たかし
53 件の小説たかし
本を読むのが好きで自分でも書いてみたら意外と面白いという事でやってます。 伊藤計測「虐殺器官」「ハーモニー」村上龍「コインロッカーベイビーズ」夏目漱石「夢十夜」安倍公房「砂の女」etcが好きなので、そんな雰囲気な物を書きたいです
用意はいいか?
人生で2度家出をした事がある。 「なんで制服で出てきちゃったの?」 地元にある大きな公園は美術大学の通学路になっていて 私は朝、高校をサボろうとしていたところで母と口論になり とりあえず制服に着替え家を出て公園のベンチで途方に暮れていた。 そこで通学中の美大生に話しかけた。 「さっき家出したんだけど、少しだけ付き合ってくれない?」すると彼女は制服の件を聞いてきたという訳だ。 「家出に向いている服装なんてわからないよオレには」 とかいうやりとりから始まり彼女が別段時間に追われてはいないということや広島から上京してきて一人暮らししているという事がわかった。 更に話しをいていくうちに美大では鉄を溶接したりしてアートを作ったりしていると教えてくれた。 大学に連れて行って、見せてよと彼女に言ってみたが さすがに制服姿の年下の男子高校生を連れて歩くのは無理だなと断られが彼女は何か閃いたように微笑むとナポリタンなら作れるよと言った。 鉄で?なわけないよね? 違うに決まってるでしょ、さっきウチで作りすぎて余ってるだけだよ 2度目の家出は妻と口論になり、出てけと言われたので スウェットとサンダルという格好だった。 その時ずっと思い出すことも無かった一度目の家出をふと思い出し、これからは家出や緊急時に備えてリュックか何かにちゃんと用意しなきゃと思った。 そしてトボトボと国道を歩きファミレスに入るとナポリタンを頼んだ。
正体不明
あの頃に戻れるなら、おまえを離さない 昨夜、寝る前に流れていた曲の歌詞が耳に残っていた。 窓際のカーテンを見ると裾の下からは朝の光が漏れ始めていた。 30代も後半になると男の朝は目が覚めるより先に下半身が告げているとは限らないのだ。 私はカーテンを開けるために起き上がろうとしたが、身動きが自由に出来なかった。 私の手はバンザイしたような形で手錠されているのだ。 ふと、まさか何か厄介な事に巻き込まれ捕らわれてしまったのだろうか?とも思ったが 横で寝ている妻に気づきそれは違う事が分かった。 しかし私には妻の様子がいつもと違うように感じられた。 まるで別人なのだ。 妻と結婚する前に付き合っていた女性だった。 さすがに結婚して十年になるのに妻を見間違えたりはしないはずだ。 最近、Netflixでブラックリストを見過ぎていたせいか私は目に見えるものが全て正しいとは限らないな、、と思った。 私は横で寝ている正体不明の女性に近づき、首筋の匂いを嗅いでみた。 やはりこの匂いは妻ではなく以前付き合っていた女性の匂いだった。 私は二つの可能性を考えてみた。 一つは妻が以前付き合っていた彼女と結託して仕組んだ罠ではないか? もう一つは現実ではないのではないか? 二つ目の可能性を確認するには携帯電話を見れば分かるのではないかと思ったが、手錠のせいで寝ている間に充電されている携帯電話まで辿り着けそうもなかった。 一つ目の可能性を確認するには正体不明の女性を起こす必要があるが何と名前を呼んでいいか分からなかった。 迂闊に名前を呼んで間違えてしまうと手錠されている私には危険が増してしまうからだ。 私は意を決してなんとか体を起こし、正体不明の女性にいたずらしてみようと思った。 例えば服を脱がすとかそんなことだ。 不自由な手と口を使い私は正体不明の女性の上半身を裸にする事に成功した。 私は不可解な状況にかかわらずも興奮してきている自分を止めることが出来なかった。 私はそれでも露わになった乳房に目の見えるものに騙されたりしないぞと思い、乳首に口を付けた。 その瞬間、正体不明の女性が目を覚まして 昨日の夜言ったでしょ、、今日は大人しく寝てよねって だからパパに手錠したんでしょ! 声も匂いも顔もおっぱいも以前付き合っていた彼女だった。 けど、パパ? 私は彼女と結婚して子供がいるのだろうか? ねぇ、とりあえず手錠外してよ 私が言うと彼女は 手錠には目もくれず、私のパジャマの下を脱がし おはよっ!と言ってキスをしながら私の固くなった物を握った。 彼女は私を十分に弄ぶと上に跨り、行為に集中するかのように目を閉じていた。 手錠を外してくれたのはお互いが汗やその他の分泌液を放出した後だった。 それから私は携帯電話を手にして画面を確認すると、Wi-Fiを通じて昨夜O.Sがアップロードされていた。 私は彼女の背中にキスするとシャワーに向かった。 あの頃に戻れるなら、おまえを離さない 私は自然と口ずさんでいた。 浴室の窓をふと見るとシャワーから出た湯気が、外に出て行こうとしている。 私の意識もどこかに消えようとしているのだ。 私はベッドで口にはチューブを繋ぎ、腕には点滴が刺してあり身体は自由に動きそうもなかった。 せめて目を開けて確かめたい、そう思ったが 声も聞こえず匂いも分からなかった。 ただ指先に触れている感覚があり、温かさがロウソクの明かりのように灯っていた。 そして、その触れている少し荒れた指はそれが妻の物である事が分かった。 私の頬には温かい水滴が落ちてきた。 誰のものであっても私はもういいと思った。 頬を濡らした水滴は胸の中まで染み込みように感じられたから。
無題
カフェで泣いていた君に声を掛けたあの日からどれくらいたっただろうか? 僕はサンタモニカに沈む夕陽を見ながら回想に耽っている。 僕達の最大の危機は一緒になって子供ができ、僕の仕事がNYに拠点を移す時で、僕がカフェでいつか家族ができたら、海の見える場所に住みたいと言ったことを忘れていたからだった。 君は生まれ育ったマルセイユも海が見える町だったから そんな素敵なことはないと言い それならサンタモニカに移り住みたいとその時言った。 NYから遠すぎるよ、、僕がそう言うと 君は約束が違うと怒った。 僕はそれは夢で約束じゃないよ、、と言っても君は譲らなかった。 君が正しかったと今は分かるが、その時はそこからお互いを罵り合うところまで発展して 君は最後に私は何処にも行かない、、と言った。 それから僕はNYに移り、君との手紙の往復が始まった。 お互いを失いたくない、そしてお互いがあなたしかいないという気持ちは同じだった。 それでもなぜか会うことが出来なかった。 僕がマルセイユを訪れ、君を連れ去ってしまえばよかったのかもしれない。 しかし実際に僕がマルセイユを訪れた時は 君の命の灯火は消える寸前で、最後に君が言葉したのは、ごめんなさいだった。 どうして君は一度もその言葉を手紙に書かなかったのだろう? どうして君は病気であることを手紙に書いてくれなかったんだろう? 君の最後の手紙には 娘を連れて海を散歩するのが私の夢 と書いてあった。 娘は夕陽を背にして愛犬と共に砂浜にしゃがんでいて 私の視線に気づくと愛犬と共にこちらに向けて走りだした。 どちらが私に先に着くか競走しているかのように。
愛しいと感じる時(続きです
芽生えた意識は誕生した生命のように日々成長していくようだった。 ユジンとすれ違うと彼女の匂いに意識が奪われ、仕草や表情に愛おしさを感じずにはいられなかった。 韓国に来て初出社の朝、私はスーツを着込み玄関に向かう途中でユジンに会った。 彼女は何気なく私に近寄り、ネクタイに触れると 曲がってるよ、お兄さん ちゃんとしないと笑われちゃうよ!と言って口元に少し意地悪な笑みを浮かべた。 私はまだ起きたばかりであろうのユジンの整えてない髪の毛に触れると ボサボサのユジンの髪よりオレはちゃんとしてるから大丈夫だよ!と言った。 するとユジンは 寝起きの私を見れるなんてお兄さんは幸せもんなんだからね!と言って私を玄関から送り出してくれた。 その日は新しい同僚達が歓迎会を開いてくれたので 私は少し酔い帰宅する頃には22時を過ぎていた。 そして自分達の部屋に入ろうと扉を開けるとユジンと息子が寄り添うように寝ていた。 ユジンが息子を寝かしつけながら自分も寝てしまったに違いなかった。 二人を起こさないように毛布をそっと掛けると息子が ママと寝言で呟き、ユジンにしがみついた。 息子は亡くなった妻との思い出を夢で見ているのだろうか それとも妻が息子が寂しくならないように夢の中に会いに来たのだろうか 私は躊躇いながらも布団に入り、ユジンにしがみつく息子を後ろから抱きしめ 息子の小さな背中で涙を流しながら 大丈夫と心の中で自分にそして息子に何度も言い聞かせた。
ジャージャー麺(続きです
仁川空港から祖母の家に着くと叔母はジャージャー麺を用意してくれていた。 年に一度は私も母に連れられ訪れると必ず叔母が振る舞う馴染みの味だった。 息子はジャージャー麺には目もくれず、祖母達が着くなりプレゼントしてくれたプラスチック製のB.M.Wを家中乗り回している。 叔母の一人娘であるユジンが息子を逮捕するぞーと言いながら追いかけていて、祖母はその光景を見ながら私にあなたの小さい頃にそっくりねと言った。 私自身も一人っ子だったので子供の頃ここに来ると、一つ年下であるユジンが兄妹ができたみたいに思えて嬉しく、家中はしゃぎ回っていたのを思い出していた。 息子はユジンに逮捕され、抱きかかえられて食卓に連行されてきた。 ユジンの膝の上が心地よいのか、観念したように細かく刻まれたジャージャー麺を食べ始めた。 私はユジンにありがとうと目で合図を送ると ユジンはお兄さんも今日からよろしくねと言って微笑んだ。 その表情は妹のものではなく、初めて私はユジンを女性として感じた瞬間だった。
母の故郷へ(続きです
妻が亡くなり一か月が過ぎ、私と息子の二人でどのように生きていくのか母に話し始めた。 私は韓国支社に転勤して祖母と母の妹とその娘がいる仁川の家にお世話なり息子と二人で暮らしていきたいと母に告げた。 しばらく母は私と息子の顔を交互に見つめると、涙を一筋流し、そして頷いた。 息子は母の涙を両眉を少し上げて覗き込むと不思議そうな表情をしていた。 その顔に浮かんだ表情は亡くなった妻が私の心中を推し量るときに浮かべる表情と同じだった。 私がおいでと両手を広げると息子は膝の上にちょこんと座り 母の涙を指差し、ばぁば、泣いてる、ばぁば、泣いてると繰り返し言ったので私は息子の脇腹をくすぐった。 ケラケラと笑い出した息子に泣いてばっかりじゃ楽しくないよなと言って私は微笑んだ。 私は息子と手を繋ぎ片手には折り畳んだベビーカーとキャリーケースを引きながら韓国の仁川空港に降り立った。 前方から名前を呼ばれた息子は祖母と母の妹の娘がいる方へ転びそうになりながら走りだした。 私はその背中を見ながら二人に手を振り応えた。 ふとその時、息子が「ママ」という言葉を最近発しなくなったなと思ったが、仁川空港は様々な人が行き交い、私のそんな思いも雑踏に掻き消されていくようだった。
別れ
専門学校を卒業して私はシステムエンジニアになり就職することになった。 そして勤めて2年になる頃、同じ会社の女性と結婚して子供を一人授かった。 息子は拙い足取りで歩き一生懸命、まだ覚えたての言葉を話し始めた頃、妻は交通事故で亡くなった。 22才の私に彼女が居なくなってしまった現実はあまりに辛く 会社に行く事ができなくなった。 私は会社を辞める事を伝えるため会社に赴くと同僚達の同情する言葉や態度が辛く、ここにはもう居られないと決意を固くさせた。 上司を尋ねその旨を話すと彼は今仕事を失えば君は後悔するような気がするなと言った。 韓国にウチの支社があるから行ってみたらどうか? 環境が変わるが君の不幸な出来事に必要以上に気を遣う人間はいないよと言った。 私は予想外の展開に戸惑ったが、しばらく時間をもらい考えることにした。 短い間ではあったが妻と息子と幸せに暮らしていたマンションには今は母が泊まり込みで来ている。 玄関を開けると息子がプラスチック製の車に乗り、私を出迎えた。 そのおもちゃの車は妻がフローリングが傷つくと買う事を私と言い争いになった事があるが、それが遥か昔の様に感じられた。 息子はそんな事は知る由もなく、私を笑顔で出迎えるとクルッとドリフトするように方向を転換させるとフローリングに爪で引っ掻いたような跡を残した。 私達は母が作った食事を囲み私は息子のまいかけに容赦なく落ちていくジャガイモを横目で見ながら母に話し始めた。
インスタライブ
携帯の目覚ましはスヌーズ機能をフルに活用して私を起こしてくれた。 布団を出ると台所には昨日の夕飯の後片付けをしている妻が携帯で辻希美さんのインスタライブを横目で見ていた。 妻は私に気づいて 「辻ちゃんはいいよなぁ、豪邸に住んで優しい旦那さんもいるし」 私は会話の後半部分は無視することにした。 「辻ちゃんみたいになりたいなら、辻ちゃんとおんなじ化粧品を使ってもなれないし、まず小学生に戻らなきゃいけないよ」 「なんでよ」 「辻ちゃんは12才で芸能界にデビューしてるんだよ 君は12才の時アイドルになりたいとか、成るために行動を起こしたりした?」 「してるわけないでしょ」 「だったら辻ちゃんにはなれないし、杉浦太陽くんとは出会わないんじゃない?」 「しかも12才でアイドルになるのを反対する人がいたらなれないし、中学生になって皆んなが友達と遊ぶ時間や勉強する時間を犠牲にしなきゃいけなかったんだよ」 ……。 妻は食器を片付け終わると私に振り返り そしてため息をついた。 「朝から私をイライラさせないで 早く仕事いけよ」 私は妻から目を逸らすと支度を始めた。 もしかしたら辻夫妻もカメラに映ってない時は我が家とおなじ様な光景が繰り広げられているんじゃないかと思いながら。
彼女のスタイル
彼女は全身、髪の毛から靴に至るまで真っ黒な装いを好んでおり唇だけが赤かった。 そして、首筋を除けば肌の露出を極力避けているようであり、前髪はパッツンと瞼のすぐ上で揃えられている。 僕には彼女が内側に秘めている情熱や欲望が表に現れないように、そうしているのかもしれないと思った。 「ねぇ、前髪かきあげてくれない?」 「なんで?」 「小百合の眉毛見たいから」 「見ても仕方ないでしょ」 彼女は僕には内側どころか眉毛も見せてくれない。 彼女は左手の手首に銀のスタッズのリストバンドをしている。 ただ彼女の黒い洋服の袖でリストバンドがそもそもよく見えない。 「小百合が手首にしてる銀のスタッズのベルトどこのやつなの?」 「666のやつ」 「オレも欲しいな」 彼女は微笑んで洋服の袖を少し捲ると手首にはリストバンドとその下に青い薔薇の刺青が見えた。 「リストバンドならお揃いでもいいよ」 「その前にさ、オレと友達になってくれない?」 「お客さんで小百合って呼び捨てにするの変だもんね」 彼女はそう言うと同意の印としてうなづいた。 僕はとあるモード系のショップの店員さんと友達になった。 青い薔薇には花言葉がある 「奇跡」「夢が叶う」 彼女には叶えたい夢があるのかもしれない。 僕には少しだけ彼女の内側が見えた気がした。
プレゼント
一年に何度か以前付き合っていた彼女が夢に出てくる。 付き合っていた頃には一度も夢に出てきた事はないが不思議なものだ。 明日から新しい事を始めてみよう、そんな事を思ってみても大概何を始めていいか分からない。 残された時間がもし限られているなら 過去にやり残した事をやってみるのもいいかもしれない。 彼女の夢に私が出てくる事があるだろうか? 確認してみたい。 彼女のLINEは妻に葬られてしまったためないが 携帯の連絡先にはまだあるはずだ。 しかし、探してみると見当たらない。 ふと思い立ち、妻が風呂に入っている隙に私は妻の携帯の連絡先を開いてみた。 やはりそこには以前の彼女の番号があったが、私はそこで選択を迫られた。 妻は私の携帯を勝手に開き、あろうことか情報を盗んでいるのだ。 しかし、盗まれた情報を再び私が手に入れて以前付き合っていた彼女に連絡を取って妻にバレたら… 彼女の夢に私が出てきていようがいまいが、それを知ったところで望むような結果とは違うような気がした。 私は浴室にいる妻に声をかけた。 「ねぇ、今どこ洗ってるの?」 「髪洗ったから、これから身体洗う ん?一緒にお風呂入りたいの?」 私は否定すると妻が出てくるまでまだ時間はあるなと思った。 行動によって償わなきゃいけないなら軽いほうがいいと私は思い 妻の携帯の横にあった財布を開き千円札を一枚抜いた。 やり残した事をやってみるより 私は新しい事を始めてみる事にしたのだ。 時折、妻の財布から税金を取るようにお金を抜いて そのお金を貯めて妻にプレゼントをしようと思う。 そう思うと罪悪感はプレゼントを喜ぶ妻の笑顔でかき消されていった。