ピコゴン
41 件の小説番外編 羽場正義の事件簿 後編
俺は走って轟を追った。 店の裏口を出れば、そこは倉庫のような場所につながっていた。 田舎であるがゆえの大きな工場群であると後々気づいた。しかし、だれもいる気配がない。 おそらく、包囲網を張った警察官たちにより自宅待機が命じられているのだろう。 どちらにせよ、こちらとしてはやりやすい。 俺は工場群の中を走り回る。 (どこだ・・・・先輩・・・・) しかし、いくら探し回ったところで、轟とキムラは姿を現さない。 そこで、俺は無線機があることを思い出した。 目の前で人が死んだショックと、轟が見つからない焦りで気が動転していたからだ。 俺は無線機を手に取り轟へ繋げる。 「羽場です。今、どこにいますか!?」 俺は息も絶え絶えに声を荒げる。 ・・・しかし返答がない。 俺はまずいと思った。いくら轟でも、返り討ちになっているのではないか、と。 その不安が俺の周りを回っていた。 その時、銃声が鳴り響く音がした。 1発だけ、重低音に工場群を響き渡る。 俺はその音を聞き逃さなかった。 銃声の聞こえた辺りの目星をつけると、俺は更に耳を澄ませる。 ・・・・とても静かだ。人がいない、かつ工場地帯ということもあり物音がしない。 しかし、それは今の俺にとっては好都合だった。 これなら、些細な音も聴き逃さない。 ・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・! ・・・・かすかに、何かが倒れる音が聞こえた。俺は一目散にその方面へ走り出した。 無事でいてくれ・・・先輩・・・!! ・・・その音が聞こえた場所に着くと、俺はすぐさまに拳銃を懐から出した。 考えるより先に行動するというのはこういうことを言うのだろう。 「・・・銃を下げてください。 ・・・・・・・轟先輩。」 俺の銃口の先には、木村の頭に銃を構えている轟がいた。 キムラは倒れていて苦しそうに悶えている。 キムラの腕からは血が流れており、浅い呼吸を繰り返している。 「・・・羽場か。」 轟はキムラから目を離さずに言う。 その眼光は、向けられていない俺からしても凄まじいものだった。 俺も轟に銃口を向けたまま口を開く。 「・・・はじめの車にいた時、先輩の目はいつもと違っていた。 あの時の先輩の目には見覚えがある。 あれは・・・以前までの俺と同じだった。」 俺は震える手に力を込めて標準をずらさないように心がける。 「先輩の目は、人を殺す覚悟のある目だった。 妹を殺した犯人を、殺してやりたいと思っていた俺のように。 ・・・先輩、キムラを殺す気ですね。」 そう言っても、轟は動揺も見せずに沈黙した。 しかし、すぐに口を開いた。 「・・・俺には、嫁と娘がいたんだ。 嫁はいつも仕事で遅く帰ってくる俺のために、温かい飯を用意してくれる。 それに、いつも疲れた俺を労ってくれていた。 娘は6歳でな。 俺のことを見るといつも抱きついてきた。 それがとても可愛らしいんだ。 そして、たまに肩を揉んでくれるんだよ。 ・・・・・・そんないつもが、ずっと続く予定だった。 いや、続くと思い込んでいた。」 轟の声は震え出した。しかし、銃口は一切揺らさない。 キムラは撃たれた箇所を押さえながら、轟を睨むしかなかった。 「・・・・だが、帰ったら2人は、冷たくなってた。体に複数の刺し傷があった。 嫁は娘を抱くようにして、後ろから何度も刺された形跡があった。 娘は嫁に抱かれながら、首元に刺し傷があった。 それに、ガラスのように色のない目には涙が溜まってた。 ・・・・・犯人はすぐにわかった。」 轟の眼光はより一層強くなる。 「2人はこいつに・・・・・ こいつに殺されたんだっっ!!!!」 轟の声が部屋に響き渡る。 しかし、少し響いた後にすぐに静寂が戻ってくる。 「・・・・羽場。お前なら分かるだろ。 この俺の気持ちが。」 「痛いほど分かりますよ。 ・・・・でも、殺しちゃあだめだ。 ダメなんだよ、本当に。」 俺は銃口が震えだす。 止めようにも止められない。 俺は、本当に殺しちゃいけないと思っているのか? 確かに、殺しはいけないことだ。 だが、心のどこかに反対の意見がある。 殺人犯には、それ相応のむくいを受けさせるべきだという言葉が脳裏をよぎってしまう。 今、俺の前に、妹を殺した犯人が出てこれば、 轟のように、殺してしまいたくなるだろう。 純粋な、復讐。殺意の感情。 その感情がある限り、俺は轟に強く言えない。 「・・・・お前は、俺を打てるのか?」 言い淀んでいると、轟が俺に問いかけた。 「・・・銃口が震えているぞ。 見なくとも分かる。俺を撃つことを躊躇している。 ・・・お前が俺を止めなければ、キムラは死ぬぞ。」 そう言う轟の顔は、少しだが、いつもの先輩のように感じた。 ・・・・・・・そうだ。 俺は一介の警察だ。 殺人犯であろうと、殺させはしない。 ・・・・・というのは建前だ。 今、俺が思っていることは・・・・・。 それは・・・・・・・。 「・・・撃てませんよ。 ・・・・・撃てるわけ、ないじゃないですか。 ・・・・・・・でも、あんたが殺人犯になると言うのなら、俺が絶対に食い止める。 絶対に、あんたにキムラを殺させたりはしない。」 俺は震える心臓に鼓舞を入れる。 そして、手に力を込めた。 「もしそれでもキムラを殺すと言うのなら・・・ ・・・・俺は、あんたを撃つ。」 俺の腕の震えは、もう止まっていた。 俺は轟に、人殺しにはなってほしくない。 理屈がどうとか、そう言う話ではない。 矛盾していようが、いいじゃないか。 俺は、信じたいように信じて、 したいように行動する。 「・・・そうか。 ・・・・・立派になったもんだな。 もう俺についてきてただけの新人じゃないんだな。」 そう言うと、轟は銃口を自分の頭に向けた。 「・・・!やめてください!」 俺は声を荒げる。しかし、轟は止まらない。 ピタリと頭につけると、轟は俺に向いていった。 「・・・先輩として、最後のアドバイスだ。 ・・・・・俺みたいな人間にはなるなよ。」 そう言うと、パァン!と乾いた音が響き渡った。 しかし、轟の脳天に穴が開くことはなかった。 放たれたのは・・・俺の弾丸だ。 俺は咄嗟の判断で、轟の手元に弾丸を打ち込んだのだ。 轟はその反動で、呻き声を上げながら後ろにのけぞる。 「何してんだっ!」 俺はその隙に轟へ駆け寄った。 そして、のけぞる轟を1発殴った。 先輩を殴ったのは、これが初めてだった。 殴られた轟は、床に突っ伏した。 そして、驚いた表情を俺に向けている。 俺ははやる気持ちを抑えつつ口を開く。 「はぁ、はぁ、あんた、なんのために警察になった? こんなところで、人を殺すためか? こんなところで、無様に自殺するためか? 違うだろ! ーーーーー守りたいものが、あったからだろ。」 俺は抑える気持ちを拳に力を込めて抑える。 「・・・もし、警察の誇りと、家族を思う気持ちがあるなら、踏みとどまれ。 こんなクズを殺して、あんたの人生と警察の誇りを失って、たまるかよ。 俺も、あんたも。」 俺はかがみ込んで轟に問いかける。 「復讐は、悪いことじゃないと、俺は思ってる。 それが、生きる意味になることもある。 ・・・でも、いつかは復讐だけじゃない人生にするべきだと、俺は思ってる。 もし、あんたがまだ、キムラを殺したいと、 復讐だけの人生を送る気なら・・・・・ ーーーーー俺が、あんたの生きる意味になる。 俺が、支えてやる。だから、あんたはまだ、死なないでくれ。」 そこまで言うと、轟は俯いた。 そして、何も言わなかった。 キムラは撃たれた箇所を庇いながら、こちらを見ることしかできていなかった。キムラの足は折れているように見える。おそらく、逃げられないように轟がそうしたのだろう。 その点は、流石轟だと思った。 その無言のなんとも言えない時間が続いた。 数分後、応援の警察官たちが来た。 俺が事情を説明したが、轟が犯人を殺そうとした意思を勘付かれた。それと、無断発砲の件も知られてしまったらしい。 俺の撃った弾丸は、何故か見つからなかった。 後になって気づいたが、轟が処分していたのだろうか。俺を庇うために。 ・・・轟は恐らく、懲戒処分になるだろう。 キムラは護送車に乗せられて連れて行かれた。 「・・・・羽場。」 轟は警察に連れられながら、久しぶりに口を開いた。 「・・・・俺みたいには、なるなよ」 それは、念を押しているような、そんな言い方だった。 「・・・バカですか。 なるわけないでしょ、あんたみたいな。 でも・・・・・・・ ーーーーー先輩みたいな、警察になりたい。 いつでも冷静で、かっこいい、 そんな警察に」 そう言うと、少し轟は立ち止まった。 だが、すぐに歩き出した。 俺はその轟の背中を、ただ、見ているしかなかった。 ーーーーーーーーーーーーーー 「ーーーーおーい、羽場くん?聞いてる?」 俺がハッと気づくと、そこは金田の家だった。 「おいおい羽場、ちゃんと聞いてくれよ、 日吉を助ける最後のチャンスかもしれないんだ。」 呆れたように獅童が俺を見る。 「・・・・大丈夫だ。 ただ、少し昔のことを思い出していただけだ」 俺はそう言って少し席を外した。 そとは夕方。オレンジ色に雲が光っている。 俺は、ポケットからタバコを取り出して、口につける。 轟がよく吸っていた銘柄のタバコだ。 (・・・・あんたみたいに、やれてるか?・・・轟先輩) 俺はタバコを吹かしながら、再び轟との日々を回想していた。
番外編 羽場正義の事件簿 中編
俺と轟は辺りの捜索を開始した。 草むらの中や川辺の方角。聞き取り調査。 だが、いくら探してもキムラは出てこなかった。 近隣住民に話を聞いたところ、外国人を見た人も確かに存在した。 しかし、ここ最近は見ていない、と言う。 キムラは鼻の効く奴だ。おそらく、このような事態になることは分かっていたのだろう。 だから通報される前に屋根裏部屋の寝倉から逃げ出したのだ。 今までもそうやって警察の目から逃げ続けてきた。 今回も、逃げ切るつもりだろう。 気がつけば、俺と轟は車へと戻ってきていた。 轟の顔色からも、捜索の結果は見てとれた。 「・・・・まだ、この街からは出ていないはずだ」 車に入るや否やそう呟く。 ため息混じりのその声色には少しの焦りが見えた。 「すでにこの街には包囲網が張られている。 流石のキムラと言っても検問には抜けられないだろう。」 俺はそう言った轟に反論した。 「だが、それは通報された後に張った包囲網でしょう。それ以前からこの街を出ていたとしたら、もうこの街にはいない。」 「あぁ、分かってる。 だが探すしかない。そうだろ。」 「闇雲に探しても意味ないですよ。一度作戦を考えるべきです」 「そんなことしてる間に奴が逃げたらどうする。」 「包囲網が張られているからこの街から出てないって言ったのはあんただろ。」 「・・・なんだ、その口の聞き方は」 轟は俺に掴み掛そうな勢いで俺を睨んだ。 「・・・先輩。さっきからおかしいですよ。 いつもなら、もっと冷静なはずだ。」 「・・・・・・・・・・・」 轟は何も言わずに黙りこくる。 俺の言葉は図星だったようだ。少し険悪な状況が続く。その時だった。 ズズ・・・と無線の入る音が聞こえる。 俺と轟は無線に手をかけた。 「「キムラと思われる男が逃走中!! 赤鷺街1丁目のコインランドリー前を通過!」 俺は周辺の地図を見る。 その場所は、どこの警察たちよりも俺たちの方が近かった。 「こちら轟。今すぐに向かう。」 無線にそう残して、俺たちは走って現場へ向かった。 コインランドリー前に着くと、そこには脱ぎ捨てられた衣服があった。 おそらく、キムラが着ていたものだろう。 このまま変装をして逃げるつもりだろうか。 俺は周囲を見渡す。 しかし、どこにも逃げたら方向の痕跡は見当たらない。 「おい羽場。こっち見ろ」 俺は轟に言われた方向を見る。 そこにはコインランドリーの横を抜ける路地裏があった。 ーーーそして、その路地に置かれていたゴミ箱がひっくり返っていた。 「行くぞ」 轟がそう言った途端に路地裏へ走り出す。 俺もそれについていく形で走り出した。 いつのまにか、轟はいつもの頼れる先輩へと戻っていた。 ーーーーーーーーーーーーーー 轟が路地を走り抜けた後、急にカーブを描いて一目散に走り出す。 「・・・キムラぁ!!!」 轟の怒号が聞こえる。 俺も路地を越えると、轟の走っていく方向には、長身の外国人らしき男が逃げていた。 轟の走る速さは、もともと署内でもトップクラスだ。そんな轟が、勢いよく走っている。俺もついていくのが精一杯だった。 外国人の男がカーブを曲がり見えなくなる。 俺たちも急いでカーブを曲がり後を追う。 ・・・・・しかし、そこにはすでに外国人の姿はなかった。 「はぁ、はぁ、どこに・・・行った・・・」 息を切らす俺とは裏腹に轟は冷静に辺りを見ている。俺はこういったところを尊敬しているのだ。 そうだ、俺がこの人を尊敬し出したのは、あの日からだった。 ーーーーーーーーーーーーーーーー ある日、コンビニで立てこもり犯がいるとの通報を受け、俺と轟とその他の何人かの警官が現場へ向かった。 コンビニのすりガラスからは、ナイフを持った犯人と、1人の女性がいた。 おそらく、その背後には更に何人かの人質がいたんだろう。 そのことを踏まえて、その場にいた警察官は慎重に行動しなければならなかった。 誰もが緊張していた現場。しかし、轟だけは違った。 「・・・・・・羽場。叫んで注意を引け。」 俺は意味が分からなかった。 叫べば、確かに注意は引けるだろうが、犯人が錯乱をおこして犯人が女性を刺す可能性がある。 しかし、先輩である轟を信じるしかなかった。 俺が叫ぶのと同時に、警察官と中にいた犯人、そして女性までも俺の方を見る。 ーーーー轟以外は。 轟は俺が叫ぶのと同時に、懐から拳銃を抜いた。 そして、コンビニ内へと発砲をした。 その瞬間、銃声を掻き消すほどの爆音が鳴り響いた。コンビニを見てみると、中から煙が溢れ出している。 「今だっ、突入!!!」 轟がそう叫ぶと、警察官たちはハッとして中へと入っていった。そして、無事に犯人を捕まえることができたのだ。 後から気づいたことだが、轟が打ったのは犯人の背後にある消化器だった。 轟はあの瞬時に消化器を見つけ、そして瞬時に一寸の狂いもなく消化器へと銃弾を命中させた。 ーーーーーすごいと思った。 いつもヘラヘラとしていたあの先輩が、こんなにも動ける奴だったなんて。 それ以来、俺は轟を信頼している。 尊敬している。 今回も、きっとうまくいく。 そんな信頼が、俺の脳内にあった。 ーーーーーーーーーーーーーーー そう思い返していると、突然と悲鳴が上がった。 俺と轟は少し顔を見合わせた後に、声のした方へ走り出す。 その声は、一つの小さな民間商店から聞こえた。しかし、手前のシャッターは閉められており、玄関扉がポツンとあるだけだった。 俺が着く前に、轟が先に玄関扉を叩いた。 「大丈夫ですか?!」 轟がそう言いながらドアノブを回す。 すると、すんなりと扉が開いた。 俺と轟は中へと入る。 「ーーーーーっ!」 家の中では、玄関前に血を流して倒れている男性が見えた。轟はすぐにかけよる。 俺も駆け寄ったが、轟が応急手当てをしており、入る隙間がなかった。 「・・・だめだ、出血が止まらん」 轟がそう溢した。これは、おそらくキムラがやったのだろう。 更に奥の扉には、血が点々と続いている。 キムラがナイフか何かでこの男性を刺し、そのまま逃げた。そう考えるのが普通だ。 ・・・日本の警察が、今キムラに舐められている。そう思った。 現に、目の前にいる人の救助で、キムラを追うこともできない。 だからこそ、包囲網が張られたこの町で、堂々と人を刺したのだ。 どうする。応援を呼ぶべきだろうか。 そう考えている時、轟が振り返って俺に言った。 「・・・羽場。ここを頼めるか。」 轟の表情は真剣なもので、そこには俺への信頼も感じた。 「・・・わかりました。行ってください」 俺がそう言うと、ありがとう、と言いキムラを追って行った。 その間に、俺は応援を呼ぶ。 「こちら羽場。赤鷲町1丁目5番地の家で腹部を刺された男性を発見。至急応援を頼む。」 俺がそう言うと無線先から、了解、と端的に返事が返ってくる。 俺はその間男性を見る。 腹からは血が滴り落ち、手で押さえても流れ出てくる。おそらくどこかの内臓が刺されている。 「大丈夫だ。すぐに救急車がくる。 それまで耐えろ。」 俺がそう言うと男性は力なく頷いた。 ・・・しかし、もう返事が返ってくることはなかった。 その瞬間に、俺の脳内に一つの記憶が流れる。 それは、冷たくなった妹を掘り起こした時の映像だった。 ーーーーーーーーーーーーーーーーー 俺は力無く膝から崩れ落ち、妹の顔に手を当てる。その顔は冷たく、まるで人形のようだった。その日は、久しぶりの大雨で、湿気った土の匂いがしていた。妹は冷たい雨に打たれていても動かない。 あの日、俺は泣いていたのだろうか。それすらも覚えていないほど、他の感情が俺を支配していた。 それは・・・怒りだ。 犯人への怒り。俺は許さなかった。 それは他の事件でも例外ではない。 どんな事件でも、人殺しの犯人は許せない。 あの日から、俺は犯人を追うことしか、目に入っていなかった。 ーーーーーーーーーーーーーー ・・・・・・くそっ、くそっ・・!! 俺は、また目の前で人が死ぬのを見てるだけなのか。 妹が死んだあの日から、俺は何も変わってない。 ただ目の前の犯人を追いかけるだけで、周りの犠牲は二の次。 その結果が、今なんじゃないのか。 俺は男性を床に寝かした。 ・・・・轟を追わなければ。 俺は轟が走り出した方向へと、再び走り出した。
余命3日
1日目 ・・・今日はいい天気だ。 だが、俺はそんな天気を十分に見ることすらできない。 つい1週間前までは、首くらいは動かせていたが、ついには動かなくなった。 もう、体の感覚もなく、今の私はただ呼吸をし続ける機械のようなものだ。 ・・・私はあと3日で死ぬだろう。 余命宣告を医者から受けて1ヶ月が経った。 医者は2週間には死ぬだろうと言われていたが、しぶとくまだ生き残っている。 だが、感じるのだ。 私はあと3日で死ぬ。 何もできないまま、ただ死ぬのを待つのみなのだ。 ・・・思い返せば、あっという間な20年の生涯だった。 母や父はよく見舞いに来てくれるが、動けない私を見て憐れみの目で見てくる。 母は目を赤く腫らしながら室内に入ってくることもあった。 おそらく、泣いていたのだろう。 息子が死ぬのだから、無理もない。 本当に申し訳ないと思っている。自分のせいで、今父と母は苦しんでいるのだ。 こんなことならば、私ではなく、健康な子供が生まれてきていればよかったのに、 最近そう思う。 ・・・以前、私は母にそう言ったことを言ったことがあったのを思い出した。 母はそれを聞いて、悲しそうな顔を浮かべたと思ったら、私の頬を叩いた。 あの時の母の気持ちを思えば、また私も悲しくなる。 今になって母と父に礼を言うことすらも叶わない。 産んでくれてありがとうと、言うことすら叶わない。 もし、神がいるのなら、今だけでも喋れるようにしてほしい。 少しでいい。ただ少しだけ、家族と話がしたい。 今はそれを願うことが、自分のできる精一杯だ。 2日目 ・・・死後、自分がどうなるのかと考えることが多くなった。 天国に行くのか地獄に行くのか。 そんな単純な話ではない。 そもそも天国や地獄はあるのか、という疑問からこの考えは始まる。 死後の世界など、誰も証明できない。 だからこそ、願うしかない。 私は死後には天国や地獄があればいい、と思っている。 このまま自分が死んで、無になれば、一体誰が自分ことを覚えていてくれるだろうか。 家族は覚えてくれているだろう。 だが、多くの友達は時代を過ぎて、歳をとるごとに私のことなど忘れていくだろう。 だから天界で再び再会してこう思ってもらうんだ。 「あぁ、こんな奴もいたな」と。 それだけでも、十分今の私にとって救いだ。 このまま無になってしまうなど、あんまりに酷だ。 せめて、私という個の意思を死んでも持っておきたい。 自己を失い、周りにも忘れられることは、私にとっては耐え難い苦痛であると思う。 ・・・・・・あと1日、何を考えて過ごせばいいのだろうか。 そういえば、窓の外には桜の木が立っていた。 桜のことでも考えて、気を紛らわせておこう。 3日目 呼吸が浅い。 ついに死ぬ時が来たように感じる。 ナースコールさえも押すことは叶わない。 今、病室には私しかいない。 死ぬ時には孤独であると聞いたことがあるが、私はそれを否定したい。 周りに親族や、友達に囲まれて死ぬ。 それは孤独などではなく、生きていた軌跡を残す最期として天晴れなものだと思う。 だが今どうだ。 今は夜で、ついには看護師でさえも帰っていて医者も少ない。 私はこのまま、だれにも見られず死んでいくのだろうか。 どうせ孤独に死ぬのなら、やりたいことがあったというのに・・・・。 「・・・・お迎えに参りました」 そう、枕元から声が聞こえてきた。 私は首を動かして横を見る。 そこには、鎌を持った黒い服の男がいた。 「・・・死神か」 私はそこで気づいた。首が動かせていて、喋れていると言うことに。 「・・・死んだのか、私は」 「いえ、正式には、あと5分ほどです」 「そうか」 「おつかれさまでした」 「あぁ、かなり疲れたな。 ・・・死後の世界はあるのか?」 「行ってみれば分かります」 「・・・そうか」 少しの沈黙が流れる。 あと5分、死神とはいえ、一人ではないと言うことに少しだけ安心した。 そして、つい気が緩んで願いをこぼしてしまう。 「・・・死神よ。 私のからだを、少しだけ動かせるようにしてくれないか? 孤独に死んでいく青年の、頼みだ。」 「・・・分かりました。ではあなたの死ぬ残り3分、その願いを叶えましょう」 そういうと同時に体に感覚が戻る。 指を動かしてみると、動く。 当たり前のことだが、この当たり前が私を感動させた。 「ありがとう」 私は起き上がり、窓のカーテンを開ける。 そこには、夜桜が広がっていた。 「ーーーー綺麗だ」 思わず感動をこぼしてしまう。 桜の花びらは、夜の中をひらひらと舞い落ちている。 じめんについて、すこししなった桜は、どこか哀愁をただよわせていた。 「・・・私は、落ちた花びらだな」 私はグッと伸びをして、後ろに置いてあった椅子を窓へと向ける。 そして、座った。 「・・・ここでいい」 私は深呼吸をする。 「なぜ、座っているのですか?」 疑問をそのまま口に出したかのように死神が言った。 「だって、寝たままじゃあ、かっこわるい、だろう? だから、これでいい、これが、私の美学だ。」 落ちた花びらのように、しなった桜の花びらのように寝込むのではない。 私は確かに、この世界を生き、地に足をつけている。 生き様ってのは、案外大事なのだ。 「これで、いい」 私はもう一度深呼吸をして、窓を眺めた。 「ーーーーーーーーー綺麗だ」 私はもう一度そう言い、目を閉じた。
不幸な人生
・・・・・・・ふぅ〜〜っ 俺は息を吸って下を見下ろす。 そこには小さく見える人たちが俺を見ていた。 その中には口を押さえて驚愕しているように見える婦人。 面白いものを撮るかのようにカメラを俺に向けている高校生。他にも色々な人間。 皆一様に視線の先には俺がいた。 俺は1歩前へ足を出してみる。 思ったよりは怖くなかった。 もう一歩も前に出してみる。 俺の足は崖っぷちになるようにビルの端へ揃えられた。 俺は、このまま落ちて死ぬ。 世の中は、不幸の連続だ。俺は、並人よりもそれが多かった。 だから、もう終わりにする。 ・・・・・・はぁ〜〜っ 今度は一気に息を吐いてみる。 ・・・よし、いける。 俺は目を瞑り前へ乗り出す準備をする。 「ーーー景色の邪魔だから、飛び降りるなら早く飛び降りな」 ふと俺の後ろから声がした。 俺は反射的に後ろを振り返る。 そこにはベンチに座って昼食の弁当を持っているサラリーマンがいた。 髭が乱雑に伸びていて清潔感のない男だった。 「兄ちゃん、飛び落ちて死にたいんだろう? なら、早く飛べば良いじゃねぇか。」 「・・・そうしようとしたらあなたに声をかけられたんでしょう。」 「そうか。そりゃ悪かったな。 じゃあ、ついでに俺の話も聞いてくれや。」 そういうと男は弁当をベンチへ置いた。 男は俺が飛び降りるのを静止するわけでもなく、 ただ単に話したいだけのように思えた。 普通、飛び降りようとしている人がいれば助けるものだろう。諭すものだろう。 だが、男は膝まで組んで悠長に喋り出した。 「俺にはな、嫁と娘がいたんだ。 でも、離婚したんだよ。2ヶ月前のことだけどな。 嫁は仕事で夜遅く帰る俺に不満があったらしい。 俺は休みの日には娘を遊びに連れて行ったりしててな、それが嫁の逆鱗に触れたんだ。 「都合のいい時だけ父親をするな」ってな。 そっからはもう大喧嘩よ。俺が稼がなきゃどうやって生きていくんだ?とか、 家事も子育てもろくにしないで、とかな。 ありきたりな喧嘩だろ? でも、喧嘩じゃ済まなくなかった。 その次の日、俺が家に帰ったら嫁も娘もいなかった。一瞬にして、俺の家族生活は終わった。」 「・・・・何の話ですか? 自分も不幸だけど生きてるから、お前も生きろって?そう言いたいんですか?」 俺は半ば挑発的に言った。 「まぁ待て。この話には続きがあるんだ。 その夜、俺は何もすることなく夜道を歩いた。 いや、酒を飲んだんだっけな。あんまし覚えてねぇけど。 ただ、夜の街を歩いてた。それだけは覚えてる。 夜は静かなんだよ。深夜になると車通りも少ない。まるで、自分だけの世界みたいだ。 でも、ふと高台とかに登ったら、ビルの一つひとつに灯りがついてた。 その時には、自分だけじゃない、誰かを感じた。 何の話かと言うとだな、少年。 物事は見方次第でどうにでもなるんだよ。 俺の人生は不幸かもしれない。 でも見方を変えると、不幸じゃないのかもしれない。 ・・・もう一度考えてみな。 ここで飛び降りて、不幸な人生のまま終わるか。 見方を変えて、もう一度生きて見るか。 自分の人生に価値を見出せるかは、少年次第だ」 そう言うと、サラリーマンはビルを降りようも立ち上がった。 かと思うと弁当を忘れていたのに気づいてベンチへと戻る。 「夜の街でも歩いてみなよ。 なにか変わるかもな。」 そう言って今度は下へと続く階段へと消えて行った。 ・・・・何が変わるだ。俺の人生はずっとどん底だ。 今更引き返せるはずもない。 俺は下をもう一度見る。 警察やらが集まってきていて、下でジタバタと何かの作業をしているようだ。 「・・・・・・・・・・・」 ・・・・下にいる人たちは、なぜ生きているんだろうか。 ただただ生きているだけのことに、価値はあるんだろうか。 「「自分の人生に価値を見出せるかは、少年次第だ」」 先ほど言われた言葉が頭の中でこだまする。 人生の価値・・・・。 そんなことは、今まで考えたこともなかった。 ただ俺は、自分が生まれ落ちたこの世界が、 自分自身を嫌っている。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・ 俺は一歩後ろへ戻る。 「・・・クソが。 このまま死んだら、俺が馬鹿みたいじゃないか」 そう呟く。 先ほどのサラリーマンは、自分の人生の価値を見出したのだろうか。 見方を変えれば、俺にも分かるのだろうか。
番外編 羽場正義の事件簿 前編
こよみさんの事件より約2年前ーーーーー 「・・・・・失礼します」 俺はガチャとドアを開ける。中へ入ると警察庁のお偉いさんが椅子に座りふんぞり返っていた。 その前には、俺の先輩である 轟新次郎(とどろきしんじろう) が立たされていた。 俺は足を踏み入れ、轟の横に立つ。 「・・・・羽場くん。なぜ今日呼ばれたのか、分かるかな??」 お偉いさんは挑発気味に俺に問いかけてくる。 「・・・・・・・・・」 俺が黙りこくっていると呆れたようにため息を吐きながら言う。 「・・・君が必要以上に容疑者を殴り飛ばしたからだ。いくら相手が悪くてもだな。警察という立場である以上、過度な暴行は過失にあたるんだ。」 息を吐ききって捲し立てる。 正直、このやりとりももう3回目だ。 流石にうんざりしてきた。 「なら、俺をクビにでもーーーー」 俺がそう言いかけた時、轟が割って入る。 「あー、ほんとすみません。これは私の監督責任です。罰を与えるなら、私にしてください。 なにぶん、羽場は少々苛立っている部分もあって、以後気をつけさせます」 そう言って深く頭を下げた。 偉いさんが何かを言うまで轟は頭を下げ続けている。その様子を見て、諦めたようなため息をつきながら言った。 「君がそこまで言うなら、今回の件は不問としよう。以後、気をつけるように」 偉いさんがそう言って、この話し合いに決着がついた。 部屋を出るまで、轟は腰の低い姿勢を崩さず、 かと思ったら、部屋を出た途端に大きな伸びをした。 「おい羽場、ちょっと来い」 轟は俺を呼びつけて、近くの喫煙所へと連れて行った。 「・・・・・あのお偉いさん、怖かったなぁ! まじでビビったぜ。」 轟は先ほどとは別人のように笑ってそう言う。 そして、俺にタバコを渡してきた。 「いや、俺はタバコはやめたんですよ、先輩」 俺はそう言ってタバコを勧めてきた手を払いのける。 「あぁ、そうか。そりゃ悪かったな。」 そう言いながらも遠慮なくタバコを吸っている。 この人のこのような豪快さには、見習うところがあると俺は常々思っている。 轟新次郎は俺の5年上の先輩で、よく面倒を見てくれる。日常では気さくな態度がよく目につくが、事件が起こった時にはそれが一変し、 威厳のある年配警官の姿へと変わる。 その様子は、俺からしても頼りになる先輩であり、慕っている。 「お前があの犯人殴りたくなんのも分かるよ。 人一人刺して殺してるんだからよ。 お前が殴ってなかったら、俺が殴ってたかもな」 「・・・・・・・・」 いつものような轟の軽口だったが、今回ばかりはこちらも申し訳なくなった。 「先輩、なんで俺を庇うんですか。 別に俺はクビになってもいいですよ。」 慣れない敬語で轟に聞く。 「覚えておけ。 後輩を庇うのが、先輩の役目だ。 それに、お前が気が気じゃないってのもよく分かってる。」 そういうと気の毒そうな顔をこちらに向けた。 「お前の妹さん、殺されたんだろ。 それに、犯人はまだ見つかってないとか。」 「・・・・・・・・・・・」 俺は図星を突かれて黙りこくってしまう。 俺の妹はつい1ヶ月前、俺の前から姿を消して、山のほうにある1つの神社に埋められているのが発見された。 肝心の犯人は、まだ見つかっていない。 その一件があってから、俺は何かの事件の犯人を見るたびに怒りが収まらなくなった。 特に、人殺しをした奴にはその怒りが更に沸々と湧いてくる。 もし、妹を殺した犯人が見つかった時には、 俺は殺してしまうかもしれない。 「ーーーーおい、大丈夫か??」 ハッとして横を見ると、轟はタバコを吸い終わっていた。 「まぁ、あんまり気張りすぎるなよ。 時には息抜きも大事だ。じゃあな。」 そう言って喫煙所から出て行った。 何が息抜きだ。そんな時間は、俺にはないだろう。妹を殺した犯人を捕まえるまで・・・・。 次の日、俺と轟の元に連絡がかかってきた。 「ーーーーーはい、はい。 ・・・・・・・・・わかりました。」 轟は昨日とは違い、真剣な眼差しで電話の連絡を聞いている。 その目には、いつもとは違い、怒りの感情があるように見えた。 「・・・よし、羽場。調査に行くぞ。」 電話を切って、手元のコーヒーをグイッと飲み干して俺に言う。 「連続殺人犯の居場所が分かったかもしれん。」 連続殺人犯・・・・・・・ それは、2ヶ月前からこの地区で起こっている事件のことだ。 この地区一帯で、複数の刺された跡がある死体がここ数ヶ月で10件も起こっていた。 その事件現場では証拠が幾度となく発見されていた。その証拠は、全て一人の人物につながっていた。それは、キムラという人物である。 本名はダグラス・ニコライ。 現在日本に滞在していたアメリカ人だ。日本名として、よく旅先ではキムラと名乗っていることから、その名前の方が定着している。 現場に残っていた凶器や指紋。他にも色々・・・・。その全ての証拠が、キムラのものであることは明らかだった。 しかし、今も逃亡しており、捕まっていないのだ。 何故かは分からない。キムラは、あちこちを転々として警察の追跡を今日の今日まで逃れてきたのだ。 「ーーー何してる。さっさと行くぞ」 すっかり仕事の時の轟となった様子を見るに、 今回は大きな事件らしい。 まぁ、言われてみればそうか。 連続殺人犯・・・・その潜伏場所が分かったのだから。 車に乗り込んで、シートベルトをかけると轟は急いで車を走らせた。 ハンドルを持つ腕には力が入っているようにも感じる。 「・・・先輩、いつも以上に気合い入ってますね。そんなに気張る必要があるんですか。今回の事件」 「・・・・・・・・・・」 それを聞いた轟は腕の力をふっと抜いた。 「・・・すまない、少し緊張していてな。 なんせ連続殺人犯、俺たちも死ぬ覚悟で取り組まねばならん。」 緊張・・・・。その単語を轟の口から出たのはいつぶりだろうか。 俺もそれに呼応されるように緊張が走る。 「・・・羽場。先輩としてのアドバイスだ」 そう言って運転しながら恐々とした面持ちで言った。 「犯人には情を持つな。 そうすれば心に隙が生まれる。犯人たちはそういった隙を撃つのが上手い。気をつけておけ」 俺はその言葉に無言で返した。 一体今回の事件は、どれほどまでに過酷になるのだろうか。 程なくして、轟は車を止める。 「この家だ」 轟は左窓際にある一軒家を指した。 「ここの屋根裏にキムラは潜んでいたらしい。 家の持ち主は海外旅行やらなんやらであまり家には帰らなかったらしい。 だから、キムラが住み込むには打ってつけだったわけだ。」 そう言って轟は指を上へスライドさせ、屋根裏の窓を指した。 「久しぶりに帰ってきた家主は、旅行道具をしまうために屋根裏へ上がった。 そこには、ポテチの袋やカップヌードル。 缶詰に新聞紙。寝袋が置かれてあった。 幸いキムラは外出していたらしい。その後、家主から通報があった。 警察が屋根裏を調べてみたら・・・・・」 「キムラの痕跡が出てきたんですね。」 俺は先を読んで言う。それに対して、轟は静かに頷いた。 「通報があったのが12時間前。 この近辺にまだキムラがいてもおかしくない。 くまなく探すぞ。」 「はい」 俺と轟は車から降りて辺りの捜索へ向かった。 監視カメラの映像などは他の部署で確認しているらしい。とにかく、そこから有益な情報が出ない限りは、現場である俺たちは無作為に探し回るしかない。 俺たちの、連続殺人犯「キムラ」の捜索が始まった。
弁護士と探偵とこれから 完
この証拠に対して、何も反論を用意していないぞ!! 俺は半ば怒りにも似た焦りがあった。 日吉にもその感情が伝わったのか、焦りの表情が浮かんでいる。 「では、どうしますか?弁護人。 これに対する反論は、あるんですか?」 高田検事は挑発するかのようにそう言う。 俺は思った。 ーーーなにか出来すぎているんじゃないか? でっちあげた証拠が、こんなにも簡単に警察の目を避けてでてくるものなのか? 警察官も、証拠は確認しているはずだ。 こんなにポンポンと嘘の証拠が出てくるものか。そんなのあんまりだ。 ・・・だが、言っていても仕方ない。 とわかっていても、返答を煽られても何と返せばいいか分からなかった。 「・・・・・・・・・・」 俺は高田検事の言葉に無言を貫いてしまう。 なんて言えばいい? どうすれば、日吉を無罪にできる? どうすれば・・・・・・ 「ーーーーそんなものか!獅童弁護士!」 俺が考えている時、裁判所で聞かないような野次が聞こえてきた。 皆一斉にその声の主を見る。 それは、金田だった。 「そんなものか!獅童弁護士! 随分錆ったれたおっさんになっちまったな!!」 その言葉は、俺の心にグサリと刺さる。 あの野郎、馬鹿なことしやがって・・・・ 金田はそう言い残して、裁判長が何を言うまでもなく傍聴室を出て行った。 それは一瞬の時間に感じた。 だが、その一瞬の時間は俺が考えをまとめるのには十分だった。 この金田が作った時間、無駄にはしない。 「裁判長、今一度、日吉さんに質問したいことがあります。よろしいでしょうか」 「わかりました」 俺の問いに、裁判官は頷く。 「日吉さん、あなたとこよみさんはいつからお付き合いおしていたのですか?」 「・・・・大学生の時からです。」 「きっかけは何だったんですか?」 「初めは・・・一目惚れでした。 そして、俺のバイト先によく来ていたんです。 俺の熱心なアプローチで・・・こよみは付き合ってくれることになったんです。」 「そうですか」 日吉は続ける。 「こよみは、よく笑う子でした。 でも・・・・そこには、少しの闇を感じていました。それに気づいていました。 それでも確信には触れてきませんでした。 そこに触れてしまえば・・・もう同じ関係には戻れないと、思ったんです。 こよみが自殺してから、家族と問題を抱えていることを知りました。 薄々感じていたのに、救えませんでした。」 日吉の声は少しずつ震えている。 そうだ。それでいい。ここは裁判の場でもあり、被告人の話を聞く場でもある。 「僕は・・・・・後悔でいっぱいでした。 愛する人が、死ぬことを選んだ事実が、僕の胸を貫きました。 ・・・・・・・・・・・・ 僕は、殺してないっ・・・・。 殺してないんですっ・・・・ 前は、こよみを庇っていて・・・・・ でも・・・やっぱり僕は殺してない・・・」 日吉はそう言い終わると泣きながらその場で崩れる。 何の根拠もない、ただの被告人が言っているだけのこと。 それは嘘かもしれない。証拠にもならない。 ・・・だが、日吉の気持ちは本物のはずだ。 それが響かない人物は裁判官にはいない。 「全く関係のないことだっ!! それはなんの証拠にもならないっ!!」 高田検事は声高々に叫ぶ。 しかし、日吉の声に耳を貸していた裁判官たちはそれには目もくれなかった。 真実よりもなにより、人の心を動かすのは愛だ。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 「では、判決を言い渡します。 被告人、日吉春樹は、無罪」 重みのある言葉と共に、俺と日吉は頭を下げる。 ようやく、日吉は自由の身だ。 これからも、こよみさんが死んだ悲しみは消えないだろう。 だが、あるべき場所に、全員が戻ることができた。 秀樹さん以外は・・・・・・・ 秀樹さんは、まだ目を覚ましていない。今更だがあの後、母親は警察に連れて行かれていき禁錮5年の刑が言い渡された。 だが、今は喜ぶべきだろう。 そう、思うことにした。 ーーーーーーーーーーーーーーーー エピローグ〜羽場と金田〜 羽場は僕の家に急に来て、一枚の資料と写真を渡してきた。 「どうりでおかしいと思ったよ。 母親にこよみさんがメールを送っていた件、そんな曖昧な偽造が警察の目を欺けるはずがないと思ってたんだ。」 羽場はやれやれという感じでそう言った。 写真には、あの高田検事と母親の姿があった。 「いわゆる、賄賂ってやつか」 僕は顎に手を当てながら返事をした。 「あぁ、よほどあの母親は、こよみさんの自殺を認めたくなかったらしい。 馬鹿なことだな、全く」 そう言って羽場はポケットからタバコを取り出した。 「ちょっと、家の中では吸わないでよ。 家はどこもかしこも禁煙だ。」 「そうか。まぁいい。もう用事はすんだからな。帰るよ」 羽場はそう言って後ろを振り返り、外へ歩き出す。かと思ったら玄関前で立ち止まり、こちらへ振り返った。 「近々別の街へ異動になった。 なんでも、痣が出た人が死んでいってるらしい。 だから、もうしばらくは顔見せられねぇからな。 お前にこき使われるのも、多分これで最後だ。 じゃあな」 そう言って靴を履きだした背中に僕は声をかける。 「妹さんの件、こっちでも調べといてあげるよ。 まだ犯人、見つかってないんでしょ??」 「・・・・・・・・・いや、自分で見つける。 他人任せにするのは、嫌いなんだよ。」 羽場はそう言ってついには出て行ってしまった。 「・・・・ふぅー。 さてと、次の事件が舞い込んでくるまで、 ゲームでもしてようかな、っと」 そう呟いてパソコンをつけた。 そこには、メールが一件、先ほど送られたものが届いていた。 そこには一言 「気遣いありがとう」 の文字があった。 「・・・・・っふふ。直接言えばいいのに。 結局のところ、彼が1番の頑固者かもね。」 僕は少し笑いながら、メールを閉じて、ゲームアプリへとカーソルを伸ばした。 ーーーーーーーーーーーーーーーー エピローグ〜日吉〜 ・・・・・出所から1ヶ月。 僕は金田さんから聞いた情報を元に、こよみの墓前へと来ていた。 「・・・久しぶり、こよみ」 僕は花束をこよみの前に置いて手を合わせて言う。 その後、数秒の沈黙が続いた。 「・・・・ごめんな。お前の苦しみを分かってあげられなくて。 家族のことはさ。薄々気づいてた。 でも、いじめられていたなんてのは、 知らなかった。・・・・・ごめん。」 僕は墓石の頭を撫でる。 「僕が罪を被るのは、お前のためだと思ってた。 ・・・でも結局は僕が勝手にやっただけの、自己満だったんだな。それも、ごめん。 ・・・・・・本当に馬鹿だよ、僕は。 獅童が僕を出してくれなかったら、その自己満で終わってた。彼に感謝だな、本当に。」 そう言って僕は墓石に饅頭を供える。 そして、また数秒墓石を見た後、帰る支度をする。 「おっ、なんか辛気臭せぇのがいるな」 帰る支度をしていた時、ふと後ろから声がかけられる。 後ろを見てみれば、見たこともない男の人だった。 しかし、その相貌は、少しこよみの面影がある気もした。 「あの、どちら様でしょうか。」 僕は恐々と聞く。 「まぁ、俺もニュースを見ただけで一方的に知ってるだけなんだから当然か。 ・・・・・・佐川秀樹。こよみの兄だ」 「ーーーーご退院されたんですね。 すみません。顔も合わせられず」 「いいって、気にすんなよ。」 秀樹さんはそう言いながら僕の備えた花束の横に、同じような花を置いた。 「・・・・こよみはさ、あんたといる時間は救われてたと思う。ありがとな」 秀樹さんは手を合わせながらそう言う。 僕は、それを黙って聞くしかなかった。 「・・・・・こよみ、どんな奴だった?」 秀樹さんは手を合わせ終えると僕に言う。 「・・・可愛らしい人、でしたよ。」 「ははっ、違げぇねぇ。よく分かってんじゃねぇか。 やっぱりこよみが選んだ人だな。」 秀樹さんはからかうようにそう言う。 「・・・・なんというかよ。 俺たちは、大事な人を亡くした。その苦しみは、消えることはないんだろうな。 ・・・・でも、俺たちはこよみが生きていたことを知ってる。どんな顔で、どんな声で、性格とか、癖とか色々・・・・。 だから、悲しいんだよな。もうそれを、肌で感じることはできないんだから。」 秀樹さんは、頭をかきながら言う。 「えーーっと、つまりだな。 俺とお前は同じ悲しみを背負った同士ってことだ。 だから、一緒に前を向こうぜ。 何か困ったことがあれば、俺に言えよ。」 秀樹さんは僕に笑いかけた。 「ーーーーははっ。やっぱり、こよみのお兄さんだなぁ。笑い方が同じだ。」 「・・・・・そうか。俺が、あいつに似てる・・・。」 秀樹さんは恥ずかしそうに笑った。 「秀樹さんも、困ったことがあれば頼ってくださいね。こう見えて、僕は人の話聞くの上手いですよ。」 「おぉー、そうか。 じゃあ今から飲みに行こう!!」 秀樹さんはそう言って強引に俺の腕を掴んだ。 「え、えぇーー!今からですか?!」 僕はあたふたしながらも、掴まれた腕をそのままに、秀樹さんに連れられていく。 ーーーーーふと、涼しい風が吹き抜けた。 それはまるで、こよみが笑っているかのようだった。 ーーーーーーーーーーーーーーーーー エピローグ〜獅童〜 「ーーーーーおつかれぇい!」 俺は金田と以前に来た居酒屋へと来ていた。 遅くなったが、全てが終わった記念に飲みに来ていたのである。 「テンションが高いね」 「そりゃあ、全部終わったんだしな。 秀樹さんも生きてる!日吉は釈放! 万々歳!・・・だろ?」 俺の盛り上がりようをみて金田は苦笑しながらも笑みをこぼした。 「だから今日はパァーっといこうぜ。な、相棒」 「・・・・・ふふっ。だね。 じゃあ、今日はお酒でも飲んでやろうかな」 「え、お前酒飲めたのかよ。 てっきり飲めないもんかと思ってた。」 「好き好んで飲むわけじゃないだけさ。 今日はとことん君に付き合ってあげよう。」 金田がそう言って店員を呼んだ。 そうすると、ニコニコとした店員が近づいてくる。 「はーい。ご注文どうぞー?」 「ビール2つと・・・・・・・・・」 俺はビールとつまみを注文する。 聞き終わると、店員は頭を深く下げて厨房へと戻っていった。 「・・・・そうだ。シラフのうちに言いたいことがある。 ・・・・・・裁判の時は、ありがとな。 お前が時間作ってくれなきゃ、あの時俺は何も答えられなかった。」 俺は少し恥ずかしくなって顔を下げる。 「・・・・・へぇー。初日とは態度が全く違うねぇ。感謝とかするんだ、君。」 金田がニヤニヤしながらそう言う。 確かに、初日では少し金田を扱いづらい人間だと思っていた。 だが、俺は今回の事件で色々とこいつに救われた。相棒と呼称してもいいほどに、仲も良くなったと言える。 「もう一回言ってくれる? 録音しないと・・・・・・」 「馬鹿野郎、2度と言うかよ」 そう言って、お互いに笑いあった。 しばらくすると、先ほどの店員がビール2つと、1つの料理を持ってきた。 「はいはいー、ビール2つと・・・・ これ、店からの奢りです。」 そう言って頼んでもいない串焼きが出された。 「なんかいいことがあったんですよね? お二人の顔見たら分かります。 なんで、これあげます」 店員はそう言って頭を下げて厨房へ下がろうとした。 その時、怒号が厨房から聞こえてくる。 「ゴラァーー!栄介ーーーーー!! また勝手なことしやがったなぁーーー!!!」 おそらく、店長なのだろうか。 間延びした声で、えーすけーと叫んでいる。 その声を聞いて、栄介と呼ばれた店員はそそくさと近づいてきて、串焼きをとって厨房へ帰って行った。 「・・・・・なんだったんだ???」 「さぁ・・・・」 ・・・おっと、危ない。 癖の強い店員に話をもっていかれるところだった。 俺たちはビールに手を取り、グラスとグラスを交わして景気のいい音を立てた。 そして、グイッとビールを飲む。 「・・・・じゃあ僕も、礼を言っておこうかな」 金田はそういうと、俺の前へと拳を出した。 「こんな変な奴と仲良くなってくれてありがとう。 これからもよろしく」 「・・・・当たり前だ。」 俺も拳を出してお互いにぶつけた。 弁護士と探偵。 その他には、謎があるだけでいい。 俺たちの関係は、まだ続くだろう。 今はただ、この時間を大切にしたいと思った。 弁護士と探偵と死体一つ 無実の罪 完
弁護士と探偵と無実の罪 13
刑事裁判所 控訴審 「では、お名前と、生年月日、住所をお願いします。」 「はい。日吉春樹。10月10日生まれ、35歳。 住所はーーーーー」 日吉は裁判官に言われた通りに答える。 ここは刑事裁判所。日吉の罪状は殺人罪。 今回この場で、日吉は殺人をしたのか、していないのかが決まる。 俺は弁護士で、日吉の無罪を主張する。 一方相手は高田検事。何度か対立したことがあり、面識も少し。 とはいっても印象は最悪だ。 検事なのだからもっともなのだが、とにかく疑い深い。高田が担当した裁判では、ほとんどが有罪だ。 そもそも、刑事裁判の有罪率は99%であって・・ ーーーーーいや、弱気になってはだめだ。 俺たちはこの3ヶ月間で、様々な準備をしてきた。 それを、最大限出すだけだ。 「それでは、これより日吉さんの尋問を執り行います。」 裁判官がそう言うと、高田検事が立ち上がり、中央にいる日吉へ近づいていく。 「では、日吉さん。 あなたはこよみさんが亡くなった当時、どこで何をしていましたか?」 高田検事が嫌味な口調で日吉にそう聞く。 「・・・・こよみから、連絡があったんです。 アパートに来て欲しい、と。 だから、こよみの部屋へと向かっていました。」 「つまり、こよみさんの家へ行っていたのですね?」 「でも、俺がつく頃には、こよみは自殺していました。」 「ほぉ、なるほど。 しかし、変ですね。あなたは警察に自ら出頭しました。ではなぜ、今になって無罪を主張したんですか?」 「・・・・・・・・」 日吉は黙りこくる。 確かに、この質問には答えづらいかもしれない。 ここで、日吉が余計なことを言ってしまえば、こちらとしても不利になる可能性がある。 「こよみは、自殺だったんです。 それを庇っただけですよ、俺は」 日吉は当たり障りのないことを言う。 「なるほど、では質問を変えましょう。」 高田検事は日吉の周りをくるくると回りながら喋る。 「こよみさんの殺害現場では、あなたの指紋がついたナイフが1本残されていました。 また、あの当時あなたが部屋へ入って行ったのを、近所の方が見ていました。 それに、周辺の監視カメラを見て見ても、こよみさんの部屋へ入って行ったのは日吉さん。 あなたしかいないんですよ。」 「俺が行った頃には、もう死んでいて。 それを庇うために、俺の指紋がついたナイフを置いておいただけですよ。」 「なるほど。では、あなたはこよみさんを殺害してはいない、と?」 「そう言ってるじゃないですか」 「本当にそうですか? 私はあなたが殺害したと言う確かな証拠を持っています。」 高田検事はそういうと、モニターに画像を出した。 それは、こよみさんの家前で撮影された監視カメラの画像であった。 「こちらに写っている男性、あなたで間違いないですね?」 その画像には、日吉と思わしき男性がいて、 手元には赤いナイフを持っているのがわかる。 「あなたはこのナイフで、こよみさんを殺害。 ナイフを捨てるために、外へ一度出たのでしょう。しかし、そこであなたは自分のしてしまったことに気づき、自身で通報した。 ちがいますか??」 「この映像は・・・俺がこよみを殺した証拠を監視カメラに保存させるために、わざと持ち出して写ったものです。 いや、言い方が違うな。 俺が殺したと、警察に思わせるようにしたものです。」 日吉は淡々とそう言う。 この頃の日吉は、本当にこよみさんの殺害犯になるつもりだったのだろう。 確かにこの映像をみれば、誰でも日吉が殺したと思ってもおかしかない。 「裁判長。 日吉さんがこよみさんの家へ行っている事実。 ナイフによる刺し傷と、凶器の一致。また、その凶器には日吉さんの指紋がついていた。 監視カメラにも、凶器を持った日吉さんの姿があります。 これは、日吉さんが殺人をしたという証拠になり得ると、思っております。以上です。」 そう言って高田検事は日吉を見つつ席へと戻った。 「では弁護人。いかがでしょう。」 やっと俺のターンだ。俺は席を立ち、一呼吸する。 傍聴席には羽場さんと、金田の姿があった。 金田は俺の視線に気づき、小さく頷いた。 俺はまた、一呼吸入れる。 最終対決だ。 俺は日吉の前に行く。 「裁判長。日吉さんが殺害していない証拠を今から提示いたします。」 そう言って俺はモニターに例の粘土片を写す。 「これは、こよみさんの家で発見された粘土の欠片です。欠片の中には、赤く染まったものも発見でき、調べてみるとそれはこよみさんの血痕であることが判明しました。 つまり、この欠片はこよみさんの自殺に関わっているものなのです。 日吉さん、あなたが遺体を発見した時、 こよみさんはどのような状態でしたか?」 俺は日吉に向き直り、質問する。 「こよみには、粘土についた6本のナイフが刺さっていました。 天井には滑車をつけて、窓は開いていました。」 「なるほど、つまりは、自殺には粘土につけたナイフと、滑車とを用いて自身に6つの刺し傷をつけて、自殺した、ということになります。 では次に、この画像を見てください。」 俺はモニターに、検死結果を出す。 「こちらからわかる通り、こよみさんの腹には6つの均等な刺し傷があり、少々機械的に思え、人が殺したようには思えません。 しかしこの滑車を使った自殺であれば、それは可能です。」 俺がそう言っていると、高田検事が手を挙げた。 「意義あり。では、その自殺に使ったナイフや粘土を出すべきでしょう。」 「心得ています」 俺は被せ気味に言った。 「ですので、持ってきました。」 そう言って俺は机から袋に入れた粘土と錘、 そしてナイフ5本を取り出す。 「日吉さんは、こよみさんの遺体を見つけた時、 他殺に見せかけるため証拠品は窓から投げ捨てており、川に流されて下流へ流れていました。 そういった判断をしなければならなかったのは、監視カメラがあったことを知っていたからです。 日吉さんにとって、証拠が見つかるか見つからないかは賭けだったでしょう。 しかし、運良く見つからずに、計画通り犯人になることができた。」 そう、俺たちはこの3ヶ月間で川に流されていた自殺の証拠を見つけていたのだ。 「ナイフにはこよみさんの血液が検出され、 こよみさんの指紋もついていました。 そして、この5本のナイフには日吉さんの指紋は付いていません。」 日吉は6本のうち1本だけ故意に指紋をつけた。そのことがこの証拠で分かっただろう。 しかし、ここで再び高田検事が手を挙げ反論しだした。 「しかし、こよみさんが自殺だったとしてそれを庇う理由がないじゃないですか?どうです?」 高田検事は挑発的に言う。だが、その質問は俺たちにとって好都合だ。 この際、総決算だ。 全て手に入れた情報を吐き出してやる。 俺は次いでこよみさんが自殺した理由、 倉間について、母親の宗教と家族問題を全て証拠として出した。 その途中にも高田検事は首を突っ込んできたが、全て叩き落とした。叩き落とせるほどの真実が、俺たちにあったからだ。 「ーーーー以上から、我々は日吉さんの無罪を主張します。以上です。」 俺は全てを出し切った安堵と疲れから、少しため息をついて席へと戻った。 俺は日吉の顔を見る。 日吉は、先行きの不安そうな顔をしていた。 一瞬、目が合う。 俺はその目に、自信満々に頷いてみせた。 大丈夫だ。このまま無罪を勝ち取る。 その頷きを見て、少しだけ不安そうな顔が和らいだ。 「ーーーーでは、判決を言い渡します。」 裁判長がそう口を開く。その時だった。 「裁判長。少しお待ちいただいてもよろしいですか?」 そう口を開いたのは、高田検事だった。 「私はもう一つ、重大な証拠があります。 これを見てください。」 そう言ってモニターに写されたメールでのやり取り。それは、こよみさんと母親とのメールだった。 「「お母さん。私は、おそらく日吉さんに殺されてしまう。お願い、助けて!!!」」 そう、こよみさんがメールを送っていた。 俺は日吉の方へ顔を向ける。 もしかして、これもお前が作った証拠なのか?と聞くように。 日吉は俺の目線に気付き、冷や汗を流している。 そして、日吉は首を横へ振った。 ・・・・なんだと? つまり、これは日吉がこよみさん殺しを偽造した証拠ではないと言うのか? では、この文書は実際にこよみさんが母親宛に送ったもの??? 俺は突然の見知らぬ証拠に、動揺を隠せなかった。 こよみさんはなぜ、このような文章を母親に送ったのだ。第一、母親は日吉のことを知らなかったはずだ。 ・・・・そうだ、知らなかったんだ。 秀樹さんは初めて会った時にこう言った。 「「 つまり、母親も知らない。 こよみさんは、母親に母親の知らない日吉について書くだろうか。 つまり、この文章は母親が日吉の存在を知ってから書かれたものだ。 しかし、そうなればおかしい。 母親が日吉のことを知ったのは、おそらくニュースでだろう。つまり、すてにこよみさんは死んでいる。 じゃあ、誰がこの文章を送ったのだ。 そこで、1つ思い浮かんだ。 こよみさんの遺品は、遺族へと受け渡されたはずだ。そうなると、スマホも遺族へ渡ることになる。 この文章を書いたのは・・・・・ 母 親 本 人 ? 少しでも、こよみさんが自殺したなど思いたくなくて、他殺だと証拠付けのために、 このメールを残したのか??? この証拠は、母親が作った偽造の証拠! 耳の中がキーンとうるさくなってくる。一気に緊張感が俺の中へ押し寄せる。 この証拠に対して、俺は反論を持ち合わせていない!!!
弁護士と探偵と無実の罪 12
俺はパシッと顔を叩いてやる気を出す。 「金田、お前はこちらが有利になるように情報を集めておいてくれ。なんでもいい。 とにかく小さなことでも多ければ多いほどいい。」 「わかった。努力しよう。」 金田はそう言ってパソコンへ向き直る。 次に俺は秀樹さんに向かって言った。 「秀樹さんはーーーーー」 「すまねぇ。俺はやることがある。 先にそれを済ませてからでいいか??」 秀樹さんはくい気味に言う。 それほどまでに重要な用なのだろうか。 俺は秀樹さんが静かに出ていくのを見届けた。その後ろ姿は何かを決意しているように見えた。 「・・・まぁ、十中八九母のことだろうね。」 金田がパソコンを見ながら言う。 「宗教も壊れたんだ。母との話し合いに決着をつけるつもりだろう。」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「・・・・・・・・・・・」 獅童が家に来るまでに、羽場は俺に教えてくれた。 「「宗教のことはもう問題ない、俺が全員捕まえた」」と。 本当に感謝している。おかげで母の宗教へ金を貢いだりは終わるだろう。 だが、信仰心はそうなくならない。 「・・・獅童も金田も、頑張ってんだ。 俺も腹くくらねぇとな。」 俺も獅童に倣い気合を入れる。 そうしている間にも、家に着いた。 玄関ドアを開ければ、そこには絶望的な光景が浮かんでいた。廊下には荷物が散乱していて、花瓶が割れている。電気もつけていないようでとても薄暗い。 このような状況にしたのは、おそらく母だろうと察しがついた。 俺はゆっくりと足を踏み入れた。 ふと耳を澄ませてみると、2階の方から物音がしていた。俺はハッとして2階へ急いだ。 2階の寝室に、母がいた。 母が寝ている広いベットは、父が亡くなってからずっと母だけが使っている。 そのベットに座り込んで、頭を抱えていた。 「・・・ただいま、母さん。」 俺は優しく声をかける。だが、母からの返事はなく、ずっと下を向いてぶつぶつと念仏を唱えるかのように喋っている。 「なぁ、言いたいことがあるんだ。 聞いてくれねぇか」 「・・・神様。なぜ私から全てを奪うのですか、 夫やこよみだけでなく・・・私の信じていたものまで、なぜ・・・・・」 「・・・母さん、聞いてくれーーーー」 「どうして奪うのよっっ!!!!!!!」 けたたましい母の金切り声が静寂を切り裂いた。その声は悲痛を表すのには十分なほどの大声だった。 母は顔を上げて俺の顔を見る。その顔には、いくつものシワがあった。 こんなにも母は老けていたのだろうか、と思うほどに。 いや、いつもそのくらいだったとも思う。そう曖昧になるほどに、俺は今まで母の顔を見てこなかったんだな。 一通り叫ぶと、また下を向こうとする。 俺はそんな母の肩を掴んだ。 「母さんっ、ごめん。 俺が居ながら、こんな辛い思いさせて・・・。 こよみがいなくなってからも、俺は母さんを避けてた。宗教にハマっていく母さんを、見てられなかったんだ。」 俺がそう言うと、母は顔を上げた。 その目は、俺を見ていない。 「じゃあ・・・・私がこうなったのも、こよみが出て行ったのも、全部あんたのせいよ。」 母の目は、徐々に俺へと向けられていく感覚がした。 「あんたのせいで、全部こうなったのよっ!!」 母はとてつもない剣幕で叫ぶ。 母がおかしくなってしまったことに、少なくとも責任を感じていた。 父が死んだあと、部屋に引きこもってゲームに没頭していたことがあった。 そのせいで、誰も母の深い傷を癒せずに宗教に入ってしまったのではないか。 そう思うこともあった。だから、俺にも責任はある。 「ごめん、俺のせいかもしれない。 ・・・それでもいいから聞いてくれ。 俺は、こよみと父さんと、母さんと暮らす日々が楽しかったよ。休日には家族で遊びに行ったり、しょっちゅうだったよな。 こんな毎日が、続くと思ってたんだ。 ・・・俺は、そんな幻影を今も見続けている。だから、母さんがこうなるまで、見て見ぬふりをしてたんだ。つい最近まで。 こよみが死んで、気づいたんだよ。 もうあの頃は戻ってこない。 今を見つめるしかないってな。 だから、こよみの事件のことを、しっかりと見つめたいと思ったんだ。そこから始めようって思ってた。 ・・・遅すぎるよな。」 俺は今までの後悔と、今更こんなことを言っている自分に苛立ちを思いながら続ける。 「母さんが信じている宗教がなくなったって聞いて、正直ホッとした。でも、それが母さんの心の支えだったってことは、俺は知ってる。 ・・・だからっ・・!」 俺は母を抱きしめる。 「だからっ、これからは俺が支える。 ボロボロになるまで、母さんを支えるよ。 それが俺の、せめてもの責任だ。 こよみにも、父さんにもできなかった。 俺が取れる・・・責任だ。」 俺は母に全ての気持ちをぶつけた。 俺が全て悪いわけじゃない。母も、少なからず悪かったと思っていることもあるだろう。 このまま、母も抱き返してくれて、それでチャラにしたい。また、1から母と向き合いたい。 こよみの分まで・・・・・・・。 「・・・・・・・わよ。」 母はボソッと何かを呟く。 「ふざけんじゃないわよっ!!!!」 母が再び叫んだ。 その瞬間、俺の体がとたんに熱くなった。 俺は反射的に母から離れる。母の手には・・・ 赤く染まったナイフがあった。 俺は急激な立ちくらみを覚えて、床に倒れ込む。 地面を見てみると、そこには点々と赤い液体がこぼれ落ちている。 それは、俺の腹から出ている血だった。 「・・・・母さん・・・・。 そこまで・・・・・苦しかったんだな・・・」 俺は腹を抱えながら母に近づく。 「ごめん・・・。そうなるまで、ほっといてごめん・・・。」 母は、ふーふーと鼻息を立てている。 今にも俺をもう一度刺そうとしているようだった。 膝を地面につき、這うようにして母の元へいく。 俺の命はくれてやる。でも、母を人殺しにはしたくない。 俺は最後の力を振り絞るようにして母からナイフを奪い取った。 「はぁ・・・・はぁ・・・・。 ・・・母さん。あんたが、俺のことを、 どう思ってるのかは、知らない。 でも・・・・・俺は・・・・・ 好きだったよ・・・・・・・・・・・。」 俺はナイフを腹に突き刺そうとする。 こよみの自殺を庇った日吉のことが、少しだけ分かった気がした。 「ーーーーーー馬鹿野郎っ!!!!」 俺が目を開けると、ナイフは俺の腹の前で止まっていた。 薄くぼんやりとした意識の中でナイフを見る。 そこには、手がかけられていて、俺が自分で腹を刺すことを誰かが止めたようだ。 その手を辿ってみると、そこには獅童がいた。 額には脂汗が垂れていて、俺をすごい剣幕で見てくる。 「・・・・し、どう・・・」 俺は掠れる声で言う。 「ふざけんじゃねぇよ。秀樹さん。 カッコつけて死ぬことが、良いことだと思うんじゃねぇ! こよみさんになんて言い訳するつもりだ!!」 獅童は聞いたことがないくらいに怒鳴り声を上げる。 ふと母の方を見てみれば、金田が母を取り押さえていた。 「なんで・・・ここに・・・・」 「僕の勘は当たるんだよ。来てよかった。」 金田が母を押さえながら言う。 そうか。金田はこうなるって知ってて、来てくれたのか。 「秀樹さん。まだ助かる。 死ぬなよ。あんたが死んだら、俺たちの負けだろ。死ぬんじゃねぇ。」 意識が遠くなる中、救急車のサイレンが聞こえてくる。 「絶対に死ぬなっ・・・・!!」 そう獅童が叫んだのを聞いて、俺は意識を手放した。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 秀樹さんは意識を失ってから、サイレンの音が聞こえてきた。 「ちっ・・・くそ、早く来てくれ・・・!!」 俺はそう言いながら傷口を押さえる。 だが、押さえても出血が止まらない。 俺は怒りの感情を抑えられず、母親に叫んだ。 「この野郎、こよみさんのことも放っておいた癖に、秀樹さんまでも見殺しにするつもりか・・・!」 母親は自分の手についた血を眺めているが、何も言わずに金田に拘束させられている。 「あんたがそっけない顔をして金を貢いでる間に、秀樹さんはこよみさんの事件について調べてた!! 何もしてないあんたと違って!! あんたはこよみさんのために、 秀樹さんのために何かしたのかよっ!!」 そこまで言っても、何も言わない。 「よせ、獅童くん。 バカには突拍子もなく衝動で動いてしまうことがあるんだ。 秀樹くんを刺したのも、その衝動だ。 衝動に気持ちが負ける猿みたいなものだよ。 何を言っても意味がない。」 金田はそう言って俺を制止する。 しかし、その声には怒りの感情が見えた。 「・・・・あなたは、おそらく殺人未遂で逮捕される。 そこにはあなたの信じるものは何一つないし、頼れる人もいない。 どんなバカな猿でも報いは受けるんだよ。」 金田は静かにそう言った。 その言葉に、母親は身震いをした。 「あなたは地獄に堕ちるよ。それまで、信仰し続ければいいさ。 信じるものは、何一つないけどね。」 救急車が到着し、秀樹さんは運ばれて行った。 どこを刺されたのか、それによって生死が変わってくる。救急車から降りてきた医者がそう言った。付き添いとして、金田と俺とで救急車に乗り込んだ。 「・・・・全てうまく行くと思ってたのは間違いだったね。このまま丸く収まればいいって思ってたけど」 「・・・そうだな。」 俺は少しのやるせならから、小さく頷きながら言った。 「僕たちは、まずやるべきことをしよう。 感情的になる気持ちもわかるが、今僕たちがするべきは日吉の救出だ。」 金田は冷静にそう言った。 「分かってる」 今度は大きく頷きながら言った。 秀樹さんが助かるかは分からない。 だが、俺たちにはすべきことがある。 俺たちはそれを、達成しなければならない。 秀樹さんの分も、日吉を拘置所から出す。 その目標には、一点の曇りもない。
弁護士と探偵と無罪の罪 11
日吉は俺の問いに、首を横に振った。 「僕は、真実を明かさない。 これはこよみのためだけじゃないんだ。 僕が、僕が気づいてやれなかった罰なんだ。」 日吉は涙を流す。 「僕とこよみは、大学で知り合った。 ・・・一目惚れだったと思う。講義が同じだったこよみを見て、好きになった。 初めはそんななんともない出来事だったんだ。 でも、それが偶然じゃなくて、必然なんだって思ったことがあった。 僕の行きつけの店で、バイトしてたんだよ、こよみは。僕はチャンスだと思った。 そこから仲良くなって、付き合ったんだ。 その頃から、こよみは闇のある子だってことを分かってた。いつも、何か含みのある笑いをする。心の底から笑ってないような、顔。 だから、僕は彼女に心から笑って欲しかった。 そのためなら、僕はなんでもできた。 なのに・・・・・・・」 日吉は言葉を詰まらせる。 だが、その先で何を言うのかは明白だった。 「・・・・なのに、自殺した。 僕は助けられなかった。 あんなに笑顔にするって、息巻いてたのに」 俺はそれを黙って聞く。 「・・・・僕ってバカなやつだよ。」 「知ってるよ。お前がバカで良い奴なのは、ずっと前からだ。 ・・・俺は、こよみさんを全く知らない。 でも、秀樹さんに会ったよ、俺は。 だからなんとなくは分かる。 こよみさんは、こんなこと望んでない。 あの遺書は、お前への信頼を感じた。 だから、こんなところにいることなんて、望んでねぇよ。」 俺は一呼吸入れて続ける。 「だから、俺はこよみさんの代わりだ。 お前が、こよみさんを助けようとしたように、 俺はこよみさんの代わりにお前を助ける。 それが、真実を知った俺にできる精一杯だ。」 日吉は泣き崩れる。 俺はガラスに手を置いて日吉を見る。 「俺がお前をここから出す。絶対にだ。」 そういうと、日吉は静かに頷いた。 俺は探偵でもあり、弁護士だ。 日吉が頷いた以上、必ずここから出してやる。 それが、俺の仕事だ。 ーーーーーーーーーーーーーーーーー 同時刻、幸せ家族教壇 「では、皆様、今月分のお布施をお願いします。 一人5万。それで、私たちの家族は続きます。 では、一人づつどうぞ」 教壇の上に立った男がそう言った。 全く、なんとも胡散臭い連中だ。 こんなものにハマる奴らがいることが信じられない。 俺は教団にまみれながらそう思った。 教壇の数は裕に500は超えている。なるほど、そりゃこれだけの金出しがいるなら大聖堂を立てられのも納得だな。 俺は嘲笑気味に笑う。 教壇に一人づつ登り、5万円を筒の中に入れていく。そして、ついに俺の番になった。 「では、ここに」 男が俺に筒をよこす。そこには、すでに何十万も貯まっていた。 「はぁ、どいつもこいつもバカばかりだな」 「なんですって」 男がそう言って俺の顔を覗き込む。 俺は覗き込んできた男の顔を、右ストレートで殴り込んだ。 「ぐふぉ・・・!!」 景気のいいほど、横へ飛んでいった。 その光景を見た信者たちが、どよめきたっている。俺はそれを制止させるかのように後ろを向き、胸元から手帳を出す。 「羽場正義。警察だ。 全員動くなよ。動いたものからぶん殴る。」 そういうと、どよめきは更に大きくなる。 「お布施や壺などを不当な方法で売り捌き、 挙げ句の果てには洗脳までする宗教、幸せ家族。出た利益の金は上層部が私益に肥やす。 ・・・・言いたいこと、分かるよな??」 俺は教祖らしき男や、その周りの上層部らしい人物たちを睨みながらそういう。 「逮捕だ。その場で伏せてろ。」 「い、言いがかりだ!!」 先ほど殴られた男がそう言う。 「言いがかり??何のことだ。 俺は全て証拠を持ってる。使った金の明細なんてつけるとは、お前らはなかなかに律儀だな。 おかげで不当な集金が丸わかりだったぞ。」 俺は男たちに近づいて、こう言う。 「・・・一人の人生、狂わせてんだ。 そのつけは払ってもらうぞ。」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 日吉との接見から3時間後、俺は金田宅に来ている。そこには秀樹さんとボロボロな羽場さんがいた。 「ーーーーてな感じで、これから日吉の無罪をかけた裁判をしようと思ったんだが・・・ 羽場さん?なんでそんなにボロボロなんだ??」 俺がそう言うと皆が羽場を見る。 「あぁ、これは気にすんな」 羽場は服についた汚れを払いながらそう言った。 その様子を見かねて秀樹さんが申し訳なさそうに言う。 「羽場はよ、幸せ家族に行ってくれたんだ。 宗教団体を壊滅させるためによ。」 秀樹さんが頭を下げようとすると羽場が手を出して静止する。 「よしてくれ。俺があの宗教が嫌いだっただけだ。」 「本当にお人好しだな。羽場くんは」 金田もやれやれと言わんばかりに肩を落とした。 俺はハッとした。 「・・・てことは羽場さん、そこでボコボコにされて・・・」 「いや、これは帰りにコケて側溝にハマっただけだ」 「・・・・・・」 「・・・・・・」 「・・・・・・そ、そうか」 俺は仕切り直して本題に入ることにした。 「俺はこれから、日吉の裁判に向けて準備をする。できれば、みんなにも協力してほしい」 俺は少し頭を下げる。 「でもよ、日吉って奴が殺してない証拠は俺たちで証明したじゃねぇか。それで無罪、とれんじゃねぇか??」 秀樹さんがそう返した。 俺もそうだと思うが、そう簡単にはいけない。 俺がそう言う前に、羽場が口を開く。 「いや、そう簡単な話じゃない。 よく考えてみろ。一度有罪になった男が急に無罪を主張するんだ。胡散臭すぎるだろ。 それに、警察のメンツもある。有罪が誤審だったことは警察にとってメンツを汚すことになる。 おそらく全力で有罪にしてくるぞ」 「それを警察の君が言うのか・・・」 俺は羽場の言うことに頷きながら続ける。 「・・・その通りだ。それに、日吉が有罪になるまでの過程は異様に早かった。向こうも日吉が有罪たる証拠を持っているはずだ。」 しかし、その証拠は日吉が作り出した嘘の証拠だった。本当はこよみさんを殺してはいない。 警察はまんまと騙されていたことになる。 「だが、僕たちの証拠こそが真実だ。 真実こそが、この世の全てだよ。」 金田が指パッチンをしてそう言う。 俺は頷いた。 「俺たちが持っている証拠が真実なのは確実だ。公平に裁判を行えば、勝利は俺たちの物だ。もちろん、日吉にとっても」 俺の言葉に、3人も頷く。 この裁判が、俺たちの最後の戦いになるだろうということを、全員が感じていた。 「なら、俺はこよみさんの検死結果や、事件の資料を調べてやる。公判はいつだ?」 「裁判官や検事との会議も合わせて早くても3ヶ月だ。」 「わかった。それまでに間に合わせる。」 そういうと羽場は手をポケットに突っ込んで出て行った。本当に頼もしい奴だ。 「よし、気合い入れていくぞ。」 俺は自分の顔をパシッと手で打った。
弁護士と探偵と死体1 10
拘置所、俺は金田と向かい合わせになっている。 「・・・もう会わないつもりだったんだがな」 金田がぶっきらぼうに言う。 「・・・全て、分かったよ。」 俺は怯まずに即答した。 金田はそれに対してピクと肩を震わせた。 「まぁ、もっとも気づいたのは金田だけどな」 俺は少し笑った。 「誰だ」 「相棒だ」 「誰の」 「俺のだ」 単調な会話が続く。それはまるで、日吉は本題に入りたくないようだった。 「全て、わかったんだ。こよみさんの事件のこと」 「・・・・・・・・・・・・・」 日吉は黙った。だが、すぐに口を開く。 「言ってみろ。何が、分かったんだ?」 俺は一息ついて喋り出す。 「こよみさんを殺したのは・・・お前じゃない。」 俺がそう言っても、日吉は動揺を見せない。 俺は続けて話した。 「こよみさんは、自殺だったんだ。 お前は、それを庇ってる。それを庇って犯人になったんだ。」 「なぜそう言える」 「遺書を見つけた。 庭に埋められてた、遺書だ。 そこには書かれてあったよ」 俺はカバンから紙を取り出す。 それは、先ほど掘り出したこよみさんの遺書だった。 「「日吉さん。私はもう耐えられません。 スーパーでこき使われるのはもうたくさんです。頼れる人もいない。 だから私は自殺します。 日吉さん、後は頼みます。 図々しいかもしれないですが、お願いします」」 俺は書かれていることを読み上げた。 「お前はこれを、こよみさんの家に行ったとき、机に置かれているのを見つけた。 こよみさんの死体と同時に。 それで、お前は罪を被ったんだよ。」 そういうと金田は鼻で笑う。 「その紙には後を任せると書いてたんだろ? 罪を被って犯人になってくれ、なんて書かれてない。」 「そうだな。でも、お前は罪を被ったんだ。」 「なぜだ。なぜそうなる」 「お前がいい奴だからだよ。」 俺は机に手を置いて、日吉の顔を見る。 「お前は、こよみさんが自殺しただなんて、家族に知らせちゃダメだと思ったんだ。 それは、こよみさんの母親が関係してた。 母親の入っている宗教、幸せ家族。 お前はこよみさんから聞いていたんだろう? だから、罪を被らずにはいられなかった。 母親と、こよみさんの仲を取り持つために。」 「言ってる意味がわからない。お前は何を言っている」 俺は指を1つ立てた。 「幸せ家族の禁止事項の中に 自殺は禁止 という物があった。」 俺は回想する。 ーーーーーーーーーーーーーーーーー 金田が調べてくれた幸せ家族の内容を考える。 「「あとは禁止事項も色々あってね。 先ほど言ったように退会は禁止。 布施は絶対に1ヶ月に3万以上支払うこと、 それ以下は禁止。 他人を傷つける言動は禁止、自殺は禁止。 ・・・・とまぁこんな感じかな。」」 金田は確かにそう言った ーーーーーーーーーーーーーーーーー 日吉は黙っている。 「お前はひとみさんの母親が こよみさんが自殺したことを知れば、 関係が悪化することは目に見えていた。 こよみさんは、母のことを気にかけていたから・・・・」 俺はまた回想する。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 秀樹さんが言っていたことだ。 「「家には電話しなくても、俺には何回か電話があった。家のこととか聞いてきてよ。 ・・・いつも母の体調は大丈夫か、って聞いてきてたよ。だから、あいつは母を嫌ってるわけじゃない。そう思うよ。」」 ーーーーーーーーーーーーーーーー 「・・・死んだこよみさんが浮かばれなかったんだろう。いじめられて自殺して、 そのせいで母親からも拒絶される。 そうならないために、お前はこよみさんの自殺を殺人に偽装したんだ。」 俺がそこまで言っても、金田は顔色を変えない。逆に、金田が質問をしてきた。 「自殺するならば、刃物で複数箇所を刺すことはできない。自身で複数箇所刺す間に事切れてしまうからだ。 だが、こよみは6箇所も刺されていた。 自殺なはずがないだろう。」 「それは、こよみさんの自殺の仕方が特殊だったからだ。 多分、首を吊るとかの自殺を連想させる死に方はしたくなかったんだろう。」 俺は即答する。 「こよみさんは、滑車とナイフ6本、 それから粘土を使って自殺したんだ。」 俺は説明をしだす。 「まず、窓際の天井に滑車をつけて、そこに紐を通す。そして、窓際には錘をつけ、こよみさん側には、粘土をつけた。 その粘土には、ナイフを6本つけて。 こよみさんは床に寝転がり、錘の付いた方の滑車を切り離した。 すると、こよみさんの上にあるナイフのついた粘土が、落ちてくる。 ・・・・だから、刺し傷が6マス状で、均等だったんだ。 お前が死体に気づいた時に、滑車とロープ、 そして粘土を取り外した。 滑車を取りはずるのにお前は苦戦して、 天井に傷がついてしまった。 その傷が残ってたよ。見てきたんだ。 錘の方は窓の下の川に流されたから拾わずにそのままにした。 これで合ってるはずだ。」 「よくできた嘘だな。粘土なんて使った証拠はあるのか。」 「知り合いの警官から、粘土片が残っていることを教えてもらった。 そして今、俺の手元にある。」 そう言って胸ポケットから粘土片の入った袋を取り出す。 「こよみさんに落ちる時の衝撃で飛んだ破片までは、お前も気づかなかったんだろう。 それが、証拠として俺が持っている。 言い逃れはできない。」 「恋人のために、犯人になるだなんてするはずがないだろう。僕が殺したんだ」 「どうだろうな。少なくとも、俺から見たらお前はそう言うことをする奴だと思ってる。 お前は・・・度がすぎていい奴だから。」 「・・・・・・・・・・・・・」 日吉が黙る。 「まだ話がある。 倉間のことだ。 倉間を殺したのも、お前じゃない。 倉間を殺したのは、こよみさんだ。」 俺は淡々と言う。 「こよみさんの遺書に、書かれてあった。」 俺は続けて遺書を読み進めた。 「「私は倉間さんを殺しました。 死体は隠しました。多分、見つからない。 人殺しをしてしまった私を、どうか許してください。 日吉さん、兄さん、お母さん」」 「お前はこれを見て、倉間という人物をこよみさんが殺してしまった事実に気づいた。 そして・・・お前はそれすらも自分の罪にしようとした。こよみさんを庇うために。」 俺は続ける。 「お前が死体を見つけたかったのは、こよみさんの証拠を消すためだろう。 もしかしたら、倉間の死体に何か痕跡があるかもしれない。だからそれを消して、お前が殺した痕跡をつけるつもりだった。 ・・・だからおれに依頼をした。 出所したときに倉間の死体を自分が殺したことにするために。 でもそれは杞憂だったな。 倉間の死体はすでに火葬された。 こよみさんの痕跡もなかったわけだ」 日吉は黙って話を聞いている。 「・・・・これが、全てだ。 つまりお前は、誰も殺してない。」 「・・・・・・・・・・・・・・」 そういうと、日吉は深くため息をついて話し出した。 「・・・こよみから電話があったんだ。 部屋に来て欲しいって。 僕はそんなこと言われるの、初めてだったからさ。色々と準備していったんだよ。 そうしたら・・・刃物が6本突き刺さったこよみが倒れてた。 その横には、遺書があった。 俺は、それを見て確信した。こよみは、自殺したことをバレたくないんだ、と。 だから、死ぬ前に僕を呼んだんだ、と。 ・・・母親との関係は前から聞いていた。 こよみは、母ともう一度仲良くなりたいといつも言っていた。 だが、倉間のいじめで限界が来て死んだんだ。 僕は遺書の通りに、死体を処理しようとした。 でも、気づいたんだ。 このままこよみは自殺と報道されれば、 こよみの母は更に拒絶するだろう。 それが・・・僕には耐えられなかった。 そうなるくらいならば、僕が・・・」 そこで日吉は喋るのをやめた。 「お前は、本当にいい奴だよ。 いい奴で・・・・バカだ。」 死人のこよみさんを想って、倉間のことも自分の罪にしようとした。 こいつは本当にお人好しだ。 「お前は、俺の母が死んだ時も、ずっと俺のことを想って仲良くしてくれてた。 正直、お前がいなけりゃ俺はどうなってたか」 俺は拳に力を入れる。 おそらく、日吉には自責の念もあったのだろう。 恋人であるこよみさんの苦痛を知ることもなく、この世を去ってしまったのだから。 「お前が、こんなところにいるのは、 俺はやるせねぇよ。日吉。 真実を打ち明けるべきだ。」 「だが、そんなことをしたらこよみは・・・ 母からも拒絶され、自殺した者として名を残すことになっちまう。」 日吉は涙を流している。 「じゃあ、こよみさんがこれを望んだのかよ! お前が、お前がこんなところにいることが、 こよみさんの望みだったのか!」 「そうじゃねぇ。僕はーーーー」 日吉は言葉を詰まらせる。 俺は深く息を吐いて、日吉の次の言葉を待つ。 だが、いくらたっても日吉は喋らなかった。 「・・・まだ聞きたいことがある。 1つだけ分からないことがあったんだ。 お前はなんで、遺書を見つけた後に、庭へ埋めたんだ?」 俺の質問に、日吉はゆっくりと口を開いた。 「・・・・電話の後、メールが一通来てた。 そこには、「「遺書は庭に埋めてください」」 と書かれてた。だからその通りにしただけだ」 俺は、その言葉を聞いてハッとした。 「・・・こよみさんは、本当は全て明らかにしたかったんだよ。 庭に埋めて、兄の秀樹さんが見つけてくれると、信じてたんだ。」 俺は秀樹さんが話してくれたことを思い出していた。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 遺書を見つけた後に、秀樹さんがいったことだ。 「こよみは、何かを隠すときや、おまじないとして庭に物を埋めることがあった。」 秀樹さんは涙を流している。 「・・・きっと、本当は見つけて欲しかったんだなぁ・・・。あいつは、俺を信じてここに埋めたんだ。」 俺はそれを聞いてハッとした。 こよみさんは、自殺を母に知られたくなかった。 それは事実だろう。だが、日吉が犯人になることは予想していなかったはずだ。 こよみさんの遺書、 「「日吉さん、後は頼みます」」 この言葉の真の意味は、おそらく・・・ ーーーーーーーーーーーーーーーー 「おそらく、母と兄のことだったんだ。 多分、こよみさんにとって母との関係は心残りだったから・・・・・ そう言う意味での、頼みますだったんだよ」 そういうと、日吉はガタガタと肩を震えさせる。 「・・・・・・・・。 じゃあ、僕がやってきたことは・・・ 全部独りよがりの、ただの自己満足だったってことか?」 「そうかもしれない。 ただ、絶対に言えることは、 お前はここにいるべきじゃないってことだ。」 「・・・・・・・・・・」 日吉は泣き崩れる。 おそらく日吉は、この事実を墓まで持っていくつもりだったはずだ。 それが、俺や金田たちによって潰された。 「・・・・僕は・・・・ こよみのために・・・・・・・。」 だが、こいつは俺が救う。 死人のために、今生きるこいつが痛い目を見る必要はない。 だが、日吉は何を言っても、俺の言うことは聞かないだろう。 俺は身を乗り出して日吉に言う。 「日吉。俺はお前を救いたい。 お前はそれを望んでいるか??」 俺の問いかけに、日吉は少し迷った末に言った。