ピコゴン
45 件の小説燃えろ魂3
翌日、俺は再びリングへと上がっていた。 あいもかわらず汚い声援が飛び交っている。 俺はストレッチをしながら相手が上がってくるのを待つ。 しかし、相手が上がってくる前に悲鳴が上がった。 その悲鳴とともにマイクがハウリングする音が響く。突然のことに、観客からどよめきが起こった。 なんだ? 俺は当たりを見回す。 観客のやつらが一点へ視線を置き、そこから逃げるように非常出口側へと固まっていた。 目線の先へ目をやると、そこには何人かの人が倒れているのが発見できた。 それだけじゃない。 視線の先には、複数人の武装した団体がいた。 それは、ドラマとかでしかみないような、見たままを言えば公安などの特殊部隊のように見える。 手には拳銃らしいものを持ち、その反対の手には大きめの透明な盾を携えている。 そんなやつらが、ここへと入ってきていた。 「いたぞ!!」 そう、特殊部隊の一人が声を出した途端、俺へと銃口が一斉に向けられる。 銃口から俺までの距離は30メートル前後。 「手を挙げて跪け!!」 そう声を上げる。 俺はいう通りにする他なかった。 俺は冷静なわけではない。 ただ、なぜこうなったのかと考えていた。 この場所が警察にばれてしまったのだろうか? それが一番合点がいく。 特殊部隊を組み、一斉制圧を試みたのだろう。 観客まとめて捕まえて、出場者の俺はなどは重い罰を与えるつもりだろうか。 では、宮崎はもう捕まったのか? オーナーである宮崎が捕まったからこそ、この場所が警察にばれたのだろうか。 そう考えている間にも、特殊部隊はジリジリと寄ってくる。 何とかしなければ。 しかし、銃を向けられている以上どうしようもない。しかし、日本人が拳銃を撃つのか? そんなことが頭をよぎる。 ここで無理に動いても撃たない可能性を見出したかったが、リスクがありすぎると冷静になる。 どちらにせよ、このままでは捕まってしまうだろう。 そんな時だった。 ガシャン、という音とともに電気が一斉に落ちた。おそらくブレーカーの破損だろうか。それとも意図的に誰かが落としたのだろうか。 どちらにせよ、好都合だ。 この場所をこの中で知っているのは、唯一俺だけ。 暗闇の中でも存分に動ける。 俺はリングに上がる控え室の方へと走り出した。 足音は特殊部隊にも聞こえているだろうが、俺の足の速さまでは分かるまい。 「待て、撃つな!」 誰かが声をあげた。こんな暗闇の中だ。撃つものなら間違えて仲間を撃ちかねない。 俺はリングから飛び出して控え室を目指した。 控え室の横には非常口があり、地上へと繋がっている。 ここは地下闘技場だが、もとは古びたビルだった。その土地を宮崎が(その頃はヤクザの組に入っていたので、正式には組の事務所が)買い取って改造。そして今の闘技場が出来ている。 やはりさすがはヤクザが作った場所だ。 逃げ道になる非常口が多く作られており、その多くを俺は知っている。 「追うぞ!オーナーを逃すな!!」 一瞬、奴らの声を聞いて足が止まる。 俺が、オーナーだと? ここの所有者は、宮崎のはずだ。 俺はただの参加者で、経営は宮崎。そのはずだ。 なぜ、俺をオーナーだと言うのだ。 考えても、答えは出てこない。 だが、一つだけ分かるとしたら、俺は捕まればおそらく重い罰が待っていると言うことだけだ。 俺の場合はこの一件だけじゃない。 幼い頃にやった犯罪なんかも出てくるだろう。 それだけじゃない。ヤクザの息子なんだ。 捕まったとして良い判決がくだるわけもない。 そう考えながら走っていると、控え室の横にある非常口が見えてきた。 俺はそのまま滑り込むように扉を開けて出た。 階段を駆け上がっていくと、先ほどまでの暗さとは正反対の光が目に飛び込んでくる。 それは、ただ地上に出ただけの明るさではなかった。 出てみればパトカーが数台止まっており、その周りには警察らしき奴らがこちらを見ている。 「鬼塚が出てきました」 何者かが、無線で誰かに合図をしている。 俺の名前もすでにバレているってわけか。 俺は高くジャンプをして上にあった梯子に掴み掛かった。 廃ビルとはいえ、外側に取り付けられている梯子なんかは外れていない。 俺は順調に梯子を登っていく。 下の警察達は俺に拳銃を向けてなにやら怒鳴っている。 「いいのか!!市民が見てる前だぞ!!」 俺はそう言って挑発した。 梯子を登りながら見てみると、相当の野次馬達が集まっていた。 俺の声を聞いた警察官達は拳銃を下ろしていく。 流石に日本という国。 一般人がいる前で発砲はできないだろう。 梯子を登り切ると、そこは5階の中庭だった。 今は使われていないが、当初は植物を植えていたのだろう。枯れた植物と朽ちた植木鉢が転がっていた。下を見下ろしてみると警察達がどんどんと周囲を包囲していた。 おそらく、観客たちはほとんどが捕まったに違いない。 中庭をぐるりと見回しながら、逃げられそうな場所を探す。 しかし、どこを見ても包囲されており、抜けられそうな場所はない。 俺は気合いを入れるために顔をパチンと叩く。 ・・・よし。 俺は勢い良く助走をつけて走り出す。 隣のビルに飛び移るために。 ダッとかけて飛び跳ねたのを、下にいる警察がただ見ていた。 落ちると思ったのだろうか。 中には手を出して俺を受け止めようとする奴もいた。 バカめ。俺がこれくらいの距離飛べないわけがないだろう。 俺は向かいのビルに飛び移るのを成功させ、そのままかけだした。 向かいのビルは1段下の4階建てで、屋上に飛び乗ることができた。 次はその向かいの家だ。 俺は再び飛び跳ね、次は2階建ての一軒家へと飛び乗った。 受け身を取ることはできたが、流石に体に負担がかかったのか、重心が揺れる。 足を少し痛めてしまったのか、立ちあがろうとすれば痛みが走った。 無理をしすぎたか。 だが止まってもいられない。 後ろからはパトカーが数台と警察達が向かってきている音が聞こえる。 地下闘技場からここまで飛び跳ねながら来たが、せいぜい40メートル離れたくらいだ。 すぐに追いついてくるだろう。 俺は痛む足を思い切り殴って奮い立たせる。 体の頑丈さは親父譲りだ、と宮崎から聞いたことがある。 どんなにクズな親父でも、この体には感謝するしかない。 俺は屋根からベランダへと飛び降り、そのまま 地面へと着地した。 後ろからはパトカーの音が聞こえてくる。 俺は土地勘から、路地裏へと目指して走り出した。 ーーーーーーーーーーーーーーー あれから数十分が経った。 俺は路地裏にある大きめのゴミ箱に隠れながらなんとか見つからずにいる。 しかし、この周辺をさがしだせばすぐに見つかってしまうだろう。 移動する必要があるのは分かるが、思ったよりも疲弊しているようだ。 さっきから足が痛み、へんな汗が流れ落ちてくる。 パトカーの音はいずれも鳴り止む気配はない。 是が非でも俺を捕まえる気だろう。 ふと、何者かの足音が近づいてくる。 俺は息を潜めて縮こまった。 一人であれば殴り倒せるだろうと思ったが、複数であれば対処できるか怪しいものだ。 そう考えていると、ゴミ箱の蓋が開いた。 俺は痛む足を庇いながら立ち上がり、拳を握りしめた。 しかしら開けたのは警察官ではなく、一人の老婆だった。 「なんやあんた。こんなところでかくれんぼかいな。くっさいで、こん中。やめときぃや」 老婆は眉を潜めてこちらを見てくる。 俺は少し安心して膝から崩れ落ちた。 「・・・黙ってろばばぁ。とっとと失せろ」 俺は息も絶え絶えにそういう。 「なんね、あんた。 ・・・もしかして警察に追われてるの、あんたか」 そう言って、細く伸ばされた目を少し開いて俺の顔を凝視する。 そう思うと、急にゲラゲラと笑い出した。 「まぁ、面白いことになったもんだね、あんた。 鬼塚じゃないか。」 俺の名前を老婆が口に出した。 俺は怪訝そうに睨みつける。 「・・・来な、負けなしの鬼塚。 しばらくの間かくまってやる」 俺が何かを言う前に老婆はそう言いながらゴミ箱に蓋を閉めた。 俺は何が何だか分からないままに呆然としていると、床が揺れて動き出した。 おそらぬあの老婆がゴミ箱の横にあった荷台にゴミ箱を乗せて動かしたのだろう。 あの老婆が俺の入ったゴミ箱を動かしたことに驚いたが、それ以上にどこへ連れられるのだろうか。 まさか、警察の元じゃあないだろうな。 しかし、動かない足がある以上、黙って老婆に連れられていく他なかった。
燃えろ魂 2
俺の親父は、飲んだくれのヤクザだった。 ろくでなしのクソ男で覚えているかぎりでも嫌な奴だったと思う。 親父は昔、シノギの一つのキャバクラで働いていた女に恋に堕ちた。 その女はキャバ嬢の中でも随一の美しさで、店内でも評判だった。 そんな姿に、親父は惚れたのだ。 ーーーそれは女も同じだった。 二人は次第に惹かれ合い、ついには付き合い始めた。 しかし、結局のところ一人のキャバ嬢と一人のヤクザ。 節操なんてあるはずがない。 それどころか、倫理観があるかも怪しいものだ。 二人は何の計画も無しに、子を宿す結果となってしまった。 それが俺、鬼塚博だ。 母は俺が産まれたのと同時に、子供を持つ経験も、そんな度胸もなかったため、夜逃げしたのだという。 親父は俺を置いておくわけにもいかず、必死に子育てをしようとしていたらしいが、一端のヤクザにそれができるはずもない 正直、今俺が生きているのが奇跡だと言える。 物心がついた時、親父は俺に窃盗のやり方を教えた。生きていくために、必要なことなのだと、俺は父から学んだ。 その他にも、格闘などは全て親父から教わった。その点で言えば、感謝の気持ちがないわけではない。 しかし、それでも親父のクソさ加減は拭えなかった。 パチンコで金を溶かせば、俺に窃盗をしてこいと頼んでくる。 それに、暴力なんて日常茶飯事だった。 それでも、俺はしぶとく生き続けていた。 そんなある日、事件が起こった。 親父が、ヤクザの組内でヘマをして責任を取らされたのだと、宮崎が家に来て知らせてきた。 俺は、何も感じなかった。親父がヘマで殺されようと、関係なかった。 だが宮崎からしてみれば親父のヘマで損失した組の利益をどうにかして稼がねばならない。 そこで、宮崎は俺の持ち合わせた格闘技術を利用しようとした。 俺は金のなる木だそうだ。 親父は気に食わなかったが、親父の責任を俺が取ることにはたいして不満はない。 俺はヤクザの世界に染まりすぎたらしい。 ケジメはつけなければならないと思っている。 そう、親父に教えられたから。 そして現在、俺は大金を持って夜の帰り道を歩いている。 思ってみれば宮崎は組を辞めたのだから、もう地下格闘技に参加する必要もないと感じる。 元々は組の損害を埋めるためが目的だったはず。しかし今になってみれば俺への賭け金は全て宮崎の手に渡っている。 ここで俺が稼ぐ目的は、とうに終わっているはずだ。 ・・・だが、地下格闘は俺にとっても稼げる場所だ。利害が一致していると言われれば、その通りで、辞めるつもりはない。 そもそも宮崎も俺を辞めさせるつもりは毛頭ないらしい。 続けるしかないのだ。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 憤った気持ちを抑えながら帰る帰路、不意に今日の晩御飯がないことを思い出した。 コンビニで済ませようかと思い、カバンに手を伸ばす。暗いなか手探りで財布を探してみても、なかなか見つからない。 ふと今日もらった紙袋に手があたる。 俺は、また苛立った感情を覚えた。 別に、金が手に入ることは悪い気はしない。 だが、急にポンポンと大金を渡されれば、疑心暗鬼にもなるものだ。 もしもこの金の出所が、人殺しをしてその内臓を売ったものだったら? もしもこの金の出所が、人身売買によって発生した金だったら? 宮崎ならやりかねない。 そんな金なら、受け取りたくはない。 しかし、もらった以上は使わない手もないだろう。俺もワルじゃないわけじゃない。 紙袋を取り出して、コンビニへ向かった。 近所のコンビニにつけば、なにか揉め事をしている男女が入り口前に立っている。 女は男を睨みつけながら離してください、と連呼している。 対して男は肥満体型でニヤニヤしながら女性のカバンを掴んでいた。 俺はその横を通り過ぎようと一瞥しながら歩く。俺が店内に入ろうとすると扉が自動に開いた。 いや、開いた原因は俺だけではなく、入ると同時に出た男がいた。 「おい。その手離してやれ」 店内から入れ違えた出た男が静かにそう言った。 俺は興味本位で振り返ってしまう。 「あ?お前には関係ないだろ」 肥満の男は睨みながら男の方へ向く。 その間に女性はカバンから手をどかせ、少し礼をした後に走り去っていった。 「チッ、あとちょっとだったのによ。 どうしてくれんだ!」 怒号が響く。 その声に店内の店員も様子を窺っている。 「困ってただろ。あんたがちょっかいかけてたから。人としてどうかと思うぜ。 もしかして口説いていたつもりだったのか? どっちみちあの様子じゃ、願い下げだったな」 男がそう言った途端、肥満の男が殴りかかった。 俺はそれを見ているだけだ。 助ける義理はないし、ああいうのは無視するのが得策だ。 まぁ恩を売りたいときは別だがな。 しかし、肥満の男の拳が当たることはなかった。なんとその拳を受け止めていたのだ。 それだけでなく受け止めた拳を握りしめて逃がさないようにしていた。 「イッ!痛い痛い痛い痛い!!」 肥満の男は握られた握力に負けて悲鳴を上げている。 「あんたみたいな奴のために鍛えているんだ。 さぁ騒ぎを起こした責任は取ってもらうぞ」 「す、すんません! 許してくださいぃ…!」 そう言いながら腕を振って制御を解こうとしている。そして、ついには振り解き、走り去っていった。 その様子を見ていて、少しだけ闘技場をみている観客の気持ちがわかった気がした。 「あんたもあの男の仲間か?」 男は俺の方に振り向き、睨んでくる。 「何?ちげぇよ。ただの通りすがりだ。」 「そうか。申し訳ない。」 男は先ほどの様子とは異なり、深々と頭を下げた。 「あんた、よくやるな。普通目撃しても助けられないもんだ。根っからの善人ってのはあんたみたいなのを言うんだろうな」 俺は感心してそう言う。 実際、俺にもあの状況を助けられたし、同じようにできただろう。 しかし、厄介ごとだと思い手を差し出すことはしなかった。 「いや…俺は善人なんかじゃない。 なんというか…贖罪みたいなもんなんだ。」 男は少し俯いてそう言った。 「・・・あぁ、じゃあこれで」 もう一度向き直って俺に一度礼をしてから、男は去っていった。 ーーーーーーーーーーーーーーー その後、軽く軽食を買った後に再び帰路へと着いた。 先ほどの男、仏頂面に見えてなかなか紳士的だったと再び感心する。 名前くらいは聞いておいてもよかったかもしれない。 そう思いながら宮崎への鬱憤が少し薄れた気持ちになり、先ほどの男へ感謝の念すら感じていた。 明日は再びリングに上がり、次の相手をすることになっている。 そのためにも、英気を養うために早足で帰った。
燃えろ魂 1
控え室に、小さく会場の歓声が響いて聞こえてくる。 その中には拍手をしている者、男たちの叫び声が混ざり、まさにテンションマックスって感じだ。 俺は靴の紐を結んで片脚ずつ踏み込んでジャンプする。腕にはグローブを付けて素振りをしてみる。 俺の拳は空を切りシュっと口から音が漏れた。いくらかそれを続けていると扉が開いた。 どうやら俺の出番のようだ。 俺は古臭い通路を抜けて大きな扉前へ立った。その先からはタバコや酒の匂いがする。 しばらくしていると、あれほどうるさかった歓声が止んだ。そして、次にはアナウンスが入る。 「ーーーさぁ、次の試合が始まりますっ! 次はこいつとこいつだっっ!!!!」 徐々に目の前の扉が開いていく。その間にもアナウンスが続ける。 「いまだ負けなしのチャンピオン!地下闘技場で史上最強の男といえばこの男ぉぉ!! 果たして、今回も見事な勝利を俺たちに見せてくれるのかぁぁ!!! 鬼塚ぁぁぁ!!!!博ぃぃぃ!!!!」 俺の名前を呼ぶとともにバッと扉が開かれた。俺は華麗なステップを踏みながら闘技場へ入る。それを見た男たちが汚い歓声を上げた。 「勝てや鬼塚ぁ!!」 「負けたら殺すぞ!!!」 「生活費がかかってんだよ!!」 聞き慣れた言葉だ。俺はその言葉を背に受けながらバトルフィールドへと上がった。 しばらく歓声は止まなかったが、次第に小さくなっていき、次のアナウンスが流れる。 「次に出るのはこの男だぁ! 元プロレスチャンピオンでありながら、引退後に暴行行為を繰り返して捕まった極悪人!!!果たして鬼塚の連勝を止めてくれるのかぁぁ!!!! 剛田ぁぁぁ!!健五郎ぅぅぅぅ!!!!!」 そう言うと同時に俺の反対の扉が開かれる。 そこから俺よりも1.5倍は大きな男が現れた。 その姿を見て歓声の声が大きくなる。 身体には大きなタトゥーが入っていて、歩く姿はまるでツキノワグマのようだ。 顔つきは険しく、観客には目もくれずに俺を直視している。 その顔に、俺も睨みで返した。 剛田もバトルフィールドに上がり込むと、一瞬の静けさが辺りを包んだ。 静かでも、タバコや酒の匂いが立ち込めていて静寂といった感じではない。まさに、「アウトローな地下闘技場」の雰囲気がそこにはあった。 観客は全員ろくでなしばかり。借金地獄の毎日、もうここで金を稼ぐしかない者たちばかりだ。 ーーーー静けさを破ったのは1つのゴングだった。 それと同時に剛田は俺に体当たりをするかのように近づいて来る。 巨体とは思えないほどのスピード。そのスピードからは剛田の自身の屈強な肉体への自信が見えた。 そして、俺の前まで来るとその勢いのまま拳を突き出す。丸太のような太い腕は、まさしく当たればただでは済まない。 俺はその拳を華麗なステップで避ける。 避けるのと同時に、突き出された腕へと蹴りを入れた。 しかし、びくともしない。 剛田はニヤリと笑い次の拳を出してくる。 しかし、またもやそれが当たることはなかった。 「何してやがるんだ!!早く殺せぇぇ!!」 野次が観客席から聞こえてくる。 その声を聞いて剛田は眉をしかめた。 俺はその顔にニヤリと笑って返す。 剛田は次に蹴りを出そうと片足を踏ん張り、もう片足を上げる。 俺はその足を手で受け流した。 その拍子に、剛田は転けかけた。 剛田は驚いた顔で俺を見る。 まるで「なぜ俺の蹴りを受け流せるのだ」と言いたげな顔だった。 俺はその隙を逃さずに拳を叩き込んだ。 ーーーー1秒で1発。 ーーーーそれを5発。 腹に1発、首と顔に2発入れた。 どうやら、俺の拳は人よりも頑丈らしい。 小さい頃、俺が瓶を片手で殴り割ったと親から聞いた。 その拳が当たった剛田は、鼻から血を出しながら倒れ込んだ。 しかし、さすが元プロレスチャンピオンだ。 すぐに状態を起こそうと顔を上げる。 その目は焦点があっていなかったが、すぐにその目は俺を捉えた。 しかし、それと同時に俺は顔を殴った。 何度も、何度も、何度も。 周りの人たちはその光景を見て今まで以上に歓声を上げた。 初めの方は剛田も起きあがろうとしていたが、ついには指一本すら動かなくなった。 ゴングが二回、鳴る。 俺は血に濡れた拳を空に突き出した。 「勝者はぁぁぁ!!!! 鬼塚、博だぁぁぁぁ!!!!!!」 アナウンスが響き渡る。 俺はうるさい声を聞きながら、控え室へと戻っていった。 ーーーーーーーーーーーーーー 控え室へ戻ると、そこには見覚えのある男が座っていた。地下で暗いというのに、サングラスをかけている。口にはタバコを咥えており、まだ火はつけていないようだった。 「へへっ、来よったか。」 その男は俺に気づくとタバコとサングラスを外して立ち上がる。 顔つきはいかにも中年男性といった感じではあるが、体つきはがっちりとしている。 ラフな格好で顎には青髭が少し伸びていた。 こいつは宮崎竜磨。45歳で独身。 ここ「デスバトル」という地下闘技場の創設者だ。 宮崎は元々はいわゆるヤクザだったらしく、辞めてからはシノギの一つだった闘技場を自分のものにし、この場所を作ったのだという。 この闘技場では普通と違い、違法な賭博場となっている。金に困った男たちが金のために、一定数の富豪が娯楽のために俺たちの戦いに金を賭ける。 試合に関してもなんでもありの殺し合い。 相手が死んでもかまわない。それがこの闘技場だ。 「素晴らしいぃ、パフォーマンスやったやないか。お前くらいになるとあんな男、一瞬でのばすこともできたやろ。」 宮崎はニヤニヤとしながら俺の肩を組む。 「・・・・肩から手をどけろ。馴れ合いをするつもりはない。・・・用件は」 俺がそう言うと宮崎は笑顔を崩さないまま肩から手をどけた。 「・・・ま、ええわ。お前にはよぉけ儲けさせてもらってるからなぁ。今日は激励に来たっちゅうわけや」 宮崎は懐からでかめの紙袋を出して、俺の手へ押し込んでくる。 受け取り、中を見てみれば、大金が入っていた。 「1000万や。それと、宝石やらなんやら入っとる。総額はなんぼになるか、売って見れば分かるわ。」 宮崎はのんきに椅子へ倒れ込み、先ほど吸おうとしていたタバコに火をつけた。 「・・・・ふざけるなよ」 「・・・・なにがや」 俺は怒りのあまり宮崎を掴みがかった。 「たかだか人を殴ってるだけで、それだけで1000万以上だと?一体どこからこの金は来てんだ。・・・俺を舐めてんのか。」 「・・・・もっと欲しいっちゅうことか?」 宮崎はわざとらしく煙をふかした。俺の顔に煙がかかる。 「そうじゃねぇ!! その金は、どこから来てるんだって聞いてるんだ!!!何も言わずに大金だけ渡して、俺には何も教える気はないってか?!」 「・・・・・・・。 お前に賭ける富豪やらなんやらが大金を賭けるんや。その一部の金がそれや。」 「納得いかねぇな。先月も100万もらったぞ。 そんなに試合にも出てねぇのにだ。」 「金の流れは、お前が気にすることちゃうわ。 ・・・黙って受け取っとけや。」 そう言った宮崎の笑顔は一瞬にして睨みの効いたヤクザの顔になっていた。 「お前には死ぬまでここで戦ってもらうで。 それに、お前は俺には逆らえへん。そうやろ?」 一瞬の静寂が流れる。 俺はその間、こいつに握られている弱みを思い出していた。 ーーーーーーそれは、俺の親父がしたことの、罪滅ぼしだ。
死にゆく者に愛をこめて
「おい、お前は生きて帰れたら何したいんだよ」 食事の雑談混じりにジャックが聞いてくる。 「めったにそういうことを言うんじゃねぇよ」 俺はそっけなく返した。硬いパンをかじっているジャックはそんな俺を見て悲しそうな顔を浮かべる。 「いや、気持ちの持ちようは大事だぜ。戦争が続いていても、生きて帰りたいって思うことが大事なんだよ」 塹壕の中でジャックの陽気な声が響く。周りの隊員たちはそれを目障りそうにしてみていた。 「気持ちの持ちようって… でも、死ぬ時は死ぬだろ。銃弾を頭に撃たれたら即死だ。 腹とか撃たれても、失血死だ」 「だから、そういう意味じゃねぇんだよ。 夢を持てって話だ。ただでさえ暇なんだから、話し相手にくらいなってくれよ」 そう言ってパンをまたかじる。硬くてすぐには噛みきれない様子だった。 俺も支給されたパンを口へ運んだ。最近、ついにはろくに水も配給されなくなった。 パンより先に水だろ…。そう思いながらも腹を満たすまでに食べ始める。 「思いつかねぇなら、俺から言ってやるよ」 パンを全て食べたジャックは立ち上がり、熱弁を始めた。 「俺はな、愛する人がいるんだ。 めちゃくちゃ綺麗なんだよ。」 「愛する人?お前に?」 俺は冗談混じりにそう言う。 「うるせぇ。黙って聞いてろ。 あいつは、近所に住む酒屋の娘でな。俺は会ったときに一目惚れしちまったんだ。 で、何度も告白した。でも全然振り向いてくれなくてよ。」 そりゃそうだ、とどこからか声がした。 どうやらジャックの話を聞いているのは俺だけじゃないようだ。 「ある日、あいつが路上で突っ立ってんのを見つけてな。なにやら困ってる様子だったから、話しにいったんだ。 そしたら、大事にしてる鈴を無くしたっていうんだよ。日本製だってよ。 俺はその鈴を探すために街中を走り回った。 で、結局見つからなかったんだ。 でもよ、あいつは必死に鈴を探していた俺に、ありがとうって言ってな。笑顔を見せてくれたんだ。俺は思ったね。やっぱりこいつは美しいなって。」 そう言うと、ジャックはポケットをまさぐり始める。そして、何かを小さいものを取り出した。 それは、鈴だった。 「その後も探し回って、やっと見つけたんだ。 俺は帰ったら、これをあいつに返してやりてぇ。そして、告白するんだ。 これが俺が生きて帰って、したいことだ」 「愛する人って、まだ付き合ってもないのかよ」 俺は少し笑いながら言う。 どうせ振られるぞ、とまたどこからか野次が飛んだ。どうやら塹壕にいるほとんどがジャックの話を聞いていたらしい。 「うるせぇ。どいつもこいつも」 ジャックはそう言って座った。その様子をみて周りが笑った。少し穏やかな雰囲気が流れる。 「で、お前はどうなんだよ」 この雰囲気の中、話の話題を俺に振られる。 俺は戸惑いながらも立ち上がった。 「あー、俺はだな。 う〜ん、そうだな。 …………歌い手になりたいんだ。」 「歌い手?ジャンルは?」 「ロックだ。」 「へぇ、見かけには寄らないなぁ。」 「そうだろ?自分でもそう思う。 ただ、俺は自分の音楽を世に轟かしたいんだ。」 「いい趣味じゃねぇか。応援してる」 ジャックがそう言うと、周りからも応援の声が上がった。 「………まぁ、帰れたらだけどな」 「いや、帰れる。俺たちは生きて帰れる。」 ジャックが腕を組んでそう言った。 「…じゃあ、ちょっとここで披露してくれよ。 どんな歌声か聞いてみてぇ」 そう言うと周りも一斉にこっちを見る。 「ちょっとだけだーーー」 俺がそう言った途端、目の前が真っ暗になった。 それと同時に、爆発音が響いた。 ーーーーー塹壕が爆撃された?? 俺が次に目を開けると、そこには土埃と、飛び散った肉片があった。 目の前には鈴を持った腕が転がっている。 「……ジャック……?」 絞り出す声でそう言う。 頭上には戦闘機らしきものが飛んでいた。 少ししてから、自分の体の痛みに気づいた。 左腕を見てみると、そこに左腕はなかった。 代わりに肩あたりには木材が刺さっていた。 「・・・・・・・・・・・」 俺は呼吸を整える。幸いにも、腕の痛みは感じなくなっていた。 「〜愛をたしかめる夜の街 しかと握った銀の鈴 その手は愛を握る手だ〜」 俺は即興で作った歌を歌い始める。 「〜どうせこの世で生きるなら 歌って送ろうこの歌を どうせこの世で死ぬのなら 歌って届けよう 死にゆく者に愛を込めて〜」 俺の歌声が、塹壕跡に響き渡った。
番外編 羽場正義の事件簿 後編
俺は走って轟を追った。 店の裏口を出れば、そこは倉庫のような場所につながっていた。 田舎であるがゆえの大きな工場群であると後々気づいた。しかし、だれもいる気配がない。 おそらく、包囲網を張った警察官たちにより自宅待機が命じられているのだろう。 どちらにせよ、こちらとしてはやりやすい。 俺は工場群の中を走り回る。 (どこだ・・・・先輩・・・・) しかし、いくら探し回ったところで、轟とキムラは姿を現さない。 そこで、俺は無線機があることを思い出した。 目の前で人が死んだショックと、轟が見つからない焦りで気が動転していたからだ。 俺は無線機を手に取り轟へ繋げる。 「羽場です。今、どこにいますか!?」 俺は息も絶え絶えに声を荒げる。 ・・・しかし返答がない。 俺はまずいと思った。いくら轟でも、返り討ちになっているのではないか、と。 その不安が俺の周りを回っていた。 その時、銃声が鳴り響く音がした。 1発だけ、重低音に工場群を響き渡る。 俺はその音を聞き逃さなかった。 銃声の聞こえた辺りの目星をつけると、俺は更に耳を澄ませる。 ・・・・とても静かだ。人がいない、かつ工場地帯ということもあり物音がしない。 しかし、それは今の俺にとっては好都合だった。 これなら、些細な音も聴き逃さない。 ・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・! ・・・・かすかに、何かが倒れる音が聞こえた。俺は一目散にその方面へ走り出した。 無事でいてくれ・・・先輩・・・!! ・・・その音が聞こえた場所に着くと、俺はすぐさまに拳銃を懐から出した。 考えるより先に行動するというのはこういうことを言うのだろう。 「・・・銃を下げてください。 ・・・・・・・轟先輩。」 俺の銃口の先には、木村の頭に銃を構えている轟がいた。 キムラは倒れていて苦しそうに悶えている。 キムラの腕からは血が流れており、浅い呼吸を繰り返している。 「・・・羽場か。」 轟はキムラから目を離さずに言う。 その眼光は、向けられていない俺からしても凄まじいものだった。 俺も轟に銃口を向けたまま口を開く。 「・・・はじめの車にいた時、先輩の目はいつもと違っていた。 あの時の先輩の目には見覚えがある。 あれは・・・以前までの俺と同じだった。」 俺は震える手に力を込めて標準をずらさないように心がける。 「先輩の目は、人を殺す覚悟のある目だった。 妹を殺した犯人を、殺してやりたいと思っていた俺のように。 ・・・先輩、キムラを殺す気ですね。」 そう言っても、轟は動揺も見せずに沈黙した。 しかし、すぐに口を開いた。 「・・・俺には、嫁と娘がいたんだ。 嫁はいつも仕事で遅く帰ってくる俺のために、温かい飯を用意してくれる。 それに、いつも疲れた俺を労ってくれていた。 娘は6歳でな。 俺のことを見るといつも抱きついてきた。 それがとても可愛らしいんだ。 そして、たまに肩を揉んでくれるんだよ。 ・・・・・・そんないつもが、ずっと続く予定だった。 いや、続くと思い込んでいた。」 轟の声は震え出した。しかし、銃口は一切揺らさない。 キムラは撃たれた箇所を押さえながら、轟を睨むしかなかった。 「・・・・だが、帰ったら2人は、冷たくなってた。体に複数の刺し傷があった。 嫁は娘を抱くようにして、後ろから何度も刺された形跡があった。 娘は嫁に抱かれながら、首元に刺し傷があった。 それに、ガラスのように色のない目には涙が溜まってた。 ・・・・・犯人はすぐにわかった。」 轟の眼光はより一層強くなる。 「2人はこいつに・・・・・ こいつに殺されたんだっっ!!!!」 轟の声が部屋に響き渡る。 しかし、少し響いた後にすぐに静寂が戻ってくる。 「・・・・羽場。お前なら分かるだろ。 この俺の気持ちが。」 「痛いほど分かりますよ。 ・・・・でも、殺しちゃあだめだ。 ダメなんだよ、本当に。」 俺は銃口が震えだす。 止めようにも止められない。 俺は、本当に殺しちゃいけないと思っているのか? 確かに、殺しはいけないことだ。 だが、心のどこかに反対の意見がある。 殺人犯には、それ相応のむくいを受けさせるべきだという言葉が脳裏をよぎってしまう。 今、俺の前に、妹を殺した犯人が出てこれば、 轟のように、殺してしまいたくなるだろう。 純粋な、復讐。殺意の感情。 その感情がある限り、俺は轟に強く言えない。 「・・・・お前は、俺を打てるのか?」 言い淀んでいると、轟が俺に問いかけた。 「・・・銃口が震えているぞ。 見なくとも分かる。俺を撃つことを躊躇している。 ・・・お前が俺を止めなければ、キムラは死ぬぞ。」 そう言う轟の顔は、少しだが、いつもの先輩のように感じた。 ・・・・・・・そうだ。 俺は一介の警察だ。 殺人犯であろうと、殺させはしない。 ・・・・・というのは建前だ。 今、俺が思っていることは・・・・・。 それは・・・・・・・。 「・・・撃てませんよ。 ・・・・・撃てるわけ、ないじゃないですか。 ・・・・・・・でも、あんたが殺人犯になると言うのなら、俺が絶対に食い止める。 絶対に、あんたにキムラを殺させたりはしない。」 俺は震える心臓に鼓舞を入れる。 そして、手に力を込めた。 「もしそれでもキムラを殺すと言うのなら・・・ ・・・・俺は、あんたを撃つ。」 俺の腕の震えは、もう止まっていた。 俺は轟に、人殺しにはなってほしくない。 理屈がどうとか、そう言う話ではない。 矛盾していようが、いいじゃないか。 俺は、信じたいように信じて、 したいように行動する。 「・・・そうか。 ・・・・・立派になったもんだな。 もう俺についてきてただけの新人じゃないんだな。」 そう言うと、轟は銃口を自分の頭に向けた。 「・・・!やめてください!」 俺は声を荒げる。しかし、轟は止まらない。 ピタリと頭につけると、轟は俺に向いていった。 「・・・先輩として、最後のアドバイスだ。 ・・・・・俺みたいな人間にはなるなよ。」 そう言うと、パァン!と乾いた音が響き渡った。 しかし、轟の脳天に穴が開くことはなかった。 放たれたのは・・・俺の弾丸だ。 俺は咄嗟の判断で、轟の手元に弾丸を打ち込んだのだ。 轟はその反動で、呻き声を上げながら後ろにのけぞる。 「何してんだっ!」 俺はその隙に轟へ駆け寄った。 そして、のけぞる轟を1発殴った。 先輩を殴ったのは、これが初めてだった。 殴られた轟は、床に突っ伏した。 そして、驚いた表情を俺に向けている。 俺ははやる気持ちを抑えつつ口を開く。 「はぁ、はぁ、あんた、なんのために警察になった? こんなところで、人を殺すためか? こんなところで、無様に自殺するためか? 違うだろ! ーーーーー守りたいものが、あったからだろ。」 俺は抑える気持ちを拳に力を込めて抑える。 「・・・もし、警察の誇りと、家族を思う気持ちがあるなら、踏みとどまれ。 こんなクズを殺して、あんたの人生と警察の誇りを失って、たまるかよ。 俺も、あんたも。」 俺はかがみ込んで轟に問いかける。 「復讐は、悪いことじゃないと、俺は思ってる。 それが、生きる意味になることもある。 ・・・でも、いつかは復讐だけじゃない人生にするべきだと、俺は思ってる。 もし、あんたがまだ、キムラを殺したいと、 復讐だけの人生を送る気なら・・・・・ ーーーーー俺が、あんたの生きる意味になる。 俺が、支えてやる。だから、あんたはまだ、死なないでくれ。」 そこまで言うと、轟は俯いた。 そして、何も言わなかった。 キムラは撃たれた箇所を庇いながら、こちらを見ることしかできていなかった。キムラの足は折れているように見える。おそらく、逃げられないように轟がそうしたのだろう。 その点は、流石轟だと思った。 その無言のなんとも言えない時間が続いた。 数分後、応援の警察官たちが来た。 俺が事情を説明したが、轟が犯人を殺そうとした意思を勘付かれた。それと、無断発砲の件も知られてしまったらしい。 俺の撃った弾丸は、何故か見つからなかった。 後になって気づいたが、轟が処分していたのだろうか。俺を庇うために。 ・・・轟は恐らく、懲戒処分になるだろう。 キムラは護送車に乗せられて連れて行かれた。 「・・・・羽場。」 轟は警察に連れられながら、久しぶりに口を開いた。 「・・・・俺みたいには、なるなよ」 それは、念を押しているような、そんな言い方だった。 「・・・バカですか。 なるわけないでしょ、あんたみたいな。 でも・・・・・・・ ーーーーー先輩みたいな、警察になりたい。 いつでも冷静で、かっこいい、 そんな警察に」 そう言うと、少し轟は立ち止まった。 だが、すぐに歩き出した。 俺はその轟の背中を、ただ、見ているしかなかった。 ーーーーーーーーーーーーーー 「ーーーーおーい、羽場くん?聞いてる?」 俺がハッと気づくと、そこは金田の家だった。 「おいおい羽場、ちゃんと聞いてくれよ、 日吉を助ける最後のチャンスかもしれないんだ。」 呆れたように獅童が俺を見る。 「・・・・大丈夫だ。 ただ、少し昔のことを思い出していただけだ」 俺はそう言って少し席を外した。 そとは夕方。オレンジ色に雲が光っている。 俺は、ポケットからタバコを取り出して、口につける。 轟がよく吸っていた銘柄のタバコだ。 (・・・・あんたみたいに、やれてるか?・・・轟先輩) 俺はタバコを吹かしながら、再び轟との日々を回想していた。
番外編 羽場正義の事件簿 中編
俺と轟は辺りの捜索を開始した。 草むらの中や川辺の方角。聞き取り調査。 だが、いくら探してもキムラは出てこなかった。 近隣住民に話を聞いたところ、外国人を見た人も確かに存在した。 しかし、ここ最近は見ていない、と言う。 キムラは鼻の効く奴だ。おそらく、このような事態になることは分かっていたのだろう。 だから通報される前に屋根裏部屋の寝倉から逃げ出したのだ。 今までもそうやって警察の目から逃げ続けてきた。 今回も、逃げ切るつもりだろう。 気がつけば、俺と轟は車へと戻ってきていた。 轟の顔色からも、捜索の結果は見てとれた。 「・・・・まだ、この街からは出ていないはずだ」 車に入るや否やそう呟く。 ため息混じりのその声色には少しの焦りが見えた。 「すでにこの街には包囲網が張られている。 流石のキムラと言っても検問には抜けられないだろう。」 俺はそう言った轟に反論した。 「だが、それは通報された後に張った包囲網でしょう。それ以前からこの街を出ていたとしたら、もうこの街にはいない。」 「あぁ、分かってる。 だが探すしかない。そうだろ。」 「闇雲に探しても意味ないですよ。一度作戦を考えるべきです」 「そんなことしてる間に奴が逃げたらどうする。」 「包囲網が張られているからこの街から出てないって言ったのはあんただろ。」 「・・・なんだ、その口の聞き方は」 轟は俺に掴み掛そうな勢いで俺を睨んだ。 「・・・先輩。さっきからおかしいですよ。 いつもなら、もっと冷静なはずだ。」 「・・・・・・・・・・・」 轟は何も言わずに黙りこくる。 俺の言葉は図星だったようだ。少し険悪な状況が続く。その時だった。 ズズ・・・と無線の入る音が聞こえる。 俺と轟は無線に手をかけた。 「「キムラと思われる男が逃走中!! 赤鷺街1丁目のコインランドリー前を通過!」 俺は周辺の地図を見る。 その場所は、どこの警察たちよりも俺たちの方が近かった。 「こちら轟。今すぐに向かう。」 無線にそう残して、俺たちは走って現場へ向かった。 コインランドリー前に着くと、そこには脱ぎ捨てられた衣服があった。 おそらく、キムラが着ていたものだろう。 このまま変装をして逃げるつもりだろうか。 俺は周囲を見渡す。 しかし、どこにも逃げたら方向の痕跡は見当たらない。 「おい羽場。こっち見ろ」 俺は轟に言われた方向を見る。 そこにはコインランドリーの横を抜ける路地裏があった。 ーーーそして、その路地に置かれていたゴミ箱がひっくり返っていた。 「行くぞ」 轟がそう言った途端に路地裏へ走り出す。 俺もそれについていく形で走り出した。 いつのまにか、轟はいつもの頼れる先輩へと戻っていた。 ーーーーーーーーーーーーーー 轟が路地を走り抜けた後、急にカーブを描いて一目散に走り出す。 「・・・キムラぁ!!!」 轟の怒号が聞こえる。 俺も路地を越えると、轟の走っていく方向には、長身の外国人らしき男が逃げていた。 轟の走る速さは、もともと署内でもトップクラスだ。そんな轟が、勢いよく走っている。俺もついていくのが精一杯だった。 外国人の男がカーブを曲がり見えなくなる。 俺たちも急いでカーブを曲がり後を追う。 ・・・・・しかし、そこにはすでに外国人の姿はなかった。 「はぁ、はぁ、どこに・・・行った・・・」 息を切らす俺とは裏腹に轟は冷静に辺りを見ている。俺はこういったところを尊敬しているのだ。 そうだ、俺がこの人を尊敬し出したのは、あの日からだった。 ーーーーーーーーーーーーーーーー ある日、コンビニで立てこもり犯がいるとの通報を受け、俺と轟とその他の何人かの警官が現場へ向かった。 コンビニのすりガラスからは、ナイフを持った犯人と、1人の女性がいた。 おそらく、その背後には更に何人かの人質がいたんだろう。 そのことを踏まえて、その場にいた警察官は慎重に行動しなければならなかった。 誰もが緊張していた現場。しかし、轟だけは違った。 「・・・・・・羽場。叫んで注意を引け。」 俺は意味が分からなかった。 叫べば、確かに注意は引けるだろうが、犯人が錯乱をおこして犯人が女性を刺す可能性がある。 しかし、先輩である轟を信じるしかなかった。 俺が叫ぶのと同時に、警察官と中にいた犯人、そして女性までも俺の方を見る。 ーーーー轟以外は。 轟は俺が叫ぶのと同時に、懐から拳銃を抜いた。 そして、コンビニ内へと発砲をした。 その瞬間、銃声を掻き消すほどの爆音が鳴り響いた。コンビニを見てみると、中から煙が溢れ出している。 「今だっ、突入!!!」 轟がそう叫ぶと、警察官たちはハッとして中へと入っていった。そして、無事に犯人を捕まえることができたのだ。 後から気づいたことだが、轟が打ったのは犯人の背後にある消化器だった。 轟はあの瞬時に消化器を見つけ、そして瞬時に一寸の狂いもなく消化器へと銃弾を命中させた。 ーーーーーすごいと思った。 いつもヘラヘラとしていたあの先輩が、こんなにも動ける奴だったなんて。 それ以来、俺は轟を信頼している。 尊敬している。 今回も、きっとうまくいく。 そんな信頼が、俺の脳内にあった。 ーーーーーーーーーーーーーーー そう思い返していると、突然と悲鳴が上がった。 俺と轟は少し顔を見合わせた後に、声のした方へ走り出す。 その声は、一つの小さな民間商店から聞こえた。しかし、手前のシャッターは閉められており、玄関扉がポツンとあるだけだった。 俺が着く前に、轟が先に玄関扉を叩いた。 「大丈夫ですか?!」 轟がそう言いながらドアノブを回す。 すると、すんなりと扉が開いた。 俺と轟は中へと入る。 「ーーーーーっ!」 家の中では、玄関前に血を流して倒れている男性が見えた。轟はすぐにかけよる。 俺も駆け寄ったが、轟が応急手当てをしており、入る隙間がなかった。 「・・・だめだ、出血が止まらん」 轟がそう溢した。これは、おそらくキムラがやったのだろう。 更に奥の扉には、血が点々と続いている。 キムラがナイフか何かでこの男性を刺し、そのまま逃げた。そう考えるのが普通だ。 ・・・日本の警察が、今キムラに舐められている。そう思った。 現に、目の前にいる人の救助で、キムラを追うこともできない。 だからこそ、包囲網が張られたこの町で、堂々と人を刺したのだ。 どうする。応援を呼ぶべきだろうか。 そう考えている時、轟が振り返って俺に言った。 「・・・羽場。ここを頼めるか。」 轟の表情は真剣なもので、そこには俺への信頼も感じた。 「・・・わかりました。行ってください」 俺がそう言うと、ありがとう、と言いキムラを追って行った。 その間に、俺は応援を呼ぶ。 「こちら羽場。赤鷲町1丁目5番地の家で腹部を刺された男性を発見。至急応援を頼む。」 俺がそう言うと無線先から、了解、と端的に返事が返ってくる。 俺はその間男性を見る。 腹からは血が滴り落ち、手で押さえても流れ出てくる。おそらくどこかの内臓が刺されている。 「大丈夫だ。すぐに救急車がくる。 それまで耐えろ。」 俺がそう言うと男性は力なく頷いた。 ・・・しかし、もう返事が返ってくることはなかった。 その瞬間に、俺の脳内に一つの記憶が流れる。 それは、冷たくなった妹を掘り起こした時の映像だった。 ーーーーーーーーーーーーーーーーー 俺は力無く膝から崩れ落ち、妹の顔に手を当てる。その顔は冷たく、まるで人形のようだった。その日は、久しぶりの大雨で、湿気った土の匂いがしていた。妹は冷たい雨に打たれていても動かない。 あの日、俺は泣いていたのだろうか。それすらも覚えていないほど、他の感情が俺を支配していた。 それは・・・怒りだ。 犯人への怒り。俺は許さなかった。 それは他の事件でも例外ではない。 どんな事件でも、人殺しの犯人は許せない。 あの日から、俺は犯人を追うことしか、目に入っていなかった。 ーーーーーーーーーーーーーー ・・・・・・くそっ、くそっ・・!! 俺は、また目の前で人が死ぬのを見てるだけなのか。 妹が死んだあの日から、俺は何も変わってない。 ただ目の前の犯人を追いかけるだけで、周りの犠牲は二の次。 その結果が、今なんじゃないのか。 俺は男性を床に寝かした。 ・・・・轟を追わなければ。 俺は轟が走り出した方向へと、再び走り出した。
余命3日
1日目 ・・・今日はいい天気だ。 だが、俺はそんな天気を十分に見ることすらできない。 つい1週間前までは、首くらいは動かせていたが、ついには動かなくなった。 もう、体の感覚もなく、今の私はただ呼吸をし続ける機械のようなものだ。 ・・・私はあと3日で死ぬだろう。 余命宣告を医者から受けて1ヶ月が経った。 医者は2週間には死ぬだろうと言われていたが、しぶとくまだ生き残っている。 だが、感じるのだ。 私はあと3日で死ぬ。 何もできないまま、ただ死ぬのを待つのみなのだ。 ・・・思い返せば、あっという間な20年の生涯だった。 母や父はよく見舞いに来てくれるが、動けない私を見て憐れみの目で見てくる。 母は目を赤く腫らしながら室内に入ってくることもあった。 おそらく、泣いていたのだろう。 息子が死ぬのだから、無理もない。 本当に申し訳ないと思っている。自分のせいで、今父と母は苦しんでいるのだ。 こんなことならば、私ではなく、健康な子供が生まれてきていればよかったのに、 最近そう思う。 ・・・以前、私は母にそう言ったことを言ったことがあったのを思い出した。 母はそれを聞いて、悲しそうな顔を浮かべたと思ったら、私の頬を叩いた。 あの時の母の気持ちを思えば、また私も悲しくなる。 今になって母と父に礼を言うことすらも叶わない。 産んでくれてありがとうと、言うことすら叶わない。 もし、神がいるのなら、今だけでも喋れるようにしてほしい。 少しでいい。ただ少しだけ、家族と話がしたい。 今はそれを願うことが、自分のできる精一杯だ。 2日目 ・・・死後、自分がどうなるのかと考えることが多くなった。 天国に行くのか地獄に行くのか。 そんな単純な話ではない。 そもそも天国や地獄はあるのか、という疑問からこの考えは始まる。 死後の世界など、誰も証明できない。 だからこそ、願うしかない。 私は死後には天国や地獄があればいい、と思っている。 このまま自分が死んで、無になれば、一体誰が自分ことを覚えていてくれるだろうか。 家族は覚えてくれているだろう。 だが、多くの友達は時代を過ぎて、歳をとるごとに私のことなど忘れていくだろう。 だから天界で再び再会してこう思ってもらうんだ。 「あぁ、こんな奴もいたな」と。 それだけでも、十分今の私にとって救いだ。 このまま無になってしまうなど、あんまりに酷だ。 せめて、私という個の意思を死んでも持っておきたい。 自己を失い、周りにも忘れられることは、私にとっては耐え難い苦痛であると思う。 ・・・・・・あと1日、何を考えて過ごせばいいのだろうか。 そういえば、窓の外には桜の木が立っていた。 桜のことでも考えて、気を紛らわせておこう。 3日目 呼吸が浅い。 ついに死ぬ時が来たように感じる。 ナースコールさえも押すことは叶わない。 今、病室には私しかいない。 死ぬ時には孤独であると聞いたことがあるが、私はそれを否定したい。 周りに親族や、友達に囲まれて死ぬ。 それは孤独などではなく、生きていた軌跡を残す最期として天晴れなものだと思う。 だが今どうだ。 今は夜で、ついには看護師でさえも帰っていて医者も少ない。 私はこのまま、だれにも見られず死んでいくのだろうか。 どうせ孤独に死ぬのなら、やりたいことがあったというのに・・・・。 「・・・・お迎えに参りました」 そう、枕元から声が聞こえてきた。 私は首を動かして横を見る。 そこには、鎌を持った黒い服の男がいた。 「・・・死神か」 私はそこで気づいた。首が動かせていて、喋れていると言うことに。 「・・・死んだのか、私は」 「いえ、正式には、あと5分ほどです」 「そうか」 「おつかれさまでした」 「あぁ、かなり疲れたな。 ・・・死後の世界はあるのか?」 「行ってみれば分かります」 「・・・そうか」 少しの沈黙が流れる。 あと5分、死神とはいえ、一人ではないと言うことに少しだけ安心した。 そして、つい気が緩んで願いをこぼしてしまう。 「・・・死神よ。 私のからだを、少しだけ動かせるようにしてくれないか? 孤独に死んでいく青年の、頼みだ。」 「・・・分かりました。ではあなたの死ぬ残り3分、その願いを叶えましょう」 そういうと同時に体に感覚が戻る。 指を動かしてみると、動く。 当たり前のことだが、この当たり前が私を感動させた。 「ありがとう」 私は起き上がり、窓のカーテンを開ける。 そこには、夜桜が広がっていた。 「ーーーー綺麗だ」 思わず感動をこぼしてしまう。 桜の花びらは、夜の中をひらひらと舞い落ちている。 じめんについて、すこししなった桜は、どこか哀愁をただよわせていた。 「・・・私は、落ちた花びらだな」 私はグッと伸びをして、後ろに置いてあった椅子を窓へと向ける。 そして、座った。 「・・・ここでいい」 私は深呼吸をする。 「なぜ、座っているのですか?」 疑問をそのまま口に出したかのように死神が言った。 「だって、寝たままじゃあ、かっこわるい、だろう? だから、これでいい、これが、私の美学だ。」 落ちた花びらのように、しなった桜の花びらのように寝込むのではない。 私は確かに、この世界を生き、地に足をつけている。 生き様ってのは、案外大事なのだ。 「これで、いい」 私はもう一度深呼吸をして、窓を眺めた。 「ーーーーーーーーー綺麗だ」 私はもう一度そう言い、目を閉じた。
不幸な人生
・・・・・・・ふぅ〜〜っ 俺は息を吸って下を見下ろす。 そこには小さく見える人たちが俺を見ていた。 その中には口を押さえて驚愕しているように見える婦人。 面白いものを撮るかのようにカメラを俺に向けている高校生。他にも色々な人間。 皆一様に視線の先には俺がいた。 俺は1歩前へ足を出してみる。 思ったよりは怖くなかった。 もう一歩も前に出してみる。 俺の足は崖っぷちになるようにビルの端へ揃えられた。 俺は、このまま落ちて死ぬ。 世の中は、不幸の連続だ。俺は、並人よりもそれが多かった。 だから、もう終わりにする。 ・・・・・・はぁ〜〜っ 今度は一気に息を吐いてみる。 ・・・よし、いける。 俺は目を瞑り前へ乗り出す準備をする。 「ーーー景色の邪魔だから、飛び降りるなら早く飛び降りな」 ふと俺の後ろから声がした。 俺は反射的に後ろを振り返る。 そこにはベンチに座って昼食の弁当を持っているサラリーマンがいた。 髭が乱雑に伸びていて清潔感のない男だった。 「兄ちゃん、飛び落ちて死にたいんだろう? なら、早く飛べば良いじゃねぇか。」 「・・・そうしようとしたらあなたに声をかけられたんでしょう。」 「そうか。そりゃ悪かったな。 じゃあ、ついでに俺の話も聞いてくれや。」 そういうと男は弁当をベンチへ置いた。 男は俺が飛び降りるのを静止するわけでもなく、 ただ単に話したいだけのように思えた。 普通、飛び降りようとしている人がいれば助けるものだろう。諭すものだろう。 だが、男は膝まで組んで悠長に喋り出した。 「俺にはな、嫁と娘がいたんだ。 でも、離婚したんだよ。2ヶ月前のことだけどな。 嫁は仕事で夜遅く帰る俺に不満があったらしい。 俺は休みの日には娘を遊びに連れて行ったりしててな、それが嫁の逆鱗に触れたんだ。 「都合のいい時だけ父親をするな」ってな。 そっからはもう大喧嘩よ。俺が稼がなきゃどうやって生きていくんだ?とか、 家事も子育てもろくにしないで、とかな。 ありきたりな喧嘩だろ? でも、喧嘩じゃ済まなくなかった。 その次の日、俺が家に帰ったら嫁も娘もいなかった。一瞬にして、俺の家族生活は終わった。」 「・・・・何の話ですか? 自分も不幸だけど生きてるから、お前も生きろって?そう言いたいんですか?」 俺は半ば挑発的に言った。 「まぁ待て。この話には続きがあるんだ。 その夜、俺は何もすることなく夜道を歩いた。 いや、酒を飲んだんだっけな。あんまし覚えてねぇけど。 ただ、夜の街を歩いてた。それだけは覚えてる。 夜は静かなんだよ。深夜になると車通りも少ない。まるで、自分だけの世界みたいだ。 でも、ふと高台とかに登ったら、ビルの一つひとつに灯りがついてた。 その時には、自分だけじゃない、誰かを感じた。 何の話かと言うとだな、少年。 物事は見方次第でどうにでもなるんだよ。 俺の人生は不幸かもしれない。 でも見方を変えると、不幸じゃないのかもしれない。 ・・・もう一度考えてみな。 ここで飛び降りて、不幸な人生のまま終わるか。 見方を変えて、もう一度生きて見るか。 自分の人生に価値を見出せるかは、少年次第だ」 そう言うと、サラリーマンはビルを降りようも立ち上がった。 かと思うと弁当を忘れていたのに気づいてベンチへと戻る。 「夜の街でも歩いてみなよ。 なにか変わるかもな。」 そう言って今度は下へと続く階段へと消えて行った。 ・・・・何が変わるだ。俺の人生はずっとどん底だ。 今更引き返せるはずもない。 俺は下をもう一度見る。 警察やらが集まってきていて、下でジタバタと何かの作業をしているようだ。 「・・・・・・・・・・・」 ・・・・下にいる人たちは、なぜ生きているんだろうか。 ただただ生きているだけのことに、価値はあるんだろうか。 「「自分の人生に価値を見出せるかは、少年次第だ」」 先ほど言われた言葉が頭の中でこだまする。 人生の価値・・・・。 そんなことは、今まで考えたこともなかった。 ただ俺は、自分が生まれ落ちたこの世界が、 自分自身を嫌っている。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・ 俺は一歩後ろへ戻る。 「・・・クソが。 このまま死んだら、俺が馬鹿みたいじゃないか」 そう呟く。 先ほどのサラリーマンは、自分の人生の価値を見出したのだろうか。 見方を変えれば、俺にも分かるのだろうか。
番外編 羽場正義の事件簿 前編
こよみさんの事件より約2年前ーーーーー 「・・・・・失礼します」 俺はガチャとドアを開ける。中へ入ると警察庁のお偉いさんが椅子に座りふんぞり返っていた。 その前には、俺の先輩である 轟新次郎(とどろきしんじろう) が立たされていた。 俺は足を踏み入れ、轟の横に立つ。 「・・・・羽場くん。なぜ今日呼ばれたのか、分かるかな??」 お偉いさんは挑発気味に俺に問いかけてくる。 「・・・・・・・・・」 俺が黙りこくっていると呆れたようにため息を吐きながら言う。 「・・・君が必要以上に容疑者を殴り飛ばしたからだ。いくら相手が悪くてもだな。警察という立場である以上、過度な暴行は過失にあたるんだ。」 息を吐ききって捲し立てる。 正直、このやりとりももう3回目だ。 流石にうんざりしてきた。 「なら、俺をクビにでもーーーー」 俺がそう言いかけた時、轟が割って入る。 「あー、ほんとすみません。これは私の監督責任です。罰を与えるなら、私にしてください。 なにぶん、羽場は少々苛立っている部分もあって、以後気をつけさせます」 そう言って深く頭を下げた。 偉いさんが何かを言うまで轟は頭を下げ続けている。その様子を見て、諦めたようなため息をつきながら言った。 「君がそこまで言うなら、今回の件は不問としよう。以後、気をつけるように」 偉いさんがそう言って、この話し合いに決着がついた。 部屋を出るまで、轟は腰の低い姿勢を崩さず、 かと思ったら、部屋を出た途端に大きな伸びをした。 「おい羽場、ちょっと来い」 轟は俺を呼びつけて、近くの喫煙所へと連れて行った。 「・・・・・あのお偉いさん、怖かったなぁ! まじでビビったぜ。」 轟は先ほどとは別人のように笑ってそう言う。 そして、俺にタバコを渡してきた。 「いや、俺はタバコはやめたんですよ、先輩」 俺はそう言ってタバコを勧めてきた手を払いのける。 「あぁ、そうか。そりゃ悪かったな。」 そう言いながらも遠慮なくタバコを吸っている。 この人のこのような豪快さには、見習うところがあると俺は常々思っている。 轟新次郎は俺の5年上の先輩で、よく面倒を見てくれる。日常では気さくな態度がよく目につくが、事件が起こった時にはそれが一変し、 威厳のある年配警官の姿へと変わる。 その様子は、俺からしても頼りになる先輩であり、慕っている。 「お前があの犯人殴りたくなんのも分かるよ。 人一人刺して殺してるんだからよ。 お前が殴ってなかったら、俺が殴ってたかもな」 「・・・・・・・・」 いつものような轟の軽口だったが、今回ばかりはこちらも申し訳なくなった。 「先輩、なんで俺を庇うんですか。 別に俺はクビになってもいいですよ。」 慣れない敬語で轟に聞く。 「覚えておけ。 後輩を庇うのが、先輩の役目だ。 それに、お前が気が気じゃないってのもよく分かってる。」 そういうと気の毒そうな顔をこちらに向けた。 「お前の妹さん、殺されたんだろ。 それに、犯人はまだ見つかってないとか。」 「・・・・・・・・・・・」 俺は図星を突かれて黙りこくってしまう。 俺の妹はつい1ヶ月前、俺の前から姿を消して、山のほうにある1つの神社に埋められているのが発見された。 肝心の犯人は、まだ見つかっていない。 その一件があってから、俺は何かの事件の犯人を見るたびに怒りが収まらなくなった。 特に、人殺しをした奴にはその怒りが更に沸々と湧いてくる。 もし、妹を殺した犯人が見つかった時には、 俺は殺してしまうかもしれない。 「ーーーーおい、大丈夫か??」 ハッとして横を見ると、轟はタバコを吸い終わっていた。 「まぁ、あんまり気張りすぎるなよ。 時には息抜きも大事だ。じゃあな。」 そう言って喫煙所から出て行った。 何が息抜きだ。そんな時間は、俺にはないだろう。妹を殺した犯人を捕まえるまで・・・・。 次の日、俺と轟の元に連絡がかかってきた。 「ーーーーーはい、はい。 ・・・・・・・・・わかりました。」 轟は昨日とは違い、真剣な眼差しで電話の連絡を聞いている。 その目には、いつもとは違い、怒りの感情があるように見えた。 「・・・よし、羽場。調査に行くぞ。」 電話を切って、手元のコーヒーをグイッと飲み干して俺に言う。 「連続殺人犯の居場所が分かったかもしれん。」 連続殺人犯・・・・・・・ それは、2ヶ月前からこの地区で起こっている事件のことだ。 この地区一帯で、複数の刺された跡がある死体がここ数ヶ月で10件も起こっていた。 その事件現場では証拠が幾度となく発見されていた。その証拠は、全て一人の人物につながっていた。それは、キムラという人物である。 本名はダグラス・ニコライ。 現在日本に滞在していたアメリカ人だ。日本名として、よく旅先ではキムラと名乗っていることから、その名前の方が定着している。 現場に残っていた凶器や指紋。他にも色々・・・・。その全ての証拠が、キムラのものであることは明らかだった。 しかし、今も逃亡しており、捕まっていないのだ。 何故かは分からない。キムラは、あちこちを転々として警察の追跡を今日の今日まで逃れてきたのだ。 「ーーー何してる。さっさと行くぞ」 すっかり仕事の時の轟となった様子を見るに、 今回は大きな事件らしい。 まぁ、言われてみればそうか。 連続殺人犯・・・・その潜伏場所が分かったのだから。 車に乗り込んで、シートベルトをかけると轟は急いで車を走らせた。 ハンドルを持つ腕には力が入っているようにも感じる。 「・・・先輩、いつも以上に気合い入ってますね。そんなに気張る必要があるんですか。今回の事件」 「・・・・・・・・・・」 それを聞いた轟は腕の力をふっと抜いた。 「・・・すまない、少し緊張していてな。 なんせ連続殺人犯、俺たちも死ぬ覚悟で取り組まねばならん。」 緊張・・・・。その単語を轟の口から出たのはいつぶりだろうか。 俺もそれに呼応されるように緊張が走る。 「・・・羽場。先輩としてのアドバイスだ」 そう言って運転しながら恐々とした面持ちで言った。 「犯人には情を持つな。 そうすれば心に隙が生まれる。犯人たちはそういった隙を撃つのが上手い。気をつけておけ」 俺はその言葉に無言で返した。 一体今回の事件は、どれほどまでに過酷になるのだろうか。 程なくして、轟は車を止める。 「この家だ」 轟は左窓際にある一軒家を指した。 「ここの屋根裏にキムラは潜んでいたらしい。 家の持ち主は海外旅行やらなんやらであまり家には帰らなかったらしい。 だから、キムラが住み込むには打ってつけだったわけだ。」 そう言って轟は指を上へスライドさせ、屋根裏の窓を指した。 「久しぶりに帰ってきた家主は、旅行道具をしまうために屋根裏へ上がった。 そこには、ポテチの袋やカップヌードル。 缶詰に新聞紙。寝袋が置かれてあった。 幸いキムラは外出していたらしい。その後、家主から通報があった。 警察が屋根裏を調べてみたら・・・・・」 「キムラの痕跡が出てきたんですね。」 俺は先を読んで言う。それに対して、轟は静かに頷いた。 「通報があったのが12時間前。 この近辺にまだキムラがいてもおかしくない。 くまなく探すぞ。」 「はい」 俺と轟は車から降りて辺りの捜索へ向かった。 監視カメラの映像などは他の部署で確認しているらしい。とにかく、そこから有益な情報が出ない限りは、現場である俺たちは無作為に探し回るしかない。 俺たちの、連続殺人犯「キムラ」の捜索が始まった。
弁護士と探偵とこれから 完
この証拠に対して、何も反論を用意していないぞ!! 俺は半ば怒りにも似た焦りがあった。 日吉にもその感情が伝わったのか、焦りの表情が浮かんでいる。 「では、どうしますか?弁護人。 これに対する反論は、あるんですか?」 高田検事は挑発するかのようにそう言う。 俺は思った。 ーーーなにか出来すぎているんじゃないか? でっちあげた証拠が、こんなにも簡単に警察の目を避けてでてくるものなのか? 警察官も、証拠は確認しているはずだ。 こんなにポンポンと嘘の証拠が出てくるものか。そんなのあんまりだ。 ・・・だが、言っていても仕方ない。 とわかっていても、返答を煽られても何と返せばいいか分からなかった。 「・・・・・・・・・・」 俺は高田検事の言葉に無言を貫いてしまう。 なんて言えばいい? どうすれば、日吉を無罪にできる? どうすれば・・・・・・ 「ーーーーそんなものか!獅童弁護士!」 俺が考えている時、裁判所で聞かないような野次が聞こえてきた。 皆一斉にその声の主を見る。 それは、金田だった。 「そんなものか!獅童弁護士! 随分錆ったれたおっさんになっちまったな!!」 その言葉は、俺の心にグサリと刺さる。 あの野郎、馬鹿なことしやがって・・・・ 金田はそう言い残して、裁判長が何を言うまでもなく傍聴室を出て行った。 それは一瞬の時間に感じた。 だが、その一瞬の時間は俺が考えをまとめるのには十分だった。 この金田が作った時間、無駄にはしない。 「裁判長、今一度、日吉さんに質問したいことがあります。よろしいでしょうか」 「わかりました」 俺の問いに、裁判官は頷く。 「日吉さん、あなたとこよみさんはいつからお付き合いおしていたのですか?」 「・・・・大学生の時からです。」 「きっかけは何だったんですか?」 「初めは・・・一目惚れでした。 そして、俺のバイト先によく来ていたんです。 俺の熱心なアプローチで・・・こよみは付き合ってくれることになったんです。」 「そうですか」 日吉は続ける。 「こよみは、よく笑う子でした。 でも・・・・そこには、少しの闇を感じていました。それに気づいていました。 それでも確信には触れてきませんでした。 そこに触れてしまえば・・・もう同じ関係には戻れないと、思ったんです。 こよみが自殺してから、家族と問題を抱えていることを知りました。 薄々感じていたのに、救えませんでした。」 日吉の声は少しずつ震えている。 そうだ。それでいい。ここは裁判の場でもあり、被告人の話を聞く場でもある。 「僕は・・・・・後悔でいっぱいでした。 愛する人が、死ぬことを選んだ事実が、僕の胸を貫きました。 ・・・・・・・・・・・・ 僕は、殺してないっ・・・・。 殺してないんですっ・・・・ 前は、こよみを庇っていて・・・・・ でも・・・やっぱり僕は殺してない・・・」 日吉はそう言い終わると泣きながらその場で崩れる。 何の根拠もない、ただの被告人が言っているだけのこと。 それは嘘かもしれない。証拠にもならない。 ・・・だが、日吉の気持ちは本物のはずだ。 それが響かない人物は裁判官にはいない。 「全く関係のないことだっ!! それはなんの証拠にもならないっ!!」 高田検事は声高々に叫ぶ。 しかし、日吉の声に耳を貸していた裁判官たちはそれには目もくれなかった。 真実よりもなにより、人の心を動かすのは愛だ。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 「では、判決を言い渡します。 被告人、日吉春樹は、無罪」 重みのある言葉と共に、俺と日吉は頭を下げる。 ようやく、日吉は自由の身だ。 これからも、こよみさんが死んだ悲しみは消えないだろう。 だが、あるべき場所に、全員が戻ることができた。 秀樹さん以外は・・・・・・・ 秀樹さんは、まだ目を覚ましていない。今更だがあの後、母親は警察に連れて行かれていき禁錮5年の刑が言い渡された。 だが、今は喜ぶべきだろう。 そう、思うことにした。 ーーーーーーーーーーーーーーーー エピローグ〜羽場と金田〜 羽場は僕の家に急に来て、一枚の資料と写真を渡してきた。 「どうりでおかしいと思ったよ。 母親にこよみさんがメールを送っていた件、そんな曖昧な偽造が警察の目を欺けるはずがないと思ってたんだ。」 羽場はやれやれという感じでそう言った。 写真には、あの高田検事と母親の姿があった。 「いわゆる、賄賂ってやつか」 僕は顎に手を当てながら返事をした。 「あぁ、よほどあの母親は、こよみさんの自殺を認めたくなかったらしい。 馬鹿なことだな、全く」 そう言って羽場はポケットからタバコを取り出した。 「ちょっと、家の中では吸わないでよ。 家はどこもかしこも禁煙だ。」 「そうか。まぁいい。もう用事はすんだからな。帰るよ」 羽場はそう言って後ろを振り返り、外へ歩き出す。かと思ったら玄関前で立ち止まり、こちらへ振り返った。 「近々別の街へ異動になった。 なんでも、痣が出た人が死んでいってるらしい。 だから、もうしばらくは顔見せられねぇからな。 お前にこき使われるのも、多分これで最後だ。 じゃあな」 そう言って靴を履きだした背中に僕は声をかける。 「妹さんの件、こっちでも調べといてあげるよ。 まだ犯人、見つかってないんでしょ??」 「・・・・・・・・・いや、自分で見つける。 他人任せにするのは、嫌いなんだよ。」 羽場はそう言ってついには出て行ってしまった。 「・・・・ふぅー。 さてと、次の事件が舞い込んでくるまで、 ゲームでもしてようかな、っと」 そう呟いてパソコンをつけた。 そこには、メールが一件、先ほど送られたものが届いていた。 そこには一言 「気遣いありがとう」 の文字があった。 「・・・・・っふふ。直接言えばいいのに。 結局のところ、彼が1番の頑固者かもね。」 僕は少し笑いながら、メールを閉じて、ゲームアプリへとカーソルを伸ばした。 ーーーーーーーーーーーーーーーー エピローグ〜日吉〜 ・・・・・出所から1ヶ月。 僕は金田さんから聞いた情報を元に、こよみの墓前へと来ていた。 「・・・久しぶり、こよみ」 僕は花束をこよみの前に置いて手を合わせて言う。 その後、数秒の沈黙が続いた。 「・・・・ごめんな。お前の苦しみを分かってあげられなくて。 家族のことはさ。薄々気づいてた。 でも、いじめられていたなんてのは、 知らなかった。・・・・・ごめん。」 僕は墓石の頭を撫でる。 「僕が罪を被るのは、お前のためだと思ってた。 ・・・でも結局は僕が勝手にやっただけの、自己満だったんだな。それも、ごめん。 ・・・・・・本当に馬鹿だよ、僕は。 獅童が僕を出してくれなかったら、その自己満で終わってた。彼に感謝だな、本当に。」 そう言って僕は墓石に饅頭を供える。 そして、また数秒墓石を見た後、帰る支度をする。 「おっ、なんか辛気臭せぇのがいるな」 帰る支度をしていた時、ふと後ろから声がかけられる。 後ろを見てみれば、見たこともない男の人だった。 しかし、その相貌は、少しこよみの面影がある気もした。 「あの、どちら様でしょうか。」 僕は恐々と聞く。 「まぁ、俺もニュースを見ただけで一方的に知ってるだけなんだから当然か。 ・・・・・・佐川秀樹。こよみの兄だ」 「ーーーーご退院されたんですね。 すみません。顔も合わせられず」 「いいって、気にすんなよ。」 秀樹さんはそう言いながら僕の備えた花束の横に、同じような花を置いた。 「・・・・こよみはさ、あんたといる時間は救われてたと思う。ありがとな」 秀樹さんは手を合わせながらそう言う。 僕は、それを黙って聞くしかなかった。 「・・・・・こよみ、どんな奴だった?」 秀樹さんは手を合わせ終えると僕に言う。 「・・・可愛らしい人、でしたよ。」 「ははっ、違げぇねぇ。よく分かってんじゃねぇか。 やっぱりこよみが選んだ人だな。」 秀樹さんはからかうようにそう言う。 「・・・・なんというかよ。 俺たちは、大事な人を亡くした。その苦しみは、消えることはないんだろうな。 ・・・・でも、俺たちはこよみが生きていたことを知ってる。どんな顔で、どんな声で、性格とか、癖とか色々・・・・。 だから、悲しいんだよな。もうそれを、肌で感じることはできないんだから。」 秀樹さんは、頭をかきながら言う。 「えーーっと、つまりだな。 俺とお前は同じ悲しみを背負った同士ってことだ。 だから、一緒に前を向こうぜ。 何か困ったことがあれば、俺に言えよ。」 秀樹さんは僕に笑いかけた。 「ーーーーははっ。やっぱり、こよみのお兄さんだなぁ。笑い方が同じだ。」 「・・・・・そうか。俺が、あいつに似てる・・・。」 秀樹さんは恥ずかしそうに笑った。 「秀樹さんも、困ったことがあれば頼ってくださいね。こう見えて、僕は人の話聞くの上手いですよ。」 「おぉー、そうか。 じゃあ今から飲みに行こう!!」 秀樹さんはそう言って強引に俺の腕を掴んだ。 「え、えぇーー!今からですか?!」 僕はあたふたしながらも、掴まれた腕をそのままに、秀樹さんに連れられていく。 ーーーーーふと、涼しい風が吹き抜けた。 それはまるで、こよみが笑っているかのようだった。 ーーーーーーーーーーーーーーーーー エピローグ〜獅童〜 「ーーーーーおつかれぇい!」 俺は金田と以前に来た居酒屋へと来ていた。 遅くなったが、全てが終わった記念に飲みに来ていたのである。 「テンションが高いね」 「そりゃあ、全部終わったんだしな。 秀樹さんも生きてる!日吉は釈放! 万々歳!・・・だろ?」 俺の盛り上がりようをみて金田は苦笑しながらも笑みをこぼした。 「だから今日はパァーっといこうぜ。な、相棒」 「・・・・・ふふっ。だね。 じゃあ、今日はお酒でも飲んでやろうかな」 「え、お前酒飲めたのかよ。 てっきり飲めないもんかと思ってた。」 「好き好んで飲むわけじゃないだけさ。 今日はとことん君に付き合ってあげよう。」 金田がそう言って店員を呼んだ。 そうすると、ニコニコとした店員が近づいてくる。 「はーい。ご注文どうぞー?」 「ビール2つと・・・・・・・・・」 俺はビールとつまみを注文する。 聞き終わると、店員は頭を深く下げて厨房へと戻っていった。 「・・・・そうだ。シラフのうちに言いたいことがある。 ・・・・・・裁判の時は、ありがとな。 お前が時間作ってくれなきゃ、あの時俺は何も答えられなかった。」 俺は少し恥ずかしくなって顔を下げる。 「・・・・・へぇー。初日とは態度が全く違うねぇ。感謝とかするんだ、君。」 金田がニヤニヤしながらそう言う。 確かに、初日では少し金田を扱いづらい人間だと思っていた。 だが、俺は今回の事件で色々とこいつに救われた。相棒と呼称してもいいほどに、仲も良くなったと言える。 「もう一回言ってくれる? 録音しないと・・・・・・」 「馬鹿野郎、2度と言うかよ」 そう言って、お互いに笑いあった。 しばらくすると、先ほどの店員がビール2つと、1つの料理を持ってきた。 「はいはいー、ビール2つと・・・・ これ、店からの奢りです。」 そう言って頼んでもいない串焼きが出された。 「なんかいいことがあったんですよね? お二人の顔見たら分かります。 なんで、これあげます」 店員はそう言って頭を下げて厨房へ下がろうとした。 その時、怒号が厨房から聞こえてくる。 「ゴラァーー!栄介ーーーーー!! また勝手なことしやがったなぁーーー!!!」 おそらく、店長なのだろうか。 間延びした声で、えーすけーと叫んでいる。 その声を聞いて、栄介と呼ばれた店員はそそくさと近づいてきて、串焼きをとって厨房へ帰って行った。 「・・・・・なんだったんだ???」 「さぁ・・・・」 ・・・おっと、危ない。 癖の強い店員に話をもっていかれるところだった。 俺たちはビールに手を取り、グラスとグラスを交わして景気のいい音を立てた。 そして、グイッとビールを飲む。 「・・・・じゃあ僕も、礼を言っておこうかな」 金田はそういうと、俺の前へと拳を出した。 「こんな変な奴と仲良くなってくれてありがとう。 これからもよろしく」 「・・・・当たり前だ。」 俺も拳を出してお互いにぶつけた。 弁護士と探偵。 その他には、謎があるだけでいい。 俺たちの関係は、まだ続くだろう。 今はただ、この時間を大切にしたいと思った。 弁護士と探偵と死体一つ 無実の罪 完