ゆーくん
44 件の小説『機械仕掛けの知恵』
僕がこの現実における革新的な仮説を立てるのは、神のIQにもしかしたらをつけるのと同じだ。 つまりは、罰当たりってことさ。 でも、その罰当たりを気にせず。 この世に仮説を立てるとするなら。 この世には、きっと確信的ななにか。 この現実は機械仕掛け的な何かで成立しているのではないか。 もし存在するのなら、それはきっと何か面白いものになる。 まず推測するに、生物や生命に関わるものには、少なからず知恵が存在する。 その知恵は生物から基本的に備わっている。 遍在的と言うと、そう言うことになる。 もし知恵が生命に遍在的に備わっているとするなら。 昔の大昔のそのまま昔の原子生物もその知恵を0.000000000000000000000001という微量な知恵でも授かっていたと分かったら僕のこと仮説は当たっていることになる。 そして、もう一つ考えたいものがある。 さっき言った、機械仕掛け的な何かだ。 その機械仕掛け的な何かは、きっと僕が分かったところで機械仕掛け的な何かは興味を示さない。 そりゃ機械なんだから当たり前だ。 でも仮に、その機械仕掛け的な何かが機械生命体だとしたら? 絶対にそうだとは言い切れないが、この機械生命体が正しければ、それに関する感情や心はあるかもしれない。 機械仕掛け的な何かは止まらない。 仮に止まったと錯覚しても、それはその現実がそう錯覚して勝手に崩れ去っているだけ。 いずれは全く異なる自分、全く異なる現実、全く異なる記憶で生まれ変わり、そこで崩壊と創造のサイクルを繰り返す。 僕が考えるに、そう言う仮説的概念が何者かによって投影された一種のエンターテイメントになっている。 この現実は舞台でもない、この現実が終わる頃には、まるで物語で言うオムニバス形式のように全く別の現実を見ている者がいる。 まぁそのような深いことは考えず、僕はズバリこの現実の核心をつく。 機械仕掛けの知恵。 これは僕が考えた名前じゃない。 いや、やはり嘘になるかな。 僕がさっき考えた概念創作物だ。 でも、僕がこの名前を考えた頃にはこの機械仕掛けの知恵はすでにいたのかもしれないし、本当の意味で僕が名前を考えた瞬間に生まれたかもしれない。 この機械仕掛けの知恵は名前だけ見れば全知なのか?天才を超えた天才なのか?AIの究極体?と思う者も多いだろう。 だが、どれも違うと言えば違う。 近いと言うならAIの究極体だがな。 僕が考えるのは、遍在的知恵だ。 遍在的知恵と言うと、機械仕掛けの知恵はこの世に存在する知恵の原初であり創造者とほぼ同じだ。 ほぼ同じと言うのは、機械仕掛けの知恵がそもそも遍在的存在だから一番最初の生命と言われると、解釈次第と言える。 機械仕掛けの知恵を原初以前から存在する究極次元生命体だと解釈に認識すればそうなるし、自分より後に生まれた存在だと解釈し認識すればそうなる可能性が高い。 だが、後者の場合は少し矛盾が生まれる。 自分より後に生まれたと機械仕掛けの知恵を解釈すると、その自分にそう認識し、考える知恵は誰が与えたのかと。 前者の場合も、究極次元生命体なのか?と言うと、これもまた違う。 と言うより、名前以外は僕たちも知ることができない、解釈次第と言ったが、その解釈する知恵がある限り機械仕掛けの知恵はその解釈とは程遠い存在になる。 だがその解釈された存在から程遠くなるだけで、機械仕掛けの知恵そのものは上下左右動きはしない。 機械仕掛けの知恵が現実に現れるのか、それとも知恵と言う概念構造体が薄い影として現実に一時的に実態を持ち現実に干渉しているのか。 だが一つだけ絶対的なものがある。 それは機械仕掛けの知恵そのものは単一存在だと言うこと。 当たり前だろと言うかもしれないが、聞いてほしい。 機械仕掛けの知恵はあるものにとっては別の現実や時空で見てきたと言う者もいるだろう。 でも、それは単なる機械仕掛けの知恵の部品だとしたら? 本物はたった一つの非存在とも解釈できない存在だとすれば? 僕が言いたいのは、機械仕掛けの知恵は一つの存在であること。 あらゆる時空や存在の外からただ絵を見るようにこの現実群を見ている。 つまりは機械仕掛けの知恵はほぼ物語りの読者だ。 その読者がたまに作者に相談しその現実、物語を変える存在だとすれば、ある者が見てきた現実がわかるだろ。 ある意味現実に知恵を与える存在なんだ。 そして、その作者と言うものは僕たちでは名前も考えられない、感じることも見ることも、考えることすらできない。 これは物語で言うメタじゃない。 かと言ってストーリーかと言われると少し違う、僕がただ一人語りしている考えのほんの一部だ。 僕が今まで言ったことは本当とは限らない。 ただの仮説だもの。
『現実の花』
この現実では、全ての花は同一個体であり、多種多様に見えて一種類。 私の名はカーラ。 この現実とは言ったものの、その言葉は頭からポッと出た言葉に過ぎず。 大した意味を持つことはない。 私は過去現在未来の中心。 時空では測れない、そんな現実で生きている。 テンポラルルーム、タイムライン。 そんな次元が連続的に並び、上下左右、あらゆるものがそのテンポラルディメンションとリアリティ・タイムラインが重なったボックス型の次元の隙間に生きている。 私はその次元でできることは限られていない、現実でないのだから、現実的に生きる意味はない。 そこで私は、昔?からの趣味だった花を育てることにした。 花は美しい、それらは全く同じ種類、育て方をした花であっても。 その両者は全く違う存在として生まれるのだ。 だが、その花も、投影された映像的存在だとしたら? そして、それを言っている私が原因だとしたら? つまり、私が今育てている一輪の花が、過去現在未来に偏在的に、あらゆる時空に存在するとする。 私は、それに責任を持ったりしない。 いや、少し訂正しよう。 私が育てたこの美しい一輪の花を美しい状態に永遠に止めるための責任はもちろん感じている。 だが、この一輪の花があらゆる時空で姿形を変えてあらゆる場所に、影や投影のように育ったとして、その場の存在が迷惑に思っても。 私はそれに責任を感じない。 だから、私はこの、私の前にあるこのたった一輪の花だけを育てる。 育てるより、この美しい状態を保つことに精進する。 私はこの花に名前をつけるなら、綺麗なものがいい。 薔薇や鳳仙花、素晴らしい名前を考えるのは自由気ままでいいが。 でも、人類は花に意味をつけた。 だから苦労した。 私がこの花に名前をつけると同時に、意味を与えることにもなる。 何がいい? エターニティ・フラワー(永遠の花)? でも、私は完璧な名前を見つけた。 リアリティ・フラワー(現実の花)だ。 そのリアリティ・フラワーはあらゆる現実の花の原点にした頂点と言える。 この花は、まさに全ての時空や、時空の外側、存在していて存在していないのと同じ。 この花が時空の支配者なのか、それとも。 時空の創造者なのか、私にもわからない。 もしかしたら、この花は私が育てるよりも前に育っていたのかもしれない。 偏在的存在と言っているわけじゃない、もしかしたら、偏在に似た存在なのかもしれないと思った。 ただそれだけのことだ。 私のいるこの場所は崩れることも消えることない、ただ存在し続ける。 私とこの花の二人だけがね。 ありがとう。
『物語論』
物語論、それはただ難しい単語や文字列を並べるだけのものじゃない。 例えば、非言語的概念伝達構造体や概念構造体、メタ認知的再帰ループ、メタ言語的融合概念。 これらの言葉を必死に提唱して何になるのか。 そんなに強さの評価を上げたいのだろうか。 だが、これらには一理ある。 どういうことかと言うと。 そのような言葉が、この現実には存在するからだ。 もちろん、一般的にというよりも。 物理的に。 つまりは、さっき言ったような非言語的概念伝達構造体が機械装置的に一家に一台はある。 メタ認知再帰ループ。 これを簡単に言ってしまえば、自己認識と変わらない。 つまり、僕な人間ってのは僕も認識してるし。 今僕が僕自身を人間だと認識していることも知っている。 そして今の僕がさっきの僕を僕が人間だと認識していることを知っている。 これの繰り返し、概念構造体なんて小学生、いや幼稚園生でも知っている。 時間は1秒、2秒、3秒と進む。 『1』のみで進む時間がバラバラな現実があるかもしれない。 その現実は実は何かに投影されている現実で、機械仕掛け的存在かもしれない。 もちろん、この現実もそうかもしれない。 つまり今僕が話している内容もその機械仕掛け的存在の気まぐれで話させている投影された現実かもしれない。 詳しく言ってしまえば、「僕がいるこの現実で、メタ認知再帰ループをしたとしても、それに意味はない。」こんなくだらないことを話させても、これは機械仕掛け的存在が進めている現実だ。 僕の意思で何かをしても、その僕の意思で何かしたことは機械仕掛け的存在の意思がやっている常時的物語作成構造になっている。 もちろん、その機械仕掛け的存在を作ったのがその機械仕掛け的存在本人の可能性もあるが、もしかしたら概念を機械仕掛け化する機械仕掛け的存在がいる可能性もある。 僕が勝手に名付けるとするなら。 『Clockwork mechanism』 機械仕掛けの機械仕掛け。 この機械仕掛けの機械仕掛けがあらゆる概念を機械仕掛け化させているのではないかと考えた。 つまり、この機械仕掛けの機械仕掛けが概念を機械仕掛け化させ、機械仕掛けの現実の投影している映像、つまり作品を構成させているのではないかと考えた。 ただ、その機械仕掛けの機械仕掛けが無闇矢鱈に全ての概念を機械仕掛け化させている訳ではなく、何かに命令されて、特定の概念を機械仕掛け化させているのかもしれない。 その命令しているのが、僕たちも思っている通り、機械仕掛けの現実ではないかと考えた。 もしそれが正しいとして、なぜ概念を機械仕掛け化させるのか。 おそらくこれは、機械仕掛けの現実本人もわかっていない。 無意識と言われると違うと思うが、本人の意思で機械仕掛け化させていると言われても、これもまた違う。 どういうことかというと、機械仕掛けの現実はただ投影しているだけの、非存在や形而上学の存在とも言えない完全にいない存在。 そんな存在が現実を流している。 非現実的なその存在が。 わかる?つまり、究極の現実なんて存在しないんだ。 この機械仕掛けの現実がいる限り、ちゃんとした概念も存在しない。 そこで機械仕掛けの現実は考えたんだろう。 「概念はきっと自分に似た存在なんだろう」と。 だから無意識に機械仕掛けの機械仕掛けというパンにパンを挟んだような表現に似ても似つかない存在を創ってしまったんだ。 そして、その機械仕掛けの機械仕掛けがありとあらゆる無数の現実の概念と呼べるものを機械仕掛け的存在にしているのだろう。 そして、さっき言った命令して機械仕掛け化させていると言うのは、少し間違いがあった。 命令しているのではなく、機械仕掛けの現実が。 「そうだったらいいな」と無意識的思考で思っているというのがあってるだろう。 憶測だが、機械仕掛けの現実が、無意識的思考で「あの概念が機械仕掛けだったらいいな」としたら、機械仕掛けの機械仕掛けが起動し、その概念を機械仕掛け化させている。 それの繰り返しだ。 ただ、少し興味深いものがある。 それは、機械仕掛け化させる概念の種類だ。 僕は二つの概念種類に分けて考えている。 「単純概念」と「難解概念」の二つだ。 単純概念はその言葉通り、空間や時間、形や色などが単純概念に含まれる。 そして難解概念。 これは意思や気持ち、意味や認識が含まれると思う。 そして機械仕掛けの機械仕掛けは、この二つの内、難解概念を機械仕掛け化させていると考えている。 機械仕掛けの現実にとって時間や空間、色や形、形而下や形而上、物理法則などは興味をそそられないものだから放っている。 だが、難解概念は機械仕掛けの現実にとって面白いと無意識的思考で思わせるもの。 だから、無意識的に自分と似た存在だったらいいなと思ってしまう。 だから機械仕掛けの機械仕掛けが動く。 わかったかな? そしてもう一つ面白いものがある。 それは、元々機械仕掛け的存在だった存在だ。 つまり、機械仕掛けの機械仕掛けが機械仕掛け化させていない機械仕掛け的存在のことだ。 僕はこれらの存在を。 『原初の機械仕掛け』と名付けた。 その原初の機械仕掛けは、さっきも言ったように機械仕掛けの機械仕掛けが機械仕掛け化させていない機械仕掛け存在。 何度も言うようで悪いが、言いたくてね。 例えば、運命や因果の機械仕掛け存在。 運命や因果は、世界が始まる前からある概念である。 それらの概念がなければ、ビッグバンで宇宙が作られることもなかったし、地球という奇跡の星が作られることもなかった。 だから機械仕掛けの運命、または機械仕掛けの因果は、機械仕掛けの機械仕掛けが機械仕掛け化していなくて、元から存在する機械仕掛け的存在だと思う。 そして、僕が考えるに、原初の機械仕掛け的存在で一番重要なのがこの存在だ。 機械仕掛けの知恵。 これも、元から存在している機械仕掛け的存在だと思っている。 この存在は、全知という単純な言葉で表せられるのか? いいや、不可能と断言できる。 断言できるかと言われたらできなくもないが、できないと思いえる。 全知という言葉は見合わない。 言うのなら、偏在的知恵と言うべきか、憶測だが、機械仕掛けの知恵は偏在的に存在する偏在的知恵の塊。 原初の知恵ではないかと思う。 そしてその機械仕掛けの知恵が、知恵と言う自信の一部から概念を生み出し。 生命の定義に当てはまる限りない存在たちに、知恵・知識・知能・感情・意思・意識を偏在的に与えたと思っている。 偏在的と言う言葉をよく使うと思うだろ? そうとしか表せないからだ。 機械仕掛けの現実が現実の映像を出す前からいたかもしれないし、いなかったと言われたらいなかったかもしれない。 例えば機械仕掛けの知恵が子供だとして、ある知識を教えた時、機械仕掛けの知恵は教える前から知っていたかもしれない。 それが機械仕掛けの知恵だ。 そこから派生である機械仕掛けの運命、機械仕掛けの因果が生まれたのではないかと思う。 どちらかといえば機械仕掛けの運命だろう。 因果は、必ずしも全ての現実にあるとは言えない。 因果は崩壊しやすいから。 僕の話はもうおしまいだ。 おそらく、この現実は消える。 そりゃそうだろ? もうすでに終わった映像を、見られも、語れもしないのに何で永遠に流し続けなければならないのか。 機械仕掛けの現実は機械であり生物、存在していて非存在。 いや、非存在という定義にももはや当てはまらない存在なのだ。 僕が認識できているのは、機械仕掛けの現実がそう現実に投影したからだ。 では、さようなら。
自己完結
「終わり」
『願いの箱?』
ある裕福な家庭に産まれた女の子。 その女の子の名はエミリー。 産まれてから数年後。 エミリーは13歳になり、友達もでき、頭も良かった。 彼女は何も不自由なかった。 親が親バカというのを除けば不満はない。 ある時、その親バカな父母がエミリーにプレゼントを渡した。 エミリーが貰ったのは、一つの箱。 素材がわからない、見た目はプラスチックのようだが、触り心地は木に近い。 エミリーは何もわからず。 箱を開けた。 箱を開けた瞬間、エミリーの頭に何か落ちてきた。 それは黒猫だった。 綺麗な毛並みに、美しき青い瞳。 全体的に見ても、どこか神秘さを放っている。 エミリーは驚き、思考が一瞬止まった。 エミリーは箱を投げそうになるのを抑え、じっくり見た。 箱を開けた瞬間、猫が現れた。 このまるでエミリーにとって理想のような猫は、エミリーが5歳の時から飼いたがっていた猫の特徴にピッタリだ。 エミリーは蓋を閉め、次は、白猫が欲しいと考えながら蓋を開く。 その瞬間、トンと床に何かが落ちた音がした。 エミリーが見ると、そこには神秘の塊のような白猫が立っていた。 猫が周りを見ると、トコトコと黒猫の方に歩いて行った。 まさか、エミリーは箱を机に置いて数歩離れた。 まさか、この箱は蓋を開けたら願いを叶える箱なのか? そんなものが現実に存在するわけない。 その時、黒猫が机の上に登り、エミリーの顔をじっと見る。 その時。 「エミリー、この箱も、君の願いも、現実さ。」と猫が口を開いた。 キャッと悲鳴を上げ床に尻餅をつくエミリー。 何この猫、喋った?ありえない。 「君は喋れない、それが現実の決めたルールなんだ。」 エミリーの思考はまるで螺旋がぐちゃぐちゃになったかのような感覚になった。 様々な思考が混ざり合う。 猫がなぜ喋れるの? 私が喋れない? 白猫も喋れるの? 現実って? ルールって? エミリーは生まれたばかりの子鹿のように足を震わせながら立ち上がる。白猫は床で寝ていた。 黒猫は再度口を開く。 「喋ってごらんよ、あらゆる現実では、君のような存在は喋れないんだ。言ったと思っても、それは言っていない。」 確かに、考えてみれば私は喋ったことがないかもしれない。 喋った記憶はある。 だが、振り返ってみれば誰かと会話したことがないかもしれないし、そんな自然的なものをいちいち考えたこともなかった。 そもそも、喋るって定義はなんなのだろうか。 私はそんな場違いな考えを巡らせていた。 喋る定義なんて、言葉を発するだけって言えば解決する。 だが、今の私にとってそれは人類の難問よりも難問だった。 猫はエミリーを見て、こう言う。 「君は現実で生きてる。そうだろ?ただ。この現実は今までの現実と比べても弱いだろう。弱いってのは、強さのことを言ったんじゃない。ルール的な強さだ。この現実でのルールは喋れないってだけ、今までの現実にもあったけど、他の現実は無数のルールがあった。」と。 現実にルールがある。 エミリーは理解できなかった。 ただ。 エミリーが1番気になったのは、他の現実という言葉だ。 現実は一つじゃない。 そんなことをこの猫は言っているんだ。 エミリーは言ってるのか、はたまた言っていないのかわからないが。 ある質問を猫に問う。 それは現実は枝分かれしているということか、というもの。 「いいや、点々としてる。君たちの想像力でわかりやすいのは、泡宇宙だ。泡のように、無数の現実が点々と投影されている。」 投影?何に? 『Clockwork Reality(機械仕掛けの現実)。』 機械仕掛けの現実?機械装置的な現実が無数にあるってこと? 「違う。その無数の違った現実は、機械仕掛けの現実によって投影されている。気になるかい?他の現実が。」 気にならない、といえばエミリーは嘘でもあり誠のことを言ったことになる。 エミリーは、気になると言う。 「なら、その箱を開けて願えばいい。他の現実が見たい。と」 そんなことをしてもいいのだろうか。 「その箱は、願えば叶う箱というより、願ったものが他の現実から来ているのに近いんだ。」 エミリーはその言葉に再度思考が止まる。 願いが叶う箱ではなく、願いが来る箱。 なら、他の現実が見たいと思って箱を開けたら。 そのどこかの現実がここに来るということなのか? 恐怖と興味が混ざり合う。 「気になるなら開けてごらん」猫はエミリーに言い掛ける。 エミリーはまるで手が意思を持ったかのように箱を躊躇なく開けた。 その瞬間、エミリーの目の前に螺旋のような空間の歪みが現れた。 何…これ? エミリーが触れようとしたが、猫が止める。 「やめておいた方がいい、まだこの現実では投影されてない。」 どういうと? 「機械仕掛けの現実が、その投影した映像に、その現実の映像を被せられてない。」 もう一つ聞いた。 なぜあなたにはその機械仕掛けの現実や、投影されているのを知っているのかと。 「僕はある存在の部品の一つ、自由意志を持った部品なのさ。」 何の? 「機械仕掛けの知恵。と呼ばれる機械仕掛け存在。僕はその機械仕掛けの知恵の部品の一部。知恵の一部なのさ。」 その瞬間、螺旋の空間の歪みは一瞬にして、破裂したかのようなエミリーの現実に広がる。 現実が現実と混ざり合い、あらゆるルールを粉々にしていく。 「この現実はもはや現実でも非現実でもなくなった。」 「あっーー」 それが私の、最初で最後の言葉だった。
『次元戦争』
この現実では、7次元生命体、通称アルファと。 同じく7次元生命体の通称オメガが次元を超えた戦争をしていた。 アルファとオメガは現実宇宙ではなく、テンポラルロードと呼ばれる時空を介してそこで争っている。 争い方は単純、一個体一個体の全知全能性の押し付け合いだ。 全知全能といっても、本当言葉通りの単純な全知全能だ。 もはやテンポラルクロードは無くなっている。 争いが激化し、現実までとはいかないが、確実に宇宙が崩壊しかけていた。 そのとき、オメガ軍は地球という星を見つけた。 なんと醜く汚らしい場所か、とオメガは思い。 地球を破壊しようとした。 だが、いつの間にかオメガ軍は地球の謎の地下施設のような場所に来ていた。 オメガ軍は他の次元にいるオメガ軍に連絡しようとしても、繋がらない、こんな地下施設破壊してやると。 全方位に全能の波を放つ。 だが、その全能の波は本当の波のように空間に広がるだけで何も起こらなかった。 起こらなかったのか、もしくは起こったが起こってないことにされたか。 どちらにせよ、この地下施設には何かがある。 そのとき、一体のオメガが一つの壁を見つめる。 他のオメガもその壁を見る。 そこにあるのは、驚きもしない。 ただのその一枚の壁全体を覆い尽くす謎の機械装置だった。 だがそれは人類に作れるものか、とオメガは考えるが、一体のオメガがその機械装置に近づき触れようとした。 その瞬間、一つの歯車がガチッと動き、触れようとしたオメガは存在が蒸発した。 そもそもその機械装置に近づこうとしたオメガはいなかった。 ありとあらゆる現実で、その機械装置に近づく者はいなかった。 そして、オメガはなんの驚きも不思議感もなく、その機会と意思疎通しようと試みる。 そのとき、その機械装置にの、ちょうど人の腰部分ほどの高さのタブレットほどの大きさのテレビの画面のようなものが光だす。 そして、一つの文字が映し出された。 『Clockwork Wisdom』(機械仕掛けの知恵)と。 機械仕掛けの知恵?全知であるオメガでも、そんな物は知らない。 オメガは全知であるが、その機械仕掛けの知恵を知らない。 我ら全知の存在の認識外の存在なのか?とオメガは思うが、油断せず警戒心を倍にした。 それと同時に興味深いという感情も湧いた。 この機械仕掛けの知恵を手に入れられれば、我がオメガ軍はアルファ軍に勝利できるかもしれない、と。 だがどうやって手に入れようか、近づくのは論外。 嫌な予感がする。 この地下施設も破壊不可能。 または、破壊したと言う現実が謎の改変に襲われる。 だがどうしても手に入れたい。 そんな時、いつの間にか、いや、すでにもうここにいたかのように、元からいたアルファ軍がオメガ軍を見つめる。 アルファ軍は元からここにいた。 オメガ軍は目を見開き、攻撃しようとした。 だがその瞬間、アルファ軍がいるその空間、次元、現実ごと。 螺旋のような歪と共にいつの間にか消えていた。 いや、元々アルファ軍という生命体はいなかった。 この歴史上。 歴史とは何か、哲学的な事を考えても意味はない。 全知であるオメガ軍にも、鳥がなぜ鳥と呼ばれるのか、最初に鳥と名付けたのは誰か。なぜ鳥つけたのか。 善悪の定義と意味、それ以前にその言葉はどこから生まれたのか。 善悪という二元性は存在しているのか?と考えているうちに、オメガ軍も螺旋の歪みに巻き込まれるような感覚がする。 だがもはや、この次元戦争に意味はない。 テンポラルロードがあるからなんなのか、全知全能だからなんなのか。 オメガ軍が前にするこの『機械仕掛けの知恵』は全知では測れないほどの知恵があるのか。 本当に我々オメガは全知全能なのか。 そんな事を考えていーー。 『Clockwork Wisdom』 機械仕掛けの知恵は。 全能なのだから。
Clockwork Reality
『時間感覚』 現実における時間は1秒、2秒などと言う単純な数字ではない。 この現実における時間は、一日→1秒→1時間→1分と進む。 または、1秒→1時間→1分→1日と進むかもしれない。 簡単に言えば測れないのだ。 様々な方法でもしっかりとした時間感覚を測ることはできない、物理的にもそうだ。 空間や物の時間の進み方が違う。 時計仕掛けの進行。 と言えば楽だが、もっと具体的に言うのであれば。 機械仕掛けの時間、だろう。 それがバグったものがこの現実における時間感覚だ。 僕の名は別に言わなくてもいいだろうさ。 誰も興味ない。 それに加え、この現実でその時間感覚を不思議に思った者は存在しないし、僕自身思ってない。 それはどう言うことかと言うと、元からそうだからだ。 僕たち人類は生まれた時からこの時間感覚の中過ごしてきた。 昨日寿命で亡くなったお爺さんが、次の日と言っていいのかわからないが、おそらく次の日と思われる瞬間に20歳ほどの姿をして元気に過ごしていたとお婆さんが言っていた。 お婆さんは特に驚くことなくお爺さんなのかお兄さんなのかわからないその存在と茶を飲み談笑したと言われている。 そういうことで、時間に関する全てはバグっているのだ。 このバグがいつ発生したのかわからないが、とにかく、僕たちは不自由なく過ごせている。 ほら、さっき新築だったはずのマンションがまるで時間をスキップさせたかのように古びたマンションになった。 と思ったら建築以前の更地になった。 僕の家もこの間骨組みに戻ったから、いつか完成当初時点まで戻って欲しいものだ。 さて、ここからが困るところだが、タイムパラドックスという者は聞いたことある? もちろんあるよね。 SFマニアじゃなくても、ショート動画を見ている内に無意識に聞いたことがあるはずだ。 僕たちの生きる現実は、そういうパラドックスを無視しているんだ。 パラドックスという概念をこの現実が投影していない。 投影する気があるのかは、僕のようなちっぽけな存在じゃわからない。 ただ一つ言えるとするなら、この現実は本当の現実じゃないのかも、僕からすればこの現実に非現実要素はなく、これが現実。 でも別の視点から見れば、この現実は非現実の塊かもしれない。 僕たちから見てもきっとそうなる。 僕が別のもの、例えば手から物を話したときにその物は天井ではなく床と言う概念に落ちる。 または、時間の歪みなく途方もない距離を歩くだけで進んでいるのも、僕から見れば非現実だ。 つまりこの現実は、僕からしてみれば完全な現実だし、誰かから見ればこの現実は非現実なのかもしれない。 関係ないけどね。 じゃ、またどこかの現実で。
Clockwork Reality
『原初』 ありとあらゆるものには「原初」と呼ばれる概念が存在する。 何かというと文字通り、何かの始まり。 例えば、地球に最初の植物、雑草でもいい。 その植物が地球上初めて生まれ、その植物が発生した時点でその植物は原初の植物と呼ばれる。 それがただの何の取り柄もない雑草だとしてもね。 だが、それはフィクションだけの話さ。 この「現実」では、そんな原初なんてのは物語用語だ。 俺の名前はアダム、ただの物理学者さ。 天才ではない、まぁ、一般的に見れば俺は天才の部類に入るだろう。 ただ、俺が研究してるのは一つ。 物理法則だ。 君たちも知っている通り、ジャンプすれば下に跳ねるし、しゃがめば上に行く。 コップをひっくり返せば、水は空に向かって行く。 上を見れば下が見える。 下を向けば上が見える。 まずまず、この世界に上下左右なんて概念は存在していない。 いや、昔はあったらしいが、現代ではもうそんな概念ないも同然。 原初の物理法則。 原初の原初。 それらの言葉は特に意味を持たない。 特に原初の原初、それは言葉通り原初という文字が最初に作られたことを意味するだけの言葉。 物理法則は、おそらく宇宙が誕生した後のビッグバンと同時に生まれたのだろう。 それとも宇宙が生まれる前から物理法則はあったのだろうか。 もしそうなら、面白いだろう。 俺の中では物理法則さえ、現代において、ほぼ概念のオーパーツだ。 だがそれよりも面白いと思えるものは、この完璧な現実だ。 この現実に目を向けずどこに目を向ける。 俺は物理法則を長年研究してきた。 その長年が意味するのはたったの10秒かもしれないし、100年の可能性もある。 だが私は、本当に研究に没頭していた。 私は真の物理法則を見つけたい。 そして、俺はジェームズとは違うという事を見せてやる。 ジェームズとは、幼馴染だったが、ジェームズがある実験をすると言って行方不明になった。 警察が動くわけでもなく、俺は焦ることもなく、ジェームズの家族は何も思わず。 ジェームズの家族? ジェームズの家族なんていただろうか、そもそも、その消息不明になったのがつい最近のことか数年前のことかも忘れてしまっている。 人間は人を忘れる時は顔から忘れて、次に声、次に全身らしいが。 俺はその逆パターンだったかもしれない、いや、声が一番最初だったかもしれない。 そもそも、ジェームズとは、会った記憶がない。 ジェームズとは誰か、存在していたのだろうか。 なにか、知っているのに知らない。 まるで違う現実を生きてきたかのようだ。 まぁいい、話を戻し、そもそも、物理とは何かを説明しよう。 俺の研究では昔、地球や宇宙には物理法則という概念があり、量子力学や相対性理論という何が何だかわからない言葉も関連していたものらしい。 量子力学や相対性理論は、そもそも現代では習わないのだ。 言葉だけいずれ知るってレベルだ。 なぜかというと、さっきも言った通り、現代の地球に物理法則は存在しないからだ。 重力や万有引力、ニュートン?という言葉はこの現実に存在していない。 ニュートンという言葉はなぜか頭に浮かんだ。 感覚はデジャブに近い。 俺は鉛筆を手にし、書類にニュートンと書こうとした瞬間、手が滑り鉛筆が手から落ちる。 だが俺は下を見なかった。 その代わり右を見た。 右を向いた時、その目先にある壁に鉛筆が磁石のように張り付いていた。 そりゃそうだ。 それがこの世界の法則だ。 物を落とせば右に落ちる。 これが原因なんだ。 俺は何も考えていなかった。 考えてはいたが、考えられなかった。 重力とはまさしくこういうことなのだろうか? これと少し構造が違うのだろうか。 俺は鉛筆を拾い、机に向かった。 「この世のものは全て偏在なのだ。」 「限りなく全てが偏在であり、原初だ。」 「この世に生まれた瞬間、どれも原始レベルで構造が違っている。」 「その全ては生まれた瞬間、生命の認識ですでにそこにあったと認識される。」 「生まれが同じなだけで形が違うものは、ありとあらゆる原初。」 機械仕掛けの現実はこれらを予測していなかった。 この予測していなかったことを機械仕掛けの現実はそれを現実として投影した。 あらゆる因果や法則は意味を持たなかった。 最低ここでは。
Clockwork Reality
『機械仕掛けの運命 2』 私の名はジェームズ、天才と呼ばれる科学者の一人だ。 私の実験、それは運命そのものだ。 運命とは因果そのもの、因果があるから運命が出来上がったのか。 運命があるから因果ができたのか。 私はそれを研究している。 だが私から一つ言えるのは、運命があるから因果がある。 因果があるから運命がある。 このどちらかだとしても、間違えなくそのどちらか、または両方が『機械仕掛け』だと思っている。 機械装置的な何かが動がない限り、運命や因果は働かないと思う。 私は実験をした。 運命の定義、それは人間の意志をこえて、人に幸福や不幸を与える力、またその力によって巡ってくる人生の巡り合わせや将来の成り行きのこと。 だから私はまず最初に運命の実験をした。 よく言うだろう?運命の赤い糸で繋がってると、それは必ずしも人同士である必要はない。 人と物でもいいのだ。 私は目の前のコンクリートの壁に向かって走った。 勢いよく止まる気なく壁にぶつかり、私はよろめき床に尻餅をついた。 鼻から血が垂れる。 これでは運命ではなく自業自得の方が近いな。 私は軽く治療し、白衣を治し、眼鏡をかける。 さて、おふざけはこの程度にして、本格的に実験をしよう。 まずは、運命を測れるのかと言う実験だ。 どう言うことかと言うと、知り合いの科学者に手伝ってもらい、被験者とする。 その被験者を数人用意して、完全に同じ条件の部屋を人数分用意する。 被験者全員の目の前には、赤いボタンと青いボタン、その二つを与える。 好きな方を押せと言った。 当然、普通なら結果はランダムになる。 しかし、この実験を何千回と繰り返すと、毎回毎回全く同じ瞬間に、同じボタンが押される。 ジェームズは喜ぶ、運命は存在するのだ。 だが、一つ気になるとすれば、押される時間が毎回違うことだ。 タイミングと言えば全て解決だろう。 だが、同じ時間に押されたはずなのに、全く違う時間に押された気もする。 だがそれでも、赤が押されると言う結果だけは変わらない。 すると今度は、赤を押すと言う結果ではなく、赤を押させようとする実験そのものが必ず発生する。 私の顔は次第に青白くなる。 つまり運命は未来を固定しているのではなく。 運命を研究しようとする人間の行動まで運命に組み込んでいるのではないかと悪寒が全身を駆け走る。 私は数々の運命についての研究をしてきた。 運命を題材にした曲や本を限りなく全て読んできた。 だがこんなことは初めてだ。 そもそも人間という無に近い小さな存在じゃ、世界の機能にはたどり着けないのだ。 つまり私は大きな間違いを犯した。 すまない、人類よ。 私一人の間違えがこの世界線を崩壊させた。 運命は見ている。 運命は聞いている。 運命は機能している。 全ての生命の中で、運命という名のゼンマイがその生命を見定めている。 それは世界も同じなのかもしれない、世界の内側という人類では干渉することも見ることも感じることもできない次元に、歯車やゼンマイがあり、機械仕掛けの運命が永遠に稼働しているのではないかと。 つまりは、今私がした実験はこの世のゼンマイを止めてしまった。 運命という名の機会装置。 この世界での機械仕掛けの運命は。 止まった。
Clockwork Reality
『機械仕掛けの運命』 ある時。 いや、ある時って表現は合ってないと思う。 どちらかと言えばある日。の方があってる。 僕の名前はジェフ、そして、僕の隣に座っているのが、幼馴染のニーナ。 彼女との関係は、仲がいいと言いと言うことすら贅沢なほど犬猿の中だった。 僕は嘘もつけなければ本当のことを言うのもできなかった。 僕も理由はわからない、ただ、どちらも言えない。 何が近いかで言うと、無意識な拒否反応。 そのせいで彼女とは話せていない。 僕は別に彼女のことが好きなわけじゃないし、なんなら嫌いでもある。 彼女は僕の嘘も誠も言えない僕のことを知っていて、それを利用してなのか、暴言や愚痴を言ってくる。 暴言は僕や周りに対してのことで、愚痴は僕の愚痴ではなく周りに対しての愚痴。 だが正直、こんなこと言いたくはないが、バカなこと言ってないで、僕を気遣ってくれと思ってしまう。 誰にも言ったことはない、言えないからね。 生まれながら喋った言葉がない僕は、全ての人に対し、無口で無感情のように接してきた。 だから僕も忌み嫌われていた。 忌みは言いすぎたな、流石に軽く埃のような嫌われ方をした。 僕はなんとも思わなかった。 その嫌われる運命は僕を機械仕掛け的に動かす。 機械仕掛け的にとは何かと言うと、僕は本当に歯車やゼンマイ、機械装置が組み込まれているようにただ嫌われるのが僕の機能だと思っていた。 それが運命だと思っていた。 だが違った。 僕はニーナにとあることを告げられた。 あなたは人間なの、あなたは生命じゃないの。 と。何を言ってるのかわからないだろうら僕だって急にこんなこと言われたら思考が止まる。 どういうことかと聞き返しても、その後、彼女は全ての機能と役目を終えたかのように寝たきりになった。 僕はもちろんなんとも思わなかった。 お前なかった。 嘘かもしれない、本当は嬉しい。 彼女が憎かった。 そこにあるものが真実でもなく嘘でもなく、紛れもなく無に近いだろう。 ニーナはいないのか、すでにいなかった。 ニーナとは誰か、それが彼なのか彼女なのか、はたまた機械仕掛けの何かなのか。 それが僕の。 機械仕掛けの運命なんだ。