『夢屋』
25 件の小説『夢屋』
いらっしゃいませ。『夢屋』と申します。 当店では「少しだけ現実を離れて、非現実を味わうお手伝。」をモットーに、小説を書いています。(不定期です!) どうぞごゆっくりお過ごしください♪ (月夜の泡沫がメインの小説です!) 誤字あるかも!よろしくお願いします!
ご報告
どうもみなさん、『夢屋』です。 今回も、ご報告があります。 現在連載中の『月夜の泡沫』season1ですが、まもなく完結を迎えます。 本来であれば、そのままseason2へと進む予定でした。ですが、悩んだ末に、しばらくの間、『月夜の泡沫』から離れることにしました。 「前と言っていることが違うではないか!」と言われてしまえばそれまでです。それでも今回この判断をしたのは、今のモチベーションが持てない状態でseason2を書き始めてしまうと、この作品を自分自身が納得できない形にしてしまうと感じたからです。 今は少しだけ時間を置き、もう一度しっかりとこの物語に向き合える状態を整えたいと思っています。 『月夜の泡沫』は、自分にとってとても大切な作品です。だからこそ、中途半端な気持ちで続きを書きたくありません。 その間にはなりますが、新しい物語にも挑戦していく予定ですので、もしよければそちらも楽しんでいただけたら嬉しいです。 そしてまた、『月夜の泡沫』の続きを心から書きたいと思えたとき、必ず戻ってきます。 これからも、どうぞよろしくお願いします。 次回、ついに月夜の泡沫season1完結です。 お楽しみに……
月夜の泡沫 season1
season1最終回 第九夜 月夜の泡沫 前半 「レン坊!乗れや!」 「ナズナさん!?」 思わず声が裏返った。 ナズナさんは片足で地面を蹴りながら、バイクを軽く傾ける。 エンジンの回転数が一気に上がる。 『ブォンッ!!』 唸る音が、心臓の鼓動と重なる。 「ぼさっとしてたら捕まるで!はよ乗りぃ!」 遠くでサイレンがさらに近づく。 考える暇なんてなかった。 僕はそのまま、バイクの後ろに飛び乗り、ナズナさんに渡されたヘルメットを奥まで被った。 「しっかり掴まっときぃ!」 次の瞬間、 体が一気に後ろへ引っ張られる。 風が、顔に叩きつけられる。 景色が、一瞬で流れ始めた。 まるで夜そのものを切り裂いて、突き進んでいくみたいに。 「まったく!どうしてレン坊がサツに追われてるんや!何かやらかしたんか?」 「ち、違います!僕は何も!」 「何もしなくて追われてる奴がおるか!」 風に声がかき消されそうになる。 それでもナズナさんの怒鳴り声は、はっきりと耳に届いた。 『ウゥゥゥゥン……ッ!』 サイレンの音が、まだ追いかけてきている。 振り返らなくてもわかる。 赤い光が、何度も何度も夜を切り裂いている。 「しつこいのぉ!それならこうや!」 次の瞬間、ナズナさんはハンドルを思い切り切った。 バイクが大きく傾く。 「えっ…」 『ギュルッ!!』 タイヤが鳴き、車体が横滑りするようにして進路を変える。 目の前に現れたのは、 人一人がやっと通れるかどうかの、狭い裏路地だった。 ナズナさんは迷わずの裏路地に突っ込んでいく。 「ナズナさん!危ない!危ない!」 「うるさい!舌噛むでぇ!」 『ガガガッ!!』 壁すれすれをかすめる。 肘がぶつかりそうになる距離だ。 息をするのも怖い。 「はぁっ……!」 風が一気に強くなる。 いや、違う。 速すぎて、空気が刃みたいに感じるんだ。 その時、後ろで、 『キキィィィッ!!』 とパトカーが急ブレーキする音が聞こえた。 「……!」 サイレンが、一瞬遠ざかる。 「ほら見ぃ、車は入られへんやろ!」 ナズナさんがニヤッと笑う。 「ナズナさん凄いですね!」 「そうやろそうやろ、もっとうちを褒めてもええんやでぇ〜」 少しだけ、空気が緩んだ――その瞬間だった。 「ん?……ナズナさん前!前!」 「なんや前がどうしたん……あっ」 視界の先。 路地の出口、その向こうに、 黒い海と、それを遮る銀色のフェンスが見えた。 「やっば。」 『ガシャン!!』 金属が歪む音。 衝撃が、全身を叩き潰す。 次の瞬間、 重力が、消えた。 「くっ!!」 体が、宙に放り出される。 手が離れる。 何も、掴めない。 世界が反転していく。 ゆっくりと、回り始めていく。 街灯の光。 黒い海。 砕けたフェンス。 遠ざかるバイク。 全部が、ぐるぐると混ざり合っていく。 あっ……これは… この感覚、身に覚えが…… 父さんと母さんがいなくなった、あの時の… 同じだった。 時間が、やけにゆっくりで。 音が、遠くて。 ただ、落ちていくしかない感覚。 「……っ……!」 声が出ない。 体が動かない。 このまま…僕は… その瞬間。 ぐいっ、と。 何かが、僕の腕を掴んだ。 「……っ!?」 回る視界の中で、ナズナさんの姿が、見えた。 夜の闇の中で、彼女だけがはっきりと輪郭を持っている。 「すまん、前方不注意やったわ。」 どこか軽い調子で、そんなことを言いながら ナズナさんは、空中でぴたりと静止していた。 重力なんて、まるで存在しないみたいに。 ナズナさんは呆気に取られている僕の体はぐっと再び引き寄せる。 そして、ふわり、と。 まるで落ち葉みたいに軽く、僕らはさっきのフェンスの手前に着地した。 コンクリートの感触が、足に伝わる。 遅れて、現実が追いついてくる。 「死ぬかと思った…」 思わず、そのまましゃがみ込む。 心臓が、まだバクバクとうるさい。 ナズナさんは、少しだけ頭をかきながら、壊れたフェンスをちらっと見た。 「まぁ、ちょっと派手にやりすぎたな。」 まるで他人事みたいに呟く。 その余裕に、逆に笑いそうになる。 警察のサイレンはいつの間にか遠ざかり、完全に聞こえなくなっていた。 「ふぅ〜……撒けたっぽいな。」 ナズナさんは海を眺めながら軽く伸びた。 「そんで?レン坊はなんでサツに追われとったん?」 「それがですね…」 僕は、呼吸を整えながら、ここ最近のことを全部話した。 セリちゃんのこと。 ゴギョウさんのこと。 鬼のこと。 そして、あの屋上での会話まで。 ナズナさんは途中で何度か「はぁ?」とか「なんやそれ…」と呟きながらも、最後まで真剣に聴いてくれた。 「なるほどなぁ、前話していた鬼を殺せる記者がねぇ。」 「はい。」 少しだけ間が空く。 夜風だけが二人の間を通り抜けた。 「って、え?」 ナズナさんが、目をぱちくりさせる。 「レン坊……その話マジでゆうとるん? ほんまに鬼になること迷っとったん?」 一気に現実に引き戻されたみたいな声だった。 僕は、少しだけ息を吸ってから、はっきりと言う。 「あ、あの!確かに迷っていたのは本当ですけど…もう決めたんです。」 胸の奥が、まだ少し震えている。 でも、もう逃げたくはなかった。 「僕は鬼になって、セリちゃんと一緒にいたいです。」 言い切った瞬間、夜の空気が少しだけ静かになる。 ナズナさんは、しばらく僕を見つめていた。 いつもの軽いノリは消えていた。 代わりに、少しだけ真面目な目が僕をじっと見つめた。 「……そっか。」 ナズナさんはぽつり、と言った。 夜風が一瞬だけ強く吹く。 「セリも、大事にされてんやなぁ。」 その言葉は、軽いようでいて、どこか静かだった。 からかいでもなく、茶化しでもない。 ただ事実を確認するみたいな声だ。 僕は一瞬、言葉に詰まっだが、 「……はい。」 小さく、恥ずかしかったがそう言った。 ナズナさんはふっと息を吐いて、夜空を見つめた。 「そらまぁ、あいつも変な奴やしなぁ。」 「変な奴って……」 「いや褒めとるんやで?」 そう言いながら、ナズナさんは笑った。 けれどその笑いは、いつもの軽さとは少し違っていた。 「鬼ってな。」 ナズナさんは手すりにもたれた。 まるで、感傷に浸るように。 「長生きするぶん、“置いてかれる側”になること多いねん。」 その言葉に、胸の奥が少しだけ冷たくなる。 「せやから……」 一瞬だけ間を置いて、ナズナさんは僕を見る。 「レン坊みたいなんが、あいつの隣におるんは……まぁ、悪いことちゃうんかもな。」 夜の静けさの中で、その言葉だけがやけに残った。 僕はその意味を噛みしめるように、黙ったまま俯く。 胸の奥が、少しだけ温かくなって、同時に不安にもなる。 その時、『ブゥゥッ』とスマホのバイブ音が鳴った。 静寂を破る、小さな振動音だ。 「あっ…すまん、うちや。」 ナズナさんはそう言い、ポケットからスマホを取り出した。 画面の光が、夜の中でやけに白く浮かび上がる。 そして、そのままナズナさんは、しばらく眉をひそめながら画面を睨んだ。 「……なんやって。」 そして、一瞬、唸るように呟いたのだった。 数分前 夜風が舞い、一面に広がる幻想的な夜景の中。 セリは、あのルーフトップバーに立っていた。 街の光が、ガラス越しに揺れている。 風は冷たく、でもどこか優しかった。 スズナはグラスを軽く揺らしながら、口元を上げる。 「珍しいわね〜、セリがここにくるなんて。」 イグサは心配そうに眉をひそめたまま、セリを見る。 「どうしたんですか?ここを嫌うあなたがわざわざこんなところに来るなんて……レンくんと喧嘩でもしたんですか?」 「…まぁね。」 セリは少し寂しそうに目を逸らした。 夜景の光が、その横顔を静かに照らす。 言葉にしきれない感情が、喉の奥で小さく揺れている。 そこへ、 「おや、セリさん。珍しいですね。こんなところでお会いするなんて。」 酒呑童子の落ち着いた声が咲く。 セリはゆっくりと顔を上げた。 その目には、迷いと決意が同時に宿っていた。 「あのさ、酒呑様。」 夜風が、髪を揺らす。 「あたし、一つあなたにお願いをしにきたんだ。」 「お願いですか。それはまた珍しい。その願いとは?」 酒呑童子は静かに問い返す。 セリは、ほんの少しだけ息を吸った。 「レンくんがもし、鬼にならないって選択を取ったとしても、殺さないでいてほしい。」 『っ!?』 イグサとスズナは同時に目を見開いた。 スズナのグラスが、かすかに揺れる。 「何を言っているのよセリ!」 鋭い声が、夜景の空気を切り裂く。 セリはそれでも、視線を逸らさなかった。 その目は、まっすぐに酒呑童子だけを見ている。 まるで、答えがすでに決まっているみたいに。 「セリさん、あなた自分が言っていることの意味はわかっていますか?」 酒呑童子の声は、いつも通り穏やかだった。 けれど、その奥にある重さは隠しきれていない。 「それは我々鬼全体の安全を脅かすこと…」 静かに、しかし確実に言い切る。 ルーフトップに、重たい沈黙が落ちた。 スズナは腕を組み、鋭い視線をセリに向ける。 イグサも言葉を失ったまま、ただ見守っていた。 それでも、 セリは、目を逸らさない。 「ああ、わかってるよ。」 あっさりと、言った。 その軽さに、逆に空気が張り詰める。 「でもさ。」 一歩、前に出る。 その音が、コツンと静かに響いた。 「あたしはレンくんに死んでほしくない。」 その言葉に、一切の迷いはなかった。 「たとえ、それが鬼の掟に反してても。」 風が強く吹き抜ける。 セリのマントが、大きくはためいた。 酒呑童子はしばらく黙り込んだが、 その視線は、セリの奥を見透かすようだった。 やがて、 「……わかりました。」 その一言に、空気がわずかに緩む。 「ありが…」 セリが言いかけた、その瞬間。 「と、そう簡単に割り切れる話ではありません。」 ぴたりと、言葉が遮られる。 空気が、再び張り詰めた。 酒呑童子の視線が、鋭くなる。 「あなたは例外を認めろ。そう言っているわけです。」 一歩、ゆっくりとセリに近づく。 「そう簡単に飲むことはできません。」 「なら!」 セリが声を上げ、シャキッと爪を伸ばした。 「セリ!」 それを見たスズナが素早く動いた。 ガシッ、と腕を掴み押さえ込む。 「ちょっ……!」 「落ち着きなさい!」 イグサも反対側から肩を押さえつける。 「今のあなたは、冷静じゃありません!」 「離せ…!」 セリが振り払おうとするが、二人の力は強い。 鬼が二人係で抑えているんだ。 簡単には振りほどけない。 「ふざけんな……あたしは!」 「黙りなさい!」 スズナが鋭く怒鳴る。 その声には、怒りとわずかな焦りが混ざっていた。 「あなた、自分が何を言ってるか!何をしようとしているのか!本当にわかってるの?!」 「だから!わかってるって言ってんだろ!」 セリも負けじと叫ぶ。 「だから言ってんだろ!」 そのやり取りを、酒呑童子は静かに見ていた。 やがて、小さく息を吐く。 「……はぁ。」 その一音だけで、場の温度が変わる。 「人の話をしっかり聞きなさい。」 「はぁ?!」 「私は、簡単に飲むわけがないと言ったのです。」 ゆっくりと、言葉を区切る。 「簡単に、です。」 セリの動きが、ぴたりと止まる。 「……つまり、なんだ。」 睨むように問い返す。 酒呑童子は、まっすぐにセリを見た。 その瞳には、揺るぎのない決意が宿っている。 「あなたにはケジメを受けてもらいます。」 後半へ続く……
ご報告
どうも、『夢屋』と申します。 この度、連載中の小説『月夜の泡沫』season1が最終回を迎えました。ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます😭 初めての小説投稿、しかも連載ということで不安も多くありましたが、ここまで続けてこられたのは皆様のおかげです。心より感謝申し上げます。 さて、本題のご報告です。 この度、『月夜の泡沫』season2の制作準備に入るにあたり、投稿スタイルの見直しを行いました。 これまでの反省点として、 ・一話あたりの字数が多く、読みづらい。 ・投稿頻度が安定していない。 といった点がありました。 また、学校やプライベートとの両立も考慮し、season2からは「一話の字数を少なめにし、その分投稿頻度を上げる」形に可能な限り、変更していきたいと考えています。 これまでとは少し違った形にはなりますが、より読みやすく楽しんでいただける作品を目指していきますので、どうかご理解いただけますと幸いです。 今後とも『月夜の泡沫』をよろしくお願いいたします。 それでは、皆様。 月夜の泡沫season1最終回をお楽しみに! (パッと言ったけど、season2ありますのでよろしくお願いします……えへへ。)
月夜の泡沫 season1
第八夜 迷いと選択 後半 僕は、セリちゃんの部屋のドアを開けた。 「よ〜、レンくん。今夜は逆鱗出るまでクエスト回すぞ。」 「………」 「お〜い、レンく〜ン、どうした?」 言葉が出ないまま、僕はセリちゃんをそっと抱きしめた。 「…おぉ、……なんだ…め、珍しく…積極的だな…」 セリちゃんは突然のことで目を丸くし、少しだけ体をこわばらせる。 「セリちゃん…ごめん…でも、少しだけ…」 「………」 セリちゃんはそれを聞くと、トンットンッと優しく僕の背中を叩いた。 叩かれるたびに、胸の奥がぎゅっと締めつけられるような感覚になる。 セリちゃん、僕は今どうしたいんだろう……。 どうするべきなんだろう……。 抱きしめた腕の中で、彼女の温もりが心の中のざわめきをかき消していく。 でも、頭の中では、不安や迷いがぐるぐると回り続ける。 鬼になること、セリちゃんとずっと一緒にいること、 そして……自分自身が変わることの意味。 答えの出ない問いに、僕はただ、セリちゃんの柔らかさに寄りかかるしかなかった。 「ねぇ、なんでわざわざ校舎に?」 「なんでもいいだろ、なんとなくだよ。」 セリちゃんは軽く肩をすくめて笑うけど、その目はいつもの冗談めいた輝きではなく、少しだけ真剣だった。 普段立ち入り禁止の校舎の屋上からは、夜の街が見渡せた。 オレンジ色の街灯、通り過ぎる車のライト、遠くに瞬くビルの灯り… 全てが静かに、でも確かに存在していることを教えてくれる。 僕は手すりにもたれ、夜風に吹かれながら、街をぼんやりと眺める。 セリちゃんも隣に立って、同じ景色を見ている。 互いに、何をいうでもなく静かな時間が流れた。 なんだか…なんだか… 落ちつかねぇ! 「やっぱり、鬼になるのやめるの?」 突然の問いに、僕は肩をすくめる。 セリちゃんの髪が、夜風にふわりと揺れる。 「え…それはどう言う?」 「シホちゃんに、なんか言われたんじゃないか?」 僕の顔をじっと見つめるセリちゃん。 その目には、真剣さと少しの茶化しが混ざっていた。 「なんでそれを…」 「匂いでわかるよ。」 その言葉に、少し動揺をした。 それを見たセリちゃんは、軽く笑いながら肩をすくめる。 「レンくんは、今悩んでいるんだ。」 その声は低く、でもどこか優しい響きを帯びていた。 手すりに置いた手に力を入れ、僕は小さく息をつく。 「自我を失う危険性…」 「友達の心配…」 「鬼を殺せる記者の存在…」 「普通、悩まない方がおかしい。」 セリちゃんはゆっくりと一歩前に進み、僕の隣で振り向いた。 夜の街の光が、彼女の輪郭を柔らかく照らしている。 「いや、普通は悩むはずがないかもしれんな。」 言葉が夜の空気に溶ける。 セリちゃんの瞳が、真っ直ぐに僕を見つめる。 「鬼になるのを諦めて、昼の世界に戻るだろう。」 僕の胸の奥で、ぎゅっと何かが締めつけられる。 だけど、その重みを抱えたまま、僕は答えを探すように街の灯りを見つめていた。 「なんで、なりたいって、なんで鬼になりたいのかって聞かれたんだ。」 セリちゃんは静かに頷き、目をそらさずに僕の顔を見つめる。 「続けて。」 少し息を整えて、僕は言葉を紡ぐ。 「考えてみたけど…やっぱり僕はこの夜の世界が好きで、自由で、まるで異世界にいるような感じがして…ちがう人間になれる…そんな感じもした。」 セリちゃんは小さく息を吐いて、言葉を受け止めるように黙ったまま僕の隣に立っている。 夜風が髪を揺らし、街の灯りがふたりの影を屋上に長く伸ばしていた。 「………」 その沈黙の中で、僕はさらに一歩踏み込むように続けた。 「でも、それだけじゃないってこの前わかった…実害もある、僕だけならまだしも、人を、友達を傷つける可能性だってある……」 言葉を吐き出すたびに、胸の奥が痛む。 手すりにかけた手が微かに震えるのを感じながら、僕はセリちゃんの方を見る。 彼女の瞳は揺るがず、でも少しだけ心配そうに細められていた。 「だから…どうすればいいのか、わからないんだ。」 夜の街は静かで、遠くで車のライトが通り過ぎる音だけが響いた。 僕の胸の中の迷いも、静かに夜風にさらされているようだった。 「…じゃあさ……人間のままでいようよ。」 そうセリちゃんは、少し震える声で言った。 その声には、悲しさと諦めにも似た色が混ざっていた。 「え……」 言葉が出せず、僕はただ彼女の顔を見つめる。 夜風に髪が揺れ、街の光がぼんやりと二人を照らす。 「レンくん、君が最初に憧れたのは鬼ではなく夜そのものだ…」 セリちゃんは少し目を伏せるようにして言う。 言葉の一つ一つが、僕の胸にじんわりと染みていく。 「レンくんはたぶん、夜という非日常に憧れたんだ…… いつもの暮らしとは真逆と言っていいほどの世界にね。」 その言葉に、胸の奥で何かがかちりと音を立てた気がした。 僕は自分の手を見つめ、ぎゅっと握りしめる。 セリちゃんは僕の肩にそっと手を置き、続ける。 「だから、レンくんが選ぶべきなのは、鬼になることじゃないかもしれない。鬼にならなくても、夜は来る、あたしとも会える。」 夜の空気は冷たいけれど、彼女の声は暖かく、静かに僕を包み込んでいた。 僕は何も言えず、その温もりにただ身を委ねるしかなかった。 「レンくん、鬼なんて寿命が長いだけで退屈な物だよ……嘘ついていてごめんね。」 セリちゃんの声が、夜風にかき消されそうになりながらも、確かに僕の耳に届く。 その声には、少しの後悔と、深い寂しさが混ざっていた。 「あたしが鬼になってもう数十年は経ったと思う。でも、レンくんと出会うまでは薄っぺらい毎日を過ごしていた。本当は夜の楽しさなんてあまり知らなかったんだよ。見栄を張っていただけなんだ。」 言葉が、胸に重くのしかかる。 僕は肩を震わせ、声にならない問いを抱える。 「…なんで…なんで僕には、その楽しさを…教えたの…」 問いかける声は、夜の静けさに吸い込まれていくようだった。 セリちゃんは少し間を置き、夜空を見上げた。 そしてゆっくりと、答えた。 「なんでだろうな……たぶん、レンくんをどこか自分と重ねていたんだと思う……」 その言葉に、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。 理解しようとしても、完全にはわからない、でも確かに、心に響く何かがあった。 「……んじゃあ、あたしは一旦帰るよ。」 セリちゃんは、軽やかに手すりの上に立った。 夜風に髪とマントが揺れ、街灯の光がその影を屋上に長く落とす。 「えっ!?ちょっと待って!まだ話が!」 僕が必死に手を伸ばすよりも先に、 『バサァ』 マントが舞う音が、夜の静けさを切り裂いた。 一瞬、息を呑む間もなく、セリちゃんは視界から消えていった。 ただ、夜風に揺れるマントの残像だけが、そこに残った。 僕は手すりにしがみつきながら、ぽかんとその場に立ち尽くす。 「……セリちゃん……」 声にならない呼びかけが、夜の街に溶けていく。 胸の奥で、ぽつりと孤独が広がった。 でも、その背中に、あの温もりと優しさの感覚はまだ残っていた。 あれからもう一週間は経っただろうか。 セリちゃんの姿を、すっかり見なくなってしまった。 というより、鬼そのものを、見なくなった。 毎晩、夜の街を駆け抜けて探した。 あの喫茶店も、路地裏も、高速道路の下も。 でも、どこにもいない。 まるで最初から存在しなかったみたいに、綺麗に消えていた。 そして今夜も、町中を回ったが、その影すらなかった。 僕は自室のベッドに横たわり、空っぽの天井を見上げる。 「……セリちゃん。」 ぽつりと零れた名前は、誰にも届かずに消えていく。 僕の血感の印は、破棄されてしまったのだろうか? それすら、もうわからない。 でも、一つだけ確かなことがある。 それは、誰よりも今はセリちゃんに会いたいということだ。 僕はふと、ジャージのポケットから一枚の名刺を取り出した。 薄暗い部屋の中で、それはやけに存在感を持っていた。 「………」 …行くしかない。 そう思った瞬間、体はもう動いていた。 高速道路の下。 低く響く車の音と、街灯の白い光が、辺りを怪しげに照らしている。 その中で、 「やぁ、久しぶり。」 ゴギョウさんは、まるで待っていたかのように笑った。 「君が私を呼んだってことは……」 一歩、こちらに近づく。 靴音がコンクリートに響く。 「はい、鬼のことに…」 言いかけた瞬間、 「恋愛の相談だろぉ〜」 ・・・? 『…えっ?』 その時、互いの間の抜けた声が響いた。 「違うの?」 ゴギョウさんは、心底意外そうに首をかしげる。 「何でそうだと思ったんですか…」 「何となくだよ……いいだろ〜!おじさんだって高校生のキャピキャピした話し聞きたいぜぇ。」 ケラケラと笑うその様子に、思わず言葉を失う。 この人、本当にあの時の記者と同一人物なのか? そんな疑問すら浮かぶ。 「……違いますよ。」 ため息混じりにそう言うと、ゴギョウさんは「えぇ〜」と露骨に残念そうな顔をした。 「つまんねぇなぁ……で、なんだい。」 さっきまでの軽さが、すっと消える。 その一瞬の変化に、背筋がぞくりとした。 僕は一歩踏み出す。 「ゴギョウさん……あなたは僕たちについて、どれぐらい知っているんですか?」 ゴギョウさんは一瞬だけ目を細め、次の瞬間、にやりと口角を上げた。 「……君の、鬼になりた〜いって言う傲慢で愚かでバカな夢のことかい?」 「……っ」 胸の奥を、ぐさりと刺された気がした。 思わず言い返そうとして、言葉が詰まる。 ゴギョウさんは楽しそうに続ける。 「あとはそうだなぁ〜、」 指を折りながら、まるで雑談でもするかのような軽さで、 「名前は、夜月レン。十二月二十四日生まれの十五歳、血液型はO型。両親とは交通事故で他界。今はアパートで一人暮らしをしている。 朧高校に入学。不登校だが、成績はなかなかに優秀。 日高シホとは幼稚園からの仲。 趣味はあまりないが、毎晩日記を書いては読み返すを繰り返して机の引き出しにしまっている。」 一つ一つ、淡々と。 でも、確実に、僕の内側に踏み込んでくる。 「恋愛経験はないが……日高シホのことを気にかけていて、側から見るとなかなかにいい仲になっている。あとは…」 「ちょ!ちょっと!待って!怖い!具体的すぎて怖い!」 思わず手を振って遮る。 心臓がドクドクとうるさく鳴っている。 ゴギョウさんは、ケラケラと笑った。 「なぁ〜んてな!十年以上記者をしてきた男の勘ってやつさぁ!勘!」 軽く自分のこめかみをトントンと叩く。 「……は?」 あまりにも雑な締め方に、逆に混乱する。 この人はどこまでが冗談なんだ……。 いや、 どこまでが“本当”なんだ。 僕が黙り込んでいると、ゴギョウさんはふっと笑みを消した。 さっきまでの軽さが、嘘みたいに消える。 「まぁ、全部が全部“勘”ってわけでもないがね。」 その一言に、背中に冷たいものが走る。 「ゴギョウさんは、どうして……僕の夢を…否定するんですか。」 喉の奥がひりつく。 それでも、どうにか絞り出した言葉だった。 ゴギョウさんは、少しだけ目を丸くして、すぐに、ふっと笑った。 「君も不思議なことを聞くね。」 その声には、呆れとも、わずかな興味ともつかない響きが混ざっていた。 「鬼は人間にとって、不幸を振り撒く存在だからに決まっているだろう?」 あまりにも、あっさりと。 まるで当たり前の事実を述べるように。 僕は、思わず言葉を失った。 ゴギョウさんは肩をすくめ、高速道路の裏側を見上げた。 「…人間だって罪を犯すさぁ〜、それはいいんだよ。時と場合にもよるがね。」 車のライトが横を流れ、影が揺れる。 「でもね〜、鬼というイレギュラーな存在によって引き起こされる本来なかったものは、溜まったもんじゃあ〜ない。」 ゆっくりと、言葉を噛みしめるように。 「私は思っているんだ。鬼は不幸しか呼ばない、君もこの前見ただろぉ。」 あの光景が、脳裏に蘇る。 理性を失った鬼。 血の匂い。 恐怖に歪む顔。 「…で、でも。あれは長い間、吸血をしていなかったから…」 かろうじて、反論しようとするが、その声は弱かった。 「そうだ。」 ゴギョウさんは即答した。 「彼はまさに人間の鏡だと言える。吸血をせず餓死しようとしていたのだからな。」 その言葉に、胸がぎゅっと締めつけられる。」 「………。」 何も言えない。 言い返せる材料が、何もない。 ゴギョウさんは、ゆっくりと僕の方へ顔を向けた。 その目は、逃げ場を与えない。 「君は、自信を持って言えるのかい?」 靴音が、やけに大きく響く。 「鬼になったあと、ちゃあ〜んと吸血をしようと思えると。」 ゴギョウさんはさらに、僕との間を詰める。 「もしくは、彼みたいに餓死するまで吸血をしないで生き続けると。」 車が頭上を通る音が、騒がしく響く。 『ゴォォォォ……』と、会話をかき消すように。 でも、 その言葉だけは、はっきりと胸に残った。 僕は、何も答えられないまま立ち尽くす。 頭の中で、セリちゃんの言葉と、シホの声と、ゴギョウさんの問いが、ぐちゃぐちゃに絡まっていく。 僕は、どうしたい? その問いだけが、何度も何度も、心の中で響いていた。 「これに、答えられないなら。まぁ答えられたとしても、鬼になるのはやめた方がいい。」 静かに、突き放すような声が空気を揺らす。 「………。」 何も言えない。 喉が乾いて、言葉が出てこない。 ゴギョウさんは、わざとらしく首をかしげてみせた。 「あれぇ〜、でも困ったねぇ〜。」 だが、その目は笑っていなかった。 「鬼の存在を知っていて、尚且つ関係までも深く結びついてしまった君はぁ〜、鬼の情報管理にとって、危険な存在だぁ。」 一歩、また一歩と距離を詰めてくる。 「同時に、君と言う鬼を脅かす存在を連れてきた……月詠〜セリ?とか言う鬼も安全とは言えないよねぇ。」 そして耳元で、囁くような声で言った。 「二人とも殺されちゃうんじゃないかなぁ〜」 「そ、それは嫌だ!」 僕は、思わず叫んだ。 胸の奥が焼けるように熱くなる。 ゴギョウさんは、その反応を楽しむように、にやりと笑った。 「じゃあ、ここで決めろ。」 声が、低くなる。 「人として生きるのか、鬼になって私に殺されるか。」 逃げ場のない言葉だ。 「今ここで決めろ。」 「……ゴギョウさんは本当に鬼を殺せるんですか?」 僕は、震える声で問い返す。 「見ていただろ?方法は言えないがね。」 その言葉に、背筋が凍る。 この人は、本当にやる。 「私は、君に正しい道を歩んでほしいのだよ。」 そしてゴギョウさんはゆっくりと、諭すように言う。 「そのためだったら何でもする覚悟はある。」 優しさにも聞こえるその言葉が、逆に恐ろしい。 「で、でも…それだと僕は鬼に殺される。」 かろうじて、僕は声を絞り出す。 夜の世界に関わった以上、もう普通には戻れない。 それを見てゴギョウさんは、ふっと笑った。 「安心したまえ〜、」 その笑顔は、どこか壊れているようにも見えた。 そして、 「鬼は、全員一匹残らず、私が殺すから。」 その言葉が、静かに落ちる。 頭上を走る車の轟音が、やけに遠く感じた。 現実感が、少しずつ薄れていく。 「……そんなの……」 否定したいのに、言葉が続かない。 だって、それはつまり、 セリちゃんも。 ナズナさんも。 酒呑さんも。 桃源郷のみんな… 「い…やだ……ダメだ…僕は鬼たちがそこまで悪には見えない…鬼たちも人みたいに考えるし悩む! 人の心を理解することだってできる!人のことを不幸にしかしないなんて、絶対に嘘だ!」 僕はゴギョウさんの目を見て言い放った。 胸が焼けるみたいに熱い。 怖いはずなのに、それでも言わなきゃいけない気がした。 「鬼にならなくても夜は来る。」 そのセリちゃんの言葉が、頭の中で響く。 それでも…僕は! 「僕は鬼になる!だから、あなたの考えは肯定できない!」 少しばかり、僕たちの間に静寂が流れた。 「そっか、それはしょうがないな。」 するとゴギョウさんは、あまりにもあっさりとした返答をした。 まるで、最初からそうなるとわかっていたみたいに。 ゴギョウさんは、タバコを咥えたあと、スマホをポケットから取り出した。 「私は、君の全てを否定したいわけじゃあ〜ないのだがねぇ〜、こうするのが手っ取り早い。」 指先が、迷いなく画面を操作する。 「あっもしもし、ちょっと相談がありまして〜、ここ数ヶ月夜中に高校生?ぐらいの男の子が出歩いていて〜、はい、そうです、その辺りのことで、ちょっと怖いなぁと思いまして〜、はい、はい、あっ本当ですか。ありがとうございます〜。」 「…っ!」 背筋が凍る。 通報された。 あまりにも現実的で、あまりにも簡単な方法だ。 「この国の人々は警察に対してごちゃごちゃと文句を垂れがちだが、こう言うことは意外と素早いんだよ。」 ゴギョウさんは、スマホをポケットにしまいながら笑顔で淡々と言った。 「ゴギョウさん!」 僕は、思わず叫んだ。 「さぁ、早く逃げた方がいい。」 彼の口角がニィと上がる。 「君の大好きな世界が奪われる前にね。」 その言葉が、胸に突き刺さる。 次の瞬間、僕は走り出していた。 走れ! 走れ! 走れ! とにかく走れ!!! アスファルトを蹴る音が、やけに大きく響く。 呼吸が乱れる。 肺が焼けるみたいに熱い。 それでも!足は止めるな! 曲がり角をいくつも抜けて、路地を駆け抜けて、 ただひたすらに、前へ。 逃げろ! 捕まるな! 奪わせるな! 奪われるな! 頭の中で、同じ言葉が何度も何度も反響する。 僕が歩道橋を渡っているこの時だった。 金属の階段を駆け上がる。 ガンッ、ガンッ、と足音が夜に響く。 その瞬間、 赤いランプが、視界の端に飛び込んできた。 耳をつんざくようなサイレンが夜の世界を切り裂いていく。 けたたましい音がこちらに迫ってきている。 「……っ!」 心臓が、激しく跳ねた。 見つかった…… どうする? どうすればいい? 「あぁ!!くっそぉぉぉぉぉ!!!!!!」 まだだ。 まだ終わってない。 手すりを掴み、僕は一気に歩道橋を駆け抜ける。 足がもつれそうになるのを、無理やり前に出す。 「はぁっ…はぁっ……!」 息が苦しい。 視界が揺れる。 それでも、 止まれない。 止まったら、全部終わる! セリちゃんとの夜も。 鬼になる未来も。 全部、ここで潰される。 「……まだ……!」 歯を食いしばり、僕は足を前に出す。 その時だ。 『ギュルルルルルッ!!』 低く唸るようなエンジン音が、夜の静寂を切り裂いた。 目の前の道路に、黒い影が滑り込む。 アスファルトを削るようにタイヤが鳴き、火花が一瞬散った。 『キィィィィッ!!』 目の前、ほんの数メートル先で、 一台のバイクが、横滑りするようにして止まった。 無骨な車体。 街灯を反射するメタリックなフレーム。 唸るエンジンが、まだ鼓動みたいに震えている。 まるで“獣”が牙を剥いて、そこに立っているみたいだった。 「……っ!?」 思わず足が止まる。 次の瞬間、 『カチッ。』 ヘルメットのシールドが上がった。 風に薄緑色の毛先が揺らされていた。 「レン坊!乗れや!」 「ナズナさん!?」 次回 season1最終回 第九夜 月夜の泡沫 前半
つきよのうたかた〜みんなの夜〜
だい三わ〜 「こんばんわ、みなさん!日高シホです!」 (説明しよう!名前は日高シホ!夜月レンの幼馴染!ちょっと元気すぎる女子高生である!あっ、ナレーターの『夢屋量産型』です。以後お見知り置きを。) 「今回は、私がどのようにして、レンくんとのエンカウント率55%にとどめているのかを特別にお見せしましょう!」 (エンカウント率とは、その対象と遭遇する確率のことである!なお55%という中途半端な数値に深い意味はない!) 「レンくんは、大体三つの場所に、午後十一時から十二時の間よくに現れます!なので!その時間帯の間にその三つの場所を回るのです!」 (先に行っておこう……やってること怖いわ!) 「一箇所目はこの公園です!」 「こうして…こうして…」 シホはゴソゴソと茂みを揺さぶって中に入った。 「これで、レンくんが来ないか見張ります!」 (断言しよう、側から見たら不審者である!) 二十分後…… 「来ないからスポット変えます!」 (これは釣りなのか?) 「二箇所目はここ!地獄銭湯!鬼の酒呑童子さんがやっている銭湯です!」 シホは銭湯の前の自動販売機の横にピッタリと張り付いた。 「シーですよ!シー!シー!」 (やかましぃわ!) その時だ!『ガラッ』と銭湯の扉が開いた。 「……!」 「おや?シホさんではありませんか。」 「……あ、酒呑さん!」 「……何をしているのですか、そんなところで。」 シホは、無言で自販機の影にスライドしながら紛れていく。 (隠れるの遅い!そして意味がない!) 「……まぁ、詮索はしませんが。……夜道には気をつけて。」 酒呑童子はそう言い残し、銭湯の中へと戻っていった。 「……ふぅ、危なかった……」 (何がだよ!完全にバレてたぞ!) 「次です!ここが一番可能性が高いです!『幻想亭ノクターン』!(月詠セリという鬼が営んでいる喫茶店である。)」 「ここなら!ここなら絶対にエンカウントできますよ!」 (レンをレアモンスターみたいに扱っているのはどうかと思うが…) 「あれ?これ…」 『今夜はやってないよぉ〜 byセリ』 と書かれた看板をシホは目にした。 「……」 (……) 「……」 (……) 「……閉まってるぅぅぅぅぅ!!!」 (知ってた!!!) シホはその場に崩れ落ちた。 「うぅ……ここが一番有力だったのに……」 (なお、店主の気分で営業が決まるため、計画性はほぼ意味をなさないのだ!) 「ということで今夜はここまでです!また次の機会に会いましょう!」 今日のリザルト! レン捜索に失敗! お気にな服の損傷! 酒呑童子からの警戒を獲得! それでは次回もお楽しみに!!!
嘆き!
あぁ、閲覧数よ、どうして君はそんなに気まぐれなのだろう。 私の連載中の『月夜の泡沫』は、まだ閲覧数100の壁を超えられないでいる。『竹藪の墓』や『泣いてみよう。』が先に超えたと聞くと、まるで小学生の作文コンクールで、自分だけ賞をもらえなかった気分になる。いや、普通の高校生だけど… でも、待てよ。いいね!や閲覧数が全てじゃない。全然違う。ほんとに違う。私はそんなものに支配されるタイプじゃ……いや、正直ちょっと気になるけど。 誰かが読んでくれたかどうか、それで一喜一憂する自分は、まるで夜中に冷蔵庫を開けて「アイスない!」と叫ぶ大人のようだ。(クッソわかりずらいなこの例え。) 「でもなあ、読んでくれる人がいるだけありがたいって思えよ。」 心の中の自分が言う。 「そうだな……でもあの100超えのやつらは、なんか反則じゃないか?」 私は小声で反論する。『竹藪の墓』、『泣いてみよう。』……お前たちは強すぎる。 そんなことを考えながら、私は今日も原稿を開く。文字を打ち込みながら、「あ、ここ笑えるかも。」「ここは、こうした方がキャラが引き立つだろう。」と一人ニヤリとする。誰かが笑ってくれたら最高だ。閲覧数?いや、それはそのあとでいい……たぶん……maybe……うん。 だって私は、嘆きながらも書くのだ。 嘆きながらも、笑いながら、冗談をこぼしながら、文字を積み上げるのだ。 そしていつか、『月夜の泡沫』も閲覧数100を超えるだろう。いいね!も増えるだろう!いや、超えろ。増えろ。超えろよ!増えろよ!私の小説! でも、焦んなくていい。今日もアイスは冷蔵庫にある。たぶん。 あっ、よろしければ『月夜の泡沫』も読んでください。私が狂ったように喜びます。 …とほほ。
月夜の泡沫 season1
第八夜 迷いと選択 前半 僕は、シホに肩を借りながらノクターンへ、セリちゃんのところへ向かった。 「レンくん、あともう少しです。頑張ってください。」 「……うん。」 背中の傷は浅かったようだが、ずきずきとした痛みが続いていた。 一人で歩けないわけではないが、歩くたびに、じわりと熱が広がる。 それ以上に、胸の奥が痛かった。 さっきの言葉が、頭から離れない。 「レンくん……君はまだ、鬼を何も知らないんだ。」 「……レンくん?」 僕は、シホの声で、現実に引き戻された。 「ごめん……ちょっと考え事してた。」 「無理しないでくださいね。」 シホはそう言って、僕の体を支える手に少しだけ力を込めた。 その優しさが、逆に刺さる。 「……ねぇ、シホ。」 「はい?」 「さっきの……どう思った?」 「………」 シホは、すぐには答えなかった。 夜の空気が、静かに流れる。 「……正直に言いますね。」 やがて、シホは、ぽつりと答えた。 「怖かったです。」 僕は、息を止めた。 「……そう、だよね。」 自分で聞いておきながら、うまく返せない。 その曖昧さが、ずっと胸に引っかかっている。 「レンくんは、どう思いますか?」 「僕は……」 言葉が、出ない。 頭の中には、いろんな考えが浮かんでは消えていく。 ただ一言、 「……わからない。」 結局、それしか出てこなかった。 やがて僕たちは、幻想亭ノクターンへと戻ってきた。 ドアを開けると、 「遅いぞ!二人とも!」 セリちゃんが、腕を組んで仁王立ちしていた。 いつも通りの光景。 いつも通りの声。 のはずだ。 すると、セリちゃんはシホに支えられている僕を見た。 「ん?レンくん、体調でも悪いのか?」 セリちゃんがそう言って、僕に手を伸ばす。 その時だった、僕の脳裏にあの鬼に襲われた記憶がよぎった。 その時だった。 『パシッ』、と。 気づけば、僕はその手を払いのけていた。 店の中に、乾いた音が響く。 「……え。」 セリちゃんの目が、わずかに見開かれる。 その表情を見て、僕は、ようやく自分のしたことに気づく。 「あっ……これは……ごめん。」 慌てて言葉を絞り出す。 「……レンくん。」 セリちゃんは、少しだけ声を落とした。 怒っているわけでも、ふざけているわけでもない。 ただ、まっすぐ、真剣にこちらを見る。 「シホちゃんも。」 セリちゃんのゆっくりと視線が移る。 「何があった?」 その一言は、静かだった。 「一回、話してみ。」 僕はシホと顔を見合わせて頷いた。 「………実は、」 僕たちはセリちゃんに、さっき起きたことを全部話した。 鬼に襲われたこと。 ゴギョウという人に助けてもらったこと。 その人は、ほぼ不老不死の鬼を殺せたこと。 そのほかのことも全てだ。 「なるほどな……多分そいつは、長い間、吸血をしていなかった。だから飢餓で、自我を保てなくなったんだろうな。」 セリちゃんは、腕を組みながら淡々とそう言った。 「……セリちゃんも……血を飲まなかったら、あんなふうに……」 言いかけた、その時。 「おい、待てレンくん。」 次の瞬間、セリちゃんの手が僕の頬に触れた。 ひんやりとした感触。 でも、その奥に、確かな熱があった。 「あたしを、その鬼と一緒にすんな。」 まっすぐな目で、僕を見ている。 「それに、君はそんな心配しなくていい。」 「……え?」 僕は、思わず聞き返した。 セリちゃんは、ほんの少しだけ視線を逸らして、 それからまた僕を見た。 「あたしには君がいる。」 セリちゃんはぶっきらぼうに言い放つ。 「理性も、自我も、簡単に手放すつもりはねぇよ。」 その声は、どこか苛立っているようで、 でも同時に、妙に、安心させる響きだった。 「それにさ。」 セリちゃんは、ふっと鼻で笑ってみせる。 「仮にそうなったとしても……」 そして、一歩、僕との距離を詰めて、 「その前に、あたしがあたしを殺す。」 と言った。 「……っ!」 一瞬、時間が止まった気がした。 言葉が出ない。 軽く言ったはずなのに、その言葉は重すぎた。 「だから……」 セリちゃんは、ぽんっと軽く僕の頭を叩く。 「変な心配すんな。」 その仕草は、いつも通りで。 でもさっきまでの出来事のせいで、 その“いつも”が、少しだけ違って見えた。 「……はい。」 僕は、小さく、頷くことしかできなかった。 「シホちゃん、ごめんな。怖い目に合わせちまった。」 セリちゃんは、少しだけ視線を逸らしながら言った。 「……はい。」 シホも、いつもの明るさはなく、静かに頷いた。 「今日は帰んな。酒呑様に連絡して、家まで送ってもらえるように頼むからさ。」 シホは、コクリとそれに頷いた。 「……ありがとうございます。酒呑さんなら……安心です……」 シホはそう言って、少しだけ力なく笑った。 その笑顔が、胸に引っかかるのがわかった。 「レンくん。ちょっと散歩しようか。」 「……うん。」 僕は、そう短く答えた。 シホと別れ、店の外へ出る。 夜の空気が、さっきよりも少しだけ冷たく感じた。 街灯に照らされた道を、僕とセリちゃんは並んで歩く。 さっきまでの賑やかさが嘘みたいに、静かだった。 「その記者?って奴は何者なんだろうな?」 セリちゃんが、前を向いたままぼそっと呟く。 「……わからない。でも鬼を嫌ってて、殺すための方法を知っている。それに、僕が鬼になろうとしていることも知ってて、それをやめさせようとしているみたい…」 言いながら、自分の声が少しだけ震えているのがわかった。 「ふ〜ん。」 セリちゃんは軽く相槌を打つだけで、特に驚いた様子もない。 「えっ?レンくん鬼になるのやめるの?」 次の瞬間、ぴたりと足を止めたセリちゃんが振り返る。 その顔は、本当に鳩が豆鉄砲を食ったみたいに間抜けで、どこか、焦っているようにも見えた。 「……やめる気は…ないけど…正直、不安で…迷ってる。」 僕も足を止めて、視線を逸らす。 胸の奥に溜まっていたものが、少しずつ言葉になって溢れていく。 「ゴギョウさんは、鬼の殺し方を知ってた。それに、その場で実際に殺してた。…僕が原因で、セリちゃんが殺されるかもしれない。」 言い切った瞬間、喉の奥がきゅっと締まる。 自分で言っておいて、その可能性をはっきり認めてしまった気がした。 セリちゃんは少しだけ目を細めて、僕を見つめる。 「……そこなんだよな…人間にほぼ不老不死の鬼を殺せるのか?」 低く呟くその声は、いつもの軽さが少しだけ消えていた。 狭い事務所の室内に、タバコの匂いが漂う。 壁際には無造作に積まれた資料の山。古びた机の上には、新聞の切り抜きと写真が散らばっていた。 ゴギョウはカーテンを開けて、朝とも昼ともつかない白い光を室内に入れる。 それから、慣れた手つきでコーヒーを淹れ始めた。 コポ、コポ、と静かな音が部屋に広がる。 「それで、何から聞きたいのかな?」 振り返ることなく、淡々とした声で言う。 ゴギョウはソファに座っている人に向けてそう言った。 「日高シホちゃん。」 シホはその声に顔をあげた。 「レンく〜ん!こっちで〜す!」 夜の公園に、シホの声がぱっと広がる。 静まり返った空気を、いつもの明るい調子が軽く揺らした。 あの鬼に襲われてから、すでに四日が経っていた。 まだ午後八時前。 夜にしては、少しだけ早い時間。 街灯のオレンジ色の光が、ブランコや滑り台をぼんやりと照らしている。 僕は今日、この場所にシホに呼び出された。 「……シホ。」 ベンチの近くで手を振っている彼女を見つけて、ゆっくりと歩み寄る。 「遅いよ〜、レンくん!」 「ごめん、ちょっとだけ迷って…」 「ここ、何回も来てるでしょ?」 シホは呆れたように笑いながらも、どこか安心したように息をついた。 「どうしたの?こんなところに呼び出して。」 「実は、聞きたいことがあってですね。」 少しだけ改まった口調。 その違和感に、胸の奥がざわつく。 「レンくんは、なんで鬼になりたいんですか?」 「え?」 思わず間の抜けた声が出る。 「レンくんの、やりたいことって鬼にならないとできないことなんですか?」 口を開きかけて、止まる。 “なりたいから” “セリちゃんと一緒にいたいから” “今の自分が嫌だから” いろんな理由が、頭の中でぶつかり合う。 でも、どれもが、そのどれもが、決定的じゃない気がした。 「……わからない。」 まただ。 結局、僕はそれしか言えない。 シホの眉が、わずかに寄る。 「じゃあ。」 シホが一歩、距離を詰めてくる。 「“なんとなく”で、鬼になるんですか?」 「違っ…」 言葉が、続かない。 「じゃあ、どうして?」 「…………」 喉が詰まる。 何か言わなきゃいけないのに、何も出てこない。 シホは小さく息を吸って、続けた。 「私、バカだからよくわからないよ。月詠さんも、酒呑さんも、いい人だと思う。でもね。」 その声が、少しだけ低くなる。 「あんなことがあった。」 四日前の光景が、脳裏に蘇る。 血の匂い。 暴れる鬼。 そして… 「だから、ゴギョウさんのところで鬼のことを教えてもらったんです。」 その言葉に、胸の奥がひやりと冷える。 「ねぇ、どうなんですか?」 シホは僕の両肩を掴んだ。 その手にぐっと、力がこもる。 「鬼になって、人の血を吸うんですか?それとも、誰の血も吸わずにあの鬼みたいに、自我を失って人を殺すんですか?」 「………」 答えられない。 ただただ、小さな夜の公園に静寂が流れるだけだ。 「……今すぐにとは言いません。」 シホの手の力が、少しだけ緩む。 でも、その目は逸らさず、僕の目を見つめていた。 「…少し考えておいて欲しいです。鬼になるって言うことがどんなことなのか。 それに忘れないでください。 あなたを思っている人がいることを。」 夜風が、二人の間をすり抜ける。 さっきよりも、ずっと冷たく感じた。 僕は何も言えないまま、ただ立ち尽くしていた。 後半へ続く……
つきよのうたかた〜みんなの夜〜
だい二わ〜 「いらっしゃいませ〜……っと。」 夜だけ開く喫茶店『幻想亭ノクターン』。 店主はあたし、鬼の月詠セリだ。 「誰もいないけどね。」 そして僕は、セリちゃんの友達兼、眷属候補の夜月レンです。 「……客、来ないな。」 「知ってた。」 店内には静かな音楽だけが流れている。 カウンター越しに二人の目が合う。 「これはあれだな。」 「どれ?」 「店の名前が悪い。」 「急だね。」 「“幻想亭ノクターン”。」 「うん。」 「なんかこう……入りづらい。」 「そうかなぁ、雰囲気あっていいと思うけど。」 セリは腕を組んで、しばらく考え込む。 「よし、決めた。」 「なにを?」 「今日からこの店は……」 一拍置いて、ドヤ顔で言い放った。 「“激安カフェ・ノクターン”だ。」 「いや雰囲気ぶち壊しだよ!?」 「安さは正義だろ。」 「そういう問題じゃないって!」 「じゃあ“深夜営業!なんでも出します!ノクターン”」 「怪しさ増しちゃってるよ!」 「むしろ“訳あり歓迎カフェ・ノクターン”とかどうだ?」 「それもう、誰も来ないよ!」 セリちゃんはむぅ、と不満そうに頬を膨らませる。 「じゃあどうすればいいんだよ。」 「普通でいいんだよ、普通で……」 そのとき。 カラン、とドアの音が鳴った。 「おっ!?」 セリがぱっと顔を上げた。 「いらっしゃ…」 入り口には、誰もいなかった。 ただ、夜風だけが静かに吹き込んでくる。 「……風か。」 「風だね。」 再び、二人の視線が、静かな店内に戻る。 「……名前、関係ないかもな。」 「うん、たぶんね。」 セリはふっと肩の力を抜いて、小さく笑った。 「まぁいいや。」 「いいんだ。」 「レンくん。」 「なに?」 「客来ないし、なんかするか。」 「なんかって?」 セリはカウンターの下から、箱を取り出す。 「ジェンガ。」 「結局それ!?」 静かな夜に、木のぶつかる軽い音が響き始めた。 つづく……
つきよのうたかた〜みんなの夜〜
だい一わ〜 「やっほーみんなぁ〜、初めまして。あたしは、月詠セリ。鬼だ。」 「えっ?鬼って何かって?……それは『月夜の泡沫』を読めば分かる。なぁ〜レンくん。」 「え、丸投げすぎない?」 「だって説明だるいし。」 「あっ、こっちはあたしの友達兼、眷属候補の夜月レンくんだ。」 「あっ、よろしくお願いします。」 「テンション低っ。」 「しょうがないじゃん、セリちゃんがいきなり始めたんだから。」 「それもそうだな。 …あっそうそう、この『つきよのうたかた〜みんなの夜〜』は、あたしたちの日常を軽〜く、書いたものだ。」 「軽〜くって言ってるわりに、最初から丸投げだったけどね。」 「細かいことは気にすんなって。」 「いや気にするよ……読む人が一番困るやつだからそれ。」 「大丈夫大丈夫、ノリでなんとかなる。」 「ならないと思うけどなぁ……」 セリは気にした様子もなく、ぐいっと背伸びをした。 「まぁ〜、とにかくだ。『月夜の泡沫』を読んでいない人でも、クスッと笑えるようにやっていこうと思っている。よろしくな。」 「ちゃんと説明した……?」 「しただろ。」 「ざっくりすぎない?軽〜くとは言ったけどさ。」 「大事なのは雰囲気だ。」 「またそれ言う……」 セリは満足そうに頷くと、そのままカウンターの奥へと引っ込んだ。 「……で、何するの?」 「んー……」 少しして、セリの声が奥から聞こえてきた。 「ジェンガでもする?」 「初回が!?」 つづく…… あとがき どうも、『夢屋』です。 この『つきよのうたかた〜みんなの夜〜』は、セリの言ってくれたように、『月夜の泡沫』のキャラたちの日常を、ゆる〜く書く番外編です! 本編を読んでいる人も、初めての人も、 クスッと楽しんでもらえたら嬉しいです。 これからも『夢屋』をよろしくお願いします!
泣いてみよう。
「泣いてみよう。」 そう呟いたのは、帰り道の信号待ちだった。理由なんて、特にない。ただ胸の奥に、重たい何かがずっと沈んでいる気がしていた。 最近、うまく笑えない。楽しいはずのことも、どこか遠く感じる。友達と話しても、言葉が表面だけを滑っていくみたいで、自分がそこにいないような気がした。 パッと、信号が青に変わる。 人の流れに合わせて歩きながら、ふと考えた。 最後に泣いたのは、いつだっただろう。 思い出せないくらい前だ。悲しいことがなかったわけじゃない。でも、そのたびに「大丈夫。」って言って、飲み込んできた。そうしているうちに、泣き方を忘れてしまったのかもしれない。 家に帰り、靴を脱ぎ、部屋の電気もつけずにベッドに座る。窓の外から、かすかな街の音が聞こえていた。 「泣いてみよう。」 もう一度、今度は少しだけ強く言った。 けれど、涙は出てこない。目を閉じても、胸にあるのは曖昧な重さだけで、はっきりとした悲しみじゃない。 それが少しおかしくて、笑ってしまう。 泣こうとして泣けないなんて。 そのとき、ふと頭に浮かんだのは、何でもない日の記憶だった。 友達とくだらないことで笑ったこと。 帰り道に見た夕焼け。 家に帰るといつも温かく迎えてくれる家族。 あれ…どうしてだろう…… それを思い出した瞬間、胸の奥がじんわりと痛んだ。 「……あ」 気づいたときには、頬に温かいものが伝っていた。 悲しいわけじゃない。ただ、ずっと溜まっていた何かが、少しだけ溶けたみたいだった。 一度流れ出すと、止める理由もなくて、ぽろぽろと涙が落ちていく。 声は出なかった。 ただ静かに、でも確かに、泣いていた。 泣くって、こういう感じだったっけ。 少しだけ息がしやすくなるのを感じる。 胸の奥にあった重さが、完全じゃないけど、少し軽くなった気がした。 「……なんだ。私、ちゃんと泣けるじゃん。」 小さく呟いて、少しだけ笑う。 きっと、理由なんてなくてもよかったんだ。ただ、泣いてみること。それだけで、少し前に進めることもある。 窓の外では、変わらず街が動いている。 でも、さっきよりもほんの少しだけ、その音が近く感じられた。