公文
18 件の小説喧騒の冬
いつだってないものを欲しがった。失った自分を探し求めるから欲しがるなんて、嘘だと思う。それが好きとか愛してるとかって、じゃあ自分なしには生まれなかったことになる。それはそう。 満月が怖くなったのはいつから。光るものが、自分とはいつからか思えなくなっていた。輝くそれを自分の故郷に思えていたのはどうして。孤独だったから同じようにひとりきりなお月さまを愛した、ただそれだけ。 新しい出会いと転がっては落ちて拾って落ちてを繰り返すびいだまをながめる。どちらがどうなどではなかった。今があって昔がある。通りすぎた今とこれからくる過去。いつもいつものくりかえし。きっといつだって同じ道を選ぶのなら、今手に宿したこれはなに。 炉端のうさぎは眼を細める。しずかな瞳でわたしを見る。こごえるほど冷め切った朱色のびいだま。わたしの手は、左端から崩れて散る。 おいでと言う。やさしい声色。もうなにも怖くないというような、わたしだけを愛す力強い。「おめでとう」もう必要ないからと、譲られたリードは行き場を失って。 神風ばかりが吹く水上の街で、ただ指を天に掲げるのはまほろばの私。ただそれだけ。ただずっと、そういうことの繰り返しだった。またうさぎは笑う。私は手を崩さなければならない。 「おめでとう」拍手の紙吹雪が散る喧騒の冬、わたしはまたひとりになる。
きょうの日はさようなら
イチョウの木は折れやすい。 さむざむしい空にぽつんと取り残されているさみしいイチョウの木を、わたしはいつも見ていた。 ふれるかふれないかのギリギリのところで はらりと散っては舞う、彼のはっぱはあまりにも美しかった。 近づいて、よじのぼって、いっそのこと一体化してしまえたのなら できたのなら、と変わらない日々のなかでそう憂いて 水の世界につつまれて、なにもできなくなったら 重力をこえて彼と一体になれるだろうかと、 そんなやさしい幻想のなかで 安堵した。 確実なうそで包まれるとき、わたしはしっとりとした絶望と変わらない日々に身を寄せ 「あぁ よかった」と思う。 星座占いが12位でよかったと思う。明日に希望をもてるからよかったと思う。きょうの日はがんばらなくていいと、勝手に納得できるから 好きだった ゆるい不安のなかでたゆたうのが、 わたしは好きだったのだ。 そんな自己嫌悪をくりかえしては、布団のなかで踊った。 あからさまな夢をみて、死ぬようにわらった。 涙もまた、明らかな血の色をしていた。 心にちゃんと南京錠がかかって もう二度とあけられないというような わたしでさえ そんなわたしを だれかとめてほしいと、泣いた。
惚けそして
ただ朝がくるから起きて 夜がくるから寝る。 水の流れを数えて、 もう何回目のノックをしたあと空咳。 もう終わりだと思いながら レモンスカッシュの屋台を出す。 透明な人間ばかりが足を運ぶ。 幽霊が画を売って、暮らして そうして灰になる。 終わってしまった景色ばかりが シャッターを切る。 心をとばしたホッキョクグマ。 帰れなかったのは どうしてでしょう。 三日月はまんまるに光る。 とぼけたような印で、 今日も隠して、 本当のことを知ってもなお、 がらくたのように笑って。
−
終わらない夢をみていた 遠く離れた空 みえない みえなくしてくれたのは、君だったよね お天気にしたら嘘になると、 灰色のヴェールをかけてくれたのはきみだったよね そんな君が、透明になるなんて、ずるいと思う。 虹色の光線を殺して旅に出たあと、 もう帰れなくていいと言ったのは君だったのに。 もうぼくは、どこにだって帰れないのに。 みじめな人形に光を灯した先生は、 うすももいろの砂丘で笑っている。 うしろゆびを指した最低な怪獣も 光らなかった丘も なにひとつ、いらないものなどないはずだった。 かわいそうな生き物たちの行進をゆるすのは誰 泣き叫ぶ鳥 魔女の死骸とほほえむ雪。 「つめたい名の付く子は不幸になるらしい」 西の国で誰かがいった。
やさしくなぐさめて
「どうして君が泣いてるの」 君が先に裏切ったのに。 裏切ったなんて言葉使うんだと、場に似合わない新たな発見をしている。何が悲しかったのかもうよくわからず、わからないまま、途方に暮れて泣いている。 月が満月になります、とテレビが話している。窓は開け放ってあり、夜風がつめたくぬるい。繋がれた手は、しかしもうあまりにも心許無く、二人でいるのにありえないほど寂しいことにぞっとした。月が満月になるなんて、変な言い方だと思って。 「なんで泣いてるのかわからないの」 「僕が悪いみたいだね」 「ちがう、」 ただその時はそうしたかったから、なんてばかげて子供じみた言い訳が次から次に落ちる。案外、自分って馬鹿なんだなと今頃になって気づく。記憶しただけで自分のものになったと思ってたんだ。 この人の目はしんと暗くて、わたしはわたしのことを悪いと思ってて、でもなんで泣いているのかわからない。泣く資格もないと思うのに、でもどうしてこんな状況になってるのか理解できなかった。ただ頭の隅で思うのは、わたしってバカだなあ、と。脈絡もなく。しかたなく。わたしは馬鹿だな。 「ふたりでいたいなんて嘘だったんだ」 嘘じゃない。「嘘じゃない。」ふたりに、はじめは、なれたらいいなと思った。でも、二人でいると苦しかった。どうしていいのか、「いつも、」いつもわからなくなった。でも、君のことは、好きと思ってる。「好きと、思ってる。」それとは別に、境界がいつもわからないと、思ってる。何をゆっていたっけ。言葉はいつも遅れてやってきて、正しく伝わる試しがない。 「馬鹿だね」 「そう。」 やわらかく、いつもみたいに笑ってくれたらよかった。そうされてもおそらく、また別のところで不満を持つのだろうけれど。 月明かりに照らされてるカップ麺が綺麗。醜いアヒルの子をさらに醜くしたドブネズミ、みたいな顔で笑ってる画鋲を目の端に捉えて、人差し指をなぞってみる。やっぱり好きになれなくて、それはずっと変わらず、愛しいことだった。
幻と右ほほ
それは、清潔な関係でした。 彼が失踪して、わたしの頭に家があらわれたのはほぼ同じころだった。 黒ぶちメガネの、せいの高い、へら と右ほほだけでかたよった笑いをする口もとには マリリン・モンローみたいなほくろがあった。それが、自然とわたしを安心させた。 ある金曜日。目をさまして なんとなしに新聞をとりにいき、今日の事件に目をおとしたあと 冷めたミルクに口をつけてふとベッドを見ると、もう彼の姿はなかった。 わたしはまず今日おきた事件名をもういちど丹念に読み返した。けれど彼の名はどこにもなく、あぁ というきもちになった。 「……」 トンカントン と彼が家の修理をしている。 いつしかあたりまえなようにわたしの頭のなかに住みついた彼は、ごく自然に持参したバスケットのなかから粗めのライ麦パンを取りだし、修理の工具をふとももに置いてから、大きな口をあけてほおばった。 彼はいつだってそんな風で、失踪してしまう前も、笑いはするけれど無口で、とくにわたしになにかを尋ねることもなく、あたらしいことをはじめてしまった。 「それ、おいしい? わたしは ライ麦ってあんまり好きじゃないけど」 それが憎かったわけではなく、むしろ 置いていかれたというきもちに近かった。 今みたいに、話しかけても返事がかえってくるのは ときどき、わたしの存在を思い出したときくらいで。 でも、決して仲が悪いわけじゃなかった。寝る前はかならず あのかたよったほほえみをこぼして、わたしの頭をゆっくり撫でてくれた。 彼がのこした手紙のようなメモを見つけたのと、彼(頭のなかに住む)がことばを発したのもほぼ同じだった。 ある日、仕事帰りにショートケーキを買ってとくに考えるわけでもなくフォークをまっすぐに差しこむと、カシャリと妙な音がした。 けれどわたしは すぐにそれが彼からの手紙であるとわかった。 いちごのソースと生クリームにはさまれたそれは、丁寧に鶴のかたちに折られていた。 ひらくと、瞬間、声がした。 正確には、頭のなかで誰かが話しかけていた。まぎれもなく、それは彼の声だった。 「え……」 手紙よりも、その声が一層、心からわたしを驚かせた。 彼はバラックのような屋根の上でおごそかに手をふとももの前で組んでいた。 しずかに目を瞑って、しとしとと降る雪だけがやけになまめかしかった。 「僕は人を殺してしまった」 一言。単純にたんたんと、語ったあとは永遠の無だった。 目をかたく瞑ったまま もう彼はなにも話さなかった。雪が黒色の頭にさらさらと 砂糖菓子のようにつもっていった。 わたしはしばし呆然とし、視線のやり場をもとめて にぎった手紙に目をおとした。 “その家から でてください” すぐさま手紙を握りしめ、まだビニールに包まれている今日の朝刊をつかんだ。 信じられないくらいのはやさで今日の事件を指と目で追った。そこにはちゃんと、彼の名前が印刷してあった。 “絞首殺人 目撃者(女性)が証言” とともに 整然とのっていた。その目撃者の、女性という文字だけが太字でくっきりと、浮き出ているみたいだった。 頭のなかの彼のことばが、がらがらと流れてゆく。でも、そんなわけはないという根拠のない確信で わたしはしずかに自分の首に両の手をあてていた。 だって あの人の手が、だれかの、くびを 締めたなんて。こうやって…… 人さし指、中指、薬ゆびが ひた ひた と首の肉にくいこんでゆく。 少しも苦しい気はしなかった。ぜんぶの指が首をおおっても、まだ彼がしたことの理解ができなかった。 すこし開いたカーテンから、くもった半月がのぞいて、とおくの方からオオツノジカの遠吠えがきこえた。 何度読み返してもその文章は変わることがなく、あまりに指で追いすぎて、その行だけインクがにじんできていた。 きっと、まちがいにちがいない。だって、あんなふうにやさしい微笑みをくれる彼が、単調に日々を生きる彼が、誰かの、わたし以外の首を締めるなんてこと 絶対にありえないから。 「あなたは、わたしに、なにもいってくれなかったわ」 いつもみたいに なにも いわなかったじゃない。いわなかったから、わたしが無理に聞こうとしなかったから、どこかへ行ってしまったの? バラックの屋根の上で、彼はすうすうと寝息をたてていた。 それから数ヶ月が経ち、あたりまえに彼は頭のなかの家で暮らしつづけている。 とくになにかをするのでもなく、あのケーキから手紙を見つけた日々が嘘だったように、一言も喋らず、たんたんと、ただ生きている。 わたしもあれからとくに変わったこともなく、朝起きたらまず新聞をとり、今日の事件に目を通し、冷えたミルクに口をつけ、彼がベッドにいないことを確認して仕事にいく。 「じゃ、いってくるね」 ほんとうの彼の、死刑宣告はもう出たらしい。結局、人を殺めた理由も、知ることができないまま。 左手で靴べらを立てかけ、つめたいノブを右手で回すといつもより金属みが増した音がした。 途端に入ってくる氷のくうきを とじたまぶたで受け、さて行くかとブーツをならせば 彼と目が合った。 あいかわらず、黒縁メガネで、せいが高くて、マリリン・モンローみたいなほくろがあった。なんで、と声がでた。 出るより先に、思いきり助走をつけるまもなく彼の胸にとびこんでいた。 なつかしい匂いがした。なにもかもが変わらなすぎて、視点がはげしく揺れた。まばたきをすれば、鼻の奥が熱くなった。息を吸うまもなく、わたしは泣いた。 「すまない。」 あたたかい 大きなぬくもりが、頭をゆっくりと撫でた。ひたすら、わたしは褒美をうける子犬のように、上質なブラッシングをうける老猫のように、目を細めた。 あの時、家を出てくれと頼んだだろうと、頭のすぐ横でささやく。 いいの。わたしは、ここで待っていたかったから。 視線が絡む。 ゆっくりとまぶたをあげればもう、頭のなかの家は、すでに消え去っていた。
冷凍さかな
さかなに口なし 彼が冷凍さかなになって5週間がたって、 わたしがホットミルクをわかすのに飽いてきたころ 彼のあたたかな瞼が思いおこされた。 「ね……まだもどらないの」 死人にくちなしとはいうが さかなだって似たようなものである。 水もないのにつるりとした頬におず とふれると、そっと たしかめるように首までつたう。 「今のあなたによりかかったって 昨日の晩ごはんしか思いだせない」 夢を見た。 わたしはその日暮らしの牛乳売りなどではな く、きらびやかなボディコンオフィスガールで あなたは 冷凍さかななんかにはなってなく 依然として凛々しく そして頼りになる せいのたかい男だった。 どうしようもないときにあれこれ理由を探して理不尽を受けいれようとしてしまうのはわたしの悪い癖で でもそんなわたしを、あなたは怒らなかった。 怒らなかったから、冷凍さかなになってしまったの? 目が覚める。彼は依然として凛々しいさかなのままである。喉がつまる。目がじわじわ熱くなる。 「こういうとき、あんたは人間のすがたにもどってるものなのよ」 さかなは清い目でわたしを見る。あまりにまっすぐすぎて、わたしたちをのこして周り一体がまっしろの無になってしまったようだった。 さかなの目だまはぎょろりと動く。 「キスをしたら」 戻りますよたぶん、と すとんと話す。 5週間ぶりの会話はあまりにも、いつもどおりのささやきだった。
かがやき
腕 切り落としてしまったら本気でいいのかもしれないって思った そんなことしても心は動かせないって思うと気持ち悪すぎてうけた。腕を切り落としてもわたしは誰のものにもなりたくない。君もきっと一生誰のものにもならない 君が好きなのは自分だから。 ころげおちた猫を見た。やはり愛らしかった。その愛らしさが、憎かった。わたしはこんなに愛されてる人間なのに君には響かなかったの?どうして 一生離したくなかったのに 一生つかず離れずいたかったんだ なのに君といる勇気はなかった そんなのずるすぎた わたしだって気持ちはふらふらして、ましてや君のこともほんとはどう思ってるかまるでわからなかった まるでわからなかった 死んだらよかった きっとほんとそうだった わたしひとりで、ひとりきりでいるべきだった 流れるきれいな歌。象が水浴びをして、そのきらめきが人々を照らした。夏を君としてみたかったのかもしれない。わたしには夏なんてずっとこないのかもしれない、悪い人間だから。しにたい。早く申し訳なくなりたい。全てにあやまって、そうして寝たい。ずっと寝て起きたくない。なにもかも手に入らないなら全部ほしくない。やさしくないなら全部いらない。全部いらないよもう
レンガ
あるところにレンガをつみつづけるおじさんがいて、その近くにはきいろを愛する女の子がいました。 ここは砂漠の最果てであり、また夢の延長であり、そしてやわらかい桃やピーナツの香りがふうわりと漂うやさしい街でもありました。 誰もここを秩序がない街だとはおもわず、ただ日々における平凡を ゆっくりと楽しんでいました。 レンガをつみつづけるおじさんは言います。 「今日はレンガをふたつもつんだぞ。がんばったなぁ」 それをみていたきいろを愛する女の子は、あれぇと思いました。 かわいたスモーキーピンクのそのレンガは、たったふたつしかつみあげられていないのです。 いったいおじさんはなにをしていたのでしょうか。 「おじさーん」 「なんだい?きいろの女の子」 「どうしてレンガをふたつしかつまないの?」 女の子ははらっぱのくぼみにある大きな家からさけびます。 その声に、おじさんは「さぁ……どうしてだろうねぇ」とやわらかくたばこをふかしていました。 また別の日です。この日の外は大荒れの大嵐で、砂あらしはおきて、火ネズミは街中に穴をあけ、みずうみが大きなガラス玉になるなどたいへんでしたが、それでもおじさんはレンガをつんでいました。  女の子は、それを大きな家から、そっとのぞいていました。 おじさんのつんだスモーキーピンクのレンガは、雨にぬれてつやつやと赤くひかっていて、女の子は あぁ、レンガが風にとばされてしまったら どうしよう!と、真剣に頭をなやませていました。 次の日、女の子がはらはらしながらお山のくぼみを越えて、おじさんのところに行くと、 レンガは無事でした。からりと乾いて、いつも通りの安定した、あんしんな顔を浮かべていました。 女の子は心底ほっとして、レンガのかげに腰かけます。 「よかったねぇ」 でも、すぐに あれぇ?と思います。おじさんはどこに行ったのでしょうか。 あたりをきょろきょろと見まわしても、レンガからそろりとのぞいても、お山の方をふりかえっても、元から存在しなかったように、おじさんはありませんでした。 女の子はふしぎに思いながらも、しばらくそこにいようと思って、もってきた白パンとチーズをひとかけらたべました。 そうして てらてらと降りそそぐあたたかな日ざしのおかげでだんだん眠くなり、気がついたときにはきいろの夢のなかでした。 女の子は探偵のすがたで、これはおかしいと思います。だって 女の子はきいろが大好きで、ピンクのレンガなどを好きではないはずだったからです。まして、スモーキーピンクならなおさら。 そうしてまくらもとをはしるトカゲに訪ねようとしたところ、はたりと目がさめました。外はぼんやりと灰色がかり、もう帰らなくてはいけないころでした。 「かえらなくちゃ……」 でも、帰る場所はおもいだせません。 ずっとここにいたような気がするのです。 その瞬間、女の子はおじさんが消えてしまったわけがわかった気がして、少しこわくなりました。 レンガは、またふたつ増えていました。 まっしろな空間。ここはどこでしょう。 きもちわるく顔の分裂したピエロが、女の子を息もせず じっ と見つめていました。 女の子は手をのばし、掴もうとして、そして消えました。なにもかもかんたんに消えたりなくなってしまうこの街のことを、愛しいともこわいとも思いました。 「おじさん……」 声をぽとりと投げてもかえってこないのは、ピンクを好きにならなかったからでしょうか。 「でも、それってなんだか おかしいわ……」 なにかを得るためにじぶんをむりやり変えるのは、フェアじゃないと思ったからです。 立ちあがり、わたあめのことや昔買っていたあばら骨がくっきりと浮かんだ犬のことを思いだし、女の子はもとの場所に戻りました。 おじさんはいないまま、また、レンガはふえています。 それから女の子はちゃんと家にかえりました。でも、やはり次の日にはレンガのもとへ出かけてゆきました。 ここではなにもおこりません。誰もいません。風さえ、吹いていないような気がします。 でも、安心がありました。 女の子はピンクは好きではありません。でも、ここにいました。好きでも嫌いでも、ここには毎日ちゃんとあたらしいものが増えてゆくからです。 おじさんは見えなくても、レンガは規則的に正しく、毎日律儀にふえてゆくからです。 女の子は孤独は好きではありませんでしたが、人の気配を感じる孤独は好きでした。 雨の日、ゆきの日、あかるい日、暗い日、女の子はどんな日でもレンガのもとに通い、そうしてそこでトランプをしたり、ひなたぼっこをしたり、おひるねをしたりしました。 ある日のことです。 街に大きな波がきて、原っぱをのみこみ、レンガをものみこみました。 レンガはもう、スモーキーピンクではありません。お日さまの光をすいこんだきいろでした。 女の子はいなくなりました。
「じゃあどうすればよかったんだろうね」
思い出が遠ざかるたび 連続していた波の音が 鼓膜を震わせる 雪の結晶として それは夢の中にいた幻燈だったし 夏の火に灼けた虫たちの さざめきのように 終わらない唄は後悔をまぶして 遠くにいきたかったって言う 犬の瞼が、ありがとうをいうたび誇張されてゆく。大きく収縮したそれは自尊心と共に肥大していって、まもなく見えなくなる。 歌とひなげしの関連性について、5歳がまくしたてる演劇場の数々。それらは連続していて、雲の切れ目ひとつさえ、わたしを踊らせたと思う。 いつも雪の中にいる。それを、かけがえのないことと思ってる。バスに揺られ、毎日を計算しながら、ある日一枚の紙を拾う。それがなんだったとしても、いつも、「しねばいいのに」と書いてある。なんでしが漢字でないのか、思ってそれで目が覚める。 明け方の月が一番綺麗だって先生はいってた。記憶の先生は、いつも嘘か本当かわからないことをいう。ひなげしがちりぢりになる。わたしはどこへ帰ればいいのかわからなくなる。夢の中にいたかった、という伝言は、ルージュみたいに電車に轢かれて消えるんだよね。じゃあどうすればよかったんだろう。いつもこういうことを考えてる。