小海音かなた
366 件の小説小海音かなた
ご来訪ありがとうございます。 小海音かなた(コミネ カナタ)は見習い小説家。プロになるために小説を公開したりコンテストへ応募したりしています。 ※当アカウントに掲載されているすべての小説・物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。 ※無断転載・複製・複写・インターネット上への掲載(SNS・ネットオークション・フリマアプリ含む)は禁止です。
12/31②『日々の欠片』完結のご挨拶
お疲れ様です。小海音かなたです。 『日々の欠片』は2023/12/31、20時の更新を持ちまして完結となりました。最後までお読みいただき誠にありがとうございました。 やったー! 書き切れたー! というのが今の正直な気持ちです。何度「この月の分、月初までに全部書き終わるかな」と思ったことか……。 無事完結できたのは、貴重なお時間を割いてお読みくださった皆様のお陰です。本当にありがとうございます! 神仏周辺だったり推しだったり犬猫や食べ物だったりと、狭く偏った題材の短編集にお付き合いいただけて嬉しい限りです。 本来筆不精な質でしで、いただいたコメントへのお返事が遅くなり申し訳ございませんでした。通知が来るたびニマニマと嬉しがっておりました。 コメントやいいね、フォローして下さった方々の暖かいお言葉やお気持ちには本当に励まされました。最大級に感謝申し上げます。 毎日の更新はこの投稿を持ちまして一旦終了となりますが、思いついたら短編もアップしようかと考えておりますので、気長にお待ちいただければ幸いです。 『日々の欠片』は、前々からずっと(こういうコンセプトで書いてみたいな)と考えていたものです。考えるだけで取り掛かれていなかった企画の準備に一年、実際に書くまでにも時間を要しました。 執筆ツールを何回か変えつつ今の形に落ち着いたのは、公開開始後だったと記憶しています。 自分で設定した締切日より脱稿が遅れることが多々ありましたが、アイデアをコツコツ書き溜めていると、締切直前にダダダーッと作品が完成していくという面白い現象を体験でき、今回の作品を書いて良かったなと思えました。 人間、追い込まれると意外な力を発揮するものですね。 一年間の連載でしたが、無事書き終えて安心したような、気掛かりがなくなって寂しいような不思議な感覚です。 小説自体はこれからも書き続けますので(次回作は久々に長編にしよいと思っております)、新作を公開しない日々が続いても変わらぬご愛顧をいただけたら嬉しいです。 最後に宣伝を……。 更新情報などは下記ブログにて都度アップ予定です。良ければご来訪くださいね。 https://ameblo.jp/komine-kanata/ それでは、みなさま本当にありがとうございました。またお会いできる日を楽しみにしております。 良いお年をお迎えください。 2023年12月31日 小海音かなた
12/31『108の鐘の音とコタツを彼女と』
近所のお寺で鐘を突く音が聞こえる。最初のうちは二人で数えてたけど、二十を超えたあたりから眠くなってきて、やめた。 「羊じゃないのに眠くなるんだ……」 彼女がコタツの天板に顔を乗せて言った。 「単調な作業が眠さを誘導するんでしょ。あと、やっぱコタツって眠くなる」 「んー。なんかやることあったっけぇ」 「ないよ。全部昼間のうちに終わらせたもん」 「だよねぇ。洗濯も掃除もして、年越しそば食べて、明日のおせちもできてて……完璧すぎない?」 「すぎるすぎる。俺にはもったいない奥さんだよ」 「ありがとう。お互いさまだよ」 普段から同じようなことを言い合ってるから、褒めるのが普通になってしまっている。 「去年の大晦日ってなにしてたっけ……」 「えー? 大晦日は覚えてないかも。元日なら、午前中に初詣行って……そういえば水餃子、作ってくれたよね」 「えー? あー、そうかも。アイス買ってきてくれて寒かろうと思って作った気がする」 どうだったっけ、と彼女が呟いて、本棚から日記帳を取り出した。 「あー、書いてた。『手作り水餃子おいしかった。買ってきてくれたアイスも美味しかった。』って」 彼女の日記は【食べた物ログ】になっていて、その日に食べた物とちょっとした感想が書かれているらしい。 「すごい、便利だね。俺も書こうかな」 「毎日ほぼ同じもの食べてるのに?」 「俺は食べたものログじゃなくて、作ってもらったものログだもん」 「写真で保管してくれてるじゃない」 「確かに」 俺のスマホのカメラロールには彼女の手作りご飯の写真がたくさん保管されている。名案だと思った矢先に覆され、俺の唇が尖った。 「えー、じゃあどうしよう」 「なにを?」 「来年の抱負……目標か」 「いまから決めるの難しくない?」 悩む俺に彼女が言った。なんだか楽しそうに笑ってる。 「考えてるうちに年越しちゃうよ」 「お、ホントだ」 テレビの下に置かれたHDDレコーダーの時計を確認したら、あと数分で0時を迎えるところだった。 「じゃあ、来年の抱負は来年決める」 「決まったら教えて」 「うん。あ。あと10秒」 二人でカウントダウンして、新年を迎えた。 あけましておめでとうって頭を下げて、ニコニコと笑い合う。 ホントはもう、決まってるんだ。来年の抱負。 オレと結婚してくれた彼女――妻を、一生かけて幸せにする、って。 だから来年も再来年もこの先もずっと、一緒にいてもらえるように頑張るんだ。 「よし寝よう。で、起きて晴れてたら初詣行こう」 「はぁい」 テレビを消してコタツも消して、照明も消して寝室に移動した。繋いだ手はコタツの熱でぬくもってあったかくて、あぁ、幸せだぁって……結婚できた幸せを噛み締めた。 「今年もよろしくね」 「こちらこそ、これからもよろしくお願いします」 この先なにが起こるかなんてわからないけど、二人一緒なら大丈夫。どんな困難でも立ち向かって、乗り越えてみせる。 二人はきっと、もっと先の未来へ――。
12/30『モグリの電車』
通勤で利用する電車がとある駅のホームに着くたび思い出す。 昔、芸人さんが電車を擬人化させたコントやってたなぁって。 対立関係にある銀色の電車と黄色の電車が同じ駅の同じホームに停車したところからコントが始まる。 お互いがお互いの欠点を言い合い、貶し、自分の方が優れていると主張する。 そのホームでは決着がつかず、二路線はホームで分かれて駅を出る。 次に二路線が一緒に停車したホームは、先ほどの都心からは離れた下町地域。更に都心から離れてしまう行き先に肩を落とす……という内容だ。 下町地域が悪いって訳じゃなく、コントのオチとしては対比がわかりやすくて選んだのだろう。 あの二路線、なんだかんだ対立してるけど、結局は思ってることをなんでも言い合える良い関係なんだよね、きっと。 だって毎日毎日同じ駅で嫌でも顔を合わせなきゃならなくて……似たような境遇で悲しい思いも共有してて……。 そのコントに続編があったかどうかは覚えてないけど、もしあれからも関係が続いていたら盟友になってるんじゃないだろうか。 いや、実際の電車に感情があるだなんて思ってはないんだけど、そう思わせるだけのリアリティがあのコントにはあると私は思う。 芸人さんは本当にすごい。 何をしても何を見ても心が動かなくなった時、何度テレビ越しに助けてもらったことか。 辛くて毎日泣いていた時、たまたま点けたテレビで芸人さんのネタを見て口角が自然にあがった。 私、笑えるようになったんだって少し安心した。 憂鬱な日も、面白かった記憶をたどれば少しだけ気持ちが明るくなる。 電車も私たちと同じように頑張って働いて、ライバルと切磋琢磨してるのかもって想像したら、自分も頑張ろうって思える。 行きたくないのに行かねばならない場所へ向かう電車の中で、いまもまだ、この電車はあの電車を憎からず思いながら口論してるのかなって想像したら、なんだか楽しい気分になる。 そして、少しあがった自分の口角を認識して、私はまだ大丈夫って、そう思える気がする。 今日も駅名を告げる車内アナウンスを聞いてあのコントの冒頭部分を思い出し、小さく微笑みながらホームへ降り立つ。 右に銀色、左に黄色の車両。 あのコントのセリフが聞こえてきそう。ふふっ……っていけないいけない。 “これから嫌な上司に会う”という事実から逃れたすぎて現実逃避してしまった。 コント内でいがみ合っていた二路線が、いつか盟友になれるのだとしたら、あの嫌味な上司ともうまくやれるんじゃないかって……思えなくもなくもない。 よし、今日も上司から嫌味言われても右から左受け流しつつ頑張るぞー!
12/29『抽選器からアルマジロ』
『歳末大セールの抽選会場はこちらでーす!』 派手なハッピを着て、プラスチック製のメガホンを持った男の人ががなってる。吐息がマスクの隙間から出て眼鏡を曇らせる。 寒いのに仕事大変だなぁ……。 僕が吐いた息もちょっと白くなって、すぐに消えた。 年末年始に必要なものの買い出しに来たはいいけど、人が多くて少々疲れた。 そういう人のために開放されているらしき、休憩所という名の倉庫に置かれたパイプ椅子に腰かける。 はす向かいのシャッター店前で、ハッピ姿のおじさんはまだ頑張ってる。 『500円ご購入で補助券一枚! 1000円ご購入で抽選券一枚! 補助券二枚でも抽選できますよ~! この機会にでっかいガラポン回してみてね~! 豪華賞品たくさんでーす!』 でっかいガラポンとは? 不思議に思って見てみたら、おじさんの後方に人の背丈より大きな抽選器が置かれてた。グルグル回すと玉が出てくるアレのでかいやつだ。ちょっと興味湧いてきた。 眺めていたら小さな子供連れの夫婦がやってきて、おじさんに声をかけた。おじさんはガラポンの近くにいた、同じハッピを着た若い女性に声をかける。どうやら受付は女性が担当しているようだ。 女性がチケットを受け取って、右手の指を三本立てた。3回まわせるということだろう。 若いお母さんが子供を抱っこし、取っ手を持たせた。そのまま子供ごとガラポンを回す。もう子供はただ取っ手の一部となってしまっている。 ガラガラと大きな音がして、カプセルトイのケース大の玉がゴトリと落ちた。3回全部末等だった様子。スナック駄菓子を3本渡され帰っていった。 子供は理解していないようだが、我が子の可愛い姿を録画できた夫婦はご満悦だ。 そういえばさっき買い物した店でなんかもらったな、と思い出し、財布の中を漁る。 手元には5枚の抽選券。購入品は宅配サービスで届けてもらう予定だから荷物はない。 そろそろ体力も復活してきたし、抽選して帰るか、という気持ちになった。 休憩所から出て一直線に移動し、受付の女性に抽選券を渡す。 「はい、5回分ですね。まわして玉が出たら一度止めてください。少ししたらまわして、を繰り返してくださいね」 「はーい」 言われた通り、まずは1回まわす。近くで聞くと玉が混ざる音がけっこう派手だ。 ガラガラガラ……ゴトン。 ボールは白色。末等の駄菓子だ。 2回目、3回目も白ボール。4回目に茶色の玉が出た。 「おめでとうございます! 3等の商品券三千円分でーす!」 女性が声を張ると、おじさんが手に持っていたハンドベルをチリンチリン鳴らす。 あっ、注目されてる。恥ずかしい。けど三千円は嬉しい。 「ラストでーす」 言われてまたガラリと回す。そうして出たのは……―― 「果たして当たりなんですかねぇ」 「僕に聞かれても……」 「ですよねぇ……」 腕に乗った女の子は困り顔だ。きっと僕も同じ表情になっている。 大きなガラポン抽選、最後の1回で出てきたカプセルは、アルマジロの形をしていた。そして、「あいたたた」と喋った。 「おっ、大当たりで~~~す!」 女性の声に反応してヂリンヂリンとベルが鳴らされた。僕は【大当たりの景品】と顔を見合わせ、「えぇ……?」とつぶやいた。 いま、その景品と一緒に家に帰っている。 「目、まわんないんですか」 「アルマジロアーマーの中は水平機能が働いてるので。けど、まさか落ちると思ってなくて、油断しました」 着地を失敗して足をくじいたらしく、商店街の医務室に置かれていた湿布を小さく切って貼っている。 ガラポンの玉と同じくらいの大きさをしたアルマジロの中には、人間と同じ形をした女の子が入っていた。宇宙のどこかにある星から来た宇宙人だそう。 「人を景品にするってアリ?」 「どうなんでしょう。うちの星では聞きませんが」 「うちでもだよ」 「まぁ私のお給料は商店街の方々が払ってくれるそうですし、私も収入が得られるので助かります」 「出稼ぎってやつ?」 「どちらかというと、社会勉強とか異文化交流ですかね。せっかく違う星に行けるんだから、若いうちにと思って」 「なるほどねー」 女の子が僕の家で一ヶ月間家事手伝いをしてくれる。それがガラポンの特賞だった。 「変な人に当てられてたらどうするんだ」 「そのときはコレを」 女の子が腕を伸ばすと、棒のようなものが現れた。バチバチと音を立てて電流が走ってる。 「え、コワ」 「これで攻撃して逃げてもいいと、さっきの契約書に」 「嘘。ちゃんと読まなきゃ」 「使うことは滅多にないと思いますが……これからよろしくお願いします」 「……こちらこそ」 電気棒に怯えつつ返答した。 あの特賞が僕にとって当たりなのか外れなのかがわかるのは、もうちょっと先かもしれない。
12/28『バランスのいい食事を、と彼が言う。』
仕事帰りにスーパーへ寄った。夕飯を買うのだ。 今日は疲れてて面倒だけど頑張ったご褒美欲しいから、好物の明太子と白飯にしようかなぁ。それともイクラ? いや、高価(たか)いな……と鮮魚コーナー付近を物色していたら頭の中で声がした。 (身体に悪いよ。ちゃんと他のも食べて?) ヤマザキさんだ。 私の命が危険に晒されたとき、助けてくれた人。だいぶ前に亡くなっていて、いまは天界で人を助ける仕事をしているらしい。 私の魂と身体の間にできたらしい隙間がなくなるまで、私を守るために毎日来てくれている。 (うーん、今日あんまり食欲ないんですよね……) (野菜とかは? 食べられそう?) (野菜かぁ……) 応答しながら自分のお腹をさする。ちょっと冷え気味だから冷たいものはあんまり、という感じ。 (温野菜とかスープ系とかでもええよ?) 温野菜……スープ……うーん。 お惣菜コーナーで見合ったものを探す。 (あ、美味しそう……。肉じゃがとかどうでしょう) (えぇね、美味しそう) (じゃあ、これと明太子とご飯にします) (うん、ごめんね?) (全然。ありがとうございます) 私の身体に“乗り移っている”状態になっているからか、ヤマザキさんはいつもちょっとだけ遠慮がちだ。 自分じゃ気づかないこととか、自分を甘やかしちゃうといけないこととか指摘してくれるの、助かってるんだけどなー。 ヤマザキさんに食べたいものがないか聞いたら、(うーん。ヨーグルト)とのことだったので、いつも買ってるプレーンヨーグルトもかごに入れてレジへ向かった。 ん? これも栄養のため? と思ったけど、聞かないでおいた。 帰宅してシャワーを浴びて、髪を乾かしたり身だしなみを整えてから夕ご飯の準備をする。 レトルトご飯を温めている間に、さっき買ってきた明太子と肉じゃがをレジ袋から出した。 「あ」 「ん?」 「ヨーグルトあったの忘れてた」 「あ、そやったごめん。いまからで平気かな、部屋ん中寒いし」 「そうですね。とりあえず入れておきます」 自分の口から出るヤマザキさんの言葉に返答しながら、ヨーグルトを冷蔵庫に入れた。 肉じゃがの温め時間を確認していたら、ご飯の温めが終わった。レンジからご飯パックを取り出して、蓋を開けた肉じゃがの容器をレンジへ入れる。 温め終わるまでにテーブルを拭いたり明太子のパックを開けたりお箸出したりしてたら電子音が聞こえた。 夕食が揃ったので、座って手を合わせる。 「いただきまーす」 「いただきます」 一人で二人分の挨拶を発して、ご飯を食べ始めた。 パックから明太子を一腹取ってご飯に乗せたら「多いな」ってヤマザキさんに笑われたけど、これが私のスタンダードなんだもん。 明太子は好物が故に一気に食べちゃうから、お値段の割に量が少なく感じるという意味で“贅沢品”。あまり頻繁には買えない。 だからこそ旨い! ニコニコしながら味わっていたら、ヤマザキさんが微笑んだ。 (好きね、ご飯のお供系) (はい。手軽だし、お米の美味しさが際立つので) (ほっとくと塩辛とご飯ーとか、昆布の佃煮とご飯ーとかにしちゃうからなー) 「それはー……そうですけどー」 反論も言い訳も考え付かずに返答したら、ヤマザキさんは困ったように微笑んだ。 (なので) ご飯を頬張り、噛み砕きながら頭の中で会話を続ける。 (ありがたいです。栄養面でのアドバイスして貰えると) (大したこと言えてないけどね。ん、肉じゃが旨いね) (ねー。ありがたいです、お惣菜) (できるでしょ、料理) (材料が全部揃ってればできますけどー……) (大変か) (重いんですよ、野菜。一個売りってあんま見ないし、あのスーパー) (確かに。二人暮らし以上じゃないとコスパ悪いか) (ですねぇ) (ごめんな? 俺が手伝えたらええんやけど、自分の身体ないからなぁ……) ヤマザキさんにとっては普通なんだろうけど、やっぱりなんか、不思議なんだよな。身体はないけど意識というか魂は在って、会話したり相談したりできるの……。 あんまりオカルト的なこと信じてないんだけど現実に起きてるからなぁ。どういう仕組みなんだろう。と密かに考えていたら口が動いた。 「デザートにヨーグルト食べれそう?」 (食べます。辛いの食べてるから甘いのも欲しい) (甘いの……あ、ハチミツかけよか。栄養あるし) 「ふぁい」 過保護だなぁと思いつつ、気にかけてくれるのが嬉しいから享受しちゃってる。 このままではいけないけど、このまま一緒にいられたらなぁ……と思っていることは伝えられない。 なんとなく気づいてるのかもしれないけれど、詮索してこない。 いまのままの関係がいいとも悪いとも言えないけれど、これだけは確かだ。 私はいま、幸せである。
12/27『浅草の朝』
健康のため、散歩がてら川沿いを歩きつつ、散歩中の犬をガン見して愛でる。 地図アプリによれば、目的地まではもう少し。 古風な見た目の建物が並ぶ小道を通り抜けると、パッと視界が開けた。 おぉー。 テレビなんかで良くみる、赤くでっかい提灯が目の前に! 感動! 近所に住んでるのに初めて生で見た。もっと早く来れば良かったなー。 夜明け少し前の、冷たいけれど清々しい空気の中で大きな門を見上げた。 左右にはかの有名な風神雷神像。そうそう、この写真見る見る。 ……それにしても人通り全然ないなぁ。大通りなのに道路にも車全然ない……。なんだかちょっと、この空間にただ一人取り残された気分になる。 「なんか結界でも張られてたりして」 なんて独り言ちたら、明けかけた空に黒い雲の渦ができた。漫画とか映画とかでみる、“暗雲たちこめる”描写のようだ。 『来おったか』 低音イケボで誰かが言った。でもここに人間なんて私しかいない。 ギョリギョリギョリ……と音を立てながら、風神雷神像を保護するための金網が下部に収納されていく。 「!???!??!!」 記号でしか表せない感情のまま周囲を伺うと、雷門の左右に設置された風神雷神像がふわりと飛び立った。 「ひぇっ⁈」 『下がっておれ』 私を庇うように大きな掌をこちらへ向ける。 戸惑う私を呼ぶように、門の裏から『こちらへ』と声がした。勇気を振り絞って振り返ると、下半身が龍になった女性飛んできて、私を抱きかかえた。 『そなたたちは雷神のスペースに入っていなさい』 下半身が龍の姿の男性が、私たちを門の中へ誘導する。 『私は金龍。風神雷神と天龍がきっとそなたを守るから、ここで一緒に見守りましょう』 金龍さんと私が入ったスペースの目の前で、金網が元のように戻っていく。 「な、なんなんですか?」 半分泣きそうになりながら問うと、『結界に隙間があったようね。そこから貴女が入ってきたみたい』金龍さんが答えた。 さっき私が呟いたこと、間違ってなかったんだ。 風神、雷神と天龍さんが門を背に道路へ向かうと、頭上の暗雲からなにかが出てきた。 おどろおどろしい雰囲気を持った、ヒトのカタチをしたナニか。見ているだけで背筋がゾワゾワする。 「あれは?」 『禍津日神(まがつひのかみ)……災害や疫病など、災いをもたらす神だ』 「えぇっ、困る」 私の声を聞き、近くにいた天龍さんがニヒルに言った。 『まぁ見ておれ』 禍津日神が対峙する三柱に気づくと、手を振り下ろし、目の前の道路を叩きつけた。砕けたアスファルトが目くらましのように飛んでくる。 風神はその破片を竜巻の力で寄せ集めると、そのまま禍津日神に投げつけた。 怯んだスキに雷神が背負った連鼓を打ち鳴らし、雷を禍津日神へ落とす。 『ゥギャッ!』 禍津日神が声をあげて身じろいだ。 『ヴァーユ!』 『うむ!』 雷神に呼ばれた風神が、担いでいる風袋から台風に似た風雨を発生させて、禍津日神の身体を締め付けるように巻き付けた。引き裂こうとする禍津日神の動きとは真逆に、もがくほど竜巻はナニカを締め上げる。 『ヴァルナ!』 『ぬん!』 風神が呼ぶと雷神は連鼓を更に打ち鳴らし、発生した雷を禍津日神の周りに集め、逃げられぬよう結界を作った。 『観念せい、禍津日神! 改心するというならその守りを解くが、そうでないのなら……』 『……!』 禍津日神は風神雷神の後方で独鈷杵を構える天龍に視線を移した。 地鳴りに似た声をあげ、禍津日神が隙をついて逃げた。 空の暗雲が完全に消えて、元の青空に戻る。 『……逃がしてしもうた……』 しょんぼりとこちらを振り向く風神。なんだかちょっと可愛い。 『あれだけ痛めつけられていれば、しばらくは来ぬだろう』 雷神はバチを腰布に戻して手をはたいた。 『久々に打ち鳴らしたせいで手が熱いわ』 『すまんの天龍どの。そちらのガードを任せたばかりに』 『いえ。二柱のお力がなければ、守り切れませんでしたから』 『金龍どのも、助かり申した。ワシらでは怖がらせておっただろうから』 『いえいえ』 目の前の金網が再度開き、金龍さんは私を道路にそっと降ろしてくれた。 「すみません、私、邪魔でしたよね……」 『いや。怖い思いをさせて、すまなかったな』 「とんでもない! 身に余るお言葉です」 風神が風袋から出した風で散らばったアスファルト片を集めて道路に撒くと、窪んだ道路が早戻しみたいに修復された。 『では、ワシらは門の中に戻る』 『金網が閉まると同時に結界が解ける。気をつけて』 「はい」 四柱にお礼を言って頭を下げた。 金網が閉まると同時に、人や車通りが増え始めた。いつもの光景だ。 再度四柱に頭を下げて、本堂を目指す。 仲見世商店街は、今日も平和だ。
12/26『海腹川背』
乾燥機から洗濯物を取り出して畳んでいたら、玄関を開ける音が聞こえた。 「ただいまー」 「お帰りなさい。どうだった?」 その問いに彼の顔が緩んだ。どうやら釣果はあったみたいだ。 「めっちゃめちゃ釣れた。予約した船の船長が有能な人でさ、凄かったのよ!」 「ほぅほぅ」 「見てコレ」 満面の笑みで出してきたスマホの画面には、人間の身体より大きな魚と彼が並んでる写真が表示されている。 「でかっ、すご」 「でしょ? さすがにこれは丸のまま持ち帰るのはムリだったから、現地で色んな人に分けて来ちゃった」 「いいよいいよ、余らせるより全然いい」 「うちの分は切り身で持って帰ってきたからなんか作るわ。なにがいい?」 「えぇ、なにがいいんだろう。お刺身? フライ?」 「どっちもいいね。普通に焼いても旨いと思う」 「その辺はお任せしてもいいですか」 「もちろん」 「疲れてるよね、ごめんね?」 「全然? めっちゃ楽しかったし」 アドレナリンでも出ているのだろうか。彼は今朝早く家を出ていったときよりも元気だ。 タフだなーと思いつつ、洗濯物を畳む作業に戻る。 彼はそのままキッチンで料理を作ってくれてる。冬の海なんて寒かったろうに……あっ。 「お風呂入れようか。冷えたよね」 「あー、そういえば? 汗かいたから先に入るべきだったか」 「料理引き継ぎます? その間にシャワーとか」 「あ、そうする。じゃあこれを……」 彼から手順を教えてもらって、お魚を下拵えする。料理も彼の趣味とストレス解消法だから、必要最低限のことだけにしよ。 とかやってたら彼が超速でお風呂を終えて出てきた。濡れた髪をタオルで拭きながらキッチンへやって来る。 「風邪ひくよ?」 「大丈夫だよ」 彼はタオルを首にかけて、私の横に立った。 「あ、ごめん。洗濯物増えた。いま回ってる」 「ありがと、助かる。乾いたら畳んでおくよ」 「ん、ありがとう」 バトンタッチして、彼に料理を仕上げてもらった。 美味しい料理をいただきながら、今日の彼の体験談を聞く。 釣りの話してるとき、ホントに楽しそう。ホントに好きなんだなー。 いつもは冷静で大人な彼が少年のように瞳を輝かせる。好きなんだよなー、この笑顔。 後片付けをしてお風呂入って……リビングに戻ったら、彼がテレビを視ながらウトウトしていた。 「おーい、風邪引くよー。ベッド行こー」 「んー」 テレビを消して、グズる彼を支えながら寝室に移動する。 ベッドに入った途端、彼は私を枕のように抱きしめて眠ってしまった。相当疲れが溜まっていたんだと思う。 可愛いな。 安心してくれるのはなによりなんだけれど、身動きがあまり取れないからちょっと不自由。 だけどその、時折訪れる不自由さが、幸せでたまらないんだ。
12/25『ワタシに願いを』
毎年定番のものから新たに発表されたものまで、冬の大きなイベントが題材になっているそれらが街に流れ始めた。 きっとこないであろう“キミ”を待ってみたり、クリスマスキャロルが流れるころに思いを馳せてみたり、プレゼントよりも“貴方”が欲しいとせがんでみたり……なんのかんのシチュエーションは違えど、“恋人たち”に向けた楽曲が多い。 ワタシ的にはムーディーなものよりアップテンポで楽しげなものが好きだ。気分が上がるからね。 ワタシ――こと流れ星の精は、流れ星を渡っては人々の願いを叶えてきた。 落ちていく幾つもの星を渡っていたけれど、あるとき思った。『ちょっと疲れたな』って。 だから、なんだか目立っていたこの星に留まることにした。この商店街でクリスマスイベントを行う際に必ず出される大きなモミの木。そのてっぺんで輝く星に。 ここなら転々と移動しなくていいし、お願いする人との距離が近いから願い事が聞き取りやすい。 『願いを3回唱えれば叶う』と言われているのは、3回くらい願ってくれないとワタシのところまで聞こえないから。距離遠いし速度早いしね。 クリスマスじゃない時期は、商店街の入口上部に設置されたからくり時計の中、魔法使いが持っているステッキの先に付いた星に移動する。大きな星が季節物だなんて知らなかったんだもの。 朝9時から夜7時まで、3時間おきに仕掛けが動くときにも願いが叶えられるけど、知らないヒトだらけで正直暇だ。 ツリーが設置されると忙しくなるのは、カップルがツリーの下で指輪を送り合うと、一生幸せになれるという噂が流れているから。 ワタシが宿って願いを叶えるようになって以降、このツリーは【恋人たちの聖地】と呼ばれるようになって地元のローカル誌に載ったりしている。 別に恋人同士の願い事だけ叶えるわけじゃないんだけど、願ってくるのがカップルばかりだから叶えるのもカップルのばかりで、そういう噂が広まってしまったらしい。この国ではつくづく、クリスマス=恋人同士のイベント、というイメージが強いようだ。 家族や友人同士、もちろん一人でだって楽しんでいいのにね。 というわけで、クリスマスの本番当日になれば、ツリーの下は若いカップルで溢れる。のだけど。 周囲の雰囲気に似つかわしくない、思いつめた表情でツリーをジッと見つめる男の子がいる。その目付きは“睨んでいる”に近いものがある。 ツリーになにか恨みでもあるのかと思ったら違った。どうやら受験生らしい。 来年行われる試験に向けて、目下勉強中……という状況のようだ。 あまりにも根を詰めて勉強しているので家族に心配され、気晴らしに予約しているクリスマスケーキを受け取りに行ってこいと任命されたとか。 『こんなことしてる時間があったら勉強したいのに。なんだよ自分たちばっかりクリスマスとかお正月とか浮かれちゃってさ。この時間分の勉強ができなくて受験がうまくいかなかったら全部家族のせいだ』 そんな心の声が全部漏れて聞こえてくる。相当強い気持ちらしい。 『これで万が一のことがあって来年もまだ受験生でいなければならなくなったらどうしてくれるんだ。僕の人生設計が全部台無しだよ』 ここで恨みつらみを吐き出す時間があったら、サッサとケーキ受け取ってとっとと帰宅すればいいのに――と思うけど、コチラの声は届かない。いつでも一方通行なのだ。 願ってくれれば叶えられるかも知れないのに……カップルの願いしか聞いてもらえない、という噂を信じているのか、合格祈願はしてくれない。 気になって受験生の未来を見てみたが……第一志望の大学に入学したとしても、人間関係のもつれで早々に自主退学してしまうよう。もし合格祈願を願われたとしても、本人の為にならなさそうだし叶えるのは気が引ける。 第二志望の大学へ入学し、才能を開花させて多くの人に希望を与えるのが彼にとっての最善ルートだからだ。 しばらくは失意のもと辛い思いをするだろうが、耐えるんだぞ……。 願いがかなえられないコチラも、心が痛むときはある。 だからせめて、今日のケーキと正月のおせちを美味しく食べられるように願った。叶うかどうかは彼次第だ。
12/24『大人になったら欲しいもの』
『ごめん、いつも』 「……なに、急に。どうしたの?」 『いや……メンバーに言われてさ……。こういうイベントの日に会えないの、我慢してる彼女に感謝しろって』 「うん……いや、別に、あまり気にしてないから」 『だよね』明らかに声色が明るくなった。『ほらぁ』あぁ、後ろにメンバーさんいるのね。 「職場とかじゃないの? 大丈夫?」 『大丈夫、シズカんち』 「そう。っていうか、メンバーさんと一緒なら」 『ちがうんだ。配信用の撮影準備をしてて、仕事で来てて』 「……うん。あ、責めてるんじゃなくて、一緒なら、私に気を遣わずに楽しんで、って言おうとしてたの」 『あ……そうなんだ。ありがとう』 「こちらこそ、電話ありがとう。明日は会えるんだから大丈夫だよ」 『うん』 私の彼はアイドルだ。 付き合い始めたころは普通の中学生だったんだけど、高校生になってとあるアイドル育成番組のオーディションで合格して、異国でデビューした。活動拠点はあちらとこちらが半々くらい。 以前よりも会える時間は大幅に減ったけれど、彼が元気かどうかは各メディアで確認できるし、彼も私を気にして度々連絡をくれるから特に不満はない。ということにしておく。 『明日、近く着いたら電話する』 「うん、待ってる」 じゃあね、と言って電話を切った。彼はこのあと、生配信のお仕事がある。こっそり作ったアカウントでログインして視聴するつもり。 “私だけの彼”が“みんなの彼”になって、寂しいし不安だし切ないなってときもあったけど、彼が努力してるのも知ってるから、私も努力して払拭してる。 この先どうなるかはわからないけど……。 ピロリン、ポロリン♪ インターホンが鳴った。 セールスだったら断ろうと思いつつ応答する。 『宅配便です~。ソウマ、タクマさまからのお届け物なんですが~』 彼の名前を聞いて心臓が跳ねた。 「は、はいっ」 『置き配時にご連絡をご希望でしたので、宅配ボックスに入れておきますね』 「ありがとうございます」 宅配便の人が帰った頃を見計らって宅配ボックスへ行く。彼からの荷物は長さ30センチくらいの長方形の段ボール箱。 ボックスから取り出して部屋に戻り、早速開封すると、中にはクリスマスツリーが入っていた。 すでに飾りつけがされていて、出したらすぐに飾れるやつ。と思っていたら、箱の下側になった部分はただのモミの木だった。 ツリーの下にメッセージカードが入ってる。 【飾り付け、半分しかできてないからもう半分はお願いね。タクマ】 カードの下に更に入っていたオーナメントの数々。 こういうことしてくれるの、すっごく嬉しい。 誰にでも分け隔てなく優しいからちょっと心配だけど、その心配以上の安心をくれるから、大丈夫。 テーブルの上にツリーを置いて、彼の飾り付けと対比になるようオーナメントを付けていく。 てっぺんの星は、明日二人で一緒に飾ろう。 クリスマスイブのスペシャル生配信で彼はメンバーさんとクリスマスパーティーをしていた。 とても楽しそうで、観ているこちらまで楽しくなってくる。きっと配信が終わってもみんなでワイワイしてるんだろうなと思ったら笑顔が溢れ出した。 イブはあと数時間で終わっちゃうけど、明日になれば……『メッセ♪』 震えたスマホに意識が移動する。 あ、タクマからだ。 ソウマ{配信の後片付け全部終わった] ソウマ{遅いけど、いまから行ってもいい?] もちろん! 頭の中の回答を打ち込みながら、今日一番の笑みが浮かぶ。 部屋の飾り付けしちゃったほうがいいかな。いや、明日タクマと一緒にしたほうが楽しいかも? そうだ、服装どうしよう。部屋着はやめたほうがいいか。でもタクマが来てしばらくしたら寝る時間だし……いやでもそこは彼氏を迎える彼女として……。 急に訪れた幸せに思考がフル回転する。 ちょっと早いクリスマスプレゼントを貰った気分だ。 どこかにいるかもしれないサンタさん、彼との時間をありがとー!
12/23『テレカ 〜テレホンカードの【本当の】使い方〜』
テレカを差し込み、早く飲み込めとカードを指先で叩くが動かない。受話器を取らねば通話ができない、と説明されてことを思い出し、慌てて受話器を上げる。 さっきまで動かなかったテレホンカードは電話機に吸い込まれ、カードの残り度数が小さい画面に表示された。 数字が刻まれた丸いボタンをせわしく叩く。 『はい、召喚獣派遣請負、サモン株式会社です。どの属性をご希望ですか』 「木属性のモンスターを!」 「現在ですと【マンドレイク】の派遣のみとなっております」 ベヒモスに対応するにはちょっと弱いが仕方ない。 「じゃあそれで!」 「補佐として水属性の【ケルピー】か【ガルグイユ】の派遣も可能でございますが」 「あぁ~、【ケルピー】も一体!」 『かしこまりました』 回答と同時に電話ボックスを中心とした魔法陣が現れ、光を放つ。 空に黒い雲が渦を巻き、その中心から召喚獣が二体降りてきた。 マンドレイクとケルピーが地上に降りたつと同時に、カードの残り度数を示す数字が減り始めていく。 夜道を歩いていたら急に襲われたため、緊急召喚を余儀なくされた。持ってて良かったテレホンカード! 魔法陣の外で地を蹴るベヒモスの召喚者は見当たらない。対人間なら会話が通じるが、召喚獣では話ができない。 いや、たまに話が通じない人間も確かに存在するが……。 通常の象よりも遥かに大きなベヒモスがこちらへ駆けてこようとしている。魔法陣の中は安全、とは言うけれど、どのくらいの攻撃に耐えうるかまではわからない。 ベヒモスに対峙するマンドレイクは小さく、ケルピーも通常の馬と同様のサイズだ。あんな巨大なヤツを退けることができるのだろうか。 不安になっていたら受話器から指示が聞こえた。 『ケルピー。マンドレイクに【水噴射】を発動』 『ブルルルッ』 ケルピーがいなないて、口から水を発射した。 『マンドレイク。【水噴射】を吸収し巨大化。【叫び】の待機』 前方にいるマンドレイクが背中でそれを浴び、そのまま体内に水を蓄える。同時に、口を開け光を吸いこみ、技の発動準備をしている。 水サポートを得て巨大化したマンドレイクに、電話の向こうから指示が飛んだ。 『マンドレイク。ベヒモスに【叫び】を発動』 『ぐおおぉぉん!』 地が震えるほどの声とともに、吸い込んだ光が発射されベヒモスにヒットした。 ベヒモスはその攻撃をまともに受けて鳴き声をあげ、動きを止めた。 『ケルピー。マンドレイク。依頼人を守護し、そのまま待機』 電話からの指示に従い、ケルピーとマンドレイクが電話ボックスを囲う魔法陣のすぐそばで、動かなくなったベヒモスに対峙しながら待機する。 『依頼人様、そのままお待ちください。じきに【中道の立場】が現れるかと思います』 「はっ、はい」 返答して受話器を握ったまま待っていると、空間の一辺に切り込みができた。 『はいはーい、お待たせぇ』 【中道の立場】が時空を割って現れる。 『お疲れさまー。この子はコチラで元の時空に返しておくねー』 『お願いいたします』 「お、お願いします」 中道の立場、初めて見た。見た、というか感じた、というか。視覚では捉えられない存在だけど、確かにそこにいる。 『あなたが召喚依頼したコたちは、召喚ゲートから帰るからね』 「はい……あの」 『うん?』 「そのベヒモス、召喚者がいませんでしたが……」 『あー、召喚者のパワーが足らなくて暴走しちゃったんだろうねー。このコは生きてるし、召喚者には……ちょっと“お仕置き”があるかもだけど、殺められたりはしないから安心して。あなたはー……災難だったね』 ニコリと笑いかけられた、ような気がした。 『またなにかに遭遇したときのために、カードか携帯、持ち歩いててね。じゃあねぇ』 ベヒモスは【中道の立場】に抱えられ、時空の狭間に消えた。恐らく元いた場所かどこかで癒されて復活し、また誰かに召喚されるんだろう。 マンドレイクとケルピーが空の渦の中へ戻り、元の青空に戻ったのを確認してから召喚請負会社に完了の旨を伝えて受話器を置く。同時にカードが返却口から出てきた。 使用した分だけ減った度数の場所に穴が開いている。残り度数は額面の半分程度。またどこかの金券ショップで割り引かれてるカードを買っておかなくては。 こういうとき、携帯召喚機があると便利なんだよなー。テレカなんて使わずに、アプリかなにかでサッと喚べるし……。 仕方ない、明日にでも店に行って、携帯召喚機の契約してくるか……。