しん
419 件の小説しん
アラフィフおばばですが、頭の中は小学2年生。好きな小説ジャンルはファンタジー。魔法とか大好きです。 pixivはhttps://www.pixiv.net/novel/show.php?id=18759061
24話
24話 ――あいつの家は確かこの辺か? 小学生の最初のほうはよく孝弘(たかひろ)の家にも行ったりしていた。さっきの事(直を殴ってた事とか)で俺は孝弘に聞かなきゃいけないことがある。と言うか―― あいつ俺がいない間ずっと直(なお)をいじめていたんだろうか。中学一年はあまりちょっかいかけてないみたいだったけど、中二になった今、またしつこく絡んできたらしいけど。 別に俺は孝弘自身は嫌いじゃない。逆に友達として普通に付き合っていけたらと思っていたけど。でも孝弘と直にとっては、こういう、友達って感じじゃなかったんだな。 正直言えば俺にも悪いところはあったかも知れない。でもだからって直に暴力とか、手を出すのは違うんじゃねーかとか思ったりする。考えてみたけど、うまくまとめられない内に孝弘の家に着いてしまった。 孝弘の家は、どこにでもあるような普通の一軒家。集合住宅のなかのひとつ。道の面した駐車場を通って玄関前まで行き呼び鈴を押す。 耳をすませば軽快な声(たぶん孝弘の母(かあ)ちゃんだと思う)が聞こえて玄関の扉が開けられる。 「わざわざチャイム押すなんて珍しいわね、あら?」 玄関先の相手の顔を見ずに開けるのはちょっと不用心だと思うけど、俺は懐かしい(その姿を小学校の頃何度も見た)顔を目にして、 「……ども。ご無沙汰(ぶさた)してます」 小さくぺこりと頭を下げた。 「あらやだ」 孝弘の母ちゃんは俺の顔を見た途端に少しびっくりしたようにまん丸い目をさらに丸くして、 「あなた、龍治(りゅうじ)くん?」 顔を覗きこむ感じでジロジロと俺を見てきた。 「あの。孝弘、くん……いますか?」 遠慮がちにそう聞けば、 「たか? まだ帰ってないみたい」 おばさん(孝弘の母ちゃん)は玄関に置かれた靴を一旦見て再び俺のほうを向き困ったような苦笑いを浮かべた。 「……そうですか。じゃあまた来ます」 『あがって待ってれば』と言い張るおばさんから逃げるようにして俺は孝弘の家をあとにする。 ――あいつの行き先は分かってる。 頭の中で再確認するように、孝弘がいつも学校帰りに屯(たむろ)している場所へと向かった。
23話
23話 直(なお)は、俺が離れていつからこんな風になっていたんだろうか。 俺の起こした行動が、かえって直を傷つけるなんて。 『守ってやりたい』なんてただの自己満足。それは結果がなければただの戯言(ざれごと)に過ぎないし、『守っていた』と言う自分勝手な自己欲に過ぎないんだな。 よく親父が言っていた。 『自分の言動には責任を持て』 この時ばかりはその言葉が身を突き刺すように体感した。 「直……」 「……な、なに? りゅうちゃん」 掠れて呟いた直の声が逆に痛々しく感じる。 それでもこうやって返事をしてくれることに少しばかりの安心をして、 「お前、いつから?」 「え……?」 きょとんとしたような直の声。 ここまできたならもう直接直に聞くしかない。 少し強めに聞かないと直は必ず隠してくるから。 「いつから、やられてた?」 「……」 語尾を強めて聞いてはみたけど直は黙ってしまう。こう言うところは小学校の頃から変わってない直の意地の悪いところ。それでも俺は直に対しては苛々はしなかった。逆に変わってなくて、それを知っているのは俺だけだって密かに嬉しかったりもする。 「いつからやられてたかって聞いてんの!」 「……りゅうちゃんが、学校来なくなって、から……」 ちょっと早口で聞けば、直は本当に小さくだけどそう言ってくれた。 やっぱりそうだったんだな。俺が直から離れなければ―― 離れなければ、直はこんなに殴られることも傷つくこともなかった。悔しさと自分の勝手な考え方に腹が立って俺は気づかない内に唇を噛み締めた。 俺の家に帰ると、俺は倉田(くらた)に直の傷の手当てを頼み部屋にある壁掛け時計をちらりと見る――十八時前か。 『少し出かけてくる』 倉田にそう言い残して俺は着替えもそこそこにある場所に向かった。
22話
22話 俺が倉庫裏に駆けつけた時には遅かった。地面にうずくまる直(なお)と、その直を執拗(しつよう)に足蹴りしている孝弘(たかひろ)の姿。 「何してんの?」 自分でも驚くくらい低い声。 「り、龍治(りゅうじ)……」 「りゅうちゃん……」 孝弘と直が同時に俺の名を呟く。 俺は、一時停止したように動かない孝弘の前を通り過ぎて一直線に直のところまで行く。 直の側で膝をついて致命的になるような怪我がないかをサッと見る。制服は破れてないけど砂や土が付いてぐちゃぐちゃになっていた。顔を覗き込めば左頬が少し腫れている。右の拳で殴られたのがすぐに分かった。顔は一発だろうけど、あとは蹴ったりしたんだろうな。 「……帰るぞ、直」 俺は一言いって直の腕を掴んで立ち上がらせる。 「……う、うん」 弱々しく頷く直の腕を俺の肩に回して立つのを助けてやる。 「いたッ……」 何とか身体を起こした直は一応立てはしたがすぐに左足がガクンと崩れる。 これじゃあ歩けねぇか。 そう思った俺は少し前屈みになって直に背中を向け、 「おんぶしてやるから」 「……え。でも僕……」 肩越しに直を振り返ってみれば、少し戸惑ったような直の顔が見えた。 「痛くて歩けねえんだろ? 早くしろよ」 苛立ったように早口で言うと直はためらいながらも俺の背に身を預けてきた。その時に直が、「……りゅうちゃん、ごめん……」そう呟いたのを俺は聞き逃さなかった。 「龍治、俺……俺は……」 俺と直を黙って見ていた孝弘は、すごく悲しそうな、でもちょっと切なそうなよく分からない表情をしていたが、俺は早く直の怪我をどうにかしたくて、孝弘のことは無視して急いでその場を後にした。 ――良かれと思って俺は直から離れたけど、それは逆効果だったらしく、背負っている直の体温を感じながら俺は後悔していた。 なんでもっと早く気づいてやれなかった? なんのために俺は直から離れた? 守っているつもりだったのに、なんで直は殴られてんだ? 悔しいのか情けないのか分からないけど、背中越しに直が泣いてるのが分かって俺も目から汗とは違う何かが込み上げてきそうだった。
21話
21話 ――お腹の、鳩尾(みぞおち)あたりがズグンズグンと締め付けられるように痛い。 地面に膝をついた僕は胃から再び込み上げてきた吐き気で軽くむせた。 「……ゴホッ、ゴホ」 咳をするたびに左頬の内側がズキズキして口の中は血の味がした。殴られた拍子に口の中を切ったんだろうな。 なんで鈴木はいつも僕を殴るの? なんでいつも僕に執着するの? なんでいつも―― 堂々巡りになるような言葉が頭の中で浮かんでは消えた。 僕はただりゅうちゃんと仲良くしてるだけなのに。好きだって感情は置いといて、仲がいいのは前からだったし。 そういえば。 僕がりゅうちゃんと仲良くなってから鈴木は僕に絡んでくるようになった。もしかしてりゅうちゃんを僕に取られたのが気に入らない? そんなの鈴木の個人的な感情じゃん。 そこまで考えたら僕はだんだんと腹が立ってきた。お腹と左の頬が痛いのと同じくらい苛々してきてしまい、僕は少しふらつく身体を足で踏ん張って立ち上がる。 「……もしかして」 小さく呟いて僕はそこにいるであろう鈴木の顔をキッと睨みつけた。 「僕とりゅうちゃんが一緒にいるのが、そんなに気に入らない?」 「ー…ッ!」 はっきりした口調でそう言えば鈴木は怒ったように眉をひそめて口を噤(つぐ)んだ。 「……う、うるせーよッ!」 一言そう言って鈴木は僕の視線から逃れるように顔を背けた。 「僕にだって」 言いながら少し身をかがめてズボンについた土を払い落とす。 「りゅうちゃんと仲良くする権利はある」 今度は睨まずに、(殴ったことは許さないけど)、真っ直ぐに鈴木を見る。 「それは鈴木も同じじゃん」 「なに?」 鈴木が訝しげに僕を見る。 「鈴木にもりゅうちゃんと仲良くする権利はあるし、僕はそれを奪ってはいないでしょ?」 すごく当たり前なこと。 僕は鈴木に殴られたくないし、できれば嫌いにはなりたくない。友達にはなれないかもだけど、もう僕に執着してほしくない。 「だから僕に構わずに普通にりゅうちゃんと仲良くすればいいじゃん」 「うるせぇって言ってんだろッ?!」 僕がそこまで言うと鈴木は急に怒鳴ってきて、僕の左腿(ひだりもも)を蹴ってきた。そこを庇おうと僕が身をかがめた瞬間―― 「お前がッ、知ったような口聞いてんじゃねーよッ!!」 間髪入れず立て続けに僕の脇腹や腿や脛(すね)を何度も何度も踏み蹴りしてきた。 突然のことだったから僕は逃げることも出来ずに地にうずくまって鈴木からの暴行に耐えるだけだった。身体をギュッと小さく縮めて頭だけは蹴られないように両腕で抱えるように覆った。痛いし悔しいし情けなくて自然と涙が溢れた。 なんでこんな風になるの? 本当のこと言っただけだし。 もう―― もう、嫌だ。 何もかもがどうでも良くなって考えることを放棄した僕は頭が真っ白になりそうになったその時―― 「何してんの?」 一番聞きたくて一番聞きたくなかった声が聞こえた気がした――
20話
20話 直(なお)と教室で別れて俺は家に帰ろうとしその足を止めた。 (あいつ、またイジメられてないよな?) そんな思いが俺の頭の中から離れない。 直がイジメられないように俺は小学校六年生から中学一年まで学校には行かず直との距離をとった。俺と関わらなければ直に迷惑かけずに済むだろうという自分勝手な自己満足。それもあったけど、なによりも強くなりたかった。直をどんな奴からも守れるように強くなりたかったんだ。 だから学校に行かない間は家庭教師はもちろん格闘技や体術などの訓練もしてきた。おかげでケンカとかは多分誰にも負けないと思う。 その事が、かえって裏目に出るなんて思ってもなかった。 変に何か嫌な感じがして俺は来た道を戻る。直を探しに行こう。 (もう委員会終わってるはず) 校舎の時計を確認しながら俺は一旦教室に行った。もしかして帰り支度してるかもだし。少しの期待を込めて教室まで足を運んだが直はいなかった。鞄や荷物もないからそのまま帰ったのかも。 直の席を横目に俺は戸口にもたれかかりふと考えた。 (もしかして絡まれてないよな……?) 少し嫌な感じがした。 昔から、というか。小学校の頃から直と仲良くなってからは特に、直は鈴木たちによくちょっかいをかけられていた気がする。鈴木――孝弘(たかひろ)からしたら今まで仲良くしていた俺が急に直のほうに行ってしまったのが気に食わなかったんだろうと思う。まあ小学生のほんのイタズラ程度なもんだったけど。 『お前ら、仲良すぎだろ。デキてんじゃねーの?』 そう言ったのも確か孝弘だった気がする。 でもそのおかげで俺は直に対する気持ちを自覚した訳だけど。 そんな頃の思い出を引き出して、 (一応、あいつらの溜まり場に行ってみるか) 念のためと思い、俺は孝弘たちがよくたむろしている倉庫裏に向かうことにした。
19話
19話 「ここじゃあ話せねぇからとりあえず倉庫裏まで来てくんね?」 そう言うと鈴木は僕に背を向けて歩き出す。 本当は早く帰りたかったんだけど、鈴木の真面目な態度に気になった僕は断りきれず黙って鈴木の後をついて行った。 普段はあまり使われていない旧校舎の体育用品を保管する倉庫。いつもはちょっと悪い人たちの溜まり場になってるけど今日は誰もいないみたいだった。 鈴木が立ち止まりこちらを振り返る。 「……なんでお前なんだよ」 「え、なに?」 少し俯いて呟いた鈴木の言葉が聞き取れず、僕は眉をひそめた。 「お前さ」 鈴木が顔をあげて僕をまっすぐ見つめてくる。その表情が少し悲しげに見えるのは僕の気のせいだろうか。 「お前、なんでいつも龍治(りゅうじ)と一緒にいんの?」 「え……?」 僕は一瞬なにを言われてるのか分からなくて目をぱちぱちと瞬(またた)いた。 「『え』じゃねーよ。龍治となんでいつも一緒にいるんだよっ」 少しイラついたように声を荒げる鈴木。 「な、『なんで』って言われても……」 「小学校の時からずっと龍治のあとばっかりついてんじゃん!」 言いながら鈴木は苛立ちをぶつけるように近場の小石を思いっきり蹴った。蹴られた小石が鉄製の倉庫の扉に当たり不快な音を立てた。 「りゅうちゃんとは幼馴染(おさななじみ)だし……」 「俺だって幼馴染だろーが!」 鈴木は僕の肩口を平手で力一杯押し退けてきて、 「痛(い)った!」 僕は押された拍子に数歩後ろによろけた。 「って言うか。なんの話なの?!」 鈴木が何をしたいのか何を言いたいのか分からず、僕もだんだんとムカついてきて鈴木を思い切り睨みつける。 「生意気なんだよお前!」 「はぁっ?!」 「金魚のフンみてーに龍治の後ばかりついていきやがって!」 鈴木は早口で言って僕の胸ぐらを掴んできた。 「き、『金魚のフン』って……」 「みんな言ってるぜ。小学校の時から」 バカにするようににやりと笑った鈴木は僕の胸ぐらから手を離す。 「そ、そんな事……っ?!」 『そんな事ない』と言い終わる前に僕は、左頬に鈍くて重い打撃音と共に左側の口内が強く押し込まれる強い痛みを感じた。 反動で右を向いた顔。衝撃で一瞬だけ視界がちかちかと点滅する。 殴られた? そう思うと同時に間髪入れずに今度は鳩尾(みぞおち)に膝蹴りを入れられて、 「ぐっ、げほ……っ!」 喉の奥から何かが込み上げるような感じがしてジンジンと熱く痛むお腹を抱えて僕は地面に膝をついてしまう。 痛さと吐き気で咽(む)せる僕が少しだけ顔をあげると、傷ついてるような、でもどこか怒っているような複雑な表情をした鈴木の姿が目に映った――
18話
18話 鈴木は強引に腕を僕の肩に乗っけて逃げれないようにしてきた。 「何か、用なの?」 自分でも怖くなるくらいの低い声がでた。目の端で回りを見ると、いつもは腰巾着(こしぎんちゃく)のようにくっついている三田(みた)と足立(あだち)がいない。 あの二人がいないことで僕は少し強気になって、 「用がないなら離してよ!」 少し強く言ってむりやり鈴木の手を払いのけた。 「おっと」 鈴木は僕から少し距離を置くとニヤニヤと馬鹿にしたような笑いを浮かべて、 「相変わらずじゃん。最近、龍治と一緒だから強気にでもなったのかよ〜」 「ー…っ、そんな事……」 鈴木に言われて僕は口篭ってしまう。確かに僕は最近りゅうちゃんと一緒にいて自分も少し強くなった気がしてた。 りゅうちゃんがいるから。 りゅうちゃんと一緒だから。 そんな簡単な感情で僕もりゅうちゃんみたいに強くなった気でいた。 でもそれは違う。 りゅうちゃんは元々気が強いところがあったけど、僕はずっと弱虫なままだ。暴力は嫌いだし、言い合いも大嫌い。 でもりゅうちゃんといる時だけ本当の自分になれる気がして、りゅうちゃんの隣にいるのはすごく居心地が良かった。 りゅうちゃんのこと、恋愛として好きだけれど、それ以外でも僕はりゅうちゃんが大好きだった。 自分でもちょっとよく分からない感情だけど、やっぱり僕はりゅうちゃんがいなきゃダメみたいで。 今だって、鈴木を目の前に顔は平気そうなフリをしてるけど心臓はキュッと締め付けられているみたいに苦しいし、何をされるか分からなくてドキドキもしてる。早く鈴木が何もなく立ち去ってほしい。そればっかりが頭の中を駆け巡っている。 「……よ、用がないなら僕は帰るけど」 平気な感じを装って鈴木の顔を見ないように視線を下に向けた。 「……用はあるんだよ」 「え?」 鈴木の声に僕は顔をあげる。横目でちらりと鈴木を見るとすごく真剣な顔つきで僕を見てた。 「なん…か、あったの?」 鈴木のあまりにも真剣な様子に僕は心配になった。このあとの起こることも知らずに――
17話
17話 「……りゅうちゃんいないのに先に食べられないでしょ」 先に食べてればと言われたけど、りゅうちゃんがいないのに食べるのはなんか悪いなぁって思ってたから少し口を尖らしてそう言うと、りゅうちゃんと目が合ってすぐに避けるようにそらされた。 「どうしたの? りゅうちゃん」 目をぱちぱちさせて首を傾げて覗きこむように顔を見れば、 「な、何でもない!」 少し慌てたようにぶんぶんと首を横に振るりゅうちゃん。 「変なりゅうちゃん」 そう言って、僕も差し出されたクッキーを口に運ぶ。そのあとで少し冷めてしまった紅茶を一口。あまり紅茶に詳しくはないけど、りゅうちゃんと一緒だからおいしいには変わりないよね。 りゅうちゃんの家に来た時はあまりにも場違いな感じがしてちょっと緊張とか申し訳なさとかいっぱいいっぱいだったんだけど、りゅうちゃんと二人でこうやってお菓子を食べるのは小学生の頃に戻ったみたいで僕も徐々に慣れてきたみたい。 ――それから学校が一日になるまでの三日間はりゅうちゃんが朝も帰りも一緒だったから、鈴木たちに絡まれることはなかった。 「それじゃあ。僕、委員会あるからりゅうちゃん先帰ってていいよ〜」 一日授業になると同じクラスとはいえ、僕は委員会活動があってりゅうちゃんは部活も入っていないから帰る時間がズレてしまう。 「ん〜分かったぁ」 僕が教室から移動するなか後ろをついてくるりゅうちゃんに振り返ってそう言えば、りゅうちゃんは少し残念そうに(僕が見た感じでは)頷いて、 「じゃあまた後でな〜」 僕を横切って玄関まで歩いて行くりゅうちゃん。 「じゃあまた」 僕はりゅうちゃんの背中に軽く手を振って姿が見えなくなるまで見送った。 委員会を三十分ほどで終えて教室で帰り支度をしている時、 「よう。直往(なおゆき)〜」 背後にかかる一番聞きたくなかった声。僕はその声の主に嫌そうな顔をして振り返る。 「ー…何?」 振り返った先には予想していた通りの嫌なやつの顔――鈴木の姿がそこにあった。
外伝1の5 美琴の能力2
外伝1の5【美琴の能力2】 「そちらが火と風ならこちらは水と地で相殺させるだけよ!」 そう叫び美琴(みこと)は、手にしたカードを頭上に掲げると同時に天に向かって投げた。 投げ出された法王と吊るされし男のカードは、数メートル頭上で静止すると眩い輝きを放ち、まるで絵柄がそのまま具現化したように赤いローブを纏った男と木で作られた十字架に足から吊るされた男が、風を防ぐ地の盾と炎を消す水へと変化しシンが発現させた炎の嵐を打ち消した。 「みこちゃんすごい! こんな事出来るなんて!」 真人(まさと)が美琴の方に駆け寄って嬉しそうに彼女を褒め称えた。 「そうだな」 真人の言葉に同意するように小さく頷くシン。 「美琴は占術が出来るからな。それくらいの芸当は出来てもらわなきゃこの先が思いやられる」 「私を試したの?!」 端的に言うシンの言葉が気に障ったのか、美琴はシンを睨むように見た。 「まあ、お前達の凡(およ)その能力は把握できた」 シンはそう言うと指を軽く打ち鳴らす。それと同時に時空間が変化して真人たちの姿は、事務所で向かい合って座っている状態に戻っていた。 「ー…と、あれ?」 真人が目を瞬いて辺りをキョロキョロと見やる。 「戻ってきたのか……」 「そうみたいですね」 少し疲れた様子を見せる進(すすむ)と武雄(たけお)が口々に呟く。その場にいたシン以外の全員は心身ともに疲労感が漂っている。 気を利かせた武雄が再度淹れた紅茶を各々口にしてしばしの休息をとった。 「なんだか……すごく疲れた感じ」 言って、真人はソファにうなだれるように身を沈める。 「精神を使う超能力は疲労がつきものだからな」 「うんうん。そうだよねぇ」 軽く言うシンに同調するかのように頷く真人。 「まあそれはお前たち『人間』にとっての話だが」 小馬鹿しているように人間を強調するシン。 「それ、人間を馬鹿にしているようにしか聞こえないんだけど?」 シンの隣に座っている美琴が少しムッとした表情でシンを睨みつけると、 「馬鹿にはしていない。『当たり前』の事を言ったまでだ」 美琴の視線に臆すこともなくシンは淡々と言ってのける。 「ー…っ」 シンの言葉の真意に気づいたのか美琴は唇を噛み締めて押し黙る。 「……そ、それは、確かにそうだけれども……」 俯いて、弱々しく呟く美琴。 美琴は【識って】しまっていた。 シンが何(なに)であるのかを――
16話
16話 直(なお)を客間に残して俺は自室で着替えを始める。勢いで直を家に呼んだのはいいけど、寝るところとか全然考えてなかったな。 『まあ、俺のベッドで一緒に寝ればいいか』 なんて気楽に言ってるけど本当は心臓がバクバクとしている。 好きになったやつが、一週間も自宅で一人きりの夜を過ごすなんて聞いたら一緒にいてやりたくなるし、それに直は何かにつけて危なっかしいところがあるというか間が抜けているというか……とにかく一人きりのにはさせられなかった。 あと、多分だけど、直のやつまたいじめられている気がする。俺の前では平気そうな顔して隠しているみたいだけど、幼馴染の勘(かん)っていうのか、とにかく直の表情がいつもと少し違う感じがしていた。 直本人に直接聞きたいけれど、はぐらかすだろうし、しばらく様子見をしていこうと思う。 ルームウェア(普通のカジュアルなスポーツジャージ)に着替えて直がいる部屋に戻ると、ソファにちょこんと座っている直の姿が目に入り、それが相変わらずだと思うのと同時に同じ空間にいるっていうのが嬉しくて照れ隠しに吹き出すように笑ってしまった。 「え?! なにりゅうちゃん、僕なんか変?!」 「いや違う。お菓子先に食べてればよかったじゃん」 目を丸くして慌てる直を軽くあしらって俺は直の向いに座る。ローテーブルに用意されたお菓子を一口つまんで紅茶と一気に喉に流し込む。 「……りゅうちゃんいないのに先に食べられないでしょ」 少し上目遣いで口を尖らす直。 そんな直が可愛いなぁ、と正直に思っていたら目と目が合ってしまい俺はいたたまれないのと何かしらの罪悪感ですぐに目を逸らしてしまった。 「どうしたの? りゅうちゃん」 きょとんとして首を傾げる直。そのしぐさがまた可愛いくて俺の保護欲をそそってくる。 こいつ、分かっててやってんじゃねーか? そんな気さえしてくるが、多分これは直の昔からの癖なんだろう。直自身でさえ意識していないだろう『小さな癖』を知っているってだけで俺は少し誇らしくもあり優越感に浸った。