たなたか
7 件の小説チューインガム
チューインガムって恋愛みたいだよね。 そう言っていたのは何個前の彼女だったっけ。 言い得て妙だと思った。 恋愛も最初が一番おいしくて、でもだんだん味がしなくなっていって、膨らませてみてもすぐに萎んで膨らませすぎたら破裂してしまう。 いや、これは風船ガムか。チューインガムってなんだっけ。 「どうしたの?悩み事?」 俺が物思いに耽っていると勘違いした綾香が少し心配そうな声を出した。 「いや、くだらないこと考えてただけ。気にしないで」 「なにそれ気になる。教えてよー」 綾香はそう言って肩を揺らしてきた。 「チューインガムって恋愛みたいって言葉を……snsで見てさ、どういう意味なのかなって」 別に隠すようなことでもないが本当にくだらない内容なので言うのが少し恥ずかしい。 「本当にくだらないね」 ケラケラ笑う綾香に俺は呆れ気味で言葉を返した。 「最初にそう言ったでしょ」 「それにさー、言うならチューインガムは恋愛ってより恋愛はチューインガムじゃない?その言い方じゃあチューインガムがメインみたいじゃん」 「恋愛はチューインガムもよくわかんないけどな」 そう返しながら確かに、とも思う。あいつがチューインガム好きなイメージは無いんだけどな。いや、確かあの時はちょうどお菓子を食べてたんだっけ。 綾香と別れて帰路に着いても未だにチューインガムの事が頭の片隅に引っかかっていた。 仕方がないのでコンビニに寄ってチューインガムを買ってみる。記憶を頼りにあの時あいつが食べていたチューインガムを買ってみた。全部で4個入りの板状の駄菓子。 全く同じとは言い切れないけど、あの時あいつが食べてたのは吐き出すやつじゃなくて口の中で溶けるタイプのやつだったはずだ。 とりあえず歩きながら口に一つ入れてみる。 少しの抵抗を感じた後すぐに柔らかくなって味が口一杯にぶどうの味が広がる。 美味い。噛んでいくうちに段々小さくなって味も控えめになっていく。ただ、小さくなっても味の主張は結構強くて溶け切ったあとも口の中に味が残ったままだ。 ただ、それは余韻でしかなくて口の中が少し寂しい。すかさずもう一枚を口の中に放り込む。 先程のおいしさが口の中に広がるが、同じ味なので飽きが来る。 結局2枚目は溶け切る前に飲み込んでしまった。手の中に残るもう2枚のチューインガムをどうしようか困りながら、妙に寂しさの残る口の中を舌でなぞる。 確かにチューインガムは恋愛みたいだ、と手の中に残ったチューインガムを見ながら納得をした。
短かくて大きな息抜き
家では勉強。学校でも勉強。それ以外は習い事。息の詰まるような毎日だ。 なまじ要領が良かったせいで私は親に限界だと言い出すこともできず、デイリーノルマを達成するかの様に時間を浪費し続けている。 今日もいつも通り学校帰りにピアノ教室へと向かっているところだった。 道の端っこに見慣れない穴を見つけたのだ。普段なら気にしない様な小さな穴だったというのに妙に気になった。 時間を確認すると少しだけ余裕があったから思わず覗き込んでみた。母さんに見られたらはしたないと叱られるだろうな、と思うと少し可笑しかった。 私は少しのぞいて満足するはずだった。変わり映えしない日々なのだ。ほんの小さな変化でも私は大歓迎だ。 しかし今日のそれは小さな変化ではなかった。覗き込んだ途端、私は突然頭から真っ逆さまに落っこちる様な感覚がした。 手足を思いっきりバタつかせてもそれは止まらず、視界は真っ暗で何も言えない。 私の脳内が混乱から恐怖に変わる前にそれは訪れる。 突然の光と共に私は空中へと投げ出された。眼前には小さくなった街並みが一杯に広がり、しかし先程までの落下は止まっていた。 私は空中に浮かんでいたのだ。 何が起こったのかなんてわからない。元の場所に戻れるのか、このまま落下したら死んでしまう、そんな不安が頭をよぎったけれど好奇心と興奮がそれを上回った。 上空から見ると私がせかせかと生活していた空間がひどく狭いものに見えた。少し探せばピアノ教室も学校も見つかる。でもこの街は私の視界に収まりきらないのだ。 どうせなら見たことのないとこまで行ってみたい。そんな思いでどうにか前に進めないかもがいてみるけれど芳しくない。 見渡すとお洒落な洋服店も美味しそうなお菓子屋さんもあるのに近づくことすらできないのがどうにももどかしい。 そうこうしていると私が前に進む方法を見つける前に終わりが来てしまった。 落下する感覚とは逆に何かに引っ張られる様な感覚がして私はどこかへと吸い込まれてしまう。 次に目を開けた時には私は元の場所へ戻っていた。さっきの穴を探したけれど何処にも見当たらない。 時計を見ると3分ほど時間が進んでいた。 私は慌ててピアノ教室へと足を急がせる。 疲れていたのかもしれない。それで白昼夢でも見ていたんだろう。 ただ、時間を作らなきゃいけない理由ができてしまった。 どうしても行きたい場所を思い出したから。
ゾンビ
俺はゾンビだ。腐り切っている。走ることもせずに何となく歩き回って真面目な奴がいたら足を引っ張りたくなる。そいつが俺と同類になってくれればもっといい。そんなゾンビだ。 今日も惰性で大学へと向かう。最低限の課題をこなして帰るだけの面倒な時間が始まる。 ただ今日がいつもと違うところがあった。普段なら渡された英文を読むだけだったのに今日はグループワークが行われたことだ。 四人グループで社会問題について話し合って発表しろと言われた時は自分の耳を疑ってしまった。 何より嫌だったのが隣の席の真面目くんと一緒にやらなきゃいけなかった事だ。 こいつは授業後に教授に質問をしに行くような奴だ。そのくせして四つあるクラスの中で俺と同じ1番下のクラスにいる馬鹿な奴だ。 こういうやつを見ていると腹が立つ。自分の身の丈にあってない。 俺以外のやつから最初は頼りにされていたが最終的に1番足を引っ張ったのもこいつだった。 俺たちが意見を出してる間必死に辞書で単語探している様は流石に失笑が漏れた。 結局こいつは自分の意見が何も入ってない発表の1番簡単な場所を読み上げて終わった。 俺がそうなるように議論を早く推し進めたせいってのもあるだろう。 にも関わらずこいつは悔しそうな顔を見せず、少し落胆したような顔でノートを取り始めた。 気になって覗くと今日の反省点を書き出してやがった。普通に生きてればわかるような反省点の羅列を見て俺はこいつが本物の馬鹿だということを確信した。 俺より下すぎて足を引っ張る事すら馬鹿らしく感じてしまうくらいだ。 ただ、だからだろうか。俺はこいつが気に入った。努力してるのに人並み以下なところが俺には安心できたのだ。 ろくに友達もいなかったようで話しかければ簡単に懐いてきた。 会話も下手で何回か聞き直さないと分からないことがあったりこっちが丁寧に配慮してやらないと理解してくれない時もあったりと面倒はあったが気の休まる相手だった。 あいつにとって俺がいい友人だっただろうか。大学を卒業した今でもそれはわからない。 俺はあいつに気なんて使わなかったが、あいつは最後まで必要以上に俺に気を遣っていた。馬鹿だから空回ってたことにすら気づかない。 大学を卒業してからは会ってない。変に行動力だけはあるやつだから少し心配だがあいつから連絡が来るまで俺からは連絡しないと決めている。 できることならあいつから連絡が欲しいんだ。俺は。
天使の囁き
あるところに、優しい天使様がいました。 彼は人々を愛していました。 けれど、彼は下界に降りることはできず、見守ることしかできませんでした。 しかし、そんな彼にも転機が訪れます。 彼は人々の生活をより詳しく知るために下界に降りることを許されたのです。 彼は歓喜しました。人々と共同生活を送ることができることに感謝しました。 彼は天使としての力を封印され、下界へと降りました。 そこで彼は大好きな人々を手助けしながら下界のことをより詳しく知っていきました。 困っている人にこそ手を差し伸べ、たいていのお願いは笑顔で応えました。 そんな彼のもとには沢山の人が集まりました。 みんな、彼を頼りにして彼はみんなの要望に応え続けました。 そしてついに、彼が天界へ帰る時がやって来ました。 そんな彼の元に沢山の人が押し寄せます。 帰らないでほしい、君がいないとダメなんだ、捨てないで、と多くの人に引き止められます。 みんな、彼が助け続けて来た人々です。 天使に戻った彼はそんな人々を笑顔で消滅させました。 もちろん、彼は人々を愛しています。 彼は大好きな人々のために下界には必要のない人々を連れて帰ることにしたのです。 肉体の消えた人々の魂を持って彼は天界へと旅立ちます。 彼はこの人々も愛しているからです。 そして、天使の甘言に乗せられた哀れな魂は彼の元で愛され続けるのでしょう。 そして、それを幸せと感じる人も少なくはないでしょう。 愛されたいと願っても誰にも愛されなかった人は沢山いるのだから。
NG行動
夏休みが終わり、学校が始まると生徒が数人減っていた。 ハメを外して普段やらないことをたくさんやってしまったのだろう。 いつも通りの毎日を繰り返していれば死ぬことはなかったのに。 ため息を吐きながら親から連絡された死因を眺める。 1人は海で泳いだ時に、もう1人はキャンプで星空を眺めた時に、最後の1人は遊び疲れて昼寝をして死んだそうだ。 周りにいた友人が直接見たそうだから間違いはないと言っていいだろう。 死因を自分の手帳に書き残す。 これから忙しくなる。 海は予約でいっぱいになるだろうし、星空の見える場所は人が押し寄せるだろう。 いち早く知ることができたチャンスを逃すわけにはいかない。 好奇心旺盛な若者様様だな。 あー、ただこれから授業中に居眠りする生徒が増えることを考えると良いことばかりとも言えないな。
正しい嘘
僕は嘘が嫌いだった。 昔から嘘は行けないものだと習っていた。 だから、いつも真面目な優太君が嘘をついた時ビックリした。 その嘘で僕を守ってくれたんだ。 それから僕は正しい嘘ならついていいんだってわかった。 喧嘩した2人を仲直りさせる嘘。臆病な健太くんを勇気づける嘘。寂しげな母さんを喜ばせる嘘。 必要ない本当は嘘で隠してしまえばいい。 全部いい方に進んだ。嘘にはすごい力があって僕は嘘が好きになっていった。 みんなを守る嘘、みんなが悲しまない嘘、みんなを勇気づける嘘、皆が楽しめる嘘、皆が興味を持つ嘘、皆が驚くような嘘、皆をまとめる嘘、皆のための嘘。 嘘には凄い力があった。自分の思う通りに物事を進めることが出来た。 なのに今はもう、その力は感じない。 俺は正しいことしか言ってないのに誰も信じようとしてくれない。 皆嘘が好きだったのにいつの間にか嘘が嫌いになってしまった。 なんで? いつの間にか俺の周りには嫌いな嘘しか残っていない。 息苦しい。あんなに頼もしかった嘘がまとわりつく様で離れない。 息苦しさから逃げるようにまた嘘で壁を作っては追い込まれていく。 息苦しくて息苦しくて、最後の一息で助けを呼んだ。 そしたら必要のない事実が何度も壁ごと俺を貫いていった。 苦しくて悲しくて涙が止まらなかったけど、久しぶりに大きく息が吸えた気がした。 今でも俺は嘘を使うけど、もう大丈夫。 俺が息苦しくなったらまた事実を突きつけてくれる友達がいるから。
嘘つきは泥棒の始まり
『今日用事あるから先に帰ってて』 それが最初の嘘だった。 彼と二人きりになりたかったから。 二人がうまくいってないって聞いたから探りを入れたかっただけ。 最初はただそれだけ。 彼の目線から親友の話を聞いた。親友からは彼の話を聞いた。 彼は顔はいいけどわがままで、優秀だけど傲慢だった。 親友は本気だったから悲しませないよう、不満や愚痴は私に吐き出させた。 親友の前では素敵な彼で居られるように手助けは惜しまなかった。 ひどく面倒で苦痛だったけれど親友のために我慢した。 なのに。 私に残ったのはわがままで傲慢な邪魔者だけ。 私は彼女が幸せになればそれで良かったのに。 結局、私はただの悪者だ。 彼女から奪い取ったゴミみたいな幸せの捨て方も分からないほどに。