くうきり
14 件の小説音楽
「うっっわ、最高…!」 興奮冷めやらぬ頭と体でスマホに文字を打ち込む。 好きな作曲家の新曲の感想を打ち込む。 「まずベースが…メロディラインは…ここの転調が…」 投稿のリプライがどんどん長く、連なっていく。それは五つほど続いて、ようやく冷静になってきた。 「いいなぁ、私もこんな曲…」 作りたい。 そんな夢を口にしようとして止まってしまった。 本当に私が望んでいるのは曲作りだろうか。 曲作りを建前に、承認を満たそうとしているだけなのでは。 過ってしまった考えを見ないように、もう一度再生ボタンを押す。 溢れる語彙、表情豊かなメロディ、軽快なリズム。 それが脳を支配していけば、次第に気持ちが上を向く。 「…♪」 今は、まだ考える段階じゃない。 溢れ出るドーパミンに身を任せて、目を閉じた。
濁流
流木を拾い上げた。綺麗とは言い難い。泥水に濡れて、惨めに落ちていたものだった。 川の方を睨んだ。昔は綺麗な川だった。今ではすっかり荒れて、水は濁っていた。汚い泥水だった。 かつて見た、生き生きとした魚。今は一匹だって見当たらなかった。時々、腹を上にして流れてくるばかりだった。 私は悲しんだ。 この川にいることが昔こそは癒しであったはずなのに、どうして。 私は泣いた。変化が悲しかったから。変化を受け入れられないことが悔しかったから。ずっと泣いた。 作品を拾い上げた。綺麗とは言い難い。意見に塗れて、惨めに落ちていたものだった。 画面の奥を睨んだ。昔は平和なコミュニティだった。今ではすっかり荒れて、争いが絶えなかった。汚い意見の押し付け合いだった。 かつて見た、生き生きとした作品。今は一つだって見当たらなかった。時々、押し潰された過去の投稿が流れてくるばかりであった。 私は悲しんだ。
「死ぬのは怖いの?」
「死ぬのは誰だって怖いよ。天国に行ける保証もないしね。」 と、母は言った。朝ごはんを食べている時のことだった。朝から物騒な話だ、と父が笑った。 「怖いは怖いけど、逃げられないしね。」 と、祖母は言った。ある休日の昼下がりだった。だからあの世を信じるのよ、と僕の頭を撫でながら言った。 「天国に行けるのさ、怖くなんかないね。」 と、友人は言った。深夜に酒を飲みながらのことだった。俺は自分に正直に生きているから、とふざけて笑っていた。 天国、地獄、あの世、今世、前世、来世。 どれもある保証はないと父は笑った。 それがあるなら、死ぬのも少しは怖くないと祖母は言った。 そこはきっと楽園なのだと友人は言った。 きっとある、と僕は言った。 あるからと言って怖くないのはなぜか、と僕は問うた。 それほど良い場所じゃない、と僕は否定した。 でも、どの意見も結局想像でしかなかった。 僕はどうしてもそれを追い求めてみたくなった。 みんな、口では信じている、いないとか言うけれど、結局半信半疑なのだ。 だったら僕が、それを見つけよう。 そしてひとつの画面に収めて皆に伝えるんだ。 真に「あちら」はあるのだと。 この世を生きられないことに変わりはないと。 理想世界ではないはずだと。 だから今日も僕は痛みを欲する。 生を実感し 地獄を体感し 天国へ近づくために。 今日も僕は絵を描く。 痛みと苦しみで朦朧とした意識の中、 薄ら聞こえる客の声と風の音を、脳に染み込ませて 薄ら見えるカンバスに向き直る。 震える手で筆をとって、今日も笑って言うのだ。 「ねぇ、死ぬのは怖いかい?」
一生
「一生一緒だなんて…疲れてしまいそうね。」 少し笑って、でも少しロマンチックかもね、なんて付け足して。 その笑顔を一生見ていたいと言うには、僕の勇気がなさすぎた。 二人、最近話題の映画を見に行った帰りの話だった。 感想でも語り合おうと寄ったカフェで、美味しそうにチーズケーキを食べる貴女はとても綺麗だった。 窓から差し込む、昼下がりの日の光に照らされたその髪はとても輝いて。見惚れてしまって。 自分がそこそここだわる紅茶も、その日はまともに選べないどころか味もしなかった。 それよりよっぽど、貴女の笑顔が胸を潤した。 「確かに、ロマンチックだけど…リアルで言うには劇的すぎますよね。」 「やっぱりそう思うよね!どう、あなたは他に気になったシーンとかあった?」 そう聞かれて、少しどきりとした。 正直に言おうとすれば、 「貴女を意識しすぎて覚えていません。」 だろうか。いや、言えるわけがない。 誤魔化すように、味のしない紅茶を口に含んだ。 「…あっ、そう言えば予定大丈夫?確か今日の夜、友達とご飯行くのよね。」 そう言われて、慌てて口に含んだ紅茶を飲み込んだ。鼻に抜ける香りがいつもより感じられない。 「完全に忘れてた…!すみません、少し確認しますね。」 それだけ言って、メモを確認し、メッセージアプリを開く。 いくつかの未読メッセージはあったが、これといって準備不足などはなさそうだ。 「大丈夫でした。暗くなるまでには帰れば平気です。」 そう返せば、彼女は安心したように笑った。 その不意打ちに、思わず胸が高鳴る。 はっと息を飲み、肺を止める。 店内に流れる落ち着いたジャズが、意識をどうにか現実へと繋ぎ止めていた。 「そう。それはよかった。あなたともっとお喋りしたかったのよ。」 …あぁ、本当にずるい人。 僕ら、まだ交際はしていない。むしろ彼女は、僕からしてみればまさに「高嶺の花」で、こうして一緒に出かけられてる時点で奇跡同然なのだ。 まだ治まらない胸を落ち着かせるため、もう一度紅茶を飲む。 それで、カップは空になってしまった。 「でも、そうね…ずっと一緒は、お互い疲れてしまうから。そろそろ帰りましょうか。」 そう言って荷物をまとめ始める彼女に、もうすこし、の五文字がどうにも喉に引っかかってしまうのだった。 「…そう、ですね。僕お金払いますよ。」 ようやく絞り出した日本語は、正反対の五文字だった。 あぁ、僕は本当に勇気がなさすぎる。 それでも、この関係が崩れないならそれでいいと。 少し、妥協したような目線で見てしまうのだった。
海を眺める丘の上から
叩かれて、切り付けて、噛みつかれて、刺して。 攻防から防衛を抜いたような戦いがずっと続く。 お互いにヘトヘトなのが、見てわかる。 でも、一つ違和感なんだ。 ずっとある、なんだろう…わからない、考えられない!! “おっお゛ぉれぇ…あ、とっどど、だぁぢ…” 寄生虫があぐりと口を開く。 気が逸れてしまっていたせいか、避けるのは無理だろう。 「っなら…!」 反撃あるのみ、寄生虫の体へ包丁を突き刺した。 …はずだった。 「…え……?」 思わず声が震える。 息が上がる。 肩が震えて、視界が揺れて、 なんで、なんで、なんで 「たかなし、く……あ…あぁ…」 ただ優しい眼差しでこちらを見やって、力なくその瞼を閉ざす。 やめてよ、どうして…僕は、いま、確かに寄生虫を刺したはずじゃ…? それを、手にこべりついた赤が否定する。 寄生虫は赤色の血じゃなくて、青色の体液が出るはずだから。 からん、 音がして包丁が床に落ちる。 涙で視界が滲む。 「あぁーあ、やっちゃったんだ。」 「っ…!」 前を見れば、いつからいたのか。 あの子が立って、こちらをじっと見ていた。 「…ねぇ、うけいれたくないよね?こんなの。」 「え…?」 あまりに急な問いかけに、言葉が詰まった。でも、答えは決まってる。 「…そりゃ、だって、こんな…」 「…そっか。そういってくれるならおもいだしていいんじゃない?」 最後に見えたのは、崩れ落ちてくアトリエだった。 「ん…」 目が覚めたら、そこは床だった。 体がパキパキと音を立てる。 起き上がってみれば、横に日記があった。 僕の、日記だ。 あの日以来、何も思い出したくなくて、開いてすらいないけど。 久しぶりに、日記を開いた。 ◯月×日 今日は唐木さんの家に遊びに行った。いっぱい楽器を演奏してくれて、嬉しかった。 そのあとに花屋に寄ったら、優里花さんがケーキをくれた。恵梨花ちゃんと一緒に食べた。美味しかった。 帰って、アトリエに寄ったら小鳥遊くんが作業してた。クローバー咥えた木彫りの鳥、完成が楽しみ! ×月◯日 唐木さんが亡くなった。自殺で、首吊りだって。噂じゃ、音楽に没頭しすぎて幻聴が聞こえてたとか、そうじゃないとか。僕が、僕がもっと話を聞いてあげられるような、そんな頼れる人だったら…彼は、死なずに済んだの? △月×日 優里花さんと恵梨花ちゃんが亡くなった。強盗だって。優里花さんは恵梨花ちゃんを守ろうとして、背中を刺されたって。恵梨花ちゃんはそのあと、お腹を刺されたんだって。なんで、僕は、そのとき花屋の2階にいた。怖くて、動けなかった。僕が殺したも同然じゃないか。 △月◯日 いやだ、なんで、みんなどうしてぼくを置いてくの。小鳥遊くん…なんで、どうして… (この先は字がぐちゃぐちゃで読めない) ぱた、と日記を閉じた。 ようやく、思い出した。 窓の外を見た。白くて、明るい雪。 一面の、雪。 そこにないはずの赤が見える。 絵の具を垂らしたような、真っ赤な、白によく映える… 「あ…たかなし、くん…」 あの日、新雪が綺麗だから、作品と一緒に撮ったら映えるはずだと外に飛び出して行った彼を止めなかった。 しばらく立って、近くの交差点の方面から何か嫌な音がして、心配になったから様子を見に行ったんだ。 そこで…僕は…… 真っ赤になってる小鳥遊くんを見た。 トラックに轢かれたんだ。 胸にはよくわからない部品が突き刺さって、すでに息絶えていた。 …ずっと、そのことを忘れていた。 否、忘れようとしていた。 向き合うべきだったかどうかは、わからない。でも、今は向き合いたい。 夢の風景は、僕の記憶を元に作られた。 本当だったら優里花さんや唐木さんは、もっと年齢が上なはずだった。恵梨花ちゃんも、同い年なはずだった。小鳥遊くんは…変わらないや。 記憶だけで、再現されてるから、死ぬ前日の姿ままだ。僕の、綺麗な記憶のまま… あぁ、彼らの呼ぶ声が聞こえる。 唐木さんから貰ったコートを羽織って、枯れてしまった花飾りをもって、親友から貰った、真っ白なマフラーを巻いて。 外へ、海辺の公園へ歩く。 丘というよりは、崖。 波の音、冷たい風。 まじって、彼らの声が聞こえる。 「おっ、柳原!」 「何してたのよ、みんなもう集まってるのよ!」 「まぁまぁ恵梨花、来てくれたんだからいいじゃない。」 「お前が遅刻なんて珍しいな!ほら、早く来いよ!」 僕を呼ぶ声。 あぁ、こんなにも愛されている。ありがとう、ありがとう… 「お待たせ、今行くよ!」 一歩、踏み出した。
海を眺める丘の上にて 〜思い出のアトリエ(2)〜
ごう、と少し地面が揺れた。 ほんの少し町がざわめく。 でも、いつかのときみたいな不穏なざわめきじゃない。むしろ、みんな浮き足立つように、興奮を抑えきれないようにして口々に楽しみを語っている。 「そっか、今日だったっけ。」 「そうだよ!まったく、お前最近ぼーっとしすぎな?」 小鳥遊くんとそんな会話を交わしながら、その大陸を見やる。 今日は、一年に一度の陸地に寄る日だ。ここから二週間ほど、ここに留まる。 「向こう、雪降ってそうだな!雪だるまとか…あっ、せっかくだし雪像とか挑戦してみようぜ!!」 楽しげにはしゃぐ小鳥遊くんを見て、なんだか安心してしまった。 少しくらいは、楽しんだっていいだろう。 思い出のアトリエでココアを二人で飲みながら談笑していれば、陸にはすぐについた。 色々挨拶なんかを済ませて、カケラを換金して、小鳥遊くんと一緒に駆け出した。 なんだか、ちっちゃい頃に戻ったみたいだ。 ちょうどその陸地の国では祭りの時期だったらしく、いろんな出店があった。 「おーっ、すげぇ!やっぱ陸の方って豪華だよなぁ…!」 「だね。僕たちも今年の星祭、考えなきゃなあ。参考になるものとか探していこ!」 二人で歩きながら、キョロキョロと周りを見渡す。他所者全開だが、まぁ…仕事だし。 途中、唐木さんや恵梨花ちゃん、優里花さんにも会った。 なぜかお小遣いを貰ってしまった…そんなに子供らしかっただろうか? 二人で首を傾げて、でもまぁ貰えるものは貰っとくのが僕らだから! 二人で好きなもの買って、食べるんだ。 あったかいお茶飲んでさ、くじ引いたりなんかして。 これ、本当に当たりあるのかなぁ…なんて、小声で話し合ったり。 すっごく幸せ。本当に、ずっと続けばいいのに… 「あっ、雪。」 隣からそう声がして、思わず上を見た。 分厚い雲から降り注ぐ、真っ白な、光り輝く雪、雪、ゆき…… あっという間に全体へと降り始める。 一層、頭痛がひどくなる。 つきん、なんてかわいいもんじゃない。 今にも割れんばかりの痛みがズキンズキンと、何か警鐘を鳴らすように続く。 目が開けられない。立っていられない。 …治った時に、ようやく違和感に気がついた。人の声がまるでしない。 さっきまで祭りで賑わっていたのに… 不審に思って目を開ければ、そこは見覚えのある風景だった。 別に、祭りの風景が見えたわけではない。 「なっ、んで……」 あのアトリエだ。 なんで室内に?とか、そんな疑問は出なかった。 出る隙がなかった。 “と、どどっっどど…もぉ、だ…ぢぃ…” 寄生虫が、目の前にいた。 咄嗟に床に落ちてる包丁を構えて、切りつけた。 突然に戦いが、始まった。
海を眺める丘の上にて 〜思い出のアトリエ編(1)〜
「起きろっ、柳原!!おい!!起きろって!!」 そんな大声で目が覚めた。 起きて周りを見渡せば、ここはどうやら森の中だ。 「っよかったっ…!おま、心配させるんじゃねえよ…俺、ただでさえ体力ないんだからさぁ…!」 今にも泣きそうな声で目の前の親友…小鳥遊くんは言う。 強く抱きしめられて、彼の体が酷く熱いのに気がついた。…いや、僕が冷たすぎるのかもしれない。 「…ごめんね、小鳥遊くん。」 一言、そう言うしかなかった。 他になんと言えばいいかまるでわからなかった。 今、それどころではないのだ。 あの子はどこへ行った?まさか、寄生虫に襲われて…! 「おーい、小鳥遊!見つかったか…って、柳原!!ここにいたのか…!」 唐木さんだ。どうやらかなり必死になって探されていたらしい。なんとも嬉しい…いや。それ以上に。 「か、唐木さん…その子…」 「ん?あぁこの子な、お前とおんなじ名前なんだよ!森にいたまんまじゃ危ないからさ…」 唐木さんは説明を続けるが、頭に入ってこなかった。 「?…柳原?どうしたんだよ。」 小鳥遊くんにまた心配をかけている気がするが、それを気遣うこともできない。 あの時は暗くて、頭痛も酷くていまいちわからなかったが、あの子はどう見ても… 「どうしたの、おにいちゃん。もしかして、ひとつふたつ、思い出した?」 あれは…昔の僕じゃないか。 なんで、どうして… 「…すいません、少し、その子と二人で…話してもいいですか。森からは出ますから…」 「え、俺は…別にいいけど。唐木さんどう?」 「別に止める理由もないしな…なんだ、心当たりでもあったか?」 二人からの許可はおりた。 「ねぇ、悠くん。二人で話そうか。」 そう投げ掛ければ、昔の僕と同じように笑顔で、どうでもよさそうな気持ちが目に残ったまま頷いた。 ……… 「で、おにいちゃんはおもいだして…ないよね。ぼく、いっしょだからわかるもん。」 「その思い出すって、なんなの?僕は、ちゃんと自分のことだって覚えてるよ。柳原悠、丘住みで15歳…」 公園のベンチ。 程よく日が当たって暖かく、心地よい。 普段なら寝てしまうような場所だが、今寝ることなんてできやしない。 「そうじゃないの。…うすうすきづいてるでしょ?このせかいのこと。」 「え…」 その言葉と共に、少し日が翳った。見れば、雲が日を遮っていた。 この世界のこと…まあ、彼が言いたいのは…この世界が夢、ってことだろう。 「…そりゃ、気付いてるよ。気づかないふりはしてたけど、本当はわかってる。この世界が心地いいから、目覚めたくないんだよ。」 「そこまでわかってるなら、きづいてもいいのになぁ。」 少し舌足らずで、でもどこか物事を俯瞰して見てるような喋り方。本当に、昔の僕そっくり…というか、そのままだ。その、艶のある髪も、やけに丁寧な服装も。 「…きょうは、たかなしくんといっぱい、いろいろあるよ。そこでがんばってね。」 んしょ、と声を出して彼はベンチを降りた。 「え、ちょっと…!」 声をかけようと顔を上げた時には、足跡すらなく、どこにもいなくなっていた。 雲はだんだんと、分厚くなっている。
海を眺める丘の上にて 〜姉妹の花屋編(3)〜
「………」 ふわり、 そんな軽い感覚で、目を覚ました。 窓の外は薄ら明るく、小鳥たちが囀っている。 「…朝か……」 なんだか、頭がぼーっとする。 時計を見たら6時で、ではなぜこうにも明るい? 疑問に思って窓の外をよくよく見てみれば、雪が薄ら積もって、まだ薄い太陽光やら、街灯やらの光を反射させていた。 なるほど、だからこうにも明るいのだ。 「…夜明け…」 この時間帯は好きではない。 あの日を思い出してしまうから。 「…っ…!」 頭痛。 またつきりと痛みがして、思わずふらついた。 でも、行かなきゃ。 せっかく、思い出したのだから。 唐木さんから、昔譲ってもらったコートを羽織って外に出た。 足跡が、つく。 まるであの時のように。 ぎゅっ、と音が鳴る。 記憶を掻き立てるように。 気づけば花屋の前にいた。 今は、もう空き家だが。 ドアに手をかければ、すんなり開いた。 中には、空っぽのショーケースがある。花が入っていたものが… 「アンタ、何我が物顔でここを歩いてるのよ。」 信じられない声に後ろを振り向く。 そこには、恵梨花ちゃんがいた。 「このゲス野郎が…アンタがここにいる資格はないわ。私達じゃなくてアンタが死ねばよかったのに!!」 瞬間、彼女の口からどろりと、赤黒い液体が垂れた。腹は真っ赤に染まり、よくみれば少しくぼんだようになっているのがわかる。 「なんでアンタが生きてるのよ…!」 そう恨み言を吐いて、気づけば彼女はすぅっと消えてしまった。 空っぽのショーケースを再び見やる。 空っぽのはずのそこに、彼女たちの花飾りが、 真っ赤に染まったそれが、見えた気がして… 最後に、膝をついたのは覚えている。 それからは、覚えていないから。きっと意識がなかったのだろう。
海を眺める丘の上にて ( )
一体どれだけ走っただろうか。 気づけば森の奥深くまで来てしまっていた。 「はぁ、もう少しなは、ず…は、あとちょっと……」 負傷した体はもう限界近く、走るのは無理だ。 それでも、丘住みとして放っておくわけにいかない。 そこらじゅうから寄生虫の鳴き声が聞こえる。 小さくて、弱いのなら阿呆を晒して襲いかかってくる。 そいつらを切りつけて歩いていると、足に絡みついた草で転んでしまった。 本当に、丘住み総動員して草刈りでもしたほうがいい気がする。 「だいじょうぶ?」 そのとき、上から声が聞こえた。 顔をあげると、まだ7、8歳くらいの男の子が立っていた。 こんなところにいるというのに、妙に整った身なり。 ふわりと揺れた髪はわかりやすく艶があり、どうやら相当かわいがられているようだ。 「……うん、転んだだけだからね。君はこんな時間に、一体どうしてこんなところにいるの?」 そう聞くと、その子はこてんと首をかしげ、しばらく考えたようすを見せたあと 「おしえない。」 とだけ答える。 「じゃ、じゃあ名前を教えてくれる? お父さんもお母さんも、君のことを心配してると思うんだ。」 「さきにおにいちゃんのなまえ、おしえてよ。」 なんとも無愛想で、素直でない子供だ。 それに、丘住みの名前も顔も知らないとは。 しかし放っておくという選択肢はない。 「僕は柳原悠。この町の丘住みだよ。」 できるだけ柔らかく笑うよう意識して言ってあげれば、少し警戒を解いたのか 「…おんなじなまえ。ぼくもやなぎはらゆう。」 と、さらりと衝撃的なことを言いのけた。 まさか同姓同名だとは。 ここは危ないということで、以前唐木さんと休憩をしたあの場所へ行くことにした。 あの場所には寄生虫の嫌う植物が生えていて、まあ、森の中では比較的安全だ。 改めて落ち着いてみると、外がとても寒いことに気がついた。 真冬の夜なのだから、当然と言えば当然なのだが。 「おにいちゃんはさ、まだおもいださないの?」 ふと、そんな問を投げかけられたかと思えば、一層頭痛が酷くなって────
海を眺める丘の上にて 〜姉妹の花屋(2)
「けほっ…ひゅ、ゴホッゴホッ!」 思わず咳き込んでしまった。 息はあがって、体には痛みと疲労が溜まっている。 対する寄生虫どもは、まるでそんな僕を嘲るかのように見下ろし、余裕にこちらを伺っていた。 あんにゃろう、あろうことか仲間を呼んだ。 二対一は流石に卑怯というものじゃなかろうか。 戦い慣れてる丘住みの僕だって、多対一、それも寄生虫相手となればかなり望みが薄くなる。 体勢を直そうとすれば、そこを見計らったかのように尻尾が振り下ろされる。 よろけながらも跳んで避けた。それは良かった。 「うぐっ…」 着地を失敗してしまった。 チャンスだとばかりに喜んで寄生虫が這いよってくる。 ギュッと目を瞑り、痛みに備えたその時だった。 “い゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っだああぁ!!” 耳を壊す気か疑うほどの声とともに、寄生虫が怯んだ。 見れば、目に園芸用ナイフが刺さっている。 「ごめんね、柳原くん!遅れちゃったわ…」 「姉さんが謝ることじゃないし、あんた何普通にやられてるわけ?正式な丘住みなんでしょ、ちゃんとしなさいよ!」 どうやら、彼女たちが助けてくれたようだ。 もう一度包丁を構え直して、3人一緒に寄生虫と向かい合う。 「本っ当、姉さんの仕事を邪魔するなんて許せない!ミンチにしてやるわ!」 …協力はありがたいが、恵梨花ちゃんはまだ修行中の身なのでできるだけ自分第一にしてもらいたいものだ。 さて、そんなことを考える暇はない。 “ぎぃぁ…この、ののの゛…げす、や゛ぁ゛” と、寄生虫に目をやった時。 1匹が、もう一匹を飲み込んでいるのだ。 「なっ…?!」 「あら……見たことない行動ね。」 普段余裕な優里花さんも、動揺した態度を見せる。 ごくり、と飲み込んだ方の寄生虫はこちらを向くと、先ほどとは比べ物にならないスピードとパワーで襲い掛かってきた。 先手必勝、とでも言うつもりだろうか? すかさず空いた腹を切りつけてやる。 その後はお互いに引かない戦いが続いた。 人数差は逆転したとはいえ、寄生虫と人間。 実力の差は明らかなものだった。 そのどちらも疲弊したころ、本当にまぐれだったのだけれど、僕の包丁が寄生虫の背に思いっきり突き刺さった。 固い殻の繋ぎ目に刺さって、不快な体液が飛び散って顔についた。 “ゆ゛る゛さ、ぁ゛ない゛い゛い゛…” 疲れきっていた体にはそれが致命傷だったようで、そのまま寄生虫は息絶えた。 …死に際に発せられた単語に聞き覚えがある。 いや、気のせいだ。 ふと出てきた邪魔な思考を振り払って、後処理をして、帰ることになった。 「ありがとう、二人とも……僕一人だったら、多分死んでた。」 「あら、そんな悲しいこと言わないで。結果的に今、生きてるんだしいいじゃない!」 「姉さんのおかげよ、感謝しなさい。」 通常運転の二人を見て、どこか安心した。 最近、変に思考が曲がって困ってしまう。 二人とも別れて、思い出のアトリエに帰った。 小鳥遊くんが怪我を治療してくれて、ご飯も用意してくれた。 ありがたくて、温かいと同時に、少し申し訳なかった。 寝る支度も済んで、ベッドに入ろうかと思った頃、外で誰かが転んだような音がした。 「!?……だ、大丈夫かな…」 冬場だし、とても心配になって、外に様子を見に行くことにした。 外に出ると、薄っすら雪が積もっていて、少し頭痛がした。 ツキ、と痛みに目線を下へやると、足跡が森の方面へ続いていた。 「…こんな時間に…?!」 大きさから見て子供、こんな時間に危ないどころの話ではない! まだ痛む身体も、頭痛も、見ないふりをして駆け出した。