P.N.恋スル兎
154 件の小説現代侍 最終章 其の25
翌日。 天城才賀と令和丸は、通り魔探しに出発する。 事態は急を要する。 休み慣れたベッドで休む暇も、温かい湯船に浸かる暇もない。 今日中に見つけ、そして、捉える。 「そう言えば、母君には連絡しなくて良いのか?」 「大丈夫だと思うけど、そうだね。一応連絡しておこっか」 まだ未成年の無断外泊となれば、元警察官の母は黙っていない。 ……という程でもないけれど、一応の筋として、通しておいて損はないだろう。 過剰に心配するタイプでは、もうない。 それはきっと、僕が変われたから。 「そう言えば御主から、父親について聞いた事はなかったな」 「あぁ、父さん? 大丈夫、健在だよ。単身赴任でほとんど帰ってきてないから、ここ数年会ってないけどね」 「そうか。母君は元警察官だったな。父君は何をしているんだ?」 「警視庁の警視監。日本警察トップの警視総監の一つ下」 ◇ ◇ 二人は一日中通り魔の捜索を続けるも、中々手掛かりを掴めず時間が過ぎ、十五時を回った。 因みにその時鞠家牡丹は、天城家にお邪魔していた。 「もっと大胆な奴かと思ったら、思ったより忍んでいるのだな」 令和丸と天城才賀の二人は、見晴らしのいい高層アパートの屋上に腰掛け、小休憩を挟む。 「……転生者って、同じ転生者の気配が分かるんじゃないの」 「あれは勇者が言ってた事だろう。残念ながら俺には分からぬ」 「そっか」 「それはそうと、巻き込んだ手前訊きにくいが、御主学校へは行かなくて良かったのか?」 「大丈夫、病欠にしてって母さんに頼んでるから。流石に明日くらいからは行かなきゃだけど」 「ならよいが……」 「もとより転入してきてる僕に、皆勤賞とかないし」 「正直、急な依頼故に、もう少し説得に時間がかかるものだと覚悟していた」 一日中歩き回り、流石に顔に疲れを見せる才賀を気遣うようにして、令和丸は言う。 「二択の決断に時間かけるほど、もう僕は優柔でも不断でもないよ」 かつての幼さが消えた柔らかな笑みで、才賀は言ってのける。 大きくなった。 令和丸は、素直にそう思った。 見た目の話だけではもちろんない。 あの、全てを諦観していた弱き日の少年の姿は、もうない。 「母君が安心して放任するのも頷ける」 「放任って」 「ところで、母君から返事はあったのか」 「んー、えっと……」 令和丸に言われ、才賀はスマホの通知を確認する。 どうやらかなり前に返信は来ていたようだった。 「『父帰省、顔見せられたし』……えっ」 返ってきていた返信を見て、少年は固まる。 「父さん、帰ってきてるって……」 「なんだその嫌そうな顔は」 「いやぁ……、父さん、熱血というか苛烈というか」 「嗚呼、不得手そうだな」 「僕が落ちこぼれたのも、父の教育方針の反動だし」 はぁあ、と才賀は深いため息を吐く。 幼い頃に植え付けられた苦手意識は、そう簡単に克服できない。 「とりあえず今夜家に一旦帰る。帰らなかったら帰らなかったで面倒だ」 「同伴してやろうか?」 「……流石に結構です」 ◇ ◇ そして日が暮れ、才賀は自宅の玄関を開ける。 時刻は二十時十分。 およそ一日半ぶりの帰宅であった。 「ただいまぁー……」 おそるおそる、単独で自宅へと足を踏み入れてゆく才賀。 「よぉ、不良少年。まぁ、座れや」 リビングのソファに横柄に鎮座する才賀の父、才一郎は、感情の読めない不敵な笑みを浮かべ、そう言った。
現代侍 最終章 其の24
ところは岩流丘高校旧校舎の、かつて教室だった一室。 宮本武蔵は教卓に、天城才賀は机に腰掛け、状況を整理する。 「……巌流島の戦いの再現……ね」 歴史を紐解くと、宮本武蔵VS佐々木小次郎のカードに思い至るのは、至ってシンプルで判りやすい。 故に、天城才賀は思った。 「事態を鑑みるなら、何も同じ世界線の、実力も特性も近しい侍をぶつけるんじゃなくて」 もっと異能を以て制圧力のある者を再転生させれば良いのではないだろうか、と。 「例えば━━━━魔法と剣術に長けた、勇者とか」 「その通りではあるな。今回は戦闘が目的ではなく、制圧確保が目的である以上、武士に武士をあてがう事に非合理性を感じるのだろう?」 「……まぁ」 「理由は二つだ。一つは、この肉体が一般人のそれではなく、“全盛期の実力を最大限発揮出来る完成体”であること」 「…………」 なるほど、と才賀は思う。 つまり、僕の肉体を使って刀を振るっていた頃とは比べ物にならない実力を発揮出来ると━━━たとえ佐々木小次郎がどんな一般人の肉体を手に入れていようと、それが普通の人間である以上、フィジカル面で大きなアドバンテージが生まれる、というわけか。 「で、二つ目は?」 「十二文字のじいさんが歴史オタクだからだ」 「…………納得」 昔、宮本武蔵のファンだの言っていた気がする。 ならば、伝説の対戦カードを生で鑑賞したいと思う気持ちはあるだろう。 人的被害の出る真面目な案件に私情を存分に挟んでくるところが、根っからのマッドサイエンティストなんだよなあ……。 「本来であればこれは十二文字のじいさん指揮の元、御主らを巻き込まずに解決すべき大人の案件なんだ」 「何を今更と思わなくもないけど、まあそうだろうね」 「だが俺は御主を相方に立てる事を希望した。勝手に再転生させた条件としてな」 「…………」 「決して真剣勝負で奴に遅れを取るとは思っていない。それでも今回の任務の成功率を上げる為に、御主に助力を依頼したい」 「いいよ」 「……いい返事だ」 さしあたって、と、宮本武蔵は悪い笑みを浮かべる。 「世が更けた頃に、少し手合わせをしよう。御主の力、試してやる。全力で来い」 ◇ ◇ こうして、深夜の激しい手合わせは、静まり返る住宅地に鋼の交錯音を響かせた。 彼らのフィールドは町全体。 あの子の家の屋根や電柱、壁面、全てが足場。 月明かりの下、二人は楽しそうに真剣を振るうのだった。
現代侍 最終章 其の23
かつて公園だった空き地に、一人佇む天城才賀。 その背後に、無音の影が忍び寄る。 「━━━━」 その気配は一気に二人の間合いを詰め、無音のまま才賀に襲いかかる━━━━━━。 手に携えた“真剣”を━━━振り下ろす。 「…………っつ!」 「ほう」 寸前で気配を察知し、紙一重でその太刀筋を躱して直ちに構えに入る才賀を見て、その影の主は感嘆の声を漏らす。 「……っ! お前が今回の事件の……?」 才賀は自分に斬りかかってきた男の姿を目視し、問う。 丈のある身長に袴と道着姿、隆々とした筋骨に鋭利な日本刀。 口角は上がっているものの、獲物を見るような鋭い瞳、無精髭に雑に束ねられたボサボサの長髪。 なんだ……この、既視感……。 「更に腕を磨いていたようで安心したぜ。相棒」 侍姿の男は、朗らかな声で、そう、才賀に言った。 “相棒”と。 「…………え、令和丸?」 確かに初見で感じたのは━━━━令和丸の雰囲気。 安心感。 でも、そんなはずは。 なぜ、実体がある……? 「じゃあ……この傷害事件は、令和丸の仕業だったってこと?」 「んな訳あるか。その件で御主に会いに来たのだ。少し、場所を変えて説明する。犯人は、別の侍だ」 そうして少年と侍は、久しぶりの再開を果たし、現状に起きている事の整理を行うのであった。 犯人の目星が立っている令和丸にとって、その犯人との共通点の多い自分の姿は、地上では目立つことは明らか。 二人は空き地からそう遠くない人目の付かない場所を目指した。 そして自然と辿り着く。 岩流丘高校の、旧校舎に。 刻は放課後、帰宅部が帰り部活動がまだ活動している間隙(かんげき)を狙って、二人はかつての学び舎に忍び込む。 岩流丘高校の旧校舎はとある一件から侵入対策が強固となったのだが、裏を返せば、より他の生徒が寄りつけなくなったということになる。 つまり、ひとたび中へ侵入ってしまえば、外側からバレる事はほぼなくなるということ。 どこぞの侍のおかげで、身体能力が底上げされ、その後の自主訓練で究められた才賀の運動神経であれば、強固な一階窓の更に上、つまり二階からの侵入は容易いものである。 学校側も、まさか二階から入ろうなどと言う者は居ないだろうと思っていたのか、二階の窓には一箇所、無施錠があった。 なので、二人は、そこから事も無げに、音も無く侵入る。 「久しぶりだなぁ」 「令和丸の時にここ入ってないよ」 と軽い冗句を交わし。 数ある教室の中の一室に腰を落ち着かせた二人は、本題に踏み込む。 「さて、まずは俺がここにいる経緯を話そうか」 「……頼むよ」 どか、と一際背の高い教卓に腰を下ろすと、令和丸は訥々と語り始めた。 「およそ一年前、俺は現代(ここ)での役目を終え、元の世界へと還った。そして数日前、あの十二文字とかいうじいさんに、再びこの世に転生させられたのだ。完璧な肉体付きで」 ……あのマッドサイエンティストめ、まだ兵器の研究を……。 「否━━━━俺を転生させた目的は、兵器利用ではない。強いて言えば、“尻拭いの為の救援要請”と言ったところだな」 令和丸は、続ける。 「転生後現世(こっち)で死んだと思われていたとある転生体が、今になって生き延びていた事が判明したらしい。その転生体の名は『佐々木小次郎』。かつて俺が辛勝を収めた侍だ。佐々木小次郎の相手となれば、この宮本武蔵しかおらぬだろ?」
現代侍 最終章 其の22
ここで時系列を二日ほど前に戻し、冒頭の方で登場していた我らが主人公、天城才賀の動向を詳(つまび)らかにしていこう。 逢刻(おうとき)高校での放課後。 道場で部活前の清掃をしていた才賀の元に、不良生徒が凶報を持って訪れた。 『仲間が侍に襲われた』 部長であった才賀は部活を自主練にし、不良生徒と共にその現場へと向かったのだった。 まだ連続発生を知る前だったにせよ、才賀の脳裏には、マッドサイエンティストによる転生実験の被検体である可能性が過ぎっていた。 可能性どころか、十中八九そうだろう……! 侍に襲われたという場所には、既に救急車、警察が到着しており、生徒たちが救急車内で応急処置を受けているところであった。 助けを求めに来た不良生徒情報のみでは、何者による犯行なのか、その目的はなんなのかすら定かではないが、 負傷者当人たちからも聞かねばなるまい。 才賀は、かつて公園だった空き地での人混みを掻き分け、負傷者達のもとまで辿り着いた。 「誰にやられたんだ?」 「ば、番長…………すいやせん、番長の格、下げるような真似しちまって……」 「格ならもうその呼び名から下げてるから大丈夫。で、侍はなんて言ってた?」 搬送されるのも時間の問題。 ならば、端的な情報だけでも掴んで、被害が拡大する前に解決せねば━━━━。 「何者かはわかりませんが……侍は……」 不良生徒の一人が、ダイイングメッセージのように、生気を振り絞って答える。 「“宮本武蔵を知っているか”……と、言っていました」 ━━━やはり。 目的は━━━━━━━令和丸。 否━━━━宮本武蔵。 宮本武蔵を狙う侍━━━━その正体とは、何者なんだ? ◇ ◇ 不良生徒改め負傷生徒達は、救急車により搬送され、現場には警察官数名が残ったが、犯人の特定は難しいと判断されたのか、程なくしてそれらも掃け、天城才賀と付き添いの不良生徒のみが残ったのだった。 「宮本武蔵を知っているか……か」 「はぁ……誰すか? その宮なんたらって」 「そっか、君は知らなかったのかぁ。なら仕方ないな」 とりあえず、ここに残っていても仕方がない。 部活は自主練にした事だし、ツテを頼りに情報収集していかなくてはなるまい。 「そんじゃ、僕らも帰ろうか。君は無事でよかったね」 「番……才賀さん、あいつら、大丈夫ですかね」 「命に関わる状態では無いって言ってたから、心配いらないと思うよ。まぁ、明日以降見舞いくらいには行ってあげよっか」 「はい! それじゃあ、失礼します!」 「タメでいいってば。また明日ね」 そう言って帰路に着く不良生徒の背中を見送る才賀。 「帰ろう」とは言ったが、才賀本人にそのつもりは無いようであった。 そしてついに、空き地には才賀が一人、残る。 「……さて」 と、一息ついたところで。 まるで。 一人になるところを狙っていたかのように。 才賀の背後に大きな陰が忍び寄る。
現代侍 最終章 其の21
それは、現代からおよそ四〇〇年前のお話。 かつて悪鬼と呼ばれた少年は、幾千の死闘を経て、天下にその名を轟かせた。 生まれ名は新免武蔵(しんめんたけぞう)。 その後改(あらため)、宮本武蔵(みやもとむさし)と名乗るその侍は、純粋に己が力のみを求め、その真髄へと辿り着く━━━。 類まれなる感覚と恵まれた体躯を持って生まれた少年は、まるで童の戯れのように、真剣を振るい、返り血を浴びて育つ。 己を拾い育ててくれた義父から離れ、型破りな師から遊戯ではない剣術を学び、男は他に比肩なき天下に轟く侍となった。 佐々木小次郎と名乗るその侍は、師からの流派、『巌流(がんりゅう)』を背負い、強者を求める。 一つの時代に現れた、二振りの最強の矛。 その刃は、とある島で交錯した。 後に皮肉にも『巌流島』と名付けられる事となるその無名の島での死闘を制したのは、宮本武蔵であった。 歴史に名を残す名勝負。 それ故に、歴史上もっとも有名な『敗北者』となった男こそ、佐々木小次郎なのである━━━━。 ◇ ◇ 天城才賀に再び襲いかからんと息を巻いていた佐々木小次郎は、今、床に伏している。 その床に伏した姿勢から身動きが取れない。 それは、とある男が、押さえつけているからにほかならない。 「よ。ひさしぶりだな。小次郎殿」 身長は高い。 道着姿でも分かるほどの筋肉を付けた大きな体躯は、抵抗の無意味さを地に伏す男に突き付ける。 後ろで雑に纏めてひとつに縛った長髪。 おかげで、その鋭い眼光をした精悍な顔がはっきりと露わになっている。 不敵な笑みを浮かべ、その男も所持していた真剣を、伏した佐々木小次郎の鼻先を掠める位置に突き立てた。 「みっ………」 佐々木小次郎は声を振り絞る。 「宮本武蔵ぃぃぃぃいいい!」 「御主は驕りが過ぎる。今も昔も。俺達は現代(ここ)じゃ異分子。真剣勝負なんて、時代じゃねぇんだよ」 「大人しく拘束されてください。抵抗は無駄です。貴方のために、緊縛のプロフェッショナルも呼んでいるので」 才賀は言う。 「だれが緊縛のプロフェッショナルじゃ。父親を特殊性癖みたいに言うな」 「………!」 鞠家牡丹の後ろから、聞き覚えのある声がした。 天城才賀の父、天城才一郎。 「………さ、侍が二人……? 天城が、二人……?」 牡丹の思考が追いつかない。 「緊縛じゃねえ。拘束だ。つてで特注の拘束具、借りてきちゃったもんねー」 おどけたように、才一郎はおぞましいほどに厳つい拘束具を、片手で弄ぶ。 「詳しい説明は後でしてやる。今は退がってなお嬢ちゃん」 「…………」 何者なんだ……テンガのお父さんって……。 つい昨日まで、私と同じサイドの、いわゆる“追いかける側”の人間だったはずなのに……。 それに。 何より。 佐々木小次郎を組み敷くあの侍は。 宮本武蔵と叫ばれたあの侍は。 つまり。 「……令和丸……?」 テンガの中に居たはずの侍が、実体化したというのか。 誰か。 この状況を解説してくれ。
現代侍 最終章 其の20
「会いたかったよ。通り魔」 対峙する侍二人。 片方は、戦国の世に散った復讐に燃える現役の侍。 片方は、かつて日本を救った過去を秘める令和の侍。 宮本武蔵に敗れた侍と。 宮本武蔵を継いだ侍。 「ねぇ! アンタ! なんでいきなり斬りかかるの!」 鞠家牡丹は眼前に広がる現状を、遅れて理解する。 否が応でも、“自分が連れてきた男が、天城才賀に斬りかかったのだと”、理解する。 どうして。 どうして? そんなもの━━━━━━私が騙されたに、他ならないだろ。 「……全部……嘘だったの!?」 「可笑(おか)しな事を言う。嘘などついてはいない。真意を伝えなかっただけだ。勝手に信用したのは貴様だ」 佐々木小次郎は、視線を天城才賀に向けたまま、続ける。 「もっともらしい侍口調については、演技だがな」 子供は騙し易くて扱い易い。 「…………っ!」 暗に、そう言いたげな、冷めた口調。 今朝までのトーンとは、明らかに、ベツモノ。 考えてみれば━━━━否、考えてみるまでもなく、分かりきっていたことだった。 一年以上宮本武蔵を探し続けるだけの情熱が、何に起因するものなのかなど。 愛か━━━憎悪しか、あるまいに。 『勝手に信用したのは貴様だ』 その通り。 その通り以外に言葉はない。 (連続通り魔事件の犯人を、時代錯誤な侍を、根は善人だと信じ込んでいたのは、私のエゴだ) 牡丹の瞳に、悔しさと怒りから来る熱が篭もる。 「…………鞠家さんがここに来た理由は、何となく分かったよ」 天城才賀は、取った間合いを保ちつつ、真剣を持った侍を睨みつける。 「お前が鞠家さんを利用したんだな」 「…………そういう事だ。貴様は先程“人違い”と言っていたな? だが“会いたかった”とも。その辺りを、これから半殺しにして聞き出すとしよう」 何者かは知らんが、奴に対する釣り餌くらいにはなるだろう。 と、邪悪な笑みを浮かべる侍。 「安心して鞠家さん。自分を責める必要は無いよ」 佐々木小次郎の話を無視する形で、頭越しに、牡丹へと声をかける才賀。 「テンガ…………」 「さて。あなたの事は知っています。巌流・佐々木小次郎さん。近いうちにここに来ることも」 「……何?」 「まぁ、転生体にそのあたりの詳しい話をしても仕方が無いので、一つだけお伝えしておきます」 才賀は、続ける。 それと同時に、何者かが佐々木小次郎を、組み敷き、瞬時に制圧した。 瞬く間に。 「ぐっ………!?」 突然の出来事に、いきなりの衝撃に驚きを隠せない佐々木小次郎。 「「女の子騙して悦に浸ってんじゃねぇよクズ。罠にかかったのは、てめぇの方だ」」
現代侍 最終章 其の19
天城才賀が通う高校、逢刻高校へ不法侵入した鞠家牡丹は、早々に清水と名乗る男子生徒に見つかったが、幸いなことに天城才賀の後輩であったため、現在、彼の案内の元、天城才賀の所まで向かっている最中である。 「私が部外者だって、どうして分かったの?」 牡丹は、清水に問う。 「こんな綺麗な方、うちの高校に居ませんから。それにジャージも、よく見たら違うし、案外分かりますよ」 そっか。 侵入できたのは、本当に運が良かっただけということか。 今はもう、本物の生徒と歩いているため、疑われる事もないだろう。 てかこの子、一年生だろうに、それに、こんな童顔で、さらっと嬉しいことを言ってくれる。 「この廊下の突き当たりが、道場です」 迷路のような廊下を結構な回数曲がった後、清水は廊下の先にある障子風な引き違い戸を指差した。 「…………」 この先に………。 テンガが居る。 「さ、行きましょう。稽古が始まっていないうちに」 再び歩みを進める清水。 それに追従する、牡丹。 近付くにつれ、動悸が激しくなってゆく。 やだ私、緊張してる。 そして、ガラガラ、と。 清水が戸を引く。 「お疲れ様です! 部長、お客さんがお見えです!」 「お客さん?」 その声は、久々に聞く、懐かしい声。 清水の背後から道場を見遣ると、そこには、道場の中央で竹刀の手入れをする、天城才賀の姿があった。 ただ、昔と比べて━━━━━なんかこう、顔付きが違う。 昔の気弱な雰囲気は一切ない、洗礼されたオーラさえ感じる。 この人が……テンガ……? 「え……ま、鞠家さん……?」 向こうも突然の訪問者に、目を丸くする。 そりゃあそうだ。 「えへへ、ひ、ひさし」 途端、清水の背後の、牡丹の更に背後。 そこから猛速で二人を追い抜き、天城才賀へと向かう影。 その風圧に、再会の言葉まで詰まる。 「━━━━━━━━━!」 その影は━━━その男は。 ━━━━━━佐々木小次郎は。 勢いそのままに、見えない剣速で真剣を天城才賀へと振り下ろした。 「ぶ、部長!」 「ちょっと!?」 「………………………」 しかし、確実に天城才賀を袈裟斬りにしたと思われた佐々木小次郎の刀は、空を斬った。 天城才賀は、間合いを見切り、切っ先の届かない距離へ瞬時に後退していた。 竹刀を手入れする、座った状態からのその反応は、有り体に言えば異常。 その反応速度だけでも、佐々木小次郎が確信に至るには、十分だった。 「遂に見つけたぞ━━━宮本武蔵」 「人違いだけど、僕も会いたかったよ。通り魔」 道場の空気が、一気に張り詰める。
現代侍 最終章 其の18
「ついちゃった…………」 岩流丘(がんりゅうおか)高校からバスでおよそ十分。 隣校と言うだけあって、そう遠くない距離に、ここ、逢刻(おうとき)高校は所在する。 鞠家牡丹は、心の準備もままならないうちに、逢刻高校の正門前に到着した。 してしまった。 制服は道中のコンビニエンスストアのトイレで着替えてきたので、現在はジャージ姿である。 放課後に見かける逢刻高校の生徒のジャージに似てるものを自宅から持参していたので、それに着替えていた。 これを着て入れば、すぐにはバレまい。 幸い、予想通り、制服姿やジャージ姿、運動着姿の生徒達が、授業を終え、校内や敷地内に散在していた。 これなら、紛れられそうだと、牡丹は意を決する。 友人と放課後トークに花を咲かせる生徒。 部活動に打ち込む生徒。 いずれの生徒も鞠家牡丹を気にする様子はない。 牡丹は、正面生徒玄関から堂々と侵入り、持参した上履きに履き替え、校舎内へと足を踏み入れる。 わりと、すんなり。 (そういった面では、学校のセキュリティって、少し心許ないかもね……) なんて思いつつ、牡丹は校舎内へ歩を進める。 (……………………なっ) 初めて入る校舎。 (……なんて、広い) その“広さ”に驚愕する。 確かに敷地からデカイなとは思っていたが。 本校舎で言えば、岩流丘高校の二倍はありそうだ。 もっとも、岩流丘高校には、敷地内に本校舎とは別に旧校舎もあるので、敷地の総合面積でいえばどっこいどっこいだろうが、ここの本校舎内は案内図を熟読しなくては余裕で迷子になれるほどに広い。 (えーと、案内図は……あった) 校内の案内図は来客兼職員用玄関近くの壁面に掲示されていた。 そりゃあそうか。 「えーと、なになに……テンガは道場にいるんだっけ……」 「どこかお探しですか?」 ふと背後から呼びかけられた。 牡丹は、真っ先に「しまった」と思った。 振り返ると、可愛げな顔をした男子生徒。 制服姿だ。 「えっと……」 『どこかお探しですか?』という聞きかたは、牡丹が“部外者”であるという前提の質問の仕方である。 そんなにキョドっていたか? それとも、ジャージの違い? 教師陣ではなく、いち生徒にバレただけならセーフか? 様々な思考を巡らせつつも、牡丹は少年に道場への道を訊ねることにした。 「道場へ、行きたいんだけれど」 「道場!?」 途端、少年の目が見開く。 え、もうなんかマズった? 「剣道部に用ですか? まさか入部希望? 時期的には珍しいですけど、歓迎しますよ!」 「……え?」 「あ、僕、剣道部員の清水って言います! 同級生には見かけない顔なので、転校したての先輩とかですか?」 「あ、いや、えっと。入部希望ではなくて」 「え、あ、ごめんなさい。早合点しちゃいましたか」 「天城才賀って人に用事が……」 「部長に! 今日たまたま来てるらしいんで、会えますよ!」 たまたま? そうか、自宅に帰ってなかった期間、部活、あるいは学校も休んでいたのか。 ならば今日いるという情報は、朗報だった。 無駄足にならなくて良かった。 「案内しますね」 私も人のことを言えないが、この子もおよそ警戒心に欠如しているのではないかというほどに、なんて言うか、ホスピタリティが高い。 そんなやり取りを経て、牡丹は、少年の歩みについて行く。 「部長にこんな綺麗な彼女さんがいるとは思いませんでした」 「違います」 二人はそんなお決まりの会話を挟みつつ、逢刻高校の生徒の中を進む。
現代侍 最終章 其の17
侍を家に招いた翌朝。 鞠家牡丹は、いつも通り自宅の玄関を一人で出て、通学路を辿る。 もちろん誰も残らない自宅に向かって「行ってきます」とは言わなかったが、重要なところはそこではない。 家に招いた侍はどうしたのかと言うと。 玄関から外に出た牡丹の上から降ってきた。 「お早う。良い朝でござるな」 「シュタッじゃないのよ。出てくるな。昨日の夜から忍んでって言ったでしょ」 「朝の挨拶は大事だと思って」 「はいはいおはよう。それでははやくまた忍んでください」 「御意、行ってらっしゃいでござる」 「…………行ってきますでござる」 学校以外での「おはよう」も、自宅玄関での「行ってきます」も、鞠家牡丹は言い慣れていない。 あんたも行くんだろうが、と心の中で思いながらも、どこかこそばゆいような、少し嬉しいような、不思議な感覚を抱いた。 挨拶を済ますと、再び侍は身軽な身のこなしを見せ、瞬く間に牡丹の視界から消える。 非日常感。 まさに自分がその渦中にいるのだと、実感した。 退屈な日常が覆ること。 私が━━━━望んでいたこと。 少し、人生も捨てたものでは無いと、思えてくる。 ◇ ◇ 「おはよー牡丹! んん? あれあれ? 何だか今日はご機嫌ですな? イケメンに優しくされてメロメロになってる顔してる!」 「具体的だけど、そんな顔してません」 岩流丘高校の、自分の所属する教室に足を踏み入れた途端、クラスメイトの女子からの、鋭い挨拶が突き刺さってきた。 「……おはよ」 前半はさておき、後半はまるで違う。 どいつもこいつも、ツッコミ待ちのようなボケをかましてきおって。 「牡丹牡丹、今日放課後、おデートしない? 新しくできた大通りのカフェ!」 「んー、ごめん。今日は少し用事があって……」 「がーん。男?」 「違うって」 「ふーん、ま、りょーかい! また今度ー」 絶対勘違いをしたニヤニヤ顔のまま、クラスメイトの友人は引き下がる。 「そういえば、今話題の通り魔トーク! 噂では、遠い昔の時代からタイムスリップしてきた、落ち武者説が激アツ」 「はいはい。落ち武者ね」 あまりその話を深堀するとボロが出そうなので、興味無いようなフリをして、早々に切り上げようとする牡丹。 まさかこの近くに当人が忍んでいるとは思うまい。 それにしても、ねぇお侍さん……落ち武者だってさ。 ◇ ◇ そして時は過ぎ、放課後。 荷物を素早くまとめ、牡丹は校舎を飛び出す。 向かう先は、隣校。 逢刻(おうとき)高等学校。
現代侍 最終章 其の16
「拙者も学校に行きとうでござる」 宮本武蔵を追う侍と鞠家牡丹の作戦会議は、夕暮れ、鞠家家のリビングで始まった。 「ほ、本気でござるか」 侍は至って真面目に提案しているようだが、一体どこの女子高生が侍を従えてスクールライフを送れるというのだ。 このご時世、瞬く間にSNSの槍玉に挙げられることだろう。 あいにく、さすがに我が校の制服━━━特に男子用の制服━━━ましてやこの侍の背丈に合うものなど、我が家には用意はない。 和装でなくてもこの背丈と顔貌で十分目立つと言うのに。 「拙者忍ぶのも得意でござるゆえ、牡丹殿に迷惑はかけないでござるよ」 「ほんとかなぁ……?」 忍者的な事を言っているのだろうか。 確かに、天城父から逃走したあの身のこなしは、侍と言うより忍者のようだった。 「もしお侍さんがバレたら、私は他人のフリするからね」 「御意にござる」 とりあえず私についてこなければいいや、と、牡丹は楽観的に判断した。 魔法少女よろしく小さなマスコット的な妖精とかならまだ対処法はあるだろうが、侍はスクバには入らない。 忍べるというのなら、忍んでもらう。 「明日の学校についてくるのは分かったんだけど、宮本武蔵は、うちの学校にはいないよ?」 「ぬ? ……では牡丹殿は、何をしに学校へ行くのでござるか?」 「勉強だろ」 この侍は自由でいいな。 仮に牡丹が優等生であれば、一日くらい仮病を使って天城才賀が通う隣校に行っても良かったのだが、残念ながら牡丹の成績にそんな理由で休むほどの余裕はない。 ましてや平日の日中時間に他校の生徒が侵入したとなれば、それこそ牡丹が御用である。 だから、行くならば━━━。 「明日の放課後。学校の授業全部終わったら、探しに行こうか」 天城母からの情報によれば、息子は隣校の剣道部に所属しているようだ。 昔の“テンガ”からしたら有り得ない競技である。 放課後の、ジャージやウェアの生徒、外部顧問が入乱れる下校時間を狙って行くことができれば、道場までなら辿り着けるだろうと、牡丹は思考する。 「━━御意」 ━━━この時牡丹は、この侍に対する警戒心を既にほとんど解いていた。 得体の知れない逃走犯だということなど、忘れて。 否、忘れてはいないが、それを“些末な問題”と捉えてしまっていた。 家に招いている時点で自己防衛意識は無いに等しいが、ボロボロになりながらもひたむきに人探しを続けていた侍の姿に、憐憫の感情を抱いたのかもしれない。 それがいかに危険なのかを、牡丹は理解できない。 “ボロボロになりながら探し続ける”程の執着心が、“何”から来ているものなのか、問い質してでも明らかにすべきだった。 しかしそれも結果論。 そして、そのツケは、直ぐに回ってくる。