桐生印
10 件の小説金眼銀眼と夜の影と 壱
「もしもし、そこ行くお嬢さん」 夜狐は薄く目を開いて言った。 「こんな山奥になんのごようで?」 夜狐は神である。それ故、声をかけた少女が人ならざるものだとも気が付いていた。それにしたって、少女は異質に見えたのだ。 「おきつねさんおきつねさん、ごしゅじんさましりませんか」 振り返った少女の目を見て、夜狐は震えた。その目は闇そのものを映し出したようで、吸い込まれそうな底なし沼のようで、何も見えないような「黒」そのものだった。 その目は「あの時」の人間と似ている。感じたのは「恐怖」。 しかしその恐怖は一瞬にして消え去った。夜狐は星の宿る可愛らしい青緑色の目を見ていたからである。少女は同じ言葉を繰り返す。 「おきつねさんおきつねさん、ごしゅじんさましりませんか」 「ごめんよ、お嬢さん。私はお嬢さんのご主人様を知らないんだ。けど探すのを手伝うことならできる。話を聞かせてくれるかな?」 その表情は可愛らしく口元を緩ませ、にっこりと笑っていた。 「まず、お嬢さんのお名前は?」 「ぼくはひかげっていうのだ。もともとはにんげんさんのかげで…でも、でんしゃにひかれてこんなになっちゃったのだ」 「ひかげちゃん。かわいい名前だねえ。影…へえ、そうかあ。」 夜狐は少女を穏やかな気持ちで眺めていたが、電車という聞き覚えのない単語に戸惑ってしまった。しかし少女の目がいつあの闇に戻るかと考えることこそが恐怖となり、聞き出せなかった。 「となると、ひかげちゃんのご主人様は人間だね。あのなあ、この山には人間が立ち入らないの。だから、ひかげちゃんのご主人様は残念だけどここにいない。」 それを聞いたひかげ…もとい“ヒカゲ”は、残念そうに目を伏せた。しかし夜狐も、幼いヒカゲを放って去るほど冷酷ではない。一つ提案を投げかけたのだ。 「しばらくの間、私の傍に置いてあげようか。なんとなくの勘、だがね。ヒカゲちゃんはまだ小さいだろうから。」 「ぼく、ずっとごしゅじんさまさがしててつかれちゃったのだ。」 「いいよ。好きなだけ私の傍にいるといいさ。」 嬉しそうなヒカゲの頭を優しく、微笑みながら撫でて言う。 「ここに人間は居ない。だからヒカゲちゃんのご主人様もいない。けれどその分、友達が多くなる。いいお勉強になるだろうよ。」 ヒカゲは可愛らしい満面の笑みを浮かべて、勢いよく頷いた。 こうして、山で出会ったヒカゲと夜狐は しばらく一緒にいることとなったのである。 金眼銀眼と夜の影と 壱 【あとがき】 やっと完成致しました…これまだ始まりの始まりなんですが、 桐生印さん、ネタ出しから執筆までが遅すぎやありませんか? 元は一番仲良しの百合水仙さんの代理「夜狐」をお借りして、 うちの子と合作しよう!みたいな話から始まったのですが その話が出てからもう何ヶ月経っているのやら… 桐生印さんもまだまだ学生なのでお許しください。 という訳で、 百合さんとの合作シリーズとして続くかもしれないので これからへの期待を込めて「壱」と付けさせて頂きました。 前述の通りネタ出しから執筆までが激遅な桐生印さんですが、 色んな方にも読んでいただけるように頑張ります。 ここまで読んで頂きありがとうございました!
百合水仙の君へ 9
「私の好きなものですか?」 「私はねえ、ヒーローが好きなんです。」 一括りにヒーローと言ってしまうと伝わらないだろうか。 声に出してから初めて気がついて、少し焦る。 「何かのために戦う人が好きなんです。 少し語弊がありますが、正義だろうと、悪だろうと… 戦う者は美しいと感じてしまうのは…変でしょうか。」 でも、止まらない。 好きなものを語り始めたら止まらないのは、 昔からの長所であり、短所である。 「例えば人類の自由と平和を守る為に戦う仮面の戦士だとか、 誰かのため、自分のために戦う年頃の女の子だとか。 憧れて、憧れて、でも、手が届かない、遠い所にいて…」 熱い。心がどんどん熱を持つ。好きと憧れが溢れていく。 「…そんなのって、追いかけたくなるじゃないですか!」 そう言いきってしまった後に、 我に返ったのは誰が見ても分かると思う。 君の前で何かを熱く語ったのは初めてで、 自分が今どんな顔をしているかも分からず君の顔が見られない。 小雨だから、私の声もよく聞こえてしまったはず。 火照った心の熱を覚ますように、雨が少し強くなる。 普段は楽しい君との会話も今だけは少し気まずくて、 私はただただ君の返答を待つしかなかった。
【再掲】百合水仙の君へ 8
離れた手をもう一度繋ぐには また、あの街角に会いに行けばいい。 親愛なる君の元へ、こちらから向かえばいい。 そうしたら、またきっと君が私に向かって笑顔を向けてくれる。 もし街角にいなかったら? そんなことは無い、いつも君はそこにいる。 私の親友、私の生きがい、私の光。 きっと、百合水仙の君の元にいれば、私でもきっと輝ける。 「私を光と言ってくれてありがとう。」
【再掲】百合水仙の君へ 7
君と歩く一番星の明るい夜道。 また心が暗くなったら帰ろう、君はそう言った。 なんて素敵な人だろうと思った。 まるで心を読んだかの如く「私が求めた言葉」をかけてくれて。 それでいて、また「一緒に」旅に出ようと。 光になりたがる私のことを理解してくれている。 光になりたがって、でもなれなくて、 また苦しくなったら、旅に出る。 そんな素敵なサイクルを、作り出そうとしてくれている。 「あなたが光になるために特別な場所なんて必要無いんだから。」 真っ暗な心に光の矢が突き刺さる。 これがどれだけ私にとっての救いとなるのだろうか。 言葉が溢れる。抑えられない。止められない。 あの日の君の気持ちが痛いほどよく分かった。 なんて愛おしくて、それでいて苦しくて、形容しがたい感情。 ああ…「好き」。これが「好き」なのか。 君と手を繋いで帰る、一番星の明るい夜道。 「これからもずっとお友達で、親友でいてくださいな。」 正直な愛しさを、好きの感情を、 親愛なる友の、百合水仙の君へ。
【再掲】百合水仙の君へ 6
「海に行きましょう、桐生さん」 まさかこんなに多くの経験ができるとは思わなかった。 街を出て、満天の星空を眺め、そこに昇る朝日を拝み、 行き当たりばったりの旅で隣の田舎町へ、そこから海へ… 一度諦めた海の側へ向かう道中、ちらりと百合さんの横顔を見る。 これが、私を連れ出してくれた人の顔… 元々私とお友達になってくれる人は多くいた。 でも、最終的には誰もが別の友達を作ったり、 別のコミュニティに移動したりして、 関わる機会が多く減ってしまうものだった。 …でも、ここなら。 こうしてそばに居ることができるし、大好きな創作もできる。 きっとまたいつか離れてしまうかもしれない。 別の形で戻ってくるかもしれない。 何回も繰り返した失敗を思い返してみると、 私は相当な数の歴史を持っている。 でも、今回はこの歴史を無くしたくはない。 このままここに留めておきたい。 創作もずっと続けていたい。 君との物語を続けていたい。 鼻をくすぐった潮風に思考が持っていかれ、爽やかな気分になる。 深い青を前に、私は少し立ち止まった。 「私も光になれたら」 そんな我儘を胸に、認めたのでした。
【再掲】百合水仙の君へ 5
君と星空の下に座り込んで数時間。 もうどれぐらい経っただろう、星は後ろの方に沈んで、 視界の前にひときわ大きな光が見えるようになってきた。 「あれって…あれが、朝日?」 この発言で君をどれだけ驚かせたかは分からない。 全く驚いていないかもしれないし、酷く驚いているかもしれない。 でも私は、初めてこの目で見る朝日から目が離せなくて、 少しだけ綻んだ口元を見せるのがなんだか小恥ずかしくて、 君の顔は見ないでいた。 「眩しいけど、綺麗…」 星空を見た君と全く同じ感想。 今なら、綺麗と呟いた君の気持ちがよくわかる。 「綺麗」 素直でなんの捻りもないけれど、だからこそ素敵な響きだと思う。 この光景を言葉にするにはこの単語しか見つからなくて、 なんだかもどかしいけれど、ひとつ「綺麗」という単語で ハッキリ表せることに何故だか安心できる。 朝日が全て登りきるその時に私は君の方に顔を向けた。 丁度逆光になるように顔を向けたから、 きっと君は私が今どんな顔をしているか分からないと思う。 「百合さんが良ければ、なんだけど。」 「私まだ、冒険してみたいです。 行先も計画もない、行き当たりばったりの旅だけど… 私の我儘に付き合ってくれますか?」 「もし付き合ってくれるなら、 この先、ずっと先に行ってみたいです! …私が手を引きますから、いかがでしょう?」 きっと君が私の顔を見たなら、 満面の笑みと煌めく涙が写ったと思う。
【再掲】百合水仙の君へ 4
君から旅のお誘いが来た翌日。 あの日君に出会った日に身につけていた お気に入りの桐生織の帯を入れて街を出る。 「私、街の外に出るのが初めてで。」 いわゆる箱入り、と言うやつなのだろう。 それなりに生きてきて街の外に出ることのなかった私は こうして誰かと出かけるのも、街の外に出るのも初めてで、 なんだか緊張してしまって、それしか出てこなかった。 でも、せっかくのお友達とのお出かけだから。 大海原にでも出るような冒険気分で、前進した方がきっと良い。 「今はまだ、時間帯的に見られないけど… 私、満天の星空の下に出てみたい。」 なるべく前向きな気持ちで、声を発した。 「明るいうちに、良さげな所を探しに行こう!」 その声は自分でも驚くぐらいよく響いて、なんだか嬉しくて。 思わず君の手を取って、明るい方へ引っ張っていった。 その時の反応は、前を向いていたから見ていないけど。 きっと私と同じような気持ちだったんじゃないだろうか。 「ね、百合さん!」 初めての冒険が、君と一緒で本当に良かったと思う。 きっと、ひとりなら迷っていたから。 満天の星空を見つけることができたなら、次は君の番。
【再掲】百合水仙の君へ 3
私は、一目見ればある程度の感情を読み解くことができる。 それは君も例外じゃなく、 昨日街角で見かけた君はどこか苦しそうな顔をしていて、 確実に何かに対して悩みを抱えていた。 「百合さん」 声を掛けてあげたかった。 辛い思いをしている人を放っておくのは光の私が許さない。 でも、もしその悩みの種が私だったら? そう考えると怖くなって、動けなくなってしまった。 結局その日は君の事で頭がいっぱいで、 初めてお手紙を送ったあの時とは別の意味で眠れなかった。 だからこうして、手紙を書くことにした。 赤裸々に、ほんの少し影の私を織り交ぜて、 君も大丈夫だよ、私も大丈夫だよ、と伝えるために。 「百合さんへ」 「こんにちは。このお手紙が届く頃にはもう夜でしょうか。 実は昨日、街角で百合さんをお見かけしまして。 どことなく苦しそうなお顔をしていたような気がします。」 「もし何かお悩みがあったとして、 そのお悩みが私のことでしたら、 このお手紙の続きを読んでください。 そうでなければ、そっと閉じて、 いつかまた私のことで悩んだ時に開いてください。」 こういう形式にしたのに特に深い意味はない。 ただ、何となくこの方がいいような気がして。 見ようが見まいが、内容に変わりは無いのだから、 普通に書けば良かったものの、なんとなく、影の私が邪魔して。 「まず、自分勝手なお話から。 私、百合さんと出会えて良かったと思っています。 ずっと街角で見かけていて、素敵な人だなあと。 百合さんのお話に惹かれて、惹き込まれて、 ずっとお友達になりたいと思っていました。」 「でも、今こうしてお友達になれて、とっても嬉しく思います。 ですがそれ故に、百合さんを悩ませてしまっていること、 この間お見かけした時に理解しました。 それは本当にごめんなさい。」 「この言葉でまた百合さんを苦しませてしまうかもしれません。 それでも百合さんにそんな思いをさせてしまっているのが嫌で、 率直に言います。私の自分勝手ですが。」 「大丈夫です。」 「お話でも、お手紙でも、百合さんの思うままに、 思ったことを伝えて欲しいのです。遠慮は要りません。」 「大切なお友達ですから」 あの時私が君にあげたアルストロメリアと同じような、 暖色のグラデーションがかかった封筒。 小さな押し花を添えて。 どうか君の私に対するお悩みが、少しでも晴れますように… そう願って、お手紙を投函したのだった。
【再掲】百合水仙の君へ 2
あの日、花束と桐の小箱を送った君は 私に多くの優しい言葉をかけてくれた。 でも、あまりにも輝かしいその言葉の数々は、 私には「似合わない」ような気がしてしまう。 確かに嬉しい。「感謝」「純潔」「深い尊敬」「相思相愛」 どれも美しく、儚く、綺麗な響きの言葉ばかり。 きっと何色にもなれる透き通った優しい心の持ち主である君は、 私にこれが似合うと思ってあの薔薇を送ってくれたんだと思う。 「でもね、ちがうの。」 薔薇をそっと生けながら、思わず口から出たのは否定の言葉。 綺麗に生かされた薔薇を見ると、色んな感情が溢れ出す。 確かに君からの言葉は嬉しい。でも… 私、君が思う程素敵な人間じゃないよ。 私、君が思う程尊敬される人間じゃないよ。 私、優しい君の光になれるような人間じゃないよ。 「だって、私は影だから………」 君が思う私と、本当の私は、天と地程の差がある。 でも、今日も君が輝かしい言葉を届けてくれる。 きっと、その言葉が「似合わない」のではなくて、 私には「重すぎる」のだろうと、心のどこかで思った。 私は影なのに、君は私を光だと言う。 君の光になれたら、どれだけ素敵なことだろう。 だから、私は今日も優しい嘘を吐いてしまう。 君が嫌いな訳じゃない。 君が持つ「光の私」を壊したくないだけ。 騙しているのではないか。 裏切ってしまうのではないか。 それでも、私は君と物語を紡ぎ続けたいから。 自分勝手な気持ちを、影の私を、桐生織の帯に仕舞い込んで。 「いつか、私の光と影が紙一重になりますように」 君に全て打ち明けられるようになる日を、夢見て。
【再掲】百合水仙の君へ 1
百合水仙。別名「アルストロメリア」。 本属は南米国原産、大正15年と、割と最近に日本に渡来し、 花持ちの長さとその多彩さから花束に多く使用されるそうな。 そんなアルストロメリアの花言葉は 「持続」「未来への憧れ」だと言う。 明るく前向きで、ひたすらに前進し続ける君にぴったりだと、 アルストロメリアの存在を詳しく知った時に心の底から感じた。 だからあの日、私は君にアルストロメリアを、 百合水仙の、大きく華やかな花束をプレゼントした。 赤、橙、黄。暖色を多く採り入れて、艶やかな桐の小箱を添えて。 普段、ただ街ですれ違うだけだった君。 いつしか私の桐生織の帯にも気付いて、 いや、初めから気付いていたのかもしれないけれど。 そんな些細なことがどうでもいいと思えるぐらい、 私は君のことをもっと知りたいと思って、 だからこそ、この桐の小箱を用意した。 この小箱は私達にとっての「印(しるし)」。 私の分ともうひとつ用意して、お揃いのものを買った。 君と私がずっとお友達で居られるように、 お互いを高めあえるようなお友達でいられるように、 そんなささやかな願いを込めた贈り物。 君は飛び跳ねて喜んでくれて、私も思わず嬉しくなっちゃって、 その日一晩中眠れなかったという話を記したお手紙を出して、 今さっき届いたお返事にもほとんど同じことが書いてあって、 また今晩も眠れなくなっちゃいそうだな、とお手紙を書き記す。 こういうのは私の我儘なのかもしれないけれど、 願わくばこの時間が、少しでもこの場所で、少しでも長く、 少しでも色んな人と、百合水仙の君と、続けられるように。 「ありがとう」 今だけは、静かに幸福を望んでしまうのです。 よし、私、桐生印君、書き上げました。 何とか要素を詰め込んで、無理矢理物語を繋げて、 最終的にはちゃめちゃになってしまいましたが、 それらしくオチを付けられて助かりました… さて、モチーフになったであろうそこのあなたと、 それとは関係なしに物語を読んでくれたそこのあなたと、 この物語を書くきっかけになってくれたこの場所全体に、 私から伝えられる限りの感謝を。