ホネナシちきん

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ホネナシちきん

旅立ち編④

(うーん、、、しくじったなぁ) ロゴスは困り果てていた。お互いに勝負を決めきれず消耗戦になっている。パトスはふたつの剣を持っているが、今回抜いたのは大剣、火力や一撃は重たいがスピードはかなり遅い。それに対して相手は攻防一体の盾と片手剣。いくら切り込んでも防がれてしまう。苦しいのは騎士の男もそうだ。攻撃は防げているが一撃の重さに体制を崩される。崩されてから一撃必殺を貰うのを憂いてかか引き気味に戦っている。攻めきれないロゴスと反撃できない騎士の男、ロゴスの方が優勢ではあるが、終わりの見えない戦いになるだろう。ロゴスの攻撃が度々相手を崩すことはあるが、相手も手練。蹴りや当身などの攻撃しか入らない。スピードで負けているロゴスは切先が触れ、切り傷が増えてきている。 (起死回生の一手はあるんだけど、、、使えそうにないな、、、隙もないし。それよりも、なんでこんなにマナが薄いんだろう) マナとは、空気中に滞在し、生物に作用する酸素などと同様の物質である。全ての生物は呼吸と共にマナを取り込み、体内へ魔力へと変換し魔法を使う。魔力は強さの指標にもされる。ロゴスがマナの薄さを不思議に思っている一方で騎士の男も疑問を抱えていた。 (こいつ、魔力持ってんのか?強化魔法も使ってねえみたいだし。こんだけ強いのに漏れ出す魔力が見えねぇ。それより魔法使ってねえのにこの強さは馬鹿だろ) と内心苦笑いをしている。各自で疑問を抱えながらまだ終わらない切り合いを続けている。 (あーもうめんどくさいなぁ) アテナはアテナで苦悩していた。対峙している髑髏の魔法士は死霊術師で、死体や骸骨、亡霊等、所謂死霊を使役して戦う。そしてこの女、その死霊術が規格外なのだ。視界が全て骸で覆われる程の量、この量を使役しながら地震も魔法弾を放ってくる。死霊自体はあまり強くなく、弱い魔法で倒れるのだが、いかんせん数が多い。倒しても倒しても湧いて出る。死霊の壁が厚く術者への攻撃も届かない。そして死霊術の厄介なところは他にもある。 (どんどんマナが薄くなる、、、死霊がマナを食いつくしてるな) 死霊は術者に操られているだけ。自分の体を保持するためにマナを吸い込む。それがこの量となるとかなり吸われるだろう。マナは魔力の源、このままロゴスと同じく耐久戦になれば苦戦は必至だろう。 (私は別に大丈夫だけど、問題はロゴスね。決め手に欠けてるかな、、、早めに終わらそう) そう心の中で決めるとアテナは大きく息を吸い込んで飛び上がった。 「馬鹿め!態々的になるなんて、やっぱりあなたも存外馬鹿ね!」 彼女は勝利を確信し、魔法を大量に放つ。死霊もアテナを引きづり下ろさんと死霊同士を足場にしてドロドロとせりあがってくる。 「うるさい。喚くなって言ったでしょ」 そう言うと同時に、放たれた大量の魔法が何かに当たるようにして弾け飛んだ。 「魔法は、複数用意するものでしょ」 アテナが腕を掲げると死霊の塊ごとまとめて包み込める程巨大な魔法陣が上空に浮かび上がる。 《天災・アトミックレイン》 アテナが腕を振り下ろすと、炎の雨が降り注ぎ、周囲を爆発で包み込んだ。死霊の群れは壊滅し、死霊術師も巻き込まれ吹き飛んでいく。彼女の悲痛な叫びも掻き消される程の爆炎が収まる頃には周辺は焼け野原になっていた。 「ちょっと暴れすぎたかな、、、」 アテナが地上に降り立つと、気を失いかけた死霊術師が転がっていた。それを見たアテナは容赦なく叩き起す。 「ちょっと、まだ寝ないでよ。アベルへの謝罪を聞いてないんだけど」 「ひっ、、、申し訳ありませんでした!」 消え入るような声で謝罪した。 「うん!よく謝れました!ぱちぱち〜、、、まあ、許さないけど」 とアテナは思いっきり顔面をぶん殴った。 「さてと、ロゴスの方に行かないと」 アテナはロゴスの戦う場所へと走り出した。 「、、、アテナ達、絶対なんかあったな」 作戦を決めていた2人も流石に気づいたようだ。 「この魔法、アテナさんの魔法ですよね、、、しかも上級の、、、助けに行った方が」 「いやいい。あいつら馬鹿強いから。多分『なんか襲われたからボコした』って言って帰ってくる」 「、、、ありそうですね」 と、2人は能天気に笑いあっていた。 「うおおおおぉ!?」 時を前にして、2人はアテナの魔法の爆炎を目にし、驚愕の声を漏らしていた。 「おいおい、ありゃなんだい。お前さんの魔法士か?」 「多分ね、、、俺もやりすぎだと思う」 話している間も鍔迫り合いをしている剣はギシギシと軋んでいる。 「そっちの魔法士死んだかも」 「そう簡単には死なねえんじゃね?」 軽く笑い合いつつ競合う中で カチンッ ロゴスはその一瞬の剣の乱れを見逃さなかった。すかさず相手の体制を崩し、今までと比べ物にならないほど重い蹴りをいれ、距離を離すことに成功した。 「悪いね。もう終わらせようか」 ロゴスは大剣を背中に収め、もう片方の剣を取りだした。それは、刃の模様が美しくなびく、鍛え上げられた刀だった。刀身は流麗な曲線美を持ち、軽い。速い攻撃を得意とする武器だ。武器を持ち替えた途端、ほぼ互角だった戦況がひっくり返る。ロゴスの攻撃が格段に速くなり、防ぎきれない。 「かは!」 急所への攻撃はギリギリ防いでいるものの、苦しいことには変わりなかった。剣戟に耐え切れず吹っ飛び、再び距離が出来る。その時、 「ロゴス!もう終わらせていい!切り札使えるから!」 と叫びながら走ってきた。 「よーっしゃ。これで最後だ。君は強かった。認める!だからこそ、全力で行かせてもらう」 ロゴスは高らかに宣言をした。騎士の男はニヤッと笑って 「受けて立つ」 と構えを取った。それを確認したロゴスが懐から何かを取り出す。 「行くよ」 それは精霊だった。小さな精霊が刀にくっつき、何かを集め始める。 《速擊流・剣技 爆雷閃光》 ロゴスが落雷のような速度で飛び出し、騎士の男を見事切った。騎士の男が崩れ落ちるのを確認し、ロゴスは刀を背中に収めた。 「ちくしょう。指一本も動かせねぇ」 騎士の男が不機嫌そうに呟く。 「お前、魔力持ってねえだろ。だから精霊の力借りてマナを魔力代わりに使ってんのか。よくもまあそんなことを思いつくもんだ。ただ、あれば精霊居なくても防げなかった。完敗だよ」 騎士の男は納得したように穏やかだった。 「そうだよ。俺は魔力持ってない。普通の人なら生まれた時から持ってるのに。その代わりあんなことできるようになったんだ。君は強かったし、惜敗くらいにしてもバチは当たらないと思う」 「ハハッそりゃお優しいこった。でも俺は完敗だ。それでいい。おら早く行けよ。逃亡者なんだろ俺はもう追えねえからよ、見逃してやらぁ」 「ああ、介抱してやれればいいんだけど、多分街の騎士団とか出てくると思うから失礼するよ」 と言い残し、去ろうとして背中を向けた時、 「おいお前!名前は」 「、、、ロゴス」 「ロゴスか、いい名前だ。ロゴス、捕まんなよ。お前は俺が倒して捕まえる。お前の仲間もな」 「じゃあ、絶対負けない」 と、言い残してアテナと共にアベルの元へ戻って行った。騎士の男の名前はウルド、後に剣聖と呼ばれる男だ。ウルドの見ている空には、爽やかな風が流れ、雲ひとつ無い快晴だった。

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旅立ち編③

街から逃れたアベル達は東の森を進んでいた。郊外の森は暗く沈み、昼間も夜のようだ。魔物も多く歩いているだけで危険を感じる。アベル達は身を隠しながら、魔物達が追えない速度で移動している。もはや人間業では無い。 「アベルさん、、、シャドウまでどのくらいですか」 グレースはこの5人の中で最も体力がないため、若干息が上がって遅れ気味になっている。 「このペースなら4日ほどか、、、この森は昼の間に抜けたいから暫くはこのペースだ。耐えてくれ」 そグレースは苦しそうな顔をしながらも必死に4人のペースについて行っている。森を抜けるにはあと半日、夕方になるだろう。森を抜けた先には何があるのだろうか。 「誤算だったな、、、森が長い」 今朝からあのペースを崩さず進んできたのにまだ森を抜けず、日が落ちている。元々夜のように暗い森だったが、日が落ちて僅かな光も消えてしまっている。木や石の輪郭さえ見えないくらい深い闇がアベル達を包み込んでいる。 「東は元々樹海だしなぁ。なっがいのも無理ないよねぇ」 ロゴスが気のの抜けた声で言う。低い位置からグレースの呻くような声も聞こえている。 「しょうがないからもうここで休むしかない。アベル、木とか葉とか燃えそうなもの持ってきて。焚き火作るから」 「え、いや真っ暗でなんも見えないんだが」 「ランプの燃料忘れたアベルが悪い。気合でどうにかして」 彼らはユリースからの脱出を急いだため、寝袋やテント等を持ってきていなかった。アテナがそれを指摘しながらアベルに難題を突きつける。アベルは言い返すことも出来ず、文句を言いながら焚き火の材料を集めに行った。アベルの声が聞こえなくなったあたりでパトスが聞く 「アテナさんって周り照らせなかったっけ、、、なんかトーチ?っていう魔法」 「まあ、、、アベルなら大丈夫でしょ。ランプ忘れたアベルが悪い」 アテナもグレース程では無いが体力が無い。色々あった上にかなり走って気が立っているようだった。パトスが苦笑いをしているとロゴスが呼び掛ける。 「パトス〜?魔物の気配がするんだけどー!そっちなんか居ないー?食えそうなら捕まえて食おうぜー!」 ロゴスはロゴスでこの状況を楽しんでいるようだ。 「こっちにはいないよー?そっち行くから待ってて。アテナさん、ちょっとロゴスの方に行ってくるからグレースと一緒に待っててください」 「あ、ちょっと、待って、行くなら、これ、持ってって、暗いから」 グレースは今にも死にそうな声でパトスに魔道具を手渡した。 「これは?魔力灯火?グレース、いいもの持ってるじゃん!」 パトスは魔道具を受け取ると身軽にロゴスの元にかけて行った。 「グレース、パトスが持ってった魔道具、アベルに渡せばよかったんじゃない」 「渡したかったんですけどね、話せなくて、私は皆さんより全然慣れてなくて」 「そ、じゃあもう休んでていいよ」 グレースはその言葉を聞いていなかった。もう眠っていて、アテナが困ったように自分のローブをかけ、隣でじっと座っていた。その一方でパトス達は 「んー?どこだー?」 「気配探りづらいなぁ、、、パトスも剣抜いといた方がいいよ」 魔物探しに難航していた。居ないのか、とも考えたが気配はするため警戒を解くに解けない状態だった。もどかしい気持ちを抱えながらも周囲を見渡していると、状況が動いた。周りの藪や低木がガサガサと音を立て始めたのだ。しかしまだ正確な所在を掴めず、身を固めていると、 「ウガアアア」 という鳴き声と同時に魔物が襲いかかってきた。しかし、次の瞬間には、魔物の首が飛び、血飛沫が舞っていた。 「、、、、、、うわあああくっそ負けたあああ」 「へっへーん私の勝ちー!速さだったらロゴスに負けないもんねー!」 二人はどっちが早く魔物を見つけて倒すかの勝負をしていた。そして今回はパトスが勝ったのだ。2人は笑いあって魔物の肉を抱えてアテナの元へ戻って行った。 「え何それ」 「これ?パトスが狩ったなんかの肉」 「違うそっちじゃなくて光ってる方」 「あぁこれはグレースがくれた」 「俺暗闇の中枝探しに行ったのに!?」 アテナがクスクスと笑っていた。2人が戻る前にアベルが先に戻ってきていたようだ。3人の前には焚き火が付けられ、温かく周りを照らしている。 「まあそれはいいとして、そのとってきた肉、それは、、、シャドウウルフか」 「食べられるやつ?」 「あぁ食べられるぞ。シャドウウルフは隠蔽魔法が得意な魔物だ。狩りづらかっただろう」 魔物一匹にも個性があり、火を吹く魔物から動かない魔物まで様々だ。シャドウウルフは暗闇に潜み気配を隠して狩りをする。柔らかく、さっぱりしている肉は人気だが、とにかく狩りづらいため、それなりの高値がつく。それを実質タダで食べられたため、かなり得をしている。 「辛いけど、ちょっとした幸せもあるもんだね、、、、、」 パトスがぽつりと発した言葉に、アベルはふわりと微笑んでいる。 ・・・・・・ 森での一晩終え、少し走るとそこは草原だった。森を抜け、かなり遠い、4つほど離れた街まで来ていたようだ。 「どうしますか、街で軽く休みますか?」 「いや、情報の伝達がどれくらい進んでいるのかも分からない。迂闊に街に入るのは危険だ」 パーティ内の頭脳派、アベルとグレースが話し合いを進めている間、他の3人は少し離れた場所で魔物を狩り、食料を集めていた。この辺りは小型から中型の魔物が多く、湖や果実なども潤沢だった。パトスは林に入って果実を集め、他2人は準備運動と言わんばかりに魔物を狩る。事態がが急転したのは猪の魔物を仕留めた時だった。 「おーおー、こんな所で何してるんだ?随分弱いやつばかり狙うもんだから初心者かと思ったが、違うようだな」 2人と対峙するように現れたのは髑髏のような杖を持った女と近衛騎士とよく似た風貌の男だった。 「ねぇ、こいつら指名手配中のパーティじゃない?私刑したとかいう。リーダーが馬鹿だと苦労しそうね」 「どうやらそうみたいだな、足らなくなった薬草探しに来てみれば一攫千金もできるとは、今日はついてるぜ」 2人は随分おちゃらけた様子だったがかなりの手練のようだ。アテナがロゴスに指示を飛ばす。 「ロゴス、命令」 「アベルさんに近づけるな、ですか?」 「違う。」 「、、、え?」 「女には手を出さないで」 そういうとアテナは魔法士でありながらも相手の懐に飛び込み、渾身の前蹴りを髑髏の魔法士に喰らわせ吹き飛ばし、後を追うように飛んで行った。その状況に唖然としていると騎士の男が口を開いた。 「なんだぁあれ、、、まあいいか。お前、だいぶ強いよな。手合わせ願おうか」 「あんまり戦いって好きじゃないけど、、、アベルさんの命を狙うって言うなら容赦はしないね」 先程まで元気なアテナ穏やかな苦笑いを向けていたロゴスの目付きが怒りに呑まれた大蛇のようになる。お互いに剣を抜き、それぞれの意志を固めた。 「俺の守りを崩してみろよ賞金首」 「、、、壊す」 吹き抜く風を合図に、ロゴスの大剣と騎士の男の剣が火花を散らした。 同刻のアテナと髑髏の魔法士も異様な雰囲気を出している。 「あんた、魔法士のくせに飛び込んでくるとか、どういう頭してるの」 「うるさい。赤子じゃないんだ、喚くな」 普段のアテナからは考えられないような重く、腹にズンとのしかかる声だ。落ち着いているがそのうちには今にも吹きこぼれそうな怒りが秘められている。 「アベルを侮辱するな。アベルに危害を加えるのなら、殺す」 「はっ!寡黙で大人しいお嬢様かと思ったら野獣のようね。私の死霊術で飲み殺してあげる」 2つの場所で強大な力がぶつかり合っている。

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旅立ち編②

「、、、、は!ぜっ、、、、きろ!」 「ごし、、、、ま!、、、、してお、、、した!」 「どうか、、、、生き、、、、」 まだ日が昇る前の宵の時間、夢の中で途切れ途切れの言葉を聞いたアベルは目を覚まし、飛び起きる。アベルの隣にはアテナが布団の中で静かに寝息を立てて小さくなっている。それを確認したアベルは今の出来事が夢だと気づき、安堵の溜息をついた。窓の外には雲がかかって薄く光る月が覗き込んでいた。まだ落ち着かない心に微かなざわめきを抱えたアベルは皆をを起こさないように静かに外に出て長年愛用している短く軽い、双剣を振るっていた。その剣は素早く、鋭い太刀筋ながらもどこか繊細で滑らかであった。 「アベル、何してるの。もうみんな起きて支度済ませたよ」 どれほど剣を振っていたかは覚えてないが月は陰っている。日はまだ出ていないがどこか明るく思える。アベルは促されるまま皆の元へ歩いて行く。心は落ち着いているが、ざわめきは未だに払拭できていない。一抹の不安を抱えて、彼らは依頼を遂行するために戦場へ向かっていった。 ・・・・・・ 盗賊団の潜伏している山は夜明け前ということも合わせさって暗く、不気味に佇んでいる。そこまで大きな山では無く、1時間もあれば山頂にたどり着ける程だ。この小ささで、場所もある程度割れている盗賊団のアジトを探し出すのは容易だった。アジトは欠けた石レンガで作られた誰も近寄らないような雰囲気を纏った山小屋だった。如何にも遭難者に祟られていそうなこの小屋は身を隠すのに適している。周囲の安全と情報の正誤を確認したアベル達は作戦の確認に移った。 「今回のメインはアテナとグレース。まずグレースが結界を張り、逃げ道を塞ぐ。そこにアテナが捕縛魔法を放って生け捕りにする。俺達3人はもしもグレースの結界から逃れたものがいた場合、逃げられないように周りを固める。自分の役割は把握したか。全員が配置についたら合図を出す。頼んだ」 「了解」 確認が住むと各自一目散に散開し、アテナとグレースは正面玄関、ロゴスは第2の入口である裏口に、パトスは正面玄関右壁の大窓、アベルは全体が見渡せる屋根の上に陣取り、合図を送る。合図を受けた二人はドアを破壊し突入する。 「なんだてめぇら!」 「ピッタリ17人、情報通り」 「逃げると痛いですよ!」 そういうとグレースは手筈通り結界を張り、15人を閉じ込めることに成功した。 《封殺の鎖》 アテナが魔法を放つと、地面に巨大な魔法陣が生成され、魔法陣に入った相手に鎖を飛ばし、封じ込めることに成功した。 「おいなんだこいつら!せめて俺らだけでも、、、、!」 と息巻いて逃げた先は 「はぁーい、近接戦闘で俺に勝てると思わないでね!」 ロゴスが陣取っている裏口だった。2人は咄嗟に臨戦態勢を取るももう遅く、瞬きをする間もなくどちらも殴られダウンしてしまった。 「ヒュ〜、いい当たり。鼻骨折れたかも」 「ロゴス、やりすぎ。それじゃあ情報出せないよ」 仕事がなかった大窓担当のパトスが駆け寄ってきて二人に治癒魔法をかける。その後は中に運び込み、アテナの魔法で縛った。今回の作戦はスムーズに進み、攻撃開始から制圧にかかった時間はなんと14秒だった。 「さーてっと、色々話してもらおうか」 アベルは1番近くに居た強面の男の前にしゃがみこんで笑顔を向けた。 「殺す気は無いよ。私刑は最も重い罪だ。そのまま騎士団へ突き出す。話してくれると嬉しいな」 と言うとアベルは笑顔のまま問いかけた。その笑顔はどこか狂気を纏っていて、強面の男の顔から色が抜け落ちるほどの威圧と恐怖を纏っていた。 「ベトレイヤ殿と繋がっているね?この盗賊行為も彼の支持だろう何故こんなことをする?何故彼と手を組む?何が目的なのか?全部話してくれよ」 色を失った男の顔に少しずつ色が戻り始め、それと並行するように話し始めた。 「ああ、そうさ。ベトレイヤとかいう奴に頼まれたから盗賊行為をしたのさ。ベトレイヤが何がしたいのかは知らんが、俺らにとっては有意義なんだよ」 男の顔は真っ赤になっていた。 「おめえらはいいなぁ!強くて、ふんぞり返って待ってるだけで仕事が来て!俺らにはこれっぽっちも来やしねぇ!来たかと思えば戦闘の必要のない雑用か、おめえらの溢れた依頼をやるのみだ」 「、、、、それは逆恨みだ。弱さを、強さを免罪符にして逃げるな。惨めだぞ」 「ハハッ!てめえらならそう言うと思ったよ。これは復讐だ。せいぜい地獄に生きろよ!」 高らかに言うと、盗賊団全員が魔法を発動した。首の周りが赤く光り、その光は徐々に刃を形成していく。その光を纏いながら盗賊団は笑っている。アベル達がその異様な光景に唖然としていると、赤い光の刃が首を両断した。 「、、、、アテナ、これはなんだ」 アベルの問いかけにアテナは死んだ男たちの魔力を元に、ひとつの答えを導き出した。 「呪いの魔法だね。強力な効果をもたらす変わりに発動条件が厳しいことが多く、負の感情を利用することも多いね」 「呪いは私の治癒魔法じゃどうにも出来ないんだよね。今回のトリガーは私達への恨み?かな」 「結局、ベトナムさんの目論見はわかんなかったな」 「ロゴス、名前間違えてますよ」 そんな話をしていると、大勢がこちらに向かってきている足音が聞こえ、正面玄関が勢いよく開いた。 「失礼する!ユーリス騎士団だ。正義の名のもとに、、、、とアベル殿?」 「これは、大団長殿、ここを嗅ぎ付けておられたんですか」 「ああ、盗賊団がここに潜伏しているという情報をベトレイヤ殿から聞いてな。して、何故アベル殿がここに」 「ああ、実は、、、、」 アベルがことの詳細を話そうという時に、騎士団の1人が声を上げた。 「大団長!盗賊団が全員死んでます!」 予想外の展開に騎士団が騒然とする。そして疑いの目はアベル達に向けられた。 「アベル殿?もしや貴方たちが?」 「いえ違います!私達は殺していません!呪いによって自殺を!」 パトスが慌てて否定するが、疑い深くなった騎士団には届かなかった。 「そもそも、貴方たちがここにいること自体がおかしい。なぜここにいる?」 「先日アベルにベトレイヤ殿から依頼がございまして、私と共に伺いました。騎士団が投げた盗賊団を制圧して欲しいと」 「なんだと?そんなはずは無い。第一我々はこの事件解決を投げ出していない。それに、今回この時間に盗賊団を確保出来ると言ったのはベトレイヤ殿だ。貴様ら、もしやベトレイヤ殿を私刑の盾にするつもりか?この状況で言い訳が通ると思うな。捕らえろ!」 大団長の合図で騎士団達が襲いかかる。それを合図にアベルが指示を飛ばす。 「グレース!結界を張って逃げる!」 グレースは返事をする前に結界を張り、騎士団を足止めし、固められてなかった裏口から逃走することに成功した。 「おのれ盟龍会め、逃げられると思うなよ」 ・・・・・・ 「これからどうするの、アベルさん」 あの場から逃げ切ったアベルたちは宿に戻り、次の作戦を立てていた。日はもう出切っていて、まるで火をつけたように街は明るく活発になっている。そんな街の様子とは裏腹に、アベル達は部屋の中、息を殺すように話していた。 「亡命、、、、しかないだろうな。こうなってしまっては弁明も説得も無理だ。時期に手配書が出るだろう」 アベルが神妙な顔で話す中、パトスとロゴスは納得のいっていない様子だ。それを宥めるようにグレースが声を上げる。 「まあなってしまったことは仕方ありません。イバラの道のような選択肢しかなくても進みましょう。道はあります。最悪の状況の中最善を選びましょう。結果的に最高の未来にするために」 グレースの言葉に心を突き動かされた4人はニヤッと笑って立ち上がる。 「そうと決まれば直ぐに行くぞ。追っ手もいつ来るか分からない」 アベルの言葉がパーティの士気を更に高める。そんな中でアテナが 「そうだね、行こうか。行先の提案なんだけどいい?」 と、話を進める。 「貧民街シャドウ、ここから東に1週間も進めば着く。もう使われていない鉱山の陰に隠れていて環境、治安共に劣悪。普通の人は近づかない絶好の場所」 「なるほど!確かに隠れるにはいい場所だな。そこにしよう!」 とロゴスが調子づいて言う。だが、全員意見は同じだった。話が纏まると各自旅支度をし、宿を発ってユーリスの外の森へと消えていった。 ・・・・・・ 政府の施設のとある部屋がまた慌ただしくなっていた。 「ベトレイヤ殿!」 「これはこれは大団長。どうかしましたかな」 「盗賊団を捕え損ねてしまった。有意義な情報を無為にして申し訳ない」 「おやおや、残念でしたね。何故ゆえそのようなことに?」 「それについても伺いたい。実は、盗賊団へアベルが私刑を下した。その際、奴はベトレイヤ殿の名を出したのだ。なにか彼と関わりがあったのなら教えて頂きたい」 ベトレイヤは貼り付けたような笑顔を大団長に向けて答えた。 「そんな事実は無いですよ。私の名を出せば許されるとでも思ったのでしょう。彼らは、そんなにも愚かだったのですね」 「そうか、やはりか!愚問でしたな、ベトレイヤ殿。気を害したなら申し訳ない。では、我々は奴らを捕えなければならないため、失礼する」 大団長は来る時と同じように慌ただしく部屋を出ていった。ベトレイヤはあの日と同じ不敵な笑みを浮かべ、太陽がそれを明るく照らしていた。 (アベル君、君は危険すぎるのだ。あの日から、語り継がれてきたように、、、、) ・・・・・・ 「アベル」 森に入ったすぐあと、パトスとロゴス、グレースが少し先を歩く中、アテナとアベルが誰の目にも止まらぬように話している。 「これからどうするの。予定とだいぶ違うけど」 「まあいいさ、、、、街に潜り込んで政府の内面を知るという目的は達成出来た。ちょっと、潰すのが早くなるだけだ」 「あっそ」 木漏れ日すらも許さないほど森は深くなって暗い。また、不穏な空気が世界を駆け巡っている。

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《旅立ち編①》

昔、この世界は四つの種族から成っていた。知識を司り、世界を創った神族、強大な力を持ち、世界を平定した竜族、自然を護り、魔力を広めた多魔族、知恵で世界を動かし、文明を発展させた人族が共存していた。しかし、そんな世界に歪みが表れる。神族が知識の独占を始め、多魔族が文明の発展を阻害しだした。そしてその行為を竜族が見逃し、挙句三種族は同盟を組んだことにより、戦争が始まってしまった。このまま人族は蹂躙されるのみかとおもわれたが、突如異界から謎の超生命体が出現し、三種族に大打撃を与え、そのまま人族が勝利し、終戦を迎えた。これが後の《ユーリスの奇跡》である。そして今現在、世界は人族が統治している。持ち前知恵を活かし、物流や経済を発展させ、統治形態を完成させたのだ。 「なあなあ聞いたか?盟龍会」 「あーあの最強の?またなんかすごいことしたの」 「北の火山湖の主、火蜥蜴を鎮めたらしい」 「本当か?あそこは長いこと定期的な噴火に悩まされてたからな。やっぱ偉大だ」 男二人はそんな話をしながら大きな通りを歩いていく。そんなふたりを横目にカフェでくつろぐ2人組がいた。 「私達すっかり有名人だよね!テンション上がるー!」 青髪の少女は誇らしげにケーキを頬張っている。 「そうだね。あっほら、あんまりはしゃぐと危ないよ」 向かいの席に座っている薄い黄土色の髪をした少女が彼女を宥めていると 「おーい2人とも!まだ食べてる?」 一人の男がテラスの外から2人に問いかける。 「ふぁ、ほぉうかひたの?ふぐひっふぁほうふぁひひ?」 「あぁほら、食べながら喋らないの。ごめんねロゴスくん。もう少し待って貰えないかなすぐ行くから」 「わかった。ゆっくり食えよー!喉詰まらせるぞ!」 そういうとロゴスはカフェの入口の方へ回って行った。 「じゃあパトス。私お会計してくるから。 ゆっくりでいいよ」 「ふぁい!」 少し慌ただしくなって来た休日は雲がまちまちとあるいい天気だった。 ところ変わって政府の本部の一室にて、なにやら話し合いが行われていた。一人の老人と青年が向かい合わせに座り、青年の後ろには少女が立っている。 「お久しぶりです。ベトレイヤ総監督官」 「よく来た。えーっと」 「アベル・ドラゴニアです。こちらは連れのアテナです」 「どうも、アテナです。本日はどのようなご依頼で」 三人の中には妙な緊張感が走り、思わず息を忘れてしまう。 「お二人か?私の記憶だと五人パーティじゃなかったか」 「商談は私とアベルが担当致します」 「おや、そうかい。ならば始めよう。最近街を脅かしている盗賊団を粛清して欲しいのだ」 「ベトレイヤ殿、お言葉ですがそれは騎士団の役目では。なにより私刑は重罪でしょう?」 「なに、騎士団が投げた事件を私が拾ったまでだ。私刑にはならんさ。資料もある。活用したまえ」 机に差し出された書類には盗賊団の悪行の数々や人数、アジトの場所、ジョブ等について書かれていた。 「これだけの資料があれば貴殿らなら楽勝でしょう。受けてくれますかな」 「、、、、、、、、」 「アベル殿?」 「あぁ、失礼しました。分かりました。受けましょう」 「おぉ、助かるよ。報酬は言い値でやろう。いつも助かる」 「いえいえ、うちのパーティをご贔屓に」 アベルが部屋を出るとアテナが一礼をし、後に続いて扉の向こうへと消え去った。しかし、アテナはあまり納得していない様子だった。 「アベル。本当に受けてよかったの」 「心配ない。上手くやるさ」 すると、ドタバタと大きな音が聞こえ、音のする方へ視線をやると三人が走ってきていた。 「アベルさんごめん。遅くなった?」 「ありがとうロゴス。そんなに待ってないさ」 「それで、、、話って、、、」 グレースが息を切らせながら聞く。 「グレースどうした。そんな疲れきって」 「この2人に合わせて走ったらいくら体力あっても足りませんよ!」 グレースがキレ気味に言うとアベルは笑って 「すまんすまん。とりあえずどこか座ろうか」 と言って近くのレストランへ入っていった。 「これが資料ね。アジトは西の山中の小屋、人数は15人、全員呪いを使う呪魔法士だ。なにか質問は」 「、、、、、、、え?」 「どうしたグレース。元気ないのか?肉食う?元気でるよ」 「あいや、元気が無いわけじゃなくて、だからそれ食べていいよ。で本題に戻しますね。これ本当に騎士団が投げた事件なんですか?これほどの資料が揃っていれば解決も用意だったと思うんですけど」 「そこは私もアベルも引っかかってる。なにか裏があるんじゃないかと思った」 「でも俺らをはめるメリットってなんかある?はめる理由も見当たらないし」 「俺もロゴスと同意見だ。だから受けた」 「まあ、受けたからにはやるしかないよね!作戦会議だよ!」 パトスの明るい声が皆の不安を吹き飛ばした。アベルが仕切り始め、会議が進む。 「まず時間。これは明朝でいいだろう。出払ってた盗賊団が戻ってくるタイミングだ。次に襲撃の方法だが、、、、」 「今回は俺やアベルさんみたいな近接は相性悪いよな」 「私はグレースでいいと思う。私の魔法は広範囲を吹き飛ばす方が向いてるから」 「うぇ私ですか?」 「まあまあ自信もって!怪我しても私が治すからさ!」 「リーダーとしては怪我しないで欲しいけど、、、、まあいいや。もう少ししたら帰るから、早く食べろよ」 空は日が沈み始め、若干赤くなっていた。 夜更けのとある政府の建物の一室、ベトレイヤが静かにたっていた。 ジリリリリリ と電話が部屋に鳴り響く。 「はい、ベトレイヤです」 『アベルです。襲撃の予定が決まりましてね。その後報告を。明日の明朝にしかけます。依頼達成に尽力致します。では』 カチャン 電話を切ったあともひたすら立って窓を眺めている。すると、一人の男が部屋を訪ねてきた。 「ベトレイヤ殿、お話というのは」 「よく来たね騎士団大団長。実はね、騎士団が手を焼いてる盗賊団の情報を手に入れてね。欲しいだろ?」 「それは本当ですか?」 「明日の明朝、西の山中の小屋で盗賊どもが集会をしているだろうさ。そこを叩くといい」 「ベトレイヤ殿ご協力感謝します!では、兵の準備をしますので失礼!」 そういうと大団長は兵舎に走っていった。ベトレイヤは相変わらず佇んでいるが、今度は不敵な笑みを浮かべていた。

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スカフィズム

一昔前、この大陸は東の国と西の国の二国があり、長年冷戦状態にあったが、鉱山の優越や貿易の差異が徐々に歪みを生み出し、ついには戦争へと発展した。 西の植民地に産み落とされた私は生まれながらの奴隷であった。言葉を理解し、自我が芽生える頃には感情を封殺する痣があるのは当たり前になっていた。反骨精神などとっくに潰えている。私にも家族がいて、家計は全くままならないなか地獄を這って生きていた。私にも家族がいる。母親は、私が見ても妙な人で、この地獄の中希望をいだいていた。 「きっと大丈夫」 「いつか楽になる」 「耐え抜こう」 それが口癖だった。母はおしとやかで気は強い方ではないが芯のある人である。どんなに殴られ、蹴られ、鍵棒で焼かれようとそれはずっと変わらなかった。バカにされ、冷ややかな目で見られてもその信念を変えることはなかった。ただ、私の感情を封殺し、作業ロボットに仕上げた軍人に「目上の言うことを聞け」と教え込まれていたので母の言いつけを守りじっと耐えていた。私には父と兄が居たらしいが、私が生まれて早々に死んでしまったらしい。そんな中でも母は強かった。 七年後、実年齢十三のときに転機が訪れる。西の国が敗北し、東の国によって大隆が統一されたのである。それによって植民制度が撤廃、保護されたのである。港に船が向かってくる光景に、泣き出したり肩を組んだりなど思い思いの方法で歓喜の意を表した。私は混乱していてただ呆然と眺めているだけだったのである。船に乗り込み、甲板でも呆然と立ち尽くしていたところ 「まだ13だものね。実感が無いのでしょう。もう我慢しなくてもいいの。自由になれたのよ。」 母に言われた。その言葉にようやく実感を持ち、この痣も直に消えると理解した私は、今まで溜め込んでたものをすべて吐き出すように泣いた。輝かしい夕日の中で船はゆったり進んでいく。 国から特別な支援を受け、私達植民地の人間が城下で生活できるようになると生活の違いを目の当たりにした。物品売買のシステムや税金制度、労働の規定など様々なものが村と違っていたからである。十三の私はまだ働けないので勉学に励むようになった。私は適正があったようで時間を忘れるほどのめり込んでしまった。勉学が将来の生活に役立つことを教師に教えてもらい、もう母に苦しい生活はさせまいとより一層励むようになり、そのうち私の学力は国立の名門大学に行けるほどになった。在学中は金融と財政を学び、卒業後は銀行に勤務、妻を取り子供ができて、母を交えた四人家族で少し大きな家に住んだ。戦争時には予想できないほど裕福な生活を送っていた。 それから数年、私は生真面目で勤務年数も10年を突破したベテランになった。次期社長の候補に挙げられるほど会社への質献度は上がっていて、部下から持ち上げられ、上司から期待を一身に受けた。欲に溺れていくのが人間の性である。社長席への憧れは私を強く捻じ曲げていった。私は常に出世のことを考えるようになり働き始めた当時の思いは頭の片隅にさえ残っていなかった。家族よりも仕事が優先。私のために家事や料理をするものだという邪な考えを持つようになった。 「これはお前らのためだ」 と建前を振りかざし不満をぶつけてくる家族を黙らせ、日々憔悴していく家族を見てみぬふりをして仕事に没頭した。母は黙って出勤する私を見つめていた。不安と焦り、罪悪感を駆り立てるその目線はひどく鬱陶しく、気持ちが悪いと思うようになった。この時点で真っ当な人間ではなくなってしまい、人の皮を彼った怪物のようにただただ机に向かっていた。 私は社長室にいた。すべての次期社長候補者が招集されたのである。 「集まったか?」 神妙な面持ちで問いかけながら社長が現れ、ゆっくりと重い腰を憧れの席におろした。この場にいる全員が話される内容を断定していた。そうこうしていると社長から隣にいた同僚にに指名がかかる 「お前には、社長補佐をしてもらう。要は秘書だ。励み給え。」 大きな期待に声が出ないうちにもう一つ衝撃的な話がされる。 「この会社は息子に継がせることにした。そのほうが何かと都合がよい。」 私の努力は、願いは、土壇場で踏みにじられてしまった。その日は仕事もままならず、早退したがどう帰ったかも覚えていない。次の日は体調を崩しで家で療養することになった。仕事を詰めすぎた反動と精神的負荷から一週間寝込むこととなった。その間はつらい日々だった。今までの家族への仕打ちが帰ってきたのだ。妻と子供とは目を合わせることすらなく、母は隣れむ視線を向けてきた。心が休まる暇はなく、ただベッドで潰れたように泣くしかなかった。 ようやく復帰すると部下がよそよそしくなってしまった。出世の可能性が消え、私のもとにいても意味がないと見切りを付けられてしまったのだ。この仕打ちに大層腹を立てた私は逆恨みをし、社長、ご子息を消してやりたいと心の底から願っていた。最屓され、あれ程の努力が報われず、家族にもあのような態度を取られたのだ。誰かのせいにでもしないとやってられなかった。だいぶ前に殺し屋がこの国に存在していることを聞いていたことを思い出し、怒りと恨みに我を忘れていた私はすぐに依頼を飛ばして、社長親子の暗殺が成功した連絡をもらったときは飛び上がるほど喜んだ。非人道的なものでも一度使えば抵抗がなくなってしまう。同僚が会社を継いだのでそれも殺してもらった。四回ほど繰り返したところでようやく社長になれた。しかし、数が多すぎたためかこの一連の事件は私が犯人だと怪しむ目が向けられた。そこで殺し屋に頼んで夜道に部下の前で死なない程度に刺されてみた。するとまあ簡単に容疑者から被害者になれた。欲のためなら自分を傷つける事ができる自分の執念に感心し笑みがこぼれた。 社長になってからというもの堕落しきった生活を送っていた。妻には見限られて子供と共にいなくなってしまったが、金はあったので困りはしなかった。母は病気で床に伏せているが些細な問題だろう。社員から不満が度々訴えられるが聞き流し、いわゆる上級国民と呼ばれる人々がお呼ばれするパーティを大いに楽しんでいた。ある時、豪華客でのパーティに呼ばれ三日間家を離れた。船内は客室も廊下も広間も例外なく豪華絢爛という言葉がふさわしい金、銀、赤、白で埋められた光り輝く空間にいつまでも惚けていられた。飲食も充実していて八十年もののワインやシャンパン、魚や肉に限らず、多種多様のものが大理石にクロスがかかった長机に並んでいた。大いに楽しめる三日間だった。 船を降り、浮足立って家に向かおうとしたが会社員が声を荒らげて走ってくる 「社長。そんなにゆっくりしている場合ではございませんよ。母の訃報をお聞きではないのですか。」 そういえば、なにか手紙が届いていたが無視していた。 「まあそんなに慌てるでない。もう死期も近かったであろう。些細な問題だ。」 「ご自身のご家族ですよ。なぜそのように思えるのですか。部下の立場で、それを楽観視できるのは、はっきり言って外道でございます。これを渡しておくのでもう一度、何卒考えを改めてください。」 そこまで言われるとは思わなかったが、私は国有数の会社の社長だ。この部下の対応はあまりにも無礼である。クビを切ることを考え話を流していた。家に帰ると本当に中はもぬけの殻で僅かな寂しさはあったが邪魔なものがなくなってスッキりした印象もあった。ふと思い出し、先程渡された手紙を読んでみることにした。 [あなたは今幸せですか。昔の面影もないあなたが怖くてたまりません。あの環境を生き抜き、抑圧に泣いたあなたはどこにいますか。勉学につぎ込んだ時間の使い方は本当にそれでいいのですか。今のあなたは軍の独裁者と変わりません。」 私は手紙を握りつぶして捨てた。死の直前に戯言を吐いたのだ。最後まで気持ち悪い人だ。 数日後、タバコをすおうと喫煙所に向かっていたところ、社員の会話を聞いてしまった。 「我社は終わりだ。あの社長には邪智暴虐という言葉が似つかわしい。」 「先日、船旅の余韻に水を差した社員がクビになっただろう。滅多なことは言うもんじゃない」 (そのクビにした社員も殺してやるとか言っていたな。少し対応を改めようか。) 殺されてはかなわんと思い直したがもう遅かったらしい。会社を出て、路地に入ったところを大人の男三人に取り囲まれ拉致されてしまった。しばらく経って目隠しや拘束が解かれると小舟を重ね合わせたような木の箱に押し込められていた。首や四肢は箱の外側にだされていた。 「こんばんは。貴方のことは存じませんが、依頼の遂行に御協力くださいませ」 「先日クビにした社員か。」 「お客さんのことは話しませんが、それは残忍な方法を依頼されましたよ。スカフィズムという方法で断罪いたします。山臭の池に小を浮かせ、虫に食わせる処刑法でございます。」 そう言いながら蜂蜜と牛乳を手際よく混ぜ、漏を口にねじ込み流し込んできた。その他の二人は体に蜂蜜やジャムを塗りたくる。 「船に思い入れがあるでしょう?お楽しみください。それでは、明日の夜にまた来ましょう。」 と言い残すと小舟を流し消えてしまった。5分もせずに周りはアブ、蜂、蠣やらの虫で溢れ、凄まじい羽音を立てている。それからまた数分もすると四肢と顔を食り始める。毒を流し込む虫もいた。蜂蜜牛乳を大量に流し込まれたため、腹を壊し、小舟の中は異臭で溢れかえり、体はかぶれてきた。木に閉ざされた夜の闇にただただ浮かんでいた。 「生きていますか。まだまだ終わりませんよ。」 一日前に聞いた声を聞いたと同時に船が引き上げられる。ああ、もうそんな時間かとのもつかの間、会話もかわさぬまま躊躇なく喉に漏汁が押し込まれる。 「腹痛に悶え、汚物に塗れ、虫に食われる。それが約二週間ほど続きます。それが三途を渡る船、スカフィズムでございます。うじや幼虫の苗床になれるのです。愚図でろくでなしなあなたでも生物の役に立てるのですね。また来ます。」 絶句した。あまりに残忍で惨めな姿だ。で救われ、鉛で終わる。私の人生で最も醜悪な場面も船だった。悪人は窮地に追い込まれねばこの悪行を理解できないのだった。 どこにも向かわぬ船は羽音をまといながらただただ浮かんでいた。

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