月宮ちさき
20 件の小説線香花火
線香花火 ありがちなストーリーに、ありがちなアイテム。 ありがちな競走。 漫画やドラマの真似をしてみただけの雰囲気。 どちらが先に落ちるか。 スタートの合図から、勝敗なんて決まってた。 先に落ちた方が負けなら、わたしはとっくに負けていて。 ぽとり。 当たり前のように、わたしの方が先に落ちる。 彼の花火は落ちない。いつまで経っても。 落ちるまで、待って待って、待ちくたびれて、ふと横を見ると、彼は別の子と花火をしてて。 わたしが落とした花火の跡に気が付きもしないんだ。 ありがちでいいから、真似でいいから、小さな小さな花火の音に、気づいてくれたっていいのに。
ナイト・キャッスル 第十六話 主会議
カツン、カツン、と気取った音が『ナイト・メアリー城』、別名、『クイーンの館・本館』の一部の者しか知らない秘密の間に響く。 「早いわね。」 音のする方を少し見て、この館の主である女が無愛想に呟いた。 「メアリーは相変わらずねー、もうちょっと可愛げがあってもいいんだよ?」 女は一部からメアリー、と呼ばれていた。こう呼ぶ者はこの世界でも数名しかいない。 「必要ないもの。」 「もしもの時に必要かもしれないじゃない、それに、みんなにも怖がられちゃうよ?」 甘ったるく、媚びるような声音で、つい先程やってきた女は言った。 女の髪はカールしたパリスピンク色で、ふたつに結びには黒いリボンが飾られていた。赤いきゅるきゅるとした瞳に、右目の下に黒いハートマークが描かれていて、右目の下のマークと同じ形のピアスが耳たぶに輝いていた。胸元には十字架のネックレス、髪の毛の色より少し濃い色のふんわりとしたフリルたっぷりのドレスを身にまとっていた。 「あの子たちにはほんとんど会わないもの。」 「えーっ、メアリーのとこの子かっわいそー。リリは結構会ってるよ?」 その女はリリアと呼ばれている。『ナイト・メアリー城』の姉妹館である『ナイト・リリア城』別名、『クイーンの館・西館』の主である。 『クイーンの館』は、本館、北館、南館、東館、西館、があり、魔界と人間界を繋ぐ地点となっている。それぞれの館で働く『ナイト』たちは、自分たちが働く館しか知らず、別館の存在を知る者はいない。 「私、貴女の方針を聞きにここにいるのではないのだけれど。」 「うふふっ、メアリーは照れているだけで、本当は嬉しいのよ。」 今度は、柔らかで艶っぽい声が部屋に響いた。 「ローズ!久しぶりー!元気だった?順調?」 ローズ、『クイーンの館・東館』の主で、艶々としたワインレッド髪の毛、少し悪戯っぽさのある濃い紫の瞳、深紅のガーネットのアクセサリー、やや面積の狭いほっそりとしたシルエットのドレス、高いヒールの靴、薔薇の匂いの香水、妖艶で色っぽい雰囲気が辺りに漂った。 「ええ、最近新入りを入れたのよ。」 「新入りと言えば、メアリーの所も入ったんでしょー?面白い子がいるって話じゃない。」 「あらそうなの?どんな子?」 「貴女たちには関係ないわ。」 「そんなこと言わずにー!」 「そうよ、そうよ!」 好奇心旺盛なふたりに根負けし、メアリーは渋々口を開いた。 「…。明るい子よ、癒しの才能がある。見習い一年目でナイト試験を受けるらしいわ。」 「将来の上級候補かしらね、これからが楽しみね。」 「メアリーは見る目あるわよねー、一部のことを除いて。」 「ちょっと、リリア!」 「…。」 「あら、みんなもう来てたの?」 「ひ、久しぶり…。」 次に来たのは南館のフローラ、北館のシャルロットだ。フローラは淡い栗色の髪、澄んだミントグリーンの瞳で、品のあるパールのイヤリング、白いブラウスに瞳の色と同じ色の花の刺繍の入ったスカートを合わせている。髪に煌めくレースのリボンが彼女の上品さを際立たせていた。 シャルロットは、大人しそうな垂れ目のライトブルーの瞳に雪の結晶のように真っ白に輝くボブヘアーに、水色のカチューシャ、長袖のブラウスの上に、裾に雪の結晶のマークが散りばめられた入ったジャンパースカートを履いていた。ブレスレットを飾った細い手首がジャンパースカートを握りしめていて、内気さが伝わってくる。 「フローラ、シャルロット!聞いてー、メアリーがリリに冷たいのよー!ひどいでしょー?リリ、悲しくなってきちゃったわーっ。」 「ふふっ、メアリーはクールだからね。でも本当は話しかけてもらえて嬉しいんじゃない?」 天使のような微笑みを浮かべながらフローラが言った。シャルロットはフローラの背中にもじもじと隠れている。 「…。」 「あらあら、メアリー、黙ってるってことはそういうこと?」 ローズがからかうと、メアリーはぷいっと顔を背けた。 「そんな訳ないでしょう。」 「ふぅん?ま、いいけど。りりのところも負けてないからね。」 「あら、私の所だって、優秀な子たちは多いわよ?」 「ローズに負けるわけないでしょ?うちの上級のラヴとアイは格別なんだから!」 「あら、変わった名前ね?ラヴは英語でアイは中国語でしょう、どちらも大体同じ意味ね。あとは?リーベとアムールかしら?」 「…別にいいでしょ、可愛いんだから。」 どうやら図星だったようだ。 「別に駄目とは言ってないわよ?」 口調は落ち着いていながらも、ローズの瞳は挑発的な眼差しだった。 「ちょ、ちょっと、みんな喧嘩はやめようよ。」 怯えたシャルロットが慌てて止めた。 「まーいいけど。そういえばメアリーも変わった名前つけるわよね?あ、でも、普通っぽいのもいるか。ミラだっけ?相当お気に入りみたいだけど、なんかあるの?」 「…っ。あの子のことは言わないで。」 周りの気まずい空気を察して、フローラが話にキリをつけようとした。 「リリア、そろそろ時間よ。」 「あら、もうそんな時間?じゃあ始めましょうか、クイーンの館、主会議を。」
第十五話
「みんなにはまだ早いかもしれないけど、もうすぐナイト試験、中級・上級昇格試験が始まるわね。」 天眼水晶事件から数週間後、『癒し』の授業後にトパーズさんがそうおっしゃいました。 「あのっ…、ナイト試験って一年目でも受けられるのですか?」 「えっ?受けられるけど…受ける人はそうそういないわね。」 「そうなのですか…。」 頭に天眼水晶事件で出会った、あのお客様の辛そうな顔が浮かんできます。私は、もっと沢山の『人間』の方々を救いたい。話を聞くだけじゃなく、ナイトとして…。 「わ、私っ、う、受けたいです!」 「えっ?ドール、本気?」 ムーンたちが驚いています。 「でもドール、すごく大変なのよ、なにしろ先輩方しかいないんだし…。見習いを三、四年やってから受ける子もいるのくらい、難しいのよ。」 「でもっ、今この瞬間も、苦しんでいる方々が沢山いらっしゃって、私たちが感じることのできない、辛く悲しい『死』を迎える『人間』の方々をひとりでも多く救いたいんですっ。」 「ドール…。」 とても難しいことだということは分かっています。もしかしたらダメかもしれない。でも、出来ることはしたい! 「あたしも受ける!」 突然、ブーケが声を上げました。 「えっ?」 「あたし、こいつ…ど、ドールに負けたくないもの!」 ブーケ…。私も、ブーケには負けたくありませんし、できることなら、一緒にナイトになりたいです!そうだ!このままムーンとスターも一緒に…。 「受けてもいいけど、その…、見習い一年目の子のナイト昇格の雇用枠はひとつしかないのよ。つまり、どちらかひとりしか、ナイトになれないの。」 「ドールとブーケはライバルになるってこと?!」 そんな…。だけど、ここで諦める訳にはいきません。ブーケとは仲良くしたいですが、多くの『人間』の方々を救うにはこれしか方法がありません。 「いいわ、別に。一緒になかよしこよしがしたくて受けたわけじゃないもの。なんなら、そっちの方が勝ち負けがしっかり分かってありがたいわ。受かったらドールに勝ったってことでしょう?」 「能力で全てが決まるわけではないわよ、ブーケ。それで、ドールはどうするの?」 「私、は…、私も、やります!私の気持ちは変わりません!ブーケ、こんな私ですが、これから、よろしくお願い致します!」 「えっ…。」 「ふふっ、さすがドール。」 えっ…?私、何か変なことを言ったでしょうか…? 「敵に挨拶なんて…あんたって、ほんと変わってる。」 「そ、そうでしょうか…?」 「はぁ、なんかあんたといると調子狂うっ!もういいっ、授業も終わったし、あたしは今日から試験の勉強するから!」 ブーケはそう言って、部屋から出ていってしまいました…。 「な、何か気に触るようなことを言ってしまったでしょうか…」 「大丈夫よ、きっと照れているだけだから。」 「照れている…?そうでしょうか…?」 私にはよく分かりません…。 「全くそれにしても、ドールが立候補するなんて、天眼水晶事件の日、何かあった?」 「それ、は…。」 私は、事件の日に出会ったお客様のことを、二人に話しました。 「凄いわ、ドール…。」 「ほんとに。でも、ちょっと寂しいね。」 「ええ…。」 「寂しい…?」 別に離れる訳でもないのに…、と言いかけて、ハッと気が付きました。もし私がナイトになれたら、ムーンとスター、もちろんブーケも含めて同期のみんなとは当分会えないことになります。それは寂しいです。すごく、すごく…。まだほんの数ヶ月しか経っていないのに、急に三人と初めて出会ったのが遠い昔のことに思えてきます。 「そう、ですね…。でも、きっと会えます。もし、私がナイトの試験に受かっても、三人とはまた会えます。絶対に。」 「でも、今までの関係ではいられなくなってしまうわ、なにせ、見習いとナイトじゃ、そんなに気軽には話せない。」 「ドール相手に敬語で話すのか…、かと言ってブーケはもっと嫌だ…。」 「ちょっと、スター、何言ってるの!」 「変わりません。」 「へ?」 「もし私の方が、みんなより上の立場になったとしても、私たちの友情は変わらないです!どんな事があっても、私たちは同期です!」 「ドール…。」 「それに、先輩たちも沢山いらっしゃるし、何より相手がブーケでは、負ける可能性の方が高いです!」 「何言ってるのよ、ドール!貴女だって十分凄いわ!きっと大丈夫よ!」 「そうだよ、そうだよ!ドールなら、先輩方にだって勝てるよ!きっと!」 「そ、そうでしょうか…、が、頑張ります!」 そうです!まだ何も分からないのに、悲しい気持ちになっていては仕方がないです!まずは夢に向かって出来ることをやりましょう!合格できるよう、頑張らなければ! 「うん!頑張れ、応援してるよ!」 「…そう、ね…頑張って、ドール。」
ナイト・キャッスル 第十四話 決意
「そうか…。君は偉いな。俺の望みは…」 お客様は、少し間を開けてからこうおっしゃいました。 「そうだな…やはり家族に会うことだろうか…。」 「家族に…。」 お客様の言い方に少し違和感を感じました。この方にとって家族、はきっと何よりも大切なものなはずなのに、どこかぼんやりしたような言い方です。まるで、望むことを躊躇っているいるような、隠しているような…。 「あの…、私の勘違いならいいのですが…、お客様にとって家族、は大切な存在で、そんな存在に、何年も会えていないのに、どうしてどこか虚ろな瞳をされるのですか…?まるで、望むことを躊躇っているような…。」 「…凄いな、君は…。でもな、強く望むなんてことは俺にはできない。」 「何故ですか…?お客様には望む権利があり、それを叶えようとする権利だって…。」 「それは、俺の戦死した仲間たちにも言えることだ。」 「…。」 お客様の言いたいことがなんとなく分かってしまいました。 きっとお客様は、生き残った自分を心のどこかで責めているのです。 理不尽な理由で早すぎる『死』を迎えた仲間たちがいるのに、自分だけ幸せになることに、うしろめたく思っているのでしょう。ですが… 「お客様の仰りたいことは分かりました。ですが、本当にこのまま幸せにならずにいて良いのですか?」 「仲間を置いて、一人だけ幸せになれって言うのか?死んだ仲間だけじゃない。今この瞬間も戦っている仲間だっているんだ。それに、今は敵でも相手の国の兵士だって本当は幸せになりたい中戦ってるんだ。俺たち一般市民で戦うことを本当に望んでる人なんて、そんなにいないさ。それなのに、俺だけ幸せになるなんてできないよ。」 「でもっ…、確かにそうかもしれませんけど…、だけど、望むくらい良いです。望みを忘れてまで、自分のことを思わないのはおかしい。周りの人だって、ほんの少し希望を持つくらい、誰かに吐き出すくらい、許してくれます!だから、自分の願いを蔑ろにしないでください!」 言ってから、ハッとしました。お客様に対して失礼な態度を取ってしまった…。しかも、だいぶとんちんかんなことを…。ナイト失格かもしれません。 言ってる途中で涙が出ていたのでしょうか、頬が少し濡れています。 「す、すみません!」 「え?なんで謝るんだ?」 「え…?」 「やっぱり、君は偉いな。きっと立派な人になれるよ。」 「そ、そうでしょうか…」 『人』ではないのですが…。 「ああ。」 「…。」 少しの沈黙の後、私は思い切って言いました。 「ここに来る人は皆、本当は希望があるのにそれを自分では叶えようのない環境にいる方や、自分すらもその希望を忘れてしまった方が毎日沢山訪れます。逆に言えば、それ以外の方は来られません。お客様には、本当は、どうしても叶えたい何かがあるのです!それを、否定しないでください…。」 「叶えたい、何か、か…。」 「はい…。」 「…家族と一緒に幸せになりたい。もう、こんな思いをしたくないし、仲間にだって、それぞれの場所で幸せになって欲しい。シーナだって、本当は戦争なんて知らなくていいはずだったんだ。その幸せに、永遠はない、大きなことなんて望んでない、ささやかでいい。俺はっ、家族のもとに帰りたい…。」 お客様の瞳に涙が溢れていました。 「分かりました。その願い、叶えましょう。」 すると突然、声がしました。振り返ると、赤みががった瞳の下級ナイトさん(制服のリボンが黄色なので分かりました。ナイト達は、それぞれの級によってリボンの色が変わります。) が立っていました。 「うわわっ、す、すみません…。」 私は慌てて謝りましたが、無視をされてしまいました。 お客様が最優先なのは分かりますが、少し悲しいです…。 「君は…?」 お客様が驚いたような顔をしています。 「下級ナイトのスカーレット・ナイト・メアリーです。今の貴方の願いを叶えましょう。こちらをお召し上がりください。」 「へっ…?」 戸惑うお客様に、スカーレットさんは淡々と答えます。 「イエローローズ・ミルフィーユです。家族への愛を繋ぐ魔法がかけられています。」 お客様が口にミルフィーユを運ぶと、先程までそこにいらっしゃったのに、サッと姿を消していなくなってしまいました。 「えっ…?!どこに行かれたのですか?!」 「あれ?貴女、確かドールとか言ったわよね?見学実習で見なかったの?願いが叶うお菓子や飲み物を口に入れると、お客様が望む場所へ移動するのよ。ここでの記憶も全て無くしてしまうの。」 「そうなんですね、見学実習の時は、少し体調を崩してしまって…。」 「ナイトが体調を…?あ、分かったわ、フラッシュバックってやつでしょう。」 「フラッシュバック…?」 「ええ、見習いの子によく起こるのよ、謎の記憶が蘇るやつ。まるで自分が人間になったみたいな。」 「謎の記憶…。」 「私も見習いの頃はよくなったけど、詳細は分からないわね。上級の方ならご存知かも。」 フラッシュバック…。確かにそれかもしれません…。でも、本当に、あるはずないのでしょうか…。本当にあの記憶は、夢は、リオンは、あるはずないの…? な、なんだか悲しくなってきました、いけません、目の前のことに集中、集中! 「ところで貴女、まだ見習い一年目よね?よく数時間もお客様の対応をしていたわね。」 「えっ?」 そんなに長い間話していたでしょうか…? 「もしかしたら貴女、才能があるのかもね。」 「才能…?」 わかりません、でも…。 「あの…、『人間』の世界には、先程のお客様のような方が沢山いらっしゃるのですか…?」 「え?ええ。そうじゃなきゃ、私たちは必要ないでしょう。」 では、『人間』の世界とは、なんと悲しい世界なのでしょう。ナイトは個人の苦しみを帳消しにすることは出来ても、『人間』の世界そのものを救うことは出来ないと、ミラさんがおっしゃっていました。 「私は、早く立派なナイトになって、『人間』の方々を助けたいです。ひとりでも多くの方を救いたい、早く、ナイトになりたいですっ…。」 「そう…。なら、頑張って。貴女は凄いわ。」 「あ、ありがとうございます…。」 そう言って私は、図書室を出ました。早くナイトになりたい、ならなければ。一人でも多くの方を救うために…! 「その思いを、忘れない事ね…。」
第十三話 望み
ふと目が覚めると、硬いベッド…、いや、長椅子に寝かされていた。ものすごく嫌な夢を見た気がする。ルーシーとシーナが…いや、もう思い出すのはやめにしよう。 そう思い、体を起こす。当たりを見渡すと、そこは図書館のようだった。それも、かなり古い作りのものだ。 どのくらい時間がだったんだ?ついさっきまで戦場にいたような気がする。よっぽど酷い撃たれ方をしてどこかの市民病院に送られたのだろうか。仲間たちはどこだろう。俺はもう死ぬんだろうか。死ぬ前に、妻と娘に会わせてはくれないだろうか。 「大丈夫ですか?」 ふいに横から声がして驚いて振り返った。そこには、五歳程度の少女が立っていた。 その姿を見て、俺は思わず呟いた。 「に、人形…?」 キラキラと輝く碧眼、艶々とした金髪、まるで童話の姫のような白い肌に赤い頬、金持ちの家の使用人のような服装をしていても、少女は人形のように美しかった。こんな人間、この世にいるのだろうか。もしかしたら、もう俺は死んでいて、この少女は神の使い…天使というやつなのではないか。 「いえ、確かに名前はドールですが、人形ではないですよ!私はナイトです!」 まずい、いくら小さいとはいえ女の子にこの発言は誤解を産むだろうか…。 「あ、ああ、ごめん…。あまりにも綺麗な顔をしていたから…。あ、いや、そういう意味じゃないんだ…、俺には妻も娘もいるし…ただ…」 「落ち着いてください。大丈夫ですよ。」 落ち着いて、と言われてようやく我に返る。こんなに小さな子どもにこんなことを言われるなんて…。 「あ…。俺はこんな子供相手に何を言っているんだ…?君、五、六歳くらいだよね?なんでこんなに流暢に喋るんだい?」 俺はさっきから疑問だったことを聞いた。多少敬語の使い方がおかしい所はあるが、ここまで流暢に話す子どもは見たことがない。 「わ、私は『人間』の体をしていますが、『人間』の五、六歳の方とは違うのです。」 「どういうこと?君は人間じゃないの?」 「は、はいっ!私たちは悩みを持った『人間』の方を救うナイトです!と言いたいところですが…私はまだ未熟な見習いでして…。」 「そういう手法の精神病院か何かなのか…?」 「いえ、それとは違うかと思います。」 ということは…あまり考えたくはないが…、 「これは夢か…?それとも俺の頭がおかしくなったのか…?」 「大丈夫です!ここは現実ですよ!」 「ええ…、嘘だろ…。」 本当に俺は頭がおかしくなったのかもしれない。 もう一度じっくり周りを見ると、目の前の少女と同じ格好をした五から十歳くらいの女の子達が俺のように寝かされた人達と話している。その少女たちは、髪の色や目の色、人種も様々だった。幼い少女たちの中に一人だけ、二十歳程の若い娘がいたが、その娘に至っては、まるでピンクのコスモスのような、紫ががった髪をしていた。彼女たちの共通点は、皆人間とは思えない程…というより、金髪の少女が言うには人間ではないらしいが、とにかく恐ろしい程の美貌の持ち主だということだ。 「何かありましたら、いつでも私たちにお申し付けください。もう少ししたら、見習いではないナイトが来るので少々お待ちください。」 「え、ちょっと待ってよ、シーナ…。」 「え?」 思わず出た言葉に、自分で驚く。いくらなんでも、こんな所で全く知らない子供に対して自分の娘の名前を呼ぶなんて…。 「ああ、ごめん、えーっと…。」 「私ですか?ドール・ナイト・メアリーです!」 「ドール…。シーナは俺の娘の名前だ。ちょうど君と同い年くらいなんだ。」 変わった名前だ。確かに人形のような子だが、子どもに『人形』と名前を付けるなんてあまり趣味が良いとは思えない。この子の親は存在するのか?本人が言うには人間ではないらしいが…。 「娘さん!きっとお可愛いんでしょうね!」 「ああ…。だけど、ずっと会えていないんだ。」 なんだか、この少女といると不思議な気持ちになってくる。心が癒されるような、辛いことや苦しいことを全部話したくなるような感覚になる。 「何故ですか…?」 美しい眉を悲しそうに曲げて、少女が言った。 それから俺は、戦争のことを話した。純粋な心を傷つけぬよう、具体的な表現は避けて話したつもりだが、それでも彼女はかなり衝撃を受けたようだった。 もしかすると、この少女は、生まれてこのかた、この古びた奇妙な屋敷の外に出たことがないのかもしれない。子どもとは思えない程の頭の良さなのに、戦争のことは何ひとつ知らない。この少女だけではない、ここに暮らしている若い女達は皆、外に出たことがない…? ドールという名の少女が言う通り、本当にこの屋敷は人間の世界の物ではないのかもしれない。 「あの…、お客様には今、何か望みはありますか?」 急に、少女が口を開いた。 「望み…?」 そういえば、人間を救う店と言っていたが…。 「はい!ここは望みが叶う場所なのです!私はまだ見習いなので、叶えるには力不足なのですが、お話をお聞きすることくらいならできるので!少しでも力になりたいのです!」 なんと、純粋な少女なのだろう。まるで雨上がりの光のような、冷たい心に優しく、蝋燭の火が灯るような…。 「そうか…。君は偉いな。俺の望みは…」
ナイト・キャッスル 第十二話 衝撃
行きなれた見習いの棟の図書室に、沢山の人々が集まっています。軽症と言えど辛い思いをされた方ばかりなので、できる限り要望には答えるようにと、コスモスさんから指示がありました。 「う…あ…ルー…シ…。」 先程までぐっすり眠っていらっしゃったお客様が、急にうわ言を言い始めました。どうしましょう…、先輩方やコスモスさんは忙しそうですし…。あれから何度か見学実習をしましたが、実際にお客様と会話したことはありません。ですが… 「ど……こ…あ…うっ…。」 とても苦しそうです。一か八かですが、やってみましょう! 「あのっ…大丈夫ですか…?」 「うう…。」 「あの…?」 「あっ…」 お客様が目を覚まされました。短髪にがっしりした体格…、私は『人間』で言う五歳程度の身長しかないので、上級の方や主様程の身長でもずっと高く見えますが、それより高い方は初めてです。そして私たちよりかなり低い声…。『人間』の授業で習った『男性』と言う方でしょうか。私たちは、『人間』の『女性』の体だといいます。 「大丈夫ですか?」 お客様が私を見て、驚いたような顔をしました。 「に、人形…?」 「いえ、確かに名前はドールですが、人形ではないですよ!私はナイトです!」 「あ、ああ、ごめん…。あまりにも綺麗な顔をしていたから…。あ、いや、そういう意味じゃないんだ…、俺には妻も娘もいるし…ただ…」 「落ち着いてください。大丈夫ですよ。」 なにやら焦っていらっしゃるようなので、精一杯、笑顔で対応します。 「あ…。俺はこんな子供相手に何を言っているんだ…?君、五、六歳くらいだよね?なんでこんなに流暢に喋るんだい?」 「わ、私は『人間』の体をしていますが、『人間』の五、六歳の方とは違うのです。」 「どういうこと?君は人間じゃないの?」 「は、はいっ!私たちは悩みを持った『人間』の方を救うナイトです!と言いたいところですが…私はまだ未熟な見習いでして…。」 「そういう手法の精神病院か何かなのか…?」 「いえ、それとは違うかと思います。」 セイシンビョウイン?はまだ分かりませんが、きっと『人間』の世界にある何かなのでしょう。 「これは夢か…?それとも俺の頭がおかしくなったのか…?」 「大丈夫です!ここは現実ですよ!」 「ええ…、嘘だろ…。」 お客様がいくらか落ち着いてきたように感じます。 「何かありましたら、いつでも私たちにお申し付けください。もう少ししたら、見習いではないナイトが来るので少々お待ちください。」 こ、これで良かったのでしょうか…。失礼なことを言ってないか心配です…。 「え、ちょっと待ってよ、シーナ…。」 「え?」 シーナ…?なんのことでしょうか? 「ああ、ごめん、えーっと…。」 「私ですか?ドール・ナイト・メアリーです!」 そういえば、きちんと名乗っていませんでしたね。 「ドール…。シーナは俺の娘の名前だ。ちょうど君と同い年くらいなんだ。」 と言うと、五歳頃でしょうか。娘さんがいらっしゃると仰っていましたね。 「娘さん!きっとお可愛いんでしょうね!」 見学実習で見た小さなお方はとても可愛らしかったので、きっとこの方の娘さんもお可愛い方なのでしょう! 「ああ…。だけど、ずっと会えていないんだ。」 お客様はとても悲しそうな顔をしました。つられて私も悲しい気持ちになってきます。 「何故ですか…?」 「そうか、君は見習い?なんだっけ。信じられないけど、人間じゃないんなら知らないかもしれないな。今僕の国は戦争してるんだ。少し前から。戦争は分かる?」 「す、すみません、勉強不足でして。」 恥ずかしいです…。もっと勉強しなくてはいけません。これでは立派なナイトになれません! 「いや、君のような小さな女の子がこんな言葉を知る必要はないのかもしれないな。シーナは知ってるよ、今より小さな時から…。」 シーナさんは私たちより頭が良いのでしょうか?凄いです! 「戦争は、違う国同士が争うことだよ、簡単に言うとね。」 「争い…。」 争いについては少しだけですが聞いたことがあります。でもどんなものなのでしょう。 「毎日のように爆弾が空から降ってくる。そして、何人もの人が死ぬ。」 「えっ…」 思わず声が出てしまいました…。 『死』…。 確かに、知らない方が幸せだったのかもしれません。こんなに酷いことが『人間』の世界で行われているなんて、初めて知りました。 「『死』とは辛いものです。悲しく、冷たいものです。何故そんなことをするのです?何故…」 「理由は様々さ。俺は兵隊をしてるんだ。さっきまで戦いの最前線にいた。相手の国の人達と直接戦ってる。今生きていることが奇跡みたいなものだし、いつ死ぬか分からない。」 一呼吸置いてから、お客様は暗い声で呟きました。 「そして、沢山の同じ人間を殺した。」 「…。」 「俺が殺した敵の兵士達には家族や恋人や大切な人々がいたんだろう。その人達は今どう思ってるだろう…。」 優しい方だと思いました。たとえそれがどんな相手だったとしても、相手の幸せのことを考えられるなんて。それも、こんな状況で…。 『人間』の世界は、なんて厳しく辛いのでしょう…。 「あの…、お客様には今、何か望みはありますか?」 「望み…?」 「はい!ここは望みが叶う場所なのです!私はまだ見習いなので、叶えるには力不足なのですが、お話をお聞きすることくらいならできるので!少しでも力になりたいのです!」 私が言葉にできる精一杯の気持ちをお客様に伝えます。私はまだ見習いですが、いつか立派なナイトになって、お客様を支えられるようになるのです!だから少しでも、お客様のお力になりたいです! 「そうか…。君は偉いな。俺の望みは…」
ナイト・キャッスル 第十一話 緊急事態発生
「ドール、ドール!」 私を呼ぶ声…。 「り、リオン…?」 「何寝ぼけてるの。大変だよ、緊急事態発生。上級からの指示で、見習いも含めて全員本棟の入口前集合だってさ。」 いけません!もう朝です! 「おはようございます、スター!」 「もう、さっきの聞いてた?見習いも含めて全員本棟の入口前集合!」 「えっ?えええええ?!それってどういう…。」 「あー、もう!いいから早く準備しな!」 「はっ、はぃぃぃ!」 ベッドから飛び降り、急いで支度を済ませます。その後少しだけ、走り書きで『秘密日記』に今日の夢のことをメモしました。 『今日も夢を見た。リオンと別れる夢。』 あとで書き直そうと思います。とにかく今は急がなくては。 「すみません!行きましょう!」 スターと共に、昨日覚えた本棟への道を走ります。途中で、同じく走っている、ムーンとブーケと合流しました。辺りを見渡すと、沢山の見習いの先輩たちもザワザワしながら走ってらっしゃいます。一体何があったのでしょうか。 「見習いの皆はこっちに同期でまとまって並んで!同期でいない人がいたら私に言いに来て!」 本棟入口付近に行くと、トパーズさんやミラさん、ほかの見習いの教育をしている中級ナイトの方々が指示を出していました。 「ドール、ムーン、スター、ブーケ…。よし全員いるわね。もうすぐで上級の方がいらっしゃるから、それまで少し待ってて。」 「えっ?上級?」 トパーズさんの話に、私も含めてみんな驚いていました。 「あの…、一体何があったのですか?」 「私たちにも分からないの。きっと上級の方から説明があると思うわ。」 「そうなのですか…。」 トパーズさん達も知らないなんて…。 「あっ、いらっしゃったみたい。粗相のないように、挨拶してね。」 「は、はい…。」 まさかこんな形で、上級の方とお会いするとは、思っても見ませんでした。 数分後、『灯の部屋』が並ぶ場所から私たちのいる本棟玄関付近に四人の姿が見えました。 「ナイト、またはナイト見習いの皆さん。私の名前はアロマ・ナイト・メアリー、主様に直接お仕えする上級ナイトです。」 「同じくドリーム・ナイト・メアリーです。あとの二人はコスモスとメロディ。今から状況説明をするので、皆さん落ちついて聞いてください。」 上級の方々が現れただけで、動揺していたその場の雰囲気が静かで、それでいて暖かな、言葉にできない空気に変わりました。 「すごい…この雰囲気…。厳かだけどリラックス出来るような…これが上級…。」 隣でブーケが呟きました。気が強いブーケでさえ、この雰囲気に圧倒されているようです。 「まず、簡単に説明すると『天眼水晶』が、一部が破壊されてしまい、機能が狂ってしまったため、一度に沢山の人々がこの城に呼び出されてしまったのです。」 『天眼水晶』とは、本棟のずっと奥にあると言われている物で、私もまだ見た事がないのですが、この水晶は人間界と繋がっていて、困っている人々を見つけ出し、その中から激選してこの城に連れてくることができる水晶なのですが…。 「そんな事有り得るの?」 「まさか…。」 次々に疑問の声が上がります。それもそのはずです、この城のものが壊れるなんておかしいです。 私たち魔女が『死』を迎えることがないように、魔女が使う物にも終わりはないと、ミラさんから習いました。では何故…? そこで私は、ハッと思い出しました。何故今まで忘れていたのでしょう。 『あるわ。死ぬこともある。』 脳裏にトパーズさんの声が蘇ります。そうです、『死』ぬこともあるのです。でもそれは、誰かに故意に殺されたときのみ…。ということは、この水晶も誰かの手によって…? いけません、今は目の前の事に集中、です! 「ナイトの皆さんは、ドリームとメロディと一緒にお客様の対応を重症の方から順に行ってください。位の高い者に重症のお客様をあたらせるように。」 「「はい。」」 「見習いの者は、コスモスの指示に従い、ナイトの対応が追いつかなかった軽症の方に休む場所や必要な物を提供してください。」 「はっ、はい!」 ナイトの皆さんに習って勢いよく返事をした、はずなのですが…。 「返事をしたのは貴女だけですか。もっとナイトの普段の行動をよく見て学ぶように。貴女、名前はなんて言うの?」 「ど、ドールです。」 ひ、ひゃーっ、こんな全体の前で目立ってしまいました…。 「ドール、このまま行けば、貴女はきっと素晴らしいナイトになれるはずよ。この調子で頑張りなさい。」 「はっ、はい…」 嬉しいお言葉ですが、やはり恥ずかしいです…。 「ふんっ、ちょっと上級の方に褒められたからっていい気になんないでよ。」 「ちょっとブーケ静かに!」 「ふんっ…。」 しかもブーケを怒らせてしまいました…どうしましょう…。 「私はもしもの時のために護衛として主様の元へいます。何かあったら…ん…?…!皆さん、お客様がもうすぐいらっしゃいます。急いで準備を。」 その場に緊張した空気が漂います。一体どうなってしまうのでしょうか…。
ナイト・キャッスル 第十話
長い廊下に四枚の肖像画のような物があります。先程通った時にはありませんでした。 「一体なんでしょう?」 気になった私は一枚ずつ見てみることにしました。 一枚目は、長いワインレッドの髪に紫の瞳の女性の絵でした。自信のある表情と露出の多い服装で、色っぽくみえます。作品名は『ローズ』…。薔薇…?この方のお名前でしょうか。 二枚目は、ふんわりカールした栗毛で、少しムーンやトパーズさんに似た雰囲気の、優しげな少女の絵。『フローラ』とあります。 三枚目は、派手なピンク色のツインテールヘアに赤いリボン目の下にハートマークが描かれた女の子、『リリア』…。 最後は、自信なさげで大人しそうな、緑の髪の、ボブの子の絵です。名前は『シャルロット』とあります。 「一体なんでしょう…?」 謎を解き明かしたいですが、もうそろそろ部屋に帰らなくてはならない時間なのです…。仕方ありません。また今度にしましょう。 『今日、私は見学実習に行きました。お客様は私と同じくらい(およそ五歳程度)の女の子で、その子は私のことをサラ、と呼びまました。私はその子にサラと呼ばれたとたん、気を失ってしまいました。』 夜、私は夢や不思議な絵のことを日記に書き留めておくことにしました。トパーズさんが忘れてしまったとおっしゃっていたので、もしこれから成長しても忘れないように、です!題して、『秘密日記』です! 『私は夢をみました。夢の中では、リオン、という名前の男の子と一緒に人間界の綺麗な石、宝石について調べていました。リオンはトパーズという宝石を知っていました。トパーズさんの名前は、宝石からきているのですね。あとは、ダイヤモンド、という宝石があって、リオンは私をその宝石のようだと言いましたが、私はリオンの方がダイヤモンドだと思いました。あと、エイミー、ジェイムという子も出てきました。いつか二人にも夢で会えるといいです。』 『それから、おかしな絵をお屋敷内でみつけました。見習いの棟とナイトの方々がお使いになられている本棟を紡ぐ廊下に四枚の絵が飾られていました。最初来た時にはなかったような気もしますが、見逃していただけなのでしょうか。』 そこから私は、四枚の絵の少女たちの見た目と、その絵の作品名、それから、ミラさんと主様の関係に『何か』あること、屋敷で起こった不思議なことを書き記しておきました。 「よし、そろそろ寝ましょう。」 私はベッドに入り、そしていつの間にか、眠りに落ちていきました。 「サラ、行かないで!院長、サラが…。サラ!」 「リオン!リオン、どこにいるの?」 燃える空気が熱く、全身を溶かしていくような心地がする。リオンの呼ぶ声、リオンの声…。もう聞けないかもしれないない。嫌だ、だけど、逃げなきゃ、逃げなきゃ! 「そうよ、ドール。早く私の所へ逃げてらっしゃい。リオンなんて忘れて、早く。」 主、様…? 「サラ、サラ!」
惜春 歌詞です。
「花は散ってまた咲いて」なんてよくある歌詞に泣いて単純だったあの日を思い出す。 生前君が残した花弁の匂いが何処か遠くに残る。儚い水色がまだ僕の中にずっとずっと。 季節は鬱々と、暑苦しさと共に巡る。 君の季節はあまりにも脆くて。いつの間にか過ぎ去って無くなってしまう。夢のようだ。嗚呼。 遥、春のことをいつまでも忘れたくないんだ。群青に染まって仕舞うの?囀りも五月蝿い蝉の鳴き声に穢れていくんだ。 遥、君のことをいつかは忘れてしまうなんて。またその時は美しい雲の上でまた教えてよ。また聴かせてよ。なんて。 「またいつか逢えるから」なんてよくある歌詞に泣いて単純だったあの日の願いを思い出しては忘れていく。 君の季節はどんどん短くなって。気にしない人も多くなって。でも儚い水色をいつもどこかでずっとずっと。 忘れられないでいる。 遥、春のことをいつまでも忘れられないんだ。周りはみんな群青になって僕だけが取り残されているんだ。君の中に。 遥、君のことを忘れるなんて有り得ない。だからまたいつか、巡り巡って、出逢える日を待ってしまうんだ。許してね。 遥、春のことをいつまでも忘れたくないんだ。群青に染まってしまうの?囀りも五月蝿い蝉の鳴き声に穢れていくんだ。 遥、君のことをいつかは忘れてしまうなんて。またその時は美しい水色の雲の上で、二人一緒に桜を眺めながら 泣こう。
第九話 トパーズさんの悩み
「サラ、トパーズって、ほうせきのひとつなんだって。すごいね、サラ。」 「ほうせき?」 「キラキラのきれいないしのこと。」 「へえ!ほかにもあるの?」 「あるよ!ぼくね、トパーズもいいけど、ダイヤモンドがいちばんすき!」 「ダイヤモンド?なんで?」 「すごくキラキラしてて、きれいで…、サラみたいだから!」 「わたしみたい?」 「うん!サラもキラキラしてる。ダイヤモンドもキラキラしてる。」 「じゃあ、リオンもダイヤモンドみたい!リオンもキラキラしてる!」 「ぼくが?」 「うん!リオンもエイミーもナナもジェイムも、みんなダイヤモンド!」 「サラ…。ありがとう。でも…」 「でも…?」 「なんでもない。」 ハッと目を開けると、そこは医務室でした。なんだか、おかしな夢を見ていたようです。サラとリオンとは一体誰のことでしょうか。 「ドール!」 次に目をやると、トパーズさんが涙目になってこちらを見ていました。 「トパーズさん!ご迷惑をおかけして申し訳ございません。もう大丈夫です!」 私が慌ててそう言うと、トパーズさんはワッと泣きだしました。 「ドール…。ごめん、ごめんね…。こんな先生で…。」 「えっ…?何故ですか?私はトパーズさんから沢山の事を教わって…。」 「ごめんね…。全部私が悪かっ…、ミラの言う通り、私ってほんとに駄目だ…。」 「え…?」 どうしたのでしょう、いつもと様子がおかしい気がします。 「なんで私はいつもこうなの…?これじゃあ、ミラに負けちゃう…上級になれない…。」 「トパーズさん!落ち着いてください!」 私がそう言っても、トパーズさんはしくしくと泣き続けています。 「ごめんなさい…。そもそも教え子の前だからって調子に乗ってあんな技使ったからいけないんだ…。」 「そんな…」 そんなはずありません!エンジェル・ショコラはきっと、トパーズさんが誰よりも一生懸命頑張って、やっと出来るようになった努力の証です!トパーズさんのエンジェル・ショコラはトパーズさんにしか作れません!そんな素晴らしい商品を、トパーズさん自らの手で汚して欲しくない…。 身体中からふつふつと悲しみと怒りが湧き出してきます。どうしても、この感情をトパーズさんにぶつけるしかないような気がします。私は勇気を振り絞って叫びました。 「そんなことありません!」 トパーズさんは、私の声に驚いたように体をビクッと震わせて、そろそろとこちらを振り返りました。その顔には、普段の柔らかで、それでいて威厳のある表情も、輝く宝石のような瞳もありません。虚ろで暗い顔で、まるで私より年下の小さな子どものようです。 「私には、まだ働いてらっしゃるナイトさんのことはよく分かりません。でも、トパーズさんは毎日毎日すごく頑張ってらっしゃいます。今日だって!私たちのために沢山のことを教えてくださいました。私はとても楽しかったです!」 「ドール…。ありがとう、でも、でも駄目なのよ…。私は失敗してはいけないの。早く上級になって、主様に喜んで頂かなくては…。だから駄目。駄目なの。私は何をやっても駄目なの。ミラみたいに主様に愛されていたら…。」 「…。」 どうしましょう、これ以上言葉が出てきません。トパーズさんはどうしてそこまで主様やミラさんに執着を…? 「トパーズさん、これだけは言わせてください。トパーズさんは今日、すごくすごかったです!トパーズさんは私の、私たち見習いの憧れです。本当です。トパーズさんは私たちの瞳を見たことはありますか?私たちはいつも、憧れと尊敬の瞳で、キラキラした瞳でトパーズさんをみています。ミラさんのことを、そんな風には見られません。勿論、ミラさんのことも尊敬していますが、みんながあんな風に見るのはトパーズさんだけ。トパーズさんの宝石の輝きはトパーズさんにしかないのです!その輝きを、大切にして、時には私たちや周りの方々を頼ってください!」 「私にしかない、宝石の輝き…ありがとう…ドール…。私は私なりのやり方で、上級ナイトになってみせるわ。今日は恥ずかしい所を見せてしまったわ…。ごめんなさい…。」 「あの、ひとつ質問があるのですが…。」 「なぁに?」 「答えたくなければ大丈夫なのですが、トパーズさんとミラさんは仲があまり良くないのですか?」 「いいえ。私が一方的に嫉妬しているだけよ。」 嫉妬…?トパーズさんが…? 「なぜですか…?それは、なぜ?」 「ミラは主様に愛されているから。ミラはぶっきらぼうだけど、すごく成績がいいの。沢山の人を救ってる。エンジェル・ショコラを使えるようになったのも、同期の中ではミラが一番最初。それにミラは効果が切れそうなのを忘れたりしない。だから難しい『人間』の先生にも、選ばれた。将来の上級候補で、見た目も主様そっくり。嫉妬するのもわかるでしょ?本当はよくないって分かって分かってるんだけど。それに、これは私が悪いんだけど、失敗すると、ミラに怒られちゃうの。」 「ミラさんに…?」 トパーズさんのお話だと、主様は成績の良いミラさんのことをトパーズさんより愛されている、ということですが、主様がそんなことをなさるでしょうか。主様は誰に対してもクールなお方です。しかし、ミラさんと主様には、トパーズさんにさえ言えない『何か』がある…。 「うん。さっきも言われたの。調子に乗るなって。」 「そんな…。」 「ねえ、ドール、私からも質問していい?」 沈黙の後、トパーズさんが私に話しかけました。 「え?はい!もちろんです!」 「ドール、さっき『宝石』って言ったわよね?この間ミラに聞いたんだけど、まだ『宝石』が出てくる範囲はやってないらしいじゃない。どうして人間の『宝石』なんかを知っているの?」 「ええっと確か…。」 「たしか?」 「夢、です!夢!夢に出てきました!夢の中で私は、サラ、と呼ばれていて、リオン、という男の子と一緒に遊んでいたのです。『宝石』は遊んでいる時の会話です。トパーズ、も『宝石』の一種なんですよね。あとは…、ダイヤモンド…?」 「ああ、見習いの子にありがちなやつね。私も見習い時代はよくおかしな夢をみたわ。それにしてもすごいわね、そんな夢のことを覚えているなんて。ドールは記憶力がいいのかしら。それとも、私が忘れてしまっただけなのかしら。ナイトになってから、すっかり見なくなってしまったし。」 「そうなのですか?」 なるほど…。ではムーン達も、夢を見たことがあるのでしょうか。 記憶がなくなってしまうのは少し残念です。あの夢の中のリオン、はとても大切な人だったような気がするので…。 「さあ、もう部屋に帰りましょう。見習いの棟まで送って行くわ。」 「いえ、これ以上迷惑をかけるのは申し訳ないですから。道は分かります!今日はとても楽しい実習でした!ありがとうございました!」 そう言って私は部屋を出ました。長い廊下を通って、見習いの棟に帰ろうとした時、先程まではなかった物を発見しました。 「これは…?」