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まだ慣れてないのでつまんなかったり、おかしなところがあったらごめんなさい!!!!

天使の皇女は、悪魔の皇子に恋をする

天使の国《セラフィア》と、悪魔の国《ノクス》。 二つの国は長い歴史の中で争うこともなく、しかし深く交わることもない―― 均衡だけが保たれた、不思議な関係にあった。 セラフィアの第二皇女、ルミエール。 白いうさぎ耳と淡い青の瞳を持つ彼女は、幼い頃に両親を事故で失った。 今、玉座に座るのは姉―― 冷静で威厳に満ちた女帝。 民にとって理想の支配者であり、妹を深く愛している存在でもある。 だがその愛は、「皇女として守るべき存在」としてのものだった。 ルミエール自身は、王宮の白い庭で空を見上げるたび、思っていた。 ――私は、ただの“皇女”で終わるのだろうか。 ⸻ 一方、ノクスの第一皇子、ノワール。 黒い狼耳と深紅の瞳を持つ彼は、父母を失い、兄が皇帝として国を治めている。 兄は強く、恐れられ、そして尊敬される皇帝だった。 弟に対しても厳しく、だが誰よりも信頼していた。 「お前は俺とは違う道を歩け」 そう言われた理由を、ノワールはまだ知らない。 彼は黒翼を背に、夜の庭で一人、思う。 ――この力も、この血も、誰かを守るために使えたらいいのに。 ⸻ 二国合同の親善式典。 中立の庭園で行われたその場で、二人は出会った。 白と青に包まれた天使の皇女。 黒と赤を纏う悪魔の皇子。 視線が、静かに重なる。 言葉はなかった。 けれど―― (……綺麗な、光) (……あたたかい、闇) その瞬間、二人の胸に生まれた感情は、 どちらの国の言葉でも、まだ名付けられていなかった。 ⸻ 天使の女帝は、遠くから妹を見つめていた。 その隣には、悪魔の皇帝。 二人は互いをよく知っている。 そして、知っているからこそ理解していた。 「……時代が、動くかもしれないな」 「ええ。あの子たち次第で」 彼らは止めなかった。 導きもしなかった。 ただ、見守ることを選んだ。 ⸻ 庭園の端。 光と影の境界で、二人は並んで立つ。 「……怖くないの?」 ルミエールが小さく尋ねる。 ノワールは一瞬だけ驚いたように目を瞬かせ、 そして、微笑んだ。 「君が隣にいるなら」 白翼が、黒翼に触れる。 拒絶はなく、ただ静かなぬくもりだけがあった。 この恋は、まだ始まったばかり。 国を変えるかもしれない未来も、 悲しみも、選択も―― すべては、これから。 夜。 天使の国《セラフィア》の王宮は、静かな光に包まれていた。 ルミエールは自室の窓辺で、青白い月を見上げていた。 胸の奥に、あの庭園で感じた温もりがまだ残っている。 ――悪魔の皇子、ノワール。 名を思い浮かべるだけで、 心がわずかに揺れることに、彼女自身が戸惑っていた。 そのとき、扉が静かに開く。 「まだ起きていたのね、ルミエール」 女帝である姉が、静かな声で言った。 ⸻ 「……お姉さま」 女帝は妹の前に立ち、 しばらく沈黙した後、こう告げた。 「あなたの両親が亡くなった“事故”。  あれは、完全な偶然ではなかったわ」 ルミエールの瞳が大きく揺れる。 「天使と悪魔、二つの国の“均衡”を壊そうとした者たちがいた。  彼らは両国の王を同時に失わせれば、  混乱の中で世界を支配できると考えたの」 「……じゃあ……」 「ええ。悪魔の国の皇帝夫妻も、同じ日に命を落としている」 ルミエールの脳裏に、 赤い瞳の皇子の姿が浮かんだ。 ――ノワールも、同じ痛みを背負っている。 ⸻ 同じ夜、悪魔の国《ノクス》。 玉座の間で、皇帝は弟――ノワールを見つめていた。 「なぜ……俺に“違う道を歩け”と言ったんだ」 皇帝は目を閉じ、低く答える。 「お前は、俺よりも優しい。  この国を憎しみで守るには、向いていない」 そして、続けた。 「だからこそ――お前には“橋”になってほしかった」 ノワールは息を呑む。 「天使と悪魔を繋ぐ、存在に」 ⸻ 数日後、極秘裏に開かれた中立地での会合。 ルミエールとノワールは、再び向き合った。 「……あなたも、知ったのね」 「うん。君の両親と、俺の両親が、同じ理由で……」 言葉は途中で途切れた。 けれど、沈黙は重くなかった。 ルミエールは一歩近づき、 そっと言った。 「私、怖い。でも……」 ノワールは静かに手を差し出す。 「一人で背負わせない」 白い手が、黒い手に重なる。 その瞬間、淡い光と深い影が、確かに調和した。 ⸻ 遠くから、天使の女帝と悪魔の皇帝はその様子を見ていた。 「……やはり、あの二人ね」 「俺たちが守るべき“未来”だ」 二人は、かつて王であった両親の意志を思い出していた。 ――争いではなく、共存を。 ⸻ 「ノワール」 「なに?」 「もし、世界が私たちを引き裂こうとしても……」 彼は、迷いなく答えた。 「俺は君の隣に立つ。皇子としてじゃない。一人の存在として」 ルミエールは微笑んだ。 それは、皇女ではなく、一人の少女の笑顔だった。 中立の庭園は、昼と夜の境目の光に包まれていた。 天使と悪魔、どちらの国の空でもない場所。 ルミエールは噴水のそばで、羽を小さく揺らしていた。 誰かを待つときの癖だ。 「待たせた?」 背後から聞こえた声に、彼女ははっと振り返る。 「……ノワール」 黒い翼をたたみ、彼はいつもより柔らかな表情で立っていた。 皇子としての威圧感ではなく、一人の青年として。 ⸻ 二人は並んで歩き出す。 会話は途切れ途切れで、沈黙も多い。 けれど、不思議と気まずくはなかった。 「あなたと話していると……」 ルミエールが小さく言う。 「?」 「胸の奥が、静かになるの」 ノワールは一瞬だけ目を伏せ、 それから正直に答えた。 「俺もだ。世界が敵じゃなくなる」 その言葉に、ルミエールの頬がわずかに赤く染まる。 ⸻ 噴水の縁に腰かけたとき、二人の手が、ほんの少し触れた。 離そうと思えば、すぐに離せた。 けれど、どちらも動かなかった。 「……いいの?」 ルミエールの声は、羽毛のように軽い。 ノワールは、そっと指先を絡める。 「嫌なら、すぐ離す」 彼女は小さく首を振った。 白と黒の手が、静かに重なる。 ⸻ 「もし……」 ルミエールが視線を落としたまま言う。 「私が皇女じゃなかったら、あなたは……」 ノワールは、彼女の言葉を遮るように答えた。 「それでも、君を選ぶ」 迷いのない声だった。 「肩書きも、翼の色も関係ない。俺が惹かれたのは――ここにいる、君だから」 ルミエールの瞳が揺れる。 青い光が、今にも零れ落ちそうだった。 ⸻ 彼女は勇気を振り絞るように、彼を見上げる。 「……私、強くなりたい」 「うん」 「あなたの隣に立っても、守られるだけじゃなくて……一緒に進めるように」 ノワールは微笑み、 そっと彼女の額に自分の額を寄せた。 「それなら、俺も強くなる。二人で、だ」 唇は触れない。 けれど、それ以上に近い距離。 ⸻ 帰りの時刻が近づき、二人は名残惜しそうに立ち上がる。 「次は、いつ……?」 ルミエールの問いに、ノワールは答えた。 「すぐだ。君が望むなら、何度でも」 別れ際、彼は彼女の手の甲にそっと口づけを落とす。 「おやすみ、ルミエール」 彼女は驚き、それから小さく微笑んだ。 「……おやすみなさい、ノワール」 ⸻ 白翼は、軽く。 黒翼は、静かに。 二人はそれぞれの国へ帰っていく。 胸に、同じ温度を残して。 それから、二人は何度も中立の庭園で会うようになった。 誰にも知られない、ほんの短い時間。 それでもルミエールにとっては、 王宮のどんな豪華な時間よりも大切だった。 「今日は、少し元気そうだね」 ノワールがそう言うと、彼女は少し照れたように笑う。 「あなたに会える日は、自然と……」 言葉の続きを飲み込んで、視線をそらす。 ノワールは、その仕草が愛おしくて仕方なかった。 ⸻ その日、庭園には風が強く吹いていた。 ルミエールの長い髪と白い羽が揺れる。 彼女が足を取られそうになった瞬間―― 「危ない」 ノワールがすぐに腕を伸ばし、彼女の体を支えた。 距離が、近い。 呼吸の音も、心臓の鼓動も、はっきりと伝わるほど。 「……ありがとう」 「……うん」 彼はすぐに離そうとしたが、ルミエールの手が、彼の服の裾をつかんだ。 小さく、けれど確かな力で。 ⸻ 「ねえ、ノワール」 「どうした?」 「あなたの国では……縁談はあるの?」 その問いに、彼は一瞬だけ黙り込む。 「……ある。皇子だから、余計に避けられない」 ルミエールの胸が、きゅっと締めつけられた。 「でも」 彼は続ける。 「俺の心は、もう決まってる」 赤い瞳が、まっすぐ彼女を見つめる。 「君以外を、選ぶつもりはない」 ルミエールは驚いたように目を見開き、それから、ほっとしたように微笑んだ。 「……よかった」 ⸻ 沈黙の中で、彼女は意を決したように口を開く。 「……ノワール」 それは、今までで一番近い距離で、一番やさしい声だった。 彼の胸が、はっきりと高鳴る。 「ルミエール」 初めて、彼女の名をこんなにも静かに、丁寧に呼んだ。 その瞬間、白翼と黒翼が、同時に揺れた。 ⸻ ノワールは、そっと彼女の額に手を添える。 「怖くなったら、すぐ言って」 「……ううん」 ルミエールは小さく首を振る。 「あなたとなら……怖くても、進める」 二人の距離が、さらに縮まる。 けれど、まだ触れない。 触れないからこそ、想いが、胸いっぱいに広がっていく。 ⸻ 「いつか」 ノワールが静かに言う。 「堂々と、君の隣に立てる日が来たら……」 ルミエールは、彼の手を両手で包んだ。 「その日まで、私はあなたを信じる」 「俺もだ」 二人は微笑み合う。 恋はまだ、秘密のまま。 けれど確かに、 運命よりも強く結ばれ始めていた。 ⸻ 中立の庭園のさらに奥。 人の気配がほとんどない、小さな湖のそば。 「ここ……綺麗」 ルミエールがそう言って目を輝かせると、ノワールは少しだけ誇らしげに笑った。 「君が静かな場所を好きだと思って」 二人は並んで腰を下ろす。 距離は近いのに、不思議と落ち着く。 ノワールはそっと外套を外し、彼女の肩にかけた。 「冷えるだろ」 「……ありがとう」 ルミエールは外套を握りしめ、小さく微笑む。 まるで―― 皇子でも皇女でもない、ただの恋人同士のようだった。 ⸻ その幸せは、長くは続かなかった。 「……私、最近お姉さまに呼ばれることが増えて」 ルミエールは俯きながら言う。 「縁談の話、だよな」 ノワールの声が、少しだけ低くなる。 「うん……。天使の国のためだって」 沈黙。 ルミエールは、不安そうに彼を見る。 「ノワール……もし、私が選ばされることになったら……」 言葉が震える。 ノワールは、彼女の手を強く握った。 「選ばせない」 「……え?」 「君の気持ちを、誰にも奪わせない」 その言葉は、優しくて、同時に危ういほど真剣だった。 ⸻ その日、ノワールはいつもより彼女に近かった。 「……ルミエール」 低く名を呼ばれ、彼女は思わず息を呑む。 「君が誰かのものになる想像なんて、一瞬でも……耐えられない」 赤い瞳が、揺れている。 「俺は悪魔だ。独占欲も、執着も……消せない」 彼は一歩近づく。 「それでも……君は、離れる?」 ルミエールは、少し驚いた顔をして――それから、はっきりと首を振った。 「……離れない」 そして、彼の胸に額を預ける。 「あなたの気持ちが、怖くない」 ノワールの腕が、そっと彼女を包んだ。 強くはない。 けれど、逃がさない温度。 ⸻ 「ノワール」 「……なに」 「私ね……あなたに守られるだけじゃなくて」 彼女は顔を上げ、真っ直ぐ彼を見つめる。 「あなたを、選びたい」 その言葉に、ノワールの理性が揺らぐ。 彼は額を彼女の額に重ね、低く囁いた。 「……後悔させない」 距離が、限界まで近づく。 唇が触れそうで、触れない。 それでも、想いははっきりと通じ合っていた。 ⸻ 別れの時間。 「次に会うときは……もっと堂々と笑えるように」 ルミエールが言うと、ノワールは頷いた。 「その時は、もう隠れない」 彼は彼女の手を取り、そっと指先に口づける。 「俺の皇女」 ルミエールは、少し驚いて、でも嬉しそうに微笑んだ。 「……私の皇子」 白翼と黒翼が、同時に夜風に揺れる。 恋はもう、戻れないところまで進んでいた。 ⸻ 天使の国《セラフィア》の玉座の間。 白い光に満ちたその場所で、ルミエールは姉――女帝の前に立っていた。 「正式に縁談が決まったわ」 静かな声だった。 「相手は、天使の名門貴族。国を安定させるには最適よ」 ルミエールの指先が、わずかに震える。 「……私の気持ちは?」 女帝は、少しだけ目を伏せた。 「皇女としての責務が、優先される」 その夜、ルミエールは一人で泣いた。 ノワールの言葉も、温度も、すべてが胸に残っているのに――選ぶことすら、許されない現実。 ⸻ 同じ頃、悪魔の国《ノクス》。 ノワールは兄――皇帝の前に跪いていた。 「……兄上」 「言わなくても分かっている」 皇帝は、低く息を吐く。 「天使の皇女だな」 ノワールは、はっきりと頷いた。 「俺は……彼女を、失いたくない」 沈黙の後、皇帝は静かに言った。 「お前が選ぶなら、止めない」 「……本当ですか?」 「その代わり」 皇帝の瞳が鋭くなる。 「お前自身の立場を、捨てる覚悟はあるか」 ノワールは迷わなかった。 「あります」 ⸻ 中立の庭園。 最後になるかもしれない逢瀬。 ルミエールは、彼の姿を見た瞬間、堪えていた涙を零した。 「……ノワール」 彼は何も言わず、彼女を抱き寄せる。 「大丈夫だ。俺がいる」 彼女は彼の胸に顔を埋め、声を震わせた。 「私、怖い……あなたを失うのが……」 ノワールは、彼女の背に翼を回す。 「失わない。俺が、君を選ぶ」 ルミエールは顔を上げ、初めてはっきりと告げた。 「……私も。あなたを、選ぶ」 ⸻ 数日後。 天使の国の大広間で、ルミエールは全ての貴族の前に立った。 「私は、政略ではなく――心で、伴侶を選びます」 ざわめきが広がる。 そのとき、黒い翼が天井を覆った。 ノワールだった。 「天使の国に害はなさない」 彼は、深く一礼する。 「俺は皇子の地位を捨て、一人の存在として、彼女を迎えに来た」 女帝は、長く二人を見つめ――そして、微笑んだ。 「……やっと、言えたのね」 ⸻ 女帝と悪魔の皇帝は、かつて密かに交わされた誓いを明かす。 「私たちの両親は」 女帝が語る。 「天使と悪魔の“共存”を望んでいた」 「だが、その理想は早すぎた」 悪魔の皇帝が続ける。 「だから――次の世代に託した」 二人を見つめ、静かに告げる。 「お前たちが、その答えだ」 ⸻ 新たに設けられた、天使と悪魔の境界の都。 白翼と黒翼が、並んで空を舞う。 ルミエールは、ノワールの手を握り、微笑んだ。 「ねえ……私、ちゃんと隣に立ててる?」 ノワールは、優しく答える。 「最初から、俺の隣は君の場所だ」 彼は、彼女の額にそっと口づける。 「俺の、たった一人の皇女」 ルミエールは照れながら、でも幸せそうに囁いた。 「……私の、たった一人の悪魔」 白と黒は、もう対立しない。 違うからこそ、支え合う。 この恋は、世界を変えるほど静かで、そして確かだった。 ――完――

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天使の皇女は、悪魔の皇子に恋をする

秘書は無表情に恋をする

第27話:小さなデート  仕事が終わった夜、社長が軽く食事に誘ってくれた。  普段なら接待や業務関連の会食しかないが、今日は私だけを相手にしている――そんな特別感に、胸が少し高鳴る。  小さなレストランに入ると、窓際の席に座る。  静かな店内は落ち着き、普段とは違う私の素を出せる空間だった。  料理を選ぶときも、自然に笑みがこぼれ、少しだけ肩の力を抜ける。  玲央は普段通り無表情だが、目の端で私の表情を確かめるように見ている。  その視線に、私は思わず頬が熱くなる。  無意識に背筋を伸ばし、丁寧に箸を持つ。 「綾瀬、こっちの料理も試してみろ」  普段の指示のような口調だが、今日はどこか柔らかさがあり、私の心を揺さぶる。  笑顔を返す私に、玲央はわずかに眉を緩める。  その瞬間、胸の奥にじんわりと温かいものが広がる。  食事をしながら、少しだけ普段の仕事の話を離れ、些細な会話を交わす。  笑い声が静かに店内に響き、私の心は緊張から解放されていく。  玲央の表情に、感情のわずかな揺れを感じ、私は胸の奥で思わず笑みを浮かべた。 (……これが、“恋”なのかもしれない)  普段は冷静で無表情な彼が、私の前でだけわずかに柔らかさを見せる――その瞬間、心の奥で初めて恋心を自覚する。  食事を終え、店を出ると夜風が心地よく、私は社長の隣で静かに歩く。  短い距離でも、胸に小さな高揚感が残る。  まだ恋人ではない。  しかし確かに、二人の距離は昨日よりも特別で、心の奥に静かな喜びと期待が芽生えていた。

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秘書は無表情に恋をする

第26話:嫉妬と戸惑い  オフィスの朝、いつも通りの活気の中で、私はそっと資料を整理していた。  しかし、視線の端で感じる社内のざわめきに、胸の奥がわずかにざわつく。 「ねえ、あの秘書、社長と距離近くない?」 「昼食も一緒に行くって本当?」  耳に入ってくるのは、私と社長の関係に関する噂だった。  普段なら気にもしないはずだが、今日は胸が少し高鳴る。  噂になるほど、社長が自分に特別な態度を示している――その事実に、戸惑いと喜びが同時に押し寄せる。  すると、社長が私の机に近づき、書類を手渡しながら短く声をかける。 「これ、確認しておけ」  無表情のままだが、私への視線は普段より熱を帯びている。  私は反射的に小さく頭を下げる。 「……迷惑だから、そんなに特別扱いしないでください」  照れ隠しもあり、つい口に出してしまう。  しかし内心では、胸が少し喜んでいる自分に気づき、心臓が速く打つ。  社長の視線が、ただの上司ではなく、自分を意識してくれていることを、確かに感じるのだ。  午後、仕事を終えた私たちは、オフィスを出て短い時間だけ会話を交わす。  同僚の目を避けるように、玲央は軽く手を伸ばし、資料を受け取るときだけそっと触れる。  その短い接触に、胸がざわつき、頬がわずかに熱くなる。  「……何でこんなに意識してしまうんだろう」  私は心の中でつぶやき、視線を落とす。  社長の特別な態度は、嬉しい反面、迷惑をかけたくないという思いと混ざり、胸を複雑に揺さぶる。  その日の帰り際、社内の噂がさらに広がる中、私は心の奥で静かに微笑む。 (……迷惑だと思いつつも、少し嬉しい自分がいる)  照れくささと喜びを胸に秘めながら、私は自分の気持ちを整理できないまま、オフィスを後にした。

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第25話:智花を守る宣言  曇り空の午後、私はいつもより少し緊張していた。  今日はただの仕事ではなく、父と向き合う日だからだ。  社長・神崎玲央が、私を守るために動くという――そんな知らせを受け、胸の奥は期待と不安で揺れていた。  会社の車に乗せられ、向かったのは父の経営するライバル会社の本社。  普段なら無視されるだけの存在――私――が、今日は違う。  胸が高鳴るのを抑えながら、車の窓の外に流れる景色を見つめる。  到着すると、父は取引先の前で書類の確認をしていた。  私の存在には目もくれず、まるで透明人間のように扱うその態度は、昔と何も変わっていない。  私はそっと息をつき、背筋を伸ばす。  その瞬間、玲央が一歩前に出た。  普段の冷静な姿とは違い、目に強い決意が宿っている。 「俺の会社の秘書、綾瀬智花だ。今日から彼女は、神崎グループの正式な秘書だ」  その言葉に、周囲の空気が一瞬止まった。  父は書類を持つ手を止め、驚きと怒りが入り混じった表情でこちらを睨む。 「……何だと? この出来損ないを、会社の正式な秘書だと?!」  声は怒りで震えている。  しかし、私はその怒声を静かに受け止め、胸の奥で少し誇らしさを感じた。  普段は否定され、無視され続けた私が、今日は社長の言葉で守られ、認められる――その事実だけで、胸が少し熱くなる。  玲央は父の怒りに動じず、静かに目を逸らすことなく言い返す。 「綾瀬智花は俺が選んだ。社長の娘であろうと、必要以上の干渉は許さない」  父は一歩前に出て、怒りを露わにする。  しかし玲央の視線には、一切の揺らぎがない。  私は無意識に彼の手を握り、胸の奥で小さな震えを感じた。  その瞬間、父が荒々しく口を開く。  だが、私は恐怖ではなく、ほんの少しの誇らしさを感じていた。  自分を守ろうとする社長の背中が、どれほど力強いかを実感したからだ。  玲央の一言で、父の言葉は空気の中に消えていった。  私は初めて、社長の強さと自分の存在価値を実感する。  その日、父の怒声と社長の宣言が交錯する中で、私は心の奥で静かに誓った。  この守られた感覚を無駄にせず、自分の存在をもっと強くしていく――そう決意した瞬間だった。

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秘書は無表情に恋をする

第24話:社長と秘書の距離  翌日のオフィスはいつも通りの活気に包まれていた。  しかし私と玲央の間には、昨日の出来事が生んだ微妙な変化があった。  互いに言葉に出さずとも、存在が以前より特別に意識される距離感。  書類を机に置く私の手に、玲央は静かに目をやる。  短く交わす視線だけで、互いの心の温度を感じ取れるような感覚があった。 (……まだ恋人ではない。でも、確かな絆がある)  胸の奥で小さな温もりが広がる。  無表情を装いながらも、心の奥で確かに感じる絆。  過去の孤独、父の嘲笑、涙――すべてが、今の関係をより強く、特別なものにしていた。  玲央は資料整理を終えると、短く息をつき、私に視線を送る。  その無言の視線に、言葉以上の意味を感じる。  互いの存在が、ただの上司と秘書ではなく、心の支えであり、守るべき特別な存在になっていた。  オフィスのざわめきの中、私は静かに思う。 (……社長がいてくれる。だから、私はここにいる意味を見つけられる)  まだ恋人同士ではない。  だが、秘書と社長という立場を超えた、確かな絆が、二人の間に芽生え始めていることは、胸の奥で強く感じられた。  机に置かれた書類を整理しながら、私は微かに笑みを浮かべる。  昨日の涙と告白、そして抱きしめられた温もりが、私の心を確実に強くしていた。  まだ言葉にはできないが、この距離感こそが、私たち二人にとっての“特別”なのだと、静かに噛み締めていた。

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秘書は無表情に恋をする

第23話:涙の告白  その夜、オフィスの明かりはほとんど消えていた。  私の胸の奥は、未だ激しく波打っていた。  涙は止まらず、肩を震わせながら、私は自分の心をさらけ出す。 「……誰にも必要とされなかった」  小さな声でつぶやく。  これまで何度も押し込めてきた孤独と悲しみが、一気に解放される。  誰も触れてはいけないと心に刻んできた弱さを、今、玲央の前で初めて曝け出す。  その瞬間、彼の腕が私をそっと抱きしめた。  普段は冷静で感情を表に出さない彼の胸の温もりに、私は自分を委ねるしかなかった。  心の奥で、ずっと求めていた「安心」が、やっと手に入ったような感覚だった。 「俺がいる」  短い一言。だが、その響きは胸の奥深くにまで届く。  泣きながらも、私は自分の心が初めて「ここにいていい」と認められたことを実感する。  涙に濡れた頬を彼の胸に押し付け、過去の孤独を静かに流す。  肩を震わせながら、私は自分の感情を吐き出す。  玲央の腕の中で泣くことは、初めての自由であり、心の鎖を断ち切る瞬間だった。 「もう、誰にも頼らなくてもいい。俺がいる」  その言葉を繰り返し聞きながら、胸の奥で小さな希望が芽生える。  弱さを見せることは恥ずかしいことではない。  むしろ、それを受け止めてくれる存在がいることの力強さを、私は心から感じた。  涙の告白は、私たち二人の距離を一気に縮めた。  仕事上の関係を超えた、心の深い結びつきが生まれ、初めて私は「特別な存在」として扱われる意味を理解する。  抱きしめられたまま、私は静かに心の奥で誓った。 (……私は、玲央のために、そして私自身のために、強くなる)

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第22話:初めての衝突  夜のオフィスは静まり返り、机の上の書類がわずかに散らばる。  私は椅子に座り、肩を震わせながら、まだ胸の奥で渦巻く怒りと悲しみに抗っていた。  辞表を破られた直後の混乱は、言葉にできないほど大きく、涙も抑えきれずにあふれそうだった。 「逃げるな、綾瀬」  低く響く声に、私は思わず顔を上げる。  社長の神崎玲央が、無表情を装いながらもその目には怒りが滲んでいた。  普段の冷静さとは違う、感情を帯びた視線に、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。 「……あなたに迷惑をかけるんです!」  私の声は震え、嗚咽に近い響きを含む。  言葉に詰まりながらも、心の奥の叫びを押し殺せなかった。  普段は冷静で計算高い社長が、初めて私の感情の奔流に直面して言葉を失う。 「迷惑だと? 俺の前でそんなことを言うな」  怒りに満ちた声が静まり返ったオフィスに響く。  胸の奥で込み上げる孤独と痛みが、一気に爆発する。  私は手の震えを抑えられず、ペンを握る手も力なく揺れる。 「……私は、誰にも必要とされなかったんです!」  過去の孤独、父の無関心、社会からの軽視――すべての思いが涙と共に溢れ出す。  無表情でいる必要も、辞表を書く必要もなく、ただ感情に身を委ねるしかなかった。  玲央は私に歩み寄り、静かに、しかし力強く肩に手を置く。  その温もりが、胸の奥にじわりと広がる。  怒り、困惑、そして守りたいという意思が混ざったその手に、私は初めて心の奥まで救われた気がした。 「……俺がいる。逃げるな、智花」  その言葉に、涙は止まらない。  無言のまま抱きしめられ、初めて自分が弱くても許される瞬間を感じる。  胸の奥の孤独が、少しずつ、静かに溶けていくのがわかった。  オフィスに残る静けさの中で、私は心の奥で決意する。 (……逃げない。誰にも必要とされなくても、玲央のために、私のために、立ち向かう)  初めての衝突は、私たち二人の距離を変えた夜だった。  感情をさらけ出すことの怖さと、守られることの温かさを同時に体感し、心に深い刻印を残した。

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第21話:智花、辞表を書く  夜遅く、オフィスはほとんど人影がなかった。  私は机の前に座り、震える手で辞表用紙を広げた。  その紙に向かってペンを握る手は、決して迷いがないわけではなかったが、心の中の思いは決まっていた。 (……私は、迷惑をかけたくない)  父の嘲笑、社内での立場、そして何より、社長にこれ以上迷惑をかけたくない――その思いが、胸の奥で渦巻いていた。  私は冷静を装いながらも、手元のペンが小さく震えるのを感じる。  文字を書き終えるたびに、胸の奥の緊張が増していく。  「綾瀬、帰るか?」  背後から聞き慣れた声がした。  振り返ると、神崎玲央がいつの間にか室内に立っていた。  無表情のままだが、その目には普段よりも強い存在感と、わずかに心配の光が滲んでいる。 「……社長、少しお話があります」  私は震える声で言いながら、書き上げた辞表を差し出す。  無表情を保とうとしても、胸の奥は押し潰されそうだった。  玲央はその紙を受け取り、短く目を細める。  そして一瞬、静かに息をつき、次の瞬間、紙を破り捨てた。 「……なぜ、こんなものを書く?」  その行動に私は一瞬息を呑む。  予想外の反応。紙が破られる音が、静まり返ったオフィスに響いた。 「……私は……あなたに迷惑をかけたくないから……」  声が震える。私は初めて、心の奥の弱さを露わにしてしまった。  社長は無言のまま、私の目をじっと見つめる。  その視線には怒り、困惑、そして何よりも――守りたいという強い意思が滲んでいた。  私はペンを握り直す。辞表を書いた理由は確かに理性的だったはずなのに、胸の奥で込み上げる不安と孤独は、言葉では表せないほど強かった。  玲央は短く息をつき、静かに言った。 「迷惑? 君が迷惑だと? 俺が許すはずがない」  その言葉に、胸の奥で小さく熱いものが走った。  涙はまだ出ない。だが、感情の奥で大きな波が揺れ動いているのを、私ははっきりと感じた。

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第20話:暴かれた素性  会合が終わり、帰路につく直前、私は父の視線を避けながら書類を片付けていた。  肩に力を入れ、無表情を装っていたが、背後で冷たい声が響いた。 「……うちの出来損ないの娘を雇って、楽しいか?」  振り返ると、そこには嘲笑を浮かべた父の姿があった。  言葉は軽いようで重く、胸の奥に鋭い刃のように突き刺さる。  言葉に暴力はない。しかし、この「出来損ない」という響きが、幼い頃から私に浴びせられ続けた言葉のすべてを思い出させ、心臓がぎゅっと締め付けられる。  私は咄嗟に顔を背け、手に握った資料をぎゅっと押し付ける。  言い返すこともできず、ただ無表情で立ち尽くすしかなかった。 (……どうして、こんなことを……)  胸の奥で怒りと悲しみが入り混じる。  父は私を存在しないかのように扱うだけでなく、こうして公の場で嘲笑う。  しかし、私は秘書としての立場を守らなければならない。  感情を露わにするわけにはいかない。  その瞬間、玲央が私の隣に立った。  普段は冷静で感情を見せない彼が、目に怒りと衝撃を浮かべている。  胸の奥で、私への軽蔑と嘲笑を見せる父を前にして、彼が言葉を失っているのがわかった。 「……社長」  かすかな声で呼びかける私に、彼は短く唇を引き結ぶ。  無言のまま、父の方を鋭く見つめるその姿は、冷静な怒りそのものだった。  父は軽く肩をすくめ、何も言わずに立ち去ろうとする。  しかしその嘲笑は、空気に残り、私の胸の奥でまだ痛みを引き起こす。  私は机に手をつき、息を整える。  怒りも悲しみも、表情に出すわけにはいかない。  それでも心の奥で、玲央の怒りと守ろうとする気持ちに触れ、少しだけ救われた気がした。 (……社長は、私をただの秘書以上に見てくれている)  無表情を装いながらも、心の中でその事実を確認する。  父の嘲笑は重く、胸に深く刺さったままだが、社長の存在が私を支えてくれる。

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秘書は無表情に恋をする

第19話:避けられない会合  春の午後、双方の会社が合同で開く会合に、私は秘書として同行していた。  華やかな会場には取引先や役員が集まり、社内とはまるで異なる緊張感が漂っている。  私は無表情を保ちつつ、常に玲央のそばで資料や名刺の準備を整える。  しかし、心の奥でざわつく感情を抑えるのは難しかった。  会場の端に立つ父――私の実父、ライバル会社の社長――は、娘である私をまるで存在しないかのように扱っている。  視線は一度もこちらに向けられず、わずかな表情さえ見せない。 (……また無視……)  心の奥で怒りと悲しみが交錯する。言葉での虐待こそないが、無視されることは言葉以上に重く、胸に突き刺さる。  その光景を横目で見ながらも、私は淡々と秘書としての任務をこなす。  資料を渡し、話すべき情報を整理し、玲央のサポートを最優先にする。  玲央は私の動きを見つめつつ、短く息をつく。  無表情の中に、抑えきれない怒りが滲んでいるのが、こちらにも伝わる。 「……この状況、我慢できるか?」  私の心の声を読んだかのように、低くつぶやく。  視線の奥で、父の冷酷さに対する苛立ちと憤りが明確に見える。  私は視線を落とし、心を落ち着ける。  公の場で感情を爆発させるわけにはいかない。  だから、無表情を装い、淡々と秘書としての役割に徹する。  しかし、胸の奥では怒りと悲しみが渦巻き、わずかな震えが指先に伝わる。  父の無関心は、私にとって日常の一部でありながら、やはり耐えがたい現実だった。  会合が進む中、玲央は一瞬だけ私に視線を送り、微かに眉をひそめる。  その短い瞬間で、私の胸は少しだけ安堵し、同時に彼の怒りの存在を感じる。 (……社長は、私をただの秘書以上の目で見ている)  その確信に、小さな緊張と同時に、わずかな安心感が広がる。  私は無表情を保ちつつも、心の奥で、玲央に守られているという感覚を静かに噛み締めた。  会場の華やかさと父の冷淡さの中で、私は秘書としての立場を全うしつつも、社長の怒りと視線に励まされながら、自分の居場所を確かめる一日を過ごしていた。

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