空空 空

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空空 空

空空 空(カラゾラ アキ)と申します。普段はなろうでごちゃごちゃ書いてます。こっちでもちょこちょこ遊んでいきたいと思います。

すごく「ん?」ってこと言っていい?

 どこからともなく、という言葉がある。 たぶん物書きなら結構な頻度で使うと思う。 物書きでなくても、きっと慣れ親しんだ言葉だろう。  その「どこからともなく」だが、普段日常では「どこからともなく」の一塊で使っていると思うのだ。  ところが声に出すのではなく、文章として綴るとき「どこから」と「ともなく」の切れ目を普段以上に意識する。  書くときは「どこからともなく」ではなく「どこから/ともなく」なのだ。  それを感じた瞬間、なんだかハッとするというか、すごく新鮮な気持ちになる。 一回だけじゃない、毎回だ。  なんか・・・・・・そういうのって、あるよね。 ってやつ。

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ハロウィン

「ねぇ、ハロウィンってさ・・・・・・どう思う?」 「車ひっくり返すお祭りでしょ?バカだよねぇ」 「そ、それは・・・・・・」  十月。 九月にはまだ残っていた暑さも拭い去られ、もはや秋まですっ飛ばしてしまったみたいに寒い。  見上げる空は快晴だけど、それに似つかわしくない寒さだ。  そんな寒空の下、私たちはハロウィンについて話していた。 話を振ったのは私。  実は一緒にそのお祭りを楽しむつもりで声をかけたのだが、彼女はだいぶ極端なことを言って笑った。 ほんの一例だから、それ。  なんとなく、昔からこういう価値観の違いは感じていた。 たぶん、私と彼女はかなり違うタイプの人間だ。  けれども、全然違う種類だからずっと一緒に居るのだと思う。 なんと言うか、共通の何かで繋がっているという関係ではないのだ。 そして、その関係が心地いい。 同時にもどかしくもある。  全然違う私たちでも、同じことで笑ったり泣いたりしたいと思うときがあるのだ。 彼女は絶対そんなこと思わないけど。  さて、そんなわけでハロウィン作戦は駆け出しで躓いてしまった。 あの返事をされて「実は行きたいんだけど・・・・・・」なんて切り出せる性格じゃない。  どうしたものかと頭を悩ませていると、彼女がこちらを面白そうに見ていることに気づく。 「・・・・・・? 何?」 「いや、ハロウィンってお盆の海外版らしいよ。コスプレ大会でなく」 「・・・・・・え、何?」  脈絡なく・・・・・・いや、あったか? まぁそれはいいとして、唐突に彼女がそんなことを言ってきた。 「いや、だからさ・・・・・・私はコスプレしないよ。恥ずかしいもん」  何を思ったか、彼女は私を変な目で見てくる。 まるで変態オヤジを眺めるような・・・・・・いや、まさしくその視線で私を突き刺す。  やましい気持ちなんて全然無かったのに、思わず視線を逸らしている。 何故かイタズラがバレたときみたいにドキドキしてる。 「い、いや・・・・・・それより!」  それより何より重要なこと。 「い、行く!? ・・・・・・の? ハロウィン」 「ハロウィンっていうのは行くものだったのか」  それは今はいいから! 「コスプレはしないって」  しろ! ・・・・・・じゃなくて、それはつまり・・・・・・。 「来る、ってことだよね」  彼女の薄い笑みの張り付いた顔を見上げる。 その瞬間、抑えきれにくなったのか、ついには声を出して笑い始めてしまった。 「な、何さ!」  彼女の笑いの波はまだ引かない。 なんでか私は怒ってるみたいな受け答えをしたけど、ほんとは嬉しかった。 たぶん混乱してるんだと思う。 「ごめん、ごめん・・・・・・あんまり真剣な顔で迫るもんだからさ。ハロウィン、楽しみにしてたんだなぁって」 「うぐ」  全くの図星で、言葉に詰まる。 歩いてたら棒に当たった犬の気持ちがよく分かった。 すぐ忘れるけど。 「知ってたの・・・・・・?」 「顔に書いてあった。・・・・・・ていうか、その話をしてきた時点でもうそのつもりじゃん」  どうも顔に出やすいようで、後手ながら表情をキリッと硬めようとする。 しかし彼女に頬をこねられ、解されてしまった。  冷たい空気に晒されていた頬に、彼女の体温がやどる。 けれどもその温度以上に、ほっぺたが暖かかった。 「・・・・・・だけど、仮装は・・・・・・して」 「やぁだ」 「仮装してくれないと、イタズラ、する・・・・・・しちゃう、ぞぉー・・・・・・」  慣れない振る舞いに、自分でやってて恥ずかしくなってくる。 関節が錆びついたみたいにぎくしゃくする。 それを見て、彼女はまた小さく笑った。 「楽しみにしてるよ、イタズラ」

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夢日記 ♯7

 猫を探していた。  戸締りはちゃんとしてあるし、家の中には居ると思うのだが・・・・・・。  片手に握るのは猫探知機。 自転車のあのハンドルとブレーキのレバーの部分、そこだけ引っこ抜いて持ってきたような姿をしている。  プラスチック製で、レバーは白いスモークのかかった半透明。 そこにはお祭りのおもちゃみたいにカラフルに光る小さな電球がいくつか内蔵されている。 レバーを引いて、そして近くに猫が居ればそれが七色に輝き、猫との距離によって音量が変わるブザーが喚き散らすという仕組みだ。 因みにブザー音は猫の鳴き声。  そのレバーを引くと、やはり家には居るようで虹色がチカチカ輝いた。 ブザーはまだ小さい。 「あっちか・・・・・・?」  手の中から繰り返される「ニャー、ニャー」をばら撒きながら、音量を頼りに廊下を進んで行った。

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飛行機雲

 飛行機雲が、高く青い空に真っ直ぐな線を引いた。 その細長い雲は、私の中の大切な記憶を呼び起こす。  いつかはきっと・・・・・・。 そう思い続けて、気づけば私だけ大人になっていた。  あの日以来だ。 空の青さに宇宙を感じるようになったのは。  薄い雲の向こう側に広がる無重力の海。 星の残骸が漂う海。 この地球も、もうその残骸の一つに数えて問題ないだろう。  宇宙に散らばる星の残骸たちは、前文明の大戦で蹴散らされたらしい。 私たちの星もまた、その前文明と同じ危機に晒されている。  引き継がれた前文明の情報によれば、脅威の名は凶竜。 竜とは名ばかりに、その姿は様々だ。 肝心のその正体についての記録は残っていない。 だが、今では専ら世界の免疫システムと解釈されている。  そんな脅威のことも、過去の過ちも忘れて、私の周りの人々は発掘された前文明の精巧な愛玩ロボットに夢中だ。 そこに武力に転用出来るような技術は無いというのに。  あの日。 あの夏の日。 人類は、この星を捨てようとした。  繰り返し現れる凶竜に、長い時間をかけて作り上げた都市は蹂躙され、残った機甲と私たちの文明の残骸に身を隠して生きている。  そんな日々に嫌気がさした人類は、まだ壊れていない星の地球化に着手した。 正確にはしようとした。  そのテラフォーミングは失敗したのだ。  極限まで軽量化された惑星開発型機甲は、最終的には十五歳以下の子供しか乗れない設計になってしまった。 そうして選ばれた八人の子供たちは、人類の未来を託されて宇宙へ飛び立ったのだ。 燃える夕日に、真っ白な飛行機雲を残して。  その結果、少年少女たちが残したのはその雲だけだった。  凶竜は、飛び立った機甲たちの元へ転移したのだ。  一瞬にして最小限の装備しかない惑星開発型機甲部隊は壊滅した。 機甲たちは残骸すら残さずに燃え尽きた。  その中に、シイナという私によく似た少女が居た。 短い間だったが、私も会ったことがある。 同じ時間を過ごしたことがある。  そしてもう一つ、シイナの機体だけ実は信号がまだ途絶えていないのだ。 生死はともかく、彼女は宇宙に放逐されている。  分かっている。 彼女が戻らないであろうことは。  だけど、もしかしたらと思わずにはいられないのだ。  廃墟の街の希望を背負った少女。 人工太陽の光を反射する水面のようにきらきら眩しい笑顔を浮かべる彼女。 そんな記憶ばかりが繰り返し再生されて、飛行機雲はそんな記憶の象徴だった。  私は彼女の残した悪趣味な悪戯の一つ。 人工生命体417号・シイナ。 あの雲の影、忘れられた夏の日の残像だ。

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夢日記 ♯6

 夢を見ない・・・・・・!!  これからは! 夢見たときだけ!! 書くようにします!!!

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夢日記 ♯5-2

 続いて二つ目です。 二つ目は、どこかのバックヤードで男子高校生二人にからかわれるという夢でした。  その二人はどちらもなんだかガラの悪そうな感じで、あんまりいい気持ちはしません。 ちょっとこわ〜い高校生って感じです。  そんな年下相手にビビりながらからかわれ続けるわけですが、流石にずっとそうだと嫌な気持ちになってきます。 けれどもそれを面と向かって伝えられるはずもなく、何を血迷ったか高校生のダルい前振りにのってしまいました。  私はケツを出しただけなのですが、結果としてこれが大ウケ。 まさかの爆笑でした。  それを契機に私のエンターテイナー魂に火がついて(夢の中ではそういう設定らしい)私の方でもちょっと調子に乗り始めて、何だかんだ意気投合しました。  感動ですね。 人間って分かり合えるものなんですね。  で、何これ。  さてさて、本当は三つ目もあったと思うんですが、残念ながらこれらを書いている内に忘れてしまいました。  思い出したらまた書くつもりですが、とりあえずはこれで今日の夢はお終いとさせていただきます。

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夢日記 ♯5-1

 今日の夢はてんこもりです。 もうちゃんと夢っていう夢を見ました。  最近、あんまりちゃんと夢見ないものだから前提から破綻してたかなとか、なろうで前書いたやつ持ってきたけどここに出すには文字数多すぎたなぁとか思っていたわけですが、ついに夢にまで見た夢を見ることが出来ましたよ。  さて、それじゃ夢の内容に移りましょう。  今回、一晩にして複数の夢を見ました。 いや、もしかしたら脈絡のない一続きの夢かもしれません。  こんな感じで複数の夢の記憶があるのですが、それをどういう順序で見たのかが判然としません。 ですから、思い出した順番で書きます。  まず一つ目、それは知らない誰かの家でオリンピックの生中継かクレヨンしんちゃんの映画かのどちらか片方を見るという選択を迫られる夢でした。  自分が居た部屋は、テレビがあるだけでそれ以外は何も置いていませんでした。 床がフローリングだったので、私の家じゃないことは確かです(私の家は畳よん)。  部屋には窓も照明も無いのに、高純度な朝日をそのまま取り込んだみたいに爽やかに明るかったです。  さて、そうして私(たぶん私)はテレビ画面を眺めているわけですが、そこには「どっちのゲームで遊びますか?」みたいな調子で、二つのウィンドウが表示されていました。  そこにはオリンピックの中継とクレヨンしんちゃんという二つの選択肢があるわけですが、騙されちゃいけません。 このオリンピックの中継、実はオリンピックの中継ではありません。 なんと、その正体はクレヨンしんちゃんの名場面セレクションなのです!  ・・・・・・。 だから何だ!  まぁそんなわけなんですが、私は何故かオリンピック中継も結局クレヨンしんちゃんだと知っていました。  そして二つのクレヨンしんちゃんで悩み抜いた末、名場面セレクションを見ました。  そこでこの夢は終わります。 少し長くなってしまったので、二つ目は別枠で話しましょう。

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夢日記 ♯4

 飼い猫に叩き起こされた。  餌はある。 トイレもう○こは無い。  じゃあ何故・・・・・・?  そんなことは考えても仕方ない。 朝になると鳴き出す、そういう生き物なんだと思ってる。 因みに今は布団のわきに寝転がっている。 人を起こしといてすることがそれかい・・・・・・。  あ、今のは現実の話ね。 夢は見たのかもしれないけど、猫に腹の上を歩かれたときに忘れてしまった。  今は二度寝中。 再び布団に潜って、枕に顔面沈めてる。 もしかしたらまた夢を見るかもしれない。  アラームは本来起きるべき時間にちゃんとセットしてあるから大丈夫だ。 あんまり長くは寝てられないけど。  そんな短い睡眠時間じゃ、夢の途中で起こされてしまうかもしれない・・・・・・なんて風にも思うが、確か人間は夢を、あの支離滅裂なストーリーを一瞬で見ているというから問題ないだろう。 というかそもそも夢の終わりってどこだっていう疑問もある。  あんな無茶苦茶な物語、正味どこで終わっても区切りがいいとはいかないだろう。 映画みたいに展開的に「あ、終わりだな」っていう終わりは訪れないのだ。  だから、どこで途切れても、どんなにぶつ切りでも、そこが夢の終わりなのだろう。 ようは夢に途中もクソもないのだ。  つまりだからどういうことかってーと・・・・・・! いつ起きても問題ないってコト!  眠りに落ちる前に一言、見上げた天井からぶら下がる照明が眩しい。 変えたばかりなんだ。  二言になっちゃった・・・・・・。 おやすみ。

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夢日記 ♯3

 二度寝の甲斐あって、遂に夢を見た。 しかしまぁ・・・・・・酷く面白味を欠いた夢だ。  あのいかにも夢という感じのぐちゃぐちゃさが全く感じられない。 その上記憶の欠損も激しい。  一言で言ってしまえば、夢の中で目覚める夢だった。  夢の中でも私は寝ていて、そして目覚めた。 目覚めてから何をしたか、そこから面白くなってくるってところなのにそれが思い出せない。  断片としては頭の中にあるような気がするが、それが夢として、眠っている間私の脳が見せた映像としての形を保っていない。  テレビの画面を数ドットだけ覚えているようなものだ。 それ単体では何の意味も持たない。  何かを見たというのだけあって、何を見たか分からない。  もう一ついい例えを思いついた。 料理だ。  美味しかった、不味かった・・・・・・それは覚えていても、どう美味しかったのかは覚えていない。 その感覚に・・・・・・近いか・・・・・・?  やっぱりあまりいい例えじゃないかもしれない。  だが、とにかく夢は見た。 これは大きな進展のはずだ。  余談だが、二度寝の所為で学校の課題の提出期限を危うく過ぎそうになった。 間に合ったので安心して欲しい。  それではまた明日。

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いびつな手

 私とシオンは、小学生の頃から友人だった。  入学してから初めての席替えで私が教室の隅に追いやられたとき、たまたまその隣がシオンだったのだ。  シオンは、何というかちょっと変わった子で、よく分からないうちにいつの間にか友達になっていた。  人の心に入り込むのが得意で、だから気がつけば私の中に居て、いつの間にか私の手を握っていた。  私たちの性格は対照的で、クラスの評価でも明るくて元気なシオンちゃんと人見知りで俯きがちな私ときっぱり分かれていた。  今思えば何故私たちが仲良くなったかなんてさっぱり分からない。 席替えまでは話さなかったし、なんだか奇妙なものだ。  私たちは同じ教室で、同じような時間を過ごし、同じように育っていった。  背が伸びる度に大人に近づいて、そして気がつけばもう高校生。 お互いに足の生えたおたまじゃくしくらいになってしまった。  時間が流れて、変わっていったものはたくさんある。  私とシオンの関係も同じで、私たちを繋ぐものは友情ではなくなっていた。  じゃあ何かと言われれば、それは分からない。 恋愛感情に似ているけど、たぶん違う。 女同士だし。  だけど、それに似た何かが私たちを繋いでいた。 手の繋ぎ方も、それに応じて変わった。  だから、きっとこれからも変わっていく。 そう、これからも・・・・・・。 「ごめん。私、ゾンビなの」  シオンの言葉に、記憶が焼き切れた。 積み重ねたものがグラつき、歪に歪む。  シオンはこんな冗談を言う子ではない。 それは今まででよく知っている。  私の部屋に、夕方の柔らかな光が滲む。  ベッドで私の隣に横たわる制服の少女は潤んだ瞳で、重々しく口を開いた。 「私・・・・・・この前、本当についこの間。・・・・・・噛まれたの」  ゾンビ。 シオンはそう言う言葉を選んだが、正確には人殺しのウイルスだ。 そいつらは人を噛み殺し、その体を使って増える。 死んだままの人間を操る。 しかも、誰にもそのことを気づかせないために、記憶を覗き、心を取り込み、生前を模倣するのだ。 「・・・・・・馬鹿なこと言わないでちょうだい。ゾンビだとしたら・・・・・・私にそんなこと話さないでしょ」  そう、ゾンビならそんな自己紹介をすることに何の得も無い。 そうやって無理矢理納得しようとした。 「・・・・・・エリカだって知ってるでしょ・・・・・・」  シオンが体を起こし、私に背を向けて座る。 私は体を動かすことが出来なかった。  私だってよく知っている。 ゾンビの模倣は、完璧すぎるのだ。  自分がゾンビであるという意識があるだけで、それ以外は生前と何も変わりはしない。 「だって・・・・・・そんなのおかしいじゃない・・・・・・だって・・・・・・」  何が「だって」なのか、言っている自分でもよく分からない。 あるいはそれが見つかれば、どれほど良かったか。 「おかしく・・・・・・ないよ」  シオンが弱々しく私の肩を引く。 私はそれ以上に弱々しく、シオンに向いた。  少し距離をとって、枕の上に座る。 目の前に居る少女の姿は、どうしようもなくシオンだった。  シオンは今にも泣きそうな顔で、こちらを見つめる。 私はそのまっすぐな視線から目を逸らした。  シオンがゆっくりと自らの左腕を持ち上げ、それを逆の手のひらで掴む。 「何を・・・・・・」  白い肌に、細い指が食い込む。 握る力が強くなる度に、左手の指先がピクリと動いた。 「何・・・・・・やってるの・・・・・・?」  分からない、とひりつく息を吐く。  シオンは真っ直ぐ私を見つめたまま、更に力を込めた。 腕の角度が徐々に不自然になり、ミシミシと聞いたことのない音が小さく鳴り出す。 「ちょっと・・・・・・」 「大丈夫。痛くないから」  私の言葉には耳を傾けず、更に力を込める。 「ちょっと・・・・・・ねぇ!やめてよ・・・・・・!!」  シオンは何かを堪えるように、震える下唇を噛み締めた。  瞬間、シオンの指の隙間から肉がこぼれる。 「ひ・・・・・・」  握り折られた腕は、ただの肉の塊になって垂れ下がり、ぷらぷら揺れた。 ひしゃげた肉は複雑で、砕けた骨をぐちゃぐちゃの筋繊維から覗かせている。  息を吸うことしか出来なくなって、呼吸が乱れる。 思わず後ずさるが、途中で力が入らなくなって、また少し距離が開いただけだった。 「やめてよ・・・・・・何やってるの・・・・・・やめてよ・・・・・・!」  怖いんだか悲しいんだか分からない。  足を体に寄せて、頭を抱えて、目の前の真実から逃げようとする。 私の膝を、溢れた涙が伝った。  そんな私の肩を、シオンは残った右腕で引き寄せる。 シオンの真っ直ぐさは残酷で、私に逃げることを許さない。 「見て!お願い!これが私!本当なの、本当に私は死んじゃったの・・・・・・!」  シオンが叫ぶ声にも、涙が滲む。 喋っていないときでも唇が震えていた。  シオンは私に真実を、折れた腕を、こぼれた肉片を突きつける。  肉の赤と、骨の白。 しかし一滴も血は流れ出ないのだった。  血が通っていない。 それは人でないということの何よりも大きな証明だった。  シオンが項垂れる私を見て俯く。 「ごめん・・・・・・。でも、分かってよ。私はもう私じゃない。シオンは私が殺しちゃった。・・・・・・だけど、でも・・・・・・私は・・・・・・」  涙が、ポタリとシーツに垂れる。 私の涙も、シオンの涙も、止まることはない。 「・・・・・・聞いてよ、分かってよ。私じゃないけど、私なんだよ。許してよ・・・・・・私はエリカが・・・・・・」  右腕で涙を拭って、縋るように私に手を伸ばす。 その指先が首筋に触れると、ぞわっと冷たい感情が背中に走った。  キッとシオンを睨みつける。 歯をくいしばるようにして、その腕を振り払った。 「ふざけないで!都合のいいこと言わないでよ!あなたはシオンを殺した・・・・・・それだけでしょ・・・・・・」 「違うよ・・・・・・分かって、ねぇ分かってよ・・・・・・」  私の目からも、シオンの目からも、涙がボロボロこぼれる。 そのシオンそっくりのシオンの泣き顔に吐き気を催した。  一つ一つ、シオンとの記憶が泡となって弾ける。 その度に怒りは、憎しみは降り積もった。 「ねぇ・・・・・・お願いだよ、私・・・・・・」  縋ってくるシオンを突き飛ばす。 軽い体は簡単にベッドの上に倒れた。 「エリ、カ・・・・・・」  体を起こそうとするシオンを踏みつけるように立ち上がる。 嫌だ嫌だと首を横に振って、シオンから逃げるように部屋を飛び出した。  シオンが追ってくることはなかった。  私の部屋にシオンを置いてきてしまったわけだが、きっとあそこで私が戻るのを待っているわけでもないだろう。 シオンだったら、こういうとききっとそうする。  訳がわからないまま、どこへ向かうでもなく夕焼けに沈む街を走り続けた。  整理がつかないまま思い出と憎しみがごちゃ混ぜになって、それがそのまま吐き気として表出した。  落ち着く頃には、日は沈み、夜に街灯りがチカチカ光っていた。  その光が、まだ涙が乾き切らない瞳に焼き付く。 今の私には明るすぎた。  家に戻れば、当たり前に両親が帰って来ていて、シオンの姿もどこにもなかった。 シーツに転がった肉片も残っていない。  思い出せば、再び寒気と吐き気が訪れる。 今日はこのベッドで寝るのは躊躇われた。 「・・・・・・どうしよう」  自分の部屋に、居場所がないような気がして隅っこの本棚の影で体育座りする。  意識すれば、鼓動が激しくなっているのを感じる。 目の奥に痛みを感じる。  きっと保健所に連絡をすれば、駆除してくれるだろう。 噛み殺す以外で感染しないので、扱いは害獣とほとんど変わらなかった。  震える手で、ポケットをまさぐる。 探すまでもなく携帯はそこにあった。  携帯の明るい画面を見つめると、胸の内側が乾く。 カサついた心を撫でると、痛みが走った。 「ふ・・・・・・うぅ・・・・・・」  携帯電話の壁紙の、シオンと一緒に撮った猫の写真が今は見たくなかった。  携帯と一緒にヒザを抱えて、嗚咽を漏らす。 暗い部屋の隅で、肩を震わせる。 自分の体を抱きしめて、ただ耐え忍んだ。  やがて携帯の画面が暗くなる。 ずっと操作をしなかったからだ。  きっとあの腕だ。 他の誰かがそれを見つけて通報するだろう。 私じゃなくていい。  きっと、そしたらきっと、私たちも感染していないかって調べられて、そしてそれを「めんどくさいな」って思って忘れていくんだ。 何もかも。  自分の部屋に戻って、ベッドに沈む。 幸い、私の姿を誰かに見られることはなかった。 いや、幸いかも分からない。  腕はテーピングして無理矢理正しい形に戻してある。 それで一体この傷がどうなるのか、それは分からなかった。 「何で・・・・・・私は私じゃないんだろう・・・・・・。私は私と何が違うんだろう・・・・・・」  左の手のひらを、握ったり開いたり、それを繰り返す。 繋がっていないはずなのに、当然のように動いた。  腕を握り潰すのは怖かった。 全く痛くなくて、もっと怖かった。  でもきっと、エリカはもっと怖かったんだと思う。  何が私はシオンと違うのかと言えば、それは何もかもだった。  明日になれば、誰かが私を駆除しに来るのだろうか。 殺されてしまうのだろうか。 「・・・・・・やだ。怖い・・・・・・」  もう死んでるのにね。  私の部屋だけど、私の部屋じゃない。 私の親じゃない。 そして、私の体じゃない。  この壊れた花瓶に収まっている私は、どうしようもなくシオンになれなかった。  私がどんな心境だって、朝は決まった時間にやってくる。  友達が死にました。 友達が殺されました。 犯人が友達の顔で、笑いました、泣きました。  ついに耐えきれなくなって、私は自分の部屋を一歩出た所で吐いた。  隠そうにも隠せないし、隠したところできっとまた次があるから意味がない。  両親にも稀の体調不良ということで片付けられた。  別にそれでいい。 真実なんて聞かれたくないし、話したくない。  少なくとも今日は学校を休むことになったので、それでよかった。  両親に部屋で寝ていろと言われる。 ベッドが視界に入ると、背筋にゾッと嫌なものが走ったが、抵抗するのもおかしいので大人しく潜り込んだ。  また吐き気が込み上げる。 両親は不安そうに私を見つめるが、既に時間も無いので、やがて家を去った。  一人になると、途端に耳に静寂が張り付く。 それは今の私にとって、苦痛でしかなかった。  一旦ベッドから出て、別の部屋にあるテレビを点ける。 私の部屋まで音が届くようにして、少し迷ったが再びベッドに潜った。  どれだけ強く目を閉じても、枕は夢の世界の入り口に変わらない。 地続きの現実で、大切な友人を失った喪失感が胸を引き裂く。  気がつけば、また泣いていた。 部屋に私の鼻を啜る音が溶けて、ひどく惨めな感じがした。  私はシオンと共に生きる時間が長すぎた。 もうありえない過去の日々に手を伸ばせば、その腕はあの時のように潰れるだけだった。  エリカの朝は早い。 だから、いつも私は遅れてその背中を追いかけるんだ。  そうやって、後ろから抱きついたり、手を引ったくったり。 実はエリカも私を待っていたことを知っている。  しかしそれは今や私たちの思い出ではない。 シオンとエリカの思い出なのだ。  私だって覚えているのに、同じことを感じたのに、私のものではない。  私のものはその先。 今ある胸の痛みだけが私のものだ。  話したいことがあった。 謝りたかった。 そして本当のことを話した私も認めてもらいたかった。  登校する制服の群れの中に、エリカの後ろ姿を幻視する。  風に揺れる髪、歩調と同期して上下する肩。 少し前までは確かにあったはずのものだった。  エリカは来ていない。 空は晴れているのに、私の胸中は重苦しい雲に呑まれていた。 もうずっと、晴れ間を見ていない。  授業の声も、休み時間の喧騒も、今の私には何でもない。 死んでいれば意味もない。  ただ腕の包帯を隠すように、机に突っ伏した。  何で私じゃダメなんだろう。 そう何度も問いかける。  その理由は明白だし、私にはもうどうしようもない。  それでも、選ばれなかった苦痛が、既に機能していない脳を縛り上げた。  私は偽物だ。 それも、本物を殺して、更にその真似事をする最悪の偽物だ。 そんな私を、エリカが許せるはずがない。  私がエリカを好きなように、エリカもシオンが好きだった。 その好意・・・・・・愛情と言っても差し支えないくらいのそれが大きい程、それはそのまま私を憎む理由になる。  なら、エリカも偽物になれば・・・・・・そうすれば私と前のように、元通りに・・・・・・。  そこまで考えて、自分の考えにゾッとする。  これが仲間を増やすゾンビの気持ちなのだ。  違うなら同じになればいい。 そう言う仕組みで、この憎らしいウイルスは増えているのだ。  利用されている、とそう感じた。 利用している張本人に他ならないけど。  テレビの音声が途絶える。 早めに帰って来た母が、電源を切ったのだ。  一度部屋を覗きに来たけど、母は何も言わなかった。  頭の中で、昨日がぐるぐるする。 胸の中がぐちゃぐちゃになる。  時間の感覚は希薄で、今が何時ごろなのかも分からない。 食欲も湧かない。  辛い。 「・・・・・・辛い」  ただ辛い。 壊れてしまいそうで・・・・・・いや、もう壊れているのかも知れなかった。  また、泣きそうになる。 吐きそうになる。  しかし突然開かれたドアの音に、それらは引っ込んだ。  背中側から、母の声が伸びる。 「エリカ・・・・・・シオンちゃん来てくれたわよ」  その言葉に、全身に突き抜けるような衝撃が走った。 心臓がきゅーっとなって、息苦しくなる。  目が回るような思いをしながら振り向いた。 「お母さん、何で・・・・・・!」  何でと言っても、母は何も知りはしない。 「・・・・・・なん、で・・・・・・」  だから、言葉も勢いを失った。  母の影から、シオンが顔を出す。 「や、大丈夫・・・・・・?今日学校来なかったね・・・・・・心配したよ。その顔・・・・・・ろくに寝てないでしょ」  取り繕うようにシオンは笑った。  今更、昨日のことを無かったことにしようと言うのか。 しかしそれは左腕の包帯が許さなかった。  母が立ち去ると、シオンはこちらに歩み寄ってくる。 何も言わず、ベッドに、私の足元に腰掛けた。 「ほんと・・・・・・大丈夫?何か買ってきたらよかったかな・・・・・・」  こちらを見ずに、入り口のドアに向かって言い放つ。  既に開き切った傷口をガラス片で何度も突き刺されるような、そんな気分だった。 「何で・・・・・・?何で来たの・・・・・・?」 「そりゃあ、もうさ・・・・・・心配だからだよ。だってさ・・・・・・」 「帰って。あなたを通報してはいない。だから帰って・・・・・・」  顔を見ないように吐き捨てる。 声は壁に跳ね返って、やがて消えた。  沈黙が部屋を支配する。 誰も喋らない。  私にもう言うべきことは無いし、シオンは喋れなかった。  しばらくの静寂の後、シオンが重たい空気を払い除けるように、更に重たい話を始めた。 「私たち、元に戻れないかな」 「戻れないわよ。あなたが違うもの。シオンは戻らないもの」 「・・・・・・」  シオンが悲しそうな表情をする。 シオンの顔で、そんなことしないで欲しい。  シオンのものをことごとく奪って自分のものにするなら、せめて私だけはシオンのもののままでいたかった。 そうじゃなくても、嫌いだ。 「・・・・・・そっか」  シオンの手のひらが、布団をぎゅっと握りしめる。  そして突然、ゆらりと立ち上がった。 「そうだよね・・・・・・分かってた・・・・・・」  ふらふらと肩を揺らす。 その表情は影に隠れてよく見えない。  そして、シオンが私に覆い被さる。 「・・・・・・!?ちょっと!?」  足掻くが、信じられないくらいの力で押さえつけられて、身動きが取れない。 そうだ、今のシオンには人の腕を片手で砕く程の力があるのだ。 「ごめんね。痛いかも知れないけど・・・・・・」  シオンの顔が、顎が、私の首にせまる。  柔らかい前髪が、私の首筋に垂れた。  精一杯抵抗するが、私の腕で押してもびくともしない。  首筋に、頸動脈に、歯が触れる。 唾液が首を濡らし、舌が喉を這う。  震えながらも、力が込められていった。  シオンの肩を押す。 当然動かない。  それでも押す。 拒絶し続ける。  そして・・・・・・。 ふっと、糸が切れたかのようにシオンは力を失った。  私の腕に押されて、首から離れる。 恐る恐る首を撫でれば、歯型が付いただけで、傷はなかった。 「・・・・・・出来ないや」  シオンがぐずるようにへたり込む。 「ふざけないでよ・・・・・・!」  私は苛立ちに任せて、シオンの首に掴みかかった。 先程と全く体勢が逆転する。  私がシオンに跨り、その首を締め上げた。  シオンは怪力も使わずに、ただ受け入れるように脱力していた。  その態度が気に入らなくて、喉に親指を押し込む。  それなのに、シオンは何の問題も無いように話し出した。 「・・・・・・いいよ。エリカなら。怖いけど、いいよ・・・・・・」 「・・・・・・」 「ごめんね。私がシオンじゃなくて・・・・・・」  指が喉の微妙な動きに押し返される。 またシオンは涙を流し始めていた。 「痛いの、苦しいの。死んでるのに、生きてないのに」  シオンの頬に涙の粒が垂れる。 それは私の。 やがて混ざって区別がつかなくなった。 「だから・・・・・・エリカの手で終わらせて。たぶんそれが私に残されたたった一つの幸せ」 「ふざけないでよ・・・・・・」  私の腕も、力なく垂れる。 涙で曇った視界に、包帯の腕が映った。 「もうこれ以上シオンの体を傷つけないで。私に傷つけさせないで。・・・・・・帰って・・・・・・」 「・・・・・・」 「・・・・・・うん」  何か言いたげにしていたけど、結局何も言わずに部屋を後にする。  また、夕方だった。  限界を迎えた体は、沈むように眠りにつく。  その夜、シオンの夢を見た。 夢の中の私は、シオンの死を知らないのに、ゾンビなんて概念ごと存在しないのに、涙が止まらなかった。  たぶん、幸せな夢だった。  夢は終わり、地球の重力の下に戻される。  相変わらず吐き気は健在で、だけれど今日は学校に行くことにした。  テーブルに並べられた朝食をボーっと眺めて、ただ時間だけが過ぎる。 結局何も食べずにいつもよりずっと遅い時間に家を出た。  背後から、誰かがやって来るのを期待する。 わざとゆっくり歩く。 来ないと分かっているのに。  無理矢理無表情を保とうとして、頬の筋肉が震えた。  歩きながら、喉がひくつくのを感じる。 泣きすぎてしまったのか、涙は出なかった。  静かに、涙も流さず泣く。 失ったものの大きさを、再び感じた。  学校に近づくと、いつも私が待っていた場所にシオンが待っていた。 そんな態度が、そんな姿勢が、とことん憎い。  だけれど、その姿は私が探している人と全く同じで、だから体が求めてしまう。  悔しいような、痛いような、そんな思いが心に空いた穴に引っ掻き傷をつける。  どうしようもなくて、私は不安定な歩幅で、シオンに向かって歩き出した。  こちらに背を向けて待っているシオンの腕を、そっと握る。 シオンもそっと、それに指を絡めた。 「何であなたはシオンじゃないの?」  言い訳めいた言葉が口をついて出る。 枯らしたはずの涙が、再び湧き出した。  声が震える。 握る手に力がこもる。  こんなに精巧なのに、そっくりなのに、同じなのに、彼女はシオンじゃない。 「ごめん・・・・・・」  それにシオンは本当に申し訳なさそうに答えた。  きっと、これから私たちは傷つけあう。 私は永遠にシオンと手を繋ぐことが出来なくて、彼女もまた私に手を握ってもらえることは無い。 私の手はシオンの手を探しているのだから。  求められるものを持っていないのだ、お互いに。  これから世界がどうなるかは分からない。 けれど、きっともう私たちの関係は変わらないだろう。 これからも、ずっと・・・・・・。

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