露草 夜愛
6 件の小説ホウセンカ
九月のある日に、綺麗な花壇のある喫茶店で君と二人。 恥ずかしさのあまりお互いに目を見れず。 話す時はおどおどしてしまう。 互いの声のみで、周りの雑音さえ聞こえず。メニューを差し出され顔を隠す。 何を頼むか悩み決まったところでお互いに声が出る。 意味のない譲り合いをし、店員を呼び、 冷たい紅茶と冷たい珈琲を頼む。 何気ない会話で少しずつ言の葉が増えていく。 お互いの趣味が似ていて少し声が大きくなる。 店員が紅茶と珈琲を持ってくると少し耳を赤く染めて下を向く。 純粋な初恋達は喉の渇きに耐えかね乾燥している唇にストローを押し当てる。ストローを咥えると口を離せなくなり、静けさが雑音を呼ぶ。 二人の緊張と静寂。握る手汗。賑やかな声。グラスの水滴。音をたて崩れる氷。 「映画でも見に行こうか」 その言葉に目を逸らしたまま頷く。 電車に乗る前は歩きながら手が触れる度に心臓が破裂しそうなほどに音が高鳴る。 映画館に着く頃には話も弾み、少しだけ距離は縮まったようで手を繋ぎ歩き出す。 映画は少し大人の恋物語。見終わって映画で出てきた花言葉を初めて知ったと感想を言い合い。 恥ずかしがりながら目を逸らしシャツの後ろの端っこを引っ張る。「また一緒に来たいな。」 今まで見ていた景色が色鮮やかに映り。私の心は弾け飛ぶように鼓動する。 月に何度か会ううちに、週に何度か会うようになり。 会うため口実を作り、その度ご飯や喫茶店に行き、いつも同じものを食べる。帰り際にいつも薔薇の華を渡していた。 週に何度か会ううちに、互いの家を行き来するようになり。 一緒に寝て愛を育み、好きなところ探しながら、互いの悪いところに目を瞑り。 互いの家を行き交ううちに、同棲を始めた。 毎日が新鮮で毎日が幸せで毎日がキラキラして見えた。 初めは嬉しさや感動が押し寄せてきていた。 それは、徐々になくなり気を使わなくなっていた。 仕事が忙しくなり、疲労と一人の時間のなさに嫌気がさしてきた。 目の前の鮮やかに見えたモノは、街灯を過ぎた夜道のように暗くなる。 日常的に喧嘩が増え、お互いに背中を向け合い。それとなく別々に寝るようになった。 そうしたかったのではなく、そうなってしまったのだ。 どちらかが家にいる時は家に帰るのが遅くなっていった。 そして互いに隠し事が増えていき、あまり口を効かなくなっていた。 いつの間にか家にいることは少なくなった。 家から出て数日ほど時間を空け、連絡をした。「十五時に駅で待ってる。」 人混みの中何も言わずに隣で壁に寄りかかる。 「大事な話がある。喫茶店で話そう。」 その言葉に目は合わないまま頷く。 赤く染まる夕刻の空に背を向け、距離をあけ歩く二人。 メニューを渡そうとするも携帯を見つめたまま話そうともしない。 店員を呼び注文をする。 いつもの。と。 話の出だしに迷う、互いに会って話していなかったせいか言葉が詰まる。 話し出す前に、紅茶と珈琲が来た。 一口だけ口に含み、ストローから口が離せずにいた。 二人の静寂と緊張。握る手汗。賑やかな声。 グラスの水滴の流れる跡。音のなる氷。 音をたて崩れていく互いへの感情。 「終わりにしよう」と小さな声。 それを合図にしたように泣き出し、声を抑える。小さく押し殺し泣く二人の声にならない声。 賑やかな店内で、聞こえるのは泣いているお互いの声。 泣くとも思っていなかった。何より、 君が涙を流すとは思ってもいなかった。 喫茶店を後にし、花壇の花を見つめたまま口を開く 「他にいい人、見つけて幸せになってね。 もう、触れないで。振り向かないで。立ち止まらないで、、、。歩き続けよう。」と いつか見た映画と同じセリフを言い。 お互いに別々の方向へ 振り返らず、下を向き前へと歩み出す。 涙に触れたら心が弾けて飛んでしまう。 喫茶店の花壇にあったホウセンカのように。
アブク
広く轟々と響く波の音は、一刻を静寂へと変える。 自分と向き合っている。などとはあまり思いたくない。 波の音を感じる。心の考えを少しずつ、少しずつ捨てていく。 いつかは海の泡《あぶく》と共に、少しずつ。少しずつ。 波に溶けて消えてしまう。 いつから自分は、変わっていったのか。 いつから自分を、偽り続けてきたのか。 いつから自分を、演じてきたのか。 いつから自分の、本心を隠してきたのか。 いつから自分が、嫌いになったのか。 いつから自分と、向き合わなくなったのか。 いつから、消えたいと願っているのか。 五月蠅く轟々と響く波に近づき、 今なら。と何度も心に問いかける。 小さな一歩が踏み出せず、足は竦み恐怖が目の前を覆う。 日常では普通という狂気を演じている。 そのおかげか他人には明るい人。と思われているようだ。 その反面、壁を感じるという他人もいるらしい。 演じ切れていないのか。勘がいいのか。 だが干渉されることはない。 ただ一日。寝て、仕事をして、また寝る。 そんな日を繰り返し。 時折珈琲屋行き、店員と業務的な他愛もない会話をする。 そんな時は、ある程度の返事と相槌を打ち、 その場限りと思い考える。 他人との会話、食事の場、会社の付き合い。 今ではそんなことに時間を費やそうとも思わない。 些か億劫だ。 生きる為に、お金と食事と睡眠。 それ以外は特に必要に感じない。 不意に頭に過る。 消えたい、、、。 消えたいとか楽になりたいと感じる時がある。 死にたいわけではない。 ふとした瞬間に、 自分を知っている人たちの頭の中から自分という存在を消し、 それに伴い消えてなくなりたい。 ただそれだけだ。そう思うだけだ。 だが一度考えてしまうと、嫌なことに照準を合せた様に 次から次に言葉が出てくる。 消えたい。死にたい。 その気持ちに蓋をして日々を狂気で塗り固める。 感情も表情もその場に応じたものを引き出しから探し、 顔を付け替える。 もう疲れたのかもしれない。 偽り、誤魔化し、隠して、演じる。 そんな日々に戻るのが億劫になった。 あぁ、そうか。そうだったのか。 足りないのは恐怖に立ち向かう勇気ではなく、 偽りのない本心だけだった。 笑顔でそう言うと、 鉛のように重かった足は軽やかになり、 動き波の動きに合わせ足を進める。 私は、海のアブクと溶けていく。
夙夜夢寐
またこの季節が来た。そっと心の中で呟き外を眺める。 日差しの隙間に触れじんわりと暖かさと、 肌を撫でるような風の冷たさを感じる。 花粉のせいなのか時々外から、くしゃみが聞こえる。 散歩をしている仲良しの老夫婦。大型の犬と歩いている青年。 楽しそうに話をしながら自転車を漕ぐ高校生。交差する車。 徐に外に出て、川沿いの公園に足を運ぶ。 ベンチに腰をかけ、考え事をするように空を見上げ目を瞑る。 元気な子供達の声。世間話をする周りの母親達。 ボールを咥え鼻息を荒げる犬。走っている人の足音。 聞こえるはずのない君の声。 目を開いても、周囲を見回しても、あるはずも無い影を追う。 上着を忘れ、肌寒くなり足早に家に帰る。 家に帰りそそくさと上着を羽織り、読みかけの本を開く。 どれぐらいたっただろうか、 読み進めた数十ページが時間の流れを物語る。 部屋の中が夕焼けで赤く染まり。だんだんと暗闇が迫りくる。 明かりをつけてぼんやりと暗くなるのを見ていた。 空が駆け足で通り過ぎた。 自分が暗闇に置いてかれたような気がしたて少し虚しくなった。 机に向かい腰を下ろし、煙草に火をつける。 深く息を吸い。煙と一緒に溜息を吐き出す。 時間の流れを感じないように、モニターに映る人を動かす。 目が疲れると布団に入り静寂と虚しさを抱き、夢に落ちる。 夢の中では笑顔の君と手を繋ぎ歩いている。 陽が登り夢から覚める。 儚さを惜しみ身支度を整え家を後にする。 何をしていても、何もしていなくても、 本を読んでいても、夢の中でも。 君がどこかに隠れていないか探してしまう。 寝ても覚めても、いつもいつまでも。 君を探し。君を想い。また、好きになる。 夙夜夢寐【シュクヤムビ】 「夙夜」は早朝から夜遅くまで。 「夢寐」は寝て夢を見ること。 [一日中。朝から晩までいつもいつも。 また、寝ても覚めても思うこと。一日中、頭を離れず思うこと]
虚像 露草 夜愛
冷たい珈琲を飲み、煙草に火をつける。 五月蝿い蝉の声を聞きながら、溜息を吐きながら背もたれに寄りかかる。時計に目をやると心の中でこんな時間かと呟き煙草の火を灰皿に押し付けて消す。 ヒリヒリと刺すような日差しに、着替えればよかったと後悔し、弁当と煙草を買う。 玄関で弁当を置き煙草に火を付ける。テーブルに置いてある、コップの半端な珈琲を飲み干し、新しい珈琲を淹れる。弁当を広げ、珈琲を置く。窓からぬるい風が入り込む。 買った弁当を口に運び、テレビを眺めている。ぼーっとしていると通知音が聞こえてきた。画面には通知でいっぱいの中に「飯食ってるか」の文字が見えた。 ベランダに出て煙草に火をつけ、携帯を取り出す。通知を開くと数件の通知があった。 「最近連絡遅いけど、忙しい?」 「よぉ!暇な時、飯でもいかね?」 「先輩、体調どうですか?」 溜息と煙を吐き出し返事を書き込み送る。何件か返したところで部屋に戻る。 珈琲を手に取り、一口啜る。 棚に置いてあった猿の石像があった。目を隠しているあの猿だ。なぜ一匹だけなのかと考えていると。 また通知音が鳴る。「頼む!このアプリ取るだけでいいから取ってくれ!」 という連絡とともにサイトのURLが送られてくる。 仕方ない、取るだけな。と送ると「招待コードってのがあるからその所にこれを入れてくれ」と 注文が多いやつだ。と思いながらアプリをインストールする。 [容量が足りません。使わないアプリや画像を削除してください] 気にしていなかったが色々招待されて入れてたっけな。と思い返しながら使わないアプリを削除し、次は写真かとフォルダーを開く。 あまり写真は撮らないがフォルダーはいっぱいだった。昔の自分の写真や友達と撮った写真、空や海、工場や山の上からの風景。 大好きだった人が写っている1枚の写真。 躊躇いもなく、一部の綺麗な風景、海や山の写真を残しほとんどを消した。 ダウンロードしたよ。と送ると電話が来る。 説明を受けながら入力していく。 『ありがとう。助かったよ』 と電話は切れた。 数分ほど経ち、 「元気なかったな?話聞くからな」 と連絡が来たが、返す気分になれなかった。 原因はわかっていた。椅子に腰掛けて煙草に火をつけ、冷えた珈琲を飲む。 なぜか少し、塩っけがあり不味かった。ジメジメした暑さのせいではなく、目から溢れる感情の塊のせいだった。 珈琲がまずいことなんて初めてカッコつけてブラックを飲んだ時以来かと記憶を辿り。 珈琲を入れても「いつもぬるくて不味い」と言いながら頼んで来る君のことを思い出してしまい、 再び写真フォルダーを開いてしまう。 忘れなければと思うが何度も開き、何度も消せず。いつまでも残り続ける。 自分も猿の石像のように、いつまでも現実に目も向けず、手のひらの写真しか見えていないのかと再確認してしまい。女神のようで自由奔放な君しか見えていないままな自分が嫌になる。 そんなことを考えながら煙草の煙と珈琲の香りに包まれ、 君との思い出を原稿用紙の中に仕舞い込んでいる。
透明な板
アナタにはいつも触れられない。冷たい板を挟んで顔をのぞいてくる。 夕暮れ時の街灯が付き出した頃。アナタは少し暗い顔で顔をのぞいてくる。時々暗い顔をしている時もあるけれど、 明るくなるとボサボサの頭で走り回って、一言「いってくるね」言うとどこかに行ってしまう。 風の音と鳥の鳴き声だけが聞こえる。 この静かな時間は少し苦手。 窓からの光がだんだん暗くなる。少しずつだが雨音と共に聞こえてくる。 [コツコツ・・・ゴンッ・・・ガチャガチャ・・・・・ギィー・・バタン] 帰ってきたんだ。でも焦らない。帰ってきたら暗い顔だけど、無理してるのバレバレな笑顔でのぞきにくるんだ。 「たっだいまぁ。今日も疲れたよぉ。」 ほらね。顔が引き攣ってんのよ。無理に笑顔つくんなくたって良いのに。 きょうもおつかれさま。さみしかったよ。 「今日は大好きな醤油ラーメンです。やっぱりラーメンって美味いよなぁ。」 アナタそれで29カイれんぞくでしょ。たまにはちがうのたべたらどうなのよ。 薄暗い部屋で、片手に白い容器を持ちながら、煌々と光る小さいテレビを横にして気の抜けた顔をして見ている。 そんなアナタの横顔に見惚れている。 ガタッと音を立ててテーブルに顔を伏せる。 数秒ほどで大きないびきが聞こえてくる。その寝顔にも見惚れてしまう。 煌々と光っていた小さなテレビは暗くなり、薄暗かった部屋に窓から光が差し込む。 時々、いびきが止み小さい声が聞こえてくる。 「・・・・・めん」 まだ食べ足りなかったのか。少々呆れてしまうほどだ、、、。 目から涙が流れ落ちる。 そうか。あの、くしゃくしゃな顔に見覚えがある。 あの人が笑顔ではしゃいだり。 ヘソを曲げて怒っていたり。 仕事がうまくいかず落ち込んでいたり。 私が倒れた時のくしゃくしゃな顔をして 大声で泣き出したっけな。 「・・・・ごめん。ごめん。」 『ごめん』はワタシの方だよ。最後まで言い出せなくて、アナタに寂しい思いをさせちゃったんだから。 泣きながら眠るアナタに寄り添えず、拭えず、感情を伝えることもできない。 やるせない気持ちでいっぱいになり 静寂が苦しくなる。 夜が明け日が上る前に起き上がる。 「おはよぅ」 ボサボサの頭のまま冷蔵庫に小走りで向かい、箱を取り出しゆっくりと戻ってくる。。 「今日は君の誕生日。」 また泣き出し、ボソッと呟く。 「・・主役がいない初めての誕生日。」 絞り出すような微かな声でアナタは云う。 「寂しいな。大好きな君に会いたい。」 透明なガラス越しに伝わるアナタの体温。 鼻を啜り走り出す。 そして、ボサボサの頭、 目は腫れぼったく、 無理に作った笑顔でガラス越しに言う。 「いってきます。」
「初投稿」想い出
普段は着ない服。 見慣れない街並み。 じんわりと汗で濡れ、 締め付けるシャツの襟。 綺麗な横顔と流れる風景。 キラキラと光る白い肌の頬。 もどかしいほど無邪気な笑顔。 香水の中、微かな煙草の香り。 落ち着くあたたかい洋服の匂い。 胸の奥で締め付けられる、 優しくて綺麗なキミの左手。