Jumpei
12 件の小説落ち着いたら
「コロナが落ち着いたらまた遊びに行こう」 君はそう言う。 俺はため息を吐いた。 「ごめん、コロナが落ち着いても俺の仕事は落ち着かないから遊びには行けない」 君の手のひらが、俺の左頬を強く叩いた。 痛みが消える頃には、君はもう俺の前から消えていた。 ※このお話はフィクションです。主の経験とは一切関係がありません。
壊れたリュック
リュックのチャックが壊れた。 去年の夏にアマゾンで購入した二千円のリュックだが、とても気に入っていた。 通勤時も、遊びに行く時も、小旅行に行く時も、このリュックを背負っていた。 ずっと共にいたリュックなので、これからも使っていたい。チャックのところを縫えばまだ使えるだろう。 でも、本当にそれで良いだろうか。 たしかに壊れた箇所を縫えばリュックの寿命は延命されるが、しばらくしたらまた壊れてしまうだろう。縫った箇所を気遣って使っていても今度は他の場所に負担がかかり、リュックにさらなる負担をかけかねない。 するとリュックはさらに傷ついてしまう。そして、また外出先でリュックが壊れてしまったら、僕はイライラしてしまうだろう。 ならいっそ、今まで僕の背中で頑張ってきてくれたリュックに感謝を告げ、お別れした方がお互いのためだ。 そして僕は新たなリュックを購入し、背中を預けることになるだろう。 リュック、今までありがとう。 でも、お別れをしよう。 お互いにこれ以上傷つかないために。
ワインの血
「私の身体にはワインの血が流れている」 新宿にある古い雑居ビル2階のバー、そのカウンター席で、ワイングラスを片手に女はそう言った。 「へー、そうなんだ」 隣に座る男は興味なさそうに答え、ウイスキーのロックを口に運ぶ。 「そうよ、私は毎日ワインを飲み続けているの。私の身体はワインでできていると言っても過言じゃないわ」 男はため息をついた。そして、心の中で彼女に向かって言う。 『白ワインを飲みながら何言ってるんだよ。せめて赤ワインを飲みながら言ってくれよ。もしくは、君の血は白いのか?』 心の中で言いたいことを言い終え、男は作り笑いをして彼女に言った。 「そっか、かっこいいね」
家電量販店でNoveleeをインストールしようとした
近所のヤマダ電機には新作のiPad miniが売っている。 手に持ってみると、大きすぎず小さすぎず、程よいサイズ感だ。 俺はこのiPadで読書したら快適だろうなと思い、Noveleeをダウンロードして使ってみることにした。 App Storeアプリを開いて検索窓に「Novelee」と入力して進め、Noveleeのページにたどり着いた。そこで「入手」ボタンを押してみても、反応しない。 よく見ると「入手」ボタンの背景色が薄く、押せなくなっている。 そういうことか、ヤマダ電機やるな。 俺はApp Storeのアプリを閉じ、iPadを定位置に戻した。 あー、iPad mini欲しいな。
返信
「久しぶり、また会えないかな?」 8月にとある女性からLINEが来た。 彼女とは去年から何度か遊びにいく仲だったのだが、最近疎遠になっていた。 「久しぶり、8月は結構忙しいから、9月に会おうよ」 「わかった、じゃあまた9月にね」 彼女は了承してくれた。 そして今は10月の中旬だ。 まだ彼女とは会っていないし、連絡さえしていない。 完全に忘れていた。 自分で言うのもおかしいが、8月、9月、10月ととても忙しく、遊んでいる暇などなかった。そして今もなお超絶忙しい。 しかし、意を決してまた彼女にLINEしてみようと思う。 もしかしたら無視されるかもしれない、怒られるかもしれない、心配してくれているかもしれない、特に気にしていないかもしれない。 ちゃんと答え合わせをしよう。
ウォシュレット
俺は今法務局にいる。 新しいスタートを切るためだ。 しかし腹が痛い。 俺はトイレに駆け込んだ。 トイレに付いているウォシュレットのスイッチを入れると、水がとても冷たい。 「自分のケツは自分で拭けるようになれ」 ウォシュレットが俺にそう言っているように思えた。
残人
友人の墓参りに初めて行った。享年23。友人が亡くなるのはこれが初めてではないがやっぱり慣れない 不幸があった時、弔いに行く側の人の言葉が好きだ。中学生のとき同級生が自殺した。葬式に参列し焼香をあげた後で何となく外で屯っていたら、部活の顧問の先生がやってきて 「こんなことはあっちゃならねぇ…あっちゃならねぇことだ。」 って呟いた。ドラマのワンシーンみたいに言うから近くにいた不良の生徒までみんな黙ってしまった。 大学生の頃には高校の友人が亡くなった。葬儀を終えひとしきり旧友と微妙な挨拶を交わした後、なりゆきで高校の頃の部活の顧問と帰ることになった。その時には 「まだ始まったばかり…いや、始まってもいないのにねえ…」 って言うから教え子が亡くなるのってどんな気持ちですかって聞こうとしてやめた。やめてよかった。 亡くなった人に気を遣う必要は無いから、大それた(ようにみえる)大人でも純度100%の気持ちがみえる。悼む人は高潔で簡潔な言葉を選ぼうとするから信用できる。言葉は難しく伝えるのは簡単で、簡単に伝えるのは難しいから。 墓参りには共通の友達4人で行った。何度も墓参りについてGoogle先生に聞き、準備をした。唐揚げと花を買い、万全を期した。もし不備があれば仏に申し訳ないのは勿論、久しぶりに会う友達に見栄を張りたかったのかもしれない。 墓参りはあっさりしたものだった。昔父親に連れていかれた墓参りは暑い中で1時間以上掃除をするから大嫌いだった。友人の墓はコンパクトで、簡単な掃除を済ませて挨拶をしたら終わりだった。早くていいなと合理的な感想を持ってしまった。これもまた年齢を重ねる悲しさだ。 昔は何でも初めてだから刺激的だった。ありきたりな言葉が重く点のように残ることもあるし、それが一生を左右することもある。でも大概は大したことないつまらないことで、そのことにも気づかずに歳を重ねていく。 こんな何でもない話を、どうでもいいけど大事そうな、笑えないしお金にもならない話をできる友だった。不意に、もう話すことのない感情に気づいたある日、トイレを掃除しながら便座に涙を落としてしまった。
アインクラッド
ジムでトレーニングしている時は、大体いつもYouTubeの適当な動画の音楽を聴いている。今日も音楽を聴きながらトレーニングしていると、ソードアートオンラインのエンディングテーマが流れてきた。このエンディングテーマはとてもゆったりとした曲調で、SAOのヒロインの声優さんが歌っている。 曲を聴いていると、とても懐かしかったしエモくなった。 来月映画も公開するみたいだし、見に行ってみようかな。 もう一度、あの浮遊場へ。
夢へ
ある日の夜、君はインスタグラムにストーリーを投稿していた。 「今日テレビに出るので皆見てね」 驚いたオレは、すぐにメッセージを送った。 「女優になるの?」 「そうだよ、今女優になるためにスクールに通ってるの」 すぐに君から返信が来た。 君は昔から女優になりたいと言っていた。 一度は諦めて別の職業に就いたが、再び自分の夢を追い始めたのだ。 「そのテレビ見れないから、後で動画送ってよ」 君にそうメッセージを送って、オレは眠った。 次の日の朝、君から動画が送られてきた。 動画を再生すると、料理番組だった。 君は活き活きとした表情で料理をしている。 相変わらず料理は上手くはないし、手際も悪い。 包丁を持っているシーンなんて危なっかしくて見ていられない。 それでも、等身大の、オレの1番好きな君がそこにはいた。 君が夢へ近づくのを、オレは心の底からは喜べない。 既に遠い存在になってしまった君が、もっと遠い存在になってしまう気がして。 本当は、女優になんてなって欲しくない。 手を伸ばせば、また届くのではないかという存在でいてほしい。 でも、男は好きな相手の前ではカッコつけないといけない。 「動画ありがとう。君なら素敵な女優になれるよ」 君にそう返信すると、オレは何もなかった顔でいつもの電車に乗り込んだ。
ラストラン
男はとめどなく痛み続ける右足をかばい歩いていた。たばこを吸うために家から100キロ以上車を走らせてきた。なんてことはないただのつり橋だ。だが男にとって妻との思い出は格別だ。痛みを伴うたばこを吸うのにこれ以上の場所は無かった。 映画で見たような夕暮れにこれから吸うたばこの火が重なり、鼓動を早める。血圧を気にしなければと散々言われていたが、もういいだろう。うっすら思い出しそうになったイメージを振り払う。今は感傷に浸っている場合ではない。 砂利道を抜けて橋の麓まで着いた。アベックが反対側で写真を撮り終わり夕闇に消えていくところだ。震える足を一歩踏み出したとき、気力が戻るのを感じた。軋む板を踏みしめ中ほどまで辿り着き、潰れかけの煙草に火をつけた。不味い。だがこんなものだろう。 チリチリと減っていく先端に目配せしていたら警備員らしき人がこっちに向かってきた。でかい声で喚いている。 「走ろうか」 そう呟くや否や足が動いた。後ろからも走る音が聞こえる。追いつかれるわけにはいかない。必死に逃げた。もう力尽きてもいい。崩れそうな板の上を走る体は満身創痍でありながら、かつてなく生きる喜びに満ちていた。