きてて欲しいから」ただそれだけだ。女の子は少し困ったような顔をしたあと、「あっそ」と言った。 彼は軽く笑って 「ねぇ、死なないでよ?」 と言った。私が「そんなことはしない。」というと、「それはよかった。またね」と言って彼は立ち去った。 それからも彼女は屋上にいて、濁った空を眺めながら二人並んで他愛ない話をした。 僕は彼女を君と呼び、彼女は僕をあんたと呼んだ。 名前も知らない男の子。けれど、彼と話している時間がとても心地よかった。 いつしか私は死にたくないと思うようになった。それを自覚してからはモノクロだった世界に、また彩がついた。 それから、私を死に引き止める唯一の鎖だった遺書は受取拒絶となって帰ってきた。まぁ、絶縁した元娘からのものだから当然だろう。 これで私の鎖はなくなった。 私は自殺をしなかったし、きっとこれからもすることは無い。それは、私に「生きたい」と思わせてくれた彼のお陰だ。 日々元気になっていく彼女とは対照的に僕は段々疲れていった。親が手を挙げるようになったからだ。それに、褒められることも無くなった。いつか優しくなる時が来ると信じて耐えてはいるものの、限界は近づいていた。 これは親と僕の問題だから、彼女を巻き込むつもりはなかった。 けれど、「もうさぁ全部疲れちゃった。」つい言ってしまった。笑って言ったつもりだったけれど、彼女には全てバレていたのだろう。 彼は笑顔と明るい声で取り繕っていたけれど、それが彼の本音だということを隠しきれてはいなかった。 私に彩りをくれた彼の死は何がなんでも止めたかったが、ここで私が真面目な顔で死ぬなと言って錘を載せれば彼はきっと潰れてしまう。 だから私はいつかの彼のように言う。笑顔で、冗談めかしながら。 ほんと、君には敵わない。そんなことを言われてしまったら過去の僕が隠してきた弱音が全部溢れてしまうじゃないか。 次は私が彩をつける番。 ねぇ、死なないでよ?
空白の世界に彩を足す
「ねぇ、死なないでよ?」 君が薄く笑って放った言葉で過去の俺が必死で隠し続けた弱音が溢れ、雫として頬を伝った。 私はずっと人の顔色を窺って生きてきた。そうしないと見捨てられてしまうから。 それが親なら生きられず、友達なら孤立し、先生なら私を導く人はいなくなる。 親の人形になるに連れ、小さい頃はとても彩鮮やかに見せた世界はいつしかモノクロになっていた。 一昨年第一志望の高校に落ち、滑り止めに入学した。 両親が望む程度の賢さを持たなかった私は高校入学時に絶縁を言い渡され、一人暮らしを強いられた。 絶縁で私の心の枷は壊れ、私の瞳は世界をまた彩鮮やかに映し出した。そして、私の中の醜い部分が現れた。 友達はこの性格を嫌い離れていった。 何度叱っても問題行動を起こす私を先生はやがて叱らなくなった。 そして私の悪評は学校中に広まり、誰もが私の姿を隠れて見ては陰で何かを囁いた ネットに逃げ込んでもこの性格で避けられた。 リアルでもネットでも嫌われるなら私はどこに行けばいい? また世界がモノクロになっていく。 どこか人がいない所。学生の私でも行ける場所。そうだ地獄に行こう。親不孝者の私には妥当だ。 死後の世界がないならそれでいい。もう離れていく背中を見たくない。 「両親へ 私は死にます。地獄に行きたくなりました。学校やあなた達は関係ありません。 子供が欲しくなったら優秀な子を養子にでも迎えてください。 育てて貰った恩を仇で返すような落ちこぼれになってしまってすみませんでした。 今まであなた達に無駄なお金を沢山使わせた分、葬儀も仏壇も墓も望みません。 最後まで親不孝者でごめんなさい。十七年間育ててくれてありがとう。」 ずっと人の言いなりだった私は、初めてそんな遺書を書いた。 実家宛に出そうとしたところでまだ死に方を決めていないと気づいた。 首吊りは準備が大変だろうし、練炭は苦しいと聞く。睡眠薬は沢山飲むのが辛いらしいし、リスカは部屋を血で汚してしまう。どこかから飛び降りようか。確か高校の屋上はそれなり高く、転落防止柵もそこまで高くなかった。 静かに、けれど途切れることなく降る雪を見ながら飛び降りようと決め、遺書をポストへ投函した。届くまでには時間がかかるから死に急ぐこともないだろう。 翌日、屋上の転落防止柵が意外と高いと知った。乗り越えられなくはないがそのまま体勢を崩しそうだと思った。死ぬことに抵抗はないが、靴の踵を揃え気持ちを整える時間は欲しい。 次の日は休み時間毎に屋上へ行き、人がいない時間を調べた。その結果基本複数人いることと、放課後は男の子1人以外はいないと分かった。 それからも男の子は屋上に現れた。そしてある日、座って休憩していた私に声をかけてきた。 「最近よくいるけど、どうしたの?」男の子にしては少し高い声だった。 「別に。」 「死にたいとか思ってない?」 唐突に言い当てられ、思わず「関係ないでしょ」と口走ってしまった。 慌てて「そんなこと思ってない」と付け足すと男の子は興味を無くしたのか 「ならいいや。じゃーね」 と言って立ち上がった。歩き出すかと思いきや 「明日も来る?」と聞いてきた。 なんでそんなことを聞くのかと尋ねると 「明日も生きててほしいから」と答えた。 男の子の答えが予想外で返答に困り「あっそ。」と言うと彼は軽く笑って 「ねぇ、死なないでよ?」と言った。 「そんなことはしない。」と答えると、彼は 「それはよかった。またね」と言って立ち去った。 それ以降の放課後、彼はいつも屋上にいて私も必ず屋上に向かった。 濁った空を眺めながら二人並んで他愛ない話をした。 彼は私を君と呼び、私は彼をあんたと呼んだ。 名前も知らない男の子。けれど、彼と話している時間はとても心地よかった。 いつしか世界に彩がつき、それに気づいた時にはもう既に死にたくないと思うようになった。その時の私を死に引き留める鎖はもう実家に送った遺書だけだった。 けれど遺書は受取拒絶になって戻ってきた。親が受け取りを拒否したのだろう。 絶縁した元娘からの手紙なのだから当然だ。ともあれ、これで私の鎖はなくなった。 結局私は自殺をしなかったし、きっとこれから自殺を考えることもない。それは私に生きたいと思わせてくれた彼のお陰だ。 それから何か月か経ったある日。 「なんかさ。もう全部疲れちゃった」 彼はいつものように明るい声で言った。けれどその声色とは違い表情はとても辛そうで、彼が生きることに疲れたのだと直感した。 どうにかして死だけは止めたかったが、ここで私が真面目な顔で死ぬなと言って錘を載せれば彼はきっと潰れてしまう。 だから私はいつかの彼のように軽く笑って言う 「ねぇ、死なないでよ?」 次は私が彼の世界に彩を足す番だ。
願い事
誰かの幸福 何かの平和 世界の平穏 誰かはいつか どこかで誰かと 本気で願った 誰かは努力し 誰かは祈った 誰かは信じ 誰かは夢物語だと 吐き捨てた 誰かが願った 平和な世界を 誰かは受け止め 誰かは笑って受け流す 誰かは叶え 誰かは諦め 誰かは願った記憶を消し去った 叶えた誰かは 勇者と謳われ 諦めた誰かは 平和な世を俯き生きた 忘れ去った誰かは 周囲に溶け込み 平和な世の恩恵をいつしか当たり前だと錯覚して生涯を終えた 誰かが遺した結果は華々しい功績として後世に伝わり 誰かが遺した結果の無い血の滲む努力は歴史の闇に飲まれて消えた
さようなら、そして、ありがとう。
赤の薔薇を5本、紫の薔薇を1本、かすみ草を1本入れた小さな花束を持った。そして、離任式を終えた先生の元へと急いだ。 あのっ、これ、っ、! 言葉足らずだったと後悔したが、それを悔いる暇もなく先生が泣き出してしまった。泣かせてしまったことに罪悪感を覚えながら立ちすくむ。 先生は泣きながら言った。 ありがとう、!ありがとう…。まさか貰えるとは思ってなかったから、、。ごめんね、泣いちゃった。先生のメンツ丸潰れだね、笑 そんな先生の言葉に対して私は精一杯の否定を音にした。 そんな事ない!、です。先生はどんな姿になっても、例え犯罪を犯したって、私の中では誰にも劣らない最高の先生であり続けます! 一息で喋ってから少し反省した。あれは先生の1つ前のコメントの論点からだいぶズレているのでは?と まぁ先生に対してそんな感情を抱いたのは事実だし。と割り切った。当の先生はというと鳩が豆鉄砲を食らったかのような呆けた表情をしていた。と思ったらいきなり笑い始めた あっはは!そーお?まぁありがとう。それと、もう私はいなくなるけど、元気でやるんだよ? その言葉に私の涙腺は崩壊した。それと同時に必死に保ってきた理性もどこかへ吹き飛んで行った。 せんせぇ、せんせっ、え…。行かないでぇ、 しょうがないなぁ。けど、私が行ったらもう泣かないって約束して。あんたは強いから。私が居なくても大丈夫だから。 やだぁ、行かないで…。ずっといてよ…。 大丈夫大丈夫。もし、本当に辛くなったら私じゃないだれかに頼りなさい。分かった? 先生はそう言った。私は少し考えて小さく頷いた。 よし。じゃあね。そろそろ行かなくちゃ。お花、ありがとう はいっ…。さようなら、先生 先生は何も言わず立ち去った。 先生、ありがとうございました。さようなら。 赤薔薇5本、紫の薔薇1本、カスミソウ1本をショートでラウンドタイプにしたら料金いくら位かかるのか、わかる方は教えて欲しいです!