P.N.恋スル兎
163 件の小説現代侍 最終章 其の31
そよ風の音が聞こえる程の静寂の中、突如耳を劈(つんざ)く轟音をあげて大地が揺れる。 もともと尻もちをついた体勢からそのままだった鞠家牡丹だったが、その振動に為す術なく、起き上がる事など叶わない。 「━━━━━━━っ!」 歯を食いしばることで精一杯で、声すらあげられない。 地面を割る程の地震は、さらに強くなってゆく。 (なになになになにっ……! やばいって死ぬってっ!) ボゴォッ! と。 徐々に大きくなる轟音と振動は、牡丹の足元まで轟き━━━━━━━━地面を隆起させた。 「キャァァァァアッ!」 臓器が浮く感覚。 『死』を意識するには十分過ぎる、刹那。 足元の地面とともに天高く突き上げられた牡丹は、何故自分が空へ突き上げられたのか理解できない。 それもそうだろう。 まさか、“地面ごと自分を喰らおうと巨大ワームが地面から現れた”など、この一瞬で余所者が理解できようもない。 そもそも“巨大ワーム”なんてものは、牡丹の住む世界には生息していないのだ。 今の牡丹は、その巨大ワームにとって、まな板どころか、既に舌の上の鯉。 ミミズにも似た姿と質感の巨体の先端には、しかしミミズにはない巨大な口と無数の牙が光る。 それが、今にも牡丹を丸呑みにせんとする勢いで襲う。 地面しか見えていない牡丹には、その姿は見えていない。 故に、わけがわからない。 理解が追いつかない。 転生してからおよそ三十七秒。 牡丹の冒険ファンタジーは、訳もわからず幕を閉じようとしていた。 のだが。 「よっと」 何者かが、恐怖のあまり目を瞑っていた牡丹を抱え、巨大ワームが土ごと噛み砕く寸前に飛び退く。 素早く、そして柔らかに牡丹を芝生に置くと、塔のように突き上がった巨大ワームに向かい飛び込み、飛び蹴りを繰り出した。 あまりの衝撃だったのか、地面から垂直に伸びていた巨大ワームは甲高い奇声とともに『くの字』に折れ曲がり、地面へと倒れ込む。 まるでビルが倒壊したかのような地響きと砂塵。 全てにおいて牡丹の理解の範疇を超えたスケールだった。 「大丈夫かい? 麗しき……ん『美』女っ」 牡丹の脳内に、『食い殺されかけた』という事実と、『助けられた』という事実がほぼ同時に押し寄せる。 牡丹の窮地を救った男は、屈強な上半身を惜しげも無く露わにした、格闘家のような風貌だった。 そして目尻に真っ赤なアイラインと、ウェーブのかかった長髪。 「あ、あ……」 声が、出にくい……。 「ありがとうございます……」 とりあえず礼の言葉は絞り出せた。 「ふふふ、無事でなにより。突如近くに現れた不思議な気配をもとに駆け付けたんだけれどね。遠くの方でも似た気配が点々と現れたんだけど、魔族の襲撃じゃないみたいで安心したよ」 「ここはどこで……あなたは一体……」 第一村人にしては濃いキャラクターだと牡丹は尻込みしつつ、恐る恐る状況把握に務める。 「まずキミから聞かねばならないことが山積しているが、ボクの審ん『美』眼が、キミに、害はないと告げているっ。だからこちらからキミの不安に答えよう」 男は傅くように右手を胸元に添え、軽く頭を下げる。 「ここはファルシア。ファルシア王国という。キミがどうやってこの世界に迷い込んだかは知らないが、違う世界という存在を、“ある男”から聞いて知っているよ。きっとキミも、『日本』という異世界から、遊びに来たのだろう? ボクの名前はガラハッド・ドミニカ。全ての女性の味方さ」 ガラハッド・ドミニカ……。 異世界……日本が? え、じゃあこれってまさか、本当に、異世界転生ってやつ? 見た目も中身もクセ者だが、この世界を生き抜くには、この男の助力は不可欠なのだろう……不本意ではあるが、一応味方だと言ってくれてるし……。 信用に……足るか……? 「なんだいそんなに見つめて……。おっと、もしやボクのこの肉体ん『美』に見とれているのかい?」 「……いやー……」 「美しくてすまないね。ボクの座右の銘は、『死ぬまで美しくあれ』!」 「………………」 濃。
現代侍 最終章 其の30
十二文字博士の転生実験は、およそ常人には理解の及ばぬ無数の化学式の構築と、無数の学術の上に成り立つ。 それでも、常人がわかる程度まで理屈を落とし込むとすれば、その仕組みは、ざっくりと言えばこうだ。 転生させたい対象の住む世界(いわゆる異世界)と現実世界を粘土のように歪ませ、繋げ、対象の魂が通る隧道(トンネル)を作る。 対象の魂を誘導し、呼び込む。 用意した肉体に宿す。 ……と、“HOW(どうやって)”を無視して説明すれば、こんな理屈になる。 転生を主眼に置いた彼の実験はつまり、副産物として異世界へ至る為の時空の歪みを作ることにも成功していた。 ならばその生まれる時空の歪み、トンネルを、現実世界の人間が通るとどうなるか。 十二文字の仮定では、一度微粒子レベルに分解された肉体は、トンネルを抜けた段階で再構築を開始し、肉体付きの異世界転生を可能にする、はずの計算となる。 「はず」とか「計算」とか表現が断定的でないことからもわかるように、この仮定は未だ実験段階をクリアしていない。 この柔剣道場での試みが初めてだとは、十二文字以外知る由もないことだった。 そんなところで。 天城才賀らの、命運や如何に。 ◇ ◇ 「━━━━━━うぁぁぁぁっ」 唐突だが、ファルシアという世界が存在する。 そこは現実世界とは次元を異にする、世界を異にする、異次元であり異世界である。 そこは、この物語において忘れてはならないかつての盟友の生まれ故郷であり、京都で立ちはだかった最凶の魔女の住処である。 絵に描いたような勇者の生まれ故郷は、絵に描いたようなファンタジー世界であった。 「いってて……」 わずかな浮遊感と、それに伴って失われた平衡感覚により、鞠家牡丹は地面に尻もちをついた。 幸い、そこは石でもコンクリートでもなく野草が生い茂る芝生であったため、うら若き臀部に致命傷を負わずに済んだ。 野草は野草でも、一面見たことも無い野草だったが。 「……ここは……どこ……?」 周囲を見回す牡丹だったが、広い草原が広がるのみ。 先程まで一緒だった者たちも、一人もいない。 あの柔剣道場でですら展開に置き去りにされていたというのに、ここに来て場面転換だと……。 ジェットコースターのような振り回されようである。 解説の無い“能”がずっと目の前で展開されているような、置いてけぼり感と言うべきか。 (他の章はこの辺で終わる文量だったぞ……?) 仮にここが道場ではないにせよ、一番の問題は、“誰もいない”ということ。 力強い侍も、心強い大人も、優しい彼も。 誰もいない━━━━━━━━━━ 牡丹の不安は一気に強くなった。 ━━━ただこの時の牡丹は、知らない環境と景色に警戒していたが、それでも、その姿勢は十分とは言えなかった。 一面に広がる草原。 青い空。 遠目に囲うように茂る木々。 外敵からの急襲を想定するには、牧歌的な情景かつ、見晴らしが良すぎた。 だから、牡丹は気付かない。 “直下”から、襲い来る恐怖に。 揺れる大地と共に、混沌は足下から這い寄る。
ポルノグラフィティを語りたい
最近、執筆意欲が低迷しているので、指慣らしも兼ねて、先タイトルの内容で語っていきたいと思います。 とはいえ、私が敬愛しているロックバンドを一方的に語るだけなので、読み物としては酷く退屈なものになるだろう事はここに注意として記しておかねばなりません。 重ねてとはいえ、今年のポルノグラフィティといえば、『僕のヒーローアカデミア』アニメ最終章のOP『THE REVO』をリリースしたり、ドラマ『良いこと悪いこと』の主題歌に『アゲハ蝶』が採用されたりと、メディア露出の多い年であったことには違いありません。 これを機に『へぇ、ポルノいいじゃん』みたいな方が増えることをひっそりと期待しています。 と言うことで、私なりに感じる彼らの魅力を、順序立てて語っていこうと思います。 まず最初の魅力は、多彩な曲調です。 第一に、ポルノと言えばで列挙されがちなタイトルで言えば、例えば『サウダージ』、或いは『アゲハ蝶』、『アポロ』、『ミュージック・アワー』、『ハネウマライダー』と、いずれも1999年デビューから数年間のタイトルが上がるかと思います。 ポルノの代名詞とも言えるのがこれらのアップテンポで盛り上がる楽曲達ではないでしょうか。 私もポルノにハマった初期は、これらの有名どころをエンドレスリピートしたものです。 これらが至高なのは間違いありませんが、私は、彼らのバラードも大好きなのです。 ポルノのバラード? と思う方も多いかと思いますが、隠れた名曲が沢山あります。 それも、この冬の時期に是非聴いて欲しい素敵なバラードが。 例えば『ゆきのいろ』。 しんみりとした静かな冬の夜に、落ち着いた静寂と仄かな温もりを与えてくれる、珠玉のウィンターソングです。 ボーカル岡野さんの優しい歌声に、雪の儚さと冬の温度感を見事に表現した詩。 聴けば聴くほどハマっていく一曲です。 例えば『この胸を、愛を射よ』。 真っ直ぐな“愛”を歌った楽曲でありつつ、一言も“愛してる”という言葉を使わずに『これぞ愛』を歌い続けるとても温かい一曲。 最後の『ほんの少し勇気が必要な時は、いつだって君のほんの少しになろう』という歌詞が好きです。 例えば『ライン』。 この一曲は、打って変わって失恋ソングです。 友情と恋心の狭間で悩み苦しむ青少年の、青い恋を歌った物語です。 このタイトルは、あのアプリの『LINE』ではありません。 『ライン』のリリースが2006年で、『LINE』の開発開始が2011年だそうです。 この曲で言う『ライン』とは、つまり『境界線』。 『友達』というラインから越えられないまま押し殺した恋心を歌っているのです。 なのに二番の歌詞には『暗い部屋の隅、ぼんやり光る液晶に浮かぶ、君のアドレス』という歌詞があります。 きっとパカパカのケータイなんでしょうけれど、僕らが今当たり前に操る『LINE』にも余裕で重ねることが出来る表現で、現代の思春期にもちゃんと刺さると思います。 とまあ、まだまだありますが、特に好きな楽曲はこの辺りです。 このように、テンションの上がる楽曲もさることながら、しんみり浸れるバラードも充実しているのが、ポルノグラフィティの魅力の、ひとつなのです。 お次の魅力は、小説のような歌詞です。 ポルノの楽曲の歌詞は、洗練された言葉が凝縮されています。 例えば『オー!リバル』。 これは、劇場版名探偵コナン業火の向日葵の主題歌になった名曲です。 映画自体、キザな怪盗キッドが活躍する映画なだけあって、この楽曲も余すことなくキザかっこいい歌詞が続きます。 歌い出しなんて、『肌を焦がすような南風が吹いた。ほんの少し喋りすぎた。さぁ始めよう』ですからね。 カッコよすぎますね。 こっから情熱的なラテン調全開のリズムで展開されるリバル(ラテン語でライバル)との掛け合いもまた……。 私の中の一位を争う一曲です。 例えば『THE DAY』。 アニメ『僕のヒーローアカデミア』一期のOP曲です。 劣等感や焦燥感にもがき抗う主人公を投影した歌詞の完成度は、感動すら覚えます。 歌い出しのサビで『非常階段で爪を噛む』主人公が、最後のサビで『非常階段で爪を研ぐ』と、心構えが変わっている様子の表現力に、脱帽を禁じ得ませんでした。 マニアックなところで言えば、『元素L』。 読み方は“エレメントエル”って読みます。 文字通り、何かを元素という比喩で歌った楽曲です。 何かと言うと、『愛(LOVE)』です。 『愛の言葉はねぇ、胸の深くでは酷く不安定なエレメントで』『空気に触れて、君へと届いて、強い力で反応する』。 どうしたらこんな歌詞が出てくるんでしょうか。 オシャレですねぇ……。 とまあ、挙げればきりはありません。 中には、そのまま小説にできるような、物語調の歌詞も沢山あります。 いずれ私が挑戦したいのは、『カルマの坂』です。 ポルノファンなら誰しも推す、“ポルノの物語曲”の代表格ですので、小説好きの皆様も一度視聴してみてください。 ただこれを文章に落とし込むのは、理解力が試されて難しいのなんのって。 最後の魅力は、衰えない歌唱力。 彼ら50歳超えてるんですけど、ボーカルの岡野さんは、年々歌唱力が上がっているという化け物なのです。 ライブでは最初から最後まで声を枯らすことなく音源のような正確さで音程の高い楽曲を歌い続けるタフさ。 それに加えてステージ上を走り回ってますからね。 はっきり言って異常です。異次元です。 最近驚かされたのが、アニメ『僕のヒーローアカデミア』最終章のOP曲となった『THE REVO』が、私の知る限り彼らの楽曲の中で最も高い音域のある楽曲なのです。 まだそんなに出るのかと。 そろそろ歌いやすい曲出してよと、思わなくもありませんが、それほどに健やかに音楽活動できているということで、大変喜ばしいことだと思います。 平成の終わりごろに、人生で二回目のポルノグラフィティのライブに行った時、ボーカルが『今更ボイトレに通い始めた』とか言っていました。 プロってすごいなと思いました(月並み感)。 とまぁ、こんな所で。 たぶんまだ語ろうと思えば10倍は語れるんでしょうけれど、指が疲れたのでこの辺にして。 溜まっていたフラストレーションは、それなりに解消された気がします。 後は定期的に、過去にノベリーでノベライズしたポルノの楽曲を再浮上させてみようかなと思います。 手始めに、あの、大好きなクリスマスソングを……。 それでは、ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
輪廻の先で、あなたとともに。
地上は、既に人類が生きていける環境ではなかった。かつてのライフラインは全て滅び、インフラは崩壊し尽くした。 人類は飢えを凌ぐ術を持たず、弱き者はただただ餓死を待ち、力ある者は奪い合う事しか出来なかった。 私はそんな世界で、アスファルトが剥がれた悪路を、杖をつき歩いていた。かつて愛した女から受けた裏切りを胸に秘め、変わり果てた世界を歩く老爺の姿は、老いぼれながらも生にしがみつく、醜く滑稽なものに見えることだろう。 今も脳裏には、女との愉快な日々が、昨日の事のように鮮明に蘇る。 甘く、二度とない、夢のようなひととき。 それが今はなんだ。失われた生気、筋力、思考力。変わり果てた世界。約束を反故にした代償にしては、地獄が過ぎる。 私は水を求めて彷徨っていた。この先に確か小さい湖があったはずだと、記憶している。何年前の記憶かは、もう定かではないが。飢えた人間をまばらに見かけるが、誰も私の事など見向きもしない。ほぼ裸のような姿をした骨ばった老人が何か食料を持っているなどと、誰も思わないのだ。無論、持っていない。必然、私を見て涎を垂らす者は、死肉で肥えたカラスだけとなる。 こいつはもう死ぬな、と、品定めする目を向け、汚い声で煽る。こいつらからしたら、さぞ楽園なのだろう。この、屍に充ちた世界は。 無作為に延びた雑草を掻き分け、蔦の絡む木々を躱し、私はひたすらに歩いた。 たとえ、この脚が無くなろうとも。たとえ、この腕がなくなろうとも。たとえ、地を這いずるしかできずとも。この命尽きるまで、惨めに生きてみせよう。 そうすれば。そうすれば。そうすれば。そうして生きていれば。 また、貴女に逢えるかもしれない。 それだけが、私の希望だった。 ふと、渇いた肌に湿度を感じる。感覚が鋭敏になった肌が、近くに水があると感じているのだ。 「……あ、ぁぁ……」 草木が拓けた先に、遂に美しい湖が広がる。 私は感動の声を上げた。否、上げたつもりが、もはや言葉を発するだけの灯火すら、残されてはいなかったようだ。 折角、辿り着いたというのに。 美しい湖を眼前に、私は尽き果てるのか。 なんと、惨めで憐れな最期だ。伏した身体は、もう一切の力を込めることも叶わない。 「………………」 最期を受け容れた私の身体に、異変が起きた。 私の手足はみるみると人間のそれを逸脱した形状へと変わる。骨ばっていた身体は起伏に富み、その骨すらも不要だと言わんばかりに変形し、縮小を続ける。 不愉快な音をたてながら、一度朽ちた身体は、別の“何か”へと、姿を変えてゆく。 『━━━━この箱を、絶対に開けてはなりません』 貴女は、あの時……なんと言っていたか。 『ヒトとして生きたいのであれば、絶対に開けてはなりません』 失われていた記憶が、蘇る。 欠けていた会話の断片が、再生される。 『地上に絶望し、生に絶望した時に、この箱をお開けください。あなたは人としての生を終え、新たな生命として、生まれ変わります』 新たな、生命……? 『ヒトは一時的にしか竜宮城には居れませんが、ヒトでなくなれば、その限りではありません』 それって……。 『あなたがもし望むのならば。願ってくださるのであれば。わたしはここで、あなたをいつまでもお待ち申しております』 頬を赤らめそう告げた彼女を、今更、鮮明に思い出す。 そうか。これで、良かったんだ……。 どうして、忘れていたのだ。 あの、美しく、愛おしい会話を。 「…………(いま、行くよ)」 言葉はとうに失ったが、私の瞳には、新たな希望が宿っていた。 生まれ変わった私は、湖に向かって再び這いずり始める。ヒレと化した手足を不慣れに使い、甲羅で重い身体を少しずつ動かす。 私を迎えるように、湖は光りだした。それは、荒廃した世界との別れを強調させるような、神々しく、美しい光だった。 その光に導かれるまま、この身体は、水の中へと沈んでゆく。 “━━━━━あぁ、帰ってきてくださったのですね” “━━━━━うん、待たせたね” fin.
三匹だったこぶた
前回のあらすじ。 オオカミに狙われた三匹の子豚。 長男作の藁の家、次男作の木の家が破壊されるも、末っ子が作った頑丈なレンガの家でオオカミを撃退し、三匹の子豚はその家で、仲良く暮らしましたとさ。 あれから一年━━━━━━━。 「固定、資産税……?」 督促状と書かれた大仰な紙には、確かにそう書かれていた。三匹の子豚にはなんの事か分からなかった。それもそのはずである。今までは、税金とは無関係の生活を送っていたのだから。 三兄弟は、ものの見事に全員が無職ヒキニートであった。 もちろん収入はない。野草や木の実、きのこなど、生きる上での食料は自然界で賄えた。 「どどど、どうする? アニキ……」 次男の豚二郎が声をうわずらせ長男の豚郎に訊ねる。 「まさか家の維持に金がかかるなんて……」 豚郎は呟く。額には脂汗がにじみ出る。 「うちにお金なんかないよう」 三男の豚三郎は、頭を抱える。 ドンドンドンドンッ! 唐突に、レンガ造りの頑丈な扉を叩く音が響く。 「豚郎さぁん、豚二郎さぁん、豚三郎さぁん。居るのはわかってるんやでぇ?」 来訪者は、ぐるると低く喉を鳴らして、ドスの効いた声でそう言った。 「兄さんらぁ、義務は果たしてもらわんとぉ。ウチらも出るとこ出ないけんなるんすわぁ」 「は、払います! 必ず払いますので、もう少しだけ猶予を……っ」 豚郎はドア越しの来訪者に対して、四足をついて頼む。豚二郎も豚三郎も、部屋の隅で震えることしかできない。 「はぁ? ドア越しに頼み事たぁ、随分舐められたもんですなぁ。そら兄さん、スジ通ってないんは、聞ける頼みも聞けへんで?」 「わ、分かりました……」 恐る恐るドアを開ける豚郎。ドアを開けた先に立っていたのは、かつて撃退したあのオオカミだった。 「っ……! お前は……!」 「おっとぉ。今日はお前らを喰いに来たワケやない。わしもあれから定職に就かせてもらっててなぁ。仕事としてここに来たんや。茶はいらんから、まあ、座って話そや」 かつての荒々しさの消えたオオカミはそう言うと、黒いハットとトレンチコートのまま、室内へと侵入る。 そしてどか、と、リビングのソファに腰を落とした。 「ほらぁ、豚郎さんも座って、座って。わしだけ座ってるのもバツ悪いでしょ」 「は、はい……」 促されるまま対面のソファに腰掛ける豚郎。オオカミはそれを見届けるとわざとらしく咳払いをする。 「えー、豚郎さんらには、国民の義務ゆうんを、しっかりミミガー揃えて払って欲しいんですわ」 「はい……でも」 「あーはいはい、兄さんらに金無いのは判る。ただ今から汗くせ働いてもろてちまちま返してもらう余裕もこちらにはない。こうなってもうたら、もう手段はひとつや」 オオカミは、鋭い鉤爪を隠そうともしない指を、豚郎の前に立てる。 「カラダ、売ろうや。なぁ? 豚郎はん」 ごくり。と、オオカミはイタズラに喉を鳴らす。 「……あ、アニキ……」 「…………」 「今年の支払いは、三匹のうち一匹の身ぃひとつで手ぇ打ったろ言うてんねや。悪い話やないでぇ?」 なんせ、三匹も居るんやから。 と、溢れ出るヨダレを抑えながら、オオカミは続ける。 「………………」 俯く豚郎の鼻から、ぽたり、ぽたりと脂汗が滴り落ちる。 「わしも昔みたいな粗野なオオカミやない。身ぃ委ねてくれたら、痛ないように飲み込んだる」 柔らかく目を細め、囁くように語りかけるオオカミ。まるで、口説くように。 惑わすように。 「……アニキ……ダメだ」 豚二郎が声を振りしぼる。が、もう、豚郎には届かない。 「…………分かりました。私をお召し上がりください」 「…………ええ返事や」 すっ、とオオカミは立ち上がる。豚郎も、ゆっくりと席を立つ。そしてオオカミに着いて行くように、ドアの方へ歩く。 「アニキ!」 「兄ちゃん!」 豚二郎の目にも豚三郎の目にも、滝のような涙が。 「……はは、泣くなよ、お前ら」 もちろん、豚郎の瞳にも。 「出来の悪い兄貴でごめんな……。お前らはちゃんと働いて、しっかり固定資産税を払って━━━━━」 ここで豚郎は、力なく笑う。 「━━━━生きろよ」 「アニキぃぃいい!」 「にぃちゃああああああん!」 強固なドアが、無情な音を立てて、閉まる。 まるで彼らの、今生の別れを告げるように。 三匹だった仲良し子豚の兄弟は、この日から二匹に。 税金という悪夢が見せる、最悪のシナリオ。 そう。この物語は、かつて三匹だった子豚の、物語。 END
現代侍 最終章 其の29
突如として現れたのは、かつて政府の命により非人道的な転生実験を行っていた、マッドサイエンティスト━━━否、そのかつての被検体を経て、宮本武蔵の完全体を現代に顕現させた、現在進行形の黒幕、十二文字博士(じゅうにもんじひろし)。 天城才賀の体に令和丸が宿った元凶であり、京都大戦において才賀達と共に魔女と立ち向かった男である。 かの大戦後、自分が生み出した被検体達が自らの意思で帰還したあとの彼が何をしていたかといえば。 既に政府の後ろ盾もない彼は、ほぼ個人的な趣味で、自分の研究を完成させてしまった。 転生の課題だった座標を克服し。 最強の肉体の量産化を実現し。 強固で精密なコントロール性能を発揮できるように改良した。 被検体(サンプル)を経て実験は実を結び、好きな魂を己のコントロール下で完璧な肉体に転生させることができる。 いまや、十二文字の思想次第では野放しにすることこそが日本の危機と言ってもよいだろう。 そんな彼が、ここに現れた理由。 コントロール下におけたはずの完全体宮本武蔵を、あえて制御せずに転生させ、佐々木小次郎の回収役に抜擢し先行させた理由。 「間に合った、間に合った。二人とも、“まだ生きておるな”」 二カッと、不気味な笑みを浮かべたと思うと、十二文字は、懐から、キューブ型の『何か』を取り出した。 それは才賀でさえも、知らない道具だった。 「何だこの爺さん」 と、天城才一郎。 「何の真似だ」 と、令和丸。 「い、嫌な予感」 と続くのは、天城才賀。 「なになに、もうこれ以上知らない人増えないでよぉ」 と、最後に鞠家牡丹。 「宮本武蔵殿。彼の願い、聞き入れる気は無いかのう。儂も観とうてのう、お主等の、真剣勝負」 そう言うや否や、キューブがにわかに光り出す。 まるで、令和丸に対するその問いに、答えなどはなから求めてはいないかのような流れるような動作。 事実、求めてはいなかったのだろう。 この、利己的なマッドサイエンティストは。 はなからどこの誰にも、彼の『実験』に対し、拒否権を有しない。 「素敵な舞台を用意した。本当は実在する巌流島に転移させたかったんじゃが、今の技術で出来るのは『瞬間移動』ではなく、『異世界転生』じゃからの。この道場の人間をゲストに、二人を儂のお気に入りの世界に招待しよう」 十二文字はそう言うと、右手に把持しているキューブを高らかに掲げた。 瞬く間に謎のキューブから放たれる光は道場を包み、世界を目が眩むほどの白に染め上げる━━━━━━。 「その世界の名はファルシア。名だたる異能が蔓延る、絵に描いたようなファンタジーワールドじゃ」
現代侍 最終章 其の28
そして時は、“現代(いま)”に戻る。 逢刻高校の年季の入った板張りの道場には、現代には似つかわしくない、まるで時代錯誤な光景が広がる。 道着を着た少年と、ジャージ姿の少女。 制服姿の少年に、壮年の男。 その光景を時代劇よろしくアンチ令和たらしめているのは、それらの者たちではなく。 道場の中央で制圧劇を繰り広げる、血と刀の時代を生きた二人の伝説の侍である。 天城才一郎の言う策が、プロセスは違えど、結果的に功を奏したと言うべきなのだろう。 もはやあれは、“策”と言うより、“賭け”みたいなものだと、才賀は聞いて思ったが。 『奴がこの街まで辿り着いているということは、お前らに到達するのも時間の問題だ。寧ろ、もう既にお前の知り合いくらいには辿り着いている可能性もある。多少暴れても問題ない広い空間で奴を待つんだ。そこに俺が万全の警備を張る』 目の前に拡がる光景を見て、才賀は“策(ギャンブル)”の内容を、思い出す。 ━━━━こうも予定通りやってくるとは。 それも、実行した即日。 才一郎には、何が見えていたというのだろうか。 万全の警備と言っていたものの、今日一日学校に居て、違和感には気付けなかった。 怪しい大人の姿も、防護柵も、見当たらなかった。 それもそのはず━━━━いち高校生でも勘づける警備など、鋭敏な感覚を有する侍相手に通用するわけはない。 才賀は自分の父親のことを一般人だと称したが、この手際は、十分、常軌を逸していた。 それに━━━━才一郎の持つ、拘束具。 もはやそれは、手錠などという生易しいものではない。 手首の拘束のみを目的としない、無骨なデザインである“それ”は、一体何処で何を拘束する道具なのか、もはや検討すらつかない。 人間を想定している拘束具にしては、強度が過ぎる。 「宮本武蔵に佐々木小次郎━━━本物なのかよ、マジで。お目にかかれて光栄の極みだぜ」 「……っ!」 既に状況は、詰んでいる。 リベンジを希う佐々木小次郎にとって、その願いは叶えられず、為す術なく、現代から排除される。 それほどに圧倒的な力の差を、宮本武蔵に示されてしまった。 「………ち、畜生………っ! 畜生…………っ」 その瞳には━━━涙。 「俺が……! どれ程の無念で……! どれ程の後悔で……! 貴様の事を探していたか解るか……!」 その悲痛なる叫びが、道場に反響する。 「もう一度……、もう一度……! 機会をくれ……! 宮本武蔵ぃぃ! 俺と、俺ともう一度決闘しろぉぉぉぉ!」 命と命の奪い合い。 かつて巌流島の闘いで繰り広げられた決戦の内容には諸説ある。 正々堂々と呼べるものだったのかという疑惑の声もあれば、宮本武蔵の最強伝説を裏付ける名勝負だったとする記録もある。 その戦いの全容は、勿論、令和丸と体を共有し、記憶を共有した天城才賀も把握している。 歴史を、文献ではなく追憶で理解している。 『正義なんてものは、立ち位置で変わる』 いつだったか父に言われた、数少ない教えのひとつ。 令和丸の主観で見たあの決戦と、佐々木小次郎から見たあの決戦もまた、全く違う意味合いを持っていたのだろう。 その無念は、この場にいる誰にも、計り知れない。 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………」 この場にいる全員が、その叫びに、呑まれ、言葉を失う。 しかし、ここは大人代表、才一郎が、静寂を割る。 「気持ちは分かる。だが━━━」 「ほっほっほっ、間に合ったかのう」 役者は揃っていなかった。 この物語の黒幕は、最後の最後にも、波乱を招く。 十二文字という老獪な老害は、空気も読まず、水を差す。
現代侍 最終章 其の27
才賀の父、才一郎は、真剣な眼差しと圧倒的な威圧感で、才賀にそう、“命令”した。 鋭過ぎる、ともすれば殺気すら篭もる有無を言わせない語気。 それに対して天城才賀は、 「ごめん、お父さん。それは出来ない」 即答で一刀両断した。 「…………んだと?」 才一郎は、まるで息子から拒否の言葉を聞いた事が無いかのような予想外のリアクションをとる。 実際、ゼロとは言わないまでも、才賀がここまで大きくなるまでに、そんな場面はほとんど無かったのだろう。 徐々に、そして明らかに溢れ出るイラつきを隠そうともせず、才一郎は続けた。 「親の命令に従えねぇってか? 遅せぇ反抗期だな」 「反抗期じゃない。これに関しちゃ、僕の方が当事者だ。大人とか子供とか、父親とか息子とか、そういう次元の話じゃない」 才賀は、先程までの萎縮具合が嘘かのように、淡々と説得し始める。 この件は、令和丸から頼まれた依頼。 親の命令ごときで放棄できるほど、令和丸との約束は軽くない。 本物の侍相手に、そんな仁義の欠けた真似は、できない。 「…………」 才一郎は一旦口を紡ぎ、息子の言葉を待つ。 「さっき話したとおり、僕はお父さんが仕事で居ない間に、色んな経験を経て、色んな大人を相手取った」 僕が相手取ったのは警察よりも上に位置する組織、政府の人間だ、と、続ける。 「今回の件は確かに傍から見たら危険だけれど、僕“達”にすればその過去の経験の後始末に過ぎない」 才賀の覚悟の籠った言葉は、止まらない。 「宮本武蔵が僕の中に居た時に得た剣術。人外の怪物達を相手取った経験。そのどれも、お父さんにはない、僕の力だ」 そして、この件に必要なのは、“そういう力”。 「だから━━━━━今回に関しちゃ、お父さんの方が、一般人で部外者なんだよ」 「……………………………………………」 果たして、父親は。 「……言うじゃねぇか、才賀のクセに」 ふっ、と、表情の力を抜いた。 「お前の覚悟は伝わったよ。俺の負けだ。もうお前を子供扱いはしねぇ。ただしこっからは大人同士━━━━否、男同士の“交渉(ネゴシエーション)”だ」 交渉。 父親は息子に対しそう持ち掛けた。 ともすればその言葉は、“命令”よりも難易度の高い提案かもしれない、と才賀は思う。 脳死で従えばよい命令とは異なる、それこそ“大人扱いだからこそ”の、“手段(カード)”。 どんな条件を飲む羽目になるのだろうと、才賀は息を飲んだ。 「お前は引き続き奴を追えばいい。その代わり、この件に俺も噛ませろ。それが条件だ。飲めるってんなら、いい策がある」 そう言う才一郎の表情は、悪巧みを考える悪ガキのような、好奇心に満ちたそれであった。
現代侍 最終章 其の26
「才賀てめぇ、おもしれぇ事に首突っ込んでるみてぇじゃねぇか」 容赦なく息子を、自分が座るソファではなく、ローテーブルを挟んだ対面に正座で座らせる天城才一郎。 ニヤニヤと不敵な笑みを顔に貼り付かせたまま、全てを見透かしたように、そう口火を切る。 本当に、久闊を叙する暇も与えず、いきなり話しづらいところから切り込んでくる。 この人は。 「…………おかえりなさい、お父さん」 「まぁそう構えんなって。別に責めてるわけじゃねえ」 この構図を客観的に見て、責められてないと思う方が困難だろうと才賀は脳内で突っ込むが、言葉には出せない。 どこまで知っているのかさえも悟らせないで、「お前の事など全てお見通しだ」と言わんばかりの態度で話すこの父親の話術は、いわゆる職業病な所が大きいのだろうが、犯罪者でもない息子にとってはたまったものではない。 取り調べを受けている気分になる。 「少し見ないうちに、逞しくなったじゃねぇか。自殺企図をしたと聞いた時にゃ、本当に俺の息子かと心配になったが、今のお前の姿を見て安心したぜ」 「…………」 息子に対する心配の仕方がデッドボールくらいズレている。 そう、この親父は、僕が病院で死の狭間を彷徨っている間も、顔を見には来ていない。 来て欲しいとも思わないが、そのくせ会った時にはこうして父親面するものだから、タチが悪い。 仕事人間というか、立場が立場なのだから仕方ないと言えばそれまでなのだが、親として失格だと言われても仕方がないと思う。 その点は母の立ち回りで今までやってこれた節が強い。 「……で、今は一人なのか?」 どこまで知っているのか分からない父親は、息子にそう切り出した。 「……と言いますと」 「とぼけんな、めんどくせぇ。侍の事に決まってんだろ。俺の訊きたい事を察して、全て話せ」 「っ……」 無茶を言う。 今の時代こんな上司がいたら即刻パワハラで訴えられるだろうに、警察という組織が未だに旧態依然なのが、この人を見ているだけで透けて見えるようだ。 「宮本武蔵は、今どこにいるのかって訊いてんだよ」 シニカルな笑みを貼り付けていた顔から、一瞬で表情を消す才一郎。 「……今は別行動してるよ」 「ふぅん? ってぇことは、二重人格的な形でお前の中にいる訳じゃあ無ぇってことか」 「……本当に、どこまで知ってんすか」 才賀は渋々自殺企図から始まった侍との出来事を、かいつまんで説明することにした。 前の高校のいじめから始まり、北海道での冒険、京都での大戦。 そして、この街で起きている事の背景。 令和丸から聞いた、自分の知る全てを、犯人のように、洗いざらい白状していった。 「━━━━って事で、今は宮本武蔵と二人で通り魔の行方を追ってるの」 「…………」 才一郎は黙る。 「……そのおもしろ冒険譚を信じろってか」 「お父さんに嘘つくならもっと現実的な嘘にするよ、流石に」 「だよな……ったく、それで宮本武蔵を追っているってか、あの侍。佐々木小次郎だってんなら、そらそうだわな」 ……“あの”侍? 「え。お父さん、そいつに会ってるの?」 「まぁな。ちなみにこの街に帰って来てから最初に会話した人間だ」 この人もこの人で、“持ってる”ようだった。 面倒事に巻き込まれやすい体質は、遺伝によるものなのかもしれない。 「よし。才賀」 才一郎は、改まって才賀の名を呼ぶ。 「ここから先は手を引け。そして俺に任せろ。これは命令だ。日本警察として。そして何より、お前の父として。子供が関わっていい範疇を、ちゃんとしっかり超えていやがる」
現代侍 最終章 其の25
翌日。 天城才賀と令和丸は、通り魔探しに出発する。 事態は急を要する。 休み慣れたベッドで休む暇も、温かい湯船に浸かる暇もない。 今日中に見つけ、そして、捉える。 「そう言えば、母君には連絡しなくて良いのか?」 「大丈夫だと思うけど、そうだね。一応連絡しておこっか」 まだ未成年の無断外泊となれば、元警察官の母は黙っていない。 ……という程でもないけれど、一応の筋として、通しておいて損はないだろう。 過剰に心配するタイプでは、もうない。 それはきっと、僕が変われたから。 「そう言えば御主から、父親について聞いた事はなかったな」 「あぁ、父さん? 大丈夫、健在だよ。単身赴任でほとんど帰ってきてないから、ここ数年会ってないけどね」 「そうか。母君は元警察官だったな。父君は何をしているんだ?」 「警視庁の警視監。日本警察トップの警視総監の一つ下」 ◇ ◇ 二人は一日中通り魔の捜索を続けるも、中々手掛かりを掴めず時間が過ぎ、十五時を回った。 因みにその時鞠家牡丹は、天城家にお邪魔していた。 「もっと大胆な奴かと思ったら、思ったより忍んでいるのだな」 令和丸と天城才賀の二人は、見晴らしのいい高層アパートの屋上に腰掛け、小休憩を挟む。 「……転生者って、同じ転生者の気配が分かるんじゃないの」 「あれは勇者が言ってた事だろう。残念ながら俺には分からぬ」 「そっか」 「それはそうと、巻き込んだ手前訊きにくいが、御主学校へは行かなくて良かったのか?」 「大丈夫、病欠にしてって母さんに頼んでるから。流石に明日くらいからは行かなきゃだけど」 「ならよいが……」 「もとより転入してきてる僕に、皆勤賞とかないし」 「正直、急な依頼故に、もう少し説得に時間がかかるものだと覚悟していた」 一日中歩き回り、流石に顔に疲れを見せる才賀を気遣うようにして、令和丸は言う。 「二択の決断に時間かけるほど、もう僕は優柔でも不断でもないよ」 かつての幼さが消えた柔らかな笑みで、才賀は言ってのける。 大きくなった。 令和丸は、素直にそう思った。 見た目の話だけではもちろんない。 あの、全てを諦観していた弱き日の少年の姿は、もうない。 「母君が安心して放任するのも頷ける」 「放任って」 「ところで、母君から返事はあったのか」 「んー、えっと……」 令和丸に言われ、才賀はスマホの通知を確認する。 どうやらかなり前に返信は来ていたようだった。 「『父帰省、顔見せられたし』……えっ」 返ってきていた返信を見て、少年は固まる。 「父さん、帰ってきてるって……」 「なんだその嫌そうな顔は」 「いやぁ……、父さん、熱血というか苛烈というか」 「嗚呼、不得手そうだな」 「僕が落ちこぼれたのも、父の教育方針の反動だし」 はぁあ、と才賀は深いため息を吐く。 幼い頃に植え付けられた苦手意識は、そう簡単に克服できない。 「とりあえず今夜家に一旦帰る。帰らなかったら帰らなかったで面倒だ」 「同伴してやろうか?」 「……流石に結構です」 ◇ ◇ そして日が暮れ、才賀は自宅の玄関を開ける。 時刻は二十時十分。 およそ一日半ぶりの帰宅であった。 「ただいまぁー……」 おそるおそる、単独で自宅へと足を踏み入れてゆく才賀。 「よぉ、不良少年。まぁ、座れや」 リビングのソファに横柄に鎮座する才賀の父、才一郎は、感情の読めない不敵な笑みを浮かべ、そう言った。