志筑 天空
5 件の小説神仲(5)
お狐様に抱き抱えられて眠るユキは目を覚ました。 目を閉じて眠るお狐様の顔をじっと見つめてから、布団から出る。 立ち上がって、庭に向かう。 今日はひどく冷え込んだ夜で、裸足で廊下を歩くだけで足先から冷えてくる。 「おやおや、お出迎えかな」 庭の奥からやってくる、神々しい誰か。 「こんな夜更けにどなたでしょう」 「私は恋愛成就の神、トワじゃ」 真っ白な着物で身を包むその姿につい、見惚れてしまう。 足元の草花が芽吹き出すのを見て、わあ、と声を漏らす。 「そなたが、ユキとお申すか」 「はい。私がユキでございますが」 ほお、とじっくりユキを見つめ、トワは言った。 「別嬪さんじゃの!人の子とは思えんほどじゃ!」 ニコニコとしたトワ様を見て、首を傾げた。 「内まで澄み切っておるのお」 ユキの後ろに静かに寄ってくるものがいた。 「こんな夜更けに誰かと思えば、トワじゃないか」 面をつけたお狐様は、ユキをそっと自分の方へ寄せる。 「何をしにきた」 声色から感じ取れる、静かなる怒り。 こんなふうに怒るのだな、とじっくり感じとる。 「なに、ムゲンの嫁を見にきたのじゃよ。そして、ムゲンを揶揄いにきたのじゃ」 ムゲンには似合わんほどにうつくしゅう人じゃの、と頷いていた。 いたずらっ子のように笑うトワ様の声を聞いて、ユメクイとハクジツもやってくる。 「星空の下でなにを騒いでおられるのです?」 「はー、眠い」 あくびをしながら廊下を歩いてくるユメクイと、堂々たる佇まいのハクジツをみて、トワ様はニコッと微笑みながら言った。 「そんじゃ、嫁さんも見れたことじゃ、帰るとするか」 行くぞ、とムスビに声をかけるとコトは言った。 「もうよろしいのですか?」 「心ゆけり。大満足じゃ」 するりと門を抜ける三柱を見て、ユキは訪ねた。 「あの方々も神なんでしょうか」 「ああ、どの神よりも気まぐれだろうな」 「恋愛成就の神様だと言っていましたね」 「そうじゃ、縁結びの神じゃ」 ユキの肩に手を置きながら、寝室へと引っ張る。 「もうあやつらのことはよかろう、寝ようじゃないか」 「それもそうですね」 ユキとお狐様が寝室へ入った時、ユメクイとハクジツは顔を見合わせた。 「我らも寝るか」 「そうじゃの」 自由気ままな神の訪れは、春へ向かう草花の道標となった。 その夜、ユキはたいそう幸せな夢を見た。 お狐様とユメクイ、ハクジツと共に過ごす夢だと。 しかし、お狐様は悪夢にうなされた。 なにも、トワ様に揶揄われ続ける夢だったそうだ。 全ては、トワ様の縁の元にあるのかも知れぬ。
神道(4)
誰かが森を歩いている。 土の中で息を潜める芽さえも、芽吹き始めるほどに神聖なる存在がやってくる。 枯葉を踏み締める音が静かな夜の森に響く。 「ちゃんとついてきてる?」 高く、透き通る声がこだまする。 「ええ、後ろをお守りしております」 「もちろんです」 よかろう、と嬉しげに声をあげる女性が近づく。 「しかし、まっことめでたきかな。あのムゲンが嫁を取るなど」 華麗に夜道を歩くその姿は麗しくあった。 「ムゲンの嫁とやらを見てみようじゃないか。しかも、人の子じゃぞ」 長く白い耳をもち、赤く熟した野いちごのような瞳は、白ウサギのようである。 「トワ様も、婿を取られるのですか?」 「さあ?私は、縁を大切にするだけじゃからの」 運命は委ねておるからの、と首を傾げながら言った。 「トワ様の選んだ方なら、我々はお二方をお守りします」 「よきかなよきかな。背中は任せるぞい、ムスビ」 「もちろんでございます」 夜空を見上げながら、また口を開いた。 「コト、お主には私とムスビの護衛を任せる」 「任されました」 彼らはトワの後ろを続いた。 ムスビとコトは目を合わせて、トワに聞こえないほど小声で言った。 「何が運命は委ねる、だよ。あの男がいるじゃないか」 「トワ様はそういう神だ。このようなものについていけるなど光栄だろ」 コトが口角をあげ、ムスビはそれを見て、ニッカリと笑った。 軽い足取りで向かうのはお狐様の祠の先だった。 三柱が歩いた道は、枯れた花さえ生き返らすほど明るく輝いていた。
神宴(3)
「久しいのう!元気にしておったか?ユメクイ、ハクジツ」 「そうりゃあもう」 「村人たちがいい夢を見てくれますからね、腹も満たされます」 ニコニコと笑うユメクイと、微笑むハクジツ。 お狐様の背中に隠れ、着物の隙間から覗き込むユキに気がついたハクジツが言った。 「そなたがユキか?小さいのう」 「そうじゃそうじゃ、かわよかろう?」 自慢げに言うお狐様とは対照的に、隠れるユキ。 「おやおや、人の子とは。このように美しいものだったか?外だけでなく内も美しい。ムゲン様には勿体無い」 「失礼じゃのう」 ケラケラ笑うユメクイに向かって、ユキは興味を示す。 「ムゲン様?ムゲン様とは誰のことですか?この方はお狐様でしょう」 隠れてばかりのユキはお狐様の影から出てきて尋ねる。 「おやおや、言っていなかったのですか。この方は、ムゲンというのですよ。村人たちはお狐様と言っていますが」 人と神じゃ、名前の呼び方に違いがあることにも気づいて、驚きを隠せないユキ。 「元は人の子、知らぬでも問題はなかろう」 ハクジツが酒を飲みながら言った。 「知ろうが知らぬが、かわよいことに変わりはない」 「ムゲン様?じゃあ、私はムゲン様と呼んだ方が良いのですか?」 不安げに尋ねるユキに向かってお狐様は言った。 「いいや、今まで通りで良い。ユキがそばにいてくれるだけで良いぞ」 目を細めて笑うお狐様にほっと安心するユキがいた。 「じゃあ、ユメクイ様とハクジツ様にも、村人たちが呼ぶ、別の名前があると言うのですか?」 3柱はうんと考えた。 「いいや、我らはそのままじゃの」 「ああ、そのまんまじゃ」 二柱は頷きながら言った。 少し遅れて、お狐様は口を開く。 「いや、同じ名じゃが、また別の名を持っておる」 そうじゃったかの、と首を傾げるユメクイに言った。 「そもそも、ユメクイとハクジツは我の眷属になってからの名じゃ。眷属になる前は、酒呑童子と茨木童子じゃ」 へえ、とユキは頷いた。 「こやつらが、神になったから、祀られるようになったのじゃ」 「我と人の子じゃ、立場が違うのじゃ」 ユメクイが放った一言で、ユキはなんともいえぬ顔をした。 自分がどちら側でもないことに気が付いたからだった。 「貴様のせいで酒が不味くなるだろう」 ユメクイを横目に言うのはハクジツだった。 「我のせいか!?すまぬなぁ、人の子の扱いには慣れておらん!」 自身の頭を撫でるようにして、ユキに頭を下げた。 「辛気臭い話はやめじゃ!今日は宴じゃ!」 お狐様が酒瓶を掲げながら言った。 ハクジツとお狐様は酒瓶を掲げ、ユメクイはお猪口を掲げた。 「我は酒に弱い。ここで眠ってしまうな!」 「自分の夢でも食っておくが良い!」 「ムゲン様に言われたらやるしかないじゃないか!」 そして、神の宴が始まった。 それと同時、村の方でも、祭りが行われているそうだ。
神談(2)
木々の隙間を風が縫って行く。 葉がぶつかり合う音が、心地よい。 「おやおや、こんなとこにいたのかい?」 狐の面をつけ、見慣れぬ獣耳と尻尾をひょこひょことさせながら、近寄ってくる。 「んん、ここでお昼寝をしていたのですよ」 お日様が照らしてうたた寝をしてしまいました、と笑う女は狐の面をつけた男に向けて手を伸ばす。 狐の面を頭の方へずらすと、男の顔が見えてくる。 「お狐様は、何をしていたのですか?」 男の頬に両手をあて、微笑む女に向かって男はじっと目を見つめながら言った。 「村人たちを見ておった。ただ、腹が減ったからユキを探しておったんじゃ」 あらあら、と着物の裾で口元を隠す女はこういった。 「村の方々がお供えをしてくださったじゃないですか、おいなりさん」 大好物でしょう?と問いかける彼女は、立ち上がって祠に向かって歩き出した。 その後ろ姿を追いかける男は、女に向かって心配そうに言った。 「危ないだろう、1人で森の奥に進むでない。迷子になるだろう」 「大丈夫です。迷子になろうと、あなたは私を探すでしょう?」 振り向いた彼女は男の腕に抱きついて、また歩き始めた。 「当たり前だろう」 静かにつぶやいた男の言葉に、女は頬を赤らめた。 村人たちが供えたおいなりさんを2人で頬張り、幸せそうに笑った。 男は供物の代わりに豊作を祈り、女は森の奥深くで迷った村人を村まで送ってやった。 「我らの過ごす時間とはまた違う時間を過ごす。遅くなってしまったな」 「でも、大切な人が帰ってくるだけでとても嬉しいものですよ。それがどれだけ遅くても」 「人間とは、よくわからぬなぁ。ユキもそうだったのか?」 「ええ、もちろん。私は、大切な人が家に、毎日帰ってくるのが嬉しかったですよ」 昔のことを懐かしむように微笑みながら言った。 夕日も落ちる頃、2人はゆっくりと森の奥深くへと歩みを進めた。 村の方では、家から溢れる灯りと村人たちの楽しそうな声が聞こえてきた。 祠の狐の像は、目を細めて嬉しそうに笑った。
神者(1)
太鼓や笛といった和楽器の音が聴こえてくる。 祭りのように騒がしい。 なんだなんだ、と庭に顔を出せば、神の怒りに触れる。 神は気まぐれなのだ。 神の怒りに触れたものは、神隠しに遭うと伝えられている。 時折、神隠しにあってから5年して、何事もなかったように村に帰ってくるとか。 そして、神隠しに遭った村人は皆、口を揃えていった。 「お狐様の使いじゃ。お狐様の使いが、わしを村まで送ってくださったんじゃ」 お狐様とは、この村に伝わる豊作の神。 その使いが送ってくださると言う。 ちょうど、そこを通りかかった子供らが言った。 「お狐様の使い?あの人はユキっていうんだよ」 なぜ、名前を知っているのか?ただ、子供たちは頷くばかり。 「そうだよ!ユキ様だ!ユキ様のおかげだ!」 村人たちは、お狐様の使いであるユキ様に感謝を込めて、祠においなりさんを供えた。 「5年経ってから帰ってくるのは、ご縁がありそうじゃのう」 年老いた村人の言葉に、誰かが笑った。 女子供のような上品で、物静かな笑い声だった。 「あ、ユキ様の声だ!」 子供は言ったが、村人には聞こえていなかった。 どうせ聞き間違えじゃ、とあしらわれてしまった。 「お狐様と、ユキ様のおかげで今年も豊作じゃ!」 「さあ、仕事じゃ仕事」 ほんとだもん、と頬を膨らませる子供は、仕事へと向かう村人の後ろを歩いていった。 その時、祠にある狐の像が笑ったように柔らかい顔つきになっていた。