nonnki

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nonnki

詩を書く人間です。小説もたまに書くかもしれません。 よろしくお願いします🙇‍♀️

第5話

 今、何が起こったんだ?  オレ――暁場レンは、ただただこの状況に困惑していた。    今回のオレたちの任務は、アンタイトル・桜庭朱里の保護だった。  目の前にいる『解放軍』は、魔法の普及を推進する反政府組織。  でも、魔法の普及なんて、謳い文句に過ぎない。解放軍の狙いは、より強固なタイトルを作り出すこと。  アンタイトルを見つけては、彼らにタイトルを組み込む、非人道的な実験や手術を繰り返している。  そんな『解放軍』の思惑を阻止するべく、桜庭朱里を保護する。  それが、今回オレたちトゥルーカンパニーに与えられた任務だったはずだ。    でも……桜庭さんは今、迷うことなくタイトル発動を宣言した。  そして、解放軍のメンバーと思われる、『統括者』を名乗る男を、殴った。  オレの目には、確かに見えた。  『統括者』が咄嗟にタイトルを宣言し、オレに使ったものと同じ赤い光が現れたのを。  そして――、光が吸い込まれるように消えたのを。  タイトルに打ち勝つには、タイトルしかないはずだ。  それはつまり、今、アンタイトルであるはずの桜庭さんが、間違いなくタイトルを発動した、ということになる。 「桜庭さん……今、タイトルを……?」 「え、あ、あれ? ど、して……」  オレの問いかけに、我に返った様子の桜庭さんは、やっぱり困惑しているようだった。  しかし、その数秒後、彼女は急にふらつきはじめる。  そして、何度も瞬きをしながら、消え入るような声を出す。  「限界、かも……」  そう言い残して、彼女は膝から崩れ落ちた。  思わず声を上げ、彼女に駆け寄る。 「桜庭さん、桜庭さん! 聞こえる!?」 「ん……むにゃ……」  息はある。というか……寝ているだけみたいだ。  ほっと安堵するが、同時にまた緊張が走る。 『統括者』が、くすくすと笑いながらこちらへ近づいてきたからだ。 「ふふふっ、はははっ! 実に面白い! まさかこんなに素晴らしい力を秘めているなんて! 本当に後天的にタイトルを……研究のし甲斐がありそうですね」 「ッ、お前に彼女は渡さない……!」 「ふふっ、手負いの君一人で、眠りこける彼女を守りながら逃げ切れるとでも? 君の命を奪ってでも、彼女を手に入れますよ」  思わずごくりと唾を呑んだ。  確かに、くらった攻撃が思ったより重く、タイトルを発動したとしても、逃げ切れるかはわからない。  それに、タイトルは無限に使えるという訳でもない。  でも、諦めるわけにもいかない。考えろ、どうする――! 「――タイトル発動、『雪花』」  突然背後から聞こえた、聴き慣れた低い声。  その次の瞬間、春の麗らかな陽気は消え去り、雪がちらつき始める。  後ろを振り向くと、想像通りの人物がそこにいた。 「氷剣長官!」 「待たせたな、レン。もう大丈夫だ。――雪花!」 『うむ、心得た♪』  長官の言葉に合わせ、透き通った女性の声が聞こえてくる。  すると、長官の目の前で雪の粒が集まっていく。やがて、それは人の形を創っていき、一人の女性が現れた。  雪のように透き通った白い肌。絹のように美しい髪。雪を閉じ込めたような瞳、そして、彼女に纏う氷柱のように鋭く、冷たい冷気。  これが、氷剣長官のタイトル、『雪花』の能力。  現れた彼女は、雪花という名の、いわゆる雪女だ。長官は、この雪花を召喚・憑依させ、氷を操り敵を散らしていく。  雪花のあまりにも強大な能力と、それを用いて繰り出す強力な攻撃こそ、長官が魔法庁の……いや、日本の魔法学のトップたる所以なんだろう。   『ほれ、おチビ共。早く行くのじゃ。ここは余に任せると良い』 「頼んだぞ。レン、走れるか」 「心配無用です! それより、桜庭さんを!」 「ああ、俺が運ぼう。よし、行くぞ!」  桜庭さんを背負った長官と共に、屋上の非常階段を駆け下りていく。  そのまま地上に降り、校舎裏まで走ったところで、見慣れた姿を見つける。 「澪士さん!」 「レンくん、長官。お待ちしておりましたよぉ。周辺にいた解放軍は捕まえて引き渡しておきましたから、ひとまず戻りましょうかぁ。さぁ、乗ってください」  澪士さんは、そう言って後ろに停めてあった黒塗りの車を指さす。魔法庁のマークが貼ってあるところをみると、長官が乗ってきた車だろう。  眠っている桜庭さんを乗せ、長官はその隣に乗り込んだ。オレが助手席へ乗り込むと、澪士さんはにこっと笑って、運転席に乗り込んだ。  やがて、車は動き出し、学校を出た。行先はもちろん、廃ビルにあるトゥルーカンパニーの事務所だ。 「それで……レン。一体、何があったんだ? あの男は何者で、なぜ桜庭くんは眠っている?」 「それ、なんですけど……」  オレは、先の「あり得ない」の連続を二人に話す。 『統括者』と名乗る解放軍代表のこと、桜庭さんのお父さんが解放軍で無理やり研究をさせられている可能性があること、そして……アンタイトルであるはずの桜庭さんが、タイトルを使ったこと。  すべてを話し終えると、しばらくの間、長官も、澪士さんも、黙り込んでしまった。  やがて、しばらく続いた沈黙を、長官が破った。   「……どうやら桜庭くんは、ただのアンタイトルではないらしいな」 「後天的なタイトル習得もそうですが……正体を隠し続けていた解放軍トップが、自ら現れるというのも、謎ですよねぇ……ひとまず、色々と調べないといけないですねぇ」 「はい。桜庭さん本人からも、色々聞かないと、ですね」  澪士さんも、長官も、神妙な顔で頷いた。  桜庭さんを保護できたとはいえ、まだ問題は山積みだ。  ふと後部座席を見る。  長官が長い脚を組んで、何やら考え事をしているようだ。  その隣では、桜庭さんが寝息を立てて眠っていた。  ――桜庭さん。あなたは一体、何者なんだ……? 

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第4話

四話  お父さん。  あたしの、大好きなお父さん。  無意識に、ペンダントをセーラー服の上からぎゅっと握る。  そう、このペンダントは、お父さんがくれた、最後の贈り物だった。  三年前、お父さんは――突然いなくなった。  あたしは、この三年間、ずっとお父さんを待っている。  お父さんが家に帰ってきたとき、「おかえり」ってちゃんと言うために、あたしは嘘をついてまでこの街に留まった。  ずっと、ずっと会いたかったお父さん。 「……お、お父さんの居場所を、知っているの?」 「桜庭さん、ダメだ。惑わされないで……ッ!」 「ええ。知っていますとも。あなたのお父さん――桜庭直樹さんのこと」 「……ッ!」  ああ、お父さんの名前だ。久々に聞いた。  あたしは、どんどん早くなっていく鼓動を何とか落ち着かせようと、ペンダントを手に、少しずつ前に進んでいく。  少しずつ、『統括者』に、近づいていく。 「お父さんは……元気なの? どこで、何をしているの?」 「ふふっ。気になりますか?」 『統括者』の問いに、暁場くんの制止を無視して、何度も頷いた。  お父さんに会いたい。  その一心で。 『統括者』は、不敵な笑みを浮かべながら、真っ白なコートからタブレット端末を取り出した。 「ご覧ください、桜庭朱里さん。今の、君のお父さんです」  もう、夢中で、『統括者』の指示に従った。タブレット端末を覗き込む。  そこに、映っていたのは――。 「これは、防犯カメラ……?」 「ええ。ある研究室の」  そうだ。お父さんの職業は、御伽市での魔法の研究員。今も、魔法の研究をしているのだろうか。  しばらくして、画面の部屋に誰かが入ってくるのが見えた。白衣を着た、男性のように見える。  その後ろ姿、見覚えがある。姿勢のいい、その背中に。  しばらくして、画面に映る男性の顔が、カメラに映る。 「あ……」  それは、間違いなく、お父さんだった。  少しやつれた顔をしている気がするけれど、掛けている眼鏡も、優しい顔も、間違いなく、お父さんだ。 「お父さん……! よかった、生きていたんだ!」 「ええ。元気に研究をしていますよ」 「ど、どこに!? お父さんは、どこで研究を!? まだ、魔法庁の研究室にいるの!?」  そうだ。この防犯カメラの研究室は、一体どこの研究室なんだ。  『統括者』は、クスクスと笑いながら、口を開く。  と、同時に、防犯カメラにもう一人、誰かが映った。  いや……二人いる。  一人は、病衣を着た女性。そしてもう一人は……白衣を着て、病衣の女性に、銃のようなものを向けている。  思考が停止する。固まるあたしに、『統括者』は言った。 「私たちの、解放軍の研究室にいますよ」 「……え?」 「……は?」  いつの間にか一緒にタブレット端末を見ていた暁場くんの声が、シンクロする。  あたしは、その場に凍り付いた。そんなあたしの様子を見て、とても面白いものを見たかのように、ひと際大きい笑い声をあげて、『統括者』は続ける。 「彼は今、私たちの研究施設で、アンタイトルにタイトルを与える手術と、その研究をしてくれていますよ。ふふっ、桜庭朱里さん。君は本当に愛されていますね。彼、君の名前を出した途端、大人しく我々に従ってくれましたから」 「そ、んな……」 「でも大丈夫。我々と一緒に来ていただければ、また二人で過ごすことができますよ。安全は我々が保証しますし、ずっと待っていたお父さんとの生活が叶う。これ以上ない条件でしょう? だから――」 『統括者』の話は、ドカッという音に遮られる。暁場くんの攻撃に違いなかった。  暁場くんは、肩で息をしながら、『統括者』へ攻撃を続ける。 「お前ッ、ふざけるなよ! 人を道具みたいに扱って!」 「道具? 何を仰る。それはもう、大切に、大切に扱っていますよ? 何せ彼は、我が解放軍きっての優秀な研究員ですから。君みたいな部外者が口を出すことでもない、でしょう!」 「ぐあッ!」    『統括者』の反撃に、暁場くんは再び地面に足を着いた。それでも彼は立ち上がる。    ……あたしは、どうだろう。  お父さんが、アイツに無理やり利用させられているとも知らずに、急にいなくなったお父さんを、恨んだことさえあった。お父さんがそんな状況なのに、あたしは平凡な日々を過ごして。  お父さん、ごめん。あたしがいたから、無理やり従ったんだよね。  あたしは、なんて。  ――弱いんだろう。  幼い頃にお母さんが亡くなって、お父さんは研究の傍ら、あたしをここまで育ててくれた。  お父さんは、あたしを今でも護ってくれている。  ――だったら。 「……あたしの、番だ」  あたしは、ゆっくり、ゆっくり、『統括者』の方へ歩き出した。  暁場くんが、何かを叫んでいる。  それを無視して、進む。  笑顔で手を差し出す『統括者』。  そして、あたしは覚悟を決める。 「あたしは……あんたを、絶ッ対に、許さないんだからぁぁぁッ!!」  自分の、出せる限りの力を。  あたしの、大切な人の為に。  もう、何もせず待つのはやめる。  この手で、必ず、守る! 「タイトル発動ッ!」  気づいたら、そう口走っていた。目の前の『統括者』が目を見開いたのが分かった。  あたしは、頭の中に浮かんだ言葉を、全力で、叫ぶ――! 「『櫻雅ッ!!』」    そして、拳を握り、前に出す。相手も、タイトルを宣言する。  が、あたしは止まらない。  そのまま、拳を押し込む!  ……。  …………。   「……あ、れ?」    気づいたら、全員が、ぽかんとした顔で、あたしを見ていた。  多分、あたしも同じ。  ぽかんとした顔をしていた、と思う。   「桜庭さん……今、タイトルを……?」 「え、あ、あれ? ど、して……」  急に、眠気が襲ってくる。  目の前が、歪む。  暁場くんが、何かを言っているけれど、眠い。  もう、眠くて、眠くて。 「限界、かも……」  目の前が真っ暗になった。  そこで、あたしの意識は、途切れた――。

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第3話

「タイトルが、欲しいと思ったこと……」  思いがけない問いかけに、ただ言われた言葉を繰り返すことしかできなかった。  もう頭の中がぐちゃぐちゃで、理解がまるで追いつかない。  なぜ、この『統括者』はあたしの名前を――あたしが、アンタイトルであることを、知っているんだ。  そして、「タイトルが欲しいと思ったことはないか」、なんて……。  しかし、あたしが何か答える前に、あたしを隠すように立っていた暁場くんが「ダメだ!」と叫び、あたしに振り向いた。 「ダメだ、桜庭さん! アイツの話を聞いちゃいけない!」 「え、ど、どういうこと?」 「おやおや。五月蠅い人ですねえ。君もまた政府の犬、ですか」    ――政府の、犬?  どういう意味、なんて聞く前に『統括者』は高いヒールでコツ、コツとコンクリートを叩きながら、こちらへ近づいてきた。  怖いくらい穏やかな笑みのまま、コツ、コツ、コツと――。   「桜庭朱里さん。あなたの苦労はとてもよく分かります。タイトルを持たないというだけで、周囲から切り離されていく孤独……さぞお辛かったでしょうに」 「……ッ!」 「桜庭さん、聞かないで! くそ……ッ、タイトル発動! 『赤い靴』!」  暁場くんの宣言の後、彼を赤い光が包み込む。  かと思えば、その光の中からすごいスピードで暁場くんが姿を現した。  彼は、そのまま『統括者』に急接近し、その脚を振るう――! 「たぁッ!」 「おっと」    しかし、その強烈な蹴りを『統括者』は片手で受け止めた。  そして、体勢を整えようとする暁場くんの隙を突き、不敵に微笑む。 「タイトル発動、『オスティナート』」  その瞬間、暁場くんが宣言したときと同じように赤い光が辺りを包んだ。その眩しさに思わず目を瞑る。  そして、小さな叫びと共にどさっという音がした。  目を開けると、暁場くんが屋上のフェンスに打ち付けられている――! 「暁場くんッ!」 「ぅ……ッ」    堪らず彼の元に駆け寄る。  よかった、辛そうな顔をしているが、幸い意識はある。  安堵したのもつかの間、また、コツ、コツと足音が迫ってくる。  でも、これで分かった。暁場くんの言うように、あの『統括者』は危険人物に違いない。  迫る彼を睨み、精一杯の威嚇をする。しかし、あたしの鋭い視線など気にすることさえなく、彼はまた話を始めた。 「いかがです? これ以上彼を危険に晒したくないならば、私と一緒に来ませんか?」 「あ、あたしを連れて何をするっていうの!? どうして、あたしの名前と、アンタイトルであることを知っているの!?」 「おや、まだわかりませんか? 君が欲しくて調べたからです。私は、君がアンタイトルだからこそ、君が欲しかったんです」 「は……?」  意味が解らない。アンタイトルだから? あたしを調べたって? あたしが欲しいって、どういうこと?  『統括者』は、なおも不敵に微笑みながら続ける。 「我々は『解放軍』。魔法の有無で国民を差別する政府に反旗を翻し、魔法が日常になる世界を夢見る者です。そのためには、この世界からアンタイトルを無くす必要がある。そう、君にも――私たちが、タイトルを授けてあげましょう」  タイトルを、授ける――?  いや。そんなこと、できるの?  だって、タイトルはすべてが先天性のもののはずだ。  そんなの、できっこないじゃん。  しかし、『統括者』は、そんなあたしの心を読んだかのように、クスクスと笑い始める。 「そんなこと、できっこないと? ふふっ、できるんです。私たちの研究の成果でね。アンタイトルに、タイトルを与える手術が可能なんですよ」 「ッ、惑わされないで! こいつ等は、あなたを実験体にするつもりだ……ッ」    暁場くんは、苦しそうにしながらも、なおも『統括者』の言葉を否定する。  しかし、彼の心配は元より不要。  なぜなら、あたしは――。 「……あたし、大好きなお父さんがいるんだ」 「……?」 「尊敬する、大好きなお父さん。お父さんは、アンタイトルのあたしに、いっつもこう言ってくれた。アンタイトル、それがあたしの個性なんだって。タイトルなんか無くても、あたしはあたしの良さがあるんだって!」  お父さん。大好きなお父さん。  あたしは、お父さんの言葉を忘れることなく、ずっとこの街で生きてきた。  あたしは、アンタイトルだ。でも、決して誰かに劣っているわけじゃない。  きっと、あたしにしかできない、何かがあるんだって、ずっと、そう信じてる。  だから――! 「確かに、アンタイトルであることを不満に思ったことはある。でも、あたしはお父さんの言葉を信じる。だから、タイトルなんかいらない。あなたには、絶ッ対、ついていかないから!」  強く、心を込めて、あたしは宣言した。  大好きなお父さんを思って、笑顔で。  そんなあたしに、少し驚いたように目を開いた『統括者』。  しかし、彼はまた、どこか恐ろしい笑顔を浮かべ、「そうですか」と呟いた。 「残念です。桜庭朱里さん。私ならば、君の願い、叶えて差し上げられるのに」 「言ったでしょ。あたしはタイトルなんて望まない。だから、あなたにはついていかない」 「ええ、そのようですね。君の望みはタイトルではない。しかし、ひとつ、君には絶対に叶えたい願いがある。そうでしょう?」 「…………え?」  心臓が、どくんとひと際大きく動いた。  あたしの、絶対に叶えたい願い。  その言葉に、大きな心当たりがあったから。 「私と一緒に来てくださるなら、お約束しましょう。君の大好きな、お父さんとの再会を、ね」

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第3話

「タイトルが、欲しいと思ったこと……」  思いがけない問いかけに、ただ言われた言葉を繰り返すことしかできなかった。  もう頭の中がぐちゃぐちゃで、理解がまるで追いつかない。  なぜ、この『統括者』はあたしの名前を――あたしが、アンタイトルであることを、知っているんだ。  そして、「タイトルが欲しいと思ったことはないか」、なんて……。  しかし、あたしが何か答える前に、あたしを隠すように立っていた暁場くんが「ダメだ!」と叫び、あたしに振り向いた。 「ダメだ、桜庭さん! アイツの話を聞いちゃいけない!」 「え、ど、どういうこと?」 「おやおや。五月蠅い人ですねえ。君もまた政府の犬、ですか」    ――政府の、犬?  どういう意味、なんて聞く前に『統括者』は高いヒールでコツ、コツとコンクリートを叩きながら、こちらへ近づいてきた。  怖いくらい穏やかな笑みのまま、コツ、コツ、コツと――。   「桜庭朱里さん。あなたの苦労はとてもよく分かります。タイトルを持たないというだけで、周囲から切り離されていく孤独……さぞお辛かったでしょうに」 「……ッ!」 「桜庭さん、聞かないで! くそ……ッ、タイトル発動! 『赤い靴』!」  暁場くんの宣言の後、彼を赤い光が包み込む。  かと思えば、その光の中からすごいスピードで暁場くんが姿を現した。  彼は、そのまま『統括者』に急接近し、その脚を振るう――! 「たぁッ!」 「おっと」    しかし、その強烈な蹴りを『統括者』は片手で受け止めた。  そして、体勢を整えようとする暁場くんの隙を突き、不敵に微笑む。 「タイトル発動、『オスティナート』」  その瞬間、暁場くんが宣言したときと同じように赤い光が辺りを包んだ。その眩しさに思わず目を瞑る。  そして、小さな叫びと共にどさっという音がした。  目を開けると、暁場くんが屋上のフェンスに打ち付けられている――! 「暁場くんッ!」 「ぅ……ッ」    堪らず彼の元に駆け寄る。  よかった、辛そうな顔をしているが、幸い意識はある。  安堵したのもつかの間、また、コツ、コツと足音が迫ってくる。  でも、これで分かった。暁場くんの言うように、あの『統括者』は危険人物に違いない。  迫る彼を睨み、精一杯の威嚇をする。しかし、あたしの鋭い視線など気にすることさえなく、彼はまた話を始めた。 「いかかです? これ以上彼を危険に晒したくないならば、私と一緒に来ませんか?」 「あ、あたしを連れて何をするっていうの!? どうして、あたしの名前と、アンタイトルであることを知っているの!?」 「おや、まだわかりませんか? 君が欲しくて調べたからです。私は、君がアンタイトルだからこそ、君が欲しかったんです」 「は……?」  意味が解らない。アンタイトルだから? あたしを調べたって? あたしが欲しいって、どういうこと?  『統括者』は、なおも不敵に微笑みながら続ける。 「我々は『解放軍』。魔法の有無で国民を差別する政府に反旗を翻し、魔法が日常になる世界を夢見る者です。そのためには、この世界からアンタイトルを無くす必要がある。そう、君にも――私たちが、タイトルを授けてあげましょう」  タイトルを、授ける――?  いや。そんなこと、できるの?  だって、タイトルはすべてが先天性のもののはずだ。  そんなの、できっこないじゃん。  しかし、『統括者』は、そんなあたしの心を読んだかのように、クスクスと笑い始める。 「そんなこと、できっこないと? ふふっ、できるんです。私たちの研究の成果でね。アンタイトルに、タイトルを与える手術が可能なんですよ」 「ッ、惑わされないで! こいつ等は、あなたを実験体にするつもりだ……ッ」    暁場くんは、苦しそうにしながらも、なおも『統括者』の言葉を否定する。  しかし、彼の心配は元より不要。  なぜなら、あたしは――。 「……あたし、大好きなお父さんがいるんだ」 「……?」 「尊敬する、大好きなお父さん。お父さんは、アンタイトルのあたしに、いっつもこう言ってくれた。アンタイトル、それがあたしの個性なんだって。タイトルなんか無くても、あたしはあたしの良さがあるんだって!」  お父さん。大好きなお父さん。  あたしは、お父さんの言葉を忘れることなく、ずっとこの街で生きてきた。  あたしは、アンタイトルだ。でも、決して誰かに劣っているわけじゃない。  きっと、あたしにしかできない、何かがあるんだって、ずっと、そう信じてる。  だから――! 「確かに、アンタイトルであることを不満に思ったことはある。でも、あたしはお父さんの言葉を信じる。だから、タイトルなんかいらない。あなたには、絶ッ対、ついていかないから!」  強く、心を込めて、あたしは宣言した。  大好きなお父さんを思って、笑顔で。  そんなあたしに、少し驚いたように目を開いた『統括者』。  しかし、彼はまた、どこか恐ろしい笑顔を浮かべ、「そうですか」と呟いた。 「残念です。桜庭朱里さん。私ならば、君の願い、叶えて差し上げられるのに」 「言ったでしょ。あたしはタイトルなんて望まない。だから、あなたにはついていかない」 「ええ、そのようですね。君の望みはタイトルではない。しかし、ひとつ、君には絶対に叶えたい願いがある。そうでしょう?」 「…………え?」  心臓が、どくんとひと際大きく動いた。  あたしの、絶対に叶えたい願い。  その言葉に、大きな心当たりがあったから。 「私と一緒に来てくださるなら、お約束しましょう。君の大好きな、お父さんとの再会を、ね」

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第2話

「――では、これでホームルームを終わりにするぞー」    担任の百瀬先生が、キレのない、のんびりとした口調で、ホームルームの終わりを告げる。  きっと、今の今まで、クラスの誰もが先生の話を右から左に流していたに違いない。  しかし、「終わり」という言葉が聞こえた瞬間、生徒一同、眠りから目覚めたようにはっと目を見開いた。  そして、先生の口から次の言葉が出るのを、今か今かと待ち望み、全意識を前に向けていた。    おそらく、彼等――いや、主に彼女等のお目当ては、転校生の暁場くんだろう。  早く声を掛けたくてうずうずしていたに違いない。  事実、あたしがメモを取りつつふと顔を上げたとき、女子生徒の多くは彼の方を見ていた。  男子生徒とて例外ではない。彼がどんな人物なのか気になっているように見てとれる。    あたしもそう。暁場くんが気になっている。  いや、決して恋愛的に気になっているわけではない。彼があたしの名前を知っていた理由が気になっていただけだ。  何度思い返しても、自分の名を名乗った記憶がないし、どこかで会った記憶もない。  では、どうして?  「きりーつ」  先生の気の抜けた号令ではっと我に返り、慌てて立ち上がる。続く「れーい」に合わせて頭を下げた。  号令が終わると、周囲はわいのわいのと盛り上がりを見せる。  そしてその中心となっていたのが、案の定、暁場くんの席周辺だった。 「暁場くん! よろしくね!」 「ねえ、暁場くんってどこから来たの?」 「暁場~、今日カラオケとかどう? 親睦会しようぜ!」  と、ご覧の通りの大盛り上がり。この輪の中に入る自信などあたしにあるわけがない。名前のことは明日でもいいか。  うん、そうだ。そうしよう。  と、そのときだった。 「……桜庭さん」  どきっとした。  正直、すごくどきっとした。  落ち着いた声に、ではなく。  その声の主が、暁場くんであるに違いなかったから。  顔を上げると、そこにはやっぱり彼がいた。しかも、クラスメイトがモーゼの十戒のごとく壁になっていて、その中心に彼がいた。  どうして。  彼があの質問攻めを押しのけて、どうしてあたしに話しかけるんだ。  暁場くんは、周囲の様子も、あたしの様子も、まったく気にすることなく続けた。 「話がある。俺と一緒に来てほしい」 「……へっ?」  我ながら間抜けな声だった。周囲から起こるどよめき。  ――いや。いやいやいや。なぜ? どうして? ホワイ!? 「え、ええっとぉ~……な、なんで?」 「大事な話がある」 「……はいぃ?」  納得するどころか脳内のクエスチョンマークが大幅に増えるだけ。  いや、大事な話って何!? ここで話せないくらい大事な話なの!?  大勢のクラスメイトからの視線に心音が増すばかりで、黙ったまま、何も答えられない。  ――そうだ、用事があるって言って、ここを乗り切ろう! うん、そうしよう!  と、口を開きかけたその時だった。 「……答えを待っている時間が惜しいんだ」 「え」 「ごめん」 「え、ちょ……ッ!?」  暁場くんは、あたしの手を取り、引っ張って走り出した。教室のざわめきが聞こえるが、あっという間に遠ざかっていく――って、足はっや!  彼は周囲の視線もざわめきも気にせず、そのまま廊下を抜け、階段を駆け上がり、屋上までやってきた。  肩で息をするあたしとは違い、暁場くんは顔色ひとつ変えない。  あたしは、息が整うのを待って、口を開いた。 「ねえ、どういうこと? 大事な話って何? それに、言葉を待っている時間が惜しいって、どういう意味? それから……どうして、あたしの名前、知ってたの?」     彼は、相変わらずクールな顔で、あたしをじっと見ていた。  でも、その深紅の瞳が放つ光が、なんだか以前より真剣で、それでいて鋭く感じる。  やがて、暁場くんは口を開いた。 「突然、ごめん。きっと困惑したと思う。でも、これはオレの仕事であって、あなたを守るためなんだ」 「え……っ?」 「桜庭朱里さん。オレは、あなたを保護するためにこの学校に来たんだ。あなたは、今危険な状況に置かれている。だから、オレと一緒に来てほしい」  ――保護?  さあっと、風があたしの頬を撫でた。その風がやけに冷たくて、まるであたしの不安を煽っているかのようで。  収まったばかりの心音が、またリズムを早め始めた。今額を伝ったのは、冷や汗だろうか。  彼の真剣な眼差しが、あたしの不安を加速させていく。  つい、無意識にごくりと息を呑んだ。 「それって、どういう……」 「おや、一歩遅かったら君に彼女を取られていたわけですか」  あたしの問いに、暁場くんからの答えは返ってこなかった。  代わりに、聞いたことのない男性の声が返ってくる。  あたしが驚くのよりも先に、暁場くんが目を見開いた。  彼は血相を変えて、あたしを背後に隠すようにして立つ。  それはさながら……恐ろしい怪物から、弱者を守るヒーローのよう。    しかしそこにいたのは、怪物でもなんでもない。一人の真っ白な男性だった。  髪色は透き通るような白髪。肌もあり得ないくらい色白で、服装も、頭からつま先まで全部白。  怪物ではないにしろ、彼が異様であることはわかる。きっと、誰が見たって異様だと思うはずだ。  学校の屋上に全く溶け込まない真っ白な男性は、目を細めて、穏やかに微笑んでいる。  怖いくらいに、穏やかな微笑だった。 「だ、誰?」 「……少なくとも、オレたちの味方ではない。そうだろ、解放軍」 「か、解放軍……?」  聴き慣れない言葉、どうも理解できない状況。  戸惑うばかりのあたしを見て、真っ白の男性はクスっと笑った。  そして、言う。 「その通り。私は反政府組織、通称『解放軍』の代表、統括者という者です」 「ッ!? 統括者……?」 「ええ。君の後ろにいるアンタイトル、桜庭朱里さんに用があって参りました」 「……え?」  鼓動が、大きくなる。痛いくらいに、どくどくと脈打つ。  凍り付くあたしを他所に、彼、統括者は、あたしに手を差し伸べてきた。 「桜庭朱里さん。君、タイトルが欲しい、と思ったことはないですか?」

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第1話

 桜の花弁が、心地よい風に運ばれ、空へと舞っている。  此処、御伽市に住む誰もが、春の訪れに歓喜していた。  あたし、桜庭朱里は、すっかり春めいた御伽の街並みを瞳に映し、ショートの金髪を風に靡かせる。  この日は、御伽第一アカデミーの始業式。今日からあたしは、高等部二年生だ。  見慣れた通学路が、いつもより真新しく映るのも、きっと気のせいではないはず。  ふと桜並木を見る。すると、同じく高等部二年生の女子二人が、桜をバックに写真を撮っていた。 「撮るよ~! はい、チーズッ」 「いえ~い!」    ――いいなぁ、友達。  楽しそうに笑う彼女たちを、つい羨望の眼差しで見てしまう。  一人が好きなわけではない。むしろ友達関係に憧れを持っている。  しかし、それでもあたしが友達を作ろうとしないのは、知られてはいけない秘密があるからだ。  それは、あたしが“選ばれなかった人間”であること。    この世界は、ありとあらゆる魔法で溢れている。  そんな魔法のことを人々は「タイトル」と呼ぶ。その個性を一言で表す、魔法の名前の総称から取ったものだ。  タイトルを持つ者が選ばれた人間であるとすると、あたしはその逆。選ばれなかった人間だ。  あたしのようにタイトルを持たない、選ばれなかった人間は、「アンタイトル」と呼ばれる。  では、なぜそれが秘密なのか。    ここ御伽市は、日本の魔法研究・人材育成を効率よく行うために、タイトルを持つ人々を集めた街。  つまり、あたしは本来ならばこの街にいてはいけない人間なんだ。  アンタイトルであることがもし明るみに出てしまえば、きっともう、この街にはいられない。  あたしには、この街にいなければいけない理由があった。  親しい人を持ってしまえば、絶対にボロが出る。嘘を吐くのが苦手なことは、とっくに自覚しているし。  だから、あたしは友達を作ろうとしない。  そうするしか、自分を守る手立てがないのだ。    桜並木を通り過ぎると、見慣れたアカデミーの門が、朱里を待ち構えていた。  ここから先は気が抜けない。  あたしは、セーラー服の下のペンダントに、そっと手を置いた。  これは大切な人がくれたもの。このペンダントに触れると、とても落ち着くんだ。  小さく深呼吸をして、気持ちを整える。  ――よし、行こう。  そう覚悟を決めた、そのときだった。 「ねえ、あの車、見てよ! あのマークって……」 「あ、ほんとだ。魔法庁のマークだね」  どくん、と心臓が跳ね上がる。  背後から聞こえてきた会話が気になったからに他ならない。慌てて周りを見ると、確かに黒塗りの車が一台停まっているのが見えた。その車体に入ったマークは――。  確かに、魔法庁のもの。御伽市を管理する、魔法の管理人の。  まずい。  非常にまずい。  もし、もし、あたしを探していたとしたら……!    あたしは、急いでその場から離れようと、走り出した。  しかし、慌てて走り出したせいで、足がもつれて前につんのめる。  ――しまった、このままじゃ、転ぶ……ッ! 「――タイトル発動、『赤い靴』!」    衝撃を覚悟し、瞳を閉じようとしたところで、聞こえてきた男性の声に、逆に目を見開いた。  アスファルトがどんどん目前に迫るが、途中で降下が止まる。  倒れかけたあたしの腕を、誰かが掴んだからだ。  驚いて後ろを振り返り、また更に驚く。  助けてくれたのが――、まるで『イケメン』という言葉は彼のためにあるのではないか、と思わせられるような、整った容姿の男子生徒だったからだ。  金髪に、赤いインナーカラーの入った、洒落た風貌の彼。炎のように赤い、切れ長の瞳を伏せるその表情から、クールな印象を受ける。  彼は、何食わぬ顔であたしを見て、そして尋ねた。 「大丈夫?」 「な、なんで……?」 「オレのタイトルは、脚力強化だから、すぐ反応できただけ」 「え? あ、そ、そっか……」  あたしの「なんで」は、「なんであなたみたいなイケメンがあたしを助けてくれたの」、だったのだけど……しかしそれを今言うのは野暮だろう。きっと彼は内面までイケメンなんだ。 「と、ともかく、助けてくれてありがとうございました!」 「うん。気を付けてね、桜庭さん」 「あ、はい。じゃ、あたしはこれで!」  手短にお礼を伝え、慌てて走り出す。すぐさまこの場から離れたかったからだ。  しかし彼、本当にイケメンだったな。男子の制服を着ていたってことは、同じ御伽第一アカデミー生ということだろう。この学校にあんなイケメンがいたなんて。    ――あれ、あたし……。いつ名乗ったっけ?    彼は、別れ際、確かに「桜庭さん」とあたしを呼んだ。  どうして、名前を知っていたのだろうか。      ***  その後、無事に始業式を終え、新しいクラス、二年A組へと移動する。  式の最中も、あのイケメン生徒のことが気がかりで集中はできなかったのだけど。  上の空のまま席に着くと、教壇から先生が「静かにしろー」と声を上げた。  教室が静かになったのを確認し、先生は話を始める。    「えー、俺が君たちの担任になった|百瀬《ももせ》だ。それから、新しく転入してきた生徒がいるので、紹介する。おーい、入ってきていいぞー」    すると、先生の合図に合わせて、教室のドアが再び開く。そして、主に女子からどよめきが上がる。  入ってきたのは、赤のインナーカラーが特徴的な金髪に赤い瞳の男子生徒……。  ――そう、彼だった。あの謎のイケメン生徒。  百瀬から渡されたチョークで、黒板に名前を書いていく。その間にも、教室中がざわざわと騒がしかった。  やがてこちらを振り向いた彼。黒板には、小さめの字でこう書かれていた。 『暁場レン』    彼は、ざわめく生徒たちを、あたしを、その紅い瞳に映しながら、無愛想な無表情のまま静かに口を開く。   「……暁場レンです。よろしくお願いします」  そして軽く頭を下げ、すぐに顔を上げる。  惜しみない大きな拍手が響く中、その紅い瞳があたしを捉えているように見えたのは……流石に、気のせい、だと思いたい。  

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プロローグ

 御伽のアンダーグラウンド”。    それは、この御伽市で、その存在がまことしやかに囁かれる組織の俗称である。  噂では、暴力を暴力で解決させているとか、危険な薬品を所有しているとか、凄腕のスパイまでいるとか……。  とにかく関わってはいけない存在らしい。  しかし、実際は少し異なる。  その噂を採点するのなら、半分正解、半分不正解。五十点といったところか。  確かに彼等は秘密結社だ。全てにおいて秘密裏に動く。数々の噂も、正直ほとんどが正解に近い。    では何が不正解なのか。  彼等は、誰もが想像するような「悪」ではない。  その逆なのだ。 「ほ、本当に実在するのですか? 御伽のアンダーグラウンドは、ただの都市伝説では?」  御伽の街を走る、一台の高級車。  その車内では、今まさに彼等の話が話題に上がっていた。  運転席の彼は、困惑しつつも興味津々といった声色で俺にそう尋ねた。しかし、俺からすれば周知の事実。後部座席の車窓から移り行く景色を見つつ、「ああ」と短く答える。  いや、その答えでは足りない。俺は、彼にくぎを刺すように「だが」と鋭く切り出した。   「彼等の存在は極秘事項だ。誰にも口外するな」    やがて、車は目的地付近に到着した。市内に建つ廃ビルの前で停車するよう、声を掛ける。  車の外へと降りた瞬間、びゅうと音を立て、ビル風が長い銀髪を煽る。まるで、これから起こるであろう嵐を予知するかのように。  俺は、運転席に座る彼――俺の秘書である男に一言「ご苦労」と声を掛ける。が、秘書は、進もうとした俺を引き留めた。 「氷剣《ひつるぎ》長官、やはり護衛を付けた方がいいのではないですか。このような場所です、どんな輩がいるとも限りませんし、」 「いい。君は先に戻っていてくれ。ではな」 「ち、長官!」  俺は、秘書の制止を聞かず、振り向くこともなくビルへと入っていった。  ここは、どんな場所よりも安全だろうから。    モザイクタイルの階段を地下二階まで降りると、重厚感のある扉が氷剣を出迎える。扉にはアイアンのドアプレートが掛けられていて、洒落た筆記体の文字が刻まれていた。  『true company《トゥルーカンパニー》』――この先で待つ組織の名称である。  俺は、ドアを押し、中へと入った。   「このっ、バカ姫~~ッ!」  ドアが開いた瞬間、よく知った大声が響く。一瞬目を見開いたが、すぐに笑みへと変わる。  そして、努めて柔らかい声色で、彼等に問いかけた。 「何事だ?」 「あっ、フユキッ! にゃんとかこのバカ姫に言ってやるにゃ! コイツ、オレをいじめるんだッ!」 「ちょっと! 長官を困らせないで頂戴!」  ああ、どこまでもいつも通りだ。俺は、どこか安心感を感じながら、不貞腐れた様子の青年の肩に手を置いた。  猫耳のついたニット帽と、目立つピンクの髪が特徴的。そんな、未だに不貞腐れた様子でいる青年の、金色の瞳を見ながら問いかける。   「また喧嘩をしたのか? マオ」  青年――猫《まお》は、むっとした顔のまま首を振る。 「違うにゃッ! ヒメコがイッポーテキにオレをいじめるだけにゃ、全部ヒメコが悪いにゃ!」 「ちょっと、猫! 違うわ長官、わたくしは自分の正しいと思うことをしただけで!」 「にゃんだと!? ただの自分勝手だろーが!」  思わず苦笑しながら、少女――白雪姫子《しらゆきひめこ》に声を掛ける。 「姫子。猫と仲良くやっているようだな。安心した」 「なッ……長官。失礼ながら、どこがどうして仲良く見えたのかしら」 「見たままの意見だ。それで? 今日はなぜ喧嘩を?」  今度は、示し合わせたように両者口を噤む。  その様子を呆れ顔で見ていたフードの少年が、その答えを暴露する。 「……ヒメさんが猫さんのデザートを食べたんです」 「あっコラ!」 「レンっ!」    同時に声を上げる姫子と猫。少年――暁場《あきば》レンは、ため息を吐いて俺を見る。  ね、くだらない喧嘩でしょ。  ……とでも言いたげな目だった。  更に苦笑する。  なおも言い合う姫子と猫を見ながら、ソファに座る。  するとタイミングよく長机にティーカップが置かれた。 「長官、お疲れ様です。今お茶菓子もお持ちしますねぇ」 「ああ。すまないな、レイジ」  お盆を手に微笑を浮かべる眼鏡の男性は、花迷澪士《かめいれいじ》。このトゥルーカンパニーの副所長でもある。  澪士は、笑顔のまま俺に問いかけた。 「今日も、彼等絡みの一件ですかぁ?」 「ああ。奴等、次々と手荒な手段を用いるようになってきたからな。お前たちの協力が欠かせん」 「ふふっ、そうですかぁ。腕が鳴りますねぇ」  澪士は穏やかに笑って、そしてやっぱり笑顔のまま、その目線をぎゃいぎゃいと騒いでいる姫子と猫に向けた。   「ほぉら、姫様、猫くんも、お仕事の時間ですよぉ」 「ちぇっ、めんどくさーい」 「こら猫くん。長官に向かってそんなこと言ったらだーめ。すみませんねぇ、お忙しいのに」 「ふっ、構わんよ。さて、姫子」  呼ばれた姫子は、咳払いをひとつ。  すると先刻までの仏頂面はどこへやら。上品に微笑み、俺に向かい、軽く頭を下げた。 「何なりと仰ってくださいませ。魔法庁長官、氷剣冬樹《ひつるぎふゆき》様」  深く頷き、俺は全員を見る。姫子の自信たっぷりな顔を。猫の興味津々な微笑を。澪士の穏やかな笑顔を。レンの真剣な眼差しを。  そして、口を開いた。 「今回のお前たちの仕事は――」

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スケッチブックへ逃げろ

逃げろ逃げろ逃げろ 現実が襲って来るぞ スケッチブックの中へ逃げ込め 此処は夢で満ち満ち満ちた クレヨンで描いたユートピア 此処にいれば魔法が使える 迫り来る大人を倒せ倒せ倒せ 一生幼稚な夢を見てやる 一生童心に浸ってやる 絶対絶対絶対に 大人になんてなるものか!

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プロトタイプ

親愛なるプロトタイプ まだ息を始めたばかり 欠片ぽっちの才を抱いて アン・ドゥ・トロワ アン・ドゥ・トロワ 親愛なるプロトタイプ 消しカスを纏って踊る 未熟な拙いステップで アン・ドゥ・トロワ アン・ドゥ・トロワ 親愛なるプロトタイプ 何度だってメタモルフォーゼ 僅かで確かな光を放ち アン・ドゥ・トロワ アン・ドゥ・トロワ

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プロトタイプ