こころ虎

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こころ虎

珍友

 私は生まれつき、頭に小さなツノが生えていた。  3センチほどしかない、丸っこくて小さなツノ。  そのせいで、私は昔からいじめられることが多かった。  「お前、なんか変だな。」  「なんかキモチワルイね。」  みんなそう言って、私を馬鹿にした。  どうして私だけみんなと違うんだろう。  そう思いながら夜、何度も1人で泣いた。  そんなある日のことだった。  私たちのクラスに、1人の転校生が来た。  教室に入ってきたその子を見て、みんなぎょっとした。    その子にはツノがなく、代わりに長々とした黒い毛がびっしりと生えていたからだ。  クラス中が、ヒソヒソと話し始める。  「何であの子はツノが生えてないの?」  その日を境に、私はいじめられることは無くなった。  代わりに、その子が標的になった。  彼女に近寄ろうとする人は1人もいなかった。  でも、私は彼女の友達になってあげることにした。  彼女が陰口を言われれば、慰めてあげた。  彼女は私よりも勉強が苦手だったから、教えてあげた。  帰り道も、ずっと着いて行ってあげた。  でもあの子は、こう言った。  「もうやめて」  なんで。どうして友達になってあげた私がそんなこと言われなくちゃいけないの。      ・・・ツノも生えてないような子に。      次の日。私は彼女の靴箱に泥をぎっしり詰めてやった。  彼女は、靴箱の前でぐずぐずと泣いていた。     私はものすごく気分がよかった。  

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珍友

何故か怒られた

 最近の私には、ひとつ悩みがある。  旦那が、ゲームにハマっているのである。BペックスだかCペックスだか知らないが、現実ならゴキブリの一匹もびびって殺せないような人が、ゲームの中ではしゃぎながら人を殺しているというのだからおかしな話だ。もっとも、ゲームをすること自体は別に悪いことじゃない。ただ、彼の場合はそれが長すぎるのである。仕事から帰って来るなりゲームを始め、そのまま夜中までやっていることもある。朝は早くに出ていっちゃうし・・・。要するに、寂しいというか虚しいというか・・・有り体に言えば、もっと構ってほしいのである。結婚してはや三年、そろそろ子供も欲しいところではあるし・・・。  とはいえ、ゲームが原因でそういう夫婦の会話も出来ないのである。かと言って、ゲームをしている時の楽しそうな彼の様子を見ていると、無闇に取り上げてしまうのもかわいそうだ。私は途方に暮れていた。  そんなある日、私は閃いた。  旦那と同じゲームをやってみるのはどうだろう。そうしたら、彼と共通の話題で盛り上がれるかも知れないし、やめて欲しい時に自然に終わらせることも出来るかもしれない。我ながら見事な思いつきだ。そんなことを考えながら、私は作戦を開始した。  次の日。旦那が仕事に行ったあと、家事をひと通り済ませ、私は彼のDペックス(?)を起動した。英語で書かれたよく分からない画面がいくつか切り替わり、タイトル画面が表示される。これも同じくよく分からないので、適当に「決定」を連打していると、画面が暗転し、ゲームが始まった。  そこは草原のようなステージだった。さて、まず何をすればいいのか。とりあえず、ステージの中を探検してみよう。そう思い、コントローラーを操作する。自分でやってみて初めて、ステージがとんでもなく広いことに気がついた。どこまで続くんだろう。気になった私は、ステージの端っこを目指す。風が吹いているのか、草がゆらゆらと揺れている。綺麗だなーなんて思っていた。しかし突然画面が赤くなり、「死亡」と表示された。「あれ?なんで死んだの?」訳が分からなくなる。そのままボタンを連打すると、また新たなゲームが始まった。  今度は街の中だった。細かいところまで作り込まれていることに驚く。デパートの中に入り、中を見回していると、人がいることに気づいた。店員さんかな、と思った瞬間、銃を取り出しこちらに撃ってくる。慌てて逃げようとしたが、また死んでしまった。なんて事をするんだ。何もしてない人を殺すなんて、と私は憤った。というか今のところ、何をすればいいのかまったく分かっていない。  次のステージはどうやら港のようだった。誰かについて行くことにしよう。そう思いしばらく進んでいると、可愛らしいクマのお面を被った人がいた。私はその人の後ろについていった。その愛くるしい姿からは想像できないほどクマさんは機敏に動き、次々と敵を倒していった。私もそれに倣い、たどたどしい動きで銃を撃っていった。しかし、一発も当てることができず、もどかしい気持ちになる。それでも、クマさんはgoodのスタンプを押して、私を励ましているようだった。しかしその時、あることに気づく。味方チームの表示が、残り一人になっていたのだ。クマさんもほぼ同時に気付いたようだった。くるりと反転し、こちらに向かって銃を撃ち、ゲーム終了となった。「敵だったんかい!」思わずツッコミを入れる。とはいえ、動き方はなんとなく分かった気がする。旦那が帰って来るまで練習して、驚かせてやる!そう意気込んで、もう一度ボタンを押す。左上にあるトロフィーのようなものが、少しずつ減っているように見えたが、すぐにゲームが始まったので、気に留めることはなかった。  2時間後、旦那が帰って来た。私は得意げに、練習の成果を披露するため、彼をリビングに呼んだ・・・  

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何故か怒られた

人を殺しました。

 これは現実の出来事なんだろうか。目の前で微動だにせず横たわるクラスメイト、三村のからだを見てそう思った。こんなに呆気なく、人って死んでしまうものなんだろうか。まるで夢でも見ているかのように、頭がぼうっとしていた。  目を瞑る。再び目を開ければ、いつもの日常、自分の部屋の天井にきっとなっていると信じて。  目を開ける。そこには月に照らされた川面と、人通りの無い鉄橋、虫の鳴く草むら・・・そして横たわる死体。  それが現実だと認識した瞬間、俺の頭に浮かんだのは、「やばい。バレたら捕まる」だった。途端に全身から冷や汗が吹き出す。顔が火照っているのに、頭から血の気が引いていく。心臓が痛いほど鳴り響く。震える手で、死体を橋の下の物陰に隠し、血がべったりとついた鉄パイプを握りしめ、全力疾走でその場から逃げた。「捕まる、捕まる。」頭の中はそれでいっぱいだった。走って逃げる途中、若いカップルに不審な目で見られていた気がしたが、そんなこと気にしてはいられなかった。 家までの道の途中にある森の中に鉄パイプを捨て、必死で家に帰った。    「お帰り。遅かったね。」家に入ると、母の声が聞こえた。俺はへたへたと椅子に座り込んだ。シチューのいい匂いがする。「そんなに疲れるまで何してたのよ。汗びっしょりだし・・・お風呂入って着替えな。」そう言われ、俺は自分の服を見た。外の暗闇では気づかなかったが、血が点々と付いていた。俺は母に気づかれないようにそっと椅子を立ち、洗面台でその血を洗い流した。  夕食を済ませても、心臓は鳴り止まなかった。頭も痛い。居間でテレビを見る家族を尻目に、俺は部屋に戻ろうとした。  プルルルル・・・突然鳴った電話の音に、心臓が止まりそうになる。まさかバレたのか。いや早過ぎる。それにどうやってバレるんだ・・・お願いします、どうかバレていませんように・・・!母が電話に出る。受話器を取る母の顔が曇る。「はい、はい・・・」少しして、母が電話を置いた。「なんの電話だった?」俺が聞くと、母は「化粧品のモニターだって。前も断ったんだけど、また掛かってきたのよ。」と、不機嫌そうに言った。全身の力が抜け、束の間安堵した。しかし、いずれにせよ三村がいなくなったことはすぐに分かる。そうなった時に、しらを切り通せるかどうかだ。俺はそう思った。  その後は何事もなく、俺は部屋に戻り、ネットを見ていた。「人 殺した 罪」「殺人 バレる 確率」など、虱潰しに調べまくった。しかし、いくら調べても、というか調べれば調べるほど、不安は募るばかりだった。そんな中、とあるサイトの一文に凍りついた。 「死刑もしくは5年以下の懲役」。頭では分かっていた。しかし、いざ字にしてみると、禍々しい雰囲気を放っていた。「死刑」。シケイ、しけい。よくニュースなどで耳にする言葉だったが、自分がなる可能性があるとなると、その重みは桁違いだった。体の奥底から沸いてくるような震えに襲われる。寒い。まだ9月半ばにも関わらず、暖房を入れる。しかし震えは止まらない。恐怖に耐えかね、布団にくるまり、動けなかった。  気がつくと、辺りは明るくなっていた。俺がその日知ったのは、「夜は永遠ではない」ということだ。もちろん、当たり前のことなのだが、それを実感したのは産まれて初めてだった。  いつも通り朝食を食べ、支度をし、高校に行った。おそるおそる教室に入る。見たところ、別段変わった事もなく、俺に対する反応も同じだった。ただ一つ違うのは、クラスの話題が三村が行方不明になったことで持ちきりだったことだ。昨日の夜、息子が帰らないのを心配した三村の母親が、ママ友のグループで誰か行方を知っている人がいないか聞いたのだ。その為、クラスでこの話が広まり、皆口々に心配や驚きの声をあげていた。しばらくして担任が教室に入ってきた。担任はいつも通りに連絡を済ませたのち、「昨日の放課後、三村と会っていたものはいるか?」と尋ねた。俺は目を背けていた。  昼休みになり、俺が弁当を広げていると、後ろの席から、「え?これ三村のことじゃね?!」と大声が聞こえた。クラス中の視線がそちらに向く。俺は後ろの方の席だったので、みんながこっちを向いているような気がして嫌だった。後ろの席に人だかりができる。俺も後ろを向く。そいつはスマホでネットニュースを見ていた。記事には、「速報 〇〇県〇〇の河川敷で、遺体見つかる」とあった。断片的にしか載っていない記事だったが、それが三村であるということを窺い知るには十分だった。たちまち大騒ぎになる。どうしてそうなったのか。自殺か、事故か、あるいは事件か。担任が教室に入ってきて、「お前ら静かにしろ!」と騒ぎを収める。どこかで啜り泣く声が聞こえた。声のする方を見ると、三村の彼女がいて、他の女子がそれを慰めていた。・・・大変なことをしたということは分かっていた。しかし、本当に悪いことをしてしまったんだと感じたのはこれが初めてだった。  直後、放送で職員の緊急集合が伝えられ、職員会議が開かれた。クラスには、独特の雰囲気が漂っていた。やがて担任が戻って来て、午後の授業が無くなることが伝えられた。そして、「あまり他人には言わないで欲しいんだが、事件性もあるらしい。何人かで集団になって下校すること。不安のある者は、携帯で親に連絡を取っても構わない。くれぐれも、寄り道したり、現場に行ったりしないように。」と加えた。  家の近くで友人と別れ、俺は自転車のハンドルを家と反対方向に切った。「犯人は現場に戻る」ってのは本当らしい。見ずにはいられなかった。俺は河川敷に向かった。テレビ局の車が何台も止まっていて、局員らしき人たちが煙草を吸っていた。道の先に、インタビューを行うレポーターらしき人がいる。インタビューなんてされちゃたまらない。俺は慌ててそこから離れた。  俺は堤防の上から少し離れて現場を眺めることにした。現場には黄色いテープが貼られ、死体を隠した場所はブルーシートで囲われていた。しばらくそうして見ていたが、後ろから来た警官がすぐ横を通り、俺は飛び上がりそうになった。ここにいてはいけない。すぐさま自転車に飛び乗り、そそくさと家に帰った。  居間に入るとすぐに、テレビのスイッチを入れた。ニュース番組を片っ端からハシゴする。あった。画面に、さっきまでいた場所が映し出されているのが不思議な感じだった。どうやら、死亡時刻や他殺であることは大方分かっているが、凶器と犯人はまだ見つからないとのことだった。まあ犯人が見つかってないのは知ってるけど。画面が切り替わり、違うニュースが流れ始めた。その時、その番組が全国放送であることに気づいた。俺は改めて、自分がしたことの重大さに気付かされ、胸が押しつぶされそうになった。  家族が帰って来るまで、おれは努めて普段通り過ごそうと考えた。いつも通り動画サイトを見て、いつも通りゲームして、いつも通り漫画を読んで・・・高3だってのに、俺はなんで自堕落な生活を送って来たんだと自分に呆れながら、それに没頭していると、少しだけ現実から目を背けることができた。  ピンポーン。チャイムの音が、俺を一気に現実に引き戻す。ベットから飛び起き、窓から玄関を見る・・・警官だ。一瞬、逃げようかと考えたが、すぐに思い直す。  警官が一人しかいないのだ。もし俺に疑いがかかっているなら、一人で来るはずが無い。恐らく、近隣住民への聞き込みだろう。俺は居留守を使った。今、家の車庫に車はないため、人がいるかの判断はできないと考えたからだ。案の定、警官はすぐに別の家に向かった。俺は胸を撫で下ろした。    数日もすると、少しずつ、ひょっとして、このままバレずに過ごしていけるんじゃないかと思い始めていた。その日、殺人の検挙率は約95%だと書いている記事をネットでみていた。つまり、裏を返せば5%はバレてないんじゃないか。このまま何事もなく過ぎていけば、もしかしたら・・・。  そんなふうに考えていた時、こんな記述が目に入った。「逃亡した場合罪が重くなりやすく、自首すれば罪は軽くなりやすい。」  自首。自首したら、俺はどうなるのだろう。無罪なんてことはあり得ない。そりゃ死刑や、何十年も刑務所に入れられることはないだろう。しかし、今までの生活は出来なくなる。家族はここにいられないだろうし、友達にもどう思われるか。また、記事によると、少年法があっても、基本的には成人と同じように裁判が行われ、18歳であれば最高刑が死刑になり、実名での報道もされる。  怖い。  捕まるのも怖いが、二度と今の生活は出来なくなるのが怖い。日本中に知られるのは嫌だ。家族を犯罪者の家族として惨めな生活を送らせるのも嫌だ。牢屋に入るのはいやだ・・・涙がこぼれ落ちる。なんであんなことしたんだと、あんなことしなけりゃよかったと、何度も何度も自分を責めた。  その日に、三村の葬式が行われることになった。式場には、クラスメイトたちが集まっていた。「来てくれてありがとう。受験で忙しいのにごめんね。」三村の母親が皆にそう言った。泣かないよう、唇をキュッと噛んでいた。その頑張りもむなしく、棺の前に行くと三村の母親は崩れ落ちて泣いた。俺は焼香の時、三村の顔を見ることが出来なかった。  その翌日だった。  その日は珍しく早く起きて、俺は二階の自分の部屋で、久しぶりに勉強していた。昨日のことで、あいつの分まで生きなきゃならない、と感じたからだ。しかし、なかなか集中出来ない。椅子に寄りかかって、伸びをしたそのとき  ピンポーン  俺は椅子から転げ落ちた。しかし、心臓が早鐘を打っているのはそのせいではない。俺は窓から外を見る。玄関に五、六人、体格の良いコート姿の男たちがいた。そのとき、俺は全てを悟った。母が扉を開ける音がする。窓から逃げるか・・・無理だ。逃げ切れる訳がない。その時、下から自分を呼ぶ母の声がした。その声は、不安と恐怖で震えていた。  玄関に行くと、先頭の中年の男が警察手帳と一枚の紙を見せながら言った。「〇〇君だね、ちょっと時間あるかな?」いいえ、と言える空気ではなかった。「じゃあ早速だけど、これに見覚えはあるかな?」刑事が手にしていたのは、あの鉄パイプだった。頭が真っ白になる。全身の感覚がぼやけ、自分が自分じゃないように感じる。口が乾く。何も考えられない。「はい。」ほとんど無意識に、そう答えた。嘘をつくなんて不可能だった。母が驚いてこちらを見る。「そう。指紋は綺麗に拭き取られてたんだけど、防犯カメラにこれを持って走る君が映ってたんだよね。」遠くから聞こえるような声に、「そうだったんですか。」と小さく返事をした。「それじゃ、行こうか。」母が困惑して叫ぶ。「あなた本当にやったの!?」俺はこくりと頷く。刑事が部下らしき人に言う。「9月〇日6時34分、殺人容疑で逮捕します。」刑事が黒い手錠を取り出した。嵌められながら、手錠って銀色じゃないんだ。なんてことを考えていた。手錠は思ったより軽かったが、締め付けがきつくてちょっと痛かった。もう逃げることはできなくなり、絶望感が押し寄せて来る。しかし同時に、そのことに安堵している自分がいた。刑事たちに促され、パトカーに乗り込む。扉を閉める瞬間、家の前で泣き叫ぶ母と、呆然とする父、困惑する弟の姿が見えた。  順番が合ってるかは分からないし、多少端折ってるけど、大体こんな感じだった。逮捕されるまではね。そこからは俺は何も考えず、周りが勝手に動いてるような感じだった。その後留置所に送られて、取り調べがあって、裁判があって・・・裁判の内容は覚えて無いけど、俺は5年半刑務所にいた。意外と短いって思うかもしれないけど、俺にはものすごく長く感じられた。俺が三村を殺した理由?本当に、内容も思い出せないくらい些細な口喧嘩さ。俺がカッとなって近くにあったパイプで殴ったんだ。・・・後悔しない日なんてない。今でも悔やみきれないよ。これが、俺の懺悔だ。君は、俺みたいになるなよ。   そう言って先輩は、また仕事に戻って行った。

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人を殺しました。

ハンバーガー部隊

戦局は終盤に差し掛かっていた。始めは50以上あった部隊が、負けて消え去るか、勝って戦線から離脱するかで、戦闘が続いているのは残り8つ。生き残りのための枠を勝ち取るのはそのうちの3つだけ。本来なら死に物狂いでその枠を狙わなければならない場面だが、ハンバーガー部隊には既に諦めムードが漂っていた。というのも、その他の部隊には、ほぼ勝利を手中に収めているフィッシュフライ隊をはじめとして、スパイシーチキン隊、ベーコンレタス隊、ソーセージエッグ隊など、昔から主力として活躍してきたものが多く残っていた。はっきり言って、機動力(値段の安さ)以外に取り柄のないハンバーガー隊には、その力の差をひっくり返すなどまず有り得なかった。案の定、フィッシュフライ隊の勝利がたった今確定し、戦線を離れた。これにより、7つの隊が2つの枠をかけて争う事になる。  「もうダメだ・・・」ポツリとオニオンが呟いた。「他はみんな俺たちの上位互換じゃないか。どう足掻いたって勝てっこないさ」「、、、確かに、そうかも知れない。」普段は明るいマスタードも、今回ばかりは参っていた。ケチャップもそれに続く。「もう、時代が変わったって事なのかしらね。」パティは黙ってこのやり取りを見ていた。みな長年苦楽を共にしてきた仲間たちである。それが、今日で終わりを迎えようとしている。だが実際、これは覚悟していた事だった。年々様々なメニューが増える中で、古参であるハンバーガー隊は不利な戦いを強いられてきていた。そして、とうとうここまで追い詰められてしまったのである。バンズが言った。「みんな、今までありがとう。このメンバーだったから、ここまでやってこれた。」マスタードが目に涙を浮かべる。それに、皆がもらい泣きしそうになる。その時だった。「みんな、本当にこれで終わりでいいのか?」今まで黙っていたピクルスが口を開いた。パティは驚いた。いつものピクルスは辛口で、言ってしまえば好き嫌いの別れるようなタイプだった。だからこそ、そんな台詞を言うとは全く思っていなかったからだ。ピクルスは続ける。「あの店が始まったときから、俺たちはずっと一緒に頑張ってきたじゃなんじゃないか・・・初めて俺たちを食べてくれた人のことを覚えてるか?」パティは記憶を呼び起こした。「あぁ、覚えてるよ。4人組の家族だったな。」ケチャップも懐かしそうに言う「確か、子供が食べるときに私を押し出しちゃったのよね。あと少しで落ちるってときに、オニオンが私を食い止めてくれたわよね。」「そういえばあったなぁ、そんなこと。もうずっと昔のことに思えるよ。幸せそうだったな、あの家族。」そう言うとオニオンは、少し笑って空を見上げた。あの時と同じ、穏やかな晴天だった。しかし、スッと真剣な表情に変わって、オニオンが言う。「でもな、ピクルス。もう時代は変わったんだ。ビジュアルが良かったり、具が沢山いたり。そういうこれ、といった長所が無いと、生き残れない時代なんだ。分かるだろ。」確かに、オニオンの言う通りだ。新しいものが出てくるにつれ、古くカビの生えたものから消えていく・・・これが世の常だ。変えられぬ運命だ。 「おかしいじゃないか、そんなの。どうして古いものは消えなくちゃいけないんだ?古くても立派なものはあるし、むしろ古いものにしか出せない力もある。」「えっ?どういうこと?」ピクルスの言葉に、マスタードが問いかける。「それは、昔からずっと変わらない・・・という安心感だ。昔を思い出して懐かしませる力だ。食べてくれる人の心をあたたかくする、そんな力だ。それだけは、他の誰にも、絶対に負けちゃいない。」バンズが力強く頷く。ピクルスが続ける。「俺たちを待ってる人がいるんだ。必要としてくれる人がいるんだ。そういう人がいる限り、戦わなきゃいけない。諦めちゃいけない・・・俺たちの賞味期限が、切れぬ限り。」  パティはふぅと息を吐き、ピクルスの言葉を胸に染み込ませた。マスタードはまた涙を流している。「みんなに聞きたい。まだ戦う意思があるのかどうかを。」ピクルスは皆に問うた。「分かった。戦おう。」バンズが言った。「私も戦うわ。」「僕も。このまま終わりたくない。」ケチャップとマスタードも、それに続く。「もちろん、私もだ。」少し笑って、パティはそう言った。「お前はどうする?」ピクルスがオニオンに問う。オニオンはニヤリと笑って、こう呟いた。「作戦は?」      とあるバーガーショップが、メニューを一新しての営業を開始した。メニュー表の端には、何故これが選ばれたのか理解できない、照り焼きチョコレートバーガーなるものがあった。そして、そのとなり。「ハンバーガー」。長年変わらないその商品は、決して多くの人に頼まれる人気商品ではない。それでも、必要とする人の心に少しずつ、だが確実に、安心感と懐かしさ、あたたかさを提供し続けていく。 私は、シンプルなハンバーガーが一番好きです。おいしいし、サイズも丁度いいし。何よりこぼれにくい。

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ハンバーガー部隊

 これは、俺の身に起きた不思議な出来事だ。自分で言うのもなんだが、俺は学年でもかなり上位の美男子だ・・・美男子って言い方はやめよう。かなり顔立ちが整っている方だ。周りからも、「イケメンだね」とか、「モテるでしょ」とか、結構言われる。彼女もいたことある。2人。まぁ、性格が合わなかったりしたからあんまり長続きしなかったけど。でも友達も結構いるし、それなりに充実した毎日を送ってはいた。  そんなある日のこと。いつも通り放課後友達と喋ってから、帰路に着いた。家に帰り着いたのは、確か午後6時過ぎぐらいだった。家に入ると、「お帰り。ご飯作ってるから先にお風呂入りなー」と母さんに言われ、俺は脱衣所に向かった。その日は風呂場の電球が切れていて、風呂場の中は薄暗い状態だった。  服を脱いで、風呂場で髪を洗っていたときだ。シャンプーを洗い流してからシャワーを止め、ふと目の前にある鏡を見ると  そこには知らない男の顔が映っていた。  いや違う。これは俺の顔だ。すぐにそう思い直す。しかし、どういうわけか鏡の中の自分の顔に違和感を感じた。なんというか、いつもの自分じゃないと言うか・・・普通の顔なのだ。本来そこにあるはずの顔より、鼻筋も通っておらず、目もぱっちりしていない・・・いわゆる、どこにでもいるような顔だった。そしてその顔が、暗闇の中からじっとこちらを覗いている。俺は怖くなって、すぐに風呂場からあがり、ご飯も食べずにそのまま布団に入った。なかなか眠れなかった。  それが一昨日のことだ。  次の日、学校で友達に「俺の顔何か変じゃないか?」と聞いて回ったが、「別に普通じゃね?」「いつもと同じだよ」と、素っ気ない返事だった。俺の顔がいつも通りなら、鏡の方がおかしいことになる。あの鏡に映ったのは一体なんだったんだろう。  そして今俺は、自分の部屋にいる。それ以降、俺は怖くて鏡を見ることができていない。しかし今、冷静になって考えると、暗くなっていた風呂場で鏡を見たために、影の影響であんな風に見えたんじゃないか、あるいは何かの思い違いじゃないか。そう思えてくる。今からもう一度鏡を見に行こうか。かなり迷ったが、いつまでも見ないでいる訳にもいかない。俺は洗面台に付いた鏡に向かった。  洗面台は一階にある。階段を降り、目を瞑って鏡の前に立つ。動悸が速くなる。一つ息を吐き、呼吸を落ち着ける。俺は意を決して目を開き、鏡を見た。  そこにはあの時の顔が映っていた。  俺は思わず鏡を殴りつけた。バキッという大きな音とともに、気味が悪い俺の顔にひびが入り、さらに歪なカタチになる。拳の先から血がぼたぼたと流れ落ちる。音を聞きつけた母さんがリビングから飛んでくる。どうしてこんなことをしたのか、と問いただされた。俺は、なんか鏡が変だったから、と自分でも意味のわからない答えを返し、そのまま部屋に戻り、布団にうずまった。本当にあれはなんなんだ?俺は考え込んだ。呪いか何かだろうか?それなら、神社とか行ってお祓いして貰った方がいいのか?そもそも、呪われるようなことを俺はしたのか?俺は夜になっても考え続けた。しかし、どれだけ考えてもなぜこんなことが起こるのか分からなかった。  気がつくと、朝になっていた。手に付いた傷が、あれが夢ではないことを証明している。陰鬱な気分で学校に行くと、靴箱には、俺がちょっと気になってる子がいた。くりくりとした目に、丁寧に手入れしているのがよく分かる、つやつやとした髪。正直かなりタイプだった。その子が言った。「あれ?なんか顔色悪くない?具合悪いの?」俺は愕然とした。頭を内側からガンガン叩かれたような感覚に陥る。ショックのあまり何も答えられず、一人で教室に駆け込んだ。鞄を置くと、机に突っ伏して泣いた。なんでこんな事になったんだ。なんで俺の顔が・・・そんな考えが、頭の中で輪唱し、わんわんわんと共鳴していた。俺は一限の途中で「気分が悪い」と保健室に行った。実際めまいもあり、すんなり先生に帰る許可をもらえた。  自転車で家まで帰り、真っ先に最初の浴室の鏡の前に立った。果たして昨日と同じ顔がそこに映っている。酷い顔だ。鼻は横に大きく、目はこぢんまりとしている。肌も荒れ、目の下にはクマもあった。おまけに首もとも太くなっている。なんとかしなきゃいけない。もとに戻さなきゃ。でないと、学校にも行けない。あの子にも嫌われてしまう。俺はまぶたを指で引っ張り上げたり、鼻をつまんで鼻を伸ばしたりして、なんとか元の顔に戻そうとした。しかし、いつまで経っても元には戻らない。イライラが募る。クリップでとめてみる。戻らない。針で刺してとめてみる。痛い。戻らない。祖父のカミソリを手に取り、右目のまぶたに刃を入れる・・・    痛い痛い痛い痛い痛い。ぷらんと繋がったまぶたの左端を切り取り、台の上に置いた。血が目の中に流れ込み、視界が赤黒くなる。鏡に目を向ける。中には片方だけ丸く見開かれた真っ赤な目の男がいた。前よりもっと醜かった。戻さないと、戻さないと、戻さないと!!!その一心で、取ったまぶたを付け直そうとするが、うまくいかない・・・もう両方切るしかない。左目に刃を当てる。痛い。痛い痛い、痛い、痛い・・・両目のまぶたを切り取った。しかし顔は戻らない。戻さないと、戻さないと。鼻の横に刃を当てる。痛い痛い痛い。まぶたよりは痛くない。でも顔は戻らない。戻さないと、戻さないと!次に太くなった首もとに刃を当てる・・・      テレビでニュースが流れている。ある少年が、自宅でカミソリを使って自殺したそうだ。レポーターが少年の同級生に話を聞いている。「・・・それで、顔を執拗に傷付けての自殺という事ですが、顔について・・・例えば何かコンプレックスを持っていたという話を聞いたりはしませんでしたか?」「いえ、そんな話は聞いてませんね。あ、でも自殺する数日前から日に日に顔色が悪くなっていってた気がしますね・・・・・え?本人の顔ですか?別に、どこにでもいるような普通の顔でしたよ。」                        終 鏡というのは、残酷なもので、真実しか映し出しません。そしてそれは、時の流れと共にさらに顕著に、如実に現れてきます。あぁ、残酷。とっても残酷。

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鏡

夏たちの恋

 手を洗うのをやめ、カンナは窓の外を見た。遠くで花火が上がっている。打ち上がるたびに夜空を明るく照らし、手前のビルに影を落とした。カンナはしばらく、その光景を眺めていた。花火はなぜこんなにも美しく、こんなにも気高いのだろう。それは花火が開くのは一瞬だが、その一瞬に全てを出し尽くし、燃え尽きるからだ。だからこそ多くの人の心を動かし、花開く一瞬を、人の心の中で永遠に残すことができる。「今日、夏祭りか。」そう言うとカンナはクローゼットを開け、彼に初めてプレゼントされた赤いドレスを手に取り、玄関の戸を開けた。リビングではテレビが付けっぱなしになり、歌手が自分の知らない歌を歌っていた。    花火大会の楽しげな熱気とは異なり、マンションの周りは都会の熱気に包まれていた。ほとんどの人が花火になど目もくれず、車を走らせ、メールを打ち、友達と他愛のない会話をし、愛し合っている。それはそんなにも重要なことなのだろうか、とカンナは思った。花火の最初で最後の輝きに目を向ける暇もないほど、大事なのだろうか。それとも、日々を生きる中でそんな余裕を失ったのだろうか。人はみな、周りの人や自分自身に、自分を隠して生きている。退屈な本音を笑顔で隠し、思い描いた夢を現実で隠し、頬の皺を化粧で隠し、そうやって人は、か弱い命をなんとか保っている。不意に、一斉に花火が打ち上げられる。ものすごい轟音に、それまで見向きしなかった者もふと顔を上げる。カンナはこういう花火は好きではなかった。理由は定かではない。祭の終わりを連想させるからなのか、はたまた代わる代わる打ち上げられる花火が無機質に見えるからか。いずれにしても、花火は一度に一発が良い、と昔から思っていた。カンナは脇道に逸れた。そこには、電球の切れかかったネオンサインの付いた、少し古びたビルがあった。その地下に続く暗い階段を、カンナは降りていった。    クラブの中は閑散とした路地裏にあるとは思えない賑わいを見せる。低俗な話がそこら中を闊歩している。カウンターに目をやると、クラブ仲間がこちらに手を振ってきた。瞬時に笑顔を作り、手を振りかえす。それを見たか見ないか、彼女はすぐに店員に向き直り、またおしゃべりを再開した。カンナは店の奥の方に向かった。「よかったら一緒に飲まない?」帽子を被った2人組の男がこちらに近づいてきた。何も言わずに立ち去ろうとする。男は続ける。「これ俺の名刺だから。気が向いたら連絡して。」そう言って、小さな紙を手渡す。カンナは小さく笑ってその場を後にし、角を曲がったところでその紙を捨てた。    店の奥には小さな階段があり、そこを降りると大きなダンス会場になっている。エアコンはかかっているが、殆ど意味をなさないほど、人で熱気を帯びていた。ディスコボールの光がカンナを照らす。カンナは自分の身体を、人の海に放り込んだ。踊る、躍る。流れる曲のサビに合わせて、手脚をくねらせる様に動かす。時にしなやかに、時に激しく。髪を靡かせ、身体を揺らし、服をはためかせる。感情をすべて吐き出そうとするかの様に、命を燃やすかの様に、彼女は妖艶に踊り狂った。辺り一面に踊る人の群れがある。こんなに人に囲まれていても、ずっと彼女は孤独だった。しかし、それと同時に、輝いていた。    クラブから出ると、とっくに花火はおわっていた。街はいつもと同じ時間を過ごしている。彼女は歩き出し、タバコに火をつけた。夜の風にのって、パトカーのサイレンが聞こえる。襟を風に靡かせ、息をひとつ吐く。彼女は公園に向かった。ベンチの横にある灰皿にタバコを擦り付ける。公園には誰もいなかった。カンナはゆっくりと歩きながら赤いドレスを脱ぎ捨て、裸足になって踊った。先刻より更に激しく、跳ね、時に転げ回った。それはまるで、身体が自分を踊らせているかの様だった。   ・・・    マンションの一室で、女が口紅を塗っている。やがて思い立ったように立ち上がり、風呂場の扉を開ける。浴槽には蓋が敷かれていた。女が蓋を勢いよく剥がす。中には手足と口をガムテープで塞がれた男が入っていた。男は驚き、恐れるような顔で女を見た。女は男に顔を近づけ、ガムテープ越しにキスをした。何度も、何度も。ガムテープの湿り気を感じ、その奥の体温と鼓動を感じた。男の頭の後ろに腕を回し、更に激しいキスをした。男は目を見開き、女は目をつむって。女は男を全力で愛した。そして、ゆっくりと唇を離した。女は怖かった。こんなに愛している人を、愛せなくなる時が来るのが怖かった。恋が終わるのが怖かった。夏の様に、花火の様に。この想いが消えるのが怖かった。この恋が、想いが、永遠であってほしいと願った。女はシャワーヘッドを手に取り、男の頭に思い切り叩きつけた。何度か殴ったあと、今度は足で踏み付けた。全体重をかけて、何度も踏み付ける。頭蓋骨の割れる音がして、男が動かなくなる。彼女は、それでも、踏むのをやめなかった。 ・・・  サイレンの音が近づいてきた。カンナは踊るのをやめた。パトカーからコート姿の刑事が数人降りてきて、こちらに警察手帳を見せた。逃げることはしない。捕まるのも怖くない。だって私は、あなたを一生愛することができるのだから、、、 あとがき このお話を読んでくださり、ありがとうございました。このお話は、椎名林檎さんの、「長く短い祭」のPVをもとに、独自の解釈でアレンジしたものです。色々な見方ができる曲なので、見たことのない人は是非このお話を読んだあと、ご覧になってみてください。    

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夏たちの恋