御縁明々

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御縁明々

時間がある時に書いています。いろいろな物語が書けるように練習中です。 気に入ってもらえたら嬉しいです! 不定期に投稿しています。

春の木漏れ日より、甘やかに

 下校のチャイムが、帰宅する生徒の声に紛れてぼんやりと鳴り響く放課後。廊下に面している窓側の席に、女子生徒が一人席に座っている。夕陽に照らされて、女子生徒の純白のセーラー服が眩しい廊下を、クラスメイトがほとんど帰った教室内で、帰る用意をしながら真塚桜はなんとなく眺めていた。 気の早い担任は早々に教室の電気を消し、誰よりも早く教室を出ていってしまった。 提出しなきゃいけないプリントあったのに、と桜は引き出しの中にあったプリント一枚に目線を落とした。職員室に行くのは好きではない。コーヒーの香りのする職員室はなんだかソワソワしてしまって、なんとなく居心地が良くないのだ。 呆れたように息を漏らす。 「さくちゃん、なんかあった?」 ハンドクリームを塗りながら、一目で誰かわかる挙動をして桜の方へ歩いてくるのは、幼馴染の日守光里だ。 「出さなきゃいけないプリントあったの、忘れてたから職員室行かなきゃいけないって思っただけ」 いつもの調子で返事を返す。いつも間にか仲良くなっていた光里とは、保育園からの付き合いだ。そのせいか、他愛もない会話にはとても平坦な声で返してしまう。長年の付き合いだと頑張らなくとも会話ができるんだな、なんてことをふと思う。 「ふーん。そういえばさくちゃん。さっき思いついたんだけどさ、リヴォウィ兵士の声真似で喋るなら、イイ声出そうってするより、なるべく自然体で吐息ましましにした方が、キモくないで真似できると思うんだよね」 相変わらずどうでもいい発言をする光里は、最初こそ苦笑いしていたものの、今となっては日常会話の一部となっている。 鞄を持って廊下に出ると、もう人はいなくなっていた。 「お前ずっとそれ考えてんじゃん。いいよ、やってみて」 「じゃあ、まずイイ声出そうとしてる方ね。“君ぃたち、これはどういうことですかぁ?”」 イイ声かどうかはわからないが、普段の声より低くしてねっとり喋っている。 「ふはっ!で、次は?」 「こっちが、吐息ましまし~自然体を添えて~、の方ね」 「何それ」 「“くぃみたつぃ、くぉれはどぅうぃうくぉとどぇすかぁ?”……どう?」 さっき以上にねっとり、かつ吐息が多すぎて何を言いたいかわからない程の喋り方に思わず吹き出して笑う。 「はははは!何それ!自然体どこいったんだよ!」 「え、ちょっと多いかな?息」 そう言うと光里は、どんどん声真似をしていく。 しかしどれも吐息厨のような喋りのせいで、笑いに追い討ちがかけられる。 「待って待って、絶妙に似てるんだけど、ウナゴさんも混ざってる!おもしろ!」 人がいないからと、手を叩いて爆笑する桜の隣で、光里は少し物足りないような表情をしつつも、笑っている桜を見て嬉しそうにする。 こんなにもしょうもない話をできるのは、こいつくらいだろうなぁ。二人で同じようなことを考えて下駄箱まで歩いていく。 「あ!!」 「うぉっちょぷる!!!びっくりした…」 「何それ!おれ、それ好きだよ、なんか変な言語で驚くの」 さっきの余韻のまま、笑っている桜に光里は苦笑した。 「ちょっとおれ、職員室行ってくるわ。先行ってて」 桜はそう言い残して職員室の方へ向かう。 光里は、わかったとだけ返事をして、靴を履き替えた。 駐輪場へ向かうと、自分の自転車の鍵がどこか忘れてしまって、ぱたぱたと心当たりのあるポケットの位置をボディタッチする光里。 「あれ、ない…」 鞄を見てみたりするものの、なかなか見当たらない。 もしやと思い、普段は入れない胸ポケットを漁ってみる。 「なに胸まさぐってんの」 「うっは!」 驚いて後ろを振り返る。 声の主は職員室の用事を済ませた桜だった。 「なんだ、びっくりした。用事済んだ?」 「すぐ驚くね。プリント出しに行っただけだからね。で、何してたの?公共わいせつ?」 「鍵が……あった」 胸ポケットから、何かもよくわからないキャラクターの小さなキーホルダーのついた自転車の鍵が姿を見せた。 「あったんだ。よかったね」 ふ、と微かに笑う桜。 その瞬間、何がきっかけか光里の手は桜の手首を掴んでいた。 「さくちゃん、好き…」 気付けばそんな言葉が口をついていた。 動揺した表情で桜は眼鏡のレンズごしに、こっちをじっと見ている。 「何が⁈なんで腕掴んでん?びっくりした…」 桜は身長差のせいで、自然と上目遣いになっている。 「何って…さくちゃんが…」 「は?」 幼馴染の切なそうな、でも熱のこもった表情から察した桜は、ちょっと光里を睨む。 「だって光里お前、クラスのりいこちゃんが好きって言ってたじゃん」 その言葉に心当たりがあるせいで、う、と呻き声をあげる光里。 「でも、さくちゃんが好きなんだよ。今気付いた。二人きりだと大胆に笑うとこも、自然と上目遣いになるとこも、しょうもない話振っても笑ってくれるとこも、好きなことに真っ直ぐなのも、一人称がかっこいいところも、好き…って思った」 突如として挙げられた好きなところに、桜は固まってしまう。 「えぇ…でも…やだよ、お前面白いけど、よくナルシストだし女々しいところあるじゃん」 「そんな!そんなことないよ!どこがそうなんだって言うんだ!」 悲壮感漂う声を出して問う。 うーん、と少し悩んだ後、桜は口を開いた。 「いちいち変なカッコつけしてるせいで挙動不審な人になってる。自分からやった係の手伝い、いつも言われてるからって、ありがとうって言われない日は拗ねるじゃん。それに、めんどくさい彼女みたいな発言することあるし」 「多いな!!それでも!好きなんだって、気付いちゃったんだよ〜…」 手首を掴んだまま、捨てられた子犬のような表情で訴えかける光里に、犬好きの桜は狼狽える。 ついには抱きしめるまでしてきた。 光里は幼馴染だ。保育園の頃からずっと。 恋愛対象だなんて考えたこともなかったし、他の人にはしない話をするくらい距離が近いのも、家族みたいな感覚だった。 でも少し、今、こいつとならいいかもしれない、なんて思っている自分がいる。 冷静になって考えてみる。 それでも、考えが変わらないのは『好き』だからなんだろうか。 必死になっている光里を見る、付き合ってもいいと思えてしまう。 「いいよ。でも、今まで通りにして!いい?」 言った瞬間少し恥ずかしさが込み上げできて、顔が熱くなる その時、光里はパッと桜の顔を見つめた。 満開の笑顔を咲かせて、言葉にならない思いが、激しい頷きになって現れる。 瞬間、桜の視界に映る光里が色鮮やかな花に見えた。 きっとこれこそが恋なんだと、桜の鋭い直感が感じ取る。 以来、二人の周りに花が舞うようになったと、彼らの友人は語る。 きっとあの瞬間が運命だったと、二人が気付くのはいつになるのやら。

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明けの明星

あんなにも彩が五月蝿かった世界は 幾分か寝過ぎていた様で、 実は初めての夜が訪れていただけだったのを知らない。 キャッチボールの出来ない喧騒共は 宵とともに寝具に横たわり、死の練習をし始めた。 あたりに撒き散らされたアクリルも 光の無さに目を閉じて夢を視る。 錯乱した狂人は親の形見かのように握りしめた凶器を、 鏡に映った、己のような形相の人物に刃を突き立て 割れた欠片によって痛みを知らしめられる。 あまりの静けさに、 知らず知らずのうち玉座には恐怖の幻像が。 構わないよ、と目の前の双子が笑う。 見え透いた青い真実を瞳に宿したままに。 明けの明星を待つのは、幼い概念。 芽生えたばかりの自制心を弄び、 自我と飯事遊びをし続けた。 恐怖心は盲目の片隅の装飾品となる。 いつのまにか、朝日は桃色に辺りを染めて、 疑いの念を一身に受け続けていた。 ネムノキの腕は夕暮、長旅の疲れを筆に話す。 配慮と逸れたと、爪の垢の味なんてものをとうに忘れた顔つきで。 クラシックが二日目の朝を知らせた。 日常が美しかったと、失った視力と記憶と会話した。 明けを待つ屍は訪れた望みに、 暮は何時だと問い詰めた。 持て余したありったけの光源を、 生者に幾らで売りつけようかと 憎たらしい笑みを浮かべるのだった。

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お片付け係さんの日記

また好きになってくれるかな。 また戻ってきてくれるかな。 また応援してくれるかな。 また見てくれるのかな。 まだ忘れてないかな。 あの日。 あの時。 あの瞬間。 輝いて見えた。 瞬く星のように。 昇る朝日のように。 紅色の夕陽のように。 一番綺麗だ、って。 目が離せない、って。 誰よりも美しい、って。 嘘じゃなくて本心で。 きっと忘れてるな。 どんな記憶でも。 人間は忘れる生き物だから。 渡れば忘れてしまうのだから。 この河は未練を切るためだから。 君だけはさようならになるんだよ。 もう一度会えても 初めましてになるけど。 同じ事は言わないだろうけど。 いってらっしゃい。 「前を向いて渡りなさい。  振り返ってはなりません。  これは私と貴方を守るため」 河に落とした。 初めてだった。 素直な人だと知っていた。 振り返りはしなかった。 期待を裏切って。 私は仕事をしたまでなのに、 苦しいのは初めてだった。

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会いに

とある日、一件の非通知の電話がかかってきた。 普段なら怪しんで出ないはずの非通知の電話だが、何かに魅せられたかのように無意識で応答ボタンを押していた。 押した瞬間に我に返ったが、もう時すでに遅し。 スマホの画面には通話中の画面が表示されていた。 「もしもし……?」 恐る恐る声をかける。 すると、ザザッというノイズの後、恐怖を感じるような少女の声が聞こえた。 「わたし、メリーさん。今、ゴミ捨て場にいるの」 そう言うと、ツーツーと電話が切れてしまった。 しばらくの間、通話が切れた画面をただただ見つめていた。 数十秒後、ごとりと床にスマホが落ちた。 そこでようやく思考が再開する。 状況を確認しなければ。 メリーと名乗る少女らしき人物からの電話。 ゴミ捨て場、ここから一番近いところだと、一キロ程しか離れていない場所に居ると思われる。 つまりだ。 これって所謂都市伝説の『メリーさんの電話』とやらではないか⁉︎ 少女好きの俺としては、逃してはならない事案である。 いやしかし、メリーさんが何歳かにもよるのだ。 俺の許容範囲は、三〜十五歳までとかなり広い。 が!三歳以下だった場合、一気に冷める。 ここまで読んだ人にはわかるだろうが、彼は重度のロリコンである。 メリーさんの危機であり、人選ミスでもあり、まあとにかく可哀想な状況に置かれている。 「よし!次にかかってきた電話で、年齢を聞こう♪」 そう決意して俺は、ニコニコしながら電話が来るのを待った。 今か今かと期待を胸に、スマホの画面を見つめ続けて数分、待ちに待った非通知の電話が鳴った。 一コールにも満たないほどの、野生動物並みの反応速度で応答ボタンを押し、メリーさんが喋り出す前に口を開く。 「もしもしメリーさん君って何歳なの?」 俺は、早口言葉のように問いかける。 しかし、電話の向こうからは返事ではなく、「うぇ、は……ん?」と動揺した声が漏れ出ていた。 しばらくの沈黙の後、ようやく真っ当な返事が返ってきた。 「わたし、メリーさん。あなたの質問だけど。恐らく五〜七歳くらいだと思うわ」 「は?どストライクだが?最高かよ」 しまった。 思わず思ったことを口に出してしまった。 「どすと……?」 どうやらメリーさんは、意味がわかっていないようである。 さすが五〜七歳、可愛さが隕石落下の衝撃レベルの破壊力だ。 「ま、まぁいいわ。今、空き地にいるの」 空き地だったら、ここから一番近くておよそ七百メートルくらいか。 そんな距離を、可愛い少女に歩かせるわけにはいかない。 「よし、メリーさん。そこで待ってて、いま迎えに行くよ!」 迎えに行こうとしたが、音割れするほどの大声で 「いいの‼︎‼︎来ないで‼︎‼︎」 とメリーさんから、拒否されてしまった。 そう言われたら無理に行くと嫌われてしまう。 仕方ない、迎えに行くのは諦めるか……。 それにしても、いちいち俺が言ったことに反応してくれるのは可愛いな。 怒ったところも可愛い。 うん、嫁にしたい。 そんなことを考えていたら、いつの間にか次の電話がかかってきた。 「もっしも〜し♪」 ウキウキで電話に出る。 すると、ノイズの後に可愛らしい声が聞こえた。 「……わたし、メリーさん。今、公衆電話のところにいるの」 公衆電話は、ここからだいたい四百メートル先にあるな。 メリーさんが着々と近くに来ていることを感じ、嬉しくなる。 「うん、待ってるね♡」 「そういうのいいから‼︎‼︎」 またもや、ブチ切れ状態で電話を切られた。 なんだかんだでこっちに来てくれるメリーさんは、優しいのか何なのか。 まさか、これが俗に言う『ツンデレ』なのか⁉︎ なるほどな、これを愛する人たちの気持ちが今ようやく理解できた。 確かに可愛い。 それからまた数分後。 何度目かの電話がかかってくる。 「わたし、メリーさん。今、あなたの家の前にいるの」 すると、俺が何か言う隙もなくブチッと切られた。 つ、ついに!メリーさんが家に来た‼︎ おぉ!何だこの高揚感⁉︎全米が歓喜してる(?) え、どっどうしよう。 とりあえず、家にあるお菓子を用意しよう。 約数秒、今までにないほどの速さで家を駆け抜け、お菓子をセッティングした。 落ち着くために、一度椅子に座る。 すると、待ちに待った電話が鳴った。 ゴクリと唾を呑み、緊張を胸に、恐る恐る応答ボタンを押す。 「わたし、メリーさん。今……あなたの後ろにいるの」 その瞬間、勢いよく振り返って、俺に飛びかかろうとしていたメリーさんを抱きしめた。 「待ってたよぉぉぉ!」 こんなに嬉しい訪問者はいるだろうか。 実際の五歳ほどの身長をした、高クオリティーな人形が二足歩行で歩いて来たのだ。 顔も何とも俺好みだ。 幸せを噛み締めていると、腕の中にいたメリーさんがモゾモゾと動き、小さい手で俺にビンタをかました。 「あなた、節度ってものを知らないの⁉︎この、変態!」 一度落ち着いて、とりあえず正座をする。 メリーさんは、仁王立ちで俺の前に立っている。 「……で、わたしに言うことがあるんじゃないの?」 「突然抱きついてごめんなさい」 口ではそう言っているが、内心小さな子に叱られるのも悪くない、だなんて思っているが、メリーさんは気づいていない。 「お詫びといっては何ですが、こちらのお菓子をどうぞ」 そう言って、あらかじめ用意していた苺のクッキーやらマシュマロやらをメリーさんに献上した。 メリーさんの表情を見ると、スカイブルーの瞳がキラキラ輝いていて、喜んでいるのがわかった。 「ま、まぁ、これをくれるなら許すわ……!」 人形らしい美しい両脚を真っ直ぐに伸ばしてぺたりと座ると、美味しそうに頬張る。 人形って味覚あるのか……。 「おいしい!」 「それはよかった。ところでメリーさん、これからどうするの?」 こっちを見て軽く瞬きをすると、思い出したと笑顔になった。 え、可愛い。でもこれでお前を殺すとか言われたら、嫌……ではないけど悲しい。 「この家に住んであげるわ!」 その瞬間、俺は喜びのあまり空へ弾け飛び、宇宙の塵となった…。 という妄想は置いといて。 住むって言った⁉︎ やった〜‼︎ロリと同棲生活だ! 「あ!あなた、わたしに変なことしないでよ?」 「もちろんです!これからよろしく!」 「よろしくね!」 そう無邪気に笑うメリーさんは、とても嬉しそうだった。

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おちて落ちて堕ちて

苦しかった。 あなたの救おうとしてくる言葉が。 『無理しないで』 『大丈夫』 『頑張ったね』 『頼って欲しい』 あなたの気持ちが籠った暖かい言葉。 それで救われた時もあった。 嬉しかった時もあった。 でも天使のような白いあなたが、眩しくてどうしようもないほど辛い。 崖から落ちそうな時に上へ、上へと引っ張ってくれても、陽の光が肌を焼く。 影で隠れてしまいたいと思うから、落ちてしまいたくなる。 だけどあなたは影の存在にはなれないから、ついては来れなかった。 誰でもいいから、一緒に落ちてほしい。 苦しい気持ちを受け止めて 「共に堕ちよう」 なんて誘ってくれる悪魔みたいな人がそばにいて欲しかった。 でも、あなた以外は好きになれない。 だからあなたの白いところを黒く染めて、一緒に堕ちれるようにした。 これでようやくあなたと堕ちれるね。

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目を醒まして

私の愛する人、目を醒まして。 私というものがいながら、置いていこうというの? 私には目もくれず、他のところへ向かっていこうとするのね。 あぁ、私と居るのがそんなに嫌かしら。 それはそうと、いい加減そのベッドから出てきたらどう? 笑顔で居るのはそこでだけじゃない。 まったく四角いベッドで寝てばっかりで、私と話すらしてくれない。 悲しいわ。 『豈&繧薙?√◎繧後?辷カ縺輔s縺倥c縺ェ縺?シ』 うるさいわね。 あぁ、あなたに言ったわけじゃないわよ? 最近ノイズがよく聞こえるの。 『逶ョ繧定ヲ壹∪縺励※縺上l』 ほらまた聞こえた。 まったく、何なのよ。 『豈&ん!』 あら? 今、誰か呼んだかしら。 「母さん!」 あぁ、あなただったのね。 びっくりしたわ。 この部屋に来るなんて珍しいじゃない。 どうかしたの? 「今日は母さんの目を覚まさせにきた」 どういうこと? 私、目は覚めてるわよ? 「いや、しっかりとは覚めてない。目の前の父さんをよく見ろ」 ? 父さんがどうかしたの? 「母さん、それは本物の父さんじゃない」 あなた! なんて事言うの⁉︎ 父さんは父さんじゃない! 目が覚めてないのはあなたの方じゃないの⁉︎ 「違う!……目の前の母さんが話しかけてるそれは、写真だ」 え? 「……父さんは……もう六年前に……死んでるんだ……」 その瞬間、彼女の目の前にあったのは、生きた最愛の夫ではなく、思い出の写真たての中で笑う、静止画の人間だった。

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戻れない、戻らない。

嘘をついた。 大好きなあの人に嘘を。 友達以上の関係になることなんてないって。 そんなこと、思ってもいないのに言ってしまった。 だって、嫌われたくないから。 好きになった人へ想いを伝えて、今まで何人に 『気持ち悪い』 『ちょっと無理』 『冗談ならやめて欲しい』 なんて酷い言葉をかけられたことか。 気持ちに蓋をして仕舞えば、苦しくない。 だから、嘘をついたのに。 そんな気持ちも気にしないで、なんで。 なんでキスしたの? 「性別とか、関係無いよ」 酷いよ。 人の気持ちも知らないで。 こんなの友達じゃない。 「友達の好きじゃなくて、恋人の好き」 ……。 「好き、だよ。大好き」 好きだよ。 ああ、言っちゃった。 もう、戻れない。 戻ろうなんて思えない。

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優劣・良否・善悪 様々な比較が僕の脳天を刺す。 泣き虫で僕より劣っていたアイツはいつの間にか努力してキャリアを積んだ。 僕なんかが追い付けないようなあの人は今でも僕の憧れの人として君臨している。 家という小さな王国の王様である父は死して尚僕の心に巣喰う支配者だ。 現実を変えようにも彼らをまともに見れる僕の瞳は存在しなかった。 ぐにゃりと事実を隠して 自分を棚に上げて 嘘を本心と信じた。 それでも現実は懲りないもので、何度でも甦って僕を苦しめる。 一緒に堕ちたはずの天使は、どうやらただ骨だったようだ。 堕ちた先で待っているといっていた悪魔は、忘れていたはずの微かな良心を思い出した。 歪みを真っ直ぐとした僕が謳う愛は、空気に触れて泥になる。 劣等感・自己否定・悪意 受け入れ難いそれらを呑み込む。 諦めるしか無かった。 だからこんなに苦しいんだ。 吐き出せない感情も 幼少期の僕も 綺麗な部分は 僕の歪んだ管に詰まって 呼吸困難を起こして 全部お終い。 なんて出来たらどんなに良かったことか……。

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雪解け

雪が解けた。 楽しそうに笑うあなたが視界に映る。 私が助けたから、今の状態になったのに。 恩着せがましく上から目線で接したいわけじゃない。 ただ、あなたの周りの環境がとても、羨ましい。 「調子が良さそうで、良かったよ」               “許せない” 本心を言うはずの口は、凍って嘘しか言えなくなった。 あなたの雪が解けた代わりに、私が凍ってしまった。 雪解け名物『凍結』

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ディストラクション

涼しさが感じられる夏の夕暮れ、田舎の古い校舎裏に男女二人がいた。 「俺、矢谷カエさんが好きなんです!こんな俺でもよかったら、付き合ってください!」 勇気を必死に振り絞って、言葉をかける少年。 そんな少年を見て、矢谷カエは、少し迷っているようだった。 「私、ちょっと面倒くさい性格だし、束縛とかもしちゃうかもだけど……。それでも良いの?」 不安そうな顔をして、少年に問う。 カエの反応に、少年はパァと笑顔になる。 「はい!これからよろしくお願いします、カエさん!」 「よろしくね。えぇっと……」 「守井シンと言います!」 「シンくん」 優しい声色でカエは微笑み、片手を差し伸べる。 シンは、少し照れくさそうにその手を握り返した。 教室の端でのこと。 「シンくん、一緒に帰ろう」 ふわりと綺麗な茶髪を靡かせながら、シンに近づくカエ。 そんな彼女にドキリとさせられるクラスの男子たちは、シンのことを羨ましんだことだろう。 「はい!もちろん、喜んで!」 嬉しそうな表情で快諾するシンは、カエに心酔していることがよくわかった。 「帰りの支度できた?」 「はい」 「じゃあ、帰ろっか」 幸せそうな雰囲気を撒き散らしながら、下駄箱まで向かうのだった。 「蝉の声すごく聞こえるね」 「そうですね……」 ミンミンと耳が痛くなりそうなほどに聞こえる蝉の声が、二人の少しの沈黙を繋いだ。 「シンくん、その……私達って、同級生だし、同じクラスだよね?」 「そうですけど……?」 「なんで敬語のままなの?」 切なそうにカエはシンを見つめた。 「えぇっと、特に意味は無いんですけど……嫌だったりしますか」 「うん、ちょっとね。距離があるように感じちゃって……。シンをもっと近くに感じたくて」 恥じらうようにモジモジするカエは、シンの心を揺さぶった。 「わかった!カエちゃんに敬語は使わないようにするね」 その返答を聞いて、満面の笑みを浮かべる。 「ありがとう!でも、他の人には敬語のままでいてね」 言葉の真意はわからなかったが、シンは好きなカエの頼みを断る理由がないので、ただ頷いた。 次の日も、カエはシンを一緒に帰ることを提案した。 「シンくん、今日は暑いね」 そう言う彼女の首筋には、つぅっと汗が伝っていた。 そこから感じられる色気を見て、シンは思わず唾を飲んだ。 「っ……え?あぁそうだね」 「あ!今私の話、上の空で聞いてたでしょ!だめだよ〜」 不満そうにぷくっと頬を膨らますカエからは、先程に感じた色気など微塵もなかった。 ふふっと笑って、シンは流れるカエの汗をそっとハンカチで拭いた。 「ごめん。カエちゃんに見惚れてたんだ」 「ふーん……じゃあ許すよ。でも、私以外に見惚れたりでもしたら許さないよ?他の人を三秒以上見ないでね」 冗談なのかわからないトーンでカエは、シンに伝えた。 「もちろんだよ。俺にはカエちゃんだけだしね」 カエは、その次も、その次もまたその次も、毎日シンを帰りに誘った。 そして、一緒に帰る日にちの多さに比例するように、シンに対するカエの束縛は増えていく。 “私以外に笑いかけないで” “私以外とは十分以上側にいないで” “私以外を思い出さないで”…… その数は法律が作れそうなくらいだった。 シンはカエにべた惚れで、その度に承諾していた。 そんな彼でも、少し生きづらさを感じ始めた頃。 朝のホームルームで、担任は衝撃的なことを発表する。 「えぇ……このクラスの山口くんと鈴木くんは、先日、事故に遭って……」 苦しそうに言う担任に、カエは優しい声をかけた。 「先生、無理しないでください」 「ありがとう、矢谷さん。ふぅ……山口くんと鈴木くんは、亡くなってしまいました」 その瞬間、教室はざわざわと騒がしくなる。 山口と鈴木は、シンのそこそこ仲のいい友達だったのでその事実に衝撃を受ける。 それから、カエは帰り道にシンを誘ってこなくなった。 シンは、そっとしておいてくれるんだと、カエの優しさにまた惚れ直すのだった。 その日から、不自然なほどにシンの周りの人々が死んでいくようになった。 元々人数の少ない田舎の村だ。 村人が減っている事に気づくなんて、そうそう時間がかからなかった。 いつ自分が殺されるか分からない。 そんな恐怖に震える日々、シンの家で深夜に物音がした。 ふと目が覚めたシンは、様子を見るために一階まで降りる。 そこにいたのは……血を流して倒れているシンの家族と、返り血で真っ赤に染まったカエだった。 「カエ……?」 呟くと、ぐるんとカエは声の方に振り返った。 「シン……くん……。見られちゃった……。でも、嫌いにならないよね」 「何してるんだ!」 「何って、『駆除』だよ!シンくんと私の関係に害を及ぼす害虫の、駆除!」 その言葉に、シンは唖然とする。 “私、ちょっと面倒くさい性格だし、束縛とかもしちゃうかもだけど……。それでも良いの?” 告白当日に、彼女が言っていた言葉がシンの脳内で反芻される。 それは、こういうことだったのか……。 シンは言葉の真実に気付き、自分の鈍感さを呪った。 もっと早く気づいていれば……。 今まで以上に深く愛せたと言うのに‼︎ 「カエちゃん!」 そう言って、シンはカエを抱きしめる。 「君ってやつは……本当に俺の好みで最高だね!」 「嬉しい!シンくんのためにやってよかった!」 そう言う二人の瞳は、暗がりの中でも、妖しく猟奇的な光が宿っていた。 そして、死体の隣、血塗れの少女とそんな彼女に見惚れている少年は、抱き合いながら、互いに長いファーストキスを交わすのだった。

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