すみれ
18 件の小説ラヂオ
あの日のことを思い出そうとすると 周波数の合わないラヂオのように 途切れ途切れな記憶 ザザッ……ザザッと 揺れ 雪 惨状 唯一ラヂオから情報を得ていた頃のこと 忘れてはいけないはずなのに ザザッ……ザザッ……
推し活
推すものが、二次元でも三次元でもいいけど実体のある人物じゃなきゃいけないって誰が決めたの? 私は小説を推している。ただただ推し本を語るだけの、30分ほどの音声配信を週一でやっているが、もうすぐ1年だ。細々とではあるけれど、常連のリスナーさんもいらっしゃってありがたい限りだ。自分でこういう風に言うのもなんだが、物好きもいるものだ。 「こんばんはー! はい、始まりました、みかんの『本ラジオ』です! 皆様いかがお過ごしでしょうか? 寒暖の差も激しいですよねー、最近。あっ、そういえばこの間……」 最初は場を温めるために、ハンドルネームからの連想で、果物について話すことにしている。そしてただただ推し本について語る。文章じゃ、語り足りない。普通じゃ、ついてこれない。そんな私の推し語りの場。 次々と流れるリスナーさんのコメントから発想が飛び、話題も飛ぶ。そんなのも一興だ。 実は、1周年企画などでコラボをやってみたいと画策している。さて、誰にお願いしようかな。テーマも話すことも未定だけど、構想するだけでワクワクしてくる。果たしていつも通りの時間で終わるのだろうか。 多分いつも現実世界で会ったり話していたりする人には想像もつかないであろう、人見知りで大人しい私の推し活。私だけでなく、推し活すらも人と変わっているかもしれない。 絶対に知られてはいけないので、声も変えている。私がのびのびと活動できるこの場を知られたくないし、取り上げないでほしい。
気がついたら平安貴族に転生していました⁈
気がつくと私は知らない場所にいた。けれど頭では「ここは平安時代」とわかっている。授業や資料集で見たことのある室内の様子、目の前にいる烏帽子を被った男の人は紛れもなく平安時代だ。 そして、基礎情報も頭に入っている。この目の前にいる男の人は「彼」の兄。「彼」とは政略結婚の婚約者とは言え、お互いに惹かれあい仲が良かったのにも関わらず「彼」は先立ってしまった。いくらお互いに想い合っていたと言っても、政略結婚であるので代わりに「彼」の兄が宛てがわれたというわけだ。 何かで知っている……。そうだ、和泉式部日記で読んだ状況に似通っている。契りを交わしていた恋人が亡くなり、その弟と深い関係になった気がする。和泉式部は和泉式部だけど、名前ではないので私が誰なのかは確かめる術もないが。 でも「彼」は逝ってしまった。ここにいる人は「彼」ではない。それでも私は何かを筆で書いている「彼」の兄に近づく。 「何を書いていらっしゃるのですか?」 「ああ、これはな、宮廷の……」 にこやかに言葉を返してくれるし良い人だけれど、この人はあくまで「彼」の兄であって「彼」ではない。「彼」はもういない。 ……そんなの、 「嫌!」 私は目を覚ます。まだ夜中で窓の外も真っ暗だ。 「夢……」 心臓に悪くて嫌な夢だ。息が荒い。 夢の中でも感じていた喪失感や悲しみを今も引きずっていて泣きたいような気分だけど、動揺しすぎたのか涙は一滴も出てこない。いっそ泣けたら楽なのに。 「いかないで、置いてかないで」 そう叫びたいけれど、普通に迷惑なのでやめる。もし親が起きていたらなんて説明すればいいのか。 私は目が冴えてしまったのでスマホを手にしてSNSのアプリを開く。私が寝た後、彼は元気でなかったようで、そのような呟きをしているので私は「起きていればよかった」と歯を食いしばると同時に胸騒ぎがする。 起きてからしばらく経つのにまだ動悸がする。 途中までは冷静に「起きちゃった」「悪夢見た」とか呟いていたが、途中から理性がどこかに行ってしまった。 「いかないで、置いてかないで、嫌」 「弱くなったな。喪うことが怖い」 私は思わず同時に短歌にも昇華しつつ、眠くなってきた頭で「明日の朝、間に合えば呟きを消そう」と考える。 私は短歌を詠んで、スマホを置いて浅い眠りについた。 夢を見て「置いてかないで」叫びたい けれど叫べず内に抱える 悪夢見るきみを横でぎゅっとしたい 「置いてかないよ、ここにいるから」
この気持ちは友情なのか?それとも……
友達に彼氏ができた。最初に聞いた時は少し驚いたけど、よく考えると納得だ。贔屓目も入っているかもしれないが、可愛くて気立てが良くてしっかりしている。大学に入ったらそりゃあできるに違いない。 彼女に相応しい、優しくて良い人を捕まえたようだ。とてもあの子らしいではないか。 彼女が幸せそうで何よりだしとても嬉しいのに、心にどこかモヤモヤとした気持ちが残る。 高校を卒業してからも時々会って話したり、遊んだりしていた。その関係性の帰路に立っているのかもしれない。なんの根拠もなく、ずっと続くと思っていたけれど。今まで通り続けていけるかが不安なのだろうか。 私と同じように恋愛に興味がないと思い込んでいたから? 一歩先を行かれた気がするから? 彼氏なんてできないと思っていたから寂しい? 答えは否だ。 じゃあなんで? わかってはいけないような、うまく言語化できない飲み込みきれない感情を苦いアルコールで胃に流し込んだ。
バレンタイン
小さい頃からピアノを習っていて、人より少し秀でている俺は卒業式のピアノ伴奏を頼まれた。5年生の昨年も卒業式で在校生の伴奏をやっていたので、予想の範疇だ。 学年主任の先生から特別に許可を得て、登校してから朝の会の時間まで音楽室のグランドピアノで練習させてもらっている。 廊下を歩く低学年の生徒たちが驚いたようにこちらを見るのも楽しいし、静謐な朝の音楽室で1人ピアノを奏でられることも心が躍る。たまにクラスの女子が何人かで聴きに来る。お互い何を話すわけでもない静かな空間だ。 珍しく、ドタドタと廊下を走る音が聞こえた。首を傾げながら弾いていると勢いよく扉が開き、同じクラスの仲の良い女子が飛び込んできた。 「千夏君! 隠して!」 「え、ああ……いいけど。何があったんだ?」 「卓君にチョコレートを渡したから、クラスのみんなから揶揄われてて……!」 「そこら辺に隠れとけ」 俺はそれでも弾く手を止めず、適当に扉から離れた角の方を顎で示す。そっか、今日はバレンタインなのか。女子とも普通に話すが、勉強が得意で運動が苦手で大人しいタイプの俺はそもそも恋愛対象として見られていない。卓はスポーツができて明るいのでモテるのだろう。どうせチョコレートなんてもらえないので、そんな行事のことはすっかり頭から抜け落ちていた。それよりも明後日の俺の誕生日に気を取られていた。 再び廊下からドタドタと足音が響いた。今度は2人の女子が来た。 「あっ、千夏君! 瑠奈ちゃん見てない?」 「さあ? 知らない」 隠す、という名目上すっとぼけて弾き続ける。一度曲を弾き終わったので、さっき弾いていてつっかえたところをさらう。 「瑠奈ちゃんみっけ! 卓君にチョコレート渡していたよね?」 「色々聞きたいな?」 机の陰に隠れていたのも虚しく、後から来た2人に両側から抱えられて連行されて行ったのを見送る。 純情だよな、と俺は思う。チョコレートを作って、渡して。それをクラスの子に揶揄われて恥ずかしくなって逃げ出して。 笑顔の可愛い君からチョコレートをもらえるあいつがちょっと羨ましい。
微熱
頭が痛くて動きたくない。睡眠不足や疲れで頭が痛くなることは多々あるが、今日は昼寝をしたのでそんなことはないだろう。布団に寝転んでいた私は、身体が熱い気がして起き上がった。痛む頭を抱えて体温計を取りに行く。布団の上に座り込み、電源を入れた体温計を脇の下に挟んだ。 音が鳴るまで永遠にも思えた頃、ピピピ、と無機質な音が鳴り響く。取り出すとそこには無慈悲にもデジタルの数字で37.0と表示されていた。 微熱。
散髪
「結構バッサリいっちゃいますけど、本当に大丈夫ですか?」 うるさいよ、確認しないで。 「はい、大丈夫です」 失恋したら髪を切るなんて、あり得ないと思っていた。まさに今、その行為をやっている人がここにいる。 雪のちらつく寒空で、私は振られた。一つ年上のサークルの先輩。先輩は卒業し、就職で地元に戻るけれど、私は実家暮らしだしこっちに留まるつもりと言ったら、振られた。遠距離をしてまで付き合う価値は私にはないそうだ。 別に見返したいとか、かわいくなりたいとかそんな理由で切るという結論に陥ったわけではない。ただ、彼と別れたのなら彼好みのロングにしておく必要はないな、手入れも面倒だし、とは思った。 「綺麗にお手入れされていますね。普段、シャンプーやリンスは何を使われているんですか?」 「えっと、あの黄色い……」 彼と一緒に過ごした髪を、彼に触られた髪となるべく早くおさらばしたい。遠慮がちに撫でてきた手つきも、髪を滑らせる彼の指の動きも思い出してしまうから。 床に落ちる黒髪の束を見ていると、どこからか優越感が湧いてきた。私と彼の関係を知る体の部分が少なくなった。 「後ろはこんな感じになります」 「ありがとうございます」 背中まであったロングヘアは今やボブになっている。そして、彼が染めることを嫌ったために黒かった髪をもう一度茶色に染め直すのだ。 「では、このままカラーリングいたしますね」 「お願いします」 人が入れ替わり、カラーの用意をしている気配がする。じっと目の前を見つめると、なんだか泣きそうな顔をした私がそこにいた。 美容室の鏡から見える外の景色では、桜の蕾が膨らんでいた。
恋
キラキラと 輝く瞳 フツフツと 湧く恋心 グラグラと 揺れる感情 サラサラと こぼれ落ちる恋 プツンと 切れた気持ち
門松
中学生の頃まで、年末年始は親戚の集まりで祖父母宅に行っていた。少し遠かったので、ちょっとした旅行のようで楽しかった。 祖母は料理が上手で、おせちを作ることはもちろん、小豆を煮ていたりもした。床の間に南天が飾られていたり、玄関に正月飾りが飾られていたり、入り口に大きな門松があったりして豪華だった。 いつからか、おせちの具材が市販のものに置き換わっていった。そして、いつの間にか大きな門松は飾られなくなった。 後からそのことに気がついた時「祖父母も歳をとったな」と実感したものだ。 今も祖父母は健在だが、高齢なので、コロナを考えると行きづらく、ここ2年ほど会えていない。 あと何回祖父母のいる正月を迎えることができるだろう。 うまく締められなかったので、一句詠んでこのエッセイを終えようと思う。 祖父母宅 門松なくなり 思う歳
クリスマスイブ
街にクリスマスソングが流れ、街中が浮き足立っている。 クリスマスイブのその日も、私たちは冬休みの補習のために高校に向かう。 「委員長は放課後にデートするんだって」 「きゃー!」 「詩音ー。この後クリぼっちの女子会やるけど、来ない?」 「ごめんね、私、バイト入れたから。行けない~」 手を合わせて謝る。どちらにしろ、高校卒業後の一人暮らしのためのお金を貯めているので、そんな余裕はない。 「ほんと、バイトよくやるよねえ。卒業後の費用?」 友達に聞かれて頷く。 「うん。今日なんかは、あなたたちみたいに遊んでいる人が多いから、時給が高い仕事が多いのだ!」 「学年一番なのに大学に進学しないって知ってびっくりしたよ」 「そうだよ、っていうか今日だって大学受験に向けての補習なんだから、詩音は来なくても大丈夫じゃん」 「えー、みんなに会いたかったから!」 私は首を傾げてウインクをしながら言う。うそではないけれど、一番の理由は家にいたくないから。 「かわいいこと言いやがって!」 「じゃ、そろそろ私バイトに向かうね。詩音様のお通りじゃー」 「ははあ~」 みんながひれ伏すふりをして見送ってくれた。こんな他愛もないやりとりができるのもあと少しだと思うと寂しさを感じた。 クリスマスは、ちゃんとした家族のお祝いだ。もしくは恋人の。 暖かいリビングに豪華な食卓。本やテレビで見て想像した私には手の届かない眩しすぎるその光景と、実際の自分が住んでいるアパートの寒々しくてお酒とタバコの匂いが充満する部屋との違いを思い、ため息をつく。 マフラーに顔を埋めて寒風が吹きつける中、バイト先へ向かう。冬空に晒された耳がちぎれるように痛い。 「こんにちは」 「こんにちは。詩音ちゃん、ありがとね、こんな時期まで。衣装はそれだから、向こうのロッカールームで着替えてきて」 今日のバイトは近所の商店街でサンタクロースの服を着て、子供たちにちょっとしたお菓子などの詰め合わせを配るバイトだ。 「はいどうぞ」 「サンタさん、ありがとう!」 子供たちの笑顔が私の心を温かくする。この温かさを今クリスマスパーティーや女子会をやっている友達は知らないだろうな、と思うとかすかな優越感を覚える。 「わあ! サンタさんだ! お姉さんだよ」 2、3歳くらいのかわいい男の子が寄ってきた。 「ありがとう。お菓子をあげるね」 私は背負っていた袋からお菓子の袋を差し出す。 「あ、こら! 手を繋いでなさいって言ったじゃない!」 「すみません、ありがとうございます」 男の子の両親と思われる人が走りながらこちらに慌てて近づいてくる。 「あ……!」 「詩音さん」 男の子のお父さんは、担任の先生だった。私はにっこりと笑う。 「こんばんは」 「こんばんは。バイト、えらいね。この人が僕の奥さん」 「こんばんは」 ふんわりと笑う華奢な女の人は、綺麗で優しそうで私には手に入れられないものを持っていた。 「子供が好きなんだな。そういえば、面接練習の時にも『教育に携わり、私のような境遇の子を少しでも減らしたいです』って言ってたな」 「やめてくださいよー。お恥ずかしい」 私は、言葉を覚えてもらっていた嬉しさでにやけそうになるのを必死で抑える。担当クラスの生徒の面接だ。練習した時の言葉なんて覚えているのが当然なんだろう。 「じゃあ」 「ありがとうね」 そう言って光に包まれた3人はまた、夜の街へと消えていった。私のような陰を持った人間が、先生のような明るさに惹かれることは仕方のないことだ。 私の淡い気持ちは誰にも悟らせるつもりはない。ただ、クリスマスイブの夜に密かに想っている人と会えただけ幸せなことなんだと自分を信じ込ませる。 バイト帰りに制服のスカートのポケットに手を突っ込むと、いつからあったのか飴玉が入っていて、指先でそのコロンとした感触を感じた。