バレンタイン
小さい頃からピアノを習っていて、人より少し秀でている俺は卒業式のピアノ伴奏を頼まれた。5年生の昨年も卒業式で在校生の伴奏をやっていたので、予想の範疇だ。
学年主任の先生から特別に許可を得て、登校してから朝の会の時間まで音楽室のグランドピアノで練習させてもらっている。
廊下を歩く低学年の生徒たちが驚いたようにこちらを見るのも楽しいし、静謐な朝の音楽室で1人ピアノを奏でられることも心が躍る。たまにクラスの女子が何人かで聴きに来る。お互い何を話すわけでもない静かな空間だ。
珍しく、ドタドタと廊下を走る音が聞こえた。首を傾げながら弾いていると勢いよく扉が開き、同じクラスの仲の良い女子が飛び込んできた。
「千夏君! 隠して!」
「え、ああ……いいけど。何があったんだ?」
「卓君にチョコレートを渡したから、クラスのみんなから揶揄われてて……!」
「そこら辺に隠れとけ」
俺はそれでも弾く手を止めず、適当に扉から離れた角の方を顎で示す。そっか、今日はバレンタインなのか。女子とも普通に話すが、勉強が得意で運動が苦手で大人しいタイプの俺はそもそも恋愛対象として見られていない。卓はスポーツができて明るいのでモテるのだろう。どうせチョコレートなんてもらえないので、そんな行事のことはすっかり頭から抜け落ちていた。それよりも明後日の俺の誕生日に気を取られていた。
再び廊下からドタドタと足音が響いた。今度は2人の女子が来た。
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カテゴリー: お題
投稿日時: 2022/2/12 12:27
すみれ
はじめまして、すみれです。日常に根づいた1000字程度の短編小説を書きます。たまに短歌や詩も。