K.l
120 件の小説人生不採用(中途採用歌)
おでん屋で 爪楊枝咥えて 武勇伝語って 終電逃した 銭湯で 会ったじいちゃんに 夢を語って のぼせて搬送 学校帰り 空を眺めて ドブに落ちて 泥だらけの日 夢見てた未来の姿 信じてたあの頃の自分 それが嘘なんて、誰が言ったの 聞けよ、こころに お前は、それを照らせているのかい 道はそこにあるって言われても そんなの無理ってわかってるけど 聞けよ、こころに お前は、それで眠れてるのかい 誰かのために生きること それも確かな夢ではあるだろう 喫茶店で 恋愛相談 彼女できたこと 一度もないよ キッチンバイトで 先輩面してた 入ってまだ 一週間だけど デジタルで 本を読みたくて 本屋に行って 説明本買う ただ青かったあの夏 ただ楽しかったあの日々 それが無意味だなんて、誰が言ったの 聞けよ、こころに お前は、わくわくできているのかい 芸能人の不倫ニュースに 怒れるくらいの元気はあるのかい 聞けよ、こころに お前は、空を見上げているのかい 富士登山するドキュメンタリーに 泣けるくらいがちょうどいいのさ ああ、あなたのその怒り顔が ずっと、将来永久に 石像になればいいのになあ 暗い夜道に一人だけ 街灯のスポットライトで ライブして 職務質問 明日は早起き目覚まし 6時か7時か悩んで 結局深夜一時で 翌朝十時に絶望 エレベーターが閉まったと 宴会のためモノマネ練習 鏡越しに初披露して 俺一体何やってんだろ 誰も諦めてなんてないさ 諦めることすらできない それでも今を生きてる ただ生きているそれだけなの なんで美しいんだ くっさい靴下 なんで美しいんだ おかえりのその声が なんて美しいんだ 僕らの人生 最終コーナー回って ぶっちぎりの一位 みんなに応援されて そこで正座でお辞儀するような そんな人間でありたい そんな人生でありたい 人生不採用 人生不採用 人生中途採用可
勿忘草
君のことを忘れていたのさ さすがにほら、一人で目薬はさせるようになったよ それなのになぜか僕の瞳は、そんなものいらないほどにすぐうるっとするのさ。歳かな 燃えるゴミの日はいつでも僕だね 幼稚園のお母さんとも仲良くなってきたよ ひとりぼっちって寂しいってみんな言うけど、君なんて忘れるほどに忙しい毎日さ 流石にもう、君の前でギャグはやらないよ。娘がいつでも笑っていてくれてるからね なんでもない日常に置いてきたかけらが、繋がっていまの僕たちをつくってる 僕だけ置いてかれたような気がして悔しくて、君のことあの場所に置いて行こうとしたんだね ずっと先にいる気がしたのさ。もう空よりも高いところにいる君に。
石ころ
僕は石ころみたいなものさ 角を削られ社会の波に飲まれてる いつも眺めてたカワセミと 懐かしいあの場所 戻れないし戻らない でもずっと残ってほしい 君は天然水みたいに 澄み切ったその瞳で 僕の横にただ座る 僕はどこに忘れてきたんだろう いつのまにか溶けて消えていた 泥がへばりついたような気持ちで いじらしいやつと言われて 毎日生きているというのに 泳いでる魚たちを眺める僕に 君は顔をのぞきこんで言う 石ころがあってくれるから ここの水はこんなにも綺麗でいられるのね、と
心のひきこもり
上田裕也はキッチンの蛇口を捻って水道水を一気に飲み干すと、袖で顔を拭ってまた部屋に戻った。カレンダーは五ヶ月前のままぶら下がっている。月日は知らぬ間に流れていた。 同級生ももう、自分のことなど忘れているだろう。裕也はそう思いながらため息をついた。親も自分なんか見捨ててどこかに行ってしまったらよかったのに、俺を一人にはしてくれなかった。母親は日課のように俺の部屋の前に飯を置いていった。 いっそ誰かから忌み嫌われ、殺されるような人生ならば、どんなに楽だったことだろう。最近はそんなことを考える。死ぬ勇気なんてものはない。でも優しさにすがって生きている資格もないのだ。そんな感覚の狭間を無条件に彷徨っていると、何かをする気力も起きず、かといって何もしないのも酷く苦しい。雄介からのメールも、一週間は無視している。イヤホンを耳に押し込み、音量を一気に上げる。机の上には、CDが無造作に積まれている。 漫画でも買ってきてもらおう。五時半までのパートの母ももう戻るはずだ。母親にそうメールするも、今日は遅くなるから自分で行きなさい、と正論を投げ返されただけだった。 黒い雲が空を覆い、今にも雨が降り出しそうな生暖かい風が、耳元に溜まる。六時といってももう薄暗い。 こんな日に久しぶりに外に出るなんて、愚行だったと思いつつ、引き返せなくなった俺は、錆びついたビニール傘を片手に玄関を出た。 近くのコンビニまでは十五分。決して遠くはない。しかし、誰にも会いたくない俺にとって、家の外はアマゾンの奥地とさほど変わらなかった。いつどこから、毒蛇が現れるのかわからない。 中学の前を通ったあたりで、大粒の雨が地面に叩きつけられた。かなりの土砂降りだ。錆びついた傘には小さな穴がいくつも空いていて、使い物にはならなかった。スエットのフードを被って、道を駆けた。久しぶりに走ったが、陸上部の頃の感覚は案外残っている。 客もいないコンビニの前に、見かけない制服姿の少女がいる。大雨の中の駐車場で一人、傘もささずにびしょびしょに濡れている。 「……」 長く艶のある黒髪に白い髪留めが街灯を反射する。雨はまた一層強さを増し、駐車場水たまりは大きく波紋を作る。光出した電灯が風で大きく揺れている。 「やっと来た、山村くん。待ってたよ」 少女はそう言うとにこやかに笑う。ガサガサと街路樹は音を立て、車は水飛沫を上げて走り去る。知り合いかと思う、顔におぼえはないが、彼女はこちらの名前を知っているようだ。 「人違いじゃないか。俺は、君なんて知ら」 俺がそう言いかけた時、彼女は細々しい体のどこから出るのかわからないような声で、力強く叫んだ。 「あーあ。こんなに濡れちゃってどうしよう。家も遠いし、傘もない。ましてや女の子が一人ぼっち。さっき自転車と財布も盗まれちゃったし」 * 「ありがと。こう言う時は普通、家にあげてくれるものでしょ、山村くん」 古びたアーパートの一階のコインランドリーのベンチで、彼女は顔をしかめる。タオルと着替えを持ってきてやったのに、偉そうなやつだなと思い呆れる。 「うるせえな、いかにも不審者なやつを家にあげてどうする」 俺がぶっきらぼうにそう吐き捨てると、それもそうかと少女はそう言って笑った。 「それはそうと山村くん、学校行ってないらしいね」 回る洗濯機と雷がゴオゴオと鳴るなかで、少女はお節介に言う。まるで昔から知っているかのような語り口だ。 「誰に聞いたんだよ、てかお前、なんで俺を知ってる」 彼女は笑っているだけだった。そしてふと立ち上がると髪に手を通す。 「学校に来ればわかるよ。月曜日から来なよ」 「いやだな、いまさら。誰もそんなこと望んでない」 俺は体育大会の日を思い出す。母さんは執拗に言った。せめて行事は、と。泣きそうな顔を見て、嫌々家を飛び出した。でも俺は、誰にも望まれなかった。こざかしいやつになることを今更望みはしたくなかった。それでは、母親を余計に傷つける。 「誰も」 彼女は声を詰まらせた。俺は彼女を見る。 「私は、待ってるよ。ずっと」 その言葉はただの社交辞令にするには噛み締められた、ずっしりと重たい言葉だった。
くまぐみの20 第一話
くまぐみの20 時は西暦20XX年。日本は少子化が極度に進んでいた。子ども第一を掲げる日本政府は、少子化の進む現状を打開するため、「子ども政策法」を施行した… 子ども教習1 石田三彦(いしだみつひこ)二十歳、彼女いない歴=年齢、フリーター。月の家賃が3万円の格安ボロアパートに暮らし、休日はろくな近所付き合いもせずに薄暗い部屋でブルーライトを浴びて一日を終える。彼なりの日光浴であり、もっぱらいつものルーティーンだった。 しかし、そんな三彦でも今日は朝から早起きして一件のメールを待ち続けていた。そしてたった今、それが届いたところなのである。三彦はスマホの画面に固唾を飲んだ。震える指先で、メールを開く。 “貴殿の今後一層のご活躍をお祈り申し上げます。” 大きくため息をつくと、萎れたようにソファーに横になった。これでもう全部だ。 三彦には、絶対に採用されるとそう確信があった。面接官が三彦の回答に何度も笑顔で頷いていてくれていたし、「ぜひうちに来てほしい」と言われたからである。明らかに確定演出だったのだ。なのに、一体何がダメだったと言うのか。 「チクショウ、あの人事の徳川とかいうじじいめ」 三彦はスマホをベットに放り投げた。キッチンに向かい蛇口を捻って水道水を一気に飲み干すと、袖で顔を拭った。赤いバツばかりが付けられたカレンダー。知らぬ間に、高校を卒業してから二年余りの月日が流れていた。志望大学のに落ち、浪人しながらバイトで食い繋ぐ日々。進学を諦めて、仕事を探すもこの有様だ。 「ネットサーフィンでもしよ」 三彦は起き上がると放り投げたスマホをもう一度開いた。ふと、またさっきの画面が映る。 “この度は弊社への就職にご応募いただき、厚くお礼申し上げます。 貴殿の採用に関して慎重に検討させて頂いた結果、「子ども指数」が足りず、大変残念ながら貴意に添い得ぬこととなりました。” 「子ども指数…」 * ピクニック日和な日曜の午後、三彦にとって、幼稚園からの親友である大谷吉文(おおたによしふみ)と会うのは、高校の卒業式以来だった。三彦の職場の喫茶店「一品」で待ち合わせよう、吉文はそう言った。 吉文は、アンティーク調の店内と落ち着いた雰囲気をかなり気に入ったらしく、一段と機嫌のいい様子で、マスターの毛利さんのブラックコーヒーを口に運んだ。そんな吉文を眺めながら、三彦は尋ねた。 「吉文、最近大学はどうだ?ほら、前、日本酒サークルに入るとか言ってたじゃないか」 三彦には吉文の顔は少し曇って見えたが、彼はすぐに三彦を気遣うように不恰好に笑った。 「まあ、ぼちぼちだよ。それに今はビールの方が好きなんだ」 「あ、そう…」 「まぁよくある理由だな。俺もそれで日本刀サークルやめて剣道部に入ったし」 毛利さんはそう言って髭を撫でると、フンと鼻を鳴らした。その姿は昨年亡くなった三彦のおじさんにそっくりだ。 「わかります!」 「いやわかんねぇよ」 店内に微妙な空気が漂う。志望校、一緒に合格しよう、そう言い指切りを交わしたはずの三彦たちの関係は、もう前のようにはいかなかった。そんな三彦たちを見かねたのか、毛利さんは鼻歌でマキシマムザホルモンを歌いながら、窓を開けて店に風を入れると、ラジオのスイッチを押した。 「三彦こそ、勉強やってる?たまには息抜きも大事だよ」 そんな空気を崩すように、吉文は言った。昨日の雨のかすかな匂いが、窓からそっと鼻に香った。 「いや、俺もう就職することにしたんだ」 そんな唐突な発言に、吉文たちは顔を見合わせてもう一度三彦の方を見る。 『本気か?三彦?』 「ああ」 がっかりしたような、でもどことなく安心したような吉文たちの顔は、光彦には少し辛かった。せめて嘘でもいいから、もう少し勉強を続けろと言って欲しかった。 『次のニュースです。政府は、子ども指数について、新たな研究を…』 「また子ども指数か」 雑音混じりの古いラジオに、毛利さんがつぶやく。 するとふと、三彦の脳内にあの時の文章が鮮明に思い出された。 「なあ、吉文、子ども指数ってなんだっけ?」 三彦のその問いに吉文は呆れた顔した。 「学校でやったやつだよ。ほら、保健の時間にやっただろ?」 「そんなのよく覚えてるな」 「ほら、あれだよあれ!」 毛利さんはそう言った。けれどその先が思い出せない。もう歳なのである。 「大人の中の『子どもを理解できる力』ですよねマスター」 吉文はそう言うと、窓の外の親子を眺めた。 「そうだ!子ども指数が低いと、強制で“子ども教習”ってのを受けなきゃいけないんだよ。面倒な世の中になったものだな」 毛利さんはコップを磨きながらそう言った。コップはもはや原型を留めていない。こいつは磨く専用である。 「子どもを理解って、何を言ってるのかさっぱりわからん… 」 三彦はそう嘆いて勝手に厨房に入ると、ハリーポッターくらいの厚さのたまごサンド作って持ってきた。 「三彦、お前仕事ひよこ鑑定士でどう?」 毛利さんは急にそう言って髭をまた触った。彼の髭は原型を留めていない。 「ほら、公園とかで遊んでる子どもに無作為にキレる人とかいるでしょ?ああゆうやつだよ」 席に座る三彦に吉文は言った。 三彦は、“それは子供がうるさいからだろ”とついカッとなって言い返そうとするも、これでは自分がそれに当てはまるとでも言っているようなものだから、無視しすることにした。 「その手紙を無視すると…」 毛利さんは、そう言いかけて手を止めると、三彦の顔を覗き込んだ。三彦の反応を楽しんでいるようにも見える。 「無視すると、どうなるんです?」 「最悪、死ね!いや間違えた、死ぬんだ」 「ふぁ?!」 毛利さんはなんでもないことのようにそういって笑った。そんなミスは普通、普通はしない。 「まぁ悪いことだし、しょうがないよね。で、三彦、その子ども指数がどうかしたの?」 三彦の手には汗が滲んでいた。来週からバイトを辞めよう、そう心に決めて。 * あの手紙、確かこの辺に…二ヶ月前、国から届いた謎の封筒。棚の下の雑紙入れにそれはあった。よく見れば白地に赤い“重要”の文字がある。 “「子ども教習」参加へのお知らせ” 開催場所 鳥取県… 期間 未定 ※この書類が届いてから三ヶ月以内に参加が認められない場合、法的手続きを執行します。 「期間未定で鳥取って、まじかよ…」
君を作った俺、俺を殺したい君
第一章 殺人契約 「今日はみんなに大事な話がある」 憂鬱な月曜日。事件というものは、大抵なんでもないそんな日に起こる。チャイムが鳴ってロングホームルームが始まるのほとんど同時に、担任の上薗俊平はだるそうに言った。何かめんどくさいことでもあるのだろうか。俺のその予想は的中してしまった。上薗が教師らしくしている日は、ろくなことがない。 「入ってきなさい」 戸が開く。みんなの注目が一点に集まっていることがわかる。凛とした雰囲気の女が、俺たちの前に現れた。いかにも金持ちそうなお嬢様に見える。教室はうるさくなった。上薗は「静かに」と俺らを一喝すると、女の方を見て頷いた。それを見た女の口が開いた。 「初めまして。私、天野沙華っていいます!父の仕事の都合で双葉女子学院から転校して来ました。私、卒業までに山村和磨くんを殺します!よろしくお願いします!」 俺を殺す?教室はより一層騒然とした。上薗も唖然としている。みんなの目線は、一瞬にして俺に集まった。咲口が俺を嘲笑うようにみている。みんなの理想の青春が、今ここに自分からやってきたのに、そいつはいきなり俺を名指し、それどころか殺したいだなんてふざけたことを言ったのだ。 「殺したいってなんで?」 クラスの誰かがそう聞く。彼女は微笑むと、真面目な顔で言った。 「そうねー、彼は私の脳を奪ったの。もちろん、恋とかじゃないのよ」 クラスがどっと沸く。彼女のジョークはウケた。天野が変わった面白いやつだ、そういう雰囲気はすぐに生まれた。俺にとっては殺されると言われたのだ。少しも面白くない。集まる視線の中、彼女はとても落ち着いた様子で上薗に指示された席に座った。彼女の席、それはなぜか俺の隣だった。 「おい、和磨、お前ずりーぞ」 そんな声が聞こえる。俺はこんなこと望んでいない。そもそも俺はこんなやつすら知らない。 「久しぶり、和磨くん」 「あ、ああ。よろしく」 転校初日から名前を知られている。やはりどこかで会ったのだろうか。彼女の顔を直視できなかった俺は、窓から庭木を剪定する用務員を見つめていることしかできなかった。 * 「和磨、何だあの子は。お前を殺すだなんて、変わった奴だな。まぁ、可愛いからなんでもいいけど」 木陰のベンチで、雄介は購買の焼きそばパンを頬張りながら言った。話に熱が入り、こちらまで蒸し暑く思える。 「こんな島に家族で越してくるなんて珍しいよな」 俺は科学雑誌を読みながら話半分に答えた。大人気の転校生と関わるなんて、これ以上に面倒臭いことはない。それに彼女だけが俺を知っているなんて、もっと面倒だ。 「おいおい、白々しいなぁ。あんなかわいい知り合いいるのに黙ってたなんて、みんな怒ってるぞ。胸もでかいし」 胸、確かにそれは興味があるが、そんな理由で殺人未遂犯と関わるのはなんだかなんか癪だ。俺には、この人類の歴史特集があるし。 「そうかぁ。でもまぁ俺には隣のクラスの由美ちゃんがいるからなあ」 雄介はなぜだか残念そうにそう言うと少し伸びをして笑った。 「こないだ振られたばっかだろ、お前ストーカーかよ」 俺はやっと顔を上げ雄介を見ると、そうからかった。本当に一途なのか、こいつはなんなんだろう。 「んなことはかんけーねぇよ。俺はまだ好きなんだからさ」 雄介はベンチを立って空に手を伸ばし、力強く手のひらを握った。ここまで真面目なバカを俺は知らない。いや、俺より成績はずっといいけれど。 「ふーん」 俺のその言葉とほぼ同時に、雄介は何かを思い出したように頭を掻いた。本当に勝手なやつだ。だけど、同時にどこか羨ましいと思っている自分もいた。 「俺、俊と約束あるからもう行くな」 「あぁ」 俺はどっと疲れて、なんとなく空を見上げた。 「空に何かあるの?」 耳元でしたその声に、俺は振り向いた。そこには隣の席のあの女の姿があった。まだ前の学校の制服のようで、セーラー服の赤いラインがよく目立っている。 「和磨くん、隣いい?」 「ああ」 断ろうにも、それも面倒だった。話さなければ帰ってくれる、そう思った俺は、放っておこうと決めた。クラスのやつから嫌われるより、一人から嫌われた方がマシだ。俺は雑誌を大袈裟に開き、一人でぶつぶつ言いながら天野が帰るのを待つことにした。 彼女は、僕の隣に腰を下ろすと、読んでいた雑誌を覗き見た。 「ねぇ、それって科学雑誌の『月刊オリエント』でしょ?和磨くんってそういうの好きなの?」 「まぁ……」 こんなものに興味がある人間はそう多くないだろう、そう思っていた俺にとって、その言葉は意外で新鮮だった。 「珍しいな、こんなものに興味があるなんて」 興味に負けた俺は、天野にそう尋ねた。 「実はねー、私もそういうの好きなの。昔、教えてもらったことがあってね」 彼女はそう言ってニコッと笑った。関わらないって決めていたのに、なぜか俺の口元はいうことを聞いてくれない。 「最近は、編集者が変わったのか、あまり参考にならないけどな。まぁこれだったら、知り合いの機械を直してる方がよっぽど勉強にる」 気がついた時にはそんなことまで口走っていた。いつもはこんなこと伸司くらいにしか話さないのになんて思いながら、心配そうに天野の顔を伺った。好きっ」て言っても、そんなに詳しくないのかもしれない。実際、伸司も話を聞いてはくれるが、半分くらいはポカンとしている。 しかし、天野は俺の予想とは裏腹に楽しそうに、何かに納得したように微笑んでいただけだった。 「あの時から詳しいよね」 天野はそう言ってまた記事を覗き込んだ。顔が近い。あの時?何を言っているんだこの子は。 「天野、だっけ?お前と俺がいつどこで知り合ったっていうんだ」 天野は、俺のその言葉に少し考えたそぶりを見せると、言った。 「三万年前だっけ?」 もう覚えてないや、天野はそう言いながら苦笑いした。こいつは大丈夫なのだろうか。つまりこいつを信じたとして、もう三万年も生きているのか?ギャグであったとしても面白くなさすぎる。ただのアホか、狂人だとしか思えない。唖然とする俺をよそに天野は言葉を続けた。 「ねえ、生きるって素敵だと思わない?」 時間が止まったように感じた。 「俺はそうは思わない。だげど、今生きれてるだけでもすごいことだとは思うよ」 俺はそう言う。その言葉に彼女も頷く。 「そうね、明日生きてるとは限らないものね。私が殺しちゃうかもしれないし」 彼女は冗談だとは思えないほどに真面目な様子で、俺にそう言った。そもそもこんなタイプの人間がどうしてこの高校に転入できたんだ?こんなやつに出会う時点で、俺の人生が素敵なわけがないだろう。少しでも心を許した俺が馬鹿だった。それにこいつといると、本当に命がなくなってしまいそうだ。 「俺、用事思い出したわ」 俺は逃げるようにその場をさった。 * 昨日、俺の靴箱に時限爆弾が仕掛けられた。朝から警察の爆発物処理班が学校に入り、かなりの騒動となった。仕掛けた犯人は、今も逃亡中だ。いくら天野が狂っていても、まさかそこまでだとは誰も信じなかった。でも確かに一昨日、俺に明日殺すと言ったんだ。しかし全く証拠は見つからない。防犯カメラも全て動かなくなっていた。警備会社にも連絡はいっていないそうである。そして爆弾も、警察の解析によって、偽物であることがわかった。 その日中、天野にはなんのお咎めもなかった。今もそうだが、隣の席で何もなかったかのようにこちらに微笑んでいただけだ。この騒動で、クラスの宮﨑さんはなぜだか俺以上に衝撃を受けたようで今日は学校を休んだ。 今朝、俺らは朝礼で校長から犯人が見つからないこと、生徒の安全が脅かされたことを謝罪された。地方テレビや新聞記者も来ている始末だった。 「なぁ天野、あの爆弾事件ってお前だろ?」 次は体育だ。みんなが移動したのを見計らった俺は、少し呆れながらも威圧しないように天野にそう尋ねた。 「そうよ」 彼女は何も動揺せず、ただ微笑んでそう言った。 こんなことを言われれば驚かなければならないはずなのに、俺はなんだか無性に安心した。 「そうよ、じゃないだろ。一億歩譲って俺はいいとして、宮﨑さん来れなくなっちまったじゃねぇーか」 「ごめん」 天野は少し考えるそぶりを見せて、小さくそう呟いた。納得がいかない様子である。俺はこいつがなんだか幼い子供のように思えた。前の学校はいわゆる超進学校で、そんな中でも成績は全て一位だったと聞く。まるで相反するその姿が不思議に思える。 「なぁ天野、俺はさ、命は惜しくないんだ」 天野は悲しそうな顔をした。少し俯いている。 「なんで、そんなことを言うの?命は大切にするべきよ」 天野は少し声を張って涙を流しながら言った。殺人未遂犯とは思えない言動に俺は頭が痛い。 「なぜ殺人未遂犯に命の大切さを教わらなきゃならないんだ」 「あなたの命は大切にすべきものだからよ。だから私も大切に殺すの」 「お前、正気か?」 「至って正常、冷静よ」 本当に狂っている。命を大切にする人間が、人を殺す?そんな馬鹿げた話がどこにあるんだ。 「私はあなたに自分を大切にして欲しいのよ」 そうしたところで、俺を殺すんだろ? 「俺は、お前に殺されたくはない」 「そう。ならいいけれど」 彼女は納得したようで、また微笑んだ。 「なぁ、一つルールを決めないか」 「ルール?」 「あぁ、お前は俺を殺したい、俺は殺されたくはない。そうだろ?」 俺はそう吐き捨てた。宮﨑さんのような第三者の被害者が出ればそれこそ大問題だ。俺の命はそんなに惜しくないし、その方がうまくいく気がした。 「うん、そうね」 天野も髪をいじりながらそう答える。 「もし、卒業までにお前が俺を殺せなかったら、俺にお前のおっぱいを揉ませてくれ」 少しの沈黙が走る。少し時間をおいて天野の頬が赤くなっていくのがわかった。こいつ、まさか恥ずかしがっているのか。俺からすれば初日の挨拶の方がよっぽど恥ずかしい。全て事実なのだとしてもだ。 「どうだ?」 「どうって…変態なのね、和磨くん」 変態、殺人未遂に比べれば痴漢で捕まった方がマシだ。 「いいわ。わかったわよ」 「それと、」 「まだ何かあるの?」 天野は俺の顔を見た。こう見てみると顔だけは美少女なんだが。あぁ、こんなに性格が惜しい奴がいるだろうか。もっと普通のやつなら今の百倍はモテているだろう。 「直接会っている時しか殺しちゃダメだ。他の人から見られてもいけない」 「わかったわ」 彼女は静かに頷いてそう言った。 *
帰路
鋭く冷たい風が耳を刺した 透き通った夜空に星がぼやける 懐かしくて忘れたい 忘れたくてまたアルバムを閉じる 力強く漕ぎ出すんだ 顔を上げて いつも通ったあの街はもうない 僕にとってはなくてもいい 駅のホームで あの街への時間を数えてる ただ 何でもなかった いつもの街灯が 僕の頬にキスをした 夜遊びにあけくれ補導される高校生 愛人を失った夜の散歩道の老人 僕が一番 綺麗だった過去に縋る 醜いやつに見えた 温かかった唇が冷えて 白い息を吐いた いつ僕は 家に帰れるのだろう
主客転倒
君に一つ言いたいことがあるんだ。なに、そんなに構えなくてもいいよ。だってこれはさ、君が招いた結末なんだから。こうなるって、その天才な脳は予想できているだろうしね。 君の脳みそを取り出して圧力鍋でぐつぐつ煮詰めてみたよ。 なんでも作れて美味しいって話題のその新型圧力鍋でさ。 これでも僕は、君のその脳の味を舌舐めずりしながらとても楽しみにしてたんだ。 でも残念だなぁ。あんなに僕にマウントを取ってた君の脳がこんなにも“無味”だったなんてさ。 僕のやつの方がよっぽど中身が詰まってるじゃないか?君のその空っぽの不味いやつよりも。 僕は君を尊敬してるよ。ああ、神様だと思ってるよ。僕をなん度も叩いて耐性をつけてくれたし、おかげで強くなったよ。 君がその頭からつま先まで、正義やら、成績やら、戦場じゃ何の役にも立たない無駄な甲冑を着てくれてたおかげで、僕は、水に沈んでいく君を眺めているだけで済んだよ。 ああ、君の目の奥の嘲笑が、今日も僕に語りかけるよ。 僕はそれを見て幸せな気分になるんだ。今日もこのままクズに育ってくれてるなって。 僕は君のそんな笑顔に、心の底から針のような笑顔で、君に笑いかけるようにしてるよ。 ははは、君みたいに弱い奴を相手にしてる僕はバカなのかなぁ。まぁ君のおかげで趣味の範疇になっただけなんだけどさ。 泣くな、泣くなって。何今更泣いてんだよ。君が泣いても何も変わらないんだよ。 さあ今日も、僕らの1日が始まるね。
新作についてのご紹介
こんばんは。KIです。最近投稿が少なくなっていて申し訳ありません。新作の長編を制作していくにあたり、投稿数を減らしている形です。ご理解をよろしくお願いします。 さっそくですが、制作中の新作について、少しご紹介させていただきたいと思います。 新作の作品はこことは別のコンテストに応募しようと制作を始めました。タイトルは、『蠢動』シュンドウ。今作は、『蟻地獄』を元に、制作を始めた推理小説です。 では簡単にあらすじを説明させていただきましょう! 蠢動 山村和磨(やまむらかずま)は、虫好きなわんぱく少年だった… あれは高校の頃、仲良しだった幼馴染の親友が謎の自殺を遂げた。和磨はその自殺に疑いを持っていたが、特に何もできないまま時間は流れ、いつの間にか大学生に。 そんな大学2年の夏の終わり、地元へ親友の墓参りに訪れた和磨は、そこで綺麗な蝶を見つける。彼は眠りに落ちるが、そこから目覚めた時、時間軸の中に囚われ時間をループしてしまっていた… 感情のない『虫』に翻弄される人々の人生と、彼らを襲うどうにもできない虚無感。 虫の“巣”に囚われた人生からは、もう逃げ出られない。和磨は、この世界の謎を解き、家族を、大切な人を、守り切ることができるのか。 と、こんな感じでしょうかね笑。完成までもう少しかかりそうですが、頑張って書きますので、楽しみにしていただけると嬉しいです!
アリジゴク 第2話
「おい、あれ和磨だよな?」 「かずま〜‼︎来たのか‼︎」 本当に気が重い。“カズマ”なんて下の名前で呼ばれたのはいつぶりだろうか。俺は、同級生の咲口が若女将をしている旅館「咲(さき)」に足を運んでいた。 「お、おう久しぶり。」 ぎこちない俺に、やつらは笑いを隠しきれない。 「相変わらずだなぁ」 そう言ってきた大輝(ダイキ)には流石にムカついてきたが、これでも一応、おれは大学准教授だ。どうせお金の話になればいくらでも形勢は逆転するだろう。まぁそんなにでしゃばりたいわけでもないし、自分のことを話したいわけでもないから、そんなことするはずないけれど。いや、あの頃の俺なら一番に自慢していたかもしれない。 「なぁ、中川ってこんど親の病院つぐらしいぞ」 「へぇ、じゃあもう院長か。いいなぁ、稼げてて羨ましいよなぁ」 「すごいよね。私、中川くんお医者さんになったんだってことこないだ知ったの」 俺の知らないうちに、中川は医者になっていたらしい。同窓会の中で始まるマウント合戦は、あの頃は良かったなぁとただ思い出を思い起こさせた。くだらない会話を聞いているうちに俺は少し疲れてきて、それを紛らわそうとビールをグッと飲み干した。 しばらくして、俺は誰かに背中をそっと叩かれたことに気がついた。後ろを振り向くと、まるで歳をとっていないような綺麗な容姿の女性である。 「久しぶり。和磨くん」 思い出した。彼女はハッとする俺の顔を見て安心したように笑うと「ちょっと話があるの」と俺の腕を掴んで宴会場を抜け出した。 宴会場の外の長い廊下に出ると、彼女は「一度庭に出よう」とそう言った。少し酔っていた俺はただ頷くと、渡辺は相変わらず俺の手を引いたまま、俺を玄関の外へと連れ出した。 「あっ、ごめんね、手…」 彼女は思い出したようにそう急に言うと、自分から先にベンチに座った。そして、「座ったら?」と言って空いたベンチの左端を指差す。 「うん」 俺の無愛想な返事に少し笑いながら、彼女は暗い夜空を見上げる。流れる小川の音がかすかに聞こえる。トンと庭の獅子脅しが時間を刻んだ。 「あのさ、話ってなに?」 俺のその言葉に渡辺は少し悲しそうに俯いて、スマホの“あの特集記事”をみせる。 「私、修くんが生きてるかもしれないって思うの」 突然の彼女のその言葉と態度には、俺も驚いた。 「どうかな。俺もそうだといいとは思ってるよ」 今渡辺に胸の内を明かす必要はない。と言うよりかはずっと。 「私はあの頃のことを忘れられない」 彼女は静かにそう言った。渡辺香織(わたなべかおり)、昔から謎の多いやつではあった。いやしかし、今の彼女はあの頃とはまるで別人なほどに不思議な雰囲気を纏っている。 「どういう意味だ?」 考えたあげく、俺はそう聞いた。普段人に興味などない俺の気をこんなに引いた人間は死んだあいつ以来だ。 「うん、いい思い出だったって意味よ」 彼女は深く考えていないそぶりで、自分の髪を軽く撫でてみせた。 「そうだな。いい思い出だ」 渡辺のその言葉が本意でないことは確かだ。だが、ここで探りたいとも思わなかった。 「そういえば、和磨くんって性格変わった?」 彼女はそう言って不思議そうに俺の顔を覗き込む。 「そうか?」 「うん」 「どうかなぁ…変わったかもなぁ」 俺の気持ちは確実に彼女に動かされた。