黒猫
16 件の小説約束
彼女と僕との約束。何度も指切りをした。 何も知らない僕は 「必ず叶えてあげる」 と無責任に吐いて、病室を出た。 その夜、彼女は死んだ。僕と彼女が指切りをしたとき、彼女はわかっていた。自分が死ぬことを。 生きるのが難しいことを。 僕は酷く後悔した。叶えてあげるって約束したのに、逆に彼女に無理をさせてしまった。 僕は彼女の葬式に参列した。彼女は箱の中でたくさんの花に包まれ眠っていた。いや、眠っていたという表現より、永眠していた。の方が正しいが。僕にはまだ現実を受け止めきれていない。 その時、彼女の母親が涙を拭いながら、手紙を差し出してきた。手紙には僕の名前と彼女の名前が書いていた。 拝啓 湊様 今日の約束覚えていますか? 私が貴方に「元気になったら、貴方と花畑に行きたい」そう言った日。そしたら貴方は笑顔で「必ず叶えてあげる」そう言ってくれました。私、わかってました。今日死んでしまうことも。もう貴方の顔を見ることができないことを。でも、夢を見るだけなら自由だから。私は最期の瞬間まで夢を見ていたかった。だけど、今この手紙を書いて、私は現実に引き戻されています。貴方のせいですよ?私、貴方のそばにいたいって気持ちが抑えきれない。泣くのは嫌いだから泣きたくないのに、貴方のせいで。いえ、人のせいにするのはよくありませんね。正直に言います。貴方が大好きでした。ずっと、貴方の笑顔が、貴方の言葉が、貴方の全てが大好きでした。だから、私のお葬式ぐらい暗い顔をしないで笑って下さい。 結衣。 僕はいつの間にか涙を流し、崩れ落ちていた。 「僕も大好きだよ。…愛してる。」 僕の言葉に彼女の母親は泣き崩れてしまった。 僕は箱の中にいる彼女に向かって笑顔で言いました。 「貴方を僕は絶対に忘れない。約束。」
夢幻泡影
美しく儚く 燃え上がる 綺麗な炎が舞い上がる 綺麗なあの子は 丸焦げに 悲鳴さえも美しい 美しく儚く 燃え尽きる 綺麗なあの子は 自分の美しさで丸焦げに
残された罪
許してほしい 真っ白な紙の真ん中に、乱雑に書かれた一言。 彼女は何を許してほしかったのか、誰に許されたかったのか、僕にはきっと、この先理解できる日などこないだろう。 僕はお墓の前で呟く。 「君は強くて優しい女性だった。でも、ちっとも強くなんてなかったんだね。」 僕の声は静かに墓石に吸い込まれていき、返ってくるのは冷たい沈黙だけだった。 その沈黙は、彼女を追い詰めたのが他ならぬ僕であることを突きつけているようだった。
愛し、呪い続ける
拝啓 親愛なる━━━様 私は貴方を愛し、呪います。 今日も、私は居もしない神に祈りを捧げる。 夕暮れ。教会を出た私は重たい足を引きずるようにして家へ帰る。 「おかえり」 そう言って笑みを浮かべ、母は料理を丁寧に机に並べていた。 席につくと、母も正面の席に腰を降ろし、食事の前に━━もう何千回と聞かれた言葉が、また投げかけられる。 「今日のお祈りどうだった?しっかり神様に感謝できた?」 私はいつもと同じ言葉を繰り返す。 「うん。しっかりお祈りしたよ。」 私の言葉に母は変わらない笑みを浮かべた。 口に運んだ料理は、やはり何も味がしなかった。 何千回と繰り返される、神への祈り、 味のしない料理、変わらぬ問いかけ。 その全てが不快不快でたまらない。 だから、 私は貴方を愛し、呪います。
壊れるまで、そばにいて 最終話
僕らは夜の波打ち際、砂浜に座り、静かに会話をした。 「…海に来る約束してたのに、だいぶ来るの遅くなっちゃったね。」 「クラスメイトの死、先生の死、色々あったからね。」 僕はずっと疑問だったことを翔太に聞いた。 「翔太が殺したの?」 この問いかけにまったく恐怖という感情が込められておらず、自分で聞いたのに少し驚いてしまった。 「…うん、僕が殺した。」 そう静かに笑う翔太の笑顔に僕は安心感を覚えた。 「そっか、やっぱりか。…理由、聞いてもいい?」 翔太は僕をみつめて微笑んだ。 「もちろん。…でも、呆れないでね…女子は蒼に嘘ついて僕と蒼が会話する時間を奪ったから。…先生は放課後に蒼を呼び出して、教室に僕を1人にしたから。…」 僕は子供みたいだなと思いながら、聞いた。 「じゃあ、さっき殺した真美は?」 「…あの女子は、蒼の肩に触れてた…から」 僕は子供じみた理由に思わず吹き出してしまった。翔太は恥ずかしそうに言う。 「…笑わないでよ…呆れた…?」 僕は暫く笑っていたが、翔太をみつめて言った。 「呆れてなんかないよ。」 そう言った僕に翔太は安堵の笑みを浮かべた。 僕は続けて聞いた。 「転校してきたとき、沖縄にはじめて来たって嘘ついたよね。あれなんで?」 「…嘘ついたほうが、蒼と早く仲良くなれる気がして…」 僕は微笑んで、思っていたことを吐き出した。 「ねぇ翔太、…心中しない?」 その提案はまるで子供の遊びに誘うような、するっと簡単に出てきた。 翔太は僕の提案に一瞬目を見開いたがすぐに笑顔で言った。 「蒼となら喜んで。…もう思い残すことはないんだ。」 僕は翔太の答えに頷き、僕らは教室に来た。 教室は暗く、窓からは満月が綺麗に見えていた。 翔太は僕の隣に並び、言った。 「どう?…いつもとまったく違う夏の風景は」 最初の翔太との会話を思い出す。僕は満月を見ながら、呟いた。 「もう、夏は終わるけど。…でも、この風景は悪くないね。」 僕らは笑いあった。 しばらく笑いあっていた僕らは教卓の中からカッターを取り出し、自分たちの腕を深く切った。 不思議と痛くなんてなかった。翔太もその感覚は同じようだった。 僕らは意識が無くなるまで色々な話をした。 「蒼、僕、蒼のことが好きだよ。」 「僕も翔太のことが好きだよ。」 「蒼、地獄に行っても一緒にいてくれる?」 「もちろん。僕はずっとそばにいるよ。」 「壊れるまで、そばにいて」 その瞬間、教室の扉が開いた。 どうやら見回りに来た警備員のようだった。警備員は僕らの様子に救急車、パトカーを呼んだ。 意識が朦朧としている中、翔太は僕の手を握り、微笑んだ。 「お前だけを1番愛している。」 僕は彼の手を力強く握り返した。 ━━━暗転━━━━ 僕は病室で目を覚ました。目を覚ますなり、僕の体調に問題がないことを確認され、そのまま警察署へと連れていかれた。 警察は僕をみつめ、尋ねた。 「君らが教室で発見された日にクラスメイトの真美という女子生徒が公園で遺体として発見されたんだ。」 警察の言葉に僕は翔太が真美を刺していたのを思い出した。 警察はそのまま続ける。 「あの日、君らはあの公園に行かなかったか?」 「覚えていません。」 はっきり答えた。 「……じゃあ、最後に真美に会ったのは事件の何日前?」 なかば、諦めたような、呆れたような乾いた声が取調室に響く 「……覚えていません」 この状況でも平然としているのが自分でも恐ろしかった。 事情聴取が終わり、僕は病院に戻った。 看護師に翔太の部屋番号を教えてもらい、翔太に会いに行った。 翔太は意識不明の状態だった。 ━━━エピローグ━━━━ 僕はもう少しで退院だ。でも、翔太はまだ目が覚めていない。 僕は過去のことをメモに、一つ一つ丁寧に書きながら、今も隣で寝ている翔太をみつめた。 もう、覚悟を決めようと思う。 翔太を殺して、僕も死ぬ。僕はそう決心し、翔太の首もとにカッターを当てた。そのとき、翔太の瞼がピクリと動いた。 「翔太…?」 ゆっくりと瞼が開き、その目はしっかりと僕を移していた。 「…蒼、?」 ━━━━━━━━━━━━━━━ 後書き 「壊れるまで、そばにいて」を最後まで見てくださり本当にありがとうございます。 この作品は私の親友とともに作り上げた作品です。親友がいなければこの作品を完成させることは出来なかったと思います。 大切な親友、そしてここまで見てくださった方に感謝します。 次の作品にも付き合ってくれると嬉しいです。
壊れるまで、そばにいて 九話
僕は、翔太をそのままにしておきたくなくて自分の家で話を聞くことにした。 僕の家に入るなり、翔太は僕に抱きつき、ぽつりぽつりと呟いた。 「僕、蒼にだけは嫌われたくない。…お願いだから、そばにいて。」 そんな翔太の言葉に僕は微笑んだ。 「…馬鹿なこと言わないでよ。僕はもとから翔太のそばを離れるつもりなんてないよ。」 翔太はさらに強く抱きしめた。そんな翔太をよそに僕は翔太にあの日、転校してきたときの話をした。 「僕ね、翔太をはじめてみたときにはじめて会った気がしないと思ったんだよ。……おかしい話だと思うけど、僕らどこかで会わなかった…?」 そんな馬鹿みたいな、でも心の底から感じた問いかけに翔太は泣き出した。 「……僕ら、会ってるんだ、…幼いころに、」 そんな言葉に僕は翔太の目をみつめた。翔太は真っ直ぐと僕を見つめ、話し始めた。 僕の両親はいつも喧嘩がたえなかった。だから喧嘩の声を聞きたくなくて、夜はよく公園に来ていた。そう、蒼を呼び出したあの公園。 あの公園でいつものようにベンチに座ってぼーっと夜空を眺めたんだ。そのときに蒼、君と出会った。蒼は僕の隣にそっと座ってこう言ったんだよ。 「…君も1人?僕と同じだね。」 蒼は何気ない一言だったのかもしれない。でも僕には蒼の「僕と同じ」という言葉に寂しい思いをしているのは僕だけじゃないという安心感が芽生えた。 その日から僕らは夜中によく会ったよ。 蒼と会話をしているのはとても楽しかった。 お互いに名前を聞き忘れてしまうぐらいに。 でも、ある日の夜から蒼は公園に来なくなった。とても怖かったんだ。蒼がいることでやっと正気を保っていたのに、僕は何かが激しく音を立てて壊れるのを感じた。 はじめて人を殺したのはその日だった。 家に帰るなり、僕はキッチンから包丁を取り出し、喧嘩している両親のもとにゆっくり近づいて最初に後ろから父さんを刺した。泣き叫ぶ母親を殺すのも簡単だった。 僕は両親を殺害したあと、警察署に向かって自首した。でも警察は両親は空き巣により殺され、僕はそのショックで記憶が書き変わっていると判断したんだ。 その後は父親のほうの親戚が哀れに思った僕を引き取ってくれたんだ。親戚は東京に住んでいたから僕は東京に引越した。 でも蒼を諦めきれなくて、絶対に沖縄に戻って蒼を探すために僕は必死に壊れたものを繋ぎ合わせてここまで頑張ってきたんだ。 そう言って涙を堪える翔太は幼子のように愛おしかった。 「…翔太、僕、思い出したよ。あの時の子供は翔太だったんだね。…僕も家庭環境が酷くて、何も言わずに夜、公園に逃げてたんだ。…でも、夜、公園にいることがばれて僕は酷く暴力を受けた。…これ以上怒られるのが怖かったんだ。…でもあの時僕は暴力を受けてでも君のもとへ行くべきだった。…ほんとにごめん。」 翔太は僕の謝罪に首を振った。 「謝る必要なんてないよ。思い出してくれてありがとう。…僕は君に忘れられて捨てられるのが1番怖いんだ。」 「僕は君を捨てたりなんかしない。絶対に。」 僕の答えに翔太ははじめて壊れてしまった心の奥から、やっと出てきたような――そんな笑顔を向けてくれた。その笑顔は窓から差し込む月の光に照らされ、美しく輝いていた。
壊れるまで、そばにいて 八話
空き教室から教室に戻ると、いつもより静かで暗いクラスの空気が僕の胸を締め付けた。 クラスメイトたちは一言も喋らず、机に突っ伏していたり、スマホをみつめていたりとみんなそれぞれに何かを抱えているようだった。 僕が自分の席に着き、翔太の姿を探していると、少し離れた席から恵梨と仲の良かった真美が立ち上がってこっちに来た。 彼女は僕の隣の席に座り、そっと話しかけてきた。 「…事情聴取、大丈夫だった…?」 僕は静かに頷いた。 さっきまでの空き教室の空気がまだ胸に残っていた。 真美は僕の顔を見ながら小さく言った。 「…優斗先生って生徒ひとりひとりにちゃんと向き合ってくれて、優しいから凄く好きだったの。優斗先生の雰囲気とか、めっちゃ安心できたから…」 その言葉に僕は張り詰めていた糸が、少しずつ緩くなっていく。 「…先生、僕のこと色々心配してくれてて、それで……」 声がかすんで、うまく言葉を続けられない。 そんな様子を見て真美は小さく頷いて、僕の肩に優しく触れた。 「…恵梨も優斗先生も殺されて……私怖いの…大切な人達がいなくなるの…これ以上耐えられないよ…」 僕はなんと声をかければいいのかわからなかった。 でも、大切な人と一緒に生きることができないという悲しみは痛い程わかる。 真美になんて声をかけようかと悩んでいると、 教室の扉が開いた。 翔太が扉の前で僕と真美を交互に見て、僕を見つめて無言で視線を送ってきた。その目に、言葉いらなかった。 「帰ろう」と、そう言っていた。 僕らは肩を並べ、静かに歩く。すごく重苦しい雰囲気なのに僕はとても安心できた。 静かだった静寂を破ったのは翔太だった。 「さっき、話してた人誰?」 翔太の声は冷たかった。 「…真美だよ。」 「真美…ね、」 今日は一段と翔太が怖く感じた。それでも僕は翔太のそばにいたい。そう感じてしまった。 その会話っきり、僕らは一言も喋らずに家についた。 僕は夜中に妙な胸騒ぎがし、なんとなく翔太にメールをした。 「翔太、起きてる?翔太の声が聞きたい。」 そのメール内容はまるで彼女が彼氏に送るメールみたいですぐはずかしくなり、消そうとした。だけど、既読がつき、すぐに返信がきた。 「◯◯駅の近くの◯◯公園。待ってるよ。」 僕は家の鍵も閉めずに飛び出し、メールの場所へと向かった。 公園につくと、僕は翔太を探した。公園の隅に2人の人がいる。1人は倒れていた。僕はゆっくりと近づいた。月明かりに照らし出された2人の人は、翔太と真美だった。真美が血まみれで倒れている。ナイフを持った、翔太はそんな真美を無表情で見つめていた。 「……しょう…た?」 僕の声に翔太は振り向き、僕に笑顔を向けた。 「……来てくれたんだ。僕、信じてた。蒼は……絶対に僕を見捨てないって」 そう笑った翔太はゆっくりと僕に近づいてくる。 逃げなきゃ。本能的にそう感じた。でも、足が動かない。もし、ここで逃げたら、翔太を苦しませてしまう。そんなの嫌だ。 そうぐだぐだ考えていると、翔太はいつの間にか僕の目の前に来ていた。 刺される…!そう感じ、ギュッと目をつぶったが翔太は僕を抱きしめるだけだった。 「翔太…?」 翔太は僕の声に小さく反応し、僕を抱きしめた手の力を込めた。 僕は静かに翔太を抱きしめ返した。 彼が人を殺していてもいい。どうしても一緒にいたい。 何もかも狂ってる。わかっている。でも僕の心は翔太にしか反応しない。
壊れるまで、そばにいて 七話
僕らのクラスは放課後、優斗先生の件で事情聴取されることになり、教室で自分たちの順番がくるのを待っていた。 警察側の配慮で生徒2人ずつ事情聴取をするようだった。 事情聴取から帰ってきた生徒たちの表情はとても暗く、誰も事情聴取の様子を聞ける様子ではなかった。 僕は翔太と2人で事情聴取を受けることになり、空き教室まで2人並んで静かに歩いた。 空き教室に入ると、この前とは別の刑事が椅子に座っており、僕らに手招きをしてこう言った。 「次は、蒼くんと翔太くんね。こっちに座ってくれ。」 その刑事は目が鋭く、言葉は丁寧だが、どこか威圧感のある人だった。 刑事さんは僕らを交互に見てから、先生が亡くなった経緯を教えてくれた。 「優斗先生は、凶器のレンガで頭を殴られ死亡。そして、そのまま家ごと燃やされた。 凶器のレンガにはフランス語が掘られてたんだ。」 「フランス語…」 僕の返しに刑事は続けた。 「フランス語、恵梨さんが亡くなったときも違う警察から聞いただろ?」 僕は小さく頷く。 「だから、恵梨を殺害した犯人と優斗先生を殺害した人は同一犯だと疑ってる。」 その言葉に翔太は首を傾げる。 「その話が僕らに関係あるんですか?」 その問いに刑事は言った。 「同一犯はきっと、この2人と関わりが深かったやつだ。それは同じクラスにしかいないだろ?」 僕はその言葉に息をのんだ。 翔太は不満そうに続ける。 「たかが高校生が大の大人と、うるさくしそうな女子を誰にも見つからずに殺せますか?」 「できるさ。」 刑事は静かに、しかし断言するように言った 「なぜ?」 刑事はその問いかけに、待っていましたと言わんばかりにニヤリと続けた。 「2人は殺される直前まで、抵抗をした形跡が全くなかったからだ。 普通、赤の他人が殺す場合、悲鳴や叫び声が聞こえる。だが、近隣住民はそんな声を聞いていなかった。 そして、パニックをおこし、あちこちに抵抗した形跡が残る。 だが、2人は死ぬ寸前のみ、抵抗していた。」 「恵梨は死ぬ寸前に叫ばなかったんですか?」 「恵梨さんは死ぬ寸前にのどを掻っ切られており、声が出せなかったんだ。」 翔太は納得したように頷く。 「恵梨は叫べなかった。そして、先生も死ぬ寸前まで抵抗していなかった。だから関係の深い人物なんですね。」 そう言った翔太の顔は不気味な笑みが浮かんでいた。 まるで、刑事の推測を楽しむようなそんな笑顔。 「だから、翔太くんと蒼くんには教えてほしいんだ。 2人と仲の良かった人でフランス語がわかる人。」 僕は翔太のほうをみる。 翔太はフランス語が読める。 言うべきか言わないべきか悩んでいると、翔太は刑事に向かって言った。 「僕は知りません。 ここに転校してきたばかりで仲のいい友達は蒼ぐらいしかいませんし。」 刑事は少し悩んだ顔をしたが翔太の言葉に頷き、僕のほうを見つめた。 僕はその目線に息が詰まりそうだった。 「……知りません。」 掠れた声でやっと出た言葉は翔太を庇う言葉だった。 だが、そんな僕の様子に違和感を感じたのか、刑事は言った。 「…そうか、すまないね。翔太くん、先に教室に戻ってくれるか?」 翔太は静かに席を立ち、僕に向かって言った。 「教室で待ってる。一緒に帰ろう。」 その声色がいつもと変わらないことに、逆に怖さを覚えた。 翔太の顔を見れば、何かを確かめてしまいそうで、僕は顔を上げられなかった。 翔太が出ていくと、刑事はゆっくりと僕に尋ねた。 「君、何か知ってるのかい?」 刑事の言葉に僕は首を振る。 すると、刑事はため息をつきながら話した。 「…さっき、レンガにはフランス語が掘られてたって言ったろ? その文字は、“tu n’as pas besoin”。」 刑事の言葉に僕は耳を疑った。 頭の奥がズキズキと痛んだ。 あのとき翔太が、なんの気なしに呟いたあの言葉。 僕は聞き流したふりをした。でも、本当はずっと引っかかってた。 ―どうしてそんな言葉、翔太が知ってたんだろう? 「このフランス語、日本語で“あなたは必要ない”という意味になるんだ。 もし、この言葉を友達から聞いたことがあるとかなら教えてほしい。」 喉が渇いて、言葉がうまく出なかった。 嘘をつくことが、こんなに苦しいなんて知らなかった。 それでも僕は、翔太を疑いたくなかった。疑う自分が嫌だった。 「僕はその言葉を聞いたことがありません。」 真っ直ぐと、でも僕の足は震えていた。 刑事は落ち着いた様子で礼を言い、空き教室から出ていった。 空き教室に僕は1人残され、翔太のことを考える。 「…翔太、僕は君を信じたいよ」 そう呟いた僕の声は、教室の冷たい空気に溶けていった。
壊れるまで、そばにいて 六話
朝いつものように、登校していると職員室前を通りかかったとき、不穏な会話が耳に入った。 「優斗先生が……?」 「でも、………の可能性は?」 チャイムの音と重なっていてよく聞こえなかったが、妙に胸騒ぎがした。 教室に入り、席に着くと翔太がいつもの笑顔を向けて話しかけてきた。 「おはよう!蒼、昨日さ花火をしたんだ!蒼も見て欲しかったなぁ〜、とっても綺麗だったんだよ?」 まるで感情のない人形のように笑う翔太が、妙に不気味だった。 教室に入ってきた先生は、優斗先生ではなく校長先生だった。クラスメイトが不思議そうな顔をすると、校長は重苦しい雰囲気をだし、話し始めた。 「担任の優斗先生が昨日、自宅で亡くなっていることがわかりました。…恵梨さんも亡くなり、先生も亡くなってしまったのはとてもショックが大きいと思います。ですが、切り替えて2人の分まで頑張りましょう。」 そう言って無理やり笑顔をつくった校長はとても汗をかいていた。 クラスメイトたちがショックを受けている中、翔太だけが笑っていた。 「先生亡くなったんだ。」 僕は翔太の言葉と、先生が亡くなったショックで頭がどうにかなってしまいそうだった。 「蒼は寂しい?悲しい?」 そんな当たり前の事を聞いてくる翔太は無邪気で恐怖を感じた。 「当たり前じゃん…先生は僕に色々良くしてくれてたから…」 「そっか、蒼が悲しそうな顔してると僕も悲しいよ。」 本当は、怖いはずなのに。 この笑顔に、どこか安心してしまう自分がいるのが気持ち悪かった。 でも、翔太がいなければ、僕はもっと壊れてたかもしれない。 授業中、昨日の放課後に先生たちが話していた内容を思い出す。 「優斗先生が最近なにかに追われている」 そんな感じの会話をうっすらと思い出しながらぼーっと、窓の外をながめていると、肩をたたかれた。隣を向くと、翔太がノートに何かを書き、僕に見せてきた。 「恵梨と優斗先生の次って、誰だと思う?」 そんな気味の悪い文章に青ざめ、僕は翔太をみつめた。 翔太はにっこりと笑う。 「冗談だよ冗談。びっくりした?」 こんなに普通でいられる翔太に恐怖を感じながらも、どこか僕は心地良さを感じていた。 放課後の帰り道、前を歩く女子たちは楽しそうに何かを話していた。 「ねぇ、昨日、優斗先生の家が燃えたって知ってる?しかも先生、火災の前に殺されてたんだって。頭をレンガで殴られた形跡があったらしいよ。」 「うそでしょ…?」 「そのレンガに、フランス語が掘られてたんだって。」 「……なんでそんなこと知ってるの?」 「パパが刑事なの。帰ってくるたびに仕事の話ばっかりでさ~。」 彼女たちの会話に僕は恵梨が亡くなったときに刑事から聞いたフランス語を思い出す。たしか、『邪魔をしないで』だったか、そんなことを考えていると翔太が話だす。 「tu n'as pas besoin…」 彼の急なフランス語に僕は翔太のほうを向く。翔太は相変わらず僕に笑顔を向けていた。 「…そのフランス語、意味は何?」 そう問いかける僕に翔太は口元に人差し指をあて、意地悪そうに笑う。 「教えない。」 僕は翔太が怖い。なのに、翔太がいない世界のほうがもっと怖い。 そんな風に思ってしまっている自分が、いちばん気味が悪かった。
壊れるまで、そばにいて 五話
雨はずっと降り続いていた。 傘の隙間から落ちる雨粒の音と、お経の声が混ざり合って、どこか遠くの世界にいるような気分だった。 黒い服を着た大人たちはうつむいて、泣いている。 泣かないといけない空気に包まれている中で、僕はただ、静かに手を合わせていた。 ふと隣を見ると、翔太が小さく笑っていた。 それが優しさなのか、別の感情なのか、僕にはわからなかった。 恵梨の葬儀が終わった翌日、学校は何事もなかったかのように始まった——普段通りに戻った学校。 恵梨の死は結局、事故扱いとなり、パトカーの出入りもなくなった。 少しずつ元通りになっていく生徒たちとは裏腹に僕は違和感が拭えなかった。 放課後、僕はいつも通り翔太と一緒に帰り、僕のマンション前で翔太に手を振って別れた。 マンションの階段を登って、自分の部屋の前に行くと、近所の人達の話し声が耳に入った。 「最近、夜中に物音が酷くてね。ドアの前を誰かが行ったり来たりしてるのよ。」 そんな会話。僕は少し怖いと感じたが家に入り、自分のことに集中することにした。 夜中、サイレン音がマンション中に響き渡り、僕はなかなか眠りにつくことができなかった。 翌朝、僕は少し寝坊してしまい急いで準備をすませ、家を出た。すると、 僕の家の隣の部屋から白い布をかけられたストレッチャーが運び出されていた。 そんな光景を見たあとに学校に行くのはとても気が重かった。教室に入り、自分の席に着く。 翔太は僕に笑顔で話しかける。 「蒼、今日来るの遅かったね?寝坊?」 「え?うん、寝坊した。昨日サイレン音がうるさくて眠れんくてさ、」 「そっか、それは悪いことしたなぁ、ごめんね。」 「え?なんで謝るの?」 「ううん、なんでもない。」 翔太の突然の謝罪に違和感を感じながらも、僕は今日朝見た、ストレッチャーを思い出す。 近所で1番良くしてくれたおばさん。 ふと無意識に僕はノートの隅に「誰かに見られてる」と書いてしまった。僕は慌てて、消そうとすると翔太が消そうとする僕の手を掴んで言った 「大丈夫だよ、僕が守ってあげる。」 その言葉で僕は安心できた。でも、翔太の笑顔には不気味さが滲んでいた。 僕は放課後に優斗先生のお手伝いで職員室に来ていた。翔太は不満そうな顔で教室で待っとくと言ってくれていた。 「蒼、良かったな翔太みたいな友達ができて。」 先生は優しく話す。 「お前、ずっと1人でいるからほんと翔太がこっちに転校してきてくれて良かったよ。」 僕はノートを先生の所に運びながら、笑顔で言う。 「そうですね、僕も翔太と友達になれて良かったです。彼といるのはとても楽しいので」 そう言った僕に安心した表情を浮かべ、先生はノートのお礼を言い、帰してくれた。 教室に戻ると、笑顔で翔太が手を振る。 「遅いよ〜蒼、早く帰ろ!」 僕は荷物をとり、翔太と並んで帰る。 翔太はふと、僕を見つめて言う。 「最近、静かでいいね。まるで、蒼と2人きりの世界みたい」 そんな翔太の冗談に僕は微笑む。 「翔太と2人か、案外それも悪くないかもね」 そんな話をしながら校門を出ようとしたとき、 校門の近くで先生たちがなにか話し込んでいた。 「優斗先生、最近何かに追われている感じがするんですって。」 「そういえば、この近くのマンションで亡くなった人がいるみたいですよ。」 そんな不穏な会話をよそに翔太は笑顔で僕をみつめる。 「僕ら2人だけの世界ならいいのにね。」 その笑顔の奥には見てはいけないものがある気がして目を逸らした。