紫水

20 件の小説
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紫水

大体3000文字前後の短編読み切りがメインです。 皆様の5分程を埋めるお手伝いができれば幸いです。

 おともだち

 「ぱぱにはおともだちはいるの?」  幼い我が子が聞いてきた。  まあ、確かに俺は交友関係が広い方ではない。  毎日決まった時間の決まった電車で同じ会社に行き、毎月同じ仕事をこなして、毎日ほぼ同じ時間に帰る。  特に飲み会が好きなわけでもなく、SNS上での気軽なやり取りはあるが、友人と呼んでいた人達には現実では何年も会ってはいない。  「そうだね、友達はいるけど何年も会えていないね。」  「あえないの?」  「みんな忙しいからね。遠くにいたり、お仕事が忙しかったりね。」  へんなの、とでも言いたそうなよくわかってない顔で我が子は俺の顔を見ている。  「じゃあ、あえるおともだちはいる?」  ちくり、と悪気のない質問が心を刺す。  「そうだね、もう会えない友達もいるね。」  「あえないの?」  「うん、会いたくても会えない、お友達はいるね。」  「ふうん…」  自分が大人と呼ばれるものになってからそれなりの年数もたち、友人たちも各々の生活に追われ、そのうち本当に音信不通になってしまったもの、短い訃報と共に本当の意味で会えなくなってしまった友人もいる。  これから、さらにそんな風な別れも増えてくるのだろう。その中には俺自身も含まれているかもしれない。  我が子は父のそんな想いを馳せるに至った質問をしたのも忘れ、もう別のことに興味は移っていた。  俺はそんな子供の奔放さに苦笑しながら、手元のスマートフォンを操作してアドレス帳からコールする。    「よう、久しぶり。元気してるか?」  …数年来に聞いた友人の声は、急な電話に戸惑いながらも、笑いながら少しだけ、今はもう会えない友人の思い出話をした…  あの日の、なんでもない日の話を…

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 おともだち

僕のリアルはオンラインだから

 「よし!もう少しだ。アクア、畳みかけるぞ!」  「了解、フラム。バフ盛るよ!」  俺は次々と足元に展開される攻撃予兆を回避しながら巨大な双頭の蛇に斬りかかる。  後方では相方のヒーラーが俺に複数の強化魔法を飛ばしてくれている。  「いいいいっけえええええええ!!!」  とっておきの温存しておいた高火力の攻撃スキルをとどめに叩き込む。    QUEST CLEAR  「やったー!」  「おつかれー!」  俺たちは拳を合わせるエモートで互いの健闘を称えあった。  「ようやくクリアーできたね。イベントボスのわりに強かったねー。」  「一応メインシナリオクリアが挑戦条件だったしなー。」  男剣士の俺はフラム。女ヒーラーの相方がアクア。俺たちはオンラインRPGのFast Fantasyで仲良くなりコンビを組んでいる。  アクアはいかにも純ヒーラーといった風な白ローブのアバターで「疲れたー」と言いながらお茶を飲んでいる。いや、お茶を飲むというエモートなので実際に飲んでいるわけじゃないが。  「なあ、アクア。この前の話だけど。」  「んー、オフ会のこと?私は行かないよー。」  「なんでだよー。場所的には行ける範囲みたいなこと言ってたじゃん。」  「私のリアルはオンラインだもーん。フラム達だけで行けばいいじゃない。」  アクアはオフ会の話が出るといくら誘っても断ってくる。  無理矢理来いとは言えないけれど、俺達もコンビ組んで長いしリアルでも仲良くなれるならと思って毎回誘ってはその度に断られている。  「なーに?フラムは私とそんなにリアルで会いたいの?」  「べ、別に下心があるとかじゃねーし。」  「下心とかwネトゲのキャラの容姿や性別を信用しちゃだめだよー。なんなら性格だってオンとオフだと別人とかザラなんだから」  確かに、ネトゲでの容姿や性別は本当にあてにならない。  子供みたいなアバター使ってる人がリアルだとガチムチの大柄マッチョだったり、ゲーム内で女キャラにナンパを繰り返してた優男がリアルだと真面目そうな主婦、この前なんてかわいい容姿と守ってあげたい言動でモテモテで数々に高級アイテムを貢がせてた他所ギルドの姫がネカマ発覚してギルド崩壊していた。  「別に俺はアクアが実は男だとかでもかまわないんだよ。」  「え、そっち系?」  「だから違うって!ゲーム内でこんだけやり取りしてたら少なくともアクアが悪いやつじゃないくらいはわかるよ。ならリアルでも仲良くなれるならそれもいいんじゃないかなって」  「ふーん…」  アクアはいつの間にか出していた猫型ペットNPCに餌をあげたり撫でたりしていた。  ちょっとがっつきすぎたかな…  嘘は言っていない。仮にアクアがリアルでは男でもいい友達になれると思う。知り合って数日ならともかく割と長い間相方としてゲームとはいえ過ごしてきたのだから少なくとも貢がせようとか騙してからかおうなんて人間ではないことくらいはわかる。  …そりゃ、もし女の子だったならって気持ちも少なからずあるけれど…  「それなら会ってみる?」  「うん…うん?え!?」  「テンパりすぎww今度港のほうで花火大会あるでしょ。」  「あぁ、毎年やってるよね。あれに行く?」  「私人混み苦手だから、私の部屋においでよ。うちのベランダから見えるし。」  何度誘ってもオフ会に来なかった相方。  そんなこんなで、まさかのリアルで会うことに。それも相方の部屋に。  あまりの急展開に俺は実は夢でも見てるんじゃないかとモニタ前でほっぺをつねっていた。  #####################  「ここ、だよな…?」  俺はアクアから聞いた住所のメモを頼りにタワーマンションの前に来ていた。  港でやる花火とはいえ部屋から見えるというので海沿いかと思っていたらまさかの高級タワマン。そりゃこの高さなら花火も見えるだろうけど…  玄関ロビーに入り、呼び出しコンソールに聞いていた部屋番号を入力してチャイムを鳴らす。  少しの間をおいて「どうぞー。」とマイクから流れてオートロックのドアが開いた。  …男の声だったな…  若干落胆したのをごまかすように俺は中に入りエレベータに乗って部屋に向かった。  「いらっしゃい。フラム、だよね?」  玄関ドアを開けて出てきたのは背の高い痩せた優しそうな男性だった。  「はじめまして、フラムです」  「はは、正直男だと分かった瞬間帰るんじゃないかと思っていたのだけれどね。いらっしゃい、アクアです。」  「ネットゲームで知り合った以上こういうことは覚悟済みです。」  「結構。どうぞ、入って。」  部屋に入ると思っていたより簡素な内装でテーブルの上には出前で頼んだのかオードブルセットやお菓子が並んでいた。  「適当にくつろいでー。そこにあるものなら何でも食べていいよ。」  「ありがとうございます。」  「多分僕のほうが年上だろうけど、敬語とか気にしないでいいよ。むしろあれだけゲーム内で仲良くしてた相手に敬語で話されるとちょっと寂しくなるな。」  「わかったよ。今日は誘ってくれてありがとう。」  「まぁ、会わないほうがフラムは夢を見ていられたかもしれないけどね。」  「意地悪だなぁ。でも、どうしてあれだけオフ会断り続けて会ってくれる気に?」  「まぁ、それについては…隠し続けるのも面倒だし、直接会ったほうが早いと思ってね。」  アクアを名乗る男性は俺の正面のソファに座ってテーブルの上のお菓子を一つつまんで口に運んだ。  「僕はね、昔から体が弱くてね。今ではなんとか日常生活を過ごせるくらいにはなったけれど、昔は家より病院で過ごしているほうが長い年があるくらいだったんだ。」  「…」  「当然旅行とかも行けなかったし、仮に行けたとしても体力がついていかずに景色とかを楽しむ余裕もなかった。そんな中、ネットゲームに出会ったんだよ。」  「Fast Fantasyですか?」  「いんや、もっと昔の別のゲームさ。Fast Fantasyほどグラも良くないしシステム面もチープだったけどね。でも、僕にとっては世界が広がった瞬間だった。」  アクアは懐かしむように目を細めて話している。  「いくら走っても疲れない。ゲームの中では僕は自由だった。崖の上から飛び降りてみたり、高いところにによじ登ってみたり、海辺でただ夕日を眺めてみたりね。現実では叶わなかったことが全部ゲームではできたんだ。」  アクアは饒舌に語る。  「何年かして、そのゲームもサービス終了してね。次にであったのがFast Fantasyさ。グラフィックは格段に綺麗になって、僕の世界は一層解像度を増した。そうしているうちにフラムと知り合ったのさ。」  「リアルでは実は会いたくなかった?」  「僕にとっては現実の世界のほうが不自由なのさ。フラム達みたいな健康な体もないし、現実の世界の娯楽は僕の身体じゃついていけない。十中八九、会えば期待外れを感じさせてゲーム内でも離れて行っちゃうからね。」  「俺はそんな…」  「今までがそうだったからね。」  俺なんかより前からネットゲームの世界にいたんだ。多分そのころからオフ会に誘われ、参加したこともあるのだろう。  そして、そのあとにあまりいい結果が残らなかった。  「僕にとってはゲームの中が君たちで言うリアルなんだよ。時代が進んで、もしFast Fantasyが終われば僕は次の新しい世界へ行く。そうして、最期には出来ればVRで綺麗な景色に囲まれて逝きたい。それが夢さ。」  そしてアクアは小さな声で「僕のリアルはオンラインだから」と呟いた。  その呟きをかき消すかのように、部屋の外から見える暗い空に大輪の華が咲いた。  花火の破裂音がドンドンと。  夜空に光の粒を弾けさせ、散り降るように。  「ゲーム内の花火も綺麗だけど、迫力はまだこっちの現実のほうが上だね。」  「だね。」  「毎年、ゲームの音が聞こえなくなるから邪魔だとしか思ってなかったけれど、今年は君と見れたから悪くないね。」   ######################  「それじゃ、帰るよ。」  俺は花火が終わった後、他愛のない話をアクアとして遅くなる前に帰ることにした。  「うん、さよなら。」  アクアは少し寂しそうに笑っている。  「アクア、まさかこれで俺がゲーム内で疎遠になるとか考えてないだろうな?」  「うん、実は思ってる。」  「俺を見くびるなよ。別にアクアが女キャラだったから仲良くしてたわけじゃないんだ。またログインしたらいつも通り遊びに行こうぜ。」  アクアは少し驚いた顔をして、今度は本当にうれしそうに笑った。  「うん、じゃあまた後で。」  「あっちのリアルで会おうぜ。」  それからも俺たちのコンビは続いている。  リアルで会うことはあれからもうないけれど、代わりにゲーム内で戦闘以外にもいろいろな場所に行くようになった。  街の喧騒に耳を澄ませながらほかのプレイヤーの生活を眺めた。  海辺から沈む夕陽を眺めた。  ただ広いだけで特に何もない平原を二人で走り回った。  夜空に広がる満天の星空を眺めた。  いつかはサービス終了という世界の終わりを迎えるだろう。  俺の生活環境が変わり、疎遠になっていくこともあるかもしれない。  でも、きっとアクアはまた違う世界で過ごしていくだろう。  その時に俺がもしいなかったとしても。  俺と過ごし、見た景色が思い出の一つとなるように。  アクアのリアル=オンライン=を過ごしていく。  END

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釣り人が竿を出しながら思うこと

 晴天  猛暑というほどでもないが、日差しには確かな夏の気配を漂わせる初夏の頃。  穏やかな波を前にしてそれぞれ思い思いに竿を出す釣り人達に混ざるように、自分も自分の竿を出す。  風もなく、天候も晴れ。まさに釣り日和ではある。  まぁ、釣り日和であることと、実際に魚が釣れるかどうかは全くの別問題なのだが…    「釣れないなぁ…」  ピクリともしない竿先を眺めながら俺はひとりごちる。  仕事の繁忙期、感染症の流行、休日の天候に恵まれない、家族サービスえとせとらえとせとら  なんだかんだで半年以上ぶりの釣行である。  朝4時起き、始発電車にロッドケースとクーラーボックス抱えて乗り込み、6時開園の海釣り公園に来たのだ。  ちなみに開園直後、自転車と釣り道具だけ置いて開園しても戻ってこない持ち主にしびれを切らし先に入園しようとすると後から追いかけてきた老人に割込みだなんだとケチ付けられたりもしたが、まぁ思い出しても腹が立つだけなのであえて思い出すまい。  初夏にもなると、朝5時ころには既に空は明るく、6時にはもはや早朝ではなく日中と言いたくなる明るさだ。  これが冬場だったなら、開園直後は手元をライトで照らさないといけないくらいの暗さなのだから、季節の移り変わりというのは想像以上に変化が激しい。  釣れる魚も季節によって移り変わっていく。  年中釣れるガシラ(カサゴ)やベラなどもいるが、回遊するアジやイワシ、カワハギ、グレ、メバルなど季節で釣れる魚が釣れだすことでも釣り人は季節を感じることが多いのではないかと思う。  まぁ  釣れていないのだが!    「餌を青虫にかえて投げてみるか…」  時刻はすでに8時半。かれこれ釣り開始から2時間半の竿先の無反応っぽりに若干心が萎えている。  半年ぶりとはいえ、自然や魚には忖度してくれる義理はない。むしろ魚からすれば命がけなのだからなおのことだ(そんなことを考えているかどうかすら知らないが)  竿を立てて仕掛けを回収し、ちょい投げ仕掛けに付け替えて針に青虫をつけて少し離れた海面に放り投げる。  釣れないことには多少萎えてはいるが、気分的には悪くない。  日差しを浴び、波の音を感じ、他人に干渉されず、ただただ竿先のことだけを気に掛ける。  むしろ無心、といえば格好よく聞こえるのだが、実際は釣り方を変えてみようとかタナをかえてみようかなどと色々なことを考えている。  でも、釣りをしているときは世の中の難しいことから自分を切り離せる気がするのだ。  案外、こういう釣り人は多いのではないだろうか。    ク、ク、クン…  竿先に明らかに不自然な反応が出る。  ようやく来た念願のアタリにはやる気持ちを抑えながら少しだけ竿を引いて反応を見る。  移動した餌を追いかけるかのように竿先の反応が感じられる。  クンッ  「よしっ!」  先ほどからの探るような反応から明らかに食いつく反応に竿を立てて針をフッキングさせる。  ビビビビッ  竿先が震えながら引っ張られる感触。  うまく針がかかったようだ。  根に入られないように竿を立て、リールを巻いていく。  半年以上ぶりの魚の手ごたえに自分の身体が喜んでいる。  手ごたえ的に小物ではあるだろうけれど、竿先には確かに命の感触がある。  リールをただただ巻いていく。  海面に見える魚影。  小物なのでタモは使わず一気に海中から魚をぶっこぬく。    びちっ、びちちっ  針の先には15,6㎝程度のガシラがついていた。    「来てくれてりがとな。」  ガシラの大きな口にかかった針を外し、ガシラをバケツに放り込む。  「さて、変えた仕掛けが当たりみたいだな。」  新しい餌に付け替えて、俺はまた竿を振り仕掛けを海面に投げる。  釣れなくても気分的には悪くない、とは思うが  やはりどうせなら釣れてくれたほうが  うれしいものなのだ。  END

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夢の話

子供の頃に見ていた夢を覚えているだろうか。 いや、何かになりたいとかそういうものじゃなく寝ている時の夢さ。 不思議と何度か同じ場所に訪れる夢、空の雲が落下物のように落ちて街が大変なことになる夢。 夢の中でしか会えなかった不思議な友人もいた気がする。 大人になるごとに夢の中にまで理性や常識が介入してきてそこまで変わった夢を見ることも無くなってしまった。 子供の頃の夢は常識や理性に止められない、自由に拡がっていた気がする。 俺は今、その子供の頃の自由な夢を見たいのだ。

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【プロセカ二次創作】これから始まっていくセカイ【ワンダショ男女CP】

「わんだほーい!今日もみんなお疲れ様ー!また明日ねぇ!」  今日の公演スケジュールを終えて、えむが団員一人一人にねぎらいの言葉をかけまわっている。  当初はオレ、えむ、類、寧々、そしてネネロボだけだった団員も各地でのワンダーランズ×ショウタイムの公演の成功と実績が認められ新規団員も増えた。オレ達が集まった頃は存続の危機でさえあったワンダーランズ×ショウタイムも今ではフェニックスワンダーランドの一大コンテンツとなっている。  だが、当時のメンバーはオレとえむ、そしてネネロボしかいない。  類は新たな演出のための勉強と機材をより派手にかつ安全に運用するための勉強と資格を得るためにその道へと進むため。  寧々は声楽の道へ本格的に進むため。  それぞれの道へと歩みだしていった。  無論、チャットや画面通話ではしばしばやり取りしているが、あの高校生の頃の全員揃ったショーは長らく出来ないでいる。  さみしくないと言えば噓にはなるが、各々の進むべき道を歩みだしているのをさみしさだけで止められるほど、もうオレ達も子供ではいられなくなったのだ。 「司くん司くん!今日もあそこに行くよね!?」  えむがショーの衣装から着替えもせず俺のところに来る。 「あぁ、オレはちょっと更衣室に用があるのでな。先に行ってまっててくれ。」 「はーい!じゃあ観覧車乗り場で待ってるねー!」  えむはそう言うと自分の庭のようなフェニックスワンダーランドの園内を走っていった。 「…さて、オレ様よ落ち着け。大丈夫だ…」  更衣室のロッカーから取り出した小箱を手に取り、オレはえむの待つ観覧車乗り場へ向かうのだった。 ************** 「司くん、こっちこっちー!」 「またせたな、えむ!それでは今日も行くか!」  ここ数年、ショーの日々の公演が終わった後にオレとえむはフェニックスワンダーランドのアトラクションに乗るのが日課になっていた。厳密には、オレとえむが付き合いだしてから、だが。  学生の頃からお互いの悩みや葛藤を共に乗り越え、高校卒業後にお互いフェニックスワンダーランドのキャストとして正式採用。日々のショーを共に演じ、もともと距離感の近かったえむと恋人関係になることはそう時間はかからなかった。えむの兄である慶介さんと姉のひなたさんはショーに差支えが出なければ問題ないだろう、と言ってくれたが晶介さんからは複雑な表情をされたが。  毎日がショーの公演、もしくは出張公演などでなかなか自分達の時間が取れない中、公演後のアトラクションに二人で乗ることがちょっとしたデートのようなものになっていた。えむはショーの衣装のまま乗るのが好きだったのでよく目立ち、もう自然と関係者及び常連の客にまで公然の仲となってしまっている。  えむは数あるアトラクションの中でも観覧車を特に好んだ。  夕方から暗くなっていく中、ライトアップされるフェニックスワンダーランドがキラキラと光りだしていく、そんな光景を見るのが好きなのだと。  だが、最近はその景色を見る瞳の奥に隠し切れないさみしさがあるのをオレは知っている。    観覧車がゆっくりと、ゆっくりと地上から離れていく。  観覧車の窓から外を眺めてみれば遊び疲れた子供を抱っこして歩く親子、頭に電飾のついたヘアバンドをつけて楽しげに語り歩く学生たち、寄り添うように歩く恋人たちが思い思いに園内を歩いている姿が小さく見える。  えむはその姿を嬉しそうに、慈しみ、そして少しさみしそうに眺めている。 「ねぇ、司くん。」 「なんだ、えむ。」 「あたしね、今とっても幸せだよ。」 「そうか、それはなによりだ。」 「寧々ちゃんや類くんがいないのはちょっぴりさみしいけど、みんな頑張ってるんだもん。あたしも司くんや新しいみんなとショーが毎日できるのとっても楽しいの!でもね」  えむは窓の外、遠くの空を見つめながら言葉を続ける。 「きっとここはユメの中なんじゃないかって。あたしの奏でたい音で跳ねるように、聴きたい音が響くように、覚める暇も無く、長いユメを見てるんじゃないかって。」 「…」 「でも、ユメはやっぱりいつかは覚めちゃうんだ。気が付けば寧々ちゃんが居なくなって、類くんもいなくなって、新しい子たちもみんないい人たちだらけだけど、変わらずにいることなんてできないって。」 「そうだな、オレ達はいつまでも学生のままではいられなかった。全力でオレ達が走り続けるだけじゃなく、気が付けば後進を育てる立場にもなっていた。そして、オレはえむ、オレをいつも振り回すお前のことを気が付けば愛おしく思っていた。これだって変わらずにはいられなかった結果の一つだ。」  オレは衣装の中に隠し持った小箱を握りしめる。 「オレは、お前を…」 ~~~~♪~~~~~  外から懐かしい歌声が微かに響いてくる。  「…寧々…?」  思わずえむとオレは観覧車の窓から地上を見る。  すると地上から小さな光の玉が上がってきてオレたちの乗っている観覧車の横で小さくはじけ花火となった。  次々と  だんだん大きくなっていく歌声に乗せて、小さな花火がきらきらと観覧車の外を彩っていく。   「類くん、寧々ちゃん…?」 「あいつら…」  えむは驚きながらも嬉しそうに外を見ている。  「なぁ、えむ。確かにいつまでも楽しいことばかり続くわけでもないし、出逢いもあれば別れもあるかもしれない。だが!」  オレは衣装に隠し持っていた小箱をえむの目の前に差し出す。  「オレは!オレ様はお前の側にいる!オレがこれから創る、まだ始まってすらいない俺のこれからのセカイに、一緒に歩んでくれないか!!」  「司くん…」  えむが小箱を手に取り開く。  そこには銀色のリングに淡いグリーンの宝石があしらわれた指輪。   ”オメデトウ!司クン、えむチャン!” 「ミクちゃん…?」  確かに、ミクの声が聞こえた気がした。 「綺麗…ミクちゃんの髪の色みたい…」  えむは愛おしそうにその指輪の小箱を抱きしめる。 「司くん、これからも、よろしくねっ!」 「あぁ!こちらこそ!」  ひときわ大きな緑、黄色、青、紫、赤の花火がゴンドラの外を彩っていた **************** 「うまくいったかしらね、司のやつ。」 「おや、寧々はだめになる可能性があると思ってるのかい?」 「まぁ、大丈夫なんじゃない。あの二人なら。」 「そうだね、僕もそう思うよ。」 「ところで、さっきから打ち上げてる花火ってこんな近くで上げて大丈夫なやつなの?」 「通常の火薬花火と違って色々安全性を高めた特製さ。こういったサプライズに用意できつつ、安全を確保。これからの企画やショーに使えるだろう?」 「相変わらず発明と演出ごとになると凄いね…」  もうすぐ司とえむが降りてくるだろう。  おそらくプロポーズが成功した状態で。  友人として、こういう時にどういう表情で迎えればいいんだろうか。 「そういえば寧々、しばらく休みは取れたのかい?」 「ツアーも一区切りついたからちょっとの間はフリーだよ。どうして?」 「うん、僕達のことも、そろそろ司君たちや僕たちの両親に報告しないかな、と思ってね。」 「…考えとく…」 「フフッ、早めの回答を期待しているよ。」 「…バカ…」 「寧々ちゃーん!類くーん!」 「こら貴様らー!来るなら来ると先に報せないかー!」  観覧車から二人が降りてきた。  さて、今夜は久々ににぎやかな夜になりそうだな…  わたしは自分の問題をとりあえず棚上げにして、友人たちとの久々の再会を楽しむことにした。 END

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現状維持のホワイトデー

注意:バレンタインの返礼品に込められた意味には諸説あります。 現状維持  おおよそ、この言葉はあまり好意的な意味では使われない。  悪化こそはしていないものの、良くなっているわけではない為だろう。  でも、俺は現状維持をいつだって望んでいる。  それは決してネガティブな意味ではなく  これ以上なく幸せだということを  この幸せが続いていてほしいと  そう願いながら  俺は今年もチョコレートを君たちに贈る。  「うーん」  「来るなり難しい顔をしているね。何かあったのかい?」  センセイが私の様子を見て聞いてくる。  別に心配だから、というわけもなく目の前で露骨に難しい顔をしていれば多少なりとも親交があれば同じ反応をするだろう。  「今日ってホワイトデーじゃないですか。」  「そうだね。」  「今日、父さんからバレンタインのお返しにチョコレートをもらったんですよ。」  「それはそれは、良かったじゃないか。」  「そこなんですよ。」  「何か不満なのかい?」  センセイは応えながら珈琲を口に含んだ。  「きっちり返礼品を渡してくる良い父親じゃないか。」  「ホワイトデーのお礼に渡すお菓子ってお菓子の種類によって意味があるんですよ。」  「おや、そうなのかい?」  「まぁ、私もインターネットで調べたくらいなんですけど、チョコってあんまり良い意味のが出てこなくって…」  ホワイトデーの返礼にチョコレートの意味、諸説はあれど    『特別な意味を持たない』    『現状維持』  ここはド田舎にある喫茶店。  センセイはこの喫茶店の2階に住んでいる人だ。でも、店主や店員というわけでもなく、たまに降りてきては珈琲を飲んでいる。ちなみに料金も払っているらしい。  いつ来てもセンセイは居るけれど、無職というわけではないらしい。時折町から人が来ては、その人に原稿を渡している。  私がセンセイと呼んでいるのもそう呼ばれているのを聞いたためだ。  私はこのド田舎の高校に通う学生だ。  学校での課題の調べ物をする際に学校の先生から紹介された事が縁でたまにこうやって雑談の相手をしている。  仮にも異性の成人を教師が紹介するのはどうなのだろう、と思ったがその教師とは既知の仲らしく、どうやらうちの両親も信用しているようだ。実際変なこと(?)には一切なっていないしなるつもりもない。  センセイは(どんなものを書いているのかは知らないが)書き物をしているというだけあり、色々なことを知っている。喫茶店の2階にはいろんなジャンルの本があり、持っているタブレットにも多彩な電子書籍を所有している。さすがにタブレットを持ち帰らせてはくれないがここで雑談しながら閲覧するぶんには許可を得ている。  「毎年父さんからのお返しはチョコレートなんですよ。」  「まぁ、男性はそういった事に疎い場合もあるしね。」  「でも、うちの父さんって変に花言葉や縁起とか気にするところあるから、これくらい知ってそうだなぁって。それに毎年だし。」  それに、昔母さんに聞いたことがある。  「結婚前にはキャンディーやマカロンとかインターネットでも好意的な意味のものを貰ってたみたいなんですよ。」  「それが最近は毎年チョコレートで、インターネットでは良い意味がないものをわざわざ選んでる意味はなんなのか、ってことかな。」  「そういうことです。結婚前の話からみても、やっぱり意味が分かってるとしか思えなくてですね。」  「ちなみにキャンディーやマカロンの意味はなんだい?」  「えっと、キャンディーが『あなたが好きです』で味によっても意味があるみたいです。マカロンは『特別な人』だったかな。」  「で、チョコレートは『現状維持』と。」  「なんか、インターネットだと特に何も思っていない相手に対する返礼みたいな記事が多くて。」  センセイはそこまで聞くと、珈琲をまた口に含み、少し目を細めて窓の外に目を向けた。  「君は現状維持は悪いことだと思うかい?」  「んー、あまり良い意味では使われないですよね。良くならないとか良くしようとしないとか。」  「一般的にはそうなるね。でも、現状維持っていうのは歳を重ねるごとに難しくなってくるのさ。」  「そうなんですか?維持するだけなのに?」  「基本的に何でもできるようになっていくことが多い君たちには実感が湧かないかもしれないけれど、歳をとるとね身体も衰えるし感情ですら昔のように激しく動くこともなくなってくる。昔は仲が良かったのに冷めていってしまう夫婦だって少なくはない。」  センセイは少し寂しげに続ける。  「そういった中で現状を維持し続けるってのは多分、君が思っている以上に難しいことなんだ。」  「父さんも、そこまで含めての現状維持だと?」  「君の父親に関しては、また少し違う気がするけどね。」  そこでセンセイはお茶請けにあった小皿に盛られたクッキーを皿ごと私の方に渡してきた。  「私が手慰みに焼いたものだよ。よければどうぞ。お代はいらないから安心していいよ。」  「あ、どうも…」  特に派手さのないクッキーが小皿に盛られている。  その一枚を手に取り、口に運ぶ。  さくり、と軽い音を立てて口の中に甘みが広がる。  見た目通り、派手さはないけれど優しい味。  「おいしい、です。」  「それはよかった。」  「あの」  「ん?」  「私の父さんの場合、少し違うってどういうことですか?」  「あぁ、君の父親、というかご両親はこの辺ではずいぶん仲睦まじいことで有名でね。結婚した頃も今が一番幸せだと、文字通り今死んでも悔いはないと言っていたほどでね。」  仲良いとは思っていたけど、そんなになのか…  「そんな中、子供にも恵まれ彼にとってさらに上の幸せを手にしたわけだ。まさに上限突破だね。」  私は両親のそんな話を聞いて少し気恥ずかしくなり、ごまかすようにクッキーをまたさくり、とかじった。  「彼にとってこれ以上はないという状態のさらに上をいったわけだ。そんな中で『現状維持』を選んだのなら、それは常に幸せの最上位をキープし続ける宣言に近いんじゃないかな。それは変化し続ける現状の中でとても難しいけど、とても夢のある言葉なのじゃないかな。」  確かに、いつまでもトップスピードで走り続けることは無理だろう。  身体も衰え、世の中も変わり、私だってそのうち自分の道を選べばここを出て行くかもしれない。  でも、そんな中でも母さんとの関係を  娘である私たちとの関係を  そこは、変わらないでいるのだと  そういった宣言であるのなら、チョコレートに込められた意味は…  「まぁ、そこまで考えている訳じゃないかもしれないけどね。」  「…センセイ、台無しです…」  軽く言ったセンセイに、私は椅子からずり落ちそうになった。    結局、父さんの真意はわからないけれど、問いただすのも野暮な気がして本人には聞けずにいる。  父さんがくれたチョコレートは市販品だけど、ちゃんとした店舗のものでわざわざそこに行かなければ買えないものなので適当に選んでいる気配もない。  本当に、幸せを維持したいという意味の『現状維持』なのかもしれないな、と今なら思う。  「そういえば…」  センセイから貰ったクッキーの食べきれなかったものを持ち帰れるように小袋に入れて持ち帰らせてくれたのだった。  「そういえば、義理チョコ渡してたっけ。」  もしかしたら、このクッキーは最初から返礼品のつもりだったのかもしれない。  そういえば、センセイはこれに手を付けていなかった気がする。  私は何となく、インターネットでホワイトデー、クッキーで検索する。  『あなたとはお友達の関係です。』  『特別な関係はなくさっくりとした関係。』  「…本当に、意味があるんだか無いんだか…」  一枚クッキーを手に取り、口に運ぶ。    さくり、と軽い音をたてて甘い味が、口の中に広がった    END

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いかなごの釘煮

 関西地方の港が近い地区には毎年2月末が近づくとそわそわしだす人達がいる。  あるものは醤油やざらめ等を買い込み  あるものは薄型のタッパーを100均等で10個くらい買い込んだり  あるものはSNSやニュースサイトで情報を集めている  彼等の目的は共通している。  いかなごの解禁はいつだ?  いつ解禁されてもいいように、彼等はこの時期あらゆるアンテナを張っている… いかなご  いかなご科の近海魚である。  魚体は銀白色で細長く、体長20cm前後。  幼魚を煮ぼしや釘煮と呼ばれるつくだ煮などにする。  こうなご、小女子、玉筋魚などとも呼ばれる。  毎年2月末から3月初めにいかなごの稚魚の漁が解禁される。  関西地区の港町では毎年解禁直後から数日は各家庭からいかなごの釘煮を炊くあまじょっぱいいい香りが漂うのだ。  しかし、それも昔に比べたら減ってしまったが。  理由としては好んで炊いてた世代が高齢となり次世代が炊かなくなった事もあるだろうけれど、最大の要因は値段である。  筆者が子供の頃にはキロ1000〜1500円くらいだったものが、近年では不漁の影響でキロ3000オーバーも当たり前になってしまった。  不漁の原因は乱獲されたわけではなく、むしろ漁に関しては期間限定であり獲りすぎをふせぐために年々漁の期間は短くなっている。  漁獲量が減った理由は皮肉にも海が綺麗になりすぎてしまったのだ。  昔は汚い海だと言われたこの辺りの海だが、近年は浄化活動が実を結び砂浜も海の透明度も目に見えて綺麗になった。  だが、綺麗になりすぎてしまったことで海水中のミネラルやプランクトンの減少、それに伴いそれらを餌にする小魚達の減少、そしてそれらを餌にする中型〜大型魚の減少。  自然とは汚し続けてももちろんダメなのだが、ただ綺麗にするだけではダメだという生態系との共存や維持とはかくも難しき問題であった。  近年では敢えて自然由来のミネラルを浄水場から海へ排水する時に混ぜたり、ミネラルが自然に溶け出すように作られたブロックを海底に沈めたりが試みられているようだ。  私たち、一般の市民には想像もつかないほどの苦労と叡智が注ぎ込まれ、辛うじて毎年の故郷の味は繋がれている。  いかなごの釘煮は各家庭で味が変わる不思議な料理でもある。  基本的には醤油、酒、みりん、ざらめ、生姜をベースに作る佃煮なのだが、各家庭で各々アレンジが加わる。  例えば  はちみつ  水飴  ワイン  山椒  胡桃  えとせとらえとせとら  そして仮に同じレシピや材料で作ったとしても、やはり不思議と家庭ごとの味があるのだ。  そして、炊いたいかなごの釘煮をタッパーに詰め、遠方に住んでいる親戚や友人等の親しい人達に送る。  面白いのは、この時期の郵便局ではいかなご便なるプランがあり、レターパックに専用のタッパーのセット売りがあったりする。  レターパックだけを買う際も、用途がいかなごの発送ならば専用のシールもくれるのだ。  それくらい、昔から、地域に根付いた文化なのである。  ちなみに筆者のレシピはこうである。 醤油600cc ざらめ690g 酒150cc みりん450cc 土生姜150g イカナゴ3キロ  そして、筆者の家の隠し味として黄金糖を数粒溶かす。  筆者の親とは多分違う隠し味。確か筆者の親は水飴を使っていたように思う。    大きな鍋に醤油、酒、味醂、刻んだ生姜を投入して加熱。  その中にいかなごを投入。  この際、絶対に箸などでかき混ぜない。いかなごの身は柔らかいので箸などでかき混ぜると途端に身がボロボロになってしまう。  最初に鍋の中で馴染ませる時は必ず手指で。大丈夫、投入したいかなごで一旦冷めるので火傷はしない。  そして中火〜強火で対流を起こして煮詰めていく。  あとはもう目視と経験で焦げ付かないギリギリのレベルまで煮詰めていくだけである。料理サイトには細かく時間が書いてあるが、いかなごの大きさや当時の気温などで本当に時間は目安であり最終的には自分の目と感覚が頼りである。  筆者は毎年6キロ炊いている。  親は毎年10キロ以上炊いていたように思う。  親が亡くなり、何年もいかなごのことなど忘れていたが、不意に懐かしくなり10年以上ぶりに焚き出してからやめられなくなってしまった。  筆者の子供の頃に刻まれた故郷の味、母の味、手伝わされた経験からか、すっかり魅了されてしまっていたのだ。  これを書いている今も、仕事を休んでまで解禁日のいかなごを買いに市場に並んでいるのである。  今年のいかなごはいくらかな?  大きさはどのくらいかな?  みんな喜んでくれるかな?  そんなことを思いながらいかなごの入荷を今か今かと待ち続ける。  いかなごの釘煮が食卓に並ぶ時  まだ寒い日々が続く毎日に  春の気配が届く気がする。  そんな気がするのだ。 2022年3月1日 関西の某市場より。  

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いかなごの釘煮

注文の多い彼女

 「ダイスケくーん!おまたせー!」  「あ、あ、サキさん、ど、ども…」  「また『さん』なんて付けてる。呼び捨てでサキって呼んでほしいな?」  「あ、う…サキ…」  「よくできましたっ!」  サキと名前を呼ばれた長髪の女の子は嬉しそうに人差し指をダイスケの唇に当てた。  ダイスケは顔を真っ赤にし、目を白黒させながらどぎまぎしている。  そんなバカップルのようなやり取りを大学の構内でやるものだから周囲から羨ましいだのなんであんなデブ陰キャに、などと羨望と嫉妬の聞えよがしなひそひそ話が聞こえてくる。  ダイスケは体つきは太く、お世辞にも容姿は褒められたものではない。ただ、純朴そうなのが取り柄な俗にいう陰キャと呼ばれる人種である。  反面、サキは長い黒髪の顔つきもファッションも含め容姿端麗。成績もトップクラスの才女であった。彼女を狙う学生は後を絶たなかったがすべて轟沈していた…そう、ダイスケと付き合うまでは。  「ねぇ、ダイスケくん。今日はジムに付き合ってくれないかな?」  「ふひっ!?じ、ジム…!?」  「うん、私ちょっと最近引き締めたいところがあるんだけど、一人だといつもジムの人が話しかけてきちゃって集中できないの。でもダイスケ君と一緒なら彼氏いるからってすぐ断れるし、なによりダイスケ君と一緒に…」  汗を、流したいなって…  ダイスケの耳元に口を寄せて囁く。  「ひゃ!ひゃいっ!?」  「ね、行こ!タオルもウェアもダイスケ君のぶんも用意してあるから!」  お願いされて半ば正気を失ったような顔でダイスケはサキに手を引かれて大学を出て行った。  俺は、そんな二人を遠目に眺めながら赤いパックジュースを飲みながら見送った。 #################  あいつらの出逢いは数か月前の合コンである。  学園一の美女を合コンに誘えたからと必死でメンバーをかき集める大学の先輩に無理矢理に俺とダイスケは連れてこられたのだった。  居てくれるだけでいい、むしろなにもするな、と飯代は俺が持つから、と。  俺は今は彼女を作る気はなかったがハーフのため見た目は悪くないということで相手グループの参加者の餌として。ダイスケはあからさまな先輩の引き立て役として。  先輩の狙いはもちろんサキであった。  だが、先輩のはたから見て涙ぐましい仕込みも一切功を成さず、目当てのサキは何故かダイスケを気に入り戸惑いテンパるダイスケを押して押して押しまくってダイスケと付き合うことになったのだ。  先輩は本命をまさかのダイスケにかっさらわれて怒りを通り越してダイスケに負けたという傷心のあまりあれ以来大学に来ていない。  ちなみに奢ってくれるはずだった俺とダイスケの飯代は普通に徴収された。 ################  サキはダイスケと付き合うようになってからダイスケに色んな事をさせた。  「ダイスケ君、お弁当作ってきたの!一緒に食べよ!」  サキの作ってきた手作り弁当は野菜、鶏むね肉を中心としたヘルシーなものばかり。  ダイスケはもちろん体格が示す通り糖と脂が大好きなのだが、彼女の手料理といういまだかつてない誘惑には勝てない。  「あ、ダイスケ君。これからは私がおやつもつくってあげるしご飯も作ってきてあげるから…お菓子とか外食とか…しないでね?」  いつも甘えてくるような声を出すサキが、うむを言わせない圧を出しながらおねがいをする。  ダイスケは脂汗を流しながら「う、うん…」としかいうことができなかった。  ある日は「ダイスケ君に似合う服を買ってあげるね!大丈夫ウニクロだから気にしないで。最近はウニクロでも凄くおしゃれにできるんだよ!」とチェックのシャツとジーパンだったダイスケを見違えるような派手過ぎず地味過ぎないあくまでダイスケに似合うファッションをコーディネートした。  ある日は「ダイスケ君、きれいな目をしてるのに前髪長いからあまり見えないね。任せて!私これでも髪ととのえるの得意なんだ!」とぼさぼさだったダイスケの髪をプロ顔負けの整髪技術で清潔感あふれるおしゃれな髪形に整えてやった。  ある日は「ダイスケ君、私毎朝ランニングするのが趣味なんだけど、女一人で走るの、ちょっと怖いんだ。付き合って!」と見るからに運動が嫌いなダイスケをランニングに付き合わせた。ただ、これはサキのランニングウェア姿がダイスケの性癖に凄い刺さったらしく毎朝欠かさず付き合うようになった。最初はペースを落としたサキの尻に食いつかんばかりのふらふらとした必死の形相でついていくのがやっとだったが、2か月も続けていくうちにダイスケのわがままボディは程よく引き締まり、サキと普通に並走できるようになっていた。  ある日は「もうすぐ定期試験だから一緒に勉強しよ!」と図書館や空き教室でサキがダイスケに付きっ切りで勉強を見てやってる姿が目撃された。  そんな、サキの付きっ切りの要望に応える日々を過ごしていくうちに、ダイスケの学力はめきめきあがり、わがままボディだった身体は無駄なく引き締まり、典型的なオタクファッションだった見た目は流行に走りすぎないダイスケ個人の魅力を引き出す洗練されたものになった。  陰キャだったダイスケは、サキと共に過ごすうちに成長した自分を自覚して自己肯定感も高まり、勉学面でもプライベートでも魅力的な一人の男性になっていった。  付き合いたての頃はサキと付き合うことが不釣り合いだと陰口をたたかれていたのが、今ではむしろダイスケと付き合いたいというクラスメートが出てくるほどになっていた。  ただ、ダイスケは一人悩んでいた。  はたから見れば仲睦まじく、ひたすら自分のために尽くしてくれるサキ。  だが、最後の一線。  肉体関係だけは未だに許してくれることはなかったのだ…  そんな二人を、俺は遠目に赤いパックジュースを飲みながら眺めていた。 ################  その日は、唐突に訪れた。  「ダイスケ君…」  「どうしたん?サキ」  「ごめんね、ダイスケはいつも私のために頑張ってくれているのに、ダイスケ君がしたいことさせてあげれなくて…」  「…大丈夫だよ…」  大丈夫ではなかった。  毎朝身体にフィットするようなランニングウェアを着たサキの胸を、尻を、腰のくびれを見るたびに何度劣情を催したかわからない。  ジムで汗をかくサキのうなじを見るたびに頭が沸騰しそうになる。  普通ならばとっくに暴走しているであろう。  ただ、ダイスケはそう、童貞であった。  童貞の煩悩の強さと矛盾するような陰キャだったころに鍛えられたあと一歩が踏み出せない自信のなさ。それが彼の猛り狂うリビドーをかろうじて抑えていた。  「もうすぐ、クリスマスだね…」  そう、サキがつぶやく目の先には雪がちらりちらりと降り始めていた。  「…私の部屋で、待ってます…」  「…え?」  サキは呆気にとられたダイスケをその場において走っていってしまった。  俺はそんな二人の様子を見て、頃合いだな、と赤いパックジュースを飲みながらダイスケに向かって歩き出した。 ###################  「よう。」  「え?あ、ああ。久しぶり、ドラク…」  「サキとは順調みたいじゃないか。すっかりいい男になったし、お前も。」  「そうかな…」  「サキとようやくヤれそうだってのに浮かない顔だな。」  「どうしてそれを!?」  「さて、ちょっとお前に話とくことがある。ちょっと場所変えようぜ。」  「…わかった…」  俺たちは大学の裏手にある山の展望台までやってきた。  「うーさぶっ。冬にこんなところ来るもんじゃねーな。」  「お前が連れてきたんじゃないか。」  ダイスケが睨みつけるように俺の顔を見ている。  「話ってのは、サキのことか?」  「ご名答。」  「ドラク、お前サキのなんなんだ?まさか…」  「あー、違う違う。サキとは昔馴染みというか、コミュニティというか、少なくともお前が危惧してるようなカレカノとか元カレとかじゃない。」  俺がそう言うとダイスケは目に見えて安堵した。  「じゃあ、いったい何の話なんだ?」  「ダイスケ、お前さ、サキが人間じゃない、って言ったらどうする?」  「…は?」  「この世の中に、実は人に紛れて人じゃないものが色々いるっていったらどうする?」  「ふざけてんのか?」  「ふざけてなんかいないさ。まぁ、厳密にいえば人外じゃなくて混血や先祖返り、人とほとんど変わらないんだけどな。」  「待て、話が見えてこない。何が言いたいんだ?」  「例えば人狼。満月の時にやたら攻撃的になったり興奮する奴らっているだろう?姿が変わるほどの濃さを残す奴はもうまずいないと思うが、ああいったやつらの中には人狼の血が入ってたりするんだ。」  「…」  「気持ち悪いくらい泳ぎが得意な奴らの中には河童や水精の血が。そして、異性を惹きつけてやまない容姿とフェロモンを持つ者。」  「…まさか…」  「そう、サキはサキュバスの血を引いている。しかも、若干濃いめ、のな。」  「うそだ。」  「いや、悪いが本当だ。そして、このことを伝えるのはサキの頼みだ。」  「どうして、どうしてだよ!」  「実はな、サキは過去に一人だけ付き合った人間がいるんだよ。」  「…」  「普通に付き合って、普通にそういう関係になった。だが、サキュバスの血が濃かったせいでな、その彼氏は干あがっちまった。」  「死んだのか…?」  「いや、生きてるよ。ただ、それで交際は無かったことになった。彼氏が泣きながら逃げ出したからな。」  「…」  「サキュバスの血をひいていても精神はもうほぼ人間だからな。サキは凄く傷ついた。もう誰とも付き合わない、って当時は話してたよ。」  「なら、どうして俺と付き合ったんだよ!」  「それがな、よくわからないが凄く惹かれたんだそうだ。サキはお前に一目惚れしたんだそうだよ。」  「陰キャでキモかった俺に?」  「あいつ自身なんでかはわからないって言ってた。ただ、惚れてもこのまますぐに関係を持てばまた干上がらせてしまう。最悪死ぬかもしれない。だからあいつはお前を育てることにした。」  「育てる?」  「身体を鍛え、精神を鍛えたら仮に関係を持っても耐えられるかもしれない。ファッションや勉強に関しては、仮にサキと別れても幸せになってほしいっていうあいつのわがままなんだよ。」  「どうして、サキは自分で伝えてくれなかったんだ?」  「伝えて目の前で拒絶されることが怖かったんだろうさ。自分は少しとはいえ人間じゃない、貴方を殺しかねないなんて好きな相手に言えなかったとしても、それは許してやってほしいかな。」  「…」  「俺の話はここまでだ。あとはお前が考えてくれ。」  「…行くよ。俺。」  「そうか。」  「サキはここまで俺を育ててくれて、それでも苦しんだんだ。俺は、どうなっても応えてやりたい。」  「それは性欲じゃなくて?」  「いいや」  ダイスケはにやりと笑って  「愛だよ。」  白い息を吐きながらサキの部屋に向かって走っていくダイスケを眺めながら俺は赤いパックジュースを飲み干す。  「あー…もう人工血液無くなっちまったか。また買いに行かなきゃなあ。」  普通の人間は知らないことだが、この世の中には案外人外の血が混ざっている人間は多くて、何らかのきっかけで自覚したそういった混ざりものを保護を国は秘密裏に行っている。俺のこの人工血液も吸血鬼の混ざりものの俺みたいなやつのために専用のマーケットがあるのだ。  放置してしまえば事件や事故を起こしてしまう、それならばある程度の研究検体の提供を約束し立場の保証と特性のケアを行うほうが治安維持には効果的なのだ。  日々のランニングで鍛えたダイスケはもう視界には小さく映っていた。  俺にはそんな走っていくダイスケの姿が、数々の注文を乗り越えて食べられに行く注文の多い料理店のキャラクターに見えてしまう。  「でも、食うほうも食われるほうも、互いに愛してしまってんだからしょうがないよな。」 ##################  「サキ!来たぞ!」  ダイスケはサキの住むマンションのドアを激しく叩く。  チャイムを押すなんて悠長なことはしていられない。  早く逢いたい。  ドアの向こうに気配。  かちゃり  鍵を開ける音。  ゆっくり開いたドアの隙間から、サキが黒いベビードールに身を包んで、上気した頬にうるんだ瞳で顔をのぞかせた。  「いいの…?」  サキが聞いた。  「いいんだ」  ダイスケが応えた。  サキが嬉しそうにダイスケのためにドアを開いた  ダイスケはゆっくり、力強くサキを壊してしまうんじゃないかという力強さで抱きしめた。  そして二人は部屋の中に抱き合ったまま入っていき。  かちゃり  と、鍵を閉めた。  END

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注文の多い彼女

派遣サンタはじめました

 「…うん、ごめん。今から帰るよ。先に寝てていいから、うん。」  電話向こうの妻はクリスマス当日に急な残業が入り約束していた二人の時間を過ごせなかった俺を責めることもなく、寒いから気をつけてねと気遣ってくれたうえで電話を切った。ただ、隠しきれない落胆の声のトーンではあったが…  きっとささやかながらもクリスマスの料理とかも用意してくれていたのだろう。師走でどうしても仕事が忙しく、結婚二年目であるにもかかわらずなかなか二人の時間がとれない中にようやく絞り出した二人の時間になるはずだった。  …まぁ、定時間際の無情な電話一本でそんな予定は儚くも吹き飛んでしまったわけだが…  急な残業が入ったことも妻は「師走、しかも年末だもの。それで駄々をこねるほど私も子供じゃないわよ。」  理解がありすぎることが今はむしろ辛い。  帰りの電車に飛び乗るために足早に暗い冬の街の帰路を急ぐ。今からなら何とか日付が変わる前に帰れるだろう。  口から白い息を漏らしながら何とか駅前に着くと改札前で人だかりができていた。  嫌な予感、いや、状況的に確信を持つ。  改札前の電光掲示板には「電車と乗客の接触事故のため運行停止中。復旧時刻未定」の赤い文字が寒々と照らし出されていた。  「くそっ…」  今夜はクリスマス。  奇跡なんか  起きやしないんだ… *************  タクシー乗り場には電車を諦めた人達が長蛇の列を作っていた。  列の中には赤いラッピングされた袋や箱を持った悲愴な顔をしたサラリーマンもちらほら混ざっている。  きっと、クリスマスに子供にプレゼントを買ったにも関わらず俺と同じように急な残業が入ってしまった父親たちなのだろう。  クリスマスにはサンタさんが良い子にプレゼントをくれる。  そんな事を信じていたのはいつ頃までだったか。  サンタさんが来てくれるまで起きているんだ、と駄々をこねる俺に夜更かししてる悪い子のところには来ませんよと母親にたしなめられ渋々ベッドに入っていたあの頃。  起きたときには枕元に置かれていたプレゼントに浮かれていた頃。  それを持ってきてくれたサンタクロースが親だと気づいたのはいつ頃だったか。  プレゼントに入っていた保証書が近所の店のものだったから?  何故か俺を早く寝させようとそわそわしている両親の様子から?  それとも友達からサンタは父親だったとネタばらしを喰らったから?  きっかけは忘れたけれど、結局サンタクロースなんていないって現実を知って俺たちは大人になったんだ。  「いやぁ、電車が止まってしまいまいりましたなぁ。」  タクシーに乗るのも諦めて電車が復旧するまで駅前の自販機で熱い缶コーヒーを買って飲んで待っている俺に紺色のスーツの白いあごひげをたくわえた老人が声をかけてきた。頭にはサンタ帽をかぶっている。  「そうですね、よりによってクリスマスにまいりましたよ。サンタさんもお困りですね。」  「おや、わしがサンタだとよくお気づきになられましたな。」  浮かれたサンタ帽をかぶって白い髭だから冗談混じりに言ったつもりだったが、老人はにこにこと名詞を出してきた。  「あ、これはどうもご丁寧に…」  ついビジネスモードで名刺を受け取ってしまった。  名詞には「サンタ派遣 三田 黒臼」と印刷されていた。  「…なんかの冗談ですか?」  「いえいえ、正真正銘わしはさんたくろうすですよ。サンタ派遣業をしております。」  どう考えても与太話である。  しかし、いつ復旧するかわからない電車をただ待ち続けるのも暇なので話のネタにはなるかと俺は老人との会話を継続することにした。  「サンタ派遣業とはどういったことをしてるんです?」  「文字通りサンタの派遣ですな。クリスマスにプレゼントを待つ子供たちは全国に余りに多い。そういった子供たちにできる限りプレゼントを届けたい、ですがサンタクロースの人数は余りに限られておるのです。」  「サンタクロースは一人ではない、と?」  「ほっほっほ、一人で全国に回れるわけはありますまい?」  「サンタクロースなんていないでしょう?少なくともうちに来ていたサンタクロースは父親でしたよ。だいたいは親か家族か、ボランティアの誰かがその正体でしょう?」  「えぇ、そうですな。」  「ほら…」  「ですから、その親御さんや家族、状況によってはボランティアの方や施設の職員さん等が派遣サンタなのですよ。」  「…は?」  何を言っているのだろう、この三田老人は。  世の中のサンタは全て派遣サンタだとでもいうのか?  「では、その派遣サンタは報酬をもらって用意されたプレゼントを届けているのですか?」  「いえいえ、プレゼントは各自で用意していただいております。報酬は子供のスマイル、そして夢、プライスレスですな。」  無報酬どころかプレゼントも自腹ときた。  世の中のブラック企業も裸足で逃げ出すくらいの漆黒業務である。  「ブラック企業も真っ白に見える業務ですね。」  「ええ、そうですな。だいたいの方はほっといても自主的にサンタとなり業務にはいってくれますからな。わしがお声かけするのはそのままでは自主的にサンタにはなってくれなさそうなお方です。」  「俺には子供は居ませんよ…」  そう俺が答えたときにふと妻の顔がよぎった  「わしの見立てではあなたは良いサンタになってくれるはずなのです。でも、必要以上にあなたは現実を直視しすぎた大人なようだ。なので、あなたにサンタとしてわしが一つだけ願いを叶えてさしあげましょう。」  「意味が分かりませんよ。あなたに私の願いを叶えるメリットもなければ、それができるとも思えない。」  「夢を無くしてしまった大人に夢を見せるには奇跡を見せるしかありますまい?メリットは、まぁ、プライスレスですな。」  「…」  なんなのだろうこの老人は。  どうせ叶えられもしないのに。  でも  もし  もし  「日付が変わる前に家に帰りたい、と言ったら?」  電車も止まって、タクシーは長蛇の列。  まだ日付が変わるまで2時間くらいあるとはいえ交通機関も使わずに無理な時間になっている。  どうせ無理だろう、とふっかけたつもりなのだが、三田老人は満足そうににっこりと笑った。  「一つだけ願いを叶えると言われて金でも物でもなく家に帰りたい。やはりあなたはいいサンタになりますな。」  「どうせ叶わないでしょう?電車も動かない、タクシーの順番抜かすようなノーマナーはしませんよ?そりで空でも飛んでいく気ですか?サンタみたいに?」  「最近は勝手に空を飛ぶと怒られますからな。こちらにきてくださりますかな。」  三田老人に促されタクシー乗り場とは違う駐車場に来ると、ごついハーレーにサイドカーがついたものに三田老人がヘルメットをかぶり乗り込んだ。  「ほら、乗りな!」  急に威勢がよくなった三田老人が俺にヘルメットを投げてよこす。  「乗るって、どこに?」  「サイドカーに決まっとろう!さっさとせんと間に合わんぞい!」  怒鳴りつけられるようにして俺はヘルメットをかぶりサイドカーに身を小さくして乗り込んだ。  「さぁ、クリスマスの奇跡のはじまりだ!」  猛烈なエンジン音をたてハーレーが走り出す。  俺は猛烈に、流されるままサイドカーに乗った事を後悔していた… *********  夜の街をハーレーで走り抜け、俺を家の近所で降ろすと三田老人は「メリークリスマース!」とサムズアップとともに口にして走り去って行った。  「なんだったんだ、アレ…」  呆気にとられた俺はしばし立ち尽くしたが、とりあえずは五体無事に家の近所にまで来れたようだ。  スマホの画面を見ると23時を少し過ぎていた。    自宅アパートまで歩きつくとベランダに妻の姿が見えた。  妻は俺に気づくと俺に向かって手をひらひらと振って「おかえり」と言ってくれた。  「ただいま」  俺の願いが、今叶った瞬間であった。  家に帰った俺はベランダで妻と並んで空を眺めた。  「思ったより早かったね。」  「電車が止まってたんだけどな。」  「どうやって帰ってきたの?」  「サンタ派遣業してるとかいう変なじいさんが居てな。その人に送って貰った。」  「何それ」  「あぁ、今から話すよ。と、いっても俺も未だに何がなにやら…」  かくかくしかじか  「変なの」  「な」  話を聞いた妻がけらけらと笑う。  つられて俺も笑う。  「でも、結果的に俺の願いは叶えられちまった。…えらく現実的な方法だったけど…」  「案外、本物のサンタクロースだったのかもね。」  「まさかぁ」  「だって、私の願い事も叶っちゃったもの。」  「ん?何かお願い事してたのか?」  「うん、サンタさんにね…」  あなたと、三人でクリスマスを過ごせますように、って  きょとんとする俺に妻はいたずらっぽく舌を出す。  「来年からは、派遣サンタさんとしてもがんばってね?お父さん。」  俺は気がついたら妻を抱きしめていた。  「もー、痛いよ。」  「あ、あぁ、ごめん。でも、ありがとう…!」  「ほら、気が早いよ。あ、ほらみて!」  妻に促されて指さす先を見てみると、ひらり、ひらり、と白い雪が降ってきていた。  「ホワイトクリスマスだね。」  「あぁ、そうだね。」  『メリークリスマス!』  世の中の自覚している派遣サンタも、無自覚な派遣サンタも。  あなたたちのおかげで喜ぶ子供たちがいるのです。  これはそんな派遣サンタになる男の体験した    クリスマスの奇跡のお話  END

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派遣サンタはじめました

とあるハロウィンの物語

 「トリックオアトリート!おかしをくれなきゃいたずらするぞ!」  「はいはい、これを持って行きなー。」  「わーい、ありがとー!」  子供がが合言葉を言うと老婆はあらかじめ用意してあった菓子袋を子供に手渡した。  黒いとんがり帽子に黒いフリルのついたスカート。凝っていることに可愛いお尻には黒い尻尾がついている。  「めんこいなぁ。それは何の格好だい?」  「あたしね、まじょなの!」  「そうかぁ、魔女さんかぁ。」  「うん!」  私は子供が失礼をしないように、そして無いとは思うがホンモノの不審者に遭わないように魔女のお付きとして一緒にハロウィンのイベントに付き従っている。  田舎なので街と違ってこういったイベントはないだろうと思っていたのだが、村おこしの一環なのか住人が案外イベント好きなのか商店街の飾り付けや地域住人の子供たち向けのお菓子配りなんかが行われている。  飾り付けも田舎だからこそなのか本物のカボチャをくり抜いて作ったジャックオーランタンを案山子の胴体に乗せていい感じに使用感があるランタンや農具なんかを持たせている。くり抜かれたカボチャの目や口が光っているのは中に電池式のLEDライトが入れられているのだろう。多分こういった芸が細かいところは村の青年会の若い子たちのアイデアだろう。  「おかあさん、つぎいこう!」  「はいはい」  うちの魔女は次の生け贄お菓子を求めて私を急かす。  私は先ほどお菓子をくれた老婆にぺこりとおじぎをしてから魔女の後ろを追いかける。    「おかあさん、つぎはどこ?」  「この先の稲荷神社だって。」  回覧で回ってきたイベントマップを見ながら私は答える。  それにしても神社でハロウィンイベントなんていいんだろうか。いくら八百万の神々と言っても外国の異教のイベントだと思うのだけれど。  ふとそんなことを思ったが、正月にお盆にイースターにハロウィンにクリスマスエトセトラエトセトラ。楽しそうなことは何でも取り入れる日本人の良く言えばおおらかさ、悪く言えば節操なさから言えば些細な問題なのかもしれない。  次の目的地の神社の鳥居のところまで来ると、鳥居にもたれるように一人の子供が立っていた。  ハロウィンの仮装なのか顔には狐面をかぶり、この季節には少し寒そうな橙色の浴衣を着て草履を履いている。  近所の子かしら?  狐面をかぶっているので顔つきがわからないので知っている子かどうかはわからないが、多分男の子。そして知らない子だと思う。  「あなたもおかしもらいにきたの?」  うちの魔女が人見知りもしないで狐面の子に話しかける。  「…別に…」  ぶっきらぼうに狐面の子が答える。声からしてやはり男の子だろう。  「ねぇ、いっしょにおかし貰いにいこうよ!きょうはハロウィンだからおかしがもらえるんだよ!」  うちの魔女からしたらハロウィンは単に仮装してお菓子をもらえるだけの認識らしい。  まぁ、私もハロウィンの本来の由来を知らないので似たようなものだけれど。  「あなたもそんな格好してるってことはイベントに参加してるんだよね?一人で行くのがあれなら私達と一緒に行きましょう?あなた、お名前は?」  狐面の男の子はお面のせいで表情はわからないが顔をこちらに向けて思案しているようだった。  しばらく黙っていた後、ぼそりと「さこ…」と口にした。  「さこ君、かな?」  男の子はこくりと頷いた。  そんな子、この辺の子にいたかしら?なんて思っているとうちの魔女が男の子に手を差し出した。  「ね、おててつないでいこ!」  さこ君はうちの魔女の手を見て、おずおずと自分の手も出して手をつないで魔女に引っ張られるように神社への階段を上り始めた。  小さな魔女に小さな狐がひっぱられるように、神社への階段を上がっていくのだった。  「はい、合い言葉はなんだったかな?」  「とりっくおあとりーと!」  「はい、いたずらされちゃかなわないからお菓子あげるねー。」  神社の巫女さんがあらかじめ用意していた菓子袋をうちの魔女とさこ君に手渡した。  「ありがとー!」  「…ありがとう」  二人はお礼を言うとまた手をつないでどこかへ走り出した。  私は見失わないように巫女さんに頭を下げてからうちの魔女たちを追いかける。  「あれー…宮司さーん?」  「どうしたね?」  「確かお菓子は各家庭の人数分用意して、念のために予備もあったと思うんですけどきっちりなくなっちゃったんですよー。」  「あー、それなー。毎年なんだよ。」  「この時期によそから子供きてるんですかねぇ?」  「案外子供以外のナニカかもしれないな。」  「ナニカって?」  「こんだけ色んな仮装が入り乱れているんだ。中にはホンモノもいるのかもしれないな。」  うちの魔女とさこ君は手をつないでうちへの帰路についていた。  「さこくんもおうちこっちなの?」  「…うん」  「へー、そうなんだー。」  田んぼの横を魔女と狐面と私がのんびりと歩いている。  それはいつもの日常のようで、でもどこかおかしくて。  まるでハロウィンに浮かされた熱に渡しもあてられたかのような。  不意にさこ君が歩みを止めた。  道中にある小さな稲荷様のお社で。  「さこ君?」  「…ここで帰るから。」  「でもおうちここにないよ?」  「お家の人が迎えに来るの?」  私の問いにさこ君はこくりと頷いた。  子供を一人ここにおいて行くのも気が引けたが、こんな軽装の仮装ならば地元の子だろうし問題ないか。  「そう、じゃあ気をつけてね。」  私が魔女を連れて帰ろうとすると、うちの魔女が小さな稲荷様のお社に先ほど貰ったお菓子を何個か乗せていた。  「…お供えするの?」  「うん!だってわたしはいっぱいおかしもらったのに、おいなりさまのおそなえなかったから!」  「そう、いい子ね。」  そしてうちの魔女と一緒にお社に手を合わせた。  「…ん!」  横で私達の様子を見ていたさこ君がうちの魔女に自分が貰ったはずのお菓子を差し出していた。  「さこくん、それあなたのだよ。わたしのはあるからだいじょうぶだよ?」  「いいから!あげる!」  狐面だから表情は相変わらずわからないが、なぜだか一生懸命な気がしたので  「受け取っておきなさい。ありがとね、さこ君。」  「いいの?ほんとうに?」  「いいから。」  戸惑いながらもうちの魔女はさこ君からお菓子を受け取った。  「ありがとう。じゃあ、行くわね。」  「ばいばーい!」  私達がその場から歩きだしお社を後にすると、背後から「ありがとう」と聞こえた気がした。  私がはっと振り返ると、もうさこ君の姿はなく、夕日に照らされたお社があるだけだった。  さこ  さ狐  左狐  ふとそんなことを思いつくも、まさかね、と私はその思いつきを振り払った。  うちの魔女は夕日に照らされながら我が家に向かって元気に歩いていた。  肩から下げた鞄にたくさんの戦利品のお菓子を詰め込んで  誰よりもハロウィンを堪能して  我が家への道を歩いてる。  END

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とあるハロウィンの物語