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71 件の小説

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絵空事の音楽室

「おはようございます」  澄んだ朝の空気に脈打つ鼓動が際立って感じた。 「...おはよー」  側から見たら気まずいという一言に纏められそう。先輩はいつも通り素っ気ない。わたしの視線を振り払うように先に進んでいく。私は後を追いかけることを諦め、ゆっくりと下駄箱に靴を納めた。忘れ物をした教室に寄った頃には音楽室から先輩の吹くトロンボーンの音が聞こえてきた。その音色は、諦めたように空気のまま貫通してるみたいだった。聞くたび、どこか熱を欲してるように思った。それは、私にとっては少し怖かった。  一年生の頃、先輩から何で吹部に入ったのか聞かれたときがあった。 「なんで吹部に入ったん?」 「憧れだったんですよね」 「ふーん。」 「佐々木先輩もそうでした?」 「別に憧れはなかったかなー。」 「そうなんですね。じゃあ何で吹部にいるんですか?」 「うーん。なんでだったっけ」  思っていたより理由のない答えで、それは先輩の性格だからと理解できる所はあるものの、その時の私は先輩が大切なものから目を背けてるようにも見えた。 「そんなふわっとしてたんですか?」 「まぁそんな感じ。」 「はー」 先輩は少し空気を纏ったあと、放った言葉は独り言にしては淡々とした口調だった。 「....なんか、人生なんもいいことないわ」  本音のような、ただの愚痴のような、曖昧さにやみくもに共感することができなかった。そして、言葉の重みがのしかかって、すぐに何かを言うことができなかった。 「...まだまだですよ」 「まだまだがんばれってこと?」 「いやそういうわけじゃ...」  そういった先輩からは期待外れの言葉が返ってきたといわんばかりの怒りがあった。だけど、間が空いたあと、先輩がふと笑った。 「...あはは!あーそういうこと?」 「え?」  くしゃっと笑った安心した子供みたいな顔をした先輩がいた。そのとき、胸が優しくチクっと痛んだ。 「ねー!」 「はい」 「そういばあいつだるくね?」 「急に?」 「てかこの前カレー食べた時にさー、夏樹がきた後にさー」  何も気にせず永遠と話す姿が新鮮で、戸惑いながらもただ話を聞いていた。 「じゃあーがんばろねー」 「あー」  そう言って去る先輩を横目に愚痴を吐くだけいいように使われたような気もしたけれど、少し先輩を知れたような気がして嬉しかった。  音楽室からトロンボーンの音が聞こえる。  淡々とした音は、過去の中に引き戻されるような心地があった。  挨拶を交わした今日の中、あのときの先輩を探しても、今はどこにも見当たらない。

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絵空事の音楽室

はじめてのカメラ

水管橋の下、河川敷にあるブロックの窪みに足を引っ掛けて腰をかけた。手元にはカメラがひとつ、まだ青白い空を眺め、夕暮れを待った。覚束ない機械には憧れが帯びていて、意味もわからず付随するダイヤルを回しながらレンズの世界を確認した。太陽を写真に収めるのは、思っていたよりも難しいらしい。慣れたiPhoneでは、いつも通りのくっきりとした輪郭の陽が映るのに。カメラは、ISO感度、F値、シャッタースピードなどを調節して創意工夫していく必要があるとのことだ。 なんて、目の前に広がる壮大な景色とは裏腹に、目の前のカメラのことについて必死にもがいていた。 そうこうしていると日はだんだんと落ちてきて、差し込む光がまばゆく水面に反射するオレンジ色に染まっていった。 角度を調節して、シャッターを切る。 設定もあやふやなレンズ越しの景色だけど、はじめてのことだらけの今日を少しだけ誇りにしたいと思った。

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偽善

見抜かれることが怖い。 わたしは、社会の中で必死に取り繕ってる、変わらない1人の人で。こんなに考えてることを打算的だと思われたくない、優しさを俯瞰して捉えてると思われたくない。意地悪でもいいじゃんって、わからない人は分からなくてもいいから。 そんな格差のために、わたしはしたわけじゃないと突っぱねて。 だけど、それも一つの優しさであってわたしの内面を見てくれた言葉であるのに、どうしてこうも素直に受け取れないんだろう。 流れの早い川が雨に打たれて辛く見えた。

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ひとり旅

 綱渡りのような言葉。  車窓から眺める森の中、過ぎた田んぼ道、畦道のように進んでいく。どこまで行くのか、わかってるのに何処までも行ってしまいそうで。揺れるリュックサックと横にある本がわたしの思いを乗せたみたいにぽつんと確かに存在してる。  天才ってなんですか、人に迷惑をかけるってなんですか、勝手に期待しただけなんじゃないですか。 考える前に肌、目、心で感じて。曇り空、晴れるまで、何度でも信じたい。綺麗事でも、理屈が通っていなくても、わたしはわたしを生きたい。  実際のわたしは、卑屈でぐるぐる考えて、傷つけることが怖くて、それは甘えでもあるのにね。 優しくなりたいと願いながら、何も持たないから求めるわたしに戻ってしまうから、何度も何度も言葉を紡いで忘れないようにしてる。 今日は食べたいものがない、比べられたくない、さよならを信じたい。 頭の良さで人を括らないで。それも一つの個性であるのは分かるけれど、それを受け入れられないわたしは劣等感があるのかな。そんなことを気にしてしまうのはどうしてなんだろう。 悩みを摘むから見つめてしまって、遠くにある景色に気付けないまま、下を向いてる。

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わたしを好きでいること

わたしは、わたしを好きでいたかった。 結婚している相手を好きになってしまった。 なぜ好きになってしまったのか、相手が既婚者である以上わたしの好きを信じられなくなった。 行動なんて起こせるはずもなく、ただ変わらない日常の中で、この行き場のない気持ちだけはどうにもならなかった。 ただ職場で合う関係だった。 その日が待ち遠しいような、苦しいような。 話しかけられるたび、好意に気づかれないよう強がっていた。でも、何度終わりにしようと距離を置いたって、どうにもならなかった。 わたしを選んで欲しいなんて、少しだけ望んでしまった。だけど、そこに含まれていたのは好きになって欲しい気持ちだけだった。その選択をした相手の人生や自分の人生を考えたら、背負えるはずもなかったのに。 そんな甘い曖昧な世界に生きるのはもう嫌だ。 わたしは相手を好きになったこと、誰にも恥じずに言えるくらい自分のこの感情に責任を持ちたい。 好きになってもらう為に行動するのではなくて、わたしはわたしを好きでいるために、もう自分に嘘はつきたくない。 ぶつけることはしない、ただこの気持ちを認めて、向き合って、そこで逃げる人なんだってちゃんと目の当たりにして、前に進みたい。 わたしはこの人のことが好きだった。

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大人のわたし、子供のわたし

 不確定要素の可能性だらけの今に、なりたい期待の種が散らばっている。それに伴って、今がどんどん辛くなってくる。幸せに近づいてるはずだったのに、満たされなさだけが増えていく一方だった。  泣きたいのに泣けなかったのは我慢の結果だった気がする。  小さな幸せなこといっぱいあったはず。でも永遠が無いならって掴むことを怖がった。今も未来の1日であるのに、生き急いでるのかも分からない。現実と向き合うことができなかった。人といる時のわたしは無理してるとも言い切れなくて、でも楽しいだけじゃ無いから厄介だよね。  わたしは思ったよりセンチメンタルを抱えた人間で、言葉を紡ごうとするとどこか切り離せない。たぶん大人になりきれないわたしが、今のわたしを引き止めて、理由もなく諦めないでと子供っぽく駄々をこねているのかな。  世間的に正しい生き方を提示されても、そこに乗る責任感もあやふやなままで。そうやって生きている人を見ると、好きなことだけをしてる自分をどこか寂しく思う。そこには1人では感じられないものがあって、羨ましいと感じる気持ちがあって、それはただのない物ねだりじゃない気もしていて。 ちゃんと人を愛してみたい。

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星

別れを受け入れながら生きていくこと。 どうにかしたいということを強欲と表して自分を戒めてみた。 そうしたら、辛いという気持ちだけが残っていた。 嘘をつかないことで私の世界を強く繋ぎ止めていた。 だけど、完璧さは、どこか脆くて、不完全だった。 意味を探してしまうどうしようもない私、正しさなんて無いよって。 言葉にして向き合って、流れていく今日を抱きしめたい。 どこか笑えなかったわたしが引っかかって、明日になった今日に、昨日のまま眠れないでいる。 言葉に出来なかった気持ちや言葉にしたのに伝わらなかった気持ちが宙ぶらりんになったままだった。 星座を目で追った、目を閉じて肌を冷やしていく空気、息を吸ったとき心が澄んでいくような心地だった。

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初秋の葉

 小さく鳴る風鈴、水が流れていく、蜩が鳴いている。人の声、都会の足音が静かに遠のいていく残暑の夏に、初秋の訪れを微かに感じた。  空を見上げたもみじの数々はまさしく絨毯のようだった。青々として透けた葉はひとつ、またひとつと煌びやかに輝いていた。  笑い声がぽつりと遠く響く、鐘の音、小屋に佇んで写真フォルダには緑がたくさんだね。坂を登っては滝を見つけて、大木の雄大さを見つめ、空を眺めた。  葉っぱの生きた心地に別れ際、惜しさを残して、少しだけ出口の階段の前にいた。 今日はそれだけで良かった。

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期待

いつからか期待に生きていたのだと思う 期待に応えることで何度自分を安心させてきたのだろう 心の声を聞くこともなく、でもそれじゃ無ければ得られないものであったのは確かだった 無理なものは無理でいい、 だけどそれを傷つける形で届けなくてもいい。 明日が怖いよね、悩みがたくさんあるよね、そんな日もあるよね なんとかなるなんていわないよ 大丈夫、わたしがいるから大丈夫

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1人の人

遠くに見えた色鮮やかな虹が、近づけば消えていくようだった。 言葉がわたしを説明しようとしなくなっていく。 それは触れると弾けてしまう膜に覆われていくようだと思った。 見えているものは同じでも、瞳に映るフィルター越しに何かを変えてしまっている気がして、曖昧さの意味を考え直した。 今日は過去形があまり馴染まない。 覚えのある感覚が懐かしくなった。 笑うわたしは道の先にいた。 置いて行った過去のわたしは、当時のわたしと変わらず、自分を見つめることはしなかった。 解離する感覚がある。 わからないまま明日が来るのを待っている。 笑わなくてもいい、救われてもいい。 そうやってきたことを今になって思い出した。

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