蘭陵

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蘭陵

初恋

「明日を忘れられない」と言った 涙ぐみながらわらった 君のかわいい顔が見えた おかしな日本語と その不思議な表情に つられて笑った私は気づかなかった 初恋の味は 解けて消えた 私は彼女を台無しにした それでも私は気づけなかった 私が思うよりずっと 彼女は私を愛していた そうして知った血の鮮やかさが 滲んでベットのシーツに沁みた 私は知らなかった あの子を全身で浴びたあの時まで 「明日を忘れられない」という言葉の その深淵に込められた 二度と明日を見ることはない 彼女の愛を

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初恋

春の星になりて

春、雪解けの山のふもと 眠れる大地は 水を孕み 草の芽が まだ言葉を持たぬまま 空の匂ひを吸ひこみてゐた 誰もゐぬ野原に ひとすぢ 風が立ち そこにゐるはずのないものたちが 音もなく、通り過ぎてゆく 北斗の光をたどりて わたしは空を見上げぬ 天上に吊り下げられし 数多の星々は 母なる歌の調べを囁く 目を閉じれば、その光が ひとしずくの涙のごとく 心の中にしみわたり いつしか、その輝きに引き寄せらる 視線をその向うへ 夜の深みにすべらせれば 星々が 冷たき金の粒となりて 遠き夜の網にちらばりてゐる その網に あなたのまなざしは 吸はれ まなざしはやがて 身を離れ 身はことばを忘れ ことばは 風へと変はり しづかに あなたは野原より 名もなく 離れてゆく 残るは 星の中の 一つの光のみ 誰か見つけずとも たしかに そこにまたたく 春の夜空の 一滴として

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春の星になりて

あいまいと決定

もしかしたら きみがいるのかもしれない どろどろとした あのかたまりのなかに そのほほえむかおも あるかもしれない すごくよごれていて くさりきったおもいで かれはてた かんじょう そして すんぶんもたがわぬ そのままの きみだけをのこしていった あのよるのしじまの ほしのきらめきも そのてまえにうかんでいる なみのような くものはらも りょうてのゆびをすりぬけてゆく いつも わたしをハッとさせる かぜや そのなかをじゆうにとぶとりたちですら あゝもう なにもあてにならない かれらはきまって わたしにおもいしらせる このせかいは いぜんからなにもかわっていないことを ただひとつ わたしにとっては 「君だけが居ない世界」であることを それだけをたしかなじじつとして ほかのかのうせいをすべてひていして 決定づけてしまう。

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あいまいと決定

正解

ある少年は言った 世の中は不思議と希望で満ちていると ある青年は言った それでも世の中は不公平だと ある少女は言った そして世の中は理不尽だと あるカップルは言った だが世の中は恋で渦巻いていると ある失恋者が言った やはり世の中の恋とやらは盲目なのだと ある夫婦は言った だからこそ世の中は愛が全てなのだと ある貧民は言った 世の中は私に対してあまりに無慈悲だと ある富豪は言った やはり世の中金こそが全てなのだと 最後にある老夫婦は言った 「それら全てが世の中の全てでもあるのだ。」と。

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正解

フレーバーリップ

香水じゃない 君の香りがした ふくふくの涙袋と 薄い肌の下の血管が透けた 君の黒の瞳が 何だか淡い茶色に見えた 君のまつ毛が下がって 僕の視界も真っ暗になった そして残った もう二度と忘れられない あのリップのフレーバー

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フレーバーリップ

アンドロメダ 眠る岸辺

砂を片手にすくえば 砕け散った月 あの波打ち際には もはやもう誰の影もない 白い岩肌には ひとつぶの鈴が落ち 音が響いても 夜風はそれを見逃した さざめく水面に 名もなき鳥が 羽をひたしては消えていく それは神々の歌か それとも人々の祈りなのか 知らぬ街の灯り 消えた王冠に 砕けた鏡 そして ひとりきりの食卓 銀の魚たちは 何も告げずにただ渦をまく 「彼女はここにいる」と 誰に言うこともないまま 鎖が擦れる音だけが 星座の向こうに響いている やがて 人々は静かに気づくのだ この美しい夜空じゅうに散った光の粒は あの日救われなかった少女が 悶え、嘆き、悲しんだ末に流した 涙の数々だったということに

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アンドロメダ 眠る岸辺

大人になるということ。

今日、会社で上司にひどく叱られたのだ。 訳はなんてことのない。 全ては私の無能のせいだった。 こういう時、やはり人は落ち込むものだ。 昔を思い出してみたりする。 学校が終わると友人と遊び、 家に帰ると母がいて、 「おかえり」と「ただいま」のやりとりがあり、 泥んこの私をみて、 笑いながら叱ってくれる口がある。 「今日は○○の好きなハンバーグよ。」 その言葉に心を踊らす自分もいて、 遅れて帰った父も混ざって、 テレビをみながら家族団欒をした。 考えてみれば常にこの目は輝いていたはずだった。 思春期になり、 男も女も、 人は勝手に強く成ってしまう。 いや、強がってしまうのか。 外で嫌なことがあると、 両親に強くあたったりもした。 周りとの競争が強くなって、 誰しも余裕がなくなってくるのだ。 家に帰ると疲れ果ててしまうことが多くなった。 そのうち恋人ができたりして、 すっかり家族に対する想いは薄れる。 あの時家族はどんな気持ちで私を見ていたろうか。 ただ大人に憧れ、 生き急いで空回りもした。 でも、 あんなに憧れていたはずなのに、 心の準備もできないまま、 今度はすっかり大人になってしまった。 自分を子供だと思っていた頃、 自分の人生はまだまだ長く、 輝かしいと思っていた。 でも、忙しい日常を過ごすうちに、 目指していた場所をすっかり追い抜かしていた。 そして振り返ると、 今やあの頃の温もりは、 ずっと向こうのほうで、 ただやんわりと輝いている。 上京の時、母が持たせてくれたアルバムがあった。 それから一度も見る暇などなかった。 押し入れを漁って、部屋を散らかした。 今それをみたら泣いてしまう気がした。 でも私は必死でその未来を受け入れて、 やっと見つけた。 冷蔵庫からビールをとってきて、 狭い、薄暗い部屋でそれをみた。 あぁ、ただひたすらに懐かしい。 私がどんな語彙であなたたちに語りかけようと、 きっとどうにもならない。 でもなぜか、 目から涙が止まらない。 恋しい過去が次々と畳み掛けてきて、 考えないようにしていたことなんかが、 私の頭の処理速度を追い越してゆく。 そうして理性を壊した私は久しぶりに、 まるで赤子のように泣きじゃくった。 大の大人が、情けのない姿で泣きじゃくった。 こんなに生きてきて、 あんなに憧れた大人になって、 家族を蔑ろにまでした結果、 何にもなれなかった。 失敗した。 成し遂げられなかった。 両親に謝りたい気でいっぱいだった。 アルバムの終わりに 私の名前が書かれたビデオテープが挟んであって、 それがストンと落ちた。 部屋に似つかわしい小さなテレビでそれをみた。 笑っていた。 誕生日やクリスマスなんかの行事、 思春期になった頃の私はとても不貞腐れていた。 でも撮影していた両親は笑っていた。 あんなに心の底から幸せそうな笑い声も 珍しいくらいに、 「おかぁさん、おとうさん、、、。 可愛げのないどうしようもない息子で、。 ごめんなさい。。」 しばらく涙が止まらず眠れなかった。 いまだに私はこの世界に希望を持ったり、 未来を明るいとは思えない。 でも鳥の囀る声と、 窓の外は少しだけは明るく感じたりした。

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大人になるということ。

歌うたいのCコード

ピックで弦を弾いた 奏でた拙いメロディに不意に笑みが溢れて その夜を忘れられなかった ヘタクソなコード進行を聞いても それでも君は僕の音色が好きだと すぐ横で鼻歌とあくびをこぼした 陽が出てまた沈んで 部屋の電気を消してはつけて カーテンを開けては閉めた 道端の木々の色や 草花の色も移って たまにはその姿を消した 日々上達するこの手に自惚れて いつしか君を思い出せなくなったら きっと僕だけが子供のままで歌うんだ 君のために始めた歌うたい でも黒い夜の過去はいくつもあった それはきっとお互い様なんでしょ? どうして分かっていて止められない 悲しい、寂しい、切ないが 痛いほどに引き離される二人の末路さえ ほんとに君を思い出せなくなったら 今も初めて引いたあのコードを弾くのさ 6畳の部屋君を隣に弾いたCコード 明るかった、始まりの音 それでも君を思い出せなくなったら 僕はCmを弾こう

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歌うたいのCコード

望星のすすめ

夜、空を仰ぎ見れば 無窮に広がるその中に 幾つもの星々を見ることができる あれらは空に散りばめられた宝石や砂粒か またあの運河は神の垂らした乳の跡か 星々や、それらを結んだ星座 またそれらを含む銀河に渡るまで 夜空は今夜も私たちを夢中にさせるように 古来から多くの人々を見惚れさせてきた それらは神話を継承し もしくは常に多くの人々の記憶として存在した どことなく心震わすその景色は 時代を選ぶことなく崇高なものとしてあり続けた それはもしかすると この地球に限ったことでもないかもしれない 我々がこうして星を愛で、崇め 歌や文字を編むのと同じように 今、この時もどこかの星で 同じ星を見つめる目があるのかもしれない そして私たちと間接的に目を合わせて 星はその間を取り持つ存在になり得るのだとすると やはりその存在は偉大であるといえよう 古くは約5000年前 メソポタミアの羊飼いはその輝き同士を結んで そこに動物や人物の形を見出した これこそが星座という概念の始まりであり 以降、学者や、船乗りなどがさらにそれを拡大した また、夜空と時間は意外な接点を持っている 私たちが普段見ている夜空は 幾億年も昔の宇宙の姿であることを知っているだろうか 私たちのいる地球から最も近い星は ケンタウルス座にある赤色矮星の 「プロキシマ・ケンタウリ(Proxima Centauri)」 距離は約4.2光年である 1光年とは光の速さで1年間に進む距離の単位である つまり最も近い星であっても その光は地球に届くまで約4.2年かかる つまり観測者はその星の 4.2年前の姿を見ていることになる では最も遠くにある星は一体どれほど離れているのか まず二つの定義を設けるとしよう 一つは肉眼で見えるものの内という条件付きのもの もう一つは無条件とする 前者はカシオペヤ座V762で 地球から約1万6000光年離れているとされている 天体という大きな括りなら アンドロメダ銀河(M31)で 地球から約250万光年離れている また後者はエアレンデル(Earendel)で 地球から129億光年離れている さて、宇宙の壮大たるその輝きに魅せられる時 我々は同時に過去をも見つめているのである

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望星のすすめ

美麗的風景(愛すべき景色)

濃い霧も晴れて いつかその向こう岸も見えるだろうか 水面に揺れる月は いつかその下に泳ぐ魚たちも魅せるのだろうか 今私の目の前には 老いゆく村の姿があるのだ 長らくこの地とは決別していたが 理由もなくただ思い立ってまた戻ってきた 都市は行き交う人々の喧騒と 立ち並ぶビルの群れにより一層栄える一方 ここはあの頃から何も変わってはいない 元来ここは父の故郷だった 幼い頃は正月になると 家族総出で都会からはるばる出向いては 祖父母と新年を祝ったものだ しかし私も年頃になってから そのようなものは滅多になくなった あぁ 歳月の流れには何人も逆らえはしない 思い出の酸いも甘いも 気付かぬままそれら全てをここへ置いてきてしまった この山並みと そこに生える(映える)木々のように 私だって何も変わってはいないのだ 口ではここをど田舎だと蔑んでいても 心の奥底では都会の冷たさにうんざりしていた そして流離の憂いのみが残り 今だってかの山を仰いで 自然と目から涙を流しているのは 他でもない私なのだ 今宵またこの丘で星を見よう 少なくとも今だけはきっと 老いゆくこの村の行く末を見届けるべきだろう

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美麗的風景(愛すべき景色)