ヨシコウ

5 件の小説
Profile picture

ヨシコウ

目標、1日一つの一物語を。 pixivでも小説書いてます。 同じ名前です。

ハルを思う。

今日は桜の香りがする。 雨で全部散ってしまうのではと心配していたが、かろうじて幾つか残っていた。 「良かった、何とか間に合ったみたいね」 そう言い持ってきた鞄から鉛筆と筆と絵の具、ブック帳を取り出した。 青空の下にピンク色の花びらが5枚、綺麗に開いている。この神社に備え付けてある青いベンチに、自分が座る部分だけハンカチで拭き取ってから腰掛けた。 "この世界を夏に変える前“に彼の作った綺麗な桜を何かに残しておきたかった。 私は静かに白い厚紙に桜の形を少しづつ、ゆっくり描いていく、彼が来るまで。 いつも通り石階段を登り赤い鳥居の前で一礼し、左脚から鳥居をくぐり、なるべく左の道を歩く。 参拝のやり方は知らないが爺ちゃんから「真ん中は正中といって神様が通る道だから歩いては行けない」と聞いた事がある。 本殿に向かって二礼二拍手一礼をした。 お願い事は特に無いけれど一応しておく。 それから振り返り一本の木に近づき、木の幹を撫でた。 「大きくなったな。流石に昨日の雨で桜は散ってるか。まぁでも最後に来れて良かった」 桜の木を植えたのは小学生の頃に毎日水やりするからと約束をして爺ちゃんに頼んで植えてもらった物だ。勿論爺ちゃんが亡くなった今も続けていたのだが、明日俺はここを離れることになったのだ。 ーー最後?ーー 「聞いてくれよ。俺結婚するだ。笑っちゃうよな。こんな俺を好きだって言ってくれた人がいるなんてさ。俺でも驚きだよ」 ーーそんな事ないよ。私だってーー 「職場の先輩でさ、元は俺の教育係として、俺はその人の部下として話してたんだけど惚れたら負けって良く言うよ。あんなの好きにならない方がどうかしてる」 ーーそっか、もうそんなに経ったんだーー 「俺から告白したんだ。でも断られて」 ーーそうなの?でも今結婚するってーー 「俺諦めきれなかったんだよね。どこが良いのとか言われると分かんないけど。あ!勿論、顔も性格も可愛いよ。俺のどタイプだった」 ーーちょっと顔見てみたい、かもーー 「最初はミスばっかりして怒られてたし、何で教えたのに出来ないんですか?って平然な顔して言ってくるわけ。もう怖いの何の」 ーー怖そう。何でそんな人に惚れたの?ーー 「でもな、あの人もあの人なりに頑張ってるんだって分かったんだ。忘れ物して会社に戻った時があったんだよ。そしたらあの人暗い部屋に1人作業しててさ、俺のミスした所直してくれてたんだよ。しかも俺の分だけじゃ無くて他の人のまでやっててさ」 ーーすごい人じゃんーー 「その姿見たら1人にして置けなくなって、いつの間にか好きになってたんだよ」 ーーもしかして君、惚れやすいのかな?ーー 「そしたらまー、なんだかんだで付き合えました」 ーー頭掻かないでよ。そのなんだかんだが知りたいのにーー 「子供もできたんだよ。まだお腹にいるし男の子か女の子か分からなけどね」 ーーえ!おめでとうーー 「名前は春樹(はるき)にしようと思ってるんだ。男の子でも女の子でも大丈夫だし。俺とあの人にも春が入ってるからね」 ーーそっかーー 「絶対に幸せにしてみせる」 ーー頑張ってね。君なら絶対出来るよーー 「ま、一応その報告です」 ーーそっか……ありがとうーー 「あ、いたいた。波瑠(はる)君。お父様に聞いたら多分ここだって言うから来てみたけど、何してるの?木なんかに話しかけて」 ーーこの女性が奥さんになる人かな。本当だ。綺麗な人ーー 「お!ごめんごめん。最後に挨拶しとこうと思ってさ」 「挨拶?誰に?」 「神様」 ーー私?ーー 「波瑠君見えるの?」 「いや?全然」 「おい」 ーーおいーー 「冗談はいいから、早く手伝って。まだ荷造り終わってないんだから」 「はいはい、わかりましたよ」 ーーあ、もう行っちゃうーー 「ちょっと待って。まだやり残した事がある」 ーーえ?ーー 女性と繋いでいた手を放し私が座っているベンチまで近づき、目の前で止まった。 「今までありがとう」 ーーみえ、てる?ーー 「さ、行くか」 「ちょっと待ってよ。誰かいたの?」 「さーね」 そう言いうとまた手を取り合い鳥居を左通行で出て行ってしまった。 初めて恋をして初めて失恋をした。私にとっては短くあっという間、彼にとっては長い長い恋物語だったのだろう。 私は持参した物を全て鞄に仕舞いベンチから腰を上げる。 「そっかそっか。私も頑張らないとな」 2人の歩いた左端ではなく道の真ん中、正中を歩き鳥居を出る。 ふう、とため息をつくと春風が舞桜が地面に落ちていた桜の花弁が飛び上がった。今年の春も楽しかった。今日、神様は初めて泣いた。 もう少ししたら気温も上がり蝉たちが樹々に止まり泣き始めるあの暑い夏が始まるのだけれど。 ……夏は後もう少し、遅らせる事にしよう。

1
0
ハルを思う。

運命的ミス

運命的とは致命的なミスであり、宿命的とは命令的なサービスであり、絶望的とは嫌でも訪れる運命的な物である。 僕は今、その絶望的に、それでも逃れられない運命的な事故に巻き込まれている。 「さあ少年。そろそろ白状したらどうなんだい?君がこれをやったんだろ?私は優しいから今すぐ謝ってくれさえすれば許してやらない事もない」 「だから僕は何もして無いですって」 花瓶と中に入ってたであろう花一輪と水がコンクリートに叩き付けられていた。 ここまで問い詰められると言うことはさぞかし高価で貴重な品物だったのだろうか。 僕も余り詳しい方では無いのだが、どう見ても百均に売っていそうな出来栄えだと思うのだけれど。 「こう見えて私は幾つもの推理小説を読破して来たのだ。だから私には解る。これは君がやった事だ」 コンビニに向かおうと思い自分の住んでいるマンションから出だ時、またまた上からコレが落ちて来たのだ。その場面を丁度目の前にいる女性と僕が目撃しただけなのだ。 「どうし僕がやったと思うんですか。証拠はあるんですか?」 「証拠ならある」 女性は言い切った。 「なんです?」 「私が可愛いからだ」 ……はい? 「私の推理はこうだ。君はいつも私がこの道を通りコンビニに向かう事を知っていた。だから予めこの花瓶を上から落とし私に怪我をさせて運命的な出会いと称して私とお近づきになりたかったのだろう」 何を言っているのか途中から分からなくなった。僕がこの人と出逢いたかった?いつも通る事を知っていた? ……何を言っているんだ? 「あの……大丈夫ですか?花瓶、頭にあたったんですか?」 角度的に分からなかったが、恐らく本当はこの女性に花瓶が当たったのだろう、きっとそうだ。そうに違いない。でなければこんなアホらしい事など今時の小学生すら言わないだろ。 「何を言っている?どう見ても私は元気だろう。そうか。破片が君の頭に刺さったんだな、だからそんなアホな質問をしたのか」 やっぱり馬鹿だ。 「ごめんなさい!大丈夫でした?」 その時僕が来た時と同じ階段から主婦らしき人が降りて来た。 「えっと、あなたは?」 探偵気取りの女性が聞くと主婦さんはこの花瓶を掃除中に落としてしまった。と言う事だった。 「もしかして当たっちゃいました?」 「い、いえ。僕達は大丈夫ですよ。怪我人はいません」 「良かった〜」 そう言い箒とちりとりを急いで取りに戻ってしまった。 「……疑ってしまってすみませんでした」 探偵気取りがペコリと頭を下げて誤った。 誤解が解けたのは良かったのだがこのまま「ではさようなら」と別れるのは僕の虫の居所も収まらない。 「じゃ責任とって僕の昼食に付き合ってください」 僕はその日、運命的な出会いをした。

2
0
運命的ミス

花火が上がった。

綺麗な夜とは星が見えそれを指で繋げて夏の大三角が作れる、月は満月に近い真丸の形をして白い光を放っている。その静かな空の下を私と君の二人が手を繋いで方向を見て同じ世界を歩く、他には誰もいない。それが私にとって綺麗な夜だ。つまり今日は汚い、薄汚れた夜と言うことになる。 「雨降りそうだな」 「そうね、じゃあ最後に灯籠だけ買って帰りましょ」 「そうするか。願い事はもう決めたのか?」 「えへへ、内緒〜」 端っこの石畳に座る私の目の前を男女の二人組が腕を組んで楽しそうに通り過ぎて行く。 これだから祭り事は嫌いなんだ。イライラする。幸せそうなカップルらしき物を見たからでは無く友達と騒げないからという訳でもない。主旨が間違っているからだ。 この「狐祭り」は亡くなった人達がこの世に縛られず、無事あの世に旅立てる様にと願いが込められた事が起源だ。それなのに射的だの金魚掬いだのと、まるで死者の冒涜じゃないか。 「どうしたの?お祭り、楽しくない?」 「当たり前じゃん。だって死んだ人の気持ちなんてこれっぽちも考えてないじゃん。こんなの楽しくない」 「気にしすぎだよ。ほら死人に口なしって言うしさ」 左から心配してくれる声が聞こえたが私は首を振り、膝におでこを当てて顔を伏せた。泣いてる訳じゃない、ただ寂しいのだ。 今日で彼とはお別れしてしまう事が。 手も握れないまま、抱き締めることもできず、キスだってした事ないのに。まだ何も出来ないのに。 「よしよし。いい子いい子。やっぱり君は優しいね」 多分頭を撫でてくれているのだろう。触れられている感触が無い。当たり前だ、彼は透明で透けてしまうから。だからわざと聞こえる様な声を出して俯いている私にも分かるように表してくれているのだろう。 本当に優しいのは彼の方だ。 花火が上がる前に行われる灯籠流し。願い事を書き川に流すのがこの祭の顔だ。 灯籠に亡くなった人の魂が船代わりにし、川を流れ死者の世界に迷う事なく導ける様にと、古くから言い伝えられている。 その準備をする為か人の流れが先程よりも多く速い。 「あっ」 小学生らしき少女が目の前で転んでしまった。 こんなに小さな子ですら"こんな所"に来るなんて。 立ち上がり手を伸ばそうとしたが戸惑った。その時私よりも素早く動いたてくれたのは彼の方だった。 汚れる事など気にせずに少女の近くで片膝を地面につけて手を取った。 何か2人で話した後、少女は手を振り、恐らくご両親だと思われる者に向かって走っていって。 「彼女、強かったよ。転んでも泣かずに起き上がってパパとママが居るから大丈夫だってさ」 その話を聞き、同じ場所に座った後彼に話しかけた。 「…事故、かな」 「多分ね。家族と旅行中に事故に遭ったんだろうな。可哀想に」 何も言えなかった。 「さ。そろそろ君も帰ろう。ここじゃなくて元の世界に」 鏡写し。死者の世界。私は居てはいけないようないわば異物だ。 人間も見えれば幽霊も見えるそんな世界。 普通のカップルもいれば普通じゃない家族もいるそんな世界。 それでもお互いを認識する事が出来ないそんな世界。 死んでも無ければ生きてもいない私はここに居てはいけない。 「やだ」 せっかく彼を求めてここまで来れたのに、何も出来ずに何も言えずに帰れる訳がない。 「でもね。もうそろそろしたら灯籠流しが始まっちゃう。そしたら本当に帰れなくなるよ。死者の世界に流されてしまう」 ここにいる人の殆どは灯籠流しの中に入っていっている。彼もそろそろだ。 「嫌だ!私まだ何もしてあげれてない!お礼、出来てない」 「良いんだ。君の元気な姿が見れただけでもう十分嬉しい。これ以上のお礼は無いよ」 少しづつ彼の身体か光の粒の様なものが飛び交っている。気づけば空には星よりも綺麗な光の粒たちが曇り空の下を飛んでいた。 「でも…でも!」 私は触れない事を知ってる、それは彼も同じだろう。それなのに抱きしめてくれたのだ。温もりは感じないのにあったかい、身体ではなく心が暖かい。 「ありがとう」 それだけ残し、彼は薄くなり消えていった。 目が覚めると白い天井があった。 身体の震えは無くなっていて、痛いのは左脚ぐらいで後は至って普通、傷跡も見当たらない。 「あれ…何で私、ここに」 記憶が錯乱していて余り憶えていない。 最後に憶えているのは、確か女の子が川で溺れてて、助けようとしたんだけど私金槌だから一緒に溺れて、それで。 「彼は!?」 大声をだし辺りを見渡した。だか探している人物は見当たらない。 「っ!お目覚めになったんですね!い、いま先生呼んできます」 部屋に入ってた看護師らしき人が入って早々私を見た途端また廊下に小走りで出て行ってしまった。 溺死寸前、尚且つ身体が冷え切っており危ない所だったと先生は話してくれた。 一緒にいた少女も無事だと言うことも。 「それで彼は!私達を助けてくれたあの男の子、大丈夫ですよね!?」 ーーーー いつもは友達と来ている狐祭りに1人で来るのは初めてだった。 「灯籠1つ下さい」 「はいよ。300円ね」 魂を運ぶ船が300円とはね。 「お嬢ちゃんはなんで描くんだい?」 「秘密です」 そう言い灯籠をくれたお婆さんとは逆の方に歩き始めた。 テーブルに予め用意されている黒のマジックペンで絶対に叶えたいお願いを書いた。 「助けてくれてありがとう」 そう言い川に灯籠を流した。 それと同時に始まりを告げる花火が1つ上がった。 "ずっと好きでした。付き合ってください"

2
0
花火が上がった。

濃い色の約束

夜の下、海沿いの道路を走る車が一台だけが走っている。 車内に漂うタバコの臭いが嫌になって窓を開けた。涼しい海風と潮の匂いがして気持ちが良い。 右に歯窓から差し込む月灯りに照らされながらタバコを咥えている彼の顔がよく見える。 「泣いてるの?」 頬にキラキラ輝く物が流れ落ちるのが見えた。 「今泣くわけないだろ」 「泣いてるじゃん、鼻声だしばればれだよ」 「お前だってさっきまで泣いてたくせに。目赤いぞ」 「私は良いの。女の子だし」 「男も泣く時は泣く」 「そーなの?」 「ああ。もうわんわん泣くぞ。手が付けられないくらいにな」 前から赤い車が走って来る。 そのヘッドライトが眩しかった事が原因なのかは分からないけど、私はこれまでの事を走馬灯の様に思い出した。 「ねえ、初めてのデート覚えてる?」 「ん?そんなのもう忘れた」 これだから私以外の人と付き合えないのだろうと思った。まだ海は青く見えるし話しても大丈夫だろう。 「無理してオシャレしてさ、高いくせにあんまり美味しくない小洒落たお店に行ったんだよ」 「確かそんなだった気がするな」 「そこで私緊張し過ぎてスープ溢しちゃったんだよ、そしたら君が慌てて自分の袖で拭くから私の方も焦っちゃてさ、それで」 彼がスピードを少し落としてくれた。 特に目的地など考えていない全くの無計画だと言うのに、こんな所に私は惚れたのかもしれない。 「それで?」 「ああごめん。それでお店出てから私が服洗うので脱いで下さいって。あの時が私変態発言したせいでこうなったのかもね」 「あったなそんな事。最終的にホテル誘ったの俺だったけどな」 「あの時どう思った?」 「可愛いって思ったよ」 「…ばか」 少しすると信号が見えて来た。彼にはそれが青に見えたのか彼がスピードをそのままにして止まらずにす走り抜けた。 外に見える景色は海から家々に変わった。開けていた窓もいつの間にか閉まっている。無意識に私が閉めたのかそれとも彼が閉めてくれたのか思い出せないでいた。 「じゃあ初めて映画を見た場所は?」 「映画館。と言いたい所だけど俺の家だな」 「アタリ。それは覚えてたんだね」 彼が私との想い出をどれだけ憶えているのかクイズ形式で質題していた。 手を繋いだ場所、キスの味、交換した大切な物、将来の夢、初めて作った手料理。 口にすればする程、喉の下の方から浮かび上がって来る。記憶って頭の中だけじゃないらしい。 「じゃあ次はーーー」 「なあ。俺からも1つだけ良いか?」 「確かに私だけ聞くのもズルいもんね。いいよ。何か問題出して」 彼は吸い殻に3本目のタバコをぐりぐりと押し付け火を消すと今度は煙では無く酸素をゆっくり吸って二酸化炭素をゆっくり吐いた。 「俺たちが終わる理由はなんでだと思う?」 いつか言われると思った。いや、自分から言わなければいけないと思っていた。 知ってる。ずっと前から頭の中心にあって離れなかった事。それを私は見て見ぬ振りをして来た。それもこれまでだ。 「タバコ。やめなよ」 「出来たら良いんだけどな」 「…ごめん」 「謝るな。お前が悪い訳じゃないだろ」 「…うん」 「もう見えないのか」 「んん、まだ大丈夫。でもさっきの信号、青だったんだね。私分からなくて進むんだーって思っちゃった」 「いや。さっきのは赤だ」 「え?ならなんで」 「さあな。お前となら一緒に死んでも良いと思ったのかも知れないな」 そうだったのか、彼は試したのだ。私の目がまだ生きている事を。見えていたら絶対に私はあの時の彼を止めた。絶対にだ。それも後は時間の問題だ。 「海、見えたか?」 「…うん」 「どうだった 「綺麗だった。すごく」 「…そっか」 無計画で走っていても戻る場所はある。 白いベットに寝ている私はもう手脚が自由に動かす事ができない。瞼が重い。呼吸器が無いと多分酸素を吸えないだろう。 苦しくても愛する人には笑顔で見送って欲しいのが患者の願いだ。 「ねえ。笑って?」 「…こんな状況で笑える方がおかしい」 「良いから、お願い」 仏頂面の男が作った最後の下手くそな絵顔。 いや、笑顔と言うよりも変顔に近い。 「変な顔」 「余計なお世話だ」 「…」 「…」 「なぁ、本当に俺で良かったのか?」 「貴方が良かったの」 「そうか」 もう目を開けている力がなくなってきた。 けれど彼の手だけは決して離したくない、彼を一人にして大丈夫なのだろうか、ご飯は自分で作れるだろうか、洗濯物は、珈琲豆の置き場所は。 「ありがとう、愛してる」 「俺も愛してる」ずっとずっと。 彼女がこの世から居なくなって一ヶ月が経った。人間と言うものは恐ろしいくらい適応能力に優れているらしい。慣れとは怖いものだ。 あんなにクイズ出してきたくせに肝心な約束は忘れてやがった。 「海、やっと一緒に見れたな」

3
0
濃い色の約束

君から貰った見えないプレゼント

窓から見える雪景色と私がいるこの部屋、どちらの方が真っ白いか比べながら暇つぶしをしていた。最近出た新作の小説は読み終えてしまったし、テレビには走ったりジャンプしたりする同い年ぐらいの子が映るからあまり好きじゃない。それでもあと少し我慢したらサンタさんに逢える。私はその為にどんなに辛いリハビリにも頑張って耐えた。 12月に生まれた子達だけが発症する病気、10歳から15歳くらい年代で発症し手足が冷たく白くなっていく。まるで雪の様に。少しは薬で進行を遅らせる事も出来る。けれどそれでも18歳辺りになると膝まで伸びて来るのだ。名をクリスマス症候群。 20歳を超える頃には全身が白く冷たくなりやがて死にいたしめる病気。けれど医学も進化していくのだ。それを止める治療法は既に発見されて、今では太もも辺りに届くか届かないかと言う辺りで止める事ができる。あとは手術を行い薬を処方し、リハビリを繰り返す。発症したとしても、人によっては早くて1年から1年半で治ると言う。 けれど私は17歳から発症してこの佐野病院に入院してからもう2年が経った。 そして明日、12月25日はクリスマスであり私の誕生日でもある。昔はプレゼントを2個貰っていたけれど、中学を卒業してから纏められてしまった。一昨年までは。 「私も等々19歳か。早いもんだね、高校生活も真面楽しめずに卒業しちゃったし。大学はちゃんと行きたいな」 「大丈夫だよ。先生も言ってたんでしょ?千夏ちゃんの足、あと2、3ヶ月もすれば普通に歩ける様になるって。それまで毎日私お見舞いくるよ」 「ありがとう春香。でも無理して来なくても良いんだよ?今日はクリスマスイブだし、悟くんとデートの予定くらいあるんでしょう?」 「あるにはあるけど。でも、千夏の事も心配だから」 「…悟くんと喧嘩した?」 「ぎくっ。何故それを…」 中学に入った時、ただ席が隣だったと言う理由だけでここまで続く友達というのも珍しいのかも知れない。母ですら毎日お見舞いは難しいのに春香は本当に毎日来てくれる。彼氏と仲良く何処にでも行けるのを羨ましく思い、その苛立ちをぶつけてしまった事は幾つがある。それでも諦めずに来てくれるのはやっぱり嬉しくて、私の心の支えにもなっている。 「早く仲直りしなよ?どっちが悪いのか分からないけど、折角のクリスマスイブなんだから。2人にはサンタさん来なくなっちゃうかもよ?」 「そうね。後で電話してみる。まぁ、私達にサンタが来なくても千夏には来てくれるものね〜ぷぷぷ」 「う、うるさい!」 また来るねと言い残して病室を逃げていった。別に期待している訳ではない。サンタさんは本当に実在しているのだ。私は去年、本物に出会ったのだから。 泣き虫だった私は母が変えの着替えなどを持って来てくれた夜、泣いてしまった。 もう高校の卒業式に参加出来ないと分かった悔しさ、私ばかり病気が長引いている不安、今頃お洒落な服で美味しいくて甘いデザートでも探し歩いている同い年の女の子達に向けた嫉妬。 心が壊れたのだ。 私は17歳の誕生日を迎えた喜びよりもその孤独に耐え切れなくなり1人白い部屋で泣いていた。 その時に大丈夫?と言いながら病気に入って来たのがサンタさんだった。物語に登場する様な、長くて立派な髭があり、小太りで赤色をメインとした服を着て、ソリに乗って大きな袋を持っている訳ではなかった。 普通の少年だ、特質した何かが有るとしたら顔が整っており背は高く少し痩せ形、声は低過ぎることの無い人を落ち着かせてくれる声音。肌は白く持っている物はモコモコの可愛らしい膝掛けだった。 「えっと。貴方は?」 「泣いている声が聞こえたから、寒いのかと思って、届けに来た。」 「ありがとうございます。それで、貴方は誰何ですか?」 佐野病院の院服を着ているから私と同じ患者なのだろう、症状は私とは逆で脚ではなく指先から白くなっている様に見える。 「サンタクロースかな」 僅かな沈黙の後、彼の口が動いた。 その日から深夜になると彼の方から私の病室に来てくれる様になった。自分は本が好きだとか、今は17歳だとか、症状が悪化しつつあるとか。特に用事が無い時はベッドの近くに置いてある丸椅子に座って外の月黙って見ている日もあった。 「千夏。何か欲しい物とかある?」 年が明けてから数日だった頃、絵ばかり描いていた私に無理矢理おすすめの本を紹介してくるから文字を読む事をして来なかった私が合計2冊も読み終えて3冊目に突入している。読むペースは遅いけれど人それぞれだと言い聞かせて内容を理解しながら読んでいるのだ。そんな読書に夢中だった私に鷹宮くんが丸椅子に座りながら質問してきた。 「欲しい物かー。いきなりそんな事聞かれても、思いつかないな」 「なんでもいいよ。例えば美味しいシュークリーム10個とか、文庫本10冊とか、最新のゲーム機とゲームソフト10個とか」 「そんなにあっても困るだけだよ。そーだなー。鷹宮君はあるの?何か欲しい物」 「俺?俺は無いな、かな。そんな考え持った事がないよ。貰う側よりも上げる側だからな」 やはりサンタさんは皆んなの願いを叶えるばかりで自分の願いを叶えてくれる人が居ないのかもしれない。 「じゃあ何か考えておいて。私がプレゼントしてあげる!もうクリスマス過ぎちゃったけど。でもこの前のクマさんの膝掛けのお礼はさせて欲しいな」 「…分かった。何か考えておく。…あのさ、いや。何でもない。今日はもう寝る事にするよ、また明日来る」 「ん?分かった。また明日ね。おやすみ」 「おやすみ。また明日」 そう言って彼は病室から出ていった。春香が帰った後、静かになるこの四角い部屋には慣れたはずなのに鷹宮君と出会ってしまってから無性にこの静けさが怖くなってしまう。また明日、彼に逢える。月の話はこの前したから今度は小説の話をしよう。また明日が楽しみになった。 「彼氏でも出来た?」 「…誰が?」 「此処には千夏と私しか居ないでしょ。しかも私には悟君がいます。そうなると」 「私!?出来るわけ無いでしょ、ずっと入院生活なんだよ?歩けるならまだしもここから出られないもん」 ふーんと疑う様な目を向けて来る。 「なによ」 「なんか最近私が来てもあんまり嬉しそうに見えないから、それになんか楽しそうに見える。これは何かいい事があったな?と思って聞いてみた。図星っぽいね」 「べ、別に彼氏とかじゃ無いし、ただの友達って言うか、話し相手よ」 「ほら!やっぱり何かあったらのね!隠してないで教えて教えて!私達の中じゃない?誰かに話したりしないからさ」 隠していた訳じゃない。話すタイミングが無かったし、話す必要も無いと思ったから。 そう言っても聞こえていないのか丸椅子から立ち上がりぐいぐい私の顔に近づいて来る。ファーストキスが春香なのは、嫌では無いけど出来る事なら避けたい。 「分かった分かったから。近いから少し離れて、じゃないと話しにくい」 その後春香にクリスマスの日に鷹宮君と出会ったことや深夜には看護師さんに見つからない様にこっそりと2人で暇つぶし程度に話しているなど、今までの出来事を簡略化して伝えた。キャーキャーと悲鳴の様な物をあげた。 その日の深夜、いつも通り鷹宮君が私の病室こ扉を叩いた。 看護師さんは3回叩くから鷹宮君は4回叩き私にしか分からない合図をする。 どうぞと入室の許可を出すとゆっくり、ガラガラと扉を横にスライドさせた。 「考えてきた。欲しい物」 「お。早速だね。良いよ聞かせて」 サンタさんがいつも上げる側なのはあまりにも可愛そうだ。 そう思い私でもプレゼント出来そうなものならばこっそりと用意して貰う側に移ってもらおうと考えたのだ。勿論アルバイトなど出来る身体では無いので金銭的な問題も有るのだけれど、動けないからこそ今年のお年玉には一切触れていない。ブランドバッグとかならギリ買えるかも知れない。買いに行くのは春香だけど。 「欲しい物じゃなくて観たい物なんだけど、それでもいい?」 観たい物?絵画か、あるいは映画だろうか。 「いいよ。聞くだけダダだからね。私でも協力出来そうなら頑張るよ」 「桜が見たいんだ、写真とか映像じゃなくて本物の桜」 桜が満開になるのは大体3月中旬から5月上旬だ。今は1月だから後数ヶ月待てば見れるのだけれど。 「桜、見た事ないの?」 こくりと頷く様子がまるで小学生の頃に怒られた近所の男の子を思い浮かばせる。 「俺、2月前にはここから居なくなるんだよ。 俺の病気今も悪化しつつあってさ、ここの小さい病院の設備じゃ無くてもっと大きい所の方が良いって。それまでにどうしても桜が見たいんだ」 いきなり言われたお別れまでのタイムリミット。まるで余命宣告されたみいな衝撃だった。 鷹宮君がクリスマス症候群を発色したのは12月の誕生日を迎えた13歳の頃。初めは指先が少し冷たいだけで冷え性程度にしか思っていなかったけれど、それが徐々に変化していき14歳には左手の指先が白くなってしまった。 鉛筆や箸は右手を使うからそこまで生活に支障は無く薬で様子を見ていたけれど僅か数ヶ月で左肘まで白くなってしまった。 その後病院に行き手術をし、入院となった。 鷹宮君が桜を見れなかった原因は2つある。1つはこの街に桜の樹が一本もないと言う事、もう1つは家族旅行やこの街特有の中学卒業後にある卒業旅行に行けなかった事。今の子達はその行事に参加する事で本物の桜を見ることが出来るのだ。けれど鷹宮君は中学を卒業する前に入院した事になる、そうなると卒業旅行に参加出来ないのだ。 「で、でも、別の病院に行った先で咲いてる所観れるかも知れないよ。ほら。大っきい病院ってなるとこの街にはもうないしさ」 けれど首を左右に1往復するだけだった。 「パンフレット貰ったんだけどさ、そこの病院、患者に与えるストレスをなるべく減らす為に偽物の草花しか無いんだってさ、しかもそこに行っても恐らく治るまで半年から1年は掛かる、その頃にはもう桜は散ってるんだよ」 そうなると鷹宮君は来年、もしくは再来年まで桜を見る事が出来ないという事か。 私はサンタさんから欲しい物はもう貰った。 今度は私の番だ。 「分かった。私に任せて」 次の日の朝に私は春香電話をした。 休日に彼氏とデート中だとは知らずに連絡してしまい申し訳ないな、と半分思いもう半分はしめしめとも思った。 「なるほどね。でもまだ一月だからね、桜は難しいんじゃ無い?」 「それはそうなんだけど、でも何とかしてあげたくて。何か良いアイディアない?」 「写真は嫌なんでしょ?動画も不満なんだもんね…それなら絵とかどう?千夏、絵描くの上手だったしさ。良いじゃん」 彼女からしたらその場をやり過ごす為に出た答えだったのかも知れないけど。それでも私からしたら絶対に浮かばない答えだった。 「あ、うんもう少し待ってて。ごめん、そろそろ切らない。また何かあったら連絡して、あ。今日もお見舞い行くから待っててね!じゃまた」 畳み掛ける様に話た後、電話を切られた。 それでも画面は閉じずに次の人に連絡をした。 数時間後、母が新しいいノートブックと色鉛筆を持って来てくれた。 その日から猛特訓が始まった。描いては消し、リハビリをして鷹宮君とお話をする。 流石に体力にも限界が来た日は深夜まで起きていられず、鷹宮君と話す事が出来ない日もあった。それもこの時に間に合わせる為に。 明日は1月27日、鷹宮君がこの病院からいなくなる日だ。 「明日、だね」 「そうだな」 会話が上手く繋がらない。 「その、ありがとうね。私楽しかった。1ヶ月ちょっとだけど凄く楽しかった」 「俺も楽しかったよありがとう」 「…」 「…連絡する」 「え?」 「病気治ったら連絡する。いつまで千夏がここの病院に居るのか分からないけど、でも必ず連絡する。俺携帯持ってないから電話とか出来ないけど、それでもどうにかする。だからまた会いたい」 「うん。…うん。私も、会いたい」 泣かないと決めてたのに、やっぱりダメだった。私が泣き虫なのは変わらないままだ。 いつだってお別れは悲しいくなるし辛くもなる。どれだけ歳を重ねてもその事だけは決して変わる事は無いのだろう。 「それじゃ、元気でな」 その日、私はまた病室で静かに泣いた。 ただ寒かったから看護師に毛布か何か欲しいとお願いしに行く所だった。ナースコールを押しても誰も来てくれないし、自分から行った方が早いと思ったから。 エレベーターに向かう途中で泣き声が聞こえて来た。女の子が鼻を啜り夜中だからなのかなるべく声量を落としているのだと分かった。 俺は急いで自分の病室に戻りさっきまで使っていた毛布を持って泣き声のする部屋を目指した。泣いている彼女も寒いだと思ったから、身体も心も。 彼女と話すのは楽しかった。友達の話ばかりされた時は少しムッとしてしまったけれど。 それでも彼女の話は僕が経験した事のない物ばかりで小説が飽きてしまうくらい面白かった。 症状は俺と同じかそれより少し軽いくらいだと見て分かった。それどころか俺と話し始めてから彼女の症状が少しづつ治って来ていることにも気がついた。良かった、心が暖かくなっている証拠だ。それは俺も同じだった。 それから1週間後、ベルが死んだのだと父から話された。トイプードルのベル、もういい歳だとは知っていたけれどまさか自分がいない所で死ぬなんて思いもしなかった。そして俺の病状はまた悪化し始めた。 温もりが欲しい、寂しさに勝てる強さが欲しい、桜が見たい。ベルが生まれた場所は桜の木の下だとペットショップ店員から教えてもらった。その話を聞いて俺はこの子がいいと父にお願いをしたのだ。 彼女は何が欲しいのだろうか。クリスマスは過ぎてしまったけど、折角なので聞いてしまった、それなのに話したのは俺の方だったと病室のベットに潜り目を瞑っている時に気がついた。黙って置かなければならない事まで。 最後の日。伝えたい言葉は山ほどあったのに、医者と看護師以外とは全く話さなかった俺は口下手に生まれ変わっていたらしく、思った様に口が動かなかった。 それでも本当に言いたかった事は言えた気がする。 俺はベットに潜り目をつぶって明日を待った。 朝の10時に父が迎えに来てくれた。医者からよく分からない話をされ、書類を渡された。 「お世話になりました、また何かございましたらご連絡させていただきます」 「いえいえこちらこそ。長い間入院して頂いたのに、治すことができず申し訳ございません」 「そんな、頭を上げて下さい。先生が悪いわけじゃ」 「父さん、もう行こうよ」 「あ、ああ、そうだな。それでは先生、ありがとうございました」 「こちらこそありがとうございました。お大事になさってください。蓮君も元気でね」 「うん。ありがとう」 診察室を出て父の左隣を歩く。 千夏とは昨日の夜が最後になった。 連絡は取ると言ったけれどどうすればいいか、携帯でも買ってもらえるように頼んでみるべきだった。 自動ドアを潜り病院を出て数歩歩いた時だった。 「…さくらだ」 え?と父は上を見上げる。桜の木などあるはずがない、あったとしても1月に咲く訳がない。見間違いだとも思ったけれど次から次へと桜の花弁が降りてくる。 「たかみやくーーん!」 千夏の声が聞こえて振り返る、それでも後ろにはい無いどこに居るのか探して辺りを見ているとここだよとさっきよりも大きな声で叫んだ。 「ここ、ここー!」 手を大きく振りながら誰かに抱っこされている千夏が病院の屋上にいた。それから俺が上を見上げたのが見えたのか千夏が手から紙吹雪の様な物を思いっきり投げた。 パラパラと桜の花弁がゆっくりと降ってくる。 「…ふっ。花咲か爺さんよ」 1枚拾って見ると紙にピンク色で塗られた作り物だ、本物じゃ無い。 それを何回も何回も繰り返して屋上からばら撒いている。 「私の方がすぐに治すからー!そうしたら絶対に会いに行くー!だからまたねーー!」 俺は何も言わずに手だけ振りかえした。 その左手が少し暖かくなった気がしたのは気のせいじゃ無い。 お昼を食べ終えると少し眠くなってお昼寝をした。久しぶりに夢を見た、鷹宮君も離れ離れになったあの日の夢を。紙吹雪を撒いた後は看護師にこっ酷く怒られた、連れ添いの春香も一緒に。 その日の夜私はまた泣いた。さよならじゃなくてまたねと言ったのに、永遠に会えなくなる気がしたから。 起きると窓の外は真っ暗になっていた。冬の空は暗くなるのが早い。 起きあがろうとした時、頬を蔦っていた涙とと覚えの無い毛布があった。あの夢で泣いていたんだ。 それでもこの毛布は私のじゃ無い。看護師が置いてくれたのだろうか。 その時、扉を叩く音が4回聞こえた。 どうぞと入室の許可をだす。 「泣いている声が隣町の病室まで聞こえたから、寒いのかと思って届けに来た。」

2
0
君から貰った見えないプレゼント