かじか

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かじか

底辺低空飛行労働者。下層階級出身なので日本語はあまり上手くありません。なにとぞよろしくです

お題 帽子

くっさい。なぜこんな臭いになったんだ。 安物の野球帽である。しかし、普通とは違う。臭い。べらぼうに臭い。鼻先から五十センチ離してもこのスメルから逃れることはできない。マスクすら貫通してしまう威力だろう。 高校生だったころ、友達が体育があったにも関わらず洗わないで2日も寝かさせた体操服を持ってきたことがあったが、あんなモノの比ではない。 なにせ年季が違う。これは十年ものの特別仕様だ。十年もあれば小学生だって成人してしまう。一世紀の一割、おれの人生の半分ぐらいの長さ。 寝かすとかのレベルではない。熟成だ。このわずかに酸味のある不快な臭気は百年に一度の傑作だ。ワインじゃないんだぞ馬鹿野郎。 布地もすっかり色褪せてるし、なんか染みっぽい斑もあるし、つばの先や縁の部分なんかは擦れてほつれてしまっていたりする。 相当に使い込んでいたことが伺えた。毎日陽の当たる場所に出かけでもしていればこんな風にくたくたになってしまうかもしれない。 だが、持ち主のじいさんは野球なぞ嗜んでいない。大変偏屈な糞爺だったのでゲートボールも仲間に入れてもらえなかったのだ。使う機会なんてないだろう。 そんなことを近くにいたおばあちゃんに聞くと、にっこり笑って教えてくれた。 それは、あなたがくれたからって、孫がくれたんだぞって、外に出る時は必ず着けるくらいお気に入りだったのよ。と。 なるほど。大変結構なことだ。おれは帽子を棺に横たわるじいさんの傍にそっと添えて微笑んだ。これでも一応人の親だったらしい。 残念ながらおれはじいさんの孫ではない。おばあちゃんの介護で来ているだけの職員なんだ。最近、ボケがひどくなってきているみたいで気の毒だ。じいさん以外の家族がいないからかもしれない。 突っ込むのも野暮だろう。まあ、きれいな話で終わらせられるものなら話を合わせるのも優しさなんじゃないかな。

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お題 帽子

お題 波打ち際 おわり

(※デスストランディング二次創作。わけわからんと思うのでプレイ推奨。) 「││││ビーチには本当に大切なものしか持ち込めない。気の毒だが」 本当に気の毒なんて思っているのだろうか。サムは手にしたリストをケースに収めなおして、事も無げに続けた。 「殺してくれ」 ぼくは顔を手で覆って天を仰ぐ。こんなことには耐えられなかった。 「気の進まない仕事だ。俺は配達人だぞ」 だが、サムは知っていた。BTを殺せる手段を持っているのはサムしかいないことを。今この機会を逃せばぼくは永遠にこの世につなぎ止められ、ビーチで待つより永いときを嘆き続けなければならないことを。 サムは手錠端末を外し、カイラル結晶が煌めく面をあらわにして臍帯切りの用意をしている。たぶん、それがせめてもの情けなのだろう。 「頼む。未練のないBTなど、冗談にもならない」 「襲ってくるなよ」 「そんなことするもんか。ぼくはもう、存在する理由すらない」 手錠端末の愉快な着信音はいつもおれの神経を逆撫でする。決まってろくな報せがないからだ。 『サム。緊急で君指名の配送だ』 そら見たことか。おれをハメた張本人がいけしゃあしゃあと仕事を押しつけてくる。このごろときたら「すまない」のひとことも無い。慣れは恐ろしい。 「またか、ダイハードマン。いま指名配達を終わったばかりだぞ」  『アンデッドマンのか。彼はどうだった。帰還することが出来ればブリッジスに来て欲しい人材だからな』 おれのいらただしげな反応も想定内だったのか特に気を留める様子もなく、それどころか依頼人の様子の方が気がかりらしい。 「誰よりも人民を愛した副大統領」 かつて、アンデッドマンはそんなふうに呼ばれていたそうだ。ブリジットの部下だったし、その辺の話はよく聞かされている。 『そうだ。滅私奉公を貫く政治家など、古今稀に見る逸材だ』 「どうだかな。身近な人間のことも、大事には想っていなかったみたいだが」 アンデッドマンのビーチはどんなところだったのだろう。ビーチはひとりひとり違う。あるものは人それぞれだ。 ただ、その中でも共通しているのは思い入れ深いものや人でないとその人のビーチには行けないということ。 奴の妻が奴のビーチに行けなかったのは、そういうことだ。 あまり考えたいことではないが。 『彼のことを知っていたのか』 おれの感慨を遮ってダイハードマンが問う。奴を知っていたかどうかは、もう関係がない。 「いや、忘れてくれ。それよりアンデッドマンはもう戻れない」 『どういうことだ』 「未練は断ち切った。奴は既に死んでいる」 おれの報告を聞くと、しばらくして沈黙して重苦しい声で『そうか』とだけダイハードマンは呟いた。 「それで。次の仕事だが。二、三日は待ってくれ。とにかくシャワーを浴びて寝たい。それまでは連絡するなよ」 それ以上ダイハードマンのしみったれた顔を見るつもりはない。おれは一方的に通信を切る。 潮風に頬を撫でられ、ふと海岸に目をやった。黒いタールの打ち寄せる波打ち際は不愉快きわまりない。 だからといってあのビーチが美しいとは思えないが、あそこにはアメリが待っている。 奴とは違って、アメリもおれもまだ生きていた。 しかし、アンデッドマンを嗤うほど、おれと奴に違いはないのかもしれない。

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お題 波打ち際 おわり

お題 波打ち際 つづき

(※デスストランディング二次創作。わけわからんと思うのでプレイ推奨) 「││││死にながら生き続ける男」 それから、ぼくを睨みながら皮肉のように呟いた。 「ぼくの本体はビーチにあるんだ。この世に干渉できるのはこの未練体だけさ」 「ご苦労なことだ。おれなら死ねるときに死ぬ」 揺らめく肩を竦めてぼくは皮肉を受け流す。だが、サムはどこまでひねくれているのか、皮肉が止まる気配はなかった。 「そう言うな。ものは届けてくれたんだろう。開けてくれ。この体では作業が出来ない」 苦笑してぼくはケースを指さす。サムもBTがどれだけ自由で不自由かを熟知しているからか、盛大にため息をつきながらも留め金を外し中を見せてくれた。 中にはあの日に死んだ人たちの名前が延々と綴られたリストだった。そのうちの一名に赤いラインで線が引かれていて、続く個人情報まできっちり几帳面に目立つようしるしがしてある。 「別のリストを頼んだはずだが」 ぼくはその名前を読まないよう努めて目を逸らし、誤魔化すようにサムを糾す。 「必要なリストはこれだ」 焦るぼくをよそに、サムはあくまで冷静だった。リストを手に取りぼくに突きつけた。 薄っぺらな紙切れに過ぎないはずのそれは今やどんなナイフより鋭くぼくの胸を突き刺す。 この世にないはずの心臓が早鐘のように忙しなく打つ気がした。動悸などあるはずもないに呼吸が詰まるような感覚に陥る。 「どういうことだ」 声が震える。そして、聞いてはならないことを聞いた。 「あんたの妻は死んでいた。デスストランディングのあったその日に」 サムはあっさりその答えを教えてくれた。ぼくが聞きたくなかった答えを。 「嘘だ」 ぼくは激しくかぶりを振って絶叫した。そうすればサムの言ったことを否定できると信じたくて、あらん限りの力を振り絞って、ぼくは影法師の喉を震わせた。 「嘘だ!」 あなたをビーチで待っている。 待っていたんだ。ずっと。ずっと、ずっと。ずっと、ずっと、ずっと。 気が遠くなるような時間の中、あの波に飲まれていく人々を眺めながら、あなたがいないことを願いながら、あなたを待っていた。 来ないでくれと祈っていた。ここは、死者の国だ。ここを訪れる者はみな死者だ。歩く屍、あるいは色褪せた魂。 だから、あなたにここは相応しくない。あなたはぼくの光だ。このくすんだ景色にあなたの姿を見たくない。 だけど、その願いは徒労に終わったようだ。 あなたはここには来ない。来れなかった。それとも、ぼくが気づかなかっただけでもう来たのか。 ふらふらと立ち上がり、ぼくはぼんやりと波打ち際を見つめて足を前に出す。 ビーチの波は冷たく、ぬるく、そして熱い。あらゆる感覚が意味もなく一斉に過ぎ去り、痛みと癒しが同時にもたらされ、それがただの錯覚なのかどうかも分からない。 気づけばぼくは完全に海の中にいた。そこは暗いくせにどこまでも見通せる真っ青な世界で、きっとまだまだ下に降りていくことができるだろう底なしの海溝が足元に広がっている。 ぼくは沈もうと決意した。

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お題 波打ち際 つづき

お題 波打ち際

(※デスストランディング二次創作。わけわからんと思うのでプレイ推奨) あなたをビーチで待っている。 あの爆発から永い時が過ぎた。ビーチでは時間がとてもゆっくりのろのろと進む感覚がする。 ぼくはもう一生分の死を、終焉を、絶滅を、見届けたと思う。 あの灰色の海に向かう人々は止められない。彼らはもう生を喪った。いまだに命にしがみつくぼくには目もくれない。 耐えきれず何度も彼らの列に加わり、数え切れないほど失敗を重ねた。ぼくはまだ海には還れない。 だから、ぼくはあなたを待つことにした。 黒い砂浜。青い肌をした屍人。厚い雲の立ち込める曇天。どんなに不吉な場所でも目的があれば絶望から立ち直ることが出来る。 早く来てくれとは言わない。だが、迎えに来て欲しい。ここはひどく寂しい場所なんだ。 ​││││来客を報せるベルが鳴っている。 チャイムのように上品な機械なら良いが、これはオドラデクの警戒音だ。 どうやら頼みの品が届いたようだ。 「入ってくれ。プレッパーズのようなシェルターは作っていないんだ」 ぼくは訪れた配達人に声をかける。だが、警戒して家には立ち入ろうとはしない。 「喋るな。奴らがいる」 代わりに、配達人は怒ったような、焦ったような声色で鋭くぼくを制した。 ぼくはおかしくて笑いを堪えきれずくつくつと肩を揺らす。 「残念だが、ぼくが奴らだ。ぼくの知る限りここにBTはぼくしかいない」 「じゃあ、あんたが」 ぼくのからかうような言い方に戸惑いながらも配達人は恐る恐る家に足を踏み入れた。 ぼくの不定形な、黒いもやのような姿を見て恐れすらにじませた警戒心たっぷりの視線を頭の先から〝臍帯〟まで注ぐ。 「そう。依頼人の〝アンデッドマン〟だよ」 対して若い配達人はしっかりした人間の形を保っていた。無造作に髪を後ろに束ね、これまた手入れしていなさそうな無精髭を雑に生やした、無粋ながらも精悍な男だった。 名はたしか、サム・〝ポーター〟・ブリッジス。伝説の配達人とか言われている。 前回、前々回と配達人たちはここに辿りつくことができなかった。そこで、確実に配達を完遂できる人材を、とブリッジスに要請したのだ。 その伝説の男は不機嫌そうに鼻を鳴らし、荷物を背嚢から下ろす。 さすがというべきか、荷物を乱暴に置くことはなく、緩やかながら無駄のない動作で丁寧にキャリーケースを床に置いてくれた。

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お題 波打ち際

お題 トマト

「実はトマトじゃないんだ、おれ」 まな板に載せられたナスが唐突に呟いた。末期の悟りというやつか、いままで重ねてきた嘘だったけどここに来て続けることに無為を感じたらしい。 「知っていたよ。そこに麻婆茄子の素が転がっているからね」 本当のことを言うと、ぼくはトマトを見たことがなかったから彼の自己紹介を間に受けていた。ように見えるよう努めていた。 彼の素肌とパッケージの色合いが近かったから薄々勘づいていたものの、同じナス科だし大まかには一緒だと気づかない振りをしていたのだ。 「だろう。どう見たっておれは洋風の、お洒落な見てくれじゃない。なんとなくアジアン。だろ」 乾いた笑みを漏らしてナスは自嘲気味に続ける。 そんなことない。君はインド原産じゃないか。そう励ましてやりたかった。けれども、インドは正味アジアだし、追い討ち気味になりそうだったのでやめた。 言葉につまるぼくを見て、ナスはかぶりをふり爽やかな笑みさえ浮かべる。 「いや、ごめん。最後だっていうのに、こんな話。丸ナスだからって調子に乗ってたのさ。でも、こんな時くらい格好つけたいだろう?」 「そうだね」 涙ぐんでぼくは頷いた。ナスは嘘つきかもしれないけど、買われてから調理されるまでの短な間、ぼくにとって最高の友達でいてくれようとしている。 ぼくは彼になにをすれば報いることができるだろう。 「ぼくは」 料理される前の彼にかける言葉が見つからない。せめて、おいしい料理になってくれればいい。そう思ってぼくは製造されて1ヶ月と経っていない新品のチューブの中を唸らせてようやっとひとつだけ絞り出した。 「ぼくは味覇だ。きみを最高の麻婆茄子にしてあげよう」 するとナスはきょとん、と鳩が豆鉄砲食らったような顔でぼくを見つめる。不意をつかれたような、戸惑ったような、それでいて無表情。それから少し間を置いてから弾けるように笑った。 「そうか。そうかい。それは良い。おまえとひとつの料理になれるのなら、きっと極上のメシになれる」 そうしてナスは笑顔のまま刻まれて逝った。 ぼくは鈍色に光る包丁に映ったぼくを見た。ぼくのラベルにはシュガーバターと書かれていた。ぼくらは最後まで嘘をつきあっていた。

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お題 トマト

お題 仮面 おわり

 もちろん、マスクは違法だ。あらゆる規約と法律に反する重罪だ。だが、そのリスクを侵してあまりあるメリットがあると企業は踏んでいるらしい。年々マスク絡みの違反は増えているが、取り締まろうと制限をかけようと減少する気配は一向にない。  目の前の青年も、そういったマスクの疑いがある。おれの中ではほとんど確信に近いものを感じていたが。 「型番は。シリアルナンバーと製造元あかせ」  鋭い視線で、続けて俺は質問を投げかけた。青年は蒼白い顔をして答えた。 「…………オーダーメイドですので、型番はありません。製造元は個人ですので…………ホゴ、規約によりお答えできません」  特注品なら尚更、戦場市場に出回る方がおかしい。呆れるような気持ちでおれは目を伏せる。答え方も全然機械らしくないし、文言にはおかしい点しか見当たらない。大方、社員から教えられたことをそのままおれに言っているだけなのだろう。 「分かった。ドッグタグを置いて消えろ」  それ以上追求する気もなかった。おれの要求通り青年は首に下げた小さな鉄のプレートを放り投げるとそそくさと逃げ出すように廃墟を立ち去って行った。  今この場で彼を逮捕することになんの意味があるだろう。おれにはおれの仕事があるし、このドッグタグがあれば彼の所属する企業も割れる。それを吊るしあげればいい話だ。  さりとて、それにもどれだけ意味のあることか分かりやしない。企業が摘発されても何人か首になって外側が変わるだけだ。あの青年だって別の会社で同じことを繰り返すだけに違いない。  監査官と言いながら、やっている事は他人の揚げ足を取ってそれで駄賃をもらっているようなものだ。おれには真剣に彼らを変える気はなかったし、誰もそれを望んじゃいない。  おれはため息をついてタグをポケットに突っ込み、同じポケットから煙草を取り出して一本咥える。火を点けるとどこかで銃声が鳴った。おれには関係がなかった。

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お題 仮面 おわり

お題 仮面 つづき

「誰だ」  おれは短く、しかしハッキリと分かりやすく英語で訊いた。Who are you。それくらいなら母語でなくても聞き取れるはずだ。教育を受けた人間であればだが。 「……私は……アンドロイド、です」  たどたどしい英語で返した。よく見ると、人型は戦闘服を着た青年のようだった。しかし、武器らしきものは手にしていない。しかも、損傷しているらしかった。被弾した腕から流血している。 「赤い血が流れてる」 「有機表皮を使用しています」  おれの指摘にアンドロイドは咄嗟に腕を抑えて答えた。  有機表皮、つまり人間と同じように生きた細胞を持ち、定期的に代謝する最新のスキンを装備した型らしい。シリコンより耐久性があり多少の傷は自己修復できる、というのが謳い文句だ。  たしかに、中古のアンドロイドが戦闘用にチューンされて傭兵たちに混じって戦闘に加わることはままあることだ。多少の問題を抱えた物であれば安く会社に買い叩かれてしまうこともある。  そんなわけがあるか。  一昨年発表された最新のスキンはとてもでは無いが一般に流通できるほど安くない。代謝するため食費もかかるので維持費もかかるし、メンテナンスは機械工学と生物医学に関する高度な知識が必要だ。  管理費がかかりすぎて優良企業とされる民間軍事会社でもその手のアンドロイドを所有しているという話は聞かない。  払い下げられたってこんな高品質なアンドロイドが末端中の末端の戦場を歩いて回っているわけが無いのだ。  マスクだ。  近年問題になっている現象だ。大手の民間軍事会社では人間兵よりアンドロイド兵の起用が増えているという。先進国においては人間の価値が高騰する一方で機械の価値はまあ高い程度。それに人間には保証やら保険やら、ただでさえ高いコストに上乗せされる費用がかさむ。と言った理由でアンドロイドが幅を利かせているというのが現状。  ところが、いまこうやって戦争をし続けているような、いわゆる発展国においては事情が大きく異なる。機械はべらぼうに高いが、安く使い潰せる人間が山ほどいる。それも、命を捨ててでも仕事を欲しがるような人間が。  民間軍事会社の下請けのそのまた下請けというような末端企業は、アンドロイドを導入するふりをしてそうした人間を傭兵として働かせることがある。  戦闘機械の卸売業者は品物を手元に残しながら架空売上を得ることができるし、下請企業は本来保証される福利厚生を無視した上に初期投資以外は人件費といった費用が発生しない安物の兵隊が手に入るというわけだ。  つまり、人間が機械のふりをして戦うということ。依然として、世界には弾丸より人間の命の方が安い国が存在している。

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お題 仮面 つづき

お題 仮面

 降下した先は熱し切ったホットゾーンだった。上空から眺める戦場はまさに弾丸の雨霰。あそこに飛び込めば簡単にミンチにされてしまうに違いない。  だが、おれの直観的な恐怖とは裏腹に体が細切れにされることはなかったし鉛玉はかすりもしない。なんなら銃口を向けられることすらもなかった。  体内に埋め込まれたチップは問題無く作動しているようだ。外部とはいえ監査機関の人間を殺したとあっては企業の連中も後々困ることが多いのだ。  規約順守にとらわれている大手であるほど不祥事を気にかけるものだし。特に今撃ち合ってるようなロボットやドローンを扱っているような会社は。  そんな訳で悠々自適に、とはいえ命懸けではあるので正々堂々とはいかないが、ともかく仕事に着手することにした。頭上を、あるいは前後左右を弾丸がすり抜けていくなか目的地に向かって歩き始める。  おれは民間軍事会社の活動を査察する監視員のひとりだ。その名の通り、コンプライアンスに違反する企業をとっちめたり、助言という体で警告したり命令する厄介者だ。  なので、恨みを買いやすい。チップの魔力を過信して殺されることはままある事なので、油断はしないように。  慎重に射線を避けるように移動を続け、たぶん数ヶ月前までは何かの公館だったのだろうモスク建築のなかなか立派な面影を残す廃墟に身を寄せた。  降下地点から徒歩で5キロメートルも歩いていないが、糧食やら観測機材やらをたっぷり詰め込んでまるまる太った背嚢を背負った行軍はなかなかにこたえるものがある。  どうせ旅程も立て込んだ任務ではないしのんびりやるつもりだ。崩れ落ちたミンバルの残骸に腰掛け在りし日の荘厳な拝礼に思いを馳せながらきわめてジャンクなレーションを頬張りそこはかとない背徳感に浸るくだらない感傷を味わう。  ハンバーガーを模した固形糧食の最後の一口を押し込むと、ふと背後に気配を感じた。ホルスターから拳銃を抜き、違和感を憶えた方向に銃口を向ける。  居たのは人型だった。人間かどうか分からない。というのも、昨今の戦場ではアンドロイドが駆り出されることも少なくないからだ。

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お題 仮面

お題 写真 おわり

 説明されてもぜんぜん意味がわからない。でも、何となく感覚的にそれは理解しかけていた。 「じゃあ、ぼくがここにいるのは、つまり」 「そう。君も被写体なの。自分の体をご覧なさい」  彼女に言われるまま、ぼくは自分の手を見つめた。真っ黒に染まった腕はまったくもって異常きわまりないのに、ぼくはそれがそういうものなんだと、すんなり受け入れてしまった。 「君はまだ現像されてないから、動けるんだ。いまどきネガフィルムから現像されるなんて珍しいけど」  彼女は微笑んでいた。同時に憂いを帯びた微妙な表情でぼくを見つめる。だんだんと自分に色がついていくのを感じる。お別れの時が近づいてきているのかもしれない。  彼女の憂いは、寂寥だった。せっかく出会ってもぼくはすぐに写真として現像され固定されてしまうから、すぐに離れ離れになってしまうのが分かっているから。彼女は寂しそうだったのだ。 「でも、なぜ君は自由にうごけるの?」  彼女はぼくが会った時から色がついていた。ここの世界の原理はよく知らないけど、デジタル機器で撮影されたから、とかなのかも。でも、それならそれでなぜ固定されずに済んでいるのだろう。単純な疑問だった。 「それはね、逃げているから」  物淋しい笑みを浮かべて、彼女は答えた。そして、ぼくの見ている目の前でふと後ずさりして霧の中に消えていった。 「待って。逃げるって、何から」  彼女はもうぼくの問いに答えることはなかった。  代わりに、背後から足音が聞こえる。ぼくは振り向いた。そこに居るのは、男だった。男か女か、それはよく分からない。人型であるのはたしかだ。  身長はぼくの倍はあった。真っ黒な襤褸切れを頭から被って、裂け目から皮と骨だけの腕と脚を伸ばしていて、破れたところからぬらりとぎらつく目を覗かせていた。  彼は仕事人だ。きっと、ぼくを固定するのが目的だ。縛り付けて、写真にするのが。  彼はぼくの腕をとり、力任せに強引に連れていこうとし、て  痛い  痛い      痛 い   痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い病い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い                     痛い いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいた いい たいいたい          いたいいたいい たいいたいい    たいいたいいたいいた      いいた い いたいい  たいいたい いいたいいたいいたいいたいいたいいたい いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。 やめて。やめて。やめて。やめて。     やめろ!  やめろ!  やめろ!    ひねりつぶして、にぎりつぶして、ほねをおった。      せなかに、はりがねを、とおして、ぼくは、うごけな   ちへどをはき  すぐにぬぐわれて きれい、をよそおって      またこていされる きずなんて、ない。ないように、みせるために、工夫してぼくをこわす。 平気なふりをさせるためにうらがわからはりがねでこていするうごけないうごけないうごけない しかいのはしに、ひとが            きりのむこうにいる  ひとが。  わらいながら、おこりながら、かなしみながら    はいけいにくくりつけられて かおのうらに針金を突き入れられ、表情までこていされて。 泣きながら、泣きながら、痛みに苦しみ、逃げれずに、泣きながら、泣きながら、固定されている  ぼくとおなじように、何万、何億、写された数だけ、印刷された数だけ、ひとが、固定されて、写真の向こうの人のために、動かず耐えている。  墓場。いや、地獄。ここは、どこなんだ。霧の中に見え隠れする、動けぬ人たち。声もあげられず、ただ耐えて、終わりのない終わりを待って。  ぼくは見知らぬ椅子に座っていた。  板張りの床と白い壁紙が貼られた壁だけ作られた映画のセットみたいな所に座っていた。  ぼくを撮っただれかのために、ぼくはここに永遠に座る。ここに縛られ続ける。体の中に針金を埋め込まれたまま、このポーズを取り続ける。  霧の向こうに、君がいることを信じて。

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お題 写真 おわり

お題 写真 つづき

 ぼくの歩く先で彼女の足音が重なる。音だけを頼りに彼女を追い、不意に何か大きなものの影が見えたような気がした。  少し歩くと立ち止まる彼女の背中も見える。近づくと、まわりの霧が急に晴れていった。空はまだ似たような乳白色のままだったけど、風景は一変する。  砂利と思っていた地面は細かな砂で、目の前には石造りの大きな四角錐が堂々と鎮座していた。ピラミッドだ。 「これ……」  ぼくが戸惑っていると彼女は微笑む。仕掛けた悪戯が成功して喜んでいるような、無邪気さを湛えて。  常識的はずれにばかでかい構造物を前にして、ぼくは気が遠くなるような気持ちだった。見上げるほど高く、首を右から左に大きく回さなければ底の端から端まで見渡せない。こんなものが人間に作れるのか。でも、石が積み重なっている様はとても自然に作られたものには見えない。 「まだあるよ」  混乱するぼくをよそに、軽やかな足取りで彼女はまた霧の中に入っていった。まるで不思議の国の白兎。ぼくをわけのわからない世界に引き込むようだ。あるいはチェシャ猫。彼女の笑みはぼくを惑わす。  ほかに行くべき道も無い。ぼくは意を決してさっきと同じように彼女を追って霧の中に踏み入って行った。  驚くべきことに、さっきのピラミッドから数百メートルと進むことなくそれは現れた。エンパイアステートビルと呼ばれる長大な建物は、全高だけならピラミッドをはるかに凌ぐ怪物だった。  彼女はそういう物をぼくにみせたかったらしい。ひとつのランドマークに三分もかけず次の場所へ。ロンドン塔、カレル橋、凱旋門、トレビの泉、サグラダファミリア、ブルーモスク、万里の長城。そして次の場所へ。また次の場所へ。  各地の名物が霧を挟んであちらこちらにゴロゴロと転がる様はぼくの感覚を麻痺させた。ここまで荒唐無稽な光景を見せつけられると酩酊感に似た戸惑いを憶える。  世界一周ツアーをこの数時間に濃縮すればこれくらい贅沢な旅程になるだろうか。益体もない考えを浮かべながら名だたる建築物を横目に彼女を追い続ける。  何も無いところで不意に彼女は足を止めた。 「ここはね、写真の墓場なんだ」  唐突に、彼女はそんなことを呟く。ぼくは意味がわからず訊き返した。 「どういう意味?」 「写真の墓場。撮られたものはぜんぶここにあるの。見られるために、ここに固定される」

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お題 写真 つづき