霜月穂
8 件の小説大人になってから自閉症が分かった話1
自分は普通の人間だと思ってました。ただ、女子の集団には混ざれないし、「面白ーい」とウケを狙ってないのに言われることが多いし、何か変なんだろうなとは感じてたけれど。知能に問題はないし、一人暮らしもできる。だから深く考えずに過ごして結婚出産育児と、一般的な人生を歩んでいました。育児はとにかく辛かったけど、皆こんなものだし頑張ってママ友に混ざらないと!と張り切っていた矢先、事態が動きました。 深夜、寝ているときに息ができずに起きて、そのまま倒れたのです。 救急搬送されるも異常はなく、鎮静剤を投与されたのち医師に紹介されたのは心療内科。え、なんで?悩んでないし、毎日それなりに楽しんでいるのに、なぜ心療内科に行かないとならないの?ものすごく抵抗を感じたのを覚えています。
さよなら赤ずきん
「ここに来たということは 主人公をやめるんだね?」 戸が叩かれた。開くとそこには赤いずきんのケープを羽織った少女が立っていた。 「赤ずきんと言います、 ここは物語の結末を 変えてくれる場所でしょうか」 「そうだね、古今東西過去未来、 どんな書でも私に望めば変えられる」 「お願いします、狼を殺さないで 私は彼と添い遂げたいの」 なるほど、長く物語の中で刻を過ごしたから、お互い懸想してしまったか。よくある話だ。 「それで?対価は?」 少し俯いて赤ずきんが答えた。 「祖母を。祖母の命を差し上げます」 「はじめから死ぬ人間じゃないか 全然足りないね」 再び俯いて、しばらく沈黙したのちこう提案した。 「漁師を。最後に彼を撃つ漁師、 あの人を私自身が殺します。 その命ではいかがでしょうか」 「充分ではないけれど、 自分の手を穢す覚悟は良いねえ、 それで手を打とう」 こくりとうなづき、青白い顔で赤ずきんは出ていった。そして次の満月の日。 戸をコンコンと叩く者がいる。開くと、そこには蒼白の顔に返り血を浴びた赤ずきんと、白銀の狼が佇んでいた。 「約束通り、 祖母も漁師も亡くなりました」 「結構、結構。 確かに魂はいただいた。 二人で念願通り暮らすが良かろう」 「あの」 躊躇いがちに赤ずきんが話しはじめた。 「私が消えるということは、 『赤ずきん』という物語自体 消えるのですよね?」 「何を今更?物語一つ消えた ところで何も不自由もあるまい。 二人でお幸せに」 浮かない顔の二人を追い立てて、戸を閉めた。私には何の問題もない。 —かくして、「赤ずきん」の物語は市井から消えた。「何か狼の出てくる物語がなかったっけ?」人々の心にわずかな断片を残して。 赤ずきんが消えて数年後。 戸を叩く者が現れた。あのときの、白銀の狼だった。 「赤ずきんは?」 狼は涙を目に溜めながら呟いた。 「死にました」 「へえ、幸せだったろうに」 「幸せが、怖くなったんです 私たちの幸せが、物語一つ 犠牲にして成り立っているのです 彼女には耐えられませんでした」 「自殺したのか?」 狼が悲しそうにかぶりをふる。 「私が食べました。 『貴方の血肉にして欲しい』 それが彼女の最期の言葉です」 そうか、赤ずきんは外れた輪廻にまた戻ったのか。 「狼、お前はどうする?」 「私も物語に戻ります。 何回も何回も殺され続けても、 私を愛してくれた、あの赤ずきんを 待ち続けます」 静かに、しかし力強く言った狼は一礼して去って行った。 次に恋に落ちたら、その時はどうするのだろうか。別の解を見つけるのだろうか。人間の葛藤も矛盾もすべて清濁合わせ呑んだ物語は、いつしか己の道を行く。また扉を開ける者が来るまで一眠りしよう。 私の名は誰も知らない。
雑記 2/17
性別女、はるか昔に成人済み。 成人式には行かなかった、 振袖を借りる金がもったいなかったから。 今思えば親は見たかったのかも知れない。 大学の卒業式も レンタル代がもったいなくて 袴を着なかった。 なんか申し訳なかったから、 最後の修了式はフォーマルドレスで出たら、 とてもとても喜んでくれた。 やはり節目節目の衣装は、 面倒だが親孝行だと思って 着ておいた方が良いぞ、 と若者にお伝えしたい。
故郷(半スラム街)
故郷はど田舎の半スラム街だった。 うららかな晴れた日には、ホームレスが水たまりで行水をし、近所のガキが猫を川に放り込む。下流を見ると、素行のよろしくない少し年上の兄ちゃんがザルを持って小銭拾いをしている、そんなのが日常であった。 ど田舎ゆえ小学校に自前の農場があり、「農作業」という絶望的な授業があった。1、2時間目:農作業。鍬や鎌を支給され、雑草とりや土ほぐしをやらされるのだ。「ふざけた男子が鎌で足を切って運ばれたことがあるので気をつけるように」と、あっさりした注意事項を受けながら、男子達がチャンバラをしていた。一揆のある時代だったらさぞかし活躍しただろう。 女子も女子で「強い=カッコいい」な思考回路の子が多かったので、素行の悪い男子の人気がすこぶる高く、さらに素行を悪化させる悪循環を形成させていた。 私は素行の悪い男子には興味はなく、「かんしゃく玉」だの「けむり紙」だの入手困難なアイテムを所持している男子に取り入って、宿題の答えと引き換えにせっせと闇取引を成立させる日々を送っていた。 こんな生活を中学まで送っていたから、日本全国みんなこんなもんだと思ってた。違った。 高校にはいったら、医者はもちろん政治家や弁護士、建築士といった上流階級のご子息ばかりで、格差というものをばっちり味わってしまった。竹藪に石投げない、サドル盗まない、ゆすらないたからない世界線があるなんて、ねえ? 都会の上級階級に生まれてたらどうだったんだろう、とたまに考えたけれど、半スラム街のめちゃくちゃな生活が楽しかったからまあいっか、と思っている。
インコ様
インコ様3羽と同じ部屋で寝起きしている。出窓にケージを置いてあり、そのすぐ下に布団を敷いて寝る。インコ様達の方に枕があるため、上からインコの香ばしい香りと、餌をかじるガリガリと言う音が楽しめて大変幸福である。ちなみに目が覚めると上から降ってきた何らかの種が添い寝していたりする。 インコ様側からは私の姿が見えるらしく、茶を飲もうと布団から起きると「お、こいつ起きるのか!?」と一瞬どよめく。しかしもう一度布団にもぐると「チッ」と舌打ちのような声を立てて黙る。明け方はこの攻防戦が繰り広げられる。すまぬ、下僕はもう少し寝たいのだ、寝かせてくださいお願いします。
鳩
ある朝、いつものようにベランダに出たら、すみに木の枝が何本か落ちている。ベランダの近くに木はないし、こんなものが飛んでくるほどの強風がふいた覚えもない。はて。まとめてゴミ箱に突っ込んだ。 翌朝、ベランダに出ると、昨日と同じく木の枝が数本置かれていた。誰かの悪戯だろうか?まとめてゴミ箱に突っ込んだ。 さらに翌朝、また木の枝が数本ベランダに出現していた。これまでと違うのは、その上に鳩が一羽鎮座していることだ。 あ、これもしかして巣だった?雑すぎだろ?そう思ったら鳩が語りかけてきた。 (・・・どうして私たちの愛の巣をどけてしまうの?もう照れ屋なんだから) こ、こいつ脳内に直接!! (ほら、これ、あなたとの卵) 鳩がチラリと卵を見せてくる。最悪だ。 しかも潤んだ目で見上げるなあ!!! (女の子かしら、男の子かしら。男の子なら、あなた似ね) んなわけあるか。ただでさえ童貞なのに、人外との子が生まれてたまるか。 鳩をシッシッと手で追い払おうとすると、(ひどい!人でなし!)と潤んだ目で訴えてくる。無理だ・・・鳥といえど、女性にひどいことはできない。 諦めた。雨に濡れないように囲いを作ってやり、パン屑などを放ってなんとなく世話をしてやった。(流石パパ、超イクメン!)などと言われたら(脳内に直接だが)、悪い気はしない。二十日ほど経ち、ようやく雛があらわれた。 (まー可愛い女の子!パパ、女の子よ) どうやらメスのようだ。ぴよぴよと、とても可愛い。あっという間に(パパ、パパ)と言うようになり、孵って十日もすると、もう立派な鳩になっていた。 (パパなんて大嫌い!) お、反抗期か。娘の著しい成長に目を細めていると、親鳩が(もう一人前の鳩ねえ)と感慨深そうにしている。外泊して巣に戻らない日も出てきた。 そうして、ほどなくして、二羽とも帰ってこなくなった。悲しかった。でもよく考えたら、彼女たちは鳩だ。ヒトじゃなくてハト。一文字違うだけで大違いだ。 もう子育ては当分いいかな、と思う。こうして彼女いない歴=年齢は更新されて婚期がさらに遠のくのであった。
ぬいぐるみ🧸
大人になってもぬいぐるみは好きだ。UFOキャッチャーで取った大量のぬいぐるみに埋もれて寝ている時間は至福としか言いようがない。おっと、節操なく取ってくるわけじゃないよ?好きなキャラで、抱き心地が良さそうなやつしか私は狙わない。いくら簡単に取れそうでも、よく知らない女の子の抱き枕に興味はない。 お店のショーケースにぎゅうぎゅうと詰められているときには、ただの綿の塊なのに、私の腕に入った途端魂が宿る。 「ドコ イクノ」 「ふふーおうちに帰るんだよう、名前は何にしようかなあ」 そうして今日は、サワムラーを連れて帰るのだった。 ※表紙写真はコレクションの一部です♡
コスメカウンターの魔女
「LGBT」に対する理解が深まっているって、どこの世界線の話なんだろうか。少なくとも僕の生きている世界では、ない。僕は男の子として生きてきたけれど、可愛いお洋服が着たいし、宝石箱のように煌めくコスメを集めたい。でもみんな変な目で見るんだ。僕を中心に、お店の中に空白ができる。でも構わない、薄く涙は込み上げてくるけれど、可愛いものに囲まれる幸せを譲る気はない。 今日も自分の好きなものを身につけて武装する。サマンサのバッグに、is Scolarのワンピース。YOSUKEにしては華奢でシックなレースアップのショートブーツ。街中を歩くと「何あれ」、そんな声が聞こえてくるけど構わない。マスクの下で、エチュードハウスのティントが僕の心を守ってくれる。それでもガラス越しに見える自分の姿に心が揺れる。逃げるようにしてデパートに駆け込んだ。 やめれば良かった。入口に陣取るコスメカウンターに、僕の姿を認めて嘲笑を目に浮かべるBAさん。でも引き返せない。下を向くのも悔しくて、少しだけ視線を落として歩き続けた。いつもみたいに、また涙がせりあがってくる。でもひたすら歩き続ける、目的のショップはないのに。だってたまたま駆け込んだデパートだったから。 「こんにちは」 そう声をかけられて、顔を上げると某有名コスメのカウンターだった。 「新商品が発売されたので試されませんか?」 どうしよう、黙り込んでいるとニコッと笑ってBAさんが小声で耳打ちした。 「少し涙で崩れちゃったね。直していきませんか?」 少し迷ったけれど、BAらしきお姉さんにうながされて、カウンターの席に座った。白雪姫に出てきそうな、繊細な細工の美しい鏡が置かれている。 「マスク外すね」 鏡越しにティントで染まった唇が見えて、一気に恥ずかしさが襲ってきた。 やめれば良かった。またそう思った。 それなのに、意外な言葉が降ってきた。 「マスクしててもティント入れてて偉い!マスクしてるからって唇ノーマークの女の子も多いんだよー。色は別の色が似合うよ」 え?と思って目をみはる。ささっとティントを落とし、顔全体に化粧水を馴染ませると、下地、ベース、ハイライト・・・と手際よく塗っていく。「はい、目を瞑って!」ラインをひいてカラーを入れる。 「はい、鏡見て?」 恐る恐る目を開けると、女性には見えないものの、僕の顔を引き立てる絶妙なメイクが施されていた。 「女性は雑誌やメイク動画で勉強できるけど、男性はまだまだ参考になるものが少ないですよね。我流で違和感が出ている男性見ると勿体無い!って思っちゃって」 まだ鏡を見て呆けている僕に、メモを一つ渡してくれた。 「今日使ったコスメとカラー書いたから良かったら参考に」 鏡越しに、微笑むお姉さんと目があった。 「有難うございます!」 「いいえ、こちらこそ有難うございました。はい、泣かない!メイクが落ちます!」 パチパチと目を瞬いて涙がこぼれないようにする。 「お姉さんに声かけてもらえて嬉しかったです・・・」 うふっ、と言ってお姉さんが言う。 「お姉さんて歳じゃないのよ〜でも有難う。うちのコスメを使うと二十歳はサバ読めます☆」 二人で一瞬見つめ合って、ぷっと噴き出した。