四季人

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四季人

挨拶がわりに「読んだ記念」していくおじさん。

偽典・仮面ライダーについて

1)おじさんの解釈による初代ライダーリモデル 2)シン公開前に書き切る予定(イメージの重複回避の為) 3)誕生篇・混迷篇・斜陽篇の全3篇

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偽典・仮面ライダーについて

竹光、奔る

 井伊行忠は御家人である。  本家のような宮仕えにもならず、笠を編んでは酒を呑むだけの、つまらない日々を送っていた。  しかしながら、本人はそんな暮らしも一向に構わんという調子だったので、同心になった幼馴染たちも、行忠を説得する言葉を持ち得なかった。  ただ、それでも顔を合わせればいつものように飯や酒代をたかられるので、ついには見捨てるように離れていった。  満月の晩であった。  宵の口から店の端の席に座り込み、芋で呑んでいた行忠は、いつものように酒が進まず、気付けば卓の上に突っ伏していた。  これはいかんと手拭いで顔を拭き上げ、酒代を置くと、脇に置いた刀を取った。  軽い。  その刹那、行忠は背筋がじとりとするのを感じた。  掴んだのは、行忠の刀ではなかった。  店主に訊ねるも、「へえ」とか「はあ」とか言うだけで、行忠の刀の行方は一向に分からなかった。  途方に暮れながら、手に馴染まぬそれを腰に差し、仕方なく夜道を歩いていた。  そして、柳の辻に差し掛かった時、正面に黒笠を被った浪人が二人、見えた。  彼らは一歩も動かず、両手を下げたまま、幽鬼のように立っている。  ああ、成程。  行忠は合点がいき、彼らに一歩踏み出した。 「死ねば百姓も旗本も無えというが…」  緊張は解かぬまま、鞘を掴み、腰から離す。  …同時に、相手に気取られぬ角度で、するりと下緒をほどいた。 「腐っても井伊家」 「その腕、如何程か」  浪人どもが口々に言う。 「さてな」  行忠は腰を落として、鍔元に指をかける。  見えぬはずだが、浪人二人が嗤うのが見えた。  行忠は踏み込んだ。  彼の長い一足は浪人達との間合いを詰め、彼らに虚を作った。  まず、手前。  行忠は反りを上に返して刀を抜くと、一人目に切り掛かる。  月明かりの下、照らされたその刃は、竹であった。  浪人は不気味に嗤って刃を合わせるが、次の瞬間には柄尻で顎を砕かれた。  その様を、二人目が驚いた様相で見ている。  行忠は竹光を手放すと、すかさず鞘を投げ、彼の刀をばちりと弾いた。  そして、指に絡めた下緒を引いて鞘を手中に取り戻すと、ふらりと揺れた切っ先に鯉口を押し当てた。  ぎしり、と反りの合わぬ刀と鞘が悲鳴を上げた。  浪人は何が起こったか分からぬ。  その隙を突いて、行忠は浪人の手を掴むと、その刀身に真横から膝を入れた。  浪人が我にかえると、自分の手には物打ちで折れた刀、相手の手には、鯉口から折れた刃が生えた鞘があった。  行忠は、その不恰好な凶器を、まるで真剣の様に構えている。  浪人は、横で伸びている仲間を見下ろすと、無言で折れた刀を投げ捨てた。  心の臓が早鐘を打つ。  浪人は腰に差した、もう一本の刀に指を掛けた。  ぴくり、と行忠の眉が動く。  見覚えのある美濃鍔であった。  落ち着け、と浪人は自らに言い聞かせる。  虚を突かれなければ、刀を持たぬ眼前の相手に勝ち目などないのだ。  そして、柄を取り、彼はひと息にそれを抜き払った。  月明かりの下、  二本目の竹光が耀いた。  呆気に取られた浪人は、鞘を捨てた行忠に指を捻り折られ、その場で悲鳴を上げてうずくまった。  ふう、と行忠は息を吐き、彼から竹光と鞘を取り上げると、それを丁寧に納め、腰に差した。 「…返して貰うぞ、俺の竹光(あいとう)ーーー」  そう言い残し、彼は何食わぬ顔で柳の向こうへと消えていった。                          了  跋.本作について  とあるノベリー作家さんの殺陣に触発される形で書いた、極めて邪道な剣客バトルだよ。  正統な剣戟も好きだけど、武士道とは死狂い也、って雰囲気ゾクゾクするよね。  行忠は武士が嫌いだけど、親から譲り受けた美濃鍔だけは大事にしてるよ。

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竹光、奔る

星2つ、夜の下で

 7才の誕生日と、その翌日の事を、今でもよく覚えてる。  まず、誕生日。  秋に始まった特撮ヒーローの変身グッズがどうしても欲しかったので、プレゼントの包みを開けた僕は、飛び上がるほど喜んだ。  その日は何度も何度も遊び倒して、僕は僕が憧れるヒーローになりきったし、それがとても誇らしかった。  …ところが、次の日。  クラスの人気者だった男の子が、昨日始まった深夜アニメの話をみんなに聞かせていて、僕の話せる友だちは、みんな彼に取られてしまっていた。  彼には中学生のお兄ちゃんがいたらしいので、きっとその影響だったんだろうと思う。 「うちマンガも全巻あるんだ! …あー、でも、けっこーグロいから、ニガテなら見ない方がいいかもなぁ」  その言い方は、今ならイラッとくるものがあるけど、当時の僕は、とても大人っぽいと感じた。  彼の様子を見てから、僕は自分自身も、自分が憧れていたモノも、一気に子どもっぽいモノに思えて、惨めな気分になった。  やっぱり…それが僕の、大人に対するコンプレックスの始まりだったのだろう。  同級生が、青年誌のマンガを読み出した時。  コーラじゃなく、コーヒーを飲むのを見た時。  ゲームじゃなく、彼女の話を始めた時。  僕は、いつも静かに劣等感を抱いていた。  大人になるという事がどういうものかよく分からない僕は、いつも周りの誰かに触発されながら、無理矢理『大人っぽいモノ』に手を出し、気分だけ周りにあわせてきた。  でも、そんなものが上手くいくはずもなくて、僕はその度に、あの時みたいな惨めな気分になった。  …そして、今日。  いつもは降りない駅、いつもは入らない店に入った僕は、薄々勘づいてはいたけど、その瞬間に後悔した。  初めての同窓会に参加した僕は、友達に勧められるまま、初めて酒を飲み、一気に気分が悪くなって…やはりと言うべきか、座敷の隅で横になって過ごすことになってしまった。  酔いが覚め、なんとか起き上がれるようになった時には、みんなは解散するムードになっていて、同窓会を寝て過ごした僕を見て、赤い顔で笑っていた。  ………  まだ9月の頭だというのに、独りぼっちで歩く帰り道は妙に寒くて、それが慣れないアルコールのせいだと気付くのに、しばらく時間がかかった。  歩きながら、急に気持ちが悪くなって、僕は慌てて路地に入り込み、壁に手をつくと、地面に胃液とアルコールを吐き出した。  肩で息をしながら、汚れた地面を見おろして、自分がとても情けなく思えてきて、その感情に押しつぶされそうになった。 「おにいさん、大丈夫?」  妙に艶っぽい声に顔をあげると、すぐ横で、安っぽいパイプのスツールに腰掛けて煙草を吸ってるお姉さんと目があった。  華やかだけど綺麗な顔立ちを邪魔しないメイクに、胸元が開いて、裾も深くスリットの入った紺のドレス。  一目でわかる、大人のお店で働くお姉さんだ。 「ぇ…あ…平気です」  知らない人に声を掛けられるのが苦手で、狼狽える僕に、お姉さんは平気な顔でペットボトルの水を差し出した。 「コレ、飲んどきなよ。口付けてないヤツだから」 「…どうも」  僕は、そろそろと手を伸ばす。  なんか、受け取れる距離に近づくだけでもドキドキした。 「あ、お金…」 「いーよそんなの。 店からもらったやつだし」  言われて僕は、突きつけられたキャップの先を摘んで、お姉さんの細い指からペットボトルを抜き取る。 「ねぇ、顔色悪いよ。飲みすぎた?」  水を口に含む僕を見ながら、お姉さんが尋ねる。  心配してる口調じゃないのが、逆にとても優しく思えて、心地良かった。 「いえ…一杯だけ」  喉から胃に水が染み込んでいって、僕はようやくいつも通り喋れるようになった気がした。 「初飲みでかー。あるあるだね」  ふふ、と笑う。 「一人? 友達とかは?」 「えぇと、同窓会で…」 「…えぇ?」  少し苛立ちを感じる声。 「キミがそんな様子なのに解散したの? 冷ったいな」  僕は自分が怒られると思っていたから、その言葉にキョトンとしてしまった。 「や、僕…友達いないんで」 「…そう? じゃあしょうがないね」  お姉さんは、また笑顔になった。 「は…はは…」  不思議だ。  このお姉さんとは、今ここで初めて会ったのに、僕が出会ってきた誰よりも、僕を理解してくれてるような気がする。  僕は店の勝手口の段差に腰を下ろして、もう一口水を飲んだ。 「慣れないうちに外で飲むと危ないよ。飲めるようになりたいなら、家飲みから始めな」 「うん、そうします」 「素直だね」 「…でも、しばらくは飲みたくないかも」 「そーゆーもんだよ」  そう言って、お姉さんは足下の灰皿に吸い殻を押しつけて、2本目の煙草に火をつけた。  とても手慣れていて、流れるような動きで、僕はふと彼女が幾つなんだろうと思った。 「煙草は?」 「吸った事ないです」  本当は臭いも好きじゃない。 「それがいい」  お姉さんは夜空に向かって煙を吐いた。 「…じゃあ、なんでみんな吸ってるんですか」 「うーん…さぁね」  お姉さんは、はぐらかしてるのか、本当にわからないのか、煙草の箱とライターを見つめた。 「吸ってみたら分かるんじゃない?」 「でも、お姉さんも分からないんでしょ?」 「お姉さんて」  …あ、しまった。  女の人にはデリケートを超えた表現だったのか。 「キミとそんな変わらないと思うけどなー」 「そう、なんですか?」 「いくつだと思う?」  ニヤリ、としながらお姉さんは言う。  でた!  生まれて初めて投げかけられた、何答えても損をすると評判の質問に、僕はまたも狼狽えた。 「え…えぇ〜と…」  僕は、絶対にするだろう損の中から、一番マシな答えを選ぶべく、頭を巡らせた。 「…にじゅう……よん?」 「ハイはずれー」  やや食い気味な返事に僕は肩を落として見せる。 「変わらないワケないじゃーん。ホント素直だなー」  けらけらと笑うお姉さんの反応を見て、酷い損はしなかった事に、僕は少しだけホッとした。 「はい罰ゲームー」  言って、お姉さんは僕の方へ煙草の箱を差し出す。 「え、吸えないですよ」 「うん、だから、罰ゲームなんだよ」  ううん、こんな風にニコニコしながら言われたら、断りきれないじゃないか…。  僕は渋々手を伸ばし、箱から煙草を一本つまみ出した。  冷静にそれを口に咥えると、お姉さんはおもむろに立ち上がって、僕の鼻先で100円ライターを点ける。  僕は黙ったまま、フラフラと安定しない煙草の先端を火に近づけた。  なかなか火がつかなくて、内心焦り出した僕を見て、お姉さんが口を開く。 「…ちょっとだけ息吸うの」  言う通りにすると、口の中にキツい臭いと味が広がって、それが喉に触れた途端、僕は大きく咽せた。 「うん、期待通りだねー」  火を消して、お姉さんは満足そうに言うと、また夜空に向かって煙を吐いた。 「気持ち悪くなるから、最初は深く息吸わない方がいいよ」  そのアドバイスを聞くのもそこそこに、僕は数回煙を味わっては吐き出した。 「どう?」 「なんか…ヘンな感じ」  不思議な事に、自分で吸い込んだ煙草の煙は、そこまで不快な感じはしなくて、体のどこかにフッと落ち着いていくように思えた。  けど、…うぅん……やっぱりまだ、よく分からない。  僕とお姉さんは、しばらく無言で煙を吸い込んでは、吐いた。  煙を吸うたび、逆に頭の中のモヤモヤが晴れていくような錯覚があって、少し面白い。  そんな頭で、ぼんやりと考える。  同じ場所、同じ目的で、僕らは今ここにいる。  ただ煙草の火が消えるまでの、淡い繋がりが、なんとなく心地良い。 「…気に入った?」 「うん、…たぶん」 「じゃあ、あげる」  え、と言う間もなく、お姉さんは僕の方へ煙草の箱を投げよこした。 「禁煙するつもりだったから、ちょうど良かった」  そんな、ウソなのかホントなのかわからない言葉を煙と一緒に吐きながら、彼女は笑顔を作った。 「気をつけて帰りなよー」 「あ……」  その背中に投げる最後の言葉に迷っている内に、彼女は扉の向こうに消えてしまった。  お礼も、お別れも言えないまま、僕はただ、呆然とその場に座り込むだけだった。 「………ん」  いつも通りの朝。  僕は鈍い身体を引き起こす。  なんだか、ずっと夢の中にいたみたいに感じた。  上半身をねじって枕元を見ると、スマホの横に煙草の箱があった。  僕はその両方を取って、フラフラとベランダに出る。  青空の下で柵に寄りかかり、タバコの箱を開けると、減った煙草の隙間に100円ライターが見えた。  なんとなくクスッと笑ってしまって、僕は一本取り出して咥えると、それに火をつけた。 「………」  スマホを見ると、同窓生のトークルームが、昨日の晩の話題で盛り上がっていた。  相変わらず、色々と、分からない事だらけだけど、一つだけ分かった事がある。  煙草って、良い空気のところで吸うと、美味いんだな。                            了  跋.本作について  煙草、高くなったよ。未成年が手を出しづらくなるって意味で言えば、まあ悪くないと思う。おじさん今もうほとんど吸わないし。  ただ、やっぱり煙草って良いスイッチなんだよね。オンにも、オフにも使える装置ってそうそう無いよ。  “僕”は、きっと何しててもモヤモヤしちゃう若者だから、偶然“お姉さん”に会えて、良かったんじゃないかな。  きっと何年も同じ銘柄を吸うし、ガスが無くなっても、しばらく100円ライターは捨てないと思う。  それを自然と手放した時、ひとつ大人になるんじゃないかな。

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星2つ、夜の下で

テンペストの誤算

 紫紺のテンペスト?  …あいつは信用できねぇ。  あの作戦だって、奴のミスが無けりゃ、…犠牲者を出さずに済んだんだ。  厄災除けの名を冠した奴が、いっとう厄災に近いなんて、シャレにもならねぇだろ。               生存者Jhonny.B  機械生命体と人間の生存競争が、苛烈を極め出した時代…。  54機存在する、ナイト・タイプと呼ばれる人型機動兵器において、ダークカラーが割り当てられた機体は、過去には暗殺など、表に出せないウェットワークを専任していたサポートAIを搭載しており、中でもビッグデータの情報処理に長けた紫紺のテンペストは異彩を放つ機体であった。  戦略レベルでは人類と大きな差異をもたない機械生命体達だったが、戦術レベルにおいては、人間以上の連携力と団結力、そして何より、大胆な作戦変更をゼロ時差で行えるのが、その大きな特徴である。  そのような異質な敵性存在を相手取って戦争をするには、非人道的な戦闘記録を膨大に蓄積した、テンペストのようなAIが不可欠であったのだ。  故に、テンペストは、ことさら大規模戦闘地域において、敵の戦術を素早く察知し、次の展開を精確に予測するという、重要な任に就くことが多かった。  しかし、ここで人類軍は、未曾有の問題に直面することになるのである。  当時、磁気や宇宙線、重力渦などが複雑に絡み合う乱流宙域(タービュランス・エリア)は、機体や艦船が目標に向かって直進することも適わず、戦場として成立する事は無かった。  その為、機械生命体、人類ともに、所謂ハザードとして当該エリアを認識していたのである。  ところが、次元接続炉と並列型量子センサーを併せ持つ、機械生命体の新型機…いわゆる、シンギュラリティ(科学的特異点)の登場で、戦場の様相は一変してしまった。  通称『アルパ』と呼ばれるその機体は、接続炉とセンサーの働きで、磁気嵐や宇宙線をモノともせずに進軍が可能であり、それは正に、人類にとって半世紀振りの脅威となった。  そこで、人類は早々に虎の子であるテンペストを戦場に投入したのだが、その結果、誰もが予想していなかった悪夢のような事態へと急転したのである。  木星圏、ガニメデN4エリア。  3機のナイト・タイプに加え、9機の無人スレイヴ・タイプが展開されている。 「こちらハーヴェスト。ピルグリム、ターゲットを確認できない。何かがおかしい」 『こちらもロストした。イェーガー、どうだ?』 『こっちもだ。どうなってる? ヤツら量子テレポートまで実現したんじゃないだろうな?』 「よせよ、悪い冗談だ」  臙脂のハーヴェストの空間監視はナイト・タイプの中でもトップクラスの性能である。  数秒前まで観測できた敵機の熱源を見失うような事態など、戦闘経験値が低かった3世紀前ならともかく、現在ではあり得ないことだ。 『ちっ、テンペストめ、読み間違えたか?』 『まさか。そっちの方があり得ないだろ』  ピルグリムとイェーガーが口々に言うのを、ハーヴェストのパイロットは、やや焦った表情で聞き流した。  テンペストの予測では、重装〈ファランクス〉級の部隊が、ガニメデL3の生産拠点〈ネスト〉から多重侵攻してくるとの事だったが、現れるのは斥候〈スカウト〉か兵士〈ソルジャー〉がせいぜいで、この戦場に控えているらしい本命の戦力はほぼ姿を現さなかった。  そんな彼らが異変に気がついた時、真紅に染まったナイト・タイプが戦場に現れた。  キュロードという搭乗者を乗せた汎用機、テスタメントである。  テスタメントの蒼碧の目が辺りを見回す。 「どうなってる? テンペストの戦術予測と誤差がありすぎる。…テスタ!」 『ハイ』  高音で無機質なマシンヴォイスが応える。 「アルパの出現予測は?」 『不確定バイアスが膨大で、正確な予測までは…』 「構わない。直感で頼む」 『では…。シンギュラリティの出現率は不明。ですが、状況から、作戦指揮に深く関わっていると思います』 「アレが新次元戦略を覚えたら、今の俺たちの手に負えなくなるぞ」  キュロードは顔をしかめた。  そこまで思考して、彼は自分とテスタの直感に上がったアルパの存在が、テンペストの戦術予測の範疇にない事に、強い違和感を覚えた。  あのテンペストが、アルパの行動を予測していないなどという事があり得るだろうか…?  しかし、その違和感の糸を手繰る前に、戦況が変化する。 『真紅! 来たぞ、本命だ!』  イェーガーの悲鳴じみた声で、戦場に緊張が走った。  テンペストの予測に反して、三方からの一斉攻撃が始まる。 「なんだよコレ…! 想定外だ、クソッ!」  彼らは、慌ててデコイと弾幕でスクリーンを張りつつ、戦力的に厚みのない宙域へと移動していった。  本来なら、黄金のヴァジュラを中核とした遊撃部隊が敵の後方へ回り、挟撃を行う予定だったのだ。  ピルグリムは先程まで感じていた不安を払拭するように、大袈裟な立ち回りで敵機や敵艦を引き付けているが、ハーヴェストはキュロードと同様に、アルパの影が見えない事を気にしていた。  彼らの立ち回りを、遙か後方で眺める、白い機体の存在に気付いている者は、まだいなかった。 『現れました』  少年型のホロヴィジョンが、無機質に呟く。  テンペストの搭乗者サイアは、鎮痛な面持ちだった。 「エスト、ヴァジュラの位置は?」 『予定通りに』  慇懃に応えるAIに、サイアは覚悟を決めた。 「この戦いに、“今後の百年”が掛かっている…」 『その通りです』  エストは優秀なAIだ。  テンペスト、という不穏で縁起の悪い名前から、最上の、という意味合いでエストと名付けたのは、サイアである。  事実、テンペスト…いや、エストは今まで沢山の仲間を救ってきた。  彼女にとって、エストの提案は支配層の人間たちの、もっともらしい言葉の羅列よりも、ずっと信用できるものだった。  そんな彼女の身の振りを見、他の搭乗者の言葉を借りて“操り人間”と称してきた者がいたとしても、彼女は意に介さないでいられたし、自分たちの戦果には満足さえしていた。  しかし、シンギュラリティ・アルパの出現が、彼らの関係を壊してしまった。  今までの予測が通用しない行動を繰り返すアルパは、たった1機で戦況を変えてしまう可能性を孕んでいた。  そして、アルパの出現を期に、テンペストの戦いは、より一層周囲から理解を得られないモノへと変貌していったのである。  “アルパの有用性を、機械達に悟られてはならない。”  …それこそが、今日までのテンペストの至上任務になったのだ。  それでもサイアは、漠然とした不安を抱えながら、信頼するサポートAIの提唱した作戦を推し続いてきた。  だが、ついに今回、エストはサイアに一線を越えさせる作戦を打ち立てたのだ。  今作戦には、テンペストから仲間達に明かされない情報が多数存在した。  その一つが、仲間に犠牲者を出す、というものだった。 (必要な、犠牲…)  サイアは、胸に痛みをもたらす、その言葉を、何度も何度も咀嚼し、嚥下するように復唱した。  ガニメデN4の戦場は、見る間に激化していった。  その場にいる誰もが、テンペストの情報が正しく無いと痛感していたが、それでもなおそこに留まっていたのは、テンペストが大きなミスを犯した前例が無いからだった。  今は厳しい状況だが、最終的には収まるべき結果になる…。  そんな漠然とした、信頼とも呼べないような責任転嫁の念が、テンペストの作戦の内にあり、見事に利用されている事に気付ける者はいなかった。 『キュロード』 「どうした⁉︎」  膠着状態に陥っている最中に呼び止められ、キュロードは声を荒げた。  眼前に迫ったズィーロットをフォトンライフルで撃ち落とし、彼はテスタメントを反転させる。 『我々は囮にされている可能性があります』 「どういうことだ? いったい、誰に?」 『テンペストです』  テスタの一言に、キュロードは一瞬混乱した。  しかし、その言葉の真意を問いただす暇は無い。 「確証は⁉︎」 『ありません』 「テスタ! 冗談ならやめろ‼︎」 『いいえ、キュロード。ですが、“私なら”そうします』  ギュバババッ‼︎  敵機を仕留め損ない、反撃の銃弾を受けた。 「ッ‼︎」  キュロードは舌打ちすると、機体を捻ってフォトンブレードを起動し、距離を詰めてズィーロットを切り裂いた。 「テスタ、続けろ」 『………』 「…おい、テスタ?」  再度呼びかけるも、テスタからの返事は無い。 『キュロード』 「なんだ、どうした?」 『先程の発言は、その、ただのエラーです。忘れてください』  なに、と口走りそうになって、キュロードは唇を結んだ。  そして、その言葉を吟味するように半眼でホロヴィジョンを睨むと、短く「わかった」と答え、スロットルレバーを握りなおした。  その後の戦闘は機械生命体部隊の絶え間ない波状攻撃を一方的に凌ぐだけの状態が続いた。  アルパが仕掛けた消耗戦は、人間達の部隊を充分に混乱させ、不落であったナイト・タイプ3機を沈めるまでの戦果を挙げた。  人類に対して意図的に裏をかいた作戦を展開し、それが有用であったと実証されたのだ。  アルパと随伴する機体とで情報収集してる間に、テンペストは次の作戦を展開していた。  すなわち、シンギュラリティの捕獲作戦である。  戦場を舞う真紅の機体が掌の上であるとアルパに誤解させ、その間に火力の高いヴァジュラを後方に回す。  アルパが油断し、波状攻撃が緩んだタイミングを見計らって、テンペストは信号を送った。  サブジェネレータ7基を切り離し、簡易クロークを解除しながら、ヴァジュラはアルパの防衛部隊と随伴機を一斉に撃ち抜いた。  反応の遅れたアルパは反転し、敵わない戦力差である事を知ると、早々にガニメデの裏側へ進路を取り、後退しようとしたが、その先にはテンペストが待ち構えていた。  アルパの動きが鈍る。  すかさず、戦場から真紅の機体が飛来した。  機械生命体達が直面したことのない包囲網であった。  アルパは、ほぼ抵抗と呼べるような行動をとる間も無く、テンペストの捕縛ネットに絡め取られ、テスタメントの針のように細く伸びた最小出力のフォトンブレードで動力部を貫かれて、機能を停止した。  白い機体が行動不能になった事を確認し、キュロードはガニメデを背に浮かび上がるテンペストを見やった。  その姿は、正に不吉の象徴のようであった。  帰還後、テンペスト班は厳正な処分を受けた。  敵側の戦力を見誤った事。  シンギュラリティが作戦に関与する可能性を見落とした事。  そして、ナイト・タイプの機体を3機失った事…。  生還者であるピルグリムの搭乗者、ジョニー・ブロックの証言もあったが、彼の納得するような事態にはならずに終わった。  支配層が多くを占める軍上層部はテンペストのフェイク・オペレーションの実態を事前に把握していた上、想定よりも軽微な損傷でシンギュラリティ・アルパを捕獲できた事に、非常に満足していたからである。  とはいえ、彼らも軍内部の心象操作は行わなければならず、表面上は“厳正な処分”を下しておいた、という体裁をとっただけに終わった、というのが実態であった。  サイアもエストも、拘束や謹慎を受けずに済んでしまった事については不服を申し立てたが、彼らが作戦を提案した折に使った『今後の百年の為』という言葉を引用され、現場に戻された事についても上告のしようもなく、形だけの処分に終わった事と併せて、軍内部にテンペストの悪評が広く根深く伝播してしまう結果となった。  作戦前から覚悟はしていたサイアだったが、  “犠牲者を出したのに”  “作戦ミスだ”  “新型を捕獲したから、お咎め無しか”  “むしろ、判っていてやったんじゃないか?”  “まさか、わざと犠牲を…?”  彼女の責める声はいつまで経っても止まず、処分後5つ目の戦場で、彼女の乗るテンペストは撃墜された。  彼女とエストに同情するものは無く、その大きな功績と裏腹に、彼らは後世まで“味方殺し”の汚名を被り続ける事になったのである。 「テスタ」 『はい』 「知っていたのか?」 『いいえ』 「…途中で気づいていたんじゃないか?」 『………いいえ』 「………」  キュロードは、無言で視線を落とした。  いつもと変わらないホロヴィジョンが、こちらを見ている。 「そうか……」  彼は自分を納得させるように一言呟くと、真紅の機体を飛翔させた。                          了  跋.本作について  ファロスとテスタが出会う80年前の話。  テンペスト班は、おじさんが思う『嫌われ者』の理想系で、自分が知らないところでは良い人なのかも知れないし、そうであって欲しい、を形にしたものだよ。  事実を知っても彼らを許せない人がほとんどだけど、テンペストのお陰で生き延びた生命も、生まれる生命もある事を、キュロードは知る事になるよ。

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テンペストの誤算

クロノスの遺産−前篇−

 時元牢獄クロノスの中心に、“それ”を残す。  “それ”は後世に於いて、必ずや人類を救う遺産となるだろう。           ―――秘匿文書ファイルN239―B末文  時元牢獄クロノス攻略戦は、人類が初めて経験する、“違”時間戦闘行為だった。  複数の重力渦が複雑に絡み合ったネゲントロピー効果で、内部へ侵攻するほど時間の流れが遅くなっている。  その為、後衛や本部は前線に立つ戦力とは連携が取れず、報告を受信する際にも多大な時差が生じてしまい、作戦立案すらも手探りである状態が、なんと一世紀近くも続いていた。  しかも、情報の確度は低いとはいえ、通称〈禁域〉と呼ばれる中核部に至っては、時間の逆行も確認されたと報告された事もあり、前線からの帰還者の中には、やや主観寄りではあるものの、それを裏付けるような発言をする者も少なく無かった。  とはいえ、報告された情報を確かめる為に、戦力はともかく、多大な時間を費やさなければならないのは、人類軍首脳部の悩みの種であり、ここ半世紀の継続的な長期作戦においても、何とか戦線を維持するだけに留まる妥協案に移行しつつあった。  そんな折、総合時差指数0.78という比較的低リスクな進行ルートが開拓され、半世紀ぶりに大規模な侵攻作戦が立案されたのである。 「どう思う、テスタ」 『どう、って? 作戦の成功率?』  少女のホロヴィジョンが首を傾げる。 「いいや、例の遺産の正体さ」 『うーん…。正直、全然わからないよ』  それは支援AIらしくない言い回しであったが、ファロスはそれを天文学的な確率分岐の為だと理解した。 「上は?」 『たぶん、同じ事言うんじゃないかな』 「フム…」  ファロスは小さく唸った。  正体もよく分からない“遺産”とやらに、そこまで躍起になる理由には見当もつかなかったのだ。 『どうしたの? 不安?』 「いや…。…うん、そうだね」  今までは、どんな任務も……危険が伴う威力偵察でさえ、不安を感じる事は無かった。  しかし、この見通しのつかない時元牢獄攻略戦について感じる、不明瞭さゆえのフラストレーションは、およそ初めてと言っていい感情だった。  合致するかは分からないが、不安、という単語の色合いは、確かに正しいと思える。  ファロスの駆るナイト・タイプの人型機動兵器テスタメントは、新たに開拓されたクロノス進行ルートを目指し、青白い閃光を引きながら、暗黒宙域を軽快に進んでいた。  光が輪の様に歪む、事象の地平線。  複数の重力渦によって生み出され続ける、光の独楽のようなそれは、決して運動を止めない永久機関として存在し続けている。  ファロスの駆るテスタメントの後方で随伴する、3機のナイト・タイプは、それぞれ明碧のラバタール、蒼煙のプシュカ、そして、黄金のヴァジュラであった。 (あのヴァジュラが…)  ファロスは、静かに高揚していた。  今作戦の編隊には、欠く事のできない絶対条件がある。  即ち、人間の搭乗する機体は1機に限り、残りは搭乗者を必要としない機体で部隊を編成する、というものである。  違時間戦闘を行う上で、生命活動という時間制限は枷にしかならず、しかし最終的に『人間が判断を下す』という作戦規定をクリアする為には、この編成を採用する他ないからだ。  ファロスは、上層部が言うところの、栄えある指揮官というポジションに収まってはいるが、戦闘経験値上では4機小隊の下から2番目であった為、個体での戦闘力が著しく高いヴァジュラを編成に加える事で、強引に納得させられたようなものであった。  重力渦の重複宙域が近づき、随伴機が使い捨てのマーカーと有線プローブを放出する。  各機から集まる周辺データを集約し、テスタメントが不安定な宙域の様相を明らかにしていく。 (左舷は1.14、右舷は0.87…まだそんなでもないかな)  標準時流を1として算出する時差を確認しながら、時流が正常値に比較的近い宙域を通る為に、この確認作業は必須である。  目に見えない渦を避けつつ、ファロスの小隊はクロノス中心部へと飛翔し続けた。 『左舷、8時方向、重力震』  ヴァジュラの声に、ファロスは身構えた。  変動の先からやってきたのは、旧型の機械兵器ズィーロットである。  それらは青白いスラスター光を噴きあげると、牽制の弾幕を張りつつ接近を試みてきた。  ファロス達からすれば旧世代の遺物が、丸腰で戦いを挑んでくるかのような、異様な光景であった。  何か裏があるのか、と警戒する彼を尻目に、ヴァジュラとラバタールのビームが敵機の群れを切り裂いた。 『何もない。セオリー通りで良い』  ラバタールの言葉に、ファロスは息を吐いた。 『ラバの言う通りだ。ココの連中は、文字通りの意味で遅れてんのさ』  プシュカの言葉は軽薄だったが、事実その通りなのだろう、と、砕け散るズィーロットの残骸を見やり、ファロスは思った。  時間の流れが違うということは、即ち基底時間世界の技術競争から切り離されてしまう、ということなのだ。  時元牢獄にたゆたう生産拠点〈ネスト〉からすれば、基底時間世界こそ、高速の果ての未来兵器が蔓延る異界に映っているのかも知れない。  何にせよ、この宙域において、敵性存在は脅威ではないという意味が、ようやく理解できた。 『油断しないで、ファロス』 「テスタ?」 『もし逆行宙域で接敵したら、こっちがああなるよ』 「……まさか」 『作戦中に冗談を言うと思う?』 「……」  閉口するファロスを、ホロヴィジョンの少女が見据えている。 『深紅の言う通りだ』  ヴァジュラが二人を宥めるように言った。 『恐らく、ここの連中は逆行現象を逆手に取っているから、兵器を進化させていないのだ。…いや、させる必要が無いのか…出来ない、というのが正しいのかも知れん』 『そうね、時間平面上においては、進化や退化という変化概念がないのかも』  テスタが言うと、 『あり得る話だ』  ヴァジュラは短く同意した。 『あの闇雲に突っ込んでくる原理は、思考というより反射行動だったな。この宙域で一番合理的な戦術ということか』  ラバタールの落ち着き払った声が割って入り、ファロスは益々発言のタイミングを逃してしまった。 『そりゃ興味深い感想だね。違時間戦闘関連のレポートでも、似たような報告があったけど』  プシュカは好奇心を抑えきれない、という様子だった。  この中で、ただ一人の人間に出来ることなど、何もない。 「…わかった。もういいだろう、みんな、無駄口よりも先に進もう」 『そうだな。検証は落ち着いてからでも遅くない』  ヴァジュラが同意してくれたことで、ファロスはホッとした。 『各機、引き続き時流変動に気を付けて。警戒体制を維持』  テスタの命令に、随伴機達は一斉に『了解』と応えた。  5度目の戦闘の直後、プシュカの軽口が初めて消えた。 『テス! 逆行だ! ヤツら“戻って”くるぞ!』  ファロスが振り向くと、後方で朽ちかけていたズィーロット3機の破片群が、逆再生をかけた映像のように、スルスルと復元されていくのが見えた。  そして、完全に復元された3機は、すぐに現状を把握し、こちらに再接近してきた。 『ラバ、あのポイントの変動値は?』 『0.33だ。マイナスじゃない。9秒前に確認したばかりだぞ!』  答えたラバタールは、謂れの無い非難に腹を立てるような口調だ。  しかし、甦ったところで決定的な戦力差と結果は変わらない。  ファロス達はフォトンライフルの最小火力の反撃で、3機を再撃墜した。 『極小規模の重力渦の複合効果だ。こちらのデバイスでは観測出来ないが、連中には視えている可能性が高い』  ヴァジュラの冷静な分析を聞き、ファロスはぞくりとした。  破壊されたところで、このクロノス宙域に多数存在しているらしい局所的逆行現象で復活を果たせてしまうなら、連中の存在は実質無限という事になる。  さらに、それを故意に引き起こせるという事になれば、有限という檻の中に囚われたこちらに勝ち目は無くなってしまう。  その事実が恐ろしくなり、ファロスは朽ちた残骸にフォトンライフルを向けさせると、敵機の破片が見えなくなるまで撃ち続けた。 『…ファロス』  テスタの憐れむような声に、ファロスは我に返った。 「テスタ…ヤツら、あの状態でも戻ってこられるのか?」 『…うん、あたし達の推測では100%ね。…それか、存在した事実が基底世界にレコードされている以上、無からでも復活する可能性だってあるわ』 「そんなバカな」  『冷静になれ。立ち向かう必要はない、深紅の搭乗者』  ゆったりと説いたヴァジュラの言葉に、彼は少し落ち着きを取り戻せたような気がした。 「冷静になる時間があるのは、アンタ達、機械だけだよ、ヴァジュラ」  口をついた直後に、ファロスは後悔して、一言「…ごめん」とだけ謝った。 『構わない。我々は人間に追従するAIだ。それより…』  言って、ヴァジュラの黄金の指が、一点を指差した。  いつかと同じ様な所作に、ファロスは自然と指し示す先を見た。  巨大なブラックホールの脇に、惑星のような物が浮かんでいた。  あり得ない光景に、ファロスは混乱した。  あの位置で、物体が重力やその他の影響を受けないはずがないからだ。 『報告にあった外観情報と一致。対象を一次目標と断定。以降、対象を〈クロノスの遺産〉と呼称する』  ラバタールの声が遠くに聞こえる。 『あのさまがもう、遺産そのものって感じだ』  プシュカは言って、目標までの最適なルートを思索した。  ヴァジュラは全方位警戒の体勢に入って、テスタメントの前に出た。 『接触しよう、隊長』 「わかった」  ファロスは覚悟を決め、白く輝く淵に浮かぶ星に向かって、進行を開始した。  人類に最後に残された、その遺産の正体を求めて。                           了  跋.本作について  もともと想定してた話の運びから、あれよあれよと脱線してって、妙な本筋に変わっちゃったよ。  SF考証はそれっぽく誤魔化してるだけで滅茶苦茶いい加減だから、真剣にとらないで欲しいよ。  遺産の話は、もうちょっとつづくよ。

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クロノスの遺産−前篇−

雨、彼は踊る。

 果ての知れない積層都市に棲む者にとって、雨と死は同義だ。  定期的に大気洗浄の為に降り注ぐ水滴は、人体に甚大な害をもたらす微粒子を取り込んで降り注ぎ、やがて地の底を流れる死の川の黒い水に変わる。  降り注ぐ死を防護服で防ぐ事は出来るが、そもそも必要の無いない事をする人間は、この社会にはいない。  …いや、いたかもしれないが、きっともう生きてはいないだろう。  その感傷的な心象は、雨が降るたび私を憂鬱にさせる。  人類史を保存する、崇高な仕事についたばかりに、迂闊にも古代の文学に触れてしまった。  奔放に生きた時代の人類の感情や情緒など、この社会で生きていく私は知るべきではなかったのだ。  まるで、心を侵す病だ。  以前は何も思わなかった雨の風景を、いつしか私は“降り注ぐ死”だと感じるようになった。  それは、明らかに無駄な思考だ。  無駄な思考は、人間を殺す。  それは教義を唱えなくとも理解できる、この社会の根底に根ざす、謂わば真理のようなものだ。  一度侵された思考が正常に戻ることなど無い。  …その事実が、私を苦しめ続けている。  雨の向こうに、踊り子を見た。  若く美しい姿をした“男性型”ガイノイドだった。  長い四肢を揺らめかせ、しなやかなシリコン筋繊維の煌めきを、貧しい観客達に、惜しみなく振り撒いている。  くたびれた格好で周りに座り込む、3等級市民が相手であっても、彼らは人間のように差別などしないのだ。  その美しさに、離れた場所にいた私は胸を打たれた。  この感情を表す言葉に、私はまだ出会っていない。  ただ、生産性を感じないこの気持ちの揺らぎが、なにか尊いものであるという実感があった。  彼が踊り終えてお辞儀をすると、観客達は名残惜しげに去って行った。  彼を自由にできる資本など、彼らが持つはずもない。  あのガイノイドは、それを承知でなお、彼らに踊りを振る舞ったのだ。  私には理解出来ない。  私の不埒な視線を悟ったのか、彼は私の方に目を移し、抱擁のような微笑を浮かべた。  私は動揺して目を泳がせる。  彼はそれすらも許すといわんばかりに、雨の中を歩いて来た。  その異様な光景に、思わず吐息が漏れる。  雨を肌で受けながら、ガイノイドはゆっくり私の方へ近寄ると、少し離れた場所でピタリと脚を止め、その場で深く頭を下げた。  黒い粒子が浮いた、汚染水の滴が、彼の髪から頬を伝い、薄い胸板の間に落ちたのを見て、私は唾を呑む。  そして、雨の降り頻る中で、彼は踊り出す。  優雅で力強いステップが、足元で飛沫を上げさせた。  触れれば肌を爛れさせ、骨肉を蝕む、雫の形をした死を纏いながら、彼は舞う。  一度に幾つもの感情が想起されては移ろう。まるで胸を内側から掻きむしられるような思いで、私はその姿をいつまでも見守っていた。  あの雨の日から、2年が経った。  その間、私は一度もあのガイノイドを見かけることは無かったが、つい最近になって、壊れて廃棄されたらしいという話を聞いた。  この層では有名な踊り子だったそうで、機能が停止したのは私が見た数日後だったらしい。  彼は…。  いつから壊れていたのだろう?  …私と出会う前か?  それとも、あの雨のせいか…?  ……分からない。  分からないが、あの日見た彼の踊りは、人間が忘れ去ってしまった、“自由”というものだった気がしてならない。  ヴゥーン、ヴゥーン……  雨の警報が鳴り響く。  やがて降り出した黒い雨を眺め、私は不意に手袋を外した。  雨に近寄って、黒い雫を数滴、掌に受ける。 「………っ!」  痺れるような痛みの後で、皮膚と肉がぐにゅりと爛れてしまった。  そして私は、あの日の美しく濡れた肌を思い出し、彼の自由を羨んだ。                     了  跋.本作について  雨と自由。  人間が未だにコントロール出来ないものの一つが雨で、作中では更に自由を奪う象徴にしたよ。  ここでそれを克服できるのは人造人間…男性型なのにガイノイド(女性のアンドロイドの意)っていうのもフックかなぁ…人間である“私”が、それを見て羨ましがる構図が皮肉だね。  おじさんは雨好きじゃないよ。

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雨、彼は踊る。

B E S U C H −ベズーフ− Ⅱ

「ただいま」  アルマが玄関を開けると、家政婦のミランダが作ったシチューの香りが漂ってきた。  家庭的な空気に包まれて、やっと仕事の緊張感が解れたような気がする。 「おかえり、ママ!」  元気な声をあげて、6歳になる息子のマーフィーが、リビングから駆けて来て、思わず笑みが溢れた。 「マーフィー! いい子にしてた?」 「うん!」  抱きついてきたマーフィーは手に何かを握っていた。 「ふふ、また絵を描いたのね」 「ジェダイ!」 「本当に好きなのね。パパの影響かしら」  嘆息混じりに笑う。 「奥さま、お疲れ様です」  身支度を整え終えたミランダが、ニコニコしながらやって来た。  アルマは息子を抱き上げながら、「ありがとう」と答える。 「旦那さまのご夕食は、冷蔵庫の中にありますからね」 「助かるわ」 「では、また」  小さく会釈した彼女に、アルマに抱かれたマーフィーはブンブンと手を振った。  アルマはマーフィーと夕食を済ませ、彼をベッドに寝かしつけると、自室に戻ってパソコンを点けた。  そして、今日、マイケルから受け取った資料が入ったフラッシュメモリを差して、パスワードを入力し、これまでの資料と同じ場所にファイルをコピーする。  『コピー中…』というステータス表示を眺めながら、彼女はマイケルとの会話や、レヴェッカの顔を思い出していた。  レヴェッカ・オールセン、34歳。  元夫とは半年の別居生活の末、昨年末に離婚。  9月10日の午後7時頃、娘のケイトと共に突如失踪。  自宅から5マイル離れた現場には、エンジンが掛かったままの車が放置されていた。  そして、失踪から10日後、市内の公園で発見されるや、自ら保護を求めてきた。  保護当時は酷く錯乱し、『悪夢の中にいた』、『異形の化け物たちを見た』など…他にも意味不明な供述を繰り返していたという。 (今は、錯乱している様子はないけど、何か隠しているのは確かね)  レヴェッカは、聴取を担当していた前任者を気にしていた。  …しかし、それはアルマも同じだった。  彼女の聴取を自分が担当すると聞いた時には、前任者の話など聞いていなかった。  全て、資料が手元に来てから知ったのだ。  前任者が失踪した、という事実も、更に、その前の担当者も失踪していた、という事実も、…だ。  通常では考えられない。  立て続けに2人も失踪したとなれば、これはもう事件だ。  ごく普通の反応だが、アルマはそれを知って嫌な予感しかしなかった。  そこで、マイケルはその保障として、アルマと家族に5名の警護をつける事を約束してくれた。 (失踪……)  アルマは胸中で呟く。 (レヴェッカは、前任者達が失踪したと感づいている)  何故だ…?  …考えられるのは、二つ。  一つは、彼女自身が、なんらかの形で失踪に関わっている場合。  もう一つは、マイケルの話にもあったような犯罪組織が実在したとして…彼女自身が失踪者だった経験から、次は捜査関係者が狙われているのではないかという推測を立てた場合だ。  レヴェッカと直接話をした、アルマの直感で言えば、後者であろう。  彼女との対話に登場した、『ルール』という言葉が、どうしても引っかかってしまうが…それもやはり、現段階では、意味がわからないままだ。  …資料を睨む目が、霞み出す。  アルマは小さな欠伸を一つして、そのまま眠りに落ちていった。  ………………  …荒野を歩いていた。  重たいスモッグが広がる灰色の空の下。  草も木も腐り果てたように真っ黒で、土は雨の後のようにぬかるんでいた。  ここは、どこだろう?  分からないまま、歩き続けていた…。  ………………    セルフォンのアラームが鳴り、アルマは飛び起きる。  午前6時。  彼女は慌てて朝の支度を始めた。  アルマが部屋に入ると、レヴェッカは昨日と全く同じ様子で座っていた。 「こんにちは、レヴェッカ」  アルマは社交辞令的な微笑を浮かべながら、席に着く。 「…私の担当、降りなかったのね」  レヴェッカは、落胆とも、呆れとも取れる声で言った。 「ええ」  アルマは毅然と答える。 「どうして? 危険だと思わなかったの?」 「でも、必要だと感じたから」 「分からないの? 私に関わると危険なのよ」 「分からないわ。だから話を聞きたいの」 「………………」  レヴェッカは深く息を吐いた。  そうだ。  彼女は危険な事態に巻き込まれている。  しかし、その実態を把握するには、彼女からの情報が不可欠なのだ。  枷になっているのは、彼女が口にするルールのせいだというのだが、アルマにはまだその重さがわからなかった。 「レヴェッカ、あなたと…」  す、と紙の資料を前に出す。  昨日マイケルから預かった、ジェイコブの免許証の写しだ。 「…ジェイコブは、どういう関係なの?」 「………………」  それを横目で見て、レヴェッカは頭を抱えた。 「あなた達は同じ場所に居たんでしょう?」 「…ええ」 「彼の事は、以前から知っていたの?」 「いいえ。あの場所で、初めて会ったわ」 「それは、どこ?」 「…説明できない」  レヴェッカの沈痛な顔を見て、アルマは監禁の線に頭を切り替えた。 「彼は自分の事を何か話した?」 「いいえ、なにも」 「彼は…3年前、出張先から失踪していたわ」 「………………」  それまで空虚だったレヴェッカの目に、微かな意思が見えた。 「本当?」 「ええ。失踪直前、彼がロンドンにいた事までは分かってる」 「………………」  レヴェッカは息を呑む。  彼女も知らなかった事実なのだろう。 「彼に、家族は?」  その問いに、 「いないわ。ご両親も他界されてる」  アルマは簡潔に答える。 「いない…」  ゆさぶりの影響は確実に出ていた。 「レヴェッカ、お願い、教えて」 「………………」 「あなたは、あなた達は、一体どこにいたの?」 「…どこにも。どこでも、ない場所よ……」 「今、彼はどこに?」 「………………」 「あなたは知ってるんでしょう?」 「私が知っているのは……彼はもう生きていない、という事だけよ」  絞り出すように、彼女は言った。 「……どういうことなの?」 「彼は……ジョンは………」  レヴェッカは、重い口を開く。 「私が、殺したわ」                          続く

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B E S U C H −ベズーフ− Ⅱ

レプティリアンの魔宮

 機械共を追い抜けるなんて思い上がりさ。  俺達はアイツらを狩って、捌いて、そいつで武装して、  出し抜き続けていくしかねェんだ。  未来永劫な……。        ―――復元された音声記録の断片(発言者不明)  火星周回軌道、ポイントEZ643。  そこにレプティリアンと呼ばれる遊撃特化型兵器の製造拠点…〈ネスト〉があった。  レプティリアンは、その名の通り太古の爬虫類を模したような姿をしており、周囲の状況に合わせて戦術を変転させるといった特性を持つ。  その為、ナイト・タイプが指揮する小隊で波状攻撃を仕掛け、そのネストの位置を絞り込むという、年単位の長期作戦が展開されていた。  しかし、正確な座標を把握出来ないまま、人類は悪戯に戦力と時間を費やし続けており、その不明瞭な存在感から、当該ネストは〈魔宮〉と呼ばれるようになったのである。 「それで、その〈魔宮〉の座標が見つかったの」  3ヶ月のスリープから目覚めたばかりのファロスは驚いて言った。 『うん、正確には、巡航ルートだけど』  彼の目の前のコンソールに浮かび上がる、少女のホログラムが、あどけない声で答える。  ファロスの乗機である赤いナイト・タイプの機動兵器、テスタメントのインターフェースAIである。 「巡航? ネストが移動してたのか?」 『すごくレアなケースだね。あたしの記録にも無いから』  テスタメントは防衛拠点の一つ、カルカッセを出立し、遊撃任務に向かう途中であったが、緊急の次元接続通信を受け、〈魔宮〉攻略部隊に編成されていた。 「チーム戦は苦手なのに」 『文句言わないの。あたしがフォローするから』  テスタメントに嗜められ、ファロスは仕方なく進行ルートの変更を受け入れた。  1stランデヴーポイントに到着すると、既に戦闘が始まっていた。  戦闘特化型のナイト・タイプ、黄金のヴァジュラの背部ユニットから放たれたマルチホーミングレーザーが、暗黒の空間を割いて、同時に6機のレプティリアンを撃墜した。  どうやら、この宙域の敵機は、今のでほぼ片付いてしまっているようだった。 『…深紅のテスタメントのお出ましか』  ヴァジュラの深い声がファロスに語りかける。 「黄金のヴァジュラ…この目で見るのは初めてだ」  ファロスはヴァジュラの戦闘力に圧倒されていた。 『…そうか。世代が変わったのだったな』  ヴァジュラは、どこか寂しそうに、そう呟く。 『ここには他に5機のナイト・タイプが来てるんでしょ?』  2人の会話を切るように、テスタメントが割って入る。 『そうだ』  ヴァジュラの黄金の指が一点を指差す。 『この先に〈魔宮〉を永らく隠し通してきた複数の重力渦がある。俺がここで派手に暴れてレプティリアンどもを抑えている間、2機2組のチームがそれらを避けて侵攻する』 『ふんふん。あとの1機は?』 『漆黒のベリアルだ。ブラックホール爆弾を携行して単独潜行している。この作戦の本命だ』 「その爆弾、危険は無いのか?」  ファロスは訝しむ。 『400年前の事故の事を言っているのか? 安心しろ、木星圏にのさばるエルダーズの流用品だ。性能については信頼がおける。…ラボの連中は複製する前に使うなと喚いていたがな』 『渡さなくて正解ね』 『同感だ』  テスタメントの独り言に、ヴァジュラが同意したのを聞いて、 「人間も信用なくなったな……」  ファロスは自嘲気味に笑った。 「それで、俺たちはどうすればいいんだ?」 『テスタメントの合流は当初の作戦計画に無い。味方の動きを邪魔せず支援してくれれば、あとはベリアルがカタをつける』 「了解した。行こう、テスタ。ここはヴァジュラだけの方が良い」  言って、ファロスはテスタメントのコントロールを取り、機体を重力渦の方へ向かわせた。  青白いスラスター光が尾を引いて去って行くのを見つめながら、ヴァジュラは『人間か……』とごちた。  〈彼〉がパイロットを乗せなくなって、半世紀が経っていた。  テスタメントは慣性と重心移動による姿勢制御を駆使しながら、重力渦の間を抜ける。  旧帝国兵器軍が好んで使用する重力兵器は、任意のポイントに重力の渦を作り出し、磁場や物理兵器、及び光学兵器やセンサー類を狂わせる。  渦の端に絡め取られたら、中心まで一気に引き寄せられ、最悪圧壊するか、壊れない場合でも、時間牢に閉じ込められてしまう。  目に見えない渦を視覚化できるのはテスタメントのセンサーのお陰だ。 『11時から2機くるよ』 「回収は考えなくて良いんだ。撃墜しよう」 『おっけー。マスターアーム・オン。フォトンライフル・アクティベート』  ファロスがトリガーを引くと、テスタメントの右腕から翠の光条が伸び、前方から接近してきたレプティリアン2機を貫いた。  動力炉を失ったレプティリアン達は、そのまま機能を停止し、重力渦に飲み込まれて圧壊する。  それを横目に見届けながら、ファロスとテスタメントは〈魔宮〉を目指した。  そのまま3回程の戦闘をこなし、〈魔宮〉の北側からアプローチすると、眼下では別の戦闘による火球が煌めいていた。 『識別信号確認。翡翠のカッカラ、薄紅のブロッサム、濃燈のフリント、紫紺のテンペスト』 「テンペストか…」  ファロスの胸に、苦い思い出が甦る。 『深紅の!』  その時、少年のような声が響いて、ファロスの暗い感情を拭き消した。 『ブロッサム、63年ぶりね』 『いいや、15年2ヶ月と18日ぶりだよ。ネクロポリス攻略戦には、ボクも後方支援で参加してたんだ』  得意げに言うブロッサムに、パイロットのジェンマが「やめろ」と一言で制した。 『…ファロス・テスタメント、400秒前にベリアルのビーコンがターゲットの3マイル手前で静止したまま、動いていない』  ジェンマは、ぼやくようにそう言った。 「潜入がバレたとか?」 『そんなヘマをするヤツじゃない。……が、何を考えてるのか、わからん』 「僕らが行くよ」 『頼む。俺たち陽動班はここから動けん』  テスタのホロヴィジョンが、何が言いたげではあったが、ファロスは目配せして黙らせた。  彼はそのままスロットルを開き、テスタメントを〈魔宮〉の内部へと侵入させる。 『ファロス』 「悪い、テスタ。でも、ブロッサム達はともかく、アイツに背中を預けたくないんだ」 『分かってるわよ』  慰めるような口調で返すテスタに、ファロスは小さく「ありがとう」と呟いた。  〈魔宮〉の内部は、一般的なネストと同じで、防衛システムが厚い場所の先に生産ユニットが置かれていた。  防衛部隊のレプティリアン達にもクロークシステムは有効だったので、ファロス達は迷う事なくベリアルのビーコンが示す座標まで侵入する事が出来た。  ベリアルのハッキングを受け、システムダウンした区画だ。 『遅かったな、深紅』  昏い声に、ファロスはハッとする。  視線を動かした先に、白銀の立方体を携えた漆黒のナイト・タイプが佇んでいた。 『ベリアルよ』  テスタの声に、ファロスはゴクリと唾を飲む。 「ターゲットはこの先なんだろ? 何をしてるんだ」  緊張を悟られないよう、ファロスは注意深く告げた。 『オマエたちを待っていた』 「…どうして?」 『決まっている』  ゆらり、とベリアルが正面に向き合う。  頭部の赤いセンサーアイが微細な点滅を繰り返した。 (…光学通信?)  1秒間に最大140文字分の信号が送れるそれは、記録に残りにくい通信手段だった。 『…ベリアル、今の、あたしのコーデックで解けないんだけど』 『……フン』  不満そうな態度を見せるベリアルに、ファロスは眉根を寄せた。 「今のは、なに? テスタ」 『さぁ…』  テスタもかぶりを振っている。 『…それなら、それで構わん。…ここは消し飛ばしてやる。さっさと行け』  背を向けて飛び立つベリアルを呆然と見つめ、ファロスはテスタメントを退かせた。 「なんなんだ、アイツ」 『漆黒のベリアルは、あたし達にもよく分からないのよ…』  愚痴のように溢すテスタの言は珍しく、彼はその事にも静かに驚いた。 「…とにかく、俺たちの作戦は終了らしい。脱出しよう、テスタ」 『うん、そうだね』  ベリアルを敵から離す為、テスタメントは、わざとレプティリアン達の目を惹きながら〈魔宮〉の南側へ向かった。  〈魔宮〉の外に集結していたと思われていたレプティリアン達だったが、ネスト内部防衛用の戦力は思いの外厚く、相手をするには数が多かった。  その時、正面からテスタメントの5倍以上の体躯を持つ大型レプティリアンが出現し、ファロスは舌打ちした。 「ちっ、まだこんなに戦力が残っていたのか」  大型レプティリアンはフォールディングアームを広げ、テスタメントのボディ目掛け、プラズマカッターを振り下ろす。  それをヒラリと躱し、距離を取った。 『ウィスプの残量にはまだ余裕があるよ』 「蹴散らそう」 『わかった! フォトンバスター展開』  右腕のフォトンライフルの銃身が伸び、ガシャリと広がった。 『禁圧解除、チャンバー内正常に加圧、放射ベクトル固定』  唸り声のようなアイドリングを始めるテスタメントの周囲に、粒状のプラズマ光が漂い始める。 「おとなしく滅びてろ…‼︎」  死刑宣告のように強く囁いて、ファロスはトリガーを引いた。  刹那、超圧縮されたフォトンの光条が、大型レプティリアンの炉心を貫き、熱された飴の様に溶かし切った。 「今だテスタ! 前方にシールド展開、一気に脱出する!」 『まかせて!』  テスタメントの前面に薄い光の膜が浮かび、同時に背面のスラスターが一斉に輝きを放つ。  瞬間、凄まじい加重と共に、テスタメントのボディは〈魔宮〉の壁面を砕きながら、宇宙空間へと飛び立って行った。  火星軌道、ニジェリナ・コロニー。 『〈魔宮〉攻略もこれで完了か。長かったなぁ』 馴染みのブローカーの一人が、補給作業をしながら、しみじみと呟いた。 『これで火星圏も、残すは〈クロノスの独楽〉だけかな』 「重力渦の違時元空間だっけ…。あんな場所、人間にどうにかできるとは思えないね」  テスタメントの独り言に、ファロスは呻くように呟いた。  人間に、という言葉を発した瞬間、ファロスの脳裏に漆黒のナイト・タイプ、ベリアルの姿が浮かんだ。  本質的に、底が知れない機械は恐ろしく映る。  それは、この得体の知れない不気味な戦争が生み出した、新しい人間の本能なのかも知れなかった。  …終わりの見えない髑髏戦争は続いている…。                         了  跋.本作について  SF(すこぶる・不毛)短編。  主人公は何も変えられないし、活躍もしないし、勝ったところで状況が好転するわけでもない。そんな話だよ。  戦いの為に機械を作り出したら、コントロールしきれずに殆ど滅びてしまって、人間に残されたのは生き残る為の細々とした努力と、その中にあるほんの少しの娯楽性になってしまっているよ。  救えないねー。

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レプティリアンの魔宮

勇者の恋は みのらない

「ちゃっすー…」  サークル室のドアを開けると、今日も先輩は一人だった。 「やぁ、君か」  先輩はゲーム機の画面から少しだけ目を離して、こちらを見た。 「今日は何やってんすか? またドラクエ?」 「あぁ、3だ……」  先輩は少し哀愁のような空気をまとって、気怠そうに答える。 「どしたんすか」  先輩のクセに生意気な。 「フム…少し、昔を思い出してね……」  そう言って、先輩は窓から遠くを見る。  いやいや、それ出たのアンタ生まれる前だろがい。 「ドラクエと言えば…もし君なら、キャラメイクの時、どんな名前を付ける?」 「私っスか? えーまぁ、無難に自分の名前ですかね」 「うむ、まぁ、大体の人は、そうだろうな」 「先輩は?」 「俺はいつも†ロンギヌス†だ」  うっわ⁉︎ ダセェッ‼︎  ていうか、何その『†』って。 「だが、俺も初めてこのゲームに触れた時は、自分の名前を入力した。叔父の持ち物のSFC版を借りた時だ」  あぁ、いつか話があった、レトロゲー好きの叔父さんか。 「SFCはロムの中にバックアップを取る。ソフトそのものにセーブデータが保存される仕組みだ。俺が借りた時は、既に2つのぼうけんのしょがあった。『よしたか』と『まりあ』だ」  ふんふん。  ……うん、どうしよう。全く興味が湧かないんだけど。 「俺は叔父に聞いた。なぜ2人目の勇者の名前が『まりあ』なのか? と…」 「れ? 叔父さんの妹さんとかじゃないんです?」  私が聞くと、先輩は首を振った。 「結論から言うと…『まりあ』は、叔父の初恋の人の名前だったのだ」  俺が、小学生の頃の事。  叔父から借りたドラクエを返しに行くと、 「あぁ、まりあちゃんの事か…」  叔父は昔を懐かしむように目を細めた。 「俺が小学生の頃、勇者には自分の名前をつけ、仲間にはだいたい友達の名前をつけていたもんだ。…まりあちゃんっていうのはクラスでも1、2を争う可愛い子でね。俺も密かに好きだったから、女僧侶の名前は『まりあ』にしていた」  なるほど、と俺は納得した。 「僧侶のまりあは、勇者の俺がピンチになると、真っ先に回復してくれた。それは今思えば拙いAIのアルゴリズムだったのだろうが、リアルではいきもの係をやっていた彼女の優しさを体現しているようで、とても心動かされたな。…俺はまりあを常に最強装備で固め、ステータスをアップさせる種は全部彼女に使ったよ」  照れるように頬を掻く叔父は、どこか嬉しそうだった。 「ある日、それまで教室でもまったく話した事がなかった彼女が、ゲームソフトを貸し合わないかと提案してきた。…俺は迷った。彼女が借りたいと言ったのが、そのドラクエ3だったからな」  叔父は俺が手にしたSFCのカセットを指差した。 「万が一でも『よしたか』のぼうけんのしょを見られたら、女僧侶の『まりあ』に入れ込んでるのがバレてしまう。…だが、俺には『まりあ』を保存した冒険を消す事はできなかった」  その話を聞きながら、俺も静かに緊張していた。 「…結局、俺はそのままドラクエを貸す事にした。代わりに借りたゲームは、正直どんなものだったか覚えていないが」  今思うと勿体無かったな、と叔父はごちた。 「半年程が過ぎ、俺はまりあちゃんにどこまで進んだか聞いてみた。『あと少しで全クリ出来そう!』と彼女は笑っていた。…だが、その次の日だ……」  そこまで話して、叔父の顔が曇る。 「…まりあちゃんは沈んだ顔で学校に来た。心配になった俺は、勇気を出して聞いてみた。すると、彼女は目に涙を浮かべて言った。『転校することになった…』と…」  叔父は悲しそうな目で、ドラクエのカセットを見つめた。 「俺は、彼女が引っ越すその日までドラクエを貸した。家の前までお別れを言いに行き、俺たちはそれぞれ借りたソフトをお互いに返した。家に帰って、しばらくは何も考えられなかったよ…。当時の俺には、それくらいショックだった。そして……だいぶ時間が経ってから、俺は久々にドラクエを点けてみた。そこには、『まりあ』という名前のぼうけんのしょがあった」  叔父の目が、その時の画面をなぞるように動いた。 「その画面のまま、俺は何十分悩んでいたのだろう……。他人に宛てられた手紙を開封するような後ろめたさがあったからな。……そして、意を決して『まりあ』のぼうけんのしょを開くと、勇者まりあは仲間を1人しか連れていなかった……男僧侶のそいつの名前は……」 「『よしたか』。…そう、叔父の名前だった」  先輩の話に、私はちょっと涙が浮いてしまった。  なにそれ、切ない……。 「2人とも、お互いが気になっていながら、ドラクエの中でしか素直になれなかったのだ、と、叔父は寂しそうに笑っていたよ…」  先輩は言う。  ホント、なんて奥ゆかしいメッセージなんだろう。 「叔父さんは、その思い出を、ずっとカセットの中に残していたんスね……」  私は指先で涙を拭う。 「あぁ。だから、俺も今はとても反省している」  しみじみと、先輩はごちた。  ………………。  ………ん?  ん、ん? なんの話? 「え、どゆこと…っスか?」 「借りている時、俺は、そのカセットを落としてしまってな…」  眉間を押さえ、先輩は深く嘆息した。  え、まさか………。  まさか、まさか……‼︎ 「そのショックで、ドラクエのぼうけんのしょがすべて消えてしまったのだ」 「ナニやってンだ、アンタはぁぁあああッ‼︎」  私は迷わず絶叫した。  うっわ、やっぱマジ信じらんねぇよ、このパイセン‼︎ 「あの時は、バラモス戦手前まで行ってたから、落ち込んだな」 「いや、知らねーっスよ‼︎ 叔父さんに謝ってよ、全力でッ‼︎」 「謝ろうとしたのだ、返す時に。そうしたら、さっきの話が始まってな…」  ぅわ…確かにそれだと正直に切り出すの、難しい、かも…。  いやいや、でもでも‼︎ 「叔父は半年口をきいてくれなかったな……」 「まぁ……そう、っスよね……」  つくづく救えない先輩を見て、私はため息をついた。  叔父さん……かわいそうに。  私は、顔も見たことない叔父さんに、深く深〜く同情したのだった。                         了

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勇者の恋は みのらない

スーパーのヤマネさん

『お客様の声』  以前は置いてあったヤマギシのポテトチップスのり塩味が、お菓子コーナーにありませんでした。  近所で扱っているのはこのスーパーだけだったので、ぜひとも復活させて欲しいです! 『担当より』  ヤマギシのポテトチップス、どれも美味しいですよね!  担当も気に入っていましたが、メーカーに問い合わせたところ、一部工場閉鎖のため、生産数が減っているとの事でした(泣)  現在再入荷に向けて、ルートの確保を急いでいますので、もうしばらくお待ちください!  (担当は、ソルト&ペッパー味が大好きです)                         山根 『お客様の声』  自転車置き場がせまくて、いつもとめる時に苦労します。 『担当より』  申し訳ありません!  ノボリなどの設置場所を見直し、駐輪場を少しですが拡充いたしました。  後日、停車位置に分かりやすく白線を入れる予定です。  また何かありましたら、お知らせください!                         山根 『お客様の声』  お肉コーナーにあった豚の味噌漬けが、とても美味しかったです! (少し焦がしちゃいましたが)こどもからも好評でした♪  フライパンで焼くだけで、メインのおかずが揃うので、いつも助かってます! 『担当より』  ありがとうございます♪  表面についた味噌は甘味もあって美味しいのですが、焦げやすいので、少しだけ落とすと、更に美味しく仕上がりますよ!                         山根 『お客様の声』  レジの店員の態度が悪い。  ポイントカードやレジぶくろはいつも「いらない」と言っているのに、しつこく聞いてくる。 『担当より』  ご不快な思いをさせてしまい、誠に申し訳ありません。  レジ担当にお客様の件を伝えましたので、今後は気持ちよくお買い物をしていただけると思います。  貴重なご意見、ありがとうございました。                         山根 『お客様の声』  バスケのシユートがうまくきまりません。  どうしたらいいですか? 『担当より』  シュートのときは、ボールをゆびでささえるようにしてみましょう!  ヒザを、やわらかくつかって、まっすぐ上にジャンプしながら、ボールをおしだすようにうつと、ムラがなくうてるようになりますよ!  ユーチューブでプロのどうがをみるのもいいとおもいますよ!                        ヤマネ 『お客様の声』  いつも使ってるカナリアふんわり仕上げ(液体洗剤)がどこにも置いていなくて困っています。  入荷していただけませんか? 『担当より』  担当も愛用していましたので、無くなった時はパニックでした!  そこで、メーカーのHPで確認したところ、商品名とパッケージが変更になったようです!  [カナリア ソフト]という商品が、[ふんわり仕上げ]と同じ物になります。  また何かありましたら、お気軽にお声かけください。                         山根 『お客様の声』  ゾンビがきたらどうしたらいいですか 『担当より』  このスーパーは、たべものはありますが、ブキがないので、おとなりのシモカワ・ホームセンターにいきましょう!  チェーンソーや、しばかりきのあつかいがありますよ!                        ヤマネ 『お客様の声』  恋人募集中です 『担当より』  僕もです                         山根 「……山根さん、幸せになって欲しいな」  家族のトイレ待ちをしながら、お客様の声コーナーを見ていた僕は、気がついたら、そう呟いていた。                          了

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スーパーのヤマネさん