散髪

「結構バッサリいっちゃいますけど、本当に大丈夫ですか?」 うるさいよ、確認しないで。 「はい、大丈夫です」 失恋したら髪を切るなんて、あり得ないと思っていた。まさに今、その行為をやっている人がここにいる。 雪のちらつく寒空で、私は振られた。一つ年上のサークルの先輩。先輩は卒業し、就職で地元に戻るけれど、私は実家暮らしだしこっちに留まるつもりと言ったら、振られた。遠距離をしてまで付き合う価値は私にはないそうだ。 別に見返したいとか、かわいくなりたいとかそんな理由で切るという結論に陥ったわけではない。ただ、彼と別れたのなら彼好みのロングにしておく必要はないな、手入れも面倒だし、とは思った。 「綺麗にお手入れされていますね。普段、シャンプーやリンスは何を使われているんですか?」 「えっと、あの黄色い……」 彼と一緒に過ごした髪を、彼に触られた髪となるべく早くおさらばしたい。遠慮がちに撫でてきた手つきも、髪を滑らせる彼の指の動きも思い出してしまうから。 床に落ちる黒髪の束を見ていると、どこからか優越感が湧いてきた。私と彼の関係を知る体の部分が少なくなった。
すみれ
すみれ
はじめまして、すみれです。日常に根づいた1000字程度の短編小説を書きます。たまに短歌や詩も。