藤咲 ふみ(週一投稿終了)
61 件の小説藤咲 ふみ(週一投稿終了)
はじめまして。クラゲとクジラが好きな成人済の女です。基本的に木曜日に小説を更新しています♪「窓辺のしぇりー」の名前でXにも存在しております🫢夜書いた文章は朝には読み返します。短いけど読み応えのあるギュッとした、自分が素敵だと思える世界を置いていきます😌よろしくお願いいたします☘いいね♡、優しいコメントくださるととても喜びます! ※表紙のイラストはAIアプリで作成したものを使用するか、フリーイラスト等をお借りしております。 ※ここに上げている作品の全ての著作権は、私のものとさせて頂きます。二次使用など何かご入用の際は一言お声掛け下さいますようにお願申し上げます。(お断りなく一部でもご使用された場合は通報などの措置をとらせて頂きます。) start:2024.5.24
世界が終わる前に⋯
人生の最後に、オーロラを見に行きたくなった。 私は生まれてこの方、風邪すらまともにひかない健康優良児だった。 それがある時、会社で受けた健康診断で突然引っかかった。 今まで一度も受けたことがない検査だった。 すぐに精密検査を受けたら⋯私の体はもう手の施しようがない程病気に蝕まれていた。 「変なの、こんなに元気なのに?」 余命宣告までされたのに、なんか全然実感のない私は、久しぶりに昼間の自由な街を不思議な気分で歩いた。 ま、無理もないか!こんなに元気なのに 「余命半年とか言われたんだもんなー」 見上げた空は、どこまでも澄んだ綺麗な青色をしていた。 その時ふとなんかやり残したことあるかな?なんて思った。 別にお別れしないといけない恋人もいないし、遺していく子供とか夫もいない。不幸中の幸いだ。 でも親は 「かわいそうだな⋯子供に先に死なれるんだもんな⋯親不孝者でごめんね⋯」 これはちゃんと謝らないといけないと、思った。 でも今はそれは置いておいて⋯何かやり残したこと、やりたいこと⋯ その時、ふと思いついた! 「そうだ!オーロラが見たい!」 私は空を見上げて、ニッと笑った。 その日家に帰ってから、早速心当たりに連絡をした。オーロラを見せてくれそうな人。 それは僻地なんかにも強いツアーガイドの友人。大学時代からの友人の彼は、私の唯一の男友達だ。 「おー、久しぶり!元気か?」 君は相変わらずフランクに元気そうに電話口笑っているのが分かった。 「元気?と言えば元気なんだけど⋯私さ、訳あって余命半年なんだよね⋯でさ、君に頼みがあって⋯死ぬまでにオーロラが見てみたいんだよね?行けそう?」 私の言葉に君は、黙り込んだ。 アレ、やっぱり引いてる? 「お前、病気なの?治療は?オーロラより治療しろよ?頑張れよ!?」 君は一生懸命言ってくれた。 でも 「ありがと!でも、もう手遅れなんだって!だから最後にさ、綺麗なもの見たいなーって思って⋯ダメかな?」 スマートフォンの向こうで、君が泣いているのが分かった。 凄く申し訳ない気持ちになった。 でも私は、これが 「一番いい終わり方なんだよ?」 私の決意に、君は涙を拭ったんだろう声で答えた。 「分かった!俺でできることならなんでもする!オーロラ見せてやる!」 その言葉に私は子供のように笑った。 それから私は少しずつ身辺整理をしだした。 「わー、懐かしい!これ昔ハマってたバンドのグッズじゃん!」 出てくる想い出の品一つ一つに、ニコニコしていたら、大量のゴミの山ができた。 想い出って、ゴミなんだな、全部。死んだら全部全部 「ゴミになるんだ⋯誰かの大切も、誰かにとったらゴミか!」 私はそれでもその想い出のゴミの中で、愉快に一晩埋まって眠った。 そんなこんなしている内に一ヶ月が経った。 想い出の品はもう殆ど処分した。 部屋がガランとして寂しい。 でもそれでいいんだと思った。残しておいたら 「お母さん達困っちゃうもん⋯」 その頃には、少しずつ仕事の引き継ぎも始めた。 体は相変わらず大した変化はなかった。それが救いだった。 オーロラを見に行く約束した君とは、ちょくちょく連絡をとっているし、なんなら今日も飲みに行く約束をした。 君の話してくれる世界の話はとても豊かで楽しかった。 「アフリカゾウの大群に追われた時はどうしようかと思ったよ!アイツら結構足が速いんだ!」 ビール片手に語る君は、今日もキラキラとしていた。 私はその姿を、話を聞くのが大好きだった。 「あっ、ごめん!また僻地トークしちゃった⋯つまんないよな!お前の話を聞かせてよ?」 恥ずかしそうに頭を搔く君に、私は笑う。 「ううん!すっごい楽しいよ、君の話!もっと聞かせて?」 「そ、そう?じゃあ⋯次は遠巻きにライオンの群れを見つけて逃げた話、聞く?」 私はそれに瞳を輝かせて、頷いた。 オーロラが綺麗に見える条件が揃うまで、少し時間があった。 まだまだ元気に頑張れると思った。 でも私の体は突然ダメになった。少し歩いただけで息が苦しくなるようになった。 全身が激しく痛んだりするようになった。 「私、本当に、死ぬんだ⋯」 やっと実感して、涙が溢れた。 早くオーロラを見に行きたかった。 君に無理言って、チケットをとって貰って、私達は大急ぎで旅路についた。 もう不自由になった体を懸命に動かして、私は君とゆっくりと空港を歩いた。 「こんなことになるなら、もっと早くに、オーロラ、見とけば良かった⋯」 無理に笑った私に、君は私を支えながら微笑む。 「大丈夫だよ!まだまだ歩けるだろ?お前はできる子だろ?それに⋯サバンナの方が危険がいっぱいだ!ここは全然安全だよ!何かあったらみんな助けてくれるよ!な?」 いつも通りの君に、涙が溢れた。たくさんありがとうって思った。 でも、私は飛行機に乗る前に力尽きて倒れた。 もう限界だった。 あー、昔流行った映画のワンシーンみたい!って思った。確かあの映画では主人公が大声で叫ぶんだよな?君はどうするの? 私を抱き抱えた君は、私の背中をさすると落ち着いた様子で静かに涙を流しながら微笑む。 「大丈夫だ、大丈夫!今助けてくれる人が現れるから!絶対に大丈夫だから⋯すみません、病人です!誰か対応して下さる方いませんか?」 その声に人が続々と集まる。そして私にはあっという間に処置が施された。 安心からだろうか?眠たくなる。でも⋯私は懸命に手を伸ばして君の頬に触れた。 「オーロラが、見たいよ⋯」 それからね、君を、愛してるよ⋯。 言葉に出さなかった想いと共に、私は眠りについた。 魂だけになった私は、君が冷たくなった私を抱き締めて大泣きするのを、そっと見つめていた。 「巻き込んで、ごめんね!」 謝ったけれど、それはもう君には届かなかった。 私の通夜も、告別式も全て終わった。 君もちゃんと手を合わせに来てくれた。 その時帰ろうとした君を、私の母が呼び止めて言った。 「あの、あの子の最後のワガママに付き合ってくれてありがとうございました!これ、あの子のスマートフォン⋯あの子亡くなる前に言ってました、"世界"って打つと、あなたに伝えたいことが出てくるって⋯私はなんのことかよく分からないけど⋯あなたに、見て欲しいんだと思います!はい、これ!ありがとう!」 母の突然の言葉と、私のスマートフォンに驚いていた君だったけれど、すぐにお礼を言って、頭を下げた。 日当たりのいい公園のベンチで君は、早速私の遺したスマートフォンにそっと"世界"と打つ。 するとその先が予測変換で出てくる。 「"世界が終わる前に⋯」 子供たちがじゃれ合う声が響き渡る。その中を、私は魂だけの存在で君を微笑みながら見つめている。ゆっくりと予測変換を読む君を。 「"世界が終わる前に君に伝えたいことがあったんだ⋯」 君の涙がスマートフォンのディスプレイに、大粒の雫を何滴も落とす。それでも君は読み進める。 「"世界が終わる前に君に伝えたいことがあったんだあ⋯」 "あ"まで読むと君はしゃくり上げるように泣き出す。 「どうしたの?早く続き、読んで?」 私が微笑む。 君は大泣きしながら、それでもゆっくり先を読んだ。 「"世界が終わる前に君に伝えたいことがあったんだありがとうさようなら"」 そこまで読むと、君は天を仰いだ。その時私と目が合った。でも君に私は、見えなかった。 大泣きをする君は、大声で叫んでいた。 「お礼言うなよ!俺お前に何もできなかった!オーロラ見せられなかった!ごめんなーーーー!」 少しの間泣いていた君に、私は困っちゃった。だってそんなに泣かれちゃ 「私、天国行けないよ?」 だから近くにいた子供に頼んで⋯ 「お兄ちゃん、大丈夫?これ、あげる?」 突然小さな男の子から渡された四つ葉のクローバーに困惑する君に、私はちょっと笑っちゃった。 「あ、ありがとう!これ、なんで俺に?」 涙を拭って聞く君に、男の子は私の方を指さして笑って言った。 「知らないお姉さんが渡して来てって言ってたから!」 それに呆気にとられた君は、少しの間ボンヤリとしていたけれど、すぐにニッコリといつも通り笑って、私の方に手を振った。 「ありがとう!もう見えないけど、まだいるんだろ?俺は大丈夫だからもう好きな所に行けよ!じゃあな!いつか一緒に綺麗なもん見ようぜ!お前の世界はもう終わったから⋯後は俺の世界が終わるのをもう少し待っててな!」 私はそれに元気に手を振り返して 「うん、約束!"世界が終わったら"また会おうね!」 そうして私は青い空の中にキラリと消えた。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 最後までお読み下さり、ありがとうございます! さて、今回はどうしたのか?と申しますと⋯単刀直入に言います!週一投稿、今回で終了させて頂きます! とは言いつつ、最後少しお休み頂いていたのですが⋯汗 実は今月の二十四日でノベリー投稿開始一年を迎えます。それを目処に、色々な負担も考えて週一投稿はそろそろ終わろうかな?と考えてこの決断に至りました! 約一年間、週一投稿させて頂き、楽しかったことも、少し辛かったこともありました。どれも素敵な想い出です! そして何より、毎週たくさんの皆様からのいいね♡や温かなコメントを頂戴して、幸せだなーと噛み締める日々でした! いいねは小さな奇跡の積み重ね⋯私はそう思っております。いつもたくさんの奇跡を、ありがとうございます! 週一投稿は終わりますが、これからも投稿は続けてゆきます!多分引き続き木曜日に小説を投稿すると思いますので⋯その時はまた遊びに来て下さると嬉しいです♪ あ、すごく長くなってしまった⋯まとめます!皆様約一年間私の週一投稿というわがままにお付き合い頂き、本当にありがとうございました!これからもどこかの木曜日にお会いしましょう! 本当にありがとうございました!! ꕤ︎︎藤咲 ふみꕤ︎︎
夏の一歩目、幽霊の君
「あたし、にいさまが大好きなのに⋯」 夏の一歩目、淡い色彩の美少女は悲しそうに俯いた。 なんてことない一日になる予定だった。 けれど春なのに妙に暑いもので、普段は立ち寄らない近所でも謎に大きいって言われてるお屋敷の跡地に足を踏みいれた。私の目的は⋯ 「これこれー!わー、涼し気でいい気分!」 錦鯉の泳ぐ綺麗な池と、その近くにある東屋。 私は東屋のベンチにスクールバッグを置くと、錦鯉に手を伸べる。 「おいで、おいで!」 バシャバシャと音を立てて泳ぎ回る優雅な錦鯉達に、制服の中、全身の熱が引いてゆくのを感じた。 その時、視線を感じて顔を上げた。そこには 「わ、凄く綺麗な子⋯」 思わず声に出す程、綺麗な黒髪の美少女が立っていた。しかも今の時代に珍しい全身キッチリとした淡い桃色の着物姿。 「か、勝手に入ってごめんなさい!」 私はてっきりその身なりから、このお屋敷の持ち主の子なのかもしれないと思って頭を下げた。 するとその子は黙ったまま私の方に近付いてきて、衝撃的なことを言った。 「あなた、あたしが見えるの?」 その言葉に、私は固まる。 さっきまであんなに暑かったのに、なんだか背中がヒンヤリしてきた。もしかしてその言い方⋯ 「えっと⋯見えたら、いけないのかな?」 心臓が、ドキドキする。 それに満面の笑みの少女は 「うん!だってあたし、もう死んでるもの!」 その時私は齢十七にして、初めて 「ゆ、ゆ、幽霊見ちゃったーーー!」 と大騒ぎをした。 人が色々なように、幽霊も色々なんだなと、話してみたら分かった。 って、話すなよって、感じだけどね? 私はその着物の美少女の幽霊と、しばらく話していた。 その美少女は、昔にこの辺りの名家のお嬢様だったこと、このお屋敷はその当時のその少女の親の持ち物だったこと、そして美少女の名前は 「みお。私はみお。それでね、にいさまがいてね、にいさまはヤクザというものになったのだけど⋯丁度あなたと同じ位の歳だと思うわ!とても強いの!にいさまに会いたいな⋯」 なんと、幽霊みおのにいさまなる人は、ヤクザになったのだと言う!名家の生まれなのに驚きだ! 幽霊みおは、そのにいさまとやらに会いたいのだと、しきりに繰り返した。 「そうだ!写真!にいさまの写真ないの?って⋯昔に写真なんて、ないか⋯」 私が自分で自分の頭をコツンと叩くと、幽霊みおは、着物の胸元から一枚の紙を出した。 「これは写真というものよね?家族で一度撮ったの!にいさまはこれよ!素敵でしょ?」 驚きだ!幽霊みおの生きていた時代にも 「写真ってあったんだ⋯かなり荒いけど⋯えっと、みおのにいさまは⋯ってえ?リンダじゃん!?」 そこに写っていたのは、同じクラスのリンダこと林田(はやしだ)そっくりな男の子だった。そう、みおのにいさまは 「リンダだよ!リンダリンダ!」 テンションが上がって、なんか変な感じになってしまった。 だって、もしあのおバカなリンダがこんなお金持ちの名家と何か関係があったらと思うと、うん、テンション上がる! 「リンダ?ってなに?」 不思議そうにするみおに、私は説明しようとしたけど、すぐにやめた。 いいこと思いついたから。 「ねぇみお、にいさまに会わせてあげる!」 それにみおは嬉しそうに満面の笑みを見せ、頷いた。 次の日学校で、リンダに幽霊みおの話をした。 当然すぐには信じてくれなかった。 「お前、暑さでやられたんじゃねぇの?」 それでも引かない私にリンダは仕方なく、次の日の放課後、かき氷一杯ご馳走したら例のお屋敷跡地に来てくれると言った。 「ありがとう、リンダ!」 私のお礼に、リンダは凄く変な顔をしていた。 次の日の放課後、リンダと訪れたお屋敷跡地。 やっぱりみおはその日も 「いた!みおー、にいさま連れてきたよ!」 それにみおは嬉しそうに走ってくる。 季節は春の終わり、夏の一歩目辺り。素敵な兄妹の再会が見られると思った。 でも、物事はそんなに上手くはいかないね? だってリンダには 「おい、女の子なんて、どこにいんだよ?」 みおが見えなかった。 みおがリンダを見上げて、悲しそうに呟く。 「あたし、にいさまが大好きなのに⋯」 錦鯉の泳ぐ水音だけが涼やかに響き渡る。 夏の一歩目、私はなんて残酷なことをしたのだろうと、酷く後悔をした。 「バカリンダ!」 私はリンダに無駄に怒鳴って、リンダもなんで怒鳴られてるのかは分からず、目の前に、にいさまみたいな人がいるのに無視されるみおは泣きそうになって⋯そんな滅茶苦茶な私達は何も言わずに、静かにそこを後にした。 心の中で、みおにごめんねを言って。 約束は約束だったから、リンダにかき氷を奢った。 その時にリンダが教えてくれた。 「あのお屋敷よ、幕末の頃のらしいぜ!で、当時の所有者、もう首が回らない程の借金、抱え込んでたらしいぜ!それでさ⋯一人娘を遊郭に売ろうとしたらしい!でもそれを長男が許さなくて、自分が代わりに堅気の道諦めてヤクザもんになったんだとか⋯知ってたか?」 私はその話に驚く。それって 「みおは遊郭に売られそうになったってこと?それをにいさまが助けたってことよね?」 おバカなリンダにしては、よくものを知っている。 「まぁ、名前とかは知らねぇけど、あそこの歴史に詳しい人に聞いたらそういう話が出てきた!まぁあくまで噂な!そんでここからが大切だ!あそこもう随分古いだろ?そろそろ取り壊すらしいんだ⋯その⋯お前のいう幽霊?どうなるんだろうな?」 目の前でパイナップルのかき氷を頬張るリンダは、冷たさからなのかなんなのか、ちょっと顔をしかめていた。 取り壊されたら⋯みおはどうなるのだろうか⋯にいさまに会えないのかな? 私はそればかり考えて、折角のいちごミルクのかき氷を溶かしてしまった。 リンダの言う通り、お屋敷跡地は取り壊しのお知らせの看板が出た。 それに私は悲しくなる。 あれ以来私はみおに会えていない。 「取り壊される前に、会いに行こう!」 私は勇気を出して、久しぶりにお屋敷跡地に足を踏み入れた。 制服の衣替えがあと一ヶ月と迫った今日この頃、夏服のリボンは爽やかなスカイブルーで大好きだ。 夏の何歩目かを踏み出したお屋敷の中には、自然に咲いたのだろうか?青い綺麗な花が海のように凪いでいた。 その中をゆっくり進む。 と、そこにみおはいた。今日も一人、錦鯉を呼んでいた。 みお!と声を掛けようとしたその時だった。 みおがどこかへ走ってゆくのを見た。その先を目で追うと。そこには 「あ、リンダ!じゃなかった⋯あれは、にいさまだ!」 やっと会えたんだね! 私は遠くから、二人が抱き合って、にいさまがみおを抱き上げて豪快に笑うのを見つめていた。 もう消えゆくこのお屋敷で、二人は確かに笑い合っていた。 なんて美しいことか。 妹を思い自らの人生を犠牲にした兄と、その人生を知らず無邪気に兄を求める幼い妹。自然と涙が溢れた。 「もう二度と、離れないでよね!」 夏の何歩目かの蜃気楼のような、美しい二人の姿に、私は笑顔で手を振ると、声はかけずにそっと古ぼけたそのお屋敷を後にした。 それからその二人がどうなったのかを、知るのはそのお屋敷ただそれだけ。
僕の魔法使い
僕は小さい頃から 「魔法使いだった」 友達と集まってテレビの前、ゲームの電源を入れる。オープニングムービーが始まるこの瞬間のワクワクを、いつまでも僕は忘れないだろう。 初めは勇者が良かった。 男の子だもん、当然だ! でも勇者は人気者でさ、取り合いだった。だから仕方なく魔法使いを選んだ。なんか魔法が使えるのもロマンがあって素敵でしょ? そんな僕らはゲームの中、旅に出て、たくさんの冒険をした。 強い敵に出くわして、その度に大騒ぎして、笑って、時にストーリーに涙して⋯僕の魔法使いのリリアンと名付けたその子は、たくさんの呪文を覚えどんどん成長していった。 そして成長してゆく度に、仲間はどんどん減っていった。 みんなそれぞれの生活に忙しくなって、やがてそのゲームはプレイしなくなっていった。 でも僕だけはリリアンと共にゲームの世界で戦い続けた。 そして高校生になった僕は、世界的なeスポーツ大会に出場するまで、ゲームの腕前が上がっていた。 その頃にも、僕はソロプレイモードでまだ幼い頃にプレイしていたゲームで、リリアンとして魔法使いをやっていた。 時々フレンド申請が来て、誰かと行動を共にすることもあった。 その時は、魔法使いとして、きちんと勇者やその他の役割の人のバックアップをして敵を倒した。 リリアンはとても強くて優しい、素敵な魔法使いだった。 リリアンは綺麗なブロンドの髪に、緑色の瞳をしていた。初期版のリリアンは絵が荒くてよく分からなかったけど、アップデートを重ねていくうちに、どんどん美しくなるゲームのグラフィックに伴って、リリアンの美しさにハッとさせられたのをよく覚えている。 リリアンは敵を攻撃しても決して相手を傷付けない。何故敵意を持っているのか忘れさせる呪文をかけるのが、彼女だけの得意技だ!そんなリリアンを、僕は愛している。 リリアンには故郷にのこしてきた幼馴染がいる。冒険を終えたらその幼馴染と結婚して幸せになる。それがこのゲームのエンディングだ。 でも僕はゲームのエンディングを見たくなくて、ずっと冒険を続けている。 僕はリリアンをずっと縛り続けている。 でも 「冒険が楽しいから、仕方がないよね?」 そんなある日、異変は突然訪れた。 僕のゲーム機が突然起動しなくなったのだ! 僕は焦った。 この中には、リリアンとの冒険の歴史が詰まっている!しかもリリアンはまだ幸せになれていない! 「直れ直れ、直ってくれ!」 必死にゲーム機を叩く僕をよそに、一向に動かないゲーム機。 専門業者に修理を頼んでみても 「寿命でしょうね⋯正直こんな古い機種、もう見かけませんよ?これを機に買い換えては?内蔵のゲームのメモリーは諦める他ありませんね⋯大切なものだったと思いますが、お力になれず、申し訳ありません⋯」 と、もう事実上手の施しようはないと言われた。 「もうお別れか、リリアン⋯」 僕はやっと諦めて、リリアンに永遠の別れを告げた。 それから程なくして行われたeスポーツの公式試合。 それは何の因果か、僕が壊したゲームの最新版のソロプレイだった。 僕はみんなが攻略キャラに勇者を選ぶ中、一人魔法使いを選んだ。それは懐かしい、リリアンそのものだけど、僕のリリアンの記憶はない、魔法使いだった。 寂しさから、涙が出そうになった。 でも僕は魔法使いが好きだった。だって魔法使いは、誰も傷付けないから。 プレイしてゆくと、魔法使いはどんどんリリアンと重なった。 指に馴染むこの感覚。まるでリリアンを操作しているような感覚。 その時、大きな敵の前で、僕は絶体絶命のピンチを迎える。 「どうしよう⋯リリアンなら、使えた魔法があったんだけど⋯」 その時、画面内の魔法使いが突然コマンドにない動きを始める。それは紛れもない、リリアンだけが使えた 「敵意を忘れさせる呪文だ!」 リリアンは笑顔でそれを相手にかけると、僕に囁く 「最後の、魔法だよ!」 僕はその言葉に、涙が溢れた。 リリアン、リリアン 「ありがとう、さようなら!」 リリアンはそのまま故郷の幼馴染と手を繋いで、消えていった。 その試合に勝った僕は、それからもう二度とリリアンの姿を見ることはなかった。 リリアンの最後の優しい魔法は、僕を救ってくれた。 そうして僕は、魔法使いをやめた。 それからまた新しいゲーム機を買った。 壊れてしまったあのゲーム機の最新版だ! そして意気揚々とダウンロードしたそのゲームで僕は勇者と悩んで、また 「僕は魔法使いだ!」 そう、懲りもせずまた魔法使いになった。 画面の中で佇むブロンドの髪をなびかせる美しいその少女を、僕は見つめて、優しく微笑むと、また一から呪文を覚える冒険を始めた。
白い悪魔
「君は⋯天使?」 真っ白な羽を持つ不思議な生き物に、病室のベッドに座る少年はにこやかに話しかけた。 その生き物はため息混じりに言った。 「こう見えても私、悪魔なんだけど?」 悪魔には似合わない真っ白な羽、真っ白でフワフワな体⋯コンプレックスの塊だった。 白い悪魔は、いつもみんなに笑われていた。悪魔のくせに真っ白でおかしいって。 確かに仲間の悪魔はみんな、真っ黒な立派な羽に艶やかな黒い体を持っていた。 白い悪魔のパパだって、ママだってそう。立派なな黒い羽や体を持ってる。 「私だけ、なんでこんな真っ白なのよ⋯天使なんかに間違われるなんて、たまったもんじゃないわ!」 白い悪魔は吐き捨てるように言った。 でも目の前の、何故入院しているのか不思議な位元気な少年は、キラキラした瞳で白い悪魔を見つめていた。 「白い悪魔なんて、素敵じゃない!とても綺麗だよ?僕が呼び出したのが君でよかった!」 その言葉に、白い悪魔は生まれて初めて誰かに褒められて変な気分になった。 それと同時に思い出した。 目の前の少年が、自分を召喚したのだということを⋯。 「そうだ!あんたが私を召喚したのよね?召喚したってことは⋯意味わかるわよね?魂は貰うわよ?いい?」 それに少年は大きく頷く。 「勿論!僕の魂ならあげるよ!その代わり⋯僕の死んだ後に僕が生きてた証をこの世に遺してよ!それが僕の望!叶えてくれる?」 白い悪魔は、そんなちっぽけな望、死神に頼んでも叶えてくれたのにと思った。でもこの少年はまだ死ぬ運命になかったのだろう。 でも自分の魂を悪魔に渡してまで 「どうして自分の生きた証を遺したいの?」 それに少年は小さく笑って 「もう誰もいないから⋯事故で家族全員死んだから⋯だからせめて、僕が遺したいんだ、僕が、僕らが生きていた証を⋯」 少年はとても、寂しそうな目をしていた。 白い悪魔は、それをただ眺めていた。 「ケースNの三○五四!彼の家族は四人でした。父、母、妹、そして彼。休日に行ったドライブで、全員事故に巻き込まれ、彼以外が死亡。即死のため、魂の回収のみを行いました!以上です!で、悪魔であるあなたがなんでそんなこと死神の私に聞いてくるのですか?」 いつ来ても死神ってのは嫌味なヤツだ。 でもなんとなく気になって、あの少年の家族の話を白い悪魔は聞きに来た。案の定、全員事故で死んでた。あの少年の 「言う通りだ。」 白い悪魔はそれだけ聞くと、死神とはろくに会話もせずに、その場を離れようとした。 「ちょっとお待ちなさい!その少年は魂回収者名簿には入っていません!あなたは⋯魂を食らうつもりですか?」 死神に聞かれた白い悪魔は、舌を出して 「ええ、そうするつもりよ!それが悪魔だもの!」 と答えた。 死神の深い溜息が聞こえる。 白い悪魔はそれを無視して飛び去った。 美しい白い羽がバサバサと何枚か落ちた。 「天使、なら良かったのですけどね⋯」 死神がそっとそれを拾って独り言を言った。 「本当にあいつの家族、事故で死んでるんだ⋯しかも一人だけ生き残っちゃったんだ」 悪魔は人に同情しない。でも白い悪魔は何故かあの少年を哀れに思った。 だからだろうか?魂が欲しかったからだろうか? 白い悪魔はあの少年と契約をした。 少年が死んだら魂を貰う代わりに、少年の生きた証をこの世に遺すこと。 少年はそれからすぐに退院した。 そして施設で生活をしだした。 白い悪魔はそれをいつも見守った。 少年は人生に何度も絶望して、白い悪魔に魂を差し出そうとした。 けれどその度に白い悪魔は、悪態をついたりして、なんだかんだ魂を受け取らなかった。 白い悪魔は段々と、少年の幸せを祈るようになっていった。 だから白い悪魔はいつも、少年の傍で少年の魂の成長を見守った。 やがて少年だったその子は、青年になり、大人になり、結婚をし、子供も生まれた。 かつての少年はどんどん幸せになっていった。 その傍らにはいつも、白い悪魔がいた。 白い悪魔はかつての少年の幸せをいつも傍らで見守り、祝福した。 そしてやがて少年はおじいさんになり、天寿を全うする頃、白い悪魔に言った。 「僕の人生を、ずっと見つめ続けてくれて、ありがとう!君に約束通り、僕の魂をあげるよ!」 その頃になると、白い悪魔はもう魂なんてどうでもよくなっていた。 ただただ 「あんたに、幸せななって欲しかっただけだよ!魂はさ、要らないから、天国で大切な人に会うのに使いな!」 と言った。 なんて悪魔らしくないのだろう。 白い悪魔は見た目だけでなく、心まで悪魔らしくなかった。 けれどかつての少年は首を振る。 「もうね、僕の望は叶えて貰ったから⋯だからちゃんと君は魂を持って行ってよ?お願い⋯」 穏やかに微笑むかつての少年に、白い悪魔は涙ぐむ。 気が付くと、かつての少年には娘や孫ができていた。そう、自分が、自分達が生きた証をきちんと遺せていたのだ! そのことに気付いた白い悪魔は、そっと微笑んで 「分かったよ!あんたの魂、貰うよ!」 そう言って、契約通り、かつての少年から美しい魂をそっと受け取った。 かつての少年はそれに幸せそうに息を引き取った。 白い悪魔はその魂を食べることはせず、大切に大切に抱えて、自分の家の命のランプの中にそっとしまった。 それから何週間か経ったある日、白い悪魔が街を飛んでいると、かつての少年の孫が、一枚の絵を持って走っているのを見た。 その絵に描いてあったのは⋯ 「なによあれ?」 白い悪魔は笑った。 それは真っ白な羽の美しい天使のような、悪魔だった。
光の奇跡
俺は死神だ。 真っ黒なローブに銀色のカマ、かり取った魂の数なんてもう覚えていない。 そんな俺は普通の人間には見えないはずだった。そう、はずだったんだ。 「ねぇ、あなたなんでそんな暗い顔してるの?」 小さな女のガキが突然話しかけてきた。 俺は慌てて、魂回収者名簿を見た。けれどそこにそのガキの名前はなかった。 じゃあなんで 「お前に俺が、見えんだよ?」 ガキは不思議そうな顔をして、摘んだばかりなんだろう花を一つ取ると、俺の目の前に差し出した。 「なんか分かんないけど⋯暗い顔してる人にはお花、あげるね!」 そのガキはそう言うと、どこかへ走って行った。 「なんだあのガキ?花なんていらねぇよ⋯」 俺はその花を、手の中であっという間に枯らした。 午後、俺の姿は病院にあった。 もうすぐ魂を回収する対象が入院する病室に、俺はやって来た。 死神は魂を回収する前に幾つかやることがある。 一つ目は死の事前告知。 二つ目は対象者の最後の願いを叶えること。 三つ目は対象者の輪廻転生の手伝いをすること。 正直言って、どれも面倒くさい。でも死神の世界でそれらは全て大切なことと決められている。きちんとこなさなければ。 「邪魔するぜ⋯!」 一人きりで窓の外を眺めていた対象者に、そっと声をかけた。 すると対象者は柔らかい長い髪をフワリとなびかせて、振り返ると、俺に笑いかけた。 「あら、あなたはもしかして⋯死神さん?」 正直面食らった。こんなにもあっさり俺を、死神を認める人間がいるなんて今まで体験したことがなかったから。 「怖くないのか?」 俺の質問に対象者は 「怖いわよ⋯でも、ちょっと安心しちゃった!死ぬ時一人じゃないんだって思ったから⋯死神さんは死ぬ時一緒にいてくれるんでしょ?」 優しく笑う対象者に、何故か変な感情が沸いた。 テーブルを見ると、花が飾ってあった。それは 「さっきのガキの、持ってた花だ!」 愛おしそうにその花を愛でる対象者を見て俺はハッキリ理解した。その対象者が、さっきのガキの母親なんだと。 だからって、なんなんだ?何か変わることがあるのか? 「お花、綺麗でしょ?死神さんにも一つあげる!」 対象者はガキと同じだった。同じ顔で笑って、俺に花を渡してきた。 それに何かを思い出す気がした。お花どうぞって⋯昔にも誰かに、こんな風に 「俺はいつから⋯死神なんだ?」 それから対象者の最後の願いが、あのガキの幸せに生きてゆくことだということを知った。そしてそれを叶えることが俺の勤めだとも知った。 ガキは相変わらず俺を見ると、摘んだ花を一輪渡してきた。 「やめろ!俺はお前から母さんを奪うやつだぞ!」 それでもガキは無邪気に俺に花を渡してきた。 その度に俺はないはずのいつかの記憶を思い出した。笑顔で花をくれる女の子。笑顔で受け取る自分。 「どうして俺は、死神になった?」 そんなある日、対象者の死亡予定日、病院が火事になった。 俺は慌てて病院に飛び込んだ。魂を回収しないと!その前に、ガキを助けないと! その時、燃え盛る炎の中、思い出した。 俺は生まれ変わる前、貧しい子供だった。でも好きな女の子がいた。そんなある日村が、火事になった。それで好きな子を助けて、その代わりに俺は死んで⋯その子を助けるためなら 「なんだってします!悪魔にだって、死神にだってなります!」 花を配る子だった。笑顔で花を、配る素敵な子だった。あぁ、涙が止まらない。 前世を思い出した死神は、死神ではいられなくなる。早く魂を回収しないと⋯最後の魂を回収しないと!せめて俺が消える前に⋯あの美しい人の魂をこの炎の中から⋯! 段々足が、消えてきた。それでもカマを杖に必死に炎の中を歩いた。 そして対象者をやっと見つけた。ガキも一緒だった。 「死神さん!私はいいからこの子を、お願い!」 俺はその言葉に頷いて、美しい対象者の魂にそっと最後の死神のカマをかけた。 「ありがとう、死神さん!」 魂だけになった対象者は、優しく微笑んでいた。 俺はそれを見送ると、残りの力で、ガキを抱き上げると 「お前は幸せになれ!いいな、母さんの最後の願いだ!」 ガキは泣きながら大きく頷く。 「よし、いい子だ!走れ!まだ間に合う!大人が待ってるからこの大きな廊下を全力で走るんだ!」 ガキは大きな瞳で俺を見つめて 「あなたは?あなたは行かないの?一緒に行こうよ?」 と手を引いた。 でも、俺はもう足がなかった。 だから 「ごめんな、俺は、ここまでだ⋯必ず、幸せになれよ!」 笑ったのなんて、生きていた頃ぶりだったから上手くできたか分からなかったけど、きっと大丈夫だろう。 ガキは泣きながら、俺の手を離して走っていった。 そうだ、それでいいんだ。 段々体の感覚がなくなってゆく。もう俺は消えるのかと思った。 それなら最後に、美しい奇跡を、見せてやりたいと思った。こんなちんけな死神でも見せられる美しい奇跡⋯。 やがて火が消えた病院。そこから、ふわりふわりと、美しい幻のような、蛍のような光が溢れ出す。 火事の野次馬をしていた人々はそれに見入る。 「わー、綺麗!それに⋯なんか懐かしい光!」 それは俺が今までに集めた魂の欠片たち。 「自由に還って、いったらいいさ、愛おしい人の元へ⋯」 その言葉を最後に、俺はキラリと消えた。 「わー、綺麗綺麗!」 消える刹那、俺はガキの声を聞いた。 「ねぇ、今お母さんがいた気がする!」 あぁ、その光にも、地面に咲く花にも、お前の母さんはいる。お前の母さんは花になるって言ってたからな。 だからこれからも花を愛して生きてくれ。 その日の晩の花畑は、光の奇跡に歌うように一等美しく咲いていた。 俺はそれを愛おしいあの子と一緒に、空から眺めていた。
桜のような君の幸せを
「忘れないから、君も忘れないで?」 いつかの君は、そう言って春の中を柔らかく走って行った。 舞う桜の花、優しい陽だまり、ねぇもう一度だけ 「振り返って?」 もうすぐ孫が生まれる。娘が楽しそうに笑っていた。 「桜が咲く頃に、生まれるから⋯名前は桜にしようかな?」 その名に心が、ふわりと揺れた。 忘れたことなんてなかった。 あの頃の君を、忘れたことなんて一度もなかった。春によく映えるその名前の君を。 娘が僕の隣りを離れ妻の元に歩いて行った。 僕は一人、想い出の世界に残された。 幻の桜が舞う美しい街、君は綺麗にショパンを弾く女の子だった。 僕らはひょんなことから出会った。放課後の高校、ひとりでに鳴る寂しげなピアノの音色に誘われて扉を開けた音楽室。そこに君はいた。 「ショパンはお好き?悲しいけれどとても綺麗よ?」 そう微笑んだ君に、僕は見とれた。 多分一目惚れ。 音楽の知識なんて何も無かった僕だけど、君のピアノが美しいことだけはハッキリと分かった。 君の名前は、春に咲く美しい薄桃色の花の名前だった。 君はその花のように可憐で美しかった。 ピアノを撫でる美しいしなやかな指も、長いまつ毛も、ほんのり染まる桃色の頬も、全てが柔らかく美しかった。 僕らはいつか幸せになれると思っていた。思っていれば、幸せになれると、思い続けていた。 けれど美しい桜の花の咲いた頃、君は僕に言った。 高校を出たら、親が決めた相手とお見合いをして結婚をすると。 それは 「君の幸せなの?」 僕の問に君は寂しそうに微笑んで 「人はいつか死ぬわ。私もあなたも、いつかは死ぬわ。だから、忘れないでね?私と生きていたこと。」 桜の花びらの雨の中、君がくるりと踊るように回る。 「忘れないから、君も忘れないで?」 君はそう言うと、春の中を柔らかく走って行った。 舞う桜の花、優しい陽だまり、ねぇもう一度だけ 「振り返って?」 でも君はもう振り返らない。 僕が走って追いかければ良かったのだけど、何故か金縛りにあったように足が動かなくて⋯僕はその場に座り込んだ。 涙が止まらなかった。 桜の花びらと、僕の涙が、次から次にこぼれ落ちた。 春、僕は大切な人を永遠の中に見失った。 それでも人生は続いた。 君がいなくなった後の人生で、僕はどこか君に似た妻と結婚をした。勿論、忘れられない君のことは永遠の秘密だ。 そして子供も生まれ、僕は今中々に幸せなやってるよ。 でも桜が咲く度に、僕は君を想い出した。 君もどこかで 「幸せに生きているのかな?」 あの頃の幻の桜に手を伸ばす。ショパンの悲しげな、でも美しい音色が聴こえてくる。 あー、忘れないよ、君と生きたこと、君と生きた季節。 どうか幸せになっていておくれよ⋯。そう思いながら、僕はあの頃の幻の桜をひとひら手に取って、そっと空に返した。
白馬に乗った君
「多田(ただ)とだけは結婚したくない!」 そう言い放ったのは、もう何年前のことだろう? けれど多田は何故か毎年律儀にバレンタインチョコをくれる。しかも手作り。 「男のくせに、何よ!女の私より可愛いことしやがって!」 その言葉に多田は 「結構自信作なんだ!食べてくれよ!」 と微笑む。 なんかその笑顔がやけに爽やかで余計に⋯ 「ムカつく!」 多田の足を思い切り踏んずけてやった。 「いたっ⋯こら、乱暴は良くない!暴力反対!」 多田の呑気な声が響く。 私はそれを無視して、でもちゃっかりチョコは持って、走って家に帰った。 因みに多田の手作りチョコは本当に 「なにこれウマっ!あいつパティシエ目指した方がいいな!」 って独り言言うくらい美味しかった。 でも多田にはそれは秘密にした。だって⋯多田だもん。 多田との出会いは保育園の頃に遡る。 あの頃白馬に乗った王子様が迎えに来てくれることを夢見ていた可愛い女のだった私は、何がきっかけか多田と出会って、友達になって、で 「高校生の今に至るっと⋯」 周りの女子は結構多田推しが多い。冷静に考えたらそうかって思う。だって多田、意外と背、高いし、顔も爽やかでイケメン?な方だし⋯あと 「優しいよね⋯」 でも私は多田とは 「絶対結婚したくない!」 なんでかって?それは⋯分かんないけど⋯なんか多田とはいい友達のままでいたい気がするんだ。ふざけて遊べる、楽しい友達。 だから多田、お願いだから 「私を好きにならないで?」 その時目が合った多田が私に手を振って笑う。 私はそれに中指を立てた。 「バーカ!」 それでも多田は笑っていた。 何よ、多田って本当に 「なんなのよあんた!?」 それに多田は笑って 「立てる指、足りてないぞー」 とピースして見せた。 私はそれになんかすごい腹が立った。 多田のやつ⋯いつかあの天然優男、滅茶苦茶怒らせてやる! 何故か変な決心をした。 そんなある日、休日に仲間内みんなで遊園地に来た。なんかそこに多田もいた。 「なんで多田いるの?」 その質問に親友の子が 「ほら、多田くんに片想いしてる子がいるって知らない?あの子?さり気なくくっ付けてあげようと思って⋯協力してあげよ!」 あー、そういうことかって思った。ならお安い御用だ!多田よ、サッサっとその子とくっ付くがいい! みんなで遊園地を回りながら、私達はそれとなくその子と多田を隣同士にしてみたり色々した。 でもイマイチ手応えはなかった。 そのうち辺りは暗くなりだし、私がお手洗い行っている間に、多田はなんかちゃっかりメリーゴーランドに乗っていた。 「うわ、ウケる!」 笑った拍子に、足元の小石に躓いて転んだ。 別に痛くはなかったのだけど、その時思い出した。私が多田と結婚したくない理由。それは保育園の頃の遠足。メリーゴーランド、何故か一人で取り残された私は、ボンヤリみんなが回って来るのを見つめていた。でも一人メリーゴーランドに乗れなかったのが段々悲しくなった私は、遂に泣き出して⋯それを見た保育園児の多田が止まったメリーゴーランドから飛び降りて走って私の手を掴んで言ったんだ。 「僕がもう一回、一緒に乗ってあげる!だって、僕、君の王子様になりたいから!」 その時多田は紛れもなく、白馬に乗った王子様だった。メリーゴーランドっていう物理的にも、私の心的にも。 多田に手を引かれて乗ったメリーゴーランドは、本当に 「楽しかったな⋯」 でもあんまりにも素敵だったから、多田とは結婚したくないって思ったんだ。だって、夢を見ていたいじゃない?どんな童話もそう。ハッピーエンドの先は美しくないって、知っていたから。だから、あの瞬間だけが 「欲しかったんだよねきっと⋯」 ねぇ白馬に乗った多田?多田はいつまでも変わらないでいてくれる? その時、音楽の止まったメリーゴーランドから多田が私の方に駆け寄って来る。 「どうした?転んだの?怪我は?」 心配そうな多田の顔に、私は笑っちゃった。 「何笑ってんの?真剣に聞いてるのに?」 多田が少し怒ってる。 「ごめんごめん⋯なんかさ、白馬に乗った多田が迎えに来たなって思って⋯そしたら笑えた!怪我してないよ、大丈夫!」 立ち上がろうとしたら、足を少し捻っていたみたいで、よろけた。 それを多田がすかさず抱き上げてくれた。 でもさ、でもさ、この格好⋯ 「恥ずかしいからやめてよ、多田!」 でも多田はニコニコ笑って、私を離さない。 「いいよ、足痛いでしょ?このまま、このまま!」 呑気に喋る多田は、ゆっくり歩き出す。 ねぇ、多田?多田は私のこと、好き? それは聞かないで、そっと多田のほっぺたにキスをした。 「バ、バレンタインのお返し!何日か前、ホワイトディだったでしょ?」 多田も私も、顔を真っ赤にして、少し黙った後、多田が嬉しそうに呟いた。 「来年は、口に貰えるようにもっと頑張ろうかな?」 それに私は多田のことを叩きながら 「勝手にしたら、バーカ!」 と微笑んだ。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 最後までお読み下さりありがとうございました! 来週の投稿はお休みとさせて頂きます。 次回は3/27日(木)にお会いしましょう! 皆さんも適度にお休み、して下さいね!
青いバラ
花のたくさん咲く丘に、一輪の一等美しい青いバラが咲いていました。そのバラは他の花からも一目置かれる程美しく、特別な存在でした。けれどそのバラはそれを鼻にかけることもせず、他の花の美しさを褒めました。 「君は鮮やかな赤い色が素敵だね!」 「君は柔らかな桃色がチャーミングだね!」 「君は華やかな黄色が見ているだけで幸せになれるね!」 その青いバラは褒めるのが上手で、みんなの人気者でした。 けれどそんな平和な丘にある日、少しづつ変化が訪れます。 少しづつ、花達が枯れだしたのです。 それに花達は嘆きながらも、自分達の運命を受け入れます。 「仕方がないさ、寿命は誰にでもあるものだから⋯」 けれど不思議なことに、青いバラだけは一向に枯れることはありませんでした。 それに青いバラも他の花達も気付きました。青いバラは作り物の花なのだと。 けれど誰もそれを責めませんでした。だって、青いバラは一等美しく、一等優しかったのですから。 それからも丘の花達は次々に枯れてゆきました。 その度に青いバラは悲しみました。仲間を失い、それでも尚一輪生き続けることに、悲しみました。 そして遂に、丘の最後の花が枯れました。青いバラは本当に一輪きりになりました。それでも青いバラは生き続けなければなりませんでした。それが堪らなく悲しかった青いバラは、そっとその身から雫を零しました。 やがて春が来ました。 また丘には花がたくさん咲きました。 青いバラはそれがとても嬉しくて、咲いた花とすぐに仲良くなりました。 けれどまた咲いた花は枯れてしまいます。青いバラはまた仲間との別れを迎えました。 青いバラは、それにまた酷く悲しみ、自分も一緒に枯れることができたのならどれだけ幸せかと思いました。けれど青いバラは作り物の花。それは叶わぬ、夢でした。 そうして青いバラは、丘で幾度も幾度も大切な仲間を見送りました。 その度に胸を痛めて、悲しみの雫を常に流すようになりました。 それでも青いバラは、仲間を作り、見送りました。 青いバラは誰もが憧れる永遠を持っていたのです。その代わりに、その儚さも知っていました。 そんなある日、青いバラの永遠は、一人の無邪気な少女の手で終わりを迎えました。 少女が青いバラを摘み取ったのです。 青いバラは、静かに微笑みました。 「さようなら、みんな。ありがとう、僕はこれで幸せだよ!」 青いバラの最後は、とても美しかったと、花達は言いました。 永遠とは美しいものだったのか?辛いだけのものだったのかは、その青いバラにしかもう分かりません。
官能小説家の君
その官能小説は、とても艶やかで、美しく、時に悩ましく⋯僕はもうそれの虜だった。 僕はしがない編集者だ。 そんな僕がその小説に出会ったのは、ネットに投稿された小説を見て回って、良さそうな人に声をかける⋯いわゆるネットパトロールをしている時だった。 なんだか浮世離れしたその雰囲気と、『肉球推し太郎』なんていう名前のマッチしてなさに、まず目がいった。 それで何気なく作品を読んだ。そしたらびっくりする位の本格的な官能小説で、ドキリとした。でも不思議なことに不快感はなく、読めば読む程に世界に引き込まれた。 文章が美しく整っていて、いやらしさがなく、いやらしいシーンですら素敵な瞬間に昇華させているその作品に、僕は虜になって、この作品はイケる!と確信した!そして、その世にも不思議な『肉球推し太郎』さんという名の人に、メッセージを入れた。あなたの小説を、本にしたいと。 僕の属している出版社は幸いにして大手で、名が知れているからだろう、『肉球推し太郎』さんからはすぐに返信があった。 僕らはすぐに編集部近くのカフェで待ち合わせをして、詳細を話すことになった。 僕は先にカフェに着いて待っていた。 どんな人が来るだろうか?大人の男の人?いや、あの文章の感じは⋯線の細い綺麗な女性だろうか? 様々な妄想が頭を駆け巡った。 と、そこへ制服姿の可愛らしい女の子が顔を真っ赤にして僕を見つめていた。 ん?なんでこの子、僕のこと見てるんだ?この席、何か先約でもあったのかな? するとその子は恥ずかしそうにスクールバッグで顔を隠しながら言った。 「あの⋯○○出版の方ですか?私⋯に、肉球推し太郎と、申します!」 なんだ、肉球推し太郎さんか⋯って⋯ 「えー!き、君が肉球推し太郎さん?じょ、女子高生だったの?」 そう、あのエロい⋯じゃなかった、あのなんとも艶やかな文章を綴っていたのは、可愛らしい女子高生だったのだ! 「あの⋯恥かしいので⋯あんまり、見ないで、下さい⋯」 女子高生⋯いや、肉球推し太郎さんは恥ずかしそうに、顔を赤らめていた。 それから僕らは色々なことを話して、決めて、本を一緒に作っていくことになった。 ただし、肉球推し太郎さんが女子高生なことは勿論、女の子なことも、世間には秘密。 そうしてできあがった本『月花露』はあっという間に爆発的ヒット。官能小説ながら、美し過ぎる描写力に、女性のファンもたくさんついた。 それに恥ずかしがり屋の肉球推し太郎さんも、とても喜んでいた。 それから何作か官能小説を出した頃、肉球推し太郎さんが、あることを言った。 「あの、私⋯純愛小説を書きたいんですけど⋯ダメ、ですか?」 それは、突然の申し出だった。でも、これだけ名前も売れたことだし、ファンもできたんだ、あの官能小説家の純愛小説⋯食いつく人は多いだろう!僕はそれを許可した。 もうその頃には、僕は彼女の作品を愛していた。いや、恋をしていたと言った方が、正しいだろうか? そして間もなく彼女が上げてきた原稿は、一人の編集者に出会い恋をする作家の女性の物語だった。 文章は官能小説の頃と変らず美しく、淀みがなく、ため息が出る。 でも、これは世の中には出せないなって思った。だってこれ 「君の、ラブレターでしょ?」 僕は照れながら、そこまで野暮じゃない自分をちょっと悔やんだ。 肉球推し太郎さんはそれに真っ赤になりながら、下を向いた。 なんだよ?普段あんなにセクシーな文章書いてくるせに、中身はちゃんと女子高生だな? 「もっと大人になってから、素敵な恋をしなさい!」 僕は彼女の頭を原稿用紙ではたくと、それ以来もう彼女と一緒に仕事をすることはなかった。 それから随分と時は流れた。 僕は今フリーの編集者になった。 その僕の元に、今日も原稿を持ち込む人がやって来た。 それは懐かしい 「まだ変な名前で官能小説書いてるの?」 その問いに彼女は、照れくさそうに、笑った。 そうして僕らはまた一緒に本を作るようにった。 今度はただの作家と編集者ではなく、愛おしい作家の彼女とその編集者として。 だって僕は 「彼女の文章に恋をしていたのはそうだけれど、彼女自身にも恋をしていたのだから⋯!」 今日も彼女の書いた文章は美しい。そして、彼女もとても 「美しい。」
あの声優
俺は色々なキャラクターに声を当てた声優だ。その中には世界的に人気なキャラクターもたくさんいる。そんな俺は今日、不慮の事故で、死んだ。 俺は幽霊になって、テレビニュースをワクワクして見つめた。生前あんなにたくさんの人気キャラクターの声を担当したんだ、きっとお悔やみの特集が組まれることだろう! ところがニュースキャスターは淡々と俺の死のニュースを読むと、サラリと次のニュースにうつってしまった。 おいおい嘘だろ?あの国民的人気キャラクターの声だって担当した俺が死んだんだぞ!もっと騒げよ? けれどどこのチャンネルも、同じような感じで、ニュースでサラリと俺の死は扱われ、すぐに流された。 俺はショックだった。みんな俺の死に悲しんでくれると思ってた。でも 「悲しむどころか、関心すらなしかよ⋯」 俺は悲しみながら、一人馴染みのスタジオに向かった。 毎週のように声優として、アニメーションに声という名の命を吹き込んでいた思い出のアフレコスタジオ。 そこで俺は色々なことを思い返しながら、かつての仲間を見つめた。 と、そこには見覚えのない新人が一人立っていた。 「君も突然のことで重圧かもしれないけど⋯あいつの代わりに、頑張って新しい風、吹かせてな!」 プロデューサーが、押すそのこの子台本には、俺が長年務めた役名が書かれていた。 「もう、新しい声優、決まってるんだ⋯」 俺はそれに、仕方がないんだけど、寂しくなった。 時はなにがあっても動いた。死んだ人間を待つことはなかった。 そんな中、俺の通夜と告別式が行われた。 俺はそれをどこか他人事のように眺めていた。 みんな涙を流して、別れを惜しんでくれた。 祭壇は俺の生前の出演作で彩られ、美しかった。それがとても、嬉しかった。 俺とずっと仕事を一緒にしてきてくれたプロデューサーが、後は若い者に任せて、安らかに眠ってな!と言った時は、まだ誰にも俺の役はやんないよ!って言ってやりたかった。 でも、そんなことは無理だった。だって俺、もう死んでんだもん。 そうしてしめやかに幕を閉じた別れの儀式の後、まだ成仏できない俺は、俺のお別れの会にも顔を出した。 有難いことに、そのお別れの会には、たくさんのファンの子達が集まってくれていた。 それに俺は、誇らしくなる。 それと同時に、寂しくなった。 「もっとこの世で、仕事したかったな⋯」 その時一人の女の子が、膝を折って泣き崩れた。 俺はその子の元へ駆け寄り、そっと耳元で 「そんなに泣かないで、俺が死んでも、声は永遠に残るよ!」 と笑顔で囁いた。 するとその子は、その声が聞こえたようで、顔を上げて、周りを見回しながら涙を流して叫んだ。 「そうですね!そうよ、私が忘れなければ永遠に残るわ!愛してますターナー様!」 立ち上がって微笑むその子の口から出た名前は、やっぱり俺の名前ではなくて、俺の演じたキャラクターの名前だったけれど⋯まぁ、いいかって、思った。 「これが俺の、生きた証か!」 そう言って笑った俺は、いよいよ空に登ってゆく。次に生まれ変わるなら、声優になるのはやめておこう。次は俺がキチンと俺って、みんなに認識されるような、生身の俺自身として勝負できるような、そんな世界で戦うような、ヤツになろうって決めたものの、でもきっとまた声優になるんだろうなーなんて思いながら⋯青く澄んだ空の一筋の光に、なった。