P.N.恋スル兎

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P.N.恋スル兎

嫌なことは嫌々やれ。 好きなことは好きにやれ。 名前は、兎年から始めたのと、DoDが好きなのと、ポルノグラフィティが好きなのでそこから取ってます。

現代侍 最終章 其の34

「この世界は最近まで、魔族軍の支配下にあった。それは、長老の話の通りだよ」 ガラハッド・ドミニカは鞠家牡丹に語り始める。 ここは集落の奥にある温泉━━━━━━ではなく、集落唯一の宿、その一室である。 「今が平和なのは、勇者一行が魔王を討ち取ったからさ。先般の人喰いワームみたいな生態系由来のモンスターも居れば、弱体化したとは言え魔族もまだ生息はしているから、全くもって安全かと言われると、違うんだけれどね」 「…………そうなんだ」 そういう━━━━世界観。 道中で見かけた、見たことない生き物達。 不思議な気候、不気味な植物。 治安から法律から何から、牡丹の住む世界とは異なる。 「日本は安全なところなのだろう? そこと比べてしまえば、この世界はまだまだ危険だよ」 「そう言えば、日本にかなり詳しいけど、なんで?」 日本のことは“ある男”から聞いていると言っていたっけ。 なら、私と同様にこちらに転生してしまった日本人が過去にいるということなのだろうか。 「ついこの前まで、勇者アーサーが日本に転生されていたのさ」 「……………え?」 逆に? 「されていたってことは、戻ってきたってこと?」 「ザッツライト。帰ってきたアイツから日本について熱弁されてね。あと、『サムライ』についても熱く語っていたものさ」 「!」 勇者の逆転生がつい最近の話なら、そのワードが出てくるのはおかしい。 “普通なら”、日本にはとっくに侍なんて生き物は居ないのだから。 しかし牡丹は、ここ最近まで日本に居た侍を知っている━━━。 ドミニカの話しぶりから、勇者という人は日本や侍に好意的に感じているようである。 つまりその侍って━━━━。 「その勇者の話してた侍って……宮本武蔵……?」 「あー、確かそんな名前だったかな」 なんだ、この、偶然は━━━━否。 これは、偶然ではない。 仕組まれた、必然。 さすがの牡丹でも、その気持ち悪さは感じることができた。 この世界に来る前に道場に現れた、黒衣の老爺。 令和丸の件も、この勇者の件も、天城才賀が失踪した件も、この異世界転生の件も、あの男を中心に起こっているものと考えると、辻褄が合う。 あの時突如姿を消した天城才賀は、令和丸だけじゃなく、異世界の勇者とも関わっていたということか。 「めちゃくちゃだ……」 コンコン、と━━━━━部屋のドアを叩く音がした。 「ドミニカ様。牡丹様。少しよろしいでしょうか」 ━━━━それは女の声だった。 「あ、はい」 牡丹はその声に応じ、身を乗り出す。 ドアを開けるため、近づこうとした牡丹を、しかしドミニカは、沈黙のまま片手で制した。 「…………?」 「何の用だい?」 「……………………」 ドミニカの問いに、ドアの向こうからは、返事がない。 「……ねぇ、ドミニカ、これってどういう」 「しっ」 「ドミニカ様。牡丹様。少しよろしいでしょうか」 「え……」 「ドミニカ様。牡丹様。少しよろしいでしょうか」 「「ドミニカ様。牡丹様。少しヨロシイデショウカ」」 「「「ドミニカ様ァァ。ぼぼぼたん様アアアあああああっ!」」」 壊れた機械音のような金切り声が響いた瞬間、ドス、と、ドアに鋭利な爪が生える。 否、もちろんドアに爪が生えた訳ではなく、ドアの向こうから、爪で貫いてきたのだ。 その鋭さ、そして大きさから察するに、普通の人間でないことは明らかだった。 牡丹が近づいていたら、ドアごと貫かれていた。 「ひっ!」 「魔族の襲撃だ」 『ヨンデンダカラハヨアケロヤアアアアアアアッ!』 ドアが完全に破壊され、文字通り木っ端微塵に吹き飛ばされる。 「ぎゃあああああああああ!」 牡丹は叫ぶ。 ドミニカは風圧から牡丹を守りながら、思考を巡らせていた。 ここまでの魔物の侵入を許したということは、集落の人間はは無事か? 戦闘となれば、この建物の破壊は免れない━━━。 現れた魔物は人型をしていた。 肌は薄黒く、額から伸びる1本の角。 背中には禍々しい翼。 まさに悪魔のような姿。 「…………おかしい」 ドミニカは疑念を抱く。 その禍々しい姿に、ではなく、その内包された魔力量に。 なぜ、この知能レベルでこの魔力量を有している━━━? ━━━━━━まさか。 「君は下がっていてくれ。━━━花王拳━━━」 兎に角この魔物を殺す。 状況整理はそれからだ。 「━━━舞狼涅(ぶろうね)!」 瞬間的に魔物との間合いを詰め、繰り出される目にも止まらぬ蹴りの連撃。 重い一撃で吹き飛ばしてしまえば、この建物へのダメージも甚大となる。 この連撃は、無数に繰り出した蹴りを槍のように相手に突き刺す技。 インパクトは最小に、殺傷能力は十分。 建物の損壊も、最小で済む━━━。 「ぐおぉぁぉぉああああっ!」 魔物は、体に無数の風穴を空け、崩れるようにその場に倒れる。 そして炭化し、床に焦げ跡のような痕跡を残し、霧状化して消えていった。 「…………」 ごくり、と。 死の危険を間近で感じた牡丹は、固唾を呑む。 「牡丹ちゃん」 ドミニカは言う。 「緊急事態だ。悪いが荷物を纏めてくれ。後で詳しく説明するが、恐らく━━━━━」 圧勝を収めた者の顔とは思えない、冷や汗の滲む表情で。 「━━━━━新たな魔王が誕生した」

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現代侍 最終章 其の34

【BGN】鬼ヶ山【峠の鬼】

今は昔。 何人の立ち入りも赦さぬ、鬼が棲むと云う山嶺が存在しました。それは嘗(カツ)て、人里に害を為し、或る豪傑により住処を追われた鬼達が亡命の先に辿り着いた、名を鬼ヶ山(オニガヤマ)と呼ぶ死の山嶺。 麓(フモト)の人里に代々言い伝えられている鬼の脅威とは裏腹に、かの鬼ヶ山に棲む鬼は、晩年数を減らし、遂には過去を知らぬ鬼子のみとなっていました。 歴史を知らぬ最後の鬼子は、人語を操る老猿により育てられ、ツノが生える若造にまで成長していました。 「ならん」 老猿は若い鬼に言います。 「人里に下りるなど、絶対にならん」 「何故だ。此処には同族が居らぬ。何故わしは孤独なのだ。何故此処から出られぬ」 孤独に打ちのめされた鬼は、老猿の昔話でしか知らぬ『人』と云う存在に、強い関心を抱いていたのです。 「お前が姿を顕せば、人の世に混乱を招く」 「わしは人に害など為さぬ」 「そう云う問題では無い」 問答は平行を辿り、鬼はついに老猿の説得を諦め、不貞腐れるように冷たい洞窟の地べたに横になりました。 とある鬼月の夜のこと。 若い鬼は老猿の目を盗み、山を下りる決意をします。山を下りれば、何かが分かる。鬼の本能がそう告げていました。 鬼ヶ山は人間の寄り付けぬ過酷な山です。ですが鬼にとっては遊び場も同然。鬼は月明かりを頼りに、針の峠をくだり、マグマの河を越え、獣道を駆け下りました。 山を抜けた頃に、それはそれはたいへん見窄(ミスボ)らしく痩せ細った老犬を発見しました。 犬は鬼を見つけると、なんと恐れもせずに近づいてきたのです。 「嗚呼、若き鬼様。復讐のために下りてきたのですね。この畜生めに食べ物を恵んでいただけるのならば、慶(ヨロコ)んで貴方の家来になりましょう」 犬は鬼に言いました。 「復讐、だと?」 わしが、人に? 鬼は戸惑いました。ですが同時に、これまでのひもじい生活の辻褄が合う感覚を覚えます。鬼は人と対立し、住処を追われたのだと。過酷な山での、自分が最後の生き残りだということを。 鬼は悟りました。 「干した柿と猪肉ならある。人間への手土産と思っていたが、お前にも分けてやろう」 鬼はそう言って、持っていた干し柿と猪肉を犬に差し出しました。 「嗚呼、何と慈悲深い」 犬はそう言って鬼から食べ物を受け取ると、がつがつと貪るようにそれらを平らげたのでした。 「たかが食い物で家来になどならなくてよい。そんな事より教えてほしい。鬼と人は過去に何があった? 『人』とはどういう生き物なのだ?」 鬼に善悪は判らない。快か不快か。利か害か。 「はい。先ずは前者から答えましょう」 そう言って犬は、訥々と語りはじめました。 「あれは半世紀も昔の話。人と鬼は、互いの領域を侵さぬよう、上手に生活しておりました。人は鬼の力を、鬼は人の知恵を恐れていたのです。ですがある日、桃太郎という、それはそれは力の強い人間が生まれました。人は彼の力を利用し鬼の領地を奪おうと画策しました。鬼からの被害をでっち上げ、善良な桃太郎を誑かし、鬼退治に向かわせたのです。私たち動物は、彼を説得し引き返させようと試みましたが、『吉備団子』という薬を食わされ、人知を得る代わりに奴隷にされてしまいました。そうして我ら奴隷を率いた桃太郎は、鬼から総てを奪い、人々に富を齎(モタラ)したのです」 「…………」 「奴隷としての生活から、今こうして命からがら逃げてきました。共に説得したキジは殺されました。猿の行方も分かりません」 「その、桃太郎という男は……」 「力を恐れた人々により毒殺されました」 「…………」 「さぁ、貴方様の後者の質問の答えはその先の人里にあります。どうぞ」 鬼が、人里に設けられた砦の門から中を覗くと。そこには。 血。血。血。ち。チ。血。血。血。ち。血。血。血。血。血。ち。ち。ち。チ。チ。血。ち。チ。血。血。血。ち。チ。血。血。血。ち。血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血。 金銀財宝を奪い合う戦(イクサ)が、眼前に広がる。 そうか。これが━━━━━━━人。 人の世こそ地獄。よぉくわかった。 【ポルノグラフィティ/峠の鬼】 ********* ポルノグラフィティ/峠の鬼 久しぶりのBGNシリーズ。第四弾はなんと今年二月十一日に配信リリースされた超新曲です。 聴いた時に受けた衝撃のまま筆を走らせ、もとい指を走らせ、背景を肉付けしながら書いてみました。 歌詞が本当に新藤晴一さんらしいなぁと思う楽曲です。そして、これまでの楽曲の中でも有数の『物語曲』ですね。『横浜リリー』や『カルマの坂』など、まるで小説のような楽曲が多いポルノですが、今回はまた、昔ばなし風というか、なんと言うか。 とにかく、是非楽曲の方も聴いてみてくださいね。超かっこいいんで。 それでは、BGN第四弾でした。

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【BGN】鬼ヶ山【峠の鬼】

現代侍 最終章 其の33

「東部に差し掛かると、イストリアという集落が見えてくる。ここから半日ほどだよ。そこでひとまず休憩しようか」 ガラハッド・ドミニカは、巨大な白馬の上で、後ろで揺れる鞠家牡丹に爽やかに語りかける。 いくら巨大とは言え、支えのない馬の背中。 鞠家牡丹は、半日、この屈強な上裸を後ろから掴んでいなくてはいけないのかと軽い絶望を味わっていた。 初対面の、男の生の背中だぞ。 どんなシチュエーションだ。 「半日は少しきついだろうが辛抱してほしい。これ以上トばすと、キミの体が持たない」 「あぁ、ありがとうございます……じゃあ、服着てほしいんすけど」 「ん? なぜ?」 「……いや、そりゃ……いや、なんでもないです」 ダメだ、これ以上話しても無駄だと第六感が全力で訴えてくる。 牡丹は岩のような肉体を掴んで、耐え忍ぶ道を選ぶのであった。 ◇ ◇ 「ガラハッド・ドミニカ様。ようこそ我が集落においでくださいました」 東部僻地の集落、イストリアへ到着したドミニカと牡丹は、集落の長を名乗る老婆から、手厚い歓迎を受けた。 二人と言うよりは、明らかにドミニカを手厚く歓迎している。 知った顔どころか、英雄でも見ているかのような崇拝の眼差しで彼を見る。 様までつけて……、ドミニカって一体、何者。 「ここには物資補給と休息に寄っただけだ。大仰な呼び方はやめておくれ、ライラ婆」 「左様でございましたか。では集落をあげてもてなさせていただきます」 「だから大仰だって」 気圧されてるドミニカを新鮮に思いながら、牡丹はただただ二人の会話を聞いていた。 「ガラハッド・ドミニカ様はファルシア王国を魔王の魔の手から救い出した、あの勇者一行の拳闘士であられます。無礼な真似はできませぬ」 「………………ん? 勇者一行?」 牡丹は聞き慣れないような、聞き慣れているようなそのワードに反応した。 そりゃ日本のコンテンツには、勇者とそのパーティが魔王を倒すなんて筋書きのものが、ごまんとある。 長老の口ぶりからして、この世界もかつては魔王の支配に脅かされていたということなのだろう。 そして、この目の前の男が、その魔王を打ち倒した勇者パーティのメンバーなのだろう。 長老の言葉を額面通りに受け取ればそうなのだろうが、牡丹の脳は、視界に映る情報と精査した上で、その言葉を信用出来ないでいた。 この変質者が、勇者パーティ、だと……。 「隠していたつもりはないんだけれどね。ボクがひけらかすのはこの肉体ん『美』のみ! ボクの歴史は、ボク以外の誰かが語り継ぐのさ」 ファルシアの勇者と言えば、かつて日本列島に転生した数いる偉人超人の中のひとり、『アーサー・コスタリカ・アキアレス』という男なのだが、そのことを牡丹は知らない。 「この世界は、ほんの七年前までは魔王の支配下にあった。人類は迫害され、奴隷のような生活を強いられておった。そんな世界を救ってくださったのが、かの勇者一行なのじゃよ、お嬢ちゃん」 「……………」 長老は優しく牡丹に語る。 このキャラクター性をメンバーに入れていた勇者の懐の深さというか、寛容さを垣間見た。 勇者すらも個性の塊みたいな人かもしれないけれど。 「その辺の話も、今宵ゆっくり話そうか。なにせここには、たん『美』(旅)の疲れに効く秘湯もあるからね」 「……いや、だから何」 一緒には入らんぞ?

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現代侍 最終章 其の33

現代侍 最終章 其の32

鞠家牡丹にとって、ここファルシアでガラハッド・ドミニカに最初に出会えたのは、この上ない幸運であった。 実際ドミニカが助けなければ、牡丹は今頃巨大ワームの胃の中だったわけで、それを差し引いても、未知なる異世界で余所者である自分に対し友好的な者に出会える確率など、一割に満たないと言っていいだろう。 そして何よりドミニカは、何故かは分からないが、こちらの『事情』を“知っている”ときている。 その口から、『日本』というワードが飛び出してきたのだ。 理屈を説明できない牡丹にとっては、むしろ自分よりこの現象を知っている可能性の方が高いのだった。 「…………ナルホドナルホド。やはり牡丹ちゃんは、『日本』から来たんだね。どうして、どうやって来たかは分からないけれど、ってことか」 「……はい」 牡丹は、自身の窮地を救ってくれたガラハッド・ドミニカに対し、軽く自己紹介を済ませ、自身が把握している限りの(ほとんど把握していないが)情報を開示した。 「とりあえず、キミはどうしたい?」 あの柔剣道場にいた、自分以外の人達も、一緒にこの世界に来ているのだろうか。 天城才賀や令和丸もここにいるのなら、早く合流したい。 そして手段は分からないが、この世界から日本に帰る方法を探さなくては。 「こっちに来ているかもしれない、才……仲間と合流したいです……」 「ふふふ、任せ給えっ。人助けこそボクのん『美』学っ! この世界での、キミの安全はこのボクが保証するよ」 「……あ、ありがとうございます」 あまり自分の人生には関わりのなかったタイプのキャラクターに胸焼けを覚え始めた牡丹であったが、それを補って余りある心強い助っ人だった。 「微かではあるが、キミに似た気配を遠くで感じている。まずはその方向へ向かってみようじゃないか」 「はい」 気配という感覚はイマイチ分からなかったが、とりあえずドミニカを信用するしかない。 「因みにここはファルシアの南部でね。ボクは南部の警ん『美』を担当している」 「警備……?」 ファルシアという国がどれだけ広いか分からない牡丹は、南部がどれだけ広いのかも分からなかったが、王国と称される程なのだから、南部とはいえ相当な土地面積を有していそうだ、という月並みな感想を抱いた。 「警備隊……みたいな職業の方、という事ですか?」 「ノンノンノン。ボクの職種は拳闘士さ。確かに警ん『美』員という職種の人間は中央区(セントラル)にはいるけれど、南部の警ん“美”はボク一人さ」 ……会話する分には『ビ』の部分を溜めて強調しているだけだからそこまで支障はないけれど、活字にしたら判りづらそうだな、この人の癖。 けんとうし? ってなんだ。 検討? 「今から向かうのは東部だよ。道中はとても危険だから、何があってもボクから離れるなよ」 危険な土地にしては上裸であるこの人の格好は軽装もいい所だと牡丹は思ったが、彼なりの美学なのだと無理やり解釈することにした。 「はい……」 「ここからロゼッタに乗って行くよ。振り落とされないようにね」 「ロゼッタ……?」 「ボクの愛馬さ」 ドミニカはそう言うと、高らかに指笛を鳴らす。 地平線から現れたシルエットは、こ気味良い足音ともに、瞬く間に大きくなってくる。 「さぁ、乗りたまえ」 ……で、でかぁ……。 日本には輓馬(ばんば)という馬がいる。 成人男性の平均身長をゆうに超える大きさを誇る、ばんえい競馬等でお目にかかれる巨大な馬である。 まさに大きさはその輓馬か、それ以上。 王子様が乗るような白馬ではあるが、美しさに勝る威圧感が牡丹をおののかせる。 てか、どうやって乗るの、これ。

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現代侍 最終章 其の32

惑わす狼、誘う兎

男なんて、信じない方がいい。 「宇佐美さん。ちょっとこの後、ゆっくり話さない?」 会社の忘年会の席で、ほとんど面識のなかった大上さんという人と仲良くなった。 チェーン居酒屋の大広間が賑わいを見せる中、十数分ではあったけど、二人で話す機会があった。 先輩なのに、新人のわたしにも物腰が柔らかく、優しい印象だった。顔も良いが、声が特に良い。仲のいい同僚の愚痴を聞かされるより、ほぼ初対面の大上さんと話していた方が居心地が良かったのは、ここだけのヒミツ。 酔いが回っていたのも、少し、あったと思う。 「大丈夫? 少し外の風に当たりながら、静かな所に行こうよ」 会がお開きになった後、同僚達がこの後どうするかとモタモタしている間に、わたしは大上さんに腕を引かれ、その場を離れた。 「あの、わたし……彼氏が」 「俺の今いる部署、おじさんばっかでさ。宇佐美さんみたいに若い人と話す機会って嬉しくて。もう少し、ダメかな」 少し眉尻を下げて見つめてくる大上さんからは、いわゆるヤリモクみたいな嫌らしさは感じられなかった。故に、強く断ることも、できなかった。 「もう少しだけ、話し相手になってくれない?」 「わ、わたしでよければ」 大上さんとの話が楽しかったのも、事実。二次会だって思えば、これは浮気ではない、はず。 この後もお喋りするだけ。 大学を出て社会人一年目のわたしと、推定二十代後半の大上さん。夜の街はこんなカップリングなんて珍しくない。きっとわたし達も、夜の街に紛れていくんだろう。 どれだけ煌びやかでも、賑やかでも、もう、ここからは、誰の目にも付かない、二人の時間……。 ……って、わたし、何考えてんだろ。 「宇佐美さんってさ、綺麗な声してるよね」 「え……、そうですか?」 「うん、ずっと耳元で聞いていたいくらい」 「それ、わたしも大上さんに思ってましたよ? いい声だなーって」 「ふぅん……? ずっと耳元で聞いていたいって?」 「……っ。う、うーん、どうだろ」 言葉を濁したわたしの顔を覗き込む笑みは、まるで心に染み込んでくる毒のように、魅惑的だった。 「じゃあ少し近づいて、密々(ひそひそ)話で会話してみる?」 なにそれ面白そう、と、不覚にも思ってしまう。でもそれは、多分やばい。 「いやです」 「えー、どうして? 耳弱い?」 はいそうです。 「ち、違いますけど」 『━━━━━じゃあ、いいじゃん』 不意に口元をわたしの耳に寄せる、大上さん。 「ひゃぅっ!」 「あはは。なにそれ、めっちゃ可愛いね」 「もう……意地悪」 むすっと頬を張るわたしを、愛おしげに笑って見つめる。素敵な笑顔……。 って、だから、わたしには……彼氏が……。 「弱いのに、うそついたんだ。強がっちゃったの?」 「……〜〜〜っ」 低く囁く声が、耳から侵入って脳を揺らし、身体の温度を上げ、下腹部を疼かせる。声だけで、腰が砕けて、膝から崩れ落ちそうになる。わたし、確かに耳は弱いけど……ここまでだったの? こんなに効いたことなんて……彼氏とだって無かったのに。 きっと、きっとお酒のせい。 「やめて……っ、ください……っ」 「ふぅん。そんなびくびくしながら言っても、煽ってるようにしか聞こえないよ? 実は悪い子なんだね」 「もう……っ、ちがっ……!」 年末の気温は真冬のそれなのに、体は一気に熱を帯びていた。泣け無しの理性で大上さんの胸を押し距離を取ろうとしたが、全然力が入らない。逆に腰に手を回され、ぐいっ、と引き寄せられる。 「俺、宇佐美さんとずっと仲良くなりたかったんだぁ。ほら、支えててあげるから、横になれるところに行こ」 あくまで優しく、耳元で囁く大上さん。耳が気持ちよすぎて、言葉の意味がわからない。お酒のせい? それとも、わたしって、実はえっちだったのかなぁ。言葉の意味がわからないなんて言い訳して。横になれるところで始まることなんて、絶対二次会なんかじゃないの、わかってるのに。 「…………」 わたしの中の劣情が、理性と罪悪感を沈めてゆく。身体は汗ばみ、このあとの展開に期待する。不可抗力を装って、頭は大上さんの肩に凭れていた。 程なくして、わたしたちはラブホテルの一室に到着した。 「ホントに来ちゃったね。宇佐美さん」 「……大上さん…………っ」 ベッドの横で二人立ったまま、大上さんはわたしにふわりと口付けをしてきた。そっと上着を脱がされ、足下に音もなく落ちる。 「いっぱい可愛い声、聞かせて」 「はぁっ……んんっ」 耳元で囁かれたと思えば、大上さんの大きい手のひらが、私の体をそっとなぞる。甘く緩い快感が、さらに下腹部を熱くする。 「宇佐美さん、マゾでしょ」 「…………」 顔を赤くして、頷いてしまう。 「はぁ……かわい。いっぱい可愛がってあげるからね」 耳に響く言葉一つ一つが、強烈な破壊力をもってわたしを壊しにかかる。両の手は、わたしの輪郭をなぞりながら、反応を愉しんでいる。五指が胸の膨らみを這い、そのまま中指で鳩尾を撫で下ろす。へその下に差し掛かると、奥の子宮を圧迫するかのように、力が篭もる。否が応でも意識が子宮にいく。今度は服の裾をつぅ、と捲し上げ、両手のひらを脇腹に添える。 「……つめたい」 「あはは、さっきまでお外にいたからね。でも宇佐美さんのからだ熱いから、すぐ馴染むよ」 「…………っ」 大上さんの言う通り、じんじんと、徐々に温もりを感じ始めてきた。あぁ、気持ちいい……。 「ほんと熱いね、カイロみたい」 「なにそれ……。わたしがあっためてあげよっか?」 「え……やば、それ刺さった」 お互いきっと、『好き』のハードルがめちゃくちゃに下がっているのだろう。どんな言葉でも、どんな仕草でも、もはやここでは、興奮に薪を焚べる結果にしかならない。 「素肌どうしの方が、効率いいかもね」 「効率って?」 「さぁ、俺も自分で何言ってるか分かんない」 「よっぱらい」 「お互い様でしょ」 きっとそれは、裸になる口実に過ぎなかったんだろう。わたしは捲し上げられた服に抵抗することなく、まるで降参したかのように両手をあげる。あらわになる淡い水色の下着。お気に入りを着けていて良かったと、密かに思った。 「めっちゃ可愛い下着。抱かれる気だった?」 「違いますよ」 「そんですごい綺麗な肌。キスしていい?」 「えぇ……? 素肌どうしで温めるんじゃないの?」 「そうだった。ん。脱がして」 無造作にバンザイしてみせる大上さん。不意に幼くなるギャップが、いちいちズルい。柔らかいニット生地の上着の裾を捲ると、程よく硬そうな腹筋が姿を表した。ギャップに振り回されて、あたまがくらくらしてくる。 思わずあらわになった胸筋に触れる。なんだ、大上さんだってカラダ、超熱いじゃん。 「ちべてぇ」 「ふふふ。すぐ馴染みます」 わたし、さっきから何でこんなにノリノリなんだう。やっている事はイケナイコトなのに。普段のわたしは、こんなに行為中に笑ったり、喋ったりしない。きっと、大上さんに誘導されてる。大上さんの作り出す雰囲気が、わたしの緊張を解して、興奮を高めているんだ。 今、わたしは愉しんでいる……。サイテイな女……。 じんわりお互いの熱が馴染んできた。今度はわたしが、大上さんの大きな体をなぞる。硬いのに、弾力のある、凹凸があるのに滑らかな肉体。男の人の体を、こんなにエロいと思ったことはなかった。わたしの指が脇腹を通ると、大上さんの口角が上がる。胸の下の肋骨をなぞるように、盛り上がった胸筋を撫でてみる。 「……きもち……」 大上さんは、目を閉じ、少し顔を伏せ、刺激を受け入れる。それが可愛くて、わざと、胸の先の突起を小指で引っ掛けてみた。 「んっ……」 ビクンと、小さく跳ねる胸。ああ、ココ弱いんだ。今まで余裕なところしか見せてくれなかった大上さんが、わたしの手で顔を歪ませている。なんか、いいなぁ。 「なに」 笑みを抑えられなかったわたしを見て、少しむくれる大上さん。 「んーん。なんでもないよ?」 今度は、わたしからキス。その間も大きな体がびくびくと揺れているのは、胸の上でいたずらを続ける、わたしの人さし指のせいかな? 大上さんが伏し目のまま両肩を掴んでくる。抵抗の意図を見せてるのかな。……力、入ってないよ? 「……んンっ」 触れ合っていた唇から、ぬるりと舌が侵入ってきた。歯先をなぞるように這い、わたしの舌を巻き込む。仄かなウイスキーの香りと濃厚な唾液が絡まりあって、脳幹がとろける感覚を覚える。優位性は、いとも容易く反転する。 「んん……、んん……っ」 口腔内を犯される快感に溺れそうになりながら、必死に酸素を取り込むため無声音に近い吐息がこぼれる。主導権を取り合っているようにみえて、取られたがってる心も透ける。まるで、大上さんとひとつに溶け合う儀式をしてるみたい。 甘いキスに浸っていると、突然するりと、肩の紐がずり落とされる。 「ゃん……え、いつの間にとったの……ホック」 「さぁ。取れてたよ?」 意味のない嘘をつく大上さん。ついにわたしは、今日が初対面の人の前で、乳房をあらわにする。その事実は、いかに自分が破廉恥な女なのかを、自覚させる。期待に隆起させていた胸の先端を、大上さんの素肌に押し当てて隠した。 「柔らかくて気持ちいいけど、よく見せてよ」 「だめ。恥ずかしいもん」 大きな背中に腕も回し、素肌を密着させる。確かにお互いの体温は、温かいを通り越して、熱いと感じるほど火照っていた。大上さんの鎖骨あたりに額をうずめると、わたしの体を見られずに済んでいるこの体勢にも、ひとつ問題点があることが判明した。 『好きだよ。宇佐美さん』 「やっ……」 それはわたしの耳が彼の口元に近づく、という事だった。不意に囁かれた甘い言葉に、電撃が走ったように身体が反応する。力を失った身体は、大上さんによって呆気なくベッドへと押し倒され、大きな背中に回していたわたしの手も、重力に逆らうことなくベッドへ落ちる。絡まる指。わたしの耳の輪郭を這う唇は、ときに優しくはみ、耳介から耳孔にかけてリップ音と水音を立てながらゆっくりと責め立てる。甘い刺激と響く音が、快楽の波に変わり、感情を昂ぶらせる。……待って。やばいかも……。待って待ってまって。 「だめぇ……っ、まって、とめてっ……」 きもちいい……、徐々に快楽を享受することしか考えられなくなる……っ。熱いナニかが込み上げてきて、未知な感覚へとわたしを誘う。 「かわい」 ふっ、と吐息混じりの笑みを零して、大上さんの口はわたしの性感帯をなぞるように這い続ける。いやらしいリップ音とともに、わたしの首筋を這い、谷間を沿って、ゆっくりと乳房へ登る。 「あぁっ……んんっ!」 唾液を纏った舌先が、先端の突起へと辿り着いた途端、それをねっとりと転がすように弄んだ。焦らすように、試すように。最初は優しく触れるように。ときに舌全体で包むように。 「はぁ……っ、あぁん……きもちいっ……っ」 耳よりももっと、直接的に絶頂へと誘う快感が、びりびりと全身を走る。まだ、下半身に触れてすらいないのに、こんなに気持ちいいの、やばい、初めて。え、待って、わたし、胸で……っ、胸だけで……っ! 「━━━━━━━っ!」 わたしは顔を横に逸らし下唇を噛んで、びくんと、激しく跳ねた。……こんな前戯でイったことなんて、なかったのに。 「ここだけでイけるんだ。えろ……」 「ちが……っ」 こんなの、わたしじゃない。 浅い呼吸を繰り返すわたしをよそに、大上さんはなめらかな動作でわたしの下半身の守りを剥がす。そしてそのまま、大上さんの中指がわたしの秘部にあてがわれる。 ぴちゃ、と今まで聞いた事のないような淫靡な水音が、わたしのそれから響く。同時に、今までにない直接的な刺激が、快楽を伴ってわたしの脳内を駆け巡った。大上さんの美しい顔が、再びわたしの耳元へと近づく。 「宇佐美さん、すごい濡れてる」 「やぁ……っ、言わないでぇ」 「これ、ゆっくり挿れてくよ」 あえて言葉にされることで、わたしの体はこの後おそわれる快楽を勝手に妄想して、さらに秘部を濡らす。溢れる蜜を拭うように、優しく割れ目をなぞる大上さんの中指。焦らすように上下に往復し、往復するごとにだんだんと割れ目に沈みこんでゆく。はやく挿れてほしくて、わたしの下半身がはしたなく疼く。そんなわたしの劣情を知ってか知らずか、とろとろになった指先は、ついにわたしの腟内に沈み始めた。 「あぁ……んっ、んんんっ!」 「まだ一本なのに、キツいね」 大きくて長い大上さんの中指を咥え込んだわたしの蜜壺は、更なる快楽を求めて締め付ける。既に摩擦の無い腟内を、あくまでゆっくりと、味わうように這い回る大上さんの指は、次第にわたしの弱いところを探り当て、そこだけを、執拗に攻め立てる。決して激しくない、見透かされたように一番気持ちいいリズムで。ぐりぐりと。とんとんと。 「あぁっ……、あっ、あぁ…………っ、んんっ。そこっ、だめ、だめだめだめだめ……っ、また、イっちゃう……っ!」 そして、二回目の絶頂。自分では制御のできない生理現象。それでもわたしという『女』は、満足せず、『更に』を求めてしまう。 「宇佐美さん……エロすぎ」 気付けばわたしは大上さんのベルトを外し、スラックスを脱がせていた。トランクス越しからでもわかるほどに怒張した大上さんのモノが、たまらなく愛おしい。我慢汁でトランクスを濡らしているとこも。ベッドの上で膝立ちしている大上さんからみたわたしは、さぞ下品に見えるんだろうな。でも、わたしで勃たせている事実が、今はわたしをケモノにさせてしまう。衝動のままトランクスを剥ぎ取り、あらわになった反り立つそれに、わたしは深い口付けをした。 「ん……っ」 大上さんから漏れる色っぽい吐息が、この痴態を肯定してくれているようで、さらに歯止めが効かなくなる。 「気持ちいい、宇佐美さん……」 「れろ……んん……ちゅ」 今度はわたしが、大上さんのモノを攻め立てる。裏筋に舌を這わせるたびに、大きな体が小さく震える。大上さんは、無抵抗。わたしからの快楽を素直に受け入れているみたいで可愛かった。 わたし、これ、好きかも……。 次々と露になる未知のわたしに戸惑いながらも、この淫靡な空間に酔いしれる。 「宇佐美さん……っ」 「……ん、なぁに……?」 「上手すぎ……っ、我慢できなくなる……」 この人はまだ我慢なんてしていたのかと、すこし不服だった。だからわたしは、上体を起こして大上さんの顔に頬を寄せ、手でしごきながら、とびきり甘えた声で、 「これで、めちゃくちゃにしてください」 と囁いた。 せっかく起こした上体は、計算通り大上さんによって押し倒され、わたしの割れ目と大上さんの裏筋だけが、密着する。……これが、わたしの中に……。 「煽ったからには、覚悟してね」 そう呟くや否や、太く怒張した大上さんのアソコが、わたしの腟内を掻き分けるように挿入る。遠慮のない長い挿入感のあと、わたしの奥をぐっと突き上げた。 「〜〜〜〜〜っ!」 挿れただけで、電気が走ったようにわたしの体が痙攣した。腟内を圧迫する存在感。わたしから煽っておいて、もう屈伏しかけている。 大上さんは、わたしの中を味わうかのように、繋がったまま動かない。激しく突かれ続ける覚悟をしていたわたしは、焦らされるような刺激をもどかしく感じる。 「……ねぇ。俺の、受け入れちゃったね」 かあぁっと、わたしの羞恥心が、その言葉で再び沸き立った。彼氏のではない、大上さんのモノが、わたしの腟内を押し拡げている。大上さんのカタチに、馴染んでゆく。大上さんに、染められてゆく。 「大上さん……」 相当物欲しそうな顔をしていたであろうわたしの唇に、そっとキスを落とす大上さん。わたしは大上さんの脇腹から肩甲骨へと腕を回し、精一杯の無言のおねだりをする。 「動いてぇ……」 大上さんは、わたしのその言葉に、優しく口角を上げ、「いいよ」と応える。そしてゆっくりと引き抜かれてゆく。 「っ?……っ!……っ!」 大上さんのソレが、ごりごりとお腹の裏を削る。突然襲うこれまでにない快感に、戸惑いを禁じ得ない。ま、まって……こんなの続いたら、わたし本当にこわれる……っ! わたしの愛液を纏った大上さんのソレが、容赦なく再び挿入ってくる。 「お…………っ、くっ……」 可愛い声なんて意識する余裕など何処にもなく、絶え間なく襲う絶頂への誘いに抗えず、ケモノのように喘いでしまう。わたしのはしたない声と、ベッドの軋む音。そして溢れ続ける蜜が生み出す水音。それらがこの一室に響き渡る。長いストロークを伴うピストンは、緩慢な速度で、わたしの脳を溶かし、思考を奪う。 「えっちな顔してる……。気持ちいいね?」 「やらぁ、あ……っ、またっ……っ、イッックっ……っ!」 取り繕う余裕もなく、本日何度目かの絶頂を迎える。収縮する腟内は、大上さんを離すまいと締め付けるかのようだった。 「まだやめないよ?」 「お……ぅあっ……っ、まっ、って……っ、や……とめっ……っ、てぇ……っ!」 「だーめ。宇佐美さんのこと、めちゃくちゃにしてあげるからね」 耳元で低く囁かれ続け、しつこくピストンは続く。上からも下からも責め立てられ、全身が快楽に溺れてゆく。罪悪感や背徳感は、純粋な快感の前には、意味を為さないのだろうか……。 何度も襲う絶頂に、体は大上さんの味を覚え、本能は理性を霧散させる。そっか……わたしって、こんなに最低だったんだ。彼氏以外の男性に、劣情を抱き、快楽に溺れるケモノ。心も体も、大上さんにめちゃくちゃにされて、悦んでる。くやしいけど、でももう━━━━━。 大上さんのことしか、考えられない。 「はぁ……っ、ぁん……っ、大上さんっ……、すきっ、すきっ、すきっ━━━」 「宇佐美さん。俺も。好きだよ。大好き」 「おおかみさんっ……おおかみ、さんっ……っ」 「宇佐美さん、俺も……もう、イきそう」 「きて……っ、一緒に……っ!」 どくんっ、と、奥に押し付けられたまま、ほぼ同時に絶頂を迎える。奥に放たれた精子の熱さが、じんわりと腹部を温めた。その事実に、幸福感すら覚える。 「宇佐美さん、すごい気持ちよかった」 「わたしもです……」 愛液と精液が混ざる腟内から引き抜かれる大上さんのモノは、いちご飴のようにそれらを纏い、光っていた。蓋を失ったわたしの秘部から、白濁とした液体が伝う。 息も絶え絶えに、大上さんとのセックスの余韻に浸る。……ほんとに、しちゃった。 「シャワー浴びよっか」 「はい……」 わたしはもう、大上さんが好きになっていた。 「また誘うね。土日は難しいから、平日の夜に、また会お」 今まで気付かないふりをしていた彼のシルバーリングが、きらりと照明を反射する。 ……男なんて、信じない方がいい。 それは、女も同じ。どちらが狼でどちらが兎かなんて、見る視点で変わる。 わたしはこのオオカミさんと、堕ちてゆく。

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惑わす狼、誘う兎

現代侍 最終章 其の31

そよ風の音が聞こえる程の静寂の中、突如耳を劈(つんざ)く轟音をあげて大地が揺れる。 もともと尻もちをついた体勢からそのままだった鞠家牡丹だったが、その振動に為す術なく、起き上がる事など叶わない。 「━━━━━━━っ!」 歯を食いしばることで精一杯で、声すらあげられない。 地面を割る程の地震は、さらに強くなってゆく。 (なになになになにっ……! やばいって死ぬってっ!) ボゴォッ! と。 徐々に大きくなる轟音と振動は、牡丹の足元まで轟き━━━━━━━━地面を隆起させた。 「キャァァァァアッ!」 臓器が浮く感覚。 『死』を意識するには十分過ぎる、刹那。 足元の地面とともに天高く突き上げられた牡丹は、何故自分が空へ突き上げられたのか理解できない。 それもそうだろう。 まさか、“地面ごと自分を喰らおうと巨大ワームが地面から現れた”など、この一瞬で余所者が理解できようもない。 そもそも“巨大ワーム”なんてものは、牡丹の住む世界には生息していないのだ。 今の牡丹は、その巨大ワームにとって、まな板どころか、既に舌の上の鯉。 ミミズにも似た姿と質感の巨体の先端には、しかしミミズにはない巨大な口と無数の牙が光る。 それが、今にも牡丹を丸呑みにせんとする勢いで襲う。 地面しか見えていない牡丹には、その姿は見えていない。 故に、わけがわからない。 理解が追いつかない。 転生してからおよそ三十七秒。 牡丹の冒険ファンタジーは、訳もわからず幕を閉じようとしていた。 のだが。 「よっと」 何者かが、恐怖のあまり目を瞑っていた牡丹を抱え、巨大ワームが土ごと噛み砕く寸前に飛び退く。 素早く、そして柔らかに牡丹を芝生に置くと、塔のように突き上がった巨大ワームに向かい飛び込み、飛び蹴りを繰り出した。 あまりの衝撃だったのか、地面から垂直に伸びていた巨大ワームは甲高い奇声とともに『くの字』に折れ曲がり、地面へと倒れ込む。 まるでビルが倒壊したかのような地響きと砂塵。 全てにおいて牡丹の理解の範疇を超えたスケールだった。 「大丈夫かい? 麗しき……ん『美』女っ」 牡丹の脳内に、『食い殺されかけた』という事実と、『助けられた』という事実がほぼ同時に押し寄せる。 牡丹の窮地を救った男は、屈強な上半身を惜しげも無く露わにした、格闘家のような風貌だった。 そして目尻に真っ赤なアイラインと、ウェーブのかかった長髪。 「あ、あ……」 声が、出にくい……。 「ありがとうございます……」 とりあえず礼の言葉は絞り出せた。 「ふふふ、無事でなにより。突如近くに現れた不思議な気配をもとに駆け付けたんだけれどね。遠くの方でも似た気配が点々と現れたんだけど、魔族の襲撃じゃないみたいで安心したよ」 「ここはどこで……あなたは一体……」 第一村人にしては濃いキャラクターだと牡丹は尻込みしつつ、恐る恐る状況把握に務める。 「まずキミから聞かねばならないことが山積しているが、ボクの審ん『美』眼が、キミに、害はないと告げているっ。だからこちらからキミの不安に答えよう」 男は傅くように右手を胸元に添え、軽く頭を下げる。 「ここはファルシア。ファルシア王国という。キミがどうやってこの世界に迷い込んだかは知らないが、違う世界という存在を、“ある男”から聞いて知っているよ。きっとキミも、『日本』という異世界から、遊びに来たのだろう? ボクの名前はガラハッド・ドミニカ。全ての女性の味方さ」 ガラハッド・ドミニカ……。 異世界……日本が? え、じゃあこれってまさか、本当に、異世界転生ってやつ? 見た目も中身もクセ者だが、この世界を生き抜くには、この男の助力は不可欠なのだろう……不本意ではあるが、一応味方だと言ってくれてるし……。 信用に……足るか……? 「なんだいそんなに見つめて……。おっと、もしやボクのこの肉体ん『美』に見とれているのかい?」 「……いやー……」 「美しくてすまないね。ボクの座右の銘は、『死ぬまで美しくあれ』!」 「………………」 濃。

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現代侍 最終章 其の31

現代侍 最終章 其の30

十二文字博士の転生実験は、およそ常人には理解の及ばぬ無数の化学式の構築と、無数の学術の上に成り立つ。 それでも、常人がわかる程度まで理屈を落とし込むとすれば、その仕組みは、ざっくりと言えばこうだ。 転生させたい対象の住む世界(いわゆる異世界)と現実世界を粘土のように歪ませ、繋げ、対象の魂が通る隧道(トンネル)を作る。 対象の魂を誘導し、呼び込む。 用意した肉体に宿す。 ……と、“HOW(どうやって)”を無視して説明すれば、こんな理屈になる。 転生を主眼に置いた彼の実験はつまり、副産物として異世界へ至る為の時空の歪みを作ることにも成功していた。 ならばその生まれる時空の歪み、トンネルを、現実世界の人間が通るとどうなるか。 十二文字の仮定では、一度微粒子レベルに分解された肉体は、トンネルを抜けた段階で再構築を開始し、肉体付きの異世界転生を可能にする、はずの計算となる。 「はず」とか「計算」とか表現が断定的でないことからもわかるように、この仮定は未だ実験段階をクリアしていない。 この柔剣道場での試みが初めてだとは、十二文字以外知る由もないことだった。 そんなところで。 天城才賀らの、命運や如何に。 ◇ ◇ 「━━━━━━うぁぁぁぁっ」 唐突だが、ファルシアという世界が存在する。 そこは現実世界とは次元を異にする、世界を異にする、異次元であり異世界である。 そこは、この物語において忘れてはならないかつての盟友の生まれ故郷であり、京都で立ちはだかった最凶の魔女の住処である。 絵に描いたような勇者の生まれ故郷は、絵に描いたようなファンタジー世界であった。 「いってて……」 わずかな浮遊感と、それに伴って失われた平衡感覚により、鞠家牡丹は地面に尻もちをついた。 幸い、そこは石でもコンクリートでもなく野草が生い茂る芝生であったため、うら若き臀部に致命傷を負わずに済んだ。 野草は野草でも、一面見たことも無い野草だったが。 「……ここは……どこ……?」 周囲を見回す牡丹だったが、広い草原が広がるのみ。 先程まで一緒だった者たちも、一人もいない。 あの柔剣道場でですら展開に置き去りにされていたというのに、ここに来て場面転換だと……。 ジェットコースターのような振り回されようである。 解説の無い“能”がずっと目の前で展開されているような、置いてけぼり感と言うべきか。 (他の章はこの辺で終わる文量だったぞ……?) 仮にここが道場ではないにせよ、一番の問題は、“誰もいない”ということ。 力強い侍も、心強い大人も、優しい彼も。 誰もいない━━━━━━━━━━ 牡丹の不安は一気に強くなった。 ━━━ただこの時の牡丹は、知らない環境と景色に警戒していたが、それでも、その姿勢は十分とは言えなかった。 一面に広がる草原。 青い空。 遠目に囲うように茂る木々。 外敵からの急襲を想定するには、牧歌的な情景かつ、見晴らしが良すぎた。 だから、牡丹は気付かない。 “直下”から、襲い来る恐怖に。 揺れる大地と共に、混沌は足下から這い寄る。

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現代侍 最終章 其の30

ポルノグラフィティを語りたい

最近、執筆意欲が低迷しているので、指慣らしも兼ねて、先タイトルの内容で語っていきたいと思います。 とはいえ、私が敬愛しているロックバンドを一方的に語るだけなので、読み物としては酷く退屈なものになるだろう事はここに注意として記しておかねばなりません。 重ねてとはいえ、今年のポルノグラフィティといえば、『僕のヒーローアカデミア』アニメ最終章のOP『THE REVO』をリリースしたり、ドラマ『良いこと悪いこと』の主題歌に『アゲハ蝶』が採用されたりと、メディア露出の多い年であったことには違いありません。 これを機に『へぇ、ポルノいいじゃん』みたいな方が増えることをひっそりと期待しています。 と言うことで、私なりに感じる彼らの魅力を、順序立てて語っていこうと思います。 まず最初の魅力は、多彩な曲調です。 第一に、ポルノと言えばで列挙されがちなタイトルで言えば、例えば『サウダージ』、或いは『アゲハ蝶』、『アポロ』、『ミュージック・アワー』、『ハネウマライダー』と、いずれも1999年デビューから数年間のタイトルが上がるかと思います。 ポルノの代名詞とも言えるのがこれらのアップテンポで盛り上がる楽曲達ではないでしょうか。 私もポルノにハマった初期は、これらの有名どころをエンドレスリピートしたものです。 これらが至高なのは間違いありませんが、私は、彼らのバラードも大好きなのです。 ポルノのバラード? と思う方も多いかと思いますが、隠れた名曲が沢山あります。 それも、この冬の時期に是非聴いて欲しい素敵なバラードが。 例えば『ゆきのいろ』。 しんみりとした静かな冬の夜に、落ち着いた静寂と仄かな温もりを与えてくれる、珠玉のウィンターソングです。 ボーカル岡野さんの優しい歌声に、雪の儚さと冬の温度感を見事に表現した詩。 聴けば聴くほどハマっていく一曲です。 例えば『この胸を、愛を射よ』。 真っ直ぐな“愛”を歌った楽曲でありつつ、一言も“愛してる”という言葉を使わずに『これぞ愛』を歌い続けるとても温かい一曲。 最後の『ほんの少し勇気が必要な時は、いつだって君のほんの少しになろう』という歌詞が好きです。 例えば『ライン』。 この一曲は、打って変わって失恋ソングです。 友情と恋心の狭間で悩み苦しむ青少年の、青い恋を歌った物語です。 このタイトルは、あのアプリの『LINE』ではありません。 『ライン』のリリースが2006年で、『LINE』の開発開始が2011年だそうです。 この曲で言う『ライン』とは、つまり『境界線』。 『友達』というラインから越えられないまま押し殺した恋心を歌っているのです。 なのに二番の歌詞には『暗い部屋の隅、ぼんやり光る液晶に浮かぶ、君のアドレス』という歌詞があります。 きっとパカパカのケータイなんでしょうけれど、僕らが今当たり前に操る『LINE』にも余裕で重ねることが出来る表現で、現代の思春期にもちゃんと刺さると思います。 とまあ、まだまだありますが、特に好きな楽曲はこの辺りです。 このように、テンションの上がる楽曲もさることながら、しんみり浸れるバラードも充実しているのが、ポルノグラフィティの魅力の、ひとつなのです。 お次の魅力は、小説のような歌詞です。 ポルノの楽曲の歌詞は、洗練された言葉が凝縮されています。 例えば『オー!リバル』。 これは、劇場版名探偵コナン業火の向日葵の主題歌になった名曲です。 映画自体、キザな怪盗キッドが活躍する映画なだけあって、この楽曲も余すことなくキザかっこいい歌詞が続きます。 歌い出しなんて、『肌を焦がすような南風が吹いた。ほんの少し喋りすぎた。さぁ始めよう』ですからね。 カッコよすぎますね。 こっから情熱的なラテン調全開のリズムで展開されるリバル(ラテン語でライバル)との掛け合いもまた……。 私の中の一位を争う一曲です。 例えば『THE DAY』。 アニメ『僕のヒーローアカデミア』一期のOP曲です。 劣等感や焦燥感にもがき抗う主人公を投影した歌詞の完成度は、感動すら覚えます。 歌い出しのサビで『非常階段で爪を噛む』主人公が、最後のサビで『非常階段で爪を研ぐ』と、心構えが変わっている様子の表現力に、脱帽を禁じ得ませんでした。 マニアックなところで言えば、『元素L』。 読み方は“エレメントエル”って読みます。 文字通り、何かを元素という比喩で歌った楽曲です。 何かと言うと、『愛(LOVE)』です。 『愛の言葉はねぇ、胸の深くでは酷く不安定なエレメントで』『空気に触れて、君へと届いて、強い力で反応する』。 どうしたらこんな歌詞が出てくるんでしょうか。 オシャレですねぇ……。 とまあ、挙げればきりはありません。 中には、そのまま小説にできるような、物語調の歌詞も沢山あります。 いずれ私が挑戦したいのは、『カルマの坂』です。 ポルノファンなら誰しも推す、“ポルノの物語曲”の代表格ですので、小説好きの皆様も一度視聴してみてください。 ただこれを文章に落とし込むのは、理解力が試されて難しいのなんのって。 最後の魅力は、衰えない歌唱力。 彼ら50歳超えてるんですけど、ボーカルの岡野さんは、年々歌唱力が上がっているという化け物なのです。 ライブでは最初から最後まで声を枯らすことなく音源のような正確さで音程の高い楽曲を歌い続けるタフさ。 それに加えてステージ上を走り回ってますからね。 はっきり言って異常です。異次元です。 最近驚かされたのが、アニメ『僕のヒーローアカデミア』最終章のOP曲となった『THE REVO』が、私の知る限り彼らの楽曲の中で最も高い音域のある楽曲なのです。 まだそんなに出るのかと。 そろそろ歌いやすい曲出してよと、思わなくもありませんが、それほどに健やかに音楽活動できているということで、大変喜ばしいことだと思います。 平成の終わりごろに、人生で二回目のポルノグラフィティのライブに行った時、ボーカルが『今更ボイトレに通い始めた』とか言っていました。 プロってすごいなと思いました(月並み感)。 とまぁ、こんな所で。 たぶんまだ語ろうと思えば10倍は語れるんでしょうけれど、指が疲れたのでこの辺にして。 溜まっていたフラストレーションは、それなりに解消された気がします。 後は定期的に、過去にノベリーでノベライズしたポルノの楽曲を再浮上させてみようかなと思います。 手始めに、あの、大好きなクリスマスソングを……。 それでは、ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

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ポルノグラフィティを語りたい

輪廻の先で、あなたとともに。

地上は、既に人類が生きていける環境ではなかった。かつてのライフラインは全て滅び、インフラは崩壊し尽くした。 人類は飢えを凌ぐ術を持たず、弱き者はただただ餓死を待ち、力ある者は奪い合う事しか出来なかった。 私はそんな世界で、アスファルトが剥がれた悪路を、杖をつき歩いていた。かつて愛した女から受けた裏切りを胸に秘め、変わり果てた世界を歩く老爺の姿は、老いぼれながらも生にしがみつく、醜く滑稽なものに見えることだろう。 今も脳裏には、女との愉快な日々が、昨日の事のように鮮明に蘇る。 甘く、二度とない、夢のようなひととき。 それが今はなんだ。失われた生気、筋力、思考力。変わり果てた世界。約束を反故にした代償にしては、地獄が過ぎる。 私は水を求めて彷徨っていた。この先に確か小さい湖があったはずだと、記憶している。何年前の記憶かは、もう定かではないが。飢えた人間をまばらに見かけるが、誰も私の事など見向きもしない。ほぼ裸のような姿をした骨ばった老人が何か食料を持っているなどと、誰も思わないのだ。無論、持っていない。必然、私を見て涎を垂らす者は、死肉で肥えたカラスだけとなる。 こいつはもう死ぬな、と、品定めする目を向け、汚い声で煽る。こいつらからしたら、さぞ楽園なのだろう。この、屍に充ちた世界は。 無作為に延びた雑草を掻き分け、蔦の絡む木々を躱し、私はひたすらに歩いた。 たとえ、この脚が無くなろうとも。たとえ、この腕がなくなろうとも。たとえ、地を這いずるしかできずとも。この命尽きるまで、惨めに生きてみせよう。 そうすれば。そうすれば。そうすれば。そうして生きていれば。 また、貴女に逢えるかもしれない。 それだけが、私の希望だった。 ふと、渇いた肌に湿度を感じる。感覚が鋭敏になった肌が、近くに水があると感じているのだ。 「……あ、ぁぁ……」 草木が拓けた先に、遂に美しい湖が広がる。 私は感動の声を上げた。否、上げたつもりが、もはや言葉を発するだけの灯火すら、残されてはいなかったようだ。 折角、辿り着いたというのに。 美しい湖を眼前に、私は尽き果てるのか。 なんと、惨めで憐れな最期だ。伏した身体は、もう一切の力を込めることも叶わない。 「………………」 最期を受け容れた私の身体に、異変が起きた。 私の手足はみるみると人間のそれを逸脱した形状へと変わる。骨ばっていた身体は起伏に富み、その骨すらも不要だと言わんばかりに変形し、縮小を続ける。 不愉快な音をたてながら、一度朽ちた身体は、別の“何か”へと、姿を変えてゆく。 『━━━━この箱を、絶対に開けてはなりません』 貴女は、あの時……なんと言っていたか。 『ヒトとして生きたいのであれば、絶対に開けてはなりません』 失われていた記憶が、蘇る。 欠けていた会話の断片が、再生される。 『地上に絶望し、生に絶望した時に、この箱をお開けください。あなたは人としての生を終え、新たな生命として、生まれ変わります』 新たな、生命……? 『ヒトは一時的にしか竜宮城には居れませんが、ヒトでなくなれば、その限りではありません』 それって……。 『あなたがもし望むのならば。願ってくださるのであれば。わたしはここで、あなたをいつまでもお待ち申しております』 頬を赤らめそう告げた彼女を、今更、鮮明に思い出す。 そうか。これで、良かったんだ……。 どうして、忘れていたのだ。 あの、美しく、愛おしい会話を。 「…………(いま、行くよ)」 言葉はとうに失ったが、私の瞳には、新たな希望が宿っていた。 生まれ変わった私は、湖に向かって再び這いずり始める。ヒレと化した手足を不慣れに使い、甲羅で重い身体を少しずつ動かす。 私を迎えるように、湖は光りだした。それは、荒廃した世界との別れを強調させるような、神々しく、美しい光だった。 その光に導かれるまま、この身体は、水の中へと沈んでゆく。 “━━━━━あぁ、帰ってきてくださったのですね” “━━━━━うん、待たせたね” fin.

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三匹だったこぶた

前回のあらすじ。 オオカミに狙われた三匹の子豚。 長男作の藁の家、次男作の木の家が破壊されるも、末っ子が作った頑丈なレンガの家でオオカミを撃退し、三匹の子豚はその家で、仲良く暮らしましたとさ。 あれから一年━━━━━━━。 「固定、資産税……?」 督促状と書かれた大仰な紙には、確かにそう書かれていた。三匹の子豚にはなんの事か分からなかった。それもそのはずである。今までは、税金とは無関係の生活を送っていたのだから。 三兄弟は、ものの見事に全員が無職ヒキニートであった。 もちろん収入はない。野草や木の実、きのこなど、生きる上での食料は自然界で賄えた。 「どどど、どうする? アニキ……」 次男の豚二郎が声をうわずらせ長男の豚郎に訊ねる。 「まさか家の維持に金がかかるなんて……」 豚郎は呟く。額には脂汗がにじみ出る。 「うちにお金なんかないよう」 三男の豚三郎は、頭を抱える。 ドンドンドンドンッ! 唐突に、レンガ造りの頑丈な扉を叩く音が響く。 「豚郎さぁん、豚二郎さぁん、豚三郎さぁん。居るのはわかってるんやでぇ?」 来訪者は、ぐるると低く喉を鳴らして、ドスの効いた声でそう言った。 「兄さんらぁ、義務は果たしてもらわんとぉ。ウチらも出るとこ出ないけんなるんすわぁ」 「は、払います! 必ず払いますので、もう少しだけ猶予を……っ」 豚郎はドア越しの来訪者に対して、四足をついて頼む。豚二郎も豚三郎も、部屋の隅で震えることしかできない。 「はぁ? ドア越しに頼み事たぁ、随分舐められたもんですなぁ。そら兄さん、スジ通ってないんは、聞ける頼みも聞けへんで?」 「わ、分かりました……」 恐る恐るドアを開ける豚郎。ドアを開けた先に立っていたのは、かつて撃退したあのオオカミだった。 「っ……! お前は……!」 「おっとぉ。今日はお前らを喰いに来たワケやない。わしもあれから定職に就かせてもらっててなぁ。仕事としてここに来たんや。茶はいらんから、まあ、座って話そや」 かつての荒々しさの消えたオオカミはそう言うと、黒いハットとトレンチコートのまま、室内へと侵入る。 そしてどか、と、リビングのソファに腰を落とした。 「ほらぁ、豚郎さんも座って、座って。わしだけ座ってるのもバツ悪いでしょ」 「は、はい……」 促されるまま対面のソファに腰掛ける豚郎。オオカミはそれを見届けるとわざとらしく咳払いをする。 「えー、豚郎さんらには、国民の義務ゆうんを、しっかりミミガー揃えて払って欲しいんですわ」 「はい……でも」 「あーはいはい、兄さんらに金無いのは判る。ただ今から汗くせ働いてもろてちまちま返してもらう余裕もこちらにはない。こうなってもうたら、もう手段はひとつや」 オオカミは、鋭い鉤爪を隠そうともしない指を、豚郎の前に立てる。 「カラダ、売ろうや。なぁ? 豚郎はん」 ごくり。と、オオカミはイタズラに喉を鳴らす。 「……あ、アニキ……」 「…………」 「今年の支払いは、三匹のうち一匹の身ぃひとつで手ぇ打ったろ言うてんねや。悪い話やないでぇ?」 なんせ、三匹も居るんやから。 と、溢れ出るヨダレを抑えながら、オオカミは続ける。 「………………」 俯く豚郎の鼻から、ぽたり、ぽたりと脂汗が滴り落ちる。 「わしも昔みたいな粗野なオオカミやない。身ぃ委ねてくれたら、痛ないように飲み込んだる」 柔らかく目を細め、囁くように語りかけるオオカミ。まるで、口説くように。 惑わすように。 「……アニキ……ダメだ」 豚二郎が声を振りしぼる。が、もう、豚郎には届かない。 「…………分かりました。私をお召し上がりください」 「…………ええ返事や」 すっ、とオオカミは立ち上がる。豚郎も、ゆっくりと席を立つ。そしてオオカミに着いて行くように、ドアの方へ歩く。 「アニキ!」 「兄ちゃん!」 豚二郎の目にも豚三郎の目にも、滝のような涙が。 「……はは、泣くなよ、お前ら」 もちろん、豚郎の瞳にも。 「出来の悪い兄貴でごめんな……。お前らはちゃんと働いて、しっかり固定資産税を払って━━━━━」 ここで豚郎は、力なく笑う。 「━━━━生きろよ」 「アニキぃぃいい!」 「にぃちゃああああああん!」 強固なドアが、無情な音を立てて、閉まる。 まるで彼らの、今生の別れを告げるように。 三匹だった仲良し子豚の兄弟は、この日から二匹に。 税金という悪夢が見せる、最悪のシナリオ。 そう。この物語は、かつて三匹だった子豚の、物語。 END

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