狛狐

5 件の小説
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狛狐

文章書く習慣つけれるように頑張ります。

遠くへ行きたい?

朝の光を浴びながら静かな山道を歩く。 夏が過ぎて少し涼しくなったこの季節は、 過ごしやすいけれどどうしても好きになれない。 秋風に攫われた友人を思い出してしまうからだ。 いつか夢を語り合った大事な親友を。 2人で世界中を旅行しようなんて言って遠い未来に 無邪気に期待を寄せていたあの頃は、 この季節を素直に好きでいられた。 そんな遠い昔のことを考えながら歩いていると 急な曲がり道に置かれた花瓶が見えてきた。 少し汚れた花瓶には、今日も色褪せて萎れてしまった 花が1輪だけ挿されている。 それは僕が1週間前の命日に供えた花だ。 それ以外には花は供えられていない。 まあ、こんな辺鄙なところにわざわざ来るような人は 元から少なかったがどうしても辛くなる。 親友が1人で寂しがっているような気がしてならない。 何年もこんな場所で、たまに来る人を待ちながら。 だから僕はずっとここに縛りつけられたまま。 2人で夢を語り合った夜が今も僕の手を引いている。 遠くへ行きたいんだろって。 だけど、他の誰でもないアイツが僕のことを 泣きそうな顔で見てるから、夢は叶えられそうにない。 この世界はきっと想像できないくらい広くて、 きっとどうしようもないくらい寂しくなる。 遠くへ行きたいという願いはアイツが居なくなった日にもう消えてしまった。 今はもう、ずっと寂しいんだ。 もしかしたら、1人で寂しがっているのも泣きそうな顔をしているのも僕の方なのかもしれない。 いや、僕だけなんだろう。 アイツはなんてことない顔をしてどこか遠くへ 行っているのかもしれない。 本当にずるいやつだ。 僕も連れて行ってほしかった。 遠くへ行きたい。連れ出してほしい。 ただ、置いていかれたくないだけなんだよ。 アイツがいつまでも1人で寂しがって、 ここに縛りつけられたままだったらいいだなんて、 そんな最低なことを考えてしまうんだよ。 秋風が優しく頬を撫でる。 そんなことせずに僕のことも攫ってくれたらいいのに。 遠くへ行きたい。他でもないアイツと。

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遠くへ行きたい?

小さな愛

梅雨が明け、本格的に夏の暑さを感じるようになってきた。学校でもプールの授業が始まって、高校最後の夏が幕を開けたのだと実感する。茹だるような暑さにやられて机に突っ伏していると左の方から微かな風の流れを感じる。顔を上げて見ると、隣の席の彼が下敷きで私を扇いでくれていた。私を心配してくれている彼の額には汗が浮かんでいて、私よりも断然暑そうだ。だから私も下敷きを出して扇いであげる。お互いの風が打ち消しあって、そこには小さな愛が停滞していた。

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小さな愛

不自由でいて

「もしも私たちが海の底に住んでたらさ、魚が空を飛んでいるように見えるのかな。今みたいに。」 ガラス越しに魚の群れを見上げながら彼女は言う。 暗い照明のせいで表情は上手く読み取れないけど、彼女の目には綺麗な憧れが光っている。 青くて暗い光を纏う彼女は目を離したら手の届かないところへ行ってしまいそうで、怖くて僕は彼女の手をとり強く握った。 魚になんか憧れないでね、空を飛べても自由にはなれないんだから。

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不自由でいて

これで最後

良い子がお家に帰る時間を知らせるチャイムが町中に響く。 タイムリミットはもうそこまで迫っている。 学校から彼女の家の前まで、心の準備期間はわずか15分。 周りには部活帰りだと思われる同じ学校の生徒たち、そこに少しだけ犬を連れて歩く人が交ざっている。 「あの犬かわいいね」なんて呑気に言う彼女に空返事をしながら僕は頭の中で何度も同じセリフを唱える。 彼女に伝えようと決めた日から何度も言えずに飲み込んできた言葉は徐々に形を変えていき、ようやく納得できるものになった。 昨日も一昨日もあと少しのところで出てこなかった言葉が、今日はすんなりと出てきてくれるような気がした。 君と友達としてこの道を歩くのはこれで最後だ。 次の角を曲がれば彼女の家が見えてくる。 彼女に褒められた犬は尻尾を大きく揺らして楽しそうに歩いていった。

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これで最後

やさしい雨音

冬の寒さが和らいで過ごしやすくなった季節ももう終盤に差し掛かり、雨音の響く日が続いている。 傘を忘れてしまったあの子を私の傘の中に招き、お互いに肩を濡らしながら帰路に着く。 雨の優しく傘を叩く音が外の音をかき消して、 この世には私たち2人しかいないのだと錯覚してしまいそうになる。 私の恋を否定する誰かの声も、私以外に愛の言葉を囁く君の声も全部、このやさしい雨音にかき消されてしまえばいいのに。

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やさしい雨音