白水縁

15 件の小説
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白水縁

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花嫁の憂鬱

 人生一の晴れ舞台なのに、私の表情は暗い。 「前を見て、ドレスを蹴るように歩く!」  モデルという職業柄、綺麗に歩くことには自信があったのに、何度歩いても裾を踏む。  こんなことなら初めてのドレスは結婚式で、なんて拘らなければ良かった。

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花嫁の憂鬱

10ページ目

 昔はよく買っただけの本を床に積み重ねていた。これを終わったら読もう。そう思っている間に、次の本を買ってきてはその本を一番下に入れる。繰り返しているうちにひと山だけだった本も、次第に部屋の一角を占めるようになり、ついには部屋を埋め尽くす程になってしまった。  これではいけないと、iPadを買ったのをきっかけに電子書籍というものに手を出してみた。新発売されているものは書籍ではなく、電子版を購入。そうすると見るまに山積みの本は小さくなっていき、きちんと本棚へと収納された。やっと積読がなくなった。ようやくiPadの出番だ。きちんと考えながら買っていたから、きっとすぐに読み終わることだろう。  iPadを開いて、最初に買った本を探す。1ページ、2ページ……まぁ山に例えるならこんなものか。3ページ、4ページ。うん、この本を買った時はまとめ買いセールしていたからな。5ページ。あれあれこんなに買ってたっけ? 6ページ、7ページ、8ページ……。……。9ページ、そしてついに。最後の1ページに辿り着く。10ページめ――合計500冊。なんということだろう。これまでは足の踏み場はせめて無くならないようにしようと自重していたのに、目に見えなくなったぶん、本が増えすぎてしまった。  これでは当分、本が買えないではないか。せめて、せめて1桁のページ数で抑えるようにしなくては。

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10ページ目

ハロウィンナイト

「トリック・オア・トリート! お菓子にする? イタズラにする?」  部屋に入ってきた妻がそう言って僕にパイの乗った皿を差し出した。食欲をそそる香りに思わずお腹がなる。 「普通はしてもらうほうが聞くんだよ」  恥ずかしさを誤魔化すようにそう言って、すこし冷めてしまったパンプキンパイを頬張る。それは甘くて、優しくて、夕食を抜いていた僕のお腹を十分に膨らませてくれた。 「もう終わりそう?」  待ちくたびれたと僕の首に腕を絡み付かせる妻。目の前で、普段着とは呼べない薄さの袖がひらひらと揺れる。魔女のコスプレにしては随分と色っぽい。  あからさまな誘惑に、仕事モードはあっさりと消し飛んだ。僕のせいじゃ、ないからね。 「君が風邪をひいたら困るから、あっためてあげるよ」  就業時刻を遠に過ぎているにも関わらず、一向に終わらない作業に飽き飽きとしていたところ。後ろを向いて妻を抱き上げる。 「せっかくおやつを貰ったんだから、お礼はイタズラでいいかな?」  腕の中でハロウィンだもんねーと妻が楽しそうに笑っている。トリック・オア・トリートは本当はそう言う意味じゃないんだけど、まあいいか。

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ハロウィンナイト

しゃべるピアノ

 僕はピアノが嫌いだ。  何を弾いても「詰まんない」「意味わかんない」「へたくそ!」と詰られるのだから、たまったもんじゃない。だが、母も先生も首を傾げるだけでまともに取り合ってくれず、僕は半年もしないうちにピアノを辞めてしまった。  成長し、大学で初めてできた彼女にねだられて、ピアノを教えることになった。  家に招き、久しぶりにピアノの蓋を開き鍵盤を押してみると、昔と変わらない音が鳴った。 「優しくないわね!」  ピアノは怒っているらしい。  無視して、二人並んで椅子に腰かける。僕が左手、彼女が右手のパートを弾く。次は逆。妙なことに、気を利かせたのかピアノの声は聞こえず、おかげでピアノを弾くのが楽しかった。  彼女が帰った後、「今度までに練習しておいてね!」と渡された宿題のため、再びピアノへ向かう。さっきは楽しかったな。彼女のことを思い出しながら鍵盤を押す。 「良い音ね」  ピアノはうっとりとした声でそう呟き、それっきり声は聞こえなくなった。

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しゃべるピアノ

株式会社リストラ

 新しく入った会社は20名ほどの小さな会社なのに、グループ会社が10社ほどあった。グループ会社といっても全員が同じ場所、同じ業務内容で誰がどこの所属かなんて本人以外わからないようなな状態だった。 「それにしても、リストラされる人材ばかり集めてこの会社は大丈夫なんでしょうか」  自分のことは棚にあげ、のろのろと作業をする冴えない連中を見る。いかにも、といった連中ばかりだ。 「俺もそろそろ一年だから、もうリストラの時期なんだよな」  まだ比較的マシな部類のこの先輩がリストラされるのかという驚きと、一年でリストラされるという事実に震えていると、先輩は俺の背中を叩いて笑う。 「三か月したらA社に採用されるから安心しろ」  A社はグループ会社の一つだ。意味が分からず首を傾げていると、今の会社の前の会社は同じグループ会社のC社。今回で三度目のリストラだと教えてくれた。  全社員の平均勤続年数が半年から一年の謎が解けた。

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株式会社リストラ

みーつけた

 駅のホームで毎朝見かける女性がいる。白いワンピースのか細いその女性は、いつも倒れそうに階段を駆け上がってきては、停まっている電車の車内を覗き込んで、落胆した様子で次の車両を覗き込む。  どうやら誰かを探しているようだ、と察したのは彼女が毎日見かけることに気づいてから一週間程経ってからのことだった。私も毎日同じ場所で電車を待っていることもあり、一度気になり出すと駅に来る度に思い出してしまい、つい視線で彼女を探してしまっていた。  誰かを探しては見つからずがっかりする姿はとても忍びなく、手伝いましょうか、と声をかけたい気持ちもある。だが、そんな間もなく私の乗る電車が来てしまうものだから、未だに彼女のことは見守ることしか出来ていない。  あまりにも気になって、仲のいい友達にこの話をしてみると、友達は一斉に首を傾げた。 「なんでその人が誰かを探してるって知ってわかるの?」 「電車を待ってる間、暇なんだよね」 「え? でも電車は来てるんでしょ? 女の人が探してるんだよね?」 「う、うん。でもその人は向かいのホームにいるから」 「……どうして電車が来てるのに、向かいのホームにいる女の人が見えるの?」  言われて初めて気づいた。電車が停まっているのに、向かいのホームが見えるはずがない。ましてや、そこにいる人が何をしているかなんて見ることは不可能だ。  気持ち悪さを抱えたまま迎えた次の日、やっぱり彼女が階段を駆け上がってくるのが見えた。向かいのホームなのに、まるで自分が同じホームにいるように見える。思わず彼女の足元に視線を向けると、今までは足があるように見えていたのは、白いワンピースが揺れていただけだとわかる。彼女がいつもと同じように車両を覗き込んで人を探しだすと、向かいのホームにいた私の視界が、ドラマを見ているように引き、いつの間にか私が立っている場所に戻ってくる。  いつも通りの違和感のない光景の変化も、気づけば恐ろしく感じた。私は今どうなっているのだろう。  そして彼女は車両を一両ずつ覗き込んで、少しずつ私の方の車両へと進んできていた。もちろん、私と彼女の間には間違いなく電車があると認識できる。それなのに、彼女の行動がはっきりとみえた。  このまま見ていてはいけない。分かっていても目を逸らせずに彼女を目で追っていると、女性はなにかに気づいたように立ち止まった。 ――電車が参ります。黄色い線の内側までお下がりください。  聞きなれたアナウンスに意識を引き戻され、すぐにホームに電車が滑り込んできて視界を遮った。彼女はどうしただろうとホームの向こうに視線をやったが、いつもと違い不思議と彼女の姿は見えなくなっていた。  少しほっとして、停まりかけている車両の窓を視線で追っていると、やがて規定の位置で電車が完全に停止する。 ――ドアが開きます。ご注意ください。お降りのお客様を先にお通しください。  アナウンスに従い一度下を向いて立ち位置を確認して再び顔をあげると、彼女と目が合った。目の前にある扉の向こうに、彼女がいた。  嬉しそうな笑顔と憎しみの視線。  彼女の口がゆっくりと動く。  扉越しにもかかわらず、何故かはっきりと聞こえた。 「みーつけた」

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みーつけた

ベランダ菜園

「ベランダの植木鉢、飛んでないといいな」  台風が迫る前日、同僚がぽつりと心配そうな視線を外に向ける。風の勢いは増すばかりで、木の枝がまるでムチのようにしなっている。 「何育ててるの?」 「トマトだよ。まだ花が咲いたばかりでさ」  カレンダーを見て、今が9月半ばであることを確認する。 「トマトってまだ育てられるんだね」  知らなかった。と言うと同僚は驚いた表情で黙り込み、目の前のキーボードを叩く。画面を見ていた目が私を見る。 「まぁそういうこともあるかなー……なんて」  あはははと乾いた笑い声が返ってきた。どうやら時期外れということを知らなかったらしい。  話を聞く限り水しかあげていないようだから、ぜひ来年頑張ってほしい。

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ベランダ菜園

元気の源

 おばあちゃんは80歳を越えてもとっても元気だった。一人で料理も洗濯もするし、当時学生だった私とスポーツで良い勝負したりもした。友達のおばあちゃんは腰を痛そうにしたり、病院通いしたりしているのにそういう素振りもなかった。  私が少し歳をとって体の衰えを感じ始めた頃、その秘訣を聞いてみたことがある。おばあちゃんは大声で笑って、 「若者扱いされることよ」  と教えてくれた。  80にもなるおばあちゃんを若者扱い? 流石に混じりっけのない白髪で、こう言ってはなんだが皺もたくさんある。若者には見えない。  どういう意味かは聞いても教えてもらえず、すごすごと家に帰ったのを今でも覚えている。  結局、おばあちゃんは102歳で亡くなった。最後の最後まで元気だったので、悲しかったけれどポックリと逝ってしまったのはらしいとすら感じた。  葬儀を終えた数日後、片付けに時間をとられ近所のラーメン屋で手早く夕飯をすませることにした。 「らっしゃーい! お姉さん、お好みは?」 「油とニンニク少なめで」 「はいよー!」  反射的に答えて席についたものの、よくよく思い出してみればなんと呼ばれた? ……お姉さん????  もう30代半ばでお姉さんという歳ではない。けれど、久しぶりにお姉さんと呼ばれたことで気分が少し若返った気がした。店員さんにバレないようにやつく口元をそっと隠す。  重いかと思ったラーメンも疲れのせいかぺろりと食べ終えて「ご馳走様でした」とカウンターにラーメン皿を上げると、飴が入った籠が差し出された。 「お姉さんにサービス!」  そう言って満面の笑顔を向けてくれた店員さんに私の頬も綻んだ。1つ受け取り、店を出る。 「またお願いしまーす!」  家に帰った私は、ラーメンを食べる前と比べて10歳くらい若返った気がしていた。今ならなんでもできそうな気がして、ふと気づく。  おばあちゃんの元気の源はラーメン屋だったんだ。

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元気の源

アットホームな職場

 アットホームな職場を謳う職場に採用された。Web面接だったため、入社日の今日が初めての出社となる。  ナビに従ってたどり着いたのは住宅街にある一軒家。入る前から聞こえる怒声に震えながら中に入る。  入ってすぐの廊下に机があり、似た年頃の人に苦笑いで迎えられた。 「at homeな会社にようこそ」

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アットホームな職場

夢です

 プレゼンで失敗した夢を見た。  夢で良かったと胸を撫で下ろし、時計を見ると8時。  寝坊だ! 慌てて身支度を整えて家を飛び出した。  電車に乗って、これなら間に合うだろうとほっとしたところで目が覚めた。  夢で良かった。  ほっとして時計を確認する。  9時30分。遅刻だ。

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夢です