世界詩

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世界詩

幻想的感情の詩的証明

命題:愛 それはいつも「ゆえに」ではなく、「それでも」で始まる。  たとえば、  あなたが私を知らなくても  私があなたに触れられなくても  世界がどんなに確率を並べたとしても この感情は、 推論からは落ちてこない。 「君が笑う」→「私が救われる」 という式が成立するなら、 どれほど論理はやさしいだろう。 けれど真実はいつも、 その逆写像の中でしか かすかに現れない。 ∃x ∈ 時間 : 永遠(x) ∧ 過ぎゆく(x) 私はただ そのxに、君の声が宿ることを願う。 そして今、 少なくとも、 私が思考しているかぎりにおいて、 命題「私があなたを愛している」は、 疑いようもなく、真である。 ゆえに、 私たちは定義できないものを 名づけてしまったのだ。 本証明ではそれを 「愛」と呼ぶしかなかった。 故に「愛」とは、 まったく、 実に「ロジカル」なのだ。

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幻想的感情の詩的証明

血と鉄、祈りと愛

【呼ばなかった名】 君の名は ひとを壊す音をしている 花の名を冠する 美しい名 それを呼べば 君は此処に来てしまう それを呼ばなければ 君の祈る瞳を もう見守ることができない だからわたしは  ただ夜の奥に手を合わせることにした 神でも 誰でもない 君という名の痛みにむけて それなのに 戦場で拾った銀の飾りは 君のものによく似ていた 本当のことを知れば  私たちは終わってしまう気がした 「愛していた」 そんな言葉は とうとう火薬の香りより 遠いものになった ただそんな気がした 【祈りの棄権】 彼を信じることは 神を裏切ること でもあの日  彼の血の匂いだけが わたしを赦してくれた気がした わたしの手は祈るためにあるというのに なのに 彼の優しい胸に触れてしまった 温かく 息をする それだけで 心が跪いてしまった 忘れるつもりだった すべての時間を でもこの指先が いまでも 夜になると あの鼓動を探してしまう 神よ 堂を抜け出した わたしを罰してください その代わりに せめて一瞬 あの人に会わせて 彼にこの手紙を 届けさせて 【終章:葬送の朝】 風が 遅れて吹いた ふたりの命が灰になるよりも ほんのすこしだけあとに 空は 妙に晴れていた 血も 火も 泣き声も もう何ひとつ 残っていなかった 戦は とうとう終わった 誰よりも平和を願ったふたりが  愛という名を持たぬまま 土に還った その翌朝に 剣は錆び 旗は畳まれ ある国の誰かが ある国の誰かを赦したという だれも ふたりの名を知らぬまま それでもそこに 火薬の香と 花の香が 一瞬だけ やわらかく交わっていた 彼の胸には 小さな祈りの手紙が 彼女の手には 折れた銀飾が どちらも 相手に渡せなかったもの 神よ いったいこの愛に 意味はあったか 救いはなくとも その問いにだけは 答えてほしかった ただ朝日は まっすぐ ふたりの骸(むくろ)を照らした そしてその光こそが 皮肉にも ふたりを結んだ 最初で最後の瞬間だった

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血と鉄、祈りと愛

老いゆく夏の日の思い出

さきの浜辺の かの小波の未だ残る 磯辺の香り 歩幅のたがう砂浜の足どり いずれも通り過ぎし 蒼き空の下 儚く見えたその瞳に 我が敬愛も虚しく 未だ見ぬ明日も そこに君はおらず 我が生涯さえ 今か 今かと もはやその時を待つのみである 君の天命の名もなき記憶 肌の照りぐあい 潮(うしお)の瑞々しささえも きっと今は 私より あの対岸の島の ひときわ青々と茂る桜の木の方が  よほど多くを知るのだろう

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老いゆく夏の日の思い出

初まりの音色

透き通った深蒼の街並みは 日の光を確かに受けながら 全くその蒸し暑さを感じなかった 蝉の鳴く木や 港の向こうの 積乱雲が 確かに 爽やかな夏の訪れを知らせているのに どうも私の心の サイダーの蓋は開かないようだった 溜まった気泡が弾けてしまいそうな 今年の花火もそんな感じで パッと散り行くのだろうか 潮風が吹き運ぶ磯の香りと 駄菓子屋の窓に吊るされた 風鈴の音だけが 夏の暑さをこんなに紛らわしている 本当にただそれだけなのだろうか 私には見える この港の向こうの 沖のずっと底の方 悠々と泳ぐ鯨の群れが 40億年前の 『原初の海』 その静かな胎動が 私の血の 雫の一滴の その遺伝子のずっと奥 初まりの音色は まだ続いている

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初まりの音色

《反実仮想の標本室》

硝子の胎内で眠る骨時計が 七分だけ進んだまま夜を忘れていた 昼の仮面を被った魚が 逆光のベッドで呼吸をやめるころ 雲膜(うんまく)は静かに 眩暈の種子を孕む   君は まだ名のない動詞だった 未発掘の会話の化石を抱きしめて たったひとつの反射角だけで 「私にだけ見える不在」を綴じていた   あのとき頬に触れた風は 実はまだ誰の時間にも属していない 捨てられた視線の残骸たちが いまも空中で密かに議会を開き 最も感情的な沈黙を選出している   きっと 私は《私》を演じる抽象の影だった 首筋に貼りついた記憶の粘膜を そっと剥がしながら 今日も 誰にも贈られなかった手紙の 宛名だけを繰り返し練習している   扉のない日々 きっとこの世界も 既に崩壊し終えていた 君が まだ涙という機能を 正確に取得する もっと以前から…。

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《反実仮想の標本室》

せかいのしくみ

新たな命がここに産声を上げたとする。 それは周囲に幸せを広げ、 人々はみな手厚くその子の世話をする。 少し成長すれば「将来の夢は何?」の問いに、 無邪気にスーパーマンやお姫様をかたる。 時と共にこの子は自立し、 だんだんと世界の暗闇に片足をつけてゆくことになる。 まずは親の怒り声を知り、 手のひらの痛みを頬に感じ、 その頬を伝った涙のしょっぱさを知るだろう。 次にお友達の意地悪を受けて、 先生からの説教もまた心をえぐる。 そんな中でやってもいない罪を被ることもあり、 世の中の人々は「そうして人は強くなる」という。 みんなと同じ列に並んで、 同じ方向に向かい、 同じ速度で進んでゆく。 昼間に好きなスポーツや趣味を身につけ、 気の合う友人と笑顔を交わしたと思えば、 課題や勉強に追われる夜もある。 そうして次第に異性を知り、 再び生まれ変わったような世界の新鮮さに驚く。 次第にその新鮮さは苦痛に変わるかもしれない、 そしてまた一人に戻ったとしても、 胸に空いた寂しさという感情が溢れてやまない。 何度もそんなことをしているうちに親元を離れ、 それはだだっ広い世界に放り出されるのだ。 右も左もわからないまま行き交う人々によろめき、 隙間を縫うように避けて通った先、 かつて光っているように見えたその場所は、 妥協の塊のような装いで、 もはやどんな争いも敵わないような力で押さえつける。 そうして人々に担がれるようにして、 「清潔で可愛らしい赤ん坊」は、見る影もない「凡人」へと化す。

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せかいのしくみ

初恋

「明日を忘れられない」と言った 涙ぐみながら微笑んだ その顔があまりに幼くて おかしな日本語と たどたどしい仕草に 私はつられて笑った だけど気づかなかった 初恋の味は、 まるで口の中で そっと溶けて 静かに消えていった 私は彼女を、 壊してしまった それでも私はまだ 本当のことに気づけなかった 私が思うよりもずっと 彼女は私を愛していた その証のように 赤い鮮やかさが ベッドの白いシーツに 音もなく染みていった 私は知らなかった 彼女のすべてを受け止めたあの夜まで 「明日を忘れられない」という言葉が どれほどの覚悟を秘めていたのかを 彼女の愛はもう二度と 明日を見ることはない

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初恋

春の星になりて

春、雪解けの山のふもと 眠れる大地は 水を孕み 草の芽が まだ言葉を持たぬまま 空の匂ひを吸ひこみてゐた 誰もゐぬ野原に ひとすぢ 風が立ち そこにゐるはずのないものたちが 音もなく、通り過ぎてゆく 北斗の光をたどりて わたしは空を見上げぬ 天上に吊り下げられし 数多の星々は 母なる歌の調べを囁く 目を閉じれば、その光が ひとしずくの涙のごとく 心の中にしみわたり いつしか、その輝きに引き寄せらる 視線をその向うへ 夜の深みにすべらせれば 星々が 冷たき金の粒となりて 遠き夜の網にちらばりてゐる その網に あなたのまなざしは 吸はれ まなざしはやがて 身を離れ 身はことばを忘れ ことばは 風へと変はり しづかに あなたは野原より 名もなく 離れてゆく 残るは 星の中の 一つの光のみ 誰か見つけずとも たしかに そこにまたたく 春の夜空の 一滴として

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春の星になりて

あいまいと決定

もしかしたら きみがいるのかもしれない どろどろとした あのかたまりのなかに そのほほえむかおも あるかもしれない すごくよごれていて くさりきったおもいで かれはてた かんじょう そして すんぶんもたがわぬ そのままの きみだけをのこしていった あのよるのしじまの ほしのきらめきも そのてまえにうかんでいる なみのような くものはらも りょうてのゆびをすりぬけてゆく いつも わたしをハッとさせる かぜや そのなかをじゆうにとぶとりたちですら あゝもう なにもあてにならない かれらはきまって わたしにおもいしらせる このせかいは いぜんからなにもかわっていないことを ただひとつ わたしにとっては 「君だけが居ない世界」であることを それだけをたしかなじじつとして ほかのかのうせいをすべてひていして 決定づけてしまう。

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あいまいと決定

正解

ある少年は言った 世の中は不思議と希望で満ちていると ある青年は言った それでも世の中は不公平だと ある少女は言った そして世の中は理不尽だと あるカップルは言った だが世の中は恋で渦巻いていると ある失恋者が言った やはり世の中の恋とやらは盲目なのだと ある夫婦は言った だからこそ世の中は愛が全てなのだと ある貧民は言った 世の中は私に対してあまりに無慈悲だと ある富豪は言った やはり世の中金こそが全てなのだと 最後にある老夫婦は言った 「それら全てが世の中の全てでもあるのだ。」と。

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