ゆーくん
22 件の小説宇宙の旅について
よし、今のところ順調だ。この物語はだんだんと規模が上がり、SF感も強くなる。それに今はまだ出て来ていない存在たちも、僕にとって良いキャラたちだ。宇宙の秩序と混沌と遊び、それらの存在たちが今も潜んでいるぞ。 今のところは宇宙規模というよりかはまだまだ星規模だ。 でもこれからに期待してくれ! 登場人物たちの説明など聞きたかったら言ってください! モンスター・バトルやアンリッテン・ストーリーもまだまだ続くから!
宇宙の旅 第十二話
宇宙の旅 第十二話 黒き中心 荒れた石畳を、足音が叩き続けていた。 ザッ!ザッ!ザッ! デービットとケビン、そして数人の生存者たちは、全力で走っていた。 「来てる……!」 後ろの一人が叫ぶ。 振り返るまでもない。 気配でわかる。 二体。 あのニードロとーー “変わった”元人間。 同じ速度で、同じリズムで、追ってきている。 「くそっ……速すぎる!」 ケビンが歯を食いしばる。 デービットは走りながらカバンに手を入れる。 「距離は?」 「詰まってきてる!あと数十メートルだ!」 「……なら」 デービットは小さく呟き、何かを取り出した。 手のひらサイズの、小さな球体。 「“最短経路は、必ずしも最速じゃない”」 「は?」 「直線は効率的だけどーー」 デービットは振り返らずに、後方へそれを投げた。 「空間は、曲がる」 球体が地面に触れた瞬間。 グニャリ、と。 その一帯の空間が、歪んだ。 見えない壁のようなものが形成される。 ニードロたちはそのまま突っ込みーー “ずれた”。 進んだはずの方向とは違う場所へ、数メートル横に弾かれる。 完全な停止ではない。 だが、明らかな遅延。 「今だ!」 デービットが叫ぶ。 全員がさらに速度を上げた。 息が荒くなる。 視界が揺れる。 それでも止まらない。 そしてーー どれほど走ったのか。 やがて、足音が遠のいた。 完全にではない。 だが、もうすぐ後ろにはいない。 デービットたちは、ついに足を止めた。 「はぁ……はぁ……」 誰も言葉を発せない。 ただ呼吸だけが響く。 ケビンが壁に手をつきながら言う。 「……撒いた、のか……?」 デービットはすぐには答えなかった。 周囲を見渡す。 そして。 「……いや」 小さく呟く。 「“見失っただけ”だ」 その言葉に、全員が沈黙した。 少しの休息の後、彼らは再び歩き出した。 灰色の街。 崩れた建物。 変わらない景色 だがーー 数分後。 “それ”は、あった。 デービットが足を止める。 「……なんだ、あれ」 ケビンも顔を上げる。 そこにあったのは。 巨大な黒いピラミッドだった。 空に突き刺さるようにそびえ立つ、異質な構造物。 周囲の廃墟とは明らかに違う。 「こんなもの……さっきまで無かったぞ……」 誰かが呟く。 その通りだった。 まるで、“突然現れた”かのように。 デービットはじっとそれを見つめる。 「……中心か」 その一言には、確信があった。 その瞬間。 ザッ…… 後ろから、足音。 全員が振り返る。 二体のニードロ。 距離は近い。 今度こそ、逃げきれない。 ケビンが銃を構える。 「来るぞ……!」 だがーー ニードロは、止まった。 完全に。 そして。 二体同時に、ゆっくりと顔を動かす。 視線の先はーー 黒いピラミッド。 まるで、呼ばれているかのように。 あるいはーー 命令を受けたかのように。 デービットはその様子を見て、静かに言った。 「……やっぱりな」 ケビンが驚いた顔で見る。 「何がだ?」 デービットはピラミッドから目を離さずに答える。 「“あれ”が、原因だ」 風が吹いた。 灰色の砂が舞い上がる。 ニードロたちは、動かない。 ただ、黒きピラミッドを見続けている。 まるで、それ以外のすべてがどうでもいいかのように。 デービットは一歩、前に出た。 「……行こう」 その声は、静かだったがーー 迷いはなかった。 第十三話に続く
宇宙の旅 第十一話
宇宙の旅 第十一話 侵食 洞窟の奥から出た瞬間、空気が変わった。 冷たい風が、肌を撫でる。 灰色の都市は相変わらず静まり返っていたが—— どこか、“見られている”ような感覚があった。 「……外に出るのか?」 ケビンが小さく言う。 「ああ、このまま中にいても追い詰められるだけだ」 デービットは周囲を見渡しながら答えた。 その時。 ザッ…… すぐ近くで、足音がした。 一体のニードロが、建物の影から現れた。 他の個体とは違う。 ただ一体だけ。 ゆっくりと、確実にこちらへ歩いてくる。 ケビンが銃を構える。 「……一体だけだ」 だが、その言葉に反応したのは、後ろにいた軍服の男だった。 「……一体なら」 男は前に出る。 「勝てる」 「待て!」 ケビンが叫ぶ。 だが、男は止まらない。 地面を強く踏み込み、一気に距離を詰める。 「うおおおおおっ!」 拳を振り上げ、そのままニードロの顔面へ叩き込んだ。 鈍い音。 だがーー ニードロは、動かなかった。 「……なに……?」 男の表情が歪む。 もう一発、殴る。 さらに、もう一発。 だが、何も変わらない。 ニードロはただ、そこに“ある”。 男の呼吸が荒くなる。 「くっ……!」 その瞬間。 ニードロの手が、ゆっくりと動いた。 男の頭を——掴む。 「——っ!?」 次の瞬間。 シュウゥ…… 灰色の煙が、男の頭から立ち上った。 「ぐっ……あああああああっ……!!」 男が苦しみ、膝をつく。 ケビンが思わず一歩前に出る。 「やめろ……!」 デービットは動かなかった。 ただ、じっと見ていた。 煙は次第に広がり、男の全身を包み込む。 その声は、やがてかすれーー 消えた。 静寂。 煙が、ゆっくりと晴れていく。 そこに立っていたのは—— さっきまでの男だった。 だが。 その体には、灰色が混ざっている。 皮膚が変質し、目の光が消えていた。 男は、頭を垂れている。 そしてーー ゆっくりと、顔を上げた。 その目は、もう“人間”のものではなかった。 デービットたちの方を、見ている。 完全に同じ角度で。 完全に同じ無機質な視線で。 「……嘘だろ……」 ケビンの声が震えた。 デービットは静かに呟く。 「……侵食か」 ニードロが、一歩動いた。 それに合わせてーー 変わった男も、一歩動いた。 完全に、同じ動きで。 「ケビン」 デービットが低く言う。 「絶対に近づくな」 ケビンは歯を食いしばりながら銃を構える。 「……あいつは、もう……」 言葉が続かない。 デービットは一瞬だけ目を閉じた。 「……戻らない」 短く、断言した。 その瞬間。 二体が同時に動いた。 「走るぞ!」 デービットが叫び、地面を蹴った。 全員が一斉に走り出す。 後ろから、足音。 ザッ……ザッ……ザッ…… 数は増えていない。 だが、確実に追ってきている。 ケビンは振り返らずに言う。 「デービット……これが、この星の正体か……?」 デービットは走りながら答えた。 「……まだ一部だ」 そして、小さく続ける。 「でも、十分すぎるヒントだ」 その目は、すでに次を考えていた。 十二話に続く
宇宙の旅 第十話
宇宙の旅 第十話 理の回避 洞窟の入口に、影が現れた。 一体、また一体。 無音で、しかし確実にこちらへ近づいてくる。 灰色の肌。 感情のない目。 ニードロ。 ケビンが銃を構える。 「来るぞ……!」 だが、その時。 「待って」 デービットが静かに手を上げた。 その声には焦りがなかった。 むしろ、どこか冷静すぎるほどだった。 「撃たなくていい」 「は?何言って――」 「いいから」 短い言葉だったが、ケビンは一瞬動きを止めた。 ニードロたちは洞窟の中へ一歩踏み込む。 同時に、全ての個体が同じ動きをした。 完全な同期。 まるで一つの存在。 デービットはカバンに手を入れる。 ゆっくりと、何かを取り出した。 黒い、球体の装置。 表面には細かい線が走り、淡く光っている。 「……空間は三次元で定義される」 ぽつりと、デービットが呟いた。 「でも、観測者の認識によって、その構造は歪む」 ケビンが眉をひそめる。 「……何言ってんだ?」 ニードロたちは止まらない。 一定の速度で、こちらへ近づく。 デービットは続ける。 「位置っていうのは、“絶対”じゃない」 「ただの関係性だ」 球体が、わずかに強く光った。 「だったら――」 デービットはそれを地面にそっと置いた。 「関係そのものを書き換えればいい」 次の瞬間。 空間が、ズレた。 音が消える。 景色が歪む。 ニードロの位置が、一瞬だけ“ブレた”。 そして―― デービットたちの姿が、消えた。 ◇ 次に視界が戻った時、 デービットたちは洞窟のさらに奥にいた。 「っ……今のは……!」 ケビンが振り返る。 そこにニードロの姿はない。 デービットは軽く息を吐いた。 「一時的に座標をずらしただけだよ」 「向こうから見たら、僕たちは“そこにいない”ことになってる」ケビンは呆れたように笑う。 「いや、意味わかんねぇよ……」 後ろにいた男が、静かに口を開いた。 「……そんなことができるのか」 デービットは肩をすくめる。 「理屈としては単純だよ」 少しだけ間を置く。 「この星自体が、同じことをやってるからね」 空気が変わる。 「……どういう意味だ」 ケビンが真顔で聞く。 デービットは洞窟の奥を見つめた。 「この星、“位置”が固定されてない」 「だから外に出られない」 「だからニードロは同じ動きをする」 「全部、“一つの基準”に従ってる」 男の顔がわずかに強張る。 「……それが、この星の正体か」 デービットは小さく首を振る。 「いや、まだ表面だけだ」 その時。 遠くから、音がした。 ザッ……ザッ…… ケビンが息を飲む。 「……追ってきてるのか?」 デービットは静かに答える。 「いや……違う」 一瞬の沈黙。 「これは――」 ゆっくりと、言った。 「“探してる”音だ」 十一話に続く
宇宙の旅 第九話
宇宙の旅 第九話 残された者たち 洞窟の奥から現れたのは、ボロボロの灰色の軍服を着た一人の男だった。 無精ひげが伸び、頬はやつれている。 だが、その目にはかすかに理性が残っていた。 「……誰だ」 ケビンはレーザー銃を構えたまま低く言った。 男は二人を見たあと、少しだけ視線を落とした。 「……安心しろ、敵じゃない」 落ち着いた声だった。 むしろ、疲れ切った大人の声。 デービットが一歩前に出る。 「君は人間だよね?どうしてここに?」 男は少しだけ考え、短く答えた。 「……取り残された」 それ以上は語らない。 ケビンは警戒を解かないまま言う。 「ここで何が起きてる」 男は振り返り、洞窟の奥へと視線を向けた。 「……説明するより、見た方が早い」 そう言って、ゆっくりと歩き出す。 一瞬の沈黙。 ケビンが小さく言う。 「……信用していいのか?」 デービットは少しだけ考えたあと、頷いた。 「行こう」 洞窟の奥は、想像以上に広かった。 自然のものというより、どこか人工的に削られたような形をしている。 しばらく進むと―― 小さな空間が開けていた。 そこには、数人の人影。 全員がボロボロの服を着ている。 誰もが疲れ切った顔をしていた。 一人が顔を上げる。 「……また誰か来たのか」 その声にも、驚きはなかった。 ただ、諦めに近い静けさだけがあった。 男が短く言う。 「新しく来た連中だ」 デービットとケビンは周囲を見渡した。 ここにいる全員が、“長くここにいる者”だと分かる。 「ここにいる人たちは……」 デービットが口を開く。 「全員、この星に来て帰れなくなったやつらだ」 男が淡々と答えた。 「宇宙警備隊、探索者、傭兵……色々いる」 ケビンが眉をひそめる。 「帰れないってどういう意味だ?」 男は少しだけ間を置いた。 「……出られないんだよ」 「この星からは」 沈黙が落ちる。 デービットは静かに男を見る。 「理由は?」 男は壁にもたれながら、ゆっくりと答えた。 「簡単だ。この星は――」 一度、言葉を切る。 「“閉じてる”」 「閉じてる……?」 ケビンが聞き返す。 「外に出ようとすると、位置がズレる」 「どれだけ飛んでも、同じ場所に戻る」 「まるで、逃がさないみたいにな」 デービットの目がわずかに細くなる。 「……空間干渉か」 男は小さく頷いた。 その時だった。 奥にいた一人の女性が、小さく言った。 「……来る」 空気が変わる。 ケビンが振り向く。 「何が来るんだ」 男が短く答える。 「ニードロだ」 だが、その声には恐怖がなかった。 “分かりきっていること”を言うような声。 「やつらはな……」 男が静かに続ける。 「ただの生き物じゃない」 洞窟の奥から、かすかな音。 ザッ……ザッ…… 「同じ動きをするだろ?」 「同じタイミングで、同じ方向を見る」 ケビンの表情が変わる。 「……ああ」 男はゆっくりと目を閉じた。 「全部、繋がってるんだよ」 デービットは静かに前に出る。 そして、小さく呟いた。 「……なるほど」 その声には、わずかな確信があった。 「ケビン、準備して」 ケビンは無言で銃を構える。 影が、一歩、洞窟の中に踏み込んだ。 「ここから先は――」デービットが静かに言った。 「ただの探索じゃ済まない」 十話に続く
アンリッテン・ストーリー
第四話 朝に滲む影 最後の一撃が部屋の空気を震わせた。 黒い影のような魔物は、ウィリアムの目の前で身体を大きく歪める。 その輪郭が揺らぎ、まるで文章の行間に流し込まれたインクのように崩れ始めた。 黒い粒子が宙に散る。 いや、それは粒子ではなかった。 文字だ。 読めないはずの文字列が、部屋の中をふわりと漂っている。 意味を持たない単語の破片。 途切れた文章。 消えかけた物語の残骸。 それらはしばらく空中を漂ったあと、ゆっくりと白い天井へ溶けるように消えていった。 静寂。 ウィリアムはその場で荒く息を吐いた。 胸が上下するたびに、肺の奥が焼けるように痛む。 部屋の中はひどい有様だった。 机は横倒しになり、本棚から落ちた本が床一面に散らばっている。 破れたノートのページが風もないのに微かに揺れ、カーテンには鋭い爪で裂かれたような跡が残っていた。 壁には深い傷。 ベッドのシーツにも黒い染みが広がっている。 そして、床には赤い雫。 自分の血だ。 ウィリアムは右腕を押さえた。 シャツの袖が裂け、その下の皮膚に鋭い傷が走っている。 じわりと痛みが広がった。 「……本当に、何なんだよ」 誰に向けたでもない呟きが漏れる。 視線の先。 床に落ちた赤い本が目に入った。 さっきまで確かに握っていたはずのそれは、何事もなかったかのように静かに横たわっている。 ウィリアムはふらつきながらそれを拾い上げた。 その瞬間。 ぱら…… 白紙の頁が、ひとりでにめくられた。 ウィリアムの指が止まる。 風はない。 なのに頁は止まらず、ゆっくり、ゆっくりと先へ進んでいく。 まるで何かを見せようとするように。 視界が揺れた。 足元が急に遠くなる。 「……っ」 身体から力が抜けた。 本を抱えたまま、そのまま床へ崩れ落ちる。 最後に見えたのは、白紙だったはずの頁に一瞬だけ滲んだ青黒い海の色だった。 ――海だった。 けれど、それを海と呼んでいいのか、ウィリアムには分からなかった。 足元には深い青。 見上げれば、そこにも同じ青が広がっている。 上も下も、左右すら曖昧で、まるで世界そのものが水の中に沈んでいるようだった。 波の音はない。 風もない。 ただ静寂だけが、どこまでも続いている。 自分が立っているのか、浮かんでいるのかすら分からない。 そのときだった。 目の前――いや、下だったのかもしれない。 青黒い世界の向こうを、巨大な影がゆっくりと横切った。 息が止まる。 それは鯨のように見えた。 だが、鯨という言葉では到底足りない。 山よりも大きく、海そのものを押し流すような巨体。 マッコウクジラにも似た頭部の輪郭が、闇の中にぼんやりと浮かぶ。 その影は音もなく通り過ぎていく。 あまりにも巨大すぎて、全貌が見えない。 尾が見えた頃には、頭部はすでに遥か遠くへ消えていた。 世界そのものが、その存在の一部のようだった。 やがて、暗い水の奥で、一つの目が開く。 巨大な瞳。 深海よりも深い青。 その目は、静かにウィリアムを見つめていた。 そして、涙が一滴、ゆっくりと零れ落ちる。 透明な雫。 それが目の前を通り過ぎた瞬間、ウィリアムは息を呑んだ。 涙の中に景色が見えた。 宇宙だった。 無数の星々。 銀河が渦を巻き、光の帯が果てしなく広がっている。 その中を、まるで物語の頁のように無数の世界が浮かんでいた。 街。 大学。 図書館。 知らない城。 海賊船。 童話の森。 すべてが一滴の涙の中に閉じ込められている。 その雫が闇の海へ落ちた瞬間、波紋が広がる。 波紋は文字となり、言葉となり、無限の物語へと変わっていく。 ウィリアムはただ見つめることしかできなかった。 巨大な影が、今度はゆっくりとこちらへ向きを変える。 近づいてくる。 世界が揺れる。 青黒い海そのものが呼吸しているようだった。 そして次の瞬間。 ――世界が揺れた。 青黒い海が、まるで巨大な心臓の鼓動のように脈打つ。 巨大な鯨のような影が、ゆっくりとこちらへ向きを変えた。 その瞳の奥には、まだ星々が揺れている。 ウィリアムの胸が締めつけられる。 逃げなければならない。 そう思うのに、身体は動かない。 足元も、空も、海も、すべてが溶け合い、境界を失っていく。 涙の波紋が無数の文字へ変わり、ウィリアムの周囲を取り巻いた。 文字は言葉になり、文章になり、頁となる。 無限の物語の断片が彼の視界を埋め尽くす。 その中心で、巨大な影だけが静かに見つめていた。 そして―― はっと目を覚ました。 胸が大きく上下している。 呼吸が浅い。 ウィリアムはしばらく天井を見つめたまま動けなかった。 夢。 ……今のは、夢だったはずだ。 だが、心臓の鼓動はまだ速いまま。 右腕にじくりと痛みが走り、ようやく意識が現実へ戻る。 視線を部屋の中へ向けた。 昨夜の戦いの痕跡は、そのまま残っている。 横倒しになった机。 床に散らばる本。 裂けたカーテン。 壁に残る鋭い爪痕。 そして、自分のシャツにこびりついた血の跡。 夢ではなかった。 ウィリアムはゆっくりと身体を起こした。 枕元には、赤い本が静かに置かれている。 表紙は昨夜と変わらず、どこか冷たい光沢を帯びていた。 だが白紙の頁を開いても、そこには何も書かれていない。 まるで昨夜の出来事すべてを知らないふりをしているようだった。 階下から、微かに食器の触れ合う音が聞こえる。 カチャ、と陶器が鳴る。 コーヒーの香りが、扉の隙間から薄く漂ってきた。 ウィリアムはベッドから足を下ろし、傷んだ腕を軽く押さえながら立ち上がった。 足元に散らばる本を避け、部屋の扉へ向かう。 ドアノブに手をかけた瞬間、ほんの一瞬だけ脳裏にあの巨大な瞳がよぎった。 深海のような青。 その中に映る星々。 そして涙。 ウィリアムは小さく息を吐き、扉を開ける。 木製の階段を一段ずつ下りるたび、現実の音が少しずつ戻ってくる。 階下のダイニングには、朝の柔らかな光が差し込んでいた。 窓辺のテーブルに、一人の男が座っている。 新聞を片手に、湯気の立つマグカップを傍らに置いたその姿。 父――エドワード・テイラー。 彼はページをめくる手を止めずに言った。 「おはよう、ウィリアム。……随分と寝苦しそうだったな」 その声は穏やかだった。 だが、なぜか夢の中で聞いた“頁をめくる音”と重なって聞こえた。 第五話に続く
アンリッテン・ストーリー
第三話 夜の扉 図書館の奥で響いた、古い木材が軋むような音。 ウィリアムは思わず息を呑んだ。 赤い表紙の本は、まだ淡い金色の光を放っている。 ページは開かれていないはずなのに、その隙間から微かな風が吹き出していた。 まるで、本の中に空間そのものが存在しているかのように。 「……何なんだ、これ」 隣でルーカスが小さく呟く。 だが、黒髪の女性――セレスは静かに立ち上がった。 その視線は、ウィリアムへ向けられている。 正確には、彼の“奥”を見ているようだった。 「今夜、最初の扉が開きます」 彼女の声は静かだった。 だが、その言葉は冷たい水のように胸へ落ちていく。 「扉?」 ウィリアムが問い返す。 セレスは小さく頷いた。 「あなたが立つべき舞台への入口です」 図書館を出た頃には、すでに空は赤く染まり始めていた。 夕暮れの大学は昼とは違う顔を見せる。 長く伸びた影。 風に揺れる木々。 遠くで聞こえるトランペットの音。 エレナの練習だろうか。 その音だけが、不思議と心を落ち着かせた。 夜。 帰宅したウィリアムは、部屋の机に赤い本を置いた。 タイトルのない本。 それなのに、見つめていると妙な圧迫感がある。 ページを開こうとした、その瞬間。 部屋の明かりがふっと消えた。 「……っ」 停電? そう思った直後、窓の外に違和感を覚える。 街灯が一つも点いていない。 いや、それだけじゃない。 外の街並みそのものが、歪んでいた。 道路がねじれ、建物の輪郭が波打っている。 まるで世界が紙の上で溶けているようだった。 ドンッ―― 玄関の向こうで、重い音が鳴る。 誰かが扉を叩いている。 いや、“誰か”ではない。 もっと重く、獣じみた音。 木製の扉がわずかにひび割れる。 その隙間から、黒い影が滲み出してきた。 人の形をしているが、人ではない。 目だけが赤く光っている。 「……ノア」 なぜか、その名前が頭に浮かんだ。 次の瞬間、黒い影は、床を滑るようにして部屋へ入り込んできた。 人の形をしている。 だが輪郭は安定していない。 煙のように揺らぎ、インクを水に垂らしたように滲んでいる。 赤い目だけが、異様なほど鮮明だった。 ギィ……。 玄関の扉が、勝手に閉じる。 逃げ道が塞がれた。 ウィリアムは思わず一歩後ろへ下がる。 心臓の鼓動が早い。 汗が首筋を伝う。 けれど足はまだ動く。 恐怖で固まるほどではない。 むしろ――どこか懐かしい感覚があった。 まるで、こういう“異常”をどこかで知っているような。 影が一歩、前へ出る。 床板に黒い染みが広がっていく。 その中から、さらにいくつもの手が這い出してきた。 人間の手ではない。 指が長く、節が異様に曲がっている。 「……っ!」 ウィリアムは机を蹴って距離を取る。 次の瞬間、影の腕が机を薙ぎ払った。 木片が飛び散る。 赤い本が宙へ舞った。 その本が、空中で開く。 白紙だったページに、黒い文字が浮かび上がる。 【主役は、ここで倒れるべきではない】 瞬間。 時間が、止まった。 飛び散った木片も。 襲いかかる影の腕も。 空中で開いた本のページさえも。 すべてが静止する。 ウィリアムだけが動けた。 息を呑みながら、ゆっくりと周囲を見渡す。 世界そのものが凍りついたような静寂。 だが彼の目には、それだけではないものが見えていた。 空間に、細い線が走っている。 まるで見えないページの境界線。 部屋の壁にも、床にも、影の身体にも。 すべてに“継ぎ目”がある。 ウィリアムの口から、無意識に言葉がこぼれた。 「……そこか」 右手をゆっくりと持ち上げる。 指先が、その黒い影の胸元に走る一本の線へ触れた。 次の瞬間。 空間ごと、その線が裂けた。 ――ビシッ。 ガラスが割れるような音。 影の身体に亀裂が走る。 赤い目が大きく見開かれた。 時間が再び動き出す。 影は断末魔もなく、黒いインクの飛沫となって四散した。 静寂。 荒れ果てた部屋の中で、ウィリアムだけが立ち尽くしていた。 自分の右手を見つめる。 今、何をした? 理解できない。 だが確かに、自分の意思で“裂いた”。 その時。 窓の外、向かいの屋根の上に、一人の男の影が立っていた。 長いコートを風になびかせ、こちらを見下ろしている。 顔は闇に隠れて見えない。 だが、その視線だけが鋭く突き刺さる。 そして低い声が夜風に混じって響いた。 「やはり……目覚めたか」 その声に、ウィリアムの胸がざわつく。 この気配。 この圧迫感。 なぜか、名前だけが頭に浮かぶ。 ノア。 第四話に続く
アンリッテン・ストーリー
第二話 午後の継ぎ目 昼休みが終わり、大学には午後の穏やかな空気が流れていた。 窓から差し込む陽光は朝よりも柔らかく、廊下の床に長い影を落としている。 エレナはトランペットケースを抱え、音楽棟へ向かって歩いていた。 「放課後、少し練習があるの」 そう言って小さく手を振る。 ウィリアムも軽く手を上げて見送った。 その背中が角を曲がって見えなくなった時、不意に後ろから肩を叩かれる。 「よぉ、ウィリアム」 振り向くと、茶髪の青年がにやりと笑っていた。 ルーカス・グレイ。 同じ文学部に所属する先輩であり、数少ない気の置けない相手だ。 どこか軽い雰囲気をまとっているが、その目は時折、人の内側を見透かすような鋭さを帯びる。 「また難しい顔してるな。午前の講義からずっとだぞ」 「そんなに分かりやすい?」 「そりゃな。お前、考え事してる時すぐ眉間にしわ寄るし」 ルーカスは肩をすくめて笑った。 ウィリアムもつられて少しだけ口元を緩める。 さっきから続いていた胸のざわめきが、ほんの少しだけ和らいだ気がした。 「そういえばさ」 ルーカスは廊下の窓から中庭を見下ろしながら、ふと思い出したように言った。 「最近、大学で変な噂があるの知ってるか?」 「変な噂?」 「図書館の奥に、“白紙の本”があるって話」 その言葉に、ウィリアムの心臓が一瞬跳ねる。 白紙。 昼休みに舞い落ちたあの紙が脳裏をよぎる。 「誰が開いても何も書かれてないのに、ある人には文字が見えるらしい」 ルーカスは少し声を落とした。 「しかも、その文字を読んだやつは、その日の夜に奇妙な夢を見るんだってさ」 ウィリアムは無意識に唾を飲み込んだ。 偶然、とは思えなかった。 「……図書館、行ってみる」 そう言うと、ルーカスはにやりと笑った。 「やっぱり食いついたな。じゃ、俺も付き合う」 ーーアルデン大学の図書館は、本館とは別に旧館が存在する。 石造りの重厚な建物で、昼間でもどこか薄暗い。 扉を開けると、紙と木の混ざった独特の匂いが鼻をくすぐった。 高い天井まで続く本棚が幾重にも並び、その奥は影に沈んでいる。 まるで迷宮のようだった。 「……なんか、ここだけ時間が止まってるみたいだな」ルーカスが珍しく小さな声で呟く。 ウィリアムも同じことを感じていた。 空気が妙に重い。 外の世界とは切り離されたような感覚。 奥へ進んでいくと、一つの机が見えた。 そこに、一人の女性が座っていた。 長い黒髪。 白いブラウス。 静かに本を読んでいるその姿は、まるで最初からそこにいたかのように自然だった。 彼女はゆっくりと顔を上げる。 その瞳は不思議なほど澄んでいて、深い夜の色をしていた。 「……あなたが、ウィリアム・テイラーね」 ウィリアムは足を止めた。 「どうして僕の名前を」 女性は答えず、机の上の一冊をそっと差し出した。 赤い表紙の古びた本。 だがタイトルは書かれていない。 真っ白だった。 「これは、あなたのための本」 その声は静かで、どこか夢の中のように遠い。 ルーカスが横で息を呑む。 「……マジかよ。本当にあったのか」 ウィリアムは恐る恐る本に手を伸ばした。 指先が表紙に触れた、その瞬間。 白紙だった表紙に、黒いインクが滲むように文字が浮かび上がる。 【第二の幕が、まもなく開く】 図書館の奥で、何かがきしむ音がした。 第三話に続く
アンリッテン・ストーリー
第一話 白紙の朝 朝の街は、まだ完全には目を覚ましていなかった。 薄い雲の隙間から差し込む陽光が、石畳の歩道を淡く照らしている。 道路沿いに並ぶレンガ造りの建物の窓には、昨夜の雨粒がまだいくつか残っていて、光を受けて小さく瞬いていた。 通りを行き交う人々は、それぞれの朝を抱えている。 コーヒーを片手に足早に歩く会社員。 制服姿で笑い合う高校生たち。 開店準備に追われる書店の店主。 街は静かに、けれど確かに動いていた。 その喧騒の向こうに、街の中心部を見下ろすように建つ巨大な時計塔がある。 その麓に広がるのが―― アルデン大学。 蔦の絡まる外壁。高くそびえる尖塔。大理石の階段を上り下りする学生たち。 正門をくぐるたび、誰もが一度は思う。 ここは学び舎でありながら、どこか現実離れしている、と。 中庭では噴水の水音が響き、風に揺れる木々の葉が朝の光を受けてきらめいていた。 その中庭を、一人の青年が静かに歩いていた。 くしゃくしゃの黒髪を朝の風に揺らしながら、肩に鞄をかけたまま石畳を進む。 ウィリアム・テイラー。 二十一歳。アルデン大学に通う、ごく普通の大学生。 少なくとも、周囲からはそう見えていた。 噴水の前を通り過ぎると、水面に揺れる自分の姿がふと目に入る。 少し眠たげな目、整ってはいるがどこか無造作な髪。昨夜も遅くまで本を読んでいたせいで、少し寝不足気味だ。 彼は軽く息を吐き、講義棟へ向かった。 石造りの廊下には朝の光が差し込み、窓から入る風が掲示板の紙をかすかに揺らしている。 何も変わらない、いつもの朝。 そう思った、その時だった。 廊下の窓ガラスに映る景色が、一瞬だけずれた。 中庭の噴水の位置が、ほんのわずかに違う。 歩いていた学生の影が、一拍遅れて動いたように見えた。 ウィリアムは足を止める。 瞬きを一つ。 次の瞬間には、すべて元通りになっていた。 「……気のせいか」 小さく呟いて歩き出す。 けれど胸の奥には、言いようのない違和感が残ったままだった。 午前の講義は淡々と進んでいった。 教授の声、黒板を叩くチョークの音、ページをめくる音。 いつもの日常。 だがウィリアムは、どうにも集中できなかった。 視界の端で、時計の秒針が一瞬止まったように見える。 まただ。 ここ数日、こうした“ずれ”が増えている。 世界のどこかに、目には見えない継ぎ目があるような感覚。 それを言葉にすることはできない。 だが確かに、この世界には何かがある。 昼休みの鐘が鳴る。 教室がざわめきに包まれる中、ウィリアムが席を立とうとした時、隣から静かな声がした。 「ウィリアム」 振り向くと、そこにはエレナが立っていた。 銀色の髪が窓から差し込む光を受けて柔らかく輝いている。 その手には、小さなランチボックス。 「よかったら、一緒に食べない?」 ウィリアムは少しだけ驚いたが、すぐに頷いた。 「……ああ、いいよ」 二人は中庭のベンチに腰を下ろした。 噴水の水音が心地よく響き、木漏れ日が石畳に揺れている。 エレナはランチボックスを開き、小さく整えられたサンドイッチを取り出した。 「手作り?」 「うん。朝、少し早く起きて作ったの」 「すごいな」 そう言うと、エレナは少し嬉しそうに微笑んだ。 しばらく穏やかな時間が流れた後、遠くの音楽棟から高く澄んだ音色が響いてきた。 トランペットだ。 真っ直ぐ空へ伸びていくような、美しい音。 エレナの目が少しだけ輝く。 「……私、音楽サークルに入ってるの」 「へぇ」 「一番好きなのはトランペット」 その言葉に、ウィリアムは自然と耳を傾けた。 「強くて、でも優しくもできる音が好きなの」 エレナの声は、その音色を思い出しているように柔らかかった。 その時、風がふわりと吹き抜ける。 一枚の白い紙が、どこからともなく舞い落ちてきた。 ウィリアムの足元へ、ひらりと。 彼がそれを拾い上げる。 何も書かれていない。 真っ白な紙。 ――だが次の瞬間。 黒い文字が、滲むように浮かび上がった。 【主役はまだ、舞台を降りるべきではない】 ウィリアムの呼吸が止まる。 隣のエレナが、その紙を静かに見つめていた。
宇宙の旅 第八話
宇宙の旅 第八話 異星の者達 荒野の世界、灰色の古代都市風の街の道を歩いていた二人。 「本当に何もないなぁ…」デービットはコートに両手を入れ周りを見渡しながら歩いていた。 ケビンも周囲を警戒しながら横を歩いていた。 「またさっきみたいなやつが出てもおかしくないんだ。ヴィルドームは星の中でも危険な部類だ。いつ何時、何が起こるかわからない…」そう言って、デービットより前を歩き出した。 「まぁ、そうだけどさ…ワクワクもするんだ。」そう言い無邪気な笑みを浮かべる。 デービットの好奇心旺盛さにケビンは呆れていたが、そこがデービットの良さの一つと思っている。 数十分歩き続け、景色が一向に変わらない灰色の世界。 その時、隣の建物からゴドン!という大きな音がした。 デービットたちはバッ!と振り向いた。 建物から出てきたのは、完全に灰色の肌で人間に近いこの星の生命体だろう。 隠れていた個体が出てきたのだ。 一人、また一人と出てきた。 デービットは両手を高く上げた。 「僕たちは敵じゃない!決して危害を加えたりしない!」そう叫ぶが、彼方は聞く耳を持たない、というよりかは、聞こえていないに近い、彼らは知性が低く人間の言葉を理解できるわけじゃない。 その時、一斉に勢いよくデービットとケビンに向かって走ってきた。 デービットたちは驚き逃げた。 互いに同じぐらいのスピード、ケビンは走りながら腰に巻いてるベルトに手を置きピストル型のレーザー銃を取り出そうとしたが、走っている勢いと疲れでまともに取れなかった。 その時、デービットが奥に洞穴があるのを見つけケビンに向こうの洞穴に隠れようと言い、カバンの中を漁った。 カバンから取り出したものは二つの手のひらサイズの機械的な円盤。 デービットはそれを一枚洞穴の方に投げた。 そして、ケビンの肩に手を置きデービットは1メートル先の地面にもう一枚投げて付けた。 デービットがそれを踏んだ瞬間、青白い光が円状に放たれデービットとケビンを囲った。 それが高速で回転し、目の前が真っ白になった。 次に二人が目を開けたら、そこは洞穴の中だった。 「うぅ……洞穴の中、か」ケビンは右手を頭に当てながら言う。 デービットは洞穴の壁にもたれた。 「ああ、テレポーテーション。あの円盤の機能だ。使用できるのは一度きりだからニードロたちはおってこれない…」そう言って周りを見た。 その時、コトッと小さな石が転がる音がした。 二人はその方向を振り返ると、暗闇の奥でゆっくりと近寄る影が一つ。 「誰だ!」ケビンはそう叫び、腰につけていたレーザー銃を取り出し暗闇に向ける。 そして、出てきたのはボロボロの灰色の軍服を着た。 ーー人間だった。 第九話に続く