るっち
30 件の小説第27話 一欠片の自尊心
「せ、セリーヌ……今の言葉は、一体……?」 そう呟き後ろへ振り返ると、悲し気な表情を見せるセリーヌの姿が。 「……」 セリーヌは無言のまま俯き、尚も悲しんでいる雰囲気を漂わせる。 「セリーヌ、何故こんなーー」 声を掛け難い雰囲気ではあるが、それでも突き飛ばされた理由を聞こうとセリーヌに声を掛けたその時、俺の言葉は他の声によって遮られた。 「もう! 一体なんなの⁉︎ 全く騒々しいわね!」 その声のする方へ振り返ると、そこにはあのエリザがこちらへ向かって来るではないか。 すると、今までにないほどの悪寒と震えによって身体がどうにかなってしまいそうな感覚へと陥っていく…… 「あら? 無能さん、こんなところで何をしているのかしら?」 「あ……え、エリザ……さん……」 「はぁ? 気安く名前を呼ばないでくれる? 無能を移されでもしたら困るんだから!」 「は、はい……すみません……」 「はぁ、それで? あんな大声を上げてまで来て、一体この場所になんの用なの?」 「え、えっと……そ、それは……」 本当は逃げ出したい気持ちでいっぱいなのだが、一欠片の自尊心が俺を突き動かす。 「……い、依頼を達成したので、その、報告に来ました……」 「はぁ? 全く聞き取れないわ? もっと大きな声で喋りなさいよ!」 「ーー⁉︎」 (だ、ダメだ、怖い……でも!) これで諦めたらきっと立ち直れないと思い、精一杯の声を出す。 「依頼を達成したのでっ! そのっ! 報告に来ましたっ!」 「「ーーッ⁉︎」」 俺の大声により静寂が訪れる。 エリザも含め、その場にいる全員が気圧されたのだ。 「……ふふっ……」 先程の発言は撤回しよう。 どうやらセリーヌだけは気圧されてはいないようだ。 「そ、それで? い、一体どんなお使いをしてきたのかしら?」 (そ、そんな……ギルド職員なのに依頼をお使いと称するなんて……) エリザの発言にショックを受けながらも、極秘任務達成の件を報告することに…… (報告中……) 「……はぁ、嘘を吐くならもっと現実味のある嘘にしなさいよ……」 「い、いえ、さっき話した内容は全て真実です! ……あっ、そうだ! これを見てもらえれば、黒箱・解放!」 あのエリザと普通に話せていることが何故か誇らしく思えたので、その勢いのまま証拠を見せることにした結果、影の中から氷漬けのヒュドラ1体と浄化草1本をその場に出現させてみた。 「ーー⁉︎ え……う、ウソ……」 流石のエリザもこれには驚きを隠せずにいるようで、とてもあり得ないものを見たかのような表情をしては右側の口角をヒクヒクさせている。 「「……嘘だろ……なんだよ……今のは……」」 他の冒険者達も驚きを隠せずに騒ついていると、その最中にエリザは見当違いの解答を導く。 「……‼︎ そ、そうだわ! これはきっと、セリーヌさんが達成した依頼なのね!?」 エリザのその発言に皆がセリーヌに注目し始めると、不正解なのに何故か不安がよぎり、思わず俺もセリーヌに注目していた。 「……フフッ……」 そして、その時に見せたセリーヌの表情は、確実に怪し気な微笑みを浮かべていた……
第26話 ごめん
「……なぁ、セリーヌ……」 「うん? なに?」 「あ、の、さ……」 (ま、マズい、声が……) 「??」 再びセリーヌの顔を見ると今度は緊張により声が出せなくなり、その姿を見たセリーヌも不思議そうにしている様子。 (……そうだ、アレを試してみよう……) 急にその場で立ち止まり、俺は自己流の呼吸法で緊張を緩和することに。 「スゥーッ……ハァーッ……スゥ」 俺式呼吸法により、どうにか声を出せそうだ。 セリーヌも俺の言葉を待つかのように立ち止まっているので、待たせてはいけないと思い声を出した。 「あ、あのさ……」 「……うん」 俺の真剣な表情を察したのか、セリーヌの顔も真剣な表情へと変わる。 そして、とうとう疑問の答えを尋ねるわけだが不安と緊張で逃げ出したい気持ちが膨れ上がり「やっぱりやめとこう……どうせ碌な結果にはならないし……」そう思い始めてしまう。 しかし「それでもセリーヌは待ってくれているんだから、これ以上格好悪い姿は見せたくない!」という凄くちっぽけな意地を貫くために、ゆっくりとだが口を開く。 「え、えっと、2日前に突然俺はフラれたわけだけど、その理由がどうしても知りたくて……」 「ーーッ⁉︎ そ、それは……」 「ーー⁉︎」 (あの物怖じをしないセリーヌがこんなに動揺するなんて……) この時、ヒュドラと相対した時よりも動揺して狼狽え出す。すると…… 「そ、それは……あっ! ギルドだ!」 セリーヌが指を差しながら、冒険者ギルド付近まで来ていたことを告げる。 それに釣られ俺も冒……ギルドの方を見てしまい、結局はフラれた理由を聞くことは叶わなかった。 (今更、聞く雰囲気じゃないよな……) 残念に思いつつ、理由を聞くことについては一旦諦めた。 「は、早く行こうよ!」 「あ、あぁ……」 セリーヌは急かすようにギルドへ向かい出すが、その様子は明らかに動揺している。 それでも俺は、理由を聞かずにセリーヌの後を追うことにした。 (動揺するほどに話し難い理由なのか……?) 新たな疑問を抱えつつセリーヌの元へ向かい、そして追いつく。 「それじゃあ、入ろっか?」 「ちょっ、ちょっと待った!」 セリーヌの動揺する姿は既になく、いつもの堂々とした姿でギルド内へと俺を誘う。 しかし、今の俺は蘇る恐怖により身体を動かせずにいた。 「ご、ごめん……やっぱり、無理かも……」 ニカナならもしやと思ったのだが無理であることを悟り、諦めの言葉を吐くしかなかった。 「……そう、分かった……」 「セリーヌ……本当にごめん……」 「……ううん、いいの!」 そう声を上げると、突然セリーヌは俺の背後へ回り込む。 「へっ⁉︎ せ、セリーヌ⁉︎」 「キュロス、ごめん!」 セリーヌは元気良く謝りながら俺の背中を押して、ギルド内へ突き飛ばす。 「うおぉぉぉーっ⁉︎」 驚き叫びながらギルド内へ進入して転ばぬようどうにか踏み止まると、ギルド内の冒険者達は皆一斉に俺を見ながら茫然としている。 「は、ははは……」 当然の如く、俺は苦笑い。 だがこの時、俺にしか聞き取れないほどの小さな声でセリーヌは呟く。 「……キュロス、本当にごめん……」 その呟きが聞こえた瞬間、あの時の怪しげに微笑むセリーヌの横顔を思い出していた……
第25話 1つの疑問
「ねぇ、これからどこへ向かう予定なの?」 セリーヌからの唐突な問い掛けに動揺するが、確かに当てもなく歩くわけにもいかず、本音を言えば行きたくはないが素直に答えた。 「え、えっと……ぼ、冒険者ギルド……かな……」 「えっ!? そうなの!? 丁度さ、私も向かうところだったの! じゃあ、このまま一緒に行こ?」 「あ、あぁ、そうだな……うん、そうしよう!」 「えへへっ、同じことを考えてたなんて……なんだか嬉しいなぁ」 (あぁ、セリーヌの笑顔を見ると癒されるなぁ……) セリーヌとの何気無い会話に僅かだが幸せを感じた気がする。 でも今の俺達は恋人ではなく、ごく普通の幼馴染でただの冒険者仲間という関係なので、俺が幸せを感じるのはおかしな話なのもしれない。 (まぁ、セリーヌと5年も恋人でいられた時点で充分おかしな話なんだけどな……) そんなことを考える間にセリーヌから質問が。 「ねぇ、その右肩に乗せてるのって……」 「あぁ、モモのこと? ピンクモンキーのメスでモモっていうんだ。可愛いだろ?」 「えぇ! 物凄く可愛いわ! モモちゃん、こっちにおいで?」 「キキッ!」 セリーヌが右腕を曲げながら差し出すと、モモは躊躇なく差し出された腕から肩へと登る。 (⁉︎ モモがセリーヌの元へ向かった⁉︎) その光景を目の当たりにして思わず吃驚。 何故なら、ピンクモンキーは人の感情や欲望にとても敏感であり、邪な考えを持つ者には一切近寄らないからである。 つまり、セリーヌは邪な考えなど一切持っていないという結論に至るわけだ。 (やっぱり、あの瞬間に見たセリーヌの表情は見間違いなのか……? いや、まだ分からない……でも、モモがあんなに懐くほどだし……) 昨夜の件で人からの目を異常なほど気にするようになり、どうしても疑わずにはいられない。 だがそれでも心から信じたい気持ちが上回り、セリーヌを疑っていたことに対して恥じる。 「セリーヌ……勝手に疑っていて、ごめん……」 「えっ? 何が? 私、何か疑われていたの?」 「えっ⁉︎」 (えっ⁉︎ 何故、疑っていたことを……もしかして、思っていたことを口に出してた⁉︎) どうやら無意識に呟いていたようで、それを思うと急に心苦しくなってしまい、昨夜の件も含めて疑っていたことを正直に告白することに…… 「なるほど、そういうわけなのね……そっか、それなら仕方ないかも……」 「ゔっ!?」 (ゔっ!? 胸が痛い……あの明るいセリーヌが、俺なんかのためにこれほど落ち込むなんて……) セリーヌの落ち込む姿を見た瞬間、俺の胸は張り裂けそうなほどの痛みを感じた。 しかしそれと同時に、ふと1つの疑問が浮かび上がる。 それは「何故、俺と破局する道を選んだのか」という疑問である。 確かに俺は、セリーヌにとって相応しい恋人ではないのかもしれないが、特に喧嘩や浮気をしたわけでもない。なのに、何故…… (あぁ、死ぬほど怖い……でも……) セリーヌに今、その疑問の答えを聞こうと思う。 たとえその答えにより深く傷つき、立ち直れなくなったとしても……
第24話 共に……
「……なぁ、セリーヌ?」 「うん? なに?」 俺の呼び掛けに振り向くセリーヌ。 対面したセリーヌの表情を観察する俺。 (……何か企んでいるのかと思ったけど、特に怪しいところは無い……俺の見間違いか……?) 観察中の俺に、セリーヌが問い掛ける。 「えっ、なに? 私の顔に何か付いてる?」 「い、いや、何も付いてないよ……」 「じゃあ、なんで私の顔をジッと見てたの?」 「そ、それは、セリーヌだなぁと思って……」 「プッ、何よそれ? 相変わらず変なんだからぁ」 笑いながら再び前方へ振り向くセリーヌ。 どうにか誤魔化し苦笑いをする俺。 そして前方を見ると、西門の目の前まで来ていたことに気づく。 (うぅ、ダメだ……怖い……) 俺が恐怖心から足を止めると、それに気づいたセリーヌも足を止め、一言。 「私がいるから大丈夫! ほらっ、手を繋いで行こ!」 そう言うとセリーヌは、俺の左手を手に取り西門の中へと進み出す。 (……セリーヌ……やっぱり格好良いなぁ……) 恐怖心が和らぎ、昔からセリーヌに憧れを抱いていることを思い出した。 「お疲れ様です」 「お、お疲れ様でス!」 「おお、お疲れ様でス!」 セリーヌが2人の門兵達に挨拶すると、その門兵達はセリーヌのファンらしく、とても緊張している様子で挨拶を返す。 (セリーヌはAランク冒険者のうえ、ギルドの広告塔でもあるからファンがいるのも当然だよな……) 同時期に冒険者となった俺達だが、1ヶ月後には既に差が付き始めていた。 どうにか追いつこうとしたが、差はどんどん広がるばかり。まさしく、雲泥の差というやつだ。 (セリーヌは雲で俺は泥か……今の俺にはピッタリだな……) 落ち込みながらも門兵達にお辞儀をする。 しかし門兵達からの返しはなく、それどころか門兵達は俺に怪訝な目を向けながら陰口を叩く。 「なぁ、セリーヌさんはなんであんな奴と一緒にいるんだ?」 「さぁ? 荷物持ちかなんかだろ?」 「だよな? じゃなきゃあんな落ちこぼれとは一緒にいたくないよな?」 「あぁ、あんな無能と一緒は勘弁だもんな!」 「「あはははっ!」」 笑いながら見下してくる門兵達に俺は俯き気づかぬフリをし、悔しさに耐えるため歯を食いしばり、密かに右手の拳を握り締める。 そして、まさか20歳にも満たない若者にまで見下されるとは思っておらず、悔しさとそれ以上の惨めさに苛まれては更に落ち込んでしまう。 (あぁ、こんなことなら来なければよかった……もう耐えられない……引き返そう……) 来たことに後悔して門外へ引き返そうとしたその時、笑い見下す門兵達に向けてセリーヌが口を開く。 「は? あんた達にキュロスの何が分かるの? はぁ……キュロスのことを何も分かってないくせに勝手なことを言うな‼︎」 「「ひぇっ⁉︎」」 突如セリーヌに怒鳴られて唖然とする門兵達。 俺は胸が熱くなり涙ぐむが、流さぬよう頑張って堪えた。 「……セリーヌ……ありがとう……」 興奮するセリーヌに向けて感謝の言葉を述べると、セリーヌは優しく微笑み返答した。 「だって、私が悔しかったんだもん! ……ねぇ、それより早く行こ?」 急ぐセリーヌに手を引っ張られながらも西門を通過し、そして街の中へと共に歩むのであった……
第23話 セリーヌ
「……はっ⁉︎ いっ、今っ、何時だ⁉︎」 「キッ⁉︎」 俺は慌てて起き上がった……が、どうやら夢を見ていたようだ。 時系列はバラバラだったが、過去の記憶であるのは間違いない。 「キッ⁉︎ キッ⁉︎」 寝惚けて急に起きたものだから、モモが何事かと驚きながら辺りを見渡している。 今までの俺だったら声を上げて笑っていたのだろうが、今の俺では笑えなさそうだ。 「モモ? 俺が寝惚けたせいで起こしちゃってごめん……」 「キキキッキッ!」 「気にするな? ははっ、ありがとう……」 モモのおかげで少しは笑えるようだ。 だがその時、ふと昨日の出来事を思い出す。 「……うぅ……い、嫌だ……やめてくれ……これ以上は思い出したくない……た、頼む……やめてくれ……頼むから……ううぅ……」 「……キィ……」 頭を抱え込んで苦しむ俺を見て、モモは心配そうに声を掛けてくる。 「だ、大丈夫……もう少し時間が経てば落ち着くはずだから……」 「……キキィ……」 モモが心配するなか、俺は座ったまま俯き、暫くの間何も考えずに過ごした…… 「ねぇ、何してるの?」 (……誰だ? 俺に話し掛けているのか……?) そう思いながらゆっくりと顔を上げて、声を掛けてきた相手の顔を覗く。すると…… 「⁉︎ せ、セリーヌ……⁉︎」 俺に声を掛けてきたのは、元恋人である『セリーヌ』であった。 セリーヌとは生まれた頃からの幼馴染で、20歳の時に恋人となり、そしてつい2日前に破局したばかりというただならぬ関係である。 まぁ破局したといっても、一方的に俺が捨てられ……いや、フラれたわけだが…… 「ねぇ、何ポカンとしてるの?」 「……えっ?」 「はぁ、まぁいいわ。それより、こんなところで何してるのよ?」 「あ、あぁ……昨日ちょっと、門限に間に合わなくて……」 「ふーん……じゃあ、昨日野宿して今に至るって感じね?」 「あ、あぁ……まぁ、そんな感じかな……」 「ふーん……」 「……」 (うっ、何故か気不味い……) 気不味い雰囲気が漂い出し、少しの間だが沈黙となる…… 「……ねぇ、街の中に入らないの? もうとっくに開門時間は過ぎてるけど?」 「あ、あぁ……今はちょっと……」 「ふーん……じゃあ、一緒に中へ入る?」 「えっ……街の中へ……一緒に……?」 「えぇ、そうよ?」 「……」 セリーヌに誘われた際、一緒なら恐怖にも耐えられるのでは? という思いが浮かぶ。 しかし、結局は恐怖が勝り、行動に移すことができずにいた。だがその時…… 「ほらっ、行こ?」 そう言ってセリーヌは俺に右手を差し出す。 その右手はとても輝いて見え、無意識に俺は左手を動かしていた。 「……あ、あぁ! 行こう!」 まるで導かれるように差し出された手を取り、力強く立ち上がった。 すると、セリーヌはパッと俺の左手を離して西門へ向けて歩き始めたので、狼狽えながらも俺はセリーヌの後に続いて歩くことに。 そして歩きながら毛布をアイテムポーチへ収納。その後ふと顔を上げた瞬間、セリーヌの横顔が瞳に映る。 「えっ……⁉︎」 その瞬間俺の瞳には、セリーヌの横顔が怪しげに微笑んでいるかのように映っていた……
第22話 無能
「俺は知っているんですよ⁉︎ あなたがーー」 俺が知り得た情報を門兵Aに暴露。 「なっ、なんでそのことを知っているんだ⁉︎ いっ、一体どこでその情報を……⁉︎」 突然俺からの反撃を受けた門兵Aは、動揺を見せたうえに慌て出したので、透かさず追い討ちを掛ける。 「そんなことよりも、誰に金を貰ってこんな下らないことを依頼されたんですか⁉︎」 「うがっ⁉︎ そ、そそ、それは……」 的確な追い討ちを受けた門兵Aは、更に動揺して目も泳ぎ出す始末。 それを好機と捉えて更に問い詰める……はずが、その時ある人物が姿を現した。 そのある人物を見た直後、全身が凍るように冷たくなり、同時に両足が震え出す。 「あら? 奇遇ね、こんな所で会うなんて。ふふっ、残念だけど門限はとうに過ぎてるわ。また明日いらっしゃい」 そのある人物とは第1級ギルド職員であるエリザのことであり、エリザの高慢で高飛車な態度を目にした瞬間に黒幕だと悟り、そして疑問を抱く。 きっとエリザが根回しをしたに違いない、でも一体何故? その疑問も含めて抗議しようとしたが恐怖から声が出ず、逆にエリザから痛恨の一言を浴びる。 「あなたのような無能は、私達を楽しませるだけに生きていれば良いのよ?」 思いもよらぬ言葉に動揺させられて震えが強まるが、それでもなけなしの勇気を振り絞り口を開く。 「な、何故……何故、そんな酷い言葉を……?」 「あら? だって事実でしょ? あなたが無能で落ちこぼれのFランク冒険者だということ」 「い、いえ……はい……」 「ふんっ、漸く理解したの? 本当に物分かりが悪いんだから。これだから無能は困るわ」 「……す、すみません……」 「はぁ……情けない男、本当に無能ね」 「……」 『無能』その言葉を連呼されて、怒りよりも惨めさを覚え、そして、心が折れた。 それは、今までの人生で充分身に染みていたから…… 俺の状態を把握したのか、エリザと門兵Aは高笑いをしながら闇に消え、門兵BとCは無言で持ち場へ戻り、一方の俺は俯き無言のまま西門から立ち去った。 『ニカナでも心の傷は癒せない』その証明が成された瞬間である。 「……」 結局、心が折れてしまった俺は野宿をすることになり、街の外壁に身を寄せた。 その後は外壁にもたれ掛かりながら座り、特にすることもないのでそのまま寝ることにした……が、寝る前に様々なことを悩み出す。 (何故、俺にあんな姑息な意地悪を? 何故、俺にあんな凍える視線を? 何故、俺にあんな酷い言葉を? 何故……何故、俺ばかりがこんな目に……) 悩みに悩んだ挙句、声を殺しながら泣いた。 俺の惨めな姿を目の当たりにしたモモは、心配そうに俺の懐まで来て抱きついてくる。 その健気な行動に、自然とモモをギュッと抱き締めていた。 「……モモ、そろそろ寝ようか……」 「キィ……」 「おやすみ……」 「……」 モモを抱き締めてからどれほどの刻が経ったのだろうか。 既にモモは寝てしまったようで、俺からの言葉に返答はなく、辺りで鳴く虫達の音だけが耳に響いていた。 そして寝る直前、アイテムポーチから毛布を取り出しながら呟く。 「モモ……ごめんな……」 そう呟くとモモを抱いたまま、寒空の下で夜を明かすのであった……
第21話 門限
「よかった、はぁ、どうにか、はぁ、間に合った……」 「キキッキッ!」 俺とモモは漸く街の西門まで到着。 駆け通しでどうにか門限前に着けたようだが、この場に到着するまでの道程では色々とあり、それは何もしていないのに魔物から追われたり、夜のために道を間違えて遠回りしたりと慌しかったのだ。 「そうだ、はぁ、時間、はぁ、見なきゃ……よし、はぁ、これなら……」 呼吸を乱しつつ腕魔時計を見ると、門限までに10分もあることを確認できたので、乱れた呼吸を整えるために焦らずゆっくりと呼吸を繰り返す。 「……はぁ、はぁ、はぁ……すぅ……ふぅ……」 ゆっくりと呼吸を整えたあと、西門を通過するために歩を進めていく。 だが門下に近づくと謎の違和感を感じ、その違和感は何かと考えながら先に進む。すると…… 「……ん? あれ?」 門下にいる門兵が1人、2人、3人……おかしい、確か門兵は2人しかいないハズ。 (もしかして、西門だけは特別なのか……?) 不思議に思いながらも西門を通過しようとしたその時、1人の門兵が声を掛けてきた。 「おい! お前、キュロスだよな?」 「は、はい……そうですが……?」 (何故、俺の名前を知って……?) 門兵Aは何故か俺のことを知っており、加えて明らかに敵視を向けているようにも見える。 以前に俺が何かしてしまったのだろうか? 心当たりは何も無いのだが…… そんなことを思っていると、門兵Aが俺の目の前まで近づいてきてこの一言。 「ふんっ、残念だったな! たった今門限は過ぎたぞ? また明日出直してこい!」 門兵Aの言葉に一瞬唖然としたが、すぐ我に返り言葉を返す。 「ど、どういうことですか? 門限まではあと5分もありますよ……?」 俺の言葉に門兵Aは溜め息を吐き「とにかく駄目だ!」と言って聞かず、幾ら抗議しても同じ言葉を繰り返すだけ。 (む、むぅ……こうなったら……) これでは埒が明かないと判断したので、他の門兵の2人に話を振った。 「ーーお二人はどう思いますか?」 『……』 しかし門兵の2人は顔を背けて完全に無視し、門兵Aはそれを見てニヤニヤと笑う。 それはまるで冒険者ギルドの職員達のように…… 「……‼︎」 その瞬間、ハッと気づく。 コイツは冒険者ギルドからの差し金ではないかと。 その考えに至ると、少しでも情報を得るために再び門兵Aへの抗議を開始。 「……者ギル……ら金……頼を……てい……」 予想は見事に的中。 コイツこと門兵Aは冒険者ギルドから金を貰って依頼を受けていたのだ。 ただ、どのようにしてその事実を知ったのかというと、門兵Aへの抗議中に地獄耳のような聴力を駆使して門兵BとCの会話を盗み聞きしたのである。 「冒険者ギルドの職員から金品を貰う代わりに依頼を引き受けていた」 以上が門兵BとCから盗み聞きした会話内容であり、つまり門兵Aはギルド職員の誰かから賄賂を貰う代わりに俺を街の中へ入れぬよう依頼を引き受けたということになる。 まぁ、盗み聞きした言葉の通りなのだが。 「上手くいってよかった……あとは……」 真相が明らかとなり、これから俺の反撃が始まること、そしてその後に起こることを門兵Aはまだ知らないのであった……
第20話 夜に駆ける
「……いた! やっぱりグラスウルフの群れだ!」 街の方へ暫く進むと、およそ500m先にグラスウルフの群れを発見。 実はその前から魔力反応を探知してはいたが、敢えて気にせずにいたのだ。 何故なら、今の俺には魔物を回避する必要は無いのだから。 「少し多いけど問題無いな……」 グラスウルフの数は12匹、丁度1ダースのようだ。 魔物の数は少しだけ多いが気にせずに進む。 400、300、200、100、そして80mほどまで進むとその場で足を止め、前回のグラスウルフ戦よりも遠くの位置から狙いを定めて魔法を唱える。 「雷槍(らいそう)!」 雷電が集束して槍の形に象られ、計12本の雷槍がグラスウルフの群れに向けて放たれると、その雷電の槍は光り輝き不規則に天翔ける。 すると1匹につき1本の雷槍がグラスウルフ達に突き刺さり、その瞬間に強烈な雷撃がグラスウルフ達の全身を暴れ回る。 もう少し時間が掛かると予想していたのだが、僅か数秒でグラスウルフ達は動かなくなり、それを目視で確認してから近づいていくことに。 「よしっ、倒せてるな!」 確実に全て倒せていることを確認し、グラスウルフ達を黒箱へ収納して回り、そして最後の1匹の手前でピタリと足を止める。 「……ん? コイツは確か……」 グラスウルフかと思われた1匹の魔物だが、実はグラスウルフの上位種に当たる「フラワーウルフ」であった。 フラワーウルフは脅威ランクDの狼系魔獣であり、グラスウルフを率いる際に必要な『強制統率』という非常に厄介なスキルを持つ。 強制統率とは、同属の下位に当たる魔物を強制的に率いることが可能となるスキルであり、そのスキルを持つ魔物によっては最凶のスキルとなるだろう。 しかし、今回はそのスキルを活かすことは叶わなかったようだ。 「やった、フラワーウルフだ! ラッキー!」 寧ろ、運が良かったと思いながらフラワーウルフを黒箱へ収納した。 「……‼︎ モモ……ぷふっ! くくくっ……」 収納後にモモの顔をふと覗くと、モモはあんぐりと口を開けたままで驚きの表情を見せる。 それほどまでに雷槍と黒箱の魔法が衝撃的だったのだろう。 モモのその表情を見たら思わず吹いて笑ってしまった。 「キキッ⁉︎」 どうやらモモは俺に笑われたことで軽くショックを受けたようで既にあんぐりとは口を開いておらず、これ以上は笑わされずに済みそうだ。 そう思ったら逆に思い出し笑いをしてしまい、そんな俺に釣られてモモも笑い出す。 「くくっ……ダメだ、思い出しちゃったよ……くふふっ……」 「キキッ、キキキッ……」 こうして、一緒に笑いながら三度街へ向けて歩き始めた…… 「……リーン……リーン……リーン……リーン……」 辺りは暗くなり、いつの間にか虫達の鳴き声が目立つように。 このままでは街の門限に間に合わないと判断して、街へ向かうペースを上げるために駆け出した。 もし門限に間に合わなかった場合は翌日にならないと街へ入ることが許されず、しかも当日の夜は街の外で野宿となってしまう。 野宿の準備は一切していないのでそれだけは絶対に避けたいところだ。 「街まではあと少し、あと少しなんだ……!」 自分にそう言い聞かせながら街を目指し、夜に駆けるのであった……
第19話 名前
「……ん、帰るか……」 暫くの間、その場に立ち尽くしていた俺は、街の方へゆっくりと振り向く。 そして、心が晴れぬまま歩き始めることに。 「……うん? 何かが来てる……? この気配は……魔物か? でも……」 歩き始めた直後、後方より何者かが近づいてくる気配を感じ、それが魔物だとは理解したが敵意は全く感じられず、寧ろ好意的な気配を放っている気がする。 (もしかして、仲間になりたいのか?) なんてことを考えているうちに、その魔物はすぐ後ろまで迫っていた。 一体、どのような魔物が俺に迫っているのだろうか? もし襲ってくるようなら、その時は…… 「キッ!」 (……ん? なんか聞き覚えのある鳴き声がしたような……?) そう思い、咄嗟に声の方へ振り返ると、そこには唯一生き残ったあのピンクモンキーの子どもの姿が。 「キキッ!」 ピンクーモンキーは透かさず俺の右足にしがみついてはギュッと抱き締める。 敵意がないことは分かっていたので、特に抵抗はせずに見守ろうかと。 すると、俺の顔を見つめながらピンクモンキーは喋り始めた。 「キッキキ、キキッ!」 「一緒に、行く……?」 ピンクモンキーの言葉を理解し、そして悩み出す。 (ど、どうする? テイマーじゃない俺では……だけど……) 悩みに悩んだすえに決断した。それは…… 「よしっ、一緒に行こう!」 このまま1匹だけで残してもきっと生き残れないと推察して、ピンクモンキーを一緒に連れていこうと決心。 「キッキーッ!」 やったー! と言っているようだ。 大人でも充分愛らしいのにそれが子どもとなると、愛らし過ぎて溺愛してしまうだろう。 何せ「愛らしい魔物ランキング」で5年連続1位を獲り、見事に殿堂入りするほどなのだから。 (可愛いうえに賢いし、最高だな!) そんなことを思いながらピンクモンキーを右肩の上に乗せて左手で頭を撫でると、ピンクモンキーは嬉しく喜び左手に頬擦りをしてくれた。 「ははっ、本当に可愛いなぁ……よしっ、それじゃあ一緒に街へ帰ろう!」 「キキッ!」 こうして俺は、ピンクモンキーを連れて再び街へ向け歩き始めるのであった…… 「……はっ⁉︎ そうだ! 大事なことを忘れてた!」 暫く歩いていると、不意にある問題に気づく。 それは名前だ。ピンクモンキーの名前をまだ決めていないのである。 「なぁ、そういえば、お前の性別って?」 「キキッ!」 「メス……そうか、女の子なんだな?」 「キーッ!」 「そう! って言ったのか……分かった、教えてくれてありがとう!」 どうやらこのピンクモンキーの子どもは女の子のようなので、是非とも可愛らしい名前を付けてあげようと思う。 「……ピンキー……ピーチ……桃……もも? ……!! そうだ! モモだ、モモにしよう!」 ある瞬間に良さげな名前を閃き、このピンクモンキーの名前はモモに決定。 そのことをモモに伝えると、心無しか喜んでいるように見える。 「いや〜、良さげな名前を付けてあげられて本当に良かったぁ〜」 名前も決まりニコニコと笑みを浮かべながら、俺達は街へ向けて歩を進めるのであった……
第18話 埋葬
「うーん……そうだ、確かこういう時に使う魔法があったハズ……」 炎が消えるまでの間、ある魔法を思い出そうとしており、その魔法が使えれば喚虎を買取に出せると推測した。 するとその最中、燃え続ける喚虎にふと目を向けると、炎はかなり弱まって今にも消えそうな様子。 「ふぅ、やっと消えたか……」 自然と炎は消えたが既に喚虎は丸焦げとなっており、やはり買取は無理そうだ。 そこで、炎が消えるまでに思い出した魔法を使うことにしたのだが、それもある人物から見せてもらった魔法であり、効果のほどは定かではないので賭けにはなるが、早速唱えてみることに。 「よしっ、一か八かだ! リペア!」 丸焦げになったはずの喚虎の全身が、見る見るうちに綺麗になってゆく。 リペアは上級の修復魔法であり、治癒魔法とは別物のようだ。 「コレは……便利だな……」 リペアの凄さに驚いたすえ、思わず呟いていた。 「だけど、これで買取も可能なハズ!」そう考えながら綺麗になった喚虎を黒箱へ収納。 「次は……」 ピンクモンキー達の亡骸があるところへ向かい始めたのだが、その足取りはかなり重い。 それはまるで、向かうことに対して拒絶するかのようであった。 「それでも行かなきゃ……」 拒絶を振り切るが如く、力強く歩き向かい続けた…… 「うぅ……なんて残酷なことを……」 ピンクモンキー達の亡骸があるところへ着き、そして目の当たりにする。 その無残な姿を直視した瞬間、心の中に初めての感情が生まれる。それは、悲哀感であった。 その悲哀感を抱きながら、地面に両手を突いて魔法を唱える。 「弔壕(ちょうごう)!」 両手の掌から前方へ広い範囲で地面が掘削されてゆく。 なお、掘削された土はとても触り心地が良く、これならきっと安らかに眠れるだろう。 俺は1匹ずつリペアを掛けてから、丁寧に、丁寧に掘削した場所へ亡骸を運んでいった。 「……⁉︎ そ、そんな……何もここまでしなくても……」 中には小さな子どもや赤ちゃんまでもが亡骸となっており、思わず目を背けてしまう。 だが再びその姿を見て確認すると、なんとも言えないほどのやるせない気持ちに…… かなりの時間を要したが、決して手を抜くことはせずに、56匹全ての亡骸を運び終えた。 地面を元に戻すため、掘削時の土に両手を突いて魔法を唱える。 「弔墓(ちょうぼ)!」 掘削時の土が優しく亡骸達を埋めてゆき、その光景を心の中で弔いながら見つめていた。 そして、埋め終えたあとは掌を合わせて黙祷を。 (仇は取らせてもらった。だから、埋葬で我慢して欲しい……あとは、みんなが安らかに眠れるよう心より祈ってるから……) 黙祷が済み、街へ帰ることに…… 「あぁ、やっぱりダメだ……」 街へ帰り始めたがすぐに足を留め、亡骸を埋葬した場所の方へ振り返る。 それは依頼の達成感よりも今の悲哀感の方が、もっとずっと重く深く心に響いているからであり、自分でもどうしていいのか分からずにした行動であった。 (ゔぅ、胸が苦しい……俺はどうすれば……) どうしていいのか分からないまま、その場にただただ立ち尽くすのであった……