しん

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しん

アラフィフおばばですが、頭の中は小学2年生。好きな小説ジャンルはファンタジー。魔法とか大好きです。 pixivはhttps://www.pixiv.net/novel/show.php?id=18759061

19話

19話 「ここじゃあ話せねぇからとりあえず倉庫裏まで来てくんね?」  そう言うと鈴木は僕に背を向けて歩き出す。  本当は早く帰りたかったんだけど、鈴木の真面目な態度に気になった僕は断りきれず黙って鈴木の後をついて行った。  普段はあまり使われていない旧校舎の体育用品を保管する倉庫。いつもはちょっと悪い人たちの溜まり場になってるけど今日は誰もいないみたいだった。  鈴木が立ち止まりこちらを振り返る。 「……なんでお前なんだよ」 「え、なに?」  少し俯いて呟いた鈴木の言葉が聞き取れず、僕は眉をひそめた。 「お前さ」  鈴木が顔をあげて僕をまっすぐ見つめてくる。その表情が少し悲しげに見えるのは僕の気のせいだろうか。 「お前、なんでいつも龍治(りゅうじ)と一緒にいんの?」 「え……?」  僕は一瞬なにを言われてるのか分からなくて目をぱちぱちと瞬(またた)いた。 「『え』じゃねーよ。龍治となんでいつも一緒にいるんだよっ」  少しイラついたように声を荒げる鈴木。 「な、『なんで』って言われても……」 「小学校の時からずっと龍治のあとばっかりついてんじゃん!」  言いながら鈴木は苛立ちをぶつけるように近場の小石を思いっきり蹴った。蹴られた小石が鉄製の倉庫の扉に当たり不快な音を立てた。 「りゅうちゃんとは幼馴染(おさななじみ)だし……」 「俺だって幼馴染だろーが!」  鈴木は僕の肩口を平手で力一杯押し退けてきて、 「痛(い)った!」  僕は押された拍子に数歩後ろによろけた。 「って言うか。なんの話なの?!」  鈴木が何をしたいのか何を言いたいのか分からず、僕もだんだんとムカついてきて鈴木を思い切り睨みつける。 「生意気なんだよお前!」 「はぁっ?!」 「金魚のフンみてーに龍治の後ばかりついていきやがって!」  鈴木は早口で言って僕の胸ぐらを掴んできた。 「き、『金魚のフン』って……」 「みんな言ってるぜ。小学校の時から」  バカにするようににやりと笑った鈴木は僕の胸ぐらから手を離す。 「そ、そんな事……っ?!」 『そんな事ない』と言い終わる前に僕は、左頬に鈍くて重い打撃音と共に左側の口内が強く押し込まれる強い痛みを感じた。  反動で右を向いた顔。衝撃で一瞬だけ視界がちかちかと点滅する。  殴られた?  そう思うと同時に間髪入れずに今度は鳩尾(みぞおち)に膝蹴りを入れられて、 「ぐっ、げほ……っ!」  喉の奥から何かが込み上げるような感じがしてジンジンと熱く痛むお腹を抱えて僕は地面に膝をついてしまう。    痛さと吐き気で咽(む)せる僕が少しだけ顔をあげると、傷ついてるような、でもどこか怒っているような複雑な表情をした鈴木の姿が目に映った――

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18話

18話  鈴木は強引に腕を僕の肩に乗っけて逃げれないようにしてきた。 「何か、用なの?」  自分でも怖くなるくらいの低い声がでた。目の端で回りを見ると、いつもは腰巾着(こしぎんちゃく)のようにくっついている三田(みた)と足立(あだち)がいない。  あの二人がいないことで僕は少し強気になって、 「用がないなら離してよ!」  少し強く言ってむりやり鈴木の手を払いのけた。 「おっと」  鈴木は僕から少し距離を置くとニヤニヤと馬鹿にしたような笑いを浮かべて、 「相変わらずじゃん。最近、龍治と一緒だから強気にでもなったのかよ〜」 「ー…っ、そんな事……」  鈴木に言われて僕は口篭ってしまう。確かに僕は最近りゅうちゃんと一緒にいて自分も少し強くなった気がしてた。  りゅうちゃんがいるから。  りゅうちゃんと一緒だから。  そんな簡単な感情で僕もりゅうちゃんみたいに強くなった気でいた。  でもそれは違う。  りゅうちゃんは元々気が強いところがあったけど、僕はずっと弱虫なままだ。暴力は嫌いだし、言い合いも大嫌い。  でもりゅうちゃんといる時だけ本当の自分になれる気がして、りゅうちゃんの隣にいるのはすごく居心地が良かった。  りゅうちゃんのこと、恋愛として好きだけれど、それ以外でも僕はりゅうちゃんが大好きだった。  自分でもちょっとよく分からない感情だけど、やっぱり僕はりゅうちゃんがいなきゃダメみたいで。  今だって、鈴木を目の前に顔は平気そうなフリをしてるけど心臓はキュッと締め付けられているみたいに苦しいし、何をされるか分からなくてドキドキもしてる。早く鈴木が何もなく立ち去ってほしい。そればっかりが頭の中を駆け巡っている。 「……よ、用がないなら僕は帰るけど」  平気な感じを装って鈴木の顔を見ないように視線を下に向けた。 「……用はあるんだよ」 「え?」  鈴木の声に僕は顔をあげる。横目でちらりと鈴木を見るとすごく真剣な顔つきで僕を見てた。 「なん…か、あったの?」  鈴木のあまりにも真剣な様子に僕は心配になった。このあとの起こることも知らずに――

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17話

17話 「……りゅうちゃんいないのに先に食べられないでしょ」  先に食べてればと言われたけど、りゅうちゃんがいないのに食べるのはなんか悪いなぁって思ってたから少し口を尖らしてそう言うと、りゅうちゃんと目が合ってすぐに避けるようにそらされた。 「どうしたの? りゅうちゃん」  目をぱちぱちさせて首を傾げて覗きこむように顔を見れば、 「な、何でもない!」  少し慌てたようにぶんぶんと首を横に振るりゅうちゃん。 「変なりゅうちゃん」  そう言って、僕も差し出されたクッキーを口に運ぶ。そのあとで少し冷めてしまった紅茶を一口。あまり紅茶に詳しくはないけど、りゅうちゃんと一緒だからおいしいには変わりないよね。  りゅうちゃんの家に来た時はあまりにも場違いな感じがしてちょっと緊張とか申し訳なさとかいっぱいいっぱいだったんだけど、りゅうちゃんと二人でこうやってお菓子を食べるのは小学生の頃に戻ったみたいで僕も徐々に慣れてきたみたい。  ――それから学校が一日になるまでの三日間はりゅうちゃんが朝も帰りも一緒だったから、鈴木たちに絡まれることはなかった。 「それじゃあ。僕、委員会あるからりゅうちゃん先帰ってていいよ〜」  一日授業になると同じクラスとはいえ、僕は委員会活動があってりゅうちゃんは部活も入っていないから帰る時間がズレてしまう。 「ん〜分かったぁ」  僕が教室から移動するなか後ろをついてくるりゅうちゃんに振り返ってそう言えば、りゅうちゃんは少し残念そうに(僕が見た感じでは)頷いて、 「じゃあまた後でな〜」  僕を横切って玄関まで歩いて行くりゅうちゃん。 「じゃあまた」  僕はりゅうちゃんの背中に軽く手を振って姿が見えなくなるまで見送った。  委員会を三十分ほどで終えて教室で帰り支度をしている時、 「よう。直往(なおゆき)〜」  背後にかかる一番聞きたくなかった声。僕はその声の主に嫌そうな顔をして振り返る。 「ー…何?」  振り返った先には予想していた通りの嫌なやつの顔――鈴木の姿がそこにあった。

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外伝1の5 美琴の能力2

外伝1の5【美琴の能力2】 「そちらが火と風ならこちらは水と地で相殺させるだけよ!」  そう叫び美琴(みこと)は、手にしたカードを頭上に掲げると同時に天に向かって投げた。  投げ出された法王と吊るされし男のカードは、数メートル頭上で静止すると眩い輝きを放ち、まるで絵柄がそのまま具現化したように赤いローブを纏った男と木で作られた十字架に足から吊るされた男が、風を防ぐ地の盾と炎を消す水へと変化しシンが発現させた炎の嵐を打ち消した。 「みこちゃんすごい! こんな事出来るなんて!」  真人(まさと)が美琴の方に駆け寄って嬉しそうに彼女を褒め称えた。 「そうだな」  真人の言葉に同意するように小さく頷くシン。 「美琴は占術が出来るからな。それくらいの芸当は出来てもらわなきゃこの先が思いやられる」 「私を試したの?!」  端的に言うシンの言葉が気に障ったのか、美琴はシンを睨むように見た。 「まあ、お前達の凡(およ)その能力は把握できた」  シンはそう言うと指を軽く打ち鳴らす。それと同時に時空間が変化して真人たちの姿は、事務所で向かい合って座っている状態に戻っていた。 「ー…と、あれ?」  真人が目を瞬いて辺りをキョロキョロと見やる。 「戻ってきたのか……」 「そうみたいですね」  少し疲れた様子を見せる進(すすむ)と武雄(たけお)が口々に呟く。その場にいたシン以外の全員は心身ともに疲労感が漂っている。  気を利かせた武雄が再度淹れた紅茶を各々口にしてしばしの休息をとった。 「なんだか……すごく疲れた感じ」  言って、真人はソファにうなだれるように身を沈める。 「精神を使う超能力は疲労がつきものだからな」 「うんうん。そうだよねぇ」  軽く言うシンに同調するかのように頷く真人。 「まあそれはお前たち『人間』にとっての話だが」  小馬鹿しているように人間を強調するシン。 「それ、人間を馬鹿にしているようにしか聞こえないんだけど?」  シンの隣に座っている美琴が少しムッとした表情でシンを睨みつけると、 「馬鹿にはしていない。『当たり前』の事を言ったまでだ」  美琴の視線に臆すこともなくシンは淡々と言ってのける。 「ー…っ」  シンの言葉の真意に気づいたのか美琴は唇を噛み締めて押し黙る。 「……そ、それは、確かにそうだけれども……」  俯いて、弱々しく呟く美琴。  美琴は【識って】しまっていた。  シンが何(なに)であるのかを――

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16話

16話  直(なお)を客間に残して俺は自室で着替えを始める。勢いで直を家に呼んだのはいいけど、寝るところとか全然考えてなかったな。 『まあ、俺のベッドで一緒に寝ればいいか』  なんて気楽に言ってるけど本当は心臓がバクバクとしている。  好きになったやつが、一週間も自宅で一人きりの夜を過ごすなんて聞いたら一緒にいてやりたくなるし、それに直は何かにつけて危なっかしいところがあるというか間が抜けているというか……とにかく一人きりのにはさせられなかった。  あと、多分だけど、直のやつまたいじめられている気がする。俺の前では平気そうな顔して隠しているみたいだけど、幼馴染の勘(かん)っていうのか、とにかく直の表情がいつもと少し違う感じがしていた。  直本人に直接聞きたいけれど、はぐらかすだろうし、しばらく様子見をしていこうと思う。  ルームウェア(普通のカジュアルなスポーツジャージ)に着替えて直がいる部屋に戻ると、ソファにちょこんと座っている直の姿が目に入り、それが相変わらずだと思うのと同時に同じ空間にいるっていうのが嬉しくて照れ隠しに吹き出すように笑ってしまった。 「え?! なにりゅうちゃん、僕なんか変?!」 「いや違う。お菓子先に食べてればよかったじゃん」  目を丸くして慌てる直を軽くあしらって俺は直の向いに座る。ローテーブルに用意されたお菓子を一口つまんで紅茶と一気に喉に流し込む。 「……りゅうちゃんいないのに先に食べられないでしょ」  少し上目遣いで口を尖らす直。  そんな直が可愛いなぁ、と正直に思っていたら目と目が合ってしまい俺はいたたまれないのと何かしらの罪悪感ですぐに目を逸らしてしまった。 「どうしたの? りゅうちゃん」  きょとんとして首を傾げる直。そのしぐさがまた可愛いくて俺の保護欲をそそってくる。  こいつ、分かっててやってんじゃねーか?  そんな気さえしてくるが、多分これは直の昔からの癖なんだろう。直自身でさえ意識していないだろう『小さな癖』を知っているってだけで俺は少し誇らしくもあり優越感に浸った。

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18話 心に蓋をしたままで3

18話 心に蓋をしたままで3  おっとりしてそうで優しくて。でも時々子供っぽくて。それでいてどこか大人で。  また、俺の心を掻き乱すのが上手くて。でも俺はそれがすごく心地よくて。もっとそうして欲しい反面、独占したいっていう気持ちもあって――  多分、俺。暖子(はるこ)さんのこと――  そこまで思って俺は軽く頭を振った。 『暖子さんのこと』。その次は何を言うつもりだ?  その得体の知れない想いは心にしまい込んで蓋をした筈だろ。暖子さんとは友達以上になる気はない。ただ趣味の合う気のいいおばちゃんってだけだ。  心の奥底にある溢れ出しそうな感情を押し殺すようにして、 「……そっか。暖子さんって七海(ななみ)と仲良かったっけ?」 「え?! 七海さん?」  暖子さんと一緒に工場から駐車場に向かう最中、俺は前から少し気になっていた事を聞いてみた。  ――七海と付き合うようになってから、例の噂好きおばちゃんから聞いた『ある噂』。表面上は『いい子』を演じている七海が、影では俺と仲良くする女性たち(そこに歳は関係なく)に陰湿な嫌がらせをしているとの事。  これは、誰彼関係なしに気さくに話しかけてしまう俺も悪いのだが、特に俺と良くお喋りをする女性たちは七海の標的の的になっているらしく、暖子さんも例外ではなくて―― 「うん……。あいつの噂、暖子さんも知ってるだろうけど」 「噂って……?」  不思議そうに目を丸くする暖子さん。 「七海のこと、おばちゃんたちが噂してるでしょ。俺と仲のいい人たちに嫌がらせしてるって」 「そうなの?」  暖子さんは何も知らないようで、首を傾げて殊更不思議そうな顔をしている。  暖子さんには何もしていないのか?  ――まあ七海と付き合いだしてから暖子さんとは全然喋ってないからな。 「私ーー七海さんと喋ったことあるけど」 「え?!」  暖子さんの予想だにしない言葉に俺はびっくりして素っ頓狂な声をあげた。 「え、なに? そんなに驚くこと?」  びっくりした俺に暖子さんもびっくりして少し困った笑いを浮かべている。 「雪斗くんのこと、すごく好きなんだね。いい子だよね」  暖子さんはそう言い残し、『じゃあね』と俺より先に帰ってしまった。  相変わらず独特な感性をしてるよなぁ、と変なとこで感心しつつ俺は遠ざかっていく暖子さんの後ろ姿を見送った。

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17話 心に蓋をしたままで2

17話 心に蓋をしたままで2  俺の心に、ちくりと何かが刺さった――  暖子(はるこ)さんの口から出た、『彼女さん』と言う言葉。何となく聞きたくなかった言葉。  他の人からは別に何も感じないが、暖子さんに言われるのはなんかちょっと気が引ける、と言うか、何て言うのか――とにかく暖子さんだけからは、『七海(ななみ)』に関する事を聞きたくないと思った。  その思いが態度に出たのだろうか、 「俺に、彼女が出来たから朝の時避けたってワケ?」  自分でも驚くほど低くて挑発的で嫌味を含んだ声色。  あ〜…駄目だ。心に余裕が無くなるといつもこれだ。不機嫌になって周りに攻撃的になってしまう。学生時代の『癖』がまだ抜けきれていない。  こんな風にすぐに態度に出てしまう俺を見て暖子さんとはまた距離が離れていってしまうだろう。  俺はすぐに後悔したが、吐き出してしまった以上引くに引けない状態になっていた。  俺が自分の悪い癖にあれやこれやと考えを巡らせ少し俯いていると、暖子さんからは予想だにしない言葉が返ってきた。 「ん? 私、避けてたっけ?」 「え? だって朝挨拶したら逃げるようにトイレ行ったし……」  朝の状況を思い出した俺は、その時の不快感もあってか眉をしかめてしまった。 「ああトイレね!」  と。暖子さんも思い出したのか急に笑いはじめ、暖子さんのそんな態度に少しイラッときた俺は殊更不機嫌な声色で、 「なに?」  なんて聞き返してしまう。  俺……。  本当に短気すぎる、と思うがやっぱり表情を出してしまったので後に引けなくなって気まずくなってしまう。  そんな不穏な空気を作り出した俺の失態(?)を払拭するかのように、 「だって」  思い出し笑いをしているのか暖子さんはお腹を抱えて、 「雪斗くんタイミング良すぎっていうか悪すぎだよ! あの時私すごくトイレ行きたい時だったのに!」  言葉を途切れ途切れで喋りつつ、それでも笑いのツボにハマった暖子さん。 「いきなり『おはよう』って言われても私トイレって思ちゃってて」 「なにそれ」  暖子さんがあまりにも可笑しそうに笑っているので俺も先ほどの嫌な気持ちを忘れて釣られて笑ってしまっていた。 「『あ〜もう早くトイレ』って思ってて多分私焦ってた」  笑いがおさまり少し気恥ずかしそうにする暖子さん。 「だから雪斗くんごめんね」 「ふぇ!? な、なにが?」  バツ悪そうな顔をして急に謝ってくる暖子さんに俺はびっくりして声が裏返ってしまった。 「え、朝のこと。私多分焦ってたから雪斗くん嫌な思いしたのかなぁって」 「ー…ッ、暖子さん……」  暖子さんのその言葉に俺はハッとした。  勘違いとはいえ、『避けられてる』と手前勝手な思い込みをした俺。それに何の打算もなく暖子さんは素直に謝ってくれた。  なんでこの人はいつも俺の『最高に欲しい言葉』をドンピシャにタイミングでくれるんだろうか――

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16話 心に蓋をしたままで1

16話 心に蓋をしたままで1  俺が七海(ななみ)と付き合いだして約三ヶ月ほど経った。その頃にはもう会社全体では周知になっていたし、帰りも七海を送っていくことがしばしばあった。  俺は彼女が出来たことで心と身体の欲が満たされ充実した日々を過ごしていた。だから――暖子(はるこ)さんに対する想いは単なる趣味が合って話しやすいからだと思うようにし、あの淡い初恋のような感覚を、押し殺すように心の奥底にしまい蓋をした――その筈だったのに。  やはりどうやら俺は普通の恋愛は出来そうにないらしい。七海があんな女だったとは、女ってのは恋愛が絡むとこうも変わるものなのかと、この時ほど痛感した事はない。 「あ。暖子さん、おはよう」  仕事場への出勤時、七海は体調不良なのか休みのようで、昨日会ったが何も聞いてなくて少し不思議に感じたが、暖子さんの姿を見つけた俺はいつものように暖子さんに挨拶をする。  俺に彼女が出来たとしても暖子さんとの交友関係は続くものだと思っていた。 「あ……。お、おはよ、雪斗(ゆきと)くん」  暖子さんは俺に声をかけられたのが意外だったようで少しびっくりしてこちらを見てきた。 「え、そんなにびっくりする?」  いつものように気軽に笑いかければ、暖子さんは落ち着きなく辺りをきょろきょろと見やり、 「あ、あの……私ちょっとトイレに行くね」  そう言い、急足でその場を去ってしまった。    あれ?  俺もしかして暖子さんに避けられている?  ここ最近七海とずっと一緒だったからあまり喋ってなかったけど、でも急すぎじゃね?  そんなあからさまな態度を出されるとなんかちょっと腑に落ちない。そう思ったが、『また帰りにでも話かければいいか』と安易に思っていた当時の自分に腹が立つ。  終業時間になり七海が居なくて手持ち無沙汰のような感じがした俺は丁度タイムカードを切ろうとしている暖子さんに話しかけてみた。 「暖子さん何か久しぶりだね」 「え?! あ、雪斗くんか。びっくりした〜」 「相変わらずびっくりの仕方独特だよね」  目を丸くして驚く暖子さんがやけに懐かしく、また、嬉しさも感じて照れ隠しもあってか少しの嫌味を含めて笑ってみせる。 「でもびっくりはしちゃうよ、急に話しかけられたら」  と。少し不貞腐れたように困り顔になる暖子さん。  普通に話して何ともなく会話が弾む――この緩やかに上昇していく心の高揚感がすごく新鮮で居心地が良い。暖子さんとのこの時間をまだ共有したくて、 「暖子さん今日は自転車?」 「え? そりゃあそうだけど」  唐突に聞いた俺に不思議そうな表情をみせる暖子さん。 「そっか。送っていこうかと思ったんだけど」  俺が残念そうにそう言うと暖子さんはさらに目を丸くして、 「え? 何で?」 「『何で』って、普通に送っていこうかなぁって」 「やだ。そんなの彼女さんに悪いよ」  少し困ったように遠慮がちに言う暖子さん。

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悩み

 悩みっていうか自分の本当に駄目なところがあって、それが貯金ができず散財してしまう癖。  何十年経っても、後悔してちゃんとしようとしても頭では分かってるのに散財してしまい貯金ができない。  やっぱり、『なんとかなる』って心のどこかにあるから駄目なのかな。    それで家族、旦那や子供たちに散々迷惑をかけてるしカードローンとかもちゃんと返済できてないし、それでも旦那には捨てられずにいるから、旦那は相当我慢してるんだと思う。  なんとかしたい……。  こんな自分はもう嫌だ。  変わりたい。  なんかとりあえずお金の使い方から見直していこうと思う。  あと、次女ちゃんにもキーボードを買ってあげたいから。  頑張ってみる。こんな自分とはオサラバしたいんだ。そんなんだから好きなこともちゃんとできないんだよ。  こんな私だけど、みなさんこれからも仲良くしてください。

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15話

15話  りゅうちゃんの自室は僕が想像していたのとだいぶ違った。おもちゃとかゲームとかいっぱい置いてあるのかなぁとか思ってたんだけど、すごくすっきりしていて余計なものがない。 「俺着替えてくるからその辺座ってて〜」  言いながら、りゅうちゃんはラグ(敷物)が敷かれた大きなソファを指差す。ソファは両側にあってそれを挟んでローテーブルまであった。 「あ、うん。分かった」  僕は戸惑いつつ持ってきた荷物をソファの横に置き静かに座った。 「多分メイドが茶菓子持ってくるだろうから適当に食べてろよ〜」  間延びしたようにりゅうちゃんはそう言って奥にある扉に入っていく。  急に静かになって落ち着かなくなったからりゅうちゃんの部屋を少しだけ見渡してみた。  部屋の真ん中あたりに僕が座っているソファがあって、入り口から向かって左奥にりゅうちゃんがさっき入って行ったもう一つの部屋があるみたい。  それよりも気になったのは、部屋の右側にあるスポーツ器具だった。どこかのジムにあるようなランニングマシーンとかダンベルとか色々あって、りゅうちゃん身体鍛えているのかなとか思っちゃった。  そういえばしばらく見ないうちにちょっとだけりゅうちゃんの身体つきが良くなった気がする。  そんな事をぼんやり考えていたら、扉がノックされて少しかしこまったように綺麗なメイドさんがお盆に何かを乗せて入ってきた。  僕がびっくりして目をパチクリとさせていると、 「いらっしゃいませ、直往(なおゆき)様。お紅茶とクッキーでございます」  そう言って、ローテーブルにそっと紅茶と上品なお皿に入ったクッキーを置いてくれた。 「あ、ありがとうございます……」  僕が頭を下げてお礼を言うとメイドさんは爽やかな笑顔と共に、『いいえ。ごゆっくりとお寛(くつろ)ぎなさいませ』と言って僕に一礼して部屋を出て行ってしまう。 「はぁ〜…」  なぜか緊張していた僕は気を抜いて大きなため息をはいた。  でも。  こうやってみると、やっぱりりゅうちゃんは僕と住む世界が違うんだなぁって再認識させられて急に不安になって心が沈んでしまう。

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